将棋

将棋話──電王戦FINAL感想;;/祐屬肇灰鵐團紂璽拭決着のついた世界

 私はすでに電王戦に興味を失くしている。二年前は土曜を楽しみにし、毎週食い入るようにニコ生を見、感想をこのブログに書きまくったが、今年はニコ生を見ることすらしなかった。それでも気になっていて、結果は毎週チェックしていた。内容もよく知っている。永瀬や阿久津の勝利にはがっかりした。しかしまた「勝つにはもうそれしかない」とも思っていた。

 と書いて思うが、私はまだ十分電王戦に興味があるような気もする。ニコ生をリアルタイムで見ることはなかったが、毎週土曜は結果を気にしていたし、「永瀬の角不成王手」も阿久津の「2八角」も知っている。2ちゃんねる将棋板を覗いては情報を得ていたし、阿久津の勝利に関して書かれた『週刊文春』の記事も読んでいる。私は「もうあのオンナとは別れた。関係ない」と言いつつ、いまなにをしているのか、誰とつき合っているのか、気になって仕方ない状態なのかも知れない。

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 ともあれ二年前のように渾身の電王戦観戦記を書くような状況ではない。相変わらず将棋は大好きで『将棋世界』を愛読し、NHK杯戦を観戦し、『激指』に負けまくり(私はネット将棋は指さない)、眠る前は睡眠薬代わりに詰将棋本を手にしている。しかし電王戦との距離はずいぶんと開いた。
 
 すっかり将棋文とはご無沙汰しているが、それでもこの時期、ネット検索した多くのかたが、二年前の電王戦の文を読みに来てくれていると、人気記事ランキングを見て知る。まちがって来ているのだ。「電王戦.第五局」で検索し、今年の「電王戦FINAL第五局」だと思って二年前の私の文にたどり着いている。あのころは燃えていて、自分なりに熱い文を書いているから、もうしわけないとまでは思わないが、今年のそれを読もうと検索してきたのに、それが二年前のものだったら肩透かしと感じたかたもいたことだろう。検索から私のブログにたどりついたかたがたは、それらの文を読んでくれたのだろうか。「あ、なんだこりゃ二年前のだ」と勘違いに気づき、すぐに去ったのだろうか。アクセス履歴は「来たこと」までしか教えてくれない。中には二年前のものと知ってがっかりしたが、最後まで読み、おもしろかったと思ってくれたかたもいたはずと信じている。そう自負するぐらいあのころは熱い気持ちで書いていた。といってもほんの二年前なのだが。

Shogi.gif・テーマ──電王戦2013 



Shogi.gif ・自分の「将棋テーマ」を一覧で見てみたら、当然のことではあったが2014年の電王戦にも一切触れていない。私にとっての電王戦は2013年で終っている。

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 いまから電王戦FINALと電王戦全体の感想を書く。結論を先に書いておくと、「私はもう電王戦FINALに昂奮することはなかった。コンピュータと人間の闘いに決着はついている。コンピュータの勝ち。羽生が出ても渡辺が出ても、コンピュータの勝ち」になる。

 だから電王戦FINALに興味を持ち、ひととコンピュータの対決にわくわくし、「ついに勝ち越した、まだまだ人間のほうが強い! これからがたのしみだ」と思っているかたは、ここから先を読んでもおもしろくないと思う。

 また先日引退した内藤九段が口にした「コンピュータ将棋にはロマンがない。つまらん」にも私は反論する。それはコンピュータ将棋からロマンを感じる感性が内藤さんにないだけである。というか内藤さんは典型的な「コンピュータ知らずのコンピュータ嫌い」であり、知らないまま語っていると思っている。内藤さんと同じ考えのひともまた以下の文は不快になるだろうから読まないほうがいい。私は「コンピュータ将棋ソフトは、人間の最強棋士より強い」と思っている将棋ファンだ。そして「それをすなおに認められない将棋ファンはアホだ」と思っている。
 
 以下、私なりの電王戦全体への感想と、コンピュータ将棋ソフトとの思い出話である。ソフトとの関わりはファミコン時代からの関わりを以前書いているので繰り返しになるが、もういちどまとめておきたい。(続く)

将棋──訃報──河口俊彦七段──長いあいだありがとうございました。河口さんの文章が大好きでした。

河口俊彦七段(78歳)が、2015年1月30日(金)午後5時18分、神奈川県横浜市の菊名記念病院にて腹部大動脈瘤のため、死去いたしました。
また、同日付けで八段を追贈することになりました。

将棋連盟ホームページより


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shogisekai201503

 2015年2月3日5時49分、将棋連盟のホームページで知った。おどろいた。まったく予期していなかったことなのでおろおろしている。もっともっと河口さんの文を読めるものと思っていた。いちばん好きな将棋作家だった。河口さんは闘病していたのだろうか。だって昨日届いた『将棋世界』3月号の「評伝 木村義雄」を読んだばかりだ。これは昨年内に書かれたものだとしても、すくなくとも長い期間闘病していたわけではないだろう。なんとも残念だ。長いあいだありがとうございました。河口さんの本でどれほどドキドキワクワクさせてもらったことでしょう。ご冥福をお祈りします。



 Wikipediaから河口さんの著書一覧を引いてみる。

『つよくなるぼくらの将棋入門』(1981年、新星出版社)2000年再版 ISBN 978-4405065314
『勝ち将棋鬼のごとし プロ将棋の勝負師たち』(1982年、力富書房)ISBN 978-4897760049 - 初期(昭和52年度〜)の「対局日誌」
『のこぎり詰 伊藤宗看の将棋無双より』(1983年、山海堂)ISBN 978-4381006097
『けむり詰 伊藤看寿の将棋図巧より』(1983年、山海堂)ISBN 978-4381005960
『勝負の読み方 第40期将棋順位戦より』(1985年、力富書房)ISBN 978-4897760148 - 昭和56年度の「対局日誌」
『決断の一手 第42期将棋名人戦各級順位戦』(1985年、力富書房)ISBN 978-4897760155 - 昭和58年度の「対局日誌」
『勝機を待つ 第43期将棋名人戦各級順位戦』(1985年、力富書房)ISBN 978-4897760179 - 昭和59年度の「対局日誌」
『勝因と敗因 第44期将棋名人戦各級順位戦』(1987年、力富書房)ISBN 978-4897760285 - 昭和60年度の「対局日誌」
『プロ将棋ワンポイント講座』(1987年、力富書房)ISBN 978-4897760292
『将棋対局日誌集』(1990年、力富書房)ISBN 978-4897767116 - 昭和52年度〜昭和60年度の「対局日誌」
『一局の将棋一回の人生』(1990年、新潮社)ISBN 978-4103772019 のち文庫(1994年10月)ISBN 978-4101265117
『将棋界奇々快々』(1993年、日本放送出版協会)ISBN 978-4140801161 のちNHKライブラリー(1996年10月)ISBN 978-4140840412
『覇者の一手』(1995年、日本放送出版協会)ISBN 978-4140802243 のちNHKライブラリー 
『人生の棋譜 この一局』(1996年、新潮社)ISBN 978-4103772026 のち文庫 ISBN 978-4101265124
『新・対局日誌』(全8集、河出書房新社) - 昭和61年度〜平成3年度、平成6年度〜平成7年度の「対局日誌」
第1集 二人の天才棋士(2001年4月) ISBN 978-4309614311
第2集 名人のふるえ(2001年6月)ISBN 978-4309614328
第3集 十年後の将棋(2001年9月)ISBN 978-4309614335
第4集 最強者伝説(2001年12月)ISBN 978-4309614342
第5集 升田と革命児たち(2002年4月)ISBN 978-4309614359
第6集 大山伝説(2002年6月)ISBN 978-4309614366
第7集 七冠狂騒曲(上)(2002年9月)ISBN 978-4309614373
第8集 七冠狂騒曲(下)(2002年12月)ISBN 978-4309614380
『大山康晴の晩節』(2003年、飛鳥新社)のち新潮文庫 ISBN 978-4101265131 、のちちくま文庫 ISBN 978-4480431271 
『盤上の人生 盤外の勝負』(2012年、マイナビ)ISBN 978-4839943899
『升田幸三の孤独』(2013年、マイナビ)ISBN 978-4839946456
『最後の握手 昭和を創った15人のプロ棋士』(2013年、マイナビ)ISBN 978-4839949990
『羽生世代の衝撃 ―対局日誌傑作選―』(2014年、マイナビ)ISBN 978-4839951405 



 河口さんと言えばなんといっても「対局日誌」だ。あれが切り開いた将棋文章の意義は広く深い。そのあとを同じような形で何人かの棋士が継いだが、河口さん以上のひとは誕生しなかった。若い頃から文才で注目されていた先崎だけど、すくなくとも「対局日誌」に関する限り、河口さんのそれと比べるとはるかに落ちる。 というか、あれは先崎のような現役バリバリの若手棋士が書くものではないのだろう。つまり、書けるひとだからと先崎を起用した企画ミスだ。といって年輩のひとが書いたのも、河口さんと比すとつまらない。それは文章力とかではない。目の付け所だ。河口さんは、独自の繊細な譬喩、他の追随を許さない多彩な表現、そんなタイプで光る文章家ではなかった。ごく淡々と目の前の対局の事実を書いていて、でもそれがたしかに「他の追随を許さない」のだった。やはり名人である。

 年齢制限ぎりぎりの三十歳でやっと四段になり、長いあいだその自慢にならない「最年長記録」をもっていた河口さんは、棋士としての実績は残していない。しかし将棋文筆家としては名人だった。そしてそのふたつのあいだには、きっと関係がある。「名選手名監督ならず」と同じように。



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 『覇者の一手』(1995年、日本放送出版協会)『人生の棋譜 この一局』(1996年、新潮社)は何度も海外に持参して読んだ。外国で読む将棋本は味わい深い。異国の地で、異国語の飛びかう中で、異国料理を食しながら、将棋本を読む。この快楽。

 将棋本の利点は「長持ちすること」だ。どんなにすぐれた小説でも、海外で何度も読むことには耐えない。「好きな作品で何十回読んでもあらたな発見がある」なんて作品も、そういう読者もあるのだろうけど、私にそれはない。大好きな好きな作品で、生涯に何度も読み返すとしても、一ヶ月の海外滞在なら一度で充分だ。つまり「一冊で一回」である。その点、将棋本は、文章と共に「棋譜」がある。最初は棋譜を深く検討はせず、河口さんの展開する猜語瓩鯡しむ。次には棋譜を読みつつ愉しむ。その次は、棋譜に没頭する。「ここで大山が投げた」とか、「ここで投げる升田の美学」なんてのも、弱いアマのこちらからは「なぜここで投げるのか!?」を考えるだけで難問である。升田は投げたのにこちらの気力では勝っているように見えたりする。懸命に考える。「ああ、なるほど相手の勝ちか」と解る。しかしそこでまた「でもここでこうやったらどうなるんだ!?」と思う。よって一冊の本で何度も何度も楽しめる。旅行に持参できる冊数は限られている。将棋本はいい。1冊で5冊分の価値がある。「覇者の一手」は新書判なので旅行向き。「人生の」は文庫版を持っていった。さすがにハードカバーを持参する餘裕はない。と書いて思いだした。「棋譜」というのは異国人の興味を引くものらしい。いくつもの国で多くのひとに、「それはなんだ」と覗かれて問われた。

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 上記2冊と『大山康晴の晩節』が私にとっての河口作品ベストスリーになる。ナンバーワンはこれだろうか。あの大名人大山の晩年の落日が、いや落日とはいえ最後の最後まですごいひとなのだけれど、癌で体力が落ちて、ちいさく萎むことによって、最強のボス猿が自ら裏山にひとり去って行くかのような、道の真ん真ん中からそれてゆく姿が、なんともせつない寂寥となって胸に突きささってくる。

 そのあいまに挟まれる当時のエピソード。大山対升田の時代。朝日主催の名人戦。朝日の嘱託であり朝日派の升田が勝つと本社から幹部まで駆けつけての大宴会。大山が勝つと本人と関係者だけのひっそりとした打ちあげ。それにじっと堪える大山。朝日嘱託の升田と毎日嘱託の大山という新聞社同士の角逐でもある。大山はひたすら勝つことによってそういう流れをひっくり返してきた。つよいひとだ。
 升田勝利の瞬間、盤側に駆けつけた升田贔屓の五味康祐の無礼に対しても大山はじっと耐える。そのときの記録係は河口三段。級の時から関わっている。だからこそ「河口さんの書く大山」はおもしろい。

 大山対中原の時代。当人と関係者がゴルフコンペをして汗をかく。汗を掻いたまま、風呂には行かず宴会にしようと大山の提案。誰もが汗を流したいが王者の意見に逆らえない。宴会場に向かう。そこにすこし遅れてやってきた中原。「あれ、どうしたの。先にシャワーを浴びましょうよ」。浴びたかったみんなはほっとして風呂場に向かう。取り残される大山。絶対王者大山の足もとが崩れてゆく瞬間。犲磴太陽畸羝兇蓮大山を猖棉瓩砲靴討靴泙辰拭
 大山打倒を宿願として喧嘩腰で挑んだ山田道美八段。あの「暗くしなさんな!」を知っている身には、この「シャワー話」なんてのは冒険活劇を読むよりもわくわくする。それは単なる事実かも知れないが、おもしろせつなく読ませてくれるのは河口さんの藝だ。
 なお『大山康晴の晩節』は、飛鳥新社の単行本が装丁がよくて最高だ。読んでみたいひとにはちくま文庫ではなくこちらを推薦する。



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 もう一冊、「盤上の人生、盤外の勝負」もいい。ここにある米長は魅力的だ。私は「対局日誌」のような現在進行形的なものより、こういう河口さんがじっくり腰を据えて書いたものが好きなようだ。と他人事風な書きかただが、いま書いていてあらためて気づいた。「大山康晴の晩節」がいちばん好きなのはそういう理由なのだろう。



「覇者の一手」は羽生七冠の話、まだ達成前のその道のりが中心だ。そのあとに達成してからの本格的な「七冠狂騒曲」がある。あの達成の翌朝、スポーツ紙の一面を飾った。いろいろ買って今も保存している。将棋ファンとして誇り高かった。「冒険活劇的わくわく」なら、こちらのほうがありそうだ。なんといっても前人未到の「七冠独占」なのだから。だが、なんかこちらは羽生のあまりの万能ぶりもあり、RPGのよう。たしかにラスボスクリアの快感はあるが……。時代劇的な、あるいはシェークスピア劇的なわくわくどきどきは、なんといっても「大山」だ。

『羽生世代の衝撃 ―対局日誌傑作選―』(2014)年はまだ読んでいない。明日にでも買ってきて、読みつつ、河口さんに献盃しよう。私は人後に落ちない羽生世代のファンであり、それを綴ったものでも河口さんがいちばんだと思うが、でも河口さんの最高の魅力は、やはり升田大山中原の時代を語るときだと感じる。



 結果として絶筆になってしまった「評伝 木村義雄」には、(以前にも読んで知っているエピソードではあるが)、坂田三吉の凄味をまだよくわかっていなかった河口さんが、坂田を外連からのみの評価をした文を書いたら、それを読んだらしい升田に「くだらんことを……」のようにボソッと言われる部分がある。被差別部落出身の坂田は文盲であり、将棋駒の文字すら読めなかった。独創の阪田流向飛車や伝説的なあの端歩を始め異能の人だった。それを外連ととった河口さんの姿勢はまともだろう。だが升田はそこにもっと奥深い凄味を感じていた。それを書くことによって升田が光る、また時代の向こうから坂田も光量を増す。その絶妙の価値、意義。河口さん、最高だ。
 先月号あたりから私の好きな狹通梢佑登場している。「勝つことはえらいことだ」の塚田さんだ。完結まで読みたかった。河口さんも心残りだったろう。

 河口さんの死を予期していなかったので、まだうろたえていてまともな文が書けない。時間を掛けてまた直したり足したりしよう。それでも、1月30日に亡くなった河口さんの訃報が将棋連盟サイトで発表されたのは「2月2日午前11時」のようだから、一日遅れだけど、大好きな河口さんに捧げる文章を自分のブログに書けたことをうれしくおもう。
 河口さん、やすらかに。

「王将を歩兵が守る広告」と「福島原発事故相撲諷刺画」と「シャルリー・エブド」のテロ──これは諷刺なのか!?──に【追記】

「王将を歩兵が守る広告」と「福島原発事故相撲諷刺画」と「シャルリー・エブド」のテロ──これは諷刺なのか!?》に、以下の文を追記しました。

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【追記.1】──300万部発行

 事件後、「自由を守れ」のもとに、今までは3万部だったものを300万部発行。世界に配ったとか。 

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【追記.2】──フランスの宮崎駿

 フランス人のジャーナリストにこの事件について問うているテレビニュースを見た。在仏のフランス人のジャーナリストはフランス語で、「殺された編集長兼風刺画家はフランスにとって最高の藝術家、日本で言うなら宮崎駿のような存在だったのです」と語っていた。宮崎駿ね、ふーん。 

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 フランスの諷刺画を描いている連中は、フランスの盛りあがりを歓迎はしていないようです。以下は上記アドレスからの一部引用。


charlie

つねに資金繰りに苦心していた、公称6万部、実売3万部の弱小誌、しかも紙のメディアという、およそ時代遅れのこの雑誌は、多くのフランス人にもやり過ぎだと捉えられていたし、正面切ってこの雑誌が好きだと言う人はほとんどいなかった。
 
それが、今回の事件以後、突如、全国的に有名になり、最新号は300万部印刷された。政府からの補助金も出たし、個人の寄付も集まった。1月11日に行われた、反テロ・追悼集会では、フランス全土で370万人を超える参加者を数える、フランス史上最大規模の抗議集会となった。
 
表紙の絵を描いたルスは、襲撃事件が政治的に利用されることに違和感を表明し、11日の集会は「シャルリー・エブド」の精神とは正反対だ、と批判している。もう一人の生き残った漫画家ウィレムは、「いきなり自分たちの友だと言い出す奴らには反吐が出るね」と、辛辣なコメントを述べてさえいる。
 
しかし、そういう、お調子者のフランス人、自分たちを担ぎ上げて利用しようとする政治家たちをも、「Tout est pardonne しょうがねーなー、チャラにしてやるよ」、と笑い飛ばしているのが、この絵なのだ。

「王将を歩兵が守る広告」と「福島原発事故相撲諷刺画」と「シャルリー・エブド」のテロ──これは諷刺なのか!?

「王将を歩兵が守る」広告に将棋ファンが総ツッコミ 「完全に『二歩』」 2015/1/ 9 15:03
  
 2015年1月5日発売の経済誌「週刊東洋経済」(1月10日号 東洋経済新報)に掲載された広告にネットユーザーからツッコミが入っている。
   広告は金融・企業情報を分析、配信する「トムソン・ロイター・マーケッツ」(東京都港区)が出稿し、海外へ進出する日系企業向けに規制やリスクなどの情報を提供するサービス「トムソン・ロイター・アクセラス」をPRした。
 
「めちゃめちゃ弱いやぐら」
 将棋をモチーフにしたデザインで、「世界に挑むあなたを守る」と大きく表記されている。「王将」が六方から「歩兵」に囲まれている将棋盤上の様子をイメージ画像に採用、サービスを利用するメリットを訴えた。しかし、ネットではサービスの内容と異なる部分が着目された。
 
   6日、雑誌を見たと思われるツイッターユーザーが「王将をリスクから守るという意味のようですが...。それ、二歩です」と指摘、これに続けて「歩の下に角を打たれたら守りに困る」「めちゃめちゃ弱いやぐらや」とツッコミが入った。
 「二歩」は縦列に「歩兵」を2個配置する反則技だ。ちなみに相手陣地の3段以内に入った「歩兵」は裏返されて「と金」となり、すでにある「歩兵」と同じ縦列に配置してもよい上、十字の方向などにも動かせる(編注:「歩兵」は一歩ずつ前にしか動かせない)。
 
  画像では「と金」になっていない「歩兵」が2つの縦列で重複しており、完全に「二歩」の状態。広告デザインなので、実際の対局ではないのだが、熱心な将棋ファンにはこの「間違い」が見逃せなかった。

  トムソン・ロイター・マーケッツは取材に対し、「(広告の)内容の方を注視していたので、デザインは外注先から上がってきたものを信頼して使った。このような問い合わせは初めて」と驚きを隠せない様子で語った。


http://www.j-cast.com/2015/01/09224941.html

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 問題の画像はこれ。「週刊東洋経済」1月10日号。コピーは「世界に挑む あなたを守る」。敵と相対する王を5枚の歩が守っている。こんな守りじゃとても世界には挑めない。弾丸の飛びかう紛争地帯に臨むのに、周囲に幼稚園児5人を連れて行くようなもの。王様は、ひとマスではあるが、前後左右斜めどこにでも動け、下がることも出来る万能だから、前にひとマスしか動けず、下がることも出来ないこの5人の歩は、守備どころか足手纏いである。いったいどんなヤツがこんなことを思いつくのだろうと、腹立ちを通りこして感心する。

 トムソン・ロイター・マーケットとはなにか。

【トムソン・ロイターについて】
トムソン・ロイターは企業と専門家のために「インテリジェント情報」を提供する企業グループです。業界の専門知識に革新的テクノロジーを結びつけ、世界で最も信頼の置かれている報道部門をもち、ファイナンシャル・リスク、法律、税務・会計、知財・医薬・学術情報、メディア市場の主要な意思決定機関に重要情報を提供しています。本社をニューヨークに、また主な事業所をロンドンと米国ミネソタ州イーガンに構えるトムソン・ロイターは、100カ国以上に約60,000人の従業員を擁しています。

トムソン・ロイター IP & Scienceは、トムソン・ロイターのビジネスグループのひとつです。トムソン・ロイターは、日本では2つの法人登記(トムソン・ロイター・プロフェッショナル株式会社、トムソン・ロイター・マーケッツ株式会社)に分かれています。トムソン・ロイター・プロフェッショナルは、学術文献・特許・ライフサイエンスに関する専門情報を、トムソン・ロイター・マーケッツは、金融情報・国際ニュースなどを各分野のプロフェッショナルに提供しています。http://ip-science.thomsonreuters.jp/press/release/2013/new_appointment/

「企業と専門家のために「インテリジェント情報」を提供する企業グループ」らしい。 
業界の専門知識に革新的テクノロジーを結びつけ世界で最も信頼の置かれている報道部門」をもっているとか。 なら「将棋業界の専門知識に革新的テクノロジーを結びつけ」て「信頼を置かれている報道部門」でもって、もうすこしまともな広告を作って欲しかった。
「100カ国以上に約60,000人の従業員を擁して」いるそうな。 すごいな。だけどそれなりにまともな国ってそんなにないから、現地事務所に現地人何人かやとっているようなのもカウントしているんだろうな。
 今回の広告を出したのは、日本ではふたつの組織になっているうちのトムソン・ロイター・マーケット蠅里曚Α 
「金融情報・国際ニュースなどを各分野のプロフェッショナルに提供」するのが仕事だとか。

「(広告の)内容の方を注視していたので、デザインは外注先から上がってきたものを信頼して使った」そうで、どんな「外注先」がこんなデザインをしたのだろうと不可解。今回のこの騒動に対して「『このような問い合わせは初めて』と驚きを隠せない様子で語った」

 世界100ヵ国以上に60000人の従業員のいる国際企業だから、これを制作した日本の広告会社のデザイナーは将棋とは無縁の外国人なのだろうか。それとも将棋を知らない日本人デザイナーなのか。「世界で最も信頼の置かれている報道部門をもっている会社」の作った広告にしてはあまりにひどい。というかほんとうにもっているのか。信じられない。

 アメリカ人のアホがやっている滑稽な漢字ティーシャツや意味不明の漢字入れ墨と同じ程度の問題と割り切るべきなのだろう。問題の根源は同種だ。しかしそんな大きな世界的企業が「世界に発信する広告」となると、だいぶ問題の質がちがってくる。将棋ファンとして看過できない。



 私は、ここに「将棋軽視」というか、日本を軽んずる不快なものを感じる。ろくに調べも勉強もせず、「ま、こんなもんでいいだろう」という。
 もしもこれが「チェス」だったら、「世界に発信するCMだから=チェスに詳しい欧米人から抗議が来たら困る」との姿勢でもっと厳しくチェックしたろう。この広告が欧米でも掲載されるのかどうか知らないけど、たぶんこの将棋駒の姿勢は「和風」のアピールなのだろう。もしもこれがチェスなら、チェスを知らないデザイナーでも、知りあいのチェス好きに「こんな駒の配置でいいだろうか」と問うたり、本をひもといたりしたように思う。つまり「チェスをいいかげんに扱う←欧米人から抗議が来たら困るからそんなことはしない」「将棋をいいかげんに扱う←抗議なんかきやしねえよ。心配ない」という姿勢だ。

 この画像だって、王将の両脇に攻撃陣の飛車角を配置し、両隣を金銀が守るような形だったら、それがルール無視の実戦ではありえないような奇妙な配置だったとしても、将棋ファンは「飛車と角の位置が逆だよ」とか「なんでそんな低い形なのに角がいきなり6筋にいるんだよ」のような将棋的なケチはつけない。玉が飛車角、金銀を従えて進軍する日本将棋の美が世界に紹介されるのかとうれしくなる。この広告に対する意見の根底にあるのは、あまりに初歩的なあやまりである二歩の無智に対してではなく、「なんかこいつら、将棋を軽く見てんな」という将棋好きの直感なのだ。

「『このような問い合わせは初めて』と驚きを隠せない様子」ってところに、なんともたまらん白人的傲慢を感じる。「驚きを隠せない様子で語った」ひとは日本の会社の広報部の日本人だろうけどね。精神は白人だ。日本文化を見る視点がそうである。こんなものが社内で問題にならなかったという時点でこの会社に日本人はいないと言える。

 もしもアメリカの企業が、「日本古来の将棋駒を画像に使った広告を作り、日本市場にアピールしよう」としたなら、こんなことはない。きちんとその辺を調べて作る。それは上記したように日本の制作でもチェスならば、と同じである。この広告から感じる精神は、「世界に提供するのに日本的なものを起用しよう」という発想まではいいとしても、下調べと考慮をしないいいかげんさである。そしてなんともたまらんのが「日本制作」であることだ。それに絡んでいるのは、たぶん日本人であろう。このトムソンなんたらとかいう会社で、もしもアフリカ系黒人がこの広告を作ったなら、こんなことはしなかったのではないか。この件に関する醜悪さは「『このような問い合わせは初めて』と驚きを隠せない様子」に集約されている。最初からきちんと作ろうという気がないのである。いわば「真っ黒なもの」という広告で、墨とタドンと黒人の顔を並べたものを作り、黒人側から抗議されて、「えっ、こんなことしちゃいけなかったの!?」と驚くレベルである。世界100ヵ国以上に6万人もの使用人がいる会社にしちゃあまりに杜撰だ。しかし、こんなことを書いてもこの会社は、「いやあまいったよ、あんなことにまで抗議が来るんだね、インターネット時代はこわいね」なんて酒の肴にして反省はしていないだろう。そういう会社だからこんなものが作れる。

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 下の画像はフランスのサヨク週刊新聞が東日本大震災のあとに掲載した諷刺画。
 福島の原発事故と日本的なものの代表である相撲をからめている。無惨な建築物の残骸が背景にある。しかしあれは原発事故で崩壊したのではない。地震だ。世界有数の岩盤の固い地震のすくない地で世界一の原発天国を誇るフランスにはわかるまいが、こちらは地震多発の最悪の地盤で、想定外の天災をあれだけの被害におさえたのだ。あれがフランスで起きていたらおまえらは滅亡していたぞ。でももしそうなっても、日本人はその被害に対し、こんな画を描くことはないけどな。それが大和民族の品位だ。

 力士はやせこけ放射能により手足は畸型で三本になっている。目玉が飛びだし垂れている。しょぼくれたその表情。それを伝えるこの白人男の表情。「すごいぞ、フクシマのおかげで相撲がオリンピック競技になった!」とセリフにある。こういうのがフランスのユーモアとエスプリなのか。これが人類の守らねばならない表現の自由というものなのか。この画に拍手喝采した日本人サヨクもいたが。

 フランスで同様の事故が起きても、こんな画を載せる日本の週刊誌はない。日本人は礼節を心得ている。他人の不幸を笑い物にはしない。

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 2015年1月7日、フランス時間午前11時半、こういう画を売り物にしている代表的な新聞社が襲撃され死者が出た。その中には上の画を描いた男もいた。度々ムハンマドを裸体やエロに絡めて諷刺し、イスラム側から攻撃の警告を受けていたが、「やれんのか、やれるものならやってみな」と挑発し、今年に関しても「フランスにまだテロがない。1月中にやるのか? まだない。でも1月は31日まであるものな」と書いて起きた事件である。日本的に言うなら「堪忍袋の緒が切れた」になる。侮辱され、怒りで真っ赤になり、ぷるぷる震えている相手の前に胸を出し、「刺せるかよ、刺して見ろよ、そのナイフは飾りかよ!」とやって、ぐさりと刺されたわけだ。

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「度々ムハンマドを裸体やエロに絡めて諷刺」と一般報道通りに引いたが、あれらの画像を見ると、今度は「諷刺とは何か!?」となる。どう考えてもあれは諷刺とやらではなく、「嫌いな宗教の誹謗中傷」だろう。あそこまであれをしつこくやったら、そりゃ事件は起きる。こうなる。まことに筋道立っている。狂信的な行動だが、宗教とはそもそも狂信的なものだ。キリストもローマ教皇も諷刺していた。今回やられたのがたまたまイスラムだったにすぎない。

 しかし日本に関する画でも、どこが「諷刺」なのだろう。単にこれは地震の余波で原発事故が起き、大きな被害を受けた日本を嘲り、はしゃいでいるだけだろう。悪意しか感じない。私はこの画を見たとき、こんなことをする毛唐に天誅を加えられない己の無力がくやしかった。下の朝鮮人の垂れ幕も同じ。だからこそ、あっと言う間に世界一の義捐金を送ってくれた台湾のことを思うと胸が熱くなる。日本を案じてくれる台湾の心の対極にあるのが、下の朝鮮人の垂れ幕やフランスのこの画だ。こういうものの「表現の自由」を守るのが人間の文化なのか。

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 この事件に欧州はいま、「表現の自由を守れ」「テロに屈するな」と盛りあがっている。ひさしぶりにNHKニュースを見た。大勢のデモ。プラカードを掲げて涙ぐんでる女なんてのもいた。正義の闘いのようだが、基本はキリストとイスラムの衝突である。キリストとアラーの名のもとに、何億人死んでいるだろう。ヨーロッパの盛りあがりは反イスラムによるものだ。



 私がこの諷刺画に感じる不快と、上記の将棋駒の画像に感じるものは通じている。

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【追記.1】──300万部発行

 事件後、「自由を守れ」のもとに、今までは印刷6万、実売3万部だったものを300万部発行して世界中に配ったとか。
 (その後、さらに増刷して600万部を刷ったそうな。それはフランス史上最大の発行部数だとか。日本は毎日それ以上の新聞が刷られている。少年ジャンプでも最高時それぐらいあった。)

【追記.2】──フランスの宮崎駿

 フランス人のジャーナリストにこの事件について問うているテレビニュースを見た。在仏のフランス人のジャーナリストはフランス語で、「殺された編集長兼風刺画家はフランスにとって最高の藝術家、日本で言うなら宮崎駿のような存在だったのです」と語っていた。宮崎駿ね、ふーん。 

【追記.3】「許す」と「赦す」──「シヤルリー・エブド」誌が示す文化翻訳の問題──関口涼子/翻訳家、作家 

 本論はフランス語解釈を軸とした「読売新聞夕刊」の下の画の解釈に対する意見(=異見)ですが、後半にあるフランスの集会や盛りあがりに対する被害者の意見は納得出来るものです。以下はそこからの一部引用。ぜひ全文を読んでください。

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つねに資金繰りに苦心していた、公称6万部、実売3万部の弱小誌、しかも紙のメディアという、およそ時代遅れのこの雑誌は、多くのフランス人にもやり過ぎだと捉えられていたし、正面切ってこの雑誌が好きだと言う人はほとんどいなかった。
 
それが、今回の事件以後、突如、全国的に有名になり、最新号は300万部印刷された。政府からの補助金も出たし、個人の寄付も集まった。1月11日に行われた、反テロ・追悼集会では、フランス全土で370万人を超える参加者を数える、フランス史上最大規模の抗議集会となった。
 
表紙の絵を描いたルスは、襲撃事件が政治的に利用されることに違和感を表明し、11日の集会は「シャルリー・エブド」の精神とは正反対だ、と批判している。もう一人の生き残った漫画家ウィレムは、「いきなり自分たちの友だと言い出す奴らには反吐が出るね」と、辛辣なコメントを述べてさえいる。
 
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●シャルリー・エブド事件考──9.11と真珠湾攻撃 

『将棋世界』2月号──羽生1300勝記事の秀逸さ──構成・鈴木宏彦さん、最高!

 12月27日に『将棋世界』2015年2月号が届いた。例年、年明けの1月3日に書店で買っているのだが、今年は毎コミと通年契約をしたので年内送附となったようだ。ありがたい。正月の楽しみが増えた。
 そういえばこの契約は今年の3月にしたのだった。「4月から消費税が上がると『将棋世界』も高くなる。でも3月中に年間予約すると一年分今までの値段で契約できますよ」と将棋連盟のサイトで知り、毎月書店で手にするのにも独特のたのしみがあり、すこし迷ったのだが、やってみた。消費税アップ前にまとめ買いなんてなにもしなかった。増税を意識してやったたったひとつのことになる。



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 毎年2月号は決着した竜王戦特集。写真は今年2014年の2月号。渡辺の十連覇を阻止して森内が奪還したところ。もともと森内から奪って始まった渡辺の連覇だったから、きっちりケリをつけたことで、好ましい形だった。
 が、たった一年で糸谷に取られてしまった。2015年2月号の表紙はもちろん糸谷。特集も大々的に竜王戦のこと。ま、それはみなさんが読むこととして先を急ぐ。(ネットにはまだ来年2月号の画がないので引っ張ってこれない。私の手元に現物があるのだからスキャンして載せればいいのだが、そこまでして糸谷の顔を載せる気になれない。というようなことから、どうやら私は新竜王があまり好きではないらしい、と知る。やはりマナーのわるいひとは好きになれない。)



「羽生1300勝最速達成」を特集した記事がある。鈴木宏彦さんの犢柔瓩箸覆辰討い襦なぜ「文・鈴木宏彦」ではないのかちょっと不思議だ。たくさんの資料を編集部が用意して鈴木さんがまとめたってことか。この構成、というか鈴木さんの文章がとてもいい。 

 今まで1300勝を達成したのは、大山、中原、加藤のみ。羽生は4人目だ。大山が62歳、これまでの最速が中原で60歳、加藤は71歳なのに対して羽生は44歳。いかにすごいことか。
 最多勝記録は大山の1433勝。あと数年で羽生がこれを追いぬくのはまちがいない。

 が、私がこの鈴木さんの構成に感激したのは、大山の時代にきちんと触れ検証しているからだ。一見、驚嘆の最速記録を作った羽生を讃える記事だから、羽生讃歌になりがちだが、そうではないのである。「今と同じような時代だったら、大山は1700勝していただろう」とある。前前からそう思っていた。単純に比べられるものではない。そこに踏みこんでくれた。痺れた。すばらしい。



 その前に自分の将棋歴を書いておくと、私は、「大山対中原」の時代に将棋に夢中になった。並べ方もあそび方も小学三年生の頃から知っていた。いわゆる無筋の将棋をともだちとやっていたが、あれは将棋ではなかった。きちんと勉強して夢中になった大学生時代が将棋青春になる。「大山対中原」の時代だった。イコール「振り飛車対居飛車」である。
 大山さんの本も中原さんの本もずいぶんと買って勉強した。いまもある。しかし大山の凄味と深さは受けにあり、素人がわくわくするものとはちがっていた。むしろ彼の盤外戦術まで駆使する勝負師としての気魄は嫌いだった。それと、若い頃の大山さんはなんでもやったらしいが、私が知った頃はもう振り飛車ばかり。それも四間飛車がほとんどだった。守りの金が角頭の護衛に進出して行く6七金のような受けの妙手で玄人を唸らせるものの、素人にはあまりたのしい将棋ではなかった。

 こんなことを書いて行くとまた果てしなく長くなるので急いで結論を書くが、言いたいのは、私は大山さんの熱心なファンではなかったということである。でも何冊も著書を買っているからアンチでもない。升田ファンのアンチ大山は大山さんの本を買ったりはしない。アンチではないが、振り飛車なら大内さんのほうが好きだった。大内振り飛車はわかりやすくスマートでかっこよかった。大内さんの本もたくさんもっている。
 最高に衝撃を受けたのは光速の谷川であり、自分で創った定跡を自分で壊しに行くようなオールラウンダーの羽生将棋だった。大山さんの時代は新手は隠していて見せない時代である。大山は、「妙手を出して勝った四間飛車を、次の対戦では居飛車側を持ち、その妙手を自ら超えに行く」というようなことはしない。敵がそれを凌駕し、妙手が新手が通用しなくなるまで、それを使う。でもまあこれは常識だ。どんな棋士もそう。そんなことをする羽生が凄すぎるのである。だから羽生は将棋の求道者なのだ。対して大山は「勝負師」であろう。
 私は、「大の羽生ファン、大山将棋はむずかしくてよくわからん、あまり好きではない」という立場である。だからここに書くことは、大山ファンが「よくぞ大山先生の偉業に触れてくれた。羽生なんかより大山先生のほうがずっとすごいんだ」ではない。羽生ファンで、あまり大山将棋を好きではない私が、だからこそ「よくぞその視点で踏みこんでくれた」と感激しているのだ。



 羽生が最速で1000勝を達成し、タイトル獲得数で大山を抜き、大山の最多勝を抜くのも時間の問題のように讃えられるほどに「でも時代がちがうだろ」と強く思った。同じように語れるものではない。それは誰のファンかとはちがう客観的な視点になる。大山の全盛時に七冠があったら、大山は楽々とそれを達成していたろう。当時と今ではタイトルの数も対局数もちがう。大山は特別だ。69歳で亡くなるまでA級に在位し、53歳で56勝、66歳で24勝しているひとなのである。まさに衰え知らずの怪物である。

 図は、年度対局数と年間勝ち星のベスト10。ともに大山は入っていないがメンバーと時代を見れば理由は一目瞭然。大山全盛時にいまと同じ対局数があったら絶対に入っていた。

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 2月号の特集では、鈴木さんがきちんとそこに踏みこみ、大山の勝ち星は二十代の時より五十代のほうが多いこと等を検証している。これは大山の五十代が二十代の時より強い、とは意味あいがちがう。大山が二十代の頃は闘う場がすくなかったのである。当然ここから「もしも大山の二十代に今と同じぐらいの対局があったなら」となり、その假定から鈴木さんは「大山は1700勝していた」と推論する。強く納得する。激しく同意。2ちゃんねる風に言えばハゲ同である。

 結びは、「羽生もやがて通算勝率7割を切り」となり、「70歳まで現役なら1900勝が可能」「それでこそ真に偉大な羽生」としている。強い棋士が五十代半ばで一気に弱くなり凋落して行く姿をいくつも見てきた。中原も米長もそうだった。谷川は五十前に弱くなった。羽生はどうなるのだろう。そういうことを思うほどに、大山の偉大さを思い知る。



 と、どうでもいい自分のことを書いたりして多少よたよたしたが、言いたいのは、「『将棋世界』2月号の羽生1300勝を讃える記事は、きっちりと大山の凄味も検証していて、とても良く出来ている」という話。

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【追記】──私の大好きな羽生の記録──名誉NHK杯 ──2015/1/8

 これはサイトの将棋の項目にも何度か書いているのだが、羽生がNHK杯戦を10回優勝し、初の「名誉NHK杯選手権者」になったときはうれしかった。もしも大山さんが御存命だったとしても、これにはすなおにまいったしたはずである。

 NHK杯戦が始まったのは1951年(昭和26年)。ラジオ放送である。『将棋世界』で当時の写真を見たことがある。スタジオで指すのをラジオで実況するのだ。このとき参加者は8名。大山さんは前年に「九段戦──十段戦、竜王戦の前身」ですでに優勝し参加している。優勝者は木村名人。大山さんの初優勝は1954年。すでに肩書は名人になっている。翌年も優勝し、初の連覇を成し遂げる。

 最多勝に関しては「時代がちがう、対局数がちがう」と言える。しかしNHK杯戦はむかしからあった。今年で64回目のこの棋戦で、羽生が10回優勝なら、大山さんはここでも20回ぐらいしていなくてはならない。まして開始初期は8人だけの参加、それから16人の時期も長い。いまのような多人数のものではない。でも8回しかしていない(いやそれでも61歳でも優勝しているからとんでもなくすごいんだけど)。羽生の優勝10回はすべて予選制度も取りいれられた全員参加になってからのものである。より価値が高い。NHK杯戦のような早指しに関しては、確実に「羽生は大山より上」と言いきれるだろう。

 大山、中原と比して名人在位が短く、永世竜王もまだの羽生だが、この名誉NHK杯は、ほんとに自慢できるすばらしいものだ。それにしても「10回」とは、NHKもずいぶんと敷居を高くしたものだ。もしも5回なら、大山、加藤、中原が達成していて、羽生は4人目だった。いつまでたってもひとりも出ないことに、「ハードルを高くし過ぎたのではないか」なんて反省も内部にあったかもしれない。しかしそれを羽生は見事に飛びこえて見せた。しかも四連覇での達成である。予選からある早指しのトーナメント戦で四連覇は絶対的な偉業だ。早見え能力は齢とともに劣化すると言われるが、羽生にそれはないようである。現役でこれに続くのは、佐藤、森内の2回だから、「名誉NHK杯」こそ、羽生だけの唯一の冠になるような気がする。

将棋話──竜王戦2014第五局──歪んだ2三歩──知らんふりの糸谷、直した森内!?

