マスコミ

パソコン話──『週刊アスキー』、印刷版は廃刊──時の流れ

 アスキー・メディアワーアクスの週刊パソコン誌「週刊アスキー」が5月26日発売号を最後に、印刷版の刊行を停止することが分かりました。週刊アスキーのネットメディア「週アスPLUS」のサイトにお知らせが掲載されています。

 6月以降は、電子書籍版にあたる「週刊アスキー電子版」と、ネットメディア「週アスPLUS」に完全移行するとのこと。紙媒体としての「週刊アスキー」は実質休刊となりますが、電子版は今後、従来の誌面デザインを踏襲しつつも、発行間隔を自在に調整して即時性を高めるなど、電子書籍の強みを生かして良質なコンテンツを提供していくとのこと。また「週アスPLUS」はこれを機に、サイト名を「週刊アスキー」に改名する予定。

 「週刊アスキー」はアスキー・メディアワークスが発行するパソコン誌。前身となった「EYE-COM」時代から数えると、実に26年もの歴史を持ち、また日本では現存する唯一の週刊パソコン誌として根強い人気がありました。

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1503/31/news039.html

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   ↑ 今日発売の最新号。スマホ雑誌。

 創刊号から買っていた。最初は「EYE COM」だった。隔週刊の時期もあった。なつかしい。空港で買って海外に持参したことも数多い。あのころはパソコン雑誌を買いまくっていた。いろいろそろっていた。自作に凝っている頃は頼りにしていた。インターネットの普及、紙メディアの衰頽。いまはほとんどが廃刊になった。『週刊アスキー』は数少ない残った雄だ。

 しかしここ何年かはパソコン雑誌ではなく「スマートフォン雑誌」に変身していたので縁遠かった。売るための必然の方針変更だったのだろう。
 『週刊アスキー』がパソコン雑誌のままだったとしても買わなくなっていたように思う。情報はネットで充分に集められた。欲しいモノの使い勝手報告は、誌上のライターの文より実際に商品を購入したネット上のレビュアーのほうが信頼できた。なにかを読まないといられないのだが、出先でもタブレットがあれば十分だった。いつしかマンガすらタブレットで読むようになっていた。
 それでも紙には紙の魅力がある。「新型ノート特集」の号ではKioskで買い電車の中で読んだ。創刊から5年ぐらい前までは毎号缺かさず買っていたが、ここのところ月1回、いや2ヵ月に3回ぐらいまで減っていた。



 2年前、バイトの事務所で、アンチャン、ネーチャン、オバチャン数人が、私の持っている『週刊アスキー』を見て不思議がった。なんの雑誌かと問うてきた。中にはエロ本かと勘違いするのもいた。たしかに表紙は似たようなものだ(笑)。私にはこの表紙センスは解らない。でも長年続けたのだから読者に評判は良かったのだろう。
 彼らはみなスマートフォンを持っていた。重用していた。ひとと一緒のときも、会話するでもなく手元のケータイを見詰めているタイプである。なのに『週刊アスキー』の存在すらしらなかった。スマートフォンを愛用することと、それに関する新型器の情報を紙のメディアから得ることは無関係だったのだろう。あるいは彼らはスマートフォン耽溺型ではあるが、新型とか新機能には興味のないタイプだったのか。こっちのほうが正解かもしれない。自分があたらしいもの好きなのでそう思いがちだが、意外にみな「いま使っているもので十分」で、新型器には興味がなかったりする。

 私のATOKには「あすきー」と打つと「『週刊アスキー』」と変換されるよう辞書登録されている。『週刊アスキー』が創刊された(EYE COMからそうなったとき)にしたものだ。何年前だろう。もう使うこともないから削除する。 

 毎週愛読していたパソコン雑誌なら廃刊に想うこともあるが、スマホ雑誌になってから縁を切っていたので、ことさら感じるものもない。でもまあ「そうかあ……」という時の流れだけは感じた。 

従軍慰安婦問題──反省しているようで反省していない北海道新聞──アサヒもドウシンも同じ

あの名高いサヨク偏向新聞、北海道新聞がアサヒに続き、詐欺師吉田清治の証言を元に作った捏造記事に関する反省を載せたらしい。アサヒが反省するようでいてじつは居直っていたのに対し、それに関する掲載記事7本をぜんぶ再録し(アサヒは1本のみ)、すこしはまともに反省しているかのように思えたが、よく読んでみると、やはりぜんぜん反省していない、というお話。くわしくはこちら。

・北海道新聞の慰安婦検証特集─生かされなかった朝日の教訓

それにしてもこんな事実無根の記事を載せていたのだ。新聞の効果と信頼は大きい。日本を愛する多くの道民が、「むかしはこんなひどいことをしていたのか」と俯いたことだろう。まったくのウソなのである。吉田清治という詐話師の完全な作り話、済州島に住む朝鮮人が「そんな話、聞いたこともない」ときょとんとする荒唐無稽な作り話なのである。



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「朝鮮人慰安婦の強制連行」

「まるで奴隷狩り」

「殴って、子引き離し」

「陸軍と警察、行政一体で」


すべてウソ。事実無根。無からのでっちあげ、虚空のウソ話。写真の吉田清治は「痛恨の告白」で涙を拭っているのか。なんともおそろしい世界である。こんなもの読まされたら誰でも信じてしまうだろう。

吉田清治という詐話師の作り話、ここぞと飴をなめに来る弁護士・福島みずほ(これをきっかけに国会議員まで登りつめる)、大々的にそれを報じるアサヒ新聞、それに続くドウシン、サヨクマスコミ、こりゃおいしいと浮かれる朝鮮半島、世界中にそれを喧伝し、アメリカの都市に「従軍慰安婦像」なるものが建つまでになった。まさに吉田清治というウソツキジジーの一滴のウソが今じゃ世界的大河となっている。

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この問題の異様さは、「日本から始まっていること」だ。ふつうこんなものは被害者ぶって金を得ようとするのが騒ぎたて、こちら側は「そんな事実はない」と否定して論争になる。ところが朝鮮シナに関わるこの種の問題は、あちらはなにもしない、しらない(事実無根なのだから知るはずもない)のに、日本のサヨクが「こんなことがありますよ」と捏造することから始まっている。なぜこんなマスコミが存在できるのだろう。しみじみへんな国だと思う。

msn産經ニュースが終了──MSが次ぎに組むのはどこ? アサヒ? 聖教新聞?

msn産経ニュースが終了 ご愛顧ありがとうございました 2014.10.1 02:10

 日本マイクロソフト株式会社と2007年10月から共同で運営してきた「msn産経ニュース」のサービスが9月30日、終了しました。7年間にわたってご愛顧いただき、誠にありがとうございました。

 10月1日からは、産経新聞グループの新たな旗艦ニュースサイトとなる「産経ニュース」がスタート。新聞記事の正確性、ウェブニュースの速報性に加え、世の中で今起きている事柄を網羅した三位一体の「ウェブ・パーフェクト」報道スタイルを堅持。ネット用のオリジナル記事「産経プレミアム」を大幅に拡充するほか、トップページを大阪の視点で編集するユニークな「産経WEST」、モバイル端末に適したフォトジャーナリズムを提案する「産経フォト」など、独自コンテンツの豊富なニュースサイトとなります。スマートフォン用のアプリも大幅にリニューアルし、操作性と視覚性を高めます。
http://sankei.jp.msn.com/etc/news/141001/inf14100102100001-n1.htm

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 丸7年か。時の過ぎるのは早い。もともとMSは毎日新聞と組んでいた。「毎日」嫌いの私は読まなかった。Ms-Dosのころからの窓使いではあるが、とにかくMSが嫌いでIEすら使わないぐらいだから、嫌いな「毎日」と嫌いなMSのコンビを蛇蝎の如く嫌った。いいコンビだと嗤った。

 それが突如2007年に産經と提携となった。「えっえっえっ、なぜ???」と奇妙に思ったことをいまも覚えている。私からすると共に嫌いな「毎日」とMSだが、両者はよく似合っていた。お似合いのカップルだった。田原総一郎とドイタカコの夫婦、あるいは佐高信とツジモトキヨミの熱々恋人みたいなものだ。まことに醜い。それがなにゆえ同棲を解消して産經と組むのか、私には理解不可能な光景だった。しかしそれはさんざんこちらを苦しめてきた敵の龍王が、捕獲したらこちらの持駒飛車になってくれるような、痛快な出来事でもあった。以来毎日「msn産經ニュース」を読んできた。zakzakと並ぶ私の愛読ネット新聞だ。2007年というと今の地に越してきた年、光フレッツを始めた年だ。あれからもう7年経つのか。
 当時、MSが「毎日」と切れることを知ったのが下のニュースだった。



マイクロソフト、MSNニュースポータルを毎日新聞から産経新聞へ  2007/06/27 22:04
   
 マイクロソフトオンラインサービス事業部は6月27日、毎日新聞社と共同で運営している「MSN毎日インタラクティブ」の提供を9月30日に終了することで合意したと発表した。

 これにより毎日新聞社は、10月1日から新たな総合情報サイトとして「mainichi.jp」を開設する。新サイトは、ニュースサイトからさらに進化した「総合情報サイト」としてスタートし、ニュース報道のほかエンターテインメント情報や暮らしに役立つ生活情報、地域情報を充実させる。

 また、ユーザー参加型コンテンツも充実させ、情報の信頼性に加えて“楽しい”“役に立つ”サイトを目指すとしている。さらに新サイトの開設に合わせ、英字新聞サイト「MAINICHI Daily News」も全面リニューアルを行う。

 一方、マイクロソフトは産経新聞グループの産経デジタルと業務提携を締結し、新たなニュースサービスの提供を開始する。両社は産経デジタルが運営する産経新聞のウェブサイト「Sankei Web」を発展成長させ、双方の技術力やコンテンツ、ノウハウを融合した新しい「MSN産経ニュース」を開設することで、さらに多くのユーザーを満足させるサービスを実現するとしている。



 毎日、産經と相方を替えてきたMSは次はどこと組むのか。話題のアサヒシンブンか、赤旗、聖教新聞、恋人候補はいっぱいいる(笑)。

 私はとにかくMSが嫌いだったので、いまも嫌いだが、この「MSが毎日との縁を切って産經と組んだ」というのは、唯一MSに好意的になれた事件として記憶している。それは、大嫌いな騎手が大穴馬券を取らせてくれたので嫌い度合が減ったのに似ている。これからどこと組むのか知らないが、産經と組むことによって嫌い度合を減らした私のようなのもいる。溜め息の出るようなことにならないよう祈る。でもMSだからな、期待はしない。ともあれ7年間、ありがとう。この「msn産經ニュース」のおかげで、MSアレルギーがしばらく治まっていた。そのことにはすなおに感謝する。 


朝日新聞が慰安婦問題で一部反省──朝鮮が破滅する日

産経新聞 2014年08月05日10時29分
 
朝日新聞が慰安婦問題で一部反省、吉田証言「虚偽と判断し記事取り消します」

 朝日新聞は5日付朝刊1面と16〜17面で慰安婦問題の特集を組んだ。

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 1面記事では「私たちは元慰安婦の証言や数少ない資料をもとに記事を書き続けました。そうして報じた記事の一部に、事実関係の誤りがあったことが分かりました。問題の全体像がわからない段階で起きた誤りですが、裏付け取材が不十分だった点は反省します」と書き、これまでの慰安婦報道での誤報を一部認めた。

 朝日が16回も取り上げた自称・元山口県労務報国会下関支部動員部長、吉田清治氏の「慰安婦を強制連行した」との証言については「虚偽だと判断し、記事を取り消します」とした。

 また、もともと関係のない慰安婦と工場などに動員された女子挺身隊とを繰り返し混同した記事を掲載したことに関しては、「当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました」と間違いを認めた。

 一方、元韓国人慰安婦、金学順氏の証言記事で、「『女子挺身隊』の名で戦場に連行」などと実際の金氏の経験と異なる内容を書き、慰安婦問題に火をつけた植村隆記者(今年3月退社)に関しては「意図的な事実のねじ曲げなどはありません」と擁護した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140805/plc14080510230007-n1.htm

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 国賊新聞がいまごろやっと認めても、南朝鮮は世界中にあの意味不明の「従軍慰安婦像」なんてのを建てまくり、日本軍が20万人の、30万人のいたいけな朝鮮人少女を拉致し、強姦し、性奴隷にしたと大嘘を喧伝している。
 最大の敵が身内に居るという不幸。こんな国は他にない。どこの国のマスコミモ、自国をあいし、誇っているのに……。

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 朝鮮における従軍慰安婦はアサヒシンブンとフクシマミズホらによる捏造だが、朝鮮人がベトナム戦争において、違法な残虐無差別殺人を犯したのは歴史的事実である。ベトナムはいまその準備をしているから、やがて国際法廷で裁かれることになろう。


 私はいままでに200人ほどのベトナム人と話した。全員が朝鮮人を大嫌いだと応えている。もっとも今まで50ヵ国ぐらいのひとと話しているが、朝鮮人を好きだというひとに会ったことはない。

 しみじみ朝鮮は愚かだと思う。世界中で朝鮮人を好きだと言ってくれるのは、韓流ブームとかに躍らされる日本人のバカだけなのだ。KPOPなんてのを好む日本人のカスだけなのである。それを大事にせねばならない。世界中で唯一、自分達を好いてくれる稀有な連中なのだから。なのに国を挙げての反日。今じゃそういうバカカスすらも嫌韓になりつつある。先の見えない盲だ。必死に墓穴を掘っている。



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 明治43年に日本は朝鮮を併合する。その当時の李氏朝鮮の様子だ。日本の江戸時代の橋と比べると、いかにこの国がひどい状態だったかが解る。糞小便はみな道路にした。当時のパリ・ロンドンなどもひどいものだが──ベルサイユ宮殿にトイレがなくみな庭でしていたのは有名──彼らですら朝鮮に来て、こんな不衛生な汚い首都は初めてだと記している。
 
 こんなものを引き受け、こういう環境で李氏朝鮮の悪政に苦しむ文盲だらけの民衆を、インフラを整備し、教育を与え、それなりの国となる基盤を作ってやった。なのにやつらの言うのはいまだに日本への不満と悪口だけだ。どれほど日本から金を毟り取ったことか。なんでこんなのと関わってしまったのだろう。地理的不幸と割り切らねばならないのか。

 日本というさんざん世話になった国への感謝を忘れ、「やられたやられたとやられた」と、やられたことばかりを駄々っ子のように喚いて拗ねていると、そのうち足もとから、自分達が他国に「やったこと」が顔を出す。この国は、そのことで崩壊するだろう。

 ベトナムから正規に告発されたとき、口先だけでごまかして生きてきたこいつらが、今度はどうごまかして逃げようとするか、けだし見物である。が、決して逃げられない。世界は、日本のようなお人好しだけではない。真っ当に裁かれなさい。沈みなさい。もう日本は助けない。

日本の主要メディア25紙の「偏向ごみ度合」ランキング──1位は東京新聞、2位に朝日

 日本のマスコミは偏向しているが、そのマスゴミ度を検証し、ランキングを作成するという珍しい調査が行われ、結果は「最悪ごみ」が東京新聞、ならんで朝日新聞だったことが分かった。

 以下、主要メディア25紙の「ごみ」ランキング
 
 第一位 東京新聞
 第二位 朝日新聞
  三  北海道新聞
  四  琉球新報
  五  沖縄タイムズ
  六  毎日新聞
  七  新潟日報
  八  信濃毎日
  九  中日新聞
  十  神戸新聞
  11 河北新報
  12 京都新聞
  13 中国新聞
  14 高知新聞
  14 西日本新聞
  16 秋田魁新報
  17 山陽新聞
  18 徳島新聞
  19 下野新聞
  20 静岡新聞
  20 日本経済新聞
  22 四国新聞
  23 産経新聞
  24 読売新聞
  25 北国新聞

 この調査は専門家がチームを組んで「偏向」の度合い、特定の団体の代弁ぶり、売国奴、上から目線など10件のチェックポイントを精査したランク付けで、詳細は「READJAPAN」(モノクロ九月号、晋遊舎)に発表された。

 保守系のトップは産経だが、この詳細チェックでは偏向紙面ではない総合力で北陸の有力紙「北国新聞」が、産経新聞、読売新聞よりも上位と判定されている。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成26年(2014)7月31日(木曜日)より


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 上位のワースト6と、下位のベスト4は誰でもわかるところ。一番は北国新聞か。金沢で読んでいい新聞だと思ったものだ。ランクが高いのは当然。
 四国新聞はまだ読んだことがない。いまからサイトを検索してみよう。四国に好意的になった。

「ごみ」のほうも当然の顔触れだ。「信濃毎日」(毎日新聞とは無関係)ってのは、反日の不快な記事を見かけるとソースはここのことが多く自然に名前を覚えた。日刊ゲンダイみたいなもの(笑)。長野か。

 北海道新聞てのは不愉快で読めない。これは最悪。北海道という寄せ集めのあたらしい地の歪みを集約したような真っ赤っか新聞。道民はこれが好きなんだよな。
 中日新聞の愛知。ここは1位の東京新聞とも親しい。
 ふーん、田中角栄のおひざ元の新潟にも「新潟日報」なんてのがあるのか。眞紀子を落とした新潟の良識を信じていたが。
 
 こういう流れから、「信じられる県」「反日の県」が見えてくる。こどものころから「北国新聞」を読んで育つのと、「北海道新聞」を読んで育つのでは、国を愛する心、日本人としての誇りがちがってくる。とりあえず北海道や信濃や沖縄でない自分にほっとする。



 以前「たかじん」で、沖縄に勤務していたことのある田母神さんが、「沖縄で『沖縄新報』、『琉球タイムス』を読んで東京に戻り、アサヒシンブンを読むと、アサヒがウヨクに思えます」と言って笑いを取っていたっけ。

 沖縄は特別な地だ。しかたない。しかし沖縄の愛国者は、こんなイメージでばかり捉えられる傾向はくやしいだろう。もしもここを沖縄の愛国者が読んでいたら、私はわかっています、と伝えたい。わかっているひとはいっぱいいますから、と。



 ところでこの「主要25紙」ってのは、どういう基準で撰ばれたのだろう。発行部数なのか。「信濃毎日」なんてのが全国の25の中に撰ばれるものとも思えないのだが。 

「新報道2001」の朝鮮沈没船特集、都議会女性議員にヤジ──係わりあいたくない世界

 いつものよう午前3時からの作業も一息つき、7時半になったのでテレビを点けた。点けねばよかった。といま悔いている。
 平日朝の「起きたらまずテレビ」の習慣はもうずっと前に卒業したのだが、日曜はフジテレビの「新報道2001」を見ようとするクセがまだ残っている。かつてテレビを見ていた時代、私が最もテレビ番組に接するのは日曜だった。朝の政治番組から始まって、午前の将棋、午後の競馬中継、大相撲中継、夜は「行列」や「洋画劇場」と、日曜はテレビ漬けだった。とはいえ競馬場に通いつめていたので、ほとんどは録画であり、《「報道2001」を見たあと、あれこれ録画予約をして競馬場に出発》が日常だった。それらの録画番組を見るのは月曜以降である。正しくは日曜はテレビばかり見ていたではなく、日曜にはよく見る番組が多かった、か。
 テレビを見なくなり競馬場にもめったに行かなくなったが、日曜朝のこのクセがいまもたまに顔を出す。



