バンテンガン×クロスオーバー(完結)

フリーターと魔法少女と便利屋が秋葉原周辺を舞台になんやかんやする物語。 ライトなラノベコンテスト参加作品。

 少し遅れてしまった。小五郎はスタジオに入り、スタッフに会釈して予約を入れていた部屋の番号を探す。ベースが直るまでの一週間、とくに連絡していなかったがどうなっているだろうか。桃子は戻ってきたのか。あるいは新しいボーカルを入れたのだろうか。

 部屋を見つける。演奏している最中だったので、扉の前で音が止むのを待ちながら漏れてくる音に聞き耳を立てた。カッティングを多用した、翔のジャキジャキと鋭い音作りのギター。手数が多くかつ変則的なフレーズ作りが上手い貴正のドラム。そしてそれらに埋もれることなく、心臓の芯を射抜いて来るかのような鋭利で美麗なボーカル。桃子の声ではない。しかし防音扉越しにも上手さが充分伝わった。どこか聞き覚えのあるような声であるのが気になったが。

 演奏が終わり、小五郎は部屋に入る。

「おっ、ムサ氏おひさーマン! 俺今年度も留年が決まったよ!」

「笑顔で言うな」

「俺は三股がばれて修羅場中の意気消沈。ヒモ&浮気を許容してくれる心の広い女性募集中の広告掲載中」

「即刻取り下げろ」

「はじめまして。あたし、新しくボーカルで入った……ってあんたは一撃必殺男!」

「そのネーミングはやめてくれ」

 やはりあのピンク女だった。今は割と普通の格好をしているが。そういえば秋葉原で声をかけられたときも、真っ先に思ったのは通りの良い声だというところだった。

「なになにお二人ちゃんお尻の愛、じゃなくてお知り合いぃ?」

「実はこの人、あたしの命の恩人なんですよぉ」

 何故か急に媚びた猫なで声になった。

「ナンですとぉ!?」

「このまえのアキバの騒ぎのときにぃ、この人があたしのことたすけてくれたんですよぉ」

「マジバナなのムサ氏?」

「まぁ、間違ってはいない」

「嫉妬! SHIT!! シィィィィィィィット!!!」

「落ち着け貴正」

 小五郎はエピルの肩に手をかけ小声で詰め寄る。

「何やってんだよお前」

「いやほらあたし天使じゃなくなっちゃったじゃない?」

「そもそも天使だったことすら知らないが」

「あれ? そうだっけ? そういえばあんたには何も話してなかったかもね。とにかく、魔法が使えなくて姿を戻せなくなっちゃったしベゼププは上の世界に帰る方法を探す旅にでちゃったしでやることなくて暇だったから、なんとなくここのメンバー募集に応募してみたらこうなったわけよ」

 半分くらい何を言っているのかわからなかったが、一番重要なところはわかったので問題ないことにする。考えてみれば、技術が申し分ないのなら拒否する理由などなかった。

「そうそうまだ名乗ってなかったわよね。あたしの名前は森坂優実。今度からそういうことになったから。ま、これからよろしくね。セ・ン・パ・イ♪」

「はは……」

 面倒なことになりそうだ、と思うと同時に、面白くなりそうだとも思った。

 

       *

 

 バンド練習を終え、小五郎は自宅に帰っていた。優実は実際いいボーカルだった。本当に面白いことになるかもしれない。

 そんなことを思いながらベースの整備をしていると、インターホンが鳴る。はいはい、と返事しつつドアを開ける。私服姿が新鮮な、便利屋の少女だった。

「えーっと、ルシュカさん」

「流詩歌です。いい加減覚えてください」

「悪い悪い。で、今日はなんの用で?」

「処分が決まったので報告に来ました」

 流詩歌は何かを読み上げるような硬い声になった。

「秋葉原での騒動以降、新種生物の秘匿および逃亡による不祥事の責任を問われ、かの生物研究所は解体。研究自体が初めからなかったもとのして処理されました。それから、ええと」

