2009年11月

民主党の強行採決──幻想からの脱却

 民主党が今日強行採決をした。それは政権与党が自分達に都合よく運営する方法として当然だから文句はない。民主主義という多数決主義の基本だ。

民主党が政権を取ったことでよかったと思うことに「これで幻想が消える」があった。野党でいればきれいごとだけ言っていられる。現に自民党の強行採決に対して好き放題言ってきた。まるで自分達が政権を取ったらあんな卑怯なことは絶対しないとでもいうかのように。自民党以上に自民党的体質の小沢一郎が言っているのだから笑えた。そんなにむかしのことではない。先程見た映像では今年1月だった。野党だと言える。共産党はこれからもそうだろう。だが与党になった民主党はきれいごとばかりは言っていられない。



ところが世の中には、そういう絵空事を本気で信じている人がいる。「自民党はやるが、民主党はやらない」と。そんなはずがない。どんな頭をしているとそういう身勝手で間抜けなことを考えられるのか。

民主党が政権を取っているあいだに、その種の勘違い幻想はみな消える。連立しているから、きれいごとばかり言っている社民党もそうなのだとわかる。よいことだ。私が最も嫌いなのはどこを支持するとかいう以前に、そういう「誤った身贔屓をするひと」だ。万年野党だとそう言っていられた。もうごまかせない。政権交代にも意味があると思った日だった。



同じく官房機密費も話題になっている。自民党政権時代には闇のままだったが、民主党政権になったら白日の下に、なんてことがあるはずもない。あるはずもないことが今、明確になりつつある。これもよいことだ。だってそういう闇のために使われる「領収書のいらない金」が機密費なのだから。

私は日本という風土に二大政党制があっているとは思わないのでどうでもいいのだが、もし健全な?二大政党制になるのなら、一方的で歪んだ「勘違い幻想」は消えねばならない。民主党支持者にはそんな勘違い人間が多すぎる。今日の強行採決で、自民党も民主党も同じなのだと気づいたろう。というか、内心わかっているくせに認めなかったひとも、認めざるを得ない状況に追いこまれたろう。

これからこういうことが連続する。民主党が政権与党として真の価値を問われるのは、そういう思い込み幻想の信者たちが目覚めてからである。

自殺考.2──竹脇無我さんのこと(続き)

 私が一緒に仕事をしているころの竹脇さんは欝病とは無縁だった。「大岡越前」の収録に出かけたり、中国で評価の高い「姿三四郎」の役者として中国に招かれたり、公私共に充実していた。明治座で共演した十朱幸代と週刊誌ネタになったのもこのころである。まだ離婚していないけれど夫婦仲は冷えていた。御自宅におじゃましたこともあるので冷え具合がよくわかった。

自殺したお父さんのことは高名な名ナレーターとして誇りであると同時に、やはり自分達を残して逝ってしまったことを傷として持っていた。高校生のとき授業中に先生から伝えられたという。自宅の物置で首吊り自殺したことを。そのことを語ってくれることはなかったし、こちらから問えることでもなかったが、ある日ぽつねんとそのことに触れ、「あの気持ちは誰にもわからないよ」と呟いたときのさびしげな表情は鮮明に覚えている。



その後、FM-Tokyoで8年続いた番組も終りすっかり疎遠になった。私はその間に競馬のことを書くようになっていた。J-WAVEの開局が1988年。御世話になっているM先輩の関係からラジオ番組の構成はJ-WAVEになった。竹脇さんと疎遠になったのはその前、87年ころだったろうか。91年から私は海外放浪を始め、それ以前とは生活も交友関係もすべて変ってしまった。

ある日、竹脇さんが欝病を病んでいると人づてに聞いた。Wikipediaによると「49歳のころから欝病、その後糖尿病を」とある。49歳というと1993年ごろ。「8年間の闘病生活の末に復帰」とあるから、復帰したのは2001年ぐらいか。「笑っていいとも」で、すっかり性格の変わった竹脇さんを見て驚いたのはこのころになる。この出演は2001年3月のようだ。ハンサムだけどさびしげで暗い感じのひとだったのに、なにかふっきれたように明るくなっていた。実際明るくなったのだろう、今では欝病からの脱出がテーマの講演会では、お父さんの自殺に関することも積極的に語っているという。





