2011年03月

大震災情報──ひさしぶりに図書館へ

大震災後、図書館はずっと閉じていた。しばらくしてやっと開くようになったが、それでも週に二日ぐらい。しかも計画停電があるので開館時間はほんのすこし。数時間だけだ。いちばん利用者の多い週末の土日も閉館。何度か行って引き返してきた。ネットで調べる開館予定や蔵書検索のサイトもすべて止まっていた。

図書館まで行き、ドアに貼られた予定表を見て開館日を確認する。水曜の午前中3時間だけとか、木曜の午後2時間だけ開館する図書館に行けるひともそうはいない。ずっとご無沙汰だった。
読まねばならない本は手元にいっぱいあったから、そのことには餓えなかったが。

今日は珍しく10時から17時まで開いていた。食品買い出しのついでに覗いて知る。ひさしぶりに寄った。それでもいつもの20時までではない。節電のため暗くなる前に閉めるようだ。



あかりはいつもの半分。うす暗い。
それでも異様に込んでいた。待ちかねていたひとも多かったのだろう。
ワンフロアに3台ある蔵書検索機は節電のため2台が休止。トイレのウォシュレットも電源コードが抜いてあった。



何日ぶりだろう。帰宅後、日記で調べてみた。最後が3月8日の火曜日。それまでは週に二三回は行っていた。大震災が11日の金曜日。それから行ってない。行っても開いてなかった。

大震災後の新聞がみな薄いのが印象的だった。特に娯楽紙であるスポーツ紙はうすっぺらだった。テーマの娯楽がみな中止なのだから当然だけれど。

雑誌類は週刊誌、隔週誌はもちろん、月刊誌も最新号はほとんどが大震災に触れていた。それを見て、もう20日経ったんだなと思う。
世界各国からの応援メッセージや、掠奪や暴行に走らない日本人讃歌、天皇陛下のビデオメッセージを起こした文を読んだりしていたら涙を抑えるのが大変だった。陛下のおことばの「雄々しく」に秘められた想いは深い。

そのビデオメッセージを適当に縮小して放送したTVの罪は重い。{Youtube}等ですべてを見られるが被災地のかたがたにそれは無理だ。陛下のおことばが被災地のお年寄りにどれほど勇気を与えることか。6分弱のそれを縮めて流したテレビ局に、そうまでして流す必要のあるその他の映像があったのか。呆れた世界である。



数多くの意見を読んだが、計画停電に対する疑問には賛成できるものが多かった。「電力節約2%にしかならない電車を止める必要はなかった」は正論だろう。こんなときだからこそ首都は経済活動に励まねばならない。なのに労働者の足を奪ってしまった。ガソリン買いパニックや主婦の買い占めも、すべてはあの「電気」から始まっている。

もっとも私は、あれは次の一撃による電車転覆を案じたのではないかと解釈している。地震慣れしている日本人なら必ずもう一発があると身がまえる。その意味では正解だった。さいわいにして次の一撃はいまのところまだないが、もしあの時期にあり、ラッシュアワーの電車が次々に転覆したらさらなる大惨事になっていた。

ここのところ計画停電が中止になっている。国民ひとりひとりに節電の感覚が行きとどき、電気が足りて、その必要がないかららしい。曾野綾子さんが掠奪や暴行がないのと同じく「こういう国民は世界を探しても日本だけだ」と書かれていた。誇らしい。



ところで、こういう場合、図書館は閉館しているのが正しいのだろうか。公的機関として率先して節電に協力しているということなのだろうが。
今後の予定を見ても、週に二三日だけ、計画停電に合わせて午前中だけ、あるいは午後だけのほんの数時間の開館のようだ。
私は、こんなときだからこそ図書館には開いていて欲しいと思う。
自分の都合ではない。私はさいわいパソコンがあるし情報はなんとでもなる。図書館がなくても平気だ。

でも必要としているひともいるのではないか。図書館が使用する電気代などパチンコ屋のそれと比べたら微々たるものだ。今の時期、家に籠もっていたら鬱々となる。そういうひとのためにも図書館は開けるべきと思うのだが。

大震災情報──ひざまづく陛下の前であぐらの若者

都内の避難所を天皇皇后両陛下が訪問してくださった。
なのに、両陛下がひざまづいて声をお掛けになっているのに、あぐらで対応している若者がいた。

新潟のときだったか、お声を掛けてくださる両陛下に、タレントに群がるように写メを撮っているのが大勢いて腹立った。

私は、両陛下はここまでしてくださらなくてもいいと思う。皇居の中で自主的に停電してくださっていると知るだけで充分だ。両陛下のお身体の方が心配である。

それこそ、こういうことは若くて体力のある皇太子御夫妻にお願いしたいのだが、あちらはまたこの種の事には興味がないようだ。

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【附記】NHKニュースで見て、怒りで頭がくらくらした。二十代の若者ふたりと記憶している。しかし一瞬の映像だったし、ネットの新聞社のニュースでは、そのことに触れたものがない。むしろ「両陛下が自分達の前から去っても正座を崩さずにおふたりを目で追っていた。涙ぐんでいるひともいた」のようにみな好意的だ。
もしかして私の勘違いかもと検索してみた。「天皇陛下 避難所訪問 あぐら」で検索するとすぐにヒットした。やはりかんちがいではなく現実だった。いまも信じがたい。多くのひとが無礼だと怒っているので安心したが、中にはよくやったとはしゃいでいるサヨクもいた。

大震災情報──むごさから目を逸らしてはならない

過日、「ツイッターバカ」について書いた。
今回の震災においてツイッターは大きく役だったが、同時に晩飯のおかずを案じるのと同じ感覚で被災地について語っているツイッターバカも目についた。
そのとき「遺体を映せ」と書いた。そうすればこういうバカもさすがに気づくだろうと。

外国のメディアはやっている。
以下はニューヨークタイムズのサイト。
下のURLにはむごい写真もある。
津波による遺体は損傷も激しく痛々しい。
大震災と正面から対峙するために、瓦礫の山だけではなく遺体にも向きあわねばならない。

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#99

大震災情報──「泥酔論説委員の日経の読み方」から山内教授の適確な指摘

「さるさる日記」に「泥酔論説委員の日経の読み方」というのがあります。勉強になるので愛読しています。

http://www3.diary.ne.jp/user/329372/

 その泥酔さん(ご本人も自分のことを「泥酔」と称します)が日経紙に載った山内昌之東京大学教授の首相を批判した文章が当を得ていたと引用していました。私もよくぞ指摘してくれたと孫引きさせていただきます。



「最高指導者は指揮所からみだりに動くべきでなく、たとえ善意の督励であっても現場に出かけるには時機を見計らい慎重でなければならない」


「人びとは、メディアを通して首相の言葉や振る舞いをいつも注視しており、喜怒哀楽の過剰な露出は国民をいたずらに不安にするものなのだ」

「菅首相に問われるのは、政策的総合力と全体的判断力であり、いかに重要であっても個別の事象にのめりこんで他の重要な課題を忘れてはならない」


「この期に及んで市民運動家めいた細々としたパフォーマンスは必要ないのだ」


「必要なのは決断と責任である」


「真の政治主導とは、責任は大臣に、賞賛は現場に、であろう」


「国家の危機を救うために命がけの自衛隊・消防・警察の隊員に加え、危険な現場で不眠不休の作業にあたる東電と関連企業や日立製作所・東芝などの勇敢な職員の成功を祈りながら、菅首相は最終的に政治責任をとる覚悟さえもてばよいのだ」


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 カンナオトという市民運動出身の政治屋は、カイワレをむしゃむしゃ食うパフォーマンス程度の男でした。それはわかっていたけれど(わかってないひともいたようですが)、それをこの非常時にもやられたのではたまりません。東電に乗りこんだり、福島に行こうとしたり、演説中に涙ぐんだり、愚者としか言いようがありません。


 この時期には喜怒哀楽を抑えることが為政者としての務めなのに、それを出すことが受けるのではという勘違い感覚にはうんざりします。まるで落ち目の芸能人の復活パフォーマンスです。引用した文章は、それらすべてを短く適確に指摘しています。

大震災話──連続する微震

一日に何十回も微震を感じる。
といって部屋中が揺れるようなものではない。壁がみしみし言うようなのは日に一、二回だ。
問題はその他の何十回もあるかすかな揺れである。
私の勘違いかも知れない。
地震を恐怖するあまり、そうなってしまう病気があることを知っている。それだったら、それはそれで怖い。

重めのネジを糸で吊し、ガムテープで止めて、パソコン用ディスプレイからぶら下げてみた。フルタワーケース用のネジがちょうどよかった。

すると私が「ん? 地震か!?」と思うときは、たしかにそれも揺れていた。どうやらそういう精神障害ではなく、アパート三階の部屋がほんのすこし揺れる程度の微震が一日に何度となくあるようだ。

これからどうなるのだろう。

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四年に一度の地方首長選が始まった。
いつもは興味津々なのだが今年はとてもそんな気になれない。
非常事態宣言を発して延期すればいい。いまはそんなときではないだろう。

