2014年04月

酒話──ワインには熟睡効果?──日本酒の敵はワイン

 睡眠には体力がいる。若者がよく言う「15時間ぶっつづけで眠った」なんてのは、若くて体力があるから出来ること。そのころはそうなのだとは知らなかった。
 齢を取ると睡眠が浅く短くなる。長く深く眠る体力がなくなってくるのだ。とは智識では知っていたが他人事だった。ふと気づけば見事にそうなっていた。



 海外旅行のために親に猫を預かってもらい、田舎で同居していた頃、70代の父が深夜と明け方に二度トイレに起き出すのを、二階で徹夜仕事をしつつ、その気配を感じて気の毒に思っていた。せっかくいい気分で寝ているのに尿意で一晩に二度も起き出すのはつらいだろう。冬場なんて暖かい布団から抜けださねばならない。
 なのにまさか父より十年以上も早くそうなるとは思わなかった。もっとも寝る前にあれだけ大量にビールやホッピーを飲めばトイレにも行くだろうけど。いやいや若い頃はそれをしても起きることはなかったのだ。

 そしてまた思うのは、そういう不自由は慣れてしまえばたいしたことはない、ということだ。三十年ほど前、捻挫して初めて一ヶ月ほどびっこを経験したとき、初めて味わう我が身の不自由さと障碍者にやさしくない街の作りに腹立った──交叉点を渡りきらない内に信号が点滅を始めるのはひどいと思った──のだが、生まれてからずっとそういうひとは、意外に達観していて腹立たないのかも知れない、とも思うようになった。病気や障碍とうまくつきあっているのだ。

 私が風邪を引くのは五年、七年に一度ぐらいだから、そのときはそれはそれはもう大騒ぎだ。死ぬかも知れないと思う。でも世の中には年に十回ぐらい風邪を引く、というかほぼ年がら年中風邪気味のひとがいる。たとえば知りあいのKさんだ。あのひとのブログで「風邪を引いて咽が痛い。熱が出た。咳が出る。痰が出る。今日はもう早めに寝る」とか「風邪もなんとか峠を越して、今朝は咽の痛みは治まっている。しかしまた熱が」とかは毎月定番のようなものだ。そういうことのない私からすると「このひとは生きていて楽しいのだろうか」とすら思う。競馬好きのKさんはJRA全国の競馬場のすべての救護室の世話になっていて、どの競馬場の救護室がどこにあるかすべて頭に入っているとか。ああいうひとにとって病気はともだちみたいなものなのだろう。そしてまた腺病質のひとのほうがけっこう長生きしたりして、病気知らずがポックリ逝ったりするのがひとの世の常だ。

 毎晩小用で睡眠を邪魔されるのは愉快なことではない。今までそういう故障を知らない。尊敬している高島俊男先生の生活でどうにも実感出来ないのに「診察券の数なら負けまへんで」というのがある。先生、目から耳からお腹、痔まで、そこいら中を病んでいてトランプが出来るぐらい診察券をもっているらしい。私は歯医者以外の医者を知らない。だからたかがそんなことでも大騒ぎなのだが、それでも、これが老いということなのだろうとすなおに受けいれられるようになった。しかし「毎晩小用で起き出さねばならない」を受けいれることと「睡眠が浅くて不愉快」は別問題である。



 夜中に起き出す父を案じた田舎生活の頃は深夜型。毎晩徹夜で夜が明けてから寝ていた。そういやあのころはインターネットがまだ遅くて、それでいて値段は高くて苦労した時期だ。深夜型だったのは「23時から朝の5時まで定額でインターネット使い放題」だったことも関係あろう。それ以外は遅いくせに分単位の課金だったのだ。毎度一例として引くが15MBのiTunesをDownloadするのに一晩かかった。

 近年は相変わらず午後9時就寝午前3時起床の生活である。ほろ酔い機嫌ですんなり午後9時に眠くなるところまではいいが、決まって午前1時頃に目覚める。つまり今の私の体力では一気の熟睡時間は4時間が限度らしい。ここでまた1時から3時までの2時間をもう一度ぐっすり眠れるならなんも不満はない。それが出来ない。かといってここで起き出し、睡眠時間4時間でがんばる体力もない。それをすると午後に疲れが出る。やはり6時間は欲しい。この1時に目覚めてしまったときがじつに半端なのだ。まだ寝たりないし、かといって眠くてたまらない、というのでもない。いきおいベッドの中で、横になっているだけの寝ているんだか起きているんだかわからない2時間を過ごすことになる。これが不本意だ。すぐに3時の目覚ましが鳴る。不承不承起き出すが、どうにも気分すっきりやる気満々の朝とはいいがたい。 



 先日、午後9時就寝なのに、午前3時の目覚ましが鳴るときまで気づかず、しかも目覚ましが鳴って起き出しはしたが眠くてたまらず、5時に掛け直して二度寝したことがあった。5時にやっと起き出した。3時から5時までもぐっすり眠った。8時間熟睡である。この日は満ちたりた気分で絶好調だった。一日中充実していた。前夜を振り返ると、しごくひさしぶりに赤ワインを飲んだ日だった。ふつうのひとから見たら凄い量を飲んでいるが(笑)、私にしてはたいしたことはないし、宿酔いの気配など毛ほどもなかった。それでもひさしぶりに味わった熟睡の理由を、「ホッピーよりも強い赤ワインをたっぷり飲んだからだろう」とした。ともあれこのとき、「ワインを飲むと熟睡できるのか!?」とは思った。



 私にとってワインは肉を食うときに飲む酒である。いま基本的に肉は食わないので機会が激減した。それでもこの「熟睡」を試してみたく、昨夜はウインナソーセージとフライドポテトをつまみに飲んでみた。いつもはビール用のつまみだが今夜はワイン用だ。私の肉嫌いは、いかにも肉という見た目にあるので、餃子とかウインナだとしらんふり?して喰うことが出来る。

 すると今朝はなんと6時まで熟睡した。午後9時からだから9時間。寝過ぎである。それでも文字通り猝潅罩瓩世辰燭ら躰が要求した睡眠ではあった。ここのところ慢性の睡眠不足だった。これまた飲み過ぎではない。その辺は計算している。どうやら私には「熟睡したいときにはワイン」という特効薬が出来たようだ。ありがたい。



 ワインで助かるのは、輸入品の安物でもそれなりにうまいことだ。ビンボな私のお気に入りはチリやアルゼンチンの南米モノだ。充分にうまい。葡萄の木はフランスから渡ったものだしね。フランスで全滅してあちらから戻した経緯もある。これが日本酒だとそうは行かない。安いものは値段通りにまずい。よって日本酒は高くつく。日本好きの日本人として「日本人なら日本酒だ、日本酒以外飲まない!」ぐらい言いたいのだが、なにしろ懐が……。

 日本酒業界は長年ウイスキーやビールをライバルとしてがんばってきたが、今の時代、真の敵は同じ醸造酒のワインだろう。なにしろあちらは生産地が「世界的」だ。そのうえ飲みやすい。これはもう客観的に見て、オンナコドモにとって、日本酒よりワインは飲みやすい。それは言いきれる。それを意識してか「ワイングラスで飲むうまい日本酒コンテスト」なんてのまであるらしい。くだらんなと思いつつ入賞した日本酒をけっこう飲んだりした。それは四合瓶で千円前後なのだが、どう考えても同じ値段のワインのほうがうまい。

 不思議と「日本酒で熟睡」はない。似たような酒だから、となると「慣れ」も考慮しなければならない。毎日のようにワインを飲むようになったらこの「熟睡効果」も薄れるのか。

 ともあれ今夜もワインのお蔭で熟睡できそうだ。なんともありがたい。こんなことにありがたさを感じる時代が来るとは夢にも思わなかった。 

タバコ話──日本人男性の喫煙率34%──「平均」というマジック

 下の表は厚労省のサイトから引いた「日本人成人男性喫煙率」です。餘談ながら私は厚生労働省の通略である「厚労省」というのを初めて書いた気がします。Wikipediaによると2001年に厚生省と労働省を統合して誕生したそうですが、こんなところでも時計が止まっているんだなと感じました。そういや通商産業省、略して「通産省」もないのか、いまは経済産業省、経産省か。ま、関係ない世界だからどうでもいいや。

kitsuenritsu
 この表によると、最新の日本人の男の喫煙率は34%です。32%から盛りかえしているのが興味深いです。三人に一人、女は9%で十人に一人、となります。年度の推移、女性喫煙率の変化などもリンクしたサイトにありますので、興味のあるかたはクリックしてみてください。



 昨秋、肉体労働の現場に関わりました。なんともおどろいたのは喫煙率の高さです。そこで私の知りあった男は100人ぐらいでしたが、私以外にタバコを喫わなかったのは「元料理人」と「昨年大手術をしてドクターストップ」というふたりだけでした。喫煙率98%です。ドクターストップの男は吸いたくてたまらないのに吸えないのだから、ほんとうの非喫煙者は「元料理人」のひとりだけです。料理人は喫ってはならないと私は考えますので、また料理の世界にもどりたいと願っている彼が、離れているいまも決して吸わないのには好意を持ちました。女も5人ほど知りあいましたが全員喫っていました。喫煙率100%。男女ともかなりのヘビースモーカーで、暇さえあれば喫っていて、休憩とはイコール喫煙タイムでした。

 私の周囲には私も含め喫煙者が0なので、この100%におどろき、あらためて「平均34%」を厚労省サイトで確認した次第です。



 なにが言いたいかというと「平均」のことです。私は禁煙の流れから、平均34%は、そのままほんとうに平均34%なのだと思っていたのです。つまり、ガテン系(死語?)でも34%、ホワイトカラー(死語?)でも34%と、そんなものだと思っていました。ところが前者では100%です。重機を操作するひと、スコップをふるうひと、様々な職人、ダンプ運転手、誰もが全員喫います。後者はどうなのでしょう、私はもう長年そういう職場と無縁なのでわかりません。ふつうのサラリーマン、営業マンの喫煙率って今どれぐらいなんだろう。たしかなのは、100%の世界があるなら、これまた社員全員ほとんど喫わない世界もあるはずです。そうして平均3割なのですから。



 そういやむかしは、テレビの将棋対局でもタバコを喫っていました。喫わない棋士は煙くてイヤだろうなと思ったものです。大内九段なんかがスッパスッパ喫ってました。旧くは升田なんかも灰皿山盛りだったようですが、あれはタバコを喫うのがふつうの時代ですからね、すこしまたちがうと思います。早指し将棋戦での大内九段の喫煙は私にはイヤな風景でした。

 なぜ大内九段の名を出すかというと、たぶんこれはまちがいなく、大内九段は禁煙の流れに逆らい、テレビ対局で喫煙が可能だった時代、ぎりぎりまで喫煙したと思えるからです。あっと言う間にそれは減って行きました。中には愛煙家なのにテレビ対局のときは慎もうとした棋士もいたと思います。おそらく大内九段は「喫煙も文化」のような考えで最後まで突っ張ったのでしょう。

 いまは見かけないので、おそらく対局場での喫煙は禁止となり、盤を離れ別室で喫うのでしょう。この対局時の喫煙禁止は、タバコ嫌いの棋士から申しこみがあって、というのもあるかも知れませんが、私は「世間の禁煙の流れを考慮した」と解釈しています。テレビ局にタバコ嫌いの視聴者から抗議があったのかも知れません。でもそれ以前に棋士はサービス業ですから、世の中の流れを考慮して、視聴者を不快にする行為は控えようとなったのだと推測します。

 いま棋士の喫煙率はどれぐらいなのだろう。さわやかな若手棋士が喫煙するとは思えないのですが、松たか子がとんでもないヤニ中毒のように(最近禁煙したという噂があります)イメージではわかりません。自分の好きな棋士は非喫煙者であって欲しいと願うのですが、これは高望みかもしれません。すばらしい棋譜を見せてくれるなら、見えない部分でどれほどヤニ中毒であろうとそれはどうでもいいことです。



 私の周囲には喫煙者がひとりもいないということ、昨秋関わったそこでは100%だったこと、ここから推測するに、平均34%というのは、どの職場でも三人に一人が喫煙者なのではなく、ある職場では全員喫煙者、ある職場ではほとんど誰も喫わない、ということの平均なのでしょう。

