2013年03月

将棋話──渡辺竜王、阪神競馬場に登場!──競馬話

今日の阪神競馬のメインは、三冠馬オルフェーヴルの登場する産經大阪杯。
昼休みのゲストに渡辺竜王登場。

竜王の予想は、オルフェ→ショウナン→ダーク、トウカイという3連単の2点。当たるかな?
オッズはダークで13倍、トウカイで50倍。

最優秀棋士の発表は4月1日。初の受賞なるか!?

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結果。オルフェ・ショウナン・エイシンで16倍でした。竜王、残念。1着──2着──4着、5着でハズレ。私はもっと残念な結果だけど(笑)。それは【競馬抄録玉】で。

将棋話──電王戦第二局──佐藤四段、Ponanzaに敗れる──fc2.comで観戦させてくれたかたへ感謝を込めて

 今日は電王戦の第二局。佐藤慎一四段vsPonanza戦。
 昨日まで意識していたのに、なぜか今朝は忘れてしまい、「あっ!」と気づいてニコ生の中継を開いたときはお昼。
 それからしばらくは楽しめたが、競馬中継を見て、再接続したときはもうダメ。すでにニコ生は「タダ見はできません」状態になっていた。入門不可。でも気分としては追いだされるのよりはいい。いいところで「有料会員が来たから、タダ見のあんたは出ていってね」と追いだされるのはすごい惨めだ。



 しかたがない。2ちゃんねるの将棋板に行こう。電王戦スレに行けば、あそこには棋譜を書きこんでくれる親切なひとがいる。それを見つつ自分で並べよう。
 願い通りどなたかが棋譜を書きこんでくれていた。『激指12』で並べることにする。
 するとそこに「ソフトの形勢」という書きこみがあった。いつも何人かのひとが書きこむソフトを使った形勢判断だ。

 私も『激指12』を使って並べるから、それが他のソフト(AI将棋のこともあった)だったとしても形勢判断は同じようなものだろう。見てもしょうがないのだが、いまはどんな形勢なのだろうと、『激指』起動前に出かけてみた。

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 するとそこはニコ生を観ているひと(もちろん有料会員なのだろう)が、『激指12』の盤面を使い、live-fc2.com経由で対戦を見せてくれる場だった。多くのひとがコメントを書きこみ、ミラーサイトのようになって盛りあがっていた。ここで終局までリアルタイムで観戦することが出来た。ほんとうにありがたかった。
 直接お礼を言いたいが、それも適わないので、この場を借りてお礼申しあげます。ありがとうございました。
 


 将棋は、佐藤が序盤から中盤まで有利に運んでいたが、後半になってからPonanzaの圧倒的な攻めが始まり、結果的には相手は手付かずという完敗の棋譜となった。プロ棋士の完敗を見て、なんとも複雑な心境だ。
 画像は投了図。銀冠ならぬ金冠になったPonanzaは金の守備力が強く詰まない形になっている。

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 『激指』が後手有利と判断する(+300前後)早めの時点で入玉模様に切り替えれば勝てていたように思う。しかしそれを佐藤はよしとしなかったのだろう。最後は先手が2000ポイント以上プラスとなる大差だった。

 6三龍を5三金と弾いていても、またちがった流れになったろう。なんだかそのへんの受けが半端だったように感じた。素人が口を出す分野ではないが……。 



 今夜は26時からドバイでジェンティルドンナが走る。グリーンチャンネルが無料視聴出来るそうだから見てみようか。グリーンチャンネル初体験だ。 
 もしも佐藤が勝っていて、人間側二連勝だったら、もっとわくわくしつつ観られたのだが……。
 でも今、いかに将棋ソフトが強いかは肌で感じて知っているから、順当なようにも思う。



 先日、「『将棋世界』──米長追悼号──二ヵ月遅れの感想」をアップし、『将棋世界』4月号の勝又の「突きぬける! 現代将棋」の米長特集がすばらしいと書いた。
 そこに衝撃的な一行がある。

 中原と米長のすさまじい終盤の捻り合い。いまも名局と讃えられる一局。中原優勢を逆転する米長の妙手に痺れる場面。
 ここで勝又は、念のためにその場面をコンピュータにかけてみた。

 するとおどろくことに、ものすごく難解だが詰みがあったのだそうだ。つまり、形成を逆転する歴史的妙手の米長の一手も、中原がそれを詰ませられなかったから逆転したのであり、相手が今時のコンピュータなら一瞬で詰ましており、妙手もクソ(失礼)もなかったのだ。しかも勝又が調べたコンピュータは、自宅のごくふつうの市販機だろう。GPS将棋のように何百台もクラスタしたものではない。

 勝又はこれに関して、「そのことによってこの名局の価値が損なわれるものではない。あの1分将棋の局面で人間がこの難解な詰みを見つけることは不可能である」としている。
 その通りだろう。逆転や妙手が連発される人間同士の手に汗握る勝負が面白いのであり、詰ませればいいというものではない。頓死ですらも人間将棋の魅力のひとつだ。近年の頓死では名人戦での森内に頓死した丸山の一手が思い出深い。(2002年は近年じゃないか。)

 しかしそれはまたコンピュータへのギブアップ宣言でもある。全盛期の中原、米長が死力を振りしぼっても読めない詰みを、今時のコンピュータは一瞬で読むのだ。繰り返すがそれはモンスターマシンではない。勝又愛用の市販のデスクトップ機(推測)だ。 

 人間がコンピュータに勝つためには、序盤から有利を拡大し、終盤になってもコンピュータ側から詰みのない形、中押しの形にするしかないのだろう。それを試みたのが「米長の二手目6二玉の空中城」だった。

 とするとやはり今日も、早々と入玉を目的にし、確定させ、点数取りに絞ればよかったのか。
 でも、人間が負けて残念だが、名局だったと思う。いい勝負だった。特に終盤のPonanzaの攻めはよかった。
 と書きつつも、まだ落胆しているが……。 
 1対1になって、ますます盛りあがるか!

 今まで対コンピュータソフトとの正式対戦では、渡辺竜王がBonanzaに勝ち、清水があからに、米長がボンクラーズに負けているが、清水は女流、米長は引退棋士という言いわけがあった。
 佐藤は現役棋士だ。現役のプロ棋士初の敗戦だ。つらい記録を背負うことになった。

 このPonanzaは名前からもわかるようにBonanzaの思考ルーチンを取りいれている。Puella αと名前を替えたボンクラーズもそう。あらためてBonanzaを開発し、ソースコードをオープンにした保木邦仁さんの偉大さを思う。

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●どうでもいい【追記】──勝又六段の愛機はデスクトップ機? ──22:59

 東海大学の理系出身の勝又六段はパソコンに詳しく、棋士として取りいれたのはかなり早い。長年拒んでいて、ついこのあいだ使い始めた郷田のようなひともいる。私はパソコン好きだけど、パソコンを拒む棋士の感覚も好きだ。

 勝又は、パソコンを導入しようという気持ちはあるものの、セッティングが出来ず困っている棋士を助けてやり、そのことで交友を拡げたらしい。パソコンが取りもつ縁である。盒尭四唆綯覆縫札奪謄ングしてやり、そのあとに「一番指そうか」と言われたのがとても嬉しかったと書いていた。A級棋士であり、かつてはタイトルホルダーだった高橋は遥かな格上棋士である。高橋のそれは何よりもの礼になる。
 今もパソコン使いの棋士として最前線にいる。電王戦でも解説をやったようだ。

 ということから私は彼の愛機をデスクトップ機であると希望的に推測する(笑)。
 パソコン好きなら市販のノートブックとかではなく、もちろん携帯用にノートも保っているのだが、厖大なデータが収められた彼の愛機は、居室にでんと構えるデスクトップ機であって欲しい。大のデスクトップ機好きとしてそう願う。自作派までは望まないが。
 そういや山崎バニラは自作するんだよね。あれで一気に親近感を持った。

「あ、勝又さんはノートですよ。ソニーの。ヤマダ電機で買ったって言ってました。デスクトップ機って使ったことないんじゃないかな」なんて親しいひとからの情報があったらショックで寝こみそうだ(笑)。

飲食話──気仙沼小野万の「塩辛職人」と澤乃井酒蔵の「朝懸けの酒」+志ん生

onomanimage934 スーパーで小野万の塩辛を見かけた。気仙沼のメーカーだ。
 あの大震災で全壊し倒産したが、その7カ月後、2011年10月に再興したメーカーである。それ以降の製品には「おかげさまで 小野万復活」と入っている。この製品にもそれが見える。

 見かけるたびに買うようにしていたのだが、身近なこのスーパーで見たのは初めてになる。あらたな流通ルートを開拓したのだろうか。

 あの悪夢のような、というか、正直に言うと、映画のCGみたいで、津浪と呑みこまれて行く建物やクルマの様子が、すごすぎて実感すら湧かなかった日を思い出した。あそこから立ち直った会社だ。迷わず購入した。 

 思えば私の住むこの西東京でも、ガソリンを入れるために、何キロもクルマが並び、ミネラルウォーターが買い溜めにより入手不可になったりしたのだった。あれから二年……。 



 新発売のうまそうな漬物が試食で提供されていた。楊枝で抓んでみる。もろに味の素の味。これは食えない。そういやタイのジャンキーの隠語で、覚醒剤を「あじのもと〜」と言うのだった。似ているからね。

 胡瓜だけ買ってきて自分で浅漬けを作ることにした。考えてみれば胡瓜は夏のもの。季節感をなくしていることに気づく。

 特売でトロ鮪を売っていた。すこしだけ買う。私はさほど鮪の脂には興味がない。赤身で充分だ。むかしは赤身が高級品。脂身は捨てていた。うまいといいが。



asagake 今年も奥多摩澤乃井酒蔵の「朝懸けの酒」が発売になった。毎年この時期にのみ限定発売される貴重品だ。全国の酒好きは予約注文して買わねばならない。すぐに予約が締めきられる。

 塩辛を買ったので日本酒が欲しくなる。いつもの酒屋に行く。ここは澤乃井酒蔵と契約し大量入荷しているので、3月20日発売のこれが30日の今日もまだ買えた。
 難しいのは、これ生きている生酒だから買い溜めは出来ない。それが可能なら1ケース買っておきたいところだが。

 シャンパンみたいな酒だから、ガスがたまっていて、栓を開けるときポンと音がする。
 酒精度は19から20とふつうの日本酒よりすこし強い。香りのいい美味い酒だ。
 まあこれは季節限定がいいのだろう。毎年この時期を待つのが本筋だ。



 今日は小雨模様。
 小野万の塩辛とトロ鮪で「朝懸けの酒」を飲もう。
 BGMは何がいいだろう。
 JazzかClassicか、ひさしぶりにタイのルークトゥン(演歌)なんて手もある。

 いやこんな日は落語でも聞きつつ飲んでみるか。日本酒だし。
 落語は何にする。
 やっぱ志ん生だな。 

小物話──電子チューナー初体験

tuner ギターのチューナーと言えば笛である。50年前から使ってきた。

 いまセッションもしないし、音楽遊びの基本はDAWだ。そのソフトから正確な音が拾える。チューナーの必要はなくなっていた。

 啓蟄も過ぎて、引き篭もりでもギターを弾きたくなる季節になった。キリっとした空気の冬が大好きだ。空気が乾いていて、季節的に冬は演奏に適しているのだが、全体暖房なしで過ごすので、かじかんだ指では弾けない。

 ひさしぶりにアコースティックギターを弾こうと思い、いちいちパソコンから音をもらうのも何だから、やはりチューナーが欲しいなと思った。押入をひっくり返せば写真のような笛が出て来るだろうがそれも面倒だ。それに何十年も前の品である(笑)。

 検索してみる。このとき私の頭にあったのは相変わらずの昔の「笛型」だった。携帯にも便利だし、シンプルイズベストなのだ。というかもうAの音叉があればそれでいいんだけど。



korg 「チューナー」で検索してみて、なんだかとんでもない時代になっていると知る。いまの若者はこんなものでチューニングしているのか。いやはやまさに浦島太郎の気分である。まったくしらなんだ。

 ただ、私が現役だったころにも、同じ趣旨の大型のものはすでにあった。音に反応してメーターの針が動くタイプだ。電圧計みたいなヤツ。あたらしいモノ好きなので、とりあえず買ったけど、大きくて携帯には不向き。それにバンドをやっているときはキイボードに合わせてチューニングするから、そんなものは必要ない。

 しかしそれらとはもう時代が違う。モノがちがう。こんなにちっちゃいのをヘッドにくっつけてやる時代なのか。
 早速Amazonに注文する。写真のKORG製。KORGはシンセとかいろいろもっていたけど、ずいぶんとひさしぶりだ。



korg3 先程届いた。いいなあAmazonは。ヤマトの宅急便で送料無料。
 取りつけてみた。写真はAmazonのもの。私ではない。
 と書いて気づいた。これペグが四つしかない。ベースなのか。

 なるほど便利だ。精度もいまのところ問題なし。
 これから外国に行くときもこれを持って行こう。軽くてちいさくて助かる。問題はコイン型電池だ。CR2032か。いくつか買っておこう。とまたAmazonを開く。

 そしてまた思う。電池も要らず永遠に使える音叉がいちばんなのではないか。この製品の利点は「目視できる」点にある。うるさいスタジオやステージでは音叉の音は聞こえない。だからこれが役立つ。でもそれは私にはいま無縁なのだから音叉でいいのではないか。と今度は通販の音叉を捜しはじめる。

