私はすでに電王戦に興味を失くしている。二年前は土曜を楽しみにし、毎週食い入るようにニコ生を見、感想をこのブログに書きまくったが、今年はニコ生を見ることすらしなかった。それでも気になっていて、結果は毎週チェックしていた。内容もよく知っている。永瀬や阿久津の勝利にはがっかりした。しかしまた「勝つにはもうそれしかない」とも思っていた。

 と書いて思うが、私はまだ十分電王戦に興味があるような気もする。ニコ生をリアルタイムで見ることはなかったが、毎週土曜は結果を気にしていたし、「永瀬の角不成王手」も阿久津の「2八角」も知っている。2ちゃんねる将棋板を覗いては情報を得ていたし、阿久津の勝利に関して書かれた『週刊文春』の記事も読んでいる。私は「もうあのオンナとは別れた。関係ない」と言いつつ、いまなにをしているのか、誰とつき合っているのか、気になって仕方ない状態なのかも知れない。

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 ともあれ二年前のように渾身の電王戦観戦記を書くような状況ではない。相変わらず将棋は大好きで『将棋世界』を愛読し、NHK杯戦を観戦し、『激指』に負けまくり(私はネット将棋は指さない)、眠る前は睡眠薬代わりに詰将棋本を手にしている。しかし電王戦との距離はずいぶんと開いた。
 
 すっかり将棋文とはご無沙汰しているが、それでもこの時期、ネット検索した多くのかたが、二年前の電王戦の文を読みに来てくれていると、人気記事ランキングを見て知る。まちがって来ているのだ。「電王戦.第五局」で検索し、今年の「電王戦FINAL第五局」だと思って二年前の私の文にたどり着いている。あのころは燃えていて、自分なりに熱い文を書いているから、もうしわけないとまでは思わないが、今年のそれを読もうと検索してきたのに、それが二年前のものだったら肩透かしと感じたかたもいたことだろう。検索から私のブログにたどりついたかたがたは、それらの文を読んでくれたのだろうか。「あ、なんだこりゃ二年前のだ」と勘違いに気づき、すぐに去ったのだろうか。アクセス履歴は「来たこと」までしか教えてくれない。中には二年前のものと知ってがっかりしたが、最後まで読み、おもしろかったと思ってくれたかたもいたはずと信じている。そう自負するぐらいあのころは熱い気持ちで書いていた。といってもほんの二年前なのだが。

Shogi.gif・テーマ──電王戦2013 



Shogi.gif ・自分の「将棋テーマ」を一覧で見てみたら、当然のことではあったが2014年の電王戦にも一切触れていない。私にとっての電王戦は2013年で終っている。

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 いまから電王戦FINALと電王戦全体の感想を書く。結論を先に書いておくと、「私はもう電王戦FINALに昂奮することはなかった。コンピュータと人間の闘いに決着はついている。コンピュータの勝ち。羽生が出ても渡辺が出ても、コンピュータの勝ち」になる。

 だから電王戦FINALに興味を持ち、ひととコンピュータの対決にわくわくし、「ついに勝ち越した、まだまだ人間のほうが強い! これからがたのしみだ」と思っているかたは、ここから先を読んでもおもしろくないと思う。

 また先日引退した内藤九段が口にした「コンピュータ将棋にはロマンがない。つまらん」にも私は反論する。それはコンピュータ将棋からロマンを感じる感性が内藤さんにないだけである。というか内藤さんは典型的な「コンピュータ知らずのコンピュータ嫌い」であり、知らないまま語っていると思っている。内藤さんと同じ考えのひともまた以下の文は不快になるだろうから読まないほうがいい。私は「コンピュータ将棋ソフトは、人間の最強棋士より強い」と思っている将棋ファンだ。そして「それをすなおに認められない将棋ファンはアホだ」と思っている。
 
 以下、私なりの電王戦全体への感想と、コンピュータ将棋ソフトとの思い出話である。ソフトとの関わりはファミコン時代からの関わりを以前書いているので繰り返しになるが、もういちどまとめておきたい。(続く)