2024年03月12日

中山 海輝 府中市立第一中学校出身

海輝は個性の強い部員たちを優しく見守りながらも、チームがまとまるよう行動しチームを支えてくれた主将です。
とても察する力が強く、私がやりたいと思うことや、これからの流れを読み取って的確に行動してくれます。強い言い方はしなくてもチームを進めたいように誘導してくれる、牧羊犬のようなキャプテンシーを持っていました。


試合中は冷静で、2分間変わることのない試合運びをします。
1年生のころ、練習試合中に負けている状況にも関わらず、淡々と試合をする海輝に「もっと覇気を出せ」と何度も指導しました。決まって言うことは「いやー…… はい。」となんとも言えない返事をするので、そんな海輝にヤキモキとしていたことを覚えています。


新チームになり海輝を主将へ指名しました。どんな主将になるか様子を見ていると、チームのためにハッキリと意見を出し、監督と部員との連携を取ってくれる姿があり、数日で不安は取り除かれました。

また試合の中でも、勝負所で得意の蹴り技を決めたり、決勝点となるようなポイントを決めた時には、控えめではありますが、声をだしている姿も見られるようになりました。


練習試合後何気ない会話の中で、2分間使い切って1点差で勝ち切ることが、自分らしい組手の勝ち方だと思っている。というようなことを話してくれました。
多彩な蹴り技に、モーションの少ない攻撃など、いくらでも点を取ることのできる要素を持っている選手でしたが、本人の中にある、無理をしないという組手スタイルを尊重し、試合の作戦面は預けられるほど信用できる選手でした。


生活面では三年間の寮生活を送っていました。
空手道部員が一人であったため、休日練習後や、遠征後など、一緒に外へご飯を食べに行くことも何度もありました。
1年生のころは組手同様、間合いをキープされてなかなか距離を詰めることが難しかったですが、時間を過ごすことで、学校生活だけでなく、様々な話をするようになりました。
(頭の回転が速いので、会話の返しがとてもよく、話し上手な一面もあります)
卒業後は摂南大学へ進学します。
周りが推薦入試で進路を決める中、引退後も学校に残り勉強し続けていました。
表に出ることは多くありませんが、海輝は心の奥にしっかりと芯のある『誰よりも熱く戦え』を持っている人物であることを三年間過ごすことで知ることができました。

ケガに泣かされることもありましたが、間合い操作や勝負勘など、持って生まれたセンスはピカ一だと思っています。
空手道は続けるのか迷っているそうですが、海輝らしく絶妙な距離間で空手道を続けてみるのも人生としてよいものだと思っています。


また中山さんには保護者会長として、1年間本当に多くのことで助けていただきました。
中山さん並び保護者の方の支えがあり、一年間監督を続けることができました。
この場を借りてお礼申し上げます。

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momohanayoshi2006 at 15:58 

2024年03月11日

安井 楽斗 呉市立昭和中学校出身

楽斗は長い手足を最大限に生かして活躍したチームの中心選手でした。

良くも悪くも人懐こく、無邪気で恐れを知らない性格をしており、大舞台にも物おじしない姿を見せてくれました。

入学して間もないころ御殿場西高校に遠征に伺いました。名門校のプレッシャーや試合数の多さに歴代の部員たちも舌を巻くことが多いのですが、楽斗はひょうひょうと試合をこなし、帰りには「楽しかったのでもう少しやりたかった」と話してきました。入学して間もない1年生が高校の初遠征で見せたその姿に驚かされたのを覚えています。

上記のように、遠征ではけがをせず、どのような相手でも動きのレベルを落とすことなく何試合でもこなしてくれました。
人数が多くないチームのため、進んで試合を行ってくれ、疲れを見せないその姿に何度も助けられることがありました。


入学時からチームの主力として活躍してくれた楽斗だけに、悔しい思いをしたことの方が思い出として強く残っています。
中国大会では、得点でリードしていながら、10カウント負けをしてしまったり、全国大会でも反則の累計で負けてしまうなど、不完全燃焼で負けてしまうこともありました。