 こんなあたらしい小物ひとつでけっこうわくわくするから通販はありがたい。しかしこんなもの、興味のないひとから見たら何の意味もないゴミだよなあ(笑)。 

数字の表記について──<きっこさん>の3〜40人

○数字の表記について──<きっこさん>の3〜40人──

 ひさしぶりに2ちゃんねるの「きっこスレ」を覗いたら、興味深いものを見つけた。以下のようなものである。

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579 :朝まで名無しさん [↓] :2013/01/10(木) 17:41:57.89 ID:pR6S5gGK
@kikko_no_blog
高校のバスケ部の生徒が自殺した事件で、顧問の教諭は「気合いを入れるために
叩いた」と言い訳してるけど、それなら普通は1〜2回だろう。3〜40回も叩
くのは「憎しみによる暴力」だよ。根底に憎しみがなければ相手の顔を3〜40
回も叩くことはできない。
2013.01.10 14:19


この記事を引用するのは気が引けるが、きっこって「30〜40回」を「3〜40回」
と書く癖があるんだよね。
>>564も然り。
声に出して伝えるときは「さんよんじゅっかい」でいいんだが、こういうところからも
数字を文字にして伝えることが苦手だと分かるんだよなぁ。
原発の話題でも、何度単位を間違えたことか。


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 これは私にはとても興味深いテーマだった。根底にあるのは漢数字とアラビア数字の表記の問題である。
「30回から40回」という意味の「さんしじゅっかい」の表記についてだ。細かいことで恐縮だが「さんよんじゅっかい」ではなく「さんしじゅっかい」が正規である。とはいえ私も支障なく伝えるために「さんよんじゅっかい」と言ったりするから威張れたものではない。でも「三十させごろ、四十しごろ」なんて聞いたことあるでしょ。基本として「四十」は正しい日本語では「しじゅう」である。

 この「さんしじゅっかい」の漢数字表記は「三四十回」である。しかし毎日新聞が率先して数字表記をアラビア数字に統一したように、いまはそちらの表現のほうが主体だ。これをそのままアラビア数字にすると「340回」になる。これでは「30回から40回」ではなく、文字通り「さんびゃくよんじゅっかい」になってしまう。よってここにコンマを入れ、「3,40回」という表記が成立した。

 これを流用したのが<きっこさん>の「3〜40回」という表記になる。
 投稿したかたは、「これでは30回から40回ではなく、3回から40回の意味になってしまう」と言いたいのだろう。
 たしかにその前に「1〜2回」という表記があり、そのあとに「3〜40回」とあるから、最初のが「1回から2回」という意味なら、その次の「3〜40回」は「3回から40回」と解釈するのが自然になる。しかし教え子を殴打したこの事件の数字は「30回から40回」であり、「3回から40回」ではない。とすると、<きっこさん>の表現はおかしいとなる。

 推測するに、<きっこさん>は「さんしじゅっかい」を「三四十回」と書くことは知っていて、それをアラビア数字で表記すると「340回」になってしまうから、「3〜40回」という独自の方法を考えだしたのだろう。



 同じく、「1回から2回という意味のいちにかい」も、漢数字では「一二回」と書くのが正しい。しかしこれもアラビア数字にすると「12回」で「じゅうにかい」になってしまう。よって「1,2回」と「12回」ではないことを示すコンマを使用しての「いちにかい」となる。コンマではなくピリオドだと「いってんにかい」になる。

 漢数字で「じゅうにかい」はどう書くかと言えば、もちろん「十二回」である。この漢数字とアラビア数字でいつも問題になるのは、この「十」の表記の問題に著しい。
 私がいちばん嫌いなのは漢数字表現に「○」を入れる表記だ。「四○回」のようなやりかた。こういう表記のものは一切読まないようにしている。あんなくだらんことを始めたのは誰なのだろう。和洋折衷のようで和も洋もぶちこわしている。

 縦書き小説ではアラビア数字は、あまり用いられない。それでもこの「一二回(いちにかい)」をアラビア数字で「1,2回」と書くことからの逆影響(「じゅうにかい」とまちがわれない対策)は顕著で、たとえば船戸与一さん(昭和19年生)なんかも、縦書き小説の中で、「いちにかい」を、「一、二回」と読点を入れて書いている。これは若い読者に「一二回(いちにかい)をじゅうにかいと読まれないための対策」なのだろう。



 さて、現実に私がどうしているかだが。
 私が私の意見を縦書きで表明するような場なら、私は「30回から40回」を「三四十回」と書く。それに迷いはない。
 しかし現実に私のようなのの仕事は、「事実を伝える横書き文章」が多かったりする。そこではなるべく読者に迷いを与えたくない。アラビア数字を使った横書きの文章で、「30回から40回」ということを伝える「さんしじゅっかい」の表記は、私は「3,40回」と書きたい。でもそれで読者に「3回から40回の意味か?」という誤解が生じる可能性があるなら、もう原点にもどって「30回から40回」とそのまま書く。自分の表記に対するこだわりよりも、「誤解がなく正確に伝わること」を優先する。

 中共ではいま、すべての文が横書き、数字はアラビア数字、暦はキリスト歴に統一されている。共産党一党独裁の国はシンプルだ。その意味ではあちらには悩みがない。
 日本には縦書き、横書きがあり、漢数字、アラビア数字があり、西暦と年号が両立している。中共のシンプルな姿勢を見ると、我が国の複雑さに誇りを持つ。複雑だから愉しい。

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yaguchi【追記】──<きっこさん>は正しいの!?──2013/5/22

 女芸能人の浮気相手に関する「メンズサイゾー」とかいうところの記事。


不倫相手の梅田はTwitterを2月22日から更新しておらず、現在はアカウントを削除しているほか、契約事務所も今回の件で話をしたいと思っているものの、連絡が取れない状態が続いているという。梅田については騒動の最中に雲隠れした格好となっているが、一部ネットメディアでは「打った数は2〜3,000人という伝説もある」「すごいのは“腰”で、腰だけが独自のビートを刻むような動きをする」「カマキリっぽくて笑える」など、その性豪ぶりが明かされているようだ。
http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20130522/Menscyzo_201305_post_5901.html

 <きっこさん>と同じ表現である。つまり、2ちゃんねるのスレでどなたかが指摘したように、<きっこさん>の感覚がおかしいのではなく、ネットのこの種の文ではふつうに使われている表現らしい。
 「2〜3,000人」とは、浮気相手の男の体験女数だが、「ふたりから3000人」ではあるまい。「2000人から3000人」の意味だろう。それを「打った数」と表する感覚もすごいな。でも「打った数=発射数」と考えるなら、べつに童貞でも何千発も「打った数」は可能だが(笑)。

 しかしこれ嗤える。「2〜3,000人」である。「2」のあとの「〜」も嗤えるが、そのあとの3000に「3,000」とコンマが入っているのだ。三桁の区切りにはコンマを入れずにいられなかったらしい。一度に言いたいことをぜんぶ言おうとする下手くそな文章なのに、ここのところだけ几帳面だ。商業高校出身のライターか(笑)。元銀行員とか。サラ金勤務からライターに転身とか(←意外にけっこういる)。
 メンズサイゾーには、<きっこさん>レベルのライターが揃っているらしい。

小沢一郎先生、沖縄の辺野古に豪華別荘建築──政権奪取のあと、沖縄で餘生を

 生活の党の小沢一郎代表(70)が、沖縄県宜野座村(ぎのざそん)に所有している土地に、「太平洋を一望できる豪華別荘を建築している」という情報が入った。地元では評判になっており、本紙は外観を撮影した写真も入手した。小沢氏はかつて、「老後に(沖縄に)住みたい」と発言している。今年夏の参院選に向けて、小沢氏は着々と動き出しているが、故郷・岩手県から遠く離れた南の島に別荘を建てる真意とは。 

 沖縄本島の玄関である那覇空港から自動車で約2時間、政府が米軍普天間飛行場の移設先に想定する名護市辺野古から南に約9キロ。本島中部の東海岸に、エメラルドグリーンの海と白い砂浜が印象的なリゾート地がある。その海岸近くの岬の先端に、建設中の建物とクレーン車が見える。

 沖縄を訪れたジャーナリストは、「宜野座村に、小沢さんが別荘をつくっている」との話を聞き、さっそく向かったという。登記簿によると、一帯は、2005年に小沢氏が入手した約5200平方メートルの「原野」だった。

 夕刊フジの取材に対し、地元の不動産関係者が語る。
 「ビーチを見下ろせる場所にはプールもあり、植栽として沖縄三味線などに使う黒檀(こくたん)も植えられているようだ。建築は数カ月前から始まっており、『4月に引き渡し』といわれている。土地代で約5000万円、原野を切り開いて建てているので、生活インフラ整備も含めて建物代は5000万円は下らないでしょう」
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20130328/plt1303281826006-n1.htm 

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 御先祖様を大事にする小沢一郎先生は、済州島への墓参りがしやすいように、いよいよ本格的に沖縄移住をお考えになっているようだ。災害の危険のある岩手を捨てての移住である。一緒にお住まいになるのは未来の党の嘉田由紀子さんであろうか。それとも麗しの森ゆうこ先生か。それとも3P? どきどき。

 沖縄の豪邸新築は、放射能を怖れる放射脳の受け入れ先になろうという気高い志なのだろう。庭番のじーさまとして<きっこさん>も犬小屋にでも住ませてもらったらどうか。

 このことで米軍の辺野古移転はなくなったと断じてよいのだろうか。
 もしもこのあと辺野古移転になったら?
 その場合は、小沢先生の豪邸を取り壊して米軍の将校住宅建設ということになるから、保証金は原野の場合よりも格段に高くなるだろう。どっちにせよ小沢先生に損はない。

 生活の党を衆参両院で過半数を占める単独与党にまで育てあげた後、先生はここで余生を送られるつもりなのだろう。それは必ず、もうすぐ実現する。犢簣哭畩沢の本領発揮はこれからである。
 先生が別荘でおくつろぎになっているときに、オスプレイが先生宅に落ちたりしないことを心から願う。


kanren1──「辺野古移転──小沢一郎先生の土地はどうなるのか!?」

将棋話──『将棋世界』米長会長追悼号──秀でている内藤九段の追悼文

shogisekai3gatsu 『将棋世界』3月号。特集は米長会長の追悼。発売日は2013年の2月2日。毎月買っているが、この月は日本にいなかったので買えなかった。3月半ばに帰国し、図書館で読ませてもらおうと思ったら、もう4月号が出ているので貸し出し中。長らく待たされた。二日前、やっと読むことが出来た。

 表紙はあえてモノクロ写真を使っている。下が主な内容。

shogisekai3gatsu2

 追悼文は、森内名人から始まる。ついで渡辺竜王、羽生三冠、郷田棋王、佐藤王将の順。
 棋士としての格は羽生が桁違いに上であり、羽生が3番目というのはファンとしてすっきりしないが、これがタイトルの格による序列というものである。現在最上位は竜王だが、ここでは名人と同格の扱いとし、棋士番号から森内を上位に取ったのだろう。



 ページ順に書いてみる。
 巻頭の追悼は、カラーページでの葬儀の様子や「タイトルホルダー追悼文」があり、モノクロページになって最初は、内館牧子の連載エッセイ。これも米長追悼の中身。紅白歌合戦の審査員同士として、初めて米長に会った時の思い出を綴っている。ジャージに膝の出たズボンでさえないおっさんだった米長が、別室で和服に着替えて登場すると、周囲を圧倒するオーラを放ち始めたことを綴っている。

 和服と言えば、引退を表明した米長との最後の対局になる佐藤康光が、通常の対局であるにも関わらず敬意を込めて和服を着て臨んだら、その心意気に応え、米長が昼休みに自宅から和服を取り寄せ、それに着替えて対局したという実話がある。いい話だ。



 そこから「さようなら、米長永世棋聖」と題した本格的追悼特集になる。

 トップは将棋連盟会長の谷川。次いで専務理事の田中寅彦。これらは役員だから当然の順。



 フツーの棋士としては現役では棋士番号が一番古い加藤一二三が最初に登場する。
 多くの追悼文の中で加藤の文は異色。悼む気持ちがまったく伝わってこない。実際悼んではいないのだろう。このひとが変人であることがよく分かる文章だ。しかし悼んでもいないのに、死んだからとそれらしき文章を書く偽善よりは自然。それはそれでいい。でも他のひとの文章がみなそうなっているから、このひとの乾いた文が異彩を放つ。
 結びは「米長邦雄さんのご冥福を心から神様にお祈りします」と、あえて狄斥有瓩汎れている。熱心なキリスト教信者であることのアピールか。

 そういえば、名人戦が契約問題で揉め、朝日から毎日に移る、というか戻ることになったときの棋士総会で、升田と加藤は朝日嘱託だから朝日に止まるべきと朝日寄りの主張をした。升田は表に出なかったから論陣を張ったのは加藤ひとりだったのだろう。
 将棋が囲碁よりも格下とされ、その契約金に反撥し、一団となって朝日と絶縁しようとするそのとき、ひとりだけ反論する加藤に向かって米長は、加藤の信奉するキリスト教に喩え、「あんたはユダなんだよ!」と言い放った。加藤は怒りで顔面を朱に染めて絶句したという。

 という経緯を考えても、ふたりが仲好しのはずもないし、加藤は米長の死を悼んでいない。まことに奇妙な追悼文である。



 次の内藤の文は全追悼文の中で最も重みがあった。
 原田八段命名の爐気錣笋流瓩箸いΕぅニモなコピーに、序盤が下手ですぐに不利になり、それから中盤、終盤になってしつこく闘いぬいて逆転する米長将棋を、「さわやか流というよりむしろ泥沼流なのではないか」と表し、「米長泥沼流」を定着させたひとである。米長はそれを気に入って、週刊誌で「泥沼流人生相談」とかやっていた。私はそういう米長のセンスが好きだ。

 さわやか流とは、いかにも万事そつがなくて多才な米長を持ちあげているようでいて、じつは本質に迫っていない。原田さんの命名失敗作だろう。
 米長はさわやか流をそれなりに気に入っていて、それにふさわしい言行をしていた。おんなこどもに抜群の人気があった。私の周囲にも米長ファンは多かった。私は彼の才気煥発すぎる点が嫌いで、ずっと「中原派」だったことは以前に書いた。