「新報道2001」を点けたら、いきなり大嫌いな「おしゃべり整形女のキムなんとか」のアップである。うんざり。また今週も朝鮮特集か。反射的に消そうと思ったが、告げ口外交の女大統領のことでもやるのかなとしばし我慢した。するとまたあの沈没船の話。世界中から朝鮮民族の水準の低さが指摘され惘れられた事件だった。そんな中、我が身の危険も省みず40人をも救助した英雄がいたという。その特集だった。3分ほど見てチャンネルを替える。

 そういうまともにがんばったひともいたということは、みっともない事実ばかり浮き彫りにされたあの事件の救いではあろうが、かといって日本の政治番組の「新報道2001」が日曜の朝から特集するようなことだろうか。そのことにそんな価値があるだろうか。



 日本でこんな事件が起きたら、いや船員の意識が根底からちがうから起きるはずもないが、すると南朝鮮は「劣等民族の日本がこんな恥ずかしい事件を起こした。世界中の笑い物になっている」と連日報道するかも知れない。日本の不幸がうれしくてしょうがない国もどきだ。だが日本が、こんな朝鮮の事故を今更特集して報道する意味がどこにあるのだろう。

 もしも「日本が危機管理がなってなく、このような大きな事故を起こしてしまった、多数の被害者が出てしまった、なのに朝鮮では同じような事故でも被害者が出なかった」というのなら、学ぶためにその必要はあろう。しかし現実はそうではない。同じような状況に陥っても日本は船長を始め乗務員の勇気ある節度を持った行動で被害者が出なかった。朝鮮では雇われ船長が真っ先に逃げだすような事態となり数多くの被害者が出た。それだけの話である。そこから学ぶこともないし、今更あの国の缺点を指摘してもしょうがない。それは彼ら自身が学び克服して行くことだ。犠牲者の冥福を祈り、それでもういいではないか。報道すべき事、いま考えねばならないことは山積している。なぜいま「救助にがんばったえらい朝鮮人もいる」と日本のテレビが特集せねばならないのか。これまた「韓流」の流れなのか。



 そういえば先日、行き先や駅で「異常なハングル表示」と話題になっている京王線に乗った。すごかった。日本語、英語、朝鮮語、支那語(北京語=普通話)で表示が出る。日本語と同じ大きさで同じ時間(車内ディスプレイ等)ハングルを表示する必要があるのか。駅でも車内でも、見渡す限り、ハングル表示があって助かったという朝鮮人は見当たらなかった。そもそも日本に旅行に来る朝鮮人ならアルファベットぐらい読めるだろうし(なにしろとんでもなく大学進学率が高い国だから)、いったい誰に対しての大金を掛けたハングル表示なのだ。理解できない。

 日本は朝鮮人の観光客で保っている観光立国ではない。それをするならむしろ南朝鮮が日本語表記をすべきだろう。だがあちらにはそんな感覚は微塵もない。もちろんシナでも日本文字など見たこともない。なんなのだろう、この中韓に対する異常な気配りは。なぜ中韓に隷属するのだ。気持ち悪くなって吐き気がした。JRでも日本語、英語、ハングル、支那語の表示は徹底している。政治からマスコミまで要(かなめ)はみな朝鮮人に抑えられている国ではあるが、なんとも不快だ。



 私がチャンネルを替えるとき、済州島に住むというその牘冤梱瓩インタビュウに応えるところだった。このあとあの整形女は自分達がいかにすぐれている民族かとまた一席ぶったのだろうか。あの女を出すというだけでもうこの番組は視聴に価しない。フジテレビはどうしてこんなことになったのだろう……。



 といってチャンネルを替えたら他局がやっていたように、「都議会での女性議員に対するヤジの特集」でも困る。こちらは1分ほど見て電源を切った。テレビを点けた自分に嫌気が差した。まったくくだらないことを大仰に騒ぎたてている。
 都議会で少子化問題を提議する35歳の独身女性議員に「おまえが結婚してこどもを産め」のようなヤジが飛び、いま犯人捜しで大騒ぎだという。「女性蔑視の発言だ。絶対に許せない!」と人権派(笑)はおおはしゃぎだ。

 マスゾエ都知事も「必ず犯人を捜しだす」と発言した。
 こういう事件が起きたとき、トップにいるものが即座に反応する必要はない。いや、してはならない。

 かつてスマップの草薙が深夜の公園で酔って裸になって高歌放吟したという、それだけの事件?の時、(草薙は当時地デジ化のCMに出ていたので、その担当)大臣の鳩山弟が「絶対に許せない。最低の男だ」とテレビカメラの前で発言して後々悔いることになった。大震災の時のカンナオトも、「原発事故? おれの出番!」とばかりに勇んで福島に行ってかえって事故の混乱を招いた。司令塔が下界に降りたら視界が狭くなる。バカである。
 マスゾエも、マスコミが大騒ぎするワイドショー的な事件だからこそ発言は慎重にすべし。こういう「女性の味方的立場」を取れば支持が強くなるというものではない。薄っぺらになるだけだ。元々薄っぺらだけど。

 するとまたこの女議員がかつてはさんまの「恋のから騒ぎ」に出ていて、「つき合った男からは別れるときに必ず慰藉料を取る、最高で1500万円取った」という話が(風評ではなく当時の番組がそのまま)YouTubeで流れたりして、まことにくだらん流れ。果たしてこの女、名を挙げたのか恥を広めたのか。ヤジられて涙ぐんでも今までのキャラは消えない。



 実際は65歳の男なのに41歳の女になりすましている<きっこ>なんてネット奇形も、ここのところ「福島の放射能を避けて西日本に疎開しているという設定」もバレておとなしくしていたが、この事件で連日大はしゃぎ。まさに「水を得たオカマ」。

@kikko_no_blog
不妊に悩む女性への支援の必要性を訴えた女性都議に対して「お前は産めないのか?」という最低のヤジを飛ばしたクズ議員は、子どもがいないのに少子化問題を語る総理大臣にも同じヤジを飛ばしてみろよ。

@kikko_no_blog
不妊で悩む女性たちの思いを訴えた女性議員に対して「お前が結婚しろ!」「お前は産めないのか!」とヤジを飛ばしてゲラゲラ笑った自民党の男性議員ども、お前らは誰に産んでもらったのか?これほど女性をバカにするのだから、当然お前らは「男のケツの穴」から産まれて来たんだよな?このクソ野郎!

 と連日この件に関するツイートを女性の立場から(笑)連発している。まさにオカマらしく、このひと「男のケツの穴」が大好きである。かつては大嫌いな石原慎太郎に「ケツの穴にツララつっこんでやる」とか、「テメー、ケツの穴にスリコギつっこむぞ!」とも発言していた。出自は隠せないものである。

 しかしこのひと、この事件以前に何度も、

@kikko_no_blog 1時間
レイちゃ、安倍晋三の股間の「タネ無しタケノコ」は、根元から切って福島第一原発の汚染水の中に捨てたほうがいいかもね!(笑)

 と、こどものいない総理夫妻に対する無礼な発言を繰り返している。こどもがいないのは男性側の責任とは限らない。こういう発言は夫人に対しても失礼である。真のフェミニストならしない。フェミニストのふりをするサヨクオカマだからこんな発言をする。失礼以前に、この下品さは特筆に値する。この下品さだけでこのひとは人間失格だ。

 総理に対して《股間の「タネ無しタケノコ」》発言も無礼だが、それを「根元から切って」「汚染水の中に捨てる」と支那人の残虐さを思わせる発想を世界中に発信されるツイッターで書いているのだ。その発想がすんなり出来るだけで正常ではない。
 女性都議会議員に発せられたヤジが品格に缺けた野鄙なものだったとしても、このひとにそれを批判する資格はない。



 テレビを点けなければおしゃべり整形朝鮮女の顔を、6月の、小雨が降り戯る風情のある朝に見ることもなかった。
 都議会でのヤジ事件はネットで知ってはいたが、テレビを点けなければ、「絶対に許せない事件、女性蔑視の大問題」とする、それこそ「アホのから騒ぎ」に関わることもなかった。視聴したのは合計で5分もないが、この不快感は一日引きずる。だめだ、テレビなんか見ちゃダメだ。悔いる。

 いまの時代、情報を正しく得ること以上に、いらない情報と関わらないことほうが重要だ。その「いらない情報」を押しつけてくるのがテレビやラジオである。基本的に断っているので比較的波風の立たない日常を送れているが、たまにむかしのクセでつけたりすると、この有り様。静かに生きるのはむずかしい。

楽天三木谷社長の「右腕」が不倫、に【追記】

しかしこの「右腕」が不倫てのは、三木谷社長の右腕がイヤらしいことをしたみたいだな。
楽天三木谷社長の「右腕」が不倫──専業主婦ってなんなんだ》に、「『週刊新潮』を読んできました」と「韓国語学習の広告」を附記しました。ものすごくくだらない内容なので読んでくれなくてもいいです(笑)。でも一応書いたのでお知らせ。今日はまともなことを書こう。 

調教助手女子校生買春で「サンスポ記者買春記事」が再人気に(笑)

いま「このブログの人気記事」というパーツを消しているので見えませんが、裏から見ると、2011年3月9日に書いた「サンスポ記者の買春容疑──ブログ時代の不幸」というのがリバイバルヒットしています。もうあれから三年以上経つのですね。

その理由は明解。関西の調教助手が女子校生買春て逮捕されたらしく、それをまとめたサイトにリンクされたからのようです。それはまあこんなも形で人気復活(笑)すれば、なにがあったんだろうとアクセス解析を見るわけで、するとひとつのリンクからの殺到だとわかります。そういうまとめサイトに、「そういえばこんな事件もあったな」とあり、それを詳しく伝えている記事として私の文がリンクされていました。 



下衆な興味ですが、あのK記者の家庭はどうなったんだろう。前途洋々の39歳のKさんは、そのごどうなったんだろう。あれから三年だからもう42歳か。 もしも離婚しなかったとしても、家庭内の冷え冷えとした雰囲気は想像がつくし、どうせならわかれたほうがスッキリするだろうと思うけど、意外に仲直りしてたりして。どうなんでしょう。



関西の調教助手は50歳だそうです。50歳が17歳を買春したと問題になっていて、これも17歳が補導されて、そこから顧客として捕まったようです。K記者もそうだっけ? そのまんま東はそうでした。

私の感想はいつもの通り、「気の毒に」「ついてないね」とアッサリ風味。自分にはぜったいにそういうことがないので、まったくの他人事です。 同情もしないけど、わるいことをした許せないヤツだとも思わない。かといって「明日は我が身」とドキリとするなんてこともない。ま、ほんとにどうでもいい話。自分のブログへのリンクがなかったら、そんな事件があったことも知らないままだった。

楽天のお偉いさんの不倫による転落、調教助手の女子校生買春話、くだらんことを連発してしまった。あすからまたまじめになろう。 

楽天、三木谷社長の「右腕」、専業主婦と不倫で辞任──『週刊新潮』──なんなんだこの「専業主婦」ってのは!?

三木谷氏の「右腕」ダブル不倫で辞任? 専業主婦との交際「週刊新潮」報じる
2014.04.24

 昨年末に東証一部に上場し、経済界で一段と存在感を強める楽天に激震が走っている。三木谷浩史会長(49)の「右腕」として知られる同社ナンバー2の国重惇史取締役副会長(68)が22日付で突然、辞任したのだ。同社は「一身上の都合」と発表したが、24日発売の週刊誌で専業主婦とのダブル不倫が報じられた。痴話けんかの末暴力沙汰にもなり、女性は警察に相談しているとも。経済界の超エリートの仰天スキャンダルだ。

 国重氏は東大経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入社。エリートが集うMOF担(大蔵省担当)を長く務め、1994年には48歳の若さで取締役に抜擢され、将来の頭取候補とも目された人物だ。住友系の証券会社の社長だった2003年に楽天が同社を買収し、国重氏も楽天入り。楽天の金融面を仕切ってきたとされる。

 そんな国重氏の愛憎スキャンダルを報じたのは「週刊新潮」。同誌によると、妻子がいる国重氏は約1年前から、都内の43歳の専業主婦の女性と不倫交際。東京・赤坂の国重氏の自宅マンションやホテルで逢瀬を重ね、海外出張にも同行させていたという。

 同誌は女性の証言をもとに不倫交際を報じ、《今夜、3階でHして明日の朝もHして、(中略)京王プラザかどこかでHするのもいいね》といった国重氏のものとされるメールも紹介している。

 昨年11月には国重氏が別の女性の名前を口走ったことでけんかし、女性を殴打。女性は全治7日の打撲を負い、国重氏は頭を丸めて謝罪したという。その後も2人の関係は深まり、女性の妊娠が発覚。だが、女性が国重氏の浮気を疑い、旅先のニューヨークでもけんかし、警察沙汰に。女性は流産したという。女性は赤坂警察署に暴行に関して告訴の相談をしていると証言している。

 同誌には国重氏の断髪前後の写真や濃厚なキス写真も掲載されている。

 同誌の直撃に対し、「彼女に挿入したってことはない」などと弁解した国重氏だが、22日付で楽天グループのすべての役職を辞任。失楽園の代償は大きかったか。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140424/dms1404241531012-n1.htm

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 こういうのは一部をコピーしてリンクを貼っておいても一年後には読めなくなったりするので全文引用。ルール違反だろうけど読めなくなるよりはいい。
 これはZAKZAKの記事。元記事は『週刊新潮』。

 昨日の昼、コンビニで『週刊文春』と『週刊新潮』を立ち読みしたけど気づかなかった。ここのところまた文春や新潮を買うようになってしまった。一応中身を見て、興味のあるほうを買う。月刊のオピニオン誌は複数買っているが週刊誌との接触はこれだけ。

 先日、武蔵小金井のキオスクで、文春、新潮、ビッグオリジナル、モーニング、夕刊フジを一掴みにして買うひとを見かけた。以前は自分も毎週毎日のようにあんなことをしていたんだなと懐かしかった。といってそうなることはもうぜったいにない。

korea-oiwai

 昨日発売の号は両誌とも「韓国フェリー沈没」がメイン。読む気がないのでパス。「韓国の沈没をお祝います」と垂れ幕を作るほどの興味もない。代わりに昨日は「SPコミックス 藤枝梅安」を買った。
「船長や乗務員が真っ先に逃げだす」って、お粗末な国である。気の毒すぎて批判する気にもなれない。この沈没もきっと日本のせいにされるんだろうな。船が日本の中古らしいから。そのうち「沈没船の像」とかを作ってシナやアメリカに建立するのだろう。係わりあいたくない。触れたくない。



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 この中吊りの「人妻を妊娠させた楽天No.2愛のメール春夏秋冬」ってのがそうか。こんなもの興味ないもの、買うはずがない。ところがネットで記事を読むとちがってくる。つまりはネットをやってなかったら知らない話だった。以前は毎日買っていた『夕刊フジ』(=ZAKZAK)ももう買っていないし。

 社内の会話をぜんぶ英語にしても、こんな問題はおきちゃうんだねえ三木谷社長。じゃ今度は社内の会話はぜんぶロシア語にしたらどう。 社内の領土拡張意識が高まっていいかも。いや数で言うなら世界中でいちばん話されているのは英語より支那語なんだから、今度から社内の会話はぜんぶ支那語にしたら。

「頭を丸めた写真」「濃厚なキス写真」があるが「挿入したことはない」か。女のほうは妊娠して流産したって言ってるのにな。さらに追い詰められると「挿入したことはあるが出したことはない」になり、さらにさらに追い詰められると「出したことはあるが中に出したことはない」になってゆくんだろうな。ってこれ、たけしのギャグだ。 



 しかしこの専業主婦、都内の男のマンションに泊まったり、日中からホテルでやったり、さらには海外出張に同行したりして、妊娠。いったいどんな「専業主婦」なんだ? いまいちばん知りたいのはこの女の「亭主」だな。女房を他人の男の海外出張に同行させるってのはどんな感覚なんだ。 国重惇史取締役副会長(68)は「挿入したってことはない」と言ってるんだから、「妊娠したのは私の子です」って名乗り出ないと。くにしげあつし、か。よく覚えておこう。

 68歳のエリートは晩節をこんな形で瀆して、これから何年生きるか知らないが、冷えた夫婦関係を続けるのだろうか。熟年離婚になるのか。長年の爛れた愛人関係かと思ったら「たった1年」なんだな。68年のエリート人生を、たった1年の、専業主婦(笑)との愛慾で棒に振ったが、これでも「我が人生に一片の食いモナし」なのか。なんだよATOK「食いモナし」って。まさかこの専業主婦山本モナじゃないだろな。

 新潮にはぜひとも「ふたりのその後」を伝えて欲しい。専業主婦の亭主のことも。この亭主が「それでもぼくは妻を信じてる」なんて言ってテレビに出るんだったら何年ぶりかでワイドショーを見るぞ。でもそれはオヅラのワイドショーで「ぼくはオヅラさんは地毛だと信じる」というぐらいむなしいな。
 三木谷社長も「右腕」がこんなことになっては「左腕」が心配だ。「右足」も「左足」も連続するんじゃないか。こんがらがった三木谷社長が「これから社内の会話はすべて朝鮮語にするニダ」とか言わないかな。 

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【追記】──読んできました──2014/4/25/夕方

 くだらん話ではあるが書いてしまった以上、責任?をもとうと、コンビニで『週刊新潮』の該当記事を立ち読みしてきた。
 私が案じた(笑)男と女のそれぞれの夫婦仲だが、ふたりとももう長年假面夫婦なのだとか。
 しかしなあ、男のほうは地位も金もあるから女房になんとでも言って行動できようが、いくら假面夫婦とはいえ女のほうは亭主になんと言ったのだろう。専業主婦がそんなに簡単に外国旅行に行けるものか。冷えこんでいる夫婦だとしても、どんな理由を告げて外国旅行に行くのだろう。信じがたい。 

 え〜と、それで、書くのもバカバカしいがついでなので読んできたことを書くと、ま、男と女の仲になって、熱々で、でもピロートークの最中に男が別の女の名を言って(笑)、怒った女がビンタして、そしたら男が馬乗りになって女の顔や側頭部を擲って、女は逃げだし、救急車を呼んで医者に行って全治7日になって、一度は別れた、と。
 このへん、こいつらがまともじゃないことがよくわかる。特に女のわざとらしく救急車を呼ぶあたりがあざとい。ほんとに好きなのかよと疑問に感じる。全治7日の打撲傷なんてたいしたことないよね。でもいざとなったときのためには診断書が必要だ。この女も基本は政治家の性癖を週刊誌にバラして金儲けする愛人と同じタイプに感じる。デヴィ夫人はこんな女を許さない(笑)。

 しばらくして女が、「治療費を払え、丸坊主にして詫びろ」と。それで忘れてやる、と。でもそれは大騒ぎしないということでふたりの仲は終りだ、という意味。すると男が金を振りこんで、剃髪した写真を送ってきた、と。すると女は男の誠意を感じて、もういちどやり直してみようと思った、と(笑)。書いててバカらしい。