新人戦の団体戦決勝や、県総体での個人戦など、負けず嫌いの楽斗が涙を見せる姿は悔しくてたまらなかったと思います。
私自身も悔しく思っていましたが、また気持ち切り替えさせるために大会会場で声掛けをしたことがとても印象に残っています。
どんなに落ち込むことがあっても、翌日の練習には変わらず元気な姿を見せてくれる楽斗の姿がありました。

怒られることもありましたが、竜真とは違うタイプの副主将として、明るい姿を見せてくれ、チームを引っ張ってくれた存在でした。
私に対し、どんなことでも忖度ない話をしてくれ、物おじせず関わってくれる部員でした。
空手道の練習や、休憩時間の小さなことでも決して私に勝ちを譲ろうとしません。もし私が勝つとすぐに再戦を申し込んでくるので少し厄介でした。
同期の山本茉歩と同じく、小、中、高と同じ学校の出身です。リスペクトはあったと信じていますが、監督よりも地元のおじさんのように思っていたのであれば、二人とももう一度教育をし直さないといけないと思っています!!


卒業後は大阪産業大学へ進学し、空手道をつづけてくれます。
現在は、一学年上の松本と新田が在籍しており、二人には部活動だけでなく、学習面でもサポートをしてあげてほしいと思っています。レベルの高い関西で揉まれることでまた一回り大きくなった姿を見せてくれるはずです。また成長した姿を道場で見せてほしいです。

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momohanayoshi2006 at 18:22 

2024年03月10日

宮本 竜真 東広島市立八本松中学校出身

竜真はチームの副主将として、チームを1年間支える役割を担ってくれました。

チームの中では小柄な選手でありましたが、思い切りのよい飛び込みや、多彩な蹴り技、近場での崩し技を武器に活躍してくれました。

竜真は何事にも貪欲に取り組んでいた部員で、中学時代に活躍していた先輩や、同期に負けないようにと努力を惜しまない選手でした。
組手構えは対戦相手や場面によって使い分ける両構えです。
竜真は中学時代部活動として剣道部に所属していました。本校の剣道部員には、中学時代の竜真と大会で試合を行ったものがいるなど、剣道にもマジメに取り組んでいたようです。
組手の幅を広げるために何かないか模索している中で、剣道のように右足を前に出して構える逆構えに変えてみることを提案しました。

それからは逆構えでの技を一から作り上げるために、基礎から一生懸命取り組んでいる竜真の姿がありました。
学年が上がり、逆体もある程度形になってきたときの練習試合中、試合の流れの中で左構えになることがあり、苦し紛れのように何気なく出したキザミ突きがきれいに決まる場面がありました。
右構えと左構えでそれぞれ違う良さを感じた私は、竜真に次は両構えで試合をするよう話しました。「使い分けは自分にまかせるから、いいと思った方をその都度使いわけなさい。」という無責任なアドバイスのもと竜真の両構えが始まりました。
構え出しごとに右、左と構えを変えたり、突然スイッチして構えを変えて技を出したりと変則的な戦い方も身に着け、蹴り、足払いと攻撃のバリエーションが増えたことで、ポイントが決まる時は面白いようにポイントをとれるようになり、チームのくせものに成長してくれました。

また、試合での活躍の場を広げるため形にも取り組みました。一学年上の佐々木、新田ともに団体形を組んだり、個人形にも出場したりしました。
その際は、団体形を組むために一から団体形を学んだり、形コーチである西原トレーナーの形練習にも参加したりするなど、積極的な活動を行っていました。


そんな竜真ですが、決して器用な選手だったというわけではありません。
ケガをすることも多くあり、練習に参加できないこともありました。しかしその都度、今できる練習メニューを黙々とこなし、練習の中で手を抜くようなことはありませんでした。