本来なら失政続きでこの春には引きずり下ろされていたはずのカンナオトは、一日でも長くやりたい総理大臣を、この未曽有の災害を背景に、まだ続けられそうだ。うれしくてたまらないだろう。

内閣支持率が上がったのは決してほんとうに支持したからではない。
非常時に、しっかりしてくれというせつないエールなのだ。
あいつらに通じるとは思えないが。

大震災情報──世界が絶讃する日本



 これは韓国のメディア。原発作業員の勇気を絶讃し敬意を表している。これと下の『AERA』の写真とコピーを比べて欲しい。いかにアサヒシンブンというのが最低であることか。

http://koko-hen.jp/


 日本人であることが誇らしく、大震災に負けずにがんばろうと思える記事が集められています。

大震災情報──茨城のモラル

割り込み、暴言、違法駐車 給油行列、モラルも枯渇
県内スタンド対応に苦慮 店員「みんな助け合って」

 給油を求めガソリンスタンドに行列が続く中、トラブルも多発している。交差点の多い場所では列の切れ目からの割り込みが絶えず、客同士のけんかや誘導する従業員への暴言は日常茶飯事。
割り込みを注意して暴行を受けるといったトラブルもあり「開店するのが怖い」と話す店舗も。
休日返上で働く従業員らはこうした“マナー違反”への対応に苦慮している。

「このままではストレスで胃に穴が開く」。水戸市内のガソリンスタンドで働く男性従業員(38)は苦笑いする。店舗では、列の途中と最後尾に従業員を配置、細かい誘導や案内をしている。
「もうきょうは在庫がありません」と説明し、行列をしないよう客に求めても「まだあるだろう」と譲らないケースなど、多い時には1日で数十件のトラブルが起こるという。

http://www.ibaraki-np.co.jp/news/news.php?f_jun=13007182080102


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 私は父方母方ずっと茨城の(なんの自慢にもならん)純血茨城県人なのだが、南限北限のぶつかる豊かな大地は誇りつつも、こどものころからどうにもこの地が好きになれなかった。モラルの低さである。

 その想いは成人し日本中を旅行するようになってますます強くなった。そして思うのは、ホームページにも何度も書いているのだが、東北のひとのやさしさだった。
 厳しい冬を知っている東北のひとは春のありがたさを知っている。どの町を訪ねても、街角の共同花壇で、草花をいつくしみ、いとしんで育てていた。開花はよろこびの春の訪れだった。
 一方、自然に恵まれた茨城のひとは、そのありがたさを感じていない。花なんてのはその辺にかってに咲くものだと思っている。みんなで面倒を見るはずの街角の花壇は誰も手を出さず荒れはてている。昼日中から通いつめるのはパチンコ屋だ。

 父母の死後、相続した土地をみな手放し、完全に縁を切った地とはいえ18まで育ったことは否定できない。私の中に流れている血は100%茨城だ。こんなニュースを読むと、さもあらんと思いつつ赤面する。

大震災情報──『AERA』の表紙

アエラが謝罪 表紙の防毒マスクに「放射能がくる」 風評被害助長批判に


 福島第1原発の事故をイメージした19日発売の「朝日新聞WEEKLY AERA」(朝日新聞出版発行)の表紙に対し、「風評被害を助長する」などと批判が高まり、同誌は20日、短文投稿サイト「ツイッター」で「ご不快な思いをされた方には心よりお詫び申し上げます」と謝罪した。


 表紙は防毒マスクをつけた人物の顔のアップに、赤い文字の見出し「放射能がくる」を重ねたもの。このデザインに対し発売後、ネット上で「恐怖心をあおってどうするのか」「インパクトばかり求めている」などと非難が相次いだ。(産經新聞)






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 いかにもアサヒシンブンらしい無神経さだ。

 民衆の恐怖を煽ってどうするのだ。最前線で放射能と戦っているひとの気持ちをかんがえろ。このガスマスクをアップの表紙にする感覚。編輯者はしたり顔なのだろう。腹がたつ。



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【附記】 野田秀樹が連載コラムを打ち切り



野田秀樹氏がアエラ連載自主打ち切り

 演出家野田秀樹氏(55)が、週刊誌「アエラ」(朝日新聞出版)で08年8月から掲載している連載「ひつまぶし」を、今日28日発売の同誌(4月4日号)を最後に終了することが27日、分かった。19日発売の「放射能がくる」と題した表紙に「がくぜんとした」とし、「あおるような次元のこととは違う」と、今日発売の同誌に終了理由を記している。この日は関係者を通じ「報道の在り方に疑問を感じた」とも語った。

 表紙には防毒マスクのようなものをかぶった人物の写真も掲載されていた。野田氏は「放射能が来てほしいのですか。来た時に、ほらオレの言った通りだろうと言いたいのでしょうか」と批判。人々をあおる雑誌と思わなかったとした。

(3月28日 ニッカンスポーツ)

大震災情報──中国で塩の値段高騰

【3月19日 AFP】中国で、福島第1原子力発電所から漏れた放射能による被ばくを防ぐにはヨウ素が有効との風評が広がり、人びとが食塩の買いだめに走っている。ヨウ素欠乏症を防止する国家政策により、中国では、ほとんどの食塩にヨウ素が添加されているからだ。

 仏小売大手カルフール(Carrefour)の上海(Shanghai)店舗では17日、開店から30分で塩が売り切れた。同店を訪れた客の話では、塩の価格を6倍につりあげた店もあるという。

 南部・広州(Guangzhou)のスーパーでも、塩の需要が急増したため、1人当たり2袋までの購入制限を設けた。

 海を隔てた隣国の日本で起きた原発事故が、中国で人体に影響することはないと中国政府は強調しているが、放射能汚染に対する国民の不安はおさまっていない。ヨウ素添加塩を摂取することで、少しでも放射能被害を食い止めようと必死だ。(afp bbニュース)


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 この話はニュースになる前から妻の電話で知っていた。いきなり塩の値段が10倍になったと。雲南の山奥である。何事が起きたのかと苦笑した。そのときはまさか日本の原発と関係があるとは思いもしなかった。

 なんともかなしくなる話である。

大震災情報──牛乳が消えた

スーパーから牛乳が消えた。いやはや。

テレビのニュースで牛乳が不足とやっていた。
牛乳そのものの生産は問題ないのだが紙パック等の生産に支障があるのだとか。

そのあとスーパーに行くと見事になくなっていた。牛乳の棚が空っぽなのは初めて見た。
なくなると聞いてふだんは牛乳を飲まないひとまで買いに走ったのだろう。
風評に踊らされる心理だ。

ミネラルウォーターの棚も空になっていた。

それに、これは重要なことだが、確実に物の値段が上がり始めている。

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誰もがこんなことで日本人はつぶれない。必ず立ち上がると信じている。
だが同時に、このままではすまず、もう一撃、あるいは二撃あるのではと予測している。
そのための準備だ。買い占めに走る人の気持ちは、それはそれでわかる。
私はしない。痩せ我慢でしない。それを被災地への心とする。

海外放浪していたひとが書いていた。
「トイレットペーパーがなくなっても平気になりました」
あんなものなくてもなんてことはない。

「買い占めたひとが正解だった」という結末にならないよう願う。

大震災──内田裕也のパワー・トゥ・ザ・ピープル

内田裕也ら渋谷で義援金呼びかけ練り歩き

ロック歌手内田裕也12 件(71)が19日、ジョー山中、近田春夫、白竜ら約20人とともに東京・渋谷で、東日本大震災への義援金を呼びかけた。内田は「日本全体から元気がなくなっている。直接呼びかけて、行動をみんなと共有したかった」。「HELP」の横断幕を掲げ、ジョン・レノンの楽曲「パワー・トゥ・ザ・ピープル」を歌い、渋谷駅ハチ公前からC.C.Lemonホールまで約1時間かけ練り歩いた。


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「パワー・トゥ・ザ・ピープル」の歌詞内容は、虐げられている労働者階級に革命をけしかけるもの。またオノ・ヨーコの影響でフェミニズムも含まれている。一見そのタイトルから、被災地の人びとを励ますのに適切なようだがかなりの見当ちがい。リビアの人びとに送るならいいが被災地のひとには的外れ。ふさわしい名曲はいくらでもあるのに……。
内田裕也のズレ具合がよくわかる。まあ蓮舫に花束を贈るひとのセンスはこんなもの。

大震災──ツイッターバカ

関西に住む知人のツイッター。いま失業保険で暮らしている。一日中ツイッター三昧。

朝、いつもの仲間に「おはようございます」と語り掛けることから始まる。「ここのところ寝坊ばっかり」なのだとか。

昼からカンチューハイを飲みつつ、あれやこれやに口を出す。

夕暮れには「今晩の献立です」という仲間のつぶやきに、「××がおいしそうですね」と書きこむ。「ぼくもスーパーでそれを買ってこようかな」と。

それはそれでいい。ほのぼのとしたそういう世界と言える。



だがその合間に大震災のことが語られるのがたまらない。
政府を批判し、原発を憂い、被災者を案じる。
それは「寝坊」や「晩ごはんのおかず」の話題と並列に語られている。