 米長のセンスのよさは、「さわやか流の私を泥沼流とは失礼な!」とはならず、「あ、そりゃおもしろい」と受けいれてしまう点にある。もっともそれは長年さわやか流で活躍してきたからであって、いきなり若手の時に原田さんから「米長泥沼流」と名づけられたら反撥したろう(笑)。



 全追悼文中で唯一内藤の文は米長に厳しい視点で迫る。毀誉褒貶相半ばする人だったから、これこそが本物の追悼文である。米長は優れた棋士だったし、会長として功績もある。しかし同時にずいぶんと問題や軋轢も起こしている問題人物でもある。そこにまで踏みこんで書いたのは内藤だけだった。これは内藤が米長より年長であり棋士としても先輩であり、「米長が会長になるまでは」親しい友人であったからこそ書けたことであろう。本当に不仲ならそもそも追悼文など書かない。

「私は、連盟の行く末、女流棋士への考え方など米さんと真逆であった」
 72歳の内藤が近年の造語である狄慎姚瓩覆鵑道箸辰討い襪里おかしい。連盟の行く末や公益法人のあたりは私にはわからないが、米長の女流棋士会への対応はへんだった。

「連盟に公益法人の話が出たあたりから彼の言動が理解しにくくなり、連盟が米長一人に振り回されているように見え始めた」
「犂界のナベツネになる。死ぬまで会長だ瓩修κ討気鵑宣言したという噂が流れてきた。握った権力は一生離さない。これは権力者の陥る通弊だ。もう握手できないと思った」

 『将棋世界』の米長追悼特集は、内藤の歯に衣着せぬこの追悼文で光っている。
 日本人はなんでも「水に流す」。まして死んでしまったら美辞麗句の連発だ。この『将棋世界』の「逝去した米長会長を悼む特集」で、堂々と米長批判を書いた内藤九段の姿は美しい。



 かつて理事としてがんばっていた勝浦の追悼文。

 次いで西村。西村は米長より2歳年上だが、佐瀬一門への入門は米長が5年早い。米長にとって西村は、「年上の弟弟子」である。西村は八段だがこれは勝ち星による昇段。順位戦はB級止まりだった。
 その確執もあったか長年不仲と言われていた。それがなぜか米長が理事長となり、体制を築くといつしか昵懇になり、その体制を支える懐刀となっていた。
 それはこの追悼文でも、米長の努力やそれに気づいたのは「一緒に仕事をするようになったこの十年」と書いていることからもわかる。私は「米長西村犬猿の仲の兄弟弟子時代」に『近代将棋』や『将棋世界』を読むようになったので、いまいちしっくりこない。

 同じく佐瀬一門の弟弟子になる沼春雄の追悼文。



 ここから弟子の追悼文が続く。まずは一番弟子の伊藤能の追悼文。
 弟子の順位では、ここで先崎学の追悼文になるはずだ。なぜかない。

 次に弟子の中川大輔。米長に命じられるままに理事にも立候補し、米長の片腕となって米長政権保持のために滅私奉公で尽くしてきたが、昨年突如(将棋ファンには突如と思えた)米長から絶縁された。真相はわからないが、私は傲岸な米長に首を切られた不遇なひとと解釈している。
「入門したのが昭和54年、二度とその門をくぐれなくなったのが平成24年」とある。ワンマン米長に嫌われ、すっかり蚊帳の外となってしまった中川に追悼文を書かせた『将棋世界』の気転はいい。

 弟子の盧螳貔検D慌裕也。中村太地と続く。

 一連の弟子の追悼文が終り、年齢制限で奨励会を退会した後、三十代でプロになった瀬川晶司の追悼文。
 これは米長が瀬川のプロ編入に賛成だったからだろう。瀬川を受けいれたことや電王戦は米長の功績になる。もっとも電王戦に関しては、プロが将棋ソフトに負けてはたいへんなことになると対戦禁止令を出したのも米長会長なのだが、渡辺竜王とボナンザとか、自らボンクラーズと対戦とか、あらたな局面を切り開いたのも事実である。私は、あの時点での「ソフトとの対戦禁止」は妥当な処置だったと思っている。



 ここからはマスコミの登場。
 序列は竜王戦1位だから、まずは読売OB。このひとは今の肩書は退社して「将棋ジャーナリスト」だが、長年読売の将棋担当記者として将棋界と関わってきたひとだ。当然の順だ。ついで読売の現役将棋担当者。
 タイトルホルダーの追悼文順位で朝日毎日の名人を1位にしたので、こちらは竜王の読売を1位にしたのだろう。その辺の気遣いが見える。読売がふたり続く。

 ついで名人戦主催の毎日。朝日。
 新聞三社連合(王位戦主催)。日経(王座)と続く。
 共同通信(棋王戦)。ここではあの有名な米長の名言「兄貴たちは頭が悪いから東大に行った。俺は頭がいいから将棋棋士になった」が、本当は芹沢の作り話であることが明かされている。



 最後が棋聖戦の産經。新聞の序列とはすなわち棋戦の賞金の額である。かつて棋聖はもっと上だった。産經も苦しいのか、いま最下位である。賞金が安いことがよくわかる。

 このひとは「米長さんの全盛期を知らない」と書いていることからも若い人らしく、けっこう見当違いのことを書いている。
「現役時代から永世棋聖を名乗っていた米長邦雄さん、戒名にも棋聖の言葉が付けられていた。ことのほか棋聖に思い入れがあったことが伺える」ってのは間抜け。大山が十五世名人を名乗ったように、中原が永世十段を名乗ったように、米長も「ただの九段」になるわけには行かなかった。大山や中原はそれをいくつももっていたが、米長のもっていたのは年に二度開催のころに取った永世棋聖だけだった。だから永世棋聖を名乗った。それだけの話。今のように年一回開催だと五期取れなかったかも知れない。充実していた時期に連続して取って永世棋聖を獲得したのは幸運だった。

 惜しかったのに「永世棋王」がある。これの規定は「連続五期」だ。米長は連続四期保持したが永世棋王を懸けた五期目に桐山に敗れている。あそこで勝って「永世棋王」を獲得していたらどうだったろう。いま七大棋戦の順列で、棋王は5番目、棋聖は最低の7番目である。あくまでも「今の賞金額」による順位であり、かつては棋聖のほうが上だった。

 永世棋聖は、通算五期とれば名乗れる。かつては年に二度開催だったこともあり複数いるが、いまのところ永世棋王は羽生だけである。もしも米長が永世棋王を取っていたら、それは大山、中原でも出来なかった史上初の永世棋王だった。なら私は、米長は「永世棋王」を名乗ったように思う。この世にひとりしかいない、大山中原でも出来なかったというのはいかにも米長好みである。
 取ってないものを論じても無意味だが、この産經記者の文が的外れとは言えよう。「棋聖」で言うなら、今でもタイトル獲得史上最年少の記録である屋敷が、棋聖位を失ってからも愛称として棋士仲間から「キセー」と呼ばれたことの方が印象的だ。



 山崎バニラの追悼文。これも米長と親交があったからだろう。山崎七段との山崎山崎対談の号では表紙にまでなっていた。お気に入りだったのかな。私も山崎バニラは「パソコン自作派」ということで好きだけど。(後にツイッターで「山崎バニラは米長の最後の女」というデマが流され、山崎が閉口するという事件が起きる。)

 ここで意外なことに林葉直子が登場する。しかもみな1ページなのに2ページも書いている。米長に破門されているから弟子ではない。美少女女流棋士として将棋普及に役だったが、最後は中原との不倫騒動やヘアヌードでだいぶ将棋のイメージを貶めた罪人である。近年の目を背けたくなるような容貌劣化も話題になっている。追悼文はとてもよく書けていた。



 河口俊彦が4ページ。ここはやはり河口さんに米長将棋を語ってもらわないと。充実したページだ。
 C2時代の森下卓に、A級の米長が「研究会をやって教えてくれないか」と頼むシーンを伝えている。その場に河口さんもいたのだ。
「私は、私より強いか、私より熱心な人としか研究会はしません」というとんでもない森下四段の返事。それに慌てず騒がず米長は、「君より強いかどうかはわからないが、熱心さなら君に負けない」と応えてふたりだけの研究会が始まる。気鋭の若手である森下の最新の序盤感覚を取りいれた米長は、苦手としていた序盤がうまくなり、それが49歳名人に繋がってゆく。49歳は木村や大山が名人を失う落ち目の年だ。今後もこの「最年長名人」の記録が更新されることはないだろう。いや、羽生世代なら年長更新は出来るが、それは羽生や森内や佐藤の復位であり、「初名人」はあるまい。

 ここで河口さんは、米長が若手の序盤感覚を取りいれたことを「よくなかった」としている。それを取りいれたから名人になれた。これは間違いない。本来の米長将棋では中原は倒せなかった。棋風改造により宿敵の中原からやっと名人位を奪取できた。しかしその棋風改造により米長将棋は変化し、引退を早めた。河口さんはそう解釈する。若手の序盤感覚を取りいれての改造をしなかったら、米長はいつもの泥沼流で60を過ぎても現役でいられたと推測する。
 でもそれでは名人にはなれなかった。だから、一期だけでも宿願の名人になれたからそれでいいのだろうけど、「あの棋風改造は問題あり」というのが河口さんの結論のようだ。興味深い。



 ここで「追悼特集」は終るが、そのあとの青野照市の、いつもは順位戦を中心にした棋界の流れを追う「将棋時評」も米長将棋特集となっている。10ページ。
 高橋道雄の「名局セレクション」も米長の隠れた名局を特集する。2×3で6ページ。
 いやはやなんとも充実した追悼号である。40年も買っていながら、よりによってこの号だけ買えなかった私もまた珍しいひとになる。

 人気連載「イメージと読みの将棋観」でも、テーマのひとつとして「将棋界に生きる米長哲学」を取りあげている。ただしこれは生前のインタビューであり追悼とは無関係と断っている。でもいいタイミングで、とてもいい追悼になっていた。ここを読んでくれている将棋ファンなら、かの有名な「米長哲学」はご存知だろうから説明は略。



 同じく人気連載の勝又清和の「突き抜ける! 現代将棋」は米長の訃報に触れていない。すでに書きあげてあったのだろう。その代わり3月3日発売の4月号で米長玉や米長の名局をびっしりと特集した。5月号に続くとなっている。すばらしかった。私はこの勝又の連載だけで『将棋世界』は750円の価値があると思っている。あらためてその充実ぶりに感嘆した。

 河口さんが老いた後、こういう形の伝道者はこれからどうなるのだろうと案じていた。文章が達者なことから跡継ぎと思われた先崎のそれは、ちっともおもしろくなかった。期待外れである。しかしそこに期待されていなかった(失礼)勝又がまさに彗星の如く現れた。競馬で言うなら種牡馬ステイゴールドの成功のようである。先崎は、2歳時の活躍と名血から大きな期待を寄せられたが種牡馬失格した××のようなものになる。××は適当に当てはめてください。いくらでもいる。



 追悼文でいちばんよかったのは内藤國雄九段。林葉もよかった。
 記事では河口さんのもの。
 でも一番は、4月号になるが、勝又の米長特集。

 不可解なのは、中原さんと先崎が登場しないことだけだ。
 いまも将棋界の歴代対局数でトップなのは「中原米長戦」である。中原さんの最大のライバルが米長であったのは確乎たる事実だ。本来なら、それこそ現役の竜王名人を飛びこえて、「十六世名人」として最初に追悼文が登場せねばならない。なのにない。
 体調がわるいようだけど、それならコメントという形でも出来たろう。いま中原さんは米長の死になど関わりたくないというほど嫌っているのだろうか。
 中原さんの場合は体調から推測することも可能だが、先崎になるとまったくわからない。米長と先崎が絶縁したという話も聞かないのだが……。

 それと、元『将棋世界』編集長で、そこから高名な作家となった大崎善生さんなんかも、本来なら追悼文を寄せる立場だろう。だが大崎さんは女流分裂騒動のときのコメントで、米長から諸悪の根源のように言われた。
 どっちの味方をするかとなったら、私はもちろん大崎さん側につく。とにかく米長というひとの極端な好き嫌いはたいへんなものだった。この追悼号には大崎さんのおの字もない。現在の編集長は大崎さんのエッセイ集にも登場する(というかエッセイ集のタイトルになっている)大崎さんが育てた「編集者T君」だ。林葉を出すなら大崎さんにも声を掛けてもよかったのではないか。それとも、声を掛けたが大崎さんのほうで断ったのか。それはそれで米長追悼号らしくていい。

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 と、図書館に返却する前に、ざっと3月号の追悼の中身を書いてみた。
 今夜やっとバックナンバーを買えるところを発見した。じつは買おうと思って探しても見つからず、それで図書館に予約閲覧を申しこんだのだった。
 といってもそれはべつにむずかしいことではなかった。単に私がネットで雑誌のバックナンバーを買ったことがなく不慣れだっただけである。750円の本が送料や手数料で1500円になってしまうが、永久保存版だから買わねばならない。

 将棋連盟の会長が現役のまま死去したのは初めてのケースである。米長が「棋界のナベツネ」になったかどうかはさだかでないが、「死ぬまで会長」は実現したことになる。過去の棋士の追悼特集ではなく、現役の会長の死であるからか、充実した中身の追悼特集だった。
 もうすぐ発売になる5月号の、勝又の「米長特集第二弾」が楽しみだ。

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【附記】──関西在住の連盟会長は初?──2014/7/1

 上に「関西の棋士が連盟会長になったのは初」と書いてしまった。考えればすぐにわかることだが、大山さんがいる。その前にもいたはずだ。初のはずがない。ならなぜ書いたかと言うと、米長が亡くなり谷川が後を継いだとき、たしかにそういう表現を見かけたからだ。そのまま深く考えず引いてしまった。
 今回ひさしぶりに読みかえし、なんという愚かなことをと赤面しつつ削除した。しかしまた、なぜそんなことを書いたのかと気になり、考えてみた。たしかにそんな文章を見かけたのだ。