また、家が遠方にある中でも朝練に毎日参加しています。通学が大変な中でも、そのようなことを感じさせないほど、練習に取り組んでいました。こちらは本人の努力もありますが、毎日部員のために登校時間にあわせて、お弁当を持たせてくれたお母さん方のご協力のおかげです。ありがとうございました。


本人は追い出し会の中で、大会で活躍することができなかったと話しておりましたが、全国選抜大会、インターハイどちらでも勝利を挙げております。後輩たちには活躍の陰にそのような努力があったことを知ってほしいと思います。

卒業後は広島経済大学へ進学し、空手道を続けます。現在本校の卒業生が4名所属しております。身近で活動している姿を見ることができるので、先輩にもまれながら活躍することを願っています。


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momohanayoshi2006 at 12:58コメント(0) 

2024年03月06日

山本 悠斗 呉市立天応中学校出身

悠斗は仮面ライダーが大好きな空手道部員で、歴代ライダーの変身を全てできるという特技を持っています。そのため、練習に参加してくれる小中学生と仮面ライダートークで盛り上げっている姿を何度か見たことがあります。

4月の入部式の際、マジメそうな男の子が入部してきたなと思っておりました。
練習に対して一生懸命に取り組み、言われたことを素直に行う性格から油断していたのですが、この代で1.2を争うほど指導した回数が多いのは悠斗でした。

決して悪さをするような部員ではなく、空手道部のような濃い関りをしなければ「大人しい機械科の子がいるな。」で終わっている生徒だと思います。
しかし、入学したばかりのころは精神的に甘いところが多く、幼い行動をとってしまうことがありました。そのようなことが何度も続いたため、そのたびに指導を行うことがありました。

悠斗は入学時から、将来陸上自衛隊員になって人を助けるようなことがしたいという、目標がありました。
今のままでは、その夢は夢のままで終わってしまう。卒業までには一人前の男にしないといけないと思い、甘えた姿が見えた時には、将来の夢と重ね合わせて二人で何度も話をしました。(そうすると私の姿が見えた際、ソワソワと廊下を逃げていく悠斗の姿を見かけました。)

空手道の競技としては個人戦や団体戦のメンバーとして華やかな活躍をすることはできませんでしたが、長い手足を持っており、キザミ突きや裏回しなど十分活躍するに値する技を持っています。2023年度版の学校紹介パンフレットにはそんな悠斗の裏回し姿の写真があるので、お持ちの方はまた見てあげてください。
大人しい悠斗が練習試合で得点を取ると、先輩後輩問わずチームが盛り上がっていました。

後輩が入部すると、後輩に対し優しく指導してあげる姿や、励ましている姿などを何度も見かけたことがあります。そんな姿を見て、人のために何かをしたいという優しい気持ちを根っこから持っている人物なんだと感心したことを覚えています。

試合に選手として出場することは多くありませんでしたが、大会時や練習試合では熱心にサポートメンバーとして活躍してくれました。
このチームでの全国選抜大会、インターハイ出場ができたのはそんな悠斗の、陰でのサポートがあったことを、ここに残しておこうと思います。

卒業後は入学時からの目標であった陸上自衛隊に所属することになります。
現在は福島先輩をはじめ、多くの空手道部卒業生が陸上自衛隊員として在籍しておりますので、安心しております。
呉港の空手道部よりも厳しい環境に身を置くことは覚悟していると思いますが、弱気にならず、頑張ってください!!


