2017年06月20日

幸せって何?

ブログを始めた時1歳になったばかりだったちびぞうがもう13歳になり
思春期に入りました。

あにぞうに比べると、まだ反抗的では無いのですが
いろいろ思うところがあるようで
昨夜も「幸せって何?」と言い出しました。

私「人によってそれぞれ幸せは違うね。
でも、『幸せだな』と本人が思えた瞬間が幸せなんだと思うよ。」

ちびぞう「ふーん、じゃあ俺はまだ幸せじゃないんだな。」

私「まあ、中学生だからね。幸せだな〜なんてあんまり思わないかもね。
ママも中学生の時は幸せなんてわからなかったから、
気持ちはわかるよ。でも、まー、あなたは十分幸せだよ。
失って初めてわかるものだけど、その前に今ある状況やモノに
感謝していると、だんだん自分の幸せに気が付くよ。」

ちびぞう「ふーん。俺は失って初めて気づくタイプだな。」

ちびぞうは、小さいころはいつもニコニコしていて、
おやつを渡しても、いつも「あい、あんぶんこ!(半分こ)」
とおやつを分けてくれて、友達や私の友達にも
「あい、あんぶんこ!」と自分の幸せを分けてくれる子だったけど
思春期になって、哲学的になり、
「思考の整理学」なんかを読んで、いろいろと質問をぶつけてくるように
なったのでした。

あなたはいつもいつも、ニコニコしていて人に幸せを分けてくれた子だったよ
と伝えても「ふーん」と『過去の事でしょ』と心の声が聞こえてきたりする。

そこで、こんな話をしてみました。

ある男性の夢は、フェラーリを買って彼女を助手席に乗せてドライブすること。
その為に、彼は毎日毎日休みなく一生懸命働き、ついにフェラーリを手に入れました。
ところが、働いてばかりの彼に愛想をつかして彼女は彼の元を去ってしまいました。

さて、彼は幸せでしょうか?

ちびぞう「それは本末転倒ってやつでしょ。穴を掘るためにシャベルを探していたのに
穴がそこにあるのにそれに気がつかずにシャベルを探し続けるみたいな・・・」

私「うん、そう。でも、ここで聞いている事はそのことじゃ無いんだ。
価値観の話。ちびぞうは「本末転倒だ」と感じたのならば
あなたの幸せはモノではなく、彼女のほうにあるのよ。
もし、モノのほうに幸せを感じる人は、フェラーリが手に入って幸せなのよ。
だって、フェラーリがあれば新しい彼女がすぐ見つかるでしょ。
彼の『フェラーリの助手席に彼女を乗せてドライブする』という彼の夢は叶うわけ。
だから、『その彼女』でなければダメなのか、
『その車』でなければダメなのか、
そこが自分の価値観なのよ。」

ちびぞう「その彼女を乗せるって事かと思った。」
と、価値観というよりも、なぞなぞに近い感覚で『正解』を出そうとしていたちびぞうは
ちょっと不満そう。

彼は、かなり好みがはっきりしていて、得意なこと、苦手なこともかなりはっきりしている。
好きなこともはっきりとわかっていて、十分才能を磨いていけると思う。
母から見たら、これが一番幸せだと思うのだけれど
まだまだ、自分に与えられた幸せには気が付けない年頃なのです。

私は、あにぞうや、ちびぞうが生まれた時、お乳をあげている時
子供たちの世話をしている時、初めて一緒にお風呂に入ったとき
息子たちが幸せそうにしている時、夫の腕の中で眠るとき
片付いた部屋で一人ベランダのグリーン達を眺めながら
ゆっくりお茶を飲んでいる時、しみじみ「幸せだな〜」と感じるのです。

小さくても清潔で小ざっぱりしたインテリアとか
沢山の植物とか、ある程度のゆとりとか必要だと思うのですが
どうやら私の幸せには高価なモノよりも時間とか空間とかが
必要なようです。


幸せといえば、私の友達で、とても理解不可能な人がいます。
彼女の話が100%本当なのだとしたら、
DV夫に毎日虐待されていて、私だったら一日も我慢できずに
家を飛び出して、即離婚をするような状況なのです。
が、彼女はそんな生活に耐えています。耐えているというよりも、
話の内容がエグイのに、彼女はめちゃめちゃ明るくて
「ほんっとに大変なのよー!」と大声で訴える彼女からは
悲惨さが一つも伝わってこないのです。

その彼女の唯一の救いが、長男。
以前は反抗期で、こちらもかなりエグイ話を聞いていたのですが
東北大震災の時「死ぬかもしれない」と感じた彼は心を入れ替え
母の愛を受け入れることにしたのでした。
大学生になった彼に、母は毎日ハグして愛情一杯の表現をするそうで
先日「俺に関して言えば、お母さんは、子育てに成功してるよね。」
と息子に言われたのだそうです。

夫に虐待され、次男は不登校になり、高校を転校したり、アニメにはまっていて
イベントとなると夜中でも出かけてしまって帰って来なかったり、
いろいろと聞いていると、こっちがいっぱいいっぱいになってしまう
過酷な状況の彼女なのですが、そんな中でも彼女は長男にそう言われて
とても嬉しそうに私達に話をするのです。

私達友人は、どんなリアクションをしてよいか分からず
「大変だね〜」としか言えないのですが
そんな状況の中でも、息子は母に愛されていると確信し、
自分は幸せだと思っているからこそ「子育てに成功している」と
母に伝えたのだと思うのです。

やっぱり、幸せってものは
本人が「幸せだな」と思った時が幸せなんだな、と思ったのでした。


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2016年11月09日

小さな小さな幸せ

先日、ユニクロでお気に入りのロングTシャツを2枚買いました。

実はこれと同じタイプのものを、3年くらい前に買って、
とても気に入り、また販売にならないかな〜と
首を長くして待っていたのです。

そして、やっと販売になり、やっと気に入る柄を2枚購入することが出来ました。
ボートネックのボーダーTシャツ。
なで肩で、肩幅が大きく、胸も大きな私の体は
なかなか着られる既製品がありません。
数少ない、気持ちよく着られる服なのです。

残念ながら、ボーダー柄しか売っていなかったし、
3年前に買ったのもボーダー柄で
今持っている色は
白地に黒のボーダー
黒字に白のボーダー
黒字にベージュのボーダー
と似たようなものなので、
いつも似たような恰好になってしまうのですが・・・(笑)

でも、着心地が良くて幸せなのです。
こんな事も幸せの一つなんだな〜と思いました。

そして、もう一つ。
これは多くの女性の悩みだと思うのですが
ヘアースタイルの事。

私の髪はくせっ毛で、ショートカットにしていると
ボディパーマをかけたかのように
うまくまとまるのですが、逆に伸びてくると
どうにもこうにもまとまらなくなってくるのです。

毎月カットに行くにもお金がかかるし、
いつもショートにしておきたいわけでもないし・・・

そんな風にずっと髪に関して不満を持っていたとき
いつもいつも素敵なヘアースタイルにしている友達に
その悩みを話しました。
すると、彼女もずっと気に入る美容院が無くて
探しに探した結果、友人にMさんを紹介してもらい、
それ以来、そのMさんに10年以上カットしてもらっていると言うのです。

彼女はそのMさんを私に紹介してくれました。
Mさんのお店は、完全予約制の隠れ家のようなマンションの一室を改装した
スタジオのようなサロン。
Mさん一人で、一人のお客さんの相手をしていて、スタッフは雇っていません。

その頃の私は、髪のくせをどうしてよいか分からず、
縮毛強制をかけて、サラサラのショートボブにしていました。
でも、「いつまで縮毛強制かけたら良いんだろう・・
どんどん髪が傷んで行くんじゃないかな?
髪が薄くなってきたらどうしよう・・・」
と思っていたのでした。

初めてMさんに会ったとき
「いつまで縮毛強制かけるつもり?
自分の髪のくせを生かした、自分に似合うカットのほうが
絶対きれいだよ。」と言われたのです。

私は泣きたいくらい嬉しかったのです。
そうそう、私もそう思っていたんです。
でも、自分の髪のくせを生かしたカットって
今までしてもらえたことが無かったんです!と
Mさんに伝えると

「じゃあ、ももぞうさんのくせを生かしたカットをさせてもらいます。」と
独特な切り方で、ザクザクとカットし
今までで一番「その髪型素敵!」と周りからお褒めいただくカットをしてくださったのです。

あれから、早3〜4年
Mさんのカットは切りたてのショートの時も、3か月経った時も
髪が自然とまとまるのです。
だから、カットは3〜4か月ごと。
お値段は、今までところの倍ですし、都心まで電車代もかかるのですが
それでも喜んで通っているのです。

今までの美容院は私のくせを「やっかいなもの」と考えてカットしていました。
でも、Mさんは私のくせを「良いもの」と考えて、生かしてくれるのです。
そして、何より「おまかせ」でいつもいつも素敵にカットしてもらえる安心感を頂いたのです。

これは、おおげさかもしれませんが、私をそのまま受け入れてもらえたようで
とても嬉しいのです。
なによりも、毎日毎日の悩みを、解消してもらえたのです。
これって、本当に幸せです。

Mさんと、Mさんを紹介してくれた、Mちゃんに感謝です(^o^)



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2016年06月13日

夢を叶える

私の幸せ
それは、小さな夢の集合体です。

その小さな夢の一つが
・着物を自分で着られるようになる。
・息子たちの卒業式や入学式に自分で着物を着て出席する。
でした。

3年前、長男の小学校の卒業式と中学校の入学式にその夢が叶いました。
卒業式の半年前、教会の友達が同じく教会の先輩ママに
着付けを習っていることを聞き、
一緒に教えてもらうことにしました。

10年くらい前に、着付けを習ったのですが
すっかり忘れていて、一人で着られなかったのですが
何回か習ううちに今度こそ覚えて着られるようになったのです。

そして、今年、長男の中学校卒業式と次男の小学校卒業式
長男の高校入学式と次男の中学校入学式の4回。
自分で着物を着て出席しました。

11年前に「優雅な一時?」というタイトルでこのブログに
銀座の志ま亀さんで着物を仕立てるのが夢だと書いていましたが
(すっかり忘れていました(^_^;))
着付けを教えてくださった方が、古着のきもの屋さんで、
とても素敵な、しかも、私にぴったりのサイズのつけさげを選んでくださったのです。
そのつけさげは抹茶ラテ色で松竹梅の模様が入り、
生地全体に地紋と言うのでしょうか、細かな模様が入っているのです。
「これなら、帯によっては80歳まで着られるわよ!
格が高いから、これから、結婚式や何か正式な場にも着ていけますよ。」
と言われ、とても嬉しくなりました。

帯は成人式に父が買ってくれた、とても美しい刺繍の豪華なものと
義理の母からもらった、亀甲柄で金糸との銀糸は入った白い帯をそれぞれ合わせて
卒業式と入学式に出席したのです。

考えてみれば、息子たちの卒業や入学は数回ずつしかありません。
高校生にもなれば、卒業式に来なくていいと言われるかもしれませんし、
大学の入学式や卒業式にも親は出席しないでしょう。

なので、貴重な私の夢が叶う時を逃さず、
夢を叶えられて本当に良かったと思ったのです。

お着物の着方を忘れていないかの確認のために、
お正月には紬を着ました。

朝、早めに起きて、紬を着て割烹着を着ておせちを用意して
子供たちを起こして新年のお祝いをする。
こんな風に大切な節目をお祝い出来ることは
「今」しかできないことなんだなと思ったら
とても貴重な経験だったと思ったのです。



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2015年08月18日

幸せへの近道は自分の居心地良さを知る

以前、大成功したある男性がTVに出ていました。

ご自宅は、ミッドタウンだったか、あの辺りの高層マンションのペントハウス。
大理石の床のリビングは100屬發△蝓部屋の続きには広々としたキッチン
広々としたサニタリー、高級スーツがずらっと並んだ衣装室、
素敵なインテリアのゲストルームと寝室
リビングの真ん中に螺旋階段があり、メゾネットタイプの間取りで
上階の部屋は眺めの良いルーフバルコニーにつながり、そこにはジャグジー。

ところが、広々としたリビングの横に、小さな6畳くらいの部屋が。
それも、今までのおしゃれできらびやかな部屋とは打って変わって
畳の部屋にこたつと小さなテレビ。

すると、「実はここが一番落ち着くから、ほとんどここで生活しているんだ」とその大成功者。

その番組を観た後、何だかさびしくなってしまいました。
この人は何のためにこのマンションに住んでいるのでしょう?
自分が夢見ていた理想の生活と、実際の自分が幸せだと感じる生活に
大きなズレがでてしまったのでしょうか?