 一瞬にして硬さが崩れた。

「……まぁその後鬼灯がいろいろと根回しをしたようで、このたび仮名Morgue-Xは武蔵原蜜柑として正式に……いや、本当のところは非合法ですけど、とにかく戸籍の登録および武蔵原小五郎との親戚関係を結ぶに至りました。というわけでご本人、どうぞ」

 ドアの陰からミカン、いや蜜柑が、ひっそりと姿を現した。小五郎が買ったやつよりもちゃんと温かそうなものを着ていた。だが頭にかぶっているものは、あのとき秋葉原でなくしたと思っていたニットキャップだった。

 蜜柑は服の裾を掴んで目を伏せたまま小五郎を見ようとしない。きっとあの騒動のことをまだ気にしているのだろう。だとしたら、言ってやることはひとつだけだ。

「おかえり、蜜柑」

 その一言で蜜柑の顔は明るさを取り戻した。

 花のような笑顔で小五郎を見上げ、そして――

 

「ただいま!」

 

                                    (了)

 

 秋葉原での騒動から一週間。神保町の喫茶店で鬼灯と小五郎が向かい合っていた。

「とりあえずこれ、再封印しといたから」

 鬼灯がベースの入ったケースを小五郎に渡す。小五郎はケースを開けて中身を確認した。

「これがなくて一週間バンド練に顔出せなかったからな。メンバーにも迷惑かけてしまった」

「きみがこの世界にやってきてもう二年か。早いもんだ」

「でも充実してた」

 鬼灯は煙管の煙を吐いて笑う。

「まさかひとつの世界を滅亡から救った英雄が、バンド活動をしたいがために異世界に渡ったなんて誰が信じるんだろうねぇ」

 小五郎は、かつてはヒユマ・イヴァダムという名の異世界人だった。ヒユマは小村の一青年にすぎなかったが、たまたまとある事件に巻き込まれ魔剣エクスマキナを手に入れたのをきっかけに世界中を冒険することになる。その結果気づけば世界を救った英雄になっていた。しかしヒユマは英雄であることになんの価値も抱いてはいなかった。英雄が最も関心があったのは、バンドだった。

「たしかきみがもといた世界は、数多の次元の中でも最も地球とのやりとりが多かったんだったかな」

 世界は単一ではない数え切れないほどの次元が存在し、そうした次元間の物資や情報のやり取りをするのが『次元仲介人』の仕事であり、伽藍堂鬼灯の生業であった。

「俺はずっとバンドに憧れてたんだ。でもその前に色んな厄介事に巻き込まれてるうちに世界を救ってしまって、英雄などと持ち上げられて、ヒユマ・イヴァダムの名を知らない者はいないと言われるほど有名になってしまって。そんな世界でバンドをやったって本当の意味で評価はされない」

「だからきみは、きみのことを誰も知らない世界に移ることを決めた」

 本来異世界間移住は莫大な代償を必要とするが、ひとつの世界を救った功績は支払ってもなおおつりがくるものだった。そうしてヒユマ・イヴァダムはその名を捨て、鬼灯が命名した武蔵原小五郎という名で新たに生きることなったのだった。

「でもまさか、封印したエクスマキナをまた使うことになるとは思わなかった」

 地球に移住する際最も困ったのが、英雄ヒユマ・イヴァダムの武器であり相棒であり、そして友であるエクスマキナの扱いだった。移住の対価として受け取るには価値が高すぎで、かといってそのまま地球に持ち込むわけにもいかなかった。そこで鬼灯は魔剣を英雄の新たな相棒になるであろうエレキベースに封印、という名のカムフラージュをすることで解決した。

「あのときその魔剣がなかったらどうなっていたことか。まぁ、きみがあの新種生物を保護したって聞いたときからだいたいこうなると『予想』はできたというか、起こるべくして起こったって感じだな」

