●こういうことにケチをつけるのは小説好きではないと言われれば、その通りなのだろうけど……

▼浅田次郎「見知らぬ妻へ」から
 ひさしぶりに気持ちよく泣こうと浅田次郎の短編集「見知らぬ妻へ」を借りてきた。初版でもっていたが短期間に連続した引っ越し(私にとってはだが)の際、ほとんどの本を捨てまくったので今は手元にない。本を捨てるとき、やはり辞書や語学本のようなものは残し、小説類を捨てることになる。
 この本が出たのは1998年だから、書かれた時期を考えるとちょうど十年前になる。所在なげな春の午後に泣かせてもらおうと図書館で借りてきた。
 ところがまったく泣けない。それどころか当時は気づかなかった細かな瑕疵が気になって没頭できない。以前は泣けたはずなのだ。こういう感覚の変化はどこからくるのだろう。

 いや違う。思い出した。この作品集には初めてのときも同じ事を感じた。そう感じたから捨てたのだった。その他の作品、たとえば大好きな「プリズンホテルシリーズ」等はいまでも所持している。この作品集は最初から缺陥に気づいたのだと思い出す。まずタイトル作の「見知らぬ妻へ」は、「ラブレター」同様、支那人売春婦を主人公にした作品だが、共産党革命以前の支那に憧れる浅田さんは、現実の中華人民共和国がまったく見えていない。これらはもう「妄想」としか言いようのない駄作である。と、このことは別に論じるとして、ここでは他の作品の設定について書いてみたい。

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 赤坂のサパークラブを舞台にした作品がある。主人公は藝大出身のチェリスト。四十代。クラシック演奏者の道から挫折し今はピアノの弾き語りで食っている。華やかなエリートの集うクラシック界と夜の世界の対比がテーマ。文中でも書かれているが我が子をクラシック演奏者に育てるには教育費や楽器代など医者にするより遙かに金がかかる。
 初めて来たときから酒場にあった旧いスタインウェイでジャズのスタンダードナンバーを毎夜弾き、時には渋い喉を聞かせる。無頼の生活ではあるがそこそこ生活は安定しているし格別の不満もない。もちろん道を踏み外した救いがたい闇は抱えている。
 かつての藝大の同期生で今はオーケストラの指揮者となっている友人。彼の妹が主人公のむかしの恋人で、今や世界的ヴァイオリニスト。
 そこに絡んでくる地回りのヤクザ、蝶々のように男と男のあいだを渡り歩いている夜の女。
「クラシックの世界に戻ってこい、妹はまだ君のことを……」という友人の誘いを悪ぶって断り、いつものよう夜の街へ……。
 というクラシック音楽の世界から挫折した男のほろ苦い物語なのだが……。


 店にある古いSteinwayのピアノ。これがあったから主人公はこの店で働く気になったという重要な小物。調律が狂いGの音がフラットしてF#になっているのだとか。だから彼は毎夜Gを飛ばして弾いているという。んなアホな。何度のGなのか出てこないが、あまり使わない低音であれ高音であれ毎夜毎夜ジャズのスタンダードナンバーの弾き語りをGを飛ばしては弾けまい。それにどうやら話から推測するにこのGはそんなに端っこではないようだ。それが一夜の苦労話ならまだわかる。翌日調律師を呼び寄せてすぐに直した、というのなら。でもそうではない。ずっとその状態らしいのだ。Gの音の出ない壊れたスタインウェイを弾きこなすピアニスト、そういう外連に奔る気持ちはわかる。浅田さんはそれが大好きだ。浅田作品の醍醐味でもあろう。ここでも小物を通り越して脇役の地位すら与えられているスタインウェイにそういう性格付けをしたのだろう。だけどそれはいくらなんでもちょっと……。


 同じ店で働くギタリストの青年。外見は髪を赤く染めたロック風、軽薄そう。だが実はかなりの実力者。上記主人公のピアノとアコースティックギター一本で五分に渡り合うという。この店のステージはピアノとギターが30分交代。店の呼び物らしい。
 そのギタリストの彼が出番前にギターを磨いている。宝物のように愛しげに。だがそのギター「フェンダー」なのだ。ここもわからない。彼はアコースティックギターで弾き語りをしている。フェンダーのアコギ? 実力者の彼はいま高名なジャズバンドに闕員が出て誘われているという。夜の弾き語り生活から脱出だ。ならますます「宝物のようにして磨いているアコギ」がフェンダーではおかしい。彼のプロフィールと弾き語り内容から、常識的にはここはギブソンのフルアコだろう。それでも「アコースティックギターの弾き語り」とは矛盾するが。
 なら、それほど大事にするアコギならオールドマーチンとなるが、ジャズバンドに誘われるほどのジャズ系ギタリストなら、ギブソンのL5とか、そんな感じになろう。いったい彼が宝物のように磨いていたフェンダーのアコギってなんなんだ。そんなものはないぞ。


