フィリピンに滞在して約2ヶ月。
何人か紹介頂いた方達にお会いしに、フィリピンの首都マニラを訪問しました。

僕が住んでいるバギオはフィリピンの地方都市な為、
フィリピンの人々のリアルな生活を見ることは出来るが、
これから発展していくであろうフィリピンの中心地を見なくてはと思い、
今回の訪問を計画しました。

ということで…
何人かと約束をさせて頂き、
実際にマニラをチラッとではありますが訪問してきましたので、
「マニラって何?何処ソレ?」という方々もいるかと思います。

わかりやすいようにご説明を致しましょう!!

それではまず、コチラをご覧下さい!
ウィキペディア先生です。
彼がマニラについての基本知識を教えてくれるということで…。


まあ、アレですよ。
僕が感じた空気としては、
インドよりも全然安全な匂いを感じたし、
ニュース等で見るフィリピンのネガティブなニュースは、
マスコミが伝える極一部の情報なのだと実感できます。
※勿論、スリや置き引きは当然いるので御注意を。



さてさて、
金曜日の早朝にヴィクトリーライナーバスでマニラに到着しました。
※このバスの乗り方や、注意点等はまた別途ブログに書きます。


そして、ジョリビーというフィリピンで一番有名な
ファストフードショップ
で時間を潰します。
※マクドナルドが唯一世界でフィリピンでファストフードシェア1位を
取れていないのは、このジョリビーがあるからとのことです。

メニュー構成やサービスや内装などは、マクドナルドに似ていますが、
地元に合わせたテイストや、ジョリビーのキャラクター戦略等で、
子供に人気を博し、シェアナンバー1の座にいるようです。

ジョリビースパゲティという看板メニュー(?)があるのですが、
それは本当に日本人の味覚からすると美味しくないので要注意

ジョリビーで3時間滞在した後、
バスターミナルがあるパサイという街から、
いよいよマニラの中にあるビジネス街であるマカティへ。
マカティは東京で言えば丸ノ内のような場所です。

タクシーで走ること40分。
渋滞に巻き込まれて遅くなりましたが、なんとか目的地に到着。
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金曜日にマニラを案内してくれる人がいないかなと、
ツイッターでつぶやいていた所、
見ず知らずの僕に声を掛けてくれた"ぐんぐん英会話オンライン"を経営する谷口さん。
その谷口さんの会社のオフィスに突撃。
ビルの名前がグッドウィルビルディングという名前だったので、
まさか!と思いましたが、ただのまさか!で無関係とのことでした。

谷口さん&ぐんぐん英会話さんについてはまた別途、
紹介させて頂きたいと思います。

谷口さんのオフィスを見学させて頂いた後、
マニラにあるバクララン市場という巨大な蚤の市のような場所へ行きました。
昼間だったので、ほとんど何も置いてなく寂しい状態でしたが…。
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その後、フィリピンでかなりチェーン展開しているチョウキンという中国系のファストフードレストランで昼食を済ませることに。

ここで頼んだチキンヌードルというのが本当に美味しくなかった…。
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ジョリビーのスパゲティは嫌悪を感じるが、
このチキンヌードルは虚無感を…。味が薄すぎて、お湯かと思った。
作り方が間違っているんじゃないかと思ったよ…。

その後、
フィリピン最大級のショッピングモールへ行きました。
SMというメガモールがフィリピンには点在しているのですが、
それの最大規模がこちらの通称モアというモール。
本当に大きかった…。
なんでアイススケートリンクが施設内に存在しているのか意味不明。
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とにかく規模は大きく、ジャスコ3個分くらいの広さがあった。
映画館も、ボウリング場も、ビリヤード場も、ゲームセンターも、何から何まで揃っていて…疲れました。ええ。。

このモアの裏側は海側になっていて、デートスポットにもなっていました。
GOODですね!

その後、一旦谷口さんとお別れをして、
フィリピンでレゲエ音楽系のDJをしている桐原さんにお会いしました。
たまたま御友人のラッパーの方もフィリピンに来ているということで、
桐原さんの部屋でレゲエ祭りが繰り広げられました。
桐原さんは昼間は外資系のレンタルオフィスサービスの会社で働きつつ、
週末はクラブ等でDJをしているそうです。
近い将来、レゲエでワールドツアーをし、
その後は教育に従事する仕事をしたいと夢を語ってくれました。


夜が遅くなったので、本日泊めて頂く谷口さんの所へ再び。
地元の人達が愛用する移動手段ジプニーに乗り、谷口さんの部屋にお邪魔しました!