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11手目。
角を交換する。糸谷の手が2三の歩に当たり、やや斜めを向いてしまったが、糸谷は気にするそぶりを見せない。

12手目。
森内は2三の歩を直さないまま2二の金を取る。早くも盤上の勝負以外での戦いが勃発した感じだ。

13手目。
糸谷は7七に銀を上がって湯呑みに手を伸ばす。果たして先に2三の歩に触るのはどちらだろうか。

14手目。
「直さない、直さないねー」と控室。また森内の顔は少し怒っているようにも見えると控室では言われているが、「ここまで来たら森内さんは直せないですね。問題は糸谷さんに直す気があるかどうか」と、対局以外のところでの雑談が始まった。

23手目。
禁断の地点と言われている2三を森内の手が通過し1筋に手を伸ばす。もちろん2三に触れるそぶりは見せない。森内にとって、そのときが来るのは△2四同歩、または△2四歩と応じるときのみとなりそうだ。

27手目。
着手後眼鏡を上げ、手のひらを顔にかざす糸谷。心優しい棋士だけに、「やってしまったなー」という思いはどこかにあるかもしれない。

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49手目。
時間を掛けずに穴熊に潜った。
「これはなんなんでしょうね。どうして考えずにさせるんだろう。これは仕掛けると思いますよ」(富岡八段)
対局開始から1時間が経過。ここで本局で初めて糸谷が席を立った。
ややあって森内が2三の歩を形よく直す。ここは森内が寛大な姿勢を取ってみせた。
糸谷が対局室に戻ってきた。もちろん2三の歩の直りには気付いているはずだが、気にする様子も見せず席に着いた。

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感想(続く) 

将棋話──王座戦第四局──羽生、危うし──時代は動くか!?

昨日の王座戦第四局は豊島が勝って、これで二勝二敗。
二連勝したときは羽生がすんなり防衛するものと思っていたので意外だった。羽生は敗れた若手を研究して膝下におく。豊島には初対戦から二連敗したが、それでマークする相手と認めたのだろう、そのあとは五連勝だ。これでもう豊島対策は完成したのかと思ったら、ここに来て二連敗。しかも二局とも完敗である。
豊島連勝の中身がいい。豊島断然有利の流れか。二十代棋士でタイトルを獲ったのは「森内から渡辺」の竜王戦の他に(だから森内が取りかえしたのはじつによい流れだ)広瀬の王位があるが、あれは深浦からだった。そして羽生に取りかえされている。だから広瀬は「羽生世代を切りくずした」とは言えない。今回豊島が羽生から奪ったら渡辺に続く快挙になる。そして豊島は渡辺よりもずっと下の世代だ。

豊島が羽生から王座を奪い、糸谷が森内から竜王を奪取するようなことになると、王者として君臨する羽生世代にも危機が訪れる。果たしてどうか。個人的には今年絶好調の羽生が再び七冠かと期待していたので竜王戦挑戦権がなくなった時点でかなり昂揚感低下というのが正直なところだ。私は8/15,9/2,9/8の「竜王戦挑戦者決定三番勝負」を観戦できない環境にいた。それが出来るようになったとき、いの一番に確かめたのはそれだった。羽生が挑戦者になり、森内から奪取し、永世竜王になる流れを期待していたので、あっけにとられる結果だった。糸谷にはわるいがまさかあそこで羽生が敗れるとは思わなかった。



四十代に入っても衰えのない羽生世代は最強だが、中原さんだって四十三のときに名人位を奪回している。あのとき中原さんは「同世代のひとに、すこしでも元気を与えられたら」のような言いかたをした。あれは感動的だった。谷川は加藤から名人位を奪ったときは「名人位を一年間あずからせていただきます」と謙虚だった。これで時代はもうもどらないと思ったが、中原は谷川から名人位を奪って復位する。もうそれはないと思っていたので、これだけで驚異だった。そしてそれをまた谷川が奪う。加藤の時には謙虚だった谷川だが、長年中原から取らねば意味がないと思っていたから、この時は自信をもって名人位に着いた。今度こそ完全に世代交代と思ったのに、もういちど中原さんが取りもどす。そのときに上記の名言が出た。あれはたしかに同世代に勇気と希望をあたえたろう。
逆に言うと光速流の谷川はかっこわるかった。時代が完全に羽生になってから、その羽生から名人位を奪って永世名人になる。それはそれで震災後の「復活」と絡んで感動的だった。そのときのことばは「自分は他の永世名人(木村、大山、中原)と比して時代を築いていないので」と、これまた謙虚だった。ここで復活して本当の自分の時代を築くという宣言だったが、それはならなかった。羽生世代の流れはすさまじかった。谷川の「他の永世名人と比して時代を築いていない」という自己反省は、イメージ的にはまことにその通りで、あれだけの衝撃をもって登場した谷川だけど、将棋史的には「中原時代と羽生時代の橋渡し」みたいな存在になっている。私が将棋に興味をもってから最も衝撃を受けた棋士は谷川だったからこんな言いかたはせつないが、しかし俯瞰してみると、「谷川時代」はそういうことになるだろう。しかしその「羽生世代」出現の芽を育てたのは「史上最年少名人」谷川の存在だから、そこのところでもっと評価されるか。時代で言うなら、四冠を保持し「世界で一番将棋が強い」と豪語した米長に「米長時代」はなかった。四冠でいばっても、所詮名人にはなれないひと、でしかなかったし、「おれのために出来たようなもの」と語った最高賞金の竜王戦でも、決定戦で島に4-0で敗れ、第一期竜王にはなれなかった。これまたあたらしい世代登場の引き立て役でしかない。もしも将棋史に「米長時代」があるとしたら、それは「会長時代」だろう。功罪半ばする迷会長だった。



あたらしい時代のたのしみを思いつつも、「羽生、防衛しろ」と思っている自分がいる。それはまだ豊島の個性が弱いからだ。入門のころから逸材と話題になり、加藤、谷川、羽生、渡辺に続く中学生棋士と期待された。それにたがわない活躍と出世をしてきたが、雰囲気が温厚だ。それはいい。好ましい。豊島の人柄は好ましい。しかし振り返ってみると、中学生棋士としてのし上がってきたころの羽生なんてほんとふてぶてしかった(笑)。あの「羽生睨み」は、気の強い生意気そうなこどもそのものだった。このひとはあがるにつれて顔が良くなった。地位はひとを作るんだな。あの「上座事件」のときは、羽生に対する熱意がだいぶ引いた。王者になるには、ああいう面も必要なのだろう。温厚なままでは豊島の時代は来ないのか。

羽生は昨年の王座戦も中村大地に逆転防衛したが、あれは中村2-1の流れから2-2に追いついての防衛だった。今回は2-0から2-2に追いつかれている。流れが違う。その前が6期連続の「3-0防衛」だから、去年今年と二十代若手にフルセットに持ちこまれているのは気になる。流れとしては豊島奪取だが、さてどうなるか。決戦は10月23日。

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【追記】──羽生、防衛!──10/23

 153手の熱戦。羽生が勝った。画は投了図。
 一日で決着のつく将棋はおもしろい。それをたのしめるインターネット時代のありがたさ。

 ここで「豊島王座、誕生!」のほうがよかったのだろうか。まだ「羽生世代時代」を見ていたい私は、防衛にほっとしているというのが本音だ。

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将棋話──勝率9割でも届かない1位の座──最強羽生の前に立ちはだかる巨大な壁

 今期、名人位を奪還し11戦全勝と絶好調の羽生善治。連勝は王位戦第一局で木村にとめられたが、昨日星を返し、ここまで14戦13勝1敗。勝率9割2分8厘。

 だが勝率は2位。これだけの数字を残しても上には上がいる。
 勝率1位を保持し続ける男、その名は淡路仁茂九段。あの「長手数の美学」「*三枚目の男」と言われた強豪である。一時期、羽生と淡路は勝率十割で並んでいた。羽生が脱落する。それをその後も安々と維持し続ける淡路の強さ。存在感。羽生の前にそびえ立つ長大な壁。すべての記録を塗りかえてきた勇者羽生が挑む最後の敵、最強のラスボス。
 果たして羽生に、淡路越えの日は来るのであろうか!?
 今期終了(来年3月末)までに、羽生は淡路を越えられるだろうか。ときめきがやまない。

awaji

* 将棋の棋譜記録は1枚で100手まで。通常長くても2枚以内に収まる。200手を越えることが多く、度々3枚目を必要とすることからついた淡路の異名。

 「狡梗蠖瑤糧学瓩辰討覆鵑覆鵑世蹐Δ諭単に決め手がないだけじゃん」と、そんな見出しの『近代将棋』を読みつつ白けていた頃に突如として登場するのが犖速の寄せ瓠あの感動は忘れない。

タバコ話──日本人男性の喫煙率34%──「平均」というマジック

 下の表は厚労省のサイトから引いた「日本人成人男性喫煙率」です。餘談ながら私は厚生労働省の通略である「厚労省」というのを初めて書いた気がします。Wikipediaによると2001年に厚生省と労働省を統合して誕生したそうですが、こんなところでも時計が止まっているんだなと感じました。そういや通商産業省、略して「通産省」もないのか、いまは経済産業省、経産省か。ま、関係ない世界だからどうでもいいや。

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 この表によると、最新の日本人の男の喫煙率は34%です。32%から盛りかえしているのが興味深いです。三人に一人、女は9%で十人に一人、となります。年度の推移、女性喫煙率の変化などもリンクしたサイトにありますので、興味のあるかたはクリックしてみてください。



 昨秋、肉体労働の現場に関わりました。なんともおどろいたのは喫煙率の高さです。そこで私の知りあった男は100人ぐらいでしたが、私以外にタバコを喫わなかったのは「元料理人」と「昨年大手術をしてドクターストップ」というふたりだけでした。喫煙率98%です。ドクターストップの男は吸いたくてたまらないのに吸えないのだから、ほんとうの非喫煙者は「元料理人」のひとりだけです。料理人は喫ってはならないと私は考えますので、また料理の世界にもどりたいと願っている彼が、離れているいまも決して吸わないのには好意を持ちました。女も5人ほど知りあいましたが全員喫っていました。喫煙率100%。男女ともかなりのヘビースモーカーで、暇さえあれば喫っていて、休憩とはイコール喫煙タイムでした。

 私の周囲には私も含め喫煙者が0なので、この100%におどろき、あらためて「平均34%」を厚労省サイトで確認した次第です。



 なにが言いたいかというと「平均」のことです。私は禁煙の流れから、平均34%は、そのままほんとうに平均34%なのだと思っていたのです。つまり、ガテン系(死語?)でも34%、ホワイトカラー(死語?)でも34%と、そんなものだと思っていました。ところが前者では100%です。重機を操作するひと、スコップをふるうひと、様々な職人、ダンプ運転手、誰もが全員喫います。後者はどうなのでしょう、私はもう長年そういう職場と無縁なのでわかりません。ふつうのサラリーマン、営業マンの喫煙率って今どれぐらいなんだろう。たしかなのは、100%の世界があるなら、これまた社員全員ほとんど喫わない世界もあるはずです。そうして平均3割なのですから。



 そういやむかしは、テレビの将棋対局でもタバコを喫っていました。喫わない棋士は煙くてイヤだろうなと思ったものです。大内九段なんかがスッパスッパ喫ってました。旧くは升田なんかも灰皿山盛りだったようですが、あれはタバコを喫うのがふつうの時代ですからね、すこしまたちがうと思います。早指し将棋戦での大内九段の喫煙は私にはイヤな風景でした。

 なぜ大内九段の名を出すかというと、たぶんこれはまちがいなく、大内九段は禁煙の流れに逆らい、テレビ対局で喫煙が可能だった時代、ぎりぎりまで喫煙したと思えるからです。あっと言う間にそれは減って行きました。中には愛煙家なのにテレビ対局のときは慎もうとした棋士もいたと思います。おそらく大内九段は「喫煙も文化」のような考えで最後まで突っ張ったのでしょう。

 いまは見かけないので、おそらく対局場での喫煙は禁止となり、盤を離れ別室で喫うのでしょう。この対局時の喫煙禁止は、タバコ嫌いの棋士から申しこみがあって、というのもあるかも知れませんが、私は「世間の禁煙の流れを考慮した」と解釈しています。テレビ局にタバコ嫌いの視聴者から抗議があったのかも知れません。でもそれ以前に棋士はサービス業ですから、世の中の流れを考慮して、視聴者を不快にする行為は控えようとなったのだと推測します。

 いま棋士の喫煙率はどれぐらいなのだろう。さわやかな若手棋士が喫煙するとは思えないのですが、松たか子がとんでもないヤニ中毒のように(最近禁煙したという噂があります)イメージではわかりません。自分の好きな棋士は非喫煙者であって欲しいと願うのですが、これは高望みかもしれません。すばらしい棋譜を見せてくれるなら、見えない部分でどれほどヤニ中毒であろうとそれはどうでもいいことです。



 私の周囲には喫煙者がひとりもいないということ、昨秋関わったそこでは100%だったこと、ここから推測するに、平均34%というのは、どの職場でも三人に一人が喫煙者なのではなく、ある職場では全員喫煙者、ある職場ではほとんど誰も喫わない、ということの平均なのでしょう。

 大きな職場で多くの男女に囲まれて、リアルに社会生活を送っているかたには、こういう「平均」は常識なのかも知れません。ふつうじゃない人生を生きてきたので、今回知ったことは、私には「驚愕の喫煙率の高さ」なのでした。(2013/1/10)

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【追記】──そして全員がパチンコ狂い

 彼らはみなパチンコ狂いでした。タバコを喫いながらの話題はパチンコばかり。「一昨日5万勝ったが昨日8万負けた」とか、そんなことばかり。まるでパチンコをやるために働いているかのよう。こういう肉体労働者が社会の根幹を支えているのだと彼らの真面目な働きっぷりに感動しつつ、でもその稼いだ金はぜんぶ朝鮮人パチンコ屋に吸いとられているのだなと複雑な思いがしたものでした。

 私はいまパチンコ関係馬主の馬を馬券対象にしないようにしていますが、景気のいいのは彼らばかり、名血の高額馬はみな彼らの所有です。当てたいと思ったら、これらを全部消すのには無理があります。意地を張って消してハズれてばかりはいられないので、彼らの馬が人気になるレースは買わないようにしています。イヤな時代です。

団鬼六評伝「赦す人」大崎善生著──感想

yurusuhito 元『将棋世界』編集長、現作家の大崎善生さんによる団鬼六評伝である。
 「小説新潮」で2011年4月号から連載が始まった。それはリアルタイムで読んだ。誰よりも団さんが読むのを楽しみにしていたという。第1回目を読んだとき、すでに団さんの具合が悪く、その楽しみを叶えるため、予定をすこし早めて連載を始めたような感を受けた。 
 第1回目、第2回目を読んだ団さんは「やっぱりおもろいなあ、おれの人生は」と笑顔で感想を語ったとか。だが、そのあと亡くなってしまう。 2011年5月6日。

 すばらしい将棋界の狠尭甅瓩世辰拭山口瞳なんてのが旦那の力量もなければ器でもないのに旦那のふりをしたがり、さらにはそれを商売の一ジャンルにもしようとしたのに対し、団さんはSM小説で稼いだ金を、将棋に棋士に湯水のごとく使ってくれた本物の旦那だった。

 楽しみにしていた大崎さんの連載だったが、団さんが亡くなってしまうと気落ちして、その後、読む気が失せてしまった。私は文藝春秋のような綜合誌はあれこれ買うが小説雑誌は買わない。2回読んだのも図書館でだった。それからは図書館に行っても手にすることがなくなった。それほど団さんの死は、病状からも覚悟していたことではあったが、気落ちするものだった。『将棋世界』でも追悼特集をしている。2011年7月号。今後も将棋連盟機関誌にここまで大きな訃報特集をされる作家はもういないだろう。頭抜けた実績である。団鬼六狠尭甅瓩将棋界にしてくださったことを思うと、ただの市井の一将棋ファンなのだが、首を垂れ、「ありがとうございました」と泣くだけである。
 話は飛ぶが、フランスやイタリアの絵画なんてのも、団さんみたいな貴族によって護られ、発展し、いま世界に冠たるものになっている。藝術とはそんなものだ。でも団さんは庶民から酷税で搾取した金を藝術家に払ったヨーロッパの貴族とはちがう。御自分で稼いだ金を棋士に、将棋界のために費やしたのだ。いやこんな言いかたは団さんに失礼だ、団さんには「費やす」なんて感覚はなかった。好きなものを好きなように応援しただけだ。だからこそ団さんは、昭和の、平成の、最後の本物の旦那だった。



 私はSMに興味がないので団さんのそちら方面の作品は読んだことがない。読んでいるのは将棋関係の文だけだ。それでも団さんが断筆宣言をするあたりのエピソードは痛いほどに胸を打つ。団さんのSMの舞台は和服が多いのだとか。サンスポに連載する作品のタイトルを「鴇色の蹴出し」とした。人力車から降りる芸子の裾が乱れ、鴇色の蹴出しがちらりと見えるときの色気という団さんの美学である。だがサンスポの担当者は「これでは読者は何の意味かわからない」と言い、彼の感覚で訳したタイトルが「ピンクの腰巻」だったとか。そりゃ断筆もしたくなる。

 やはり圧巻は「真剣師小池重明」に関する部分。なんともおもしろい。何度も読んでいる本なのに、裏話を聞くとまた読みたくなる。「将棋をこんなにおもしろく語れるのか」と当時感嘆したものだった。小池重明の異常な感覚に魅せられるのだが、それは何度も何度も迷惑を掛けられながらも面倒を見た団さんだから書けることだ。その迷惑を掛けられた相手を赦してしまうことが、タイトル「赦す人」になっている。

 団さんは、アマチュア将棋専門誌「将棋ジャーナル」を引き受け、巨額の赤字を出し、横浜の「鬼六御殿」を手放し、東京の借家に引っ越す。将棋に入れこんだためにすべてを失くしてしまった形だ。だがここからじわじわと「真剣師小池重明」が話題となり、売りあげを伸ばし、団さんに作家としてのあたらしい舞台を提供する。長年将棋のいい旦那だった団さんに、将棋が恩返しをしたのだ。



 先日新橋で編集者のSさんと飲んだ。Sさんは若い頃、数年間だが桃園書房に勤めていた。もしやと思って聞いてみると、横浜の(SM小説の印税で建てた、通称)鬼六御殿まで原稿を取りに行っていたとか。なんてうらやましい話だろう。
 団さんを偲んで話が弾んだ。当時25歳のSさんも、当時30歳の私も、団さんの将棋における貢献なんてわかっていない。いま55と60が、私利私慾とは無縁に、純粋に好きな将棋というものに億の金を注いだ趣味人に感謝する。うまい酒だった。お会いしたことのない団先生に献盃した。



 大崎さんの「団鬼六伝」は、私が読まなくなってからも連載は続き、2012年11月に単行本化されたらしい。忘れていた。早速購入した。
 この本の特徴は、著者大崎さんが、自分のことを語りつつ話を進めていることだ。団さんの「やまとちゃんによろしく」なんてことばも度々出て来る。大崎さんがかつて『将棋世界』編集長であり、奥さんが(女流将棋界には珍しいアイドルタレントもどきにかわいい)高橋和女流棋士であることを知っているひとにはより楽しめる。でも団さんのSM小説が好きであり、将棋を知らないひとが、作家団鬼六の評伝として手にしたら、すべてが将棋絡みであるし、著者が自分のことをやたら語るし、女房のことまで出てきたりして鼻白むかも知れない。私は逆に将棋ファンとして、将棋作家団鬼六の評伝(プラス大崎善生さんの自伝)として2倍楽しめた。



 ただ、正直に言うと、叮嚀な仕事をする大崎さんの本にしては、構成が粗いように感じる。
 毎月の連載をまとめたものだからしょうがないのだろうが、すこし「行きつ戻りつ」するのが目立つ。
 本来の大崎さんなら、それらを一度分解して、もういちど整理し直すように思う。団さんが亡くなった餘韻が残る内に出版したいと急がされたのだろうか。そこがすこし残念だ。しかし将棋ファンと鬼六ファンにはたまらない一冊である。
 時間がないので、ここまでにする。あとでまたあらためて書き足す。

訃報──「森田将棋」の森田さんは昨年亡くなっていた──「森田将棋」「AI将棋」「極」「激指」の思い出

将棋ソフト開発者の森田和郎さん、12年7月に死去
 
 森田和郎さん(もりた・かずろう=コンピューター将棋ソフト開発者)が2012年7月27日に死去していたことがわかった。57歳だった。葬儀は近親者で営まれた。

 富山市生まれ。将棋ソフトプログラマーの先駆者的存在で、1985年に発売された「森田将棋」シリーズはヒット商品になった。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0603/TKY201306030400.html 

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 マイナビの将棋ツイートで知った。今週号の「週刊将棋」に記事が載るらしい。
https://twitter.com/mynavi_shogi/status/340737463716806656

 しかし一年近くも前なのに、どうして今まで伏せられていたのだろう。弟の森田高さん(元国会議員)も有名人だし、ふつう伝わってくるけどなあ。不可解である。



 「森田将棋」の歴史。Wikipediaから。

morita













 1982年にNECのPC9800を買ったのが私の「PC事始め」である。明確な目的はなかった。まだ文章はシャープのワープロ『書院』で書いていた。『書院』の「1ファイル最大2万字」のリミットがじゃまになり、PCの『一太郎』に移るのはこの数年後だ。
 PCを買って自作曲を自動演奏させることを夢見ていた。当時から「音楽、グラフィックはMac」だったので、憧れていたが高くて手が出せなかった。あのとき無理をしてMacにしていたら、今ごろ私も口汚くWindowsを罵る雁屋哲や茂木健一郎になっていた。彼らを観ると、Macにしなくてよかったと心から思う。Macのどんな利点美点よりも、ああいう人間と同じでないことに安心する。所詮私のやりたい音楽なんてPC9800で充分だったし。

 PCはすでにあったが、この1985年の「森田将棋」はやっていない。私の「森田将棋」初体験は1987年のファミコン版になる。最初のソフトをやっていないことを残念に思うかというと、それはまったくない。むしろやっていたら「最低最悪のゴミだった」とここに悪口を書いていた。それほど当時のソフトはひどかった。これより後に市販された、これよりも確実に強かったはずの、コンピュータ将棋選手権で優勝した将棋ソフト「極」に悪い思い出しかないのだから、そうに決まっている。やらなくてよかったと思う。



 ここには載っていないが、スーファミ用の「森田の詰将棋」もあった。将棋は弱くて相手にならなかったが詰将棋は楽しめた。思えばあのころからPC、ゲーム機は詰将棋向きだった。

 このころの将棋ソフトのBGMには、尺八とか琴とか鹿威しの音とか「いかにも和風」なものが多く、14インチのテレビから流れでるチープなそれが物悲しく、音を消して遊んだことを思い出す。
 いろいろ買ったが20世紀の将棋ソフトは弱くて話にならなかった。まさかこんな時代が来るとは思わなかった。



 2003年に出たPS2用『激指2』が強く、それまでの将棋ソフトのイメージを一新した。私は一時、将棋ソフトに愛想を尽かして離れていたが、自分よりも強いソフトが出たので、またここからいろいろ買い始める。
 『激指』の強さは、古くからの「森田将棋」等のおなじみソフトを忘れ去ることでもあった。

moritashogi ここにあるソフト発売の流れからも、「森田将棋」が先駆者ではあったが、過去のソフトになっていたのが見える。
 2007年にDS用を出したのが実質的な最後になる。
 DSの将棋ソフトはすべて弱い。今の時代のソフトとは思えない。90年代のよう。将棋の強さがCPUに左右されることがよくわかる。



 ここのところ<AI将棋17>の「奨励会」で遊んでいる。9級から始めて(というか9級から始めねばならない)いま2級まで来た。ここまでは連戦連勝(笑)。あまりに弱い相手に王手飛車をかけて勝ってもつまらない。むかしの弱いソフトを思い出した。ちがうのは、むかしのソフトは本気でも弱かったのに対し、いまのこれは、強いコンピュータが「弱い設定」になっているだけだ。勝たせてもらってもうれしくない。

 いよいよこの辺から壁が立ちはだかる。なんとか初段にはなりたいものだ。三段で指していた新宿将棋センターの名誉のためにも。

 この「奨励会」は近年の『AI将棋』の売りらしい。昇級昇段の規定は本物の奨励会と同じであり、級差があると駒落ち戦もある。負けが続くと降級点もある。果たして四段になり待望の棋士になる日は来るのだろうか。ま、とにかくまずは初段目標。



 むかしから<AI将棋>のグラフィックがいちばん好きだった。いまもしっくりくる。嫌いなのは「東大将棋」。でもずいぶんとよくなった。むかしのはほんとにひどかった。
 これはちいさなことだが、毎日のように遊ぶものだからけっこう大きい。駒は錦旗か水無瀬にする。嫌いなのは一文字駒。

 そういえば、ATOKの辞書を30年ちかく育てているので、「えーあい」と打つと、『AI将棋2』『AI将棋3』とユーザー辞書から変換される。ここのところ遊び始めたので、<AI将棋17>は、いま辞書登録したところ。
 これはいつごろのソフトなのだろう。忘れてしまった。Win95のころか? 弱いソフトだったのはまちがいない。現物ももちろん持っていない。不要なものはソフトもOSもためらわず捨ててきた。本を捨てるときはかなりためらうのにPC系に未練がないのは、確実に古くなった不要なものだからだろう。7万円もしたインチキ翻訳ソフトを捨てるときは、さすがにすこし悔しかったし、このことを書くのはもうこのブログでも5回目になるが、「メモリ1メガ1万円の時代」に、DynaBookに8メガ8万円で増量するのは冒険だった。まあコンピュータそのものがそういう時代なのだから、ソフトが弱かったのもしょうがない。

 私は2003年に発売された「PS2の『激指2』に負けた」ことは死ぬまで忘れない。それだけ鮮烈な経験だった。始めて将棋ソフトに負けたのである。
 一方こういう記憶にないソフトもある。『AI将棋2』や『AI将棋3』はユーザー辞書登録してあるのだから、それなりに気に入ったソフトだったのだろう。完全に忘れていることがショックだ。



kiwame 好きなものばかりではなく、Win3.1の時の「極」のように、あまりにだらしないのでよく覚えているソフトもある。一手指すのに思考が画面に現れ、バーっと流れる。何時間も待たされる。そこまで考えて指した手が間抜けで弱い(笑)。でもあのころは最高峰だった。
 私はコンピュータ将棋ソフトは強くなるだろうと思っていたし、8ビットファミコンと16ビットのDynabook(38万円した)は値段からも桁違いだったから、この将棋ソフト最高峰の「極」には負けることを覚悟して購入した。その落胆は大きかった。

 強い2003年の『激指』とあまりにだらしない1991年の「極」は覚えているが、『AI将棋3』あたりは覚えていない。でも『AI将棋2』『AI将棋3』と辞書登録してあるってことは、私は2も3も買ったのだ。当時はそれなりに気に入っていたのだろう。辞書登録してあるのだから。
 いまWikipediaの『AI将棋』(YSSシステム)の項目を読んだのだが、どこにも『AI将棋2』『AI将棋3』のことは書いてない。

「極」は辞書登録してない。「きわめ」と読む。1991年秋、これをOS-Win3.1のDynabookに挿れて、タイのチェンマイの日本食堂でいじっていたら、将棋好きのひとが、「その爛乾瓩辰討篭いの?」と問うてきたのを思い出す。思考がバーっと画面に流れるから、コンピュータを知らないひとには、とんでもない未来の映像にように思えたらしい。「極」は後の「金沢将棋」である。



comshogi 左は1991年の第2回コンピュータ将棋選手権の参加ソフト。
 http://www.computer-shogi.org/wcsc/csc2.htmlより


「もりたしょうぎ」も辞書登録してなかった。つまりは『AI将棋2』ほどにも認めていなかったことになる。

「森田将棋」は、この「極」あたりが大活躍していた「コンピュータ将棋選手権」のころに、ずっと上位入賞をしていたと賞讃されている。しかしそれは黎明期であり、あの時代の将棋ソフトはどうしようもなかったから、先駆者ではあったが強くはなかった、となろう。結論として。



 いまの私はPC版「東大将棋無双供廚筺愀禹12』に歯が立たない。惨めで泣きそうになるので(笑)、やらない。PS2の『激指2』には四段設定でもなんとか勝てたが、Core i7 3770を4.3GhzにOCしているデスクトップ機の『激指12』では初段設定でも負けることが多い。相手は猊短悗鍬瓩任△襦1秒もかけずに指してくる。こちらも向きになって秒指しをすると、ミスが連続しあっと言う間に負ける。惨め。本気で将棋を辞めたくなる。
 たぶん、死に物狂いでやれば、私はまだ『激指12』の初段には勝てる。負け惜しみじゃなく。でも齢を取ってくるとその「死に物狂い」が出来ない。秒指しに秒指しで対抗し、優勢に進んでいたのに、終盤、角道に飛車を成り込んで素抜きされて投了したりしている。
 将棋の実力以前に精神力の問題だ。あらためて、69歳で生涯A級だった大山名人の偉大さ、というか異常さを思い知る。

 もう縁側で日向ぼっこしつつ、渋茶をすすりながら、升田大山の棋譜を並べて昭和を偲ぶ将棋ファンに撤しようかと思う。私は大野源一九段の振り飛車が好きだった。大野さんの棋譜でも並べて将棋ソフトとは縁を切ろうか。



geki12 ところで、将棋ソフトが強くなりすぎたことは、売りあげの面では問題なのではないだろうか。

 私は『激指』が好きなのでずっと買い続けているけど、『激指12』の売りである「七段の力を確かめろ」など遙か彼方の出来事であり、『激指7』の二段にすら勝てないのだから、12の七段などどうでもいいのである。
 つまり「新バージョンを買う必要がない」のだ。新バージョンを買う必要のあるひとがいるとしたら、それは「『激指10』にも『激指11』にも最強設定で勝った。さてさて、今度の『激指12』は、どれぐらい強くなったかな」というひとだけだろう。実際私は、将棋ソフトに全勝時代、今度のはどれぐらい強くなったろうと、あれこれ買いまくっていたわけだし。しかし今、こんな強い将棋ソフトに対し、そんな将棋ファンがどれぐらいいるだろう。いや、ひとりもいないのでは……。

 もう『激指』も今回の12で打ち止めにしよう。私が13以降を買うとしたら、この12の七段に勝ってからだ。そしてそれは「まずまちがいなく」永遠に来ない。

 プロよりも強くなってしまった将棋ソフトは、ある意味、商品としては終ってしまったとも言える。過日、ふつうのPCに挿れたふつうのこの『激指』に、プロが負けた話を見かけた。じゃ私の場合、「まずまちがいなく」じゃなく「絶対」だな。



 四段ならぬ餘談。若いファンには知らないひともいるようだが「銀星将棋」は北朝鮮人が開発し販売しているものである。コンピュータ将棋選手権に突如参戦してきたときは不思議な感慨を持った。なぜ北朝鮮が将棋ソフトなのだろうと。(このころはこの名は名乗っていない。この名は商品化してからである。)

 私も持っているのだが、あまりグラフィックが好きではないのでやっていない。パチンコや焼き肉屋と同じく、これの儲けも北朝鮮に送金されているのだろうかと考えると複雑な思いがする。パチンコもやらないし焼肉も食わないけど、銀星将棋を買ったことは北朝鮮送金に荷担しているのだろうか。
 そういうこともあって辞書登録していない。いちいち「ぎん」「ほし」と変換して「ぎんせいしょうぎ」を出すので面倒だ。



 「森田将棋」の思い出を語るはずが、その他の将棋ソフト話になってしまった。「森田将棋」の思い出は、ファミコン時代の弱くてどうしようもなかった時代になってしまうからしかたない。でも森田さんのがんばりがあって道が開けたのは事実である。森田さんが「ファミコンやパソコンで将棋を遊べる」という道を開拓してくれた。
 というところでやっと「森田将棋」の思い出らしきものを思い出したので書いておこう。

 北海道で馬産をしている友人の息子は、小学生時代にファミコンの「森田将棋」で将棋を覚えた。ファミコンに勝てるようになって自信をもった彼は、父親が将棋を指せないこともあって、遊びに行った私に、将棋を指せるかと問い、挑んで来た。小遣いで盤と駒を揃えていた。ファミコンに連戦連勝し、自分を無敵だと思っていた彼は、何度やっても私に勝てないことに、ものすごいショックを受けていた(笑)。

 それは、おとなになってからこどもと遊んだことのない私にも興味深い体験だった。
 こどもだから攻め駒を集中して攻めてくる。でもそれは防御が手薄になることだ。そこを突くと簡単に勝ってしまう。それと、2の攻めを2で受けると、攻めきれない。そのためには3の攻めが必要だ。それも3で受けると攻めきれない。彼はその数の論理がわからない。こどもってこんなものかと思った。ファミコンにも友だちにもこの戦法で勝てるのに、なぜおじさんには勝てないのだろうと真剣に悩んでいた。懐かしい。その彼ももう三十半ばだ。

 森田さんは偉大な先駆者だった。ご冥福をお祈りします。

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【追記】──『将棋世界』7月号に特集されていました──6/5

shogisekai20137 私は毎月『将棋世界』は発売日の3日に購入するのですが、今月は今日5日になってしまいました。するとそこに詳細な「森田さん追悼の記事」がありました。「柿木将棋」の柿木さんを始め、森田さんと親しかったかたたちの座談会形式を、田名後編集長がまとめる形で4ページもの特集でした。『将棋世界』で4ページの追悼記事というのは凄いことだと思います。森田さんは棋士じゃないですし。

 森田さんは自分のソフトの内部を公開しました。この追悼座談会で瀧澤教授のおっしゃっている
「アイデアをオープンにするという森田さんの姿勢は、柿木さんや山下さん(YSS─AI将棋)、鶴岡さん(『激指』)、保木さん(ボナンザ)らに受け継がれています。だからこそ、ここまで急速に将棋プログラムが進歩できたのだと言えますね」
 は、森田さんへの最高の賛辞でしょう。天国の森田さんもニッコリしたと思います。 



 私は、1年近く前にお亡くなりになっていたことを将棋関係のツイートで知り、おどろき、知らないかたが多いだろうと、情報提供のつもりで上記のへたくそな文を急いで書きました。たしかにその時には、意外なニュースという感じがありました。でも専門誌がきちんと追悼座談会を組むぐらい知られた情報だったのですね。冷や汗ものです。

