2005年04月20日

【DQ】小説版のこと(4)

 読んでみました、小説版DQ5(久美沙織・著)。
 
 ずいぶん昔に読んだような気がしてたけど、違った。あれは、ゲームブックのほうでした。ゲームブックは、小説としては最悪なので、読まないことをお勧めします(当時小学生だったオレの小遣いをカエセ……)。
 
 さて、この小説版DQ5。
 
 特徴は、全編通じて、戦闘シーンの描写が薄いこと。ゲームではあんなに死闘を繰り広げて倒したボス戦も、だいたい一撃で決着がつく。闘うというよりは、相手を赦す、敵との闘いと言うよりは、登場人物の内面の闘いとして描かれています。
 これを、「人物の内面描写に徹している」と評価するか、「生ぬるい」と評価するかで、作品そのものの評価も割れそうです。

 また、魔王についても独自の解釈で書かれています。ミルドラースが、ジジイじゃなくて、子どもだったり。これも、評価が割れるところでしょうか。
 イブールも、独自設定で書かれています。ただ、こいつについては、高評価に値するのではなかろうか。まず、歪みっぷりが面白い。また、ゲームではあんなに偉そうだったのに、こちらでは、ゲマとミルドラースにはさまれて、ただの傀儡と化しているところもまた。

 名シーンは、ヘンリーのラインハット奪還(青年時代前期)と、仲間モンスター関係。要するに、青年時代前半の仲間関係の描写が非常によい。特に、スライムナイトのピエール関係では、これだけで小説が1本書けそう。
 そして、仲間の描写が最も美しく、最も悲惨な形で現れたのが、デモンズタワーの壮絶な闘い。本作は、全編通じて戦闘シーンが薄いと前に書きましたが、ここだけは例外です。
 ビアンカを奪われた怒りからでしょうか、ここだけは逆に、DQ5主人公の「愛をもって戦う」という基本姿勢が意図的に奪われています。このことが、後に起こる様々な悲劇の引き金になってしまったのでしょう……。
 悲劇――そのうちのひとつは、いうまでもなく主人公夫妻が8年間にわたり石にされちゃうことです。もうひとつが、すなわち、仲間たちとの今生の別れです。生き残るのは誰か。ここだけは、全く先の読めない展開にヒヤヒヤしました。
 このシーンだけ、というのが、このシーンを引き立たせているのでしょう。それゆえに、主人公の性格を引き立たせ、愛を失ったときにどのような悲劇が起こるのかを見せてくれます。それゆえに、私は、この作品を名作と評価します。

 残念だったのは、このあと、すなわち青年時代後期は、キャラが増えすぎて収集がつかなくなっていたことです。
 例えば、双子の描写も、もっとたくさんのイベントを通じて重ねていけば、きっと面白かっただろうに、ストーリーの都合と、紙幅の都合でそれもできなかった模様。また、イブール討伐後、ビアンカが戻ってきますが、その後の存在感はほとんどなし。仲間モンスターにいたっては、空気に等しい。ピエールとマーサの関係もいろいろあったのに、これもうやむやにされてしまった。あれ、そういえば、ブオーンは……等々。

 加えて、伝説の勇者の活躍の場がほとんどなくなっていたのも残念。もっとも、魔物使いである主人公を前面に押し出すと、勇者の出番が少なくなってしまうのは、いわば宿命に近いのですが……。
それにしても、DQ5原作は、親子3代にわたる勇者をめぐる旅だったわけですが、それが半分忘れられかけていた感じさえします。オリジナル要素に重点を置きすぎた感もあります。

 とはいえ、本作は、小説としては充分、及第点だと思います。
 とかく黒歴史として扱われがちな小説版DQ5ですが、リメイクDQ5が最大最凶の黒歴史として現れた今、そんなこと気にせず、ひとつの解釈として読んでみてはいかがでしょう。

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