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茂木今成組
茂木喜太郎氏は栃木県足利郡毛野村出身
慶應2年生まれ。
14歳で東京の小林呉服店の店員となる。
数十年間呉服反物類に関する業務に従事、
明治22年に 福沢諭吉氏の海外論に感激し、
海外で仕事をしてみたいと思い、横浜より渡米、
バンクーバに上陸、シアトル、サンフランシスコを
視察し、ニューヨークに着いた。
茂木氏のモットーは『独力自立』
森村組から日本雑貨を仕入れ、笊に入れて
各戸を叩いて行商した。日本雑貨に関して知識はなく
森村組の重役達は成功の見込みはなく
気の毒に思ったらしい。
他人の批判もあったが その事業を中止する事なく
独力自立をもって、 明治25年茂木商会を開店した。
明治25年 竹馬の友、今成新一氏と共同で
日本陶器、美術雑貨商、『茂木今成組』となった。
明治37年4月 今成氏が死亡、
明治37年11月3日に桃井達雄氏と共同して
茂木桃井合資会社を設立した。
アトランティクシティに支店をだし 日米30名を
使用し、日本陶器店、雑貨の輸入業を営んだ。

伊奥田春次氏
茂木桃井支配人
大分県中津出身
幼い頃から海外に飛び出し、一仕事してみたいと
いうのが夢だった。
1893年 サンフランシスコに上陸 
日本人経営の日本雑貨商 甲斐商会の店員となった。
3年ほど知識と経験を得、
1897年にセントルイスの甲斐商会 支店長となったが
何かの事情で辞め 
1901年に茂木今成組に勤めるようになった。

茂木桃井組営業部長
明治3年 奥州盛岡生まれ
20歳頃、世界的仕事をしてみたいと思い
渡米し、サンフランシスコ第一日本人青年会事業に
関係した。
1902年に高木種吉氏と共同で日本美術雑貨店を
フィラデルフィア市で経営、
されに独立しペンシルベニアに竹器製造所を起こし
日本竹細工販売をしたが資金がなく 辞めた。
その後 アトランティック市の島村組に支配人として
入社、その後、茂木桃井組営業部長ととして
日本陶器磁器、美術雑貨貿易界に
目覚しい手腕を振るった。

1914年 在米日本人紳士録より

茂木今成の裏印の陶磁器は10年目に巡り合い、
数点集め、ずっと歴史を調べていたが、
わからなかった。
昨年 色々古本を調べ、書いていた本に巡り合い
知る事ができ、うれしかった、、。

このカップは桃井製の裏印だが
茂木桃井商会以前のものかもしれない。

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1917年には ユニオンスクウェアの近くに店があった。
そして 近くには瀧藤・小川商会があった。

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茂木・桃井のNIPPONやJAPANと
書かれた裏印は どのようなものだったのだろうか?
行商していた頃は森村組から仕入れていたので
裏印はメープルリーフのものを販売していたのだろうか?
名古屋陶磁百年の本では 森村組と同じところから
仕入れていると書いていた。
明治、大正の陶磁器に桐マークがある。
もしかしたら 桐マークは 茂木桃井商会のものでは
ないだろうか、、

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ブログに書こうかどうしようか迷った。
陶磁器を集め その歴史がわかるとすごく嬉しい。
でも商売のため、長年調べてわかった歴史を使われる事は、、
あまりいい気がしない。
しかし私は 茂木喜太郎氏が 誰の援助もなく
独力自立をモットーに生き、成功した事を
知ってもらいたいと思い、本の中の文章を簡単にして書いた。