 前にも増して熱々のふたり。会社のちかくのホテルに部屋を取って、仕事中の男が抜けだしてきて、一発やってまた会社にもどったりしていたとか。この68歳、なかなかお強い。妊娠が発覚したが、男は愛の結晶だと喜んだ、と。ちなみに男にはすでに成人したふたりの娘がいるらしい。

 社用なのに一緒にパリに行って、そこでまた揉めて、女が流産して、なんたらかんたらの結果、腹立った女は写メやケータイメールとかを『週刊新潮』に証拠として提出した、と。

 新潮が男にインタビューすると、男は「あの女は妄想癖があって」と、セックスもなければ妊娠なんてのもみな妄想と、女をストーカー的キチガイに仕立てて逃げようとする。そのときに「挿れてない」とも言った、と。
 ところが新潮が女から預かった証拠写真を見せると、一転して今度はぜんぶを認めた、と。

 これでくだらんスキャンダル一件落着かと思いきや、今度は女がキチガイ扱いされたことに激怒して裁判沙汰にすると逆上し、すると男はこりゃまずいと、ひともうらやむすべての役職を辞任して姿をくらました、とのことです。 

 どうでもいいや。つまらんことを書いてすみません。でも一応フォローのつもりで書きました。三木谷社長、楽天の社内会話はぜんぶ朝鮮語にしてください。たのみますニダ。 英語も日本語もみな朝鮮語から派生してるので、楽天が世界企業になりたいなら鯨やイルカの通販禁止以前に社内の会話をすべて朝鮮語にすべきですニダ。

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【追記】──韓国語学習の広告が(笑)──4/26

 上の「三木谷社長、社内の会話はすべて朝鮮語にすべきですニダ」と書いているころ、ライブドアのページに韓国語学習の広告が載っていた。「激安、個人授業で1時間3000円から」とあった。私には「朝鮮のことばを金を払って習うという感覚」が完全に闕如していたから、これはこれで新鮮で、どこのバカがこんなものを金を払ってまで習うんだと不思議な気持ちになった。いやいやまだまだ韓流ファンはいて、ヨン様(笑)に会いたいと願うおばちゃんは朝鮮語を習いたいのかもしれないし、Kpop好きの若者も習っているのかもしれないから軽々には言えないけれど。
 語学好きの私はいろんなことばに手を出しているが、ドイツ語と朝鮮語には興味がもてずまったく話せない。その理由は、ことばの響きを美しいと感じないから、とは以前に書いた。

 それで、その広告の画像をここに貼ろうと思っていたのだが、そんなただの思いつき、すぐに忘れる。思い出してもういちどそのそこに行ったがすでに広告は替っていた。すこし残念だった。



 ところが今朝、同じような広告がこのブログに載っていたので嗤った。自動で関連語を集めて広告を配置する機能が、私の文の「会話」「朝鮮語」をキャッチしたのだろう。下のような広告。

kankokugo

 早速使わせてもらった次第。いまどき誰が朝鮮語を習うんだ。わからん。

ことば考──かな交じり熟語の無意味──改ざん、ねつ造、だ捕、ら致──小保方さんの表記とテレビ局の表記

 小保方さんの抗議文書のアップに「改ざん」「ねつ造」等のかな交じり熟語が見えた。なんとも見にくい。
 今時の入力装置は「改竄」「捏造」と出せる。なのにそういう「かな交じり」を使って書いているのは、思うに、小保方さんが会社に提出するような書類では、いまだに「常用漢字の枠組」というのを順守せねばならない決まりがあるのだろう。 アサヒシンブン(笑)のように。



 これを報じるNHKでは、そのまま「改ざん」「ねつ造」と表示して報道していた。
 と書きつつ、いま苦労している。ATOKは「改竄」も「改ざん」も出せる。私は醜いかな交じり熟語は嫌いだからATOKの辞書からすべて削除してしまっている。ATOKを使い始めたころだからもう20年も前にやり、その辞書を引き継いできていることになる。だから出せない。よっていま「改竄」と売った後、「竄」の字を消し「ざん」とやって「改ざん」なる醜いものを作っている。手間が掛かる。しかも大嫌いなものを作るのだから精神に悪い。

 NHKはふだんのニュースでも、そんな「かな交じり」にしているのだろうか。むかしはそうだった。いまもそうなのか。それともこれは小保方さんの原文がそうだったから尊重して同じような表記にしているのか。NHK嫌いで見ないので知らない。 



 月曜夜、日曜の「たかじん」をYouTubeで見た。このテーマを取りあげていた。 読売テレビは、小保方さんの原稿のアップで、そこにあるのが「改ざん」「ねつ造」であることを示しながらも、自分達の番組の表示では「改竄」「捏造」としていた。ほっとした。



 醜い「かな交じり熟語」は、昭和20年から27年まで日本を占領していたGHQの指示により、内閣が漢字数を制限したことから始まる。当用漢字(現在の常用漢字)の意味は「面しばらくはいるが、そのうち全面廃止する漢字というもの」の意である。全面廃止が基本だ。いわば1日20本走っていた漢字という電車を、もうすぐ廃線とすると決定し、それでも朝夕の2本だけは走らせたようなものである。20本走って生活に役立っていたのが、たった2本にされたら問題が生じるのは見えていた。命令は占領軍だが、西洋コンプレックスから、お先棒をかついで漢字撤廃運動をした連中もいた。いつだって真の敵は内部にいる。いくらだって逆らえた。でも阿った。

 だけどその感覚はわかる気もする。こざかしい連中はいつもそれだ。日本が朝鮮を併合したとき、「ありがとうございます、これからもよろしくお願いします」と日本に阿った朝鮮人に限って、日本が負けたら、「力付くの植民地支配、許すまじ!」と愛国の戦士のようなふるまいに出る。
 戦中は「皇軍、またも大勝利、撃ちてしやまん!」と煽っておいて、敗戦したら「私たちはもともと戦争には反対でした」と言いだすアサヒシンブンなんてのも同じ。 



 敗戦した日本が再度独立するのは昭和27年である。いわゆる狠腸瑤寮ぢ絖瓩蓮日本が独立国ではない時代に生まれた鬼っ子になる。狂ったのがいるのもむべなるかな。
 敗戦国を支配するGHQの指示により、敗戦国のインチキ内閣が使用漢字制限を厳命する。敗戦国の役所がそれに従うのは当然としても、まともなマスコミなら、そういう政策には抗うと思うのだが、アサヒシンブン、マイニチシンブンを始め、みなそれにすなおに従った。それどころか気味悪い「かな交じり熟語」を率先して作りだした。

 漢字制限には従ったが表現は捨てなかった。その歪んだプライド?によって同じ音による置きかえという奇妙なものが生まれた。「交叉点」が「交差点」、「頽廃」が「退廃」のような意味不明のことばである。「義捐金」が「義援金」なんてのもそれになる。適当な同音の字がなく置きかえられないのはひらかなにした。そこから「改ざん」「ねつ造」「だ捕」「ら致」のような醜い、まったく意味のない「かな交じり熟語」が溢れることになる。これらのことばは文字が意味を持つのであり、「音」で表しても無意味である。こういうことをするひとの感覚ってどうなっているのだろう。
 小学生低学年のころは難しい漢字はかなで書いて書ける字だけ漢字にした。綿矢りさの「にな川」はそれを遊んだものになる。しかし新聞社のそれはあるまい。



 かといって私はむずかしい漢字を使うべしという考えではない。逆である。そこまでして漢字にこだわるなという考えだ。
 識者がしばしば指摘しているが、こんな意味不明の表現をするなら、他のことばに置きかえればいいのである。簡単に出来ることだ。でもなぜかかたくなに、こんな意味不明の表記にしてもそういうことばを使いたがるのが役所や新聞社なのだ。彼らにはこういう「表記」を醜いと感じる感覚がないのだろうか。役所は役所だからしょうがないと苦笑して諦めるにしても、新聞社はなあ……。新聞社になんかなにも期待していないけど。



 過日奥多摩を走ったとき、「土砂しゅんせつ作業」という看板を見かけた。「しゅんせつ」は「浚渫」か。
 この看板を見たこどもは「しゅんせつって何だろう?」と考えるだろう。「しゅんせつ」とありルビが振ってあったら辞書で調べる。サンズイの2文字からそれなり推測もするだろう。
 といって、こんなめったに使わない漢字をルビを振ってまで使えと言っているのではない。ぜんぶをかなにしてまで、そんなにまでして、このことばを使いたいのか、使わねばならないのか、そこが理解できないのである。河川の流路を拡げたり土砂を掬ったりする工事だ。いくらでももっとわかりやすく具体的に表現できるだろう。そのほうが地域住民だってどんな工事かわかっていいだろう。なぜこだわるのか。わからん感覚である。



 小保方さんの場合は彼女の好みの表記ではなく、立場上たぶんそう制限されているのだろうと感じた。
 NHKは、テレビ局以前に役所だから、ああいう表記をするのだろう。
 小保方さんの「改ざん」「ねつ造」を確認しつつ、「改竄」「捏造」と表記した読売テレビに拍手を送りたい。

 しかしまた原点に戻れば、小保方さんがそういう用語を使わねば、私もこんなことを書かずに済んだ、という話になってしまう。でも30歳の小保方さんでも「改竄」「捏造」ということばを使わねばならないという思い込みはあるのだろう。私だったら「改ざんしたつもりはありません」とかな交じりの表記を使うぐらいなら(規定により使わねばならないのなら)、「自分の意に添うような書きかえをしたつもりはありません」「悪意をもった書き直しはしていません」のように別の表現にするけれど。 それじゃダメなのか!?

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【追記】──曖昧さの価値?──4/10

 昨日は小保方さんの涙と笑顔の会見があり、夕方からテレビはそれ一色だったようだ。夜のニュースで5分ほど見た。すぐに消した。ま、その程度でいい。

 さて、上記の例で、「なぜこんなわかりにくい表現をするのか!?」と疑問を抱いたのだが、もしかして「わかりにくいことに価値があるのか!?」と思うようになった。

「しゅんせつ作業」で言うと、この看板を作ったのは工事を担当する土木業者である。しかし文面は役所の許可を取って作るものだ。土木業者の担当が新米の、私のような感覚の者だったとする。「しゅんせつ作業」なんて表現が気味悪く、また「しゅんせつ」ではわからない住民が多かろうと、「河川流域拡張作業」とか「河川の土砂取り出し作業」のように具体的に銘打ち、役所に届けたとする。するときっと役所は「毎年どの業者も爐靴紊鵑擦頂邏鉢瓩箸靴討い襪里如△修μ召鼎韻蹇廚噺世Δ里世蹐Αいわゆる慣例だ。いや役所以前に、会社の上司から「しゅんせつ作業にしろ」と言われるか。いやいやそれ以前に、業者による落札のとき、すでに「××川しゅんせつ作業」で競っているのか。また、もしも役所側に私のような感覚のものがいたとしても(いないだろうけど)、長年の慣例で表記をあらためることは否定されるのだろう。

 世の中にはいろんなクレーマーがいる。「河川流域拡張作業」と銘打ったら、「どこをどう拡張するのか」「拡張作業と言いつつ一部はむしろ狭くしているのではないか」などとケチをつけてくるのがいる。なら「しゅんせつ作業」と、むずかしい漢字をひらかなで書いた、含みをもった曖昧表現にしておいたほうが多くの場面に対応できるのだ。



「改竄」と「捏造」も、「悪意を持って文章を直してはいません」のように口語的な直截表現をするよりも、「改ざんの事実はありません」のように堅苦しい玉虫色にしておいたほうが後々の弁明のためにもいいのだろう。



 これらは「わかりやすい表現を、むずかしい漢字を使ってわかりにくい表現にしている例」だが、放送禁止用語のようなものは逆の流れにある。
「盲」「びっこ」を、「目の不自由なかた」「足の不自由なかた」のようにする。「盲」「びっこ」という定着している日本語を、差別的であると簡易なわかりやすい表現で置きかえている。しかし簡易な表現ではあるが、「不自由なかた」は、これまた曖昧で意味不明になっている。これを最初に思いついたひとは相当にことばに不自由なかただ。だからこれもまた「わかりやすい表現のようでいて、わかりにくい表現への置きかえ」になる。

 このやりかたが、本音と建て前を使い分ける日本人らしさ、と言えばそうなのもかしれないが……。



 私のきらいな競馬ライターに、簡単に書けることをやたらむずかしく書くのがいる。自分に自信のない臆病さを、むずかしそうなことばという甲冑で隠しているみっともないひとだ。しかし野っ原を裸で走ればすり傷だらけになる。「改ざん」や「しゅんせつ」のような何とでも逃げの聞くような便利用語をいくつか用意しているほうが生きるのには楽なのかも知れない。

戦勝国の歴史認識だけが「正しい」のか? 戦争に敗れても矜持を失わない日本に拍手を──アルゼンチンの記事

戦勝国の歴史認識だけが「正しい」のか? 戦争に敗れても矜持を失わない日本に拍手を


 ■ JAPANESE WAR CRIMES: I'M SORRY? 
   −− Adrian Salbuchi (政治評論家・コメンテーター / アルゼンチン) 

日本の安倍首相の靖国神社参拝に、中国と韓国が激怒している。靖国神社は250万人の戦没者を祀る東京の神社だ。多くの人が怒っているのは、この19世紀創建の神社に祀られている人々の中に、 米国の占領軍によって「戦争犯罪人」という烙印を押された第二次大戦時のヒーローらが含まれて いるためだ。その中には、米国によって1948年に処刑された戦時指導者東條英機大将など、「戦争計画」に関わったとされる14人の「A級戦犯」も含まれている。 

戦勝国が敗戦国に対して当然に獲得する権利は、領土要求に関するものだけではない。敗戦国の都市や土地、国民、資源、工場、特許権、軍事装備、そして国際法上の諸権利に対しても、完全かつ欲しいままに支配する権利を、戦勝国は獲得する …… 悲しむべきことだがこれが現実だ。 

そして戦勝国は、戦争の端緒となった対立に関する歴史記述を書く(あるいは書き直す)「権利」をも獲得する。自国の見解・論理を「真実」とする権利を獲得し、敗戦国を「間違った国・邪悪な国・戦犯国・侵略国」だと非難するのである。「俺たちは善人、相手は悪者だ。」「私たちの息子らは英雄。向こうは殺されて当然の悪魔だ、2歳の幼児までも。」という考えは人類の歴史を同じほど古い。第二次大戦後の70年間のプロパガンダが明瞭に示しているとおり、20世紀と21世紀も例外ではない。 

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 上記URLからぜひ全文を読んでください。1行目のタイトルにリンクしてあります。
 アルゼンチンの政治評論家にこんな正論を言ってくれるひとがいるとは夢にも思わず胸を熱くした。

「久米宏が国民栄誉賞を狄裕ぜ茲雖瓩醗打楴鸛蠅鯣稟宗廚法敖謬】。

「久米宏が国民栄誉賞を狄裕ぜ茲雖瓩醗打楴鸛蠅鯣稟宗廚法敖謬】。

くだらんことですが、私にとっては大事。
そういうことです。
ご理解ください。


週刊誌話──「たけしFriday襲撃事件」のころ──部数衰頽原因は不景気!?

takeshi2「週刊誌話──男性週刊誌部数激減」の続き。



 1986年、ビートたけしの「Friday襲撃事件」というのはまことに時事的な事件だった。
 あのころも行き過ぎたマスコミの取材姿勢を批判し、たけしを支持する意見と、彼を犯罪者とする意見に輿論は二分した。私はもちろん当時「たけし、よくやった!」と思ったひとりであり、いまも彼を支持している。覗き趣味としか思えない写真週刊誌なんてのがバカ売れしていた時代である。私は週刊誌大好きだったけど写真週刊誌だけは受付なかった。逆に、週刊誌は一切読まないけど写真週刊誌は大好きというひとも知っている。好みはひとそれぞれだ。



  たけしに同情する輿論に対して、林真理子が「ビートたけしは英雄か!?」と『週刊文春』に書いたっけ。たけしと不仲の林はたけし批判の視点。その前、 たけしのやっていた対談番組「気分はパラダイス」に、林がゲストとして登場したが、ひどく盛りあがらない白けた回だった。東京っ子のたけしからすると、林は大嫌いな「成り上り田舎者ブス」だったのだろう。林真理子が13回目(?)の見合いで結婚した話を、「じゃあそのまえの12人はどんなヤツ だったんだ」と笑いのネタにしていたのだからしっくりはこない。だったらゲストに呼ばなきゃいいのになと思った。



 Wikipedia的なまとめものの表記もたけしにやさしくなっ ている。「知りあいの女性への取材姿勢に怒り」のような書きかたをしている。「知りあいの女性」じゃないよね。たけしのファンだった女子高生の時から長年つきあって こどもまで作った20歳年下の愛人だ。あのこどもはいまいくつになるのだろう。1986年に事件てことは、もう成人している。
 たけしは今奥さんと一緒に、離婚した長女の子を育てて、じいちゃん役を楽しんでいるらしいけど、あの愛人の子とは会っていないのだろうか。私生活も含め、なんでもあけすけに語っているようでいて、このことには決して触れない。それだけデリケートな問題なのだろう。

 沢田研二がザピーナッツとのあいだに作った男の子に「ひとり」と名づけた週刊誌記事を読んだ記憶がある。たしか漢字で「一人」だった。あの男の子ももう30代だ。
 それと吉田拓郎の一人娘の彩さん。女性週刊誌的な興味があるのはこの三人になる。どんな人生なのだろう。いままでもこれからも表には出ないからこそ興味が湧く。


 
  そういや、たけしの浮気に対抗するかのように幹子夫人も浮気して、家を出て浮気相手と同棲を始めたことがあった。そこにたけしが乗りこんで、自分の浮気を謝罪し、奥さ んに土下座して家に戻ってもらった。土下座してうんぬんは、それこそ「週刊誌で読んだんだけどさ(「時間ですよ」樹木希林)」になる。 女性週刊誌の記事だった。
 浮気相手は関西の無名の落語家。週刊誌には顔写真が出ていたが私は知らない芸人だった。数年後にその落語家がぽっくり死んだときは、たけしが裏の力で消したのかと本気で思った。

 たけしはいま自分のことを、あのころ浮気ばっかりしてたから、いま奥さんと食事に行ってもそのころのことを責められて、奥さんがいきなり泣きだしたりしてたいへんなんだ、と笑いにしているが、それは自分を悪役にすることによって事実を隠す演出であり、たけしのやさしさなのだろう。



 週刊誌の衰頽は「インターネットのせい」と、どこでも解釈は一致している。時代的な流れだ。それはまちがいない。週刊誌の価値が「情報を得る」にあるなら、それはすべて今ネットで得られる。
 もうひとつ、正面からの意見として、「読むに価する雑誌がすくなくなった」というのもある。これもまた正鵠を射ていて、「わざわざ金を出してまで読む記事でもない」になる。

