福島のJNSC会員は、「麻生先生」と読んで尊敬している麻生太郎が、漢字を読めないと書かれたことがよほど不快だったようで、即興で一句詠んでいます(笑)。俳句の素養もあるようで、さすがJNSC会員。「マジギレ」のあたりに、このひとの教養が見えますね。

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 そして、麻生さんが漢字を読めないことを否定します。

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 麻生さんは「他人の作った原稿を読むのは苦手」なのかもしれません。
 でもそのことと熟語誤読は関係ないですよね。他人の書いた原稿であれ、知っている字は読めます。こんな屁理窟で誤読の言い訳は成立しません。誤読というか、要は「ことばを知らなかった」のでしょう。
「知らない熟語なので読めなかった」という事実の前に、「他人の作った原稿を読むのは苦手」は無意味です。自分の好きな政治家を庇いたい気持ちは解りますが、恥ずかしいこじつけです。

 麻生さんは「自分のことばで喋るのは得意」なのは知ってます。秋葉原での演説も聴いてますからね。
 でもそのことと漢字誤読は関係ないですね(笑)。為政会の挨拶で未だに「じゅんぷうまんぽ」と言っているように、自分の言葉そのものが誤読なのですから(笑)。



 このひとの言うように、麻生さんに「 主要な語句は英語で覚えていて一旦変換してから口に出す」(という特徴)があるかどうかは知りません。この発想をするひとは、日本に来て何十年も経つが、いまだにその癖が抜けないという英米のひとにいます。もしもその通りなら麻生さんは心の芯まで英語人ということになります。それは日本の閣僚として問題ですね。

 どうにも麻生さんの英語がそれほどのものとは思えないし、日本に生きているのになぜそんなことをするのだろうと思いますが、これを事実としても、漢字誤読の弁明にはなりません。「英語でことばを考えて、それから一旦変換して日本語でしゃべる」のだとしても、誤読は誤読です。

 このひとの前項のツイートに「麻生先生が漢字の読みに詰まる理由を深く考えたこともないんだろ?」とありますが、これがその理由のようです。つまり麻生さんは「ことば、熟語、用語を英語で覚えていて、それから日本語に変換して口にするので、時間がかかる」ということのようです。

 でも時間がかかることと誤読は関係ないですよね(笑)。時間がかかっても知っている熟語は正しく読めますから。自分の好きなひとを、まさにこじつけで庇おうとしていますが支離滅裂です。麻生さんならこれは「しりめつさけ」と最後のひと文字だけ訓読みにするのかな(笑)。むかしはそう教えていたらしいから(笑)。

 この論法だと、「麻生さんはケガという日本語を英語のInjuryで覚えていて、ケガとしゃべる時には、Injuryから一旦日本語のケガに変換して口に出す」ということになりますが、そのことと「怪我」を「カイガ」と読むことはつながりません。単に「怪我「」を「けが」と読むことを知らなかっただけです。

 麻生さんがそんなことをするとは思っていませんが、もしもこのひとの言うように本当に「主要な語句は英語で覚えていて、それから日本語に変換してしゃべる」が事実なら、それは日本の大臣として問題ですね。日本人の日本語は日本語で考えねばなりません。まあそんなことはあり得ないと思います。こういう信者の捏造でしょう。



 このひとは「贔屓の引き倒し」ということばを知らないのでしょうか。無理矢理牽強附会で麻生さんを庇えば庇うほど、言えば言うほど自分の無学と、麻生さんへの「盲目愛」を吐きだし、結果として麻生さんの立場を悪くするだけです。それは決して麻生さんのためにはなりません。サヨクに「麻生がバカだと信者もバカだな」と言われるだけです。
 私も今日、思いました。「麻生さんの熱烈支持者ってこんなバカばかりなのか!?」と。

あれから三年も経つのに、いまだにこんなことを言っているバカは何を見てきたのだ」をそのままお返しします。
 なんという幼稚な擁護なのでしょう。呆れます。事実を正面から見詰められない、受けいれられない、錯乱した思い込みだけのゆとり教育の弊害そのものです。

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 熱烈なジャイアント馬場ファンが、「馬場は腕が細い」と言われることに反撥して、「馬場さんの腕は細くない。躰が大きいから、腕が細く見えるだけだ」と強弁していたことを思い出す(笑)。馬場の腕は細いのだ。すなおに認めなさい。と言う私が猪木ファンかというと、私は馬場ファンであり全日ファンだった。好きなものでも認めるべきは認める。
 プロレスは好きだったがプロレスファンには嫌いなのが多かった。とくに新日信者はどうしようもなかった。みな、こいつみたいな性格だった(笑)。こういう屁理窟を振り翳していた。バカの共通。