 それで思いついたのだが、それは「関西在住棋士の連盟会長は初」ということなのではないか。谷川の家はあちらにあり、つい先日も「週に何度も往復している」と読んだばかりだった。そう思う。間違っていたらまた直します。

マンガ大賞考──2013年は「海街diary」──世間との数少ない接点

manga-gaku 今年のマンガ大賞が決まったらしい。

マンガ大賞とはなにかとWikipediaから引くと。

マンガ大賞(まんがたいしょう、英題: Cartoon grand prize)は、マンガ大賞実行委員会によって主催される漫画賞である。友達に勧めたくなる漫画を選ぶことをコンセプトにしている。発起人はニッポン放送アナウンサーの吉田尚記。2008年3月末に第1回マンガ大賞が発表された。

 ということらしい。



 脱線するが、タイ語にマンガやアニメのことを呼ぶ独自の言葉はない。なんというかと言うと英語のカトゥーンである。それは英語のそれに匹敵するマンガ文化がなかったからだろう。りんごは「アップル(発音はエップン)」。これまた当然だ。あの国でりんごは成らなかったから。高級輸入品なので水商売のねーちゃんによくねだられたものだ。いまは違うようだけど。

 世界で「manga」という日本語、「anime」(本来は英語だが、それとはまた別の意味で使われている)という日本語?が普及しているのとは対象的な話になる。Tsunamiという世界標準語には胸が痛むが。



 マンガ大賞の対象になる作品は限定されているとか。再度Wikipediaから。

選考年の前年の1月1日 - 12月31日に出版された単行本の最大巻数が8巻までに限定された漫画作品(過去にマンガ大賞受賞作は除外)を対象としている。これは「8巻まで出ていれば、人に勧めたいマンガの面白さは発揮されているだろう」「それ以上の長さのものは、面白さは世間に知れ渡っているだろう」「これ以上長いと、気軽に手に取るにはちょっと量がありすぎる」ためだという。

 なるほどね。「8巻」までという限定はおもしろい。



 2008年の第1回が「岳」。これはビッグコミックオリジナルだから知ってはいた。でも読んでなかった。それからまとめ読みした。このブログにも感想を書いた。

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「岳──みんなの山──石塚真一を読む」


 いまこの文を読み返してみたら、マンガの話なのに麻生さんの漢字誤読に触れていて苦笑した。

 私にとってマンガ大賞とは、ビッグコミックやモーニングすら買わなくなった身に、この作品のことを教えてくれた恩義になる。またそれは「インターネットの価値」にも繋がる。インターネットの流し見する情報で「今年のマンガ大賞に『岳』が撰ばれた」と知らなければ、私は今もこの作品のことを知らなかった。感謝、である。



manga-chihayafuru 2009年は「ちはやふる」。テーマは競技カルタである。タイトルは小倉百人一首の撰歌「ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは」から来ている。テレビアニメにもなったというから万人の知る作品なのだろう。

 私はかるたに疎く、毎年正月のニュースでやる競技かるたの映像も、奇妙なものだと思って見ていただけだが(挌闘技なのはよくわかった)、唯一「ちはやふる」は落語のネタで小学生のときから知っていた。諳んじられる数少ない一首である。落語演目「千早振る」はよくできたネタだ。落語らしくて罪がない。

 私はこどものころから人後に落ちないマンガ好きだったが、少女漫画のタッチだけは受けつけなかったので、この作品も、とてもよく出来たストーリィだと感心したが、購入とまでは行かなかった。マンガについて、それなりに語れる知識を積み重ねていると自負しているが、こと少女漫画だけは「ベルサイユのバラ」とかも読んでいないし(読もうとしたがつらくてダメだった)何も知らない。



manga-teruma
 2010年はヤマザキマリの「テルマエ・ロマエ」。これは西原理恵子のエッセイで知り、受賞以前に購入していた。嫉妬心の強いサイバラは「あんなもんで稼ぎやがって」と相変わらずの口の悪さでこの作品を誉めていた。
これは画期的な作品だ。「こんな世界でマンガを描ける」というのに驚嘆した。発想がぶっとんでいる。

 阿部寛主演で映画にもなったらしい。DVDにはもうなっているのかな。今度借りてみよう。
 気楽なのは、原作と映画は異なっているだろうが、この作品に関しては、それに苛立たないことだ。作者の感覚を監督がどう受けとめたのかというセンス勝負になり、それが自分の願うものとは異なっていたとしても、それはそれで割りきれる。阿部寛でいうと業田良家のマンガを原作とした映画「自虐の詩」があった。すっきり割りきれて楽しめた。小説が原作の作品で感じる違和感がないので助かる。これもきっとアベちゃんのいい味が出た作品になっていることだろう。


kanren1  DVDで映画「テルマエ・ロマエ」を観る



manga-3gatsu
 2011年は「3月のライオン」。これは将棋好きとして当然受賞以前から「話題の将棋マンガ」として知っていたが、絵柄が私好みではないので読まずにいた。なぜそういう情報を知っていたかというと、将棋雑誌である。日本将棋連盟の機関誌『将棋世界』は、将棋の普及に熱心だ。だから将棋をテーマにした小説やマンガが話題になるとすぐに紹介する。それで知ってはいた。でも将棋マンガには落胆することばかりなので近寄らなかった。

 受賞と知って読んでみた。全巻持っている。監修は先崎。「月下の棋士」のようなアホな将棋マンガよりも遥かによく出来ている。ただこれも女流漫画家のタッチなので私にはむずかしい。これはあらためて「将棋」の項目で書こう。将棋はマンガの素材としては適していないと思っている。とはいえ「月下の棋士」や「ハチワンダイバー」のような世界とはまたちがった将棋マンガの切り口として、この作品は高く評価されるだろう。ってもう評価されてるのか(笑)。



manga-gin
 2012年は「銀の匙」。北海道の農業高校が舞台。さすがにこの種の青春マンガを楽しむのはきつくなってきたので、この「銀の匙」と「ちはやふる」は漫画喫茶でお茶を濁した。初めて読んだとき、「荒川弘」って男の漫画家なのにタッチが女っぽく、最近はもう男女の区別なく、みなこんな感じの絵なのかと思ったら、女だった。「弘」は「ひろむ」と読むらしい。「ひろむ」って名前は部落出身の売国奴野中広務しか知らない。

 ここまで「岳」以外はみんな女漫画家だ。そういう時代なのか。それともこのマンガ大賞というものの視点がそっちなのか。かといって「これを撰べ!」と推す作品があるわけでもないが。



manga-umimachi
 発表になったばかりの2013年度マンガ大賞(2012年に発刊された作品から撰ぶ)は、この「海街diary」に決まったそうだ。これは知らない作品。そのうち漫画喫茶で読んでこよう。
 吉田秋生という作者も女性らしい。女の時代なんだな。

 まったく知らなかったので、どこで連載されているのだろうと調べてみた。
《『月刊flowers』(小学館)に不定期に連載》とあり、じゃあ「月刊flowers」ってなにと調べると、《小学館から発売されている日本の女性向け月刊漫画雑誌》だとか。そりゃ知らん。でも毎週「女性自身」や「女性セブン」まで立ち読みし、芸能人のゴシップまで完全掌握(笑)していた雑誌マニアのむかしなら、きっと知っていたろう。

 そういや「3月のライオン」も単行本で買ったから掲載誌を知らなかった。「ヤングアニマル」白泉社と知って、さらに首を傾げた。今までにいろんなヤングなんとかが出たけど「アニマル」は知らない。なんちゅう命名センスだろう。それと出版社の名前だ。「白泉社って、フランス語の教科書出してなかったか!?」と思ったら、それは白水社だった。



 芥川賞や直木賞の受賞作だけを熱心に読むひとがいる。私はそういう読書はしないけど、買うほどでもないが無視できないというような作品は図書館で借りて読もうと思うことがある。すると受賞したばかりの作品には、なんと何十人もの予約が入っていて一年先まで読めなかったりする。それを知ると読む気が失せて、すんなり諦められた。そしてまた2年後ぐらいにふいにそれを思い出して探すと、今度は誰にも借りられることなくひっそりと眠っているのだった。

 そういう読書法を嫌っている、というかあなどっているのに、マンガ大賞受賞作品を知って、それを読む、というのは、まったく同じ感覚になる。嗤えない。

 でもまあアンテナを張ることをやめてしまい、ますます世間とは遠ざかり仙人ぽくなってきた今だから、こういうのの世話になるのもいいかもしれない。
「おとなのマンガ大賞」とか、そんなのはないのかな。それがあると助かるんだけど。
 漫画評論もする呉智英さんは、いまもこの種の漫画をきちんと読破しているのだろうか。

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【追記】──「孤独のグルメ」再読

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 年明けだったか、いや年末か、もう忘れたけど、ネットで「『孤独のグルメ』が話題になっている」と見かけた。なぜ話題になっているのかも忘れたが、とにかくそれで、再読した。懐かしかった。1990年代中期の作品である。
そういう刺激を与えてくれるから、やはりネットってのはありがたいと思う。だってそれがなかったら、私がこの作品を読み返すことはなかったから。

「忘れた」ばかりじゃまずいので調べてみた。そうか、テレ東でテレビドラマになったのか。テレビドラマになって話題になり、いま、むかしの原作本が売れているという話だった。テレビを見ないのでこのへんもズレている。
それにしても近年のテレ東、なかなかやるな。

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【追記.2】──青春モノ嫌い

 学校を舞台にしたような青春モノが嫌いだ。それは齢のせいかと思ったが、思えばこどものころから、むかしから大嫌いだった。

 学園ドラマとして日本一有名なのは「金八先生」だろうが、あれ以前にも、私の時代にもその種のものはあった。千葉県知事森田健作はそのころのスターだ。
 生徒が主役だと、スポーツが得意な明朗快活な主人公がいて、マドンナ(笑)がいて、勉強だけが得意な青白いイヤミなインテリがいて、落ちこぼれがいて、ワルがいて、教師は敵になる。教頭は腹黒く、校長先生はいいひとだった。「熱血教師」が主役のものも、基本配役は同じである。シリーズによって変るのはスポーツの種類ぐらいだ。

 クラスには、それが大好きな連中がいた。
 私は当時から嫌いで一切見なかった。
 その理由を考えてみると、教師一族(当時田舎の没落地主は教育をつけて、そうなるぐらいしかなかった)であり、校長だった父が毎晩のように泥酔し、部下を連れて我が家で二次会の乱痴気騒ぎをやっていたことから、当時は聖職(笑)であった教師の実態をふつうよりはすこし知っていたということもあろうが、それ以上に、学園ものの勧善懲悪というウソっぽさが嫌いだったからのように思う。いわゆる「オケツがこそばゆくなる」であり、夕日に向かって海辺を走る感覚になじめなかった。

 金曜八時の「金八先生」を見ない、知らないのは、金曜八時はプロレスを見ていたからと思っていたが、もしもそうでなかったとしても私は見なかったと気づく。ああいう世界が嫌いなのだ。番組表だけの問題なら、あとからビデオでもなんでも見ることができる。それをしなかった。いまもしていない。

 そのころから一貫して嫌いなのだから、さすがにいま「学園マンガ」はきつい。

「ビー・バップ・ハイスクール」のようなのも嫌いで読まなかった。嫌うというより読んでいてつまらないのだ。作品世界に興味がない。
 学校が嫌いな落ちこぼれで、ああいう作品世界が大好きなのがいる。ほんとうは学校が好きで、自分なりの理想の学園生活を夢見ているのだろう。
 ああいう作品を一切合切大嫌いなことからも、私の学校嫌いのほうが本物?だと思う。

 マンガ大賞に選ばれるような話題の作品を「読んでみよう」と思いつつ手がでないのは、齢をとったからとか、絵のタッチが、とかではなく、「学園モノは嫌いなのだ」という基本を確認した。

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【追記.3】──「海街diary」を読んでみた

 夕方、すこし時間が出来たのでまんが喫茶で「海街diary」を読んでみた。 
なるほど、こういう作品なのか。粗雑な頭なので、複雑な人間関係を理解するまで時間が掛かった(笑)。わたしゃ複雑な家庭環境モノも苦手なんだよなあ。

 世の中には、平凡だけどしあわせな家庭に育ったのに(育ったからこそ)波瀾万丈の家庭モノを好む人もいるのだろう。私が絶対に見ることのない「大家族モノ」なんてテレビ番組が受けているのも、その流れなのだろう。
まだ一巻とニ巻しか読んでいない。感想は、通読してから書こう。 

将棋話──渡辺、棋王奪取! 三冠に!──最優秀棋士はどっちだ!?

昨日の電王戦に続き、今日は棋王戦第4局。競馬はG1高松宮記念だし大相撲は千秋楽で白鵬が大鵬双葉山を超える9回目の全勝優勝を成し遂げるかどうかで、たまらん一日となった。特に棋王戦が一日決着なのは大きい。これが二日制の初日だったらこんなには盛り上がらない。

郷田から奪取したそのことよりも、なんといっても内容が素晴らしい。今日の将棋も多くの人の讃えられるものだろう。消費時間もすくなく、いまの渡辺は怖いものなしか。ヒールとして、存在感満点である。ぐれーと!



予想通り渡辺が郷田に勝ち、棋王を3対1で奪取。初めての三冠になった。羽生があまりにすごいのでことばに鈍感になっているが、三冠てのは偉業達成である。渡辺はこれで、升田から羽生にいたる系譜に名を刻む歴史的棋士であることを自ら証明した。いくら強豪相手に防衛する竜王に価値があっても、今までは「竜王だけの人」だった。佐藤、郷田から奪取することで、「羽生世代超え」を成し遂げたことになる。

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羽生は森内から名人位を奪取するだろうから、これで羽生四冠、渡辺三冠の時代になる。問題はそのあとだ。渡辺が三冠以上になれるかどうか。羽生は凋落するのか、羽生世代の逆襲があるのか。広瀬や豊島による次の世代が擡頭してくるのか。



2013年春は、渡辺が佐藤、郷田から二冠を奪取し、竜王だけの人ではないことを証明した記念すべき季節となった。
さて、これで最優秀棋士は渡辺に確定か?