 しかし私はもうひとつ「不景気」も大きいと思う。
 当時の私は一年の半分近くを外国を放浪しているいい御身分だった。ジャーナリストじゃない。旅行記のような仕事はごく一部。ほとんどはただの享楽だった。結果、見事にいまキリギリスになった。
 残りの半分は茨城で老父母と猫と暮らしていた。正しくは外国に行くあいだ猫を預かってもらうために疎遠だった父母を頼ったわけで、そのことにより日本にいる間は田舎で足のなかった老父母の面倒を最後まで見ることになったから、これはこれでいい帰郷だった。

 そのころ私は、複数の週刊誌やスポーツ紙を毎日買っていた。ポスト、現代、文春、新潮、宝石、漫画誌はビッグ、オリジナル、スピリッツ、モーニング、プロレスの『週プロ』と『ゴング』、パソコンの『週刊アスキー』。スポーツ紙は朝はサンスポとニッカン、夕方は東スポとゲンダイ。毎日買うので週刊誌の発売日がない日は物足りなかった。完全に生活のリズムの中に週刊誌がくみこまれていた。あとは月刊誌がある。文藝春秋、『新潮45』、『正論』、『諸君!』、パソコン雑誌はぜんぶ買っていた。月にそういう雑誌代だけで5万円ぐらい使っていた。
 なぜか「SPA!」はあまり読まなかった。「週刊サンケイ」がSPAになったのは1988年。当時「SPA!」に「ゴーマニズム宣言」が連載されていたのだが、私は単行本で買っていた。後に、小林と宅八郎の確執から『SAPIO』に移籍することになる。『SAPIO』も創刊号から缺かさず買っていた。
 サンデー毎日とか週刊朝日なんてのは興味対象外。「週刊ナントカ」という新聞社名のついた週刊誌とは無縁だった。



amidana  週に一、二回、茨城から東京に出る日は、電車での読物として、ちょっとかための週刊誌(文春、新潮)とやわらかめのもの(宝石、ポスト、現代)、あるいはビッグやモーニング等の漫画誌、ス ポーツ紙、缶コーヒ−を買った。私に限らず、そんな時代だった。網棚には読みすてられた週刊誌や漫画誌がいっぱい放置されていた。ケチなひとは網棚を漁る だけで何でも読めたろう。ちかごろは見かけることもない。



 紙メディアの衰頽は事実だが、同時に、そういう「電車に乗るとき、週刊誌を読み捨ててもいいだけのおこづかいがサラリーマンにあった時代」とも言えよう。あるいは「週刊誌に読まれるだけの価値があった時代」と言うべきか。
  いま電車の中で週刊誌的な情報を得たいと思うひとはみな携帯の画面を見詰めている。それはモバイルギアによるインターネット世界が充実したからでもある が、キオスクで350円の週刊誌を買い、20分ほど乗る電車の中でそのいくつかを読み、網棚に捨てて行く「贅沢」が出来ない時代ということでもあろう。



  私は電車の中で携帯画面を見ない。そもそもが通話専用のガラケーだし、そういう契約もしていないから見たくても見られないがあんなちっこいものを見つめる気も ない。3DSやiPod、モバイルノートは常に携帯しているが万が一の退屈凌ぎ用であり、まず開かない。文庫本や将棋本を読んでいることが多い。
 私がいま週刊誌を買わない読ま ないのは「あんなものに350円を捨てる気にはなれない」からなのだが、むかしからあんなものではあった。なのに買いまくっていた。それだけ餘裕があったのだろう。よって私にとって週 刊誌を読まなくなった理由は「350円の価値」になる。いま350円だと麦芽100%のエビスビールが買える。百円ショップならみっつも買える。週刊誌よりそっちを選ぶ。



onna 週刊誌に中身がないなんてのは今に始まったことではない。不景気になったとき、理髪店のような「我慢できる習慣」が一気に影響を受けたように、週刊誌を読むこともそれにちかかった、ということだろう。

 生き残るために週刊誌も中身を変えて必死だ。上記「かための文春とやわらかめの宝石を買って」と書いたが、今は文春が「女が嫌いな女芸能人ワースト10」なんて、かつてなら宝石がやったような軟弱企劃を目玉にしている時代だ。立ち読みする気にすらならない。実際しない。でもネットで「1位は和田アキ子」と情報だけは得てしまうが(笑)。
 この順位を知りたいという気持ちはすこしある。しかし週刊誌を買って、その記事を読みたいとまでは思わない。つまりそこが週刊誌衰頽の理由なのだろう。



  コンビニの雑誌の本棚がさびしい。豊満が魅力的だった女が痩せこけたのを見るようでつらい。とはいえ、毎日週刊誌を買っていた私がいま、まったく 買わないのだから痩せこけて当然だ。
 全種類と言ってもいいぐらい買っていたパソコン雑誌も次々と廃刊になった。これまた私のようなのがまったく買わなくなったのだか ら当然である。紙メディアの衰頽は著しい。「おれはこんなに買いまくっているのに何故こんなに廃れるのだろう」という矛盾はない。

 経済が復興すれば、生きのこっ ている雑誌は、そこそこ部数は復活するとしても、紙メディアのもうかつてのような栄華は無理なのだろう。これが世の流れなのか。
 小説もモバイルギアで読む 時代だ。これはもう10数年前から旅先のパソコンで読むために「新潮社の100冊」なんてCDを持参していたぐらいだから抵抗はない。今回モバイルパソコンで読む自炊マンガにも目覚めたし、今後私もそっち方面に走るのだろうか。
 しかし夏場、水風呂の中で読む紙メディアには独特の魅力がある。みなふやけてしまうのが難点だけど。
 これも読書用モバイルギアが防水になればいいことなのか。



shogisekai20135 昨日発売されたばかりの『将棋世界』を読みつつ、私もそのうちこれをiPadで読むようになるのだろうかと考える。(『将棋世界』はすでにiPad用として配信されている。)

 そしてまた最近の充実している『将棋世界』を買うことに逡巡したことはないのだから、週刊誌が売れないのは週刊誌の中身の問題なのだろうと、結論的に思う。どんなに高かったとしても、いいものはみな買うのだ。売れないのは、インターネットや不景気も原因だろうが、魅力が失せたことがいちばんだろう。
 『将棋世界』も、かつて編集方針が気に入らず買わない時期があった。でもよくなったのでまた買うようになった。週刊誌にそれが出来るだろうか。すくなくとも近年の『週刊文春』の芸能路線などは私の好みと正反対になる。それが人気企劃だというのだから縁遠くもなる。

 私の経済状況がむかしのようによくなったとしても、あのころのように週刊誌を買うことはもうないだろう。縁切りは、懐事情とは関係なくあの種のマスコミからの卒業でもあったから。

週刊誌話──男性週刊誌部数激減──週刊朝日廃刊間近!?──ハシシタ問題

かつて全盛を誇った男性週刊誌の衰亡ぶりは凄まじい。2000年下期(6月〜12月)と2012年下期を比較してみると、主要週刊誌6誌(ポスト、現代、文春、新潮、朝日、毎日)だけで、実売が総計285万部から177万部まで実に「108万部」も減らしている(37・8%減)。

具体的に見てみると、
週刊ポストが65万7000部から31万8000部へ、
週刊現代が64万3000部から42万4000部へ、
週刊文春が63万部から48万部へ、
週刊新潮が50万6000部から36万5000部へ、
週刊朝日が30万9000部から13万部へ、
サンデー毎日が10万8000部から6万部へ、という具合だ。

週刊誌の時代は終わったのか──門田隆将」

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 なるほどなあ、こんなに落ちているんだ。
 一時100万部を越えていた光文社の「週刊宝石」は、まだ50万部ぐらい売れているのに先は暗いとばかりに当時のトップの判断で休刊になった。先見の明と言えるのだろうか。いま実売で50万部売れている男性週刊誌はないし、中身のないあの週刊誌は間違いなく先細りだったろうから、あそこでの決断はやはり先見の明か。

 「週刊宝石の休刊ていつだっけ」と調べて、2001年1月と知る。同じ光文社の写真週刊誌「Flash」も一緒だった。休刊になった日をよく覚えている。最後の一冊だからと買ったっけ。あれから12年も経つのか。
 ということは、ああいうものを読むのは二十歳過ぎだろうから、「週刊宝石というものがあったことを知らない三十代男性」がいっぱいいることになる。私にはなんとも不思議な感覚だ。

 週刊宝石について、Wikipediaには「一貫して反権力の姿勢を貫いた」とかっこよく書いてあるが、その他検索して行くと、当時記者として関わっていたひとたちが、取材費を好きなだけ使わせてくれた時代に感謝しつつも、「内容のないくだらん週刊誌だった」と書いているのが嗤えた。たしかにまあ記憶に残る企劃は「処女捜し」と「あなたのおっぱい見せてくれませんか」だったからなあ。
「反権力」ってのはポーズだ。売るための。いま『日刊ゲンダイ』がさかんにやっている。
 1981年創刊2001年休刊は、真ん中にバブルを挟んで、いい時代に存在したってことか。なんだか私の「愉しかった時代」と合致してる(笑)。



asahihatoyama「サンデー毎日」の6万部ってのは週刊誌としてはもうとうのむかしにデッドラインを越えている。未だに出しているのは老舗新聞社の意地(笑)なのだろうか。受験偏重を批判しつつ「有名大学合格高校一覧」を唯一の売りにしているあのくだらん週刊誌が休刊になるのももうすぐだ。

 そのあとはアサヒ。こちらももう出版に意味はないが、「朝日ジャーナル」が廃刊になり、いまはこれしかないから(隔週刊の『AERA』があるが)これまた意地でも廃刊には出来ないのか。



asahikan 民主党勝利の際は鳩山や菅の凛々しい表情を取りあげた美麗な表紙にして、自民党に関しては安倍や麻生の顔に文字を被せた無礼で下品な表紙にする偏向週刊誌である。
 なにをどう考えたら、安倍や麻生の顔に文字を被せる失礼が思いつくのだろう。理解不可能だ。いかに下種で心の腐った連中が作っているかがよく見える。まともな人間性があったら、こんなことは出来ない。

 佐野眞一という盗作作家を起用した、あの下劣な内容の「ハシシタ問題」も記憶にあたらしい。赤っ恥を掻いただけの醜態だった。
 左の表紙写真を見て欲しい。民主党に対する2枚、自民党に対する2枚、いかにちがうことか。こんなことをしている新聞社が狷本のクオリティペーパー瓩覆鵑召任△襪呂困ない。一日も早く廃刊になることを願う。

asahiabe 雁屋哲というサヨクが、あの「ハシシタ問題」に関して、橋下市長は立腹することなく、あれをきっかけに部落差別問題に取り組むことによって、のようなイカれたことを書いていた。

 差別問題以前に、あの記事で問われるのは、「はしもと」と名乗っているひとを、あえて「ハシシタ」とカタカナのタイトルにまでして書いたあまりに下種な文章にまず問題がある。そのことに触れず自分に都合のいい部分だけを取りあげて正論のようなことを言うのもこの種のサヨクの特徴だ。雁屋のこのブログ文も、橋下の心の痛みなどまったく理解せず自己流の正論だけを主張するサヨクの狡さがよく出ている。

asahiasou もっともあの「ハシシタ問題」は、盗作作家の佐野眞一というゴミを抹殺する効果があったから、それはそれで認めてやるべきか。

 それにしても下劣だった。惘れた。どれほど惘れたかと言えば、あれほど興味ある事件だったのに、私はここに書いていない。ツイッターで、この記事を全文写真でアップしてくれたひとを紹介し、こんな週刊誌は買う必要はないが、この文だけは読んでおいて欲しいと流しただけだった。惘れすぎて書く気にすらならなかった。アサヒが下衆であることは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。それほど愕きかつ惘れた。

asahihashishita アサヒは、大嫌いな橋下を潰しに掛かるのなら、だからこそ冷静に品良く迫るべきだろうに、元々の下劣な品性が丸だしだった。ふだんは上品を装っているが、興奮して本性が出たのだ。その意味では、橋下市長は不愉快だったろうが、アサヒの品性を世に知らしめた点で、価値あるものだったとは言える。あれで廃刊にならなきゃウソだよな。

 そういやこの表紙、いちばん上に「一生ボケない脳はこう作る!」とある。こんな特集をやる週刊誌の脳がもうボケていたのだから嗤える。

 下の見出しで「ハシシタは衆愚の王か」と謳っているが、「衆愚の王」は衆愚にクオリティペーパー、オピニオンリーダーと思われ購読されているアサヒシンブンだろう(笑)。

 ま、もうすぐ採算割れになるだろう。一日も早くこのクソ週刊誌が廃刊になることを願う。



 「週刊金曜日」(正しく隔週刊だけど)は実数どれぐらい出ているのだろう。採算は取れているのか。でもああいうサヨク週刊誌は図書館がしっかり応援しているから案外固定部数と郵送で買う固定読者で安泰なのか。共産党が新聞赤旗の売りあげで資金があるように。
 役所の図書係ってのはどうしてあんなにサヨクばかりなのだろう。安易に安定した公務員の道を選んだ心情サヨクってことではわかりやすいが。



 週刊現代の発行部数は、
1959年創刊号は35万部、
1967年には100万部を突破、
1973年に130万部を発行、
1995年に150万部を発行して、
 いま上記のように42万部らしい。100万部突破のいい夢を見て、いま原点に戻ったってことか。

 週刊誌の衰頽というより、下品な覗き趣味の写真週刊誌「Focus」なんてのが週に200万部も売れていた時代のほうが狂っている。毎日のように週刊誌を買っていたが写真週刊誌というのは買ったことがない。思えば、私の「週刊誌卒業」は写真週刊誌の覗き趣味、写真の暴力にうんざりしたのがきっかけだったかもしれない。

「たけしのFriday襲撃事件のころ」に続く。

「日露共同記者会見のTBSオガタ」を擁護する竹田圭吾の感覚──よっ! 商売上手の売国奴!

tbs



















 この世界で喰って行くためには、こういう発信も必要だ。いい反応だよ(笑)。これでテレビ局の覚え目出度くなったな。よかったな竹田。媚中親韓のテレビ局から仕事もらえるぞ。電波芸者なんだからな、そのへんはうまく立ちまわらないと。



「TBSグッジョブとしか言いようがない」
「アホか。ブチ切れさせてなんぼでしょうが」
「記者が会見で空気読んでどうするんですか」
「批判的なリプがいくつか飛んでくるが、そのほとんどはロシアが昔ソ連という国だったことを知らない」


 アホはおまえだよ。ネット住人のほうがずっとまともだ。

 ぶち切れさせてなんぼ?
 空気読んでどうする?

 外国首脳との記者会見で、礼を守らず相手をぶち切れさせてなんぼなのか?
 国益など関係なく、空気を読まず、その場をぶちこわすのが仕事なのか?

 おまえらの得意なセリフは「破壊」だものな。
 ツジモトキヨミが自分を「国議員だ」と自慢気に言ったように。
 空気を読まず、ぶち切れてさせて任務完了か。
 そういうおまえの意見に逆らうヤツはロシアが旧ソ連と知らない無智ばかりなのか?

 でも喰って行くためだものな、いろいろあらーな。
 おまえのツイートをRTしてるバカもいっぱいいた。
「お気に入りにいれました」なんてクズもいた。
 よかったな、同じ国賊がいっぱいいて。

 ニューズウイーク出身だものな(笑)。あのころから首尾一貫してるよ。
 中共はおまえを気に入ったと思うよ。おめでとう。これで中共絡みの仕事が増えるな(笑)。

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 【追記】
 いま知った情報。
 オガタにあの原稿を読ませたのはTBSの政治部長「龍崎孝」なのだとか。
 日露を不仲にし、安倍政権の失点にするのが目的か。いかにもTBSの浅智慧(笑)。
 書類を持った左手をプルプル震わしながら質問したオガタはグッジョブなのか!?
 まともな日本人の怒りを買っただけとしか思えないが。

相撲話──大鵬の思い出──大鵬夫人スキャンダル考

 大鵬は敗戦後、樺太から北海道へ引きあげるとき、九死に一生を得ている。本来降船予定ではない港で降りた。そのあと船はソ連の潜水艦の魚雷で沈没させられている。多数の犠牲者が出た。途中降船しなかったら死んでいた。ここでの強運。

 そして史上最年少での横綱。双葉山の連勝記録以外あらゆる記録を塗りかえた華々しい横綱時代。努力も天分もあったろうが、ここでもまた運が味方したのも事実だろう。

 後援会からの紹介で美人娘と結婚し子宝にも恵まれた。
 引退後も、主流の出羽一門ではなかったのに、早くも35歳で役員になっている。その手腕も認められた。



 すべてにおいて順風満帆だった人生がいきなり暗転する。37歳での脳梗塞である。あの大鵬が半身麻痺となり、車イスのひとになってしまった。表に出ることなく、リハビリの日々が続く。

 ひとの運の総量は、ひとによってちがう。
 神様にあいされた大鵬の運の総量は、ふつうのひとの何倍もあったろう。
 だがそれを、幼いときの命を救うことと、力士時代の華やかな活躍にぜんぶ使ってしまったから、37歳の時にそれが尽きてしまったのではないか。

 私にはそんなふうに思える。



 部屋を継がせた娘婿の大嶽親方(貴闘力)が野球賭博で角界追放になったり、スキャンダルはいくつかあったが、最もせつなくなったのが「奥さんの弟子喰い」だった。

 大鵬が脳梗塞で倒れ不能になったとき、7歳年下の奥さんはまだ29歳。それから長年空閨を保つのは苦しかったのだろう。それから20年後、「弟子喰い」が週刊誌記事になった。これはそれを探って記事にしたというより、あまりに有名な噂として相撲界に長年流れていたのを取りあげた記事だった。極秘のことをすっぱぬいた感覚ではない。

 奥さんが弟子をラブホテルに呼びだすラブレターまがいの手紙まで流出した。弟子はそれを苦痛と思っていた。セクハラである。実際に関係を持っていた弟子から流出したし、筆蹟からなにから逃げようがない。奥さんもそれが自分の書いたものであることまでは認めた。そのあとは「冗談で書いたのであり、その後の行為はない」と否定したが、それで通じるはずもない。ひとりやふたりではなかったし……。



 半身不随で動けない大鵬は、奥さんにテニスボールを転がしてもらい、それを拾うリハビリをした。それはかつてのあの大鵬を知っているひとには信じがたい光景だったろう。奥さんはそんな大鵬のリハビリにしんぼう強くつき合った。

 体調不良で入院し、ほんの数日で大鵬は急逝してしまう。死の二日前には白鵬が見舞いに訪れ、会話したというから、ほんとに急逝だったのだろう。

 奥さんがこの数日の入院のことを語っていた。毎晩何度も電話を掛けてきて、「だいすきだよ」と言うのだとか。
それはきっとほんとだ。大鵬が奥さんをあいしていたことも、奥さんが大鵬をあいしていたことも、本当だ。そしてまた奥さんが弟子喰いをしたのも……。なんともそこのところがせつなくてたまらない。