 大きな職場で多くの男女に囲まれて、リアルに社会生活を送っているかたには、こういう「平均」は常識なのかも知れません。ふつうじゃない人生を生きてきたので、今回知ったことは、私には「驚愕の喫煙率の高さ」なのでした。(2013/1/10)

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【追記】──そして全員がパチンコ狂い

 彼らはみなパチンコ狂いでした。タバコを喫いながらの話題はパチンコばかり。「一昨日5万勝ったが昨日8万負けた」とか、そんなことばかり。まるでパチンコをやるために働いているかのよう。こういう肉体労働者が社会の根幹を支えているのだと彼らの真面目な働きっぷりに感動しつつ、でもその稼いだ金はぜんぶ朝鮮人パチンコ屋に吸いとられているのだなと複雑な思いがしたものでした。

 私はいまパチンコ関係馬主の馬を馬券対象にしないようにしていますが、景気のいいのは彼らばかり、名血の高額馬はみな彼らの所有です。当てたいと思ったら、これらを全部消すのには無理があります。意地を張って消してハズれてばかりはいられないので、彼らの馬が人気になるレースは買わないようにしています。イヤな時代です。

楽天三木谷社長の「右腕」が不倫、に【追記】

しかしこの「右腕」が不倫てのは、三木谷社長の右腕がイヤらしいことをしたみたいだな。
楽天三木谷社長の「右腕」が不倫──専業主婦ってなんなんだ》に、「『週刊新潮』を読んできました」と「韓国語学習の広告」を附記しました。ものすごくくだらない内容なので読んでくれなくてもいいです(笑)。でも一応書いたのでお知らせ。今日はまともなことを書こう。 

調教助手女子校生買春で「サンスポ記者買春記事」が再人気に(笑)

いま「このブログの人気記事」というパーツを消しているので見えませんが、裏から見ると、2011年3月9日に書いた「サンスポ記者の買春容疑──ブログ時代の不幸」というのがリバイバルヒットしています。もうあれから三年以上経つのですね。

その理由は明解。関西の調教助手が女子校生買春て逮捕されたらしく、それをまとめたサイトにリンクされたからのようです。それはまあこんなも形で人気復活(笑)すれば、なにがあったんだろうとアクセス解析を見るわけで、するとひとつのリンクからの殺到だとわかります。そういうまとめサイトに、「そういえばこんな事件もあったな」とあり、それを詳しく伝えている記事として私の文がリンクされていました。 



下衆な興味ですが、あのK記者の家庭はどうなったんだろう。前途洋々の39歳のKさんは、そのごどうなったんだろう。あれから三年だからもう42歳か。 もしも離婚しなかったとしても、家庭内の冷え冷えとした雰囲気は想像がつくし、どうせならわかれたほうがスッキリするだろうと思うけど、意外に仲直りしてたりして。どうなんでしょう。



関西の調教助手は50歳だそうです。50歳が17歳を買春したと問題になっていて、これも17歳が補導されて、そこから顧客として捕まったようです。K記者もそうだっけ? そのまんま東はそうでした。

私の感想はいつもの通り、「気の毒に」「ついてないね」とアッサリ風味。自分にはぜったいにそういうことがないので、まったくの他人事です。 同情もしないけど、わるいことをした許せないヤツだとも思わない。かといって「明日は我が身」とドキリとするなんてこともない。ま、ほんとにどうでもいい話。自分のブログへのリンクがなかったら、そんな事件があったことも知らないままだった。

楽天のお偉いさんの不倫による転落、調教助手の女子校生買春話、くだらんことを連発してしまった。あすからまたまじめになろう。 

楽天、三木谷社長の「右腕」、専業主婦と不倫で辞任──『週刊新潮』──なんなんだこの「専業主婦」ってのは!?

三木谷氏の「右腕」ダブル不倫で辞任? 専業主婦との交際「週刊新潮」報じる
2014.04.24

 昨年末に東証一部に上場し、経済界で一段と存在感を強める楽天に激震が走っている。三木谷浩史会長(49)の「右腕」として知られる同社ナンバー2の国重惇史取締役副会長(68)が22日付で突然、辞任したのだ。同社は「一身上の都合」と発表したが、24日発売の週刊誌で専業主婦とのダブル不倫が報じられた。痴話けんかの末暴力沙汰にもなり、女性は警察に相談しているとも。経済界の超エリートの仰天スキャンダルだ。

 国重氏は東大経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入社。エリートが集うMOF担(大蔵省担当)を長く務め、1994年には48歳の若さで取締役に抜擢され、将来の頭取候補とも目された人物だ。住友系の証券会社の社長だった2003年に楽天が同社を買収し、国重氏も楽天入り。楽天の金融面を仕切ってきたとされる。

 そんな国重氏の愛憎スキャンダルを報じたのは「週刊新潮」。同誌によると、妻子がいる国重氏は約1年前から、都内の43歳の専業主婦の女性と不倫交際。東京・赤坂の国重氏の自宅マンションやホテルで逢瀬を重ね、海外出張にも同行させていたという。

 同誌は女性の証言をもとに不倫交際を報じ、《今夜、3階でHして明日の朝もHして、(中略)京王プラザかどこかでHするのもいいね》といった国重氏のものとされるメールも紹介している。

 昨年11月には国重氏が別の女性の名前を口走ったことでけんかし、女性を殴打。女性は全治7日の打撲を負い、国重氏は頭を丸めて謝罪したという。その後も2人の関係は深まり、女性の妊娠が発覚。だが、女性が国重氏の浮気を疑い、旅先のニューヨークでもけんかし、警察沙汰に。女性は流産したという。女性は赤坂警察署に暴行に関して告訴の相談をしていると証言している。

 同誌には国重氏の断髪前後の写真や濃厚なキス写真も掲載されている。

 同誌の直撃に対し、「彼女に挿入したってことはない」などと弁解した国重氏だが、22日付で楽天グループのすべての役職を辞任。失楽園の代償は大きかったか。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140424/dms1404241531012-n1.htm

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 こういうのは一部をコピーしてリンクを貼っておいても一年後には読めなくなったりするので全文引用。ルール違反だろうけど読めなくなるよりはいい。
 これはZAKZAKの記事。元記事は『週刊新潮』。

 昨日の昼、コンビニで『週刊文春』と『週刊新潮』を立ち読みしたけど気づかなかった。ここのところまた文春や新潮を買うようになってしまった。一応中身を見て、興味のあるほうを買う。月刊のオピニオン誌は複数買っているが週刊誌との接触はこれだけ。

 先日、武蔵小金井のキオスクで、文春、新潮、ビッグオリジナル、モーニング、夕刊フジを一掴みにして買うひとを見かけた。以前は自分も毎週毎日のようにあんなことをしていたんだなと懐かしかった。といってそうなることはもうぜったいにない。

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 昨日発売の号は両誌とも「韓国フェリー沈没」がメイン。読む気がないのでパス。「韓国の沈没をお祝います」と垂れ幕を作るほどの興味もない。代わりに昨日は「SPコミックス 藤枝梅安」を買った。
「船長や乗務員が真っ先に逃げだす」って、お粗末な国である。気の毒すぎて批判する気にもなれない。この沈没もきっと日本のせいにされるんだろうな。船が日本の中古らしいから。そのうち「沈没船の像」とかを作ってシナやアメリカに建立するのだろう。係わりあいたくない。触れたくない。



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 この中吊りの「人妻を妊娠させた楽天No.2愛のメール春夏秋冬」ってのがそうか。こんなもの興味ないもの、買うはずがない。ところがネットで記事を読むとちがってくる。つまりはネットをやってなかったら知らない話だった。以前は毎日買っていた『夕刊フジ』(=ZAKZAK)ももう買っていないし。

 社内の会話をぜんぶ英語にしても、こんな問題はおきちゃうんだねえ三木谷社長。じゃ今度は社内の会話はぜんぶロシア語にしたらどう。 社内の領土拡張意識が高まっていいかも。いや数で言うなら世界中でいちばん話されているのは英語より支那語なんだから、今度から社内の会話はぜんぶ支那語にしたら。

「頭を丸めた写真」「濃厚なキス写真」があるが「挿入したことはない」か。女のほうは妊娠して流産したって言ってるのにな。さらに追い詰められると「挿入したことはあるが出したことはない」になり、さらにさらに追い詰められると「出したことはあるが中に出したことはない」になってゆくんだろうな。ってこれ、たけしのギャグだ。 



 しかしこの専業主婦、都内の男のマンションに泊まったり、日中からホテルでやったり、さらには海外出張に同行したりして、妊娠。いったいどんな「専業主婦」なんだ? いまいちばん知りたいのはこの女の「亭主」だな。女房を他人の男の海外出張に同行させるってのはどんな感覚なんだ。 国重惇史取締役副会長(68)は「挿入したってことはない」と言ってるんだから、「妊娠したのは私の子です」って名乗り出ないと。くにしげあつし、か。よく覚えておこう。

 68歳のエリートは晩節をこんな形で瀆して、これから何年生きるか知らないが、冷えた夫婦関係を続けるのだろうか。熟年離婚になるのか。長年の爛れた愛人関係かと思ったら「たった1年」なんだな。68年のエリート人生を、たった1年の、専業主婦(笑)との愛慾で棒に振ったが、これでも「我が人生に一片の食いモナし」なのか。なんだよATOK「食いモナし」って。まさかこの専業主婦山本モナじゃないだろな。

 新潮にはぜひとも「ふたりのその後」を伝えて欲しい。専業主婦の亭主のことも。この亭主が「それでもぼくは妻を信じてる」なんて言ってテレビに出るんだったら何年ぶりかでワイドショーを見るぞ。でもそれはオヅラのワイドショーで「ぼくはオヅラさんは地毛だと信じる」というぐらいむなしいな。
 三木谷社長も「右腕」がこんなことになっては「左腕」が心配だ。「右足」も「左足」も連続するんじゃないか。こんがらがった三木谷社長が「これから社内の会話はすべて朝鮮語にするニダ」とか言わないかな。 

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【追記】──読んできました──2014/4/25/夕方

 くだらん話ではあるが書いてしまった以上、責任?をもとうと、コンビニで『週刊新潮』の該当記事を立ち読みしてきた。
 私が案じた(笑)男と女のそれぞれの夫婦仲だが、ふたりとももう長年假面夫婦なのだとか。
 しかしなあ、男のほうは地位も金もあるから女房になんとでも言って行動できようが、いくら假面夫婦とはいえ女のほうは亭主になんと言ったのだろう。専業主婦がそんなに簡単に外国旅行に行けるものか。冷えこんでいる夫婦だとしても、どんな理由を告げて外国旅行に行くのだろう。信じがたい。 

 え〜と、それで、書くのもバカバカしいがついでなので読んできたことを書くと、ま、男と女の仲になって、熱々で、でもピロートークの最中に男が別の女の名を言って(笑)、怒った女がビンタして、そしたら男が馬乗りになって女の顔や側頭部を擲って、女は逃げだし、救急車を呼んで医者に行って全治7日になって、一度は別れた、と。
 このへん、こいつらがまともじゃないことがよくわかる。特に女のわざとらしく救急車を呼ぶあたりがあざとい。ほんとに好きなのかよと疑問に感じる。全治7日の打撲傷なんてたいしたことないよね。でもいざとなったときのためには診断書が必要だ。この女も基本は政治家の性癖を週刊誌にバラして金儲けする愛人と同じタイプに感じる。デヴィ夫人はこんな女を許さない(笑)。

 しばらくして女が、「治療費を払え、丸坊主にして詫びろ」と。それで忘れてやる、と。でもそれは大騒ぎしないということでふたりの仲は終りだ、という意味。すると男が金を振りこんで、剃髪した写真を送ってきた、と。すると女は男の誠意を感じて、もういちどやり直してみようと思った、と(笑)。書いててバカらしい。

 前にも増して熱々のふたり。会社のちかくのホテルに部屋を取って、仕事中の男が抜けだしてきて、一発やってまた会社にもどったりしていたとか。この68歳、なかなかお強い。妊娠が発覚したが、男は愛の結晶だと喜んだ、と。ちなみに男にはすでに成人したふたりの娘がいるらしい。

 社用なのに一緒にパリに行って、そこでまた揉めて、女が流産して、なんたらかんたらの結果、腹立った女は写メやケータイメールとかを『週刊新潮』に証拠として提出した、と。