谷口さんは早朝の飛行機で日本へ行くということで、
初対面なのにも関わらず、
僕が谷口さんのベッドで寝させて頂くというとんでもない事に…。
本当に申し訳ないです。本当に感謝。


そして、金曜日。
ここではフィリピンの某通信会社で働く方とお逢いさせて頂きました。
※その方に色々と伺った内容も興味深い内容でしたので、
別途改めてブログにてお伝えしたいと思います。


その後、日本の某電子部品メーカーで働くフィリピン駐在員の先輩2名と落ち合い、
フィリピン駐在員の方の生活の様子などを伺いました。
日本企業は責任問題があるので、
治安が悪い国の駐在員には手厚い待遇をしなくてはならないのかもしれませんが、
逆に手厚すぎる待遇が、ローカルに溶け込むのを遠ざけているのかもしれないと、、、
ふと思ってしまいました。

サムスンの若手韓国人はローカルに溶け込めと送り込まされるとの噂を聞いているので、その辺りの違いが、後にどのように影響してくるのか気になります。


夜は友人にご紹介頂いたフィリピンに10年以上も居住し、
フィリピン人の奥さんもいて、
お子さんもフィリピンで生活されている方と日本食レストランで色々とお話をお聞かせ頂きました。

繋がりを考えると、世界は広いけれど、世間は狭いことを改めて感じる時間でもありました。

※以下、皆さんとの写真&久しぶりの日本食!
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そして翌日、僕に試練が訪れます。

僕はお昼に某インターネットサービスで出逢った現地フィリピン人のロイド氏と待ち合わせ。
待ち合わせ場所は日本で言う表参道ヒルズのような
グリーンベルトという場所です。

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(※100円ダイソーが進出してました!)

バギオの留学先の英語講師の先生に
"グリーンベルトに行ったよ!"と言ったら、
"ああ、金持ちの行くところだね。"という反応でした。


グリーンベルトはとても広く、迷子になってしまいそうな程です。
僕はロイドに出逢う前に、残り900ペソしかない財布にお金を補給しなくてはならないので、ATMへ。

実は海外で初ATMです。
僕は三菱東京UFJ銀行のスーパーマルチICカードとか言う、
キャッシュカードとクレジットカードが一体型になっている物を所持しています。

海外の慣れないATMでいつも通りに暗証番号を入力する…

PIN-CODE ERROR(暗証番号ミス)

あれ…なんでだろう?

再度入力…再びエラー。
何度かやり直すが必ずエラーに…。

何度かエラーを繰り返した後、
今度はエラー表示が別のものに切り替わる。

貴方のカードは当銀行では取り扱いできません。と。

な、なぬぅっ!?

フィリピンのど真ん中で人が並ぶATMで一人テンパる日本人(25歳)
原因不明だが、持っていたモバイルPCで原因解明。

どうやら、暗証番号の入力ミスを3回連続で起こした為に、
僕のカード使用にロックがかかったそうだ。
(日本国内でキャッシュカードとして使っていた為、
いつも通りキャッシュカードの暗証番号を入力していたのですが、
この場合はクレジットカードの暗証番号が必要とのことでした…。)

残り900ペソ。帰りのバスが700ペソ。
残り200ペソで2日間、どう考えても生活できるわけがない…。
(1ペソ=2円強)

ロックを解除するには、どうやら2つの方法があるようです。
(1)規定の時間が経過すると自然にロック解除されるパターン
(2)銀行に電話をして解除してもらうパターン

パターン1も、24時間としても僕には本日お金が必要なので大変困るという…。
パターン2は、僕はフィリピン携帯電話しか持っていなかった為、
下手に国際電話を利用して、プリペイドチャージが無くなると絶体絶命に…。

という流れをツイッターでワーキャー騒いでいたら、
国際電話が僕の携帯にかかってきた…!誰だこの非常事態に!?

…谷口さんだ!

ぐんぐん英会話の谷口さんが僕のツイッターを見ていたようで、
お金が無くて困っているならオフィスに行ってくれればお金を貸すと…。
ということで…僕は2000ペソをお借りしてしまいました。本当に感謝。
必ずお返ししますので…!