 すでに離婚し、亭主は鬼籍に入っている、かつては猴想の一家瓩両歡Г世辰親E跳子がピース綾部と何をしようとどうでもいいが……。

 前記したように、全盛時の独身大鵬の宿舎には順番を待つ女の列が出来た。やり放題だった。その時点で大鵬は同い年の男より、遥かに多くの女を知り、多くの回数をこなしていたろう。
 だが37歳で不能になったことを考えれば、狡婿鮫瓩任蓮△燭い靴真字ではない。こんなことにも神の配分を思う。20代の大鵬が好き放題にやりまくれたのは、37歳で不能になることが前提だったような……。



 最後に、毎度触れる「立ち合い」のこと。
 むかしの相撲を見るとうんざりする。この時期の立ち合いは、みな手を突かない。ひどいものである。

 特にひどいのが北の湖時代だ。みな中腰で立っている。あれでは稽古場のぶつかり稽古の延長である。これでは下位力士の変化が通じない。
 はたき込みや八艘跳びのような変化技は使いようがない。あれは仕切り線に両手をついて立つから出来ることであって、中腰で立つ相手に通じるはずもない。

 大鵬の時代も、北の湖時代よりはいくからましだが、いまの正しい立ち合いと比べたら、とんでもなくひどい。
 その意味でも、「むかしはよかった」ではなく、やはり今がいちばん正しいと思う。

 連勝に関しては、大鵬よりも千代の富士よりも、「いまの立ち合い」である白鵬のほうが価値がある。



 そういう「むかし礼讃=あのころはよかった」感覚が一切ない私だけど、だからこそ、「あなたが見た力士で、いちばん強いと思うのは誰ですか」と問われたら、迷うことなく大鵬の名を挙げる。

 こどものころからずっと私は、強い力士が登場すると、常に大鵬を基準に考えていた。「大鵬と比べてどうか」と。栃若時代から知っているが、柏鵬時代の味わいはまたちがっていた。あれはたしかな「あたらしい時代」だった。
 大鵬ほど強い力士はいない。時を時代を超えている。

 やすらかにお眠りください。合掌。(「大鵬の思い出」完)

今日の修正記事──「アベする」「アサヒる」「オザワる」

隣の「人気記事」欄に、自分も忘れているような以前の文が浮かんできたら、すぐに飛び、見にくい色文字や誤字等を直すように心懸けています。さすがにひとつひとつすべてを点検している時間はないので、この方法にしています。読みたいのに色文字が読みづらくて読めないというものを見つけたらご一報ください。すぐ直します。



いま「アベする、アサヒる、オザワる」が下の方にランクインしているのを見つけたので、チェックし、直しました。青文字が読み辛くてすみませんでした。
2007年11月24日に書いたものです。どなたが見つけて発掘してくれたのか。感謝します。

この石原とかいうコラムニスト、川北とかいう論説委員は、五年後に安倍総理がひとまわり大きくなって復活するとは夢にも思わなかったろうな(笑)。いまごろ、どこでなにを書いているのやら。

アサヒシンブンのいやらしさ、それに乗っかるトウキョウシンブンの論説委員、それを打ち破ったネットの正義が心地いいです。ぜひ読んでください。

大相撲ファンのみなさんへ──サイトの相撲の項目を開けましたので読んでください──「うるせー、このキムチ野郎!」のこと

(【芸スポ萬金譚】より転載)

大相撲ファンのみなさんへ。
私のサイトの相撲のページです。この10年分のあれやこれやを書いています。

たった10年間でしかないのですが、引退した力士も多く、時の流れを感じます。
お時間があったら読んでください。

Mone's World 大相撲

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【追記】──朝青龍擁護の自分に感激(笑)──1/29

某事情により自分のサイトの記事を制限していた。
そのことを問うメールももらったし、事情もすこしばかり違ってきたので、また開けることにした。

どうせ開けるなら、ここのところ増えているここに来てくれる相撲ファンに、今まで書きためてきた相撲文を読んでもらおうと思った。だって「平成×年××場所」という項目なんて、場所中毎日大相撲を見て感想を書いているのである。写真まで入れて。そこまで熱心なのだから相撲ファンにアピールする資格?があると決心?した。
私はひとに知られないようにひっそり生きているので、こんなことをするのは珍しい。



ひさしぶりに読み返して、「朝青龍擁護の自分に感激」した(笑)。
スポーツ紙からテレビまで、マスコミがこぞって、ここぞとばかりに朝青龍を叩いている。
彼のことを取りあげると、新聞は売れ、テレビは視聴率が稼げる。彼は「銭になる男」なのだ。

彼の言行にも問題はあったが、たとえば「朝青龍、死ねコノヤロー!問題──2008年3月3日記」にあるように、どう考えてもマスコミの犹箟絖瓩箸靴思えないものも多い。

朝青龍のことを何度も悪意的に書くニッカンスポーツの在日朝鮮人記者(通名ではなく朝鮮名を使っている)のしつこい質問に、腹立った朝青龍が「うるせー、このキムチ野郎!」と言ったのは事実である。横綱にあるまじき暴言だ。しかしその後の一連の記事は、どう考えても「スポーツ紙の客観的大相撲報道」ではなく、「キムチ野郎と言われた怨み」でしかない。
その辺のことを、当時の私は熱く語っている。朝青龍擁護の視点から。



すべてが過去になって行く。
朝青龍という個性的な横綱がいたことすらもう遠い彼方になって行く。

朝青龍バッシング一色のころ、「朝青龍擁護」という蟷螂の斧を振りまわしていた自分を誇りに思う。

マスコミ考──「逃げ道を用意した創価学会記事」のつまらなさ

2011年3月5日に【芸スポ萬金譚】に書いたものの再掲です。あちらでも根強くアクセスがあるのですが、こちらとは桁が違うので、こちらで読んでいただきたく再掲する次第です。
3月5日といえば、あの「2011.3.11」の6日前です。

逃げ道を用意した文章は狡いです。こういう卑劣な書き方はデマと同じでしょう。
こういう文を書くひとというのは、もしも抗議が来たら、「いや、そうは言っていません。あくまでも『そういう噂がある』と書いただけです」と逃げるのでしょう。

ここでのテーマは創価学会ではありません。「こういう醜い文章を書くひと」です。

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●及び腰のつまらなさ──創価学会芸能人(2011/03/05)

 こんな記事があった。
「 楽しんごは創価学会員?」というもの。

http://www.menscyzo.com/2011/02/post_2284.html 

 そりゃ芸名の命名者が「はなわ」だというから可能性は高い。
しかし言いたいのはそれではない。誰が学会員だろうと興味はない。学会員の出るテレビは一切見ない。信仰は自由だ。

 問題はライターの次のような言い回し。

《はなわといえば、自宅の本棚に池田大作氏の著書『人間革命』(聖教新聞社)のシリーズが大量にある場面がテレビに映ったことにより、学会員である可能性が高いと言われているタレントだ。》

 なにを寝惚けたことを書いているのか。はなわも弟のナイツのはなわもガリガリの学会員であることは明白であり、本人達も口にしている。誇りにしている。
ナイツはふたりとも創価大学卒であり、公明党を応援するビデオも{Youtube}で流れている。地区の役員もやっている。隠していない。

 明々白々な事実に対して「可能性が高いと言われている」という逃げ道を二重に用意した卑怯な言いまわしは醜い。「可能性が高い」でも逃げなのに、さらに「と言われている」と重ねるのだからいかんともしがたい。

《公明党の応援演説に度々顔を見せる創価学会の芸術部副部長・久本雅美(52)をはじめ、柴田理恵(52)、高橋ジョージ(52)、岸本加世子(50)、研ナオコ(57)などのベテランから、石原さとみ(24)、上戸彩(25)、滝沢秀明(28)といった若手まで、学会員だと言われている芸能人は数多い。さらにスポーツ界でも、サッカーの中村俊輔(32)、プロ野球の岩隈久志(29)などが学会員ではないかとされている。》

 岩隈なんて岩隈一族も女房の一族も、みんな揃って信者だ。それでいいじゃないか。そのことを書きたいなら正面から書け。それができないなら書くな。
 なんなんだ、「ないかとされている」という逃げ道は。

 これは創価学会員の彼らに対しても失礼である。誇りを持って日々熱烈に信仰しているものを、まるで「悪事を働いている」かのような語り口ではないか。
 彼らはべつに隠していない。こういう切り口がいかに卑劣であることか。


 署名は「文=ローリングクレイドル」となっている。
 まことにくだらんライターである。及び腰ならこんな文など書くな。回転揺り椅子固めを汚された気分だ。

 暗黒の創価学会と闘って行くのには覚悟がいる。もし反論が着たなら逃げようと、最初から逃げ道を用意した文章は醜い。精神的悪文の典型である。

安倍内閣ネーミングで話題の中日新聞のセンス──この人選なら当然(笑)

chunich東京新聞と中日新聞が2012年12月27日付朝刊に掲載した安倍内閣に関する特集記事が、「最低すぎる」「便所の落書きレベルだ」と読者やネットユーザーから厳しい批判を浴びている。

各界有識者に新内閣の印象を閣僚人事などから語ってもらうという内容だが、「ネトウヨ内閣」「厚化粧内閣」など紙面の大半を否定的な評価で埋めてしまったからだ。
中日新聞名古屋本社には27日だけで100本近くの電話が殺到し、担当者は頭の下げっぱなしだったという。

「安倍新内閣 名付けるなら」というメーン見出しの特集記事にコメントを寄せた識者は、慶応大教授の金子勝さん、エッセイストの北原みのりさん、作家の宮崎学さんら計10人。それぞれのネーミングを紹介すると、「戦争ごっこで遊びたい『ネトウヨ内閣』」と名付けたのは北原みのりさん。

宮崎学さんは「国防軍オタク内閣」と評し、政治評論家の森田実さんは、閣僚メンバーに極右が目立つとして「極右はしゃぎすぎ内閣」と名付けた。

慶応大の金子勝教授は甘利明氏を経済再生担当相に起用したことを問題視し、脱原発に逆行する「逆戻り内閣」とネーミングした。

高崎経済大の國分功一教授は、憲法改正や日銀法改正に絡む安倍首相の発言などから「学力低下内閣」と命名し、元沖縄県知事の大田昌秀さんは「新内閣は『改憲内閣』になりかねない」。人材育成コンサルタントの辛淑玉さんは、党役員に女性を起用してタカ派の素顔を隠す「厚化粧内閣」と指摘した。

このほか、作家の高村薫さんはそこそこの優等生を集めた点で「そつなくまとめてみました内閣」、脱原発デモ主催者の松本哉さんは「まぐれ敗者復活内閣」「期待度ゼロ内閣」、市民団体「子供たちを放射能から守る福島ネットワーク」世話人の椎名千恵子さんは「福島圧殺内閣」と名付けている。

ちなみに東京新聞のサブの見出しは、太い黒文字で「『敗者復活』の『逆戻り』」「『改憲』狙いの『厚化粧』。
中日新聞のレイアウトは、右手を挙げて官邸入りする安倍首相の全身写真の周りを「ネトウヨ」「改憲」「学力低下」などのネーミングが取り囲んでいた。
http://www.j-cast.com/2012/12/28160077.html?p=al

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北原みのり『ネトウヨ内閣』」
 
宮崎学「国防軍オタク内閣」

森田実「極右はしゃぎすぎ内閣」

金子勝「逆戻り内閣」

國分功一「学力低下内閣」

大田昌秀『改憲内閣』

辛淑玉「厚化粧内閣」

高村薫「そつなくまとめてみました内閣」

松本哉「まぐれ敗者復活内閣」「期待度ゼロ内閣」

椎名千恵子「福島圧殺内閣」


この10人を選んだら、こうなるって(笑)。まともな日本人がひとりもいない(笑)。朝鮮人ばかり。
つまりは、最初から全否定的なものになるよう企劃している。
 
抗議の電話殺到に頭を下げっぱなしだったってのはへん。卑怯だな。人選の段階からそうなることはわかっていて、というか、そういうふうになるように仕掛けて作ったのだから、この命名は、いわゆる「してやったり」のはず。よろこばないと。

明確なそういう意図で作ったのに、抗議電話になぜ詫びるのだろう。
抗議の電話が来たら、「わたしどもの意見ではなく、あくまでも識者のみなさんの意見ですから」ととぼけるのが筋。

しかしこの人選はすごい。よくもまあ。私からすると大嫌いな気狂いサヨクばかり。誰の企劃なのだろう。
中日新聞か……。
朝日が「報」の略ってのは有名だが、ここは「親新聞」の略かな。 

なぜこのような人選なのかという質問に、東京新聞──名古屋では中日新聞、関東では東京新聞と名を変える東スポ型(笑)──はこう応えたのだとか。

「他にも多くの人に依頼したが断られるなどしてこの10人になった」

まさか(笑)。もうすこし上手なウソをつけよ(笑)。
多くのひとの答の中から自分達の意に添ったこの10人を選んだんだろ。
北原みのりって(笑)。それが中日新聞のレベルか。

これ一発だけじゃない、自民党圧勝のときから、すさまじい否定だった。ひどい新聞である。どんなひとがこんなのを読んでいるやら。



日本の総理はボロクソに言うが、朝鮮の大統領は大絶賛。どこの国の新聞なんだ。
韓国女性大統領 隣人の大切さ知る人だ
    
 韓国大統領選で与党セヌリ党の朴槿恵候補(60)が当選確実となった。国民は格差社会の是正を願う。経済成長と富の再分配をどう両立させるかが課題だ。
 朴氏は韓国で初の女性大統領になる。北朝鮮と対峙(たいじ)する韓国軍の統帥権を女性に委ねるのはどうかと、懸念も聞かれた。だが、国会議員五期、党代表も務めた強いリーダーシップを示し、保守層、中高年齢層を中心に厚い支持を集めて激戦を勝ち抜いた。
 父は韓国発展の基礎を築いた故朴正熙元大統領。豊かにはなったが、少子高齢化が急速に進み福祉制度はまだ不十分な祖国のかじ取りを担う。

 朴氏は李大統領の競争原理を重視する政策とは一線を画し、福祉や教育予算を大幅に増やす中道路線を前面に出した。これで保守、既得権層の代弁者という批判をかわすことに成功した。

 朴氏は演説で「国民すべてを家族と思い、母親の気持ちで職務をする」と述べ、優しさも印象づけようとした。 
 それでも韓国では今後、政界だけでなく各分野で女性の活躍が広がっていくだろう。日本をはじめアジアの国々でも、朴氏の活動する姿が女性の社会参加を促すきっかけになればと願う。http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2012122002000086.html

選挙番組考──テレ東・池上彰の姿勢は絶讃に価するものなのか?──私にはテンション上げすぎのすべった芸人にしか思えないのだが

tv.gif ネットにテレ東の池上彰の映像が数多くアップされている。
その中のひとつ、togetterのこういうのを見た。私もこの部分をリアルタイムで見ていた。

 私はそのときも池上の「すべっているやる気満々」に苦いものを感じたが、今回見直して、やはり同じ事を感じた。
 しかしここに集ったひとたち(たぶん大多数は若者)は池上を大絶賛し、「ここまでやったら池上さんの身が心配だ」「よくぞやってくれた」と誉めまくっている。ずいぶんと浅い感覚である。



 ここにある映像。石原慎太郎への「自民党との連繋はあり得るか」という質問。石原は是々非々だと応え、持論を展開する。
 中央の官僚の規制がいかに強いかを語り、
「たとえば、日本の会計制度、こんなバカなことをやってるのは世界で日本しかない、先進国でね。やってんのは北朝鮮とかパプアニューギニアとかフィリピンぐらいでね。こういう大福帳の粋を出ない制度を変えないと役人のインチキ、役人のごまかしを破れないんですよ。そういうことを今までどこの政党が示しましたか」

 待ってましたとばかりに池上がつっこむ。
「北朝鮮と同じようにほかの国を呼ぶこと、そういう呼び方をするから暴走老人と呼ばれると思うんですけれども」
「北朝鮮は北朝鮮じゃないの、なんて呼ぶの?」
「いや、そうじゃないんです、パプアニューギニアやフィリピンを北朝鮮と同じに扱うような言いかたをされると、暴走老人と言われるんじゃないかと」

「そうじゃないよ、あなた、ひとの話を聞きなさいよ、これはね、同じような単式簿記をやっている国ということで言ったの」
「そういうことですね、わかりました」
「そうですよ、ひとの話、ちゃんと聞きなさいよ」
「わかりました、失礼しました」



 ここまで明確に映像とことばが残っているのに、「池上先生、よくぞ言ってくれた!」とはしゃぐのはバカとしか思えない。池上は揚げ足を取ろうと見当違いの突っこみをして、石原にやりこめられ「失礼しました」と謝罪しているのである。

 石原が言ったのは「先進国なのに(いつ聞いてもイヤなことばだなあ、先進国ってのは。キリスト教用語だ)未だに単式簿記をやっている日本の愚かさ。そのことによる官僚のごまかしの弊害」である。
 そのことに池上が突っこむなら、視聴者から「さすが池上先生」と讃えられるなら、それは「単式簿記にはいいとこもいっぱいあります」のような意見でなければならない。だって論点は「単式簿記の国」なのだから。

 ところが池上が突っこんだのは、「未だに単式簿記の国の北朝鮮、パプアニューギニア、フィリピン」と言った石原に対する、「北朝鮮(という国家とも言えないとんでもなくひどい国)と、(まともな国である)パプアニューギニアやフィリピンを同列に取りあげるのは失礼だ」であり、その後に「そんなことをいうからあなたは暴走老人と言われるのだ」だった。
 池上が言いたかったのはこの後半である。重箱の隅をほじくる揚げ足取りにすぎない。そもそもの論点がずれている。これを「池上さん、よくぞ言ってくれた」とはしゃぐひとは……。

 石原が「未だに単式簿記のろくでもない国」ということを強調するために、最初に「北朝鮮」というろくでもない国の代表の名を挙げることは計算なのだろう。効果的ではあるがアブナイ要素もある。池上はうまくその揚げ足を取った。つもりだった。しかしまた池上の狙いは、「そんなことをいうからあなたは暴走老人と言われるのだ」で視聴者から拍手をもらうことである。果たしてこのやりとりでそれは成功したか。どう考えても失敗だろう。



 なぜ池上がこのようなことを言ったのかの推測も容易だ。
 前回の参院選開票速報番組で、テレ東は奇蹟的に「関東全局で視聴率1位」という快挙を成し遂げた。馬券で言うなら単勝万馬券である。とんでもない波瀾だった。テレ東は舞いあがり、立て役者である池上先生も舞いあがった。祝勝会は盛りあがったことだろう。その続きとして、今回もまた1位になりましょう、そのために、もっともっと過激にやりましょう、となった。

 ネットで見たが、画面右下に出る政治家のプロフィールに、くだらんことを書いて笑いをとっていたらしい。身長だとか、意外なオタク的な趣味だとか、所謂政治家のプロフィールとしてはどうでもいいことを書き、そのことによる「目立ち効果」を狙ったようだ。私はそこまで真剣に見なかったので気づかなかった。というか上記のような場面を見て不快でチャンネルを替えてしまった。



 前回の成功で池上も力が入っていた。スタッフと検討し、より過激な発言で注目を浴びようと画策する。このときにもう「政治家のプロフィールにはこんなのを入れようと思うんですよ」「あ、それ斬新だ。やりましょう」なんてやりとりもあったのだろう。

