2014年02月

逃げた愛奈が拓人に見つかり、連れ去られる。従兄は私をどうするつもりなの? 小説 監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~ 

 I駅前にネットカフェがある。とりあえずはそこに行くことにした。児童保護施設には翌朝、電話するつもりだ。すぐに受け容れて貰えるかどうかは判らないが、こんな中途半端な時間に電話しても、埒があかないだろう。
 愛奈は二つ折りの携帯電話を開いた。このメタリックピンクの携帯は実は拓人に与えられたものだ。待ち受けの時間は午後七時半を指している。特に残業や接待がなければ、そろそろ拓人が帰ってくる時間だ。
 愛奈がいないことを知った彼はどうするだろうか。探すだろうか。怒り狂うのか。反町君に告白しようと思う―ただそれだけを告げたのに、拓人は反町君の父親に解雇同然の処分を下し、遠い北海道に追放した。
 そのことで、愛奈は拓人の怖ろしさを初めて知った。借金を肩代わりしてまで側に置こうとした愛奈が逃げ出したと知れば、腹を立てるに違いない。考えただけで、背筋が寒くなるほどの恐怖を憶えずにはいられない。
 これだけはどうしても置いていくわけにはいかなかった。色々と必要だといのがいちばんの理由だが、画像フォルダの中には反町君と別れ際、二人で撮影したツーショットの写真も入っている。二人きりで撮影した最初で最後の写真なのだ。
 幸運にもこのネットカフェは二十四時間営業だから、誰にも咎められずに翌朝までは過ごせる。
 モノトーンダイヤが並んだ床が広がる大きな空間に無数の仕切りが立てられている。その仕切り一つ一つに小さな個別スペースがあり、簡易デスクとチェアが備え付けられてあった。
 デスクにはデスクトップパソコンが一台ずつ常備されている。もちろんインターネットに繋ぐこともできるし、使い方は自由自在だ。デスクは大きく取られた窓に面しており、窓の向こうには狭いながらグリーンの配置された人工の庭まで見えるという凝った趣向である。
 共用スペースにはドリンクコーナーまである。コーヒーや紅茶、ジュースがいつでも飲み放題というサービスも嬉しかった。
―ひらきたくと、ひらきたくと。
 愛奈は自分でも知らぬ中に、キーボードを叩いていた。気がつけば、パソコンの画面には〝ひらきたくと〟の名前だけがそれこそ無数に数え切れないほど並んでいる。
 私ったら、何をしてるのかしら。
 愛奈は小さく首を振り、再びケータイを開いた。画像フォルダを開き、今日、撮ったばかりの反町君との写真を出してみる。そこには微笑んで寄り沿い合う二人の姿があった。恐らく愛奈にとっては永遠の宝物になるはずだ。
―私は反町君を好きなのに、どうして、考えるのは拓人さんのことばかりなの―。
 と、愛奈の足許―デスクの下に置いた小さなバスケットの中でか細い啼き声が聞こえた。愛奈は慌ててしゃがみ込んで、バスケットを開く。真っ黒な子猫が顔を覗かせた。
「シーィ。静かにしないと追い出されちゃうからね」
 基本的にペット同伴はお断りの店内である。盲導犬のような場合は認められているが、子猫は絶対に無理だろう。昨夜、公園から連れ帰った子猫は〝エメ〟と名付けてミルクやキャットフードを与えて大切に世話していた。瞳の色がエメラルドとゴールドだから、エメである。安易な名付けだと子猫に恨まれそうだ。
 愛奈はエメの頭をよしよしと撫でて、可哀想なので蓋は閉めずにそのままにしておいた。咽が渇いたので共用スペースに行って冷たい紅茶を紙コップに注いだ。
 室内はあまり冷房が効いていないようで、じっとしていても汗が浮いてくる。額に滲んだ汗を手のひらで拭った時、背後で声がした。
「愛奈」
 その優しすぎるほどの呼びかけに、愛奈は華奢な身体を震わせた。
「随分と探したぞ、帰ろう」
 拓人に手首を掴まれ、愛奈は振り向いた。
「放してください」
「愛奈―」
 拓人が哀しげに自分を見ていた。悪いことをしたのは拓人の方なのに、何故か愛奈が彼を苛めているような気になってくる。
「拓人さんは卑怯よ、反町君のお父さんにまで手を出して、勝手に私の知らないところで転勤なんかさせたりして」
「何故、お前がそれを知っている?」
 この時、拓人の静かすぎる表情が初めて動いた。