「誰から聞いたんだ、そんなこと」

「聞いたというか、るっちゃんの説明でそうだろうと思っただけさ」

「そういうことか」

 小五郎は少しの間沈黙し、また口を開く。

「俺がしたことは、ただのおせっかいだったのか? あの夜俺が大人しく引き渡していたら、あんな騒ぎにはならなかったはずだ」

 騒動のあとに、鬼灯や流詩歌から新種生物の話を聞いた。聞けば聞くほどに、自分のしたことがすべて裏目になっていたことに気づかされた。

「そうかもね。そのほうが秋葉原の街は平和だったかもしれない。でもその場合、あの子はどうなったんだろうね。おおかた研究所で身体をいじくりまわされてゴミのように捨てられるのが関の山さ。それに比べれば建物の損害なんて、金があればもとに戻る。幸い、きみのおかげであの騒動での死亡者はいなかったらしいからね。結果的にこれがベストの形になると思ったから、私はるっちゃんに捜索をさせなかったんだ」

「だけど」

「みみっちい男だな。いちいち言葉にしてやんなきゃわからんのか」

 鬼灯は煙管の灰を灰皿に落とす。

「きみは悪くない」

 それきり両者は黙った。しばらくして小五郎が立ちあがる。

「そろそろバンド練の時間だから」

「はいはい。しっかり相棒を鳴かせてやんな」

「その言いかたはどうなんだ」

「はてなんのことやら」

 小五郎は苦笑し、出口のドアに向かう。

「ああ、ひとつ言い忘れてた」

 煙管気新しく火をつけ、鬼灯は振り向かずに言う。

「処分が決定したから」

「……そうか」

 小五郎も振り向かなかった。そのまま別れのあいさつもなく喫茶店を出て行った。

 

      *

 

 良助の自室。良助と、私服姿の流詩歌が向かい合っていた。

「第一回、浅羽良助大会議ー」

「ぱちぱち」

「で、議題なんですが」

「はい」

「『俺たちは今付き合っているのか』という問題について」

「あ、うん」

「今の『うん』は?」

「ただの返事です」

「あっ、はい。じゃあ気を取り直して」

 良助はこほんと咳払いする。

「あの夜は今思い返してみるととんでもなくこっ恥ずかしいことをしていた気がして、お互い触れづらくなあなあになってたと思うのだが」

「う、うん」

「やっぱりこういうのはある程度はっきりさせたほうがいいんじゃないかと思わなくもなくもなかったりして……だから」

 良助姿勢を正し、流詩歌をまっすぐ見つめる。

「流詩歌、俺は」

「ま、まま待って」

 流詩歌は学生鞄で顔を隠した。鞄の中にはいつものようにパーカーと銃が入っている。最近服装に気を遣い私服を買うようになったものの、これを手放すことはできない。

「浅羽くんが私のことをどう思ってるかは……わからないけど、でも、私が人殺しであることに変わりはないから」

「うん」

「だからそれを忘れてひとりの人間として幸せになることを、まだ自分の中で許せないの」

「うん」

「だから、待って。いつになるかわからないけど、待ってて欲しい」

 良助からは、流詩歌の顔は見えない。流詩歌は今、どんな顔をしているのだろう。

「わかった。だけど代わりにひとつだけ」

「何?」

「今日から俺のことは『良助』と呼ぶこと」

 流詩歌が硬直した。動き出すのを待っていると、三十秒ほどして鞄の上から目の辺りまで覗かせて、

「りょう、すけ」

 と言った。

 良助は思わずガッツポーズを掲げる。

「じゃあ私はこの辺で」

「ってこの流れでもう帰んのかよ!」

「しょうがないでしょ。これから仕事なの」

「あ、そうか。なら仕方ないな」

 部屋を出て行こうとする流詩歌を、良助は恐る恐る呼びとめる。

「き、今日はどんな仕事なんだ?」

「んー」

 流詩歌はドアノブに手をかけつつ少し考え、言った。

「強いて言うなら……運び屋かな」

 秋葉原に二陣の風が到来する。一方は巨躯に見合わぬ身軽さを見せる異形の生物。もう一方は物理法則外の力で飛行する怪装の天使。異形は建物から建物飛び移って移動し、そのあとを天使が追いかけていた。