 そんな中、田中眞紀子の石原に対する誹謗発言であった猖汁老人瓩魑媼蠅房茲蝓◆屬匹Δ癲∨汁老人の石原です」とやって受けている石原を、「だからあなたは暴走老人と言われるんですよ」と面罵し、石原嫌いから拍手喝采を得ようという計算は生じていた。いわば「狙っている決め技」である。

 プロレスでも「猪木の相撃ちラリアート」に代表されるように、相手の得意技を返すのは衝撃的である。掟破りは最高に盛りあがる。
 池上は、なにかのタイミングで石原に「だからあなたは暴走老人と言われるんですよ」と言いきり、大向こう受けを狙っていた。

 その気持ちが逸りすぎ、この場面で出てしまった。もうすこし慎重に構え、石原が暴言を発したときに言えば、それはもっともっと受けたろう。だが単に国名を並べたときに言っては、「見当違いのイチャモン」でしかない。よって「失礼しました」と謝罪することになった。赤っ恥である。なぜこんなものを「池上さん、よくぞ言ってくれた!」とはしゃぐのか。石原に対してそう言ったことのみを評価していて、タイミングを間違え謝罪していることを理解していない。



 同じ頃、TBSでくりぃむしちゅーの上田晋也も同じような失敗を繰り返していた。
 私は彼はTBSの総合MCなのだと思っていた。そうじゃなかった。それはNHK出身のアナがきちんとやり、上田はゲストコメンテータに過ぎなかった。だからだろう、池上的なピリっと効いたコメントで存在価値を示さねばと思ったのか、同じく石原なんかに見当違いの突っこみをして、「くだらんことを言うんじゃないよ!」と叱られ、「大変失礼しました。深く謝罪いたします」とかなんとか、わざとらしく最敬礼してごまかしていた。これも見事に「すべった例」になる。私は上田が大好きだけど、この番組に関する限りダダすべりだった。ライブであり一発勝負だから選挙番組はむずかしい。

 見事なのは小泉進次郎だった。開票と同時に当確し、80%越えの得票を得た。上田の「次はもう総理大臣を狙ったらどうですか」という御調子者発言にも、「政治家はひとつの言葉が命取りになりますので」と口許を弛めることなく鄭重に応対し、ゆるがない。31歳の小泉のどっしりした態度が際立ち、そういう質問をニヤつきながらしている42歳上田の軽薄さが浮きあがっていた。

 メジャーになってからの上田は、すべてにおいて順風満帆だった。およそ失敗とか挫折とかは無縁だった。今回、意のままに行かない番組に出会ったことはいい勉強になったろう。
 TBSの上田の起用は、あきらかな失敗だった。

 テレ東池上のはしゃぎすぎやTBS上田のおおすべりが目立ち、なんだかごく当たり前に「開票速報はオーソドックスなのがいい」という結論になった今回の選挙番組だった。

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 さて、そういう事実も「日刊ヒュンダイ」の記事になるとこうなる。

2012年12月21日 07:00 (ゲンダイネット)
 
浮かれる政治家連中タジタジ 池上彰「ジャーナリスト」の面目躍如

<視聴率8.6% 宗教、組織票、世襲もタブーなし>

「パプアニューギニアやフィリピンを北朝鮮と同じように呼ぶから“暴走老人”と呼ばれると思うのですがいかがですか」

「失敬だね、君は!」

 日本維新の会代表の石原慎太郎と生中継で丁々発止のやりとりを行い、気色ばませたのはジャーナリストの池上彰(62)。選挙戦当日、4時間半にわたって生放送されたテレビ東京「池上彰の総選挙ライブ」でのひとコマだ。

 しばらくして再び中継がつながった石原が、「先ほどはあなたと知らずに怒鳴ってすみませんでした」と謝罪。すると、「どうも石原さんは、相手によって態度を変えるようです」と視聴者に向けて“解説”する。視聴率は8.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と民放4位だが、ほかにも顔を引きつらせる質問を連発し、数字以上に大きなインパクトを残した。



 私が正確に再現した石原と池上のやりとりと、この「日刊ヒュンダイ」の最初の記事をよく比べて欲しい。マスコミはこういうふうに自分達に都合良く記事を書く、事実をねじ曲げるといういい例、いや典型的悪例になる。

 石原は「失敬だね、君は!」なんて気色ばんでいない。それは上の映像を見れば解る。「ひとの話をよく聞け」と言い、見当違いの突っこみを「失礼しました」と腰くだけで謝っているのは池上のほうである。

 その後しばらくしてのインタビューで、石原が「先程はあなたと知らず失礼した」と言ったのは事実である。恥を搔かしてしまったかと気を遣ったのだろう。
 それを受けて、石原との中継が終った後、「どうも石原さんは相手によって態度を変えるようです」と言った池上の顔は醜かった。先程恥を搔かされた相手に言い返してやるという内面の悪が見事に顔に出ていた。
 私は彼を、好きでもないし、嫌いでもないが、あの顔を見たら、誰でも引く。なんとも印象的なシーンだった。池上に限らず、憎い相手に憎しみの捨て台詞をぶつけるとき、ひとはあんな顔をするのだろう。



 ネットがやたら池上絶讃なので、このこともきちんと書いておきたい。
 池上は、個人的に親しいのか支持しているのか知らないが、民主党の岡田(副代表?)に対しては、なにもつっこまず、労るようなやりとりをしていた。不自然だった。「遠慮会釈のない突っこみ」なら、220から50に激減した岡田にこそ発揮して欲しかったが……。

 公明党に関しても、ネットでは「公明党の候補ってみな創価学会員なんですか」という高校生の質問に応えたと話題になっていたが、一方で「公明党は脱創価学会の努力をしています」とか、公明党を庇うような発言も目立った。ほんとかよ(笑)。脱創価学会でどうやって公明党がやって行くんだ。



 テレ東がまたも1位かと夢見た視聴率は4位だったようだ。民放5局の中でか、いやNHKも加えた6局の順位か。いずれにせよ前回の1位は瞬時の夢として消えたことになる。それは当然だろう。今回のテレ東の池上彰の開票速報は、完全な「きわもの」だった。
 それはそれでいい。私が不快なのは、彼ら(池上とテレ東)に、その意識がなかったことだ。これはひじょうに恥ずかしい。きわものなのに「王道」と思っているのは滑稽だ。

 私は前回の参院選の時、池上のテレ東を中心に見た。斬新だった。おもしろかった。わかりやすかった。親切だった。視聴率1位を、心からよかったねと思った。よい番組を作ると、数字は正直なんだなと感激した。その私が、今回は不快で見ていられなかった。

 来夏の参院選もテレ東は池上で勝負するのだろう。どうなるのか。前々回の参院選の高視聴率を正面から見詰め、今回のはしゃぎすぎを反省し、原点に戻る賢さはあるだろうか。それとも、今回の見当違い敗戦を反省することなく、「ネットで受けた。もっと過激に」と、より脇道にそれて行くのか。



 元NHKのニュースキャスター池上彰が、フリーとなり、民放でMCを担当し、百年一日のごときワンパターンマンネリ選挙開票番組に新風を吹きこんだのは事実である。その功績も認める。
 だがそれに意を強くしてやった今回の番組が、讃えるに相当するものであるかと問われたら、私は即座に否定する。

 本来真面目なひとが、珍しく冗談を言ったら、キャクラターとの落差もあってバカ受けした。調子に乗った彼は自分にはお笑いのセンスがあると勘違いし、思いっ切り下ネタ漫談をした。一気に白けた。
 今回のテレ東の池上彰とは、私にはそんなものだった。

「自公」「自公」と連呼するマスコミの不自然──創価学会嫌いを自民党から離そうとするネガキャンとしか思えない

自公300議席の勢い 接戦区でも優位に 衆院選情勢 民主70議席割れも
 
 日本経済新聞社は16日投開票の第46回衆院選に向けて終盤情勢調査を実施した。
 自民党は序盤の勢いを維持して接戦を続ける選挙区でも優位に戦いを進め、公明党と合わせ300議席をうかがう勢い。
 苦戦を続ける民主党は逆風がやまず70議席を割り込む可能性もある。日本維新の会など第三極の各党も伸び悩んでいる。(日本経済新聞)
 http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS1303Y_T11C12A2MM8000/?dg=1

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 やっぱり不自然だよなあ、この「自公」を前面に出す記事の書き方は。
 自民党という長年政権を担ってきた党が大勝する可能性が強いなら、それは「自民、280の勢い」と書けばいいのであって、政権を握ってから連立するかも知れない公明党という所詮20人程度のカルト宗教をバックにした政党の名を同格で表に出す必要はない。イヤミである。

 妥協して言うなら、衆議院過半数の241に対して、 「自公で過半数の241を越える勢い」ならわかる。過半数は大事な数字だ。それを得たものが与党になる。だから「自公で241越え」なら、まだわかる。

 だが自民党が単独でそれを越える勢いなら「自公」を強調する必要はない。「自民、単独過半数を超える勢い」「自民280議席か」で充分だ。なぜここで創価学会公明党を足して300なんてどうでもいい数字を出すのか。「自公で300」の300には何の意味もない。なぜ自民党大勝を書かず、それよりも「自公」を強調した合計の数字を出すのか。まさにアナウンス効果であり、私のような自民党支持者の公明党嫌いが、自民党へ投票しないようにするためのネガキャンとしか思えない。



 なら前回の選挙で風の吹いた民主党に対し、「民社(民主党+社民党)300を越える勢い」と書いたか。書いてない。民主党には好意的だった。なんとしても自民党政治をやめさせようと、民主党にはいいことばかりを書いた。そして今回は、「みなさん、たいへんですよ、このままだと自民党が大勝してしまいますよ」と、「自公」を強調して、わざとらしい記事を書いている。どう考えても自民党のイメージを落とすためのネガキャンだろう。なんともいやらしい。 

 私なんか、それをわかっていても、それでも「自公」という字を見るだけで、創価学会公明党を思い出して、自民党が嫌いになる。見事に効果のある戦術だ。なんなのだろう、この国のマスコミは。もちろん「自公で政権を」と広言している安倍総裁にも問題はあるが。



 爆笑問題の太田光は、愛川欣也と出会ったとき、「芸人は反体制でいろ」と言われたという。それに感激し、今もそれを護っているらしい。太田なんてどうでもいいけれど、なんでこの国のマスコミはみな反体制なんだ? マスコミは反体制でなければならないというトラウマ。一度戦争で負けると、ここまで歪むものなのか。負けるまではアサヒシンブンなんかあんなに軍部に協力的だったのにね(笑)。



 すべては現憲法もどき廃棄が基本になる。

 沖縄での米兵の暴行のような問題、辺野古基地ウンヌン、日本がまともな憲法を制定し、日本国軍を持てば、ヤンキーが日本に居留する必要はなくなる。沖縄の基地問題等、すべて一発で解決する。
 沖縄は地理的に要だ。だからこれからも国軍の駐留はある。だけど異国から極東の地に派遣されてきたヤンキーじゃない。真に日本を愛する日本人による日本国軍だ。暴行事件なんて不祥事は一切なくなる。



 福島原発の事故も、戦勝国アメリカに、買いたくない粗悪な施設を買わせられたことが原因だ。安保で護ってもらっている以上、いやいやながら、それを買わざるをえない。生真面目な日本人は、アメリカから押しつけられたその粗悪なシロモノを、懸命に改良し、ケアして、事故にならないように努めてきた。しかし粗悪品であるから、不慮の天災に耐えられなかった。それがすべてである。これはあらためて書く。福島原発事故の基本はそれである。それだけなのだ。より地震被害の大きかった女川原発になんの問題も生じなかったことが証明している。

 あれなども、まともな憲法をもち、アメリカの属国でなかったら、日本人の日本人による日本人のための良質な原発を開発し、事故など起きるはずもなかった。
 すべてはあの憲法による、国軍を持てないアメリカの属国であることの悲劇なのである。



 「自公」を強調する不自然なマスコミの話だった。
 主題からズレてきたので別項にする。

 もういちど。
 マスコミも問題ありだが、「自公」を前提とする自民党もなんとかしてほしい。切なる願いである。

 安倍総裁、自民党支持者は「自公」を望んではいません。あなたはそこがわかっていない。
 自民党支持者は、創価学会公明党と組むことを前提とした「数の論理」を嫌っています。あなたには、あたらしい時代のあたらしい総理になって欲しいと願っています。どうかこの支持者の気持ちを理解してください。
 私たち自民党支持者は、創価学会公明党が大嫌いです。 

テレ朝・三反園がアナウンス効果発言?──自民党の予想議席が減らない

テレビ朝日の三反園コメンテータがアナウンス効果について、口を滑らしたらしい。私は直接見たわけではないので、2ちゃんねるで見かけたそれを貼っておく。

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このテレビ放送での発言が事実だとしたら──私は事実だと信じて書いている──反自民党のマスコミが、異様に「自民党単独で300議席を越える勢い」と持ちあげたのは、やはり、そういう狙いだったことになる。

しかし自民党の勢いが強いこともまた事実であろうから、彼らは選挙期間中に自民党を批判するわけにも行かず、「なら、この方法で」とばかりに大仰にそれを煽ることで自民党人気の下落を願ったわけだ。
つい口を滑らしたのだろうが、それにしてもひどい話である。いかにマスコミ人が「自分達で世の中を動かせる」と自惚れていることか。



三反園ってのはテレ朝の「ニュースステーション」に出ていたひとだよね。BS朝日では「ごごいち」なんてのをやってるのか。地上波しかないので見られない。 13時から報道番組をやっているなら見たいものだ。

BSってどうやって見るんだ? チューナーはある。アンテナさえ買えばいいのか? 無料だよな? ならアンテナぐらい買ってもいいな。NHKで早い時間の大相撲と将棋特番(竜王戦、順位戦)が見られるし。前の住まいではBSがあったので、昼から酒を飲みつつ大相撲を見て、国技館に行ってる感覚を味わったっけ。

ということでBS朝日のサイトに出かけてみたら、

bsasahi 






















一番の売りが「韓国ドラマ」らしい。やっぱり見られないままでいいや。
三反園ってのは、この午後の帯番組のキャスターに専念しているようだ。



BSか。でもいまは選挙報道目当てにかなりテレビを見ているが、開票速報のあとはまた見なくなるのは見えている。いや安倍政権誕生になるとまた見るようになるか。国会中継もあるし。

さて日曜の投票日。どんな結果になるのやら。アナウンス効果はこれから出て来るのかどうか。

「日本の偏向マスコミが、安倍晋三を見当違いに批判したと、ドイツのニュースが報道している」というお遊び映像──安倍晋三とテリー伊藤の食事?

「日本の偏向マスコミが、安倍晋三を見当違いに批判したと、ドイツのニュースが報道している」というお遊び映像。遊びだけど言っていることは正鵠を射ている。

http://www.youtube.com/watch?v=L_8G1ZOGHow&feature=youtu.be



アサヒシンブン的サヨクシンブンはもとより、テレビのオヅラもテリーもひどかった。といっても、彼らの番組など見るはずもなく、後で知り、YouTubeで確認したのだが。

そのあと、テリー伊藤と面識のある山本一太が仲を取りもって、安倍総裁とテリー伊藤が食事をしたという週刊誌報道があった。ほんとなのかどうか知らんが、それはそれでマスコミ対策として必要なのだろう。ああいうヤカラは取りこめば悪口は言わなくなる。

しかし日テレで

「皆さん誤解しているんですが、あの人は病気で辞めたのではなくて、1年間やっていて成果が出なかったので辞めたんですよ。若いんだよね。カッコいいことばかり言っている。あんな感じで戦っていけるのかな。これまで総理大臣が代わったなかで、今回が一番不安ですよ」

とトンデモ発言した芸能人と、仲よく食事できるものだろうか。また、そういう発言をしておきながら、批判した政治家と平然と会えるものだろうか。
まあそれが出来るのが政治家であり、芸能人なのだろうが。



その後のテリー発言から、仲良しになったのか決裂したのか窺えるのだろうが、どうなっているのか……。

ここのところ選挙番組目当てで、わたし的には異様にテレビを見ている。毎日テレビを見るという生活から離れていたので、本人的にはまるでテレビ漬けのよう。先週の金曜は各党党首勢揃いだったので「「報ステ」」まで見てしまった。前任のクメヒロシのころから何年に一度ぐらいしか見ないのだが。
そういう生活でもオヅラやテリーは無理。見ていない。

その後テリーはあの件を謝罪し、安倍総裁にどんな発言をしたのだろう。検索してみるか。

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【追記】──ひさしぶりに見た「報ステ」感想──嘉田由紀子のパカっぷり

 スズキムネオが「これからの世界は驚異はテロだけだ(=戦争は起きない)」と言ったり、共産党と社民党が「憲法九条のおかげで日本は戦争をしなかった」とお花畑理論を言ったり、相変わらずだったが、逆の意味で、党首としていちばん目立ったのは、「未来の党代表嘉田由紀子」だった。なにしろ手も挙げないし発言もしない。MCの朝鮮人フルタチイチローから、「珍しく嘉田さんが手を挙げたので、どうぞ」と言われる始末。なのにその発言に中身がない。この女、なんか得意な分野はあるのか!? 福島瑞穂は「ハイ、ハイ」と勉強の出来るこども(笑)のように何にでも手を挙げまくり、はっきりと「嘉田よりわたしのほうが上」と意識したようだった。

 嘉田は埼玉県の高校時代、生徒会長をやっていたとか。積極的で目立つのが好きだったのだろう。なのにこういう番組で目立てないのは力がないからだ。この女を圧倒的多数で県知事に選んだ滋賀県民の感覚がわからない。前回など圧勝である。さすがに今度でわかったろう。次は撰ぶなよ、こんな女。

 小沢大魔王は、海部のときと同じく「担ぐ神輿は軽くてバカがいい」と思ったのだろうが、政権与党にいて、自分がすべてを牛耳っているときはそれでよかったとしても、逆風の中でこの「軽くてバカ」キャラでは無理だわ(笑)。

テレビ番組構成のワンパターン──なぜ自局だけの独自性を出さないのだろう


 テレビ局の番組編成はなぜみな似たり寄ったりなのだろう。いつも同じ時間帯に同じような番組をぶつけ、それで視聴率を競っている。不思議でならない。ずらしたほうが効率的に決まっている。
 たとえば朝や夕のワイドショーがある。同じような顔触れで同じ事を扱って数字を競っている。構成も同じ。旬の話題(最新の殺人事件等)があり、政治ニュースがあり、芸能スポーツニュースがあり、あらかじめ取材してあった「話題の店」なんてのを流して、天気予報があっておしまいになる。
  あの時間にドラマを流したら、確実に観る人がいるだろう。それはすこし前の「TBSの全日視聴率で、最高は夕方4時からの『水戸黄門』再放送だった」という事実で証明されている。

 昭和天皇の崩御で全局が喪に服し、モノクロの「昭和を振り返るニュース映像」で番組構成している中、唯一カラーの「懐メロ」を流して高視聴率を稼いだテレビ東京の例がある。目立ちたいなら他とちがうことをやればいいのに、なぜかテレビ局というのは「同じ時間に同じ事をして競う」というへんな習慣がある。