 2018年註・近年になってフェンダーブランドはアコギも出すようになった。エレアコである。日本のフェンダージャパン(富士絃楽器)が作っている。安物だ。最高でも20万円程度。安いのだと5万円以下で買える。フェンダーのロゴが附いているギターがこの値段で買えるのは、お金のない若者にはうれしいだろう。だがそれは、ここに登場するギタリストの彼が宝物のように磨くものではない。それと、この小説が書かれた1997年頃、フェンダーはまだエレアコは生産していないと思う。していてもフェンダージャパンの安物だ。小説舞台と時代を考えたら、「高名なジャズバンドに誘われるほどの腕を持つギタリストが大切そうに磨いているオールドフェンダーのアコギ」という設定は、ギターを知らない人による明らかなまちがいであろう。


  いやフェンダーでもいいのである。夜の酒場でテレキャスやストラトを使い、リズムボックスと一緒にエフェクターを多用した弾き語りはあるのかもしれない。ピアノとの音量差を考えたら、こういう店での演奏はエレキでやったほうが自然だ。それならば磨いているのは1950年代生産のテレキャスやストラトだったりして話は噛みあう。だけどその前にアコースティックギターの弾き語り、と書いてしまっている。そして愛しげに磨いているフェンダーのアコギ。ただの無知としか思えない。

 たぶん浅田さんはギターメーカーのギブソンとかフェンダーの名をうっすらと知っていた。だがエレキやアコギとしての中身までは知らない。漠然とした知識から、設定としてフェンダーの名前を出したが、フェンダーがテレキャスやストラトのエレキギターのメーカーとまでは知らなかったのだろう。そういうことだと思う。でも読者もそれを知らなければすいと読めるのか。いまAmazonの感想文を読んできたが、こんなことにケチをつけるひとは皆無で、みな絶讃していた。


 音楽音痴が書いたものならまだ許せる。だがカラオケ時代到来の前に浅田さんは弾き語りをしていたとエッセイに書いている。この作品の舞台と同じく夜の店だ。たいそう人気のある高収入の弾き語りだったと自負している。だがそれが本当であり、そこそこの音楽知識があるのなら、この文章と設定はあまりにお粗末である。

 私は、浅田さんの作品の99%を読了している(2007年当時)が、ただの一度も氏の文章から音楽を感じたことはない。こういうことは隠してもでてしまうものだ。例えば浅田さんは作家になる以前、洋服関係、ブティック経営のような仕事をしていたという。たいそう辣腕の経営者で、人生において金銭で苦労したことはないと言いきる。うらやましいことである。「地下鉄に乗って」等、多くの作品で洋服に関する話がでてくるが、そういうことをしていたひとなのだろうなと解る。競馬や料理も、好きなんだろうな、詳しいんだろうな、と思う。思わせるだけのものが迸っている。

 なのに「高給を取るギター弾き語りだった」とまで言っているのに、浅田さんの文章からはちっとも音楽の匂いがしない。そこから推測すると、このエッセイの中に登場する腕のいいギター弾き語りだったという話は、ほとんどウソなのかも知れない。それが登場するのは、「あんなものが登場したために売れっ子の弾き語りだった私は食いっぱぐれた、あんなものさえ出てこなければ……カラオケには恨み骨髄だ」というカラオケ否定話の中である。カラオケ時代を否定し笑いをとるための作り話なのかもしれない。

 何冊も出たエッセイ「勇気リンリン」シリーズにも音楽の話はほとんど出てこない。こういう趣味のかをりは出そうとして出すのではなく隠しても見えてしまうものなのである。売れっ子弾き語りだったという浅田さんのギタリスト能力はどうなのだろう。すくなくともギターに詳しくないことだけは確かだ。