 新潮が男にインタビューすると、男は「あの女は妄想癖があって」と、セックスもなければ妊娠なんてのもみな妄想と、女をストーカー的キチガイに仕立てて逃げようとする。そのときに「挿れてない」とも言った、と。
 ところが新潮が女から預かった証拠写真を見せると、一転して今度はぜんぶを認めた、と。

 これでくだらんスキャンダル一件落着かと思いきや、今度は女がキチガイ扱いされたことに激怒して裁判沙汰にすると逆上し、すると男はこりゃまずいと、ひともうらやむすべての役職を辞任して姿をくらました、とのことです。 

 どうでもいいや。つまらんことを書いてすみません。でも一応フォローのつもりで書きました。三木谷社長、楽天の社内会話はぜんぶ朝鮮語にしてください。たのみますニダ。 英語も日本語もみな朝鮮語から派生してるので、楽天が世界企業になりたいなら鯨やイルカの通販禁止以前に社内の会話をすべて朝鮮語にすべきですニダ。

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【追記】──韓国語学習の広告が(笑)──4/26

 上の「三木谷社長、社内の会話はすべて朝鮮語にすべきですニダ」と書いているころ、ライブドアのページに韓国語学習の広告が載っていた。「激安、個人授業で1時間3000円から」とあった。私には「朝鮮のことばを金を払って習うという感覚」が完全に闕如していたから、これはこれで新鮮で、どこのバカがこんなものを金を払ってまで習うんだと不思議な気持ちになった。いやいやまだまだ韓流ファンはいて、ヨン様(笑)に会いたいと願うおばちゃんは朝鮮語を習いたいのかもしれないし、Kpop好きの若者も習っているのかもしれないから軽々には言えないけれど。
 語学好きの私はいろんなことばに手を出しているが、ドイツ語と朝鮮語には興味がもてずまったく話せない。その理由は、ことばの響きを美しいと感じないから、とは以前に書いた。

 それで、その広告の画像をここに貼ろうと思っていたのだが、そんなただの思いつき、すぐに忘れる。思い出してもういちどそのそこに行ったがすでに広告は替っていた。すこし残念だった。



 ところが今朝、同じような広告がこのブログに載っていたので嗤った。自動で関連語を集めて広告を配置する機能が、私の文の「会話」「朝鮮語」をキャッチしたのだろう。下のような広告。

kankokugo

 早速使わせてもらった次第。いまどき誰が朝鮮語を習うんだ。わからん。

靖国神社 春の例大祭──国会議員147人が靖國神社参拝──「みんなで××する会」というネーミングセンスの悪さ


4月22日、超党派の議連「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」のメンバー147人が22日朝、東京・九段北の靖国神社を集団で参拝した。議連事務局長の水落敏栄自民党参院議員によると、参加議員数は平成に入ってから3番目に多い。自民党からは高市早苗政調会長らが参加した。
 
水落氏の事務所が発表した資料によると、147人の所属政党は自民、民主、維新、みんな、結いの各党などと無所属議員。代理の秘書らも75人いた。当初は議員146人、代理70人と発表したが、その後、人数を追加した。議連とは別に新藤義孝総務相も12日に続いて参拝した。新藤氏の参拝は靖国神社の樋口知明広報課長が電話取材に対し、確認した。
  
安倍晋三首相は昨年12月に現役首相としては2006年の小泉純一郎氏以来初めて靖国神社を参拝。4月21日から靖国神社で始まった春季例大祭では「真榊(まさかき)」と呼ばれる供物を奉納したが、首相側近によると今回は参拝を見送る見通し。安倍内閣では新藤総務相のほか、古屋圭司拉致問題担当相も20日、靖国神社を参拝している。

中国外務省の秦剛報道官は21日、安倍首相の靖国神社への供物奉納とこれに先立つ安倍内閣の閣僚による靖国神社参拝について抗議を表明、「靖国神社の問題は日本とアジア諸国との関係を常に危うくする。日本は侵略した歴史を直視し、深く反省するとともに、軍国主義とはっきりと決別すべきだ」と語った。
http://www.bloomberg.co.jp/bb/newsarchive/N4EOSF6JTSEF01.html

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kikko yasukuni

 日本の政治家にもまだまともなのがいると安心した。<きっこさん>とは正反対の感想ですね(笑)。

「民主党3人、みんなの党2人、結いの党2人、無所属2人」は、きちんと名前を覚えておこう。
 靖國に参拝しても、古賀誠みたいなのもいるから信じられるとは限らない。なにしろメンバーの中には「生活の党 小沢一郎」なんてのまである。行かないくせに(笑)。あちこちの顔色をうかがって取り敢えず登録しているのも多い。



 しかしこの「みんなで靖國神社に参拝する国会議員の会」という名は、いつ見てもパカっぽい。なんという悪センスだろう。なにをどうすればこんな名前が思いつくのか。「みんなで××する会」。バカである。毎回この名が報じられる。ここから「みんなですれば怖くない」になり、「みんなですることの危険」「暗黒の戦前、軍靴の響きが」と引っ張られるのは明白だ。自分達のほうからツッコミどころを用意している。



 相変わらずのシナの「靖国神社の問題は日本とアジア諸国との関係を常に危うくする」も滑稽だ。このことを戦略として使っているのはシナと朝鮮だけ。他のアジア諸国はなんも気にしとらん。国を守った英霊への感謝は当然と好意的だ。



 今日は春の例大祭最終日か。昨夜から雨だったのに今朝は快晴だ。行こうかな。屈辱の敗戦日である8月15日なんてのはどうでもいいのだ。大切なのは春秋の例大祭である。

ASEANで調査──「最も信頼できる国」日本1位!──安倍外交の成果

「最も信頼できる国」日本33%、中韓5%以下

2014年04月20日 09時03分

 外務省が東南アジア諸国連合(ASEAN)の7か国で行った世論調査によると、「最も信頼できる国」に日本を挙げた人は33%で、トップだった。
 米国は16%で2位、中国は5%、韓国は2%だった。

「ASEAN諸国にとって現在重要なパートナーはどの国か」との質問(複数回答可)でも、1位が日本(65%)で、以下、中国(48%)、米国(47%)が続いた。2008年の前回調査では1位が中国だった。

 安倍政権が掲げる積極的平和主義については、「アジア地域の平和維持に役立つ」と肯定的な評価をした人が9割に上った。

 外務省は「安倍首相が就任後にASEAN全10か国を訪問し、日本のASEAN重視の姿勢が浸透した表れではないか」と分析している。

 調査は3月、外務省の委託を受けた香港の調査会社がインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、ミャンマーの18歳以上の国民を対象に、オンライン方式で実施。計2144人が回答した。
 
http://www.yomiuri.co.jp/world/20140419-OYT1T50110.html

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 アジアを歩いていれば諸国の人々がいかに日本を好きか、アジアが白人の植民地から独立するために日本の存在がいかに勇気を与えてくれたかと讃えていることを肌で感じる。「最も信頼できる国」、日本の33%に対し、シナは5%、南朝鮮は2%だ。誰もがシナの覇権主義と朝鮮の身勝手を知っている。

 ところが日本という国にいてマスコミに接していると、日本は世界中から嫌われている最悪の国になってしまう。中でも東南アジアの人々は日本を憎んでいるかのような歪曲したニュースを流す。いやそれ以前に、アジアにはシナと朝鮮しかないような報道ばかりだ。

 インターネットの時代になり「紙の新聞」は国民をミスリード出来なくなった。讀賣のこの結果に不満なアサヒシンブンあたりは独自の調査を行うかも知れないが(笑)、いくらなんでも以前のような捏造はもう出来まい。これが東南アジアの民の声なのだ。

kanren6 「アサヒシンブン読者も首相の靖國参拝を60%が認めていた



 ここで重要なのは「2008年の調査では中国が1位だった」ということ。もちろんその後のシナの横暴さに多くの国がうんざりしたことも事実だが、一面においてこれは安倍外交の成果でもある。

 第二次安倍政権が始動していちばんうれしかったのは東南アジアへの積極的な訪問だった。首相は精力的に各国への訪問を重ね、麻生さんがミャンマーを訪ねたりもした。南京事件をアメリカで大仰に騒ぎたてるシナの習近平や、テロリスト安重根像や慰安婦像なる滑稽なものの建立に奔走するクネクネとは関わらなかった。

 100人の知人の内、不仲のふたりとの仲を修復しようと努力することもそれなりに大切である。しかし今までの日本は、そのことにばかり腐心し、自分を慕ってくれる仲の良い98人を軽んじていた。ふたりにこだわるより、98人を大切にするのが正道である。その中には末長く親友になれるひとたちがたくさんいる。彼らはこちらを正当に評価し、これからも仲よくしましょうと言っている。むかしのことをあれこれ捏造してグジグジ言うふたりとつき合う必要はない。ま、そのふたりとは絶交してもいいんじゃないかというのが本音だけど(笑)。



 世界は日本の魅力を知っている。日本の敵は、日本を貶めようとする日本の中にいる。サヨクマスコミの撲滅こそが喫緊の課題だ。

続・奥多摩の遅い春──Wifi通じず

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 奥多摩探訪は楽しい体験だった。唯一困ったのは山奥でWifiが繋がらなかったことだ。電波状況が赤ボタン点滅になってしまう。これは以前東京の街中でもなったことがあり経験済みだった。小金井公園のちかく、しかもマンションの中である。部屋の真ん中で通じない。窓辺に行ったら黄色ボタン点滅になり、なんとか実用に耐えうる程度の通信は出来た。安定は緑ボタン点灯である。黄色はまだなんとかなるが、赤ボタン点滅になると確実にダメだ。この時点でWifiがさほど頼りにならないらしいとは気づいていた。だって分厚いコンクリートの壁が遮ったとはいえ都内なのである。この奥多摩のような外れではない。ショックだった。



 私は下のWiMAXを使っている。これはネットで探してきた写真だが私のもこの赤である。他社のものなら奥多摩で通じるのか? ま、いずれにせよかつてケータイがそうであったように、より普及すればどこでも通じるようになると思うけれど。 
 
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 Wifiを導入したとき、私は通信環境をこれだけにしようかと考えた。Wifiの会社ではそれを勧めているところもある。「もうこれだけで十分ですよ」と。そうしているひともけっこういるらしい。
 ずっとフレッツ光を使ってきた。それをやめてデスクトップ機もWifiにするとフレッツ代金3500円の節約になる。しかしWifiは私の住まいでも時折黄色点滅になったりするのだった。なんのかんの言ってもインターネットがなくてはいられない。3500円の節約でイライラするような状態は避けたい。そう思って今も両方使っている。思えば使い始めの昨秋から、電車の中でAsus MeMO Padでネット新聞を読んだり、メールの返事を書いたり、外出先(都心)でThinkPadに繋いだりしてWifiの便利さに感謝しつつも、「なんかもうひとつ頼りにならないぞ」とは感じていた。


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 奥多摩山中で完全に繋がらなくなった。地理的には首都東京なのに。
 ここで私はいかにもWifi初心者らしい勘違い悪足掻きをしている。恥ずかしいが正直に書いておく。Asus MeMO Padの受信状況(携帯電話でいうなら棒三本のような)は満点を示し、さらには内部設定で確認すると「非常に強い状態の受信」になっている。それで私は「なんとかならんのか」と、タブレットの通信設定を変えたり再起動したりしていじくりまわした。Asus MeMO Padは「非常に強く受信」しているのである。なら出来るはずだと。
 お笑いになっているかたもいるかと思うが、この「強い受信」はAsus MeMO PadがWifiルーターの電波を受けている状況のことである。そりゃ50センチと離れていないのだから強く受信しているだろう。でもWifiルーターは電波を受け取れず赤ボタン点滅なのだから、いくらAsus MeMO Padが「受信絶好調」となっていてもインターネットが出来るはずもないのだった。とは後で気づいたこと。

 私のガラケーは通じた。友人のスマホも通じた。はっきりとWifiの能力は携帯電話よりも落ちると知った。これは私なりにショックである。多くの識者が口にし、私も同意した「ガラケーとタブレットのタッグが最強」が、奥多摩山中で崩壊した。
 私はネットで調べ物をしたかった。でも電話機能に限定しているガラケーでは出来ないし、Wifiが通じないのだからタブレットでも出来ない。でもスマホなら簡単に出来てしまう。私の考える最強タッグがスマホ単独に完敗した瞬間だった。 


