古い箱があります。子供の頃から取っておいた、何でも無いノートや、コイン、切手帳や、他愛のナイ品々が詰められています。なにげな く久しぶりに開けたその箱の中から、プラモデルの部品が一つ、二つ。航空母艦にのせる飛行機が1機転がってきました。つや消しのホワイトでこってり塗装し てあります。
子供の頃は、社宅住まいで地方を転々として生活していました。岐阜県の高山市にはだれも住まない実家があり、夏休みになると、実家へ帰へってお盆を迎える ということになっていました。いわば実家は別荘のような存在でした。親達はいらなくなったミニカーなど洋服も含めて、取りあえず実家に送っていたようで、 普通なら捨てられてしまうような、子供の頃のおもちゃたちが僕の場合、奇跡的にそのような具合で今だに残っています。 その飛行機の部品について思い出し ていました。

 昭和47年。僕は小学校3年生の夏休みを目前に、転校する事となりました。移りすむ場所は、今すんでいる神奈川県伊勢原市から、山梨 県へでした。父の仕事は土木建設のトンネル工事専門だったので、ほぼ3年もするとトンネルは完成してしまいます、そしてその度に新しい工事現場へ移動しま す。新しい移住の地は、甲府盆地の東側、ちょうど盆地を囲む山脈の外側にあたる山深い大月市の笹子町でした。標高700メートル以上、冬は雪が50cm位 積る山間部でした。新しい土地に建っていた新しい飯場(いまでゆうプレハブ式の仮設住宅です)は、まったくすぐ裏が林で、周りは田んぼと畑だけ、地元の住 宅もまばらに建っている、自然ゆたかな土地でした。
「これはプラモデル屋さんも無い、とんでもない所に来てしまった」というのが僕の第一印象でした。
正しく山間部のへんぴなところにやってきてしまったのです。何しろちょっとした普通の町に出るのにバスで30分もかかるのです。

 父の勤める会社の仕事は、新しくできる中央高速道路の笹子トンネルを掘る事業でした。
新しい小学校は、大月市立笹子小学校。終業式の日に転校生として僕は紹介されました。緊張もしましたが、すぐ明日から夏休みということで、取りあえず学校 の事は考えなくてもよろしいので、苦もなく夏休みに突入です。そうして夏休みの初日は、引っ越して間も無いのでいろいろ新しい生活道具も必要ということ で、引っ越して何日目かに、大月市へ買い出しに出かけることとなりました。七月も終りころ、すでに夏日が何日も続いていました。未知の街で母ときょろきょ ろ辺りを見回しながら商店街を見て回り、町の東の端にあった忠実屋というショッピングセンターで買い物を済まし出てから、ちょうど繁華街の裏通りにあた る、サツキ通りという路地を通って駅に向かって行きました。古くあらある長家通りのような狭い路地に、飲み屋、食堂などぽつぽつと店屋が軒を列ねていまし た。黄色の巨人軍の野球帽の横から、ほおに汗がつたってちょっと不快だった事が、なぜかとても記憶に残っています。そのときは母と暑いねと顔を見合わせ ていたに違いありません。
そうして、とぼとぼと歩く先に、心ときめくお店を見つけてしまいました。

「プラモデル屋」です。

 ふた坪くらいの小さな店先はふるいガラス戸がかかり、遠くからでもカラフルなプラモデルの箱たちが一目でわかりました。 
ぎっしり店いっぱいにプラモデルが重なっていたり、棚に整列していました。素晴らしい光景!
ジリジリと夏の日ざしの中、店に入ると急に暗くなって、何も見えません。町の子供が5人くらいいて、狭い店のなかは賑わっていました。店主のような若い兄さんが「いらっしゃい」と声をかけます。
「おかあさん、プラモデル買って!」
ちょっとお店を見渡してから選んだのは、航空母艦の「エンタープライズ」でした。多分、オオタキの製品ではなかったかと思います。大きさは30cm以上は ありました。その時の僕にはかなり豪華なプラモデルだったのです。母もいつに無く、気前良くそんなプラモデルを買ってくれたものでした。そうして僕はうき うきして家路を急ぎました。
 新しい宿舎は2LDK。前の宿舎は台所共同で、部屋は6畳ひと間で親子3人暮していたのですから、今度の新居はたとえ二部屋でも開放 感に満ちあふれていました。広々としたまだ家財道具も整頓していない部屋で僕はエンタープライズを組み立て始めました。2日かかってようやく完成した僕の プラモデル。宿舎の玄関の横に転がっていた白いペンキの缶を拾って来て中身をあけるとまだペンキが残っていました。コレはプラモデルに使うしかない!と心 に決め、艦載機の飛行機達を端から白く塗り上げました。グレー一色だった空母が、白く塗られた飛行機で埋まって行くと、見事に花々しく見えて来ました。素 晴らしい!僕のエンタープライズ!
しばし色々な角度から眺めては、飾っておきました。


 夕暮れともなると社宅の裏の杉林から、やさしい日暮らしゼミの鳴き声があふれてきました。谷間の町 なので日が落ちると涼しい風が窓から入ってきます。遊び疲れて、昼寝のつもりが夕方ごろまで眠りこけて、日暮らしの声に目をさますと、いったい今は朝か夕 方か一瞬混迷する、魔が刻。
「もうすぐご飯だよ」という母の声で我にかえりました。
そして畳からむっくり顔を上げて、飯台の上のエンタープライズをまた、独りじっと見入るのでした。


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