 本来ならこの【追記】だけにして上記の文は削除したいところですが、身勝手な思い出を書いた文も、これはこれで森田さんへの感謝になるかと思い、赤面しつつ残すことにします。 

ブログ話──ブログパーツ「人気記事」を削除──メール返事をまだ書いてないかたへお詫びをかねて


 きのう、ここ半年ほど右側の欄に表示していた「ブログパーツ人気記事」を削除しました。以下、本人にしか関係のないどうでもいい話なのですが、備忘録のつもりで書いておきます。


 このライブドアブログのブログパーツというのに、アクセス数を統計して読者の多い順に並べてくれる「人気記事」というものがあると知り、設置したのは去年の11月でした。と書くと覚えているようですが、記憶はいいかげんで、いま調べてわかったのですが。
 この「ブログパーツ人気記事」は、どういうアクセス数で順位を決めるのか設定が出来るのでした。私は最もオーソドックスらしい「当日+6日」というのを選びました。一週間の統計ですね。

 なんということなく始めた思いつきだったのですが、1ヵ月後にうれしいことに出逢います。


 
 ずいぶんと前に書いた文が、どなたかによって引っ張りだされ、「人気記事」にランクインするのは、とてもうれしいことでした。
 それまでにも自分のブログの「人気記事」は確認できました。ブログ文を書くホームにそれが表示されています。だいたいにおいて「人気記事」の上位になるのは、高名な政治家のこととか世間的な事件とか、タイトルが耳目を集めるものでした。まあ、そりゃ当然ですね。見知らぬひとはみな検索で来るのですから。
 その順位は、綜合的なアクセス数と同時に、どの記事にアクセスが集中しているか表示されているのでわかります。何を書けばアクセスが増えるかもわかっています。目立たないよう、なるべくそんなネタは書かないようにしています。

 しかしその「人気順位」で確認できるのは「上位5つ」だけなのですね。大雑把でした。そこに表示される上位5つはさんざん見なれたそういうテーマのものばかりでしたから、その「人気記事」の順位は、私には興味のないことでした。
 ところが思いつきでやったこの「ブログパーツ人気記事」というのは、それとはちがい20位まで出ます。すると、19位あたりに、「いつ書いたかはもう忘れたけど、心を込めて書いたもの。地味なテーマだけど自分でも気に入っている文」がランクインしているのです。あれはうれしかった。いま思い出してもほのぼのとします。


 このままその「ほのぼのとした気持ち」を書いていたら果てしなく長くなるので先を急ぎます。この辺のことは右の「カテゴリー別アーカイブ」の「ブログ」にまとめてありますので、興味のあるかたは(そんなひとはいないと思うけど)読んでください。
 
 そのうれしかったことに「将棋ネタがランクイン」がありました。それはNHK杯戦の羽生対山崎のことを書いた「ひさびさに見た才能の将棋」というものでした。これがランクインしたことがきっかけで、次々と将棋文章がほじくりだされ、ランクインします。
 このブログの中でも不人気のコンテンツである「将棋」が次々とランクインすることがうれしく、思わず私は「もう将棋専用ブログにしようか」などとはしゃいで書いています。 

 そこに世間的にも大きな話題となった「電王戦」が開催されます。これのすばらしい点は、ニコ生による完全中継があったことと、全5戦が「毎週土曜日」と決まっていたことでしょう。他の棋戦は、日附も曜日も様々です。全国を転戦します。それと比すと、この「毎週土曜日」は強烈でした。定期番組を見るように「毎週土曜日」を待つことが出来ます。そして、朝に始まり、夜には決着する一日制です。毎週40万人ものひとが視聴し、私もそれを見ては感想を書きました。

※ 

 ここまできて「ブログパーツ人気記事を削除した理由」にやっとたどり着きます。今までは長い前振りでした。ここからが本題。
 
 電王戦の影響により、私の人気記事20の内のほとんどが「将棋文」になってしまいました。冗談で言った「将棋専用ブログにしようか」がほんとに実現してしまったことになります。
 それは冗談ではあれそう望んでいたのだからうれしいことではありますが、同時にまた様々なことを書いているのに、将棋だけがずらりと並ぶのは、実現したらしたで、ものさびしいことでもありました。 

 まあ一過性のものであり、電王戦の昂揚感が治まるとともにまたもとのように戻るとは思いますが、ともあれ、いつしか「人気記事20」の内、14を将棋記事が占めるようになったので、「ブログパーツ人気記事」を削除することにしました。1が2になり、4になり、8になりと増えて来ました。このままだとまず間違いなく18ぐらいまではゆくでしょう。それはあまりかっこいいものではありません。将棋好き以外は引いてしまう光景です。


 ブログの人気記事が将棋ばかりになり、「人気記事ランキング」は意味がないから削除した、が表の理由なら、裏の理由はたくさんのメールをもらったことになります。

 電王戦による将棋記事の人気上昇で、かつてないほど多くのメールをもらいました。私は戴いたメールには必ず返事を書くことを旨としています。さらに、待たせることなく、その日のうちに返事を書くことを心懸けています。見知らぬひとに思いきってメールを書いたら、誰だって返事が気になると思うからです。
 しかし今回の電王戦ブームによるメールは多すぎました。いまだ返事を書いてないかたが何十人もいる状態です。

 と、もらったメールに返事を書いてないひとが何十人もいるという無礼を平然と書くと人間性を疑われそうですが、一応最低限の礼儀は護っています。メールを戴いたその日に「必ずきちんとした返事を書きます。いま時間がありません。もうすこしお待ちください」という返事はすぐに全員に書いているからです。私はそういうことに関して極めて誠実な人間です(笑)。
 
 そしてまた趣旨として、私は「長文のメールをくれたかたには、それを越える長文のメールで返事する」を心懸けています。私を褒めてくれたかたにはその倍褒め返すことにしています。当然ですがわざわざ書いてくれるメールは褒めてくれるものばかりですから、褒め返しもたいへんです(笑)。その自分に課したノルマがあまりにきつく、毎日ひとつひとつせっせとこなしてきましたが、未だ何十人ものひとに返事が滞ることになってしまいました。かつてないことなのでかなり焦っています。


 将棋好きというのは知性的なかたが多いのか、じつにもうすばらしい内容の長文メールが多く、そのテーマに完璧に応えるには、いまの私には時間が足りません。
 
 たとえば「ゴキゲン中飛車と超速3七銀」に凝っているひとが、自分の意見を書き、私の意見を求めてきます。しかし私の対中飛車戦法は「4六金戦法」ですからねえ(笑)。今どきもう加藤一二三九段でも指さないという。そんな戦法、メールをくれた若いひとは知りません。
 
 せっかく意見を求めてくれたのだから、私の考えを書きます。でもそこに行くまでに、話の流れとして「4六金戦法」のことも書かねばなりません。当然私の対振り飛車の主要戦法である、これまた今じゃ古色蒼然の「5七銀左」にも触れねばなりません。するともう毎日メールの返事書きばかりになってしまいます。しかもそれなりに高度な将棋論の展開ですから気を抜けません。そしてそれを気に入ったかたはすぐに次のメールをくれます。これも充実しているので返事を書かねばなりません。

 ふと、いま思ったのですが、「私の将棋戦法史」のようなのを書いておき、貼りつけるようにするといいかもしれません。あるいはそれをブログにアップしておき、そこを読んでくださいにするのもいいかも。でも、自分のへたくそな将棋の戦法変遷史を書くってのも問題あるか。ブログには出来ない。サイトにまとめておくか。
 とにかくひとりひとり、相手の趣味に合わせてこちらの事情を説明するのはたいへんでした。 

 このまま「人気記事」に電王戦関係の将棋ネタがずらりと並び、将棋専用ブログとして、これからも多くの将棋ファンにメールをもらい続けたら、私の生活は破綻してしまいそうです。返事を書かねばならないからです。「もらったメールにはきちんと返事を書く」というのは、私のひととしての基本姿勢です。返事を書かないことは、返事の来ないひとも不快でしょうが、私にも「おれはまだあの人に返事を書いていない」と四六時中自分を責めたてるつらいことでもあります。


 というわけで、「ブログパーツ人気記事」を削除したのは、将棋に偏ったブログの形をすこし直すこと、将棋ファンから戴くメールを減らすこと、が目的です。「ブログパーツ人気記事」がなくなれば、このブログでいま圧倒的人気を集めているのが将棋ネタだというのが隠れますから、自然にメールを戴く機会も減ると思っています。メールというのは、もらって返事を書いて、それで終りではありません。そこから延々と続いて行くものです。もう限界になってしまいました。

 キャパで言うなら、私のメル友容量は20人程度です。なにしろ長文のやりとりですから、これでもう精一杯です。それがいきなり100人ぐらいに増えたのですから悲鳴も挙がります。
 TopPageでお断りしてあるように、私は正体不明のメールは読みません。読まずにすべて削除します。一々そんなものまで読んでいたら身が持ちません。それでいてこれだけの数ですから、いかに礼儀正しい正規のメールが多かったことか。

※ 

 こんなどうでもいいこと、内輪話をなぜ書いたかというと、昨日「ブログパーツ人気記事」を削除したら、早くももう今日、「なにがあったのですか」と複数のかたからメールをもらったからです。これは早く書かねばと焦りました。理由は以上のようなことになります。

 あらためて、まだ返事を書いていないかた、もうすこしお待ちください。必ず書きます。

将棋話──渡辺竜王が棋聖戦挑戦者に!──史上初、三冠同士の戦い

いま、棋聖戦挑戦者決定戦で、渡辺竜王が郷田九段を破って挑戦者となった。
これで6月には、「渡辺竜王三冠と羽生三冠」の闘いが実現する。三冠を保持しているふたりが対戦するのは史上初になる。

羽生はいま名人戦を闘っている。ここまで0勝2敗。今年度の成績は0勝3敗。勝率0。
名人位を奪取したら、「羽生名人四冠」と「渡辺竜王三冠」の闘いとなる。
羽生が名人奪取に失敗しても、「三冠対三冠」の闘いになる。

羽生が棋聖位を防衛しても、三冠と三冠は同じであり、棋界最高位の竜王を保持する渡辺が上。
渡辺が奪取すると「渡辺竜王四冠」と「羽生二冠」になり、完全な渡辺時代の到来となる。
渡辺が年齢的にまだまだ上昇傾向にあるのに対し、羽生世代は四十代の落ち目だからきつい。

だからまあなんというか、気分的に「郷田がんばれ」の気分でいたが、いまの渡辺の勢いはもう誰にもとめられないようだ。
「郷田がんばれ」の気分ではいたが、棋聖戦が渡辺挑戦のほうが盛り上がるのは言うまでもない。
そもそも「郷田がんばれ。郷田が挑戦者のほうが羽生は楽だ」というようなのは真のファンの応援のしかたではない。

棋聖戦が楽しみになった。 
このごろ二日制のタイトル戦がまだるっこくなってきた。一日目が平穏すぎる。
棋聖戦は一日制だから、その日の内に決着がつく。
初戦は6月4日か。 楽しみだ。

そのあとの宝塚記念では、オルフェーヴル、ジェンティルドンナ、ゴールドシップが対戦する。
楽しみな6月である。 

将棋話──将棋専用ツイッターアカウントを作ってみました

Shogi.gif 先日Hさんが、屋敷九段や田中寅彦九段のツイッターアカウントを教えてくれ、「観戦の時にこれを見ると楽しめますよ」とアドバイスしてくれた。

 前々からいくつかの将棋関係はフォーローしていたのだが、本来のツイッターアカウントでは、熱心な政治ネタツイートのあいだに埋もれてしまって見辛い。 

 それで、「将棋専用ツイッターアカウントを作ればいいのか!?」と思いついた。フォローするのもそっち方面ばかりで、流れてくるツイートも全部将棋ネタである。こりゃいいやと、そんなことを思いついた自分に感動した(笑)。
ネット世界に詳しい人なら誰でも思いつくし、やっていることなのだろうが、そうじゃない私は、そんなことを思いついた自分を誉めてやりたい気分だった。



 ということで昨日、作ってみた。まったく別物として作るのか、moneslifeの延長としてやるのか迷ったが、ごくふつうにmoneslife-Shogiとした。

 あくまでも観戦用アカウントであり、将棋ネタで思うことがあったらここに書くし、つぶやくこともないと思うが、一応作ったのでご報告。



 今日は女流王位戦第1局である。里見香奈女流王位VS甲斐智美女流四段。いま棋譜中継を見ている。去年、甲斐から里見が奪い、今年は甲斐が挑戦者。 
 ツイッターに、将棋mobileのTwitter解説というのが流れてきて便利だ。 

 私は、 男の全七冠制覇はもうないと思うが、女の全六冠制覇は大いにあり得ると思っている。もちろんそれを成し遂げるのは里見だ。

 王位を防衛して四冠保持。マイナビ女王はいま2連勝中だから奪取するだろう。それで五冠。
 残るは加藤桃子の保持する女流王座だけである。これも挑戦者になったら、現在の奨励会での里見と加藤の成績を比べたら、加藤があぶないだろう。まずは王座戦の挑戦者になれるかどうかだ。

将棋話──サンスポ「甘口辛口・今村忠」のつまらん電王戦感想──知らないのだから書くな、書くならすこしは勉強しろ!

 サンスポの「甘口辛口」というのに、じつにくだらん文章があった。書いているのは今村忠というひと。

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●棋士側に意味を感じないコンピュータソフトとの対局

2013.4.22 06:41 [甘口辛口]
 1秒間に2億5千万手を読む将棋のコンピューターソフトにトップ棋士の一人、三浦弘行八段が負けた。5人のプロ棋士が5種類の将棋ソフトと対戦した団体戦「第2回将棋電王戦」の最終局。三浦八段の負けで棋士側は1勝3敗1分けで終わった。「プロは強い」と絶対視されていた棋士にとって、これ以上の屈辱はないだろう。

 将棋は概して好手を指した方が勝つというより、悪手を指した方が負けるといわれる。人間同士では相手が悪手を指すと喜びすぎて自分も悪手で返し、負けることもあるからだ。ところがソフトは悪手を指すと、容赦なく正確無比に突いてくる。そこには人対人での駆け引きなどは存在しない。

 電王戦は持ち時間が各4時間だった。「持ち時間10秒のような早指しになると差は歴然。なにしろ向こうは10秒では25億手読むことになる。人間はせいぜい本筋を含めて、2〜3手がやっとだから…」とある高段棋士は苦笑いした。反対にソフト開発者は「既にソフトは名人を超えた」と、自信たっぷりという。

 コンピューター将棋が強いのはよくわかったが、この対局が棋士側にとって何の意味があったのか。負けによってプロとしての存在意義が薄れたといわれても仕方ない。好対照の棋風でファンを沸かせた大山康晴vs升田幸三のように、人間力や個性のぶつかり合いで将棋の面白さを広めることに専念すべきではないか。
 コンピューターには他に人間を超えてほしいものが沢山ある。たとえば「くるぞ、くるぞ」といわれる大地震はいつどこにくるのか。予知となると人間は無力だ。1秒間に2億5千万手の読みこそ、そうした人の命に関わることに生かしてもらいたい。(今村忠)

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 こういう薄っぺらで無内容な文章って、一読するだけですべてが見える。
 この今村ってひとは、将棋もコンピュータも知らない。電王戦は、いわゆる「旬の話題」として取りあげているだけだ。よくいるコンピュータを知らないおっさんらしく、それふうに人間側の肩を持った文を書いただけである。
 コンピュータに対する基礎知識として「1秒間に2億5千万手を読む将棋のコンピューターソフト」を強調する。数字のマジックによるこけおどしである。そしてまた「大山、升田」なんて名前を出す。「古くからの智識があるんだぞ!」という外連である。しかしこのひと、大山升田に関してもまともなことは語れないだろう。一瞬で判る。

 そして結びはだれもが興味を持っている「地震予知」に繋げる。いかにも、な結び。それでコラム、いっちょ上がり。なんとも安易な姿勢が見えて、将棋好きとしても、コンピュータ好きとしても、次の地震を案じる日本人としても、たまらん気持ちになる。これが日本の「コラムニスト」の現状だ。



 コンピュータを知らないひとの顕著な特徴は、知らないから嫌っているのだが、同時にコンピュータに異様な恐怖心をもっていることだ。ある種、誰よりもコンピュータを崇拝していると言える(笑)。「スイッチポンで、あっと言う間に、凄いことを何でもやってしまう」のように思いこんでいる。コンピュータは、人間がひとつひとつプログラミングしないと何もしない、出来ない。

 先程、YouTubeで「ほこたて」を見た。「最新シュレッダーで断裁した絵葉書文章を、スキャンし、結合するプログラムで読めるところまで復元できるか」という闘い。コンピュータ側はアメリカのプログラマー軍団。絵葉書の断片をスキャンし、読み取り結合を始めるところからはコンピュータの出番だが、その前は、鼻息で吹き飛ばさないようマスクをした人間が、細いピンセットで断片をひとつずつスキャナーで読み取らせる手作業だ。コンピュータを嫌い、やたら怖れ、一方で意味なく崇拝する連中は、ここの流れがわかっていない。

 将棋ソフトも、人間が作りだした過去の棋譜を読みこんで学習する。プロ棋士にとってコンピュータとの闘いは、機械との闘いではなく、過去に自分達が紡ぎだしたものとの闘いでもある。



 こういうコラムをしたり顔で書くひとは、ニコ生中継を見ながら、将棋ファンがどんなに熱狂したかなんてわかりゃしない。塚田にもらい泣きした気持ちなんかわからない。
 わからないのは、彼らに無縁の世界なのだからそれでいいけれど、わからないくせにわかったふうなことを書くからたちがわるい。棋士にもコンピュータソフト開発者にも将棋ファンにも失礼だ。その「失礼」の感覚が缺落している。「紙メディア」でのマスコミ意見だから粋がっている。ふんぞりかえっている。自分の滑稽さに気づいていない。上半身は正装して立派だがズボンを履き忘れている。ついでにパンツも。

 サンスポを毎日購入していたころから、つまらんコラムだなあと読みたくないのに目を通しては惘れていた。いまだにこんなことを書いているのか。どうしてこんなものが続いているのだろう。サンスポに自浄作用はないのか。

「読みたくないのに目を通して」いたのは私が活字ケチだからである。せっかく買ったものだからと、やりもしない競艇やインチキ競馬予想会社の広告まで、そこにある活字全部を読んでしまう。それでもさすがに最後のころはこのコラムとエロ記事は読まなくなっていた。



 しかしまたよくできたもので、世の中にはこういうのを好むひともいる。この今村というのと同じようなひとだ。将棋も知らない、コンピュータもいじれない、でもニュースで「将棋のプロ棋士がコンピュータに負けた」らしいと一行ニュースとして知る。そしてこういうコラムの「1秒間に2億5千万手!」というこけおどし数字に反応する。それがもう罠に落ちていることなんだけど。
 期待通りに、このコラムのように、「それがなんだってんだ、コンピュータにはもっとやるべきことがあるだろう」のような「わかったふうの」意見を言う。まあそんなひともいて世の中、動いているわけだが……。



 第五局が終り、電王戦総括としての記者会見。
「時間の関係で、最後の質問にさせていただきます」に手を上げ、質問したのは産經新聞のフジタというひとだった。
 質問内容は「(ニコ生を)どれぐらいの人数が見たのか教えてくれ。一日でもいいし、総数でもいいし」

 そんなことすら知らないなら記者会見に来るな。最終戦第五局の取材に来るなら、第一局から第四局まで調べてくるのが記者の基本だろう。それらはすべてニコ生で見られるようになっている。ニコ生を一度も見たことすらない門外漢なのが丸わかりだ。それが日本のマスコミか。
 なんだか虚しくなるような最後の質問だった。

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【追記】──2ちゃんねるにスレがありました 20:17

●2ちゃんねるの「甘口辛口」のスレ

 2ちゃんねるにこの件に関するスレが立っていました。
 総じて、真っ当な批判が多く安心しました。日本人はまだまともなようです。
 もちろんこのコラムを賞讃している意見もありました。

 最後の「こいつらって、コンピュータに命令すればなんでも出来ると思ってるじゃねーの?」に強く同意します。
 知らないんだから書くな、書くならすこしは勉強しろと言いたくなります。



36 :名無しさん@恐縮です [↓] :2013/04/22(月) 10:41:37.69 ID:yD+smNTp0
負けた途端今までが無意味みたいな意見言い出すのはバカすぎねえか?

棋士のレベルも半端無いから2013年まで勝てなかったんだろ。俺が相手なら
20年前のPCでもコンピューターの勝利だわ。



39 :名無しさん@恐縮です [↓] :2013/04/22(月) 10:42:34.18 ID:Dhenj3Le0
>存在意義が薄れたといわれても仕方ない

馬鹿の筆頭
これがマスゴミか 



52 :名無しさん@恐縮です [] :2013/04/22(月) 10:46:41.00 ID:Ws9NvrKoP
こいつらって、コンピュータに命令すればなんでも出来ると思ってるじゃねーの?

二億通り以上の先手を作り出すアーキテクチャは人間が考えてんだよ

地震予測をやれ?
だれがその元となるアーキテクトを創るのですか?

一見無意味とも思える将棋プログラムがその肥やしにもなるのですよ?

将棋話──電王戦第五局──声優・岡本信彦の将棋実力──本物を見ると気分がいい

Shogi.gif もうひとつHさんのメールから。
 声優岡本信彦さんのこと。
 私もこのひとのことを書こうと思っていたので、いいタイミングで触れてもらいました。



okamoto2












> いままでコンピュータソフトは、棋士の過去の定跡から戦法を構築して行くので、新手、新定跡とは無縁、創りだすのは無理

一方で、こちらこそ純然たる新手、新構想といえるかもしれないのは、gps将棋が突いた矢倉の端歩△1四歩ではないでしょうか。

この歩は端攻めされる恐れがあるので突いてはいけない、というのが定説でしたし、ニコニコ生放送の大盤解説でも、ゲストの声優の岡本信彦が指摘していました。

小学生時代は研修会にいて将棋連盟の道場で三段、橋本八段に飛車落ちで勝ったことのある、かなりの指し手です。こういう人が、ニコニコ動画というメディアをハブにして「アニメ」と「将棋」を繋ぐとすれば、ニコニコに進出した甲斐があったと思います。
ただ、大島麻衣に厳しい指摘をされる結城さまですから、もしかすると評価はされないのかもしれませんが。




 私はこのひとをまったく知りませんでした。今風のさわやか青年がゲストとして登場したとき、だいじょぶかと案じました。

 【芸スポ萬金譚】につるの剛士のことを書いています。この時点では彼の将棋好きに感心していたのですが、あの「将棋検定テスト」の時、いつだっけ、あれ、森内名人も受験したヤツ、え〜と、忘れた、調べる、ああ去年の10月か、あれの簡単なやつをスタジオでやったら、「次の三人の内、名人位をいちばん多く獲得しているのは? 1.羽生、2.中原、3.大山」で、羽生を選んでハズれているのを見て、「こいつ、ほんとに将棋好きなのか!?」と急に疑問に思いました。彼が彼なりに将棋好きなのはまちがいないのでしょうが、でも将棋好きと、そういう無知が同時に存在しているのですね。だけどこれはちょっとお粗末です。

 「社長島耕作に少年編が」には、「アメトークの島耕作特集に疑問」を附記しました。島耕作大好きだという芸人が集まってそれらしいトークをするのですが、30そこそこの連中の知識は浅く、見ているのがつらくなりました。

 そういうことをさんざん経験してきているので、私は、この青年(そのときには名前も覚えていません)に懐疑的でした。「将棋、だいすきなんですぅ」なんて女が登場して、口先だけでうんざりしたなんてことは多々あります。



okamoto













 でも嬉しい誤算、本物でした。
 Hさんと同じく、矢倉で、後手からの1四歩にすぐ反応し、指摘した時点で、「あ、これは強い人だ」とわかりました。その後の意見もすべて見事でした。

 そのときに、「あとでこのことをブログに書こう」と思ったのですが、彼のことをなにも知らないので戸惑っていました。知らない人のことだから「あの青年は本物だ」としか書けません。
 今回Hさんから「小学生時代は研修会にいて将棋連盟の道場で三段、橋本八段に飛車落ちで勝ったことのある、かなりの指し手」との情報をもらいました。研修会にいた本物なのですか。そりゃ指摘のセンスもいいはずですね。

 「大島麻衣の競馬」は、知らないのに知ったかぶりするから、タレント売り出しの戦略としてまちがいではないのか、につきます。もう一歩かしこいと、引くこともできるのでしょうが。
 その点、岡本さんは本当に棋力があるから本物です。

 岡本さんが、声優という仕事と、かつてはプロを目指した本格派の将棋好きということを、うまく両立させ、絡めて、ふくらませ、大きく成長することを、心から願っています。

将棋話──電王戦第五局──7五歩からの仕掛けは新手ではなかった!

Shogi.gif ニコ生で電王戦第五局を再生しながら書いています。10時間39分の中継をもういちど見られるのだから贅沢です。ニコ生に頭があがらん。

denou5-7  この局面。
 詰めろ詰めろで迫ってくるGPS。

 なんとか振りほどこうとするのですが、解けません。

 解説の屋敷と矢内も懸命に考えるのですが脱出口が見えません。沈痛な雰囲気になってきました。

 胃が痛くなる場面です。しかも相手は矢倉の堅城で手つかず。三浦八段が顔を真っ赤にして苦しんでいます。

 私はこのあたり、リアルタイムで見ていませんでした。いま「タイムシフト再生」というこれで見て、三浦と一緒に苦しんでいるところです。



 Hさんがまたすごいことを教えてくれました。Hさんと同じぐらい詳しいひとはもうご存知でしょうが、私レベルのひとには驚愕情報だと思うので、紹介させてもらいます。
 あの「7五歩」からの仕掛け、勝又や渡辺竜王が「新手」と言った手に前例があったというのです。
 以下、Hさんのメールからの引用です。

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> 7五歩からGPS将棋が仕掛けたところ。勝又によると新手だという。新手で三浦を撃沈したのだ。

このくだりですが、おそらく屋敷伸之九段だろうと言われている匿名のTwitterアカウントの@itumonhttps://twitter.com/itumon が、非常によく似た実戦例が1982年に存在していた、と教えてくれました。
しかもそれが、この日将棋会館にいた、電王戦出場者の塚田泰明と、開催に関与した連盟の理事の田中寅彦の対局というのだから、真部一男の幻の4二角と大内延介の局にこそ劣りますが、なかなかの因縁でしょうか。

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@shogishogi ありました!1982年の全日本プロの▲塚田四段ー△田中寅彦六段がこの仕掛けですね。(塚田先生が先手なので)▲3五歩△同歩▲2六銀△3六歩▲3五銀△4五歩と進んでいますね。本当にありがとうございます!

https://twitter.com/itumon/status/325653845457911808

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このアカウントが屋敷ということは一度も明言されていないのですが、タイトル棋戦を リアルタイムで解説するときの分析の深さと鋭さが並大抵ではないこと、屋敷が対局のときや大盤解説などのときはツイートがないことから、ほぼ屋敷で間違いないだろうと言われてます。あまりTwitterは活用されていないと書かれているのを拝見しましたがタイトル戦のときなどはこちらのアカウントをフォローされておられるとより楽しみが増えるのではないかと。

勝又がこの棋譜を見つけられず、渡辺も初めてだと言ったのは無理もないかと思います。


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 ふうむ。もう溜め息しか出ません。そうなのですか。コアな情報をありがとうございました。31年前の棋譜ですものねえ。さすがの勝又教授も気づきませんでしたか。お化け屋敷はそんな活動をしているのですか。なぜ正体を隠しているのでしょう。

 Twitterは「あまり活用していない」どころか今はまったくやっていません。起きている間中、絶え間なく呟き続けている<きっこさん>のようなひとを見ると、狂人としか思えませんし、サラリーマンやOLが仕事の合間に、あれこれ思いつくことを呟いているのを見ると、気味が悪くなります。あれに中毒したら黙ってはいられなくなるのではないでしょうか。ツイッターで知りあったひとでまともなひとを知りません。

でも、こういう話を聞くと見直します。とはいえ私のフォローしているのは政治関係のかたばかりで、将棋関係をフォローしても、めちゃくちゃ活動的なそのひとたちの発言の中に埋もれてしまいます。いまも橋本八段とかいくつかフォローしてますが、埋もれてしまって見にくいです。

 そうか、将棋情報を得るためだけの将棋専門アカウントを作ればいいのか。なるほど、Twitterというのはそういうふうに使い分けるものなのですね。早速いまからやってみます。

将棋話──電王戦第四局、第五局に【追記】──メールをくれたHさんに感謝を込めて──「名人戦」のことを書いた夜

 コンピュータ将棋にとても詳しいHさんが、長文のメールでご意見をよせてくださり、私の観戦記の勘違い等を指摘してくれました。

電王戦第五局「GPS将棋、三浦八段に勝つ」

電王戦第四局「塚田八段対Puella α 持将棋」

 修正部分を下部に*マークで追記しました。

 Hさん、ありがとうございました。また何か気づいた点がありましたら教えてください。感謝しています。

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●仕事に対する私の基本姿勢──将棋、放送、競馬、その他あれこれ

 私は、マイナーではあるけれど、良質の仕事をこつこつとこなしてきたと自負しています。
 私と感覚のちがう同業者は、「おれは来た仕事は断らない。それがポリシーだ」と言っていました。依頼があった仕事は絶対に断らないというのです。どんな仕事も受けるのだから収入にはなるでしょうが、ずいぶんと質の悪いいいかげんなこともしていました。いわゆる団塊の世代というのは、最高最悪の競争社会を生き抜いてきたので、仕事を断ったら他人に取られる、二度と発注が来ないかも知れないという恐怖を抱き、注文を断れないようです。そのことにより、ろくに知らない内容の仕事でも、来たら全部受けてしまうのでしょう。井崎さんとか石川さんはこのタイプですね。上記のその理由をご自分たちで口にしています。



 ベビーブーマーの正しい意味を知らないひとは、なんでもかんでもおっさんを狠腸瑤寮ぢ絖瓩砲靴討靴泙い泙垢、私は正しい意味で団塊の世代ではありません。それは正真正銘の団塊の世代である兄と比べるとよくわかります。5歳上の兄と私では中学校のクラスの数が倍もちがいました。当然競争の限度がちがいます。兄のときは一組50人以上で12クラスもありました。私の時は40人で6クラスです。半分以下です。それほどちがうのです。ベビーブーマーとは、あの第二次世界大戦が産んだ異常な世界でした。兄の世代は先生に対して「ハイ! ハイ!」と積極的に手を挙げないと、永遠に指名されない(覚えてもらえない)世界です。目立ち根性がちがいます。私のときは、手を挙げなくてもふつうに順番で指名されてしまう世界でした。そして今その田舎は過疎になり、一年生と二年生が一緒に学ぶ「複式学級」とかいうのになっています。併せても20人もいない世界です。兄の世代と複式学級では、同じ学校でも全然ちがいます。団塊の世代のああいうひとりひとりの存在感が薄くなってしまう競争社会に生きてきたひとは発想がちがいます。何を考えるにしても段階の世代は独特の発想をします。そういう競争社会に生きてきたからでしょう。たとえば「カンナオト」なんてひとの目立ちたがり根性が典型です。私からすると「来た仕事はどんな内容でも必ず受ける」という発想は理解し難いものになります。

 私は彼らとは逆に仕事を選びに選び、納得できる数少ないものだけを受けてきました。「やっつけ仕事」をしたことは一度もありません。それは私の誇りです。後々恥じることのない仕事をするのが私の基本でした。



 将棋では、むかし「月刊プレイボーイ」から、本来それを書くはずだった弦巻というカメラマンが締切を守らず、ぎりぎりになって書けないと逃げてしまい、そこが白紙になってしまいそうだから助けてくれと編集者から電話が来たことがありました。電話が来たのが夜の9時、ぎりぎりで印刷所に放り込む締め切り時間は明日の朝の6時だとか。

 親しい編集者ではありませんでした。弦巻というひとが、ぎりぎりで行方不明になったため、錯乱状態に陥り、知り合いのライターに片っ端から頼んだけど全員断られ、そのときなぜか私が将棋好きだったことを思い出し、もしかしたら書けるのではないかと、わらにもすがる思いで電話してきたようでした。

 テーマは谷川が新名人になり「あたらしい時代が到来した」ことを、歴代の名人戦を振り返りつつ書くというものでした。書けるか書けないか一瞬考え、書けると判断し、受けました。ひどいものを書いて後々まで悔やむようになる可能性もありましたが、義を見てせざるは勇なきなりと、なぜかそのときは思いました。

 そのとき私が相手に出した条件は、「ワープロのシャープの書院を用意しておいてくれ」だけでした。使い慣れた書院を用意してもらえばなんとかなるはずです。逆に、それがないと量的に手書きでは自信がありません。まだPCではなく「書院」で書いている時代でした。私のは、固定型の大型のタイプだったので持参するわけには行かず、「用意してくれ」と頼んだのですが、今は、ユーザー辞書の入っている自分のワープロをタクシーで運べばよかったのだと気づきます。そのときは思いつきませんでした。けっこう私もテンパっていたのでしょう。

 あちらから用意できそうだと返事があった後、編集部に駆けつけ、会議室の中で、一切の資料もないまま、徹夜で、なんとか6時直前に書きあげました。4ページ用で原稿用紙換算20枚ほどでした。きつかったです。
 谷川が中原から名人位を奪った時期のことでした。テーマもそれです。大山から中原、そして谷川と、自分でもあれこれ想うことがあったので書けた原稿でした。谷川が初めて名人になり、あの名台詞「名人を一年預からせて頂きます」の時ではありません。あれは加藤一二三から奪取した時です。
 中原から奪い、「中原さんに勝って初めて名人」と思っていた谷川が、真の谷川時代に向かって歩き始める時です。(でも中原さんは、谷川からまた取りもどします。驚異でした。感動しました。)

 一晩で仕上げたのですから、何十回も読み直して推敲するのが常の私の仕事としては、時間的に一種のやっつけ仕事になりますが、出来上がったものに関しては今も自信を持っています。
 落ちるかもしれないと覚悟していたのをぎりぎりで助けてくれたとたいそう喜んでもらい、編集長までニコニコ顔で出てきて、握手をして(笑)、その場でギャラの20万をくれました。ギャラのことは聞かずに受けました。いわゆる「とっぱらい」で、後に源泉徴収も来なかったように記憶しています。一晩で20万だといい仕事のようですが、当時の私は馬券狂なので、その週にすぐに溶かしてしまいました。

 弦巻さんというひとは、将棋関係では高名なカメラマンらしく、そのときカメラマンを飛びこえて、さらに「エッセイスト」としてデビューしようと思ったようです。でも現実にはまったく書けず逃げ出しました。いまも名物カメラマンらしく、大言壮語しているのをたまに将棋雑誌で見かけますが、迷惑を掛けられた私は好印象をもっていません。逃げた詫びもありませんでした。積み重ねてきた将棋愛があったから、水準以上のものを書けたと思っていますが、へたをしたら、唯一の、今も恥じる、やっつけ仕事になるところでした。

 前記、「今も自信を持っています」にはすこしウソがあるかもしれません。後々後悔と羞恥で身悶えするようなひどいものを出さなかったというだけで、三日あったらもっといいものが書けたし、一ヶ月前に正規の注文を受けていたら、どんなにいいものが書けただろうとは思います。だから、やっぱり、これはこれで私の「将棋関係唯一のやっつけ仕事」なのかも知れません。



 放送関係は学生時代から親しくしてもらっているM先輩がディレクトする仕事をやってきました。これもM先輩という仕事に厳しいすばらしいかたがいたからやったのであり、手を広げませんでした。心優しいM先輩は、自分にもっと力があったら、私にももっともっといろんな仕事を廻して遣れたのにとおっしゃってくれたことがありましたが、私はM先輩以外のディレクターと仕事をする気はありませんでした。自分から世界を縮めているようですが、後々恥じない仕事をするためには、己の力に応じた、こういう縮めかたも必要と思っています。



 競馬では、この20年を振り返ると、ずっとYさんという名編集者に支えられてきたのだと、あらためて気づきます。
 理科大院卒のYさんは、理系独自の厳しさで、情というか乗りで書く私の文章を、上手に諌めてくれます。Yさんの指摘により、私は脱線した部分を修正し、飛びだしたよけいな枝葉を剪定します。結果としてこの20年、私とYさんのタッグで創りだしたそれは、どこに出しても自慢できるだけのものであったと自信を持っています。昨年の仕事など、たった4枚を書くのに、どれほど多くの資料を読んだ(読まされた)ことか(笑)。

 今春、移動でYさんは私の担当ではなくなってしまいました。今更ながらYさんの世話になっていた自分に気づき、とても心細い心境で仕事をする春です。



 Hさんも理系のかたなのでしょうか。私の脱線した部分を適確に指摘してくださるメールを読んで、私の缺けている部分を補ってくれる感覚に、Yさんとの仕事をなつかしく思い出しました。
 Hさんがコンピュータ将棋に興味をもったのは「渡辺対ボナンザ戦」からだとか。そのあとの集中しての取り組みかたと系統だった智識は、やはり理系の智性を感じます。
 私も一応理系崩れ(笑)で、数学大好きであり、いわゆる「国語英語が大得意。数学物理はチンプンカンプン」というタイプではないのですが、大ざっぱな自分を反省するたび、本物の理系のきちんとした感覚のかたはすごいなと感嘆します。

 Hさんは今回あらたに知りあったかたではありません。もうずいぶんと前から、気づいたことがあると指摘してくれます。ありがたい存在です。今回のメールはひさしぶりでした。

 今日も雨。
 ひさびさに「インターネットもいいもんだ」と思える朝になりました。多謝。

将棋話──電王戦第五局──GPS将棋、A級三浦八段に完勝!──歴史的変革の日

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小雨の日、GPS将棋が、現役A級三浦八段に、矢倉で完勝した。今年1月12日、A級順位戦で羽生のA級21連勝を止めた三浦である。1996年、無敵の羽生七冠から棋聖位を奪い、七冠を崩壊させた、あの俊英の三浦である。そのことにより、「電波少年」で、松本明子にアポなし押し掛け交際を迫られ、「最初はお友だちから」と応じていた、あの三浦である。それが木っ端微塵にされた。
(写真は朝の10時40分。観戦者は56000人)