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 インターネットが出来ないとAsus MeMO Padの魅力は半減した。通信できなくても、カメラもあるし、内蔵のゲームも出来るし、外附けの32GBのMSDカードにはたっぷりと音楽も自炊マンガも入っている。出来ることはいっぱいあるのだ。だがこの種のタブレットは「通信することによって使える機能」が多い。辞書もそうだ。通信状態にならないと使えない。マップは言うまでもない。

 なんでも即座に調べられる状況に慣れているから、「あの漢字はどう書くんだっけ」「あの英単語のスペルは」と疑問が湧くとすぐに調べる癖がついている。漢字や英語のほうは携帯した[POMERA]に、国語辞典、英和和英辞典がついているのでなんとかなったが、ネットでないと調べられないこともある。

 といってたいしたことではない。たとえば「内田の勝っているG1ていくつあったっけ!?」のようなものだ。実話である。ふとそんなことを思った。奥多摩山中で、思わねばいいのに思ってしまったのだった。思ってしまった以上ただしく知りたい。指折り数えてみる。「ゴールドシップの皐月賞、菊花賞、有馬記念、宝塚記念」と、あたらしいところから遡って行く。「ヴィルシーナのヴィクトリアマイル、エイシンフラッシュのダービー、オウケンブルースリの菊花賞」と、このあたりまでは順調。だんだん怪しくなる。「ああ、サクセスブロッケンのフェブラリーは内田だよな、それから……宝塚記念をもうひとつ勝っていた、なんだっけ、エイシンデピュティか」、「あとNHKマイルを勝ってる。あれはまだ南関所属のころだ、え〜と、あの馬は……」
 
 これが出てこない。「たしか金子さんの馬だったな」「牝馬だ」「とんでもない大穴だった」と周辺のことは思いつく。「なんだっけ、ローブデコルテ、ちがうな、あれはオークス馬だ、福永だ」
 出ない、いらいらする。

 通信さえ出来ればすぐにわかる。もう十数年もそういう環境の中で生きてきた。しかしいま奥多摩の山奥でそれが出来ない。インターネットのない時代だったらわからなくて当然だ。手帳にメモしておき帰宅して調べる。そうするものと決まっているから憤懣はたまらない。でも今の時代は、すぐに調べる、すぐにわかることに慣れている。そして、私がスマホ派だったらこのイライラはないのだ。それが悔しい。隣の友人にスマホで調べてくれとは意地でも言えない(笑)。


 山から降りて町中(街中じゃなくて町中だろうねえ)まで来たら通じた。すぐにピンクカメオとわかる。背中の痒いところに指が届いた気分。
 奥多摩の光フレッツはどうなのだろう。地元の友人によると通じているらしいのだが……。

 山野井さんのような山暮らしにも憧れるが、やはり私に奥多摩は無理のようだ。通信のこともあるが、それ以前に、ここで暮らすにはクルマは不可欠だし、町への買い物がたいへんだ。街中の集合住宅で暮らすほうが楽で安あがりなのである。そう、なによりも経済的な問題が先だつ。ごくたまの訪問だけにしたほうが無難のようだ。奥多摩の訪問……オヤジギャグになってしまった。

ことば考──自転車をチャリンコと言うひとの無神経──朝鮮語「チャジョンゴ」が起原


 自転車のことをチャリンコと呼ぶひとが多い。私の周囲にはひとりもいないが、街中では頻繁に耳にする。うすらバカ顔をしたアンチャンネーチャンには標準語のようだ。

 30年ほど前、それが普及してきたとき、どうにも抵抗があり、私は使わなかった。東京っ子の友人は「チャリンコは、東京弁で爐海匹發離好雖瓩里海箸澄廚噺世辰董△海凌係譴魴っていた。有名人では、銀座生まれ葛飾育ちのなぎらけんいちさんがエッセイで同じ事を言い、「絶対に使わない」と書いている。

 当時の小説や随筆には「いきなり飛びだしてきたチャリンコにカバンをひったくられた」のような表現がある。これは自転車強盗ではなくこどものスリのことである。 

※ 

 時が流れ、チャリンコなる珍妙な言語は伝播し、ふつうの自転車をチャリ、主婦が買い物等に使うものをママチャリ、50ccのバイクやスクーター、正式名原動機附き自転車をゲンチャリと言うまでになった。私はこれらの響きが嫌いで一度たりとも使ったことはない。自転車という日本語があるのになぜそんな幼稚で下品な響きのコトバを使わねばならないのか。(幼稚で下品な響きだから流行ったとも言える。)
 

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 大野敏明著「日本語と韓国語」は「チャリンコは、韓国語の自転車(チャジョンゴ)から来ている」としている。
 呉智英さんも「言葉の煎じ薬」の中で「朝鮮語のチャジョンゴから来ているチャリンコは、数少ない朝鮮語起原の現代日本語である」と書いている。

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 どうでもいいことであるが私にとっては極めて重要なので書いておくと、私はこれらの本を読んで、起原を知ったから嫌ったのではない。本能的に嫌っていたことばが、後にこういう起原だと知ったのである。この順番は大事だ。それはもうこういうことばを抵抗なく受入れ、いつのまにか使っているひととは本質的なちがいだと思っている。

 朝鮮語起原の古語では「虎」がある。日本に虎はいない。朝鮮にはいる。だから朝鮮語の「ホーラ」が「虎-とら」になったとされている。でもこれはいい。だって日本に虎はいなかったのだ。朝鮮には虎がいたのだ。
 虎とちがい、日本に自転車はあった。朝鮮よりも前からあった。自転車という日本語もあった。なぜそれをチャリンコなどという下品な響きの朝鮮語で呼ぶのか。「漬け物」を「キムチ」、濁り酒を「マッコリ」、鍋物を「チゲ」と呼ぶようなものである。

※ 

 キリストも孔子も朝鮮人とし、サッカーから剣道まですべて朝鮮から始まったとする、オリジナルならぬウリジナルで世界中から嗤われている朝鮮民族は、日本人が自転車をチャリンコと言うことを喜んでいるだろう。
 自分達より劣等なチョッパリ(豚の足の意味。足袋を履いた日本人の足の形から来た日本人蔑視の朝鮮語)は、自転車を表現することばすらなく、自分達のことばであるチャリンコを使用していると。

 そういやバラエティ番組を見ていると、吉本系の朝鮮人お笑いタレントが、みなテレビで「チャリンコ」を連発している。耳障りだ。そりゃ母国のことばだから言いたかろう。 もっとも彼らは母国では「半チョッパリ」として最低の扱いとなるが。


 私は「チャリンコ」「ママチャリ」「ゲンチャリ」等を使うひとを信じない。嫌う。会話したくない。
 さいわい、いや当然であるが、私の親しい友人にそんなことばを使うひとはひとりもいない。
 もしもいまここを読んでいるあなたが、そんなことばを使っていたなら恥じて欲しい。そしてこの朝鮮語をあなたの辞書から削除して欲しい。下のような垂れ幕を出すやつらのことばなのだ。

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 いや、ま、ことばはひとそれぞれだから押しつけは出来ない。よけいな御世話だと言われたら返すことばもない。使いたいひとはこれからも使ったらいい。

 ただし、あなたが真っ当な日本人であり、慰安婦問題や竹島問題、クネクネの外交姿勢、その他、特亜問題で朝鮮にいらだっているひとだったなら、「チャリンコ」なんて朝鮮語を使うのはかなり滑稽なことだ。本質的な矛盾になる。それは自覚して欲しい。それでも使いたいと言うのならなにも言わない。そんなひとはいないと信ずるが……。

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 2週間ぶりに訪ねたら、奥多摩の山桜も満開になっていた。でも日蔭には2月の大雪が根雪になって残っていたりする。


 
 というところでネット界の有名人<きっこさん>のTwitterを覗いたらこんなものが。

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 父母の家系が東京に4代目だか5代目だかで生粋の東京っ子だと自慢し、句を嗜む俳人であり、ことばにこだわると自負するひとにしては、ずいぶんとガサツな表現と感じた。なぎらけんいちさんはこのひとを東京っ子とは認めないだろう。
 
 東京っ子ではなく朝鮮人で、俳人ではなく廃人だとするとすんなり理解できる。

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【追記】──ママチャリをタイトルにするテレ東の番組──2014/4/22

 ネットのテレビ番組表を見ていたら、テレ東に「旅に出よう ママチャリで」というのを見かけた。自転車で旅をする番組らしい。この場合「自転車」とすると本格的なものから安物までぜんぶを含んでしまう。その点「ママチャリ」とすれば、いちばん一般的な安物自転車を指すことになる。それが狙いなのだろう。

 やだなあ、こういう形で自転車という日本語が駆逐され、チャリンコ、チャリと言う民間人(笑)が増えて行くのか。韓流ドラマとかK Popなんてのにコロっとだまされるひとの多い国だ。こんなことにこだわっていてもしょうがないのだろう。とにかく「オレは使わない」「オレの好きなひとには使って欲しくない」を貫くしかない。 

奥多摩の遅い春──ホッピーグラスの山桜──私の花見

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 奥多摩に出かけた。今までもなんどか出かけているが、それは電車で行ける奥多摩駅まで。
 春や秋の行楽シーズンは電車がヤマジジ、ヤマババで満員になる。まだ彼らに会う前、私はそれを老後の趣味として、健康的でいいものと思っていた。好意的だった。でも実際に電車の中で乗りあわせると、仲間同士で山のことを大声で話し、大きなザックが周囲の客に迷惑を掛けても気にしない、一方通行の粗雑な連中だった。ジジもババも。一気に嫌いになった。

 私は山好きではないし装備ももってないから、終着駅の先を歩きまわったことはない。今回はクルマで、今まで行ったことのない奥まで行った。



 杉林が多いから花粉症のひとはつらかろう。
 建築材として役立つことを考慮し、杉の植林が国策とされたころ、「土壌保全のためにも水源のためにも、ブナ等の広葉樹を植えたほうがいいのだが……」と発言された昭和天皇の見識はすばらしい。植物学者であられても、あくまでも狆歡Л瓩領場なので、政治である植林事業に意見を出されることはなかったが。
 
 父母がまだ若く、姉が中三、兄が小五、私が小一という我が家が最も家族的だったころ、教員の父が休みの日曜日、五人揃って数キロ先の山まで歩き、杉や松の植林をした。苗木はトラックが山に運んでおいてくれた。
 昼は持参した弁当だ。わざと箸を持って行かず、小刀で竹を削って即席の箸を作ったりした。魔法瓶のお茶もあった。ピクニック気分で末子の私ははしゃいだ。父母は、先祖からもらった材木が自分達の家計を助けてくれたように、将来の私たちのためにそれをしてくれたのである。毎年の恒例行事だった。私の家は戦後の農地解放による没落地主だから、田んぼは小作人に取られてしまったが解放対象でない山だけはたっぷりあった。一回に二百本だとして年に二回で四百本、十年で四千本ぐらいは植えたろう。こつこつとやったものだ。都会に出た姉が缺け、兄が缺け、最後は父母と私の三人になった。父母はその当時からこども三人に分けあたえる山を選別していた。こども三人も自分達の手で植林した山の将来を夢見たが……。

 しかしそれらが育つころには安価な輸入木材が出まわり、日本の木材は伐採料、運賃のほうが高くなると見向きもされなくなった。父母も間引きや枝払いの山の手入れを放棄した。だってそんなことをしても意味がないのだから。親の落胆は私たちよりもはるかに大きかったろう。父は退職時に家を新築したが、その材料もみな新建材と呼ばれるもので、植林した山の木が役立つことはなかった。
 時が過ぎ、親が残してくれた荒れた山を見るのはつらかった。二親も死に、故郷を捨てる際に二束三文で売ってしまったけれど……。



 頻繁に猿や鹿を目にする。となると条件反射で「山野井さんのクマ」を思い出す。世界的なアルピニストであり、奥多摩に住んでいる山野井泰史さんがジョギング中に月の輪熊に襲われ、腕や顔に百ヵ所ものケガを負ってヘリコプターで病院に運ばれた事件だ。
 詳しくは私のサイトに《「岳」から「ゴルゴ13」、平山ユージと山野井泰史「情熱大陸」》としてまとめてあるので、興味のあるかたは読んでください。

