2008年07月

たばこは千円エ; ̄豼隹阿髪豼雕惑歿晴箸諒欷遏1

JTやたばこ関連団体、自民党にたばこ増税反対を申し入れ

 [東京 1日 ロイター]

 日本たばこ産業(JT)や全国たばこ販売協同組合連合会(松井茂会長)、全国たばこ耕作組合中央会(税所次行会長)は1日、自民党の谷垣禎一政調会長に対し、たばこ増税反対の申し入れを行った。
 3者は共同で記者会見を開き「たばこ業界が壊滅的な打撃を受ける」(松井会長)ほか、税の公平性を欠くうえ、販売数量減で想定するような税収効果は得られないなどととして、あらためて強く反対する姿勢を表明した。

 増税反対の理由として、
1)すでに1箱約190円という高水準の税を負担している、
2)社会保障費は広く負担するものであり、たばこ税に頼るのは公平性を欠く、
3)たばこの販売数量が減少し期待するような税収は得られない、
4)たばこ産業に壊滅的な影響をもたらす―――
などの点を挙げている。たばこ産業としては、JTのほかにも、日本全国で約30万店のたばこ販売店、1万3000戸の葉たばこ耕作農家がある。

 JTの山田良一副社長は「場合によっては署名活動なども考えていく」と述べ、各方面に働きかけを続ける考えを示した。

 与野党で浮上している1箱1000円にした場合、どの程度のたばこ離れを生じさせるかについては、さまざまな試算がなされているが「海外を含め、これほどの大幅増税は過去に例を見ない」(山田副社長)ため、算定は不可能とした。
 ただ、たばこを止める人、吸う本数を減らす人などを合わせ「税収に対しては大きな打撃を与える」とした。
2008年 07月 1日 18:26 JST

 煙草屋と耕作農家の保護に関する意見は笑止。
 煙草屋はヴォランティアでやっているのではない。商売として、儲けたくてやっている。
 専売公社時代、「煙草屋の看板娘」(笑)なんてのがあったように、国が管轄する独占商品の販売権を獲得すれば、座っていれば客がやってくるうまい商売だった。

 時流の変化でそれが変る。
 商人として、その商品が落ち目と判断すれば商売替えを視野に入れる。あらたな売れ筋商品を探す。それが商人。なぜJTがそこまでして守ってあげねばならないのか。そんな職種はない。しかも商品は人殺しの毒薬だ。

 いまさら甘えた泣き言はいいなさんな。

続きを読む

たばこは千円え;|模隻発3

「タバコを千円にすべき」とは、いまのように話題になるずっと前から言ってきたので、実現するかどうかはともかく、具体的にいま語られているのを見ると、うれしい。でもそれ以上に奇妙な気分になる。日本は何事も段階的にごまかす政治風土なので、いきなり千円という話が話題になるとは思わなかった。実現にはさらに?である。でも実現したらすばらしい。するのかな?

 まずは、自民党笹川陽平の意見。

「たばこ1箱を千円に」。日本財団会長の笹川陽平さんの「たばこ値上げ運動」が波紋を広げている。税収は増え医療費は減らせるという提言だが、「国を救う名案だ」「いや喫煙者への差別だ」と賛否の論争に火がついた。31日は世界禁煙デー。
 発端は、笹川さんが3月からインターネットのブログなどで訴え始めたアイデアだ。

 1箱約300円という日本のたばこの値段は安すぎる。1箱千円にすれば9兆5千億円の税収増が見込め、仮に消費量が3分の1になっても3兆円超の税収増が見込める。社会保障の財源として、消費税より先に議論すべきだ。千円になれば多くの人が喫煙をやめるので、健康被害が減って国民医療費を抑えられる。未成年の喫煙抑制や防火にも役立つ、と説く。(5月31日 asahi.com)

