1980年代中頃(キャプテン翼)から1990年代初頭(幽遊白書・スラムダンク)にかけて、女性向同人界はいわゆる同人バブル時代の最中にありました。
現在の同人界ほどジャンルの細分化もなく、商業ボーイズラブ作品もなく、インターネットもない時代。乙女たちの夢と妄想を先頭立って引き受けたのは、極限られた一部の大手サークルさんたちでした。
同人バブル時代の大手サークルさんには、現在では考えられないバブリーな逸話の数々が伝説として残されています。ちょっと長いですが、当時の雰囲気をお楽しみ下さい。
49 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。そもそも、サークルさんやジャンルの絶対数も少なく、商業BLもない時代ですから、801を読みたければ同人誌、となり乙女の人気は自然と一極集中する形になりました。
当時、大手で売り子をしていた身としては懐かしい思いでです、同人バブル…。本の装丁はハードカバー、本文は上質紙110kgに色替え紙替えフルカラー口絵は当たり前。
(会計してる時あまりの重さに手が腱鞘炎になりそうだった)
差し入れはブランド物の小物に有名メーカーのお菓子に1万円くらいするであろう豪華な花束。プレゼントだけでも3〜4箱搬出してたなあ…。
冬のコミケとなれば毛皮のコートに全身ブランド物で固めた大手作家さんたちをあちこちで見かけたものです。(ちなみに晴海A館時代の時)
そういやお約束のお揃いエプロンで売り子してたなあ(w
……当時を思い出すと痛しかゆしなリアル工房の時の思いででした。
71 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
バブルは去りかけの頃だったが
オザキ皆見の本で、総100頁ちょいくらいの中の
トーク部分に50頁くらい使ってる本があったんだけど
トーク頁がすべてフェザーワルツっつー特殊紙180kで2色刷でした。
そんなに価値のある「お語り」なのかとビビクーリしました。
120 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
バブル期といって私が思い出すのはえみ栗さんのパーティーだなあ。
大手さん同士が開くパーティーは多々あれど自分らの出してる本の原作アニメの声優さんを受・攻そろってご招待、原作アニメ作ってたアニメーターによるカップリング入りまくりのオリジナルパロアニメ(変、表現が変...でもこうとしか言いようがない...笑)に声優さんがアテレコしたやつの上映、関西開催にもかかわらず参加人数は1000人単位・・・ってのを女性向け単独サークルでやってたとこは少なかろう・・・。
しかもそのときのジャンルが流行モノじゃなくて鯵っ子ってのがすごいわ(笑)
当時関東住まいのリアル厨だった私は指をくわえてパンフレットだけみてましたよ・・・。
130 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
当時の自分はダンパやお誕生日会を主催出来るようになったら
大手だね。という今から考えると笑えるような認識を持っていましたなあ。
懐かしい。声優さんつきのCD出すのは最大手なら当たり前という認識までありました。
武勇伝かどうかは分かりませんが、
一万円札のぎっしりつまった財布を、売り子の家に置き忘れた某大手さんが、取りに行くのが面倒だからと、そっくりそのままその売り子にあげちゃったりしてたのは知ってます。
187 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
売り子してましたが、コミケは搬入・搬出作業よりも
ダンボールに投げ込んだお金を最後にまとめなければならない
作業が一番苦痛でした。
結局ある程度まとめたらあとはゴミ袋に入れてガムテープで
ぐるぐる巻きにして本人に渡してました。
数えてないけど、やはりかなりの額だったでしょう。
もっと売れてた人はもっとすごかったと思うと恐ろしい・・・。
194 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
うろ覚えの記憶で、これが間違いだったらサークルさんに
申し訳ないんであるサークルってことにするけどさ、
フリートークだかに「祝!25万部突破」<サークル活動総計でね
って書いてあった覚えがあってさ、あれはまだバブル初期の頃。
その後の方がもっと売れたと思うんだ。
25万×一冊平均600円としても・・・貯蓄、億は嘘じゃないかもよ。
218 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
三波様は商業いってからの初画集でご自分のお写真披露されてましたね。外車にボディコン+サングラス+ワンレン。今みるとまさにバブリーなディスコ通い姉さんって感じの・・・
たしかそのころ22才くらい。ああ今の私より年下だわ。すごい、すごさを感じずにいられません。
ダンパも三波様の最初のサークル解散記念が最初じゃないかしら〜。
ゴールドの特殊紙に黒と赤の箔押し、中身もフルカラーページ有りのパンフでしたね。
240 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
>236
どこの印刷屋のパックだゴルァな本ばかりだしね大手も。
遊び紙すらない本の多いこと。
たかが口絵はさんだくらいで
たかが表紙だけありがちな紙に替えただけで
たかが箔押しただけで
豪華とか抜かされちゃこっちが泣けるわ
豪華ってのは!豪華ってのは!
