12月29日、ツイッターで、ニコ生に麻生派(為政会)の当選を祝う映像があると教えてもらったので出かけてみた。大勝に沸く目出度い席だ。

 司会に続き麻生代表の挨拶になった。すると相変わらず「順風満帆」を「じゅんぷうまんぽ」と言っていたので白けて、途中で見るのをやめた。当選した議員達に自信満々で、「皆さんの中にはかつての私たちのようにじゅんぷうまんぽで当選したひとたちばかりでないかたもいる」のように言っていたから、これは新聞等で誤読を指摘されても、意地でも直さないのか、いまだに誤読と知らないかであろう。
 
 それで、そのニコ生を教えてくれたひとに以下のようなツイートをした。

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 すると今日、以下のような返信が来た。

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 「麻生先生は漢字を読み間違えるという脳内バイアスをいいかげん捨てられたら如何かと思いますがね」というあたりに、このひとのレベルが垣間見える。

 好きな政治家を庇いたい気持ちはわかるが、これはちょっと牽強附会に過ぎる。
 私は学校で「順風満帆」を「じゅんぷうまんぽ」と教えていた時代を知らない。いったいいつごろなのだろう。

 まず思うのは、順風満帆という四字熟語の内「じゅんぷうまん」と3文字が音読みだから、「帆」だけ「ハン」ではなく「ほ」と訓読みにするというのは、熟語の読み方としてかなり変則的になる。そんな例があるだろうか? 「まん」という撥音の後だから「はん」は「ぱん」とパ行になる。日本語の法則である。「じゅん」の次の「ぷう」もそうですね。

「よりかぜみちほ」とかのすべて訓読みならまだわかるが。漢字4文字の内、最後の1文字だけ訓読みにする変則的な読みかたをする四字熟語ってあったろうか。
 でもこのJNSC会員が言うように、学校でそう教えていた時代があり、麻生さんがそう習って覚えたというのなら、それはそれで正しいことになる。


 
 しかしそれを論拠とするなら、かの有名な「踏襲」を「ふしゅう」、「未曽有」を「みぞゆう」等も、みな「麻生さんの時代には学校でそう教えていた。麻生さんは誤読していない」になる。ならねばならない。
 もしもそうなら、麻生さんの誤読が問題になったとき、同じ教育を受けた世代が「あの読みかたでいいのだ。私たちはそう教わった」と麻生さんを庇ってたちあがったはずだ。 漢字学者も「むかしは踏襲はふしゅうと読んでいた」と発言しただろう。

 もともと漢字なんてのは渡来したものであり、読みかたなんてどうでもいいのである。漢字の正しい読みかたというものがあるとしたら、それは支那人(漢民族)の発音のみである。外国人が東京をトキオと発音するように、日本人の漢字の読み方なんてそんな訛のひとつにすぎない。一念発起の「発起」を「はっき」と読んだら笑われるが、明治の中ごろまでは「はっき」だったという説もある。「発足」も同じく。そんなことはどうでもいいのである。たいした問題じゃない。

 このひとの言うように、かつては「じゅんぷうまんぽ」と読んでいて、麻生さんはその時代の教育を受けてきただけで誤読はしていないのかも知れない。「踏襲」は「ふしゅう」であり、「ふむ」という訓読みと「しゅう」という音読みの、いわゆる「湯桶読み」の熟語だったのかも知れない。それはあり得る。

 しかし残念ながら擁護者はいなかった。明らかな誤読なのである。それを認めず大声で庇うのはこういう一部の信者だけだ。
 「踏襲」の誤読で言うなら、「踏」の字の音読みの「とう」を知らなかったのだろう。というか「踏襲」という熟語を知らなかったのだ。これは世界第2位(当時)の経済大国の総理大臣としてかなり恥ずかしいことになる。 


 
 「麻生総理 誤読」で検索したら、まとめてあるところがたくさんあった。こんなに誤読していたとは知らなかった。それをまとめて、以下のような返信ををした。

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 ここまでオソマツだと庇いようがない。とくに「詳細──ようさい」「破綻──はじょう」のようなのは、テレビで「脆弱」を「きじゃく」と読んで恥を搔いた女アナがいたように、ツクリから誤読する「百姓読み」というヤツである。
 不勉強なひとが知らない単語を無理矢理読もうとすると必ずこうなる。知らないものをツクリから推測して読もうとするからだ。これらの「誤読の傾向」からも、麻生さんが漢字を知らないことが見てとれる。