彼にとって大震災は、テレビドラマ「24」を見ている感覚なのだろう。

ツイッターは被災者にとって大きく役だった面もある。
一方でこういうツイッターバカが何十万だか何百万だかいるのもたしかだ。

テレビは遺体を映すべきだ。
100人が、千人が死んでいる現場が、いかに悲惨であることか。
それを一目すればこんなツイッターバカは消える。

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辰巳琢郎さんのブログ。ぜひ御一読を。

http://ameblo.jp/tatsumitakuro/entry-10831822328.html

大震災情報──友の明暗

仙台の友人と連絡が取れた。
一週間電気のない闇の中にいたそうだが元気な声だった。
無理をしての元気だろうが、その気持ちを酌んですなおに元気と表現する。

福島の友人は連絡が取れないまま。
ほぼ壊滅地域だけに、家族全員最悪の覚悟もせねばなるまい。
いやほんとはもうせねばならないのだ。でもまだ思いきれない。
また希望を捨てきれない。生きていてくれ。



12時から16時まで計画停電。
信号のない街を知人のクルマで走る。

停電なのでガソリンスタンドも閉店。
長い長い列もない。

クルマはほとんど走っていない。
交叉点でも互いに譲りあう。
日本人の美しさ。

と思ったら事故を見かける。
なんでこんな場所で……。
そういえばここは、自転車で走っているといつも危ない目に遭う場所だ。マナーの悪い運転手が多い。
まだ救急車も来ない時点。
近所のひとが出て助けあっていた。
さいわいケガはたいしたことないようだ。



友が波にさらわれるとき、なにも出来なかった無力感にうちひしがれる。
だけど、なにもできやしない。自然のあの脅威の前に、ひとは無力だ。

大震災情報──ガソリン泥棒

埼玉県の学校10校で、防災倉庫から発電機やガソリン缶ばかりが盗まれる事件が相次ぎました。

 上尾市の瓦葺中学校では、16日夕方から17日朝にかけて防災倉庫の鍵が壊され、保管してあった発電機1台が盗まれました。また、隣のさいたま市見沼区の見沼小学校では、ガソリン缶8缶や工具セットなどが盗まれました。見沼区や上尾市などでは、このほかにも小中高校8校で、発電機やガソリン缶ばかりが盗まれる被害が相次いでいます。いずれも、16日夕方から17日朝にかけて起きていることなどから、警察は、同一犯の疑いもあるとみて捜査しています。テレ朝ニュースより


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 とうとうこういうカスが出始めた。自分さえ良ければ、というやつだ。
 それはしかたない。みんないいひとなんて幻想だから。
 願わくば同一犯で、カスはこいつひとりであって欲しい。

 こういうのが生き残る世であってはならない。
 天網恢々疎にして洩らさず。いずれ天罰が下る。

大震災情報──冷凍食品不人気

今日の停電は15時から19時。
20時にちかくのスーパーへダメモトで出かけると開いていた。
その間、休んで、19時から再開店したらしい。ありがたい。

当然欲しい食品はみな売りきれだった。それは15時前に勝負がついたのだろう。
残っていた切り餅を2パック買うことが出来た。それと焼きのり。
これがあれば当座は凌げる。

でもこれはもち米粉で作った安物。もち米100%の本物とはぜんぜん味が違う。以前買ってまずさに閉口した。二度と買うまいと思ったほどだ。だから売れのこっていたのだろう。それでも棚の奧に隠れるように2パックあっただけ。いまはこれがあるだけでもありがたい。誰か同じ餅好きが来たときのために1パックだけ買った。

一日2回の計画停電が始まって冷凍食品は不人気になった。
一時は棚が空になっていたのに今日は売れのこっている。
停電で冷蔵庫が止まり溶けてしまうからだろう。一度溶けた冷凍食品は不味くなる。
代わりにカップラーメンの棚が完全に空になっていた。これは元々人気商品だが冷凍食品の不人気によりよけいに人気が出たようだ。同じく、うどん、蕎麦、スパゲティの乾麺が人気になり棚が空になっていた。
停電で冷蔵庫が頼りにならないということから、お湯だけで調理できる物に人気が出たようだ。

オール電化の家って、こんなとき悔やんでいるだろう。
私もカセット式ガスコンロがあることが頼もしい。これで餅を焼けば一日中停電になってもなんとかなる。とはいえボンベはいま入っている1本のみ。思うことはみな同じでどこにもない。買い溜めも買い占めもする気はないが、このボンベだけはなんとか3本ぐらい入手しておきたい。米はあるから鍋で炊いて乗りきれる。

三寒四温と呼ばれる天候が不安定な時期だが、それにしても昨日と今日の風の寒さは異常だ。神様は意地悪をしているのか。

東北は雪が舞っている。
瓦礫のしたに埋まっているかたと家族の対面が叶いますように。
埋まったままでは天国へも行けまい。
かなしくて食が進まない。食料が乏しいからちょうどいいか。


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【附記】──冷凍食品人気復活(3/25日)

計画停電の3時間というのは冷凍食品が溶けずに保つ時間を計算しているのだとか。
そのこともあってか再び冷凍食品が売れだした。棚はカラッポだ。
冷蔵庫がなんとかなるのなら冷凍食品は便利だ。
とはいえ夏に計画停電が実施されたら保つまい。
やはり乾麺が便利か。

大震災情報──計画停電の夜

北風が吹き荒ぶおそろしく寒い日だった。
うなりをあげて吹く風の様子が怖ろしく、おどろおどろしい。
これだけ風が強ければ雲が吹き飛び空は晴れるはずなのだがどす黒い。そのあと、雹のような氷粒が舞った。

ガソリンを求めて並ぶ長蛇の列。
食品のないスーパー、コンピニ。

18時から22時まで停電。
そのまえにインスタントラーメンを食った。
半年前に買ってあったもの。一日一食。
といって友人は案じてくれなくていい。
被災地を思う心情はひとそれぞれ。
私は粗食と節電をそれとしている。
今夜は冷えこみ暖房がないと寒いが被災地のひとを思えばなんのこれしき。

掠奪や暴動が起きないことは日本人として誇らしい。
しかし東京都民のこの買い溜め買い占めは……。

19時に外を見ると真っ暗だった。
初めて見る景色になる。

22時に通電したが、そのまま横になっていた。
午前3時起床。
寒さで何度か目が覚めた。
真冬でも暖房なしで12度ある部屋なのに8度。
いままででいちばん寒い。

余震がないのでひさしぶりに眠れた。
いやあったのかも知れない。ただ激しい揺れに跳びおきる昨日のようなのはなかった。
ここのところ睡眠が3時間程度なので起きるのが辛かった。今日はスッキリの目覚め。寒さを感じる感覚といい睡眠に対する反応といい躰は正直なものだ。

被災したみなさんの苦労を思うと安らげない。

大震災情報──競馬中止・王将戦開催・相撲神事・サンドウィッチマンの発言

12日、13日の競馬は中止になった。その分の代替開催日程案が発表になる。あくまでも予定だ。
こういう時期に何が競馬だという意見はあろう。
競馬は一年を基本にループを繰り返す川のようなものだから、一度流れを止めると何もかもが狂ってしまう。是正に、より苦労することになる。とにかく流さねばならない。競馬会としては批判を覚悟で実施したいのだろう。
何もかも自粛するより、こういう時だからこそ開催して、売りあげから義捐金を送った方が経済の活性化にも役立つという意見もある。
その種の意見を展開している競馬評論家はそれなりにえらいと思う。私は競馬のことなど考える気にもなれない。



将棋の王将戦第6局は14日、15日に予定通り行われた。場所は升田事件で有名な神奈川県の老舗旅館陣屋である。
将棋界は7つのタイトル戦が一年間のスケジュールで動いている。三月は年度末でもありぜひとも開催したかったろう。が、こういう非常時だ。その気になれば自粛することは簡単だった。競馬ほど多くの人間が関わっているわけでもない。私は延期かと思っていた。
主催の毎日新聞社と日本将棋連盟はあえて開催に踏みきった。悩んだ末の決断だったろう。自粛の方が容易だった。対局前に大震災で亡くなったかたへの黙祷があった。

阪神淡路大震災のとき、神戸で被災した谷川が苦労して上京し、対局したことがひとつの勇気となった。
開催決断の根拠にはこのときのことがあったかもしれない。

さいわい私はまだインターネット中継で観戦できる立場にある。久保王将と挑戦者豊島六段の将棋を堪能したが、余震があり、放射能拡散のニュースがあり、いつものようには楽しめなかった。



故郷宮城で被災し、間一髪のところで助かった漫才師サンドウィッチマンのインタビュウが流れていた。テロップがサンドイッチマンとなっているのがテレビ局の混乱を表している。
伊達は「こんなときにお笑いのできることなんてすこししかないですし」と神妙に語っていた。本音は「こんなときにお笑いはなにもできません」だったろう。彼らの十八番である「宅配ピザ」も、宅配ピザ業者、それを受けとる家庭が存在していて笑える話だ。いまみなそれがない。家が損壊し家族が行方不明の状況でお笑いは無力だ。冷静に自分達の立場を表現した伊達の発言に好感を持った。これがなんでもかんでも前進の猪木だとプロレス開催をして東北のひとを元気づけようになってしまう。



