2011年06月27日
ことば
べいぶが死んだ時、あたしは側にいませんでした。
でも分かっていました。
べいぶはあたしの前では逝かない。
この10日間あまりで気付いていました。
あたしが側に行くと無理をして顔を上げ、
あたしが声をかけると絞り出すようにか細く泣き、
あたしが触れるとふらつきながら立とうとする。
べいぶがあたしの為に生きていると痛烈に感じる日々でした。
あたしを悲しませないように、それだけの為に生きている。
それが苦しくて、切なくて、つらかった。
「あたしの為に頑張らなくっていいんだよ」
最後の数日間、あたしはそれしかべいぶに言えませんでした。
出先でべいぶの死を知りました。
覚悟をしていたから心の中は思ったより穏やかでした。
やっと苦しみから解放してあげられたと感じました。
だから今も後悔はしていません。
あたしはべいぶにやれること、全てをやりました。
自分の心を砕き、体を壊し、神経をすり減らし、
血が滲む思いでべいぶと一緒に闘いました。
だからべいぶを誇りに思い、自分を褒めてあげたい。
だけど、その夜。
あたしは行き場のない怒りや悲しみ、苛立ちや虚しさを感じる事があり、
心と体が一気にバラバラになりました。
この10日間余りを認めてもらえなかったと感じ、
帰宅してももパパにその全てをぶつけ、家を飛び出しました。
べいぶにも会わずに。
声を上げ、泣きじゃくりながらひたすら歩き、
心配して電話をかけ続けてくれた友達の電話にも出ず、
深夜の路上で泣いて泣いて泣いて、力尽きて座り込んでいました。
携帯に入っているべいぶの写真を見つめ、
指先で小さな画面の中のべいぶを撫で、震えていました。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけてくれた男性。
やっとの思いで顔を上げたあたしを見て、
男性は少しだけ驚いた顔をしてました。
そしてまた、「大丈夫ですか?」と尋ねました。
その眼差しが優しかったからか分からないけれど、
あたしはなぜか「大丈夫じゃないです」
そう言って、声を上げて泣いてしまいました。
いつしかあたしは誰にも本音を言えなくなっていました。
友人にも仲間にも家族にも。
大丈夫と嘘を言い、心配しないでと笑顔を作り、
頑張るよと強がり、乗り越えると見栄を張っていました。
それなのに見ず知らずのその人にだけ言えた本心。
知らない人だからかもしれません。
その人は黙ったまま、あたしの横に座ってくれました。
何があったのか?仕事?恋愛?
言葉を選びながら、少ない口数で尋ねたその人。
「聞いたらきっと笑っちゃいます」
やっと絞り出したあたしの声を拾ったその人は、
「こんなに泣いてるんですから笑うことじゃないですよね」
そう言って、あたしの右手にそっと左手を添えてくれました。
その手がとっても温かくって、優しくって、すごく強く見えて、
あたしはべいぶとの日々をしゃべり出してしまいました。
生後1日目で保護され、授乳してたこと。
兄妹たちが亡くなったこと。
べいぶの闘病中のこと。
べいぶが死んでしまったこと。
今の自分の気持ち、本音、こころ。
その人はただただひたすら黙って聞いて、
悲しそうな顔したり、ほほ笑んだり、時々頷いてひたすら聞いてくれました。
「ぼくも同じようなことがあります」
小児科でリハビリの仕事をしていて、
担当した患者さんの死を受け入れられないことがある。
そう言ったその人にあたしは尋ねました。
「そんな時、どう乗り越えますか?」
今のこの全てを乗り越える為にどうしたらいいか知りたかった。
どうしたら立ち直れるのか?
どうすれば前を向けるのか?
みんなの為にもこの悲しみを乗り越えなくてはいけないから。
「乗り越えられません。
乗り越えられないことってあります。
乗り越えなくてもいいことはあります。
だから受け入れるんです。
受け入れる為に、その子に会いに行きます。」
ずっと乗り越えよう、乗り越えたい、乗り越えなくちゃ。
そう思っていたあたしにこのことばは衝撃でした。
乗り越えなくていいことだってある。
そんなことを言ってくれる人はあたしの周りにはいなかった。
前へ進んで、下を向かないで、乗り越えて、頑張る。
いつしかそれが当たり前だと思っていました。
だから、その言葉にまた涙が溢れました。
でも、今思うと悲しい涙じゃなかった。
心の中の重い何かがあたしの中から消えていくのを感じ、
みんなの期待に応えようと自分を飾っていたことに気づき、
涙がとめどなく溢れてしまいました。
その人は泣きじゃくるあたしの手を力強く握り、
震える背中に手を回し、時に肩を強く抱き、額をあたしの頭につけ、
ただただ無言で抱きしめて、無言でずっと側にいてくれました。
どれくらいの時間だったのか覚えていません。
でもとてもとても長く感じました。
そして、とてもとても安心出来て心地よかった。
人前で自分の本音をさらけ出して、演じることなく自分でいること。
思いっきり泣くことがこんなにも救われることだと知りました。
「ぼく、もう行きますね」
そう言って、その人は去って行きました。
名前も知らない、どこに住んでるかも知らないあたしより若い男性。
深夜にそんなこと危ないって思う人もいるかもしれません。
だからこのことはあたしの胸の中にしまっておくつもりでした。
だけど、日を追うごとにあたしの中でこのことばの重みが増すんです。
このことばが毎日、毎日あたしに力をくれるんです。
あたしを知らないから言えたことばだったとしても、
このことばがその人の本心じゃなかったとしても、
あの夜、あたしがこのことばに救われことは紛れもない事実です。
だから今は立ち止まることを許してもらえないでしょうか?
下を向いてても笑わないでください。
前へ進めなくてもがっかりしないでください。
笑顔でいられなくても呆れないでください。
乗り越えられなくても許してください。
ただただ今は、べいぶとの日々を思っていたい。
途切れることのないあたしたちの絆をただただ感じていたい。
ありがとうも言えず、お礼も出来ないけれど、
もう二度と会うことはないかもしれないけど、
あたしは一生、ずっと、君に感謝し続けると思います。
あの日、あの夜、あの場所であたしを救ってくれた君。
助けてくれてありがとう。
ありがとう、ありがとう、ありがとう。
メールもたくさん頂いていますがお返事が出来なくてごめんなさい。
お花もたくさん届いています、ありがとうございます。
1人1人にお礼が出来なくて本当にごめんなさい。
土曜日にはたくさんのお見舞いやご支援も頂いていました。
届けてくださったみんな、ありがとう。
紹介も出来なくって本当にごめんなさい。
べいぶは昨日、お骨になりました。
今はマフィンの隣であたしを見守ってくれています。
ずっとずっと見守ってくれています。
ありがと、べいぶ。
あいしてるよ、べいぶ。
これからもよろしく、べいぶ。