意味もなく上製本
意味もなく高い遊び紙が何枚も
意味もなく厚い本文特殊紙
こんなのは当たり前
更には
開くとオルゴール
本物の押し葉入り
本棚に入らないB4本
バブル・・・また味わいたいわ・・
262 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
2色分解がフルカラーよりも高かった時代に、
挿絵というか背景画が2色分解(まるまる1ページ使って、全ページそれ)
小説の本文はトレぺに金刷り、トレぺからその後ろの挿絵がすけてみえる・・・というのがありました。
つまり、両面カラー→トレぺ片面金刷り→トレぺ片面金刷り→両面カラー→トレぺ片面金刷り(エンドレス)
印刷屋さんもこんな本つくりたくないだろうな・・・と思った。どうやってページ合わせするんだろう・・・。
本文フェザーワルツきっついですよね。そういや最近は全然ないけど
バブル期の本は紙厚すぎて途中でバリッと本文とれるのがたくさんありましたなー(笑)
456 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
んじゃ地味な話題ですが手元にある同人誌のイベント参加予定。
「イベント参加予定は 5/30 東京と神戸
6/13 東京
7/4 東京
7/11 神戸
7/18 岡山
7/25 東京
8/1 東京
8/8 神戸
8/15.16 夏コミケ
8/22 大阪
8/29 名古屋 などなどです。」
3ヶ月でよくぞ。本人は兵庫にお住まいで、どれだけ直参してたのか
知りませんが。
460 名前: おばばさま
わしゃC翼からスラダン期まで生息しておったが
一番スケールのデカイ噂が飛び交っておったのは
高OゆX、くらOぷがまだブースを出しておった頃かのう
やれ誰が家建てただの、ポルシェ買ったのなどなど、
おかげで同人の世界が魑魅魍魎の世界だということを
思い知らされたワイ
噂話も大から小まで様々に飛び交っておったのう
今みたいにネットも流行って無かったしのう(男どもは別)
461 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
某氏なんかは同人での自分のFCはおろか、個人ショップまで出してたのう
青山にポンと数千万の店を「うん、買っちゃった」と軽く言いおった
部数はC翼当時の再版本で8千だったから
最盛期の新刊初版が3万というのもウソではないはず
外車どころか専用運転手も(アシ兼用で)雇ってたワイ
わしら下っ端が乗せてもらう時には緊張したものじゃ
おばばさまのなつかしい回想録じゃよ…
539 名前: もえ
私の大学の同級生は三十代のお姉さんです。
結婚して子供もいる彼女は☆矢から翼行って鎧まで同人をやってたそうで。そんな彼女の実家に遊びにいってお母さまから聞いた話に驚愕しました。
彼女が高校生の頃父上が家を出ていって(愛人のところ)でも離婚してくれないままなので家にはお金を入れてくれない。一つ年上のお兄ちゃんは医大目指してたけど仕方ないから就職するとあきらめていたときに彼女は同人やってためた貯金通帳を持ってきて「あたしが学校行かせてあげる」といいきったのだそうです。
で、本の売り上げで兄を私大に四年間通わせ妹も地方の私立大学に行かせて仕送りもしてさらに二人が結婚するとこまで全部同人の稼ぎで賄って。
十年ほど前に家も建ててから鎧で活動を終わらせて結婚して出産して子供幼稚園になってから大学にきたのですが当然その学費も同人貯金。
今のそのお宅には名残であるファンレターが押入れいっぱい入ってます。
「でも別に原稿びたりじゃなくてイベント行脚もしていろいろ遊んでたよ」と見せてもらった写真のボデコン姉さんズは今も知られてる有名作家さんだった‥。
彼女宅の一室がだらけも真っ青のコレクションfr噂のオルゴール本も香水本も見せてもらいましたが彼女自身も遊び紙がオフメタル箔押しだのごっついことしてたけど当時はそんなの当たり前だったらしいな。
当時の彼女と同い年の私は斜陽でスペース代分売れれば万歳なだけに平伏。
しかしなあ二十歳そこいらの娘が財テクしてたのも時代の流れではあろうけどいくらなんでも強行印刷した新刊の搬入が間に合わないからって日参してくる銀行の行員に晴海まで持ってこさせたことあるって‥。
「そのくらい使ってあげてたのよ銀行」とかいうけどしかも五人がかりってえ?