おっと…話は戻りますが、
ロイド氏と落ち合いました。
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ロイド氏はアテネーオ大学という
フィリピンでトップ3と言われるエリート大学を出ている22歳の若者です。
BBDOというグローバルな広告会社があるのですが、
そこの広告営業マンとして某有名企業の担当をしています。
※彼が務める会社:BBDO Guerrero


彼はマカティのど真ん中のコンドミニアムの15階に住んでおりました。
フィリピンでは完全に上流階級の生活のようです。
家賃が15,000ペソ(日本円で約30,000円)ぐらいとのことでした。

彼は大学時代にNGO活動に携わっていたりする等、
流石は優秀なだけあって、ビジネス分野の話題も話すことができました。
(僕の英語力が至らないので、大した話は出来ませんでしたが…。)

そんな彼がマニラを案内してくれました。
彼との会話は楽しかったです。
僕がまだ彼の英語を7割でしかキャッチ出来ていなかったので、
たまにスレ違いありましたが、それでも彼が僕に合わせてくれたので、
ほぼ問題なくコミュニケーションを取ることができました。

通常フィリピンでは幼少期は現地語であるタガログ語を憶え、
小学校入学から英語を学び始めます。
高校がなく、中学が4年間という変則形式なのですが、
中学を卒業している人はある程度英語を話すことが可能です。

大学を卒業までしている人達はほぼしっかりと英語を使いこなせるようです。
そういった英語を第二言語として使う人達をESLと呼ぶようです。

…しかし、彼は幼少期より英語を親の教育で学んでいたので、
英語がとても流暢です。逆にタガログ語が流暢に話せないようです。
フィリピンでは親の教育により、
子供が身につける第一言語をタガログではなく、
英語にしようとする人達が増えてきているようですね。



彼はとても親切で、
僕を電車に乗せてくれたり、ジプニー乗せてくれたり、
現地の下町を覗いたりと、現地の人の生活を見せてくれました。

夜はフィリピン伝統料理を食べさせてくれました。
フィリピン料理は日本人の味覚に合わないものが多い印象でしたが、
このあたりはとても美味しく頂けました!
(特徴としては、甘すぎるor酸っぱすぎる食べ物がフィリピン料理に多い印象です。)

その後、彼の会社の同僚などとスターバックスで合流し、
あーだこーだ雑談を繰り広げる。
(無論、スタバもフィリピンでは金持ちのカフェです。)

彼らは英語が使いこなせるのと、
フィリピンという異文化が混ざり合っている国風のせいか、
海外で働くことへの関心がとても強いです。
25歳以下の若者が3人いたのですが、スペイン・香港などで働きたいと言っていました。


ロイドは広告会社勤務なので、電通の存在は知っていて、
電通で働く人の給与の話などをチラッとしたところ、
凄まじい額だと驚愕していました。
(同じ日本人でも高額で驚く人は多いかもですが。)

恐らく彼らの給与は月給で3万〜5万ペソ。(日本円で6万〜10万円)
30歳を過ぎて一人前となると月給8万ペソ(日本円で16万円)程にあがるかもとのことです。
これがフィリピンのビジネス街で働く一流ホワイトワーカーの給与とのことです。これはフィリピンではかなりの高給取りです。
(今、別途まとめているのですが、
フィリピン人の収入と支出というブログ記事を書いているので詳しくはソチラで。)


そんな彼らに質問をされました。
"日本の最低賃金はいくらだ?時給いくら?"
"最低でも300ペソ(600円)以上かな?"
"マジかよ!!!!"
と驚く彼ら。

フィリピンのマクドナルド等でアルバイトをしても、
時給は45ペソ(90円)程度だと聞きました。

そして彼らは僕に続けて質問してきました。

"どうすれば日本企業で働けるんだ?"