そして、自分にとっての幸せってなんだろう?ととても考えるようになりました。
いったい幾らあったら、私は幸せに暮らせるのだろうか?
いったいどのくらいの部屋の広さが私にとって快適なのだろうか?
いったいどこに住むことが私や家族にとって幸せなのだろうか?
いったいどんな暮らしをすることが幸せなのだろうか?

そんな風に考えはじめると、いろんな人の生き方や暮らし方
住んでいる家、持ち物が気になるようになりました。

友達の友達で、ご主人は外国人で外資系の会社にお勤め。
家は広尾の200屬粒姐饋邑けマンション。
外国人のお手伝いさんが居て、家事育児一般やってもらっている。

そんなお宅にお邪魔させていただく機会があったので、
どんなに素敵な暮らしをしているのかと、ワクワクしていたのですが
残念ながら、日本人の感覚では広すぎたのでしょう、
リビングは広さを持て余しているようなインテリアでちぐはぐしていて
何とも居心地が悪かったと記憶しています。
居心地の悪さの理由は、家具のサイズ、種類、配置もそうですが、
床一面に敷き詰められた絨毯がシミだらけだったというのもあります。

以前にも、同じような居心地の悪さを感じた事がありました。
家自体は立派なのに、メンテナンスが出来ていない状態
ゴミやほこりがたまっている状態のお宅にお邪魔した時です。

普通のお宅にお邪魔しても、
もちろん、散らかっていたり汚れていたりしたら気になります。
でも、立派な家のほうがもっとずっと気になるのです。
哀愁が漂うというか、何か大きな問題を抱えているような印象を受けます。

逆に、居心地の良い家というのもあります。
モノはいろいろあって、特に統一感も無いのですが
ゆったりくつろげる家。
考えてみると、きちんと掃除が行き届いているのです。
モノは沢山あるけれど、ちゃんとモノの場所が決められていて
あるべき場所に置かれている状態。
高価な物があるわけでも、センスが良いわけでも無いのに居心地が良い。

極端にモノが少なくて、埃一つ落ちていない家もありました。
「すごーい」と感動するのですが、残念ながら、居心地はあまり良くありませんでした(笑)

目黒の高級住宅地の中の外国人用のマンションにお邪魔したこともあります。
そのお宅は、インテリアも素敵で、ルーフバルコニーはちょっとした庭園のように
素敵にしつらえてありました。
家具はアンティークで重厚感があって素敵でした。
でも、残念な事にそのアンティークのテーブルに
透明のビニールクロスがかけてあったんです。
このビニールクロスは一番最初の、高級マンションに住みながら
6畳の部屋で生活している成功者を見た時に同じ、違和感を感じました。

そんな風に、いろいろなお宅にお邪魔させて頂いているうちに
自分がどんな暮らし方をしたら、居心地が良いのか分かってきました。

まず、清潔であること。
モノが多くても少なくても、モノの場所が決まっている事。
家具は豪華な装飾があるものよりも、シンプルでナチュラルな感じが好みである事。
黄色、オリーブ色、グレー、茶などの色の系統のインテリアが好みである事。
植物が必須であること。
自分が思っていたほど、デザイナーズ家具や照明に心地よさを感じない事。
重厚なアンティーク家具は好みではない事。
息子が焼いたり、自分で焼いた食器がとても気に入っている事。
のんびり、ベランダのグリーン達を見ているととてもリラックスできる事。
音楽が必要な事。
夫が、家族全員で足を伸ばしてゆったりTVが見たいと買った、
ダブルベッドになるIKEAのソファーがとても快適だった事。

そんな事に気がついていくと、
今、かなり幸せなんだと気がつきました。
と同時に、幸せでいるには、日々の掃除や片づけがとても大切な事
お金があっても自分で動かないと幸せは手に入らない事にも気がつきました。

当たり前の事なのに、頭では分かっていたつもりだったのに、
分かって無かったな〜

今、私が嫌いな家事を頑張っているのは
自分の幸せのため
無理に好きになろうとはせずに
嫌だと思わずに体が自然と動くようになれたら
もっと幸せだな〜とおもっているのでした。



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2015年06月25日

人生のゴール

先日、教会のクリスチャン友達に駅でばったり会いました。

彼女、Jちゃんはご主人のお店を手伝っているので
平日、お茶をしたり、教会のママ達の集まりに出る事は出来ません。
日曜日に礼拝で一緒になり、その後ちょっと話せる程度。

Jちゃんに「今度、何とか時間作ってお茶しようね!」と話すと

「うん、私ね、今忙しくてなかなか平日の教会の集まりに行けないし
友達とお茶に行ったりも出来ないけど、ベタニア会で
ももちゃんと『あの時子育て大変だったよね〜』なんて
おしゃべるするのを楽しみにして、今頑張ってるの。」
とJちゃん。

ベタニア会とは、教会の70歳以上の方々の会。
しかも、うちの教会の方々は皆さんとてもお元気で
現在、ベタニア会のメンバーは82歳〜91歳。
70代の方々は、ベタニア会メンバーのお世話として参加されている。

流石に、今は教会に来られなくなったものの
まだ、101歳のおばあさまも教会員にいらっしゃる。

「Jちゃん、流石に40年は長いよ〜その前にランチに行こう!」
と笑いながら、その後も立ち話を続け、なんと1時間もしゃべってしまった。

駅のホームで会ってしまったので、
2人とも、わざわざ改札を出てお茶するのも・・・と
思いつつ話してしまったのだけど、結局お茶すれば良かったねと
笑って別れたのでした。

でも、彼女と話をしていて、自分が何故こんなに幸せを感じながら生きているのか
また、少しわかった気がしました。

私はクリスチャンです。
死んだら天国に行きます。
家族もクリスチャンなので天国に行きます。

人生のゴールがどこだか分かっているので安心なんです。
私がお金持ちにならなくても、
何者かにならなくても、
奉仕を沢山しようとしまいと、
病気や事故で今すぐに死んでしまうとしても
行先が分かっている。

そして、家族の行先も、友達の行先も分かっている。

これって、心の底から平安です。

それだけではありません。
教会の葬儀に出てみると分かりますが、暗くありません。

天に召された方は、先に行って待っていてくれる。
また、再び会うことが出来ると私たちは知っているので
見送るって感じです。

魂は天国に行き、体は教会の方々が協力して下さって
葬儀をあげてくださいます。
お墓をお持ちで無い教会員は教会の墓地に入れます。
墓地の手入れは教会員がしてくれ、
年に何度か、墓前礼拝をしてくれます。

何度も、教会の方のご葬儀に参列させていただいて思うことは
「私がクリスチャンで無かったら、こんなに沢山の人が
ご葬儀に来てくれるかしら?
家族に先立たれて、もし、私が独りだったとしても
必ず、牧師や教会員の方がお見舞いに来てくれて
もし、独りで亡くなったとしても、必ずご葬儀をしてもらえるだろうな。
お墓の心配も無い、お墓参りやお墓の手入れの心配もないな〜」
ということ。

Jちゃんとクリスチャンて良いよね〜安心だよね〜と話していると
「本当だね、天国の門の前で待ち合わせね!って言って死ねるね。」
と言われて、すごくそれ良いなって思いました。

子育ての悩みも、これから経験するであろう介護の悩みも
全て、Jちゃんや他の友達達とベタニア会で話すネタになるんだなと思ったら
更に心が軽くなったのでした。

人生のゴールを持っているって幸せだと思ったのでした。


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2015年05月10日

ユダヤ人大富豪の教え

ユダヤ人大富豪の教えシリーズは
もう10年くらい前に読みました。

そして数年前にシリーズ第三段が出ていると知り読んだのですが
これが、非常に良かった!

ここには、夫婦関係、人間関係のカギとなることが
書かれていました。

私は、幸せになりたいがために
いろんな本を読んだり
セミナーに行ったり
ワークをやったりしてきました。

その後にこの靴鯑匹鵑
そうか〜こういう事だったのか、と、
今まで何となく分かっていたけれど
頭の中で整理できていなかった事が整理できたのがこの本でした。

しかし、整理できたからと言って
実践できるかというとそうでもないのが現実ですが
この本を読んだおかげか
やはり、引き寄せましてね
この本の中のセミナーに参加したわけではありませんが
同じような結果をもたらしてくれたセミナーに参加することが出来ました。

それが「インナーチャイルド」と出会わせてくれた
田中信生牧師のカウンセリングセミナーでした。

傷ついて立ち止まったままだった小さい私に出会い
傷を分かち合い、寄り添って、受け入れて
大人になった自分と子供のままの自分が重なって
私はやっと「自分自身」になれました。

数年ぶりにまた、「ユダヤ人大富豪の教え掘廚鯑匹鵑
最近、感情的に揺さぶられている自分に気がつき
センターに近づく意識が与えられたのでした。

すると不思議。

ちょっと前に嫌な空気感だった人と
すんなり良い空気を共有出来たり
自分の体が軽くなったり。

うんうん、やっぱり、良いと思った本は
身になるまで読み続けないとね!
と思ったのでした。

以前行ったセミナーで言われました。

「わかる→できる→やっている」
やっているまで行く事が大事。

良い習慣が良い人生を作るとか
習慣が人を作るとか言いますが
この「やっている」というのは
もう習慣になっているという事ですね。
習慣、つまり身についてはじめて生きてくる。

良い習慣の末に幸せはやってくるのでしょう。



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2015年04月01日

幸せに生きるためのバランス

最近、幸せに生きるためには、
バランスがとても大切だと思うようになりました。

どんなバランスか?

以前読んだことのある本にこんなことが書いてありました。

幸せの6本の柱。

うるおぼえ?うろおぼえ?なので項目が違うかもしれないのですが

家族関係
社会とのつながり
友人関係
お金
趣味
健康

これが、どれもバランスよく上手く行っている時
人は幸せな状態にあると感じるのだそうです。

<家族関係>
親兄弟はもちろんですが、
妻、子、未婚者は恋人との関係が上手く行っているかどうか。

<社会とのつながり>
まずは社会とつながっているか、
そして、そのつながりは上手く行っているか。

仕事が上手く行っているか、
子供の学校関係の人と上手く行っているか、
パート先、バイト先の人と上手く行っているか
ボランティア活動などをしているか。

<友人関係>
これは、仲が良い友達がいるか。

<お金>
生活に必要なお金があると感じるか。

<趣味>
生きるためだけではない、心のゆとりがあるか。

<健康>
健康であるか。

こんな感じでしょうか?