「今度こそ逃がさなぁい!」

 エピルは昨晩から徹夜で街を飛び回り、朝方ついに標的である異形生物を発見した。昨日と違ってあらかじめ飛んでいたため、見失うことはなかった。しかし異形の縦横無尽に跳び回る軌道を捉えることができず、なかなか距離を詰められないでいた。

「あーもうイライラする! でっかい図体してどうしてあんなに速いのよ!」

「おそらくエンジュエルの力が働いてるんやろうな。ホンマやっかいすぎるで」

「こうなったら多少手荒になってでもっ」

 エピルは無数の魔力弾を練り上げ、異形がビルの屋上に着地した瞬間進行方向に向けて放った。次にどこに跳ぶかわからなくても、これでいくらか方向を絞ることができるはず。異形は左右どちらに跳んでも魔力弾にあたってしまうのを目算で予測し、結果下に跳び下りた。中央通りに着地すると目前に大きなトラックが迫り、異形はそれを軽々と跳躍して避けた。

「そこだぁ!」

 空中で無防備となった隙をついて、エピルはステッキの先端を砲身にした魔力のレーザーを照射する。異形は身体を捻って直撃を免れたが、肩の一部が削がれその衝撃でアスファルトに転がった。

「やった! 命中!」

「よくないわい! あのジョーチャンが言ってたこと忘れたんか!」

「……あっ、『強い痛みを与えてはいけない』!」

 気づいたときには遅い。貫かれた肩を押さえ、異形は甲高い絶叫をあげる。全身が泥のように溶解し、球体になる。球体はみるみるうちに体積を増して大きくなって行き、直径が両端のビル群と同程度になると、球は団子虫のような楕円に変わる。楕円の先端が横一文字に割れ、鋭い歯が並ぶ大口が現れた。その上には左右ふたつずつ、あわせて四つの獣の目が開かれ、茫然と見上げる群衆を射すくめた。

「な、何これ……これがあの猫の本当の姿なの?」

「エンジュエルのせいや。エンジュエルの力がこの姿にさせたんや。今なら鼻がバカになりそうなくらい匂いをびんびん感じるで」

「いまさら遅いわよ。ていうかあとはこのひとつしかないんだし、あんたもうお役御免じゃない? 帰ったら?」

「今そこに気づかんといてや!」

 エピルたちが気の抜けたやり取りをしていると、楕円の体躯が隆起し体表面から幾本もの触手が生えた。それぞれが独立した生き物であるかのように蠢く触手が、エピル目がけて殺到する。

「うわっキモっ!」

 心底嫌悪をあらわにしたエピルはあらゆる方向から襲いかかる触手をかわす。しかし数が多すぎる。

「あーもうキモ鬱陶しい!」

 エピルは痺れを切らし、魔力を固めた刃で殺到する触手たちを両断。体液がまき散らされる。楕円の怪物は痛みに叫び、また身体が隆起した。今度は触手ではなく、二つの球体が吐き出された。球体は粘土のように歪み、巨大化する前の異形生物になった。