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▼『島耕作』話──知っているタイ、知らないフィリピン
 こういう話でいつも思い出すのは「課長 島耕作」である。(他の項目でも書いているが)私はこれの「ニューヨーク篇」「フィリピン篇」を楽しんだ。好評だったニューヨーク篇に関して、「いったいどれぐらい取材されたのですか」とニューヨークに詳しい人たちから問われた弘兼さんは、「一週間です」と応え、「えっ、たった!」と驚かれるのが快感だったようだ。あとがきで書いている。「たった一週間の取材で何年も住んでる日本人もおどろくようなあんな物語が描けたんですか!」という驚嘆の感想に、取材者として、してやったりとほくそ笑んでいるのである。私も単行本あとがきでそれを知ったときはすなおにすごいなあと感心した。
 フィリピン篇も同じく。私はアジアを放浪したが、キリスト教が嫌いなので、キリスト教国家であるフィリピンには近寄っていない。詳しくないからフィリピン篇はおもしろかった。

 ところが「タイ篇」になったらいきなり楽しめない。タイに関しては私も詳しかったからだ。ニューヨーク篇と同じく、弘兼さんが忙しい合間にこなしたであろう「一週間のタイ取材旅行」が、どんな日程でどんな形で行われたかまですべて読めてしまう。トゥクトゥクの運転手の個性、ソムタムとトムヤムクンを喰う話、パタヤのオカマショー、展開もエピソードもすこしも楽しめなかった。それはいかにも一週間の駆け足取材で創りあげた薄っぺらなウソ話だった。

 じゃあニューヨーク篇やフィリピン篇がタイ篇よりすぐれていたのか、タイ篇は劣っていたのかというと、そういうわけでもあるまい。読み手の私の問題である。私はニューヨークやフィリピンに詳しくないから、それに感動した。タイは弘兼さんより詳しかったから、その中身を薄く感じて感動しなかった。それだけの話であろう。

 それで思う。こういうのってみんなそうなのではないかと。
 私は浅田さんの書くヤクザの世界を感心しつつ読む。彼らの使う専門用語ひとつ知らないからいつ読んでも新鮮な世界である。しかしそれは私が「知らないから」なのではないか。
「プリズンホテル」に出てくる看護婦・阿部マリアの医療知識、連発される薬の名と治療の手さばきに圧倒される。しかしそれはこちらにそういう知識がないからであって、専門家から見たら「ふんふん、よく調べたな」であり、中には「こんなのないよ」と苦笑を誘う間違いもあるのではないか。
 まあ調べて得た知識ってのはそんなものだ。

 こういう瑕疵に気づいたときいつも思うのは「編輯者」である。浅田さんの担当者はこのことに気づかなかったのだろうか。「先生、フェンダーのアコギっておかしくないですか!?」と言うギター好きの編輯者はいなかったのか。小説雑紙編輯部には読者から意見が寄せられる。その中には私と同じ考えのものも多数あったと思う。それを浅田さんに伝えていないのだろうか。
  
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▼宮本輝の外連、あるいはマンガ『月下の棋士』
 先日読んだ宮本輝の小説は、阪神淡路大震災による人生の激変をテーマにした作品だった。主人公の三十代女は、ひょんなことから離婚になり、顔見知りの老婆から軽井沢の地所と建物を遺産としてもらい、と人生の激変が続く。最初は固辞していたが主人公はその家をもらい、地震で親兄弟を失った少女たちを引き取って育てることにする。そこにおけるそれぞれの個性と軋轢、旅立ちの物語だ。

 少女たちの中にひとり、女子プロレスラーくずれがいる。名前は「マフー」、自分で考えた「魔風」というリングネームであるらしい。女子プロレスに憧れ入団したが練習の厳しさに耐えきれず挫折した。
 それぞれの少女が特有の道を見つけて巣立ってゆく物語。体が大きく外見も性格も粗暴な彼女は意外にも陶芸に才能を見いだし、その道に進む、という落ちになっている。
 彼女は自分のことを「俺」と言う。少女たちとの会話に「腕十字を決めたるで」とか、「あの背骨折りをやられたら死んでまう」のようなものが登場する。主人公の三十代後半の女が「危ないからあの背骨折りは禁止よ」なんて言ったりする。生活の中にプロレスが根付いている。というウソ。一読してウソだなあ、と白けてしまう。