 愛奈はそのわずかな変化に気づかず、思わず叫んでいた。
「反町君から聞いたの! そのせいで、彼はもう大学にも行けなくなったのよ」
 拓人の切れ長の双眸がスウと細められた。
「お前はあいつに逢ったのか? あの男はもう学校には二度と出てこられないようにしてやったはずだが」
「―酷い」
 愛奈は非難と軽蔑をこめたまなざしで拓人を睨んだ。
「転校するまでにまだ日にちがあるのに、反町君が学校に来なくなってしまったのは拓人さんが裏で手を回したからなのね」
 愛奈は信じられない想いで叫んだ。
「何でそこまでするの?」
 だが、会話はそこで途切れた。拓人がいきなり愛奈を抱き上げたからだ。
「何をするの!? いや」
 まるで荷物のように肩に担ぎ上げられた愛奈は悲痛な叫びを上げた。
 店内にはかなりの数の客がいたが、むろん、この騒動に皆がちらちらと好奇の視線を送っている。
「お客さま、店内での揉め事は困ります」
 騒ぎを聞きつけた店員が駆け寄ってくるも、どこからともなく現れた黒服の背の高い男がさっと店員に近寄り何事か耳打ちした。
 雰囲気としてはボディガードといった感じで、均整の取れた身体を黒服の上下に包み、サングラスをかけている。その男が店員に何かを囁き一万円札を数枚渡すのを愛奈は確かに見た。
「卑怯者、こんなところまでお金で片を付けるのね」
 涙が滲んだ。信じていた優しい従兄、いつも温かなまなざしをくれた年上の男。その真実の姿がこれだったとは。自分は一体、拓人の何を見ていたのだろう。
 金を握らされた途端、店員は大人しくなった。見て見ぬふりを決め込むのだ。客たちも騒動に巻き込まれては叶わないと誰も愛奈を助けてくれようとする者はいない。ただ遠巻きになりゆきを見守っているだけだ。
 結局、愛奈は泣き叫びながら拓人に連れ去られてしまった。ミャー、ニャーとエメがしきりに啼いている。小さな子猫だけが拓人に抱えて連れ去られようとする愛奈を助けるつもりなのか、果敢に拓人の足許に寄っていたけれど―。黒服のボディガードにその度に邪険に追い払われてしまった。
 拓人に担がれた愛奈の耳にエメの哀しげな啼き声が遠く聞こえた。

知ってしまった優しいはずの従兄の残酷な素顔。愛奈はついに拓人の家を出る 小説 監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~

「最後に反町君の気持ちを聞かせて貰えて嬉しかった。私の方こそ、ごめんね。私がアークの社長にあなたのことを喋ってしまったの。カッコ良くて素敵な男の子がいるから、告白しようかと思ってるって」
 よもやその他愛ない打ち明け話がひと組の父子の―少年の運命を無残に変えることになるとはあの時、考えもしなかった。
 拓人は最も卑怯な手を使った。愛奈の生まれて初めての恋はまだ芽吹くその前に、拓人によって摘み取られてしまったのだ。もう二度と、芽吹くこともできないほど徹底的に踏みつけられた。
 だが、これだけは彼に伝えておきたいと思った。
「でもね、これだけは信じて。アークの社長は私の従兄だけれど、婚約者だというのはまったくのデタラメよ。私たちの間には何もないし、私は彼をお兄さんのようにしか見たことはないわ」
「そうなんだ」
 反町君は頷き、晴れやかな笑顔を見せた。
「僕は大学へは行かない。君に余計な心配をさせてしまうから黙ってようと思ったんだ。でも、君には僕も本当のことを知っておいて欲しいから、正直に言うよ。北海道工場に行ったとしても、どうなるか判らないんだ。そこはもう倒産寸前の弱小工場らしいからね。親父は転勤とは名ばかりの体の良い首切りだって言ってる。多分、僕を君から遠ざけたいためにアークの社長が仕組んだことだろう」
 だから大学には行かないけど、君に貰ったボールペンは大切にするよ。
 彼はそう言って、また笑った。
「君が来てくれるなんて、夢のようだ。最後に逢えて両想いだと判って、嬉しかった。逢えるのなら僕もちゃんと何か用意しておくんだったな」
 反町君はジャージの上下を着ている。カッコ良い男の子だから、何を着ていても様になる。彼はそのズボンのポケットから一本のペンを出した。
「これ、僕からのお別れの記念品。本当なら女の子の歓びそうなものを用意できれば良かったのに、使い古しでごめん。僕がいつも使っていたシャーペンなんだ」