「あいつ分裂したわよ!?」

「おそらくあれが痛みを与えたらいかんもうひとつの理由なんやな」

「冷静に分析してる場合!? 攻撃するたびにあれが増えるなんてどうしたら」

「それだけやない。下見てみぃ」

 追撃の触手をかわしつつ下方を見る。下には中央通りの道路。さっき今切り落とした触手の残骸があり、その周囲のアスファルトが溶けていた。

「あいつの体液は強力な酸なんや。あんなもん浴びたらひとたまりもないで! さっきは運が良かったみたいやけど、毎回そうとは限らんし接近戦は無理や」

「かといって遠距離から攻撃したら、飛び散った体液で周囲の建物や人にも被害が出てしまう……」

 通りにはまだ逃げ惑う人々が大勢いて、避難するどころかパニック状態になっていた。

「迂闊に攻撃できないし、したらしたで敵を増やすことになるなんて冗談にもほどがあるでしょ!」

 ただでさえ混乱状態の群衆は分裂体が現れたことによってパニックが加速する。分裂体は近くの人間たちを睨みまわし、少しずつにじり寄る。

「まずい、あっちもどうにかしないとっ」

 下降しようとするが、しつこく襲ってくる触手に阻まれて下に行けなかった。このままでは街の人々が危ない。

 銃声。気づけば分裂体の額に風穴があいていた。そして後方に倒れて動かなくなった。

「あ、あれは」

 現れたのは便利屋の少女、美浦流詩歌だった。顔を隠すためか、パーカーのフードを被っていた。

「助かったわルシカ!」

「エピルうしろだ!」

 流詩歌の近くにいた良助が叫ぶ。ほっとした隙をつかれ、エピルは背後から迫る触手に気づかなかった。触手が胴体に巻きつき、大きく上に振り上げられる。

「アカン、エピル!」

「きゃあっ!」

 さらに触手はエピルに群がり、両腕両足胸部を拘束されてしまった。身動きが取れない。滑りけのあるものが全身を這うおぞましい感覚に、エピルは鳥肌が立った。

「ぎもぢわるいぃ~」

 流詩歌はすぐさま触手に銃口を向けて引き金に指をかける。

「わっ、ダメダメ撃っちゃダメ! こいつ攻撃したらまたさっきのが出てきちゃうしあたしも溶かされちゃうからダメ!」

「せやで気ぃつけーや!」

「それじゃあどうすれば」

 流詩歌が迷っている間に、エピルの全身が締めあげられていく。骨が軋み筋肉が悲鳴を上げる。今にもちぎれてしまいそうだった。

「あの、ちょっと訊きたいんだけどさ」

 場違いに落ち着いた声がエピルたちの耳に届いた。声のしたほうを見ると、そこには片手でエレキベースを持った男――武蔵原小五郎がいた。

「このデカいのを止めるにはどうしたらいいんだ?」

「あ、あんたはこの前の使えない男っ……!」

「おせっかい男」

 ひどい覚えられかたである。小五郎は聞こえないふりをした。

「で、どうなんだ。俺の経験上こういうのは弱点みたいなのが必ずあるはずなんだが」

「それならきっとエンジュエルや。あいつの体内にあるエンジュエルっちゅー宝石を取り出せたらなんとかなるかもしれへん。やけどあいつは痛みを与えると分列するわ体液は強酸だわで手が出せんのや」

「エン……それってもしかして赤いやつか?」

「おお、せや! よく知っとるな」

「なるほど。もうひとつ質問。さっき『取り出せたら』と言ったが、それは取り出すんじゃなく壊しても大丈夫か?」

「それは……」

「いい、わ」

 苦痛に顔を歪ませながらエピルは言う。

「せやけどエピル、それじゃ『回収』っちゅー目的が」

「状態については、言ってなかったわ。それにこの状況をなんとかできるっていうんなら、なんだっていい。ほら、早くやりなさい。『使えない男』の汚名を返上するチャンス、よ」

「わかったよ。あんたもすぐに助けるから、ちょっと待ってろ」

 小五郎は苦笑しながらそう言い右手を掲げて拳を握ると、その拳をベースのボディ部分に振り下ろした。すると拳を叩きつけたところを中心にボディに亀裂が入って行き、ネックやヘッドの先まで到達する。そしてベースは鈍い音を立てて粉々になった。