 リンクを貼るのに今読み返して、山野井さんが襲われたのが「倉戸山」と知る。私が行ったのは下の地図、「峰谷川渓流釣り場」近辺で、ここにアップした写真もそれになる。倉戸山はちかい。私は山好きじゃないけれど、山野井さんのことは男としてすごいなとすなおに思っているから、山野井さんのすぐちかくにいたのかとうれしくなる。が同時に熊もちかくにいたんだなと緊張した。
 なにしろカサと物音がしたのでふり向くと2メートル先に猿が5匹でこちらを見ていたりした。しかしここは地理分類上は東京都なのだ。こういうとこでも三代住むと江戸っ子なのか。

 なおこの地域が、あの大雪のあと道が杜絶し、孤立した集落へ自衛隊のヘリコプターで食糧を運ぶことになって話題になった地域です。道路の雪除去が終ったのは3月の末だったとか。

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 奥多摩の春は遅い。2月の大雪がまだ残っている。木々はまだやっと蕾の状態。花は見えない。
 空は青くすがすがしいが、時折身震いするような冷たい風が吹きぬける。



 地元のおばさんが土筆(つくし)を採りに来ていた。こんなに涼しい(笑)のに、つくしなんか出ているのかなと思ったら、枯草の中で見辛かったけど、春はきちんとそこまで来ているのだった。「和えるのですか」と訊いたら「炒める」と言っていた。
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 清流だ。山奥の川といえば、シナの濁った川を見ることが多いので心が洗われるよう。まああちらはみな川の中でクソをするし、犬猫の死骸もみな川に流す。そこいら中、ビニールやプラスチックのゴミばかり。大切な都の水源だからと、パトロールが見回って管理しているこの川と比べることに無理がある。

 でもその比較は、もろに「日本人と支那人のちがい」に通ずる。自分達の清流感覚で、川にクソをして犬猫の死骸も流す民族と接したなら、尖閣諸島も沖縄も取られてしまうだろう。



 釣り人等、訪問するひとたちもマナーがよく、ビニールのゴミひとつ目にしないことは救われる思いだった。もちろん私もせんべいの袋やペットボトルをみな持ち帰った。
 そういう中、タバコの吸い殻がゴミとしてやけに目立った。まだまだこれを携帯灰皿で持ち帰る喫煙者はすくないようだ。なんのかんの言ってもヤニ中毒のマナーなんてこんなものである。

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 山の整理なのかかなりの量の山桜の枝が伐採されていた。
「山桜」というとこれまた反射的に藤沢周平師の傑作短編「山桜」と、その原作を大事にした映画「山桜」を思い出す。大の藤沢周平ファンとして、やっと本物が出来たと胸をなでおろした快作だった。田中麗奈も東山紀之も好演だっった。それはこちらにまとめてあるので読んでください。2008年2月に『山桜』が映画化される」と知った。それまでに藤沢作品は、共産党支持者山田洋次によってボロズタのクソ映画にされていたから、「またオレの大好きな藤沢作品が冒涜されるのか」と不安になり、まずそのことを綴った。1年4カ月後、2009年6月にDVDで観賞し、「よかった、やっと原作に忠実な藤沢作品映画が出来た」と感激するまで、思えばずいぶんと長い話になっている。

 でもほんと、よかったよかったと胸をなでおろした作品だった。なにより藤沢さんの娘さんが「やっと父の原作と納得できる作品と出逢えました」と語っているのが、我が事のようにうれしかった。今日の午後にでもひさしぶりに見直すか。

【追記】──いま確認したら、関係者の発言で最も感動的な、藤沢師の娘さんが、「やっと納得できる作品に出逢えました」と語っているサイトが消えていた。リンクしたが繋がらなくなっている。2009年のものだから消えて当然か。しかしこういうことがよくあるから、こういう重要なものはコピーして自分のサイトに挿れておくしかない。あれを読んでもらえないのが残念である。言外で痛烈な山田洋次批判になっている貴重な発言だった。



 大量に伐採され、道路際に放置されている山桜(太い幹は直径10センチもある)に、いっぱいの蕾がついていて、それがまだ生きている。けなげでうつくしい。幹の切り口から見て、切られて一日二日のようだ。(この写真も撮っておけばよかった。)

 私は切り花が嫌いだ。花は野に、そのままにあるのがうつくしいと思っている。だから野にある山桜の枝を切りとって自室に持って帰るなんてことはしないが(と書くと、藤沢師の『山桜』はそれをする物語だから師の作品の否定になってしまうけれど)、今回は伐採された枝に着いている、このままだと咲くこともなく終る蕾だから、これは人助けならぬ花助けで、やってもいいのではないかと判断した。
 通りかかった町のひとに問うと、明日辺りダンプが来てこの伐採された木は処理場に運ばれるらしい。ならやっぱり「花助け」である。ここから持ち帰り、自室で咲く山桜を想う。カッターで一枝だけ手にした。



 それが先週の金曜日。
 一週間後の今日、やっと咲いてくれた。待ちかねた。咲いたらここにアップしようとたのしみにしていた。
 パソコン机の上に置いて記念写真。

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 活けてあるのはホッピーグラス(笑)。通販で買ったのがふたつあるので、そのひとつを一輪挿しにした。
 水に色があるのは赤ワイン。液肥がないので、せめていい気持ちになってくれと、すこしばかり注いだ。

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 今年の私の「花見」は、机の上の山桜である。
 今日はこれをかたわらに、映画「山桜」を見よう。
 酒はワイン? いややっぱ日本酒だな。山田錦精米50%の大吟醸を奮発するか。 
 あしたは桜花賞。阪神の桜はどうだろう。

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【補記】──プログは時間食い虫

 ひさしぶりに写真を多用した文を書いたら、写真の選別や加工やアップ(これが面倒)、リンクを貼ったり、文章の読み直しで完成まで2時間以上かかってしまった。やっぱりブログなんてのは閑人じゃないとできないね。一日中ツイートしている<きっこさん>がいかに何もしていないひとかがわかる。ありゃ異常だ。まともな生活じゃない。どうして喰っているのだろう。近所の親切なひとたちに世話になっているのか(笑)。

 とはいえ土曜日の早朝、待ちかねた山桜の開花だったから、充実した愉しい2時間だった。 奥多摩の雰囲気を感じてもらえたらさいわいです。

ことば考──かな交じり熟語の無意味──改ざん、ねつ造、だ捕、ら致──小保方さんの表記とテレビ局の表記

 小保方さんの抗議文書のアップに「改ざん」「ねつ造」等のかな交じり熟語が見えた。なんとも見にくい。
 今時の入力装置は「改竄」「捏造」と出せる。なのにそういう「かな交じり」を使って書いているのは、思うに、小保方さんが会社に提出するような書類では、いまだに「常用漢字の枠組」というのを順守せねばならない決まりがあるのだろう。 アサヒシンブン(笑)のように。



 これを報じるNHKでは、そのまま「改ざん」「ねつ造」と表示して報道していた。
 と書きつつ、いま苦労している。ATOKは「改竄」も「改ざん」も出せる。私は醜いかな交じり熟語は嫌いだからATOKの辞書からすべて削除してしまっている。ATOKを使い始めたころだからもう20年も前にやり、その辞書を引き継いできていることになる。だから出せない。よっていま「改竄」と売った後、「竄」の字を消し「ざん」とやって「改ざん」なる醜いものを作っている。手間が掛かる。しかも大嫌いなものを作るのだから精神に悪い。

 NHKはふだんのニュースでも、そんな「かな交じり」にしているのだろうか。むかしはそうだった。いまもそうなのか。それともこれは小保方さんの原文がそうだったから尊重して同じような表記にしているのか。NHK嫌いで見ないので知らない。 



 月曜夜、日曜の「たかじん」をYouTubeで見た。このテーマを取りあげていた。 読売テレビは、小保方さんの原稿のアップで、そこにあるのが「改ざん」「ねつ造」であることを示しながらも、自分達の番組の表示では「改竄」「捏造」としていた。ほっとした。



 醜い「かな交じり熟語」は、昭和20年から27年まで日本を占領していたGHQの指示により、内閣が漢字数を制限したことから始まる。当用漢字(現在の常用漢字)の意味は「面しばらくはいるが、そのうち全面廃止する漢字というもの」の意である。全面廃止が基本だ。いわば1日20本走っていた漢字という電車を、もうすぐ廃線とすると決定し、それでも朝夕の2本だけは走らせたようなものである。20本走って生活に役立っていたのが、たった2本にされたら問題が生じるのは見えていた。命令は占領軍だが、西洋コンプレックスから、お先棒をかついで漢字撤廃運動をした連中もいた。いつだって真の敵は内部にいる。いくらだって逆らえた。でも阿った。

 だけどその感覚はわかる気もする。こざかしい連中はいつもそれだ。日本が朝鮮を併合したとき、「ありがとうございます、これからもよろしくお願いします」と日本に阿った朝鮮人に限って、日本が負けたら、「力付くの植民地支配、許すまじ!」と愛国の戦士のようなふるまいに出る。
 戦中は「皇軍、またも大勝利、撃ちてしやまん!」と煽っておいて、敗戦したら「私たちはもともと戦争には反対でした」と言いだすアサヒシンブンなんてのも同じ。 



 敗戦した日本が再度独立するのは昭和27年である。いわゆる狠腸瑤寮ぢ絖瓩蓮日本が独立国ではない時代に生まれた鬼っ子になる。狂ったのがいるのもむべなるかな。
 敗戦国を支配するGHQの指示により、敗戦国のインチキ内閣が使用漢字制限を厳命する。敗戦国の役所がそれに従うのは当然としても、まともなマスコミなら、そういう政策には抗うと思うのだが、アサヒシンブン、マイニチシンブンを始め、みなそれにすなおに従った。それどころか気味悪い「かな交じり熟語」を率先して作りだした。

 漢字制限には従ったが表現は捨てなかった。その歪んだプライド?によって同じ音による置きかえという奇妙なものが生まれた。「交叉点」が「交差点」、「頽廃」が「退廃」のような意味不明のことばである。「義捐金」が「義援金」なんてのもそれになる。適当な同音の字がなく置きかえられないのはひらかなにした。そこから「改ざん」「ねつ造」「だ捕」「ら致」のような醜い、まったく意味のない「かな交じり熟語」が溢れることになる。これらのことばは文字が意味を持つのであり、「音」で表しても無意味である。こういうことをするひとの感覚ってどうなっているのだろう。
 小学生低学年のころは難しい漢字はかなで書いて書ける字だけ漢字にした。綿矢りさの「にな川」はそれを遊んだものになる。しかし新聞社のそれはあるまい。



 かといって私はむずかしい漢字を使うべしという考えではない。逆である。そこまでして漢字にこだわるなという考えだ。
 識者がしばしば指摘しているが、こんな意味不明の表現をするなら、他のことばに置きかえればいいのである。簡単に出来ることだ。でもなぜかかたくなに、こんな意味不明の表記にしてもそういうことばを使いたがるのが役所や新聞社なのだ。彼らにはこういう「表記」を醜いと感じる感覚がないのだろうか。役所は役所だからしょうがないと苦笑して諦めるにしても、新聞社はなあ……。新聞社になんかなにも期待していないけど。



 過日奥多摩を走ったとき、「土砂しゅんせつ作業」という看板を見かけた。「しゅんせつ」は「浚渫」か。
 この看板を見たこどもは「しゅんせつって何だろう?」と考えるだろう。「しゅんせつ」とありルビが振ってあったら辞書で調べる。サンズイの2文字からそれなり推測もするだろう。
 といって、こんなめったに使わない漢字をルビを振ってまで使えと言っているのではない。ぜんぶをかなにしてまで、そんなにまでして、このことばを使いたいのか、使わねばならないのか、そこが理解できないのである。河川の流路を拡げたり土砂を掬ったりする工事だ。いくらでももっとわかりやすく具体的に表現できるだろう。そのほうが地域住民だってどんな工事かわかっていいだろう。なぜこだわるのか。わからん感覚である。



 小保方さんの場合は彼女の好みの表記ではなく、立場上たぶんそう制限されているのだろうと感じた。
 NHKは、テレビ局以前に役所だから、ああいう表記をするのだろう。
 小保方さんの「改ざん」「ねつ造」を確認しつつ、「改竄」「捏造」と表記した読売テレビに拍手を送りたい。

 しかしまた原点に戻れば、小保方さんがそういう用語を使わねば、私もこんなことを書かずに済んだ、という話になってしまう。でも30歳の小保方さんでも「改竄」「捏造」ということばを使わねばならないという思い込みはあるのだろう。私だったら「改ざんしたつもりはありません」とかな交じりの表記を使うぐらいなら(規定により使わねばならないのなら)、「自分の意に添うような書きかえをしたつもりはありません」「悪意をもった書き直しはしていません」のように別の表現にするけれど。 それじゃダメなのか!?