写真の本が発売になったのは2003年の7月。内容紹介は、

《父の自殺、次兄の夭折、長兄の失明、自身の離婚…。頭の中が「死にたい衝動」で埋め尽くされる。うつ病地獄に落ちた著者が「また芝居がしたい」と再生するまでを綴った闘病手記。うつ病を正しく知る参考にもなる書。》となっている。

竹脇さんのさびしげな表情も父の自殺から来たものだ。御自身が自殺の衝動に駆られたのもそこからの流れになる。親が離婚している子の離婚率が異様に高いように、親が自殺している子の自殺率も高い。止め金が外れているのだから当然だ。

私は自殺肯定派なのだけれど、残された子のあの表情を見ると、それは罪深いことなのかと思ったりする。多感な時期のこどもを残しての親の自殺は卑怯だ。



ただし、日本という国を貶めることを生きがいとしている連中の「日本の自殺者は年3万人。ひとつの町が消えてしまうほどの数。イタリア等と比べたらいかに多いことか。それは日本という国が病んでいるひどい国であることの証左だ」という意見には反対する。単純に数字だけで論じられることではない。特に自分の起こした問題に対しての自死という責任はあって然るべきと思う。むしろ先日逮捕された「イギリス人女性殺し犯人」などはとうの昔に責任を取って自殺していると思っていたから、整形してまで生きのびていたことに驚いた。それだけ日本人の感覚も変っている。連合赤軍の時代には、犯人の親が責任を取って自殺していた。それを是ともしないのだが、今回のように逃亡していた犯人の親が夫婦でカメラの前に立ち、他人事風に冷静に事件を語っているのを見ると、それはまたそれで考えることになる。

と枝葉を拡げ出すと切りがないので無理矢理まとめるが、多感な時期に父に自殺された息子が引きずるさびしげな表情は、私のような自殺肯定派にも強烈に訴えてくるものがある、という話。

自殺考.2──竹脇無我さんのこと

 二十代終りから三十代半ばまで竹脇無我さんと一緒に仕事をしていた。

竹脇さんも父を自殺で亡くしている。前原さんと同じく「さびしげな表情」のひとだった。美男だったから、それはそれで芸能人としては売りになったかも知れない。前原さんと同じく、なんの前智識もないのに、初めてテレビで見たとき、「なんてさびしげな表情のひとだろう」と思ったことを覚えている。

竹脇さんの父親はNHKのアナウンサーを始まりに、今で言うナレーターの売れっ子だっただった。NHKアナの後輩が森繁久弥さん。父を亡くし芸能界入りした新人の竹脇さんを「先輩の息子」として重用してくれた恩人になる。



私が竹脇さんの名を覚えたのはテレ朝の「だいこんの花」だった。NET(日本教育テレビ)がテレ朝になったのはいつなのか。調べてみる。1977年。視聴率のよかった「だいこんの花」にはいくつものシリーズがあったが、1970年から1977年までだから、「NETテレビの作品」と言えそうだ。

この脚本を書いていたのが三十代のシナリオライターだった向田邦子さん。小説家デビュウし、「いきなり出て来ていきなり名人」と讃えられるまでにはまだ時間がある。

シリーズ中身は毎度同じ。定年退職している森繁久弥が父、これが剽軽というか飄逸なひとで毎回面倒を起こす。女房は死んでいない。男やもめ。息子がエリートサラリーマンの竹脇さん。父親が起こしたごたごたをしっかりものの息子が解決したり、純情な息子の恋愛の悩みを父親が解決したり、という男親と息子の情愛がテーマ。

男ふたりで一軒家に住んでいる。そこに女中が来る。ヒロイン。この女中と息子がいつしか恋仲になり、結婚するというハッピーエンドで幕。これは毎シリーズ同じ。

ヒロインは、武原英子(後ににしきのあきらと結婚。故人)、川口晶、関根景子、いしだあゆみ。5シリーズまであったのにヒロインが4人しかいない。Wikipediaでもそうなっている。私の記憶に間違いがなければ、評判の良かった川口晶が二度やっているからだ。ただ私は、父川口松太郎、母三益愛子の娘というサラブレッドらしいが、川口をかわいいとは思わなかったので、最も印象に薄いヒロインになる。