 ありがとう、と、愛奈は言おうとして言葉にならなかった。涙が溢れきて、上手く喋れなかった。
「―」
 反町君も何も言わなかった。彼が自転車を停める。黙って愛奈を引き寄せ、腕に抱いてくれた。
「本当に済まない、好きだったよ。最後に逢って、初めてたくさん話して、余計に大好きになった」
 顔を持ち上げられるままに、愛奈は彼を見上げた。そっと落ちてきた口づけは最初は額に、次は唇に。どちらも軽く触れ合わせるだけ、優しい温もりを感じた程度のものだった。
 それから彼は人差し指で愛奈の目尻にたまった涙の雫をぬぐい取ってくれた。
「ごめんなさい。私の方こそ、余計なことを言ったばかりに、あなたとお父さんを大変なことに巻き込んでしまって」
 愛奈が泣きじゃくりながら言うと、彼は優しく言った。
「君のせいじゃない。僕たちはどんなに好きでも想い合っても、きっとこうなる―結ばれない運命だったんだ。だから、君も自分を責めないで」
 愛奈は涙ながらに言った。
「最後に一つだけお願いがあるの」
「なに?」
 優しい声。たぶん、自分は今日のこの別れを永遠に忘れないだろう。彼のやるせなさそうな顔を、唇に感じた優しい温もりも背中に回された確かな手の感触も何一つ忘れない。
「北海道に行っても、サッカーは続けて。私は反町君のゴールを決めるときの姿をひとめ見て、それで好きになったの。だから、遠くに行っても、大学へは行かなくても、どんな形でも良いからサッカーは続けて欲しい」
「判った。ここで約束する」
 彼は微笑んで愛奈の前に小指を差し出す。その指に愛奈が自分の指を絡めた。
 蜜柑色の夕陽がいつまでも絡めた指を放そうとしない若い二人の姿を温かく包み込んでいる。
 後に反町大地は夜間高校を経て苦労して通信制大学を卒業、サッカー部に所属して全国大会で活躍していたところを認められ、上京してサッカーで有名な企業に就職した。後年、Jリーグにも参加し、三十歳を過ぎてのオリンピック出場を果たし、遅咲きの大物といわれた。
 愛奈が彼と涙の再会を果たしたのは、彼が遠い異国で開催されたオリンピックで活躍する様が衛星放送で日本でも伝えられたときである。
―一点差の逆点優勝を日本チームにもたらした奇蹟のゴールキック! 最大の功労者反町大地選手に歓びのインタビューです。
 試合直後に日本人レポーターからマイクを向けられた反町選手はこう語った。
―日本にいる永遠の恋人に、この歓びを捧げます。
 陽に灼けた精悍な彼の頬には流れ落ちるひとすじの涙があった。
 この後、反町選手が三十四歳で独身ということで、その恋人というのが誰なのかマスコミでも話題になったこともあったが。
 既に一流企業アークコーポレーション社長夫人となっていた愛奈と彼の画面越しの切ない再会だった―。
 この後日談はもちろん、十七歳の二人の別れよりもずっと後の出来事になる。
 S駅前で二人は別れた。
「北海道は寒いでしょう、風邪引かないでね」
「君も元気でね」
 反町君は元来た道へ、愛奈は電車乗り場へとそれぞれの道を進むしかなかった。二人の想いは真実ではあったけれど、彼の言うように、その想いを貫き通すには二人ともにまだ若すぎた。
 
 Prisoner(囚われる)

 反町君に涙の別れを告げた愛奈は一旦、拓人の邸宅に戻った。彼から告げられた事実はあまりにも衝撃的すぎて、愛奈の心では様々なことがバラバラに入り乱れて、感情の収拾がうまく付けられなくなりつつあった。
 考えなければならないことがあることは判っていたけれど、今はただひたすら現実から逃れたかった。信じていた拓人が卑劣な手段を使って反町君と愛奈を引き裂いたこと。涼子という恋人がいながら、その一方、素知らぬ顔で愛奈に平然と愛を囁いた拓人の心。
 もう、誰の何を信じれば良いのか判らない。愛奈はこんな場所には一刻たりともいたくなかった。拓人は優しい顔をして平気で嘘を囁く。そんな彼のどこを信じれば良いというのだろうか。
 拓人は自分が欲しいものを手に入れるためには手段を選ばない男、とても冷酷な一面がある。愛奈が知り得たのは、哀しいことに拓人の怖ろしい素顔だけだった。このまま拓人の側にいれば、何が真実で何が嘘なのかまで判らなくなりそうで怖い。
