●「コースト・オブ・ユートピア〜ユートピアの岸へ」(シアターコクーン)
第1部「船出」9/15
第2部「難破」9/16
第3部「漂着」9/17の予定だったが欠席
作:トム・ストッパート 翻訳:広田敦郎 演出:蜷川幸雄
美術:中越司 照明:室伏生大 衣装:小峰リリー 音楽:朝比奈尚行 衣装;小峰リリー 振り付け:広崎うらん
出演:阿部寛、勝村政信、池内博之、別所哲也、長谷川博己、紺野まひる、京野ことみ、美波、高橋真唯、佐藤江梨子、水野美紀、栗山千明、とよた真帆、大森博史、松尾敏伸、大石継太、横田栄司、銀粉蝶、毬谷友子、瑳川哲朗、麻実れい 他
よくもまあ、こんなに馴染みにくい世界を描いた9時間もの大作をやろうと思ったなあと、まずはそこに敬意を表したい。
19世紀のロシアがメインだが、2部の場所はパリだったし、ロシアだけでなく19世のヨーロッパの歴史と文学についての予備知識がないとわかりにくいと思うが、それでも1部と2部を見ただけでも引きつけられるものがあり、そこが蜷川さんの演出のすごいところだと思った。もちろん、そこには体と声を通してその世界を伝える役者の存在があるわけで、これぞ演劇の醍醐味。
そして、私は肝心の第3部を見られなかったので、この物語、この舞台の到達点を判断できないのがとても残念だ。
このところの蜷川さんは、大きな変革を志して成し遂げられなかった人、また歴史が大きく変わる中で、その歴史に関わろうとする一人一人の人間がどう生きたかを描こうとする作品が多いように思う。この舞台もそういう1本だろう。
1部はおもしろい作りになっていた。1幕では、バクーニン家においていろいろなできことが起こるが、時間が飛んでいて、その飛んだ時間の間に起こった事については詳しい説明がなく、家族の会話の中で断片的に語られるだけだ。1幕の最後の方で、贔屓の長谷川くん演ずるスタンケーヴィチは病気で死んでしまうので、2幕に出ないのは寂しいと思ったら、2幕は、1幕と同じ時間の別の場所で起こった出来事を描いている。だから、1幕でわからなかった事件が具体的に目の前で演じられる。そこで「なるほど〜」と思う訳だ。だから、1幕で死んでしまったスタンケーヴィチもまた登場したので嬉しかった。
見た日の日記にも書いた通り、長谷川くん演ずるスタンケーヴィチはバクーニン家の娘たちに「まるでエフゲニー・オネーギンのよう」と憧れの眼差しで語られるのだが、まさにそのとおりで、すごい素敵だった。恋仲になる紺野まひると二人のシーンは二人とも舞い上がった感じがすごくよかったし、ピアノを弾くシーンは見ているだけでドキドキした。ピアノ側の席だったので、手が見えたのだが手が綺麗だったなあ。1部では美波ちゃんもとてもよかったなあ。2部には出ていなくて3部には出ていたはずなので、3部の美波ちゃんも見たかった。
私が見た1部、2部でがんばっていたのは池内くん。阿部ちゃんとかよりも台詞が多かったんじゃないかな。実は池内くん演じた文芸評論家のベリンスキーが1部、2部ではすごい重要な役だったのだ。観客が一番感情移入しやすいのは彼じゃないかなあ。
私はこの舞台を観るまで、ベリンスキーについてはよく知らなかったのだが、この後でたまたま読んだ光文社古典新訳文庫のゴーゴリの「鼻/外套/査察官」のあとがきに、何度も名前が出て来てびっくりした。1842年に出版されたゴーゴリの「死せる魂」について、知識人たちが「農奴制を告発したすぐれた実写主義小説である」と絶賛し、ベリンスキーやゲルtェンが高く評価したという。とうのゴーゴリはその扱いに「おそれをなして」ローマに逃げてしまったし、このあとがきによると、そもそもゴーゴリには体勢批判というつもりはなかったらしい。(余談だが、この新訳、落語調の口調が物語にあっていて、すごい笑える。)
2部は普通に時系列に物語が進む。2部は1848年の2月革命の頃の話だが、それに関わる話というより、2組の夫婦に起こる不倫関係をメインとする人間ドラマがメイン。そこでは、ゲリツェンの妻・ナタリーがすごく重要で難しい役所。今時の一般的な感覚ではナタリーの「愛」は理解しがたいので。ナタリー役の水野美紀の芝居からは、ナタリーの気持の本質的なところは理解できなかったなあ。
とにかく、最後まで観たかった。潤くんは1日で全部見たというから、感想をきいてみたいなあ。私もそういうコースにした方がよかったかもしれない。WOWOWあたりで放送してくれることを期待しよう。