 宮本輝はこういう外連が好きである。七八人いる少女にキャラクター付けをしてゆくとき、「女子プロレス出身のゴツい娘」を想定したのであろう。ゴツくて自分を俺と呼ぶ娘が意外や意外繊細な陶芸の世界に能力を発揮し巣立ってゆくという流れ、そこから始まったウソだ。こりゃおもしろいと設定に酔い知りもしないプロレスを調べもせず知っている言葉で語らせた。それが「腕十字固め」であり「背骨折り」だ。そのウソがプロレス好きには見えてしまう。とてもそれはプロレスに憧れ、挫折したとはいえ入門までしたプロレス好きのことばではない。さらにいえば宮本が「プロレスのことなどこの程度で充分だろう」と甘く見ていることまでが見えてくる。まあ実際それで充分であり、プロレスを知らない宮本ファンは「あの女子プロレス出身のマフーって登場人物、よかったよね」なんて話しているのだろう。つまりはこれも「島耕作」のタイと同じでそれに詳しいこっちの問題になる。

 小説家はもともと知らない世界のことを調べて知識を得、話を展開させる場として、あたかも専門家のように嘘をつくのが仕事である。専門家を唸らせる綿密な取材もあれば苦笑される手抜き取材もあろう。技倆の差はあれ、どんなに努力しても全ジャンル完璧にはなれない。多少の齟齬はしかたない。しかし手抜きを見破られてはならないだろう。宮本のこれは設定に酔ってしまっての手抜きである。ほんのすこし女子プロレスに関する勉強をするだけで簡単にクリアできたことだ。私が不快なのは純粋な仕事としての手抜きよりも、そこにある精神的な見下しを感じることである。絵画や陶芸の世界なら本格的に調べるが、プロレスだから適当でいいだろう、という。もっともプロレスを知らない彼にとっては、腕十字も背骨折りも十分に勉強しての用語なのかもしれない。


  
 私からすると、将棋マンガ「月下の棋士」は、どう考えても設定が矛盾だらけの駄作だったが(と文句を言いつつ毎週読んでいたけれど)、将棋界は、その矛盾に眉をひそめるのではなく、メジャーな青年漫画雑誌が将棋をテーマにしてくれた、それが大ヒット、いま話題の作品になっていると、こぞって喜んだ。
 すると上記宮本の作品も、女子プロレス関係者にはうれしいことなのかもしれない。宮本輝のこの小説を読む女子プロレス関係者がいるとは思えないが。
 結局プロレスであれ将棋であれこういうことに腹を立てるのは、私のようなそれらの熱心なファンというごくごく一部であり、内部関係者やその他大勢のファンは気にしないのだろう。

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▼駄作、山口瞳の「競馬放浪記」
 と書いて本業のことで思い出した。ヤマグチヒトミの「草競馬流浪記」である。私はこの本について「高名な作家が大出版社の編集者二人を引き連れて地方競馬場を訪問し、わかったようなことを書いた駄本」と切り捨てた。公の場で書いたので山口ファンから攻撃を受けた。なにしろ現代の黄門様を気取るのはいいとしても、この黄門様、新潮社の編輯者を助さん格さんのように従え、いきなり地方競馬場の貴賓席に乗り込むのだ。理事長以下、並んでのお迎えである。ドラマの黄門様のように庶民のふりをするならともかく、最初からも葵の御紋を出しっぱなしなのである。

 それでいて、地方競馬ファンとしてこっそりやってきたかのように、もったいぶったことをそれらしく書く。本人のやりたいのは「あんな高名な作家なのに鄙びた地方競馬なんてものが好き」と好意的に受けとめられることだ。全身から「ぼくって有名作家なのに、意外と田舎の地方競馬なんてものが好きだったりするんだ」という悪臭を発散している。
 この人を持ちあげる役目の地方競馬が気の毒だった。なんとも醜悪な姿勢だった。しかし現実には競馬会は彼を貴重な広告塔として尊重していたし(そのことから発生した勘違いなのであろうが)、地方競馬側もヤマグチセンセイに御来場いただいて、小説雑誌に我が競馬場の紀行文が載るならこんな光栄なことはないと歓待した。(へたをして悪口を書かれたらたいへんという気持ちもあったろう。)

 ファンの中には「全国の地方競馬場を訪問したこの本はわたしのバイブルです」なんて得意げに話すのもいた。その辺の感覚の差はいかんともしがたい。

 私にとってこれはいい踏み絵になった。競馬ライターでもこの本を褒めるのはいたが、それはみな競馬など知らず原稿料を稼ぐために参入してきた連中だった。競馬場を這いずり回ったファンはみなこの本の臭みに辟易していた。それはもう見事に分別できたものだった。