将棋の普及、イメージアップのために、厳しいスケジュールの中でも、嫌な顔一つせず協力する羽生の姿勢に心酔している関係者は多い。それと比すと渡辺はドライな現実主義者だ。東日本大震災のあとには千駄ヶ谷駅前で募金活動をしていたりしたけど、羽生のように自分の時間を犠牲にしてまで、ではない。

流れとしては完全に渡辺のものだが、票は意外にまた拮抗するのかもしれない。棋戦を主催している新聞社の担当者によって選ばれる(かつてはテレビ東京の「早指し選手権」アナの島田さんなんかも投票権があった)最優秀棋士なんて、ある意味どうでもいいものだけど、ますますその行方が興味深くなった。さてどうなるか。

将棋話──第2回電王戦開幕──米長の敗戦を振り返る──阿部光瑠、勝利!

Shogi.gif 今日から第2回電王戦が開幕する。昨年は米長とボンクラーズの対戦のみだったが、今年は5人の棋士といつつの将棋ソフトの対決。今日は、阿部光瑠四段と世界コンピュータ将棋選手権5位の習甦(しゅうそ)が対局中。ニコ生で中継している。いま行ってみた。まだ入れるようだが、どうせ会員ではないのでいいところで弾き出されるのが見えている。何度もやられて悔しい思いをした。だったら有料会員になればいいんだけど(笑)。

 棋戦を中継したり、今回の電王戦でもスポンサーになって盛り上げたり、ニコ生(=ドワンゴ)が、将棋界の発展に寄与しているのは事実であり、将棋ファンとしてすなおに感謝しているのだが、同時にまたドワンゴが将棋コンテンツで大きく儲けたのも事実であり、なんか月525円でも躊躇する自分がいる。

 BSやCSとも無縁の生活なので有料視聴に慣れていない。逆に言うと、ここで一歩踏み込んでドワンゴに金を払うと、一気にそういうことに抵抗がなくなり、あちこちに払うようになるのだろう。

 私はいまテレビを見ないけれど、PC作業のあいまに「動画倉庫」のようなところはけっこう覗く。明け方に見知らぬお笑い番組を見て楽しんだりしている。調べてみると毎日放送制作で関西地区の番組だったりする。これらを楽しんでいると、心底からもうリアルタイムでテレビを見ることはないだろうと感じる。しかしこのネット視聴でもよく「混み合っているので見られません。有料会員になると見られます。月525円」をやられる。BSやCSの有料放送とは今後も無縁だろうが、ネットのこれには入ってしまいそうだ。最初のそれがニコ生の将棋か。



 Google日本語入力が「阿部光瑠」を一発で変換した。さすが! でも「習甦」は出なかった。辞書登録。まあ発売されているソフトでもないしね。この見慣れぬ漢字二文字には「羽生」が入っている。
 大好きなソフト『激指』が今回5位までに入れず登場しないのがすこし残念。

※ 

 ニコ生のサイトにある第2回電王戦のPVを見た。とてもよくできているので感心した。8分の長尺。 

yonenaga2 瀬戸内寂聴みたいな貧相なおばあさんが出ているのでなんだろうと思ったら、ガン治療で頭を丸めた米長だった。 左写真。

 このPV、棋士が魔王に立ち向かう5人の勇者みたいな作りになっていて(笑)、魔王役はボンクラーズ(今回は名前を改めてPuella α)の伊藤がやっていた。悪役としてふさわしい。ほんと、このひとは傲慢だ。でもこんなひとがいたほうが盛り上がるのか。



 昨年、後手番の米長は二手目に6二玉と指した。対局も見たし、その後の彼の著書「われ敗れたり」も読んだ。
 米長は自身の名高い米長玉(9八玉)を例に出し、この6二玉は第二の米長玉であり、自分が弱いからたまたま負けてしまったが、後世にまで伝えられるような意義のある手なのだと主張していた。

 そうなのかも知れない。勝つためには最善の方法だったのもしれない。しかしこれはもう力負けを認めている一言でもある。
 米長の名言(迷言?)に「矢倉は将棋の純文学」というのがある。私は、そう言った米長にそれをして欲しかった。でも自宅での何百局もの対戦で、それでは勝てないともう結論は出ていた。正々堂々のまともな将棋では勝てないのだ。つまりその時点で勝敗は決まっていたことになる。正面から行っては勝てない力士に唯一勝つ方法として編み出したのが、猫騙しをして相手を戸惑わせ、後ろに回って押し出すことだった。それが二手目6二玉からの、あの不思議な空中城構築だった。
 それがどんなに優れたアイディアだったとしても、そこにはもう「正面からの居飛車、振り飛車、どの戦法でも勝てない」ということが前提にあった。それがなんともかなしく、米長の主張を読めば読むほどせつなくなった。



 今日の対局者である阿部光瑠四段はPVの中で、「正面からの将棋を指す。そのほうが悔いがないから」のような発言をしていた。きっとそういう将棋を指すことだろう。どんな結果になるのだろう。
 五番勝負最後には、優勝したクラスターマシンの怪物GPS将棋が控えている。戦うのは三浦八段。

 もしも今回プロ棋士が全敗するような結果になったなら、来年は羽生だ渡辺だということではなく、企劃そのものが廃止になるように思う。それはそれでいい。人間同士が指す将棋は、コンピュータの強さとは別に存在すればいいのだから。あの羽生でさえ一手詰みに気づかず負けたりする(対木村戦)。それが将棋の味わいでもある。

 問題は、2勝3敗の負け越し、のような微妙な場合だ。こうなると将棋連盟も引っ込みがつかず、来年もまた、となるのだろうか。もちろん5戦全勝だったらまちがいなく来年も、となる。これは拒めまい。往くも地獄、引くも地獄。



 将棋ソフトはファミコンの時からやっている。最初は「森田将棋」かな? スーファミでもPS、PS2でも将棋ソフトは買い続けた。Nintendoはこっち方面は捨てたのだろう、GameCubeもWiiもいい将棋ソフトはない。
 PS3に「銀星将棋」ってのがあるが(PCにもある。持っている)、これは北朝鮮が作ったソフトなんだよね。コンピュータ将棋選手権には初期の頃から出ていた。初めて出てきてからずっとそこそこの成績を収めていた。「北朝鮮? 将棋?」と不思議な感じがしたものだった。PSVITA版も出たのか。強いのを謳っているけどどうなんだろう。

 PCのほうは、Windows 3.1時代に将棋ソフトをもって海外に出たことを覚えている。フロッピーディスク1枚のソフトは弱くて相手にならなかった。1991年。「極」のころ。
 そのあとのPCソフトで有名なのは「AI将棋」「金沢将棋」「東大将棋」か。みんな買ったけど2000年を過ぎても一度も負けなかった。初めて完敗したのはPS2の『激指2』だった。発売は2003年か。『激指』は歴史的には新顔だったけど最初から強かった。今じゃパソコンの『激指12』初段にころころ負けている。

 パソコン将棋はCPUで激変する。その証拠にDSの将棋ソフトはおそろしく弱い(笑)。10数年前のソフトのよう。どんなすぐれたプログラムもCPU次第なのだろう。それは私のパソコンでも、同じ『激指10』が、以前のCore2 Duoの2.3GHZの時と今のCore i7のOCした4.3GHZでは強さがぜんぜん違うことからも解る。何百台も繋ぐGPS将棋ってどれぐらい強いのだろう。まあ「繋ぐ」ということ自体はもうチェスの「ディープ・ブルー」の時にも言われていたが。



 いま行ってみたら、ニコ生は真っ暗な画面にコメントだけ流れているな(笑)。なんでしょ。どうせいいとこで追い出されるからどうでもいいんだけど。
 阿部四段、がんばれよ!



 おお、やっと見られた。解説阿久津に聞き手矢内か。 早いアクセスだが10万人も見ているらしいから、もうすぐ追い出されるな。
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 13時にはもう追い出されるだろうと思ったら14時になってもまだ見られる。ラッキー。
 15時から競馬観戦。
 それが終り、16時になって、そろそろかなあと思ったら、やっぱり「出て行ってくれ」と言われた(泣)。ちょうどこれからいいところなのに……。
 阿部、習甦の攻めを凌ぎきれるか!?

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●阿部、勝利! 人間側、まずは1勝!

 18時半、阿部の勝利を確認。最終形はともに「米長玉」だが、阿部は餘裕、コンピュータは苦し紛れ、まったくちがう。最終形の米長玉も米長の追悼になるだろう。おめでとうコール! 幸先良し! 

生活雑記──酒屋の若旦那とインターネット話──安倍首相のFacebookのフランス人のこと

 いつも行く酒屋は、70代の旦那と40前後の若旦那が店番をしている。
 客待ちのあいだ、若旦那はいつもノートパソコンに向かっている。

 旦那のほうとは何度か世間話をしていた。
 あちらのほうから客との会話の定番である、「いやあ、寒くなりましたねえ」などと話しかけてくるので、こちらも作法通りに「今年は冬が早いようですね」などと応えていた。
 無口な若旦那とは会話したことがなかった。私と旦那の会話の時もノートパソコンに向かっていて、こちらを無視することが多かった。そんな無礼な商売人にこちらから話し掛けることもない。



 店内のPOPがカラフルに、とてもよく出来ている。パソコンによる手製だ。あの若旦那がノートパソコンで作っているのかと、前々から気になっていた。画質からインクジェットプリンタだとわかる。
 ある日、いつもの焼酎を若旦那から買った時、社交性のない私には珍しく、「これはご自分で作っているのですか?」と思わず話しかけてしまった。

 若旦那は「ええ」とそっけなく応えた。すると横っちょで商品整理をしていた旦那のほうが、「いやあもう便利な時代になって」とか「わたしなんかにゃチンプンカンプン」と即座に応じてきた。旦那も若旦那も、私がそういうものに知識のない、まるで印刷物であるかのようなPOPに感嘆している客と判断したようだった。
 つまりパソコン好きの若旦那はそっち方面に知識のないオヤジが適当に話し掛けてきたなと私を敬遠し、旦那のほうは、知識のない客の適当な話し掛けに、接客態度のよくない息子が無愛想な応対をしそうだと、横っちょから助け舟を出してくれたのだ。それは鈍い私にも露骨なほど感じられたから、明らかにそうだったのだろう(笑)。

 気持ちとしてはわかる。知識のないひとに適当に話し掛けられ、脹らむことなく終る会話は虚しい。



 話し掛けた相手に冷たく応対され、横から助け船まで出される惨めな状況だから、誇り高い私としては憤然としてそこで会話を打ち切るのが常なのだが、なぜか私は、店中の商品に貼られているA−4版の値段(黄色地の紙に赤字で値段が書かれているタイプ)を見ながら、「これ、インクジェットでしょ。たいへんですね」と言っていた。前々から思っていたことだから自然に口を突いていた。

 社交家でない私がつい話し掛けてしまったのもそれが理由だった。昨今のインクジェットプリンタは「ハードは安く、消耗品で儲ける」に徹底している。CANONが自社の製品よりも安いインクを製造していた会社──なんて言うんだっけ、サプライ品メーカーでいいの?──を違法だと訴えた事件も記憶に新しい。儲けるジャンルのインク分野に他所から参入されて鳶に油揚げは許さないだろう。でもそういうメーカーが複数存在する(需用がある)ほどむかしからインクジェットプリンタの消耗品は高く、CANONが裁判を起こすほど、そこは儲かる分野なのだ。

 私のプリンタはここ数年カラーレーザーが中心だった。それで何の問題もなかったのだが、DVDのラベル印刷とか写真印刷ではインクジェットの画質が欲しくなるときがあり、つい先日数年ぶりにCANONのそれを購入したばかりだった。CANONのインクジェットプリンタを最初の製品から使ってきたという思い入れもある。そして予想通りインクの減りの速さに往生していた。以前もひどかったのに、ますますすごいことになっていた。ちょっとバカにならない額である。若旦那に話し掛けた「たいへんですね」は「これじゃ消耗品のインク代がたいへんですね」の意味になる。



 するとそれを聞いた若旦那がピクンと反応したのだ。そこがそれ好事家。好きな道には通ずるものがある。「そうなんですよ、インクがね」「ぼくはもうカラーレーザーにしました」「でもレーザーのトナーも高いですよ」「ですね。でもカラーレーザーはハードが、かつては夢でしたもの」「個人には無理でしたね」。
 一気に話が弾む。あまり周囲にパソコン好きがいないのか、若旦那も話の通じる客と出会い、ちょっとうれしそうだった。
 おかしかったのは、それまでは「パソコンを知らない者同士」として私に親近感?を持っていたのだろう旦那が、息子と私が自分のわからない話で盛りあがり始めたので、ちょっと傷ついた顔をして(笑)、そこからさっと去って行ったことだった。

 いつも行く酒屋で、そんなことからパソコン好きの若旦那と仲よくなったという、ここまでが「生活雑記」。ここからいわば本題の「安倍首相のフェースブックとフラン人の話」になる。

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 さらに話している内に、若旦那は政治思想的にも私とちかいひとだと知った。最初は「アベノミクスで株価があがって」なんて話題だったのだが、そこから自然に民主党政権批判になり、感覚が通じてゆく。

 客待ちをしている間、若旦那はいつもレジでノートパソコンをいじっていた。前記したように、旦那のほうが客である私に「今日は寒いですね」なんて話し掛けている間も、見むきもせず画面を見詰めている。いったい何をしているのだろうと思っていた。オンラインのRPGにでも凝っているのだろうかと。
 それが今回、私と同じく2ちゃんねるの「ニュース速報」等でニュースを追っているのだと知った。