 愛奈は帰宅するなり、当座の荷物を纏めて小さなボストンに入れた。ここに来る時、拓人は身一つで来れば良いと言ってくれた。だから、持ってきたものなど実は殆どない。当座の着替えなどと学校のテキストやノートだけだ。拓人から新たに与えられたものはすべて置いていくつもりだった。
 出ていくときの荷物は自分でも呆れるほど少なかった。通学用鞄に詰め込んだテキスト・ノート類、小さなボストンに納まり切れるほどの服と下着、そんなものだ。改めて自分が何も持たない身であると思い知らされたようで、それはもちろん判っていたことだけれど、愛奈は酷く心細い想いに駆られた。

僕が高校生でなければ、君を彼(社長)から奪った。初恋の彼との哀しい別離! 小説 監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~

 次第に小さくなってゆく涼子を茫然と見送っていると、改めて周囲の視線を痛いほど感じた。顔だけは知っている三年生の男子生徒二人が興味津々といった顔でこちらを見て通り過ぎていく。
 確かに涼子という女は真面目な生徒の多い公立高校では目立ちすぎる。拓人といい涼子といい、連れにするには勇気の要る人たちばかりである。
 溜息をつき、愛奈は涼子とは正反対の方向に歩き始めた。今日はこれから寄るところがあるのだ。いつものようにN駅から電車に乗るのは一緒だが、今日だけは途中下車した。S駅で降りて満奈実のくれたメモ書きを頼りに反町君の家を探す。
 S駅前の元町○―△―×、サンシャインコーポ、メモ書きにはそう書かれていた。住所を辿っていくと、サンシャインコーポはすぐに判った。駅前ということもあり、判りやすかったことも幸いしたようだ。
 愛奈はメモを片手に小さなコーポラスを見上げた。どう見ても築三十年以上は経過しているらしいその建物は鉄筋二階建だ。反町君がただ一人の親友以外に、自宅のありかを告げたがらない理由も何となく察せられた。
 部屋番号は二○三となっていた。ここまで来て引き返すわけにもいかない。愛奈は勇気をかき集めて二階へと続く階段を上った。二階へは外からそのまま上がれる階段が続いている。
 二階に上がると、似たようなドアが幾つか並んでいる。鉄製の狭い通路に洗濯機が置かれているところもあれば、無人なのか長旅にでも出ているのかポストに新聞や郵便物が溢れんばかりにたまっているところもあった。
 二〇三と部屋番号がドアにマジックで書かれている。インターフォンがあったので、試しに押してみると、ブーと思わず飛び上がるほど大きな音が鳴って慌てた。
「はい?」
 ほどなく中側からドアが開いた。よほど運が良かったのだろう、反町君その人に逢えた。
「君―」
 流石に反町君の整った面には愕きがありありと現れていた。
「あ、あの。私、二組の安浦愛奈といいます。今日は突然、訪ねてきて、ごめんなさい」
 愛奈も彼に逢いたい一心で来たものの、いざ顔を合わせてみると何をどう話して良いのか判らなくなった。とりあえず持参したものを渡さなければと小さな紙の手提げ袋を差し出す。
「これ、私が作ったの。また食べて。それから、転校するって聞いたから、お別れの記念にと思って―」
 お別れの記念という言い方も我ながら随分と妙だ。しかし、こういう場合、どういう言い方が適当なのか判断がつきかねた。ここに来るまでは告白しようと思っていたが、こうして顔を見てプレゼントまで渡すことができただけで十分だと思った。
 反町君は黙って紙袋を受け取った。中を覗き込むと、存外に屈託ない笑顔を浮かべた。
「へえ、クッキー。君が焼いたんだ?」
「そう」
 そこで少し考えて、付け足した。
「本当は来年のバレンタインに手作りチョコを渡そうと思ったんだけど」
 反町君の黒瞳がじいっとこちらに向けられる。愛奈は居たたまれなくなり、紅くなった。
「こ、告白しようかなとか思ってたりしてたから」
 思わず声が上擦ってしまった。変な女だと思われていなければ良いが。
「良かったら、ポールペン、使ってね。これから受験とかあるし、大学に行っても使う機会はあるだろうから」
 それだけ言うと、後は何も言うべき言葉がないのに気づき、焦った。
「それじゃ、これで。北海道に行っても、元気でね」
 ぎごちない様子で回れ右をして立ち去ろうとしたその刹那、いきなり背後から抱きしめられ、愛奈は固まった。
―え、な、なに?