休日の早朝から小娘のエロ本運びやらされたおじさんたち。すごいや。
そんな彼女からみたら今の同人誌なんてなによこれ状態だそうで。
もうちょっと本つくりに気合入れなさいといわれました。あふー。
601 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
バブル末期の籠球のころの話をよく聞いたんですが、ある程度の大手になると本の売り上げや発行部数では競い合っても仕方ないから作家本人のお洋服・おバッグ・お車などで対抗しあってたそうで。
「あの人がシャネルなら私はグッチよ」って感じで。
2度と同じ格好ではイベント行けないといって、上下はもちろん靴やバッグまでイベントのたびに買い換えしたそうです。もちろんブランド物。
604 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
当時は世間のブランドブームもあって完璧に揃えていくのが当たり前での
おばばはただの中手じゃったからイベントに着ていく服がなくて困ったものじゃ…
同じ学校だった大手知り合いの関係でおばばのまわりは大手様ばかりだった「オババ先生は今度のイベント何を着るのかしら?私は××で新調したわ〜」という会話が飛び交った
(当時は意味もなくお互いセンセイ呼ばわりをしたものじゃ)
そして洋服・バッグ・車(運転手付き)などでお互い作家同士牽制しあった
「アイツがよく着てる××、私はあんな安いブランド着ないわよー。ほほほ」
おばばのスーツはノーブランド3万円がやっとじゃった…肩身が狭かったのう
今はウニクロでもイベントへ行かれるときく…よい時代になったものじゃ
608 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
売り上げでろれっくすのクロノグラフを買ったよ・・。
当時リアル厨房だったよ・・・。
674 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
懐かしい青春の日々を思い返して目頭が熱くなりました。
当時中堅だった私が作った本もバブル故の厚さだったかと思います。
本文360P 表紙5色+金銀+箔押し4箇所 指定多数 本文フルカラー16頁等等を2500円で7000部ほど販売させていただきました。
良心的なお値段と当時皆様からはご好評頂いたのですが
印刷代が一冊あたり200円だったことは死んでも申し上げられません。
ゲスト頂いた方には頁1万ほどのお礼を差し上げてました。
734 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
当時も今も小手だけど、当時はやっぱりバブルだった。
部数は500〜1000を彷徨ってた感じだったけど、売上で
両親を海外旅行(ヨーロッパ一周)に連れて行った工房時代・・・。
親はちょっと心配してたなぁ。
758 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。
部数の話が出ておったな…
当時の目安は2〜3000部ではまだまだ並〜中堅。よくて島角がせいぜいじゃ
1000以下は完全なピコだったのう。<印刷所にはお客扱いされなかったぞよ
5000程度で壁を行ったり来たり
10000部くらいになると、だいたい壁じゃったか
島中でも平気で4桁刷り、それがはけることにバブルのすごさがある
みんなが手当たり次第に本を買った
最低部数のラインが高かったのじゃな
大手サークルさんには、それぞれ多くの信者とも言えるファンがつき、乙女たちは彼女たちの作品を半ば聖書にように熱心に読み込んだのです。
【憧れという熱病】
その中で頭角を現し、商業活動へ移行して成功した作家さんがいました。