で、これを基に自分の幸せに必要な柱を考えてみました。

・家族
・健康
・教会
・クリスチャンの友達
・クリスチャンではない友達
・仕事
・お金
・趣味

私の場合、この8本柱がバランスが取れていると
幸せであるようです。

<家族>
夫と息子達、両親4人に私の妹と妹家族、弟、義理の弟家族。
この人達と上手く行っていたら幸せ。

<健康>
20代後半で健康を一度失っているので、
絶対に必要。今は健康で本当に幸せ。
健康になれるきっかけをくれたサプリをもう10年飲んでいますが
お金が無くなってこれが飲めなくなって
前のような不健康状態になったら、と考えるだけでも気が滅入ります。

<教会>
毎週楽しく通える教会が近くにあることが本当に幸せ。
通える教会が無かった時、寝込んでいて教会に通えなかったとき、
心が渇いて辛くて辛くてしんどかった。
聖書に「人はパンのみにて生きるにあらず」
とありますが、正にその通りです。
今は、家族全員で毎週楽しく通えているし
毎日、インターネットメッセージは聞けるし
本当に心が満たされています。

<クリスチャンの友達>
クリスチャン同志は「神の家族」と言われ、
兄弟姉妹だと言われます。
教会に行くと、家族同然の親しい人達が
おじいちゃん、おばあちゃん世代、
親世代、自分世代、弟世代、息子世代と
5世代も居て、本当に楽しい。
何よりも、自分の悩み苦しみを分かち合って
共に祈ってくれる仲間がいるって本当に幸せ。

<クリスチャンでない友達>
息子のママ友だったり、小、中、高、大、就職時代の友達。
今は実家近くに住んでいないので、
出産してから出来た、ママ友がほとんどだけど、
年に数回、昔の友達に会って話すのも楽しい。
仲良しのママ友達と、子供の事を情報交換したり
お互い子育て頑張っている事をたたえあったり、
一緒に息抜きしたり。

<仕事>
私に自分の人生を生きるきっかけをくれた仕事にとても感謝しています。
この仕事を通して、私は「社会」というものを見る事が出来るし
仕事をすることで自分の幸せのために必要な収入を得る事も出来る。

<お金>
幸せに生きるために、お金はある程度必要。
今は、夫の収入がメインなので、
私の少ない収入でも十分幸せ。

<趣味>
趣味があることで、人生がより楽しい!
私の趣味はインテリア。
インテリア雑誌を片っ端から読んだり、
部屋の壁に色を塗ったり、
棚を作ったり、ガーデニングをしたり・・・
他にも、以前はキルト、編み物もしました。
読書はいつも、ビデオ鑑賞や映画鑑賞、
ウィンドショッピング、料理などなど。

お金があっても、一緒にランチに行く友達がいなければ
私は幸せとは思えない。
友達が居ても、夫と上手く行っていなかったら
幸せとは思えない。
お金があって、家族と仲が良くても病気で寝込んでいたら
幸せとは思えない。
お金があって、家族と仲良くて、健康で、友達が居ても、通える教会が無かったら
私の心は渇いてしまって幸せとは思えない。
全てがあっても、部屋がごちゃごちゃで
狭くて汚なかったら、これまた幸せとは思えない。
以前住んでいたアパートは安普請で
毎日その部屋の建具を見る度に、
ドア枠、床材を見る度に、何となく気落ちしていた私。

いろんな経験をして、
自分が幸せだと思えるバランスがようやく分かって来たようです。

今のマンションは高級住宅ではありません。
でも、とても満足しています。
私の、満足するくらいのランクではありました。

自分が幸せだと感じる度合いはどのくらいなのか。
それを知って、もし、自分に必要以上のお金を得ようと
頑張っているなら、それをやめて
他の足りていない事に時間を費やすほうが
幸せ度は増します。

好きでもない友達に振り回されているなら
その人ととの関係を断つほうが
幸せになります。

好きでも無い部屋に住んでいるなら
引っ越すだけで幸せになれます。

家族とけんかして、それが心に引っかかっているなら
謝りの手紙を書いて仲直りするしかありません。

仕事が嫌いなら、好きな仕事を見つけるしかありません。

働いてばかりで、心のうるおいが無いなら
趣味を探してみると良いのかもしれません。
または、興譲教会のインターネットメッセージを聴くことをお勧めします。

愛が必要なら、婚活、合コン、アルバイト
今とは違う事、違う環境に身を置く事を
何でもやってみるほうが良いです。

引きこもっているなら、
散歩したほうが良い。

友達がいないと思うなら
学校の役員になってみる、子供会の班長をやってみたらいい。
読み聞かせのボランティアをやってみるのも良いし
ゴミ拾いのボランティアに参加するのも良い。

そんな風に
自分に必要な柱を見つけて
バランスが崩れていると感じたら
バランスをとる行動をし始めると
自然と幸せ感が増してきます。

私はそうやって、今、自分の人生で一番幸せな時を過ごしています。
たとえ、息子が反抗期でも
幸せと感じられるようになりました(笑)


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2015年03月12日

片付けた理由

何故「今」部屋を片付けたのか、
沢山理由はあるでしょうが、一つ理由が分かりました。

片付けきってしばらくして、
息子がキレました。

息子の逆襲。

中2の上の息子は、勉強が大嫌い。
テスト前になると、ストレスで結構荒れます。
いう事は聞かないし、もちろん勉強はほとんどしない
部屋も片付けない、食べたもの脱いだもの全てそのまま
何もせずに、ただひたすらテレビを観ていたり、
マンガを友達に大量に借りてきてひたすら読んだり、
あげくのはてに、ちょっと注意すれば暴言を吐いたりします。

しばらくは私も我慢しているのですが
ある時私の我慢の限界に達し
息子におしおきをしてやりました。

すると

息子がキレました。
つかみかかってきて
怒鳴って、私が息子の首根っこをつかんだその腕を
ガンガン叩いてきます。
それでも、その腕を私が離さないと
脇腹や胸をドンドンと叩いてきました。
それでも、決して私は腕を離さなかったのですが・・

そして「出て行け!!いつも暴力で支配しやがって!!
出て行け出て行け」と叫び続けます。

子供の頃から、感情が爆発すると手が付けられなくなる息子を
度々外に追い出したのですが、どうやらその時の事を言っているようです。

「ママはいつでも出ていけるよ。
出て行けって言うなら出て行くよ。」

と言うと「じゃあ出ていて!」とぐいぐい押して壁にドンッと
私をぶつけたりします。

私が息子の手をふりほどいて、
携帯と財布を持とうとすると
「そんなもん、俺は何も持たずに追い出されたんだから
お前もそのまま出て行け〜!!!」
と、携帯と財布を取り上げようとします。

「あのね、あんたが私に追い出されたのは
悪い事をしたのに怒って暴れたからでしょ?
親のいう事を聞かなかったからでしょ?
それは自分が悪くて出されたんでしょ?
しかも、ママはあなたを追い出した後
ちゃんと、靴もコートも外に置いておいてあげたよね?」

「じゃあ、コートは着ていい!」

「それにこれから家庭教師の先生が来るのに
ママが出て行ったらどうするの?」

「今日は休むって連絡するからいい」

「あ、そう。ママはあなた達のためにこの家にいるけど
出て行こうと思えばいつでも出て行けるんだからね。
それに、ママを叩いて満足?気が済んだわけ?」

「気なんか済むわけないだろ!!
でも、ママより強くなったって分かって良かったよ!!」

「あのね、あんたは強くなった気でいるかもしれないけど
結局一人じゃ何も出来なくて、一人で生きていく事も出来ない。
それなのに、親のいう事を聞くのも嫌だってわがまま言っているだけだからね。
ママは殴られようと、あんたのほうが力が強くなろうと
全然怖くなんか無いよ!!!
親に文句があるなら、一人立ちできるようになってから言いなさい。」

と言い捨てて
サッカーから帰ってきた下の息子を急いでそのまま外に連れ出し
上の息子の手を振り払って、車のカギと財布、携帯を掴んで
外に走り出ました。

とりあえず、訳が分からずついてきた下の息子を車に乗せ
家庭教師の先生にメールを送り
一緒に勉強を見てもらっている友達のお母さんに電話をして事情を伝え
夫に電話をし、近くに住む妹に電話をし、
結局、妹家族のところに行くことになりました。

本当はそのまま、実家に帰ってしまおうかと考えました。
しばらく私がいなければ、息子も落ち着いて考えられるだろうし
母のありがたみも少しは分かるのでは・・と考えたのですが
下の息子のマラソン大会が翌日だったので
妹のところに泊めてもらうことにして、
夫が帰って来てからランドセルなどは取りに行くことにしました。

結局、一晩妹家族のところにやっかいになり
翌日、息子が学校に行ってから家に戻り
私の母の助言に従い、まるで何も無かったかのようにそのまま生活しています。


こんなことがあったのですが、
私の頭の中は整理されていて
全く動揺もしなければ、怖くも無く、そして終始平常心でした。
一度、妹の家で夕食を出された時
夕食を作っている途中で追い出されたので
息子が一人で何を食べたのかな・・と思った瞬間涙が溢れて来ました。

それ以外は、ずっと平安の中に居ました。


片付け終わった私の頭の中も心の中も
とても整理されていて、自分に起きる物事を
少し上から、俯瞰できるようになっていると感じます。

息子とのバトルも「ついに来たか」とすぐに腹をくくれました。
しかも、その前の日、いつも聴いている
田中信生牧師がメッセージで

「愛の反対は無視だとお話してきました。
でも、それだけでは無いんですよ。
恐れも愛の反対です。
息子の事が怖いとおっしゃるお母さんがいると
『あーお母さん、あなたは息子さんを愛していらっしゃらないんですね』
と申し上げると『そんな事はありません、息子には〇〇してやって
□□してやって・・・』とおっしゃる方がありますが
恐れは愛の反対なんですよ。」
とおっしゃっていたのです。

私は、その事を妹の家でふと思い出し
確かに、全く恐れは感じなかった。
自分が息子を愛しているのか自信が無かったけど
恐れないという事が愛なら、
私は確かに息子を愛している。
と安心したのでした。

爆発した息子は、家庭教師の先生に連絡をしなかったらしく
私のメールに気がつかなかった家庭教師の先生が
私が出て行った後にやってきて、
その後、メールで事情を知り、息子から上手に話を聞き出してくれ
勉強もいつも通りにして、冷静になって考えたようでした。

夫にも、ともかく息子の話を聞いてくれるように頼んでおいたので
夫は息子の話を聞き、息子が寝てから下の息子の学校の準備をして
取りに行った私に渡し、
翌日は息子の弁当を作ってから出勤してくれたのでした。

私が平常心で居られたのは
夫や妹家族、母、家庭教師の先生、ママ友、
みんなの協力があったからでした。
こうした事が良く分かったのも、
いろんな事が片付いて、クリアに見えるようになったからだと実感します。

以前の私は、部屋もぐちゃぐちゃ、
頭の中もぐちゃぐちゃ
心の感情の渦の中でもみくちゃにされながら生きていました。

その中で、いろいろ学んだので
それはそれで必要だったと思います。
でも、そこを経て、「今」を生きるために
私はいろんなモノを片づけたんだな・・・と理解しています。