 この「千円にすれば9兆の税収入。喫煙者の三分の二が禁煙したとしても3兆の税収増が見こめる。医療費を抑えられる」が話題になった。ここから談論風発となって行く。

たばこ1000円、最大6兆円増収 厚労省研究班試算
 8割禁煙でも現状維持
 2008年6月25日 産經新聞
 
 たばこを1箱1000円に値上げした場合、最大5兆9000億円の税増収が見込めるとの試算を、厚生労働省研究班(主任研究者・高橋裕子奈良女子大教授)が25日までにまとめた。最大の増収幅は、日本学術会議の試算(約4兆円)を上回った。

 現行のたばこ関連税は、1箱(20本入り、平均約300円)当たり約175円で、総額約2兆2000億円。研究班は、価格が1000円になるよう税額を上げた場合、喫煙者がどの程度減少するかを、たばこの価格変動が喫煙行動に与える影響をまとめた過去の文献などを基に試算した。

 それによると、値上げに伴い1箱当たりの税額は875円と5倍に増加。これに伴い、たばこ関連税も今の喫煙者数のままなら11兆円と5倍になる。

 ただ喫煙者は51・3〜25・9%減ると予測、たばこ関連税は5兆3570億〜8兆1510億円となり、3兆1000億〜5兆9000億円程度の増収となるとしている。また喫煙者が80%減っても、2兆2000億円はまかなえると指摘。高橋教授は「値上げが実現しても、8割の人が禁煙するのは欧米の状況を見ても想定しにくく、税収減はあり得ない」と話す。

 たばこ値上げによる税収入は、笹川の試案で9兆5千億円。厚生労働省研究班は5兆9千億円。日本学術会議は4兆円と差がある。いずれにせよ兆の単位で望めるとなると魅力的だ。
 こうなってくると当然、喫煙派もむきにならざるを得ない。一連の流れでいちばん笑ったのが以下のもの。これは喫煙派の「値上げしたって税収入は増えない→だから値上げするな」という意見になる。笑えます。

たばこ1000円は逆効果? 
97%が禁煙、税収1.9兆円減 京大教授試算

 2008年6月30日 産經新聞
 
 たばこを1箱1000円に値上げした場合、税収は最大1・9兆円減るとの試算結果を、京大大学院経済学研究科の依田高典教授(応用経済学)がまとめた。厚生労働省研究班の試算では、最大6兆円の増収が見込まれているが、依田教授は「大幅な増収は疑問」としている。

 1000円に値上げすると1箱当たりの税額は5倍増加。現在の喫煙者の80%を超える人がたばこをやめれば減収になり、80%未満なら増収となる。

 依田教授らは喫煙者616人を対象に調査。この結果97%が「1000円になったら禁煙しようと思う」と回答した。全員が禁煙に成功した場合、最大1・9兆円の税収減となる。

 別の研究では、たばこを過去1カ月以内にやめた人を追跡調査。5カ月後も禁煙し続けられた人の割合は約半数だった。価格が1000円になり半数しか禁煙に成功しない場合でも、増収幅は2・8兆円にとどまるという。

 厚労省研究班は「80%の人が禁煙するのは欧米の状況をみても想定しにくく、税収減はあり得ない」としている。

 しかし、依田教授は「価格が上がれば禁煙に成功する人は増えるだろう。税収額は変わらないか、むしろ減るのではないか」と反論している。

 たった600人にアンケートをとり、その97%が「千円になったら禁煙する」と言ったから、「千円にしたらみんな禁煙する。だから税収入はむしろ減る→たばこを値上げするな」は、暴論(笑)。というか珍論。こう問われればタバコ中毒はそう応えることになっている。応えはするが止められないのがニコチンタール中毒だ。

 ニコチンタールの薬物中毒者が値段の問題(それもたった千円)で皆やめられるなら、この世に麻薬欲しさの殺人など皆無である。バカも休み休み言え、になる。
 たばこが一箱10万円になったら、たばこ欲しさの殺人事件が頻発するだろう。あれは薬物中毒だからね。

 この程度の値上げでたばこをやめるのは、というか意思の力でやめられるのは、せいぜい2割程度。そんなものである。やめるひとはやめると思ったときやめる。やめられないひとは千円になっても1万円になっても喫い続ける。

