ところで…
結局コンクールはどうなったの?
と思っている方もいるでしょう。


結論から言うと、
目標であった全国大会出場は達成しました。


私の高校がどんな練習をしてきて、
どんな人間関係だったのかというのは、
今までの記事でよく理解していただけたと思います。


果たしていい過程をたどって結果に結びついたのか?


そう尋ねられた時、
首を縦にふる事はできません。


素晴らしい講師陣に濃厚なレッスンを受け、
十分すぎる環境の中で練習できたと思います。


しかし今頭の中に浮かぶのは、
「もっと先輩や先生に意見を聞いて欲しかった」
「もっと後輩の意見を聞けばよかった」
ということです。


「先生が選んだ曲を」
「先生の言ったとおりに吹く」
ということばかり考えて、
なんだか無駄にきつかったなー
というのが正直な感想です。


対して、
中学時代の演奏には後悔がありません。


それはいつも、
音楽を楽しむ心が側にあったからだと思います。


そして中学時代は、
部員同士がいつも対だったし、
顧問が部員の意見をねじ伏せるような先生ではありませんでした。




音楽って楽しんでするものですよね。
「音を楽しむ」って書きますしね。


もちろん、
楽しんで演奏するためにはある程度の技術が必要で、
それを身に付ける過程が大変だとは思います。


私が高校時代でやっていた吹奏楽って、
音楽の本質とはかなりかけ離れたものと思うんです。


例えば同じフレーズを吹く人が3人いるとすると、
3人とも全く同じように吹くことを求められます。


同じように吹くことで音の響きが増したりするので、
聴いてて耳障りがいいんですよね。


しかもそれを、
何十回何百回と繰り返しても同じように吹けるように練習する。


「先生に言われた強さで」
「先生に言われたイメージで」
「先生に言われた大きさで」
「先生に怒られないように」
「何が何でも絶対この人に合わせて吹く!」


・・・ちょっと待って、
それってコピーロボット集団じゃない?


はい、そんなものに近いかもしれません。




音楽って本当はもっと、
自由で楽しいものなんじゃないかな?
と思います。


厳しい練習のなかで個性を削られ、
その楽しさを忘れてしまう子は多いのではないでしょうか。


生徒も先生もひっくるめて、
みんなで意見を交換したほうが、
より皆で作り上げた「音楽」になる。


私の高校時代では先輩や先生と意見交換できることが、
100%ありませんでした。


でも中学の時は自分の意見を言って、
相手の意見を聞いて、
先生に相談して・・・
というやりとりをしてました。
上手くいっていたかは微妙ですがw


だから私にとっては
成績の良い高校時代よりも中学時代のほうが、
「音楽してたなあー!」
という感覚なのです。


確かに「意見交換」の場をなくして、
先生の言ったようにすることが1番、
全体をまとめるのに時間がかからないですよね。
育ちも考え方も違う、
音楽の「素人」が大人数で演奏するんですから。


先生が私たちの良さを最大限に引き出す曲を選び、
一生懸命指導をしてくださったことは間違いありません。
それは決して自分たちではできなかったことです。


しかし今となっては、
ただただ辛い思い出です。 
そして先生の言う通りに吹いてきて、
自分たちの実力で勝ち取った結果でないことをわかっているから、
達成感もあまり残っていない。


辛い練習を耐えたからといって、
全国大会で好成績を残したからと言って、
それがいい思い出になるとは限らないと思うんですよね。


むしろ思い出したくないというか、
潜在意識の中に閉じ込めておきたくなる。


今でもに先生が出てきて、
名指しで怒られたりしますもんww
当時と変わらない口調・見た目でww


心の傷が癒えるまでは時間がかかるのですね・・・。