13日の日曜は本来なら大相撲春場所の初日だった。相撲界はいま八百長騒動で先の見えない闇の中にいる。
元力士が「相撲は神事だ。相撲を開催しないからこんなことが起きる」とブログに書き、非難されて謝罪した。
軽率な発言だが相撲には被災者の力になりうるものがあったようにも思う。青森出身の高見盛や安美錦、若の里らの熱戦は、東北の被災者に元気をあたえたのではないか。



昨日はたいへんな混雑で入ることも出来なかったスーパーが今日はがらがら。今日はゆっくり買い物が出来るのかと入ったら品物がない。がらがらのはずだ。棚という棚から食物が消えている。何も買えずに出た。明日の食糧がない。しかしたいしたことではない。一日二日食わずとも平気だ。被災地のひとの辛苦を思えばこれぐらいがなんだ。むしろ私は買い溜めに走らなかった自分を誇りたい。

ガソリンスタンドに長い列。朝の開店前にも見かけたが、日暮れの夕刻時にもまだ長い列だった。



午後10時半、棚からものが転げ落ちる大きな地震があった。震源地は静岡。
何十年も前から必ず来ると言われている大本命、東海沖大地震がついにやってきたのか。いまこれが来たら日本は亡ぶ。

大震災情報──震源地は東京湾

地震でとびおきた。
4時59分。
テレビを点ける。
震源地は東京湾とか。
いよいよ関東だ。
6時から停電になる。

大震災情報──蓮舫と辻元

東日本大震災:蓮舫氏を節電啓発等担当相、辻元氏をボランティア担当補佐官に

 枝野幸男官房長官は13日夕の記者会見で、東日本大震災で電力不足が大きな問題になるとして蓮舫行政刷新担当相を節電啓発等担当相に任命することを明らかにした。また、辻元清美衆院議員を災害ボランティア担当の首相補佐官に任命することも発表した。2011年3月13日 毎日JP


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この大事に時に蓮舫と辻元……。

辻元は阪神淡路大震災の時に、被災地に駆けつけ、「自衛隊は違憲だから、自衛隊からの食糧を受けとってはいけない」というビラを被災者に配りまくった。それを「ボランティアの実績」というのか。こんな気違いをこの国難時に担当補佐官にするカンナオトの感覚。

大震災情報──JRと東電

どの路線の電車が止まるのか、なぜ朝方直前まで発表がないのか不可解だった。

いま見たNHKニュースによると、「JRは電車を走らせる電力はほとんど自分のところでもっている」「しかし信号機などの一部電源を東電から受けている」「東電の計画停電が流動的なので、どの信号が東電から電力供給されているかの確認に手間取った」

ということらしい。それに3時間かかり、やっと明け方の発表になったのだとか。電車もまた東電にふりまわされたのだ。

JRが信号機関係の電力も自分のところでもっていたら問題は起きていなかったことになる。すくなくとも運行か休止かはスッキリ発表できたろう。今後のためにもそうすべきだ。それがどれほどむずかしいのかは知らないけれど。

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父親が東電に勤めているという娘さんが、東電のすばらしさを訴え、「世界一の電力会社に御理解を!」とツイッターしていた。大好きな父の会社が謗りを受けることが悔しいらしい。でもどうにも賛同できない。

私の住む地域は明日6時から停電のようだ。防災のスピーカーから流れてきた。覚悟して準備しよう。

東京都知事選──松沢出馬辞退

神奈川県の松沢成文知事は14日、記者会見し、出馬表明していた東京都知事選(4月10日投開票)に一転、立候補しないことを表明した。(2011年3月14日18時24分
読売新聞)




首都圏連合の石原都知事、埼玉県の上田知事も同席しての会見だった。石原氏のそれを「いつもの後出しジャンケン」とする向きもあるが今回はちがうだろう。松沢氏に後を任すはずだった。ところがあまりの不人気にこれでは蓮舫あたりが出て来たら民主党にやられると方針を変えたのだ。

表向きは、「上田知事に説得され松沢氏は出馬を断念した」ということになっている。石原さんが勝って副知事に松沢さんを起用する。それでいいだろう。私は松沢さんに早く出馬辞退して欲しいと願っていた。ふたりが闘うことに意味はない。

「また石原が都知事になるなら住みなれた東京から引っ越す」と言った人がいる。そろそろ引っ越しの準備を始めるか。

今日出馬表明するはずだった東国原氏はまたも曖昧にしてごまかした。現職が出て来たら勝てないから方向転換か。

ひがしの得票能力は80万が限度と言われている。混戦になれば勝てるが100万以上取るひとが出て来たら勝てない。これは舛添なんかも同じ。

今年は全国で多くの首長選がある。

大震災の爪跡が残り盛りあがらない。

明日が見えないのに選挙どころではない。

名古屋では「減税日本」が大勝。万歳する河村市長の姿がはるか遠い国の出来事のように見えた。

大震災──スーパー、コンビニ混雑──東電の無計画停電

朝、電車が止まっているので道路にクルマが溢れている。こんな渋滞初めて見た。まったく動かない。

ガソリンスタンドに50台ものクルマが並んでいる。まだ開店前だ。その数は次第に増えて行き昼前には数キロにも及んだ。タンクが空になった店から、まだある店へと移ってくる。ガソリンを入れて都心に向かうというより、万が一のために満タンにしておくのだろう。果たしてあれで足りたのか……。

昼前、スーパーに行くとかつて見たことのないひとで混雑していた。駐車場が満車なのはもちろんだが夥しい数の自転車が車道にまで並んでいる。この地域にこんなにひとがいたのかと驚く。どんな催し物ではこんな人出はない。

店内はレジに並ぶひとで身動きが出来ないほど。ひとつのレジに100人以上が並んでいる。食品はほとんど売りきれ状態。あきらめて外に出た。

通りかかったドラッグストアも同じ状態。トイレットペーパーを抱えた主婦で大混雑。

離れた<ローソンストア100>まで行って買い物をする。ここも未体験の混雑で、レジには、ざっと数えて50人ほどが並んでいた。最後尾は店の外だ。みなとにかく食品を買い溜めしている。私もすこしだけ買わねばならない。こんなに並んで買い物をしたのは初体験だ。

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この地区の昼から3時間の停電は解除されたようだ。しかし東京電力のやりかたはあまりにお粗末。どこが停電になるのか朝までわからない。中止になったこともわからない。それを教えてくれたのはすべてラジオ。

いま茨城県と静岡県が停電になっているが、それも直前になっての発表だった。自然災害ではなく、自分達が配電のスイッチを切るのだから、どこを何時からかもっと明確に出来るだろう。東京電力という会社が独占状態に胡座を掻いたいかにひどい会社なのかを知る。フジテレビの木村太郎キャスターが怒りを露わにしていたが、東電のやりかたはもっともっと非難されるべきだ。

こんなときだからこそきちんとすべしだ。なんとも呆れた会社だ。こんな状態が四月まで続くのか……。

次の一撃は関東に来るとの情報が流れている。在東京の外国人大使館員等はみな西へ避難を始めたとか。この地で死ぬ覚悟は出来ている。

大震災──友のありがたさ

神戸や名古屋の友人が案じるメールをくれた。
友の情が身に染みる。

朝、ちかくのコンビニに行くとパン類がひとつもなくなっていた。

被災地の苦労を思えば二三日の絶食なんてたいしたことはない。
それでも水だけは汲み置きしておこうか。

大震災情報──電車が止まった!