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momohanayoshi2006 at 14:56コメント(0) 

2024年03月05日

山本茉歩 呉市立昭和中学校出身

茉歩は中学時代に全中出場や、中国大会入賞などの実績をもって呉港高校に入学してきました。
しかし、中学時代に痛めていた膝の影響があり、入学しても満足な動きをすることができずにいました。

元々高いポテンシャルを持っている選手なので、それなりに試合をすることはできていましたが、中学時代にはない強い当たりや、全国区の選手のスピードなどには対応することができず、自分の思い描いていたような空手道ができないことに、苦労している姿も見られました。

転機となったのは1年生の時の新人戦でした。
ひざの調子は日に日に悪くなり、西原トレーナーともどこかで手術をした方がよいと話をしていた中、新人戦個人戦の準決勝の試合中に膝を痛め立てなくなっている茉歩がいました。
顧問である私が呼ばれ状態を確認すると、立つことがやっとといった状態であったため、監督判断で棄権するようにしました。本人としては途中で試合を投げ出したくなかったようで、棄権負けをした後、人目をはばからず涙を流していたのを覚えています。


そのことがきっかけで、新人戦後ひざの手術を行うことになりました。
手術後も入院や、リハビリに割く時間が長くなり、空手ができないもどかしい時間が多くあったと思いますが、懸命にリハビリを頑張ってきました。

その甲斐があってというと言葉はよくありませんが、空手道の競技から少し離れるということがプラスになった一面もありました。
リハビリの中でストレッチやトレーニングを積むことが多くなり、柔軟性や、下半身の筋力などが、ケガ前よりも高くなり、痛みや膝のロッキングから解放されたことで、思い切りのよいステップができ、組手にも勢いが生まれるようになりました。

技術面だけでなく、精神的にも成長することができました。
外から練習も見ていたおかげか、やみくもに練習するのではなく、考えて練習することができるようになり、試合中もバタバタすることなく、負けていても落ち着いた試合運びができるようになりました。
精神的に大人になることができたのか、練習内外でも、顧問とコミュニケーションをとる機会が多くなり、自分の意見を話してくれることが多くなりました。(性格も少し丸くなったように感じます)

それからは桃太郎杯5位、全国選抜、インターハイ、国体、全日本選手権出場と、広島県の女子を代表する選手へと成長してくれました。

卒業後は高校では達成できなかった全国大会優勝と、日本代表を目指したいという思いから、東洋大学へ進学し、空手道を続けます。
昨年全日本学生準優勝という、名門校への進学ということもあり、引退後も練習に出続け後輩の指導や、自己研鑽に励んでいました。

出身小学校、中学校、高校が同じ後輩でもあります。教え子であり後輩である茉歩の活躍を期待するとともに、目の届かない遠い場所に行くことになるので、ケガに気を付け、茉歩らしい強気の組手で頑張ってほしいです。


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momohanayoshi2006 at 12:31コメント(0) 

2024年03月04日

池田愛可 世羅中学校出身

愛可は2年生から私が受け持つホームルームの生徒となり、2年間部活動と、学校生活をともに過ごしてきました。副級長の仕事や、生徒会選挙管理委員会の委員長を任せたりしておりました。


組手は粘り強く最後まで戦うことできる選手で、大差で勝利することは多くありませんでしたが、独特なステップで間合いを動かし、格上相手でも競った試合ができる選手です。

入学したばかりのころは、おとなしく、田舎からやってきて何もわからない女の子という印象でした。自分の思いがあってもそれを抑えて相手に合わしてしまうことが多く、我慢しているなと感じることが多くありました。
このままでは、大きな場面で力を発揮できないと考え、人前に出るような仕事を積極的に頼んだり、クラスでも人に流されるような行動をしていた時は、厳しく愛可の行動を注意したことがあります。

マジメなため、おそらく先生に怒られたことなどこれまでなかったのだと思います。申し訳なく思いながらも、愛可に空手道を通して成長してほしいと願っておりました。

自分たちの代になったとき、新人戦の階級を確認すると、愛可は一番重たい階級を選択しました。その話を私にしにきた際、いつもの愛可と表情や雰囲気など何か違うなと感じました。

そこからは体重を増やすために、食事の量を増やしたり、他の部員よりも多くウェイトトレーニングを行いましたが、弱音を一切吐くことなく、黙々とメニューをこなしておりました。
そして、中国選抜大会で優勝し、全国選抜大会出場を果たすことができました。

