ちょっと移民について考えてみた。(混乱を残しつつ)

オリンピック終わっちゃいましたねー
楽しかったし、結構見た。


もちろん大前提で競技としてスポーツとして面白いってのがあるんだけど、
フィギュアの採点問題とか、日本のスポーツに対しての助成の少なさ(国からの分で27億円、ドイツは274億、韓国は106億) とかあって、色々考える切っ掛けとしてもオリンピックは面白い。
 
 
このイベントほど臆面も無くナショナリズムを前面に出せるイベントもないと思う。
スポーツを通してだと一枚「フェアーな競技」っていうフィルターがかかる分
ストレートにナショナリズムを打ち出せるのかもね。
 
 
で、やっぱりカナダは移民国家なのでいろんなルーツの人がいる訳です。
フィギュアとかアジア系ばっかりだし。
アメリカはモチロンのこととしてヨーロッパの国でもアラブ系、アフリカ系の競技者がちょろちょろいる。
サッカーとか見ててもドイツ、イタリア辺りでもアフリカ系の代表選手出てきてるからね。
 
で、日本でもここ十年くらい人口減少の流れを受けて移民を受け入れるべきかどうかって問題は議論になっているわけです。
 
 
人口減少=移民受け入れっていうのもよく判らない。
労働人口の問題?
今現在も人あまりで且つ日本の生産性はとっても低いんだから、
もっと生産性を上げて(全国民じゃなくて出来る人の邪魔をしない)余っちゃった人員を
足りない分野に振り分けちゃえば取り敢えず労働力って意味では足りてるんじゃないかな。
むしろ消費力の方が問題なんだろうね。
こっちは確実に下がってきてるし内需は人口とダイレクトに結びつくだろうし。
 
でも、ヨーロッパの国ってどこも人口少ないよね(植民地の存在は無視出来ないけど)。
だいたい多いところで6千万人くらい。
人口規模を維持するためにユーロ作ったってのもあるのだろうけど、国としての枠組みまで無くしたわけじゃないし。
ロシアだって1.4億くらい。人口だけで言えばパキスタンとか2億くらいいるしバングラディッシュだって1.6億くらい。
人口が多けりゃいいてっもんじゃ無いわけです。
まぁーそもそも現状の国力を国家として維持することにどれほどの意味があるのかってのは
それはそれで掘り下げなくちゃならない問題だと思うのですが…

 
で、日本は移民を受け入れた方がよいのか?

 
自分はどちらかというと国粋主義者なのでそれが幻想であろうとも「日本らしさ」には固執したい方です。
しかしながら、実家が京都でホームステイの受け入れもやっていたし、
なんか近所の不良外人のたまり場的な場所にもなっていたww
だから色々なルーツを持った人が行き交うコスモポリタン的な面白さは判る。
 
確かにめんどくさい部分も多い。ずっと付き合っててもなんか何考えてるんだか判らなくて怖い部分もある。
こういうなんとなくの感覚で移民受け入れに否定的な人って意外と多いんじゃないかな。
日本は鎖国してたり島国だったりあんまり侵略とかされてなかったりで圧倒的に外部との生身の付き合いに慣れてない。
 
でも、なにげに日本人って適応性がすごく高いよね。
中学とかで外国人の語学の先生が大人気になってたり、中津江村のカメルーン代表とか。
判り合えなさが新しい次元のコミュニケーションや発想を呼ぶって部分もあるでしょう。
日本人は人間って最終的には判り合えないって部分を隠そうとし過ぎる。
判ったふりをしてやり過ごすか、そもそも判ろうと努力しないか。
判り合えないことを前提としてそれでもお互いを尊重し合える(あるいは攻撃しあえる)コミュニケーションの能力を養うには、
異文化との交流が一番有効だと思う。