「ありがとう。一生大切にするよ」
 吐息混じりの言葉が耳を掠める。反町君の息遣いも愛奈の身体に回された手も何故かとても熱くて、抱きしめられた愛奈自身もその熱が移ってしまったかのように熱くなった。
「ごめん、僕がまだ若すぎて何の力もないから、君に好きだと告げることもできなかった」
 そのときの彼にとっては、そのひと言が精一杯の言葉だったのだろう。反町君はすぐに手を放し、愛奈を自由にしてくれた。
 その時、自然に眼と眼が合い、二人は気まずそうに視線を逸らした。二人とも頬がうす紅く染まっていた。
 愛奈が小さく頭を下げて行こうとするのに、〝待って〟と彼が声をかける。
「駅まで送らせて」
 彼は一階の自転車置き場から年代物らしい自転車を引っ張り出してきた。愛奈の鞄は前籠に入れてくれ、自転車を押した彼と愛奈は並んで駅までの道をゆっくりと辿った。
 その道すがら、愛奈は反町君から想像もしていなかった話を告げられた。
 今回の急な転校は、実は父親が経営を任されている工場が急に閉鎖されることになったためだという。
「北海道の方に関連工場があるんで、そっちの方に転勤という形で行くことになったんだ」
 反町君は淡々と説明する。更に彼は愛奈にショックを与えることを言った。
「父が雇われ工場長をしていた工場は子ども服を作っていてね。親会社は結構名の知れたメーカーで、更にその上にそこを傘下にしているアークコーポレーションという一流企業がある。親父が工場閉鎖と転勤を宣告された時、上から言われたそうだよ。同じ高校に通う息子に安浦愛奈という女子生徒とは今後、何があっても一切関わり合いにならないようにさせろって。もしその約束が守られなければ、北海道工場の話もどうなるか判らない、つまり首切りを暗にほのめかされたんだよ」
「―」
 愛奈は最早、言葉もなく蒼白になっていた。
 反町君が気遣うように彼女を見た。
「大丈夫?」
 愛奈はそっと頷くしかない。彼は弱々しい笑みを浮かべた。
「僕も君と同じだ。晴れて受験が終わって卒業式の日が来たら、君に思い切って告白しようと思っていた。もっとも、バレンタインに君から告白してくれたのだとしたら、卒業よよりは少し早く付き合うことになったかもしれないけどね」
 反町君が愛奈から視線を逸らした。
「親父から言われたよ。僕が安浦愛奈という子とどういう関係があるのかは知らないが、彼女はアークの若社長の婚約者だから、間違っても手を出しちゃいけない」
 ごめんね、と、彼はまた謝った。
「何だか学校でも噂になってたらしいけど、僕は君が好きだった。サッカー部の悪友に二組に可愛い子がいて好きなんだって、うっかり洩らしたのがいけなかったんだろうな。あいつ、お喋りだから」
 その悪友というのが恐らく満奈実がこの住所を聞き出した彼の親友に違いない。
 彼は眩しげに空を見上げた。すっかり長くなった夏の夕陽が長身の彼の影を舗道に映し出している。そろそろ暮れ始めたオレンジ色の空が妙に遠くにあるように思えた。
「もし僕が高校生じゃなかったら、せめてもう少し大人だったら、僕は君がアークの社長のフィアンセであろうと、気持ちを堂々と打ち明けたと思う。その上で君が社長よりも僕を選んでくれたなら、僕は社長を敵に回しても君をさらっていった。でも、僕たちはまだ高校生にすぎない。仮にこのまま君とどこか遠くに逃げたとしても、僕は君の幸せを守ってあげられると約束はできないんだ。勇気と意気地のない僕を許して」
 ううんと、愛奈は泣き笑いの表情で首を振った。

拓人の愛人が校門で待ち伏せ。捨て身で男を愛する姿に少女は大人の愛の深淵を見る 小説 監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~

「先生、ありがとう。私は先生のその気持ちだけで十分です。私なりに色々と考えたんですけど、思い切って児童保護施設に行こうかと思うんです。私はもう十七歳だから、あと少ししか居させては貰えませんが、卒業までまだ数ヶ月先はあるでしょ。だから、その猶予期間の間にバイトとかしながらできるだけお金を貯めます。できれば住み込みで働かせて貰えるところを見つけたいの。もちろん、進学も諦めません。受験もして、働きながら大学に行く方法を考えます」
「そうか、そこまで考えたのか」
 大木先生は感に堪えたように言い、大きく頷いた。
「お前ならできるよ、安浦。僕はお前のような生徒が自分の教え子であることを誇りに思う」
「はい」
 愛奈も大木先生の眼を見つめ返しながら頷いた。