諸説ありますが、ここでは下記の御三方を取り上げます。
斬新な絵柄、作風で人気を得た高河ゆん先生。
華麗なビジュアル作品と生き様で乙女たちの度肝を抜いた尾崎南先生。
ハイエンドとも称された圧倒的画力を誇るCLAMP先生。
各先生方は、思春期の同人少女たちに熱狂的に愛され、「同人少女は高河ゆん・尾崎南・CLAMPのいずれかを必ず一度は通る」とまで言われました。今でこそ珍しくありませんが、当時は同人出身で商業でここまでの人気を得た作家さんは少なく、作品自体はもちろん、先生方ご自身が憧れのカリスマ的存在だったのです。
先生のような作品が描きたい。
先生のような大手サークルになりたい。
先生のようなライフスタイルに――――。
アイドルに憧れる少女たちがそうであるように、乙女たちも先生方の模倣を始めます。当時の代表的な作風は以下の通りです。
・退廃的なポエムやモノローグ。大多数の同人少女がこの熱病に侵され、若々しい作品を生み出していきました。
・謎のリボンで拘束されたキャラクター。
・ナチスの軍服を着せる。
・90年代ビジュアル系のようなファッション。
・とにかく血と羽と十字架。
・必要以上に英文を使う。
【そしてトラウマへ】
ところが、とかく流行は過ぎていくもの、熱病はさめるもの。思春期を過ぎ大人になるにつれて、同人少女たちは自らが生み出した迷作に苦しみ出すようになります。
何でこんなもの描いてしまったんだろう…。
何でこんなものを得意気に友人に見せてしまったんだろう…。
若かったんだと微笑ましく忘れるには、それらの作品は少々パンチが効きすぎていました。
そしてこの恥ずかしさが、御三方に熱狂した年齢層の腐女子の中で、一種風土病に近いトラウマとなって沈殿していきます。
若いころの振る舞いが恥ずかしいなんて、誰にでもあることなのではないか?そう思われる方も多いでしょう。しかしこのトラウマは、自作品だけに限らず、上記のような条件を少しでも備えた作品にもまんべんなく適応されてしまいます。
20代後半〜30代の腐女子の多くは、キャラクターがポエムを吐き、十字架をしているだけで、恥ずかしい記憶が鮮明に蘇り、純粋に作品を楽しむことが出来なくなる症状に罹っているのです。
「BLEACH」「最遊記」などがこれに該当するでしょうか。
双方とも一般層や若い層に人気のある作品なのに、同人界では大ブレイクしなかった理由が、ここにあるのではないかと管理人は考えます。
701 名前:名無しさん@どーでもいいことだが。※真具…当時の大手サークルさん。
鰤は作者があれなんで
堅実なタイプの人は萌えたとしてもやらないだろう
でもって、がゆんを一過性熱病として青春期に経験し
現在、それを苦い過去として記憶にとどめてる
20代から30代の描き手、読み手はもはや取り込様がない
所々にちりばあめられる臭いに過敏に反応or潜在意識で反応
低級のようにネタとして笑い飛ばせないスルーできない
一種のトラウマスイッチがついてしまってるのだよ。
702 名前:名無しさん@どーでもいいことだが。
ああ、それから
思ってる以上にがゆんトラウマスイッチを
持ち合わせた腐女子が同人オタクには多いのだよ。
他には女豹様スイッチ、真具スイッチもある
上記のレスの「スイッチ」という考え方は非常に面白いです。
あの頃、信奉していた作品、そしてその特徴にかすった作品。それらに、必要以上に反応してしまい、苦い過去を呼び起こすスイッチとなり、萌えることが出来なくなる。
現在、女性向同人界では、一定の年齢層より上の世代には受け入れられ難い(ように見える)作品が、多数あります。単に若者向けだから、という理由では説明出来ない程の露骨な距離が置かれています。
その不可思議な現象の一因として、20代後半〜30代の腐女子の中に巣食うこのトラウマが、根底にあるからだと思えてなりません。