 
あと、外国人が増えることで居心地がよく割と自慢出来る「日本らしさ」が薄まるって思う人も多いのかも。
でも、文化ってそんなに脆弱なものか?
外から見ている限り移民大国のフランスがフランスらしさを失っているようには見えないし、
今回のカナダだってどこまでもカナダっぽかった。
それらの国と比較してもやたらに「濃いい」日本文化が一割やそこらの外国人で希釈されるとも思えない。
たぶん逆に他の国の移民以上に「ニホンジン化」しちゃうんじゃないかな。
自分たちのコミュニティをすごく守る華僑でさえも日本が一番ゆるく馴染んじゃってる感じがするし。
 
 
犯罪率の増加とかの方がクリティカルな問題で治安が維持出来ないって言ってる人も多いけど、ココを強調するのは移民ギライの方便な気がする。
今問題になってるのは違法入国者とかもともと犯罪目的で来日している職業犯罪者が多いわけだし、
非日本人に対しての日本警察のトレース能力の問題もあるし、
外国人犯罪の問題は日本に特有の問題じゃなくてグローバル化している世界の当然の成り行き。
正規のルートで来日したけれど生活出来なくて追い込まれての犯罪に走りざるを得ない人も増えてそうだけれど、
これは移民が凶暴だってことではない。追い込まれたら日本人だって凶暴化します。
 
 
色々とりとめなく書いてきましたが、
そもそも移民っていっても来てくれるかの問題もあるわけで。
日本はとってもイイ国だからみんな来たくてたまんない!とは現状思えないのだけれど…オリンピックはなぜ、世界最大のイベントに成長したのか

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twitterは日記の一種なのか?

http://hiro.asks.jp/67037.html
ブログもtwitterもSNSも日記サービス : ひろゆき@オープンSNS

要約すると「twitterも形を変えた日記サービスに過ぎないのですぐ飽きられて衰退するだろう」って主張。

はたしてtwitterは日記サービスだろうか?

日記というにはあまりに散発的で細切れ。
またtwitter上での多くのつぶやきは広義の「告知」か誰かの受け取りを期待していない「ひとりごと」、そして意外に濃密な短文の応酬による「会話」。
これが果たして日記と言えるのだろうか?

また使われ方も日記とは言い難い。
自分としてはむしろ情報の「フィルター」としての役割が大きい。
あらゆる情報を自動的に運んできて紹介してくれる。
ただのボットではなく運び手は判断力のある人間なので(失礼な言い方だが)、あらかじめフルイにかけられた情報を受け取ることが出来る。
またその運び手はこちらが自由に選べ組み合わせ次第で様々にパラメータを調整出来る。
情報の量を増やそうとしてフォロー数を増やしすぎるとノイズが増えたり、
時間方向に流れて行く川メディアなのでタイミングを逸するとその情報を拾えないといった問題もありますが、総じて情報フィルターとしては便利に使える。
この部分がtwitterでは大きいと感じます。

そこにさらにツブヤキと言った行為の性格からもたらされる「
同じ時間を共有している感覚」=「リアルタイム性」や「祭り性」、
ブログに感じられる一対多の感覚ではなく一対一に近い密着感が感じられるのがtwitterの面白さなのでは。
また、twitterはこれが単体で存在するというより、他のサービスと共立することで力を発揮するメディアです。
そこを感じ取ったからこそネットサービスには冷淡(むしろ敵視)だったテレビメディアがこぞって利用しようとしているのでは。

5人の男女がTwitterで出会う――瑛太・上野樹里主演のTwitterドラマ - ITmedia News

また個人、企業に関わらずこれだけ沢山の主体が公式に取り入れたネットサービスはちょっとなかったと思います。
しかもただアカウントを用意したのではなく割と大胆積極的にどのアカウントも情報発信していたりする。
これは今までになかったことです。

まーネットサービスは極めて移り変わりが激しいので3年以上絶対に持つとは保証出来ませんが、当面様々なメディアとミックスされて発展して行くのではと感じています。

ちょっと引っ越してみた

ブログをだけど。

なんか最近何人かからもうブログ書かないのなんて言っていただいて、
こりゃちゃんと書かんといかんなーっと改めて思っとります。

日々更新!!

情報は発信したところに集まるわけで、所謂因果応報ってやつですね。
ちょっと違うか。

なにはともあれちゃんと情報発信していこうと思った次第です。
はい。


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