11月23日。祝日。勤労感謝の日になると毎年三田祭を思い出す。卒業後、後輩達がコンサートをやっている何年かは行った。その後はもう何十年も行ってないし、これからも行く気はない。なのにこういう若いときに刻まれた想いというのは強烈で、お恥ずかしい話、毎年毎年この日が来るとワンパターンの記憶がよみがえり、同じ事を思う。文化祭でのコンサートの準備、あれこれあった四日間、そして撤収。
 以下の話はもう何度かサイトで書いたことの繰り返しになるが。



 私が一年生の時に三田祭実行委員長をやっていたのがいま民主党代表の海江田万里さん。四年生かな、五年生だったように思うのだけど。海江田さんはベ平連の活動をしていて、そのころから目立っていたひとだった。所属していた音楽サークルの関係から私も三田祭前夜祭の警備員のようなものに借りだされた。当時の学祭というのはだいたいにおいてサヨクが仕切っていた。中核だの革マルだのある中で、慶應でのみ隆盛だったフロント派というののヘルメットを被らされた。土方のバイトでヘルメットを被ったことは何度もあるが、学生運動のヘルメットを被ったのはこれが最初で最後になる。私は当時いまで言う「自虐史観」に染まっていて、シナ、朝鮮に対して罪悪の意識を持っていたが、マルクスレーニンには染まらなかった。



 前夜祭に、村八分、吉田拓郎、南正人、外道、豊田勇造等が来た。本祭には頭脳警察、遠藤賢治らが来た。彼らの全盛時代だ。当時のことを思うと、私にはいま40歳の<きっこさん>が村八分や頭脳警察を好きなことが理解できない。彼らも彼らのファンも団塊の世代だろう。まして彼らの世代にちかい私でも彼らを好きではなかったし、あれはかなりマニアックなひとの好む音楽だ。思えば思うほど<きっこさん>がわからない。

 前夜祭の吉田拓郎の警備を任された。控室(という教室)の前にヘルメットを被って立った。出番が来たのでたくろーさんにそれを告げた。その距離、1メートル。今までの人生、吉田拓郎までの最短距離。

 いまネット検索したら、こんなこと(=この年の三田祭の中身)までも記録されている。すごい時代だな。前夜祭にはっぴいえんどが来たとある。覚えていない。たくろーさんの警備でステージを離れていた時間だろうか。たくろーさんが「馬」を歌ったのは覚えている。中津川で話題になった後だったので、「『人間なんて』を歌え!」と声が飛んだが歌わなかった。頭脳警察も前夜祭に来ているとある。私の記憶にあるのは階段教室で開催された本祭での頭脳警察だ。当時は売れっ子だったから両方来たのか。当時の私は心情的左寄りのウスラバカだが、頭脳警察に感じるものはなにもなかった。

 前夜祭で私が最も感動したのは豊田勇造のギターテクだったブルースを弾き語りでやっていて、なんともかっこよかった。影響を受け、それから彼のスタイルを模倣した。そのことからデルタブルースにはまってゆく。ということで「豊田勇造さんて現役なの?」と検索したら、いまも旺盛に活動されているらしい。御同慶のいたり。ネットですこしだけ見た豊田さんの今の演奏スタイルは当時私が憧れたものとはちがっていた。そりゃ40年も経てば音楽スタイルも変るか。

 三十年後、タイのチェンマイの日本食堂『サクラ』で、南正人さんと知りあう。



 この時期に「秋の天皇賞」があった。府中の3200メートル。秋の大一番。トライアルには目黒記念、オールカマー、毎日王冠があった。最重要トライアルは同舞台2500メートルの目黒記念。昭和56年にジャパンカップが創設されることになり、秋天もトライアルも距離、日程も変更されいまのようになった。三田祭のときに参戦した天皇賞がなつかしい。慶應にも競馬研究会があり、その部屋にもぐりこんで、そこのテレビで観戦した。早稲田の競馬研究会からは多くのひとが競馬評論家となって活躍しているが慶應からはひとりもいない。あのころの慶應の競馬研究会のメンバーはいまなにをしているのだろう。大手商社に勤めて、出世して、今はリタイア、であろうが……。