計画停電のため電車が止まった。
首都圏が身動きできなくなっている。

国鉄のスト以来だ。
あれは悪質な人災だった。これとはちがう。

途中まで来て動けなくなったひとたちがタクシーを待っている。
私の住む町の電車も止まり、どこへも行けなくなった。
このあと生活の電気も止まるのか。

未曽有の危機の中にいることを実感する。

大震災──田老町の努力を無駄にした大津波

速報形式の大震災ニュースも一息ついたのか、NHK総合が過去のビデオを素材にした番組を流していた。
岩手県の田老町(たろうちょう)の話は衝撃的であり残念で悔しく思った。

Wikipediaからの引用。田老町は《リアス式海岸の湾の奥に位置し、幾度も津波の被害を受けているため、総延長2.5kmにも及ぶ高さ10mの防潮堤を建設するなど、津波に対して強い街づくりを進めている》。

明治時代の大津波で村民が全滅した過去をもつ田老町は、現在の金額に換算して30億円にもなる工費を掛けて高さ10メートルの防潮堤を作った。世界に類がないという。

この備えが今回役だったらどんなにうれしいことだろう。備えあれば憂いなしの手本になった。だが千年に一度と言われる大地震が起こした津波は楽々とその防潮堤を越えてきた。

10メートルの防潮堤を築きあげたとき、それは「まさかのときのため」のものであり、その「まさか」はいつ来るか判らないし、来なければ無用の長物だし、世間の目は決して好意的なものだけではなかったろう。転ばぬ先の杖だが、それは異様に大きく頑丈な杖なのだ。
今回NHKは震災前の防潮堤の映像を持っていた。それは「こういう備えをしている地域もあります」という紹介用だったろう。そのときは、これほどの重装備は必要なのかという視点もあったにちがいない。
それらもすべて受けいれて、この建設に踏みきった人びとは、「いざというときには役立つ」と期していた。

それを悪魔の大津波は凌駕した。世界一の10メートルの防潮堤を乗りこえ町を呑みこんだ。
ならどうすればいい。次は海が見えないほどの目隠しのような20メートル、30メートルのものを作れと言うのか。私のようななにも備えずその日を生きている者は有事の際には死ねばいい。なにも備えていないのだから自業自得だ。
しかしそれを想定し、乏しかったであろう財源から捻出し、慎重すぎるほどのものを用意しておいたのに、それでも自然の脅威の前に無力だったひとびとは無念であろう。

自然が人間を嗤っているように感じる。
だが愚かな人間ではあるが支えあう心もある。

日本は他国の災害に精一杯の援護をしてきた。
いま多くの国が日本を救えと声をあげてくれている。
自然の前に人間はちいさなものだ。
でも捨てたもんじゃないと思えるのが希望だ。

【参考】──田老町の悲劇

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真っ先に義捐の声をあげてくれた台湾のような友人もいれば、こういう声名もある。

【カブールAFP=時事】アフガニスタン南部カンダハルのグラム・ハイダル・ハミディ市長は12日、声明を出し、東日本大震災の被災者に義援金5万ドル(約400万円)を送ると表明した。
カンダハル州は反政府勢力タリバンとの激戦が続く地域だが、アフガン復興を支援してきた日本に対し「市民を代表して地震と津波の被災者を支援したい」と声明は述べている。

時事通信(2011/03/12-23:59)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011031200714


内戦で殺戮が続き、自分のところがたいへんなのに、こちらを案じてくれる心。その義侠心に感謝する。金額もあちらの事情からしたらたいへんなものだ。

韓国とシンガポールから救助犬チーム来日
 東日本大震災の被災地で救援活動に当たるため、韓国とシンガポールの救助犬チームが12日、羽田空港と成田空港に相次いで到着した。在日米軍を除けば初の外国からの救援で、日本側と派遣先を調整している。


そう、宮城沖には米軍が駆けつけてくれた。
困ったときはひとのあたたかさが判る。絶望せず頑張ろう。

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【豆知識】
「ぎえん」は「義捐」と書くのが正しい。戦後、当用漢字(当面用いるがそのうち全廃する予定の漢字という旧時代のモノの意)が「捐」の字を使えなくしたので同じ音の「援」の字を当てた。意味の通らない当て字である。今はパソコンでも出るようになったのだから「ぎえん」は「義捐」と書いて欲しい。

大震災──スーパーの売りきれ品

19時半、ちかくのスーパーに買い物に行ったらパンがみな売りきれだった。
冷凍食品もほとんどなかった。

昨日の朝、コンビニで菓子パンを買おうと思ったら3段の棚に5個しかない。
大震災の影響でまだ入荷していないのだとか。

スーパーのパンにもその可能性はあるが、ここはすなおに「買い溜め」と解釈していいのだろう。
いつも棚一杯の冷凍食品がほとんどなくなっていたのだから。

毎日その日分の買い物をしている。たくわえが何もない。
いざというときのために準備しておくべきなのだろう。
いまそういう状態になったら、私には明日の飲物も食物もない。
「チャンポン」や「あんかけラーメン」とか、気に入っている冷凍食品がいくつかあるが、ライフラインが止まったら調理できない。
いやいざとなったら溶けただけの冷凍食品でも充分にご馳走になるが。

今日も余震があった。
被災者の救出が最重要課題だが、次の一撃にも備えねばならない。

大震災情報──鹿行大橋崩落



 茨城県の湖といえば琵琶湖に次いで日本全国二番目に大きい霞ヶ浦になる。その東に霞ヶ浦よりはだいぶマイナーだが北浦という湖がある。私の故郷だ。湖越しに対岸が見えて湖というより太めの川のような、やたら細長い湖である。航路の時代、江戸時代にはここから利根川、荒川とたどって船で醤油や味噌を出荷していたという。戦前まで蒸気船が通っていたと父から話を聞いた。バスである。



 私たち地元民は霞ヶ浦を西浦と呼ぶ。北浦の民から見たら西浦なのだ。「かすみがうら」って長ったらしい名は趣深いが実用的ではない。大きくは霞ケ浦の西浦と北浦か。テレビでも「霞ケ浦のろっこう大橋が崩落した」と報じているところもあった。(トピックに強いGoogle-IMEはすぐに変換するがATOKはろっこうを変換できない。)

 近年ちかくの町村は合併して「かすみがうら市」になってしまった。かっこわるい。でも私の故郷北浦町(いまは行方市)も、もともとはみっつの村が合併してそう名乗ったのだった。「かすみがうら市」の先輩なのである。南アルプス市よりはいいか。

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 北浦には橋がなかった。いちばん川幅の細い女性のウエストのような部分に渡し船があった。対岸は大洋村。いまは鉾田市になっている。競馬の「ビッグレッドファーム鉾田」という岡田繁幸さんの牧場が近年出来たが、あれは正確には鉾田ではなくむかしの大洋村である。

 渡し船といってもちいさなもので、ひとがメイン。なんとか自転車まで。長年、北浦村と大洋村のひとびとにとって「橋」は夢だった。

 昭和43年、それがやっと出来た。ついに夢が実現した。そのとき私の伯父が村長だった。得意満面の開通式、渡り初めは今でも憶えている。「鹿行大橋」の鹿行(ろっこう)とは鹿島郡と行方(なめかた)郡から来ている。橋が出来て渡し舟は廃された。あれに乗ったことがあるのは私ぐらいが最年少だろう。「ろっこう」はこどものころから馴染んできたことばだがATOKが変換できないほどマイナーなのだと知る。

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 その「夢の橋」が無残に折れている。ヘリコプターからの映像を見た。
 当時は夢の大橋であったのだが、時が過ぎればチャチなものとなる。大型車は通れないし、やがて下流に本当に立派なのができてみなそちらを利用するようになった。近年は夏場に埼玉や栃木からの海水浴客が抜け道として使って混み合う程度の橋になっていた。夏場のごく一部だけ交通誘導員が立った。擦れちがえないから。
 でも当時はほんとうに夢の橋であり十分に立派なものだった。モータリーゼーションの発達が予想以上だったのである。

 私にとっては、今はもう無縁となった故郷とはいえ、6年前までは毎日のように老父母を載せて医者に通った思い出深い橋だ。何千回渡ったことか。
 途中から折れて消えている橋を、複雑な思いで見た。

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【附記】私の知っている頻繁に利用していたのは写真に二本ある内の黒っぽい上の方。これが昭和43年に出来た。私が茨城にいた2004年ころから下のより幅のある白っぽい物に架け替え工事をしていた。でも写真を見ると新橋は完成していないようだ。私が故郷を離れて6年になるのに、予算不足でまだ完成していないのであろうか。そのころと完成度合いが同じだ。ほとんど休止状態だったのだろう。

 Wikipediaで調べると、新橋はまだ工事中だったとある。新橋が切れているのは崩落ではなく単なる未完成だ。いくらなんでもこの程度の橋の工事にそんなに時間がかかるはずもない。不況に依る延期なのだろう。


【附記・2】ニュースを見ていたら「北浦に架かる5本の橋梁のうち最北の橋」とあった。今は全部で5本もあるのか。最初がこれである。今は川幅(湖幅幅?)のひろいところに二車線の立派なものがあるが、むかしは一番狭い箇所のここにやっとだった。

【附記・3】同じくネットに「この橋は2008年に完成予定でしたが 行方市側の土地の買収問題で工事が中断されてました。早く新鹿行大橋を造ら なければならないのに昨年と工事があまり進んでいないように思えます」とあった。そういえば亡父に行方市側(北浦町)の橋梁が造られるところにあるKさんが移転を拒んで揉めていると聞いた憶えがある。よって上記「予算不足」「不況に拠る延期」は誤りになります。

大震災情報──気象庁のいばらぎけん

kotoba.gifこんなたいへんなときにくだらんことを書く非礼を最初にお詫びしておきます。

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 テレビを点けたままパソコンに向かっていたら「いばらけん」という発音が聞こえてくる。大阪の方のひとはみなそう発音するので、誰か関西系の地震学者が意見を述べているのかと思った。テレビの前に往く。

 ところがそれは気象庁のえらいひと(えらいひとかどうか知らないけど、代表して発表するのだから地位のあるひとなのだろう)が、マグニチュード8.8を9.0に「上方修正」する記者会見だった。