これから、息子の受験になります。
もっと大きなストレスが息子にかかるでしょう。

その時も、母としてどーんと構えていられるように
常に部屋を片付けて、気になる事を整理して
備えておきたいと思ったのでした。



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2015年02月10日

幸せに生きるために、部屋を片付ける私 その2

片付きました

やっと、やっと、やっと、最後の山が無くなりました。
棚の中まで人にみせられるとこまでにはなっていませんが
荷物の山が無くなりました。

最後の一山を片付けるとき、
何でこんなに大変なのか全く理解できませんでしたが
とにもかくにも大変でした。
ヘアピン一つ、ビー玉一つ、向き合って向き合って
一つずつ片づけて行きました。

最後は頭が働かず、ヘアピンを持って
ぼーーーっと立ち尽くしていたり(笑)
安全ピンを持って、うろうろしたり(笑)

本当は、分別ごみにして、どんどん捨ててしまうという方法もありました。

でも、一つ一つの「モノ」と向き合う作業だと分かっていたので
近道を通るのはやめました。

何故なら、今までスルーしたり、逃げたりした問題は
必ず形を変えて、しかも前よりも困難になって私の前に現れてきたからでした。

もし、またここで、簡単な方法をとってしまうと
数年後また同じ問題と向き合わなければならないと分かったので、
ならば「今」やるしかない。
と思ったのでした。

それにしてもしんどかったです。
自分の何が自分にブレーキをかけているのか
さっぱり分かりませんでしたが、その後、数日何も手につかないほど
疲労困憊しました。

で、片付いてみたら・・・・

    軽い

心の重石をとれた感じです。

達成感とかあるのかと思ったら、
それより、ほっとしている自分がいます。
安堵のほうが強いです。

そして、幸せが増した気がします。

ほっとしたら
次は廊下の壁を塗るぞ〜
と、ワクワクし始めています(*^_^*)

楽しみ



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2014年10月21日

幸せに生きるために、部屋を片付ける私

何年か前にブームになった「断捨離」

私も、何度も耳にして、
やましたひでこさんが出ていらっしゃるTVなどを見かけたりして
「そうか、ただ捨てるのではなく、卒業か・・」
と、なかなか片づかない部屋を見回してみて
もうそろそろ卒業しても良いかな〜と思えた物を
袋に詰め始めたら、なんと、40Lのごみ袋4袋、
紙類が大袋に10袋なんて事がありました。

何を卒業したかというと
学生時代に好きで録画してためた、海外ドラマのビデオ。
今ではDVD化されて、いつでもTUTAYAでレンタル出来る事が分かって卒業。
建物探訪が好きで、これも録画してためていたビデオ。
そんなかさ張るビデオテープが40Lのごみ袋2袋分もありました。

その他こまごましたものや、息子たちのテストや幼稚園、学校からのプリント。
学童で作成した様々な物。
それらを数枚残して、卒業。

そんな事をやって、かなり「不要」な物が減ってきたにも関わらず
なかなかすっきりと片づくところまで行かない我が家。

これは、子供の成長と共に変わってきた生活スタイルに
レイアウトが付いて行っていないんだ!
と、中学生になった息子のために、
夫の書斎だったところを長男の部屋に。
子供部屋だったところを次男の部屋に。
そして、夫のモノと私のモノを寝室に持ってきてみたら
それはそれは窮屈な寝室になり、
モノであふれてしまいました。

うーん、うーんと考えた末、またまた断捨離。
服の量を半分にし、雑誌を捨て、
靴を捨て・・・・
でも、まだまだすっきり、とは行かない。
それに、片付けても片づけても、何だかすっきりしない。

うーん、うーんと悩んでいた時
「ライフオーガナイズ」に出会って、目からウロコ。
これだ!!これなら片づけられる!!!!

と、自分のタイプに合った片づけ方を開始。
みるみる我が家が片付き始めました。

何が一番ネックだったか。
それは、「思い出の品」

一見、ただのゴミだけど、どうしても取っておきたい息子達の作品。
ただの紙コップにママの顔が書いて貼ってあるだけの母の日の作品。
でも、愛おしくて捨てたくない。
でも、何だか捨てなきゃいけないような気になっていた私。

ところが、息子一人一人の「思い出箱」を作って
幼稚園の時の絵、小学生の時の絵、母の日の作品、カード
卒園証書などなどを入れはじめたら、
みるみる片づきはじめた我が家。

そして、まだまだ卒業出来ない友達からの手紙。
私は高校生から結婚するまで、とても頻繁に仲良しの友達と
手紙のやりとりをしていた。
それを処分するにしても、とてもゴミとしては捨てられない。
流石に昔好きだった人からの手紙はシュレッダーにかけて処分したけれど
友達の手紙は、一つ一つ焼いて処分したいと思っていて
シュレッダーにかける気持ちになれない。
そんな手紙達を「手紙箱」を作ってまとめてみた。
すると、心のつかえが取れてこちらもみるみる片づいて行った。

随分片付き、あと一山!というところで、私の中の何かが止まってしまった。

友達には「すごく片付いているじゃない」と言ってもらえるのだけど、
「いやいや、寝室がまだすごいことになっているのよ〜」と
全室、人が来てもオープンに出来るところまで片づけたい私。
そして、収納棚も全てオープンにして、人に見せても大丈夫なところまで片づけたい私。

そこには、まだまだ到達できずに止まったしまったのでした。

片付けはともかくエネルギーがいります。
私は、モノに想いをこめてしまうタイプなので、
その想いのやり場にとまどい、収集が付かなくなってしまうのです。
そして、あんまりこの片づけを続けていると体の具合が悪くなって寝込んでしまいます。

そんなわけで、止まったもんは仕方ない!と、また動き出すまでほっておきました。

すると、今度はインテリアのほうに力が湧き
夏に夫と息子たちと一緒にリビングの壁に色を塗る事に。
色は前から決めていたオリーブグリーン。
ホームセンターに行ったら、決めていた色のメーカーの物が
無くなっていたので、一番近い抹茶色に。
部屋の雰囲気がぐんと変わって、モチベーションが一気にアップし
更に夫と一緒にキッチンのカウンターの壁にベニヤを張り付けて、白くペイントし、
そこに棚を3段つけました。
その棚にはIKEAで買ったボックスを並べて、
仕事用のこまごましたものを分類&収納。

夫がずっと熱帯魚を飼うつもりでいたので空けておいたスペース。
夏祭りの屋台で息子が金魚を13匹ももらってきてしまったので
60cmの水槽と熱帯魚用の水の循環ポンプを買ってきて
金魚水槽の出来上がり。
弱っていた金魚が数匹お亡くなりになり、
7匹になったものの、この7匹がめちゃめちゃ元気で
すくすくと育っていて、2か月で約1.5倍に(笑)

そんな風にリビングの様子が変わってきた頃、
たまたま図書館で「断捨離」の本に遭遇。

「これは、今読みなさいって事だな」と思って手に取ったところ
「断捨離とは、自分とモノとの関係を見つめ直す事」とあり
そうか、そろそろ、動き出す時なんだなと
寝室の山と向き合いはじめました。

すると!気づきが。

ある出来事を思い出したのです。
中学生になった時、母が私と妹の部屋を増築してくれ
作り付けのベッドにその下にはクローゼットが。
そして、上がベンチになっている引き出しを二人に一つずつくれました。
私は、片づけが苦手だったのですが、
せっかくもらった新しい部屋と新しい引き出しを綺麗に片づけようと
その引き出しに自分の宝物をこまごまとしまい始めたのです。

それを見た母が「なんでそんなものしまっているの!
そんな物をしまうために買ってあげたんじゃないわよ!!」と
怒ってどなったのです。

私は面食らいました。
自分の大切な物をしまっていたのに、
何故母に怒られなくてはならなかったのでしょう?

母は洋服やハンカチなどをしまってほしかったのでしょう。
母は自分の思い通りに娘を動かしたいタイプでした。

その経験は私にとって強烈なものでした。
それ以来、私は何か「しまう」とか「収納する」となると
「母にとって価値あるものであろうもの」を考える癖がついたようで
知らず知らずのうちに「これはしまうべきものかどうか」
「捨てるべきものか、取っておくべきものか」
という判断をするようになっていました。

だから、取っておきたいけど、これは取っておくべきじゃない・・・
大切にしまっておきたいけど、しまっておくべきじゃない・・・
なんて想いを抱えて片づけをしていたので
片付くわけがないのでした。

ライフオーガナイズで「収納にお金をかけることは投資です」と知り
ものすごく気持ちが楽になったのを覚えています。
それまでは、自分が取っておきたいものは無価値なもので
それらを取っておくためにお金をかけるのは無駄だと思っていたのだと
最近気がつきました。

だから、モノの場所をきちんとお金をかけて作ってあげて
ここに居て良いんだよと許可を下ろせた事は
私にとって、自分を受け入れる事につながっていたのだと思います。

ライフオーガナイズの講習の後、私は田中信生牧師の
カウンセリングセミナーに行き、
自分のインナーチャイルドに出会いました。
やっとこ、本当の自分に出会い
自分を受け入れる事が出来、
ありのままの自分で良いと許可が下ろせたところでした。

そして、再び、断捨離しはじめて、再び自分の心の奥に気が付く事が出来たのです。

母の価値基準ではなく、自分の価値基準を採用して良いんだと分かった事、
自分の好きなモノはお金をかけて収納して良い、とっておいて良いと
許可を出せたので、また少しずつ動き始めました。
でも、この少しは今までとは大きく違います。

もう、確実に我が家はすっきり片付くと確信が持てました。
だから、少しずつしか進みませんが焦りは全くなくなりました。

少しずつ少しずつ、一歩一歩確実にモノが増えたり減ったりしながら
「我が家」が出来上がって来ています。

すっきり片付いて、いつでも人を呼べる我が家になる日は近い





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2014年08月04日

幸せになるために必要な治療


心が折れているのに、それに気がつかずに走ろうとすることってよくあります。
まず、折れた心を治さなくてはなりません。

では、どうやって治すのか?


以前にも書きましたが自分を労わる事です。

「大変だったね、辛かったね、良くがんばったね。
もう十分だよ、ゆっくり休んで良いんだよ。
偉かったね〜、本当にエラかったよ。
大丈夫、大丈夫、もう大丈夫だよ。」

これを毎日自分に言い続ける事です。


こうすると、本当にびっくりするくらい早く回復していきます。
しかし、回復しきらない場合もあります。

それは、自分が一方的に傷つけられたものなら、自分で治す事が出来ますが
相手を傷つけてしまった事で自分が傷ついている場合、
なかなか傷は癒えません。

そんな時は、過去を清算すると良いのです。

相手が覚えていないかもしれないけれど、自分としてはあの時申し訳なかったと思った発言。
仲たがいしてしまった友達との関係。
子供の頃、誰かのモノを黙って持ってきてしまった、またはお店のモノを持ってきてしまったなどなど・・。

ふと、心が沈んだ時に思い出してしまう過去のあやまち。
それらは、自分が思っている以上に自分の心の重石になっていて
自分の自尊心を傷つけ、幸せになる道をふさいでいたりするのです。

私にも心の重石がいくつかありました。

高校の修学旅行の時、
友達に「あの店、あなたが好きそうな店じゃない?行ってみる?」と言ったところ
突然「そんな風に決めつけないでよ!!」とものすごい剣幕で怒鳴られたこと。

あまりに突然の友達の態度の変化がビックリして
ただただ、口をぽかんと開けていたら
「あ、ごめんごめん。」とまたもや、コロッと態度が変わって再びビックリ。

家に帰って母に相談したら「あんた、人が頭にくるような事言うからそれじゃない?」
などと言われて、益々傷つき、わけがわからなくなって
何年も何年も傷を持ち続けていました。