 故・大川慶次郎さんはあたらしい体制になってからも「京都よりも府中の3200メートルのほうが実力が発揮されて天皇賞にふさわしい」と語っていた。府中の芝2000はコース的に問題がある。しかしJCを最高峰と据えたら秋天はトライアルとなり距離短縮はしかたなかったのだろう。後にメジロマックイーン問題が起きている。
 といって私に懐古趣味はないから、あの当時の枠連しかない競馬をたのしかったとは思わない。いまのほうがずっといい。しかしまたそれとはべつにあのころの思い出は胸に刻まれ消えることはない。

 競馬業界に就職するつもりは毛頭なかったが、就職掲示板に日刊競馬の募集があったことを妙に鮮明に覚えている。



 毎年「11月23日前後は文化祭開催時期として遅いのではないか」と思う。多くの大学がそうであるように11月3日の文化の日前後が最適ではないのか。ほんとにこれ、毎年毎年この時期になると思う。かといって当時が恋しいとか、三田祭に出かけてみたいとかではない。それはない。まったくない。だけどそれこそ季節の風物詩のように、毎年この日を迎えると条件反射というのかバカの一つ覚えというのか、「この季節は学園祭開催の時期としては……」と考えている自分がいる。それを知って赤面する。毎年(笑)。なんなのだろう、これ。
 学生のときは他大学と時期がちがうことを誇りに思っていた。日吉と三田のキャンパスに舞う銀杏の葉がうつくしかった。うん、あれはきれいだった。学生時代の風景をひとつだけ選べと言われたら、私は日吉の銀杏並木になる。

 いま地球温暖化で冬が暖かい。それは実感する。こどものころの冬はもっと寒かった。ならこの11月23日前後はどうだったのだろう。十分今も寒いように思うのだが、学生だったあの頃は、いまよりも寒かったのか。
 還暦を迎えてもまもっているあのころの感覚がある。「三田祭が終るまでコートは着ない」。いまも11月23日が過ぎるまでは秋であり、冬はそのあと、と思い、どんなに寒くても冬装備はしない。痩せ我慢をつらぬいている。明日からは自転車に乗るとき、手袋をしたり、毛糸の帽子を被ったりできる。

 塾生それぞれの「母校に対する想い」があるとしたら、私は福澤翁の本も精読していないし、商社マン的な世界の連帯とも無縁だったし、日吉も三田もご無沙汰の、どうしようもない劣等生なのだけれど、この「毎年勤労感謝の日に三田祭を思う」が、唯一のそれになるのかもしれない。



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 今年の「勤労感謝の日=新嘗祭」は、秋晴れのいい日だった。午後の陽射しの中、A・ギターを引いていたら3弦が切れた。だいぶ旧くなっていた。ごめんよと謝る。こういうのが猊埓梱瓩任△雖狢塚遶瓩澄かつて、激しく弾いて切れるのはともかく、旧くなって切れるまで使ったことはなかった。定期的に交換していた。6弦ぜんぶ張り替える。ついでにテレキャスもZO-3も張り替えた。もう1本のA・ギターとセミアコのE・ギターは今回は勘弁してもらう。弦がない。買わないと。フラマンも替えるかと思ったがもう何年も触ってないのでこれまた勘弁してもらうことにする。ウクレレは夏に買えたからいいや。

 西東京の外れに住んでいると楽器や弦の購入で不自由する。さいわい今は通販があるのでなんとかなるが、それとはまた別に、たまに行く御茶の水での買い物もたのしみだ。やはり触って選びたい。年内になんとかまた御茶の水に行き、それら小物をまとめ買いしたい。小物も数が嵩むと値が張る。JCを当てないと。

