chinanihon 抗日ドラマ、もう飽きた! トンデモすぎる表現に中国国内から非難の嵐

  中国のお茶の間で大人気の日中戦争を舞台とした「抗日ドラマ」について、政府当局が検閲による規制に乗り出すという。


 中国のネットメディアなどが報じた。空手で日本兵を真っ二つにしたり、手榴(しゅりゅう)弾を地上から投げて戦闘機を撃墜したりする、荒唐無稽で奇天烈(きてれつ)なドラマが粗製乱造され、中国の視聴者もさすがに飽き飽きして非難が噴出しているためだ。

 ネット上には、「視聴者をバカにしている」「日本人がみたら爆笑するだろう」といった書き込みがあふれており、ブームは去り製作本数が激減しているという。

 規制強化を報じた「騰訊ネット」などによると、メディアを管轄する当局は6月にも、 視聴者の多いゴールデンタイムを対象に、大げさな作り話やおもしろおかしく仕立てたドラマの放送を禁じる。すでに審査が厳格化され、放送が認められなかった番組もあるという。


chinanihon4 抗日ドラマへの批判は、三つ編みの若い女性が全裸で中国兵に敬礼する後ろ姿のシーンが先月、中国版ツイッター「微博(ウェイボ)」に投稿されたのがきっかけだった。
 「(このドラマの)監督は俺たちをばかだと思っている。無防備な女性が自分の体を国のため犠牲にする必要があるのか」「抗日ドラマは大好きだが、この場面は何だ?。歴史を破壊し子供たちを悪の道に引き入れたいのか?」

  ストーリーとは関係ないお色気路線に対し、ネット上では非難の嵐が吹き荒れている。
 荒唐無稽な抗日ドラマは世界的にも注目を集め、市民ニュースを伝える欧州の非営利サイト「グローバル・ボイセズ」は、微博に投稿された番組を特集。素手で日本兵を縦に真っ二つに引き裂いたり、銃で武装した大勢の日本兵を少女がカンフーで皆殺しにしたり、抗日のヒーローが地上から空を飛ぶ戦闘機に手榴弾を投げつけ墜落させるといったシーンを紹介した。

 中国当局はテレビ番組や映画に厳しい検閲を行っているが、抗日ドラマは審査が緩く通りやすいことが、粗製濫造の背景にある。中国紙「エコノミック・オブザーバー」(英語電子版)によると、大手放送局が昨年、ゴールデンタイムに放送したドラマ200本のうち抗日ドラマが70本を占めた。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130517/chn13051708240000-n1.htm

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 この記事を読んで、支那人に惘れ、蔑み、嗤った日本人は多いだろう。それは以下の、

・空手で日本兵を真っ二つにしたり
・手榴(しゅりゅう)弾を地上から投げて戦闘機を撃墜したり
・銃で武装した大勢の日本兵を少女がカンフーで皆殺しにしたり


 という荒唐無稽な部分であろう。



 だがこの記事は触れていないが、問題はそっちにあるのではない。
 ヤツらのやっている「日本兵の描き方」こそが問題なのだ。

chinanihon2 毎日流れている抗日テレビドラマ。
 平和な支那人一家のところに日本兵が乱入してくる。暴虐の限りを尽くす。
 こどもや孫をあいし、質素だが平和な暮らしをしている、いかにも好々爺然とした老人が、助けてくださいと泣きながら頼む姿に、ニヤっと憎々しげに笑った日本兵が銃剣を突きさす。「ギャアー!」という断末魔の声を上げて絶命する支那人の好々爺。その瞬間、チョビヒゲを生やした鬼のような顔をした日本兵の顔のアップ、そこに真っ赤な返り血がこびりつく。

 女は必ず集団で犯す。強姦してボロボロにする。犯された女は結婚を約束していた恋人への詫びの手紙を書いて自殺する。

 日本兵は、殺した死体から肝臓や心臓を取りだして狎犬猫甼瑤Α7貪匹譴慮許。悪魔だ。鬼である。とんでもない鬼として描かれているのだ。
 テレビを見ている母親や娘は悲鳴を上げて目を背け、父親や男の子は、わなわなと震えつつ憎い日本への復讐を誓う。



 上記の滑稽とも言えるスーパーヒーローヒロインの登場はその後だ。ひどい目に遭わされ、我慢に我慢を重ねた末に登場する。以前は正義の味方はワンパターンの毛沢東軍と決まっていたが、それじゃあまりに芸がないとこんなのが登場するようになった。そりゃ毎日毎日朝から晩までこんなのばかり流しているのだから、毛沢東軍だけでは倦きてくる。

