transcend-mp
 長年遠ざけていた中国語を本気でやろうと、そのパートナーとして小型のmp3プレイヤを買った。Transcend-MP300。2500円。8GBのフラッシュメモリにmp3再生機能が附いている。それでいてこの値段。信じがたい時代だ。どこに出かけるときもこれを胸ポケットに入れて、今秋から年末、正月は中国語の勉強一筋の予定でいる。30年ほど前に始めたが途中で投げだした。再挑戦である。まだカタコトレベルだが今回一気にマスターしてやる。モノから始める性格なのでグッズはかかせない。これは中国語学習専用のギアにする。力強い味方を手にした。がんばるぞ。

 ということを書こうとした。こうしてまとめると、たったそれだけの話なのだが、あれこれ寄り道していてまとまらない。その寄り道度合の話。



 まずはそれを買おうと思った動機のこと。あれほど嫌っていた中国語の勉強を再びする気になったきっかけだ。するとこの「中国語」なる意味不明のコトバについてまず書かねばならない。この世に「中国語」なんてものはない。そもそも「中国」なんて国はない。表現がおかしい。「中国」とは「世界の中心地」という意味であり、敢えて日本語に訳せば「我が国」である。日本も日本のことを「中国」と表記していた時期がある。もちろん国名ではなく「我が国」の意で使っている。それはいくつもの書物に残っている。いまも西のほうに「中国地方」がある。シナ人が「誇り高い世界の中心地である我が国」の意で「中国=チュンゴー」と口にするのはわかる。ただしい。しかし日本人があの国のことをそう言うのはヘンだ。「我が国」の意なのだから。ならどう呼べばいいか。世界共通のChina(発音はチャイナ、シーノ、シーヌ、シーネと国によって微妙に異なる)、日本語ならシナが正当になる。「中国」なんて国はない。ただし、あの悪名高い共産党独裁国家、歴代のシナ王朝でも最悪の殺戮国家「中華人民共和国」なら、ある。以下それを「中共」と略すことにして、いかにそれが歴代の中でもひどいかを語りたくなる。しかし歴代の王朝と絡めて中共のひどさを語っていたら結末までの路が果てしなく長くなる。我慢。

 「中国」の呼称に関しては妥協しても「中国語」に関しては多少書かねばならない。中共支配下の地域で話されている言語は多種多様だ。チベット、ウイグル、モンゴルという悪虐暴力中共に武力併合された文化から歴史からなにもかも異なる地域はもちろん、漢民族以外にも60もの少数民族の言語がある。漢民族の話す主要な言語も、北京語、上海語、広東語とあり、それらは別の言語というぐらい異なっている。その異なり具合を日本的方言で判断してはならない。とんでもなくちがうのだ。と書くと、高校生の頃に体験した「ジュディ・オングの自慢話」のことを書きたくなる。ジュディ・オングが「わたしは五ヵ国語が話せる」と自慢していた。すごいなと思ったけど、「英語、フランス語、北京語、上海語、広東語」だったので、後半の三つは水増しじゃないかと反感を抱いた。いまはわかる。彼女は正しい。でも当時の私は「中国語」なるものが存在すると思っていた。「日本語」と同じくそれはひとつだと思い込んでいた。でもちがう。当たり前だ。あれだけ広い文化もことなる地域の言語がひとつのはずがない。架空の水戸黄門は標準語で全国漫遊しているが、あの当時日本の方言も多種多様で東北のひとと九州のひとでは会話が成りたたなかったろう。それを思えばシナの言語のちがいも感覚で理解できる。その後、あのとんでもない国に実際に行って体験した、上海人は上海語に誇りを持っていて北京語を話さないということ、ふたつはとんでもなくちがっていること、も書きたくなってくる。経済の中心地は上海だ。歴史にも誇りを持っている。でも政治の中心は北京だ。だから公用語は北京語になっている。そのことに上海人は憤懣を抱いている。納得していない。仲が悪い。だから北京語は使わない。それを書きたい。切りがない。我慢。
 主用みっつの言語の中では香港映画で耳に馴染んでいる広東語が響きがやわらかくて比較的好きなことも書きたい。別テーマにすべきか。とりあえずいまのシナの政府、中共が標準語としているのが、<北京語=普通話>であり、日本で発売されている「中国語」の教科書はみなこれであることは書かねばならない。しかしこれは政府の押しつけであり、上海経済圏や広東文化圏ではみな使わない。でも一応これが「中国語」の代表ではある。以下不本意であるが「中国語」という意味不明のコトバを<普通話(北京語)>の意味で使う。



 中国語とはなにかを書いたら、次はなぜそれを「再び」突如勉強する気になったかだ。訪問する異国ではその国の言葉をしゃべることを基本としている。半端な独学ではあるが長年ずいぶんと異国語を勉強してきた。買い物や道を訪ねる程度の言語なら10ヵ国語ぐらいは話せる。いま私の部屋は本を捨てまくったため小説類はほとんどない。本棚に残っているのは語学教科書とJazzやClassic音楽に関するものばかりだ。あ、将棋本も多いな。その中には中国語に関するものも五、六種類見える。やる気だった。まだ朝鮮や中国に悪印象、いや正確な智識をもっていない時期、話せるようになってから行こうと、スペイン語やポルトガル語と同じく、いやいや身近な国だからそれ以上に、やる気満々で語学素材を揃え、熱心に学んでいた。しかし一度訪問していやになった。あの国に行き、「こういう国の言葉は覚えたくない」「この民族と会話したくない」と嫌悪した。それもまた詳しく書きだすと切りがない。というかあの国のことは書きたくない。ひどすぎる。中共という独裁国家のせいもあろうが、それ以前に漢民族ってのは日本人とはちがいすぎる。絶対に合わない人種だ。白人よりも黒人よりも遠い。そもそも隣国とか見た目とか漢字使用からの勘違いがあるが、日本は遣唐使遣隋使以降あの国とはつきあいがない。その証左としてよく言われるのが北京、上海、香港の呼びかただ。その呼び名は英語から来ている。つきあいがあったら「ほっきょう」「じょうかい」「こうこう」と呼んでいた。つきあいがないから毛唐の発音を真似ている。毛唐とのつきあいが始まり、あらためて意識したのがそれらの都市だ。実際つきあいがあった時代は、「洛陽 らくよう」「長安 ちょうあん」とあちらの都市を日本的な発音で呼んでいる。ではなぜつきあいを断ったかというと、当時の賢人も、いまの私の感覚と同じく、実際に接してみて「こいつら、つきあう価値がないわ」と投げたのではないかと推測する。それほど漢民族というのは実際に接するとうんざりする連中だ。あまりに日本人とはちがいすぎる。しかしそれとはまた別に、つきあいのない江戸時代にもシナの思想は、儒教や朱子学が本家とは離れた形で日本独自の発展をしている。それはそれで日本らしいとも言えるが。福澤翁はそれを批判している。と、これまた切りがないので我慢。ともあれ「かつてはやる気だったこと」「断念したこと」を簡単に記し、ついで「それをまたなぜやる気になったか」は書いておかねばならない。(続く)