それから4年後くらいの大学生の時に、同じ高校の同級生にその事を話すと
「私が理由を聞いてあげるよ。」と聞いてくれて
「あの時、ただ、自分の好みを決めつけられたよう気がして嫌だっただけだって。
あなたには全く問題は無かったらしいよ。」と聞いて本当に心の重石が取れました。

どちらかというと、母の「人の頭にくるような事を言う」に傷ついていたことがわかりました。
でも、それも、私の問題というよりも、それは母の問題だと分かりこれも解決。
というのも、私が母の気分を悪くしようとわざわざ言っているならともかく、
そして、汚い言葉や、皮肉、嫌味を言っているなら私の問題です。
でも、私の話し方は母にそっくりです。だから、母が頭に来るのは当然なんです(笑)
自分の嫌なところを、映し出しているわけですから。

その他、友達を傷つけてしまったな・・・と後悔していたこと、
父や母に対して、良い娘では無かったなと思っていたこと
夫に対して、優しい言葉をかけるどころか、嫌な態度ばかりとっていたこと
そんな事を一つ一つ、友達と父には手紙を書き
母と夫には直接謝りました。

すると、どんどん心の重石が取れていき
心が沈んでも過去の苦い経験を思い出すことは無くなりました。

それからというもの、心に引っかかっている事に気がついてたら
すぐに清算することにしています。

先日も、手紙を書いて清算しました。

何年も通っていた友人の美容院。
ある理由から違う個人でやっている美容師さんと所に通うようになったのですが
どうしても、友人の美容師さんに申し訳なくて何も言えず
そのまま行かなくなっていました。
それが気になっていたので、お詫びの手紙を書きました。
きっと友人も何故私が来なくなったのだろうと心配していたと思っていたのです。

ありのままを書き、お詫びもして心がかなり軽くなったのですが、
その友人から「手紙もらえて本当に良かったです。」とお返事が来て
すっかり心が軽くなりました。

私は小さな事を気にしすぎるのかもしれません。
でも、忘れられない事は一つ一つ清算したほうが良いという事なのかなと思っています。

こうして、心にかかってたブレーキを一つ一つはずしていくと
自然と心が軽やかに動き出します。

自分の事を楽に好きになれます。

私は洗礼を受けるときに、過去の過ちや罪をイエス様によって清算して頂きました。
主の祈りにこうあります。
「われらに罪を犯す者を、われらが許すごとく
われらの罪をも許したまえ」

何も気がつかずに、人を傷つけている事ってあります。
こんなことがありました。

学校の役員の仕事で茶話会をしました。
皆さんに楽しんでもらうために、自己紹介とゲームを用意し
自己紹介ではカードを引いてその内容を答えてもらうというものにしました。
友人がそのカードの内容に
「ご主人にもらったプレゼントで一番うれしかったものは?」
「ご主人との思い出の場所は?」など
ご主人に関する質問をいくつも入れました。
あまりに多かったので、減らして違うものにしたのですが、
やはり後から「シングルマザーの人も結構いたから、あの質問はちょっと・・」
と反省の声があがりました。
たまたま、直接シングルマザーの人にご主人に関する質問が当たる事は無かったのですが
他の方のご主人との思い出などを聞いて、辛い思いをした方もいたかもしれません。
また、離婚こそしていないけれど、上手くいっていないご家庭もあったでしょう。

こんな風にちょっとした事ですが、知らず知らずのうちに
人に不愉快な思いをさせてしまったり、
傷つけてしまった事ってあると思うのです。

うちの息子がいつも仲良くしている友達にいじめられていた時期がありました。
私はその事を知っていましたが、息子が大丈夫というので
見守るだけしかできずにいました。
その一番主犯格の子は、その時仲良しだったママでしたが
彼女のお母さんの具合がわるくて、実家に通って看病などしているのを知っていたので
どうしても、息子が彼女の息子にいじめられていると言う事が出来ず
本当に辛い思いをしました。
いじめも学校の中だけでするようだったので、
結局学校の先生に申し立てて、学校内で解決して頂いたのですが、
学校の先生はいじめの事実を広げたくなったようで
その子供達の親に話をしてはくれませんでした。

そんなわけで、しばらく、その親子を見る度に私の心はざわついていたのですが
息子がそこを乗り越えて、彼らを許し、また仲良くしている姿を見て
自分も彼らを許して、手放さなくてはならない事を息子から教えられました。

一つ一つ、心の重石を清算していくと、
まるで気球のようにふわりふわりと浮き上がります。

どんなに昔の事でも、清算することをお勧めします





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2014年08月01日

幸せになるまでのステップ

先日、ある友人から、ご主人との関係について相談を受けました。
相談と言っても、こういう人達の場合、ただ聴いてほしいだけです。
アドバイスなんて全然求めていないのがほとんどです。

そんなわけで、私はにわかカウンセラーの役を任されることになりました。

私は、夫と結婚生活がうまく行かなくなって、それを何とかしたくて
本当に大変だったので、彼女が何故今ご主人とうまく行かないかが良く分かります。

でも、そんな事言われたく無いのは百も承知ですし、
自分が原因で上手く行っていないなんて1%も思っていないので
言っても仕方ないのでただひたすら聞き、同意します。

でも、これが辛い!!
「そうだね〜」と思っていないのに、そう言うのって本当にスキルが必要です。
しかし、女優でもなければ、カウンセラーでも無い私には
まー骨が折れる事折れる事。

でも、一生懸命、彼女の話を聴いていて分かったことがあります。

幸せになるためには段階があるということ。
そして、自分がどこにいるのか知ることが大切だと言うこと。

不幸な人はそこが分からないから不幸なんだなって事。


では、どんな段階があるのか。

「骨折」→「治療」→「リハビリ」→「目標設定」→「コーチング」→「トレーニング」→「幸せな状態」

こんなところでしょうか?

夫婦の問題は千差万別で、当事者の夫婦にしか分かりません。
第三者がどんなにいろいろ聴いたとしても、
人にはどうしても言えない事って夫婦の関係の中にはあるからです。
自分達で解決していくしか無いのです。

私の友人の状態は「骨折」でした。
夫から言われた言葉や家族に言われた言葉に傷つき心が折れている状態です。
でも、本人は気がついていません。

何でもできる、優秀な人なので「なぜ、自分がこんな事を言われなくちゃならないんだ!」
と相手をひたすら責めて怒っていました。
夫がどれだけひどいか、家族(実の親や妹)が自分がこんなに大変な状況なのに、
何も協力してくれないどころか、反対に傷つけられたなど
延々と話していました。

他人を責めて怒っているので、もちろん目は曇り、道は見えません。

そして、骨折しているのに、自分は悪くないということを証明しようと
必死に走ろうとしてコーチングを求め、トレーニングしようとしていました。

そこで、「あなたは骨折しているから、治療が必要だよ。」と伝えると
驚いていましたが、ほっとしていました。
「あなたにそう言ってもらうために、今日お会いしたのね。」と。

家に帰ってから、自分は骨折しているから、治療が必要なのであって
今は頑張ってはいけないという事を思い起して涙したそうです。

嬉しいけど悲しい事に傷は癒えます。
誰かにつけられた傷をずっと大事に大事に、やっと出来てきたかさぶたをわざわざはがして
化膿させる人が沢山沢山いますが、そうやって、相手に執着しているんだって事に気がつきません。

それよりも、まず、自分は傷ついているって事をしっかり自覚して
自分で「痛かったね。苦しかったね。良く頑張ったね。大丈夫だよ。傷は癒えるし、折れた骨は治るよ。」
と励まして、治す事が大切です。
そして、治したほうが自分のために良いんだって、自分に許可を出してあげることが大切です。


転んで怪我をした子供に「そんなの痛くない痛くない、ただの擦り傷だよ。」と言うよりも
「転んで痛かったね。ちゃんと消毒して治そうね。すぐに良くなるから大丈夫だよ。」と言ったほうが
子供は「このくらい大丈夫!遊んでくる!!」となるような気がしませんか?
その子の性格に寄るのかしら?

私は後者のほうです。

人生で、沢山傷つくことはあります。

私は、結構な人数の人に、夫婦の間の悩みをお聞きしました。
そして、驚いた事に、夫の浮気を知っていて気にしながらも、そのまま夫婦生活を続けられる人
出来れば夫と夜の生活をしたくないから、外で女でも作ってくれれば良いのにという人
夫が浮気しても自分のところに帰ってくれば良いという人
浮気なんてとんでもない!と即、離婚した人
浮気は許せないし、離婚も出来ないと仮面夫婦をしている人
自分が浮気している人
理想的な超仲良し夫婦でさえ、過去にはいろいろあって乗り越えてきています。
夫の浮気の気配も気にしないと決めたから・・と妻の「信頼」で成り立っている夫婦。
「信用」ではなく「信頼」です。
などなど、本当に人によって様々なのです。

だから、どんな事で自分が傷つき、どんな事が気になるのか・・なんて事は
自分自身にしかわからないのです。

夫婦の問題に関して「常識」とか「当たり前」なんて、この世に存在しないのです。


そんなわけで、どんな事であれ、自分が傷ついているなら、まずは傷をいやすしかないのです。
骨が折れていたら、治すしか無いのです。
治ってきたら、いつまでも大事にしていないで、リハビリが必要です。

もちろん、治ったのに、わざわざ骨をもう一度折るような事はしない。
夫婦だったら、同じような喧嘩になるような事はしない。
相手の言葉に傷ついたのなら、相手が再びそんな事を言うような状況に持ち込まない。

相手を知る必要があります。
今までの思い込みで、上手くいかなかったのですから、思い込みや常識、当たり前を全部捨てて
学び直す必要があります。それが、リハビリになるような気がします。

次は、リハビリしながら、目標設定をすることです。
自分はこの夫と20年後どんな夫婦になっていたいか。

もし、この夫と20年後のイメージがどうしてもわかないのであれば、
20年後、30年後、自分がどうしたいのか、考える事です。

例えば
^貎佑濃纏を見つけて、経済的に大変でも気楽に生きている自分。
夫の年金でそれなりに自由に暮らしながら、その見返りとして、夫の世話をし続ける自分。
I徂愧舂匹、80、90、100までも元気に暮らす自分。
た靴靴ぅ僉璽肇福爾鮓つけて、幸せに暮らす自分。

^貎佑琶襪蕕垢覆蕁∈から仕事を急いで見つけなければなりません。
年齢制限の無い仕事なんてないし、自分の体力もどれだけ持つか分かりませんから。
病気になった時、万一の事があった時の準備も必要です。

仮面夫婦を続けて、定年退職して、24時間家にいる夫の世話をするなら
夫に捨てられないように、上手につきあっていくスキルを身につけておく必要があります。
定年後に別れるつもりなら、ますます準備が必要です。

I徂愧舂匹、元気に暮らしたいなら、今から仲良くなっておかなければなりません。
年々、お互い頑固になり、融通が利かなくなり、体も利かなくなるのですから
2人の妥協点を沢山見つけておく必要がありますし、お互いに感謝の言葉、労わりあいの習慣
健康的な生活の習慣を身につけておく必要があります。

た靴靴ぅ僉璽肇福爾鮓つけるならば、今すぐ離婚して、急いで探さなければ、
ただでさえ、結婚出来ない人が世の中にうようよいるのに、
その中でバツイチ子持ちだったら、少しでも相手に選んでもらえる要素が多いうちに
パートナーを探したほうが良いに決まっています。

何にせよ、20年後、どう在りたいか・・によって、今、どう生きるかが変わってきます。

そして、目標設定もできたなら、自分が目標とする将来を生きている人を見つけて
コーチングしてもらうことです。

自分は夫と別れて、違う人生を歩みたいと思っているのに、
夫婦仲良く人生を共に全うしたいと思っている人にアドバイスをもらっても意味がありません。
夫と別れても、力強く、自分の道を切り開いた人にアドバイスをもらう必要があります。

何が良くて、何が悪いか、なんて無いと思います。

旧約聖書を読むと驚きます。
ダメ人間ばかりの話です。それでも、神様はそんなダメ人間を愛し、許し、尊いと言われます。

正しくあろうとする事はとても大切ですが、
もともと、人間には罪があるという事、自分も他人も不完全だと知っている事も大切だと思います。
そして、他人の過ちを赦す事は自分のためなんだと、何度も何度も自分に言い聞かせて
先に進むことが、生きて行く上で必要だと思います。
自分もそうやって、沢山の人に許されて生きているのですから。

コーチを見つけて、コーチングしてもらいながら、トレーニングしていると
どんどん幸せが舞い込んでくるようになります。
というよりも、今まで気がつかなかった幸せに気がつくようになります。
だって、神様は、全ての人の幸せを願い、いつも沢山の幸せを用意してくださっているのですから。
それなのに、それに気がつかず、見つける事も、受け取る事も出来ないのは、私たちなのです。

私たちが、自分の傷を癒し、自分を受け入れ、自分を大好きになって、自分らしく最高にピカピカしていたら
幸せにならないわけが無いのです。そのように、もともと創られているのですから。


骨折しているのに、走るのはやめましょう!