 上方修正ということばもGDPや営業利益ならいいがマグニチュードじゃつらくなる。

 大好きなたかじんなんかもみな「いばら」だし、それはそれでもうどうでもいいやと思っている。たぶんいばらは茨木市であり茨城県はいばらなのだろう。でも気象庁のえらいひとはまずいのではないか。だって地名を正確に言うのは仕事のひとつだろうから。

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【追記】──「鑑定団」が終ったあとに出てきて地震のプレートについて説明しているテレ東のひとは、きれいに「いばらきけん」と発音している。やはり先ほどの気象庁のひとは異常だった。関西出身なのだろうか。

大震災情報──テレビ東京のありかた

 予想されていたとおりテレビ東京が真っ先に普通放送に踏み切った。朝方、アニメを流していた。いまは「鑑定団」の再放送をやっている。このアニメのとき不謹慎だとクレームがついたとか。ツイッター(読むだけです)からの又聞き情報なので詳しくは知らないが多分本当だろう。世の中にはそういう抗議を生きがいにしているひとがいる。

 テレビ東京は昭和天皇が崩御され、テレビがみなモノクロームの追悼歴史番組になっていたとき演歌番組で視聴率を稼いだ。どんな形であれいつも後塵を拝していた局がトップに立ったのは快感だったのだろう。これで味を占めた。「隙間狙い」はテレ東の得意技となった。今回もやるならテレ東と思っていたらやっぱりだった。今朝もらった神戸の友人のメールによると、あちらのテレビ大阪(=テレ東)は一足早く昨日からもうアニメを流していたらしい。

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 と書くと保守派の私が「けしからん!」と怒っているようだがそういうことでもない。それはそれでいいのではないか。すこし見てみたがCMでも無難なもの(公共広告機構)だけを流してそれなりに気を遣っているのが見えた。むしろそういうことを許さない社会の方がこわい。

 朝、どこの局だったか被災したこどもにインタビュウしていた。こどもは「みんな流れちゃったの。大切なものもみんな。あるのはこれだけ!」と自分の服をつまんで見せた。これだけ書くと涙涙のようだがそうではなく、こどもはカメラを向けられることに照れてキャッキャッとはしゃいでいた。かなしいときはこういうこどものこだわらないあかるさが救いになる。大切なものがみんななくなっちゃったと泣き叫ばれたらおとなはよけいに辛くなる。

 とはいえマスコミはすぐに脱線するから、ニュージーランド地震で「脚を失った青年に失礼な質問をしたフジテレビ」のようなものには怒る姿勢も持っていなければならない。あれはほんとに不愉快だった。ああいう輩(大村正樹)は、マスコミで働くうちにひととして大切ななにかをなくしてしまったのだろう。

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 首都圏には5局ある。テレビ東京は、日テレ、TBS、フジが視聴率競争を繰り広げ、それらより落ちるテレ朝も含めての「4局」からさらに差別されて、「一番外地」と揶揄されてきた。

 ところがそのご力をつけ(「鑑定団」あたりからだ)「4局と同等路線」をアピールし始めた。定番の選挙速報でも、以前は「演歌」や「映画」で隙間狙いだったのに、ついに! 4局と同じ事をやるようになった。それどころかこれまた高視聴率を稼いで堂々の存在感を示したのである。なのに今回、いち早く抜けた……。

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 私は今回のテレ東のありかたを、「それはそれであり」だと思う。でもそれが深遠な思いがあっての判断とは思えない。数字欲しさに自らまた「一番外地」に戻ったと言われても言い返せないだろう。

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 「鑑定団」が終るとまた大震災報道にもどった。おっかなびっくりのようである。「一番外地」に居直っていたときはもっと徹底していたのに。他局と同じメジャー路線を行きたいと思いつつ、隙間狙いの視聴率稼ぎの味も忘れ難いというところか。

大震災情報──無能首相を戴く悲劇

 阪神淡路大震災の時は村山富市だった。社会党のあの男の決断のなさで天災は人災となって被害が倍になった。もちろん与党に復帰したいがために社会党と組んでこんなのを首相にした自民党に責任がある。よりによってなんでこいつのときにあの災害が起きたのだろう。

 そして今回だ。菅直人である。枝野に丸投げしている。どうしようもない無能だから丸投げしたほうがまだいいのかもしれないが。

 国難時になんでこんなのが首相なのか……。

大震災情報──日本人の誇り

中国、日本人の冷静さを絶賛

「マナー世界一」の声も


 地震多発国で東日本大震災への関心が高い中国では12日、非常事態にもかかわらず日本人は「冷静で礼儀正しい」と絶賛する声がインターネットの書き込みなどに相次いでいる。
 短文投稿サイト「ツイッター」の中国版「微博」では、ビルの中で足止めされた通勤客が階段で、通行の妨げにならないよう両脇に座り、中央に通路を確保している写真が11日夜、投稿された。
「(こうしたマナーの良さは)教育の結果。(日中の順位が逆転した)国内総生産(GDP)の規模だけで得られるものではない」との説明が付いた。
 この「つぶやき」は7万回以上も転載。「中国は50年後でも実現できない」「とても感動的」「われわれも学ぶべきだ」との反響の声があふれた。大震災を1面で報じた12日付の中国紙、環球時報も「日本人の冷静さに世界が感心」との見出しで報じた。 http://sankei.jp.msn.com/world/news/110312/chn11031219080002-n1.htm

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 天災人災に関わらず災害が起きるとどこでもいわゆる「火事場泥棒」が始まる。日本は世界一それがすくない。誇らしい。

大震災報道──「報道2001」長野翼アナ讃歌──ついでに黒岩批判

「報道2001」の時間。

フジテレビは須田キャスターの隣に長野翼アナを配置した。報道から競馬まで、どんなジャンルでも確実にこなす万能と評価の高い人だ。「局からアナウンサーがみんないなくなるときは長野ひとりをおいておけばいい」とまで言われている。彼女なら全ジャンルをそつなくこなしてくれるだろうという信頼だ。

こんなとき、失言をするようなバラエティ系のバカアナでは困る。事態は刻々と変化するから臨機応変な対応が求められる。最強の布陣にしたのだろう。

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「報道2001」は、キャスターが黒岩から須田さんに代ってほんとうによくなった。キャスターひとりの人間性で番組はこんなにも変る。

その黒岩が自民党から神奈川県知事選に出るという話がある。本当だろうか。

あのひとの人格は認め難い。橋下大阪府知事とのやりとりだけでも十分にわかる。あれはひとの上に立つ器ではない。神奈川県民の冷徹な選択を望む。

大震災の瞬間

地震が来たとき、午後2時48分、知人の車の中にいた。東京都下。
道路が波うつような感じになり路肩に寄せる。
電線が縄飛びの縄のように波うっていた。
家々からひとが出て来て、不安そうに話しあっている。
クルマの中からそれを見て、思っている以上にたいへんなことを知る。
ラジオが東北でM7.9と伝える。その数字に驚く。
存在価値をなくしつつあるラジオが最も役立つ瞬間だ。

帰宅する。
地震そのものの体感ではもっと強いものも経験していた。
しかし今回怖いと思ったのは余震だ。
次々と絶え間なくやってくる。連発だ。
東北沖に次いで茨城沖がやってきた。
室内にいて、なにかあったらすぐに飛びだせるようにと覚悟した。初めての経験になる。
災害用の非常食料等を準備していないことを悔いた。
これからはしっかりしておこう。
被災地のATMが止まったように、手元に現金を置くことも必要なようだ。

まだ存命中の被災者がひとりでも多く救助されることを祈る。

感謝と弁明

昨日は、善意のタイガーマスク運動のことから「ぼくら」に連載されていたタイガーマスクの思い出、そこから派生して小学生の時から「少年サンデー」で読んでいた梶原一騎のこと、彼が原作の「空手バカ一代」(これはマガジン)、そこでひどい扱いを受けた遠藤幸吉のこと、と書きたいことが連鎖し、ずらずら書くつもりでいたが時間がない。けっきょくなんとか書けているのはこういう言い訳の雑文。そしてまたそれらを思いつきで短文で書けばいいツイッターの便利さを思う。そりゃ普及するはずだ。しかしやはりそちらに走るより、たいした内容ではなくても文章としての体裁を残しているものを書いてゆきたい。ツイッターでつぶやいておいて後でまとめるという手もあるらしいが……。
啓蟄からまさに蠢く虫となってブログを再開したらかつての読者が戻ってきてくれている。丸一年も休んでいたのにありがたいことだ。まだ本調子にはとおい。もうすこし待っていただきたい。

朝の憂鬱

 午前3時に起きてパソコンに向かうという早朝型の生活をしていると6時ごろ一息吐いてテレビを点けるという愚かなことをついついしてしまう。テレビと縁を切ろうと思いつついまだにこんなことをしている。まあ7月で出来なくなるが。

 そのニュースが幼児殺人事件だったりするので急いで消す。朝から憂鬱になりたくない。

 ダルビッシュ・ユウ選手と女アナが言っていたが、あのひとはイラン人の父親がイスラム教徒でダルビッシュ・アリだよね。モハメッド・アリなんかと同じく。通名は「ゆう」だけど戸籍ではどうなんだろう。