"んー、、、日本語が話せないと、日本企業で働くのは厳しいかもしれない。
日本人は皆、英語が話せないから日本語でコミュニケーション取らないといけなくなるんだ。だから日本で働くなら日本語を学ぶことが必要になると思うよ。"

(※技術職などは別かもしれませんが、営業職や企画職などは的を得ていると思います。)

そう話すと彼らは興味を失ったのか、違う話題へと切り替わりました。
彼らは英語が話せるので、英語をビジネスで使う国を選ぶのが自然です。
英語が日常で中々通じない日本では彼らの生活もストレスに溢れることでしょう。

彼らは就職の際の選択肢は母国だけでなく、
アメリカは勿論、英語圏の国々という選択肢の広さがあります。
僕ら日本人との違いを強く感じました。


そして、日本は日本語という言語の壁により、
日本人の雇用を守ることも出来れば、
海外の優秀な人材を受け入れる機会も失っているのだと実感しました。

僕なんかが言及できないような難しい問題なのだと思います。

但し、これから日本企業が外に飛び出していかなくてはならない時代。
英語に対する見方も重要度もこれまで以上になってくるのは自然の流れです。


…と横道に突っ込んでいきましたが、戻ります。

スタバでの談話を終えて、ロイドの自宅へ。
寝る前にロイドが、
"日本人は幸せな国だね!皆、お金持ちだし、仕事は選べるし!"とロイド。

しかし、素直に喜べない僕もいる。

日本人の多くが、その自由過ぎる故に、
豊か過ぎる故に、悩みを抱えて苦しんでいるだなんて、
とてもとても彼らに言えなかった。



そのまま僕らは眠りについた。

どうやらこの日の僕はかなり疲労感があったようだ。
見慣れない土地に、新しい人との出逢い。
そして何より、まだまだ使いこなせない英語でのコミュニケーションが
1日中だったからなのかもしれない。


朝起きて、一緒に朝食を食べた後に、ロイドとは別れた。
当然だが彼には仕事があるので…。
初対面の見知らぬ僕を快く受け入れてくれ、
泊めてまでくれたロイドに感謝!

その後、某日系広告会社の方とお逢いをして、
フィリピンの広告事情について色々とお話を頂戴する。
その方は広告業界一筋の方で、
十数年前から海外勤務が増えてきたとのことで、
フィリピンだけでなく興味深い話を多々して頂きました。
これについてもまた別途書きたいと思います。



そんなこんなでアッと言う間に、
マニラで過ごす4日間が過ぎ去りました。

この4日間は、
僕がフィリピンや日本と向きあうキッカケにもなる大切な時間だったと思います。

よく言われていますが、
海外に出ると、日本のことを見つめ直すことが出来る。
まさにその通りなんだなと。


この4日間、お世話になった皆様、本当に有難うございました!
マニラはまた行きたいと素直に思える素敵な場所でした。

そして自分がこれから学ばなくてはならないこと。
発信していきたいこと。
見つめていきたいこと。
考えていきたいこと。

今回、ヒントを与えて貰ったと思います。

インプットだけでなく、少しづつでも日本の若い人達にアウトプットをしていけたらと思います。
僕は学者では無いし、知識が豊富にあるわけでもありません。
むしろ、無い方でしょう。

だから、1つの物事に対して、すべてを把握して、理解して、
絶対的正解が見えてからアウトプットをするのは難しいです。

でも、世の中は役割分担だと思っています。
僕は自分自身の役割として、若い人達に気づき・キッカケを提供すべきと思っています。
至らない点も多々あるかとは思いますが、引き続き何卒宜しくお願いします。

フィリピンへの滞在も残り1ヶ月となりました。
8月10日の夜、日本へ一時帰国します。

9月の旅の出発まで、3週間ほど時間があるので、
旅のサポートを頂ける方や企業さんなどとのアポイントに時間を充てたいと思います。

あらためて、最初に訪れた国がフィリピンで良かった。
僕に多くの気づきを有難うございます。

と、まだ一ヶ月もいるのにかしこまるのもおかしいか。笑

それでは、フィリピンの山奥のネット小屋で更新の太田でした!

フィリピンの現場最前線からお送りしました!

太田英基


【以下、写真列挙します。】

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※フェイスブック本、気になっただけ。

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※マニラのビジネス中心地、マカティです!
広範囲ではないですが、高層ビルが立ち並びます。

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※シシギというフィリピン伝統料理。これはうまい!!!


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※フィリピンのマニラに走る電車です。14ペソから乗れるようです。
切符販売も、改札も人力で、機械はなかったです。

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※ロイドが僕にご馳走してくれた伝統的スナックらしいです。
右がバナナテイストケーキ。左はライスケーキ・・!?
どっちもうまかった!