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2014年06月26日

受け取り上手になるためには?

前回もご紹介しました、
米沢興譲教会のインターネット放送。
http://www.kojochurch.com/


田中先生のメッセージを聴くようになってから
もう15年くらい経ちます。もっとかも・・?

当時は両親が購入していたカセットテープでした。
時代と共に、CDに変わり、
現在はCDも販売していますが
こうしてインターネット放送が無料で聴けるようになりました。

何度も何度も聴いているのに、
なかなか変わらない自分。

数年前、あるセミナーで
「わかる、できる、やっている」のレベルがある
と教わりました。

お話を聴いて「なるほど〜そういうことか」は『わかるレベル』

「よし、やってみよう!」と意識していると出来るのは『できるレベル』

意識もせず、当たり前に出来ている状態が『やっているレベル』

私は今、やっと『できるレベル』なのです。
そして、なかなかその先に進まないのです。


ところが、何故進まないのか分かっているので
そこを習得中なのです。

何故進まないか。

理由は「自分を受け入れていないから」です。

ありのままの自分を、自分が大好きになること。
そうすると『やっているレベル』になれるのです。

この『できるレベル』と『やっているレベル』の壁は厚い。

ありのままの自分を受け入れている人は、実はとても少ないのです。


何故、ありのままを受け入れる事が大切なのか?
そもそも、ありのままの自分て何なのか?

自分を受け入れた割合と他人を受け入れられる割合は比例するからだそうです。
自分の事をしっかり受け入れている人は、他人に腹を立てたり、
他人の言動、行動に自分の感情が左右されることはありません。
相手のありのままを受け入れられるからです。

では、ありのままの自分とは?
性格や環境はもちろんですが、
過去のいろいろな失敗や傷や過ちも全て。
それは自分に必要なもので、自分の宝だな〜と感謝している事。


長くなりましたが、自分を受け入れるために何をすればよいか!
それは毎日自分を労わる事。
自分を褒める事。
自分を認めてあげる事。
だそうです。


少し話はそれますが、人には「顕在意識」と「潜在意識」というものがあります。
しかもそれは「顕在意識10%」「潜在意識90%」と極端な割合です。

そして、その90%の潜在意識とは、自分では気がつかないうちに
いろんな要因で影響をうけているのです。

多くの成功者の話を聞くと、
子供の頃、母親がともかく自分の才能を信じてくれた、とか
周りがどんなに反対しても、母親だけは自分の成功を信じてくれたとか
他人が何を言ったではなく
絶対に成功するんだって決めていたとかいう話を聞きます。

この人達は、潜在意識に「成功する。自分は成功できる。」
という情報を常にインプットしていた事になります。

この顕在意識と潜在意識の事を良く分かっている人は
今はどうであれ、過去はどうであれ、
ほしい未来をしっかり見据えて
自分は必ずそうなると、自分に言い聞かせています。
言いかえると自分を信じているのです。


というわけで、自分の事が嫌いでも
毎日「私は私の事が大好き」と言い続けたり
「今日も一日お疲れ様。本当に良くがんばったね。」と
言い続けていると
どんなに10%の自分が抵抗しても
90%の自分に浸透してしまえばこっちのもの。

自分を受け入れる事ができるようになるのです。
そして、もし100%自分を受け入れられるようになったなら
学歴がどうであろうと、容姿がどうであろうと、環境がどうであろうと
過去に他人に裏切られたことがあろうと、
何に左右されることもなく、平安で満たされた人生を送ることが出来るようになるのです。

もちろん、受け取り上手賞をいただけるほどになり
毎日幸せが転がり込んでくるような生活を送る事でしょう!!

自分を褒める!
これが受け取り上手になり
幸せな人生を送る秘訣なのですね。


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2014年06月23日

幸せになる秘訣

私が良く聞いている
米沢興譲教会のインターネット放送。
http://www.kojochurch.com/


随分前の事だけれど
田中牧師先生のメッセージに印象的な話がありました。

「あなたが子供達にチョコレートをあげたとします。
ある子供は『うわぁ、ありがとう!チョコレート大好きなんだ♪』
と言って受け取り、ある子供は
『あんまりチョコレートは好きじゃないんだけど、ま、もらっておく。』
と言って受け取ったとします。
あなたはどちらの子供に『次回はもっと良いものをあげよう』と思いますか?」

私は『うわぁ、ありがとう!』と言った子供に
次回はもっと良いものをあげようと思うと思いました。

田中先生は
「人生も同じです。あなたがいつもどんなことにも感謝して生きるなら
益々幸せが舞い込んでくるでしょう。」

私は、「はっ」としました。

私は自分に正直に生きてきました。
良きにつけ、悪しきにつけ。
でも、それは実は他人を傷つけてきたのだな〜と分かったのです。
私は後者の子供でした。

本当に気に入ったもので無かったら正直にそう言うのが
良い事のように思っていたのです。
でも、それは、実は自分勝手な言い分でした。
相手が自分のためを思ってくれたモノを感謝して受け取れないと言うことです。
物も想いも。

他人の想いを受け取るのは、時にとても重荷になるので
それを避けるために極力受け取らないようにしてきました。
礼儀上、失礼に当たらないように受けるようにはしてきました。
でも、感謝していたでしょうか?

物が自分の気に入る物で無かったとしても
その「想い」は私のためを思ってくれているのです。
その「想い」に感謝出来ていなかった事に気がつかされました。

それ以来、受け取り上手になろうと
いろんな人のいろんなモノを受け取り
感謝するように心がけてきました。

すぐにできたわけではありません。
今でも出来ているとは言えません。
心がけていただけです。

ところが、本当にどんどん幸せが舞い込んでくるようになったのです。
自分がほしかったものが、
自分のほしかった情報が、
自分のほしかった友達が、
自分のほしかった環境が、
人を通して次々と私のもとに運ばれてくるようになりました。

夫がしてくれること、息子たちが私にくれるもの、
一つ一つに感謝するように心がけてきました。
簡単なようで、私のような生き方をしてきた人間には結構大変でした(笑)

今でも、自分の趣味で無い物をくれようとすると
つい、余計なひと言を言ってしまうこともあります。
でも、その想いを受取ろうと毎回心に刻みます。

手放しで
「うわぁありがとう\(^o^)/」
と物も想いも受け取れるようになれる日を願いつつ
今日も感謝して生きたいと思うのでした。



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2014年06月17日

赤毛のアン

今、NHK朝の連続テレビ小説は「赤毛のアン」の翻訳者
村岡花子さんのお話です。

私は子供の頃から「赤毛のアン」が大好きで
アンブックと呼ばれる、村岡花子さんが翻訳された
赤毛のアンシリーズ全10巻を、毎年読み返してきました。

毎年、毎年、花粉症で体も精神的にも辛くなってきた時
必ず手に取るのが「赤毛のアン」です。

そして、次の「アンの青春」「アンの愛情」「アンの友達」「アンの幸福」・・・・
最後の「アンの娘リラ」まで夢中になって読み続けてしまいます。

毎年読んでいるので、ほとんどのお話を覚えています。
でも、毎年違った感動が与えられ、涙してしまうのです。

アン・シャーリーが11歳でグリン・ゲイブルズのマシュウとマリラに
引き取られたところからお話は始まりますが
10巻の「アンの娘リラ」では7番目の末娘リラが19歳になり、
アンは50代になっています。

自分も一緒に歳を重ねてきたので
子供の頃には注意を払わなかった一節に
涙するようになったり、さらっと読み流していたところに
深い感動を覚えたり・・・ととても奥が深いのです。

そして、自分がクリスチャンとして成長するに従って
彼らの生活が更に自分と重なって、深く感動してしまうのです。

「赤毛のアン」シリーズを読んでいると
100年経っても、やはり人間の本質は変わらないのだなとつくづく思います。
そして、この本の中には、人とのコミュニケーションの秘訣や
人との距離の置き方、受け入れ方、受け流し方などなど
「人」に関しての様々な情報が織り込まれていて
本の中の登場人物と私の周りの人とが重なり
参考になることばかりです。

そして、何よりも、
やはり人は人の愛情無しには生きてはいけない
と言うことがしみじみと分かります。

そして、ある程度のお金も無くては生きて行けないのだと。


今は情報がありすぎて、気がつかないうちに、
自分の潜在意識の中にインプットされてしまった情報に
翻弄されていたりします。

昨夜夫が観ていたあるTV番組の中で
39歳の女性が
「女性は35歳過ぎると、結婚出来るのは1%か2%だと
国勢調査で出ていたので、私は結婚はもういいやと思っていたんです。」
と言っていました。

そんな情報が何故、自分に関係あると思うのでしょう?
自分が結婚したいと思って、真剣に相手を探し求めたら
いくらでも結婚できる可能性はあるというのに。

赤毛のアンシリーズの中では、婚約しておきながら
ちょっとしたケンカが原因で15年間もお互い口を利かず
あることがきっかけで口を利いてしまい、やっと結婚したカップルの話や、
若い頃ケンカ別れし、相手の男性は別の人と結婚したものの、
その男性が忘れられずに独身を通し、20年後に
結婚相手が亡くなってしまった男性が再び女性の元を訪れて結婚する・・
なんて話が沢山出てきます。

これは、ただのお話では無くて、実際もそうだとおもいます。
もちろん、現代の情報化社会では、20年も待っていないかもしれませんが、
可能性は十分にあるわけです。

私のカナダの友人の両親も、再婚同士でしたが
私が高校生の時にホームステイさせて頂いたとき
2人は庭のデッキチェアに腰かけて、手をつないで
夕日を眺めているほど幸せな夫婦でした。
当時、奥さんは50代、ご主人は60代だったと思います。

数日後、近くの海岸を散歩していた時、
流木に白髪の老夫婦が肩を寄せ合って海に沈む夕日を眺めている光景を目にし
感動して涙があふれたことがありました。


今、日本で聴いたり観たりする情報は
自分の幸せという観点から見ると、マイナスなものが多いのです。
だから、頭の中のマイナスを追い払い、幸せになるためのイメージを
沢山インプットするためにも「赤毛のアン」は最高の友なのでした。