佐藤四段の和服が気合なら、*1カジュアルなセーター姿での対局は、これはこれで三浦の対局に臨む姿勢だったのだろう。かなり意図的だったと思われる。おまえごときに正装はしないという。
(いま18時50分からの記者会見では、背広を着てきた。)



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この勝利の価値は大きい。現役A級の三浦からの完勝なのだ。奇策ではない。三浦得意の矢倉なのだ。しかも7筋からGPS将棋が仕掛けての完勝である。残り時間は三浦が1分。コンピュータは1時間53分。
コンピュータ側の3勝1敗1引き分けだが、実質4勝である。
Puella αの伊藤が言うように、もう最強の将棋ソフトは「名人より強い」と言えるだろう。
森内名人がGPS将棋に勝てるイメージが湧かない。

電王戦は来年からどうなるのだろう。
今年、もう、それなりに、いや、それなりに、じゃないか、結論は出た。



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今日もなぜか無料会員なのに追いだされずに最後まで見られた。いま観客は441413人。
将棋の歴史が変る日に立ちあえた幸運に感謝する。

「禁断の扉を開けた」とは、こんなときに使うのだろう。
パンドラの匣に希望は潜んでいない。

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【追記】──将棋の美学 19:12

いま会見をやっている。
金子さんとおっしゃるGPS開発者のかたは、謙虚で気持ちいい人だな。感心した。将棋はこうでなくちゃ。
将棋の美は、礼儀にある。
勝敗が決したとき、「負けました」と頭を下げた敗者に、勝者は決して居丈高に口を利いたりはしない。敗者が平静になり、ことばを搾りだすまで、沈黙して、待つ。
それが将棋の美学だ。

私が『月下の棋士』を嫌いなのは、基本として、筋そのものがけったいなものだからだが、この美学がない作品であることによる。年輩者に対する口のきき方も出来ず、室内でもいつも野球帽を被り、正座もしない無礼な少年には、いくら将棋が強かったとしても、将棋を語る資格はない。やたらこの作品を誉めるひとがいるが、この考えは変らない。連載中は毎週スピリッツで読んでいたし、単行本もまとめて読破しているが、変らない。不快になる。嫌いだ。ごく一部では「あれを見て将棋を始めたこどもは態度が悪い」という批判もあるようだ。これはまたあとで書こう。

Puella αの開発者が嫌われる理由も、その辺にあろう。
それにしてもせつない。どうしてこんなにかなしいんだろう。

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【追記.2】──記者会見を見て 20:05──観戦者は47万人

全員揃っての記者会見。勝者のコンピュータ側が、みな謙虚だったのが清々しい。
Puella α伊藤だけがニヤニヤしていた(右から2番目)が、しかし彼の予言通りの結果になった。コンピュータ側の完勝なのだ、それは許される。

*2昨年の世界コンピュータ将棋選手権で、全勝のGPS将棋に唯一黒星を点けたのが、前年度の優勝ソフトボンクラーズの改良型Puella αだった。
いま思うのは、結びの一番で三浦を破るのがPuella αでなくてよかったということだ。それどころかPuella αは塚田に持将棋に持ちこまれ、五局のなかでいちばんつまらない将棋を指している(指させられた)。伊藤は「ふつうの将棋を指したかった」と不満を述べていた。「つまらない将棋だった」と言い、それは棋士に対して失礼ではないかと週刊誌にも取りあげられていた。大一番で目立ちたかった伊藤をそこに追い遣った塚田は、やはり殊勲なのだ。
もっとも、大賞の三浦を破るのがPuella αであり、伊藤が「Puella αは名人を越えた。来年は名人か竜王とやりたい」なんて豪語するのも、憎々しいラスボスとして、物語としてはおもしろいかも知れないけど……。



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六本木でMCの矢内も、今日の敗戦はいつになく悔しそうだった。A級三浦が勝って、2勝2敗1引き分けは、みんなの願いだった。
会見での谷川会長も悲痛な顔をしていた。

画像は7五歩からGPS将棋が仕掛けたところ。勝又によると新手だという。新手で三浦を撃沈したのだ。
いままでコンピュータソフトは、棋士の過去の定跡から戦法を構築して行くので、新手、新定跡とは無縁、創りだすのは無理、と言われてきた。そうじゃないことを証明した。すばらしい。



ニコ生のコメントで新鮮だったのは、「初めて見ましたが」と、将棋を全然知らないひとが、かなりの数、見ていたことだ。
将棋を知らないひとたちにも大きなアピールをした「電王戦」だった。
これは「将棋」というテーブルゲームにおいて、日本将棋連盟にとって、プラスになったのだろうか。
私のように落ちこんでいるものだけではなく、これがひとつのブームとなり、日本のこどもたちがもっともっと将棋を始めてくれるなら、それはとても寿ぐことだ。

でも、毎度言うことだが、これから将棋を覚えるひとにとって、パソコンでもゲーム機でも、将棋ソフトってのは「自分より強いもの」なんだな。なら十数年以上将棋ソフトに負けなしだった私は、そんな時代にいられたことを喜ぶべきなのか……。



たとえばそれは、息子に関して、抱きあげて遊び、肩車した記憶があるようなものだ。いま息子は自分より大きくなったけど、それはそれで成長の楽しみだ。息子のほうにも、かつては見あげていた大きなお父さんが、いまは自分よりちいさいというのは、それはそれで感慨だろう。

しかしこれから将棋ソフトで将棋をするひとは、最初から見あげるような大巨人と戦うことから始まる。どんなに努力しても(そりゃ強さはいじれるけど、最強設定では)勝てない相手との遊びになる。父と息子で言うなら、こどもは最初から自分よりも大きいのである。こどもに抱っこされることはあってもだっこすることはない。ここにおける意識の差はかなり大きい。

そうだな、私はファミコンの「森田将棋」、PSの「東大将棋」、PS2の『激指2』、パソコンの「極」から、「AI将棋」「東大将棋」「金沢将棋」、いまの『激指』「銀星将棋」まで、「かつては勝っていた。勝ちまくっていた」のだ。今は歯が立たないけど、その「かつて」を思い出に生きて行くか。息子は大巨人になってしまったけど、かつては私が肩車して遊んでやったのだ。



流れてきたコメントに「夢のような1ヵ月だった」とあった。
この5週間、私も楽しませてもらった。生中継ニコ生の価値は絶大だった。ニコ生あっての電王戦だった。
2ちゃんねるの「将棋板」には、「電王戦がおもしろすぎて他の棋戦がつまらない」との書きこみもあった。それもまた事実だ。私の中でも、この1ヵ月、名人戦より遥かに興味が強かった。将棋ソフトとともに、ニコ生もまた勝者である。

米長が生きていたら、どんなコメントを発したろう。どんなときでも凡庸な発言を嫌い、ひととは違う味を出して目立ったひとだから、また誰とも一味ちがう発言をしたことだろう。聞いてみたかった。この結果を見届けて欲しかった。あのPVが輝くのも、ラスボス伊藤の憎々しさと、やつれた米長がいるからなのだ。あらためてそう思う。

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H氏よりご指摘いただいての修正──4/20 6:06

*1──三浦八段は、ずっと背広(上着)を着ていて、セーター姿になったのは午後からだとのご指摘。小雨の降り続く、冬にもどったかのような寒い日だった。私も室内で秋物の薄地のジャケットを着た。
 三浦八段は、寒い日だったのでスーツの中に薄地のセーターを着て対局し、午後、暑くなったので上着を脱いだ=べつに意味はない、のではないかとのご意見。その通りでしょう。こちらで訂正し、本文はそのままにしておきます。

 じつは土曜日であり、競馬もやっていたので、一日中ニコ生にはりついていたわけではありません。短時間ながら外出もしています。観察不足でした。失礼しました。
 その裏には、「電王戦の中でも最高の話題となる第五局、A級三浦八段との闘いであり、視聴者が殺到し、もう昼前には無料会員は追いだされるだろう」との投げ遣りな気持ちがありました。最後まで見られたのは意外です。

「棋士のセーター姿」というのは、私はあまり記憶にありません。三つぞろいのベスト姿はけっこう見ていますが。とても新鮮な姿でした。真っ先に思いつくのは、「NHK杯戦にカラフルなもこもこセーター姿で登場して顰蹙を買った先崎」です。「そんなことに何の意味がある!」「目立ちたがり師匠の悪いところばかり真似して!」と糾弾されました(笑)。あれ以来テレビ棋戦でそんなことをする棋士はいないようです。

 でもそれは、私がむかしの「早指し将棋選手権」「NHK杯戦」ぐらいしか「映像」を知らないだけで、テレビ中継のない将棋会館での対局では「棋士のセーター姿」はごくふつうなのでしょう。先崎のようなのは特別としても、今回のように「寒い日に上着の中に薄地のセーターを着る。暑くなったので上着を脱いでセーター姿」というのはよくあることなのかもしれません。単に「私にとって棋士のセーター姿が新鮮だった」というそれだけの話ですね。すみません。



*2──昨年の世界コンピュータ将棋選手権で、全勝のGPS将棋に唯一黒星を点けたのが、前年度の優勝ソフトボンクラーズの改良型Puella αだった」に関して、Hさんは「私の棋力では、この将棋はGPS将棋が勝っていたのを、ソフト全体の弱点とされる入玉の対応を誤ってpuellaに負けた、と思っているのですが結城さまはどのようにお考えでしょうか」と問うてくださいました。

 おっしゃるとおりです。私も『将棋世界』でこれは見ています。今回の電王戦の前にも読み返したほどです。そこでの解説もHさんの言うように、「GPS将棋全勝優勝かと思われたら、最後の最後に思わぬ展開に」のようになっていたのを覚えています。
 全勝のGPS将棋に「入玉」問題で初黒星を点けたPuella αが、塚田に入玉から持将棋にされるという皮肉な展開になりました。Puella α伊藤の傲慢な態度が好きでない私(笑)は、詳しく触れませんでしたが、勝敗に関する見解はHさんと同じです。
 しかしこの入玉や点取りもコンピュータはすぐに改善するだろうし、鉄壁ですね。



 もうひとつ第四局の「コンピュータソフトは、古今の百人以上ものすぐれた棋士が心血注いで作りあげた定跡や戦法を全部身に着けているのだ」に関しても意見を戴きました。それは第四局のほうに【追記】したいと思います。
 Hさん、すばらしい内容の長文メールをありがとうございました。心から感謝します。

将棋話──電王戦第四局に【追記】──河口さんの観戦記を読んで知ったこと──投了の進言を拒んだ神谷

Shogi.gif「電王戦第四局──塚田対Puella α」に、「河口さんの観戦記を読んで感じたこと」を追記しました。

18日に公開されるというので待ちかねていた河口さんの観戦記がアップされたのは20日でした。知らないコンピュータ将棋の観戦記でご苦労されたのでしょう。期待にたがわぬ力作でした。

そこで、河口さんや先崎は、あの絶望的な状況(入玉は出来るが点数で負けることが確実)になったとき、塚田八段にもう投了した方がいいと進言するよう立ち合いの神谷七段に促したそうです。しかし神谷が断固としてそれを拒み、指し続けることを望みました。その結果あの「大逆転持将棋」が成立したのだと知りました。 

塚田と神谷は「花の55年組」です。同期生のあのあまりに惨めな状況に、それでも心中で逆転を願った神谷の気持ちが、あれを産んだのでしょう。
河口さんは、「あんな将棋は二度と見たくない」と言いきっています。
私もああいう将棋を見たいとは思いません。
しかしあれは、人間の意地が産んだ人間的なものでした。
しかしまたそれは、ニコ生の中継があったからこそ感動的なのであり、棋譜だけを見たら、じつにつまらんものでもあります。

さて、今日は、三浦八段の登場する第五局。
ニコ生の無料中継は無理でしょうから、またfc2経由で見せてもらえることを願う次第です。

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そろそろ、ほんとに有料会員になろうかな。有料会員になったら、私もfc2経由中継のような形でどなたかの役に立ちたい。でもその技術はない。パソコン歴30年自作歴15年でハードには詳しいけど、そっち方面の智識はまったくない。未だ動画のアップすらしたことがない。もっとも、したくても出来ないのではなく、したいと思ったことがないからやったことがなく、やりかたを知らないだけだ。必要になったら覚える。
あちこちの記事を寄せ集めた個人の出す「日刊新聞」てのがあるけど、あんなのってどうやって作るのだろう。想像すらつかない。あんなことに興味はないのでこれまたどうでもいいけど。ああいうことをしているひとのモチベーションてなんなのだろう。わからん。

ここのところ、自分の詩をIllustratorでデザインされて発刊されるパンフのデザインが気に入らないので、本気でPhotshopとIllustratorの勉強を始めた。いままで何度も挑戦しては挫折している。才覚がないのだろう。果たしてマスターできるだろうか。マスターして、自分の詩は自分でデザインしたい。
といって、假りにマスターできて、そんなものを作っても、自分だけの慰み物でしかないのだが。
それでも気に入った写真と自分の詩と自分のデザインなら満足は出来るだろう。でもなあ……。前途多難。 

将棋話──電王戦観戦記の感想記──第1局観戦記=すべりまくる夢枕獏

 電王戦の観戦記は第1局と第5局が夢枕獏。第2局が先崎八段、第3局が大崎善生、第4局が河口七段、ということらしい。いま第3局まで公開されている。河口さんのは4月18日公開だとか。

 以下、三局分の感想を述べる。意見が違い気分を害するかたもいるだろうことを予めお断りしておく。夢枕獏氏のファンは不快になるだろうから読まないでください。

Shogi.gif電王戦観戦記




 第1局の夢枕の観戦記がひどい。ニコ生のえらいひと(社長)とのやりとりから、初の観戦記を「やりましょう!」となり、社長のほうもネットだから紙数に制限はなく、「好きなだけ書いてください!」と盛りあがっての始まりらしい。まあそういう勢いはほのぼのとしていていいけれど……。

 この観戦記の感想をひとことで言うと「はしゃぎすぎ」である。あるいは「空回り」か。羽生を相手に名人戦防衛戦をやった米長が52歳と書いてあるが、正しくはまだ50歳と11カ月だろう。でもそんな細かいことはどうでもいい。後で直せる。しかし「空回り」という全体の空気は直せない。

 米長がボンクラーズに負けた「われ、敗れたり」を読んで「泣いた」という。信じがたい。あんなものを読んで泣くか。私は白けた気分で読了しただけだった。しかしその理由も読み進むとわかる。このひと、なにも知らないのだ。
 書きだしはこうなっている。



一局目と五局目を観戦して観戦記を書くのがぼくの役割であった。
 観戦を終えた時にはすでに原稿の構想はできあがっており、どう書くかという文体まで決めていたのだが、今日『われ敗れたり』を読んで、これまで考えていたことが、みんなぶっとんでしまったのである。
 白紙。
 まっしろ。
 その中で、ぼくが考えていたのは、この本を書いた米長邦雄のことを書かねばならないということであった。まず米長邦雄のことを書かねば、この稿を進めることができないと思ったのだ。
 おれはプロだよ。
 書くことのプロ。
 要求された枚数で、必要なこと、思ったことは書ける。
 だから、いきなり、この文章を普通の観戦記としてスタートさせることだってむろんできたのだが、この米長邦雄の本を読んだ時に。それができなくなってしまったのである。
 落涙。
 おれは泣いたよ。
 米長邦雄に泣いたのだ。




 これ、ここだけ読むといい話のようだけど、冷静に分析すると違う面が見える。
「今日、『われ、敗れたり』を読んだ」とある。1年前に出た電王戦に関するこの本を観戦記を書く今日まで読んでなかったのだ。観戦記を書くことになって急いで読んだらしい。するとそこには自分の知らない世界があり、感動したのだ。それでもって書く方向性を変更することにした、という。いい話のようでいて、じつは単に「おれ、将棋に熱心じゃないんだ」と告白しているにすぎない。私は1年前に発刊されてすぐ読んでいる。たいした中身の本ではないが、そういうタイミングで読むべきものだったとは言える。観戦記を書くぎりぎりまでそれすら読んだことがなかったということからも、夢枕の将棋に関する知識と熱意がどれほどのものかも見えてくる。ものすごく浅いのだ、感覚が。それは次の文章からも見える。



そもそも、将棋のプロ棋士というのは、とてつもない天才である。
 小学生の頃に、大人のアマチュア四段、五段と指して負けない。そういう少年が将棋の奨励会に入るのだ。
 能力のある者がない者が、どんぐりの背くらべをするのではない。
 子供の頃からの天才が、その天才を比べっこしているのが奨励会なのである。
 その中から、プロ棋士になるような人間は大天才であり、さらにA級の棋士ともなれば大大天才であり、名人位にある棋士は超大天才なのである。




 読んでいて恥ずかしくなる。天才、大天才、大大天才、超大天才だって(笑)。こどもかよ。まさか酔っ払って書いたとは思わないが、なんともお粗末な言語感覚だ。でも当人は棋士をこれで持ちあげているつもりなのだろう。
 将棋ファンとして棋士を天才と持ちあげられるのはうれしいが、ここまでことばに節操なく幼稚なこどものような言語感覚でもちあげられると、「バッカじゃねーの」と言いたくなる。ほんと、素面で書いたのだろうか?

 20年ほど前、私は競馬随筆で、「世を制するのは天才ではなく秀才だ」というような内容のものを書いたことがある。キャロットクラブの会報だった。
 その一部に升田、大山を引用し、「棋界に長く君臨したのは、天才型の升田ではなく、秀才タイプの大山だった」とし、その後、本来の趣旨である競馬に関し、「騎手の世界も、天下を制したのは、誰もが天才と呼んだ福永ではなく、秀才型の岡部であり武豊だった」と続く。高名な作家に無名ライターがケンカを売ったら嗤われるが、天才、大天才、大大天才、超大天才と天才を大安売りする彼より、升田大山という偉人を「天才と秀才」にする私の方が、日本語感覚としてまともだと自負する。



 と、ここまできて、先程からもやもやしていたモノの正体が見えた。この薄くて軽い味のない、ひとりで炎上している文を読んで、「何かに似ている」と思っていた。ターザン山本である。あのひとの軽薄な中身のない文とそっくりだ。やはりプロレスファンて通じる感覚があるのだろうか。もっとも山本さんは職業として選んだだけでプロレスは好きじゃないし、私は彼ら以上のプロレスファンである自信はあるが。

 しかしまあこのノリは、山本さんが知りもしない世界を知ったかぶりでしゃべるときの薄っぺらさとそっくりだ。たとえば山本さんが松任谷由実について書いたことがあった。音楽なんてなにも知らないひとだ。それが何かのきっかけでNHK朝の連ドラ「春よ、来い」の同名の主題歌を聴いた。彼女に関する知識はそれだけだ。すると、山本さんの表現で言う「スイッチが入った」になり、連綿とはしゃぎまくり知ったかぶりをしてスベりまくるのである。今回のこの観戦記がまったく同じだ。
 まあ夢枕氏は大山名人と駒落ち対局までしているらしいから将棋を知らないわけじゃない。でもかといってこのお粗末な観戦記を持ちあげる気にはなれない。やっぱり薄っぺらで軽い。



 それから今度は自作の「キマイラ」とかについて延々と語るのだが、こちらが読みたいのは「電王戦第1局の阿部光瑠四段がコンピュータソフト習甦に勝った話」なのであって、あんたの作品のことじゃないんだ。いやいや夢枕先生の大ファンにとっては、「キマイラ」について先生ご自身が語られるのが読めて最高かもしれない。でも夢枕ファンでもなく、「キマイラ」なんて知らない将棋ファンには、「電王戦観戦記でなにやってんだ、このひと?」というイタい話でしかない。



 細かいことで言うと、このひとは手書き原稿だそうで、原稿用紙に縦書きで書き、それをどなたかがネット用の横書き文章に直してアップしたらしい。高名な作家先生の文章だから原文を大事にする。そのことによって「一○○○万」というような私の大嫌いな表現が出ることになる。先生が書かれたものをそのまま写したのだろう。「一」は漢字。あとは○が三つである。「一千万」でもいいし、「1000万」でもいい。でもこんなのはヤだ。ま、これは私の好みの話だが。



 ネットなので紙数に制限がないというのも、このひとにはマイナスに出た。さすがに文筆業で喰っているのだから「10枚」と限られたなら、その中に必要最低限のことは書いたろう。そうすればコンパクトにまとまったはずだ。ところが制限がないから果てしなく脱線して行く。脱線したまま戻ってこない(笑)。行ったっきり垂れながしの無惨なものとなった。

 冒頭でこのひとは、

おれはプロだよ。
 書くことのプロ。
 要求された枚数で、必要なこと、思ったことは書ける。
 だから、いきなり、この文章を普通の観戦記としてスタートさせることだってむろんできた


 と書いている。「むろんできた」が、敢えて道を外したのだ。私は、要求された枚数で、必要なこと、思ったことを書いて、普通の観戦記にして欲しかった。道を外さなければ、もうすこしましなものが書けたろう。そうすりゃここまでわけのわからんものは出現しなかった。思うのはそれだけである。



 もしも本当に棋士を「天才」と思い、尊んでいるなら、この場では阿部光瑠四段の将棋を語らねばならない。なぜならここは「そういう場」だからだ。阿部光瑠四段がコンピュータソフトと対局し、血涙を振りしぼって創作した棋譜を語る場なのだ。

 そのことに「阿部四段が勝った」とだけしか触れず、自身の作品のことを延々と語るあなたは、いくら「超大天才」などと薄っぺらなことばで棋士を持ちあげても、とてもとても棋士を尊敬しているひととは思えない。あなたが真に尊び、酔っているのは自分自身だけなのだろう。ひとりで裸踊りをしてはしゃぎまくっているような、みっともない観戦記である。
 生きるということは恥を掻くことなのだと、あらためて感じさせられた観戦記もどきだった。こんなものは観戦記と認めない。



 米長は、名人挑戦者となったとき、アサヒシンブンの名人戦恒例となっていた山口瞳の観戦記を、「山口さんでは困る」と拒み、大揉めに揉めた。将棋界を「狂人部落」と呼んで悦に入っていたセンスの悪い、しかし世間的には高名な作家に対する、米長の聖域なき抵抗である。まさか(たかが)棋士が観戦記担当の作家を拒むなどという事態を想定していなかったアサヒシンブンは戸惑った。
 阿部光瑠の将棋には触れず、自著についての説明を延々とした夢枕の観戦記?に対し、天国の米長はどう感じたろう。(続く)

将棋話──電王戦第四局──塚田対Puella α──19:20、あと1点で持将棋!──河口さんの観戦記

 あの傲岸な伊藤のPuellaに勝って欲しい。塚田がんばれと思いつつ10時の開戦前からの観戦。

denou4-3 午後、塚田入玉模様になる。入玉はもう確実だ。しかし大駒4枚がPuella。これじゃ入玉しても点数で完敗だ。
 コンピュータの形勢判断は、コンピュータ2900ポイント有利。絶望的状況。かなしくなって離れた。



 かなしいけれど、とりあえず塚田の敗戦を確認しようと18時過ぎに繋ぐと、相入玉模様から、塚田も大駒を取りもどし、1点勝負になっていた。なにがどうなったのか。まさかここまで盛りかえすとは。塚田の根性だ。
 なぜか知らんが、この時間になっても追いだされることなく、ミラーサイトではなくニコ生で見られる。325806人も見ているのに。ありがたい。




 点取り勝負で、「もしかしたら塚田が持将棋に持ちこめるかも」という形。勝ちはない。ベストで引き分けだ。
 延々と続く相入玉の将棋。短絡にと金を作り続けるコンピュータソフト。缺陥か!?
 木村の絶妙の解説に会場から笑いが起きる。いつもとはちがう風景。
 どうやらPuellaは持将棋の点数計算が苦手のようだ。
 点取り合戦になったら、手持ちの駒でのと金作りより、取られる可能性のある盤上の歩を勧めてと金になるのが常法なのだが。

 さて、塚田、持将棋に持ちこめるか。あと1点だ。盤面右端の歩三枚の内、一枚を取れば24点に達する。がんばれ。(19:20) 



 19:31、塚田のと金が歩を取って24点になった。これで相手が持将棋の申しこみを受ければ持将棋が成立する。会場から拍手が沸く。 

 19:38、持将棋成立。会場から大拍手。引き分けではあるが、 塚田、よくがんばった!(島崎三歩風に)

 しかしこれ、持将棋の点数計算の弱さ(金銀も歩も同じ1点)という缺点を突いたものであるのも確か。それをソフト側が今度修正してきたら……。

 さらにまた、持将棋の申しこみをコンピュータが受けず、千手二千手三千手と指し続けたら、人間は体力が切れて倒れる。時間切れでコンピュータが勝つ。

denou4














 対局の間でのインタビュウ。
 奇妙な決着、珍妙な勝負に、立会人の神谷が笑い続けている。

 1986年、塚田が前人未到の22連勝を達成する。それまでの記録は有吉の20連勝だった。誰も越えられないと言われたその記録を越えたのが、同時期に連勝をしていた神谷だった。「花の55年組」の同期生である。その年、神谷が達成した28連勝を越えるのは不可能と言われている。ちなみに羽生の連勝記録も22である。

 絶対的劣勢の場面、投了を考えた瞬間はあったかと問われ、塚田が声を詰まらせ、ハンカチで涙を拭う。

 機械との闘い、負けられない人間の誇り。チーム対抗戦。1勝2敗を受けての第4戦。最年長。
 残酷でもある。胸が熱くなった。
 笑いに満ちていた雰囲気が一転してウェットになる。

 塚田が一番強かった二十代、王座の頃から知っている。中原さんから奪った。
「塚田スペシャル」が吹き荒れたころ。

 今回最年長、50歳近くなってのこの場への登場はつらかったろう。
 事前予想で確実に勝つと思われていたのが船江なら、最も不安だったのが塚田だ。
 その船江が負けた後を受けての一戦。
 絶望的状況から、ほんとによくがんばった。



 来週は第五局、最終戦。A級三浦の闘い。相手はモンスターマシンGPS将棋。700台以上を繋いでくる。
 三浦のプレッシャーも半端ではなかろう。
 がんばれ、人間!

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【追記】

 いま20:50。
 20時10分から記者会見があった。立会人の神谷が、塚田と35年のつきあいがあるが、初めて涙を見たと語っていた。

 塚田との質疑応答を聞いて、あらためてショックを受けたのは、Puellaを借りての練習将棋で、真正面から塚田の得意とする横歩取りをやっては勝てないという告白だった。「もしも勝てるとしたら」、あの「入玉模様」しかなかったのだ。ただし、もちろん、引き分け狙いではない。自分だけ入玉し、相手を負かすつもりでいたら、コンピュータも入玉してきたので驚いたという。そして絶望的状況。
 ところが相入玉模様になるとPuellaの意外な缺陥が露呈した。持将棋の点数計算が苦手なのだ。しかしすぐに直してくる。今回はうまく引き分けに持ちこめたが、来年はもう無理だろう。

 塚田の横歩取りが通用しないというのは、勝ちまくった「塚田スペシャル」時代を知っている身にはショックだった。しかしそれは「塚田スペシャル」の利点と、その後の全棋士が知恵を絞って作りあげた対応策を完全に定跡として記憶しているのだから当然だ。

 昨年、米長が敗れたとき、彼がどんなに「6二玉」の価値を主張しようとも、それを言えば言うほど、「矢倉は将棋の純文学」と言った彼が、何百万手もの定跡を体内に抱えたコンピュータソフトには、正面からの矢倉では勝てないのだとの確認になり、かなしくなった。あの時点でもうすべての結論は出ていた。戦う棋士がひとりの人間でしかないのに対し、*コンピュータソフトは、古今の百人以上ものすぐれた棋士が心血注いで作りあげた定跡や戦法を全部身に着けているのだ。優れたコンピュータソフトと戦うということは「全将棋史」と戦うと言うことなのである。

 つまり今後、羽生渡辺クラスが出てきたとしても、それですらもう「コンピュータソフトの苦手部分を突く」という闘いになり、彼らでも矢倉や相掛かり、横歩取り、ふつうの「居飛車対振り飛車」ではもう勝てないのだ。
 それはかなしいけど、明確なひとつの結論だろう。



 カメラはインタビューの畳の間から、また六本木の会場に戻り、木村と安食の会話の後、最後に初公開の来週用のPVを流す。かっこいい。ほんと、電王戦のPVはよくできている。
 米長の映像も使い、ポイントをつかんでいる。闘いに臨む棋士の姿が鮮烈だ。
 PVに感動したMCの安食総子女流が涙でしゃべれなくなっている。

 今日の番組のアンケート結果。もちろん私も「とても良かった」に1票。
 男を上げたね、塚田さん。かっこわるかったけど、かっこよかったよ。
denou4-2 














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【追記】──河口七段の観戦記を読んで 4/20

 待ちに待った河口さんの観戦記がアップされた。18日アップと知り、こまめにチェックしていたが、遅れに遅れ、やっと読めたのは20日の午前5時だった。河口さんもご苦労なさったのだろう。
 それによって知ったことを追記しておきたい。

 誰もがあの相入玉将棋にうんざりしていた。塚田に勝ち目はない。もしかしたら奇蹟的な「引き分け」に持ちこめるかも知れないが、その可能性も薄い。ただ黙々と指し続ける時間。Puella αはバカの一つ覚えのように歩を垂らしてと金を作る。それを解説の木村八段が揶揄する。六本木の観戦会場からは笑いが起きていた。



 今回の観戦記で知った愕き。
 河口さんもうんざりし、立会人の神谷七段(塚田と同期)に、塚田が投げるように進言したらどうかと意見を言ったのだとか。そばに居た先崎八段も同意見だったという。

 しかし神谷が動かない。「256手まで指す規定があります。規則は規則です」と言って。
 河口さんの本音は、「みっともないから、もう投げたら」だったらしい。しかしさすがに対局場に行き、塚田にそう言うわけにもゆかないと自重する。もしも誰かが短気を起こし、それをしてしまったなら、それを拒んでも黙々と指し続けることは、さすがの塚田も出来なかったろう。
 そして、点取りが苦手な将棋ソフトの缺点を突いて、奇蹟的な持将棋が成立する。



 プロ棋士としての、あまりに惨めな姿に、同期生の悲惨な姿に、立会人の神谷が「狹跳、もう投げたら」と口にしていたら、あの持将棋はなかったのだ。残ったのは、入玉という変則戦法を用いたが、将棋ソフトに相手にされず、大駒を全部取られ、大差で負けた惨めな棋譜、だけだった。
 塚田の辛い心境を知りながら、河口に、先崎に、投げるよう言ってこいと進言されても断固拒んだ神谷が、あの塚田の「逆転の引き分け」を生んだのだ。

 230手で持将棋が成立したとき、立会人の神谷は、対局者の向こう側で、「くっくっくっ」と、おかしくてたまらないという感じで笑っていた。笑いすぎだった。私はそれを不快に思った。たしかにみっともない将棋だったが、指しに指し続けた塚田の気力を思えば、笑うのは失礼だろうと感じた。そのあとの塚田の涙を見て、さらにその思いを強くした。

 しかしそれはそんな単純なものではなく、泣きたいのは神谷なのに、河口さんや先崎に言われるまでもなく、すぐにでも対局場に行き、立会人として「狹跳、もう投げなよ」と言いたいのに、「256手まで指す規定ですから」と彼らの意見を拒み続けた神谷だからこそのうれしさから来る笑いだったのだ。

 もしも先崎が立会人だったら、口にしていたかも知れない。あるいは塚田に強いことを言えるより年輩の棋士が立会人だったなら……。するとあの持将棋はなかった。
 そう思うと、あのみっともない引き分けではあるけれど、塚田のがんばりに涙した世紀の凡戦という熱戦は、塚田の同期生、立会人の神谷が作りだしたものでもあったのだ。



 河口さんの観戦記はさすがだった。
 だが河口さんは観戦記を厳しい言葉で結んでいる。

最後に一言書いておきたい。

 本局のような将棋も、将棋にはこういった場面も生じるのだ、との例として相応の価値はあろう。しかしニコニコ動画などによって、プロ将棋をファンに見てもらい、楽しんでいただくために、二度とこういう将棋は見たくない。

 たしかに。
 塚田のがんばりに感動した一局ではあったが、私自身、大駒を全部取られて、入玉しても点数で負けとわかった時点でうんざりし観戦を打ち切っている。塚田の人間としてのがんばりに感動はしたが、ひどい一局ではあったろう。

 だが、コンピュータなど触ったこともなく、まして将棋ソフトと対局などしたことなどあるはずもない河口さんのこの意見は、升田大山時代から知っている引退プロ棋士の意見として極めて正当ではあるが、私は「河口さんは将棋ソフトの強さをわかっていない、その恐怖を肌で感じていない」という不満を覚えた。

 かつてA級棋士であり、タイトルも獲得した塚田は、事前対策として、正攻法でソフトと何百局も対局したのだ。 だけど勝てない。「塚田スペシャル」を用いても、その後開発された対抗法をソフトはすべて記憶している。間違えない。正面からでは勝てないと認めざるを得ない屈辱。そこから生まれた奇策がアレだった。



 今回ドワンゴは、夢枕獏、先崎、大崎善生さん、河口さんと、コンピュータに詳しくないひとばかりを観戦記に選んだ。 それは計算尽くの戦略だったのだろう。
 夢枕は、電子メールはするらしいが原稿は手書きのアナログ人間だ。「電子メールはできる」と自分はコンピュータを知らない人間ではないと自慢するあたりでどの程度かわかる。
 先崎もまたコンピュータ的世界を否定することを人生の柱としているひとだ。
 河口さんはコンピュータどころではない。「携帯電話すら持っていない」と書いていた(笑)。

 唯一大崎さんが、古くからゲーム機やパソコンで将棋ソフトと遊び、旅先にもノートパソコンを持参して原稿を書く今時のふつうのひとだが、パソコンマニアというほどでもないだろう。今回の観戦記でいちばん好きなのは大崎さんのものなのだが、それは別項でまとめる。



 パソコンと対局しないひとの観戦記には、パソコンに負けるという恐怖が書けてなかったように感じる。それは観戦記をそういうひとに依頼したのだから当然だけど。

 私のような最盛期でもアマ三段という低レベルの者でも、ファミコンからPS、パソコンでも十数年勝ち続けてきたから、初めて負けたとき(PS2の『激指』)はショックだった。それが悔しくて私は本気になり、なんとかPS2の『激指』四段に勝てるところまで復活したが、すぐにパソコンでは、逆立ちしても勝てない時代になってしまった。相手にならないほど弱くてバカだった将棋ソフトに、相手にされない時代になった。

「あんなに弱かった将棋ソフトがこんなにも強くなった」という感慨はある。1万円以上出して買った将棋ソフトに勝ってばかりではつまらないから、負かしてくれるほど強いのはありがたいことでもある。同時にやはり、どんなにがんばっても将棋ソフトにはもう勝てないのだという敗北感も引きずっている。



 私ごとき素人でも、それなりの絶望感がある。もうどんなに頑張っても、棋書を読んで努力しても、絶対に将棋ソフトには勝てないのだ。それは、「すでに将棋ソフトが自分よりも強い時代に将棋を始めたひととは決定的にちがっている感覚」だ。

 小学生でおとなの高段者を破る神童として、将棋一筋の人生を生きてきた人が、それを職業としている棋士が、必死に考えてもパソコンに勝てないと自覚したとき、どんな思いをしただろう。

 総じて、今回の観戦記は、ひとり明後日の方角ではしゃいでいた夢枕は論外として、先崎も、河口さんも、将棋ソフトに負ける痛みというものに関して、鈍感なように感じた。
 もしも先崎や河口さんが『激指12』と指していたなら、観戦記の切り口はまったくちがったものになったろう。おそらく市販品の『激指12』でも河口さんより強いはずだ。

 河口さんは引退棋士だが、先崎八段は現役だ。来年はぜひ選手として出場し「自戦記」を書いてもらいたい。その自戦記と今年の観戦記を読み比べたい。 出ないだろうけど。

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Hさんからのご指摘──2013/04/21 6:29

*コンピュータソフトは、古今の百人以上ものすぐれた棋士が心血注いで作りあげた定跡や戦法を全部身に着けているのだ

 の部分に、Hさんからご意見を戴きました。



これ、実はそうではないところがあります。
例えば、一昨年の晩秋、当時のボンクラーズが米長との対戦を控えてネット将棋の将棋倶楽部24に席主の許諾を得て参戦して、匿名のプロや奨励会員やトップアマと数千局指して弱点の洗い出しをしました。
(その結果ボンクラーズのレーティングが人間では絶対に届かないレベルに到達したのですが)

そのボンクラーズの棋譜を遠山雄亮5段が全て精査した解説番組が昨年の電王戦前にニコニコで放送されました。
http://www.nicovideo.jp/mylist/29409825

かなり長い番組なのですが、お楽しみいただけるのではないかと思います。
この中で遠山が指摘しているのですが、鷺宮定跡とか、そういう古い定跡にころっとはまって負けることがあるのだそうです。
特に多い負け方が、角換わり腰掛け銀の富岡流、先手必勝とされている流れに自分から飛び込んでの自爆でした。




 なるほど、今回第五局が終った後の会見で、GPS将棋が「どれぐらい、どのような定跡を挿れているのか」という質問に、「1995年からの順位戦を中心に」のように応えていました。手作業なんだから「古今東西全部」は無理ですよね。となると、そういう「知らないので苦手な戦法」も現実に存在するのでしょう。

 将棋ソフトに関するこの部分で重要なことは、「人間が覚えさせる」ということですよね。もしかしたらこれからは、ソフト自身が自動で棋譜を収集して学習する、なんてことにもなるかもしれません。そうなると『ゴルゴ13』に出てきたモンスターソフト「ジーザス」みたいに、人間が寝ている間に、かってにネットの中を徘徊し、教えていない定跡をいつのまにかマスターし、やれと言ってもいないのに、かってに新戦法を考案し、なんてことも起きるのでしょうか。すくなくともいまは、人間が「これを覚えなさい」と過去の棋譜を与えて成長させているから、知らない戦法、知らない定跡の流れになると、そうなることもあるのでしょう。



 そうかあ、対振り飛車「鷺宮定跡」は私の得意とするところです。あれで勝てる可能性もあるのですね。あくまでも「まだ学んでいない時」に限られますが。
「金開き」とか「角頭歩突き」なんてのをやったらどうなのだろう。「鬼殺し」の受け方なんて知ってるのかなあ。あとで『激指』でやってみます。