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 ひさしぶりにZO-3を手にして、casio DG20のリズムボックスをバックにすこしあそんだ。こういうオモチャもいっぱいもっている(笑)。弦に張力がないのでDG20は楽器としていじる気にはならないが、こんなときの手軽なリズムボックスとして役立ってくれている。

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 テレキャスの写真を探していてこれを見つけた。なつかしい。2000年ごろか。初めて液晶ディスプレイを買った頃だ。17インチで10万円以上した。三菱製品。田舎の家の二階。あちこちスダレが見えるから夏仕様だろう。陽当たりが良すぎて、とんでもなく暑い部屋だったから、夏は「海の家」みたいな総葦簀張にしていた。
 私のPC生活はWindows2000で激変した。初めて出会った満足できるOSだった。だから私的PC史は「Windows2000以前、以後」となる。これは2000を導入した後だろう。なら2001年か。

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 PCはもう自作機だがディスプレイはまだ1台だった。それ用のマザーボードにCPUをふたつ載せてDual CPUの自作機を組んでいたころだ。上の写真がそれ。Dual CPU用のマザーボードにCPUをふたつ設置している。ひとつ35000円ぐらいした。もちろんCPUファンもふたつ必要。この青いCPUファンがちいさくて高速回転だからキーンと鳴ってうるさくてねえ(笑)。いまじゃ安物の5000円ぐらいのCeleronだってひとつで2coreだ。Core i7や5は4Core、AMDには8coreまである。なんともはやこの分野の進歩はすごい。当時としては最高級の性能の電気食い爆音Dual CPUだったが、その性能はいまの安物Celeronにすらかなわない。

 部屋の写真を見ると、ディスプレイ、キイボード(ThinkPad型)、マウス、スピーカー、電気スタンド、イスがオシャカ。廃棄。
 あ、サイドテーブルの上にある白いのはCANONのスキャナーだ。このころスキャナーに凝ってた。本から読みこませた文を修正(ソフトがまだ未熟で読み取りミスが多かった)してサイト(まだホームページと言っていた)にアップし、それへの意見を書いたりしていた。まだいわゆる複合機は出ていない。もちろんこのスキャナーもオシャカ。
 スピーカーの前にある赤いのは「運気をあげるアップル」とかで、秋葉原で980円で買ったのではなかったか。あがらなかったけど(笑)。

 PC机とテレキャス、ギタースタンドは現役だ。そうか、このPC机ってこんな前から使っていたんだ。かわいいな。いまも手元にある。それで書いている。秋葉原のラオックスで買ったのをつい昨日のことのように覚えている。階下に住んでいた父母も最愛の猫も、みな鬼籍に入ってしまった。



 そういや<きっこさん>は改造オールドテレキャスを所有しているのだった。金欠のとき知りあいの楽器屋でオークションに出してもらったら40万円だか50万円だかの値がついた逸品だ。「ピックアップをハムバッカーに換装したオールドテレキャス」である。以前はブログ話に頻繁に登場していた。ぜひとも見せて欲しい。夜中に数分だけ顔の見えない自身の姿をアップするのもいいが、私はぜひともそのオールドテレキャスが見たい。さぞすばらしいものだろう。<きっこさん>だって愛器を見せたい気持ちはあるだろうし、どうして公開してくれないのだろう。私のテレキャスも買ってから30年経ち十分オールドだが、こういうのはいくら旧くなってもオールドテレキャスとは呼ばない(笑)。<きっこさん>に本物を見せてもらいたい。つうかもうここのところギターの話なんかぜんぜん出て来ないな。オールドテレキャスピックアップ換装ハムバッカーモデル所有なんて狎瀋雖瓩呂發λ困譴燭里。母親のことすら忘れるぐらいだからギター設定なんてどうでもいいのか。



 明日は振替休日。25日火曜からは「冬」として、今日は部屋の掃除をしよう。冬モードだ。こたつも設置するか。仕事もせねば。さて「ハーツクライをどう書くか」。