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振り返ってみる

「過去は変えられない」と言います。
確かに過去は変えられないと思います。
でも、
『過去と他人は変えられないが
未来と自分は変えられる』とある方が教えてくれました。

それを聞いてから、過去を時々振り返ってみるのも良いもんだなと思いました。

私はこのブログを気まぐれながらも約9年続けてきました。

そして、一年に一回くらい、過去の記事を読み返してみます。

すると、当時から見て、現在の自分が随分変わった事を知り
安心したり、幸せな気持ちになったりするのです。

当時、一生懸命「こうなろう、こう考えるようにしよう」と思っていたことが
今では普通に出来ていたり
達成できた目標がたくさんあります。
ほしいと思っていたものが手に入ったり
こんな環境がほしいと思っていた環境に今居たり。

もちろん、全て叶ったわけでも、全ての目標が達成できたわけではありませんし
大きくそれてしまった目標もあります。

でも、過去を振り返ってみると
自分が思い描いた夢や幸せな状態に確実に近づけているなと実感します。

これも、主の恵みを数えて見る事の一つなんだな〜と思いました。


実は今、我が家のTVは観られません。
息子といろいろあり、私がコンセントをはさみでちょん切ったので
夫は新しいコードを買ってきて、夫が見たい時はそれを差し込んで観るのですが
それ以外は外して夫にしまってもらい、
私と息子二人はTV無しの生活にしました。

するとどうでしょう!
息子と会話が成り立つようになってきました。
反抗期の息子ですから、かなり頭に来ることも言われますが
以前のような、ただの反抗ではなく
説明が面倒くさいのであったり、
疲れているのでほっておいてほしいのだったりと
態度が悪い理由が分かるようになりました。

母が良く、TVのようなバーチャルな物ばかり観ていると
脳がきちんと機能しなくなるから気を付けるようにと言っていました。
また、二次元の世界ばかりを観ていると
空間把握が悪くなり三角形がかけない子供が増えていると
聞いたことがあります。

ともかく、TVというのは便利な物ではありますが
やはり、あまり良い物では無いのだなと
息子の変化を肌で感じ、そう思うようになりました。

実は、私は10年前から、ほとんどTVを観なくなりました。
というのも、TVにニュースというのは9割マイナスな事で
潜在意識にマイナスな事をわざわざインプットするようなものだと聞いたので
自分にも、子供にも、あまり良い影響はなさそうだと感じたからです。
と言うわけで、地デジに変わる3年前まで、我が家ではほとんどTVを観なかったのです。

ところが、地デジに変わるため夫がTVを買い替え、
我が家にとても大きなTVとDVDプレーヤーが届きました。
BSチャンネルも観られるようになり、
録画が簡単に沢山出来るようになり、
弟が息子たちと甥っ子達のためにwiiを買ってくれたこともあり
それから、我が家のTVの使用頻度が驚くほど上がり
息子の反抗期と重なり、この度、TVとの付き合い方を考えるチャンスが訪れたのでした。

3年前まで、TVをほとんど観なくても暮らしていたことを思い出しました。
TVを観ないと、本を読む量が3倍くらいに増えました。

残念な事に私は洗濯物をたたむときに録画しておいた海外ドラマや
映画をつけていたので、洗濯物をたたむ時少々困りました(笑)
なので、そんな時は夫にコードを借りてDVDをつけてたたんでいます。

息子は自分が母である私の言いつけを守らなかった事や
何度言ってもTVを消さなかった事で私がコードを切った事を良く承知しているので
TV無し生活になったことに多くの不満を覚えながらも
その事を口に出しては言いません。
ですので、時々私のPCでTUTAYAで借りてきたDVDを観て我慢しています。

そのおかげで、息子の本を読む量も増えましたし
勉強するようになったりと時間を有効に使うようになってきたように思います。
以前の漠然としたイライラも減り、
会話もスムーズになってきました。

今、書いている事も、あと10年もしたら
「そんなこともあったね〜」と息子と笑っているのかもしれません。

10年前に、3歳と0歳だった息子達。
この二人のために未来を変えようと心に決めた駆け出しの母親だった私。

10年後の今、かなり変わってきた未来に満足しています。



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2014年05月19日

幸せの森

幸せな状態って、森のようだなと思います。

「幸せの森」に住んでいる私。

大きな「幸せの森」の中を歩いていると
時々『困難』とか『問題』、『悩み』何て名前の木が生えている。
それが若木だったら、すぐに切り倒す事も出来るけど
どうしようかと何年もほっておいたら大木になってしまって
ますますどうしたら良いのか分からない・・
その木の事が気になって、気になって仕方がない。

でも、自分が住んでいる「幸せの森」の周りの木は
ほとんど『恵み』と言う名の「幸せの木」ばかり。
少し、周りを見渡して、幸せの木の森林浴をしていれば
『困難』『問題』『悩み』の木が生えていても幸せに暮らせたり
その木をどうしたら良いのか冷静に考えられたりするのでは無いかと思うのです。

ところが、この『悩み』の木が大きくなり過ぎた人は
「不幸せの森」の中に住んでいて
時々「幸せの木」を見つけているような感覚なのだと思うのです。
いつも、どよーんと薄暗い森の中をずっと歩き続けている感じ。
時々、「幸せの木」を見つけて、その木の下で一休みをし
また、薄暗い森の中を歩いている。

でも、本当は薄暗いと思っている森の木は「幸せの木」ばかりなんです。
ちゃんと見ていなくて、
「不幸せの木」『困難』『問題』『悩み』の木ばかりだと思い込んでいるんです。


讃美歌に「望みも消え行くまでに」というのがあります。

私が人生のどん底にいた時
何度も何度も一人で口ずさんで歌った曲です。
泣きながら、何度も歌って、一歩また一歩と歩いた曲です。

)召澆眈辰┨圓までに  世の嵐に悩む時
  数えてみよ主の恵み  汝(な)が心は安きを得ん

  (くり返し) 数えよ主の恵み  数えよ主の恵み
       数えよ一つずつ  数えてみよ主の恵み


⊆腓竜襪い圭住架を  担いきれず沈む時      ※賜(たま)う、給(たま)う・・・目上の人が目下の人に物を与える
  数えてみよ主の恵み  呟(つぶや)きなどいかであらん

  (くり返し) 数えよ主の恵み  数えよ主の恵み
       数えよ一つずつ  数えてみよ主の恵み


世の楽しみ 富(とみ) 知識  汝(なが)心を誘(さそ)う時
  数えてみよ主の恵み  天津国(あまつくに)の幸(さち)に酔(よ)わん  ※天津国(あまつくに)・・・天国

  (くり返し) 数えよ主の恵み  数えよ主の恵み
       数えよ一つずつ  数えてみよ主の恵み


何度も歌って気がついたのが、
自分は「不幸せの森」に住んでいるのではなくて
「幸せの森」に住んでいるんだって事。
周りの木は、『恵み』と言う名の幸せの木ばかりだって事。

目の前の『悩み』の木ばかり見ているから
他の森中の木が『恵み』の木だって事に気がつかなかったのだと
この讃美歌を歌いながら『恵み』の木を数えて気がついたのでした。


実際、『恵み』の木の多さに気がつき、
自分が「幸せの森」にいることに気がついてからは
『困難』『問題』『悩み』の木が減りました。
もしかしたら、減ったのではなく気にならなくなったのかもしれません。

人間は、思い込みの生き物ですよね(笑)
私の知り合いに、自分の事をすごく頭が良いと思っている人がいます。
何でも出来ると思っている人もいます。
反対に、何も出来ないと思っている人がいます。
出来ないからとあきらめてしまって、文句を言い続けている人。
出来ないとあきらめて、開き直ってそのままで生きている人。

ちょっと極端だな〜と思うような人が沢山います。
彼らが自分にしている評価ってその通りかというと
私から見ると全く違います。

私も、自分で自分の事を評価している内容と
周りから評価していただく内容とではかなりのギャップがあります。

つまり、自分の思い込みは正しく無いのです。
そして、何が正しくて、何が正しくないかなんて基準もそもそも無いのです。

だったら、自分の周りの恵みの木を数えてみて
実は自分は幸せの森に住んでいる事に気がついたほうが良いと思います。
自分の目の前に大きく立ちはだかっているこの『悩み』の木が
実はたいして大きくも無い事にきがつくかもしれません。


もし、自分が「幸せの森」に住んでいる事に気が付けたら
その後は人生バラ色です♪



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2014年05月14日

心のオアシス2

昨日、しばらくぶりに友達とモーニングに行きました。
朝から、たっぷりしゃべろうと思って(笑)

友人Mちゃんは、とっても可愛いママで
子供が3人と、とても素敵なご主人の5人家族。
家族もとても仲が良い素敵な家族なのです。

そのMちゃんの長男は我が家の長男と同じ中学2年生。
思春期、反抗期まっただ中です。

でも、反抗のタイプが全く違う息子達です。
Mちゃんちは無言、無反応、で結局何もやらない。
うちは屁理屈大魔神で、結局何もやらない。

結果はどちらにしても親の言うことは聞かないって事なんですがね・・

そんな息子と日々生活しながら
ウツ状態からやっと抜け出し始めた私と
息子の無言の攻撃のストレスで蕁麻疹が出るようになってしまい
花粉症の季節になったら、今度は湿疹が出るようになってしまい
仕事と家の往復のみでウツっぽいと話すMちゃん。

そんな二人で、息子の話、仕事の話、お互いの体の話
家族の話、自分の様々な想いをしゃべってしゃべってしゃべって・・
気が付いたら5時間経っていました!

パン食べ放題のモーニングに行ったのですが、
食事は制限時間内に終え、
ずっとしゃべっていたのですが
お店の人に追い出されることも無く
心置きなく、沢山話して、沢山聞いて
お互いなぐさめあって、称え合って
そしたら、またまたこころがぽかぽかしてきました。

今は、息子に出来るだけ「あれしろこれしろ」とは言わないように
息子の話をそのまま聞くようにしています。

洋服が脱ぎっぱなしだったら
「服脱ぎっぱなしだよ!片づけて」と言っていたものを
「服片づけるの忘れているよ」と声かけるようにしたら
動くようになった息子。

「パパが帰ってくるから9時までに片づけてね」と
タイムリミットを伝えるようになったら、
それまでに動くようになった息子。

勉強は相変わらず始めるまでにかなりの時間がかかりますし
ちゃんとやっているのかどうかも分かりません。
でも、そこは言わない事にしました。
彼に合った週に1回の家庭教師の先生と週に1回の塾を
見つけ後はそちらにお任せし、
息子が自分でやる気になるのを後は待つだけ。

私の気が済みました。
自分が何かしてやらなかった事で
後で「あの時・・」と思うのが心配だったのですが、
今、私の出来うる限りの環境を整えたのであとは息子次第です。

そして、そう思えたもう一つの大きな理由は夫。
GW前、夫はともかく忙しかったのです。
仕事と教会の役員としての仕事、会社以外に頼まれた仕事
この3つを抱えて、1日睡眠3時間の日が続きました。
でも、夫は愚痴一つこぼさず、
もくもくとこの状況をこなし
一つ一つの仕事を終わらせました。

その、精神力と体力と責任感とに改めて感心してしまいました。
私がこんな不安定な状態だから、
更に大変だったと思うのですが
私に「ああしろこうしろ」と言うことも一度も無かったのです。

そんな夫を見ていたら、
私は自分に自信が無いから息子の事を心配していたけれど
息子には半分この人の血が流れているんだから
絶対に大丈夫だ!
という確信が湧いてきたのです。