 でも所司七段が監修した『激指』定跡道場は、その辺の定跡をしっかり覚えさせているから「鷺宮」にも強いんですよねえ。

 遠山五段監修のそのニコ生は今も見られるのでしょうか。今から出かけてみます。楽しみです。
 ご指摘、ありがとうございました。感謝いたします。

将棋話──電王戦第三局──船江五段敗れてコンピュータ2勝目

5人のプロ将棋棋士がコンピュータ将棋ソフトと団体戦で戦う「第2回将棋電王戦」の第三局・船江恒平五段 VS ツツカナの対局が6日、東京・将棋会館で行われた。

第三局は、6日20:35、船江五段が第22回コンピュータ将棋選手権3位のツツカナに敗れ、全五局のうちコンピュータ側の2勝1敗となった。手数は184手で、消費時間は船江五段が3時間59分、ツツカナが3時間27分(残り33分)。

終局後にツツカナの開発者・一丸貴則氏は「途中はツツカナの評価値もかなり悪く、勝てないと思っていました。勝ったという気はしていません。1分将棋というのは本当に厳しいと感じました」と激闘を振り返り、船江五段は「結果については残念としか……。途中は優勢になったと思いますが、終盤逆転を許したのは自分という人間の弱さが出てしまいました」と肩を落とした。http://news.mynavi.jp/news/2013/04/06/105/

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土曜日にリアルタイムで見られず、夜、ニュースで結果を知った。船江の負けはショックだった。ある意味、最も負けてはならないひとだった。

『将棋世界』2012年7月号に「第22回コンピュータ将棋選手権」の記事がある。今回対局する五つのソフトの順位が決まった大会だ。
この大会の表彰式で、米長会長から「第2回電王戦は5対5の対決」と発表され、プロ棋士の中で唯一「船江五段」の名があがっている。あとの4名はまだ未定だ。米長会長直々の指名である。
私も、素人考えながら、船江は確実に勝つと読んでいた。あらためてショックである。

深夜、2ちゃんねるの将棋板で棋譜を得て、『激指12』で並べてみた。船江が優勢で進むが、時間のなくなった終盤から形勢が逆転する。



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先手の船江、圧倒的優勢(と私には思える)この場面で、ツツカナの指した勝負手と讃えられる74手目の5五香。駒割りは飛車香交換。



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95手目の局面。駒割りは龍と成桂。優勢だろう。

しかしここから184手まで続く「ツツカナ」の闘いは見事だった。
コンピュータは繋いでいない。最新のデスクトップ機一台である。ツツカナ作者のブログには「デスクトップ機を宅配便で送るので壊れるかも知れません。そのときはノートで戦います」とあった。デスクトップ機のCPUはCore i7 3930k、ノートになったら2630QMだから力は三割減になるだろう。それでも自信があったのか。何百台もクラスタで繋いだのとは勝利の意味あいが違う。



こちらのブログがリアル感たっぷりの写真をたくさん掲載して魅せてくれます。感謝。

『いけるい』の将棋日記



電王戦による話題沸騰で、いま空前の将棋ブームなのだとか。たしかにこれほど多くの媒体で速報のように将棋の結果が伝えられたことはない。名人戦よりも竜王戦よりも話題になっている。

だがこれは、「人間がコンピュータに負けるらしい」という「最後の場面」に対する興味だ。羽生と渡辺の対決が話題になるのとは根本から異なっている。将棋好きとして、そこのところにはしゃげない。

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【追記】──4/22

いまニコ生の「タイムシフト再生」というやつで見ています。
解説の鈴木八段の早見えで、なにをどうやっても勝てる流れだ。会場には笑いが沸き、コメントには「もう勝ったな」なんてのも目立つ。ここから負けたのか。いま12時間の中継中の4時間40分の部分。

将棋話──最優秀棋士に渡辺竜王!──羽生は特別賞


最優秀棋士に渡辺3冠 羽生3冠が特別賞

 将棋の棋戦主催各社で構成する第40回将棋大賞選考委員会が1日、東京都渋谷区の将棋会館で開かれ、最優秀棋士賞には渡辺明3冠(竜王・棋王・王将)が初めて選ばれた。

 特別賞は、通算タイトル獲得記録を更新した羽生善治3冠(王位・王座・棋聖)が選出された。

 また、東京将棋記者会は記者会賞に石田和雄九段を選んだ。

 その他の受賞者は次の通り。

 優秀棋士賞 羽生3冠▽敢闘賞 中村太地六段▽新人賞 永瀬拓矢五段▽最多対局賞 羽生3冠(68局)▽最多勝利賞 羽生3冠(51勝)▽勝率1位賞 永瀬五段(7割8分6厘)▽連勝賞 中村六段(15連勝)▽最優秀女流棋士賞 里見香奈女流4冠(女流名人・女流王位・女流王将・倉敷藤花)▽女流棋士賞 上田初美女王▽女流最多対局賞 中井広恵女流六段(38局)▽升田幸三賞 藤井猛九段(角交換四間飛車)▽名局賞 渡辺3冠―羽生3冠(第60期王座戦第4局=千日手局を含む)▽名局賞特別賞 里見女流4冠―上田女王(第39期女流名人位戦第5局) ──スポーツ報知2013/17//42


http://www.sponichi.co.jp/society/news/2013/04/01/kiji/K20130401005524700.html

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 予想通りの結果。羽生はタイトル獲得数を更新したので「特別賞」ではないかと思っていた。
 最多対局も最多勝も取っているし、勝率は7割5分だし、賞金獲得額も1位だし、充実した一年だった。
 羽生ファンとして今年救われたのは王座を取りもどしたことだ。昨年の王座戦20連覇を渡辺に止められた時のショックと比べたら最優秀棋士なんてちいさいちいさい。

 渡辺竜王、初の最優秀棋士賞受賞、おめでとうございます。馬券も当ててくださいね。

 ここまで羽生は「5年連続19回」最優秀棋士になっていた。今回受賞したら20回目だった。王座の20期をとめたのも渡辺。羽生の20回目の最優秀棋士をとめたのも渡辺。
 さあ、春は名人戦の季節。羽生、名人に復位しろ!



 おお、名局賞は、あの千日手指し直しになった深夜の王座戦第4局か。目をしょぼしょぼさせつつ必死で見た日を思い出す。

 たしか投票者は17人のはず。最優秀棋士の票はどんなふうに分かれたか。興味深い。

kanren6 羽生、渡辺から王座、奪還!


将棋話──渡辺竜王、阪神競馬場に登場!──競馬話

今日の阪神競馬のメインは、三冠馬オルフェーヴルの登場する産經大阪杯。
昼休みのゲストに渡辺竜王登場。

竜王の予想は、オルフェ→ショウナン→ダーク、トウカイという3連単の2点。当たるかな?
オッズはダークで13倍、トウカイで50倍。

最優秀棋士の発表は4月1日。初の受賞なるか!?

photo

































結果。オルフェ・ショウナン・エイシンで16倍でした。竜王、残念。1着──2着──4着、5着でハズレ。私はもっと残念な結果だけど(笑)。それは【競馬抄録玉】で。

将棋話──電王戦第二局──佐藤四段、Ponanzaに敗れる──fc2.comで観戦させてくれたかたへ感謝を込めて

 今日は電王戦の第二局。佐藤慎一四段vsPonanza戦。
 昨日まで意識していたのに、なぜか今朝は忘れてしまい、「あっ!」と気づいてニコ生の中継を開いたときはお昼。
 それからしばらくは楽しめたが、競馬中継を見て、再接続したときはもうダメ。すでにニコ生は「タダ見はできません」状態になっていた。入門不可。でも気分としては追いだされるのよりはいい。いいところで「有料会員が来たから、タダ見のあんたは出ていってね」と追いだされるのはすごい惨めだ。



 しかたがない。2ちゃんねるの将棋板に行こう。電王戦スレに行けば、あそこには棋譜を書きこんでくれる親切なひとがいる。それを見つつ自分で並べよう。
 願い通りどなたかが棋譜を書きこんでくれていた。『激指12』で並べることにする。
 するとそこに「ソフトの形勢」という書きこみがあった。いつも何人かのひとが書きこむソフトを使った形勢判断だ。

 私も『激指12』を使って並べるから、それが他のソフト(AI将棋のこともあった)だったとしても形勢判断は同じようなものだろう。見てもしょうがないのだが、いまはどんな形勢なのだろうと、『激指』起動前に出かけてみた。

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 するとそこはニコ生を観ているひと(もちろん有料会員なのだろう)が、『激指12』の盤面を使い、live-fc2.com経由で対戦を見せてくれる場だった。多くのひとがコメントを書きこみ、ミラーサイトのようになって盛りあがっていた。ここで終局までリアルタイムで観戦することが出来た。ほんとうにありがたかった。
 直接お礼を言いたいが、それも適わないので、この場を借りてお礼申しあげます。ありがとうございました。
 


 将棋は、佐藤が序盤から中盤まで有利に運んでいたが、後半になってからPonanzaの圧倒的な攻めが始まり、結果的には相手は手付かずという完敗の棋譜となった。プロ棋士の完敗を見て、なんとも複雑な心境だ。
 画像は投了図。銀冠ならぬ金冠になったPonanzaは金の守備力が強く詰まない形になっている。

denousen2
















 『激指』が後手有利と判断する(+300前後)早めの時点で入玉模様に切り替えれば勝てていたように思う。しかしそれを佐藤はよしとしなかったのだろう。最後は先手が2000ポイント以上プラスとなる大差だった。

 6三龍を5三金と弾いていても、またちがった流れになったろう。なんだかそのへんの受けが半端だったように感じた。素人が口を出す分野ではないが……。 



 今夜は26時からドバイでジェンティルドンナが走る。グリーンチャンネルが無料視聴出来るそうだから見てみようか。グリーンチャンネル初体験だ。 
 もしも佐藤が勝っていて、人間側二連勝だったら、もっとわくわくしつつ観られたのだが……。
 でも今、いかに将棋ソフトが強いかは肌で感じて知っているから、順当なようにも思う。



 先日、「『将棋世界』──米長追悼号──二ヵ月遅れの感想」をアップし、『将棋世界』4月号の勝又の「突きぬける! 現代将棋」の米長特集がすばらしいと書いた。
 そこに衝撃的な一行がある。

 中原と米長のすさまじい終盤の捻り合い。いまも名局と讃えられる一局。中原優勢を逆転する米長の妙手に痺れる場面。
 ここで勝又は、念のためにその場面をコンピュータにかけてみた。

 するとおどろくことに、ものすごく難解だが詰みがあったのだそうだ。つまり、形成を逆転する歴史的妙手の米長の一手も、中原がそれを詰ませられなかったから逆転したのであり、相手が今時のコンピュータなら一瞬で詰ましており、妙手もクソ(失礼)もなかったのだ。しかも勝又が調べたコンピュータは、自宅のごくふつうの市販機だろう。GPS将棋のように何百台もクラスタしたものではない。

 勝又はこれに関して、「そのことによってこの名局の価値が損なわれるものではない。あの1分将棋の局面で人間がこの難解な詰みを見つけることは不可能である」としている。
 その通りだろう。逆転や妙手が連発される人間同士の手に汗握る勝負が面白いのであり、詰ませればいいというものではない。頓死ですらも人間将棋の魅力のひとつだ。近年の頓死では名人戦での森内に頓死した丸山の一手が思い出深い。(2002年は近年じゃないか。)

 しかしそれはまたコンピュータへのギブアップ宣言でもある。全盛期の中原、米長が死力を振りしぼっても読めない詰みを、今時のコンピュータは一瞬で読むのだ。繰り返すがそれはモンスターマシンではない。勝又愛用の市販のデスクトップ機(推測)だ。 

 人間がコンピュータに勝つためには、序盤から有利を拡大し、終盤になってもコンピュータ側から詰みのない形、中押しの形にするしかないのだろう。それを試みたのが「米長の二手目6二玉の空中城」だった。

 とするとやはり今日も、早々と入玉を目的にし、確定させ、点数取りに絞ればよかったのか。
 でも、人間が負けて残念だが、名局だったと思う。いい勝負だった。特に終盤のPonanzaの攻めはよかった。
 と書きつつも、まだ落胆しているが……。 
 1対1になって、ますます盛りあがるか!

 今まで対コンピュータソフトとの正式対戦では、渡辺竜王がBonanzaに勝ち、清水があからに、米長がボンクラーズに負けているが、清水は女流、米長は引退棋士という言いわけがあった。
 佐藤は現役棋士だ。現役のプロ棋士初の敗戦だ。つらい記録を背負うことになった。

 このPonanzaは名前からもわかるようにBonanzaの思考ルーチンを取りいれている。Puella αと名前を替えたボンクラーズもそう。あらためてBonanzaを開発し、ソースコードをオープンにした保木邦仁さんの偉大さを思う。

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●どうでもいい【追記】──勝又六段の愛機はデスクトップ機? ──22:59

 東海大学の理系出身の勝又六段はパソコンに詳しく、棋士として取りいれたのはかなり早い。長年拒んでいて、ついこのあいだ使い始めた郷田のようなひともいる。私はパソコン好きだけど、パソコンを拒む棋士の感覚も好きだ。

 勝又は、パソコンを導入しようという気持ちはあるものの、セッティングが出来ず困っている棋士を助けてやり、そのことで交友を拡げたらしい。パソコンが取りもつ縁である。盒尭四唆綯覆縫札奪謄ングしてやり、そのあとに「一番指そうか」と言われたのがとても嬉しかったと書いていた。A級棋士であり、かつてはタイトルホルダーだった高橋は遥かな格上棋士である。高橋のそれは何よりもの礼になる。
 今もパソコン使いの棋士として最前線にいる。電王戦でも解説をやったようだ。

 ということから私は彼の愛機をデスクトップ機であると希望的に推測する(笑)。
 パソコン好きなら市販のノートブックとかではなく、もちろん携帯用にノートも保っているのだが、厖大なデータが収められた彼の愛機は、居室にでんと構えるデスクトップ機であって欲しい。大のデスクトップ機好きとしてそう願う。自作派までは望まないが。
 そういや山崎バニラは自作するんだよね。あれで一気に親近感を持った。

「あ、勝又さんはノートですよ。ソニーの。ヤマダ電機で買ったって言ってました。デスクトップ機って使ったことないんじゃないかな」なんて親しいひとからの情報があったらショックで寝こみそうだ(笑)。

将棋話──『将棋世界』米長会長追悼号──秀でている内藤九段の追悼文

shogisekai3gatsu 『将棋世界』3月号。特集は米長会長の追悼。発売日は2013年の2月2日。毎月買っているが、この月は日本にいなかったので買えなかった。3月半ばに帰国し、図書館で読ませてもらおうと思ったら、もう4月号が出ているので貸し出し中。長らく待たされた。二日前、やっと読むことが出来た。

 表紙はあえてモノクロ写真を使っている。下が主な内容。

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 追悼文は、森内名人から始まる。ついで渡辺竜王、羽生三冠、郷田棋王、佐藤王将の順。
 棋士としての格は羽生が桁違いに上であり、羽生が3番目というのはファンとしてすっきりしないが、これがタイトルの格による序列というものである。現在最上位は竜王だが、ここでは名人と同格の扱いとし、棋士番号から森内を上位に取ったのだろう。



 ページ順に書いてみる。
 巻頭の追悼は、カラーページでの葬儀の様子や「タイトルホルダー追悼文」があり、モノクロページになって最初は、内館牧子の連載エッセイ。これも米長追悼の中身。紅白歌合戦の審査員同士として、初めて米長に会った時の思い出を綴っている。ジャージに膝の出たズボンでさえないおっさんだった米長が、別室で和服に着替えて登場すると、周囲を圧倒するオーラを放ち始めたことを綴っている。

 和服と言えば、引退を表明した米長との最後の対戦になる佐藤康光が、通常の対局であるにも関わらず敬意を込めて和服を着て臨んだら、その心意気に応え、米長が昼休みに自宅から和服を取り寄せ、それに着替えて対局したという実話がある。いい話だ。



 そこから「さようなら、米長永世棋聖」と題した本格的追悼特集になる。

 トップは将棋連盟会長の谷川。次いで専務理事の田中寅彦。これらは役員だから当然の順。



 フツーの棋士としては現役では棋士番号が一番古い加藤一二三が最初に登場する。
 多くの追悼文の中で加藤の文は異色。悼む気持ちがまったく伝わってこない。実際悼んではいないのだろう。このひとが変人であることがよく分かる文章だ。しかし悼んでもいないのに、死んだからとそれらしき文章を書く偽善よりは自然。それはそれでいい。でも他のひとの文章がみなそうなっているから、このひとの乾いた文が異彩を放つ。
 結びは「米長邦雄さんのご冥福を心から神様にお祈りします」と、あえて狄斥有瓩汎れている。熱心なキリスト教信者であることのアピールか。

 そういえば、名人戦が契約問題で揉め、朝日から毎日に移る、というか戻ることになったときの棋士総会で、升田と加藤は朝日嘱託だから朝日に止まるべきと朝日寄りの主張をした。升田は表に出なかったから論陣を張ったのは加藤ひとりだったのだろう。
 将棋が囲碁よりも格下とされ、その契約金に反撥し、一団となって朝日と絶縁しようとするそのとき、ひとりだけ反論する加藤に向かって米長は、加藤の信奉するキリスト教に喩え、「あんたはユダなんだよ!」と言い放った。加藤は怒りで顔面を朱に染めて絶句したという。

 という経緯を考えても、ふたりが仲好しのはずもないし、加藤は米長の死を悼んでいない。まことに奇妙な追悼文である。



 次の内藤の文は全追悼文の中で最も重みがあった。
 原田八段命名の爐気錣笋流瓩箸いΕぅニモなコピーに、序盤が下手ですぐに不利になり、それから中盤、終盤になってしつこく闘いぬいて逆転する米長将棋を、「さわやか流というよりむしろ泥沼流なのではないか」と表し、「米長泥沼流」を定着させたひとである。米長はそれを気に入って、週刊誌で「泥沼流人生相談」とかやっていた。私はそういう米長のセンスが好きだ。

 さわやか流とは、いかにも万事そつがなくて多才な米長を持ちあげているようでいて、じつは本質に迫っていない。原田さんの命名失敗作だろう。米長はさわやか流をそれなりに気に入っていて、それにふさわしい言行をしていた。おんなこどもに抜群の人気があった。私の周囲にも米長ファンは多かった。私は彼の才気煥発すぎる点が嫌いで、ずっと「中原派」だったことは以前に書いた。

 米長のセンスのよさは、「さわやか流の私を泥沼流とは失礼な!」とはならず、「あ、そりゃおもしろい」と受けいれてしまう点にある。もっともそれは長年さわやか流で活躍してきたからであって、いきなり若手の時に原田さんから「米長泥沼流」と名づけられたら反撥したろう(笑)。



 全追悼文中で唯一内藤の文は米長に厳しい視点で迫る。毀誉褒貶相半ばする人だったから、これこそが本物の追悼文である。米長は優れた棋士だったし、会長として功績もある。しかし同時にずいぶんと問題や軋轢も起こしている問題人物でもある。そこにまで踏みこんで書いたのは内藤だけだった。これは内藤が米長より年長であり棋士としても先輩であり、「米長が会長になるまでは」親しい友人であったからこそ書けたことであろう。本当に不仲ならそもそも追悼文など書かない。

「私は、連盟の行く末、女流棋士への考え方など米さんと真逆であった」
 72歳の内藤が近年の造語である狄慎姚瓩覆鵑道箸辰討い襪里おかしい。連盟の行く末や公益法人のあたりは私にはわからないが、米長の女流棋士会への対応はへんだった。

「連盟に公益法人の話が出たあたりから彼の言動が理解しにくくなり、連盟が米長一人に振り回されているように見え始めた」
「犂界のナベツネになる。死ぬまで会長だ瓩修κ討気鵑宣言したという噂が流れてきた。握った権力は一生離さない。これは権力者の陥る通弊だ。もう握手できないと思った」

 『将棋世界』の米長追悼特集は、内藤の歯に衣着せぬこの追悼文で光っている。
 日本人はなんでも「水に流す」。まして死んでしまったら美辞麗句の連発だ。この『将棋世界』の「逝去した米長会長を悼む特集」で、堂々と米長批判を書いた内藤九段の姿は美しい。



 かつて理事としてがんばっていた勝浦の追悼文。

 次いで西村。西村は米長より2歳年上だが、佐瀬一門への入門は米長が5年早い。米長にとって西村は、「年上の弟弟子」である。西村は八段だがこれは勝ち星による昇段。順位戦はB級止まりだった。
 その確執もあったか長年不仲と言われていた。それがなぜか米長が理事長となり、体制を築くといつしか昵懇になり、その体制を支える懐刀となっていた。
 それはこの追悼文でも、米長の努力やそれに気づいたのは「一緒に仕事をするようになったこの十年」と書いていることからもわかる。私は「米長西村犬猿の仲の兄弟弟子時代」に将棋を覚えているので、この感覚はよくわからない。

 同じく佐瀬一門の弟弟子になる沼春雄の追悼文。



 ここから弟子の追悼文が続く。まずは一番弟子の伊藤能の追悼文。
 弟子の順位では、ここで先崎学の追悼文になるはずだ。なぜかない。

 次に弟子の中川大輔。米長に命じられるままに理事にも立候補し、米長の片腕となって米長政権保持のために滅私奉公で尽くしてきたが、昨年突如(将棋ファンには突如と思えた)米長から絶縁された。真相はわからないが、私は傲岸な米長に首を切られた不遇なひとと解釈している。「入門したのが昭和54年、二度とその門をくぐれなくなったのが平成24年」とある。ワンマン米長に嫌われ、すっかり蚊帳の外となってしまった中川に追悼文を書かせた『将棋世界』の気転はいい。

 弟子の盧螳貔検D慌裕也。中村太地と続く。

 一連の弟子の追悼文が終り、年齢制限で奨励会を退会した後、三十代でプロになった瀬川晶司の追悼文。
 これは米長が瀬川のプロ編入に賛成だったからだろう。瀬川を受けいれたことや電王戦は米長の功績になる。もっとも電王戦に関しては、プロが将棋ソフトに負けてはたいへんなことになると対戦禁止令を出したのも米長会長なのだが、渡辺竜王とボナンザとか、自らボンクラーズと対戦とか、あらたな局面を切り開いたのも事実である。私は、あの時点での「ソフトとの対戦禁止」は妥当な処置だったと思っている。



 ここからはマスコミの登場。
 序列は竜王戦1位だから、まずは読売OB。このひとは今の肩書は退社して「将棋ジャーナリスト」だが、長年読売の将棋担当記者として将棋界と関わってきたひとだ。当然の順だ。ついで読売の現役将棋担当者。
 タイトルホルダーの追悼文順位で名人を1位にしたので、こちらは竜王の読売を1位にしたのだろう。その辺の気遣いが見える。読売がふたり続く。

 ついで名人戦主催の毎日。朝日。
 新聞三社連合(王位戦主催)。日経(王座)と続く。
 共同通信(棋王戦)。ここではあの有名な米長の名言「兄貴たちは頭が悪いから東大に行った。俺は頭がいいから将棋棋士になった」が、本当は芹沢の作り話であることが明かされている。



 最後が棋聖戦の産經。新聞の序列とはすなわち棋戦の賞金の額である。かつて棋聖はもっと上だった。産經も苦しいのか、いま最下位である。賞金が安いことがよくわかる。

 このひとは「米長さんの全盛期を知らない」と書いていることからも若い人らしく、けっこう見当違いのことを書いている。
「現役時代から永世棋聖を名乗っていた米長邦雄さん、戒名にも棋聖の言葉が付けられていた。ことのほか棋聖に思い入れがあったことが伺える」ってのは間抜け。大山が十五世名人を名乗ったように、中原が永世十段を名乗ったように、米長も「ただの九段」になるわけには行かなかった。大山や中原はそれをいくつももっていたが、米長のもっていたのは年に二度開催のころに取った永世棋聖だけだった。だから永世棋聖を名乗った。それだけの話。今のように年一回開催だと五期取れなかったかも知れない。充実していた時期に連続して取って永世棋聖を獲得したのは幸運だった。

 惜しかったのに「永世棋王」がある。これの規定は「連続五期」だ。米長は連続四期保持したが永世棋王を懸けた五期目に桐山に敗れている。あそこで勝って「永世棋王」を獲得していたらどうだったろう。いま七大棋戦の順列で、棋王は5番目、棋聖は最低の7番目である。あくまでも「今の賞金額」による順位であり、かつては棋聖のほうが上だった。

 永世棋聖は、通算五期とれば名乗れる。かつては年に二度開催だったこともあり複数いるが、いまのところ永世棋王は羽生だけである。もしも米長が永世棋王を取っていたら、それは大山、中原でも出来なかった史上初の永世棋王だった。なら私は、米長は「永世棋王」を名乗ったように思う。この世にひとりしかいない、大山中原でも出来なかったというのはいかにも米長好みである。
 取ってないものを論じても無意味だが、この産經記者の文が的外れとは言えよう。「棋聖」で言うなら、今でもタイトル獲得史上最年少の記録である屋敷が、棋聖位を失ってからも愛称として棋士仲間から「キセー」と呼ばれたことの方が印象的だ。



 山崎バニラの追悼文。これも米長と親交があったからだろう。山崎七段との山崎山崎対談の号では表紙にまでなっていた。お気に入りだったのかな。私も山崎バニラは「パソコン自作派」ということで好きだけど。(後にツイッターで「山崎バニラは米長の最後の女」というデマが流され、山崎が閉口するという事件が起きる。)

 ここで意外なことに林葉直子が登場する。しかもみな1ページなのに2ページも書いている。米長に破門されているから弟子ではない。美少女女流棋士として将棋普及に役だったが、最後は中原との不倫騒動やヘアヌードでだいぶ将棋のイメージを貶めた罪人である。近年の目を背けたくなるような容貌劣化も話題になっている。追悼文はとてもよく書けていた。



 河口俊彦が4ページ。ここはやはり河口さんに米長将棋を語ってもらわないと。充実したページだ。
 C2時代の森下卓に、A級の米長が「研究会をやって教えてくれないか」と頼むシーンを伝えている。その場に河口さんもいたのだ。
「私は、私より強いか、私より熱心な人としか研究会はしません」というとんでもない森下四段の返事。それに慌てず騒がず米長は、「君より強いかどうかはわからないが、熱心さなら君に負けない」と応えてふたりだけの研究会が始まる。気鋭の若手である森下の最新の序盤感覚を取りいれた米長は、苦手としていた序盤がうまくなり、それが49歳名人に繋がってゆく。49歳は木村や大山が名人を失う落ち目の年だ。今後もこの「最年長名人」の記録が更新されることはないだろう。いや、羽生世代なら年長更新は出来るが、それは羽生や森内や佐藤の復位であり、「初名人」はあるまい。

 ここで河口さんは、米長が若手の序盤感覚を取りいれたことを「よくなかった」としている。それを取りいれたから名人になれた。これは間違いない。本来の米長将棋では中原は倒せなかった。棋風改造により宿敵の中原からやっと名人位を奪取できた。しかしその棋風改造により米長将棋は変化し、引退を早めた。河口さんはそう解釈する。若手の序盤感覚を取りいれての改造をしなかったら、米長はいつもの泥沼流で60を過ぎても現役でいられたと推測する。
 でもそれでは名人にはなれなかった。だから、一期だけでも宿願の名人になれたからそれでいいのだろうけど、「あの棋風改造は問題あり」というのが河口さんの結論のようだ。興味深い。



 ここで「追悼特集」は終るが、そのあとの青野照市の、いつもは順位戦を中心にした棋界の流れを追う「将棋時評」も米長将棋特集となっている。10ページ。
 高橋道雄の「名局セレクション」も米長の隠れた名局を特集する。2×3で6ページ。
 いやはやなんとも充実した追悼号である。何十年も買っていながら、よりによってこの号だけ買えなかった私もまた珍しいひとになる。

 人気連載「イメージと読みの将棋観」でも、テーマのひとつとして「将棋界に生きる米長哲学」を取りあげている。ただしこれは生前のインタビューであり追悼とは無関係と断っている。でもいいタイミングで、とてもいい追悼になっていた。ここを読んでくれている将棋ファンなら、かの有名な「米長哲学」はご存知だろうから説明は略。



 同じく人気連載の勝又清和の「突き抜ける! 現代将棋」は米長の訃報に触れていない。すでに書きあげてあったのだろう。その代わり3月3日発売の4月号で米長玉や米長の名局をびっしりと特集した。5月号に続くとなっている。すばらしかった。私はこの勝又の連載だけで『将棋世界』は750円の価値があると思っている。あらためてその充実ぶりに感嘆した。

 河口さんが老いた後、こういう形の伝道者はこれからどうなるのだろうと案じていた。文章が達者なことから跡継ぎと思われた先崎のそれは、ちっともおもしろくなかった。期待外れである。しかしそこに期待されていなかった(失礼)勝又がまさに彗星の如く現れた。競馬で言うなら種牡馬ステイゴールドの成功のようである。先崎は、2歳時の活躍と名血から大きな期待を寄せられたが種牡馬失格した××のようなものになる。××は適当に当てはめてください。いくらでもいる。



 追悼文でいちばんよかったのは内藤國雄九段。林葉もよかった。
 記事では河口さんのもの。
 でも一番は、4月号になるが、勝又の米長特集。

 不可解なのは、中原さんと先崎が登場しないことだけだ。
 いまも将棋界の歴代対局数でトップなのは「中原米長戦」である。中原さんの最大のライバルが米長であったのは確乎たる事実だ。本来なら、それこそ現役の竜王名人を飛びこえて、「十六世名人」として最初に追悼文が登場せねばならない。なのにない。
 体調がわるいようだけど、それならコメントという形でも出来たろう。いま中原さんは米長の死になど関わりたくないというほど嫌っているのだろうか。
 中原さんの場合は体調から推測することも可能だが、先崎になるとまったくわからない。米長と先崎が絶縁したという話も聞かないのだが……。

 それと、元『将棋世界』編集長で、そこから高名な作家となった大崎善生さんなんかも、本来なら追悼文を寄せる立場だろう。だが大崎さんは女流分裂騒動のときのコメントで、米長から諸悪の根源のように言われた。
 どっちの味方をするかとなったら、私はもちろん大崎さん側につく。とにかく米長というひとの極端な好き嫌いはたいへんなものだった。この追悼号には大崎さんのおの字もない。現在の編集長は大崎さんのエッセイ集にも登場する(というかエッセイ集のタイトルになっている)大崎さんが育てた「編集者T君」だ。林葉を出すなら大崎さんにも声を掛けてもよかったのではないか。それとも、声を掛けたが大崎さんのほうで断ったのか。それはそれで米長追悼号らしくていい。

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 と、図書館に返却する前に、ざっと3月号の追悼の中身を書いてみた。
 今夜やっとバックナンバーを買えるところを発見した。じつは買おうと思って探しても見つからず、それで図書館に予約閲覧を申しこんだのだった。
 といってもそれはべつにむずかしいことではなかった。単に私がネットで雑誌のバックナンバーを買ったことがなく不慣れだっただけである。750円の本が送料や手数料で1500円になってしまうが、永久保存版だから買わねばならない。

 将棋連盟の会長が現役のまま死去したのは初めてのケースである。米長が「棋界のナベツネ」になったかどうかはさだかでないが、「死ぬまで会長」は実現したことになる。過去の棋士の追悼特集ではなく、現役の会長の死であるからか、充実した中身の追悼特集だった。
 もうすぐ発売になる5月号の、勝又の「米長特集第二弾」が楽しみだ。

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【附記】──関西在住の連盟会長は初?──2014/7/1

 上に「関西の棋士が連盟会長になったのは初」と書いてしまった。考えればすぐにわかることだが、大山さんがいる。その前にもいたはずだ。初のはずがない。ならなぜ書いたかと言うと、米長が亡くなり谷川が後を継いだとき、たしかにそういう表現を見かけたからだ。そのまま深く考えず引いてしまった。
 今回ひさしぶりに読みかえし、なんという愚かなことをと赤面しつつ削除した。しかしまた、なぜそんなことを書いたのかと気になり、考えてみた。たしかにそんな文章を見かけたのだ。

 それで思いついたのだが、それは「関西在住棋士の連盟会長は初」ということなのではないか。谷川の家はあちらにあり、つい先日も「週に何度も往復している」と読んだばかりだった。そう思う。間違っていたらまた直します。

将棋話──渡辺、棋王奪取! 三冠に!──最優秀棋士はどっちだ!?

昨日の電王戦に続き、今日は棋王戦第4局。競馬はG1高松宮記念だし大相撲は千秋楽で白鵬が大鵬双葉山を超える9回目の全勝優勝を成し遂げるかどうかで、たまらん一日となった。特に棋王戦が一日決着なのは大きい。これが二日制の初日だったらこんなには盛り上がらない。

郷田から奪取したそのことよりも、なんといっても内容が素晴らしい。今日の将棋も多くの人の讃えられるものだろう。消費時間もすくなく、いまの渡辺は怖いものなしか。ヒールとして、存在感満点である。ぐれーと!



予想通り渡辺が郷田に勝ち、棋王を3対1で奪取。初めての三冠になった。羽生があまりにすごいのでことばに鈍感になっているが、三冠てのは偉業達成である。渡辺はこれで、升田から羽生にいたる系譜に名を刻む歴史的棋士であることを自ら証明した。いくら強豪相手に防衛する竜王に価値があっても、今までは「竜王だけの人」だった。佐藤、郷田から奪取することで、「羽生世代超え」を成し遂げたことになる。

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羽生は森内から名人位を奪取するだろうから、これで羽生四冠、渡辺三冠の時代になる。問題はそのあとだ。渡辺が三冠以上になれるかどうか。羽生は凋落するのか、羽生世代の逆襲があるのか。広瀬や豊島による次の世代が擡頭してくるのか。



2013年春は、渡辺が佐藤、郷田から二冠を奪取し、竜王だけの人ではないことを証明した記念すべき季節となった。
さて、これで最優秀棋士は渡辺に確定か?

将棋の普及、イメージアップのために、厳しいスケジュールの中でも、嫌な顔一つせず協力する羽生の姿勢に心酔している関係者は多い。それと比すと渡辺はドライな現実主義者だ。東日本大震災のあとには千駄ヶ谷駅前で募金活動をしていたりしたけど、羽生のように自分の時間を犠牲にしてまで、ではない。

流れとしては完全に渡辺のものだが、票は意外にまた拮抗するのかもしれない。棋戦を主催している新聞社の担当者によって選ばれる(かつてはテレビ東京の「早指し選手権」アナの島田さんなんかも投票権があった)最優秀棋士なんて、ある意味どうでもいいものだけど、ますますその行方が興味深くなった。さてどうなるか。

将棋話──第2回電王戦開幕──米長の敗戦を振り返る──阿部光瑠、勝利!

Shogi.gif 今日から第2回電王戦が開幕する。昨年は米長とボンクラーズの対戦のみだったが、今年は5人の棋士といつつの将棋ソフトの対決。今日は、阿部光瑠四段と世界コンピュータ将棋選手権5位の習甦(しゅうそ)が対局中。ニコ生で中継している。いま行ってみた。まだ入れるようだが、どうせ会員ではないのでいいところで弾き出されるのが見えている。何度もやられて悔しい思いをした。だったら有料会員になればいいんだけど(笑)。

 棋戦を中継したり、今回の電王戦でもスポンサーになって盛り上げたり、ニコ生(=ドワンゴ)が、将棋界の発展に寄与しているのは事実であり、将棋ファンとしてすなおに感謝しているのだが、同時にまたドワンゴが将棋コンテンツで大きく儲けたのも事実であり、なんか月525円でも躊躇する自分がいる。

 BSやCSとも無縁の生活なので有料視聴に慣れていない。逆に言うと、ここで一歩踏み込んでドワンゴに金を払うと、一気にそういうことに抵抗がなくなり、あちこちに払うようになるのだろう。

 私はいまテレビを見ないけれど、PC作業のあいまに「動画倉庫」のようなところはけっこう覗く。明け方に見知らぬお笑い番組を見て楽しんだりしている。調べてみると毎日放送制作で関西地区の番組だったりする。これらを楽しんでいると、心底からもうリアルタイムでテレビを見ることはないだろうと感じる。しかしこのネット視聴でもよく「混み合っているので見られません。有料会員になると見られます。月525円」をやられる。BSやCSの有料放送とは今後も無縁だろうが、ネットのこれには入ってしまいそうだ。最初のそれがニコ生の将棋か。



 Google日本語入力が「阿部光瑠」を一発で変換した。さすが! でも「習甦」は出なかった。辞書登録。まあ発売されているソフトでもないしね。この見慣れぬ漢字二文字には「羽生」が入っている。
 大好きなソフト『激指』が今回5位までに入れず登場しないのがすこし残念。

※ 

 ニコ生のサイトにある第2回電王戦のPVを見た。とてもよくできているので感心した。8分の長尺。 

yonenaga2 瀬戸内寂聴みたいな貧相なおばあさんが出ているのでなんだろうと思ったら、ガン治療で頭を丸めた米長だった。 左写真。

 このPV、棋士が魔王に立ち向かう5人の勇者みたいな作りになっていて(笑)、魔王役はボンクラーズ(今回は名前を改めてPuella α)の伊藤がやっていた。悪役としてふさわしい。ほんと、このひとは傲慢だ。でもこんなひとがいたほうが盛り上がるのか。



 昨年、後手番の米長は二手目に6二玉と指した。対局も見たし、その後の彼の著書「われ敗れたり」も読んだ。
 米長は自身の名高い米長玉(9八玉)を例に出し、この6二玉は第二の米長玉であり、自分が弱いからたまたま負けてしまったが、後世にまで伝えられるような意義のある手なのだと主張していた。

 そうなのかも知れない。勝つためには最善の方法だったのもしれない。しかしこれはもう力負けを認めている一言でもある。
 米長の名言(迷言?)に「矢倉は将棋の純文学」というのがある。私は、そう言った米長にそれをして欲しかった。でも自宅での何百局もの対戦で、それでは勝てないともう結論は出ていた。正々堂々のまともな将棋では勝てないのだ。つまりその時点で勝敗は決まっていたことになる。正面から行っては勝てない力士に唯一勝つ方法として編み出したのが、猫騙しをして相手を戸惑わせ、後ろに回って押し出すことだった。それが二手目6二玉からの、あの不思議な空中城構築だった。
 それがどんなに優れたアイディアだったとしても、そこにはもう「正面からの居飛車、振り飛車、どの戦法でも勝てない」ということが前提にあった。それがなんともかなしく、米長の主張を読めば読むほどせつなくなった。



 今日の対局者である阿部光瑠四段はPVの中で、「正面からの将棋を指す。そのほうが悔いがないから」のような発言をしていた。きっとそういう将棋を指すことだろう。どんな結果になるのだろう。
 五番勝負最後には、優勝したクラスターマシンの怪物GPS将棋が控えている。戦うのは三浦八段。

 もしも今回プロ棋士が全敗するような結果になったなら、来年は羽生だ渡辺だということではなく、企劃そのものが廃止になるように思う。それはそれでいい。人間同士が指す将棋は、コンピュータの強さとは別に存在すればいいのだから。あの羽生でさえ一手詰みに気づかず負けたりする(対木村戦)。それが将棋の味わいでもある。

 問題は、2勝3敗の負け越し、のような微妙な場合だ。こうなると将棋連盟も引っ込みがつかず、来年もまた、となるのだろうか。もちろん5戦全勝だったらまちがいなく来年も、となる。これは拒めまい。往くも地獄、引くも地獄。



 将棋ソフトはファミコンの時からやっている。最初は「森田将棋」かな? スーファミでもPS、PS2でも将棋ソフトは買い続けた。Nintendoはこっち方面は捨てたのだろう、GameCubeもWiiもいい将棋ソフトはない。
 PS3に「銀星将棋」ってのがあるが(PCにもある。持っている)、これは北朝鮮が作ったソフトなんだよね。コンピュータ将棋選手権には初期の頃から出ていた。初めて出てきてからずっとそこそこの成績を収めていた。「北朝鮮? 将棋?」と不思議な感じがしたものだった。PSVITA版も出たのか。強いのを謳っているけどどうなんだろう。

 PCのほうは、Windows 3.1時代に将棋ソフトをもって海外に出たことを覚えている。フロッピーディスク1枚のソフトは弱くて相手にならなかった。1991年。「極」のころ。
 そのあとのPCソフトで有名なのは「AI将棋」「金沢将棋」「東大将棋」か。みんな買ったけど2000年を過ぎても一度も負けなかった。初めて完敗したのはPS2の『激指2』だった。発売は2003年か。『激指』は歴史的には新顔だったけど最初から強かった。今じゃパソコンの『激指12』初段にころころ負けている。

 パソコン将棋はCPUで激変する。その証拠にDSの将棋ソフトはおそろしく弱い(笑)。10数年前のソフトのよう。どんなすぐれたプログラムもCPU次第なのだろう。それは私のパソコンでも、同じ『激指10』が、以前のCore2 Duoの2.3GHZの時と今のCore i7のOCした4.3GHZでは強さがぜんぜん違うことからも解る。何百台も繋ぐGPS将棋ってどれぐらい強いのだろう。まあ「繋ぐ」ということ自体はもうチェスの「ディープ・ブルー」の時にも言われていたが。



 いま行ってみたら、ニコ生は真っ暗な画面にコメントだけ流れているな(笑)。なんでしょ。どうせいいとこで追い出されるからどうでもいいんだけど。
 阿部四段、がんばれよ!



