jessy Hot Sauce
 今朝のBGMは、Jessy Jの「Hot Sauce」。私はほんとにJessyが好きなんだなあ。毎日聞いている。Jessyのプレイ以上にPaul Brownのプロデュースが好きなのかもしれない。ライブ映像でわかるようにJessyはPaulに心酔しているらしく、彼の支持にしたがって動いている。恩師なのだろう。いい師弟だ。

 そしたまた思うに、世の中にはきっと、こういうふうに隅々まできちんと計算された作品はきらいで、アドリブガンガンこそ最高って音楽ファンもいるんだろうな。私自身デルタブルースにはまっていたころは、こんなきちんとした音楽は受けつけなかったかもしれない。



 下にある「友達話──ふたりのHさん」は最初実名を書いてUPした。あたらしくHさんというかたと知りあいたのしく語らった翌朝、旧知のHさんから二十年ぶりのメールをもらってうれしかったという話である。ふたりの苗字が偶然にも同じだった。
 アップしてすこし経ったあと、知りあったばかりのHさんから聞いた話を書く予定だから、実名はまずいかとイニシャルにした。それは以下のような話。



 Hさんと知りあった日、仕事の帰り、喫茶店に入って懐かしのむかしばなしをした。Hさんの親友が添附ターズ──テンプターズも変換されない時代になったか(笑)──のメンバーの兄で、渋谷で遊んでいるとき、 彼らを呼んだら、テレビ局からすぐにショーケンを始め全員がやってきたものだから、人気絶頂の時でもあり、街中がちょっとしたパニックになったとか、そんな話を聞く。昭和43年。当時私は田舎の高校生。東京に出たのは昭和46年。まだ渋谷駅前にはハーモニカを吹きつつ傷痍軍人がすわっていた。駅構内はタバコ吸い放題で吸い殻を線路に投げすてるひともいっぱいいた。いまはずいぶんとマナーがよくなった。

 グループサウンズの話から、ジュリーがいま護憲と反原発の活動をしていることを私が話した。Hさんは知らなかったようで、「ほう、それはえらいですね」と言った。なにがえらいのだろう。奇妙な感じをおぼえた。ここから予想外の展開になる。 



 Hさんには溺愛しているひとり娘がいる。Hさんはなかなかの美男子なので娘さんもかなりの美形と思われる。年齢はたぶん三十歳前半であろう。独身。いま関西の××県にいる。男と一緒に住んでいるが結婚はしていない。三ヵ月に一度ぐらいの割合で東京にもどってくる。Hさんの住まいは多摩市である。娘さんもそこで育ち、数年前まで一緒に住んでいた。娘さんからもらったノートパソコンでHさんはパソコンを始め、いまYouTubeで50年代の懐メロ=オールデイズをダウンロードし、mp3プレイヤに挿れて聞くところまでをマスターした。わからないことは娘に電話し、電話でわからないことは、たまに帰宅した際にやってもらっているらしい。そこまでは昼に聞いていた。

 夕暮れの喫茶店。私が物書きだということから、Hさんが「じつはうちの娘も」と、なる。フリーランスのフリーライターで、新聞雑誌の書評がメインのようだ。本好きのHさんは、娘さんが書評をした作家(基本的に書評は褒めるものだ)からお礼の手紙と一緒に新刊本が贈られてる来るので読む本に苦労しないのがありがたいと言っていた。Hさんは二浪したが目標の早大に行けず、進学を諦めて就職した。期待を娘にかけ、娘もまたそれに応えた。こどものころから読書感想文でいろんな賞をもらう子だった、ライターは天職だと、嬉しげに娘自慢をする。



 話はジュリーの反原発活動をHさんが「えらいですね」と言ったところにもどる。私は「いや、ただのバカサヨクです」と応じた。「じつは」とHさんが言う。「うちの娘も原発反対の運動をしていて、たまに東京に来るのはその活動のためなんです。ぼくもこのあいだ娘と一緒に官邸周りのデモに参加してきたんです」「ぼくは反原発じゃないですよ。どうでもいいんですけどね、ただ娘をひとりでそんなデモに参加させるのが心配なのでついていったんです」