「さあ、次の授業が始まる。もう行きなさい」
 温かく言われ、愛奈は立ち上がった。
「ありがとうございました」
 それからドアを開けて出ていく間際、振り返った。
「先生、素敵な奥さんとお幸せにね」
「なっ、おい。大人をからかうもんじゃないぞ」
 男にしては色白の顔を真っ赤に染めた大木先生が狼狽えている。愛奈は笑いながら生徒指導室のドアを閉めた。
 
 その日の授業が終わった。愛奈は特に部活をしているわけでもないので、六限が終わり次第、帰宅となる。N高校の校門前はそんな生徒たちの姿が至るところに見かけられた。
 愛奈が鞄を提げて校門を通りすぎようとしたのと横から声をかけられたのはほぼ時を同じくしていた。
「また逢ったわね」
 どこか聞き憶えのある声につられて振り向くと、数メートル先に女が佇んでいた。例のスナックのママ涼子という女だ。愛奈の脳裏に一週間前の出来事が甦った。いきなり現れて愛奈の頬を平手打ちにしていった失礼な女だ。ここで再会して良い顔ができるはずもない。
 愛奈が露骨に眉をひそめたのは丸分かりらしい。涼子は低い声で笑いながら、吹かしていた銜え煙草を口から引き抜き、地面でもみ消した。
「まあ、そんな怖い顔をしなさんな。それよりも、これからどこか行かない? あ、近くにファミレスがあったから、そこでお茶でも、どう? 高校生ならマクドの方が良いか?」
「何かご用ですか? あれだけじゃ足りなくて、また私を殴りつけに来たの?」
 愛奈が敵意を露わにして叫ぶのに、涼子はスと足音も立てず近づいてくる。手を伸ばしてきたので、咄嗟にまだ殴られるのかと身を退いた。
 だが、彼女は伸ばした指先を愛奈のツインテールにした長い髪にそっと触れただけだった。
「あんた、本当に良い度胸をしてるわよね。拓人のことは関係なしで、マジでうちの店に引き抜きたいわ。あんたみたいに初(うぶ)で可愛い顔してる癖に負けん気が強いコって、必ずこの世界では成功する。たくさんの新人を育ててきたあたしが言うんだから、間違いない。あんたなら、花街ナンバーワンのホステスにだってなれるわよ」
 愛奈はますます仏頂面になった。
「今日はスカウトに来たんですか? 申し訳ないけど、私は夜のお仕事はしません。今は大学行くのに少しでもお金稼ぎたいですけど、お昼の仕事を探しますから」
「お金が必要なの?」
 涼子が女豹を思わせる棗(なつめ)型の瞳をいっそう見開く。今日のスタイルは紫のレオパード柄のミニワンピースに黒の大きめバックルベルトを合わせている。大きくカットされたv字の胸許にはシャネルの大ぶりのネックレス、腕にはお揃いのゴージャスなブレスレットが燦然と煌めいている。
 いささか開きすぎの感がある胸許から豊かなバストが零れそうで谷間が見えていた。相変わらずの派手っぷりだが、その派手がしっくりと馴染んでいるのがこの女らしい。
「ええ、お金が必要なんです。私、拓人さんの家を出ることになりましたから」
 そのひと言は涼子に予想外の打撃を与えたらしい。彼女は長いウエーブヘアを鬱陶しそうにかき上げた。
 何か言いたそうな彼女に、愛奈は言ってやる。
「あなたは何か誤解してるんじゃないですか。私は別に拓人さんとは何の関係もないんです。拓人さんは従兄で、私にとってはお兄ちゃんも同然の身内です」
 と、涼子が鮮やかに塗られたワインレッド色の唇を引き上げた。
「あんたの気持ちなんて、私には関係ないのよ、お嬢ちゃん」
 涼子は愛奈からつと視線を逸らし、あらぬ方を向いた。その横顔に愛奈はハッとした。綺麗にメークをしているが、そのどこか疲れの滲んだ表情には初対面のときに感じた若さは微塵もなかった。
 よくよく見れば、目尻にも細かな皺が刻まれている。若く見えるけれど、もしかしたら三十半ばくらいなのかもしれない。拓人より年上であることだけは確かだ。
 女の視線は遠かった。
「あたしにとって大切なのは、あの男(ひと)の心がどこに向かっているのかなんだから。拓人さんが私を見てくれなきゃ意味がないのよ。だから、あたしはあんたに拓人さんは渡さない。あたしにはあの男と過ごした二年間があるわ。たとえあんたがどれだけ邪魔をしようが、男と女として過ごした二年はあんたが入り込めないものなの」
 涼子は一方的に喋るだけ喋ると、再び煙草に火を付けた。
「言いたかったのはそれだけ。マ、あんたと出逢ったのも何かの縁だろうから、拓人さんに棄てられて困ったときはあたしのところに来ると良いわ。あたしの眼は節穴じゃないからね。きっとあんたを花街ナンバーワンの女にしてあげる。大学に行くくらいのお金は楽々稼げるわよ」