 おお、やっと見られた。解説阿久津に聞き手矢内か。 早いアクセスだが10万人も見ているらしいから、もうすぐ追い出されるな。
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 13時にはもう追い出されるだろうと思ったら14時になってもまだ見られる。ラッキー。
 15時から競馬観戦。
 それが終り、16時になって、そろそろかなあと思ったら、やっぱり「出て行ってくれ」と言われた(泣)。ちょうどこれからいいところなのに……。
 阿部、習甦の攻めを凌ぎきれるか!?

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●阿部、勝利! 人間側、まずは1勝!

 18時半、阿部の勝利を確認。最終形はともに「米長玉」だが、阿部は餘裕、コンピュータは苦し紛れ、まったくちがう。最終形の米長玉も米長の追悼になるだろう。おめでとうコール! 幸先良し! 

将棋話──羽生の敗れたNHK杯戦に【追記】──大山と羽生のちがい

Shogi.gifNHK杯戦話に【追記】をしました。やはり2ちゃんねるにあったように、羽生敗戦、渡辺初優勝でした。

羽生ファンとして記録の途絶える敗戦は見たくなかったのですが、羽生ファンだからこそきちんと見なければと、がんばって?見ました。完敗でした。
でも、こういう場でああいうことをする羽生ってひとは、すごいです、まともじゃないです(笑)。

渡辺ファンからしたら、「勝てないから奇策に走ったんだろ!」って意見もあるでしょう。でもそうじゃない。



大山と羽生のちがいです。
史上最強棋士大山康晴は、勝つことにこだわりました。勝つこと(=自分の立場の保持)がすべてでした。そのためには、盤上の将棋の戦いとはまたべつに、今も語り伝えられるいくつもの「盤外戦術」を用いました。開局セレモニーの時、酒が好きな挑戦者だったら、酒を飲めないようにしました。対局時、タバコが嫌いな相手には、自分がすでに禁煙しているのにも関わらず、あえてタバコを喫って煙を吹き掛けて不快にしました。いやはやなんともすごいです。



最強棋士として、大山と並んで語られる羽生ですが、この辺の基本的な感覚がちがうように思います。
たとえば大山は、自分の会社を世界一にしようとする企業経営者みたいなひとだったでしょう。松下幸之助みたいな。
対して羽生は、自分の学問に凝っている学者のようです。例えばノーベル賞受賞の××さんのように(適当な名前が浮かびません)。

それは、大山が自分の秘術を自分だけのものにした(対局時に公開した)のに対し、羽生が、自分の研究をあらかじめ全部公開してしまうこと(=そのことにより学問自体が進歩することが喜び)からも判ります。あの時期に「羽生の頭脳」を連載したことが、いかに偉大であることか!



今回、羽生は渡辺に敗れ、今後も実現することはないであろう絶対的記録「NHK杯戦五連覇」を逃しましたが、あの大事な一戦であんなことをやった彼の魅力は絶大です。それでこそ羽生、です。私はあらためて羽生好きの自分に誇りを感じました。

昨年度、私は最優秀棋士は羽生ではなく渡辺だと思いました。しかし結果は圧倒的多数で羽生でした。それは投票権を持つ新聞社テレビ局関係の方々にも、この将棋に対する「羽生哲学」が浸透している(圧倒している、信奉されている)からでしょう。

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しかしまた別話として。

渡辺竜王の「悪役としての存在感」もすごいなあ(笑)。
もしも渡辺竜王がいなかったら、いまもぜんぶタイトルは「羽生世代独占」だった。それじゃつまらない。やはり渡辺竜王の存在感は大きい。ドラクエ1で「世界の半分をおまえにやるが、それでどうだ」と問われ、思わず「はい」と応えてブラックアウトしたアホな私は、そういうブラック世界も大好きなものとして、しみじみ竜王の存在に感謝する。



次は3/24。ごうだあ、がんばれよお!!!

将棋話──今年の最優秀棋士は渡辺か!?──漏れてしまったNHK杯戦の結果

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 40日ぶりのインターネットで、わたし的に印象的な出来事は「佐藤が王将位を渡辺に奪われたこと」になる。棋王も奪取までもう一歩のようだ。元々私は渡辺がふたつの棋戦の挑戦者になったとき、今の勢いからして、「王将、棋王を奪取。渡辺三冠誕生」と読み、順位戦も羽生が挑戦者となって森内から名人を奪取し、羽生名人四冠、渡辺竜王三冠というふたりの時代になると予測していたから、読み通りの結果ではあるのだが、あの佐藤康光がいいところなく4対1で完敗したのはショックだった。(まだ棋譜を見ていないから、結果だけから完敗と断言するのは早計だが。)
 
 渡辺の竜王九連覇の価値は、森内から奪い、佐藤、羽生という最強の挑戦者連を退けていることだ。佐藤も二度挑戦して阻まれているし、年齢からして実力はもう逆転していたのかもしれない。しかしまた渡辺が「竜王戦だけは強い」のも確かだった。こんな一方的な結果になるとは……。まさにいま渡辺は最強の時季なのだろう。



 NHK杯戦決勝も気になっていた。昨年に続き「羽生対渡辺」の決勝と知る。3月17日放送だ。果たして羽生の「NHK杯五連覇」はなるのかと気になる。今からもう録画予約しておこうか。

 というところで2ちゃんねるの将棋板を覗いたら、「最優秀棋士」に関するスレがあった。そこを読んで驚愕する。このNHK杯戦決勝で、羽生が渡辺に負けたらしい。五連覇を阻まれ渡辺初優勝のようだ。書きこんでいるひと全員がそれを既定の事実として、その上で今年の最優秀棋士を予測している。ガセではない。どうやら間違いのない事実のようである。どういうことなのだろう。何が起きたのか。

 NHK杯戦は録画だが、放送まで結果を知らせない。いくら箝口令を敷いても人の口に戸は立てられず、どこかから漏れてしまうと思うのだが、その守秘力はなかなかのもので、私なんぞは毎年結果を知らないまま、手に汗握ってNHK杯戦決勝を見ている。それはそれでいいことだ。
 今年はどうして漏れてしまったのだろう。いま興味があるのはそれになる。これから調べてみるところ。将棋的には羽生の五連覇が阻まれ、渡辺時代到来かという大事件である。さすがに伏せきれなかったのか。どこから流出した情報なのだろう。

 複雑な気分だ。日曜の楽しみが消えてしまった。観るのがつらい。知らなきゃよかった。なんで2ちゃんねるなんか覗いたんだと悔いる。あと二日、そんなことをしなければ今年もまた手に汗握って観戦できたのに。
 しかしまた考えようによっては、知らないまま観ていたら、その結果に愕き、ひどく落胆したのは確実だから、前もって知ってよかったのか。いやいややはり知らない方が……。



 昨年、私は最優秀棋士は渡辺だと思った。羽生の歴史的快記録王座20連覇を止めたのである。竜王を八連覇し、王座を奪取して二冠になった。
 羽生は、名人位と王座を失冠した。保持している棋聖と広瀬から奪取した王位の二冠のみとなった。まあ「二冠のみ」なんて言いかたはへんなのだが、羽生の場合はそうなる。その他の棋士だと「なんと二冠も!」だが。
 同じ二冠であり、羽生にはその他の棋戦優勝というプラスポイントもあったが、渡辺の二冠は↑であり、羽生は↓だ。印象に差がある。だからもう最優秀棋士は渡辺で決まりだと思った。

 しかし羽生は年度末にまたすごいことをした。NHK杯戦四連覇による通算10回優勝、あの大山ですら成し遂げられなかった「名誉NHK杯」となったのだ。早指しのトーナメント戦(=一度の負けも許されない)でのこれは絶大な価値がある。

 羽生は大山の棋戦優勝80期を越え、いま83期だが、これは大山全盛期の棋戦の数を考慮すれば、まだまだの数字といえる。羽生はデビュー時から「七冠時代」だったが、大山の二十代は二冠(名人、王将)のみである。この差は大きい。100期獲得でやっと並ぶぐらいだろう。羽生はまだタイトル獲得数で実質的に大山の数字を超えていない。その大山ですら出来なかった、この永遠に誕生しないのではないかと思われた「名誉NHK杯」を獲得したのは偉大な業績になる。



 そういえば昨年も今ごろ、その2ちゃんねるの「最優秀棋士」のスレを読んだのだったと思い出す。いや、もうすこし前になる。NHK杯戦の結果が出ていないころだ。毎年同じようなことを書いている(笑)。
 そこでは圧倒的に羽生優勢の意見が多く、私には意外だった。あらためて「羽生人気、渡辺不人気」を知った。私は羽生ファンだけれど、多くのひとの意見を読んでも、「今年は渡辺」という考えは変わらなかった。何と言っても王座戦の20連覇を止めたのが大きい。同じ二冠でも、「誰かから王座を奪取して二冠になった」とは意味が違う。
「今年も羽生だ。羽生に決まっている」という意見を、私は羽生ファンの身贔屓と解釈した。そしてまた思ったのは、「王座戦20連覇を止めた渡辺が今年取れなかったら、いったい誰が、いつ取れるんだ!?」だった。

 しかし将棋関係マスコミの投票による結果は私の予想とは大きく違っていた。NHK杯戦の結果が出てからは、「羽生になるかも」と私も思っていたが、それでも接戦だろうと思っていた。ところが票数は「13対4」と圧倒的だったのである。正直、私はこのときも「羽生ファン」というものを感じた。この投票権をもつ人たちに対してである。ここでも渡辺の不人気を感じた。
 ファンというよりも人徳と言った方が適切か。それだけ羽生の将棋観に魅入られているひとが多いのだろう。そしてまた渡辺には、将棋は強いけれど、まだそれがないのだ。



 競馬のほうでは昨年、皐月賞、菊花賞、有馬記念を勝ちながら「年度代表馬」になれなかったゴールドシップという馬がいた。これもかなりの「歴史的出来事」である。今後もこんな成績を上げながら年度代表馬になれない馬は出まい。年末のオールスター戦である有馬記念で古馬を破ったクラシック二冠馬が年度代表馬に撰ばれないというのはとんでない珍事である。
 でも私も、假りに投票権があったなら、3歳牝馬で史上初のジャパンカップ優勝を果たしたジェンティルドンナに票を入れたろうから、これはこれで割りきれる。

 私はゴールドシップの大ファンなのだが、それでも年度代表馬はジェンティルドンナだと思った。当たった。
 同じく、私は羽生ファンなのだが、最優秀棋士は渡辺だと思った。外れた。
(念のため。ゴールドシップの場合は2012年1月から12月までの成績であり、ここで取りあげている犧鯒瓩留生と渡辺の場合は、2011年4月から2012年3月までの成績であるから、同じ「昨年」と言っても時間差がある。感覚的には羽生渡辺の場合は一昨年だ。)



 羽生登場以降、「最優秀棋士」とは羽生のものだった。それを止めたのは、谷川(2回)、森内、佐藤のみである。1989年以降、その4回を除いてぜんぶ羽生なのである。ここ5年も羽生が独占している。常に複数のタイトルを所持している羽生がいるのだから、それを越えて受賞するのは並大抵のことではない。谷川も森内も佐藤も、誰もが納得するすばらしい結果を出して受賞している。

 今年、渡辺が郷田から棋王を奪取すれば、竜王、王将、棋王(挑戦者決定戦で羽生を破る)の三冠となり、その他、朝日杯(準決勝で羽生を破る)、NHK杯優勝(決勝で羽生を破る)だから、これはもう文句なしだろう。同じく羽生も、王位、王座、棋聖の三冠であり、その渡辺から王座を奪還しているが、竜王位の格と、年度末(年明け)に一気に二冠を奪取した勢いで、いくら投票記者に羽生ファンが多くても、これはまちがいないと思われる。

 問題は棋王奪取に失敗した場合である。すると羽生三冠に対して渡辺二冠である。タイトル数では劣る。私はそれでも、竜王九連覇、王将位奪取の二冠、NHK杯戦優勝(羽生の五連覇を防いだ)で、渡辺だと思う。いまは五番勝負で1勝2敗と追いこまれた郷田棋王にがんばれと声援を送るのみ。

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【追記】──羽生、渡辺に完敗──2013/03/17

 NHK杯戦決勝を見た。2ちゃんねる「将棋板」からの推測通り「羽生負け、渡辺初優勝」だった。あらかじめ羽生敗戦を知っていたから、あまり見たくなかったが、どんな将棋になるのだろう、いや「だったのだろう」と興味を奮い立たせて、見てみた。

 内容は、ここのところ対渡辺戦によくある「息切れ完敗」である。王手を掛けられ詰まされたのではなく、それ以前の投了だった。
 しかし、そういう「大事な一戦」にも「実験的試み」をする羽生に感嘆した。なんともそれがうれしかった。もしも羽生に「五連覇したいという護りの意識」があったなら、羽生は後手番として、今まで渡辺と五分に戦えてきた戦法を選んだろう。一流棋士で唯一負け越している相手ではあるが、完勝譜だっていくらでもあるのだ。

 でもこのひとは、こんな場でも、あらたなことを試みる。渡辺という、唯一自分の座を脅かす年下の棋士と闘える喜びを優先する。結果は、息切れ完敗であり、失礼ながら凡戦ならぬ凡棋譜だったが、羽生善治の将棋道への想いは充分に伝わった。

 私が、私には理解できない天空にあるこの天才棋士に求めているのはそれである。もしもここで羽生が、過去の戦歴から、対渡辺戦で、有功と思われる戦法を採択して五連覇を成し遂げたとしても、私は逆に「羽生もそんなことをするようになったのか」と解釈して失望したろう。

 羽生善治は42歳の今も、七冠完全制覇を成し遂げた25歳の、いや竜王を奪取した19歳の精神をなくしていない。そのことを確認した、悔しいけどうれしい敗戦だった。

将棋話──「近代将棋」昭和64年1月号──羽生五段のころ


IMG_0005 1989年、昭和64年の「近代将棋」1月号。
 附録に升田の問題集がついてくる。升田がなくなるのは1991年だから、引退して長いけどまだまだ元気だったんだな。

 大山がなくなるのが1992年。去年は没後二十年だった。
 このときはまだA級でがんばっている。このときもなにも死ぬまでA級だった。69歳A級は誰も抜けない記録だろう。

 この年の1月7日に昭和天皇が崩御する。
 いつの日か見ることがあるだろうと、1月5日から8日、9日まで、可能な限りテレビ番組を録画してあるのだが、果たしてそれを見ることはあるのだろうか。というか、あのビデオテープはまだ見られるのか。昭和の娯楽番組等はみなDVDに焼いたが、このテープだけはテープのままだ。まあ見られなくなっていたら、それはそれで運命と諦めよう。

 昭和64年1月1日発刊となっているが、実際は12月1日発行。まだ世の中はそんなに暗くなっていなかったか。
 崩御を知ってすぐ皇居に記帳に出かけたっけ。昭和64年は7日間しかない。世の中には数少ない貴重な「昭和64年生まれ」もいるんだろうな。その赤ちゃんももう25歳になるのか。

 「創刊39年、今年は飛躍します」と謳った「近代将棋」だが、2008年に休刊(実質的廃刊)になる。永井英明社長も昨年9月に亡くなった。でも将棋の普及にすべてをかけたいい人生だったろうな。



 この当時のA級メンバーは下の通り。羽生はまだC1。新人王になって、「新人王戦記念対局 谷川名人対羽生新人王」というのの棋譜が載っている。108手で谷川名人の勝ち。
 谷川対羽生戦はこれが3局目。それまで羽生の2連勝。谷川はこれが対羽生戦初勝利。すごい少年である。最初の対戦は1986年。16歳でA級の前名人(このときは谷川から取りもどした中原名人)を破っている。

 この1989年は谷川名人の時代。これはA級順位戦の星取表。谷川世代の南、塚田ががんばっているが、40代も中心にいる。これがやがてぜんぶ羽生世代に取って代わられる。高橋はまだA級に届いていない。若くして王将を獲得した中村は届かずじまいだった。福崎も。

 俊英が揃っていたが、やはり谷川世代が羽生世代よりも落ちるのは否めない。というか、二十代でも強く四十代になってもまだ強いという、あんな世代はあり得ない。奇蹟だ。shogea1989




























 羽生は、この年の秋に竜王になり、それ以降は常にタイトルをもっているので、段位で呼ばれたのはこの年が最後。いつの日か羽生にも「羽生九段」になる日が来るのだろうか。

彼は決して現役時に「永世なんとか」を名乗ったりはしないだろう。あれはかっこわるい。大山の現役十五世名人は、とんでもなく偉大なひとだからしょうがないとしても(升田は大反対した)、米長の永世棋聖なんてかっこわるすぎる。
どうせ名乗るなら永世竜王も獲得して、「羽生善治永世七冠」がいい(笑)。

羽生のすぐしたに、早世した村山の名が見える。

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 佐藤はC2の4位。5位に森下卓。森内は49位。先崎は51位。四段になったばかり。

 郷田はまだ奨励会三段リーグ。
 四段になれず辞めていったひとの名を見るとせつなくなる。IMG_0003

将棋話──昭和最後の記録──羽生の最多勝、伝説のNHK杯戦優勝

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『将棋世界』平成元年(1989年)4月号より。

この年のNHK杯戦で、 18歳の羽生が、あの伝説の「名人全員抜き」をやってNHK杯を制する。
 ここまでに破っているのが、谷川(現役名人)、大山、加藤。
 この文章ではまだ決勝が中原か内藤か決まっていないが、運よく中原が勝ちあがり、「名人全員抜き」の舞台が整う。

 このときはまだ羽生五段。ここで「羽生NHK杯」になり、秋には最初のタイトルである竜王位を島から奪う。 

 勝ち星はこの時点では54勝。記録は谷川が1985年に作った56勝。最終的に羽生は64勝をあげて記録を8勝上まわる。さらには2000年に68勝の記録を作る。これがいまの記録になる。



 このころは日刊ゲンダイに「勝抜戦」というのがあり、あれは伸び盛りの若手が勝ち星を稼ぐにはいい舞台だった。ああいうものがなくなってしまったところに不況を感じる。

 羽生がいなければ、谷川はもっと大きく長い「谷川時代」を築けたろう。だが谷川の将棋を観て強くなった羽生世代がひたひたと迫ってくる。
 私にとって、最高の天才は谷川だった。まさかそれを凌ぐ天才が現れるとは……。

将棋話──藤井六段、竜王に挑戦!──1998年

1998年、独創の藤井システムを引っさげて、藤井六段が竜王位挑戦者になる。
挑戦者決定戦三番勝負で破ったのは羽生四冠。この勝利で七段に昇進。

そして藤井は、四連勝で谷川竜王から竜王位を奪取する!

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将棋話──LPSAが不参加というストライキに【追記】──ストライキではなかった

LPSAが不参加というストライキ」に追記しました。
会見内容が分かりました。来期の契約を切られたから今期の残り試合に出ない、ということのようです。
それは当然の態度であり、ここで引用したデイリースポーツの見出し「泥沼ストライキ」という表現がまちがっています。会見以前の記事なので、そう推測したのでしょうが、誤解を招く表現だと思います。

将棋話──LPSAが不参加というストライキ!?──契約解除されたが故のボイコットだった

Shogi.gif 日本女子プロ将棋協会が泥沼ストライキ

 日本女子プロ将棋協会(LPSA)は28日、所属の石橋幸緒女流四段(32)が30日に予定されていた第6期マイナビ女子オープン準決勝・里見香奈女流四冠戦の対局を断念すると発表した。LPSAは07年に日本将棋連盟からお家騒動”の果てに独立。以降も対立が表面化していた。

 LPSAは29日、都内で石橋女流四段や弁護士らが出席し、経緯説明の会見を開くが、展開次第では法的措置も視野に入れており、泥沼の争いは避けられない情勢だ。

 「マイナビ女子オープン」は、LPSAが日本将棋連盟、株式会社マイナビと三者で主催する大会。LPSAは28日、マスコミ各社にファクスを送り、断念を発表するとともに、「共同主催二社による重大な契約違反と、決して許されることのない自治権の侵害があった」と主張。本紙の取材に対し、「日本将棋連盟からずっと継続して、こちらが不利益を被る提案を受けてきた。協会として、このような対応を取らざるを得なかった」と回答した。

 また、「すべての棋戦で同様の扱いを受けている。このままでは、全棋戦からLPSAの棋士が撤退することにもなり得る」と、強硬な姿勢を示した。

 LPSAは2007年、17人の女流棋士が日本将棋連盟から独立する形で設立。連盟とは友好関係を維持することで合意したものの、設立前には連盟から主催棋戦の参加を認めない可能性を示唆されるなど、“お家騒動”の果ての独立だった。

 10年には、LPSA主催の棋戦「第4回日レス杯」の出場女流棋士を巡って、日本将棋連盟の米長邦雄会長(当時)がLPSAを非難する声明を発表するなど、両者の対立が続いていた。
http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2013/01/28/1p_0005702571.shtml

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 私はLPSAを支持している。女流棋士は、米長にいじめられて気の毒だった。独立運動の先頭を走っていたのに、突如寝返った矢内を嫌った。

 今回のこれも、その後も続くイジメに対して我慢の限界ということだろう。だがこの戦術に効果はあるのだろうか。
 将棋連盟のほうに女流棋士はいくらでもいる。LPSAが女流棋戦に参加しないというのは、将棋連盟にとって、「どうぞどうぞ」「よろこんで」の世界なのではないか。今までも米長の本音は「ぜんぶの棋戦から追いだしたい」だったろうから。
 LPSAが参戦しないと棋戦が成立しない、というようなことはないのだ。

 まことに失礼ながら、ほんとに強い女流棋士はごくわずかだ。補充候補はいくらでもいる。将棋連盟は、自分の所の駒を格上げして参加させれば困ることはない。
 女流棋士は将棋界の華であり、たいせつな存在だが、同時にまた華がなくてもひとは喰うには困らない。なんだか悲劇的な結末になりそうで心配だ。
 でもたとえそうなろうともやらねばならないほど追い詰められていたのだろう。その気持ちはわかる。



 ただ、米長がいなくなったことで、彼にどれほどひどいことをされてきたかは言いやすくなった。それは今日の記者会見待ちだが。

 でもなあ、棋戦ボイコットは、それぐらいしか抗議の方法がないにせよ、意味があるとは思えない。
 むずかしい。がんばってくれとしか言えない。将棋マスコミにはLPSA支持のひとも多い。彼らがどう動くか。

 肝腎の将棋連盟はどうなのだろう。体制は、米長から谷川に代わった。谷川は女流に対してどんな気持ちなのだろう。米長などより遥かに大きな心のひとのはずだが……。
 果たしてこのストライキの結末はどうなるのか。
(ここまで29日、正午、上記引用のデイリースポーツの記事を読んで記入。)

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【追記】──契約を解除されたからのボイコットだった──15:55

会見の様子が分かった。ボイコットではない。来期の契約を切られたから、だったら今期の残りに出てもしょうがない、としたのだ。そうなのだと思う。抗議でボイコットしても意味はないから。

上記引用のデイリースポーツの「泥沼ストライキ」という表現が誤っている。
私もそれに釣られて、上記、見当違いのことを書いているが、それはそれでその記事からそう思ったのだから、しょうがない。そのまま残しておくことにする。事実は以下のようなものである。
 女子オープンを主催しているマイナビから「来期の契約はしない」と言われたので、「だったら30日の試合はいいです」となっただけである。ボイコットではあるが「泥沼ストライキ」ではない。記者会見前の推測記事だからしょうがないとはいえ、ずいぶんといいかげんな内容だった。



日本女子プロ将棋協会(LPSA)は29日、都内で会見し、女流棋戦「マイナビ女子オープン」を日本将棋連盟、LPSAと3者で共同主催する株式会社マイナビから「来期はLPSAとは契約せず、日本将棋連盟との2者契約とする」と通告されたことを明らかにした。

2007年に日本将棋連盟から一部の女流棋士が独立し設立されたLPSA。
今回の措置について、代表理事の石橋幸緒女流四段(32)は「容認できない」と報道陣の前で抗議するとともに、「大変残念な思い。排除されてしまったのかなあと痛切の念を禁じ得ません」と話した。

通告を受け、LPSAはマイナビ側と今期の契約を途中解除。石橋は、30日に予定されていた準決勝・里見香奈女流四冠(20)戦には出場しない。
石橋は「悔しく、無念の思いが去来しております」と話した。

http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20130129-OHT1T00121.htm

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 厳しい状況になってきた。マイナビは毎日コミュニケーション。毎日新聞系。『東大将棋』『激指』等のPC将棋ソフトや将棋本、「週刊将棋」も出している将棋出版系では要の会社だ。いまは将棋連盟の機関誌『将棋世界』の発刊も手掛けている。
女流棋戦「マイナビ女子オープン」は、優勝賞金500万円で女流棋戦の格付1位である。そこから縁を切られるとは何があったのだろう。

前記したように機関誌の『将棋世界』も出している最も将棋連盟とちかい組織だから、そこが縁を切ったということは将棋連盟の意思なのだろうか。 



 しかしこれは明らかな弱いものイジメである。泉下の米長は満面笑みで拍手喝采だろう。
マイナビは意見表明しないのだろうか。今まで一緒にやってきた団体と縁を切ったのだから、その理由は明確にすべきだ。会社員をクビにするときにも、遅刻が多いとか、仕事に熱意がないとか、理由は必要だ。今回もそれは表に出すべきだろう。そういう落ち度がLPSAにあったとは思えない。

LPSAには民主党系のサヨク弁護士がついている。これはLPSAの大嫌いな点になる。
この弁護士が騒ぎたてることによって、そのうち内実もわかると思うが、こういうことになると、将棋の団体なんて弱いものだとしみじみ思う。スポンサーに嫌われたら収入の道を断たれるのだ。



米長の訃報に触れた文で、私は「棋士」を、「スポンサーから金をもらって生きる芸者の側面もある」と書いた。スポンサーになってもらうためには、大嫌いな創価学会だろうと共産党(赤旗)だろうと、愛想笑いで酒席をともにせねばならない。米長はそういう腹芸が出来たが、残された陣営でそれの出来る人材がいるだろうかと。

本当はプロに経営を任せた方がいいのだが、誇り高い力士や棋士は「部外者にはわからん」と自分達で組織運営をしたがる。それはそれで賛成なのだけれど……。



今回のこの報を知り、あらためてスポンサーあっての商売なのだなとかなしくなった。 よい棋譜を残すとかなんとか以前に、金を出してくれるスポンサーがいないと餓死する世界なのだ。
今後この流れはどうなるのだろう。王座戦のリコー、名人戦のユニバーサル、 王位戦の新聞三社連合は、どんな態度に出るのか。みな米長の願いだった「LPSA潰し」に協力するのだろうか。

もしも私が将棋連盟所属の女流棋士だったら(こんな假定も噴飯物だが)、私はやはり独立してLPSAに行った。立ち上がった彼女たちはえらい。応援してきた。
そう思うから、この決定(=敗戦)は悔しくてたまらない。今後どうなるのか。サヨク弁護士が抗議したところでこの結論はくつがえらない。

米長がやったのなら、彼がいかにLPSAを嫌っていたかを知っているから納得するが、彼の死後の事件である。なんとも複雑な心境だ。 

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【追記.2】──ファンが意外に冷たい──1/29 20時

2ちゃんねるの将棋板に行って関連スレを読んでみたら、全般的に、 書きこんでいる人がLPSAに冷たいのでおどろいた。女流棋界は今、将棋連盟所属の里見を中心に動いている。初代王座になった加藤も奨励会所属で話題になった。対して、LPSAのほうには大きな話題はない。タイトルホルダーもいない。注目を集めたあの独立騒動ももうはるか彼方、ということなのか。

義侠心というか判官贔屓というか、私はそれなりに事情を知っている将棋ファンはLPSA支持だと思っていたので、この支持の低さは意外だった。

すこし救われたのは、芸スポ速報と将棋板の両方にスレが立っていたのだが、芸スポ速報のほうは何も知らないひとが冷やかしでどうでもいい書きこみをしていたのに対し、さすがに将棋板のほうは、まともな意見が多かった。こちらにはLPSA支持のひともいて安心した。でもそんなひとたちも「これで終っちゃったな」と諦めていたようだ。

今回のことによりLPSAという組織は急速に壊滅に向かうのだろうか。石橋の言ったように「排除」を感じる。それが将棋連盟の意思なのか。
一ファンとしては案じつつ事態の推移を見守るしかない……。

将棋話──王将戦、渡辺2連勝!──佐藤、危うし!

1局目で佐藤が負けたとき、なんとも言えない不安を抱いた。下が投了図。

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 渡辺は1時間以上も時間を残している。
 相掛かりから佐藤が攻め、しかも5筋にあえて馬を作らせるという大胆さだった。馬を作らせても2歩得が生きるという佐藤の判断だったのだろうが……。

 その馬を作らせた局目がこれ。 62手目。

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 62手目の時点で佐藤は持時間がなくなり、130手の投了まで1分将棋で指し続けた。渡辺も時間を使わずに応対する。
 佐藤は一度も王手を掛けることもなく、即詰みに打ちとられている。一応手数だけは130手と長いが、中身は62手目以降、ただ攻められるだけの惨敗である。



 そして一昨日、昨日の二局目。
 後手の佐藤は角交換から向飛車に振った。ふつうこれは馬を作られないよう一度四間に振ってから向飛車に行く。手損になるがそれで成立している。だが佐藤は、6五角からの馬作りを「やってみろ」としたのである。渡辺は馬を作らず9六歩と端歩を突く。
 ここからの1四角打ち。解説の久保も推奨していた手を渡辺は受けてたつ。この1四角打ちは想定内だったのだろうか!?