 この教授はJTから頼まれて試算したのだろうな。最初に結論ありだ。苦しい苦しい(笑)。

価格が1000円になり半数しか禁煙に成功しない場合でも、増収幅は2・8兆円にとどまるという。

 これ、へんな文だ。前後が繋がっていない。
 半数が禁煙に成功したら健康にもいいし、医療費の軽減にも役立つ。それでいて2.8兆円も税収入が増えたら万々歳だ。

価格が千円になり、半数が禁煙した場合、それでも2.8兆円の税収増が見こまれる。

 と書くべきだ。意味不明の文である。新聞記者はもともとへただけれど最近こんなのが多すぎる。



 でも千円になってもたいして喫煙者は減らないと思う。それだけあの中毒から抜けだすのはつらい。むずかしい。
 千円になると、一日一箱のひとが、二日で一箱に我慢するようなことは起きるだろう。その程度のはず。これだけでもとてもいいことだ。

 金持ちは一箱一万円になっても喫う。これはこれで正しい。元々嗜好品なのだからこうあるべし。
 JTは売りあげが落ちて自分達の会社が危なくなることを案じているのだろう。いきなり喫煙者の三分の二が禁煙することはありえない。そんな強い意志の人はもともとあんなものに中毒していない。

 まあ毒物を売っている会社なのだから、こういう世の流れで潰れたら潰れたでしょうがない。同情する気もない。自分達でも分かっているから食物関係に手を出したり生きのこりを模作してきたはずだ。
 JTの缶コーヒ−なんてヤニ臭い気がして飲まないけど。

イタリア大聖堂落書き事件──日本人の特質とかそんな問題じゃなかった!1

 7月2日、午後九時のNHKニュースが、「落書き事件」の特集をしていた。
 イタリア大聖堂の問題を例に引いて、主は国内の話である。
 いやはやひどい。鍾乳洞、奈良京都の国宝、山口の錦帯橋、自分の名前を刻みこむバカばかり。ここまでひどいとは思わなかった。
 これはもう前項で書いた「国民性」とか以前の問題だ。
 バカの氾濫である。

 対策として、地元のひとが見回っているそうだが、それは根源的な解決にはならない。いわばハエを追いはらっているようなもの。蛆の湧く元兇を断たねばならない。

 問題解決の方法は道徳教育の徹底である。それしかない。
 なのに道徳の時間はなくなり、小学校から英語教育を入れたりしている。英語なんてどうでもいいことだ。あとでなんとでもなる。それよりも成すべき教育がある。
 勘違い日本の起こるべくして起きた問題になる。

 していいこととわるいことの判断がつかないのだ。
 心が壊れている。
 高校生なのに心は幼児。
 歴史ある建物に自分の名を刻んだり、スプレーを吹きつけたりしている。

 根源的な教育の問題として国家が全力を挙げて取り組む課題になる。
 お笑いの「おぎやはぎ」がベルリンの壁に名前を書いていたとかまたあらたな問題として取りあげられていた。
 もうそういう氷山の一角はどうでもいい。国民の道徳性の低下として、もっと身近で深刻な問題として国が取り組むべきだ。



 ここまでひどいとは思わなかった。
 でもそれは私が見たくない物に目を瞑っていただけで、頭ではここまでひどいことを理解していたはず。こちらも逃げていたか。

 ここのところ私は、我ながら過激と思うほどこの種の問題と真正面から向きあっている。どんな場面でも、そういうことをしている若者と出会うと、めんと向かって注意している。あちらはほとんど白痴だから反射的にこちらに向かってくる。なんども危ない目に遭った。
 そのうちチンピラに刺されて死ぬかも知れない。
 でもやるしかない。
 どうせなら正しい日本人として死にたい。

 バカな若者が増えたのはおとなの責任である。
 振り返ってみれば、私も不快なものから目をそむけ、自分の快適さだけを追及する無責任なおとなのひとりだった。
 そういう私が注意したチンピラに逆上され、刺されて死ぬのなら、それはそれで整合が取れている。
 正しく生きよう。