第1部「船出」9/15
第2部「難破」9/16
第3部「漂着」9/17の予定だったが欠席
作:トム・ストッパート 翻訳:広田敦郎 演出:蜷川幸雄
美術:中越司 照明:室伏生大 衣装:小峰リリー 音楽:朝比奈尚行 衣装;小峰リリー 振り付け:広崎うらん
出演:阿部寛、勝村政信、池内博之、別所哲也、長谷川博己、紺野まひる、京野ことみ、美波、高橋真唯、佐藤江梨子、水野美紀、栗山千明、とよた真帆、大森博史、松尾敏伸、大石継太、横田栄司、銀粉蝶、毬谷友子、瑳川哲朗、麻実れい 他
よくもまあ、こんなに馴染みにくい世界を描いた9時間もの大作をやろうと思ったなあと、まずはそこに敬意を表したい。
19世紀のロシアがメインだが、2部の場所はパリだったし、ロシアだけでなく19世のヨーロッパの歴史と文学についての予備知識がないとわかりにくいと思うが、それでも1部と2部を見ただけでも引きつけられるものがあり、そこが蜷川さんの演出のすごいところだと思った。もちろん、そこには体と声を通してその世界を伝える役者の存在があるわけで、これぞ演劇の醍醐味。
そして、私は肝心の第3部を見られなかったので、この物語、この舞台の到達点を判断できないのがとても残念だ。
このところの蜷川さんは、大きな変革を志して成し遂げられなかった人、また歴史が大きく変わる中で、その歴史に関わろうとする一人一人の人間がどう生きたかを描こうとする作品が多いように思う。この舞台もそういう1本だろう。
1部はおもしろい作りになっていた。1幕では、バクーニン家においていろいろなできことが起こるが、時間が飛んでいて、その飛んだ時間の間に起こった事については詳しい説明がなく、家族の会話の中で断片的に語られるだけだ。1幕の最後の方で、贔屓の長谷川くん演ずるスタンケーヴィチは病気で死んでしまうので、2幕に出ないのは寂しいと思ったら、2幕は、1幕と同じ時間の別の場所で起こった出来事を描いている。だから、1幕でわからなかった事件が具体的に目の前で演じられる。そこで「なるほど〜」と思う訳だ。だから、1幕で死んでしまったスタンケーヴィチもまた登場したので嬉しかった。
見た日の日記にも書いた通り、長谷川くん演ずるスタンケーヴィチはバクーニン家の娘たちに「まるでエフゲニー・オネーギンのよう」と憧れの眼差しで語られるのだが、まさにそのとおりで、すごい素敵だった。恋仲になる紺野まひると二人のシーンは二人とも舞い上がった感じがすごくよかったし、ピアノを弾くシーンは見ているだけでドキドキした。ピアノ側の席だったので、手が見えたのだが手が綺麗だったなあ。1部では美波ちゃんもとてもよかったなあ。2部には出ていなくて3部には出ていたはずなので、3部の美波ちゃんも見たかった。
私が見た1部、2部でがんばっていたのは池内くん。阿部ちゃんとかよりも台詞が多かったんじゃないかな。実は池内くん演じた文芸評論家のベリンスキーが1部、2部ではすごい重要な役だったのだ。観客が一番感情移入しやすいのは彼じゃないかなあ。
私はこの舞台を観るまで、ベリンスキーについてはよく知らなかったのだが、この後でたまたま読んだ光文社古典新訳文庫のゴーゴリの「鼻/外套/査察官」のあとがきに、何度も名前が出て来てびっくりした。1842年に出版されたゴーゴリの「死せる魂」について、知識人たちが「農奴制を告発したすぐれた実写主義小説である」と絶賛し、ベリンスキーやゲルtェンが高く評価したという。とうのゴーゴリはその扱いに「おそれをなして」ローマに逃げてしまったし、このあとがきによると、そもそもゴーゴリには体勢批判というつもりはなかったらしい。(余談だが、この新訳、落語調の口調が物語にあっていて、すごい笑える。)
2部は普通に時系列に物語が進む。2部は1848年の2月革命の頃の話だが、それに関わる話というより、2組の夫婦に起こる不倫関係をメインとする人間ドラマがメイン。そこでは、ゲリツェンの妻・ナタリーがすごく重要で難しい役所。今時の一般的な感覚ではナタリーの「愛」は理解しがたいので。ナタリー役の水野美紀の芝居からは、ナタリーの気持の本質的なところは理解できなかったなあ。
とにかく、最後まで観たかった。潤くんは1日で全部見たというから、感想をきいてみたいなあ。私もそういうコースにした方がよかったかもしれない。WOWOWあたりで放送してくれることを期待しよう。