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 そのまま金銀が前進して行き、結果は下の投了図のように、圧倒的な中押し勝ちとなった。またしても1時間以上時間を残している。

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 佐藤は一度も王手を掛けられず、掛けられることもないまま、89手で投了である。
 2連敗はしかたないが中身が悪すぎる。



 2002年から始まった佐藤対渡辺の対戦成績は17対15でまだ佐藤が勝ち越しているが、2009年から2011年にかけて佐藤が5連勝したのに対し、2012年からこの王将戦まで佐藤の4連敗である。さらにはこの負け方だ。
 渡辺はいまが、自他ともに認める最強の時期である。自身も現在の充実ぶりを問われて、そういう年齢であることを口にしている。対して羽生世代は40を越えて降り坂の年齢だ。

 渡辺がこのまま王将、棋王と奪取して三冠になり、いや順位戦でもひっくり返して挑戦者となり、名人位を奪取し(これは挑戦者になれば勝つだろう)、四冠となるのだろうか。完全な渡辺時代の到来である。そう思わせるほど充実している。

 今からそう考えるのは佐藤ファンとしてあまりに弱気だが、そこまで考えてしまうほどの圧勝ぶりだった。どうなることやら。



 しかしあらためてまた、こういう形で3連勝し、渡辺からの竜王奪取、史上初の永世竜王は確実と思われたところから4連敗して敗れた羽生、というか「史上初の3連敗から4連勝して防衛した渡辺」の、あの竜王戦7番勝負は凄かった。あれで渡辺は一回り大きくなった。強くなった。

 次が天王山になる。佐藤がどんな戦法を採るか。渡辺はなにをしてこようと受け潰す自信満々だろうが……。

将棋話──BS日テレ「加藤浩次の本気対談」の渡辺竜王を見る──朝日杯の日

Shogi.gif 昨年暮れに自力でアンテナを取りつけBSCS放送が見られるようになった。もちろん無料放送のみ。今後も有料放送を契約するつもりはない。だって見ないもの。いくらなんでももったいない。

 いまのところ見たのは競馬をすこしだけ。もともと目的はそれだった。早いときは12時からやってくれる。それと16時からの放送がありがたい。最終レースが見られる。

 私のテレビ視聴は、地上波の番組欄を見て、 おもしろそうなものをひとつふたつ録画しておき、時間の出来たときに見る、というもの。リアルタイムではまったく見ない。いわゆる「起きたら、まずはテレビを点けて」という習慣は完全になくなった。もっとも起きるのは午前3時だが(笑)。
 録画しておいた番組も、ほとんどがつまらなく、すぐに消してしまう。半分も見ずに消してしまうことも多い。そうそう録画保存に価する番組があるものでもない。



 とはいえ時間があるとネット検索しておもしろそうなバラエティ番組を探し、サブディスプレイに流して片手間に見たりするから、私がテレビから足を洗ったかどうかはあやしい。鼻カルボがテレビは見ないと言いつつやたらテレビ番組に詳しい(ネットで見ているという設定。ウソだろうけど)。あれでは「テレビ受像機で見なくなった」にすぎない。私もそれにちかいか。

 昨日は「有吉オリラジの結婚相談所」というのを見た。こちらの番組表で見た記憶がないので、どこでやっているのだろうと調べたら関西テレビだった。なら見たことがあるはずもない。しかし便利だ。関西の番組はおもしろい。

 ひとつ確かなのは「CMを見なくなったこと」だ。録画しておいた番組でもCMはスキップするし、ネットのファイルでは最初から省かれている。だからこれからもそこそこテレビの話題にはついてゆけそうだが、「話題のCM」はわからなくなる。しかしそれを知っているメリットよりも、不快なCMを見ずにすむほうがはるかに快適だ。
 特にこのごろの「清潔関連商品CM」は異常だ。「ひとは寝ているときにもこんなに汗をかく。わあ臭い、消臭しなきゃ、除菌しなきゃ」のようなのは精神を病んでいる。電車の吊り革を握れないというような病人を生産しようとしているのか。



kato というような前振りを長々と書いているのは、なぜ今日、BS日テレの午後10時からの渡辺明竜王出演番組を見つけられたかが自分でもよくわからないからだ。ふだんBSCSの番組表なんて見ない。BS日テレというのを見たのも初めてになる。

「加藤浩次の本気対談」なんてもちろん知らないし、彼の朝の番組も見ない。テリー伊藤の出ているあれはハッキリ言って嫌いだ。政治的な事件があり、テレビを見なければならないときでもあれは見ない。

 どうして見つけられたのだろう、将棋の神様が見ろと言ったのか。と考えたので、録画もしつつ、リアルタイムで見た。



 しかし内容はひどいものだった。
 まず、加藤浩次がまったく将棋を知らない。この番組のコンセプトは、タイトル通り「加藤浩次がいま興味を持っているひとと、熱烈に本気の対談」のようでいて、じつのところは、「番組スタッフがいま話題のひとを見つけてきて、加藤と対談させる。加藤はなにも知らない」であることがよくわかった。

 そしてまた加藤も、「つけ焼刃で勉強したってかえって失礼だから、おれは生(き)のままで行きますよ」という姿勢なのかどうか、将棋智識は台本に構成作家が書きこんだ数行程度でしかない。もしも加藤のほうに「何も知らないでは相手に失礼だから、相手が決まってから一週間、必死に智識を身に着けた」のような姿勢があったら中身はちがっていた。形として「おれは生のままで行きますよ」と「将棋を知らない加藤」を演じたとしても、そこにそういう真摯な姿勢があったら、勉強していたら、ちがっていた。隠しようがない。出てしまう。そしてまたそれは見抜ける。それがこちらの趣味の力だ。

 将棋を知らず、その場の雰囲気だけで適当にしゃべる加藤に惘れた。いやでもそれがテレビなんだけど。
 一応「羽生さんとやったときはどうだったんですか」などと問うのだが、台本通りに問うているだけで、羽生のことなんかなにも知らないのが透けて見える。つまり、同じ「羽生さん」でも、将棋を知っていて心から羽生をすごいと思っているひとの「羽生さん」と、台本にあるから口にする何も知らない「羽生さん」はちがうのだ。それは見えるのである。
 私は「竜王に失礼だ」と立腹した。あまりに無内容だ。これ、他のジャンルのかたを迎えたときも同じなのだろうか。見る気はないが。



 と書いて思った。もしもここに加藤と親しいひとから、「加藤さんは竜王に失礼のないように、この一週間、ハードスケジュールのあいまに、必死に将棋の勉強をしたんですよ。なにも知らないくせにかってなことを書かないでください!」なんて抗議が来たらどうしよう(笑)。
 そのときは、「そうだったんですか。失礼しました。そんなに必死に勉強したのに、あの出来栄えなんですから、加藤さんてほんとに無能なんですね」と応えるしかない。

 いやでもほんと、わかるんだ、芸人のどうでもいいトークでも、中学高校とサッカー一筋だったなんてのがサッカーを語ると熱さが迸る。それは見える。今回加藤が、自分の知らない世界のことを、単に小器用にそつなくこなしているだけなのが見えていた。わるい言いかたをするならやっつけ仕事だ。



watanabe 見直したのは渡辺の姿勢だった。番組趣旨を説明され、プロ棋士の内実を、将棋を知らない加藤や視聴者にもわかるように話して欲しいとでも言われたのだろう、非礼で無智な加藤に腹立つこともなく、丁寧に応対していた。「これが将棋の普及に役立つのなら」と割り切ったのだろう。その意味でのみ、とてもよかったと思う。

 相変わらず渡辺のもの言いはぶっきらぼうで冷や冷やするが(笑)、その意味ではおとなだった。渡辺は今日の番組出演に関する感想を日記に書かないだろうか。この番組の趣旨をどう思ったか。聞いてみたい。
 渡辺と親しい周囲は、まずまちがいなく、「あの加藤さんてひと、将棋のことぜんぜん知らなかったですね」「竜王、腹立たなかった?」なんて訊いたろう。なんと応えたのか。

 私が将棋に詳しいから物足りなかったのではない。そこのところは強調しておきたい。《番組コンセプトが、加藤の姿勢が、安易であるのが「見えたことが不快」》だったのだ。

 同じ将棋を知らないでも、前記したように加藤やスタッフ、構成作家が、渡辺に失礼のないように懸命に勉強して作ったなら、同じ「将棋を知らないひとにもわかるように作った番組」であれ、中身はちがってくる。それこそ将棋が好きなひとにはそれが見える。極めて安易で雑な作りの番組だった。それが予算も少ないBSという世界の現状なのだろう。



 渡辺のテレビ出演と言えば、竜王戦を追った「情熱大陸」(TBS)と、将棋ソフト「ボナンザ」との対決を追ったドキュメント「運命の一手」(NHK-BS)が有名だ。ともによく出来ていた。あれとは比ぶべくもない。でもまあ渡辺竜王の気さくな一面を見られたからいいか。と思うことにしよう。でないと腹が立つ。

(【後記】──自分のサイトの将棋に関する古い文を読み返していたら、「情熱大陸」を見て、「期待していたのに最悪だった」と書いているのを発見。「ともによく出来ていた」と書いたのはまちがい。失礼しました。)

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 17日は朝日杯があり、羽生対行方、佐藤対伊藤、その勝者のふたり羽生対佐藤、谷川対三浦、藤井対広瀬、その勝者である谷川対藤井の6局が見られるという豪華な日だった。羽生と、勝率1位でA級復帰を決めた行方との対決なんて黄金カードだ。そして私にとって最高のカード「羽生対佐藤」である。それが一日に見られる。たまらない。そのあとのこの番組だから、17日は一日中将棋漬けだったことになる。
 谷川将棋連盟会長の二連勝も見られた。しかも相手は三浦と藤井である。光速流、健在だ。

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 今日18日も、残りの6局が見られる。渡辺は親友の村山に勝てば、久保か郷田と当たる。郷田と当たれば棋王戦の前哨戦になるし、久保の振り飛車との対決も楽しみだ。村山にはわるいが、ここは渡辺に勝ちあがって欲しい。久保対郷田もわくわくする。現棋王と前棋王の対戦だ。
 森内と木村は矢倉だろうか。菅井は振り飛車だ。二十歳の最若手。勝ちあがってベスト4まで行け。今日も棋譜中継を一日中見ることになりそうだ。毎度の結び。ありがたい時代である。むかしはNHK杯戦をラジオで聞いたもんじゃった。

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【追記】──18日の将棋

 今日は郷田久保戦。郷田勝ち。渡辺村山戦。渡辺勝ち。よって郷田と渡辺の棋王戦前哨戦が実現。
 渡辺、完勝。このままだと渡辺奪取の可能性が高い。郷田ピンチ。がんばれ。

 菅井丸山戦は菅井勝ち。森内木村戦は森内勝ち。菅井森内は菅井勝ち。現名人の森内、元名人の丸山を破って菅井、昨年に続いてベスト4進出。見事。

 準決勝で羽生渡辺戦がまた実現する。もうひとつは谷川対菅井の関西対決。

羽生、順位戦で敗れる──A級21連勝を止めたのは、またも三浦!

Shogi.gif羽生三冠、全勝止まる 三浦八段に敗北 将棋A級順位戦

 第71期将棋名人戦・A級順位戦の7回戦、三浦弘行八段―羽生善治三冠戦は11日、東京・将棋会館で指され、三浦八段が155手で勝ち、羽生三冠の全勝を止めた。

 三浦八段は通算成績5勝2敗。羽生三冠は6勝1敗となり、A級順位戦での連勝も21でストップした。

 これで7回戦が全て終了した。羽生三冠は敗れたものの単独トップ。三浦八段と渡辺明竜王が5勝2敗で追う。以下屋敷伸之九段と郷田真隆棋王が4勝3敗、佐藤康光王将と深浦康市九段が3勝4敗、谷川浩司九段と高橋道雄九段が2勝5敗、橋本崇載八段が1勝6敗となっている。

http://www.asahi.com/culture/update/0112/TKY201301110545.html

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 昨日深夜の決着、いま朝の7時に知った。A級連勝21という「前代未聞の記録」を止めたのは、またしても三浦だった。誰もが即座に「羽生七冠から棋聖を奪った三浦」を思いうかべたろう。「果たして何年続くのか」と思わせた七冠時代を、たった「167日天下」で終らせたのが三浦だった。
 今回も「いったい羽生のA級連勝はいつまで続くのか」と昂ぶっていたところにこの結果である。羽生ファンからすると天敵になる。

 あのころ「電波少年」で、松本明子が「羽生七冠を負かした最強の男とつきあいたい」と、三浦に突撃レポートをやっていた。「私とつきあってください。結婚してください」と、いきなり押し掛けてきて迫る松本に、戸惑いつつも三浦が「最初はおともだちから」とフツーに応えていたことに笑った。
 当時、三浦21歳。現在38歳、独身。

 しかしまあ前代未聞の記録ではあるが、たいしたことではない。いやいや、とんでもない凄い記録なのだが、たいしたことではない。矛盾しているようだがリクツとして、A級全勝で挑戦ならまずまちがいなく名人になる。だめだったなら次のA級での成績は落ちこむ。なのに羽生は全勝で挑戦し、敗れて、またA級では勝ち続けた。これは紛う事なき偉大な記録なのだが、同時にまたかなりの「珍記録」でもある。つまりこの数字は「羽生は森内名人が苦手」という数字的な証左なのだ。
 去年の春、全勝での挑戦に、「4連勝で奪取しろ!」と書いたら、勝率三割名人に負けてしまった。あれは落ちこんだ。あまりにむなしく、ここに書く気にすらなれなかった。



 だからまあ「連勝ストップ」はいいとして、より重要な「名人挑戦」はほぼ確定と思っていたのだが、それも危うくなってきた。三浦と渡辺が2敗で、苦手渡辺との直接対決を残しているから、安心は出来ない。ここで三浦をくだしておくと、三浦は失格となり、あとは渡辺戦に全力投球できた。假りに渡辺に負けても星勘定は絶対有利である。となると羽生にとって天王山はこの「対三浦戦」だったか。
 羽生対渡辺の2月1日の対決は盛りあがる。

 渡辺は挑戦者になれば、楽々と森内を倒すだろう。棋士には相性がある。渡辺は森内から竜王位を奪い、今に至る。その後、挑戦者になった森内を4-0で退けている。現在の両者の充実度合からして楽勝だろう。
 そうなると竜王名人という最高位に君臨することになり、真の渡辺時代到来となる。

 蛇足ながら、丸山では渡辺に勝てない。去年、今年と、最高棋戦である竜王戦に触れずパスしたのは、それが見えていたからだった。全局熱心にネット観戦したが、格が違っていた。書く気になれなかった。でもなぜか丸山は、肝腎な局面で強いところを見せる。竜王戦トーナメントでも羽生を潰した。羽生対渡辺なら盛り上がったのに。
 挑戦者決定戦の山崎との三番勝負も勝っている。山崎が挑戦者になれば盛りあがった。「王子と魔太郎対決」である。負けた山崎の罪は重い。まこと丸山は犖沈的瓩粉士である。好きじゃない。



 しかしまた逆に考えれば、これで混戦になり、ますますおもしろくなったとも言える。
 今年は「将棋界の一番長い日──3月1日」が、BSスカパーやスカチャン──見たことないのでわからないままに書いているが(笑)──で無料放送される。金曜日か。朝の9時半から翌日の午前2時まで将棋三昧できるのだ。ありがたいことである。

 羽生ファンである私としては、この日を待たずに羽生の名人挑戦者決定を願っているが、はたしてどうなるか。
 谷川将棋連盟会長も、まだ降級の危機から脱したわけではない。B級陥落で引退の可能性もある。目の離せない日になりそうだ。

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【追記】──『激指』に入れてみた

 この60手目の局面で先手の三浦優勢になる。一時、後手羽生優勢にもなるが、流れは先手だった。

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 この辺になってくると素人にはもうついて行けない。でも後手羽生優勢だと思うのだが……。

 後手の羽生が3九にいた龍を6九に入れる。108手目。煩悩と数と同じ指し手。
 それに対した先手の4八香っていい手なのだろうかと考えていたところに、さらにそれを上まわる不思議な手が出る。馬取りを放置しての8五歩。
 『激指』は6九龍と4八香を疑問手、この8五歩を敗着としている。
 ここって素直に銀や馬を精算していってはダメなのだろうか。間に合わないのか?
 相手に銀、角を渡すが、3一に打たれる飛車さえわたさなければ当面は大丈夫と思うのだが……。
 こちらの攻めより4三香成からの攻めが速いのか?



 155手で三浦の勝ち。終盤はすごい捻りあいだった。玉同士が8筋9筋で対峙した。リアルタイム中継(有料)で見たひとは楽しんだことだろう。私は、結果を知ってからの棋譜並べだから、感動はいまいち。でもアサヒとマイニチに金を払う気はない。



 ここのところこの種のソフトは「ひとつおき」で買うようにしている。これは『激指』の10。昨年末12が出たようだから買うことにしよう。

棋王戦挑戦者に渡辺竜王──羽生、息切れ完敗──渡辺竜王不人気考

Shogi.gif 今日は楽しみにしていた「棋王戦挑戦者決定戦第二局」がありました。
 朝10時の開始から、デスクトップ機で観戦し、羽生を応援したのですが、残念ながら渡辺に息切れの完敗をしてしまいました。

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 ここまでは角2枚で飛車を押さえこみ、優勢だと思っていました。識者の判断では、実際はそうでもなかったようですが。

 まだまだ先は長いと思っていたら、いきなりここから銀を取っての飛車切りの猛攻(新手)です。74手目。
 成立するのかとわくわくしたのですが、無理筋だったようです。 



 息切れして、ここで投了となりました。104手。渡辺の受け潰しというより、羽生が攻めを焦って息切れした感じです。

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 一局目が攻め潰しの完勝だったので今回も期待したのですが……。



 ここのところ何かあったのか、このサイトに将棋ファンが来てくれているようです。将棋ネタにアクセスが集中しています。どこかメジャーな将棋サイトで紹介されたのでしょうか?
 このブログで将棋は人気のない項目だったので、とてもうれしく、感謝しています。人気もないしあまり熱心に書かなかったのですが、これからは出来るだけ書くつもりです。実力は最高で新宿将棋センターの三段、現在は『激指』の初段に負ける程度ですから話になりません。それでも40年ほど将棋界を見てきましたから、けっこうおもしろい話は知っているつもりです。
 今回も私なりの観戦記に期待してくださったかたもいると思います。ですが、羽生息切れ完敗に落胆し、感想を記す気力が湧いてきません。すみません。



 さて、羽生世代の郷田棋王と、羽生世代を唯一追い詰める渡辺竜王の棋王戦。どんな結果になるでしょうか。
 同じく、羽生世代の佐藤王将に渡辺竜王が挑戦します。もうすぐ始まります。 
 去年の名局として話題沸騰したあの「5七玉」のような名手が出るでしょうか。 楽しみです。

「羽生世代VS渡辺」という図式は定着したようです。
 私は羽生世代を応援します。

 私はどの分野においても「トップを狙う二番目」が好きでした。それは今までの人生のすべてに共通しています。たとえばウォークマンで言うなら、本家ソニーのウォークマンではなく、Panasonic(佐藤、森内、郷田)を好んで買っていました。しかしまた本家も大好きで、最高級ウォークマン(羽生)も買っていました(笑)。

 そういう流れで言うと、「アンチ羽生世代」になるのが自然なのですが、なぜかそうではありません。その辺の自分の心理はよくわからないのですが、たぶん「最高級のものが好き」な私には、「羽生世代」というのは、この世で目にした比類なき最高級のものだからでしょう。
 私は浮気性なので、羽生世代が40代になり、落ち目になったら、それを追い落とす20代を応援するような、そういう性格です。王者の40代を20代が追い落として政権交代になるのを見るのが楽しみでした。
 なのになぜか相変わらず40代を応援しています。それは年齢に関係なく、「羽生世代」というのが、将棋の神様が使わした、将棋歴史上最高級の棋士たちだからです。それは「谷川世代」と比較すれば一目瞭然です。単なる世代ではなく、これはもう「神の世代」です。

「トップを狙う二番目が好き」と書きましたが、それは「二番止まり」という意味ではありません。もちろん安物でもありません。「いまは二番目だが、トップに立ち、それまでのトップをはるかに凌駕する大物を、二番目の時期に応援する」という意味です。

 つまり私は、いま「これは羽生世代よりもはるかに大物だ」という若者を見つけたら、そこに熱中します。しない、できないということは、それが「ない」ということです。

 廣瀬や豊島に抜かせない40代の羽生世代というのは凄いです。羽生世代は、強い三十代、四十代の棋士を、二十代で追いぬいて行きました。廣瀬や豊島にもその力はあるでしょう。なのに抜かせない。その強さ。

 そして、唯一羽生世代と肩を並べ、羽生の王座戦記録をストップさせ、竜王戦では、羽生を始め、丸山、森内、佐藤という羽生世代の挑戦を退け防衛を続ける渡辺の強さ。



 それにしても渡辺竜王の不人気はなぜなのでしょうね。
 私なりに解釈すると、『将棋世界』今月号のインタビュウで答えている「新戦法を作る気はない。新戦法なんてそんなにないし、自分にその才能もないし」は大きなヒントのように思います。これは正確な表現ではないですが、意味はあっています。細かな部分はあとで直します。そういう発言をしています。

 強いけど人気のないのは、この発言に顕れているように思います。このひと、強いけど、めちゃくちゃ現実主義者なんですね。

 そっけないテレビ解説が話題になったこともありました。しかし彼からすると、興味のない棋士のことをわざとらしく誉めるよりも、自分に正直なのがベストポジションなのでしょう。
 『将棋世界』の「イメージと読みの将棋観」でも、自分の指すことのない戦法の将棋局面を出題されると、「興味ない、自分には関係のない世界」と突き放してしまいます。これはこれで正しく、これまでも今後も指す可能性のない局面に意見を言うのは無意味であり、棋士として正しい姿勢と思います。ただ将棋ファンには冷たく映ります。

「なぜ大山より升田のほうが人気があったのか!?」
 現代で言うなら、「なぜ藤井九段は人気があるのか!?」に通じるように思います。

 でも最終的な覇者は、升田ではなく大山だったように、渡辺なのかも知れません。
 しかし私は、自分で作った定跡を破りに行く羽生を、斬新な新戦法を試みる藤井を、あえて石田流とゴキ中にこだわる久保を、大切なタイトル戦で「5七玉」を指す度胸の佐藤を、応援したいと思います。

 エンターテイナーの魅力は、強さだけではありません。

将棋棋王戦──挑戦者決定戦第1局、羽生快勝!──勝負は1月7日!

Shogi.gif 棋王戦の挑戦者決定戦1局目は、今日、羽生が渡辺に勝った。矢倉で攻めまくる、いい将棋だった。切れるのではないかと心配したが……。

 棋王戦の挑戦者決定戦は独自の形を取っている。

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 ふつうトーナメント戦は、上の表で言えば、これで渡辺の優勝である。渡辺が郷田棋王への挑戦者だ。
 ところが棋王戦はここからもうひと勝負がある。それがおもしろい。

 まずは3位4位が闘う。その勝者は2位と闘う。右側のはみだした部分。
 これの勝者が、あらためてトーナメント戦優勝者と最終的な挑戦者決定戦2番勝負を行う。
 トーナメント戦は一発勝負だから、ひとつでも負けたらもう終りなのだが、この方式だとベストフォーまで進出すれば、そこで負けてもまだ挑戦者に復活できる可能性がある。

 これだけでも変則的なのだが、トーナメント戦優勝者と敗者復活戦勝ちあがりの条件が五分だと、本来のトーナメント戦優勝の価値がなくなってしまう。だからこの「挑戦者決定2番勝負」は、トーナメント戦優勝者に有利なように設定されている。敗者復活戦から上がってきたものは、2連勝しなければならない。トーナメント戦優勝者は1勝でいい。

 今日羽生が負けていたら、すんなり渡辺が挑戦者。2局目はなかった。
 羽生が勝ったので1月7日に2局目がある。そこで渡辺が勝つと、1勝1敗だが、渡辺が挑戦者に決定する。トーナメント戦優勝者の渡辺は1勝でいいのだ。優勝者であるからして当然の権利である。
 敗者復活である羽生は2連勝しなければならない。さすがに3位4位でももういちどチャンスがある代わり、トーナメント戦優勝者を凌いで敗者復活が挑戦者になるには厳しい道である。

 羽生は渡辺に敗れてトーナメント戦は準優勝だったが、廣瀬を破って敗者復活から勝ちあがり、今日また渡辺に1勝した。1月7日が楽しみだ。連勝して挑戦者になってほしい。



 矢倉戦。烈しい将棋だった。羽生が攻めた。

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 これは75手目の局面。駒割りは、じつに羽生の角の丸損。角落ち将棋である。
 しかしまた、そんな短絡的なことが通じないのが将棋の奥深さ。
 矢倉戦は攻めが繋がればなんとかなる。
 感想戦で渡辺が、「矢倉戦では(相手の攻めが決まったら、受けるほうは)角の丸得ぐらいでは追いつかない」と語っていた。矢倉戦や横歩取りのような烈しい将棋はおもしろい。

※ 

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 これが投了図。いま自陣に引いていた龍が飛車取りで再び敵陣に乗りこんだところ。ここで渡辺が投了した。
 5七馬と入り、飛車を取っての王手に1三玉と上がって、もうすこし指すのかと思った。詰みはないよね?



【追記】──『激指』にこの投了場面を編集して意見を聞いた。すると、最善手は8二飛と逃げる手。4一龍と桂馬を取って迫るが、先に1三玉と早逃げして、1一龍に1二桂合い。先手勝勢だが、やはり即詰めはないようだ。ただ、ここからの逆転はないと渡辺は投げたのだろうが……。



 王を抑えつけている二枚の金は、一枚は4六に打ったものだが、5四にいる金は、王を護っていた7八の金である。それがあそこまで出ていって寄せに役立っている。そんなのあるか(笑)。城内の王の近衛兵が最前線で切りあっている。渡辺の3七の銀も、王を護っていた3三の銀だ。それがあんな形で桂を取った。不成。いかに烈しくおもしろい将棋だったことか。

 将棋をろくに知らないくせに、でもやたら何事も知ったかぶりをしたがるある知人が、昭和を偲び、「あのころの将棋がいちばんおもしろかった」と言った。知らないからそんな間抜けなことを言える。そんなことはない。今ほど将棋がおもしろい時代はない。それはこの棋譜を見れば解る。将棋という解析不明の深海に、身を捨てて飛びこみ分析を施す天才ふたりの藝だ。それを理解できない知ったかぶりの悲劇。いや喜劇。

 しかし内容は、丁々発止のやりとりではなく、羽生の一気呵成の攻めだった。このごろ大山的絶妙の受けを見せる渡辺なので、羽生が息切れするのではないかと心配した。
 この一戦でも「86手目、6三龍の飛車取りに構わず打った、6九銀のただ捨て」という妙手を披露している。飛車を取って必死をかけると、その瞬間7八銀成から即詰めなのだった。プロの藝である。羽生の龍はただ取りの飛車を取れず、自陣に戻らざるを得なかった。
 そのまま抑えこまれるかと思ったが、なんとかうまく攻めを繋ぎ、投了に追いこんだ。羽生ファンの私にはとてもいい将棋だったが、渡辺や渡辺ファンからすると、ちっともいい将棋ではないのかも知れない。

 不惑四十を過ぎても、こういう将棋を指す羽生の美学。惚れ惚れする。
 こういう棋士と出会えたよろこび。
 しみじみ懐古主義の知人を憐れむ。



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 ところで。これは83手目の局面。

 問題は下の解説の部分。局後の感想として「▲6八飛では▲5七金と打たれると思った」とある。渡辺の意見だ。そんな手があるのかと思う。自陣金である。しかし、どう考えてもあるはずがない。やがてそれは自陣への5七金ではなく敵陣への5三金のまちがいであると気づいた。その後の手からもまちがいない。まさか渡辺がまちがえるはずはないから、観戦者の記入ミスである。



 パソコンを駆使したこの種のネット中継に携わるひともまた、元奨励会とか、大学の将棋部の強豪だったりとか、すべて準プロみたいな強いひとである。素人はいない。パソコンに詳しくても素人では出来ない世界だ。
 でもこんな初歩的なミスもあるんだなと知った。

 いま一番有名なネット将棋の観戦記者は後藤元気さんだろう。「烏」という署名で書いている。元奨励会だ。
 先日古い『将棋世界』を読み返していたら、奨励会員の名に後藤さんの名を見かけた。
 今日の観戦記者は「吟」というかたのようだ。いまネットで調べたら、このかたがどんなかたかもわかったけど、ミスを追及するつもりはないので伏せる。でもこれはプロとしてかなり恥ずかしいミスだろう。



 1月7日が楽しみだ。
 それにしても、毎度毎度書くが、こういうプロの藝を自宅で、リアルタイムで観戦できるのだから、ありがたい時代である。

将棋話──行方八段、A級昇級を決める──団鬼六さんのこと、比較ついでに山口瞳のこと

Shogi.gif 将棋B級1組の行方尚史八段が9戦全勝でA級昇級を決めた。残り3戦を残しているが次位が2敗であり、順位からも確定した。快挙である。

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2011年5月6日、団鬼六さんが亡くなった。将棋界に尽くしてくれた素晴らしい、本物の狠尭甅瓩世辰拭

将棋好きとして、私は心から団鬼六さんを尊敬している。感謝している。ただの一将棋ファンの私が「感謝」ってのもへんだが、なぜか本気で感謝している。団さんは最高級の将棋ファンだった。

が、じつのところSMに興味のない私は団さんを将棋でしか知らない。私の読んだことのある団さんの文章は将棋関係だけなのだ。これはこれでしょうがない。SにもMにも興味ないから。縛る気もないし縛られたくもないし(笑)。



たとえば山口瞳は、「旦那をやりたがる旦那気質のない俗物」だった。
自分の好きな騎手や棋士を年末に自分の家に呼びよせ大掃除をさせる。その後に飲み会だ。そういう下々の藝人をかわいがっているという旦那気分、自分を慕う芸人を従えさせているという快感。

といって旦那としての、そもそもの能力も気質もないから彼らに大盤振舞をするわけでもない。けちだ。だけど彼は「彼ら下々のものは作家先生の自分に好かれるだけで僥倖」と勘違いしている。
だから小島太騎手のように、「なんでおれがあの家に行って掃除をしなければならないんだ」と逆愛想尽かしをして去る者も出て来る。

将棋界を「狂人部落」と名づけて、元祖コピーライターと悦に入っている。
作家の 山口瞳先生に気に入ってもらっていると感謝している世代はそれを受けいれる。中には「私も狂人部落の一住人としてウンヌン」なんて随筆を書くのまで出て来る。
私はそれを読み、将棋界を「狂人部落」と名づける山口のセンスに疑問を感じた。それを受けいれる棋士というのは何なのだろうと思った。

作家が自分を格上の作家先生と思い、棋士がそれを認めている内はいい。だがそういう階級意識のない世代になってくると反撥をくらう。
「なぜ私たち棋士は、たかが作家風情に気狂い呼ばわりされて喜んでいるのか」という棋士の随筆を読んだときは快哉を叫んだものだった。

旦那としての才能も気質もないのに旦那ぶる山口が、やがて将棋界から嫌われ、去って行かざるを得なかったのは当然だった。

むかしからアサヒシンブンの名人戦は、名のある作家が書き、それが定番となっていた。
しかしそれがいかほどの価値を持っていたかは疑問である。私は読むたびにつまらないと思った。
最初にそれを指摘したのは山田道美八段だった。彼は自分達棋士の作った美しい作品が、観戦記というゴミにまみれて汚れると批判した。

山口が新聞観戦記を書くことが恒例となっていた事例に、「山口さんではイヤだ」と最初に拒絶したのは、米長邦雄だった。ちょっとした事件になった。これまた快哉を叫んだ。これが山口が将棋界から去るきっかけになる。そういう意味では米長さんは骨のあるひとだった。

晩年の山口が巣くっていたのは競馬会だ。山口が競馬場に行くときは競馬会からお迎えのハイヤーが行くらしい。くだらん話である。観戦記を書くのならともかく、ただ遊びに行くだけでも、そんなに気を遣っている。
ある日、なにかの手違いでそのハイヤーが来なかった。山口はそれを『週刊新潮』に連載しているエッセイで、「競馬会から迎えのクルマが来なかった。けしからん」と書いた。競馬会の担当者は菓子折持ってふっとんでいったろうが、世間の大方は「なんなんだ、このえらぶるじーさんは」だった。みっともない男である。山口瞳が好きだというひとの気が知れない。

今秋、仕事の関係で「山口瞳大全」という全集をしかたなく読破したが、感心したものはひとつもなかった。
将棋ものも競馬ものも全部つまらなかった。



団さんは、そういう山口みたいなゴミとはちがう。 本物の将棋ファンであり身銭を切って多くの棋士を接待した。赤字だった「将棋ジャーナル」を引き受けて経営に乗りだし、SM小説で稼いだ大金を失ない、横浜の御殿を手放すことにもなった。
この横浜の御殿時代にかわいがってもらっていたのが、まだ奨励会員だった行方である。 
ここで行方はアマの強豪小池重明と指して敗れている。

そういえばあのころ小池のプロ入りが噂されたが、『近代将棋』誌上で、大山さん(会長)が、「素行に問題あり」と拒んでいたのを覚えている。
そのときの私は「そんなこと言わず入れてやれよ」と思ったのだが、後に団さんの「真剣師小池重明」を読んだら、ほんとに素行のとんでもないひとで(笑)、大山さんの判断は正しかったのだとわかった。
小池さんは人妻好きなのである。何度も人妻を好きになり駆け落ちを実行している。たぶん育ちの問題から、ひとのものが欲しくなる性格なのだろう。あるいは、ひとのものにしか興味がないのか。とにかく人妻なのだ(笑)。

団さんが大金を注ぎこんでまで愛した将棋に唯一恩返しをしてもらったとするなら、そのかわいがっていたアマ強豪の変人を描いた「真剣師小池重明」が売れたことぐらいか。でももちろん団さんは好きで将棋に貢いでいるのであり、恩返しなんて望んでいなかったろう。それが本物の旦那だから。



shogishouritsu団さんが亡くなったとき、将棋連盟の機関誌『将棋世界』は追悼を特集した。棋士以外でここまで特集されるひとは団さんぐらいだ。
米長会長を始め、団さんに世話になった棋士たちが思い出を綴る中に、行方もいた。団さんにかわいがってもらった棋士としては最年少なのだろう。奨励会当時、ひもじくなると団さんの家にゆき、ご飯を食べさせてもらったこと、稽古将棋を指して小遣いをもらって帰宅したことを感謝していた。

団さんは行方がA級にあがるのを楽しみにしていた。
行方は2007年に一度A級にあがり八段になったものの、その後はB級に落ち、そこに定着していた。デビュー時は「将棋に勝って、いい女をいっぱい抱きたい」等の大胆な発言が話題になり、四段なのに大活躍をしたが、近年は地味なB級棋士に甘んじていた。

団さんの死を知ったとき、私は行方の復活を期待した。団さんの恩義に酬いるにはそれしかない。恩人の死で大化けするのではないかと期待した。

行方は見事にそれを成し遂げた。今期は勝率も8割を越え絶好調だ。天国の団さんもよろこんでいることだろう。1勝0敗が1位にいるが勝率1位は行方である。

行方八段、昇級おめでとうございます。A級での活躍を期待しています。

訃報──米長邦雄将棋連盟会長──来年の電王戦を見て欲しかった──後継者は谷川か!?

00shogi.gif日本将棋連盟会長で元名人の米長邦雄(よねなが・くにお)さんが18日午前7時18分、前立腺がんのため東京都内の病院で死去した。69歳だった。


 米長邦雄さんが亡くなった。いま、安倍内閣組閣予想をする「ミヤネ屋」を見ていて、知った。
 自分の知ったのが15時半だったので「速報」かと思ったが、上のニュースにあるように亡くなったのは「午前7時」であり、もっと早くニュースは流れていたようだ。配信時間は「12時15分」となっている。

 いつものよう午前3時起きの生活だったらリアルタイムでこれを知り、もっと早くアップできていた。しかし開票速報の16日午後8時から徹夜でテレビを見ていたので、いま生活時間はめちゃくちゃになっている。今日は徹夜のまま「みのもんた」を見てから寝て、14時に目覚め、すぐにまた政治関連のニュースを見ようと「ミヤネ屋」を点けて知ったのだった。

 69歳という享年は奇しくも大山名人と同じである。大山さんは、その年で現役A級だったのだ。あらためて偉大さを知る。今年は没後20年である。
 ふたりは不仲だったが……。



 米長さんの死そのものは、数ヵ月前に見た『将棋世界』の、どこかの表彰式に出席した姿が、おどろくほどちいさく萎んでいたので、覚悟していた。もう何年も前に前立腺癌であることを公表し、闘病日記も公開していた。

 とはいえ元気満々で、相変わらず諧謔に満ちた発言を連発し、今年1月にはコンピュータ将棋ソフトと対戦し話題になっていた。
 たとえ体内にガンを抱えていようとも、生命力のあるひとは、それすらも抑えてしまう。米長さんもそのひとりかと思っていたから、『将棋世界』で見た「ちいさく萎んだ姿」はショックだった。悪魔の癌に魅入られ、ああなったらもうどんな鉄人でも終りだ。あの不屈の鉄人大山康晴ですら、最後はちいさく萎んでいた。オーラが消えていた。
 冬は元気だった。晩春あたりから一気に衰弱したようだ。



 私は熱心な米長ファンではなかった。中原米長時代で言うなら、確実に中原さんのファンだった。
 昭和58年の三冠馬ミスターシービーと翌59年の三冠馬シンボリルドルフは、ルドルフのほうが強かったが、後方一気という派手なレースぶりからシービーのほうが一般的人気があった。中原米長の関係もそれに似ている。年上の米長シービーは派手なレースで人気があったが、実績は年下の地味な中原ルドルフのほうだった。それは大山升田にも共通している。

 私は中原さんとルドルフのファンだった。何事もきちんと通じているものである。
 その中原さんは脳梗塞に倒れ、いまも障害が残っているらしい。表に出ることはない。
 熱心な米長ファンではなかったけれど、中原米長時代に将棋に夢中になったものとして、米長会長の元気な活躍が心の支えになっていた面はある。熱心なファンではないが、ファンではあった。ではその「熱心」になれない壁とはなにかと言えば、このひとは「才気煥発すぎる」のである。それが時たま鼻につくのだ。

 たとえば若い頃の、ある受賞パーティでの祝辞。紙上再現を読む。うまい。つかみはOK、笑いをとり、感嘆させ、最後にほろりとさせて結び、万雷の拍手を浴びる。なんとも、絶品の名人芸としか言いようがない。
 それが場数を踏んだベテランならともかく、30そこそこなのである。うますぎる。そのあまりのうまさに、学生だった私は、感心しつつも反撥を覚えるのだった。

 私の好きなのは、木訥な、訥弁だけど、愛情が籠もっていて、思わず感動するようなモノだった。対して米長さんのは、抜群に頭の回転の速いひとの、「これとこれをこう組み合わせて、こういう形にして、こんなふうに話すと、こういう連中がこういうふうに感動する」というような戦略が見えかくれしていた。見えていても感動させられたが。
 大山さんが米長さんを嫌ったのも、そのへんになる。武骨な大山さんには米長さんの才気煥発は軽薄に思え、同時に自分にはない羨ましい才能だったろう。



 ちいさく萎んだ写真にショックを受け、覚悟はしていたが、つい最近までホームページもツイッターもやっていたのだと知る。この流れからは「急逝」になる。
 ツイッターはフォローしていたし、ホームページも開設当初から読んでいたが、ここのところしばらく行ってなかった。これまたサービス精神旺盛すぎてかえって読み辛いのである。

 下は、ホームページの「さわやか日記」で公開した11月28日の役員会の写真。

yonenaga20121128 ついこのあいだである。次の会長は隣の谷川になるのだろうか。忙殺されるから会長職は棋士を引退してからがいい。むしろ谷川には役員すらやめてもういちど棋士に撤して欲しいと願うのだが、そうも行かないのだろう。どうなることやら。



「さわやか日記」の最後の書きこみは12月3日。テレビであの名勝負「羽生対山崎戦」を見ている。この時点では元気いっぱい。

 私があの将棋に感銘を受け、PCに向かって、このブログ用の「NHK杯戦──ひさしぶりに見た才能の将棋」を書いているころ、米長さんは囲碁を見、マラソンを見ていたことになる。

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 上記の文をブログにアップした私は再びテレビに戻り、競馬観戦(JCD)し、そのあと『笑点』を見た。ここは同じ。もう米長さんがいなくなってしまったのかと思うと、この日、同じ東京の空の下で、ほとんど同じテレビ番組を見ていたという繋がりがいとおしい。たかがテレビでも共有感覚ってのはあるのだと知る。



 ツイッターは12月5日までやっていたようだ。フォローしていたが、ツイッターをほとんどやらないので、米長さんのつぶやきが記憶にない。

 13日に倒れて救急車で運ばれたらしい、という情報を見かけた。とすると、自民党支持者の米長さんは、自民党大勝の結果を覚醒しては見られなかったことになる。あの悪夢の民主党政権が終る瞬間を見て欲しかった。米長さんなりの手法で、そのよろこびをコメントして欲しかった。

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shogitaikyousuu 棋士米長邦雄は、将棋史的にも指折り数えられる名棋士だが、数字的記録は残していない。

 たとえば1980年に「年間対局数88」というとんでもない数字を記録した。あらゆる棋戦に顔を出していた全盛期である。

 だが88局を記録したから最多勝も記録したかと言えばそれはないのである。それどころか「歴代最多勝10傑」にも入っていない。

 ふたつの表を比べて欲しい、羽生、森内、佐藤、中原、森内、木村、谷川と、「最多対局ベスト10」を記録したひとは、全員「年間勝数ベスト10」にも入っている。入ってないのはただひとり、米長さんだけなのである。かっこわるい。でもこういう目立ちかたがあのひとである。
 才気煥発な米長さんが目ざしたのは「最年少名人」だったろう。だが結果は「最年長名人」だった。そういうひとだった。

shogishorisuu この88という記録は2000年に羽生に破られる。1局差の89局。だが羽生はこの年「68勝」という歴代最高勝ち星を記録している。ただ単に対局数が多かった米長とは中身が違うのである。

 タイトル獲得数は、羽生、大山、中原、谷川に次いで史上5位。でも上位3人とは比ぶべくもないし、谷川にもだいぶ差をつけられている。「米長玉」のような歴史に残る手もあったが、谷川の「光速の衝撃」と比べるとだいぶ落ちる。
 だがその米長に、まだ佐藤も森内も渡辺も届いていない。



 そんな中で今も輝いているのがこの記録。同一カードの最多記録。中原米長戦。あの時代、いかにこのふたりが抜きん出ていたことか。

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 この187という数字を抜くのは「羽生谷川戦」だと思っていた。しかし162で止まったまま。谷川の凋落からもうそれはありえない。

 唯一可能性を残しているのは「羽生佐藤戦」だが、39の差は大きい。もしも越えるとしても10年以上先だろう。
 しかしまたここでも米長は、大きく中原に負け越している。それが米長というひとの実力になる。だが、大山に負ける升田が大山より人気があったように、中原に適わない米長も中原以上の人気を誇った。



 下は、歴代名人位。これに関して書き始めると長くなり、米長さん追悼ともすこしズレるので、この話は別項にする。49歳の新名人は今後も出ることはあるまい。しかしまたここでも、「羽生へのバトンタッチ」で目立っている。そんなひとだった。