全国選抜大会では初戦で敗退してしまいましたが、準優勝者相手に最後までどちらが勝利するかわからないほどの善戦することができました。

空手道を通して技術を身につけるだけでなく、多くの経験をできたことが愛可の成長につながったと思っています。全国へ遠征に出向き多くの友人ができ、これまで経験したことがないような壁にぶつかり、多くの人に支えられながらそれを乗り越える。普通に過ごしていたらできないことを経験し、人としての殻を破れた3年間になってくれれば、顧問としても担任の先生としてもうれしく思います。

卒業後は広島国際大学へ進学し、管理栄養士を目指します。
愛可はいつもニコニコしており、空手道の試合中でもニコニコしているほどです。
確かな技術と知識を身に着ければその笑顔を武器に、必ず良い管理栄養士になれると思います。自分はできるのだと自信をもって高い目標をもって勉強も頑張ってください!



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momohanayoshi2006 at 18:00コメント(0) 

2023年03月31日

全国選抜大会結果

男子団体組手
2回戦敗退
1回戦…姫路南
2回戦…京都外大西

これまでやって来たことを、出しきる前にやられてしまいました。とても悔しいです。
この悔しさを忘れずにまた、一からやっていきます。


男子個人組手

安井楽斗…2回戦敗退
終始有利に試合を運べていたのですが、悔しい反則負けとなってしまいました…
力はある選手なので、ナショナルチーム選考会に向けて仕上げます。


片岡道汰…1回戦敗退
初めての全国大会動きが固かったです。これからに繋げていって欲しいです!

女子個人組手
山本茉歩…2回戦敗退
1回戦では試合終盤での逆転勝利と意地を見せてくれました。まだまだ上にいけると思うので、これからも上を向いて欲しいです。

池田愛可…1回戦敗退
準優勝した選手に一進一退の試合でした。蹴りさえもらわなければと後悔が残ります。これを自信に変えて次は勝てるように頑張って欲しいです。

3日間応援ありがとうございました。
全国で勝つを目標にしており、今大会は悔しい結果となりました。
悔しいで終わらせません。
チここからチームで成長していきます!

momohanayoshi2006 at 12:52コメント(0) 

2023年03月22日

本日、愛知県から星城高校、兵庫県から神戸市立科学技術高校、広島県の近大福山高校、山陽高校をお招きし、練習試合を行いました。

明日広島県を出発し、 福岡県で開催される全国選抜に出発します。

最終調整というには豪華すぎる学校との練習試合で、選手の動きを確認することができました。

明日からはライバルとなりますが、お互いに実りのある練習試合になったと思います。

本日は遠方のところありがとうございました!

近大福山の皆さん、片付けまで手伝ってくれてありがとう!!

momohanayoshi2006 at 02:26コメント(0) 

2023年03月17日

寺西 優太 東広島市立黒瀬中学校

優太はチームの主将、そしてエースとしてチームを引っ張ってくれた大黒柱です。
小柄な選手ながら大きな選手にも小回りのある技で攻撃的に戦うことができ、ここ一番の勝負勘を持った選手です。

1年生2年生と、個人・団体で全国選抜大会出場。3年生の時にはインターハイ個人組手へ出場しております。


松本大翔の時に記したように、優太にはチームの先頭に立ってチームを引っ張ってほしいという思いを込めて主将に任命しました。その期待以上に空手の技術だけでなく、練習に取り組む姿勢や、日常の学校生活なども主将として、部員たちのお手本となってくれていました。

優太の主将としての意地を感じた試合は、3年生になった際の全国選抜大会の時です。
全国選抜大会が始まる直前に、会場であった宮城県に大きな地震が来て会場が破損してしまい、大会が中止になってしまいました。
部員たちが落ち込んでいる中、次の目標に向けて頑張ろうと、周りに声掛けをしていた姿が印象に残っています。