 日本民族に対していかに無礼であることか。大仰な表現に苦笑するどころの話ではない。こんなものを毎日見て育った支那人が、日本人となかよく出来るはずなどない。日本人は鬼であり畜生であり生涯の仇敵と思い込む。

 在日支那人の残虐な犯罪が目立つ。元々漢民族はそういう性質だが、さらにはこんなものを見て育っているのだ。日本人など殺して当然と思っている。それがやつらの国策なのである。

 島国根性日本人の最も基本的な勘違いは、「こちらが頭を下げればあちらも下げる」である。
 こちらが頭を下げたら、「よし、わるいのを認めたな。おれは正しい」とふんぞりかえる民族がいるのである。だから絶対に頭を下げてはならない。


 
 残虐な日本軍に抗う支那人ヒーローが、上記のような大活躍をして日本兵をやっつける。それにやつらは拍手を送る。
 毎日毎日それを見てきた連中から、さすがにあまりに荒唐無稽ではないかと批判が出始めたと産經は報じているわけだが、問題とすべきなのは、そんなどうでもいいお遊び部分より、上記のような日本兵の描き方であろう。

 現に私はこういうテレビドラマを見ている複数の支那人から、「日本人は殺した相手の肝臓や心臓を喰うらしいな」と問われている。そしてまたそれは日本人ではなく彼ら支那人の習慣であるから、彼らはそれを汚らしく批判して言うのではなく、「人間の肝臓を喰うことは自分の肝臓にいいらしい。どれぐらいうまいのだろう」と興味をもって問うてくるのだ。彼我の差に愕然とする。

 もっとも日本でもレバ刺しなんて牛の生肝臓を好むひともいる。喰えなくなる前は行列が出来ていたようだから支那人と同種の日本人もいることはいる。



 上記のようなトンデモな部分などどうでもいい。問題は、物心つく頃からこういうものを見て育つ支那の子供だ。日本人を好きになるわけがない。なれるはずがない。悪魔の人種だと思っている。憎悪している。江沢民のそういう政策のもとに育ったいまの20代30代がそれになる。

 もうひとつ、先日も書いたが、日本軍と戦闘して祖父や父、伯父が死んでいるという漢人のことはしかたないと言える。だが支那は多民族の国である。日本軍との戦闘とは無関係であり、中には日本がどこにあるかすら知らないような無学な少数民族のひとびとも多い。そういうひとたちが毎日テレビでこれを見せられ、会ったこともない日本人を、この世で最も憎むべき悪鬼として怨念を深めているのだ。それがなんともたまらない。



 この鬼のような日本兵は、なにをするには「バカヤロ」と言う。支那人俳優のヘンな発音だ。善良な支那人を擲り、殺し、女を犯すときにも、やたらめったら「バカヤロ」を連発する。だから日本がどこにあるかすら知らない無学な連中でも「日本語知ってる。バカヤロ」と言う。支那の老若男女にいったい何回「バカヤロ」と言われたことか。こちらが日本人らしいと知ると、まず「バカヤロ」と言って顔色をうかがってきたりする。

 江戸っ子と自称する大橋巨泉という芸人は、「むかしの東京じゃバカヤロは挨拶みたいなもんでね。会ったらまずバカヤロだったよ」と朗らかに語っている。しあわせなひとだ。支那人にさんざん言われてきた私は、とてもとても「バカヤロ」を軽い気持ちで聴くことは出来ない。それどころか支那では口に出来なくなってしまった。



 どうか上記の記事を読んだかたは、「だから中国人てのはバカなんだよなあ、ワハハ」ではなく、この裏に潜んでいる、もっともっと深刻な問題を考えていただきたい。
 こういうことを国策として、国是としてやっている隣国がある。永遠の憂鬱だ。なかよくなど出来るはずがない。もうひとつの国も同じだけど。

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okotoba5【追記】──むかしの支那人はよかったらしい!?──5/20

 私は自分の体験からどうにも支那人は好きになれないのだが、私淑している高島俊男先生の『お言葉ですが…別巻5』を読んでいたら、岡山大学時代の30年前の支那からの留学生(先生の教え子)をみな「好人物」として褒めていた。明るく気さくで勉強好きで満点だとか。気難しい高島先生が褒め、いまもおつき合いがあるらしいから本当なのだろう。

 江沢民の「日本人憎悪教育」が徹底しない前の支那人は、今よりもずっとまともだったらしい。やはりおそろしいのは教育である。




kanren6
中国映画で日本兵を演じる日本人役者──日本人としての誇りはないのか