 「中原米長世代」という、ひとつの時代が犂袷瓦豊畚わった。
 これから将棋連盟は一気に若返る。20歳若返る。
 それはまた、激動の時代の始まりでもある。棋士は一丸となって連盟運営に尽力して欲しい。

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 来年の「電王戦」の布陣が決まった。

dennosen 急速に強くなったコンピュータ将棋ソフトに危機感を感じて、恥を搔くわけにはいかないと、プロ棋士に「コンピュータ将棋ソフトと対戦しないように」と通達を出したのは米長会長だった。

 しかしまた一転して、渡辺竜王とBonanzaの対局を企劃したのも、「電王戦」を設置に尽力し、自らボンクラーズと対戦し、派手に散って話題になったのも米長会長だった。

 来年3月から4月には、「第二回電王戦」として、一気に5対5の決戦が組まれる。大将として三浦八段が控えるプロ棋士として弁明不能の剣が峰である。

 これを見届けて欲しかった。なんとも残念である。



 個人的には政治思想が同じなので、安倍内閣誕生の瞬間を見て欲しかった。石原都知事のもとで都の教育委員も務めていた。園遊会での「國旗と君が代の普及」に関する発言も懐かしい。

 5日までふつうに活動し、13日に体調を崩し、18日に逝去というのは、苦しまないいい逝き方だったか。



 谷川を始め残された理事はみな醇朴だ。米長さんのような良くも悪くも策士はいない。
 棋士は、スポンサーに金を出してもらって藝を見せる藝人である。組織の長となるものは、藝とはまたべつに、スポンサーを捜し、スポンサーとの金銭交渉に長けていなければならない。将棋に好意的なら、サヨク新聞とも酒席をともにし、朝鮮企業にも創価学会にも頭を下げる柔軟さが必要である。今後の将棋界にそれの出来る人材がいるだろうか。心配だ。

 米長さん、天国から将棋連盟を見守ってください。長いあいだお疲れ様でした。合掌。

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【追記】──会長に谷川九段──12/25

 12月25日、後継の会長に谷川九段(50歳)が決まった。
 人品骨柄文句なしのかただが、現役棋士との兼務はきついだろう。A級陥落で引退となるのだろうか。
 すばらしい棋士だけに、すこしさびしい。 

将棋-NHK杯戦-羽生、山崎戦感想「ひさしぶりに見た才能の将棋」

Shogi.gif 今日のNHK杯戦はおもしろかった。羽生対山崎の3回戦。解説は森下卓九段。超急戦の乱戦で羽生の勝ち。85手で終ったので感想戦の時間が10数分あった。これがまた最高だった。
 
  棋士は感想戦で乗ってくるとテレビであることも忘れて手が早くなる。視聴者を置き去りにして、いつもの自分達のレベルで感想戦を始めてしまうのだ。今日がそれだった。
 羽生、山崎に森下が加わって、それはそれはもう早口で次から次へと変化を述べ、駒をおいたかと思うともう取りはらって次の変化になっている。私は必死で追い縋り半分ぐらいはなんとか理解できたが、棋力の低いひとだと三人のプロ棋士がただ早口で論戦しているみたいで意味不明だったろう。
 この感想戦のすごさは矢内がひとことも発せられなかったことでも解る。
 
  NHK杯戦の感想戦で、あんなに楽しそうな羽生の笑顔を見たことがない。羽生も山崎の才能を評価しているのだろう。山崎の踏みこみの良さは、若き谷川を思い出させる。羽生は、勝ったことよりも、おもしろい将棋が指せてうれしくてしょうがない、という感じだった。羽生の笑顔を見ていたら、こちらまでほのぼのとしてきた。いいものを見せてもらった。藝の力だ。


 
 私の読みはほとんど解説の森下九段と同じだった。しかし羽生はちがう手を指す。指されてから森下が、「あ、なるほど、これはいい手ですね」と唸る。私も唸る。それがまた感想戦の時に出て指されるから楽しい。


 たとえばこの局面。飛車で王手馬両取りを掛け、銀を打って防ぎ、馬を取り、山崎が4四に歩を打ったところ。私の第一感は4五歩の合わせだ。護ったところを強引にこじ開けて行く。4四歩で追い返されるが、今度はそこから8筋に廻って飛成を狙う。それが一瞬で浮かぶ。この時点では森下は何も言っていない。私の読み。
 
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 すると羽生が6二角と打った。なるほどと思う。私の考えた合わせ歩から8筋まわりは7四銀と打たれると飛成は叶わないし、取りになるから飛車は逃げねばならない。素人手筋の軽薄さかと恥じいる。さすが羽生は発想がぜんぜんちがう。自軍にいる飛車の浸入を図るより、がら空きの王の横から迫るのが本筋か。

 が、ここで森下が、「自分だったら4五歩と合わせる」と言う。ああ、やはりイモというわけでもないのかとうれしくなる。そのあと、「4五から8筋に廻るが、でも7四銀と打たれると飛車は成れないし、けっこう難解ですね」と、こちらの思っていたことをぜんぶ言ってくれた。こうなるとうれしさを通りこして鼻高々。

 しかし将棋の実力ってのは何なのだろう。テレビ棋戦を見ていると、こういう形で最高級プロの指し手がよく当たる。森下九段と同じ読みが出来るのだから、それだけだともうとんでもなく強いはずなのだが、所詮最高でアマ三段でしかなく、年とってボロボロになった最近じゃ『激指』の初段にすら負けたりする。でもだからこそ、こんなときに同じ読みに出逢えるとうれしくなる。



 羽生の差し手は6二角だった。

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 この後、5五銀と打たれて取られそうになった飛車が、その餘裕を山崎に与えないまま進行し、最後には入玉を阻止し、即詰めに役立つのである。なんともたまらん一戦。



 解説の森下が局後に「ひさしぶりに才能の将棋を見た気がします」と言っていた。ふたりを讃える言葉だ。このひとことがすべてを物語っている。
 
 でもね森下さん、あなたの解説も最高でしたよ。対局したふたりに加えて、あなたの解説があったから最高の番組になったんです。

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【追記】──今期の印象的な将棋──2013/3/17

3月17日放映の「羽生vs渡辺」決勝戦。
勝負前のインタビューで「今期、印象的だった一番」を問われ、羽生はこの「山崎戦」をあげていた。
感想戦をあんなにニコニコしてやるぐらいだから、よほど愉しい一局だったのだろう。 

将棋話──坂口安吾「九段」──大山康晴も安吾にかかると「生意気な若造」になってしまうという話──「若冠」について

Shogi.gif11月7日に「棋王戦トーナンメント 羽生対佐藤戦」があった。いちばん好きな棋士と二番目に好きな棋士の対戦なのでどちらを応援したらいいか迷う。ともに今年は絶好調だ。ふたりとも8割近い勝率を上げている。

8日、午前3時、いつものように起床して、どちらが勝ったのだろうと調べる。
主催している共同通信のサイトに行くが載っていない。
こんなときこそ2ちゃんねるだ。全国のマニアが集まるあそこは情報が早い。将棋板に行き、調べる。羽生応援スレに「羽生が勝った」との書きこみがあった。ガセかも知れないし、棋譜が載るまでは確信できないが、まあそんなことらしい。(7時24分、玲瓏で確認した。羽生の勝ち。情報を書きこんでくれたかた、疑ってすまん)

ほんとに勝ったなら、次は渡辺とのトーナメント決勝戦だ。そのあと敗者復活戦勝者とのほんとの決勝戦。なかなかおもしろいシステムになっている。うまく郷田棋王に挑戦できるだろうか。
2005年に森内に取られてから、だいぶ放れている。かつては11連覇していたタイトル。そろそろ取りもどしたい。

11月5日の王将リーグ戦では郷田に負けている。これもついさっき知った。勝率8割目前だったのに残念。2敗してしまったので王将挑戦は黄信号。挑戦者は深浦かなあ。
郷田は今年、羽生と2勝2敗。充実している。



匿名掲示板の2ちゃんねるの汚らしさは将棋板でも変らず、それぞれのファンが罵声を投げあっている。いやはやなんともすごいものだ。
特に今、羽生の記録が大山に迫り、タイトル獲得数では抜いたものだから、羽生ファンと大山ファンの罵りあいは凄絶だ(笑)。

昨年、渡辺が羽生から王座を奪ったときは、羽生が竜王戦に二度挑戦して失敗していることからも、「渡辺は羽生を超えた」となり、羽生ファン渡辺ファンの罵りあいが続いた。それは今年、羽生が王座を奪還したことで一息ついている。つまり「越えていない」ことが証明されたから。渡辺ファンはお気の毒。

羽生は「対渡辺戦略」を完了したのだろうか。ほんとにすごいひとである。木村が大山に抜かれたように、大山が中原に抜かれたように、中原が谷川に抜かれたように、谷川が羽生に抜かれたように、渡辺に抜かれた羽生は、大山が中原に対してそうだったように渡辺にだけは苦手意識を持ち、負け越したままかと覚悟したのだが……。
2011年は対渡辺戦は7戦して3勝4敗だった。2012年はここまで4勝1敗である。
とはいえまだ19勝20敗と一流棋士で唯一負け越している相手だ。早く勝ち越して欲しい。今期の内に逆転の可能性がある。



将棋ファン同士のすさまじい罵りあいを苦笑しつつ眺めていたら、アンチ大山のひとが、「坂口安吾が大山康晴について書いた文」をリンクしていた。辛辣な 内容で、投稿者は「安吾は大山をこう書いている。大山は小人物なのだ。ざまーみろ、大山ファン」と言いたいらしい。

行って、読んだ。不勉強にも私はこの「九段」という随筆を読んでいなかった。格別の安吾ファンではないが、主だったものは読んでいるつもりなので、将棋ファンとしてこれが未読だったことが恥ずかしかった。

このブログに来てくれた将棋ファンで、未読のかたはぜひ読んでください。大名人大山康晴も、年上の安吾の手に掛かると生意気な若造になってしまうのですね。場所の「九段」と将棋の「九段」が掛かった勘違い話。ウソのようなホント。感嘆しました。いい話です。

リンク先はこちら。「坂口安吾──九段」 

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●「じゃっかん」について──安吾の誤用?

ところでこの安吾の文章に「若冠二十五の大山」という表現がある。奇妙だ。
「若干」は「ほんのすこし」の意味。
「弱冠」は二十歳のこと。

「弱冠23歳にして」なんて書くと誤用と指摘される。「弱冠は二十歳のことだ」と。



そこいら中にあふれている誤用だが、近年で印象的なのに、強制引退に追いこまれた朝青龍が「ぼくはまだ若いから第二の人生でがんばります」という意味で、「まだ、じゃっかん28歳ですから」と言ったのに対し、不仲のやくみつるが「じゃっかんは二十歳のことだ」とワイドショーで指摘したことがある。思えばあのときなど朝から晩までワイドショーを見ていた。テレビを見ない今からすると遠い昔になる。

印象的だったというのは、朝青龍の誤用に関してではない。モンゴルからやってきて12年程度でそこまで日本語を使いこなせるのだ。誤用にはすぐに気づいたが、そんなのどうでもいいことだった。そんなちいさなことを「誤用だ」とテレビで得意気に言いなさんなと、やくみつるに対して不愉快になったのである。



安吾の時代は今の「弱冠」を「若冠」とも書いたのだろうか。いくつか辞書を引いたが載っていない。
ただしこの安吾の使いかたは前後の文章から判断して「まだ25歳の若者」という意味であるから、「じゃっかん」の誤用であることはまちがいない。

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【追記】──康晴と靖春

私にとって「やすはる」は大山名人の「康晴」だ。息子の名前にしたいぐらいいい名前だと思っている。
ここのところ仕事で「本田靖春」のことを書いていた。そのときそうなることは予測されたから気をつけていたのだが、一度だけ「本田康晴」とやってしまった。編集者に指摘されてすぐに直したが恥ずかしかった。こういう場合は「ほんだやすはる」を「本田靖春」と辞書登録してしまえばいいのだが、それをやらずに書いた失敗だった。

私はこれからも大山さんの名前は何度も書くだろうけど、本田さんのことを書くことはないだろうから、やがて「靖春」は遠いものになって行く。ならそんなまちがいも、いい思い出かと、いまは都合よく解釈している。

羽生、渡辺から王座、奪還!──千日手指し直しから深夜の激闘を征する!

10月3日。雨模様。
「雨模様」と書くとATOKが「使いかたに注意」と指摘してくる。
雨模様の正しい意味は「雨が降りそうな天気」なのだが、昨今は「雨が降ったりやんだり」に使う誤用が増えているのだとか。

正しい意味の雨模様の中、図書館に出かける。降りだしそうで怖い。ノートパソコンを持っている。万が一の時にも濡れないよう、防水の準備をしてゆく。



今日は王座戦第4局。昨年、羽生が歴史的大偉業20連覇を渡辺に3連敗で止められた。

タイトルの通算獲得数は大山康晴が80期、羽生は今年それを越えた。81期。将棋では9×9の盤にちなみ、81は縁起のいい数字だ。81歳を「盤寿」として祝ったりする。

羽生と大山の全盛時ではタイトルの数が違う。大山五冠王の完璧な強さを考えれば、七冠があったなら、大山は安々と七冠を独占していたろう。だから通算獲得数81期はさほどの業績ではない。100期獲得してやっと大山の80期に並ぶぐらいだ。

そんな中、「王座戦19連覇」は文句なしだ。それこそ大山全盛期の安定度を考慮すれば、大山は何かのタイトルで20連覇をしていておかしくない。だがその大山ですら名人戦の13連覇が最高だった。名人と王座ではタイトルの格がちがうが、この場合、それは関係ない。全棋士が参加するのだから。
つまり「王座戦19連覇」こそが、羽生が大山に対して堂々と自慢できる最高の棋歴だった。
それを全棋士中、唯一負け越している渡辺に奪われた。3連敗という屈辱的な成績で。
羽生ファンにとってこれほど悔しいことはなかった。

天才と讃えられた同時代の、イチローが三割を切り、武豊の連続G1制覇記録が止まった。
東日本大震災のあった2011年。



だが羽生は今年、見事に王座戦の挑戦者として勝ちあがってきた。
とはいえ、順位戦全勝で挑んだ名人戦で、昨年の勝率から犹鯵簗梢有瓩噺討个譴討い真稿發貿圓譴討い襦絶好調ではないのか? 一抹の不安。

棋聖と王位は防衛した。
現在、最多対局数、最多勝利数だ。本来これは伸び盛りの二十代の若手が落ち目のロートル棋士から星を稼いで取るべき称号だ。41歳の王者の羽生がこれを独走することがいかにすごいことか。

王座戦。ここまで2勝1敗。5番勝負だから、今日勝てば奪還だ。



朝9時開始。それからずっと見ている。
その間、あれこれあったが、 午後2時に帰宅してからは、ずっとPCの「王座戦棋譜中継」を開いたままだ。
17時まで図書館で調べ物をする予定だったが、王座戦が気になって早めに帰宅してしまった。それからはずっと開いたまま。一緒に闘っている気分。
リアルタイムでこうして見られるいまの時代に感謝する。

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いま21:22、111手目。羽生の桂馬の王手に渡辺が9七玉と逃げたところ。いよいよ大詰めだ。

122手目。歩頭にただ捨ての6六銀。詰めろ逃れの詰めろ。6六桂を打たせず詰めろになっている。
これは羽生マジックとして語りつがれる妙手になろう。

そのあと、△8九金に▲飛車を受けて、取って、また金打って、金受けて、うわっ、なにこれ、千日手になるの!?

22時09分、千日手成立。わからん。なんでこんなことになったのか。圧倒的優勢だったはずなのに。渡辺の受けの力か。

指し直し局は22時39分から開始。毎日午後9時就寝の午前3時起きの生活なので、もう目がしょぼしょぼしてつらいけど、こりゃ眠るわけにはゆかん。結果を見届けないと。



2ちゃんねるの将棋板「王座戦」スレが励みになる。みんなふたりに熱い応援を送っている。いや圧倒的に羽生人気が高く、渡辺は悪役だが(笑)。

すごい勢いでスレが消化されて行く。38が一杯になり、39がすぐに埋まる。
ニコニコ生放送が中継しているらしいが無料会員は追いだされたまま。深夜だが、そんなに熱心に見ている有料会員がいるのか。それはそれでうれしい。



いま4日の0:39。93手目。羽生が渡辺の王を下段に落として追い詰める。渡辺は角で飛車取りになっているが取る暇がない。羽生、このまま押しきるか。

ouza4 103手目。2八馬として馬交換になるだろう。そのあと手持ちの角でどう決めるのか。7一角か。

 羽生がまちがいなく優勢なのだが、こと渡辺に対してだけは、粘られているうちに自分から転んで負けたりするので最後の最後まで気が抜けない。もちろんそれは大山風に粘る渡辺が強いのだけれど。

 眠くて目を開けているのが辛いが、なんとしても羽生が勝ち、王座を奪還するのをリアルタイムで見たい。がんばれ、羽生。もうすこしだ。

 羽生は飛車のほうを取って5四歩。

 2時02分、渡辺投了、羽生、奪還!

 やった。よくぞ勝った。よくぞ一年で取りもどした。リアルタイムそれを見られた満足感が心地良い。

※ 

 羽生の勝利を願い、午後9時に「羽生、奪還!」とやって、この文を書き始めた。実際そのまま勝ちきると思われる優勢な場面だった。だからこの文のアップ時間は午後9時25分になっている。

 ところがそこから午後10時過ぎに千日手になって指し直し。
「奪還!」とアップできたのは午前2時過ぎ。すぐに2時半。でも終りよければすべてよし。いい気持ちで寝よう。眠い。
 いつも午後9時就寝、午前3時起床。いつもなら起き出す時間だ。



 羽生がここまでがんばっている。イチローも復活した。あとは武のG1だけだな! 単勝をとらないと。

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【追記】──武も勝ちました!──11/18

 2012年11月18日、三大天才の内、いちばん復活の遅れていた武豊もG1マイルチャンピオンシップを勝ち、復活の狼煙を上げました。羽生が王座を奪還する瞬間をリアルタイムで見たいと願ったように、武が久々にG1を勝つときは、その馬券を当てたいと願っていた私は、運よくそれを叶えることが出来ました。

・マイルチャンピオンシップ完勝記──やってくれたぜ武豊!

今日から王座戦──羽生、3連勝で奪回しろ!

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 熱心に将棋を見ているけど、名人戦の結果に脱力してぜんぜんブログには書いてない。まったく、勝率三割という失笑されるほど前代未聞のひどい成績の名人に、順位戦全勝で挑んで勝てなかったのだから脱力もする。森内もこと名人戦だけは強くなるのだから不思議な人だ。

 棋聖防衛、王位防衛。名人戦の森内以外ほぼ負けていないような状況でここまで来た。24勝7敗。勝率77.4%。7敗の内、よっつが森内だ。それを除けば圧倒的強さである。

 とはいえその数少ない負けの中に丸山に負けた竜王戦がある。あれは痛い敗戦だった。渡辺から竜王を奪う機会が消滅した。昨年に続き丸山が挑んでも勝てるとは思えないし。山崎を応援したいが、挑戦者決定戦の三番勝負はきっちり丸山が先勝している。この丸山ってのもへんな棋士だ。



 昨年、空前絶後の王座連覇記録を渡辺に止められた。しかも3連敗という不名誉な数字だった。だが見事にまた今年、トーナメントを勝ちぬき挑戦者に名乗りを挙げた。 

 今日から王座戦。今日が一局目。勝ってくれ。ここで渡辺を負かさないと力は逆転したなんて言われる。唯一羽生が負け越している相手。勝ってくれ。

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【後記】 またも渡辺!

 9時に始まった熱戦は、21時46分、羽生投了。負け。
 悔しい。なぜか羽生は渡辺に対し、強引な仕掛けを敢行し、(それはそれでかっこいいけど)、屈強な渡辺の受けに切れ筋になって負けることが多い。

 それは渡辺に、大山に通じる感覚があるということであり、渡辺讃歌になるのだが、羽生ファンとしては、なんとも悔しくてならない。

将棋話──郷田真隆棋王の語るハーリー・レイス──井田真木子「プロレス少女伝説」──立花隆批判

shogisekai

 ここ数年の『将棋世界』の充実ぶりは著しく、絶讃せねばと思いつつ書かないまま時が過ぎてしまった。それはまあそのうち自分のサイトにたっぷり書くとして。

 2日に出たばかりの6月号は、なんといっても年に一度の「プレイバック2011」──昨年の全対局から棋士(!)が投票してベストの棋譜を撰ぶ企劃──が最高だが、今まで見たことのない、とんでもないめっけものがあった。

 久保から棋王を奪取した郷田真牢王のロングインタビュウの中で、なんと郷田棋王がハリー・レイスのことを語っているのだ。しかも半端ではない。スキャンしてその部分を掲載したいが、いまスキャナーが壊れている。買わねばと思いつつほとんど使うこともないのでそのうちそのうちと先延ばしにしてきたが、とうとう後悔することになった。急いで注文する。すぐ買おう。

 レイスの活躍していた時期、郷田は小学生である。「ハリー・レイスのことを知っているひとがどれぐらいいることか」と苦笑しつつ熱く語っている。この場合の「知っているひと」は知名度のことではない。年代的に若いひとは知らないだろうが、というような意味だ。
 プロレスを知らないインタビュアーが郷田の熱弁に戸惑っている(笑)。郷田は無関係に熱く語る。

 レイスの価値が解るひとはプロレスセンスがいい。まあ新日オタクとか長州なんてのが好きなのには無理。
 
 表紙の森内名人はプロレスなんてまったく興味がないだろう。その他、羽生も佐藤もぜったい好きじゃないだろうな。
 渡辺竜王が競馬好きで一口馬主にもなっているが、棋士とプロレスは結びつかなかった。だけど私の将棋好きは挌闘技好きから来ている。将棋は最高の挌闘技だ。

 まさか『将棋世界』で、郷田の口からレイスの名を聞くとは。サプライズ。ほれ直したぞ、郷田!

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 ということで検索したら、毎月『将棋世界』の内容を紹介しているサイトを知る。えらいひとがいるなあ。
 休まず毎月レビュウするということはとても大事で、むずかしいことだ。すばらしい。

http://www.shogitown.com/book/sekai/index.html 

 と思ったら将棋の古書を売っているから商売でもあるのね。納得。



harleyrace

 そういや、竹脇無我さんと仕事を始めたころ、出会ってすぐなぜかプロレスの話になり、竹脇さんが「ハーリー・レイスはかっこいいよな」と言って、私が賛同して、距離がぐっと近づいたのだった。

 と書いて思いだした。偶然じゃない。プロレスというのはアンチには手酷くコバカにされるジャンルだから、敵味方の区別に真摯になる。
 熱烈ファンはプロレス好きに敏感だ。私は竹脇さんとその仕事を始める前から、「俳優の竹脇無我はプロレスが大好き。ジャイアント馬場と親しい」という情報を得ていた。だから初対面の時からもう「竹脇さん、プロレス好きですよね」と話を振ったのだった。

 そのとき竹脇さんは、ちょっと身がまえた(笑)。それはわかる。だってそのあとに続くのは「あんなインチキ、どこがおもしろいんですか?」かも知れない。しかしすぐに私が、自分と同じく全日ファンのプロレス者とわかり、一気にうちとけたのだった。

0kanren 竹脇無我さんの訃報──あのころの思い出



 雑誌に連載していた私の競馬小説にメールをくれ、親しくなった年下の友人にSというのがいる。いつしかもう15年ぐらいのつきあいになる。神戸在住。
 彼とメールのやりとりを始めたときにも、プロレスファンかどうかをさりげなく問うた。長続きする友人になれるかどうか、そのへんは大事なのだ。競馬好きなら誰でも仲よくなれるものでもない。彼も大ファンとわかり、今も親しく連絡し合っている。

 その連載は10年以上も続いたので多くのひとから手紙やメールをもらった。親しくなったひとも何人かいたが、今はみな途絶えてしまった。残ったのはSだけだ。
 私の作品を絶讃する熱烈なファンレターをくれたひともいた。まだ電子メール以前だったので出版社気付けの手紙だった。感激して返事を書いた。しかし何度かのやりとりで、そのひとが「護憲派」とわかり(笑)、あちらも私が改憲派とわかり、次第に疎遠になっていった。出会いは競馬でも、そのあとの交友は難しいのである。



prowres

 井田真木子が「プロレス少女伝説」で大宅壮一ノンフィクション賞を取るとき、唯一強硬に反対したのが立花隆だった。理由は「プロレスなんてものに」だ。文章や構成への注文ではなく、テーマがプロレスだから賞を与えるに価しないとの主張だった。私は立花を憎んだ。「競馬主義」という雑誌のエッセイで立花を批判した。

 立花はこう言ってこの本を否定した。

私はプロレスというのは、品性と知性と感性が同時に低レベルにある人だけが熱中できる低劣なゲームだと思っている。もちろんプロレスの世界にもそれなりの人生模様がさまざまあるだろう。しかし、だからといってどうだというのか。世の大多数の人にとって、そんなことはどうでもいいことである」。

 プロレスは、立花のような品性と知性と感性が同時に低レベルにある人には絶対に理解できないものだ。



 そのときはまだ彼の本を一冊も読んでいない。どんなやつかも知らない。後に、詳しく知り、彼を嫌った自分の直感に満足した。

 村松友視さんの名言「ジャンルに貴賤なし、されどジャンル内に貴賎あり」で言うなら、立花は「ジャンルに貴賎あり」のひとだった。
 味も判らないのに紅茶やワイン蒐集に凝るところに、彼の気の毒な俗物性が出ている。紅茶やワインの味などわからないのだ。でもそれは彼にとって「貴のジャンル」であるから、凝る。蒐集する。それによって「ウンチク」「智識」を得る。紅茶やワインについて何時間でもしゃべれる博識。だが現実は、紅茶は安物のティーバッグを愛用している。だって味などわからないのだから。まさに「空の智識」である。むなしいひとだ。

0kanren 立花隆の「秘書日記」を読む




 ちかごろどんなスポーツ実況でもやたら「心が折れた」「まだ心は折れていない」と連発する。特にひどかったのがPRIDEがブームのころで、やたら実況がそればかりだった。
 このことばを最初に言ったのは神取忍であり、それを紹介したのが、井田真木子のこの本である。

 あのころはプロレス雑誌がいっぱいあった。そんな中、デラックスプロレス(通称デラプロ)は女子プロ専門誌へと特化していった。「特化」と書いたのは、最初はふつうのプロレス雑誌だった。生き残りのために、いつしか女子プロ専門誌になっていたのである。地方で見る女子プロ興行はおもしろかった。まさにどさ回り。私の大好きだった豊田真奈美はまだ十代だった。

 井田さんは慶應の後輩でもあり、そのうちどこかで会ったら一緒に立花の悪口を言おうと思っていたら、44歳の若さで急逝してしまった。

羽生復調の秘密──家族が帰ってきた!?──名人戦開幕間近

 名人など永世・名誉称号を6つも持ち、将棋界に君臨する羽生善治二冠(41)。昨年9月に通算タイトル獲得数で故・大山康晴さんと並び、11月からは2月のNHK杯まで破竹の14連勝を記録した。3月7日の竜王戦で敗退し連勝はストップしたが、年間獲得賞金額も14年連続1位と、いまも絶好調を維持している。

『女性自身』は2010年11月16日号で、妻・畠田理恵(41)との”別居"を報じている。夫を世田谷区内の自宅に残し、2人の娘と横浜市内のマンションにいる理由について、島田(註・畠田の誤記)は「二女がフィギュアスケートを練習するため、リンクの近くに部屋を借りた」としていた。

「娘たちの学校は都内にあるため、畠田さんは毎日、横浜から車で送り迎えしていました。途中、彼女が自宅に寄ることもありましたが、それも2〜3時間程度。羽生さんは娘たちと会う時間がほとんどなかったそうです。このころから彼に白髪が目立つようになりました」(将棋仲間)

 そんな彼がここへきて突然の絶好調。何があったのかと3月下旬の朝、世田谷の自宅を訪ねると羽生二冠が出てきた。飼い犬のゴールデンレトリバーが先に"お座り"して彼を待っている。ところがこの日は、ミニチュアダックスフントを抱えた畠田の母親と、トイプードルを抱えた二女も玄関から出てきたのだ。どうやら再び家族が戻ってきたようだ。

 その後3人は愛犬を連れて近所の公園に向かうと、1時間ほど楽しそうに遊んでいた。近所の主婦によると、畠田と2人の娘を自宅近くで見かけるようになったのは、最近のことだという。羽生二冠の好調の秘密は、家族が戻ってきたことにあったようだ。

「長女は中学生になったのを機にスケートをやめ学業を優先することになりました。そして二女も中学生に。3月22日からの『スプリングトロフィー・フィギュアスケート選手権』にも出場しませんでしたから、長女同様、学業に専念するのでしょう」(スケート関係者)──女性自身

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 思わず「島田って誰?」と突っこみたくなる。
 そのあとの「将棋仲間」もひどい。遊びのサークルじゃない。世界一将棋の強いひと、いやそれどころか江戸時代に完成された現代の将棋形式で、ここ300年でも最も強いひとのことを語るのに、「将棋仲間」はないだろう。いくら「女性自身」でも。

 ここは最低限「将棋関係者」「将棋連盟関係者」「将棋ジャーナリスト」とか、もうすこし気を遣って欲しかった。いかに将棋のことなど何も知らないライターが書いていることか。ま、「女性週刊誌」だからな。いや男性週刊誌も似たようなもんだけど。
 正直に言うと、将棋ファンとして、この種のことは将棋雑誌は伝えてくれないから、私は、どんな形であれこれらをネタにして伝えてくれる女性週刊誌に感謝している。それが週刊誌らしい9割インチキだったとしても肝腎の部分はこちらが読み取る。



 大の羽生ファンとして、心から「よかったなあ」と思うけど、かといって言祝ぐ気にもなれない。これが唯一の羽生のガンだ。なんであんなのと結婚したのか。
 かといって今の女房と離婚して(財産、10億以上ぜんぶ取られるだろうな)、真にあいしあえる女とめぐり逢ったとしても、娘への愛情は消えないだろうから、羽生が懊悩に沈むのは見えている。だから今回の復縁はよいことなのだろうけど……。

 羽生と同じく、娘ふたりの友人が、奥さんと険悪になったとき、「女房とは別れたいけど、娘と離れることを思うと……」と悩んでいたことを思い出した。



 何年来か、豪邸にひとりで住み、近所に回覧板をまわしに出かけたり、ひとりで生ゴミを出したりする羽生の姿が目撃されていた。そんな状態で、あれだけの成績を残すのだから、いかに強いことか。

 女房が別居してまで打ちこんでいたのは愛娘のスケーティングと言われていた。「第二の真央ちゃん」を目ざしていたのか。それともそれは単なる別居の言い訳だったのか。

 とにかく羽生の家庭がうまく行って、彼が全能力を発揮できますように、と祈るしかない。



 もしも二十代の渡辺がこんな状況に陥ったら、どんなことになっていたか。愛妻賢妻でほんとうによかった。彼の今の充実を支えているのは賢妻だ。

 ここ数年のタイトル戦で、10局以上対戦していて、唯一羽生に勝ち越している棋士となったが、渡辺の力は認めるにせよ、羽生にそのような苦悩があったのも事実だ。



 しかしまた思うのだが、「女を撰ぶのも男の実力」である。 

 女房を外したと嘆くので、ろくな男を見たことがない。古い知りあいでソクラテスというのがいる(笑)。



 女房子供が戻ってきてハッピーなら、今年の羽生はすごいことになる。 
 10日から始まる名人戦が楽しみだ。 

最優秀棋士に羽生!──史上初「名誉NHK杯」の価値

将棋の棋戦主催各社で構成する第39回将棋大賞選考委員会が2日、東京都渋谷区の将棋会館で開かれ、最優秀棋士賞に羽生善治2冠(王位・棋聖)を選んだ。5年連続19度目の受賞。
東京将棋記者会賞には勝浦修九段が選ばれた。(サンスポ)


▽最優秀棋士賞=羽生善治二冠
▽優秀棋士賞=渡辺明竜王
▽敢闘賞=郷田真隆棋王
▽新人賞=菅井竜也五段
▽最優秀女流棋士賞=里見香奈女流三冠
▽女流棋士賞=清水市代女流六段
▽升田幸三賞=佐藤康光王将
▽同特別賞=山崎隆之七段
▽名局賞=第24期竜王戦第4局
▽東京将棋記者会賞=勝浦修九段
(読売新聞)


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羽生、NHK杯史上初の10回優勝の記録。
初優勝の1988年はまさに「伝説」と呼ぶにふさわしい。
トーナメントのクジ運もまた天才の衝撃的な出現に味方した。

なんとトーナンメント戦の相手が、大山康晴(3回戦)、加藤一二三(4回戦 = 準々決勝)、谷川浩司(準決勝)、中原誠(決勝)と、現役の名人経験者4人(4人で全員である)になったのだ。それを18歳五段の羽生が次々と破って優勝する。作ろうとしても作れないようなストーリィだった。

1995年は空前絶後の七冠独占の年。ついでにトーナンメント戦であり早指しのNHK杯戦まで優勝している。すさまじい。

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将棋年間勝率の1位は中原さん。羽生は2位。1位を取っていない数少ない記録だ。今年中村五段がいい成績を上げて2位に入る。羽生は3位に落ちる。
だが中原さんとも中村とも羽生の記録は中身が違う。

中原さんも中村も若いときの、下のクラスでの記録だ。これは俊英ならみな記録する。日の出の勢いの新四段が棋戦初参加の年は、落ち目のロートルを相手に勝ちまくる。この十傑もみなそうだ。羽生の1987年の記録もそれになる。
だが2位の(今は3位)の羽生の記録は、七冠時代の年なのだ。つまりすべてがタイトル絡みで相手は一流のみ。その時期のこの記録はとてつもなくすさまじい。

今年、渡辺が絶好調で、それにちかい状態だった。竜王を保持し、羽生から王座を奪い、相手はみなA級棋士なのに一時勝率が8割まで行った。全盛期だろう。最強の季節だ。だが最終的には8割を切ってしまった。羽生のこの勝率は他の棋士の数字とは意味が違う。

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NHK杯戦歴代優勝者記録⇓


nhk

誰が最優秀棋士になるか、今年ほどドキドキしたことはない。
羽生は名人を森内に取られて失冠した。マイナス1。
19年連続保持してきた王座を渡辺に取られた。これでマイナス2。

いい方では、廣瀬から王位を奪った。プラス1。
NHK杯を4連覇して、史上初の10回制覇、初の「名誉NHK杯」になった。プラス2。
そして最多勝。これでプラス3。

その他、細かいことはいくつかあるが、要は渡辺との一騎討ち。
ファンの意見も二分されていた。



ここまででは、格付最上位の竜王を8連覇し、羽生から王座を奪った渡辺と互角。
むしろ羽生から直接王座を奪っているだけに渡辺有利の声が高かった。

同じ「二冠」ではあるが、渡辺には最高位の竜王がある。
羽生は序列同格の「名人位」を失冠している。

渡辺は羽生の偉大な記録「王座19連覇」を、そこで止めた。
イメージ的には渡辺である。

渡辺は一時勝率8割まで届いていた。
そのうえに若手の中村がいたが、それとタイトルホルダーの勝率8割は意味が違う。



羽生は最多勝である。最後に豊島に並ばれて同率1位になってしまったが、豊島は前記したような伸び盛りの若手。
40を越えたタイトルホルダーの最多勝がいかにすごいことか。
さらにはあの地位にいて「最多対局」でもある。

先日、今年度最終局で豊島が負けて勝ち星が同点1位だったのはプラスに作用した。
2位とはだいぶ印象がちがう。
また一時は勝率8割を越えていた渡辺が敗れて勝率7割台に落ちたのも関係あろう。

将棋ファンの意見も真っ二つに分かれていた。
羽生で決まりだ、渡辺で決まりだと両者のファンが激しくやりあう。

私の気持ちは、「羽生にとって欲しいが、現にその羽生から王座を奪って記録を止めたのだから、今年は渡辺かなあ」というもの。

しかしそこからの羽生の活躍がまた目覚ましかった。
トーナンメント制のNHK杯戦を10回優勝しての「名誉NHK杯」は、あの大山ですら達成できなかった史上初の記録である。その決勝戦の相手は渡辺だった。それに勝った。これはプラス。

NHK杯戦は1951年から61回の歴史がある。最初はラジオだった。ラジオで聞く将棋というのはちょっと感覚がわからない。将棋盤を手元において、ファンは読みあげられる棋譜を並べたらしい。
木村名人の優勝で始まり、升田、大山、加藤、中原、米長と錚々たる棋士の名が並んでいるが、誰も10回優勝は成し遂げられなかった。「名誉NHK杯」は架空の称号のようだった。しかしついに羽生がその冠を戴いた。



私は渡辺も好きだ。
だけどこういう形になると羽生を贔屓している自分を知る。

棋戦に関係している新聞社の記者等が中心になっての投票で決まる。
『将棋世界』に載る銓衡会の意見が楽しみだ。

みな「今年渡辺が取らなきゃいつ取るんだ」とは思ったろう。渡辺の価値は最高位の竜王を保持していることしかなかった。ところが今年、ついに羽生から王座を奪って二冠になった。勝率も8割に届くほどだった。今までで最高の年である。

しかし投票権を持つ記者のあいだにも、「それでも棋界は羽生を中心に廻っていた」という感覚があったのではないか。楽しみに記事を待ちたい。



今年は名人を森内から取りもどすので三冠に復帰するだろう。
竜王戦が早々とトーナメントで橋本に負けて不利になっている。直近の敗戦になるこの1敗は痛かった。これで年度勝率が7割を切ってしまった。なんとか敗者復活枠から勝ちあがって欲しい。
とにかく羽生ファンとしては、対渡辺の成績が悪いことがたまらない。竜王位に二度挑んで二度敗れている。なんとしても渡辺から竜王位を奪って欲しい。

さて、名人戦開幕までもう少し。第一局は4月8日。椿山荘。ストレートで奪還してほしい。

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【追記】──歴代最優秀棋士

habu

中原時代、谷川時代を経て、羽生が王者の時代になる。
一矢を報いたのが、谷川、森内、佐藤の三人だけなのがよくわかる一覧だ。
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