 私がそっち方面にも通じていると知って、若旦那は「さっき、Facebookでフランス人がね」と話し掛けてきた。私はちょうど部屋を出る前にそれを読んできたばかりだった。ホットな話題である。



 安倍首相がFacebookで、大震災における台湾への感謝を述べた。昨年、民主党はあれほど日本のことを案じて多額の義捐金を寄せてくれた台湾を無視するというとんでもない無礼をした。有志がお金を出しあって台湾の新聞に感謝のことばを載せた。そんなことに関わることなどめったにない私だが、あれには一口参加させてもらった。それほど媚中の民主党が台湾に対してやったことは無礼だった。

 今回安倍首相は台湾にも礼を尽くした。当然だ。それがひととしてのありかたたが。するとそれすらも外交に使おうとする中共が式典への参加を缺席した。けっこうだ。出てもらいたくない。中共と南北朝鮮には。
 安倍首相はそれに対しても、「残念ではあるが台湾への感謝は当然である」とゆるがなかった。やっとまともな首相になったと安心したばかりだった。
 そのフェイスブックに朝鮮人が抗議の書きこみをした。ここまでは毎度のこと。

 その相変わらずの身勝手な論理に、フランス人が反論の書きこみをしたのだという。
 それが歴史観としても正しく、また日本語が上手で、Facebookはいまそれで盛りあがっているらしい。



 私はFacebookをやっていないので、それは知らない。ただ2ちゃんねるの「ニュース速報」にすでにスレが立っていた。とても興味ある話題だったから、若旦那の「Facebookでフランス人が」に、喰い気味に「ああ、あれですね」と応えていた。

 当然ながら2ちゃんねるでも、そのフランス人があまりに日本語がうまいこと、日本とシナ朝鮮の歴史と確執に通じていることから、日本人のなりすましではないかとの説も出ていた。
 こういうときFacebookをやっていれば、その文章を読んで自分の意見を書けるのだが、やっていないので読めない。彼がフランス人なのか日本人のなりすましなのか、その文章を読みたかった。



 パソコン黎明期、多くのひとにパソコン通信に参加するよう勧められたが関わらなかった。パソコンに電話線を繋ぐ気にはなれなかった。私には見知らぬひととネット上でのやりとりをしたい気持ちは毛頭ない。mixiもやらなかった。TwitterもIDはもっているが活動していない。Facebookなんてやるはずもない。最近はハンドルだけのメールには返事も書かない。ネット世界で交友を拡げるどころか、もう拡がりすぎなので拒んで狭くしたいほどだ。

 そんな私だからFacebookのそのフランス人の文章を読めないのは当然なのだが、なんとか読んでみたいので、今から探しに行く。うまく見つかるといいが。

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 安倍首相のFacebookで日本人的主張をしてくれたフランス人



辺野古移転──小沢一郎先生の土地はどうなるのか!?

政府、辺野古埋め立てを沖縄県に申請 知事は不快感

 防衛省沖縄防衛局は22日、米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)の移設先となっている名護市辺野古沖の埋め立て申請書類を県に提出した。日米両政府は辺野古沖への移設で合意している。今後は仲井真弘多知事が埋め立て申請を許可するかが焦点となる。


http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2202H_S3A320C1000000/

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 小沢一郎先生は辺野古に5200平方メートルの土地を所有していらっしゃる。もちろん米軍基地が移転することを読んで購入したものだ。というかもともとその移転先は小沢先生がお決めになったことだった。開発地等の地価が高騰する地域の土地をあらかじめ安く買っておき、そこに決定するように自分で決め、開発直前に高値で売る。小沢先生の得意な手法ですな。すんなり移転すれば、そこは基地からすこし離れた米軍人の住宅となる地域だから、10倍以上の値段で売れ、小沢先生の懐が潤うはずだった。何億儲けるおつもりだったのか。政治屋の金づくり、自民党のお家芸とも言える常法である。河野一郎なんてのもこれで蓄財し、それが国賊河野洋平の政治資金となっている。美浦トレセン(笑)。
 師田中角栄から受け継いだこのいつもの錬金術で小沢先生は今回もまたたっぷり儲けるはずだった。

 ところが「恵まれた環境に育った」ため、そのへんの守秘ができない鳩ポッポが、移転先として辺野古の名を出してしまい、小沢先生が辺野古の大地主であることがバレてしまった。まこと婦女子とルーピーはいかんともしがたい。

 さて、この移転問題、どんな決着になるのだろうか。小沢先生は、もういちど自民党を倒す政党を立ち上げようと画策していらっしゃる。「生活党」が衆参両議院の過半数を超える日を夢見ていらっしゃる。そのための資金はあればあるほどいい。辺野古の土地が思惑(しわくではなくおもわくと読みます、麻生大臣)通りに売れることになるのだろうか。

 まあ万が一そうならなかったとしても、岩手の女房子供とは不仲だし、愛人と一緒に晩年を辺野古で過ごすのもいいかと思います。ご先祖の眠る済州島への墓参りにも便利でしょうし。

今日の修正──《高岡蒼甫の反日時代──「パッチギ」のころ》を修正しました


高岡蒼甫の反日時代?──「パッチギ」のころ

の【追記】部分(とはいえ元の本文よりも長い)が黒文字になり、なんとも読み辛いことを知り、修正しました。 

将棋話──羽生の敗れたNHK杯戦に【追記】──大山と羽生のちがい

Shogi.gifNHK杯戦話に【追記】をしました。やはり2ちゃんねるにあったように、羽生敗戦、渡辺初優勝でした。

羽生ファンとして記録の途絶える敗戦は見たくなかったのですが、羽生ファンだからこそきちんと見なければと、がんばって?見ました。完敗でした。
でも、こういう場でああいうことをする羽生ってひとは、すごいです、まともじゃないです(笑)。

渡辺ファンからしたら、「勝てないから奇策に走ったんだろ!」って意見もあるでしょう。でもそうじゃない。



大山と羽生のちがいです。
史上最強棋士大山康晴は、勝つことにこだわりました。勝つこと(=自分の立場の保持)がすべてでした。そのためには、盤上の将棋の戦いとはまたべつに、今も語り伝えられるいくつもの「盤外戦術」を用いました。開局セレモニーの時、酒が好きな挑戦者だったら、酒を飲めないようにしました。対局時、タバコが嫌いな相手には、自分がすでに禁煙しているのにも関わらず、あえてタバコを喫って煙を吹き掛けて不快にしました。いやはやなんともすごいです。



最強棋士として、大山と並んで語られる羽生ですが、この辺の基本的な感覚がちがうように思います。
たとえば大山は、自分の会社を世界一にしようとする企業経営者みたいなひとだったでしょう。松下幸之助みたいな。
対して羽生は、自分の学問に凝っている学者のようです。例えばノーベル賞受賞の××さんのように(適当な名前が浮かびません)。

それは、大山が自分の秘術を自分だけのものにした(対局時に公開した)のに対し、羽生が、自分の研究をあらかじめ全部公開してしまうこと(=そのことにより学問自体が進歩することが喜び)からも判ります。あの時期に「羽生の頭脳」を連載したことが、いかに偉大であることか!



今回、羽生は渡辺に敗れ、今後も実現することはないであろう絶対的記録「NHK杯戦五連覇」を逃しましたが、あの大事な一戦であんなことをやった彼の魅力は絶大です。それでこそ羽生、です。私はあらためて羽生好きの自分に誇りを感じました。

昨年度、私は最優秀棋士は羽生ではなく渡辺だと思いました。しかし結果は圧倒的多数で羽生でした。それは投票権を持つ新聞社テレビ局関係の方々にも、この将棋に対する「羽生哲学」が浸透している(圧倒している、信奉されている)からでしょう。

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しかしまた別話として。

渡辺竜王の「悪役としての存在感」もすごいなあ(笑)。
もしも渡辺竜王がいなかったら、いまもぜんぶタイトルは「羽生世代独占」だった。それじゃつまらない。やはり渡辺竜王の存在感は大きい。ドラクエ1で「世界の半分をおまえにやるが、それでどうだ」と問われ、思わず「はい」と応えてブラックアウトしたアホな私は、そういうブラック世界も大好きなものとして、しみじみ竜王の存在に感謝する。



次は3/24。ごうだあ、がんばれよお!!!

かってに浸入してきて居すわるソフトの恐怖──創価学会?

 入れた憶えがないのにかってに居すわって検索エンジンになろうとするClaroや、しつこくIMEを勧めてくるBaiduのようなソフトにうんざりしていたら、むかしむかしの話を思い出した。



 二十代の頃、私の友人がある人とバイト先で知りあった。とても親切な人だった。親しくなった。その人に誘われ、何も知らないまま、ある集会に参加した。
 短期の契約だったのでバイトはすぐに終った。
 その会社とも、その人とも縁が切れた。はずだった。

 ある日、彼がアパートに帰ると、部屋の中に手土産を持って、その人がすわっていた。
 そのころ近所に住んでいた私と友人は、おたがいの部屋を自由に出入りできるよう鍵を掛けなかった。
 その人は友人に、人生の悩みなどを問い、熱心に何かを語り始めた。
 人のいい友人は、そんな彼の姿勢に感動した。自分のことを心配してくれる親切な人だと。



 数日後、友人が帰宅すると、また部屋の中に手土産を持ったその人がいた。
 また熱心に人生について語っていった。
 そんなことが何度か続いた。

 友人に相談された。どうしたらいいだろう。あれはなんなのだろうと。
 さすがに呑気な友人も、知らない間に部屋の中で自分を待っているその人を、すこし不気味に感じ始めたのだった。
 私もそんな経験はなかったので応えようがない。
 とりあえずお互いに、しばらくは部屋に鍵を掛けることにした。

 数日後、友人が帰宅すると、鍵を掛けたので、今度はドアの前で待っていた。
 部屋の中で話を聞く。
 そこでやっとそれが創価学会であり、その人は入会を奨めている(折伏)のだと知る。
 以前学会の集会に参加したので、その人は、友人に入会の可能性ありと判断していたのだ。



 友人に二度目の相談を受け、今度はもう創価学会と正体が解ったので、私は強く拒むべきとアドバイスした。
 友人も、あれが創価学会の集会だと知っていれば行かなかったのだがと悔いていた。
 しかし気弱な友人は、毎回手土産を持ってドアの前で待っているその人を強く拒むことは出来ず、来るたびに部屋に上げてしまい、長々と話を聞いてしまうのだった。
 ただ気弱ではあれ、創価学会が大嫌いで入会するつもりはないという気持ちは強かったから、どんなに折伏されても肯くことはなかった。

 折伏できると思い込んだその人(折伏した人の数だけ自分の幸福が増す、という教えである)を諦めさせるには、それから長い時間が必要だった。
 入会の意思はないと断ってもその人はやってきた。その人が来そうな日は、友人は私の部屋に避難し、深夜まで帰らなかったりした。



 インストールした覚えもないのにかってに鎮座しているしつこいソフトに出会うと、友人の部屋の中に手土産をもってすわっていたという、その人の不気味さを思い出す。

相撲話──大鵬の思い出-2──大鵬の32回、千代の富士の31回え;\亳郷蟻析困ケチをつけた柏鵬の全勝対決

 大鵬の「八百長相撲」として名高いものに、昭和38年秋場所の柏戸に優勝を譲った一番がある。

 柏戸は、向かうところ敵無しで史上最年少横綱(当時)となる稀代の超大物新人大鵬に立ちはだかった唯一の(齢の近い)先輩力士だった。
 新入幕で11連勝というとんでもない成績の大鵬に、協会は小結の柏戸戦を組んだ。いまでは幕尻の力士でも全勝だったら横綱大関戦が組まれるが当時はそれはしない。が初黒星を点ける。盛りあがった。この場所、大鵬は12勝3敗。小結柏戸は9勝6敗。地位が違うので成績は数字だけでは語れない。横綱大関と当たる小結はいちばん難しい地位だ。それにしても新入幕、二十歳で12勝3敗は凄い。

 横綱昇進前まで柏戸は大鵬に勝ち越している(柏戸の7勝3敗)。それがいかにすごいことだったか。先に大関になり、横綱には同時昇進する。横綱となってからも大鵬とは五分の星を残した。晩年負けが込み、通算成績では負け越してしまったが、「大鵬に強い柏戸」は看板だった。

 剛の柏戸に柔の大鵬という組合せは、ファンも二分し、まさに大相撲界理想の東西の横綱パターンとなる。
 大鵬の出世があまりに早いため忘れられがちだが、柏戸の横綱昇進も22歳であり最年少記録だった。同時昇進なので、柏戸が従来の最年少横綱記録を更新し、一瞬にして、さらにそれを大鵬が更新した、という形になる。

 ただし柏戸の横綱昇進直前三場所の記録は、優勝もなく、ひどいものだった。横綱同時昇進の場所も、大鵬が前場所に続く連続優勝であり文句なしなのに対し、柏戸はその場所こそ相星で優勝決定戦に進出し(巴戦。もうひとりの相星は狄祐峙重機疚隻霖!)準優勝だが、その前場所、前々場所にも優勝はない。現在なら絶対に昇進できない内容である。この辺、柔と剛を同時昇進させて看板にしようという協会の意図が見える。それは図に当たり大きなブームとなる。

 柏鵬時代と称されたが、今も名高い?この八百長相撲のときはもうだいぶ差がついていた。共に横綱に昇進したが、ここまで11場所の内、大鵬が8回の優勝(通算優勝11回)であるのに対して柏戸は優勝なし。優勝は大関時代の1回だけである。元々が剛力の一直線相撲だったので怪我も多く、ここまで横綱として4場所連続休場、早くも引退の危機だった。完全な「大鵬時代」であり、柏鵬時代とは名ばかりとなっていた。



