新緑の京都古寺めぐり(3)


陽気に誘われて、新緑のまばゆい京都左京区の真ん中くらいの所に来て、「金福寺」「詩仙堂」と見て、隣を見ると「八大神社」があり、宮本武蔵にゆかりのある神社と解り入って見る事にした。


「八大神社」  (はちだいじんじゃ)
          京都市左京区一乗寺松原町
          拝観無料

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八大神社は永仁2年(1294年)から約700年の歴史ある、京都一乗寺の氏神さま。古くから「北天王」(北の祇園)と称され、皇居守護神十二社中の一つにもなっている。御祭神は「スサノオノミコト・イナダヒメノミコト・ハチオウジノミコト」で、方除・厄除・縁むすび・学業の神様として厚く信仰されている。また、八大神社本殿西に、宮本武蔵が吉岡一門と決闘した当時の「下り松(さがりまつ)」の古木が保存されており、宮本武蔵像も建立された。

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下の写真左端には武蔵の像が見える。決闘の時は武蔵21才であったので、像は子供と思えるほどの若さでつくられていた。

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吉川英二の随筆より
武蔵が一乗寺下り松に立って多数の敵にまみえた日のまだ朝も暗いうちに、彼は、死を期したこの危地へ来る途中で、八大神社の前で足を止めて、「勝たせたまえ。きょうこそは武蔵が一生の大事。」と彼は社頭を見かけて祈ろうとした。拝殿の鰐口へまで手を触れかけたが、そのとき彼のどん底からむくむくわいた彼の本質が、その気持ちを一蹴して、鰐口の鈴を振らずに、また祈りもせずに、そのまま下り松の決戦の場へ駆け向ったという。
武蔵が自分の壁書としていた独行道のうちに、
我れ神仏を尊んで神仏を恃(たの)まず
と書いているその信念は、その折ふと心にひらめいた彼の悟道だったにちがいない。武蔵にこの開悟を与えたことに依って、一乗寺下り松の果し合いはただの意趣喧嘩とはちがう一つの意味を持ったものと僕はそう解釈する。

なお、その下り松は根元のみがガラス板で区切られた中に朽ちかけた状態で残されていた。

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こんな小さな神社にもこのような面白い曰くがあることを改めて知った次第。

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