Mちゃんにもその事を伝えたら
「すごく良く分かる。本当にそうだよね。大丈夫だよね。
私も気が済んでなかったのかも。
でも、本当に後は息子次第だよね。」

とお互い自分に言い聞かせるように言って別れたのでした。

でも、こうして、一緒に頑張っている仲間が居るって嬉しいです。
似たような価値観を持っているからこそ、ぶつかる同じ壁。
同志を得て元気になって帰ってきました。

その後、Rちゃんが、頼んでくれた化粧品を取りに来て
30分くらいお茶を飲みながらおしゃべりすることが出来ました。

息子の話や、夫の血が半分だから大丈夫だと思えた話をすると
「うん、分かるよその気持ち。
私も、あ、ここはパパの血だね良かったね〜って
息子を見て思うもん。」と

Rちゃんちもパパとも家族とも仲良しの幸せファミリーなのです。
Rちゃんのところは下の息子が中2。
私よりも、ちょっぴり先輩ママで
同じ歳の息子ですが、Rちゃんの息子は5月生まれ。
うちの息子は翌年の1月生まれで8か月違うので
まだ二人が小さい時は
いつも、息子の少し先を行くお友達で
親子共々、いつもいろんな事を教わったり
励ましてもらったりしてきた友達なのです。

私が夫とうまく行かなくなって悩んでいた時
とても参考になったのもRちゃん夫婦でした。

Rちゃんが帰った後、
何だか、こころが本当にぽかぽかで
気の合う友達ってこんなに大切な存在なんだな〜と
改めて感謝したのでした。

何だか、そのままにしておくのはもったいなかったので
MちゃんとRちゃんにありがとうのメールを送ると
2人からもありがとうメールが送られてきて
沢山のエネルギーをもらったことに気がつきました。

気の合う友達もこころのオアシスなんだな〜と
こんな友達がいてくれることに感謝なのでした。









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心のオアシス1

ここ数か月間、花粉症でひたすら
調子が狂った時計のように
体が動き出したり止まったり、止まったり、止まったり
時々動き出したり・・と
およそ日常生活が送れるような状態ではありませんでした。
というのも、何年も前に間違った強い薬を処方され
体をボロボロにしてしまった私は
薬で一時的に症状を抑えても、
その反動で後からどっと調子が悪くなってしまうため
本当にどうしても動かなければならない時以外は
薬を飲まずにいたので
無理に動かして止まってしまって・・・の繰り返しでした。

気力も、体力も落ち、家にこもっているところに
マンションの外壁工事が始まり、
窓もカーテンも開けられず、
本当にウツのようになってきました。

これじゃいかんいかん!とやっと2か月目
花粉の飛散も減ってきたので
外に出てみました。
久しぶりに、ゆったりとした音楽を聴きながら、
太陽と風と緑を感じてとぼとぼと歩いていたら
雑草と言われる草の中に、小さな小さなかわいい花を見つけて
こころがぽっと温かくなるのを感じました。

太陽の光も風も気持ちよくて
帰ってきたら、何だかこころが動きだしました。

それから、毎日1週間、
近くの草の生えていそうなところや
緑のしげる公園をてくてくてくてくてくてくてく

自然のエネルギーってすごいですね!
歩くペースも早くなり
とぼとぼからてくてく、すたすたに変わり
こころもぽかぽかが続くようになりました。

そんな時にGWがやってきて、
山の中腹にある実家の裏では
今年もわらびが沢山生えていると母から電話が。

自然の中にどっぷり浸かって
元気な自分に戻ろう!と実家に帰って山菜採りに行きました。
家族でわらびをスーパーのビニール袋山盛り2袋も採って
たろっぺ(タラの芽)も1盛り採って
家の薪ストーブの灰であく抜きしたわらびのおひたしと
たろっぺの天ぷらとうどんで旬の香満載の
豊な食卓を囲みました。

でも、一つとても気がかりな事がありました。
今まで、風邪で寝込んだ事すらないような父が
最近調子が悪いと聞いていたのですが、
帰ってみるとげっそり痩せていて
毎朝、朝ごはんを作ってくれる父がその気力も無く
何も出来なくなっていたのです。

父は75歳になりましたが、まだ自営業をやっていて
5歳下の母も現役で自分の仕事をしています。

お互い仕事を持って、家事を分担して暮らしてきたので、
父が家事の分担を出来なくなると
母の負担がとても増えます。

母はとても父の事を心配しているのですが
父とは全くタイプが違うため
母の言葉は父には届かず
調子が悪くて動けない上に
母の言葉に従う元気も気力も無くただ拒否するだけで
2人の歯車が上手くかみ合わず
父は少々意固地になっているように見えました。

私は、父似なのです。
だから、父の状態を説明するのですが、
ここはやはり私と母のタイプが違うので理解されることはなく
心配であれこれ言う母と
自然と体が動き出すまでほっておいてほしい父と
お互いの擦れ違いを感じて2人を気の毒に思う娘なのでした。

でも、そんな二人を見て気がついた事があります。
私と息子の関係。
息子は私よりも母に似ています。

立場は逆ですが、心配であれこれ言う私と
ほっておいてほしい息子。
私の心配で言っている言葉は
タイプの違う息子には理解できず
一つも息子に届いていない事に気づきました。

まるでイソップ童話の「北風と太陽」

私は北風と同じ事をしていたんだな〜
冷たい風をどんなに強く吹いたとしても
旅人がコートの前をしっかりとしめて
脱ごうとしなかったように
息子の心もきっちり閉じているんだな〜と

太陽になって、自然とコートを脱ぎたくなるような
接し方を私は学ぶ必要があるんだな・・と

父と母に必要な太陽の光は
「労わりと感謝の言葉」でした。

毎日毎日、協力して努力して生活している両親にとっては
ほんの気休めにしかなりませんが、
私がお互いに変わって労わりと感謝の言葉を伝え
帰ってきました。

今まで、いろんな苦労をして私たちを育ててくれた両親。
結婚後も家族で帰る事の出来る家を用意してくれていて、
元気で2人で生活してくれている両親。
感謝の気持ちを伝えるのは難しいですが、
「ありがとう」と直接言える機会をもらえて良かったです。

その後、母からは父は少しずつ元気になってきていると聞いて
安心しました。
今回の事で母も疲れをためずに元気でいてほしいと思います。


そんな2週間を過ごしてみて
太陽と風と緑と家族は心のオアシスだな〜と思ったのでした。

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2014年03月24日

自分を受け入れる事の幸せ

最近、妹とちょっとしたトラブルがありました。

妹の発言に、ムッとした私がキレたのです。

そんな事は言われたくない。
その言葉には悪意がある。
などなど、何を言ったかというよりも
私の怒りのエネルギーに妹は驚き傷ついたのだと思います。

妹の発言は、一般的には決して好意的なものではなく
どちらかというと、私が感じたように悪意を感じる言葉だと思うのですが
妹は、全く悪意を持ってその言葉を発したわけではないので

「何故、私はこんなことでお姉ちゃんにこんなに怒られなくちゃならないんだ????」
という疑問と憤りだと思いますが、妹も怒っておりました。

キレてしまった私としては、
感情をそのままぶつけてしまって申し訳なかったと反省し、
妹は私の言葉を勘違いして受け取っていたことにも気がついていたので
すぐに、その勘違いを訂正し、感情をあらわにしてしまったことの謝りの文章を
手紙書き、彼女の家に持って行き、ドアにかけておきました。

しかし、翌日妹から来たメールは
自分が私の気に障る発言をしたことは謝るけれど
自分が何の気無しに言った言葉に、こんなに非難されたことは無く
深く傷ついたので受け入れられません。と言う内容でした。

まーそうでしょう。

私も、同じような経験をしたことがあります。
受け入れられないのは、自分の問題です。

つまり、薄情なようですが今回は妹の問題なのです。
私がまだ、怒っていて、謝りもしないでいるのなら双方の問題で
私も自分の事が嫌になってお互い、嫌な気持ちのままだと思うのです。
自分を責めて、相手を責めて、体の具合が悪くなり
どんどん負のスパイラルに落ちて行ったことでしょう。

ところが、私は自分の行動と感情の理由がわかり
それを妹に謝ることが出来ました。
これは、私にとって、今までの私から考えると驚異的な変化です。
こんなにすぐに自分の感情の整理が出来るなんて。

これは、このところずーーーっとやってきた
「自分を受け入れる」の成果だと感動しました。

私は、私。
欠点があって、不完全で、嫌な物は嫌で、発言もきついのが私。
だけど、そんな自分で良いと自分を受け入れています。

ただ、相手を傷つけてしまったことに関しては謝るしかありません。
そして、それが出来た自分。

相手を許すのは自分のため。

相手を許さずにいると、その怒りに縛られて
自分を傷つけてしまいます。
無駄に時間を使い、体を壊し、精神的に不安定になり
自虐的になっていきます。
家族との関係はバランスを失い
トラブルが増えます。

私は夫と不仲だったとき、ずっと相手のせいにして
相手を責めてきました。
相手を許さずにいました。
その結果、結婚生活は暗礁に乗り上げ
自分は健康を失い、
精神的にもバランスを失い、
本当に人生のどん底の3年間を送りました。

でも、「神様、彼を許させてください。」と祈ってから
人生が一変しました。
彼を許したいと祈ったら、それまで見えなかった自分が見えてきました。
自分勝手で、不平不満ばかりの自分。
自分は正しいと思っていて、周りを裁いてばかりいる自分。

本当に情けなくって、辛くって、悲しくなりました。
でも、今度はそんな自分でも神様は「私の目にあなたは高価で尊い」と言って下さっている
と気がついて、一気に幸せな人生が花開き始めました。

こんなに欠点ばかりの自分を
神様は高価で尊いと言ってくださっている。
つまり、他の人も、私が嫌いなあの人も
神様は高価で尊いと言っておられるんだ。
と気が付いたら、他人を裁くことが減りました。
「あの人なんであんな事言うのかしら?」とか
「あの人なんであんな事するのかしら?」など
思っていたことが消えました。

あの人にはあの人の理由があり
それはそれで良い。

金子みすずさんの詩のように

「みんな違ってみんな良い」

と思えるようになったのです。

この世はみんな、神様に創られた尊い人とものばかりなのだ。
そして、人生に起きる一見「悪い事」も私にとって必要な事で
必ず、その事は感謝に変わる、と気がつかされました。

つまり、
みんな違ってみんな良い。

の次に
全ての事は必然だ。

と思えるようになったのです。

苦しい時、辛い時、もちろんあります。
思い通りにいかない時。
どちらに進んで良いのか分からない時。
体の具合が悪くて何もできない、何も考えられない時。

でも、そんな時だって、感謝なんだって気がつかされました。

具合が悪い時は、ゆっくり休みなさい、
少し頑張りすぎていたよ、と言われていると感じます。

人とトラブルが起きた時は
自分が傲慢になっている時です。

夫とけんかしたり、
息子とけんかしたり、
そんな時はお互いのコミュニケ―ションを取る時間が足りなくなっている時。
そして、お互いの思いやりが足りなくなっている時。

私は美しい人が好きなのですが
私は残念ながら美人ではありません。

だから、本当に残念ながら
自分の容姿を大好きにはなれないですし
コンプレックスが消えません。
100%自分を受け入れる事は一生無いのかもしれませんが
それでも、内面的な自分はずいぶん受け入れられたな〜と実感しています。

そして、自分を受け入れる事こそ本当の幸せだなと実感しました。



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