 負けようがないほど完璧な相撲の大鵬が初日から14連勝は当然だったが、片や4場所連続休場明けの落日の柏戸も、14戦全勝で千秋楽まで来た。東西の横綱が全勝で千秋楽決戦という最高の舞台である。大相撲史上でも数えるほどしかない形になる。日本人は判官贔屓だ。誰もが「今回は柏戸に勝たせたい」と思った。その基本には「強すぎる大鵬は何時だって優勝出来るんだから」がある。なんとテレビ解説の玉の海(だったと思う。調べないと)まで「柏戸に勝たせたい」と口にしていた。(確認した、玉の海だ。下に牴9剖未粒き瓩出てくるが、もちろんこちらは先代。下の牴9剖未粒き瓩和膣惷滅掬腓横綱昇進で改名したもの。先代は横綱になっていない。)

 勝ったのは柏戸。涙の優勝である。まさかまさかの奇蹟の復活だった。当人も涙なら、テレビの前の柏戸ファンも大泣きである。れいによって「負けるよ負けるよ、勝てるはずがないよ」と負けたときに傷つかないように予防線を張って応援していた柏戸ファンの母や姉も大感激だった。



 日本中が感激した「あの最強大鵬を破っての柏戸涙の全勝優勝! 柏鵬時代復興!」に正面からケチをつけた男がいた。石原慎太郎である。一橋大学在学中に芥川賞を受賞し、映画監督も経験し、弟を大スターにのしあげた、当時31歳の若手作家は、事もあろうにこの感動の一番を「八百長だ」と批判する文を新聞に投稿した。相撲協会は告訴の用意をしたが、石原が折れる形で和解する。まことに不粋な事件であった。

 石原は、「あの磐石の大鵬が落ち目の柏戸ごときに負けるはずがない。負けてやったのは誰の目にも明白だ。八百長である。許せない。こんな一番に感激するのは愚かである」と言った。
 正論である。だがそれは日本人的情の世界を理解しない幼稚な意見だった。ヒロインが悲劇の死を遂げ観客誰もが落涙する感動の映画のラストシーンに、「あれは死んでないよ。死んだふりをしているだけだ。だってこの前テレビに出てたもん」というこどもと同じレベル。「王様は裸だ」と言ったのと同じ。水商売の女の「また来てね。待ってるわ」に、「ウソだ、待ってなんかいないくせに!」と気色ばんで反論した酔客と同じ。まことにまことに不粋。幼稚。

 この事件は、石原慎太郎というひとの魅力と缺陥をよく表わしている。彼は日本中が感動し浮かれている大一番に真っ向からケチをつけた。白けさせた。反骨なんてかっこいいものではない。ただのこどもである。だが彼には、明らかに不自然な八百長相撲に、日本中が浮かれていることが我慢できなかった。所詮ボクシングファンでしかない彼には、大相撲の世界は懐が深すぎてわからない世界だったのだ。これは後の「Noと言える日本」にも繋がっている。彼の本質である。
 ここで大事なことは、彼は「みんなが誉めているからおれはケチをつける」というひねくれ者の目立ち根性で言っているのではないことだ。ボクシングという真剣勝負の好きな彼は、力道山とか大相撲とかいう彼にとっては八百長であるものが、もてはやされるのが許せないのである。このよく言えば純粋、わるく言えば偏狭な性格は、総理になれなかった彼を論ずるとき重要な意味を持つ。

 石原の指摘は正しい。あれは八百長相撲だった。だがそれを大上段から指摘することは大人気ない。心が狭い。強気のケンカ好きの彼がすんなり自説を引っこめ、自分から謝罪し和解したのは、おそらく先輩作家の誰かに説教されたのだろうが、その「誰か」が彼に言ったのもそういうことだったろう。大相撲は格闘技である以前に藝能なのだ。その味わいがわからないひとに小説は書けない。



 八百長相撲と無気力相撲はちがう。
 琴櫻や三重の海による「無気力相撲」と呼ばれたどうしようもない相撲が横行したことがあった。長年大相撲を観戦してきたが、あれだけは理解しがたい。今も不可解だ。後に勝敗に疑問のある一戦に対し、相撲協会もまさか「八百長」ということばは使えないから、「無気力相撲」という造語で対応した。八百長ではない。「八百長相撲」には、手に汗を握り、勝敗が決した際には拍手喝采となる名勝負も多いのである。

 打ち合わせがうまく行き、手のあったレスラーによるものほど名勝負になるプロレスと同じく、迫力の大熱戦ほど「じつは」が多い。挌闘技全てに言えることだが、真剣勝負になればなるほど面白味は失せる。あっけない、白けた結果になる。大相撲でも、片方が土俵際まで追い詰めるがぎりぎりで残し、転じて今度はこちらが攻めこむがまたも土俵際で残され、再び土俵中央でがっぷり四つ、両者熱戦に湧きあがる拍手、なんて一戦は談合済みなのである。

 この「無気力相撲」と言われたいくつかの取組は、それらとはまったく違っていた。その名の通り、まさに両力士に、やる気がなく、「いやだなあ、やりたくないなあ」という感じのふたりがだらしなく取り組み、「おまえ勝てよ」「いや、おまえが勝てよ」のような気力のない譲りあいのあと、「じゃあ、おれ負けるわ」と力の入らないまま寄り切られるというような、なんともひどいものであった。あれほどひどい相撲は見たことがない。

「無気力相撲」をやった琴櫻や三重の海だって、この世界で長年飯を食ってきた苦労人である。いやいやそれどころか30過ぎて横綱になるインチキ短命横綱であったのだから、それこそ「真剣勝負っぽい八百長相撲」は充分に会得していたろう。その道のプロである。なのにあの誰もが不自然に思う無気力相撲を取った。これはいまもって私にとって大相撲最大の謎になる。推測するなら「アンチテーゼ」であろうか。当時の執行部に対するストライキである。いわゆる「ふてくされ」だ。それぐらいしか考えられない。とにかくひどいものだった。



 後に「八百長相撲」に関して問われた大鵬は、「関係者の誰もが見抜けないようなのをするのが一流」と応えている。打ち合わせをした当人ふたりしかそれがそうであることを知らず、周囲の関係者さえも手に汗を握らせるのが本物の八百長相撲の藝だと言っているのである。
 この談話は活字としてしか知らないが、このときの大鵬は自信に満ちてニヤっと笑ったろう。彼は星を譲ってやった相撲(正しい意味での八百長相撲)に関しても自分は一流であったと自負しているのだ。さながら柏戸に負けてやったこの一番などはその代表例であったろう。そこにいたる両者の力がちがいすぎ、いかな熱戦であろうとそういう噂はつきまとった。正義感の強い石原慎太郎(笑)はともかく、田舎のこどもであった私にも不可解と思われているのだから、果たしてそれが名人藝であったかどうかは疑わしいが。



 【追記】──あれこれ調べてみたら、大鵬はこの一番に関し、「自分のほうに疑惑を持たれるような点があった。相撲に驕りがあった。反省する。しかし断じて八百長ではない」というような発言を残しているようだ。小学生時代のことなのでリアルタイムで見ているものの、さすがに中身まではよく覚えていないのだが、こどもの私ですら疑惑を感じたのだから、これは決して「八百長の名勝負」ではなかったようだ。つまりはこれは大鵬にとって「関係者の誰も見抜けない見事な八百長相撲」ではなく、石原にすら見抜かれてケチをつけられてしまった「出来の良くない八百長相撲」なのであろう。真の「自信の八百長相撲」は、先輩の柏戸や栃ノ海、後輩の佐田の山に優勝を譲ってやったその他の一番にいくらでもあるのだ。
 また上記の「関係者の誰にも見破られないのが本物の八百長相撲」という発言も、石原にケチをつけられた無念を含んでの発言と取れば、益々興味深い。



 私は、大鵬が柏戸に負けてやった一番を不自然に感じた。感激とは言い難い。大感激している柏戸ファンの母や姉を見て白けていた。どう考えても大鵬は柏戸に負けてやったのだった。それを見抜けず、感激している母や姉をアホだと思った。私は小学生でも、ルー・テーズが力道山に負けてやるのがわかっていた。力がちがいすぎる。それを見抜けず、おれたち日本人の代表の(朝鮮人だけど)力道山がアメリカのチャンピオンに勝った、日本は強い、アメリカに勝ったと大喜びしている周囲のおとなを冷たい目で見ていた。それと同じ感覚だった。ここでの感覚は慎太郎さんと同じである。しかし田舎の小学生であるから慎太郎さんのその投稿は知らない。私はもう当時父が取っていた毎日新聞を隅から隅まで読むようになっていて、昭和39年のシンザンが三冠を達成した報道等もよく覚えているが、この昭和38年の投書事件は後々まで知らなかった。

 だがその8年後、玉の海が大鵬に負けてやり、大鵬が最後の優勝を決めた一番を観た私は、玉の海を寄り切り、ほっとしたような顔の大鵬を見て、感激する。それはよく出来た八百長相撲だった。全盛期を迎えた朝鮮人の玉の海が、歯が立たなかった最強の大鵬にガチンコでも勝てるようになった充実期。負けてやれと言いふくめられて、風呂場で号泣したという一戦。だがそれはうつくしい八百長相撲だった。玉の海を寄り切ってほっとしたような顔の大鵬の顔をいまも思い出す。出来の悪い八百長相撲に白けたあの柏鵬戦との差。そこにある時間。その間にこどもの私の心は成長していたのである。真に大相撲の魅力を理解できるほどに。



 大鵬はもっともっと優勝回数を増やせたのに、相撲界の情に従い、先輩の柏戸や栃ノ海、後輩の佐田の山、玉の海、北の富士に優勝を譲り、32回爐靴疝ゾ,靴覆った。そんな人徳のある大鵬が、後輩玉の海に優勝を譲ってもらい、最後の優勝を成し遂げるのは当然だった。
 千代の富士は所詮小者なのに、他者の優勝を権力で奪いとり、31回爐皚疝ゾ,靴拭そんな彼が大鵬を越える優勝回数を「相撲界の良心」に拒まれ越えられなかったのもまた当然だった。

 もしも大鵬が34回優勝していたら千代の富士の優勝回数は33回だったろう。35回だったら34回だったろう。この「しか」と「も」のあいだに存在する「1回の差」は果てしなく大きい。藝能であることが前提の挌闘技の、挌闘技としての良心が作動した絶対的な力なのだから。

Claroの検索ページがかってに開いて困っているかたへ

去年の11月に書いた「Claroってのも悪質ですなあ」に根強いアクセスがあるようです。かってに入ってくるほんとにイヤな押し掛けソフトですから、消し方がわからず苦労しているかたが、検索する気持ちがとてもよくわかります。
あらためてまたイヤな目に遭ったので報告しておきます。



Chrome系ブラウザを起動したら、ホームページに設定しているiGoogle以外に、憎きClaroの検索ページが開く。なぜなんだ? そんな設定はしていないぞ。

私はChrome、Iron、Comodo Dragon等を同期して使っていて、2画面のディスプレイで複数起動させる。それらが全部がそうなる。なんとも不愉快。だがなぜこうなるのかわからない。
検索ページか開くということは検索エンジンの問題だろう。
「設定」を開き、「検索エンジンの管理」を見ても、以前削除したままだ。入っていない。
上記の文で書いた「拡張機能」にもいない。どこにいるんだ、こいつ!

探しまくると、「設定」「起動時」のところの「特定の1つのページまたは複数のページを開く」の「ページの設定」にちゃっかり入っていた。いったいどうやって入ったのだろう。不思議でならない。ともあれ、同じ事に悩んでいるかたはここから消してください。ほんと、ヤなソフトだね。

claro













将棋話──今年の最優秀棋士は渡辺か!?──漏れてしまったNHK杯戦の結果

Shogi.gif 

 40日ぶりのインターネットで、わたし的に印象的な出来事は「佐藤が王将位を渡辺に奪われたこと」になる。棋王も奪取までもう一歩のようだ。元々私は渡辺がふたつの棋戦の挑戦者になったとき、今の勢いからして、「王将、棋王を奪取。渡辺三冠誕生」と読み、順位戦も羽生が挑戦者となって森内から名人を奪取し、羽生名人四冠、渡辺竜王三冠というふたりの時代になると予測していたから、読み通りの結果ではあるのだが、あの佐藤康光がいいところなく4対1で完敗したのはショックだった。(まだ棋譜を見ていないから、結果だけから完敗と断言するのは早計だが。)
 
 渡辺の竜王九連覇の価値は、森内から奪い、佐藤、羽生という最強の挑戦者連を退けていることだ。佐藤も二度挑戦して阻まれているし、年齢からして実力はもう逆転していたのかもしれない。しかしまた渡辺が「竜王戦だけは強い」のも確かだった。こんな一方的な結果になるとは……。まさにいま渡辺は最強の時季なのだろう。



 NHK杯戦決勝も気になっていた。昨年に続き「羽生対渡辺」の決勝と知る。3月17日放送だ。果たして羽生の「NHK杯五連覇」はなるのかと気になる。今からもう録画予約しておこうか。

 というところで2ちゃんねるの将棋板を覗いたら、「最優秀棋士」に関するスレがあった。そこを読んで驚愕する。このNHK杯戦決勝で、羽生が渡辺に負けたらしい。五連覇を阻まれ渡辺初優勝のようだ。書きこんでいるひと全員がそれを既定の事実として、その上で今年の最優秀棋士を予測している。ガセではない。どうやら間違いのない事実のようである。どういうことなのだろう。何が起きたのか。

 NHK杯戦は録画だが、放送まで結果を知らせない。いくら箝口令を敷いても人の口に戸は立てられず、どこかから漏れてしまうと思うのだが、その守秘力はなかなかのもので、私なんぞは毎年結果を知らないまま、手に汗握ってNHK杯戦決勝を見ている。それはそれでいいことだ。
 今年はどうして漏れてしまったのだろう。いま興味があるのはそれになる。これから調べてみるところ。将棋的には羽生の五連覇が阻まれ、渡辺時代到来かという大事件である。さすがに伏せきれなかったのか。どこから流出した情報なのだろう。