 というようなどうでもいいことはそれこそツイッターでやるべきなのだろう。私はやってないけど。くだらんことをつぶやかずにいられなくなったら黄信号だ。ぶつぶつと独り言を言っているジーサンと同じ。この場合の黄信号はもうすぐ赤になるから気をつけなくちゃの意味。ラテン系ではどんどん行けの意(笑)。ああ大阪でもそうか。大阪はラテン的でありアメリカ的であり朝鮮的でもある不思議な地域だ。ますますツイッター的無意味なつぶやきになってきた。自己嫌悪になるからあとでこれは消そう。

スターリンからの「よしふ」という名

国会中継を見ていたら共産党の「山下芳生」というのが出て来た。
あの人類史上に残る歴史的虐殺者、ロシアのヨシフ・スターリン(虐殺した数はヒトラーよりはるかに多い)から名前を取った人では民主党の「有田芳生」が有名だ。
その他にも「ヨシフ」を名乗る議員がいるとは知らなかった。
有田サンの場合は「ヨシフ」でありスターリンを尊敬している父親がそれから取って名付けたことは有名だが、山下サンの場合は読みは「ヨシキ」であり無関係かもしれない。でも共産党だからたぶんそうだろう。

言うまでもなくそれは親がつけたものであり子に責任はない。有田サンは若い頃から父と同じく共産党員として活動し、後に脱党し、田中康夫の盟友として今にいたる。ご本人がどれほど意識したかは知らないが、その名が人生に落とした影響はちいさくないだろう。

このことで毎度思い出すのは「田中角栄」だ。庶民宰相と彼が讃えられたとき我が子にその名をつけた田中さんがいた。同姓同名だ。小学生のとき「本家」が刑事事件の被告になりこどもがいじめられた。親は改名願いを提出し認められた。有名な話。その時思ったのは親の軽薄さだ。安易な命名が事件を生んでいる。

私は自分の姓も名も好きではないけれど、こういうものではないことには感謝している。中学高校の時、伊藤という姓の友人に何人か「博文」がいた。どうなのか……。優秀なのはいなかった……。

庄司理紗の魅力とリベルタンゴ

【芸スポ萬金譚】にフィギュアスケートの庄司理紗さんのこととアストル・ピアソラの名曲「リベルタンゴ」について書きました。興味ある方は読んでください。

http://blog.livedoor.jp/moneslife3/

前原辞任──「慙愧に堪えない」

 前原誠司外務大臣が「外国人から政治献金を受けとっていた」ということで辞任した。京都で焼肉店を経営していて中学生のころから公私共に親しいという日本語ペラペラのこの女性を「外国人」としてなかなか国籍をあきらかにしない報道は不自然だった。まして「通名」で献金したと判っているのに。ここにきてその国が大好きなアサヒを始め、一気に明確にしてきたが。

 これを理由にしての辞任は真の問題隠しでもある。多くのひとはこの件に関して、「中学生の頃から前原少年を応援してきた地元の朝鮮人のおばちゃんが、ほんの5万円ほどを献金しただけなのに、それをこんなに大げさにして」と感じるだろう。「外務大臣として脇が甘いが、ちょっと気の毒だよね」と。

 このことで本来のもっと大きな暴力団絡みの「金の問題」がうやむやになってしまう。前原は直接おばちゃんに電話をして辞意を伝え、おばちゃんは「わたしのせいで。ごめんなごめんな」と謝ったという。みなそれに同情してしまう。より大きな黒い金で追求される前の上手な辞め方と言える。

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 前原の辞任のことばとして「慚愧に堪えない」とあった。とんでもなくはないが、その箇所での使用はすこし不自然に感じた。前後から判断すると前原の言いたいのは「悔しい、残念だ」のようなのだ。しかし慚愧の意味は「恥ずかしい」である。彼の言いたいことが「朝鮮人のおばちゃんを外国人だと気づかず政治献金を受けていたのは政治家として恥ずかしい」ならいいのだが、その箇所で言いたいのは「そのことに気づかず、ここで辞任するのは志半ばであり、無念だ」のようだ。とすると勘違いの誤用になる。

《一応資料として前原のことば》

2005年から08年まで、10年に(献金を)受領していた。金額は各5万円。04年、09年は受領していない。03年以前は政治資金収支報告書の保存期間を過ぎているので不明だ。国会審議を停滞させるわけにはいかない。職にとどまることで内外の国政課題の推進が滞ることを避けなければならない。道半ばでざんきに堪えない面もある。しかし、一刻も早くけじめをつけるべきだという結論に至った。


 やはり好意的に解釈しても「恥ずかしい」ではないだろう。



 時の安倍首相も誤用した。松岡農水相が自殺したときに「慚愧に堪えない」と言ったのだ。これは明らかな「とても残念です。無念です」の意味での誤用だった。すなおに認めて訂正すればいいのに、幹事長だか補佐官だかが「ああいう使用もありうる」とか言ってごまかしていたのはみっともなかった。

 で、「慚愧に耐えない」の誤用といえば必ず顔を出すのが芥川賞作家の柳美里先生(笑)。知人をモデルにした裁判で敗けたときの発言。文字にもなった。「日本における文芸作品の可能性はもとより、表現の自由を著しく制限するものと言わざるをえず、慚愧にたえません」。

 醜い顔の知人をモデルにしたお粗末な小説がそのひとから訴えられて出版中止になった事件。たしかに他人事ながら「恥ずかしくてたまらない」出来事だったが、本人はちがう意味のつもりで言っている。

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 というところでテレ朝を点けたら、前原の作戦は成功したようだ。鳥越俊太郎が「朝鮮人差別」を声高に叫び、山本一太を攻めている。見事に本質が隠された。ずらされた。責められるべき人間が被害者のようになっている。山本がまたまんまと作戦に乗せられ、「少額とはいえ、外務大臣として」と正論で応えるから、視聴者は「なにもそんなに大げさに考えなくても」と鳥越寄りになる。父親が自殺した中学生の前原少年を、そのころから今までずっと応援してきた朝鮮人おばちゃんとの心温まる交流なのだ。たった5万円を4年間なのだ。ユダヤ人から1億円もらったのではない。朝鮮人からの5万円が上手に本質を隠し、「もっと悪い奴はいっぱいいるだろう」になってしまう。

 大嫌いな森永卓郎が「でもそのことよりももっと大きな献金が」と肝腎要のことに触れたので「おっ」と見直したが、当然のごとくうやむやにされて次のニュースになった。

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 そのテレ朝の番組の要旨(21時追加)

「焼肉屋のオバちゃん献金に政治的影響ない」鳥越俊太郎VS山本一太

外国「人」から献金をもらってはいけないと定めた政治資金規正法に違反したとして、前原外務大臣が辞任――。番組では、コメンテイターの鳥越俊太郎が、過去の番組などから判断するに、あまり折り合いのよろしくないゲストの山本一太自民党参院政審会長を尻目に、勢いよく自説を繰り広げていた。

鳥越曰く、外国人といっても在日韓国人は長く日本に住み、仕事をし、税金を払っており、表面的には日本人と変わらない。法の趣旨は、外国人が政治的な影響を及ぼしてはいけないということだが、焼肉屋のオバちゃんの献金にそれほどの影響力はないはずだ。一応まあ決まりだから、と事務的に返金すればすむハナシだろう。

「なぜこんなに大騒ぎにするのか」。それは「在日の人の差別につながる」のではないか。また、この問題は、在日の人たちの権利を法的にどう捉えるかという点で根の深い問題である。

http://www.j-cast.com/tv/2011/03/07089781.html

世間のPC──まだXPなのか……

 ブログのアクセス解析のところに「ブラウザ/機種」という項目があるのでクリックしてみた。するとアクセスするひとのOSとブラウザが表示された。なんとも便利というか、なんでも知られてしまっておそろしいというか。




 まだXPが半分もあるのか。試験版の時から7に親しみ、もう7以外使いたくないというほど気に入っている私には信じがたい数字だ。でもバカ高いOSをそのつど買い換えてMSを儲けさせてやる必要はない。それはそれで今もXPを使っているひとを支持する。7に慣れるともう戻れないから、そのままずっとXPで行ってMSに儲けさせないで欲しい。そのうちすぐれた無料OSが出てくるだろう。私はMS-DosのフロッピーOSを3万円で買わねばならなかった時代からMSには貢がされてきたから恨みは深い。と言いつつあたらしいOSが出ればすぐに買っているのだからバカ丸出しだ。あたらしいもの好きだからしょうがない。

 しばらく前までXPも入れてトリプルブートにしていたが、どうにももうXPを挿れておく利点がないので、今は7の32bitと64bitのデュアルブートにしている。そしてもうほとんど32は出番がない。64の時代になったと痛感する。



 意外だったのはあの重い遅いと評判最悪だったVistaを使っているひとがこんなに多かったことだ。

 私は熱烈XP信者のVista貶しに対して、Vistaを庇うような文章をホームページに書いている。XPよりVistaの方が優れている点はいくつもあるし、なによりきれいだ。Macに近づいただけとも言えるが。

