「これを脱ぎなさい」
 冷えた声が命令する。逆らっても無駄なことだ。愛奈は言われるままに薄物のネグリジェを脱いだ。はらりと、蜻蛉の羽根のような夜着がフローリングの床に落ちる。
 拓人は美しい面に天使のような気高い笑みを浮かべた。彼がそんな表情(かお)をするときほどより残酷になるのを愛奈はよく知っている。しかし内心の怯えを見せると余計に彼の嗜虐心を煽ってしまうので、敢えて感情は見せないように心がけている。
 拓人はダブルベッドに腰を下ろし、愛奈に手招きした。更に自分を跨いで座るように指示を出す。愛奈は一瞬、息を呑んだけれど、すぐに表情の変化を消した。、言われたように大きく両脚をひらいて彼に向かい合う形で彼の膝に座った。
「そう、良い子だね」
 愛奈が従順に命令に従うと、拓人も機嫌が良い。丁度、胸の辺りが拓人の顔の前に来ている。拓人は誘うようにかすかに揺れる豊満な乳房をそっと両手で下から掬い上げるように持ち上げた。しっとりとした重みを堪能するようにゆっくりと揉み込む度に、愛撫を施されるようになって更に大きくなった乳房が彼の手の中で淫猥に形を変える。
「美味しそうだね。ここが食べてと言っている。どれ、味わってみようか」
 言い終わる前に、薄紅色の突起は彼の生暖かい口中に銜えられていた。クチュクチュと赤児が吸うように吸われている中に、乳首が固さを持ってくる。舐められ、舌で弾いてまた舐められると、思わず声が洩れるほどの快感が弾けた。
「愛奈はここを吸われるのが大好きなんだよな」
 ひとしきり胸を吸われた後、拓人が美しい微笑みを見せながら満足げに言う。
「この間は胸だけで達ってしまったのに、今日はまだなのか?」
 この男はまさに天使の仮面を被った悪魔だ。優しい顔、穏やかな声音でどこまでも残酷なことを言う。
「俺の肩を持って膝で立ってごらん」
 愛奈は素直に言うとおりにする。拓人は頷き、いっとう優しい声音で告げた。
「今度はそのまま腰を落として俺の上に座るんだ」
 この体位は以前も何度かしたことがあるので、どうなるかは判っている。だが、結合が深くなる分、得る快感があまりにも烈しくなってしまう。できれば避けたい体勢ではあった。
「どうしたの、やってごらん。気持ち良くなれるだろ」
 やや苛立ちのこもった声に、愛奈は覚悟を決める。ゆっくりと彼の上に腰を落としていくと、やがて固い楔が蜜口に当たり、そこはいともあっさりと剛直を飲み込んだ。さんざん彼に貫かれた場所だ。
「うっ、あぁ」
 半ばほどまで身体を沈めただけで、もう下肢をじんわりと快感が支配してくる。と、拓人がいきなり下から一挙に最奥まで貫いた。
「あ? あうっ、あーっ」
 あまりの衝撃に眼の前が真っ白に染まり、閃光が点滅する。更に続けざまに奥壁を突かれ、愛奈はガクガクと糸の切れたマリオネットのように下から揺さぶられた。
 下から深々と彼自身を銜え込まされているため、いつもとは違う最も感じやすい箇所に剛直が当たり、耐え難いほどの快感が最奥の膣壁で立て続けに弾ける。
「もう駄目、許して。これ以上したら、本当に壊れちゃう」
 早く達してくれれば良いのに、こんなときに限って、拓人はいつまでも果てず延々と下から彼女の感じやすい場所を狙い澄まして突き上げてくる。
「や、いや。壊れるから、もう止めて」
 うわ言のように喘ぎながら呟く愛奈からはすすり泣きのような声が洩れ続ける。
「壊れれば良い。俺に抱かれて壊れてごらん」
 そうすれば、お前はもう二度と俺の側から飛び立とうとはしないだろう、可愛い俺の小鳥。
 拓人はすすり啼く愛奈の耳許に濡れた声を注ぎ込む。
 果てしなく続くかと思われた情事にも終わりは訪れる。拓人の動きが性急になり、彼も余裕がなくなってきたと思われる頃、愛奈の中に入っていた彼自身が大きく膨らみ弾けた。
 生暖かい液体が感じやすい奥の膣壁を余すところなく濡らしてゆく。彼の放った液が滲み込んでゆくのにも我慢できないほどの快感を感じ、愛奈は華奢な身体を震わせ、すすり啼いた。
「良いの、とっても気持ち良い」
 拓人の狂気が乗り移ったかのように、愛奈もまた、どこか壊れてしまったのかもしれない。次に正気に目覚めた時、自分が演じた痴態がどれほどのものかを悟り、死んでしまいたい、この世から自分という存在を消し去ってしまいたいほどの絶望を感じるのは常のことだ。
 既に女が陶酔状態から醒めているとも知らず、拓人はいまだ忘我の境地を流離(さすら)っているようであった。自分が放った精液を愛奈の中により深く滲み込ませたいとでもいうかのように、ゆっくりと腰を押し回し、彼女の感じやすい内壁が彼自身を締め付ける気持ち良さを未練がましく貪っているのだ。
 情事の直後、愛奈はいつも烈しい自己嫌悪に陥った。自分は一体、ここで日々、何をしているのだろうと。鳥籠に閉じ込められ、ここで男に抱かれるのを待つだけの怠惰な日々。得るものは何もない、この状況で。
 本当にこのままで良いのだろうか。生活の、いや人生のすべてが肉欲の交わりだけに支配される日々を受け容れていて良いのか。自身に問いかける。―良いはずはなかった。
 かつて自分には夢があった。大勢の子どもたちに囲まれ、オルガンを弾いて一緒に歌ったり、運動場で追いかけっこをしたり―、そんな自分を夢見ていた。だが、今の自分は何をやっているのか。これで良いはずがない。
 変えなければ。皮肉なことに、拓人に烈しく求められれば求められるほど、その交わりが濃いものであればあるだけ、愛奈は抱かれた直後に、かつて追い求めていた夢を再び心に思い浮かべるのだ。男の腕の中で淫らに喘ぎ身をくねらせ乱れる自分を消してしまいたいほど恥ずかしいと思う。
 このままでは、私は駄目になってしまう。その一心が愛奈を突き動かした。
「お願いがあります」
 拓人が漸く自分の中から出ていった後、愛奈はか細い声で言った。拓人が〝おや〟といった表情で彼女を見やった。
「何だい? 何か欲しいものがあるの?」
 愛奈は拓人を真っすぐに見つめた。こんな風に彼を真正面から見るのは随分と久しぶりのような気がした。
「高校に行かせて下さい」
「―」
 ハッと彼が息を呑むのが判った。ここ二週間というもの、ひたすら大人しく彼に抱かれ続けた愛奈はまさに従順そのものだった。性の奴隷―もっとも、たとえどのように言葉で言い繕おうとも、今の愛奈はそうとしか呼びようがない状態だ―という形容がふさわしくなければ、彼の巧みな性技の虜になっているといえた。
 それが唐突に予想外の科白を突きつけられ、彼の端正な面に驚愕の色が浮かんでいた。
 宙で二人の視線が絡み合い、離れた。その瞬間、拓人は愛してやまない女の瞳に、けして何ものにも曲げられない強い信念を見たのだった。
 思えば、彼が愛したのはこの不屈の精神(こころ)、何が起ころうとも、絶対に折れることのない強くしなやかな気性だったのかもしれない。たおやかに咲き誇りながらも、どんな風にも折れることのないヒナゲシの花のような少女を彼は愛したのだ。