また、多くの方のご協力により全国選抜大会の代替え大会が開催されることになりました。

その大会の個人戦は早い段階で敗戦してしまい、翌日の団体戦のみになりました。

2回戦の柏原高校との試合では、チームに勢いをつけてほしいという思いから、優太を先鋒として起用しました。
対戦相手は、前日の個人組手で優太と同じ階級で優勝している選手でした。
整列してオーダーが分かった瞬間は、厳しい戦いになるな…と心配になりましたが、優太は相手に退くことなく勝負し、常にリードを保ったまま大金星の勝利をあげてくれました。
チームはその勢いのまま勝利することができ、次の試合に進出することができました。

優太の勝利は、チーム全体に、自分たちもやれるという強い気持ちをもたらしてくれました。
決して言葉が上手な部員ではありませんが、私の思っていた以上に、背中で部員たちを引っ張てくれる存在に成長してくれました。



卒業後は、私の母校でもある関西学院大学に進学します。

毎年私の母校に進学するものが出てくれるのは、顧問として嬉しく思います。
1学年上の石川将太郎とともに活躍し、OBとして呉港の教え子の力を自慢させてください。




寺西お父さん、お母さんには1年間保護者会長として様々な場面で力を貸していただきました。
寺西さんのおかげで一年間乗りきることができました。
本当にありがとうございました。


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momohanayoshi2006 at 16:27コメント(0) 

2023年03月15日

松本 大翔 竹原市立吉名学園卒

大翔は一年生のころ、私が担任をしていたクラスの生徒でした。
クラス発表があった際、私のクラスには空手道部の生徒が名簿になく少しがっかりしていたのですが、入学式後に空手道部の入部届を発見し、嬉しく思ったのを覚えています。
私が監督になってから、初めての高校空手デビューの部員です!

そのため、空手道を少しずつ知ってもらおうと思っていた矢先に、新型コロナウイルスのため、学校が休校となり部活動が行えませんでした。
このままでは空手道から気持ちが離れてしまうのではないかと心配し、ラインで空手のルールや基本の動画などを送っていました。

そんな中でも同期の協力もあり、大翔はドンドン空手道部に染まっていき、空手道に打ち込んでくれました。
得意技は後ろ足の中段蹴りです。元々サッカーをやっていたこともあり、入部して初めてミットを蹴った時から気持ちの良い音を鳴らしていました。

試合での初勝利は、夏に同期の本田健からです。
こうして力をつけていき、2年生の広島県選手権大会では選考会を勝ち抜き個人戦メンバーに選ばれました。
さらに、中学で実績のある他校の選手にも勝利を重ねていきました。惜しくも当時主将であった石川将太郎に敗れてしまいましたが、空手道を初めて1年で広島県のベスト8入賞するまでになりました。

新チームになった際、「主将の寺西が先頭に立ってチームを引っ張っていき、高校に入って空手道を一から始めた大翔が後ろからみんなを後押ししてほしい」と私は大翔を副主将に任命しました。

優しい性格で、期待通り副主将としてチームを支えてくれていましたが、体調を崩してしまい食事ができず、増量していた体重が少しずつ減っていきました。

空手道ができないことや、突然来る体調不良に本人も我慢できないことや、ストレスを感じるがあったと思います。
しかし、3年生追い出し会では、支えてくれたお母さんに、その時の感謝の言葉を述べていました。

高校から始めた大翔が空手道を最後まで続けられた中には、大翔の頑張りだけでなく、お母さんの支えがありました。私からもこの場を借りてお礼を申し上げます。


卒業後は新田篤史と同じく大阪産業大学に進学します。
引退後に肩の手術を行い、その回復次第では空手道を続けるかもと聞いています。
将来の夢は警察官になるという1年生のころからの目標があります。
空手道で学んだことを活かして夢に向かって頑張ってください。


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momohanayoshi2006 at 19:09コメント(0) 
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