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 浅田、宮本、ヤマグチの三者から感じる悪臭は、共通のようでまったく違う。ひどい順で言うとヤマグチ>宮本>浅田となろうか。
 浅田のは小説的なちょっとした勇み足であろう。どんな分野にでも踏み込んでゆくジローちゃんのちょっとしたミステイクだ。白けてしまったという意外なんの問題もない。しかし毎度思うのだが編輯者はこういうことに気づかないのだろうか。音楽好きの編輯者が、「浅田さん、半音狂ったスタインウェイを毎晩弾くってのはちょっと無理があるんじゃないですか」と言えばすむことだ。作家は編輯者が育てるものだ。この辺どうなっているのだろう。
  
 宮本のもまた単純な勇み足、というか手抜きの缺陥なのだろうが、なんとなくそこに彼の価値観が見え隠れしてすこしイヤミである。編輯者がどう接しているのかは知らない。「先生は女子プロレスにまで詳しいんですか。いやあさすがですね。おどきろました」ぐらいの世界だろう。

 ヤマグチの場合は彼の存在そのものである。この競馬に対する姿勢が彼の人生観だ。芸能人、棋士、騎手等、暮れに自分が目を掛けている(と本人は思っている)連中を呼び寄せて家の大掃除をさせ、一緒に正月を迎える。文豪と取り巻きの藝人連中という形の旦那を気取りたかった彼の感覚は滑稽である。自分を好きだと言ってくれたので、呼ばれたから行ったが、「なんでおれがモノカキの家の掃除をしなきゃならないんだ」とケツをまくって二度と行かなかった小島太は男である。

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 評論家じゃないんだから作品の穴ぼこを指摘してもつまらない。ただ最近読んだ本として気になったのでメモのつもりで書いた。
 こういうことは気づかない方がしあわせなのだろう。  


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▼補稿──そんなピアノがあるとは思えないけれど──「粋」について
 さて、百歩譲ってGの音が出ないピアノでの毎晩の弾き語りが可能だったとする。私には信じがたいことだがもしかしたら世の中にはそんな奇妙なピアニストと、彼の奏でる音楽を支持する客が実在するかもしれない。しかそれって「粋」だろうか。そこにこだわりたい。

 たとえば貧しいインディオの世界、壊れた五弦しかないギターを手にしたインディオがそれを弾きこなして独自の奏法を編み出すこと、あるいはネックが反ってフレット音痴になってしまった安物ギターを、黒人が空きビンをスライドさせて弾き、そこからボトルネック奏法が生まれたこと、缺陥を自己流で解決し、あらたな輝きを創るそれらを私は「粋」だと思う。

 だけど赤坂のサパークラブでGの音が出ないスタインウェイで毎晩Gの音を飛ばして弾き語りをすることは「粋」なのか。東京である。電話一本でその日のうちに調律できることだ。なのにせずに毎晩Gの音を抜かして演奏し唄う。その感覚がわからない。Gの音が出ないピアノなのだ。その演奏は誰が聴いても不自然であり聞くに堪えないだろう。いやそれ以前に、なぜそんなことにこだわるのか。

 そういう「設定」をして小説の「味」とする。それは常道だ。それが小説だ。だがこの「設定」がごくふつうに考えて成立するのか。問題はそこである。

 競走馬で言うなら、類い希な能力を持ちながらも右前足が外交していて本気で全力疾走したら骨折の可能性がある。そういう馬が、ある日のレースで全力疾走をする。そして……。というような設定。浅田さんはGの音のでないスタインウェイをこの競走馬の能力と缺陥ぐらいの設定のつもりなのだろう。しかし私にはそれは前脚の外向という缺陥どころか、三本足の馬としか思えない。走れない。そういう感覚の差である。

 もしかしたら赤坂だか麻布だかに、そういう「Gの音の出ないスタインウェイでの弾き語り」を売り物にしていた店があるのかも知れない。浅田さんの書いたのは実話なのかも知れない(笑)。それはどうでもいいことだ。要は粋であるか、ほんまなかいな、の差である。(2007年7月4日)

▼そして嫌いになっていた──2018年10月5日
 私は浅田次郎作品をデビュー作からぜんぶ読んでいた。大ファンだった。外国に行くときも文庫本を何冊か持参するほどだった。自衛隊出身という経歴も好きだった。

 だがこのあたり、上記2007年あたりから彼の作風、上のような仕掛け、外連に首を傾げるようになり、今は一切読まなくなってしまった。さらにはこのころから自衛隊出身とはとても思えないサヨク的言辞が目立つようになり、大嫌いになってしまった。いまは作家として、同世代の男として、二重に嫌いである。でもこのころはまだ「浅田さん」と書いているから多少まだ好きだったのだろう。