 煙草から紫の煙を立ち上らせながら、彼女は背を向けてゆっくりと去っていった。
 彼女の言葉を信用すれば、あの女と拓人が愛人関係にあったのは間違いない。彼女と拓人の関係を詮索するつもりはないが、二年間も深い関係にあった女がいながら、ずっと愛奈だけを見つめてきたと平然と口にする男の狡さが哀しかった。
 不思議な女だ。恋敵だと勝手に見なしている愛奈にこれ見よがしの敵意を剥き出しにする癖に、困ったら訪ねてこいと言う。元々は姐御膚の女なのだろう。あの様子では気っ風も良くて、自分の店で雇っている若いホステスたちの面倒見も良さそうだし、意外に慕われているのかもしれない。
 愛奈も嫌いなタイプではなかった。もう少し違った形で出逢いたかったと思わせる女だ。ある意味、涼子の真っすぐさが羨ましいと思う。そこまで一人の男を愛せることが素直に羨ましい。
 愛奈にはどうやれば男を愛せるのか判らない。愛とは何なのか。大木先生は、愛することは、その人とずっと一緒にいたいと思うことだと言った。笑顔だけでなく哀しい顔や怒った顔、どんな顔もいつも側にいて眺めていたい、そう思ったから、奥さんと結婚したのだと。
 ならば、やはり、歓びだけでなく哀しみ苦しみさえも共に乗り越えようとする気持ち、それが愛と呼べるものかもしれない。あの涼子は果たして、どのように考えているのだろう。拓人となら、どのような人生の試練も受け止めて乗り越えていけると考えているのか。
 十七歳の愛奈には、まだ理解するには深すぎる愛の深淵だった。今の愛奈にとって、涼子はまさに大人の女に見える。外見ではなく、彼女の生き方、愛し方そのものが。

愛することは相手の自由を奪い縛りつけることじゃない。進学を決意した愛奈は拓人の元から飛び立とうと、、小説 監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~

 拓人意外に頼れる親戚もいない。めぐる想いに応えはない。愛奈は進退窮まっていた。その朝は到底拓人と顔を合わせる気にもなれず、食欲もなかったので、八時過ぎに家を出た。大抵なら拓人が七時半に迎えにきた専用車で出勤した後、愛奈もすぐに家を出る。しかし、今日はこの分では遅刻は間違いないだろう。
 案の定、その日は高校に着いたのは九時を回っていた。昼休み、愛奈は担任の大木先生から生徒指導室に呼ばれた。職員室では何かと人眼があるから、二人だけで話せる場所を選んでくれたのはありがたかった。
「昨日の今日だから、僕も心配していたんだが、どうだ、あれから従兄とは話はできたか?」
 大木先生も気にしてくれていたのだ。愛奈はゆっくりと首を振った。
「やっぱり、駄目みたいです」
「そうか」
 大木先生は難しい表情で考え込んだ。
「君の従兄は本気で安浦と結婚しようというのか?」
 これにも愛奈は頷くことで肯定の意を示した。
「他人の恋愛に首を突っ込むのは野暮と言いたいところだが、僕は安浦の担任だしなぁ。それに、結婚云々はともかく、そのために大学進学を断念しろだなんて、あまりにも身勝手すぎる。結婚するならするで構わないが、何故、そんなに急ぐんだ? まさか子どもが?」
 大木先生の言葉に、愛奈は真っ赤になった。
「とんでもないです。私と従兄はまだ全然、そんな関係じゃないですから。先生まで人聞きの悪いことを言わないで下さい」
 そんな関係じゃないと言ってから、昨夜の淫らなキスが突如として頭に浮かんだ。その拍子にカーッと顔中に全身の血が集まってきて、ますます頬が赤らむのを自覚してしまう。
 そんな愛奈を複雑そうに見つめ、大木先生は静かに言った。
「それで安浦、君自身はこれからどうするつもりなんだ?」
 大木先生は愛奈を見つめながら、軽く頷いた。
「いずれにせよ、僕は担任としても一人の大人としても、君個人の意思を最大限尊重したいと思うんだ。君の人生は他の誰でもない君自身のものだからね。長い人生をこれからずっと後になって振り返った時、後悔しないような生き方を君にはして欲しい」
「先生、私」
 愛奈は開きかけた口をつぐんだ。わずかに躊躇ってから、ようよう続ける。
「どんなに考えてみても、まだ結婚は考えられません。それに、拓人さん―従兄に対しても、幼いときから兄に対するような感情しか抱いてこなかったので、彼との結婚そのものについても自分がどうしたいのか判らないんです」
 と、大木先生は意外なことを言った。