 それは一日の構成だけでなく週間でも同じだ。今日土曜日の午前午後は「くつろぎ路線」らしい。これまたどこも同じような番組をやっている。テーマはみな「旅」とか「食」とかに限られている。そしてまた明日日曜日の午前は今度はやたら政治番組が多い。土日で極端に色が違う。なぜそんなにワンパターンなのだろう。なぜそんなにそれを頑なに順守するのだろう。

 都知事選と衆議院選挙があるので私は今日、政治番組を見たいのだが、ない。逆に明日の日曜午前はありすぎて、朝からずっとそれ一色になる。そしてまた午後はスポーツ一色だ。マラソン、サッカー、ゴルフばかりだったりする。なにゆえさほどにパターンを厳守するのだろう。

 今日土曜の他局がみなその路線なら、一局だけ日曜にやっている政治番組をもってきたらどうなのか。そういうものを好む私のようなのは決してすくなくないだろう。そして日曜のその時間には逆にアニメやドラマを流せば、これまた政治番組嫌いの連中に支持されるだろう。そのほうがテレビマンにとって命よりも大事らしい視聴率とやらを稼げると思うのだが。


 思うに、テレビマンとは仲間意識と業界意識が過剰に強く、そこから脱出出来ない人種なのだろう。「そういう時間にはこういう番組」という擦りこまれた思いがあり、それを避けるのは「逃げること」であり、彼らにとって屈辱なのだ。
 かつて斬新なことをやったテレ東も、当時は視聴率競争の最弱局で、「三強一弱一番外地」と呼ばれていた時代だった。番外地だからこそ自虐的にそれが出来た。
 いまはちがう。同列だと誇りをもっている。だから他局が「開票速報」をやるときはテレ東もやるようになった。最高視聴率を取ったりした。他局と同じ事をすることがテレ東にとって「出世」だったのである。テレビ局にその意識があるかぎり、この形は今後も続くだろう。

 いま今日のテレビ番組表を見ているのだが、まるで「土曜の日中は政治的な番組は一切流しません」と取り決めがあるかのようである。なんとも不自然だ。(唯一日テレの「ウェークアップ」があったのだが見逃した。)
  
  
 この編成は  「通知表」でたとえるなら、「オール5を取りたい」という感覚である。そこには「テレビという誰からも誉められ認められている優等生」という自意識がある。優等生の「テレビ君」はすべてに満点を取りたい、取らねばならないと思っている。たしかにかつてはそうだった。テレビは王者だった。
  でももう時代がちがう。気づいていないのはテレビマンだけだ。これからのテレビはもう「体育(英語、図工)だけ5で、あとはぜんぶ1」のような個性的な路線を歩まねばならない。「昭和の香り」というのは否定的な意味あいのようで、その使いかたには憤懣があるが、それに倣うなら、テレビこそが昭和からなにひとつ変っていない。
 
  ネット中継された政党論戦がいかにおもしろかったことか。なにしろ時間にもCMにも縛られない。その点でもうテレビはネットに絶対に適わない。
 「テレビ君」はもう誰もが憧れた美男の優等生ではないことを自覚すべきだ。全教科に満点を目ざさなくてもいい。自意識過剰の勘違いは滑稽だ。(5枚)

安倍総裁を支持する!──アサヒ、マイニチの狂ったようなネガティブキャンペーン──3500円のカツカレーを批判する愚かさ

自民党安倍総裁による党三役が決まりつつある。
かつての組閣で、自分と親しい同世代の仲間をポストに配置し、「お友だち内閣」と揶揄された経緯もある。今度のは、「気配り配置」「派閥均衡人事」と呼ばれるような、あちこちに気を遣ったバランス型になるようだ。まあ今はしょうがないか。

しかし考えてみりゃ、これはただの「1野党の人事」に過ぎない。 
識者が「勝負は総理になってからの人選」と言っているのを聞いて、それはそうだなと納得した。

なんとしても次の衆院選で勝たねばならない。それに立ちむかう今回の党三役を始めとする人事は重要だ。
でもほんとの楽しみは、総理になってからの組閣だな。と、思うことにしよう。



アサヒ、マイニチが猛烈な勢いで「安倍ネガティブキャンペーン」を始めた。
アサヒの「安倍潰しは社是」は有名だが、マイニチも「正気か?」と思うほど、死に物狂いだ。

系列のテレビ局がやった「3500円のカツカレーで出陣式。庶民感覚がわかっていない」には呆れた。
いつまでこんなおろかなことを続けるのだろう。マスコミとして恥ずかしくないのだろうか。
麻生総理にカップヌードルの値段を聞いたり、ホテルのバーで飲んでいるから贅沢だと騒いだり。

主婦が国会議員に立候補し、「庶民の台所感覚を国会に!」などとやると拍手喝采したりする。
庶民の台所感覚を国政にもちこまれたりしたらたまったものではない。それは町会議員、市会議員までのレベルだ。

カップヌードルを喰って千円床屋に行ってるようなのに世界が見えるはずがない。そんなのに日本のリーダーになられたらたまらない。
ひとは、立場によって視界が変る。角度も広さも変る。それを理解できない「庶民サヨク」は、カップヌードルの値段で騒いでればいいが、マスコミがそれを支持しリードしたら笑われる。

麻生首相が国会答弁で(いったいどこのバカがこんな質問をしたのだったか、調べる気にもならん)カップヌードルの値段を聞かれ、400円ぐらいかと応えたら、質問者は170円だ、そんなことも知らんのかと得意気だった(笑)。麻生さんもそんなくだらないことに応えなけりゃいいんだよな。「私はカップヌードルの値段を知りません。ふだん食べませんから。また首相として、その値段を知っていなければならないとも考えておりません」と言えばいいのだ。それだけのこと。

するとそのあと、「170円ではない。庶民は98円の安いカップメンを喰っているのだ」と、これまた得意気にブログに書いているバカを見かけた。
かりに「カップヌードルの値段は170円です。でもこれは高い方で、庶民は98円の安いのを喰っています」と応えるそういうことに詳しい首相がいたとして、それがなんだと言うのだ(笑)。そんなろくでもないことに詳しい首相などいらん。

どこまでこの国の売国マスコミは狂っているのだろう。
日本の真の敵は獅子身中の虫であるこいつらだ。



ネット時代は心強い。
大新聞が輿論を誘導し、「世の中、おれたちのやりかたでなんとでもなる」と驕っていた時代は終った。

アサヒ、マイニチのお粗末な社説を冷笑する人々は確実に増えている。
新聞が輿論を誘導し支配したのは暗黒時代だった。
アサヒは、戦前戦中は戦争讃歌で、戦後は一転して国辱憲法支持で、輿論をリードしてきた。
自分を王様と、いまだに勘違いしている。
そんな時代が、ネットの力で終ろうとしている。

アサヒと闘う安倍総裁を応援せねば!
アサヒ、マイニチがどんな安部ネガティブキャンペーンをやろうと、国民の支持が変らなければ、さすがにやつらも、自分達の影響力の低下を知らざるを得ないだろう。

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【追記】── 3500円より高いアサヒシンブンのカツカレー(笑)

アサヒシンブン内のレストランに3675円(サービス料込みで4043円)のカツカレーがあることが発覚(笑)。
自分達はこういうのを悔いつつ、安倍のそれを批判するのが日本のマスコミ。

週刊新潮のAKB48批判に【追記】──よしりん錯乱

「週刊新潮のAKB48批判」に【追記】しました。
小林よしりんの文章を引用させて頂きました。

「よしりんは、なぜそんなにAKB48が好きなのか!?」は別項でまとめたいと思います。

Newsweek誌の「暴走する韓国」特集──タイムリーな特集に拍手

「Newsweek日本版」が「暴走する韓国」特集をしている。売れ行き好調のようだ。

newsweek












「常識的なレベルをはるかに超えている独島愛」

   日韓問題を特集しているのは、2012年8月29日発売の「ニューズウィーク日本版」だ。
 表紙には「暴走する韓国 その不可解な思考回路」「韓国、竹島への偏執の原点」「竹島をめぐる常軌を逸した言動と粘着質外交の原動力とは」とセンセーショナルな見出しが躍っており、ロンドン五輪男子サッカーの日韓戦終了後、「独島(竹島の韓国側名称)は我が領土」と書かれた紙を上半身裸で掲げたパク・ジョンウ選手の写真が掲載されている。
   特集は12ページにわたっている。http://www.j-cast.com/2012/08/30144614.html


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 週刊新潮にもこっち路線で行って欲しかった。AKB48人気にすがらなくても売れる特集はいくらでもある。いや「売れる」よりも「やらねばならない特集」だ。
 Newsweek日本版は、まさに機を見て敏な週刊誌だった。うまい。拍手。



 ところでNewsweekをカタカナで書くとどうなる。「ニューーク」か? 
 言うまでもなく「ニュー」ではなく「ニュー」。しかし相変わらず「7時のニューです」とやっている。和製英語だ。「ナイター」という本場ですら感心した優れた和製英語を廃して「ナイトゲーム」と言ったりするなら、この辺のまちがいを正す方が先だろう。子供の英語勉強にも役立つ。単語の語尾が濁音か否かは中学生英語発音問題の定番だ。

 週のWeekと、弱いのWeakではカタカナ表記が異なる。
 むかし「スペシャルウィーク」という競走馬がいた。「特別に弱い」ではなく「特別な週」だからウ「ィ」ーク」とちいさい「ィ」。どうやら「週」の「Week」は「ウーク」、「弱い」の「Weak」は「ウーク」らしいと学んだ。
 この辺、どういうリクツになっているのだろう。共に連続母音だ。誰が決めたんだ。べつに知りたくもないが。

「地面」を「ぢめん」と書いたらまちがいにされる敗戦日本の決め事など関わりたくもない。この辺も改革すべきだ。筋が通っていない。賢い子供ほどこんがらがる。賢い子供だった私はいつもこれを間違えた。
「地上」は「ちじょう」なのに、「地面」は「じめん」。「ぢめん」にしたら×になる。
 日本人を骨抜きにするために漢字使用を止めさせようとしたGHQ支配という敗戦を未だに引きずっている。
 日本が独立したのは昭和27年。敗戦日本は今年還暦だ。還暦を期に、この辺の矛盾を修正せねばならない。



asahi 意外なところでは「週刊朝日」も、連続して韓国批判の特集をしている。

 しかし報の略の朝日と言われる売国奴アサヒシンブンの出している週刊誌が朝鮮批判をするはずがない。信じられない。「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」なんて事実無根の大嘘は、この赤新聞が先頭を切って作りあげてきた。

 この表紙の「愛国という名のエゴを許すな!」を見たとき、絶対にこれは日本批判だと思った。この新聞社の活字に日本に対する「愛国」はない。

 一応毎週チェックしているが、なにか落とし穴があるはずだから信じてはならない。アサヒシンブンが朝鮮を批判するはずがない。

 ひさしぶりに「Newsweek日本版」を買った。

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註・「ナイターという和製英語」→古いアメリカの新聞にも「ナイター」という表記があり、和製英語ではないという説がある。事実だろう。だがアメリカではそれを一般に使用せず、日本ではついこのあいだまで誰もが「ナイター」と言っていたのだから、こういうのは事実上の和製英語であろう。

週刊新潮のAKB48批判──マスコミはゴミにたかるハエだとしても、たかるゴミをもうすこし撰んで欲しい

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 週刊新潮が 誰も批判しないAKB48「前田敦子」卒業バカ騒ぎ

 という特集をやっていた。

 中吊りの見出しも最大級だ。
 新潮ファンとして、やって欲しくなかった。どんなコンセプトで、いかなるアングルで記事を作ろうと、こういう特集はAKB48人気におんぶしたものだ。

 もしも新潮がほんとうにこのバカ騒ぎに、「なぜ誰も批判しないのだ!」と、腹を立てていたなら、腹を立てているからこそ無視すべきだったと思う。それがおとなの週刊誌の正しい姿勢だ。

 バカ騒ぎとその評価は、「ワシはあっちゃんに甘えていたのかもしれん」と、すっかりAKB評論家に堕している小林よしのりにでも任せておけばいい。



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 今週号の「売り」は、「安倍総理誕生に加勢する橋下市長」と並んで、このAKBの話が二大テーマである。そんなにまでしてやるほどのことか。

 週刊新潮の読者で、このテーマに興味のある人はどれぐらいいるのだろう。なんの興味もないわたしゃこんなもの読む気にすらなれない。文春は買った。新潮は立ち読みにした。トップの「安倍と橋本」だけ読み、この記事は開くことすらしなかった。



 将棋の名人戦挑戦者升田八段が「名人なんてゴミだ」と言い、受けてたつ木村名人に「名人がゴミなら君はなんだ!?」と問われて、「ゴミにたかるハエだ」と応えた有名な逸話があるが、AKB卒業のバカ騒ぎをゴミだと特集することは、自らがゴミにたかるハエだと言っているようなものだ。

 新潮の読者として、ゴミにたかるハエマスコミでも、もうすこしちがうものにたかって欲しいと願う。
 そういや週刊文春から離れたのは、「女に嫌われている芸能人ワースト10」とか、そんな芸能ネタをやるようになったことも理由のひとつだった。私にとって最悪のそういう特集は、読者にとても評判がよかったらしく、定番ネタとして定着していった。おじさん読者にとって部下との酒席の話題になって便利だったのか。週刊誌の第一義は売れることだ。どんなに意義ある記事を書いても売れなければ廃刊になるしかない。

 新潮の試みもそういうことなのだろう。この記事で、AKB48なんてろくに知らないけど、とりあえず最新情報を得て、よろこんだ読者もいるのか。
 私はこばむ。買わなきゃいいだけの話。でもこの特集のおかげで今週号の売れ行きがすごく良かったりして。どっちだ。



 と書いて思った。世の中はいまみなボーダーレスというのか、そういう方向に向かっている。
 私の考えは、「そういうテーマは芸能週刊誌に任せておけ。文春新潮は他にやることがあるだろう!」なのだが、一方で私は、政治を扱うようになったスポーツ紙を好ましく思っている。いまじゃあの東スポにだって政治欄がある時代だ。

 なら文春新潮が芸能ネタを扱うのも容認せねばならない。のか?
 私が東スポが政治を扱うようになってよろこんでいるのとは逆に、「なんで東スポが政治のことなど載せるのだ。そういうのが載っていないからおれは東スポが好きなのだ。そんな紙数があるなら、その分エロ記事を増やせ」と憤慨している読者もいることだろう。

 文春新潮が芸能ネタを載せることに憤慨する私と、東スポが政治記事を載せることに憤慨する読者は、表裏一体なのである。 

 東スポに政治記事が載るようになったことをよろこんだ私は、文春新潮が芸能記事を扱うようになったことを受け入れねばならない。リクツとしてはそうなる。



 まあ週刊誌だからね。売りあげのためならなんでもする。タッグを組んでの「橋下出自叩き」がその例だ。
 オピニオン誌がそれをやったら立腹する、を一線として、ここは妥協しよう。文春新潮を毎週買っていた時期なら怒るけど、今じゃめったに買わないし。今週は「反原発デモのメンバー」を特集してくれたからご褒美として買った。特例だ。

 むしろAKB48のメンバーも歌も一切知らない時代とズレている自分を反省すべきなのか。そういう自分を気に入っているので反省などしないけど(笑)。
 年相応の世界観として、小林よしのりより自分を支持する。

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【追記】──AKB48を批判した文春新潮を批判する小林よしりん

週刊文春も週刊新潮もアンチの記事を掲載している。
週刊文春の記事は、今回はつまらんかったね。
週刊新潮の方はもはやクソじいいの戯言だね。
 
一昔前のオタクの石破茂が出てきて、「キャンディーズは良かったが、AKBは一人で何枚もCDを買うからダメだ」って、なんじゃそら?
 
馬鹿丸出しのノスタル爺だよ。

わしは『ギンガムチェック』3枚買って、1枚は秘書にプレゼントしたが、濱野智史なんか投票券入ってなくても100枚も買ってるんだぞ!
だが、わしには石破茂が軍事プラモに、お金や、貴重な時間を注ぎ込む方が理解できない。
趣味の世界に、お金をどれだけ注ぎ込もうと、そんなのは勝手なんだ!
来年の総選挙はわしも今年よりはもっといっぱいCD買ってやる!
投票したいメンバーがいっぱい増えてしまったから仕方がない。
 
だがな、しょせんアンチ記事でも、掲載すれば商売になるから作るのだ。
左翼も保守も論壇誌は「アンチ小林よしのり」で記事を作ったのと同じだ。

クソじじい雑誌なんか無視して結構!
感性ゼロでお迎えを待つクソじじいは、さっさと三途の川を渡れ!
 