 砕け散ったベースの中から現れたのは、一本の剣だった。

 中世を思わせる細身の剣の柄を小五郎の右手が掴んだかと思うと、音速で振り上げられる。斬撃の延長線上の、エピルを縛っていた触手が音もなく両断された。体液が飛び散りもせず、痛みも感じていないようだった。

「あ、ありが、とう」

 礼を言いつつも、エピルは何が起こったのか理解できていなかった。

 小五郎は準備運動のように肩をまわし、剣に微笑みかける。

「ブランクがあっても結構やれるものだな。よお、目覚めの気分はどうだエクスマキナ」

『最悪だ。寝起きにいきなり振り回すんじゃあない』

「剣がしゃべりおった!」

「お前が一番驚くのかよ」

 良助がすかさず突っ込んだ。

『久しいな、ヒユマ・イヴァダム。もうこうして言葉をかわすこともないものだと思っていたが』

「人生わからないものだ。あと悪いが、俺こっちでは武蔵原小五郎って名乗ってるから」

『そうか、貴様は異世界に渡ったのだったな。まったく酔狂な男だ。だいいち――』

「説教はあとにしてくれ。今は早急に切らなきゃいけないものがあるんだ」

 小五郎はエクスマキナと呼んだ剣の切っ先を、大口を開ける怪物に向ける。

『――なるほど。起きぬけの相手には申し分ない』

「それじゃあ頼むぜ相棒」

 剣を後ろに引き、小五郎は風を切るように静かに横一閃を薙いだ。

 魔剣エクスマキナ。それは万物を断つ最強の剣だった。どんなものでも切れるだけでなく、どんなに距離が離れていても、どんなに厚い壁を挟んでいても、それが感情であろうと記憶であろうと病魔であろうと概念であろうと、そして異世界の鉱物であろうと、所有者の切りたいと望んだものだけを切ることができる完全無欠の剣であった。

 小五郎が剣を降ろす。怪物の輪郭が崩れて新聞紙を丸めるように収縮して行き、限界まで小さくなると小爆発を起こして液体をまき散らした。強酸の体液ではなくただの粘液だった。

 爆発の中心部に小五郎は駆けよる。そこには幼女の姿のミカンが倒れていた。

「ミカン! 大丈夫か!?」

 抱き起こすとミカンはゆっくりと目を開き、声を絞り出す。

「こご、ろー」

「そう、俺だ。小五郎だ」

「ごめん……な、さい」

 小さな口から謝罪の言葉が発せられた。

 唐突に小五郎の頭上を影が覆った。顔を上げると、着物の女が太陽を背に立っていた。小五郎はその女を知っていた。

「……伽藍堂鬼灯」

「その子はウチが預からせてもらうよ」

 返事を待たずに、鬼灯は軽々とミカンを抱きあげて隣にいた金髪アフロの梅田に渡した。

「この子を事務所までよろしく」

「は、はい」

 ミカンを抱えた梅田は小走りで去って行った。

 ――ごめんなさい。ミカンはたしかにそう口にしていた。

「そんな言葉、教えてないだろうが……」

 さっきまでミカンに触れていた手は、今は虚空しかつかめなかった。

「とりあえず、これで解決ってことなのかしら?」

 真っ二つになったエンジュエルを拾い、エピルは言う。粘液まみれで、ベゼププは飲み込むのを嫌がったが無理矢理飲ませた。

「壊れてちゃダメとは言われてないからたぶん大丈夫よね」

「もちろんだとも。ご苦労だったエピル」

 いつの間にか、小五郎たちのすぐ近くにスーツの中年男が立っていた。しかしエピルはそれが誰だかわからなかった。

「あの人って」

「知ってるのか? 流詩歌」

「今回の依頼を持ってきた人だ。私はすれ違っただけだったけど。でもなんか」

「別人のよう、だろ?」

 そう、鬼灯の言う通りだ。あのときとはずいぶんと印象が違っていた。エレベーターで会ったときはすれ違うだけで謝るような気弱な印象だったが、今目の前にいるのはむしろ横柄な空気すらありまるで別人だった。