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【追記】──曖昧さの価値?──4/10

 昨日は小保方さんの涙と笑顔の会見があり、夕方からテレビはそれ一色だったようだ。夜のニュースで5分ほど見た。すぐに消した。ま、その程度でいい。

 さて、上記の例で、「なぜこんなわかりにくい表現をするのか!?」と疑問を抱いたのだが、もしかして「わかりにくいことに価値があるのか!?」と思うようになった。

「しゅんせつ作業」で言うと、この看板を作ったのは工事を担当する土木業者である。しかし文面は役所の許可を取って作るものだ。土木業者の担当が新米の、私のような感覚の者だったとする。「しゅんせつ作業」なんて表現が気味悪く、また「しゅんせつ」ではわからない住民が多かろうと、「河川流域拡張作業」とか「河川の土砂取り出し作業」のように具体的に銘打ち、役所に届けたとする。するときっと役所は「毎年どの業者も爐靴紊鵑擦頂邏鉢瓩箸靴討い襪里如△修μ召鼎韻蹇廚噺世Δ里世蹐Αいわゆる慣例だ。いや役所以前に、会社の上司から「しゅんせつ作業にしろ」と言われるか。いやいやそれ以前に、業者による落札のとき、すでに「××川しゅんせつ作業」で競っているのか。また、もしも役所側に私のような感覚のものがいたとしても(いないだろうけど)、長年の慣例で表記をあらためることは否定されるのだろう。

 世の中にはいろんなクレーマーがいる。「河川流域拡張作業」と銘打ったら、「どこをどう拡張するのか」「拡張作業と言いつつ一部はむしろ狭くしているのではないか」などとケチをつけてくるのがいる。なら「しゅんせつ作業」と、むずかしい漢字をひらかなで書いた、含みをもった曖昧表現にしておいたほうが多くの場面に対応できるのだ。



「改竄」と「捏造」も、「悪意を持って文章を直してはいません」のように口語的な直截表現をするよりも、「改ざんの事実はありません」のように堅苦しい玉虫色にしておいたほうが後々の弁明のためにもいいのだろう。



 これらは「わかりやすい表現を、むずかしい漢字を使ってわかりにくい表現にしている例」だが、放送禁止用語のようなものは逆の流れにある。
「盲」「びっこ」を、「目の不自由なかた」「足の不自由なかた」のようにする。「盲」「びっこ」という定着している日本語を、差別的であると簡易なわかりやすい表現で置きかえている。しかし簡易な表現ではあるが、「不自由なかた」は、これまた曖昧で意味不明になっている。これを最初に思いついたひとは相当にことばに不自由なかただ。だからこれもまた「わかりやすい表現のようでいて、わかりにくい表現への置きかえ」になる。

 このやりかたが、本音と建て前を使い分ける日本人らしさ、と言えばそうなのもかしれないが……。



 私のきらいな競馬ライターに、簡単に書けることをやたらむずかしく書くのがいる。自分に自信のない臆病さを、むずかしそうなことばという甲冑で隠しているみっともないひとだ。しかし野っ原を裸で走ればすり傷だらけになる。「改ざん」や「しゅんせつ」のような何とでも逃げの聞くような便利用語をいくつか用意しているほうが生きるのには楽なのかも知れない。

楽天が鯨肉やイルカ肉の販売を全面禁止──社内の会話はすべて英語というアホ会社

 楽天が運営するインターネット仮想商店街「楽天市場」で、鯨肉やイルカ肉の販売を全面禁止する通達を出したことに、怒りと戸惑いの声が広がっている。国際司法裁判所(ICJ)の判決を踏まえた判断というが、ICJが中止を命じたのは南極海での漁のみで、調査捕鯨自体を否定したわけではない。捕鯨関係者は楽天に販売禁止通達の即時撤回を求めている。

 楽天が通達を出したのは今月1日で、ICJ判決(3月31日)の翌日。楽天市場の出店店舗すべてを対象としたガイドラインをメールで送信し、鯨肉を「禁止商材」に加えたことを通知した。30日までに該当商品を削除するよう求めている。

 捕鯨の町として知られる和歌山県太地町の三軒一高(さんげん・かずたか)町長は「ICJ判決をちゃんと読んでいないのではないか。日本の企業として絶対にあってはならない」と憤り、楽天の措置を「今すぐ撤回してほしい」と語る。

 楽天は、全面禁止の理由について「ICJの判決と、政府が判決に従うという見解を出したので、両方を踏まえて総合的に判断した」と説明するが、判決は南極海での調査捕鯨を対象にしたもの。日本国内に流通する鯨肉のうち、南極海産は約2割に過ぎない。

 さらに、ICJ判決は実際の捕獲数が捕獲枠よりも少ないことを「非科学的」と批判しただけで、日本の調査捕鯨自体は「科学的研究の性格を持つ」と一定の理解を示している。

 にもかかわらず、楽天が鯨肉すべてを販売禁止にしたのはなぜか。

 楽天の広報担当者は「総合的判断としか言いようがない」と繰り返すが、評論家の屋山太郎氏は「楽天は世界に進出するのだから『鯨の肉を売るのはまずい』と判断したのだろう。流通業としては仕方ない。ICJの不合理な判決の犠牲者だ」と同情的な見方を示す。

 これに対し、宮城県・金華山沖合で、組合員が調査捕鯨に従事する牡鹿漁業協同組合の内海純業務課長は「楽天市場の中で鯨肉を扱っている割合が低いから、他の影響を考えたらやめたんじゃないか。過剰反応だ」とため息をつく。

 前出の三軒町長は「楽天という企業に対する見方が、これで変わってしまった」と語った。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140407/dms1404071535008-n2.htm

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 どうにも、以前から、ずっと、楽天という会社が好きになれない。通販でも利用したことがない。ごく感覚的なもので、サイトのデザインや、しつこくフォローしてくることや、とにかく、なんか、嫌いなのだ。
 社内での会話をすべて英語にすると発表したときは、惘れた。こんなバカな会社が存在する時代になったのかと。好きになれない自分の直感が正しいことを確認した。 そういやユニクロってのも社内の会話は英語だったか。楽天もユニクロも関わったことがないのは誇りになる。

 そして今回のこれである。 「日本の企業としてあってはならない」と憤っているひとがいるが、「日本の企業として」の自覚なんてものがそもそもないのだろう。だって日本という国にいて、日本人社員全員が英語で会話してるんだよ(笑)。バカとしか言いようがない。日本語をきちんと話せないヤツにまともな英語が話せるわけがない。
 社内でいつも英語で話しているヤツラと私が、あるテーマで英語でディベートしたなら、私が勝つだろう。彼らのほうが英語はうまいだろうが、日本語力と綜合力のちがいだ。社内の会話を英語にすることに何の意味があるだろう。暗愚である。以前ニュージーランドに留学していたことが自慢の二十代の女とそんなことがあった。現地で学んで、発音のいい流暢な英語を話したとしても、中身のない人間は中身のない英語しか話せないのである。社内の会話を英語にするよりすべきことがある。
「楽天という会社の見方がこれで変ってしまった」と嘆く町長は、今まで変らなかったのがへん。遅すぎ。もっと早く気づくべし。

 一貫性で語るなら、楽天には見事に一貫性がある。負の(笑)。
 つまんねえ会社だ。 これから世界の顔色をうかかがってこんなことをする日本の会社が増えて行くんだろうな。いやな時代である。

朝鮮併合、従軍慰安婦像に関する朝鮮人女性のまっとうな意見──朝鮮人にだってこんなひともいる

 インチキ従軍慰安婦像にわざとらしく抱きついて泣き叫ぶ朝鮮民族のアホらしさを嗤いつつ、以下の水色の部分、朝鮮併合と慰安婦に関する意見を読んでください。

korea-jugun

日本は今の朴大統領の父親に莫大な賠償金を支払ったのですから。
慰安婦だったと言い張っている女性達に補償してあげなかったのは彼女の父親なのです。
そのお金は全て韓国の復興のために使われました。
それなのに70年近く前のことを、どうして気違いのようになって今更騒ぎ立てるのですか。
 
日本は朝鮮を侵略したわけではないのですよ。日本は一度も武力を使っていません。当時の朝鮮は困窮に喘ぎ、国として経済的に成り立っていけないため日本に国を売ったのです。
あの慰安婦像だって嘘ですよ。どう見たって11、12歳の子供ですよ。知らないアメリカ人が見たら同情をするのは当たり前です。

※ 

 この発言者は誰かと、告げ口外交のクネクネや日本を貶めることに懸命なアサヒシンブンに尋ねたら、ネトウヨだろうと言いそうです。
 でもこれはアメリカに住む朝鮮人女性のことばです。ブログ「今夜も一言 from Boston」から引用させてもらいました。 

 私がこのブログを始めたのが2005年の7月、あちらは2005年の4月と開始時期がちかかったこともあり、長年愛読しています。とても良質のブログだと思います。元文には、アメリカでの朝鮮人の異様な活動なども載っているので、ぜひ読んでください。韓国の粗悪なドラマ「野人時代」について書かれた箇所も勉強になります。「このひとは国会で人糞を撒き散らしたことで有名な国会議員」って、ほんと朝鮮民族はそういうことが好きなようです。



 ブログ主は日本人女性。アメリカのボストン在住。年輩のご婦人のようです。友人が朝鮮人のHさん。Hさんは朝鮮併合当時のことを知っているかたなのでかなりご高齢でしょう。ブログ主との会話に「戦前の日本語しか話せませんから」というおことわりがあります。戦前の日本の美しい日本語を話されるかたのようです。

 当時のことをリアルタイムで知っている朝鮮人女性からこのような発言を聞くと、ただしい歴史認識をもっている朝鮮人もいるのだと信じられます。



 日本兵を客とする朝鮮人の売春婦はいました。高級取りでした。どこの戦地でも同じです。日本軍は規律が厳しかったから、兵隊相手の娼婦としては恵まれていたでしょう。それだけの話です。犯されるではなく、兵隊が乏しい給料から金を払い、順番に並んで「やらせてもらう」でした。もちろん中には、その商売がいやだけれど、家族を養うために涙を呑んでなったひともいたろうし、朝鮮人女衒にだまされ、娼婦と知らずに就かされたひともいたでしょう。基本としていまの日本のソープランド事情と同じです。割り切って、金を稼ぐために就くか、いやいやだけれど、しかたなくなるか。
 なぜそれを「強制」と「軍が関与」にして、「悲劇」にするのか。高級取りの成人女性を、いたいけな少女の涙に変換するのか。捏造とはこんなときに使う言葉でしょう。



 ここで重要なことは、この高齢の朝鮮人女性Hさんはアメリカ在住ということです。韓国にいたなら、こんな本音の発言は出来ません。たちまちのうちに住所と名前を調べられ、非国民として吊しあげられます。住んでいられなくなります。だからこその脱出なのでしょう。支那人と朝鮮人の母国からの脱出願望は有名です。
 それでもこういう発言を得ると、韓国在住の年輩のかたには、こんなまともな感覚のひとがもっともっといるのではないかと思えます。発言できないだけで。