 しかし、漢字の読みなんてのはどうでもいいのである。「些細」を「しさい」、「消耗」を「しょうもう」と読む百姓読みが普遍化しているように、「詳細」も、そのうち「ようさい」が主になるも知れない。だってツクリは羊のヨウだものね。円周率の3.14が「だいたい3」になったように、漢字のこういう読みも、そのうちすべてツクリに準じた読みやすいものになるかも知れない。
 その他のことばでも、現実に、「憮然」「忸怩」「姑息」「私淑」「なしくずし」なんてのは誤用が定着している。
 だから誤読なんてちいさなこと、どうでもいいのである。これが私の意見になる。



 私の立場と意見は最初のツイートから読み取れる。

・国の舵取りをする人にとって漢字の読み間違いなどたいしたことではない。(=もっと大事なことがある)
・しかし揚げ足を取って攻撃してくるサヨクマスコミがいる。
・だから麻生さんにはもうすこし気をつけてもらいたい。(=直ってなくて、すこし落胆した)

 麻生ファンである私が「もうすこし慎重に」と衷心からの意見を述べたのだ。まともな読解力を持つひとなら、私が麻生支持者であると即座に理解するだろう。私は「揚足取りの連中がいますから気をつけてください」と言っているのだ。

 もしも字数が許すなら私はこう書きたかった。
「周囲の秘書連中はなにをしているのだ。人前で大将が恥を搔かないよう、非礼を承知で進言するのが務めではないか」と。

 上記百姓読みでわかるように、学生時代趣味ばかりやっていた麻生さんは不勉強で漢字が読めない。それは事実だ。おそらくそれは日常でも数多いだろう。これは一部であり、実態はこの何十倍、何百倍であろう。しかし、そのたびに周囲の連中が注意してやれば直る。
 これは本人の努力だけで直すのは難しい。「思い込み」だからだ。「これはこう読む」と長年思い込んでおり、まちがいを認識していない。本人の学習だけで矯正するのは無理がある。だからこそ周囲なのだ。ブレーンなのだ。

 私の知人にも、「境内」を「けいない」、麻生さんと同じく「思惑」を「しわく」と口にするひとがいる。「身をコナにして働く」と言うひともいた。誤読を指摘するのは友人でもためらう。
 まして麻生さんのような立場のひとに下の者が進言するのは勇気が要ろう。しかし、それはまさに「一時の恥」なのだ。大臣として発言してマスコミに叩かれるよりはちいさな痛みである。なぜ周囲の連中はそれをしてやらないのか。それこそが本物の愛情だろう。真心を込めての箴言なら、格下の者からのことばでも麻生さんには通じるはずだ。



 そんなことを思っているところに、次のようなのが返信されてきた。

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 残念ながら私の本意は伝わらず、「失せろ、外道!」と言われてしまった。
 しかし私はおとななので(笑)、動じることなく、次のような返信をしようとした。
 
「最初の文をよく読んでください。私は麻生支持者です。アサヒシンブンを始めとするサヨクマスコミにまた突っこまれないよう、気をつけて欲しいと願っただけです」
 
 でももうブロックされていて投稿できなかった。カッとなっての即行ブロックらしい。いやはやなんとも。
 これがネトウヨと呼ばれる底の浅いひとたちの実態なのか。なんとも情けない。
 気に入らない相手に罵詈雑言を浴びせて、すぐにブロックか。

麻生先生が漢字の読みに詰まる理由を深く考えたこともないんだろう?」とのことだが、たしかに考えたこともない。だって考える必要もない。漢字の勉強をしてこなかったから常識的な漢字熟語が読めない。それだけのことだからだ。なにかそれ以上の理由があるのだろうか。
「バカの壁」の養老孟司(ヤニ中毒)が、麻生さんを「読字障害」と精神的な障碍者にしたのは知っている。養老のような難しい解釈をして、麻生さんが漢字を読めないことを擁護しろというのか。
 そんなものは必要ない。ただ単に学生時代まじめに勉強してこなかったから漢字が読めないだけだ。

 このひと、福島在住の福島復興にかけるJNSC会員らしい。福島復興と自民党の明日が心配になってきた。(2に続く)

「真に恐ろしいのは有能な敵ではなく無能な味方である」by.ナポレオン