 複雑な気分だ。日曜の楽しみが消えてしまった。観るのがつらい。知らなきゃよかった。なんで2ちゃんねるなんか覗いたんだと悔いる。あと二日、そんなことをしなければ今年もまた手に汗握って観戦できたのに。
 しかしまた考えようによっては、知らないまま観ていたら、その結果に愕き、ひどく落胆したのは確実だから、前もって知ってよかったのか。いやいややはり知らない方が……。



 昨年、私は最優秀棋士は渡辺だと思った。羽生の歴史的快記録王座20連覇を止めたのである。竜王を八連覇し、王座を奪取して二冠になった。
 羽生は、名人位と王座を失冠した。保持している棋聖と広瀬から奪取した王位の二冠のみとなった。まあ「二冠のみ」なんて言いかたはへんなのだが、羽生の場合はそうなる。その他の棋士だと「なんと二冠も!」だが。
 同じ二冠であり、羽生にはその他の棋戦優勝というプラスポイントもあったが、渡辺の二冠は↑であり、羽生は↓だ。印象に差がある。だからもう最優秀棋士は渡辺で決まりだと思った。

 しかし羽生は年度末にまたすごいことをした。NHK杯戦四連覇による通算10回優勝、あの大山ですら成し遂げられなかった「名誉NHK杯」となったのだ。早指しのトーナメント戦(=一度の負けも許されない)でのこれは絶大な価値がある。

 羽生は大山の棋戦優勝80期を越え、いま83期だが、これは大山全盛期の棋戦の数を考慮すれば、まだまだの数字といえる。羽生はデビュー時から「七冠時代」だったが、大山の二十代は二冠(名人、王将)のみである。この差は大きい。100期獲得でやっと並ぶぐらいだろう。羽生はまだタイトル獲得数で実質的に大山の数字を超えていない。その大山ですら出来なかった、この永遠に誕生しないのではないかと思われた「名誉NHK杯」を獲得したのは偉大な業績になる。



 そういえば昨年も今ごろ、その2ちゃんねるの「最優秀棋士」のスレを読んだのだったと思い出す。いや、もうすこし前になる。NHK杯戦の結果が出ていないころだ。毎年同じようなことを書いている(笑)。
 そこでは圧倒的に羽生優勢の意見が多く、私には意外だった。あらためて「羽生人気、渡辺不人気」を知った。私は羽生ファンだけれど、多くのひとの意見を読んでも、「今年は渡辺」という考えは変わらなかった。何と言っても王座戦の20連覇を止めたのが大きい。同じ二冠でも、「誰かから王座を奪取して二冠になった」とは意味が違う。
「今年も羽生だ。羽生に決まっている」という意見を、私は羽生ファンの身贔屓と解釈した。そしてまた思ったのは、「王座戦20連覇を止めた渡辺が今年取れなかったら、いったい誰が、いつ取れるんだ!?」だった。

 しかし将棋関係マスコミの投票による結果は私の予想とは大きく違っていた。NHK杯戦の結果が出てからは、「羽生になるかも」と私も思っていたが、それでも接戦だろうと思っていた。ところが票数は「13対4」と圧倒的だったのである。正直、私はこのときも「羽生ファン」というものを感じた。この投票権をもつ人たちに対してである。ここでも渡辺の不人気を感じた。
 ファンというよりも人徳と言った方が適切か。それだけ羽生の将棋観に魅入られているひとが多いのだろう。そしてまた渡辺には、将棋は強いけれど、まだそれがないのだ。



 競馬のほうでは昨年、皐月賞、菊花賞、有馬記念を勝ちながら「年度代表馬」になれなかったゴールドシップという馬がいた。これもかなりの「歴史的出来事」である。今後もこんな成績を上げながら年度代表馬になれない馬は出まい。年末のオールスター戦である有馬記念で古馬を破ったクラシック二冠馬が年度代表馬に撰ばれないというのはとんでない珍事である。
 でも私も、假りに投票権があったなら、3歳牝馬で史上初のジャパンカップ優勝を果たしたジェンティルドンナに票を入れたろうから、これはこれで割りきれる。

 私はゴールドシップの大ファンなのだが、それでも年度代表馬はジェンティルドンナだと思った。当たった。
 同じく、私は羽生ファンなのだが、最優秀棋士は渡辺だと思った。外れた。
(念のため。ゴールドシップの場合は2012年1月から12月までの成績であり、ここで取りあげている犧鯒瓩留生と渡辺の場合は、2011年4月から2012年3月までの成績であるから、同じ「昨年」と言っても時間差がある。感覚的には羽生渡辺の場合は一昨年だ。)



 羽生登場以降、「最優秀棋士」とは羽生のものだった。それを止めたのは、谷川(2回)、森内、佐藤のみである。1989年以降、その4回を除いてぜんぶ羽生なのである。ここ5年も羽生が独占している。常に複数のタイトルを所持している羽生がいるのだから、それを越えて受賞するのは並大抵のことではない。谷川も森内も佐藤も、誰もが納得するすばらしい結果を出して受賞している。

 今年、渡辺が郷田から棋王を奪取すれば、竜王、王将、棋王(挑戦者決定戦で羽生を破る)の三冠となり、その他、朝日杯(準決勝で羽生を破る)、NHK杯優勝(決勝で羽生を破る)だから、これはもう文句なしだろう。同じく羽生も、王位、王座、棋聖の三冠であり、その渡辺から王座を奪還しているが、竜王位の格と、年度末(年明け)に一気に二冠を奪取した勢いで、いくら投票記者に羽生ファンが多くても、これはまちがいないと思われる。

 問題は棋王奪取に失敗した場合である。すると羽生三冠に対して渡辺二冠である。タイトル数では劣る。私はそれでも、竜王九連覇、王将位奪取の二冠、NHK杯戦優勝(羽生の五連覇を防いだ)で、渡辺だと思う。いまは五番勝負で1勝2敗と追いこまれた郷田棋王にがんばれと声援を送るのみ。

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【追記】──羽生、渡辺に完敗──2013/03/17

 NHK杯戦決勝を見た。2ちゃんねる「将棋板」からの推測通り「羽生負け、渡辺初優勝」だった。あらかじめ羽生敗戦を知っていたから、あまり見たくなかったが、どんな将棋になるのだろう、いや「だったのだろう」と興味を奮い立たせて、見てみた。

 内容は、ここのところ対渡辺戦によくある「息切れ完敗」である。王手を掛けられ詰まされたのではなく、それ以前の投了だった。
 しかし、そういう「大事な一戦」にも「実験的試み」をする羽生に感嘆した。なんともそれがうれしかった。もしも羽生に「五連覇したいという護りの意識」があったなら、羽生は後手番として、今まで渡辺と五分に戦えてきた戦法を選んだろう。一流棋士で唯一負け越している相手ではあるが、完勝譜だっていくらでもあるのだ。

 でもこのひとは、こんな場でも、あらたなことを試みる。渡辺という、唯一自分の座を脅かす年下の棋士と闘える喜びを優先する。結果は、息切れ完敗であり、失礼ながら凡戦ならぬ凡棋譜だったが、羽生善治の将棋道への想いは充分に伝わった。

 私が、私には理解できない天空にあるこの天才棋士に求めているのはそれである。もしもここで羽生が、過去の戦歴から、対渡辺戦で、有功と思われる戦法を採択して五連覇を成し遂げたとしても、私は逆に「羽生もそんなことをするようになったのか」と解釈して失望したろう。

 羽生善治は42歳の今も、七冠完全制覇を成し遂げた25歳の、いや竜王を奪取した19歳の精神をなくしていない。そのことを確認した、悔しいけどうれしい敗戦だった。

ツイッター話──1時間に2回も酒の値段を知りたくもない

ツイッターで、どなたかがフォローしてくれると、Gmailが「××さんにフォローされました」と教えてくれる。
ツイッターをほとんどやっていないので、どうでもいいのだが、憂国の士がフォローしてくれたからも知れないので、一応確認には出かける。

たまにへんなものにフォローされることもあり、その場合はブロックする。今までに3回ぐらい、したことがある。ほとんどやっていないことを考慮すれば、この種のものとの軋轢としては無事なほうだろう。
今日のは「へんなもの」ではないのだが、ブロックした。

ウィスキーを紹介するロボットです。 新入荷のウィスキー情報を自動収集してツイートします。一時間に二回つぶやきます。

どういう呟きかとおもったら、「××ウイスキー、××円。楽天」のように、ウイスキーの値段と、それを売っているところを教えてくれるのだ。酒は好きだし、近所の酒屋にないものは通販で買うこともあるし、こういうツイッターも便利だと思うが、 かといって1時間に2回も酒の値段を知りたくもない。



なんでこんなものにフォローされるのかと考える。ツイッターやブログをロボット検索して酒のことを書いているヤツを捜しだすのだろうか。

ブログに酒のことを書いたことはあるし、worukoやmakichabinと酒のことでツイートしあったことはあるが、ウイスキーのことってほとんど書いてない。もしもこんなものにフォローされるとしたらむしろ日本酒だと思うのだが。

ブロックしてごめんね。でも1時間に2回も酒の値段を知らされるのはわずらわしいし、TLが汚れるので御容赦ください。

「Summertime」三昧の冬版はなし

去年の夏《去り行く夏に「Summertime」三昧──ハイフェッツからマイルスまで》というのを書いた。
自分のもっているガーシュインの名曲「Summertime」をあれこれ聞き比べたという話。感想の横にはスキャンしたりして、アルバムジャケットを並べた。
このブログに書いた私の文ではいちばん画像が多く、最も制作に疲れた文章になる(笑)。
長文を書くことはちっとも苦ではないが、画像をアップしたりサイズを揃えたりする作業は疲れる。向いてないのだ。それをこまめにやっているかたのブログにたまに接すると、えらいなあと感心する。



結果、夏に「Summertime」をやったから、冬には「枯葉」でやってみるかと書きつつ、やらないままになってしまった。

この種のファイルは、苦労が多い割に益がすくない。益とは何かと言えば、やはり他人様に公開しているブログなのだから、アクセスとか感想のメールとかになるのだろう。それがない(笑)。 
なのになぜやるのかと言えば、自分自身の整理みたいなものだからだ。なにを保っているか、その中でなにが好きかという個人話だ。そんなことで他人様に誉めてもらおうということ自体が図々しい。だから不評なのはしかたない。



でも自分の思い出整理には有功だから、面倒だけどぼちぼちやって行こう。
「枯葉」は今秋にして、さて春はなにをやろう。「April in Paris」なんかやってみたい。
パリも長年行ってないなあ。もぐらみたいな生活はいつまで続くのだろう。啓蟄っていつだっけ。

将棋話──「近代将棋」昭和64年1月号──羽生五段のころ


IMG_0005 1989年、昭和64年の「近代将棋」1月号。
 附録に升田の問題集がついてくる。升田がなくなるのは1991年だから、引退して長いけどまだまだ元気だったんだな。

 大山がなくなるのが1992年。去年は没後二十年だった。
 このときはまだA級でがんばっている。このときもなにも死ぬまでA級だった。69歳A級は誰も抜けない記録だろう。

 この年の1月7日に昭和天皇が崩御する。
 いつの日か見ることがあるだろうと、1月5日から8日、9日まで、可能な限りテレビ番組を録画してあるのだが、果たしてそれを見ることはあるのだろうか。というか、あのビデオテープはまだ見られるのか。昭和の娯楽番組等はみなDVDに焼いたが、このテープだけはテープのままだ。まあ見られなくなっていたら、それはそれで運命と諦めよう。

 昭和64年1月1日発刊となっているが、実際は12月1日発行。まだ世の中はそんなに暗くなっていなかったか。
 崩御を知ってすぐ皇居に記帳に出かけたっけ。昭和64年は7日間しかない。世の中には数少ない貴重な「昭和64年生まれ」もいるんだろうな。その赤ちゃんももう25歳になるのか。

 「創刊39年、今年は飛躍します」と謳った「近代将棋」だが、2008年に休刊(実質的廃刊)になる。永井英明社長も昨年9月に亡くなった。でも将棋の普及にすべてをかけたいい人生だったろうな。



 この当時のA級メンバーは下の通り。羽生はまだC1。新人王になって、「新人王戦記念対局 谷川名人対羽生新人王」というのの棋譜が載っている。108手で谷川名人の勝ち。
 谷川対羽生戦はこれが3局目。それまで羽生の2連勝。谷川はこれが対羽生戦初勝利。すごい少年である。最初の対戦は1986年。16歳でA級の前名人(このときは谷川から取りもどした中原名人)を破っている。

 この1989年は谷川名人の時代。これはA級順位戦の星取表。谷川世代の南、塚田ががんばっているが、40代も中心にいる。これがやがてぜんぶ羽生世代に取って代わられる。高橋はまだA級に届いていない。若くして王将を獲得した中村は届かずじまいだった。福崎も。

 俊英が揃っていたが、やはり谷川世代が羽生世代よりも落ちるのは否めない。というか、二十代でも強く四十代になってもまだ強いという、あんな世代はあり得ない。奇蹟だ。shogea1989




























 羽生は、この年の秋に竜王になり、それ以降は常にタイトルをもっているので、段位で呼ばれたのはこの年が最後。いつの日か羽生にも「羽生九段」になる日が来るのだろうか。

彼は決して現役時に「永世なんとか」を名乗ったりはしないだろう。あれはかっこわるい。大山の現役十五世名人は、とんでもなく偉大なひとだからしょうがないとしても(升田は大反対した)、米長の永世棋聖なんてかっこわるすぎる。
どうせ名乗るなら永世竜王も獲得して、「羽生善治永世七冠」がいい(笑)。

羽生のすぐしたに、早世した村山の名が見える。

shogic11989
























 佐藤はC2の4位。5位に森下卓。森内は49位。先崎は51位。四段になったばかり。

 郷田はまだ奨励会三段リーグ。
 四段になれず辞めていったひとの名を見るとせつなくなる。IMG_0003
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