 発言できないことが、その国がまともでないことの証左になります。中共は共産党独裁国家だから、自由な発言は出来ないし、ネット閲覧の制限も当然と言えます。しかし大韓民国は、建て前は民主国家です。でもほんとうは国以前の存在なのですね。国じゃないんです。もどきです。

korea-oiwai

 当時を知っていて、こういう正しい歴史認識をもっている高齢の朝鮮人は、やがていなくなります。残るのは、今の教育を受けた「憎日世代」だけです。

 若いひとは教育で洗脳されていますから、上記Hさんのような認識をもつことは無理でしょう。アニメや音楽から日本に興味をもったとしても、小学生の時から、いやもっと前から、教育でもって心の奥底に、脳味噌の中に、日本への憎悪を染み込ませられています。仲よくできるはずがありません。それが国策です。ひどい国だと思います。憎悪からはなにも生まれません。そういう教育を受けている朝鮮の若者が気の毒になります。いや憎悪にも利点があります。方向性をひとつにまとめることが出来ます。今あの犢颪發匹瓩蓮△修了点なのでしょうね。民族の心をひとつにまとめるのに「日本憎悪」を使っています。愚かです。そういう形でしか存在できない脆弱な半島国家の悲劇とも言えますが……。

 日本憎悪の朝鮮人も日本に来ると、教えられていたのとちがうとおどろきます。日本人の親切と、ひとのよさに感激します。しかしこどものころから「日本憎悪」を植えつけられているので、それが消えることはないでしょう。国がこども全員の全身に「日本憎悪」という入れ墨を彫っているようなものです。服を着ているときはそれを忘れても、毎日お風呂に入るとき裸になれば、それを思い出します。生きている限りそれからは逃れられません。ひどい国です。とんでもない政策です。

 私は韓国の屋台で日本人だということからチンピラにからまれたとき、朝鮮人のおばさんに助けてもらったことがあります。 おばさんは激しい朝鮮語で彼らを怒鳴りちらし、追っぱらってくれました。感謝すると同時に、その後の会話の、きれいな日本語に感動しました。その他、魅力的な朝鮮人男女を何人も知っています。
 だけど残念ながら、これからも政府人民一丸となって世界中にあのインチキ従軍慰安婦像を建立しようとするあちらと仲よくなることはないでしょう。それが国是なのだから、かなしい国だと思います。



korea-kune

 オランダでの日米韓の会談。安倍首相の顔を見ないようにして、ニコリともしないクネクネには惘れました。あまりに幼稚です。国家主席とは思えません。でもそれが南朝鮮で民衆の支持率を得るための最良の手段なのです。プレスのいないところでは安倍首相とにこやかに握手し、会見の舞台に出て行くとき、「握手したことは内証にしてね」と言ったとか。南朝鮮は、そんなパフォーマンスが通じる犢颪發匹瓩覆里任垢諭



 デヴィ夫人は、この従軍慰安婦というインチキを全面的に認め、日本は補償をしろと口角泡を飛ばしているひとです。このひとにHさんの発言を聞かせたらどんな反応をするでしょう。田母神新党には関わらないで欲しいとせつに願っています。  

SNS考──Facebook、Twitter──「シマムラ事件」──キリンビールCM「ラ党の人々」二度目の人気(笑)

キリンビールCM「ラ党の人々》というのを書いたのが2011年12月13日。友人が教えてくれ、会員限定のYouTubeで見たものだ。そこでは『文學界』で読んだ《つかこうへいの遺作「鯖街道」》をリンクしている。

 その後どういう理由なのか知らないが2年半後の2013年2月に、隣の「人気記事」にランクインした。なにかあっての懐メロ再ヒットである。たぶんどなたかのリンクだと思うが原因はわからなかった。
 
 その時、2年半前の記事を読み返した。本文の中身は覚えていたがリンクしている「鯖街道」に関する文をまったく忘れていた。「へえ、そうなのか」と自分の文を感心しつつ読み進んだので、「自分の書いた文に感激するという惚け現象」というのを書いた。なさけないけどほんとなのだからしょうがない(笑)。

※ 

 今回またランクインしている。うれしいおどろきである。このブログをやっていての最大の楽しみは、こんな形で旧い記事が突如浮上することだ。ここのところもうそれだけが楽しみでやっているようなもの(笑)。
 これはアクセス解析を見てすぐに原因がわかった。どなたかがFacebookでここをリンクしたらしい。だってそれを読みに来ているひとのすべてがFacebookから来ている。無料ブログの簡単なアクセス解析でも解るぐらい明確だった。
 どなたがどんなテーマを書き、どんな流れでリンクしたの知りたいが私はFacebookに参加していないので行けない。でもかなりの人気者なのだろう、だってそのひとのリンクからだけで毎日何百人ものひとが来ているのだから。なんなのだろうねえ、つかこうへいファンなのかな。



 Facebookには参加していないが、以前友人のパソコンで「Facebookとはどんなものなのか!?」は見せてもらっている。
 ここは本名と顔写真で登録するらしい。試しに、何十年も会っていない学生時代の知人の名を入れてみた。するとすぐに反応があり、「慶應義塾大学×学部×年卒業」というプロフィールとともに顔写真や住所まで出てきた。おどろいた。Facebookとはそういう場なのか。これだったら会えなくなっている友人捜しも出来る。あるいは母校繋がりによるあらたな交友とか。あの当時、今は知らないけど、義塾の一学年は6000人ぐらいか。思えば6000人も同級生がいるんだな。考えようによっては心強い。いやはや、ほんと、世の中すごいことになっている。ま、その知人はべつに会いたいひとでもないので私は連絡しなかったけど。



「しまむら土下座事件」というのがあった。それに関する私の考えはここに書いた。
 ああいう些細な気に入らないことで店員を土下座させるような異常な人間による事件は、今までもいくつもあったことだろう。だが世間的な事件になることはなかった。個人と店の関係で終っていた。
 ところが今はSNSがある。 

 あの女は、そのことを自慢たらしくTwitterで公開した。土下座写真附きで。
 そのことから反感を抱かれ、Facebookを見つけられる。そこから青木という通名も朝鮮人学校に通う娘の写真も流出した。

 SNSがなければ、この女が、いくら土下座させたことを世間に自慢したくても、アピールの方法がなかった。
 アピールとそれに対する反感も、Twitterだけなら批難が集中した時点でアカウントを消して逃亡も出来た。だがFacebookまでやっていた。「買ったタオルケットに穴が開いていた」という抗議で店員に土下座をさせること、その写真を得意気にアップすることからも、この女の精神がまともでないことはたしかだが、SNSがなければ、全国的な事件になることもなく、逮捕されることも、罰金刑30万円になることもなかった。ずいぶんと高い「土下座代金」になった。自業自得、墓穴を掘ったことになる。いわば近年の猫も杓子もSNSという気狂いに刃物状態の中、気狂いが刃物で我が身を切ってしまうというオチになった。 



 Facebookに参加すると、あたらしい友人が出来るかも知れない。交友世界が拡がるかも知れない。
 懐かしい友人と再会出来るかも知れない……というのはないな、会いたいひととは会っている、会わないひとは会いたくないひとだ。会いたいけど会えないというひとはいない。死人を別にすれば。
 あたらしい世界が拡がるのはたしかだろう。でも自分のサイトとこのブログだけでいいや。これ以上SNSには関わらなくてもいい。今の状態でお腹いっぱいだ。 
 
 逆から考えてみると、もしも私が「連絡が取れなくなり交友が途絶えてしまっている旧い友人と再会したい」と願うようなタイプなら、すでにもうFacebookをやっている、ということか。

佐川急便話──再配達時間指定とはなんなのか!?──時間指定をしても無視する異常

 3月7日に書いた「佐川急便嫌い──またあのクソ佐川に関わってしまった」に、「営業所番号がなかったのは運転手のミスだった」という文を4月2日に追記した。

 前回、ドアに不在通知が入っており、そこにある自動受付に電話したら「4桁の営業所番号を挿れろ」と言われた。不在通知書にそんなものはなかった。絶対になかったのだが、私は自動受付電話があそこまで自信満々に言うのだから、それに対応できない自分にもなにか問題があるかもと思っていた。

 それが今回ハッキリした。3月末に註文した充電池eneloopを4月2日に届けに来たらしく、また不在通知が入っていた。するとそこには運転手の手書きで4桁の営業所番号が書かれていた。前回なかったのは運転手が書き忘れたのである。これもまた明らかな佐川側のミスだった。それを確認できた。原因がわかって咽のつかえが下りた。



 過日、不本意ではあったが佐川に自分のことを登録した。縁を切りたいのだが、佐川と契約している店が圧倒的に多く、ここに書いている話は3月7日と4月2日だが、その間にも何度か佐川を使っている店から購入してしまい、そのたびにトラブルが起きている。「佐川が嫌いだ、縁を切る」と言いつつ縁を切れない自分を恥じて、ここには書いてないけれど。

 氏名住所メールアドレスを登録したからか、佐川からもヤマトと同じような「メールの不在通知」が来るようになった。今回も届いていた。そのURLをクリックして、「4月3日の夜7時から9時のあいだに届けてくれ」とWeb佐川に申しこんだ。それに対する返事が下のもの。


info-ptl@sagawa-exp.co.jp
4:07 (12 時間前)

To 自分 
結城恵助 様
Web再配達受付サービスをご利用頂き、ありがとうございました。
受付内容をお知らせ致します。

【受付内容】
■お問い合せお荷物番号
3543-7578-0
■希望再配達日時
2014年4月3日(木)
19:00〜21:00

【ご注意】
※天候・道路事情等により予定通りに配達できない場合がございます。
※本メールのご案内はシステムによる自動送信を行っています。
 ご返信についてはお受けできませんのでご了承下さい。

佐川急便株式会社

 4月3日の19時から21時に届けてくれというこちらの希望を諒解しました、という内容である。
 【ご注意】
※天候・道路事情等により予定通りに配達できない場合がございます。とあるが、それは「19時から21時のあいだに届けられない場合もある」ということだろう。まさか「19時から21時のあいだに届けられないので朝の9時に届ける場合もあります」ではないと思う。

 3日は17時にもどった。帰路、「19時過ぎに佐川が来るから印鑑を用意しておかねば」と思った。私は代引の時代もお釣りのないように、3627円のような端数の場合もきちんと揃えて待っていたので、 運転手によろこばれた。「こんなことしてくれるお客さんは10軒に1軒もないですよ」「お釣りがなくて、ちかくの自動販売機でカンコーヒーを買って作るんですが、1日に何度もそれをやるとお腹がガボガボになっちゃって」なんて会話もした。今日のように届く日は、ドアの近くに印鑑と朱肉を用意しておき、チャイムがなったらすぐに捺せるように準備している。それは、届けてくれる運転手に感謝と敬意を表しての礼儀と心得ている。

 ところがドアをあけたらまた不在通知が入っていた。理解できない。午前中に来たようだ。なぜ19時過ぎと指定しているのに毎度午前中に来るのだろう。いるわけがないのに。ずいぶんと無駄なことをしている。諒解しましたという返事はなんなのだ。
 PCを開くとメールが届いていた。


佐川急便株式会社 info-nimotsu@sagawa-exp.co.jp
10:25 (6 時間前)

To 自分 
結城恵助 様

いつも佐川急便をご利用いただきありがとうございます。
ご不在でしたのでお荷物をお預りしています。

■お問い合わせNo.
354375780

■配達日時
2014/04/03 09:32

■Web再配達依頼受付

Web再配達依頼受付をご登録されるお客様は、以下のURLをクリックして下さい。 


 朝の9時に届けに来て留守だったという。私は19時過ぎにと申しこんでいるし、諒解しましたと返事ももらっている。なのになぜ9時に来るのだろう。

 あらゆることが不快な佐川急便だが、今回は会社側(=コンピュータ)と運転手の齟齬が不快だった。今日は雨の日である。雨の中、いないと伝えてあるのに、 その私の部屋に来て、チャイムを鳴らし、留守を確認し、不在通知を書いている運転手が気の毒になった。こういう会社だからああいう運転手ばかりなのだろう。自業自得か。



 なんともしょうのない会社である。さんざんイヤな思いをしてきた私の中の佐川に対する熱い怒りは、数を繰り返すことによって、次第に「しょうがないよね、佐川なんだから」と諦めの気持ちになりつつある。とにかく、精一杯努力して佐川を使っている店からは買わないようにしよう。いまはそう思うしかない。

 不在通知にある運転手の携帯電話に掛けてみる。これから持ってきてくれるかもしれない。運転手の電話受付は18時までと書いてある。いま17時20分、まだだいじょうぶか。
 出ない。18時までのあいだに何度も掛けたが出ない。出ない電話番号なら書くなよ。