「安浦は彼との結婚が嫌というわけではないのか?」
 いや? 拓人さんとの結婚が嫌―。
 初めて突きつけられた問いに、愛奈は言葉を失った。彼女は視線を揺らし、あからさまな戸惑いを面に浮かべた。
「正直、そんなことは考えてもみませんでした。私がいやなのは今すぐに結婚しろと命令のように強制されることなので」
 そんな風に傲岸に命じてくる拓人自身も嫌いだと思い込んでいた。けれど、真実はどうなのだろう。そういえばと、愛奈は改めて思い出す。
 昨夜、強引にキスされたときも、あの行為そのものに嫌悪感は抱かなかった―。あれはファーストキスだったのに、拓人にいきなり奪われたときもショックで哀しかったけれど、けして不快感や嫌悪は感じていなかった。
 無意識の中に唇に触れている愛奈を見つめ、大木先生は言った。
「僕の話が参考になるかどうかは判らないが、ちょっとだけ聞いて欲しい。僕が嫁さんと結婚を決めたのはごく単純な動機だった」
「先生と奥さんって、確か中学生のときからの恋愛結婚なんですよね」
 授業の合間に幾度も聞かされた惚気話なので、周知のことだ。
 大木先生は年甲斐もなく頬をポッと赤らめている。
「まあ、な。それはともかく、僕はこれからの人生をずっとこいつの側で過ごしたい、そう確信したから、嫁さんと結婚したんだよ。結婚は恋愛とは違うとかよく世間では言う。それは確かにある一面の真実ではあるが、結局、基本は同じところにあると僕は思ってるんだ」
「基本、ですか?」
「そう、この人といつも一緒にいたい。その笑顔だけでなく泣いたり怒ったりする顔も全部見てみたい―、そういう気持ちになることが人を愛する瞬間じゃないかと思う」
 愛奈の耳奥で昨夜聞かされた拓人の言葉がリフレインした。
―可愛いお前をずっと側に置いておきたかった、いつもお前の笑顔を見ていたかった、ただそれだけだったんだ。
 それでは、拓人さんは本当に私を必要としてくれているの?
 別に彼の気持ちを疑うつもりはなかったけれど、その想いの中身までじっくりと考えるだけのゆとりはなかったのだ。従兄としてしか見てなかった拓人からの突然のプロポーズはそれだけ衝撃的だった。
「どうやら安浦も彼のことは嫌いではないようだな」
 大木先生は笑い、すぐに表情を引き締めた。
「しかし、幾ら好きだとしても、その気持ちを押し通すためにお前の未来を歪めたり奪ったりすることは許されないよ。いや、好きだからこそ尚更、相手の意思を大切にしてあげるのが本当の愛というものだ。結婚そのものは君たちの問題だし、僕が口を挟む気はないが、進学については慎重を期する必要があるね。とにかくもう一度、君の従兄と話をしてみよう。何とか進学を認めさせるように説得するから」
「ありがとうございます」
 愛奈はペコリと頭を下げた。
「先生、私、従兄の家を出ようかと考えています。先生の言うように、私はもしかしたら、従兄を嫌いじゃないのかもしれない。でも、今のままの中途半端な気持ちで彼の家に居続けるのは従兄に対しても自分にとっても良いことじゃないと思うから。もっと一杯考えて、自分の気持ちやこれからどうするかが見えてきたら、そのときに彼と向き合おうと思ってます」
「そうだな、先生もそれが賢明な判断だと思うよ。従兄妹同士とはいえ、彼も独身で若いのだし、ましてや、彼は安浦と結婚したいとまで言っているのだから、やはり君が彼との結婚を前向きに考えられるようになるまでは同居すべきじゃないだろうな」
「はい」
 愛奈が頷いた時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「それで、安浦、彼の家を出て、どこか身を寄せる当てはあるのか?」
 大木先生の言葉に、愛奈は小さく首を振った。
「僕のところに来いと言ってやりたいのは山々だが僕もこれでも一応、若い部類には入るしなぁ。嫁さんと子どもがいると言っても、年頃の女子生徒を自宅に住まわせたとなると、僕だけではなく君までもが心ない噂の的になってしまう」
 愛奈は明るく微笑んだ。
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  • イケメンの優しい従兄がまさか豹変するとは思わず、、小説 監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~ 第三回
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