 自分の好きなものを、わるいところは見ないようにして、いいところだけを過度に讃美して、実際以上に大きく見せようとするのは過ちだ。
 瑕疵はそれとして認めねばならない。そのことで価値が落ちることはない。
 完璧などありえない。

 なんだかこいつの「麻生讃歌」を聞いていたら、創価学会の「池田讃歌」を思い出した。まあ信者であることは共通している。

※ 

 麻生さんは吉田茂の孫であり、麻生財閥の主という超エリートであることを問われて、自ら「血筋はいいが育ちは悪い」と苦笑しつつ言っているように、家庭環境にあれこれあって、遊んでばかりの学生時代だった。
 でもその代わり、アメリカに留学して学んでいる。英語が話せる。会社を経営し、経営者感覚を持っている。趣味の射撃でオリンピックに出るほどの腕前だ。いまもビッグコミックから少年ジャンプまでマンガを読んでいる。そういう幅広い智識と趣味人間である分、詰めこみ受験勉強で覚えるような漢字の読みは苦手だった。それだけのことである。なぜそれをすなおに認めないのか。それでいいではないか。それ以上にいいところがいっぱいあるのだから。

 2.3、劣るところがあっても、よいところが10も20もあるのだからそれでいい。それがひとに対する評価の基本だ。なのになぜその2.3を認めようとせず強弁し、否定しようとするのか。
 通知表で言うなら、麻生さんは漢字が苦手で国語が2だ。でも5の教科がいくつもある。それでいい。なぜ無理矢理麻生さんは本当は国語も5なのだと言いはる必要があろう。

 漢字が読めない程度で「政治家麻生太郎」が全否定されるわけではない。漢字の誤読などささいなことだ。
 麻生太郎ファンなら、「麻生さんは漢字が苦手」とすなおに言えなければ本物ではない。政治家の支持に100%はありえない。妥協して最善を求めるしかないのだ。

 私はこの「好きなのよぉ、麻生さんが好きなのよぉ、麻生さんのことをわるく言うヤツは許さないのよぉ!」と髪を振り乱して叫んでいるヒステリック女みたいなJNSC会員より、よほど正当に麻生さんを評価しているまともな麻生支持者と自負している。 



 このJNSC会員は、私に対して、「おまえのような勘違いエセ保守右翼が政権を後ろから撃つような愚か者と化すのだ」と書いているが、勘違いと思い込みをしているのはこいつのほうである。

 こういう自分の好きな物に対して「ぼくの好きな女の子はウンコをしない」みたいな幼稚な思い込み偶像化バカが、好きな女の子も自分と同じようにウンコをすると知ると、「失望した、絶望した、裏切られた」と、いきなりスカトロジストになったりして(笑)、「政権を後ろから撃つような愚か者と化す」のである。

 結婚離婚を繰り返す男女にもこのタイプが多い。いきなり相手を「理想のひと」「このひとに出会うために生まれてきた」と思い込んでしまうから「あばたもエクボ」になる。結婚する。すぐに「あばたはあばた」と知り、さらには「エクボもあばた」になり、憎しみあって別れる。しかしまたすぐに「運命のひと」と出会い、結婚する。そしてまた別れる。それを繰り返して行く。「あばたはあばた、エクボはエクボ」と正当に見ることが肝腎なのだ。だがこの種の連中はその学習が出来ない。このJNSC会員も典型的なこれである。

 私のように、好きなものの美点も缺点も受けいれている大きな心(笑)のひとは、そんなことにはならない。ほんと、こいつの10年後、いや3年後か、を見てみたい。自民党に絶望したと共産党に入ってるんじゃないか。それとも政治そのものに絶望して新興宗教にでも走っているか(笑)。ナンミョーやってたりして。最も倦きっぽい染まりやすい粗末な人格を感じる。
 いまのこいつは「自民党教麻生太郎教」の信者だ。すでに愚か者と化している。麻生さんは魅力的な政治家だが信仰の対象じゃない(笑)。3に続く

「真に恐ろしいのは有能な敵ではなく無能な味方である」by.ナポレオン

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 このヒステリックな自民党支持者を見て、むかし書いた「呉智英さんとゴルゴ13ファンのケンカ」を思い出した。13年前に書いたものだ。舞台となったのは、さらにその15年前である。自分の好きなものを狂的に擁護して錯乱するバカというのは、いつの時代でも、どの分野でも、共通のようだ。

 リンクしたので読んでください。

参考・「呉智英さんのゴルゴ13論争」