竹脇さんとの仕事は私が構成し原稿を書くラジオ番組だった。毎週土曜の番組を月に二回、一度に二本収録した。そのあとは毎回飲みに連れていってもらった。そのころ向田さんは『週刊文春』にエッセイを連載している尊敬する人だったから、森繁さんや向田さんに関する「だいこんの花」の裏話を教えてもらうのが楽しみだった。

図書館からのアクセス規制.2──規制だらけ

 図書館PCのアクセス規制についてGさんが教えてくれた。「こどもに悪影響を与えるもの」という名目でやたら規制だらけだとか。私のこのブログにアクセス出来ないと聞いたときは、何かのまちがいだと思った。規制されるようなことも書いてないし。どうやらそういうことではないらしい。ライブドアブログそのものがアクセス規制対象のようだ。ライブドアだけということはないだろうから、まともな内容のものでも──というかほとんどまともだが──ブログはみな見られないことになる。

いくらなんでも規制しすぎだ、これでは実用にならんとGさんは係員に問うたが、そういう決まりだと一蹴されたとか。Yahooオークションのようなものから、この種のブログまでアクセス規制だらけらしい。

こどもが図書館PCでエロサイトを見たりしたら問題だからそれは正しい姿勢だろう。その場合、なんにでも抜け道があるから、むしろ厳しすぎるぐらいの方がいいのかもしれない。図書館のPCとはそんなものだと割り切るべきなのだろう。



しかしごく一部の有害ブログを敬遠するために、その他のものも全部規制してしまうというのは──システム上そうせねばならないのはわかるけれど──すさまじいことである。假にブログが100万あるとして、問題のあるのは1000ぐらいだろう。その1000にアクセスさせないために999000が見られないことになる。



中共が世界の正しい情勢を知られまいと国民のPCにアクセス規制を掛けているのは有名だ。ひどい国だ。このひどい国を持ちあげているバカもいる。

私はキイカスタマイズした自分のキイボード、20年掛けて磨きあげた自分のATOKがないと何も出来ないという制限の多いPC使いなので、図書館PCを利用することはないのだが、「アクセス規制の不愉快さ」というものを体験するために一度接してみようと思っている。



こうなってくるとアクセス規制というより、いったい何にアクセスできるのか興味がある。たとえば価格comのようなところで物品の値段を調べるのもダメなのだろうか。2ちゃんねるはもちろんダメだろうが、{Youtube}やニコニコ動画はどうなのだろう。意外にとんでもないエロサイトに簡単に繋がってしまうようなことはないだろうか。それも実験してみたい。

ここのところしみじみ感じるのは、とにかく何もかもがブログに移行していることだ。たとえば文藝関係の読書感想サイトのような、かつてはホームページとしてやっていたものも、ぞくぞくとブログに移行している。それらを「ブログはアクセス規制」と一括で不可にしたら、図書館PCではまともな調べ物も出来ないのではないか。

そのうち確かめてこよう。思うように繋がらずものすごく不愉快になる気がする。しかしそれは隣国では日常なのだ。それの疑似体験と思えば価値もある。

今年中にもGDPで中共に追いぬかれるらしい。まともでない国の経済発展は怖い。気違いに刃物だ。世界で最も共産主義に向いてない人種の共産主義国家が正常な国になるのはいつなのだろう。

自殺考──「前原さんの表情」補稿

 2005年、前原さんは43歳の若さで民主党代表になる。破った相手は菅直人。鳩山、菅、小沢のトロイカ体制が終り新時代の到来かと思われた。画期的な若返りだった。アサヒシンブンは「日本のブレア」と持ちあげ、党首討論において自民党の小泉首相も、まるで自分の弟分であるかのようにエールを送っていた。民主党の中ではタカ派に属し、自民党からも好意的に迎えられた代表だった。私は小泉・前原による「大連立」もあるかと思った。

その後、「永田偽メール事件」が起きる。前原さんは責任を取って辞任した。永田氏は議員辞職し、2009年1月、精神を病んで飛び降り自殺する。永田氏は前原さんを党代表から降りる原因を作った張本人であり、いわば怨みの対象になる(とはいえその偽メールを本物と判断しゴーサインを出したのは代表である前原さんの責任だが)。その永田氏の墓前に前原さんは人知れず何度も訪れているという。そこにも「自殺」という死の手段に対する前原さんの想いがあるように思える。