「そりゃそうだろうよ、実際別人なんだから」

「どういうことよ」

「まだわからぬかエピル。この私が」

「もしかしてアザゼウス様かいな!」

 スーツの男は頷いた。

「そうだ。今私はこの男の意識を乗っ取って話している」

「意識占領魔法……禁忌魔法やんけ」

 ベゼププは思わずつぶやいていた。

「とりあえずおめでとうと言っておこう。エピル、お前は今日から艶魔天使に昇格だ」

「は?」

「これは試験だったのだよ。若い天使たちの力量をはかるためのな」

「つまりエンジュエルがばら撒かれたってのはうそだったってこと?」

「演出といいたまえ。そのためにわざわざ面白くなりそうな人材にエンジュエルを渡したのだから。まぁひとり見込み違いだった者もいるが」

 スーツ男――アザゼウスが良助を見る。

「だから路上販売のおっさんは覚えてなかったのか。あんたが意識を乗っ取っていたから」

「ついでに言えばあの新種生物は、本来は逃げだしたあとすぐこの男に捕まっていたのだ。私はそこを利用し、発信機をエンジュエルに変えて逃がしたのだ。結果想像以上にいいものが見れた。いい暇潰しになったよ」

 アザゼウスはがははと笑った。

「それが本音かよ」

 良助は心底軽蔑した。するとエピルが前に出て、良助にステッキを渡す。

「それ持ってて」

 丸腰になったエピルは大股でアザゼウスの前まで歩き、そして顔面を殴った。

「ふざけんなぁあああああぁあぁぁぁぁっ!」

 男の体は勢いよく吹き飛んだ。

「な、何をする」

「あんたの暇つぶしのためにどれだけの人が迷惑したと思ってんのよ! 偉かったら何しても許されると大間違いよ!」

 アザゼウスは顔を押さえて立ち上がる。

「何を世迷い言を。地上の人間など我々天上に住まう者たちの玩具にすぎないのだ。こんな下劣な世界の住人がどんな目に会おうと知ったことか!」

「あんたのほうがよっぽど下劣だろうがぁぁぁぁぁっ!」

 再びの顔面パンチ。再び吹き飛ぶ男の体。立ち上がると、アザゼウスは醜く顔を歪めた。

「ふん、そんなに地上の人間が好きならば一生ここにいるがいい。エピルよ、お前をハイエストン・ヴェールから追放処分とする」

 アザゼウスが宣言した瞬間、良助が持っていたステッキが消失した。

「なんやてぇ!」

「望むところよ。あんたみたいなクソジジィに従わなきゃいけない世界なんてこっちから願い下げよ!」

「後悔するなよ小娘が」

 最後に一言吐くと、男は糸が切れたかのようにその場に倒れた。

「ちょっと待ってーな! ワイは無実やで! せめてワイだけでも帰らせてーなアザゼウスさまぁー!」

「諦めなさいベゼププ」

 諭しても、ベゼププか聞かずなんやかんやとわめき続けた。

「本当によかったのかよ、エピル」

「いーのいーの。むしろすっきりしたくらいよ。いやー気分爽快。さ、もうやることもないし帰りましょ。ほらベゼププ」

 未だ駄々をこねるベゼププを引っ張り、エピルと良助は帰って行った。

 鬼灯と流詩歌、そして小五郎がその場に残る。鬼灯は深いため息をついた。

「迷惑な話だ。考えの凝り固まったジーさんは」

「あの子はどうなる」

 小五郎はただ一言訊いた。鬼灯はもう一度ため息をついた。

「それについてもいろいろ話さなきゃね」

『私のことも忘れてもらっては困るのだが』

 もの言う剣に言葉を返す者は誰もいなかった。

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