イタリア大聖堂落書き事件──日本人の特質について2

 批判があれば反動がある。
 ここにきてそれが急だ。
 いわく、「日本人のみならず白人や朝鮮人の落書きも多い」
「そもそもあの大聖堂前でイタリア人が落書き用のペンを売っている。落書きをするとしあわせになれると言って」
「こんなことで神経質になるのは日本人だけだ。イタリア人は気にしていない」等。

 本質がずれないよう設定を替えて意見を言う。
 私の考えは、イタリアも大聖堂も世界遺産も関係ない。
 国内でいい。奈良や京都の旧跡でもなく、名もないその辺の石壁や商店のシャッターでいい。
 自分の名や相合い傘を書いたりする日本人がいる。
 その性癖についてだ。

 ヤンキーのアンチャンとネーチャンが徹夜で話しあう。商店街のシャッターにもたれて。タバコと缶コーヒ−。お互いわかりあえた気がした。好きあっているふたりを確認した。
 その記念にそのシャッターに自分達の名を刻もうとする。ペンがないので小石を拾ってきて刻んだ。

 こういう例が多い。やたらもうどこにでもある。小金が出来て海外に出掛けて行けば、そこで同じ事をする。商店街シャッターの落書きも大聖堂、ピラミッド、みな同じ線上にある。
 この高校野球の監督は新婚旅行のイタリアでこれをしてきたが、行く先が国内でも同じ事をしてきたろう。これはやはり日本人の性癖だ。きちんとその瞬間を記録しておきたくなる、几帳面?な。
 それが田舎の高校生から都会のヤンキー、温和なおばさんから名のある大学教授まで、老若男女を問わずみな共通している。

 私は日本人を貶して悦に入る自虐型日本人ではないが、客観的に見て日本人に多い性癖のように思う。日本全国どこでも見掛けるし、世界遺産に戻れば、ピラミッドに書きこまれた数多くの相合い傘なんて恥ずかしくていたたまれなくなる。
 それが誰かに教えられたのではなく、こどもでもおばちゃんでも自然にするから、やはりこれは民族的特質なのだろう。

 競馬場でイスに新聞を置いて席取りをしている連中に注意すると反論してくる。「わたしだけじゃない。みんなやっている」。
 相合い傘を書きこんでいる高校野球の監督、岐阜の短大の娘、注意したら同じ事を言うだろう。「ほかのひともやっている」。
 これもまた日本人。

 私はしたことはないし、これからもしないけど、したくなる気持ちはわかる。日本人だから。
 ではなぜ今までしたことがないかと言えば、「ここまで来た記念にしたいけど、してはいけないのではないか!? やはりしてはいけないな」という気持ちが働いたからだ。それは後天的に学習したことだから、本性としてはしたいのだ。自分のそれを思えば「日本人の本性、性癖、特質」と言いきれる。
 そういう逡巡がまったくなく、ごくごく素直にハートマークや相合い傘での署名をしてくる日本人が多い。
 その差は知性と教養と言いたいが、大学教授とか会社経営者とかも平然とするので、こうなると知性とは何か、教養とは何かの話になってしまう。

 日本人は礼儀正しくおとなしい。酒を飲んだり集団になると暴走するが、一般的にはどこの観光地でも好かれているおひとよしだ。部屋もよごさないのでホテル側からの評判もいい。
 ところがこの種のことに関してだけおかしい。
 それはやはり、こどもの躾のしっかりしている白人がすばらしい(最近の日本人は……)というより、体内に持った島国根性なのだろう。

 初めて海外遊覧をした明治期の連中もみな同じ事をしていたのではないか。きっと彼らも世界各地で記念のなにかをしている。いやもっとその前の、遣唐使も遣隋使も「それらしきこと」をしているだろう。



 私にとって島国根性は否定ばかりではない。自動車におけるアイディア技術に代表される日本人の創意工夫は島国根性のプラス面だと思っている。
 これはマイナスの典型例だろう。

 こういうことを自然にやってしまう日本人。
 それを発見し、問題にする同朋の気質。
 すぐに反省して厳しい処分をくだす日本人。
 ともに民族的特質である。

続きを読む
最新記事
  • ライブドアブログ