なお、日本では死者に対しては礼儀を尽くすのが常道なので「永田氏」としたが、私はこのひとはヤジが汚く、大嫌いな政治家だった。れいの松浪健四郎の「コップの水ぶっかけ事件」も「(保守党)党首(扇千景)と何発やったんだ!」という聞くに堪えない、また意味のない下品なヤジが原因だった。耳を塞ぎたくなるような汚いヤジも正鵠を射ているならそれなりの意味はある。しかしこのひとの汚いヤジにはなんの価値もなかった。品性下劣だった。亀井静香、河野太郎等も汚いヤジで有名だ。私からすると嫌いな政治家という点で見事に繋がっている。



民主党がこのまま行けば前原さんが総理大臣になる日は確実に来る。改憲主義者であることから自民党支持者にも受けがいいし、アサヒシンブンのようなサヨクメディアともうまくつきあっている。自民党の復活はいつになるかわからないから、この4年のうちにも鳩山さんの次としてあるかもしれない。相容れない部分もいくつかあるが、私にとってすくなくとも岡田よりは遥かに魅力的な政治家だ。母子家庭で育ち、奨学金で学んだ彼が日本のトップに立ったとき、あのさびしげな表情は消えるのだろうか。興味はその事になる。

消えないんだろうなあ。誰もが羨む超美人の奥さんと結婚し、子宝に恵まれ、順風満帆の人生を歩んでいるのにあんなにさびしげだ。自由諸国世界二位の国の頂点に立っても、あの表情は消えないのだろう。親の自殺が子にもたらす影響をしみじみ考える。私も息子のために自殺しちゃいけないのだろう。

自殺考──前原さんの表情

 民主党代議士、現国土交通省大臣の前原誠司氏を初めて見たとき、日の出の勢いの若手精鋭代議士であり、京都大学出身、長身でハンサム、能弁なのに、どうにもさみしげな表情が気になってならなかった。
後に、中二の時に父が鉄道自殺をしており、奨学金で高校大学を卒業した苦労人と知る。父のことを、裁判所勤務の庶務係長だったのに裁判官だったと言っていた嘘も週刊誌が暴いた。
自分達を捨てて自分だけ楽になった父を憾みつつも、裁判官ともちあげてしまう子のかなしい嘘がせつない。


何度も死のうと思っている。死ぬことを「こちら」から「あちら」に行くとしか考えていないのでつらさはない。いわば「ディズニーランドに倦きたからディズニーシーに行こう」ぐらいでしかない。
なのにまだ生きているのは前原さんの表情だ。大臣になってしばしば目にするようになり、そのたびに死の誘惑にストップを掛けられている。
まだ幼いひとり息子が、三十四十になっても、あの前原さんと同じようなさびしい顔をするのかと思うと死ねなくなる。

前原さんがまとっているあのさびしさ気な表情は、多感な時期に自分達を残して自分だけかってに逝った父の影響だろう。
私が気楽に「こちらに倦きたからあちらへ」をやったあと、息子がどんな人生を送るのか知らない。どんな人生を送ろうとも、いくつになろうとも、息子は自殺した父の影響で、あの「さびしげな表情」をまとう。

そう思うと、乞食になってでも生きていねばならないのでは、と思えてくる。生きていることで恥を掻き、迷惑を掛け、後々息子に「なんでてめーは生きてきたんだ。さっさと死ねばよかったのに」と蔑まれ憎まれることになろうとも、生きていれば、自殺しなければ、息子にあのさびしげな表情はまとわりつかない。私が息子にしてやれる唯一のことは、あの表情と無縁にしてやることではないのか。
前原さんのあのさびしげな表情は、死を考える私にはそれほど重い。痛切に心に染み込んでくる。
もしもこのことで生きのびたなら前原さんは命の恩人になる。私は長らえたいとは思っていないから私のことはどうでもいいが、息子にとってはあのような表情を身に着けずにすんだ恩人になる。
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 命の恩人

と書いてUPし、しばらくしてから気づいた。つまりこれは「息子がいなければ私は自殺していた」ということである。前原さんのさみしげな表情ばかり気にしていたが、「息子にあれをさせたくない」と思って思い留まったのだから、私に命の恩人がいるとすればそれは息子の存在なのだと気づいた。
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