 さらに「じつは」が続く。「娘が××県に住んでいると言ったでしょ。あれ、あの大震災のあと、引っ越していったんです。放射能があぶないって。一緒に住んでいるのは、その活動で知りあった男なんです」「ぼくは放射能なんて平気ですけど、怖がるひとっているんですね、うちの団地からもかなりの数のひとが放射能がこわいって西日本に引っ越しましたよ」



 う〜む、なんか山の中で幻の獣と出会ったようだ。ほんとにいたんだな放射脳って。ツチノコか。
 なにしろあの<きっこさん>が2011年9月の時点で「今日で西日本への疎開斡旋が100組になった」とツイートしていたぐらいだから、いるんだろうなとは思っていた。たった半年で100組だから、今ごろはもう<きっこさん>の斡旋した疎開者は1000組を超えているだろう。ほんとにえらいなあ、<きっこさん>は。なのにTwitterでお礼を述べるひとがひとりもいない。ひどい話だ。日本人は義理人情を忘れたのか。

 Hさんの話によると、西日本に疎開した家族はHさんの周囲だけで10家族はいるという。現にひとり娘は両親を捨てて(笑)、自分だけ男と一緒に西日本に逃げたのだ。三ヵ月に一度多摩市にもどるときは放射能防禦服でも着てくるのだろうか。しかし西日本もあぶないぞ。<きっこさん>が言っていたように、「日本は終りだ、北半球は終りだ、カナダ経由で南半球オーストラリアに逃げる」ぐらいしたほうがいいのではないか。いやほんと、そんなにこわいならそこまでしなきゃだめだし、というか地球をもう何十コも消滅させるほどの核兵器を人類はもっているのだから、地球にいちゃダメだ。あぶないよ。よその星に行かないと。



 <きっこ>さんて言えば、<きっこさん>のお母さんは、「こわいよお、放射能がくるよお」と布団を被ってブルブル顫えたんだよね。それで<きっこさん>は、たいせつなお母さんを護るために、着の身着のまま、お母さんを連れて西日本に疎開する。2011年3月末のことだ。あれから4年経つ。

 私はこれを読んだとき、お母さんのことを「なんてなさけないおんなだ」と思った。年齢設定だとこのとき65歳になる。<きっこさん>が37歳か。母子家庭で、いろいろな仕事をしながら<きっこさん>を育てあげた強い母である。なら話としては、「放射能が来る、あぶない、西日本に逃げよう」なんてかしましい娘に対し、「落ちつけ、放射能なんて母さんがぜんぶ受けとめてやる。お前を死なせはしない。母さんがおまえを護ってやる。安心しろ」と言うのが本筋ではないか。女手ひとつで娘を育てあげた強い母親が、「こわいよお、放射能がくるよお」と布団を被ってブルブルは、いくらなんでもキャラ設定がめちゃくちゃだ。まあそのめちゃくちゃさゆえに<きっこさん>は人気者なんだけど(笑)。



 Hさんの苗字が実名でも、××県と伏せなくても、べつに問題はないと思うけど、SNS時代だから慎重にしたほうがいいと判断して伏せた。苗字と県と反原発デモ活動家で特定されてしまうかも知れない。私はかまわないがHさんに迷惑を掛けたらもうしわけない。

 しかしSNS時代と言っても、SNSそのものに問題があるのではない。要は使いかただ。「しまむら土下座事件」をやった女も、Twitterでそれを自慢気に書きこんだことから批判され、Facebookにアップしていたチマチョゴリを着て学校に通う娘の写真などから通名がバレ、在日朝鮮人と認定された。「たかじん遺産争い」の朝鮮人後妻も、やはりFacebookにイタリア人亭主との結婚式写真やキス写真をアップしていたので重婚疑惑に繋がっていった。いわばみな自業自得。SNS時代がこわい、ではなく、破滅するひとはそうなるだけのことをやっている、ということだろう。



 西日本疎開者はこれからどういうオチをつけるのだろう。「もうだいじょうぶ」ともどってくるのか。それともこのまま西日本に住みつづけるのか。本格的に引っ越し、あちらで仕事を見つけて働いているひとはいいとして、<きっこさん>のように単なる煽りでウソ疎開をしたひとは、どんなオチにするのか。たのしみだ(笑)。