 これからまた「4月4日の19時過ぎにお願いします」とWeb佐川にメールを書く。どうせまた届かないのだろう。また「午前中に来ました、留守でした」と不在通知が入っているのか。しょうがない、佐川なんだから。佐川を使っている店に註文した私が悪いのだ。溜め息吐いて諦めるしかない。

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【追記】──ヤマトだってある(笑)──2015/02/18

 2015年2月16日、Amazonで買い物をし、カードで払う。17日に註文確定のメールが来た。「お届け時間」が「指定なし」になってるいるので、ヤマトのサイトから会員覧にログインし訂正する。日中はいない。「なし」になっている指定時間を18時から20時にした。すぐに返事が来た。それがしたのもの。



受け取り日時変更依頼受付完了のお知らせ
受信トレイ

ヤマト運輸
2月17日 (1 日前)

To 自分 
******* 様

いつもクロネコヤマトをご利用いただき、ありがとうございます。
お荷物の受け取り日時変更のご依頼を下記のとおり受け付けました。

<ご依頼内容>
■お受け取りご希望日時 : 02/18日 (水) 18時から20時まで
■伝票番号       : 4114-4288-****



 2月18日。17時半に帰宅すると不在通知が入っていた。



ご不在連絡eメール
13:19 (5 時間前)

To 自分 
**** 様

いつもクロネコヤマトの宅急便をご利用頂きありがとうございます。
お荷物のお届けについてお知らせします。

02月18日 12時43分にお届けに参りましたが、ご不在でしたので持ち帰りました。

■伝票番号
4114-4288-**** 



 上記の佐川と同じである。なんのために時間指定したのか。むなしくなる。いつも思うのは「いないとわかっている部屋をノックし、不在通知を書く運転手が気の毒だ」である。ヤマトでは初めてだ。しかしここは公平に書いておかないと(笑)。

 運転手に電話するのも面倒だし、ヤマトのサイトに抗議メールを書くのもなあ、と迷っていたら、18時10分にノックの音。届いた。運転手にその旨話すと、「ぜんぜん聞いてなかったものですから」とのこと。「二度手間になっちゃいましたね、雨の日にすみません」「いえいえ、こちらこそ」となごやかな応対。
 これで連絡が面倒だとなにもせず、届くのが数日遅れ、運転手の態度が悪かったりすると、ここに書く文もちがってくるのだが、以上のような流れですんなり治ったのでヤマト批判はなし。

 ほんとうはあの「ヤマトメール便廃止」に関して、郵政に対する怒りをヤマト側に立って論じたいのだが、いまはそんな元気もないのでここまでとする。 メール便廃止は残念だ。役所には腹立つことばかり。

ブログの広告に自分の持ち物が──うれしい偶然──土屋鞄のペンケース

tsutiya
 無料のライブドアブログなので、最新記事の下に広告が出る。タダで使わせてもらっているのだから文句は言えない。願うのは「どうかセンスのいい広告でありますように」だ。

 いまうれしい偶然があった。上の写真の「土屋鞄の革小物」の広告がブログに掲示されたのだが、この写真の製品、私の愛用している萬年筆ケースなのである。 いまも目の前にある。巻物型。「ロールペンケース」と言うらしいが、そんなカタカナより巻物型のほうがいい。こんなことってあるんだな。

 いま上と下に同じ写真が並んでいる(笑)。ま、1日か2日だけだろうが、ちょっと珍しいパターンではある。

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【追記】──ブログCMのこと

 ブログCMには、この表に出るのと、裏で書いているときやアップするときに出るものと2種類ある。表のこれはブログ内容に合わせて選ばれるらしい。キイワードで自動で撰ばれるのだろう。上のペンケースが出たのも私が萬年筆のことを書いたからだ。訃報を書くと墓石の広告が出たりして苦笑するが、内容と合っていると言えないこともない。

 つらいのは裏のほうで、アップのたびに出てくるCMがきらいだと、それだけで書く気が失せる。「めいろま」といかいう名前の不細工な女の顔を毎日見せられたときは、しばらくアップをやめたほどだ。 広告を完全にオフにするには月945円かかるようだ。いつもそれにしようと思いつつ、喉元過ぎれば、で忘れてしまう。そしてまた思い出す。馬券が当たったら1年分払うつもりなのだが、それがまた当たらなくて(笑)。
 <きっこさん>のように2点買い、3点買いで万馬券を当てるひとがうらやましい(←多点購入インチキ馬券であることを知っているうえでのイヤミです)。

ホッピー話──毎日ホッピーの2013年──ホッピーブラックにはまる

 2012年6月13日に書いた「ホッピー飲むならホッピーグラス」が今も読んでもらっているようなのでひさしぶりにホッピー話。いくつか話がたまったので項目に「ホッピー」を作り独立させた。2年前からあまりにホッピー漬けなので記録しておきたい気持ちもある。
hoppyglass
 別項で書いているが、私はホッピーに関して初心者である。40年前の学生時代からホッピーは知っている。しかしイメージが悪かった。そもそも当時の私は焼酎を飲まなかった。ホッピーのイメージの悪さは焼酎からの連想でもあった。 焼酎は土方の酒だった。コンサート資金を稼ぐために私も土方はよくやったが焼酎を飲むことはなかった。私にとって焼酎のイメージは「安く酔える酒」であり「まずい酒」だった。

 時が流れ、なにがきっかけだったか私も焼酎を飲むようになった。だが今もうまい酒とは思わない。いやそれなりの値段の焼酎はうまい。だけどやっぱり私には、醸造酒のほうがうまい。蒸溜酒よりも。

 ただし蒸溜酒にはウイスキーに代表されるように「場の雰囲気」がある。焼酎にもそれはあるのだろうが──たとえば沖縄の風に吹かれながら古酒(クースー)を飲むような──私はまだそれを感じたことはない。
 唯一焼酎に関して見直したのは、よく言われることだが、たしかにこの酒は翌日残らない。土方の酒という認識の時、私はそれを「安くて酔える」からのみ解釈していたが、翌日も仕事のある彼らは「酔える」と同時にその「残らない」もまた躰で知っていて愛飲していたのだろう。一種の生活の智慧か。

 焼酎で思い出すのは、ライター駆けだしのころ世話になった編輯者が、痔主らしく、私の日本酒をうらやましそうに見ながら焼酎のうすいお湯割りを飲み、「そりゃ醸造酒のほうがうまい。おれも飲みたい。でも朝がつらい」と言ったことだ。焼酎は痔にもやさしいらしい。日本酒はきついそうだ。



 安酒の焼酎の割物というイメージだったホッピーが、競馬の帰りの飲み会で、今時の若者にはシォレた酒なのだと知り認識をあらたにしたことは書いた。現女社長のイメージ戦略の成功である。早いものだ、あれからもう十年は経つのか。それでも私が本格的にホッピーを飲むようになったのはまだ数年にすぎない。前記、2012年の6月にはホッピーグラスを通販で買い、キンミヤとの相性の良さに燃えている(笑)。そのときはまだ、レギュラー、ブラック、55のみっつをぜんぶ飲んでいた。



hoppy-black
 2013年、いやあこの年はホッピーを飲んだ。ほんとに飲んだ。それもみなブラックである。いま私は「ホッピーブラック党」だ。レギュラーは飲まない。麦芽100%の55は近所で売ってないので飲めないが、売っていてもきっとブラックを飲むだろう。これにはまってしまった。

 外国に出ていたのが100日、日本にいたのは265日、その間、ビールの日や日本酒の日が週に一度ぐらいあった。肉を食わなくなったのでワインと縁遠くなったことはここに書いた。
 ビールの日と日本酒の日にも1本は飲んでいたから、250日はホッピーを飲んでいたろう。一日ブラックを4本である。1000本は飲んだことになる。それは今年も続いている。



 はまった大きな要因に近所のスーパーのホッピー安売りがある。なんとレギュラーとブラックを100円で売っていたのだ。ホッピーの平均的な値段は125円だろう。安いところでも115円までしか見たことがない。ところがなぜかこのスーパーは税込100円で売った。もちろんそれは目玉らしく、大きく宣伝していた。それが続いた。私は夕方の買い出しでブラックを8本買うのが習慣になった。2日分である。出かけない日もある。その時のために、切れないようにした。行ったときは多目に買い、常に冷蔵庫にはブラックが4本ある状態を心懸けた。このスーパーの安売りの影響は大きかった。あれが125円のままだったらこんなにはまったかどうか……。

 レギュラーではなくブラックに凝ったのは、苦い分こちらのほうが魚に合ったからだ。私は泡系の酒は焼き物や揚げ物に、魚と煮ものには日本酒なのだが、安い日本酒はまずいので、そこそこのものを買わねばならない。が、それは懐にいたい。キンミヤとホッピーの組合せと比したら、そこそこの日本酒はかなりの出費になる。その点ホッピーブラックは魚にも対応してくれた。これもはまった大きな理由になる。うどんや蕎麦にも合った。ピザ系のチーズにも合った。ま、万能なのである。あくまでも私の味覚であるが。



 ホッピーにはまって困ったこと。
 ビンの処理である。毎日4本ずつ空きビンがたまってゆく。これは問題だった。いま私のところはビン・カンの蒐集は週に一度。それもビンとカンが交互だ。つまりビンを捨てられるのは2週間に一度。毎日4本ずつたまる。40本以上のホッピー空きビンが台所に並ぶ様は異様だった。憂鬱になった。それがゴミとして出せ、台所がスッキリしたときは、しばらくはやめようかとすら思った。思いつつ夕方にはもう飲んでいるのだが。

hoppy-akibin


 スーパーにもどせると助かるのだが、発泡スチロールのトレイやペットボトルは回収してもホッピーのビンはもどせないようだ。ワンウェイボトルだからか。



 今日からの消費税アップで、この「100円ホッピー」が終了するであろう事は予測できた。だから3月はそのスーパーに出かけるたびに8本買った。1日4本だから、毎日行けば4本ずつストック出来る計算になる。しかし毎日そのスーパーに行くわけでもない。

 3月31日、そのスーパーのホッピーが補充されてなかった。100円ホッピーはあるだけ限り。まちがいなく4月1日からは値上がりのようだ。そりゃ見たことのない大サービスだった。よくぞ半年も安売りを続けてくれたと感謝する。ブラックはもう売りきれていた。残っているレギュラーを10本買った。それで全部。ホッピーコーナーがきれいに空になった。
 と書いて気づく。おそらくこれは前日のままだ。前日、私がそこにあったブラックをぜんぶ買った。8本だった。ブラックは空になった。レギュラーがいくらか残っていた。そのままだったのだ。翌日それをまた全部買った。ということは、あのスーパーのホッピーコーナーで、いちばん熱心な客は私だったことになる(笑)。

 いま数えてみたら、冷蔵庫の中のホッピー(満杯の写真をアップしようと思ったが恥ずかしいのでやめる)と、ちびちび買い溜めしたもので、私の部屋には合計40本ほどあるようだ。十日分である。
 高くなったホッピーでも、今までと同じホッピー狂いが続くのかどうか、まだわからない。なにしろ帰国した去年の9月から10日の内9日はホッピーばかり飲んでいるので、いまこれをやめて何にするかとなっても思いつかない。どうなることやら。



 今朝のBGM。Candy Dulfer{Saxuality}。1990年のミリオンセラー。なんといってもアレンジがいい。
 キャンディに興味のあるかたは、こちらのサイトがYouTubeを貼りつけて紹介しているので聞いてみてください。いま検索して知ったばかりのサイトですが、世の中には熱心なひともいるんですね。私にこういう熱意はないなあ。というかブログに動画ってどうやって貼りつけるのか知らん(笑)。

 このサイトに私の大好きな「Lily Was Here」がありますのでぜひ聞いてください。ギターとのかけあいがクールです。

 candy-saxuality

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【追記】──119円に
 4月1日の夕方にスーパーを覗いてみた。税抜き110円、税込119円になっていた。 

【追記.2】──またまた103円に、ありがとう!
 4月10日、そのスーパーのホッピーコーナーを覗いたら、またまた大サービスのビラがあり、「税抜き95円、税込103円」で大売り出しだった。きっかり消費税分の3円しかあげていない。これからもホッピー漬けの日が続きそうだ。 
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