 VistaはCPUやメモリなど要求スペックが高く問題の多いOSだ。でもそれに応えてやればXPよりは遙かにいいと思う。そのVistaの5年ぶりの新OS故に抱えてしまったいくつもの問題点を解決し、確実にVistaよりも優れている改良Vistaが7だ。VistaがWindows6、7は7ではなく本当は6.1に過ぎない。Vista使用者はみな改良型の7に移ったと思っていた。
 これもまた費用の問題なのだろうか。OSのためにそんな金は使えないという。

 とまたここで考える。これらは市販PCなのではないか。ほとんどのひとにとってOSとはそこに附いてくるものなのだ。きっと。自分が自作派なのでOSは自分で挿れるものと思っていたが、たぶん世間一般はそうではないのだろう。






 ブラウザにもおどろいた。IEの6.7.8で83%。もう10年以上IEを使っていない私には、なんであんな使いにくいものを、と不思議でしょうがない。

 とはいえそれは親しみの問題でもあるのだろう。昨年、友人にChromeを紹介したら喜んでくれた。「なんだか体感的に速くなった気がします」と言われてうれしかった。でもそのあと、「それでもやっぱり慣れているIEを使うことが多いです」とあってがっかりした。ブラウザとはIEのことと思い長年使ってきたひとには、あれはあれで使いやすいのだろう。

 無料動画のGyaOというのを知り、見てみようと思ったら私の使っているブラウザでは見られなかった。それで何年ぶりかでIEを起動したのだが、使いづらくて数分で投げた。GyaOには興味があるのだが、IEでしか見られないのなら見たくないと結論した。これまたひとそれぞれの感覚だ。
 私の愛用ブラウザは6位の1%の下にある。

 ところでこれはWindows利用者に限られた分析。だからMac用のSafariは入っていない。マッカーはあればっかりだろう。これもWindows版を興味本位で導入しているけどたいしたブラウザじゃない。いかにもappleらしい臭いブラウザだ。WindowsでMac用ソフトを愛用するのってかっこわるいと思う。

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 こんなことを書くとデジタル最前線にいるかのようだが私のテレビはまだアナログで、四六時中「地デジがどうたら」「詳しくは総務省までウンヌン」と画面の上下に出ている。煩わしくてしょうがない。このまま購入せず7月でテレビとは縁を切ろうと思っている。上でGyaOとやらに興味を持ったのはそれが関係している。パソコン大好きでCPUがブラウザがと言っているのとテレビの好き嫌いは関係ない。

羽生、快勝!──NHK杯戦準決勝

 楽しみにしていた羽生と渡辺の準決勝戦。

 羽生が一気に攻めきって勝った。とはいえ切れそうな攻めなので冷や冷やする。だからこそおもしろかった。一緒に手を読んだが今日はよく当たった。解説の郷田より当たっていた(笑)。

 ここのところ羽生は渡辺に負けている。切れるのではないかと冷や冷やしたのにはそれがあった。

 その郷田が「羽生さんの名局」と言った。



 渡辺は羽生に15勝12敗と勝ち越している。20戦以上対局している棋士では唯一だろう。二度の竜王戦の結果が大きい。今年羽生は41勝13敗だが13敗の内5敗が渡辺だ。昨年までは勝ち越していた。一気に今年逆転された。今日羽生が勝ったので羽生から見た成績は13勝15敗になった。早く並び再び逆転して欲しい。

 早く終了したので感想戦がたっぷりあっておもしろかった。

 おどろいたのは竜王七連覇の貫録からか渡辺が羽生と対当であったこと。誰もが羽生と比べると落ちるし委縮するものだが、渡辺にはそれがない。まさに地位は人を作るで堂々としたものだ。



 渡辺はすばらしい棋士だ。奨励会にいたころから注目していた。あのころからもう羽生を破るとしたら渡辺と言われていた。将棋の内容もいい。それでもふたりが対戦するといつしか羽生を応援している。それは羽生がデビュウしたときからの25年という月日を共にした重みなのだろうが、それ以上に彼の凄味にある。

 本来私は挑戦者好きだ。どのジャンルでもチャンピオンに肩入れすることは珍しい。なのに偉大なチャンピオンである羽生にずっと肩入れしているのは、彼が常に挑戦者気質の王者だからだ。

 例えば大山は、王者気質の王者だった。振り飛車という固定した戦法を使用し、勝つためには心理戦まで展開した。挑戦者好きの私は、誰かが新戦法を開発し彼の牙城を崩すのを楽しみに観戦した。中原が初めての名人戦で大山のおはこである振り飛車を採用して名人位を奪取したときは快哉を叫んだ。プロレスで言うなら「掟破りの逆サソリ」でのタイトル奪取だ。



 羽生の場合はもっと凄い。なんでも出来る万能型だが、そこから自分に対して掟を破るのだ。つまり、難しいとされている局面に羽生新手を出して勝つ。みな驚く。それが新定跡になる。ふつうは誰かがその羽生新手を破る新手を開発するまで自分の編みだしたそれを使うだろう。それがふつうだ。誰もがそうしてきた。××新手というそれを編みだした自分とその名に誇りを持っていた。

 羽生はちがう。今度は自分が破った旧来の戦法を使用し、それを破った羽生新手を破りに行くのである。羽生新手を破る羽生新新手を創作に行くのだ。こんな凄い棋士、見たことがない。だから私は今までずっと王者であるのに挑戦者気質である羽生を応援してきた。



 決勝は来週の丸山と糸谷の勝者と再来週になる。今年度は丸山には2戦2敗。新鋭の糸谷には1戦1敗。昨年は糸谷が決勝の相手だった。羽生ファンとして丸山ごときに2戦2敗は不満だ。糸谷もまだまだ羽生の相手ではない。どちらが出て来てもおもしろい。木っ端微塵にして欲しい。今年優勝すると現在最多タイの大山との8回を抜いて単独首位の9回になる。

 いい将棋を見られた日曜はしあわせだ。

イジメの構造考──序──絵が描けない




先日電車の中で身障者にいじめられた。

イジメにはいろんな形があるのだと思い知った。

そのことをキチンと書いておきたいのだが、そのためには電車の中の立ち位置とか、簡単な図を入れたい。それがないと書き始める気にならない。

ところが30年近くパソコンをいじっていながらこれが不得手なのだ。

ドローソフトをダウンロードしたり、エクセルでも出来ると聞いて手を出したり、情報はあるのだが、いまだに出来ないまま。

いまはOpenOffice Drawがいいと知って挑戦している。

ワコムのタブレットなんて10年以上前からもっている。宝の持ち腐れ。使えない。なにもやっていない。

簡単な箱形の絵を描き、自分の立ち位置、身障者のいた位置などを描くだけなのだ。自分の才覚のなさに腹が立つ。



しかし今の時代、「弱者」ってなんなのだろう。

私は、衆人環視という情況をバックに、私にネチネチネチネチ絡んでくる身障者に、思いきり蹴りを入れたかった。でもそれをやったら人生が終る。あれほどの屈辱は記憶にないほどだ。

それを書きたいのだが、その前には画が必要だ。

あまりにひどすぎる民主党政権

 以前のように政治のことを書いてくれとたくさんのメールをもらう。ありがたいことだと感謝している。

 だけどカンナオトが首相になり、チバケイコが法務大臣に、オカザキトミコが国家公安委員会委員長になる悪夢の時代に何を語るのか。センゴクが影の首相として牛耳る。エダサツキの法務大臣、中井ハマグリの不敬発言、みな正気の沙汰ではない。



 私は民主党が政権を取ることにはそれなりの意味があると思っていた。

 ろくでもないことは明白だった。無責任な野党がキレイゴトを言いたい放題しているに過ぎない。

 しかし民主党幻想は拡がって行く。澱んだ水の自民党も腐っていた。「もしかして民主党なら」と期待するひとの気持ちは判る。でもそれは勘違いだ。彼らにその能力はない。

 一度政権を任せればいかに無能な烏合の衆なのか露呈する。大義のないめちゃくちゃな寄せ集め政党なのだ。そうすれば、いかにひどい党なのか民衆も気づく。下野することで慢心している自民党も覚醒するだろう。

 そういう消極的賛成だった。

 懸念したのは、権力の座に着いたものは強いから、何を言われようと馬耳東風でしがみつかれた場合だ。4年は居すわられる。この4年は長い。しかしまあそこまではならないと思った。勝つにせよ僅差の勝利で、1年後、2年以内には解散があるだろうと……。

 だが想像を絶した大勝でそれが実現した。悪夢の時代が始まった。自分のことを仮免と呼ぶのがいる。カンは夢見た総理大臣の座にしがみつき降りようとしない。



 ともあれ民主党に勘違い期待をしていたひとたちが目を醒ましたのは確かだ。これはこれで一歩前進。もうまだ見ぬものへの幻想はさすがに消えただろう。

 もうひとつの自民党の覚醒はまだ不明。

 首相になって欲しい政治家のいない時代は不幸だ。
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