しかし、週刊文春は今回、何が書いてあったか忘れるくらいつまらんかったな。
『AKB48白熱論争』 (幻冬舎新書)が売れている。もうなくなってる書店もあって、日曜に増刷分が並ぶらしいが。
 
クソじじいだって孫に嫌われないように、この新書を読んで勉強しろ!

https://www.gosen-dojo.com/index.php?key=jo9q0ortt-13 

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 だいじょうぶなのか、このひと?
 下線部分には同意するが。

 私は、石破茂のように「キャンディーズはよかったがAKB48はダメ」なんて思わない。このリクツはヘン。
 それぞれの世代にそれぞれの音楽がある。AKB48に夢中になる若者はまとも。私も中学生だったらきっと夢中になっていたろう。自分の時代のものをもちあげて今を否定するのは無意味。

 AKB48に夢中になる若者はまともだが、若者と同じくここまでいれこむ小林よしのり59歳は異常。
 AKB48を好きじゃないおとなを、「感性0のクソじじい、三途の川を渡れ!」とする感覚はお寒い。音楽に関する感性0は小林のほうだと思うが。



 いずれにせよ、新潮も、コメントする石波も、反論する小林も、みなAKB48という宇宙のなかのお話。好きと嫌いはプラスマイナスの符合を取れば絶対値は同じ。

 私はまったくの0で、好きでも嫌いでもなく、なんの興味もない。AKB宇宙の外にいる。もうこんなことを書くのはよそう。どんな形であれ触れることは、好きと同じになってしまうから。

週刊文春──「反原発デモ」野田官邸にのりこんだ活動家11人の正体


bunshun 今週号の週刊文春の特集「反原発デモ──野田官邸にのりこんだ活動家11人の正体」はおもしろかった。

 官邸前デモのリーダー、Misao Redwolfサンは47歳。アメリカでダンサーなどをしたあとに帰国。ストリッパーとして日本を廻っていたらしい。いまは恋人と日野市で同棲中。
 反原発活動が長いので、自然にリーダーに祭りあげられたのだとか。

「週刊文春は原発容認記事を載せたから嫌い」と、文春の記者は名刺交換を拒まれ、話を聞けなかったようだ。

 Misao Redwolfサンの故郷、中国地方の父親に電話インタビュウすると、「レッドウルフ? 知りません」。官邸前デモのリーダーで、テレビにも出ていると伝えたが、それも知らなかったらしい。「ずっと東京なので、もう何年も会っていないし。むかしから、ちょっと変った子で。刺青も入れとるし」。



 個人的に笑ってしまったのは、マスクで顔を隠している映像では、けっこういい女に見えたので、ついついそういう期待を寄せてしまったこと。今回マスクを外した写真が掲載されている。

 もちろん「笑ってしまった」というのは、そういうかってな期待をした自分をだ。彼女の責任ではない。30歳ぐらいのけっこういい女、とかってに推測していた自分が恥ずかしい。私と同じくマスクを外した顔を知らないひとは必見。

「笑った」ではなく「呆れた」では、首相と面会するときの話。面会者として、用紙に自分の姓名を「Redwolf」と記入し、係から戸籍上の名前を書くように言われたとか。日本国の総理大臣と面談するのにである。なんとも常識のない47歳である。

 反原発のデモ以前に、日本人としての常識が缺落していることがよくわかる。
 まったく、「そんな連中と首相官邸で面会した野田首相の罪は重い」。悪しき前例だ。



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 あの「目の据わっている白髪ロンゲのティーシャツおじさん」は、70年代からのパンクロッカーで、いまも根強いファンがいるミュージシャンなのだとか。彼は記者の取材に応じ、チェルノブイリのころから反原発の活動をしているとか、アルバイトで生計を立てつつ活動していると語っていた。しかしこのひとの目つきはねえ……。



 私は、野田首相の、消費税を導入した竹下首相のように、国民に嫌われようとも誰かがやらねばならないそれに手をつけ、後々評価されればいいと覚悟した姿勢を、それなりに、評価している。

 問題は、消費税アップはしないと明言して当選した民主党の総理という立場にある。マニフェスト違反がひどすぎる。消費税アップは、そこのところをクリアにしてからだろう。

 といってそれは難しいことではない。国民の大半は消費税をあげねば国が潰れることに納得している。
「私たちは未熟な政党でした。実現不可能なキレイゴトばかりを言い、皆様をだますような形で当選させて頂きました。実際に政権を担当して、多くのマニフェストが誤りであったことを確認しました。国民の皆様に、深くお詫びします」
 と首相は民主党を代表して、まず国民に詫びねばならない。話はそれからである。野田首相なら出来るだろう。



 それは投票したひとりひとりが感じるべき痛みである。無駄金カットによる財源確保をすれば消費税は20年あげなくても大丈夫とか、高速道路無償化とか、私は絶対無理だとあのころから主張していた。

 民主党政権に対する多くのひとの意見は、「まさかこんなにひどいとは思わなかった」であり、そのあと正直なひとは「でもおれもあのときは支持したから大きなことは言えない」である。

 しかしそういうふうに認めるのはまだ良心的なほうだ。
 中には、当時熱烈に民主党を支持し、民主党勝利についに日本に夢の政治が実現したと驚喜し、鳩山総理の就任演説を神演説と絶讃しておきながら、いまはしらんふりで民主党の悪口を言っているようなのもいる。それこそ、あたしは当時から民主党を批判していました、のような恥知らずすらいる。ネットに証拠の文章が残っているのに、どこまで厚顔無恥なのだろう。



 私は、「寄せ集めの民主党じゃなにも出来ない」「あんな、こどもの理想みたいなマニフェストなんて絵空事」と言ってきたから、それらのひとよりはまともと自負している。現実に民主党に投票していない。

 とはいえ私にも、「長年の政権与党の座で腐敗した自民党にお灸を据えるために一度ぐらい交代するのもいいかも」「そのことによって民主党の無能さも露呈して、期待しすぎのひとの目も覚めるだろう」という気持ちはあったから根本としては同罪か。

 新しい風を望むうねりは大きな潮流となり、想像外の民主党大勝となって丸まる4年間政権与党の座にいすわられることになった。まさに悪夢の4年である。政権与党の幹事長が日教組だ。信じがたい。気が狂いそうである。でも、最長でも来年には終る。早く喪が明けて欲しい。一日も早くこの政権が終って欲しい。長い長い4年だった。正常な目をもたない日本人にふりおろされた鉄槌である。

 悪夢の民主党政権時代を経て、日本の政治はすこしはまともになるだろう。誰がまともか、なにが本物か、2009年を境に国民にはBefore Afterの認識が生まれた。と信じたい。



 鳩山、菅よりはましと野田首相を評価しているが、このひとの外交と人事は最悪。そして今回のこれ。
「官邸前デモの連中を首相官邸に呼び入れて面談した」という事実は、後々まで野田政権の汚点として残るだろう。福田赳夫首相がテロリストに屈したダッカ事件のように。

 何でこんな軽薄なことをしたのか、残念でならない。
 絶対にやってはならないことだった。その手引をした菅、デモ隊と一緒に官邸前に集った鳩山。語る気にすらならない。

「官邸前デモの連中が野田首相と面談」のサイドレポートとして、この文春の記事は必読である。

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「首相と面談した官邸前デモ連中の目つきとことば使い」

官邸前デモに対する東スポの記事──反原発デモ主催者との面会──野田首相の歴史的汚点

東スポの政治欄。藤本順一と上杉隆の「言いたい放談」。ふたりとも嫌いなので毎回読みとばすが、今回は珍しく納得する話だったのでご紹介。8月25日土曜日発行の日曜版。

この件に関する私の意見は「首相と面談した官邸前デモ連中の顔つきと言葉づかい──赤の系譜の普遍性」に書いた。そこに書いたように、「騒ぎたてれば首相と面会できるという前例を作った」は、これからも引きずることになろう。くだらん話である。



この「官邸前デモの代表が首相と面会」に、上杉が一枚絡んでいるらしい。「リーダーのMisao Redwolf氏にもインタビューした」と語っている。

藤本「どこの馬の骨かもしれない活動家を官邸に呼び入れたのは間違いでした。何より、民主主義の手順を踏まずに、国民の代表でもない彼らの活動に国家が権威を与えたことは将来に禍根を残しますよ

上杉「一般の市民団体のいくら代表であろうと何の権限もない団体と会った瞬間から、活動事態を認めたことになりますからね。今度は野党が申しいれ、きちんとした団体からも申しいれが続いたときにどうするのか? (中略)オバマ大統領がデモ隊をホワイトハウスに招きいれることは絶対にない。首相官邸を使ったこともダメですね

藤本「今回は菅氏や辻元清美衆院議員(52)、社民党の阿部知子衆院議員(64)らがタッチしているのはさもありなんですね」 



野田首相もまったくくだらんことをしたものだ。菅との絡みであり、菅の顔を立ててやることによるガス抜きが目的だったらしいが、あんなのを首相官邸に入れたらダメだって。ますますのさばるに決まっている。市民運動系の連中ってのはほんとにタチがわるい。

辻元を当選させる大阪の感覚がわからない。次は落としてくれ。

「眉をひそめる」の使いかた──日経の記事から

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 愛読している日経ニュースメールに以下のような記事があった。シャープの液晶を作っていることで名高い三重県亀山市で、就職率100%だった高校の就職率が低下してきているという話だ。

卒業生の4割が就職する地元の県立亀山高校。鈴鹿山脈を目前に臨む、のどかな公立校に異変が起きている。希望者の就職率は毎年ほぼ100%。11年には文部科学省から県内で唯一「キャリア教育優良学校」として表彰されるなど、先生の熱心さで知られる。そんな就職強豪校をもってしても「近年は非常に厳しくなってきている」と進路指導部主任の前川明男は眉をひそめる。



 卒業生の就職率がわるくなってきているという事実に対して、進路担当の教諭は「眉を曇らせる」だろう。「眉を顰める」は一読しておかしいと感じた。

 いくつかの辞書を引いてみた。
 学研の国語辞典は「眉を顰める」を以下のようにしている。

まゆをひそめる【_眉を_顰める】《慣用句・ことわざなど》心配事や他人の不快な行為のために、顔をしかめる。口に出しては言わないが、心の中でいやだなあと思う。

 私が「眉を顰める」で真っ先に思うのは下線部分になる。
 就職担当の先生の気持ちは、就職率の低下を、「口に出しては言わないが、心の中でいやだなあと思う」だったかも知れないから、「眉をひそめる」もあながちまちがいではないだろうが、

まゆをくもらす【眉を曇らす】──心配や不快の思いで、暗い顔つきになる。 

 のほうが適切だろう。



 ただし広辞苑は、 ○眉を曇らす──心配や不快の思いで、暗い顔つきになる。眉を顰める。
 と、末尾に「眉を顰める」を足して、ふたつの表現を同義としている。

 これは「従軍慰安婦」なんて気味の悪いアサヒシンブンの造語を収録している最新の第六版でも、そういう造語がないので長年愛用している第四版でも同じだった。広辞苑の見解ではふたつの表現に差はないらしい。

 まあむきになるほどのことでもないが、わたし的には「眉を顰める」は、「マナーのわるいものを見て、しかめっ面をする」という感覚なので、卒業生の就職率がわるくなっていることにたいして教師が「眉を顰める」とは使う気になれない。デヴィ夫人のブログだと、「皆さんの御意見をお聞かせ下さい」と結ぶところだ(笑)。 

パンダの赤ちゃんのレバ刺し──ひとを喰う話

そんなわけで、テレビ嫌いのあたしだけど、小沢さんのことがあったから、ここのところずいぶんとテレビを見てしまった。
テレビというのはあらゆる情報をまとめて送ってくるからタチが悪い。テレビのある生活に慣れていると気にならないけど、あたしのようにいろんなことに好き嫌いがハッキリしている(ハッキリしてしまった)ものには、クソミソ一緒くたに押しつけられるのは苦痛でしかない。



なんでもレバ刺しが6月一杯で食べられなくなるとかで、6月30日には「最後のレバ刺しを楽しむ」とかの街の様子を流していた。いろんな局でやっていた。「食べられなくなるから今日は食い溜めです」なんて笑顔で語る善男善女が映っていた。

「レバ刺し」ってのは、殺した牛の肝臓を生で食うことだ。自分では殺せない動物は食べないという主義のあたしからすると薄気味悪い行為になる。よくもそんなものが食べられる。

牛タンなんてのも同じで、あれは牛の舌だ。牛の下は解体して切り取ると、縦横10センチ、長さ25センチぐらいの肉塊になる。それをスライスして食うなんて、なんて悪趣味だろう。ニンゲンてのは罪深い。

トン足なんてのも信じがたい。豚の足そのものである。あれを囓るひとの感覚が信じられない。生きている豚を知っているひとには、とてもトン足なんて食えたものではない。

朝鮮語では日本人を侮蔑するのに「チョッパリ」と言う。「豚の足」という意味だ。足袋を履いた日本人の爪先が豚の足のようなのでそう言うようになった。
豚の足(チョッパリ)が豚の足を食う図。なんとも醜悪だ。



同じ日に、アメリカのカリフォルニアではフォアグラが禁止されるとかで、レバ刺しと同じようなニュースを流していた。
フォアグラは、ガチョウやカモに無理やり大量の餌を飲み込ませ、脂肪肝を人工的に作り出したものだ。わざと病気の肝臓を作りだして食うのだから悪趣味だ。その方法が動物虐待ということからカリフォルニア州では禁止になったらしいけど、脂肪肝になろうがなるまいが喰われて死ぬ運命に変りはない。いかにもアメリカ的な、というかキリスト教的な偽善で吐き気がする。

それにフォアグラの作り方が動物虐待というのなら、「肉がやわらかくなるからとビールを飲ませて育てる松阪牛」は虐待ではないのか。同じようなものだろう。そもそも殺して喰う物に対して虐待もクソもあるものか。

毛皮は生きたまま剥がす。動物の苦しみはたいへんなものだ。それに対して動物虐待だから麻酔を打って剥がせと言っているようなくだらん独り善がり。「そもそも」の話だ。

ヨーロッパは土が貧しく牧草ぐらいしか育たない地域が多い。よって植物から栄養は取れないので、牧草を育て、それで育った動物を喰って栄養を取るようになった。
日本はちがう。土壌が豊かだ。総理大臣になるぐらい豊かだ。食物は植物と魚だけで充分だった。なぜこんな食生活になってしまったか。欧米に憧れたからだ。同じ事をするのが進化だと勘違いした。

むかしの食生活に戻るのが正しい。



その数日後には、パンダの赤ちゃんが生まれたとかでトップニュースでやっていた。どの局も延々とそれをやっていた。めでたいめでたい、かわいいかわいいと大騒ぎだ。借り賃8千万円でシナから貸借し、一日の食費2万数千円、年間1千万円の食費を使い、冷煖房完備の小屋で大切にされるパンダ。赤ちゃんが生まれたら、新聞からテレビまで、トップニュースとして報じられるパンダ。

一方で、殺されるために生まれ、生で肝臓を食われ、ベロをスライスして食われる牛、ぶったぎった足を齧られる豚。


 
いつも言うことだけど、あたしがシナ人を認めるのは、あの国では「それを隠さない」。
市場では、豚の頭が目鼻みんなくっついて、そのままで売っている。初めて見たときはギョッとした。そこから切り取って食う豚の耳と、調理した形でしか出さないミミガーでは、またちがってくる。

日本ではみんな隠してしまう。肉はスライスされ、発泡スチロールに並べられた「原形を残さない肉片」として存在する。

テレビで、若い娘が「肉、肉」と叫ぶCMを流していた。あの娘は、豚肉でも牛肉でも、生きている豚や牛が「自分の好む肉という形になるまでの過程」をつぶさに見たら、とてもあんなに能天気に「肉」とは言えなくなるだろう。いやCMに出ていた娘以前に、現実をきちんと学んだなら、ディレクターやプランナーの考えまで変るだろう。



デヴィ夫人がブログで、動物実験で殺される動物や、飼い主やペット業者によって捨てられ命を落とす動物を救おうと提案していた。

でもあのひと、たいへんな量の高額な毛皮を持っているのではないか。
豚肉、牛肉、羊肉、なんでも食うのではないか。

犬猫の命を救えということを、毛皮を着て、豚牛を食いながら言っても矛盾ではないのか。
殺されて食われるために生産される豚牛と、ニンゲンに愛される犬猫とでは命の重さがちがうのか。

デヴィ夫人よ、動物愛護を訴えるなら、まず最初にあなたが菜食主義者になりなさい。話はそれからです。



福島の事故で、多くの猝醂謬蹲瓩出た。餌がもらえず餓死する牛も多数いた。ほとんどが肉牛だ。
飼い主が避難していなくなり、やせこけて町を放浪する牛を救えという声があった。
その場は救えても、そのあと殺されてニンゲンに喰われる運命は同じ。



ワイドショーのニュース。
高速道路の交通事故で運搬車から豚が逃げだす。クルマに撥ねられる事なく全頭が捕まった。
「ブタくんにとってはトンでもない災害でしたね」とMCが言えば、「よかったですね」とアシスタントが笑顔でフォローする。これから屠殺場に行くのだ。何が「よかった」のだ。



考えれば考えるほどにわからなくなる。
わかっているのは、あたしは自分で殺せない動物は食わないということだ。

今から鯨の缶詰で一杯やる。
これはあたしが捕まえて料理して缶詰にした鯨だから矛盾はしていない。
筋だけは通す。民主党が政権を取ったらこうなるとあたしは選挙前から宣言していた。

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そうしてあたしはひとつの結論に行き着いた。

ひとがひとを食うのが最善だ。地球の食糧危機問題もこれでクリア出来る。
あたしの本音は「地球を蝕む人類は破滅すべし」だけど、それはおいといて、増えつづける人口問題と食糧問題を解決するとしたら、これが最良の方法だろう。

ひとがひとを食う。これがベスト。



葬式では、故人を偲びつつ、みんなで故人を食する。

レバ刺しが好きな人は肝臓をいただく。
ハツが好きな人は心臓を。
モツやホルモンが好きな人は小腸、大腸を。 
トン足が好きな人は爪の附いた足を丸かじり。
ミミガーが好きな人は耳を切りとって。

すると葬式にも人気の差が出てくる。
若くて生きのいいのが死んだらたいへんな人出だ。
レバ刺しなんて取り合いになる。

年寄りが肝臓癌で死んだ場合など、レバ刺し好きは香奠すら持ってこない。 

ビール好きのデブが死んだら、松阪牛の例から、意外にロースがうまいかもと人気になったりする。

そうなることが、罪深いニンゲンにとって最善とあたしは考えている。

ひとはひとを喰え! これはひとを喰った話ではない、人を食う話だ。

オウムの高橋のことより重要や報道が今、たくさんあるのに、テレビってのはもう……

昨日ひさしぶりにツイッターをやった。
といってもDMに返事を書いたり、ホームでの流れを漫然と見ただけだが。

どなたかのRTに乙武さんのがあった。内容は、
「マスコミのみなさん、いまオウムの高橋逮捕よりももっと大切な報道があるはずです。それを報道してください」というようなもの。ほんとだねえ。

ギリシャ発のユーロ危機は世界大恐慌の引き金になる可能性がある。このあともイタリア、スペインと続いて行くだろう。私がヨーロッパを歩いていたのはユーロ以前だから、あれが実現するとき、すばらしいなと感動した。だけど戦争ばかりしてきたこれらの国々が、そんなきれいごとでまとまるんだろうかと疑問でもあった。いま崩壊の序曲が聞こえてきている。

国内の増税法案もぎりぎりの曲面だ。しかしこれで大連立なんてことになったらたまらんな。まさか自民党はしないと信じるが。



テレビを点けてみたら、マンガ喫茶で店員が「盒兇忙ている」と言ったのに、捜査員が「似てないよ」と言ってとりあわなかったことを、再現フィルムのような形で延々とやっていた。
オウム事件は風化させてはならないが、それとこれとは別。なんかちがう方向ではしゃいでいる。まあテレビなんてそんなものだけど。消した。

ギリシャやエジプトの選挙のことを知りたくてテレビを点けたが、なかなかそこにたどりつけない。あまりに無駄な、知りたくないものを見ねばならない。いきおいテレビは消して、ネットで直接そのニュースを探すことになる。

そういう意味でテレビはいま、最大の危機を迎えていると思うのだが、あまりあちらにその危機感はないようだ。

やはり毎日新聞の記者には入れ墨が(笑)──入れ墨記者の橋下批判「がんばっペン」

世の中のどうでもいい情報には関わらずにひっそりと(?)生きたいのに、1日に2度繋ぎ1時間だけ限定してやるインターネットに知りたくないくだらない知識を押しつけられてしまうと嘆いたばかりだが、勉強になるからいいこともあるなと思い直すような記事に出会った。ライブドアでブログをやっているので接続すると自然に読まされてしまうライブドアニュース。そこに以下の記事があった。『週刊ポスト』の記事をピックアップしたもの。

http://news.livedoor.com/article/detail/6650454/


 橋下市長の入れ墨批判を批判した毎日新聞の記者に入れ墨があったという愉しい話(笑)。

 この記者がどんな感じのひとなのかというと、「物腰柔らかだけど風貌は一風変わっていて、ソバージュのかかった長髪に口ヒゲ、ノーネクタイでスーツのズボンを腰パン状態ではいている。原発問題に関する記事を熱心に書いていた」なのだとか(笑)。いいなあ、マイニチシンブン。自由な社風(笑)。

 しかしこのコラムのタイトルが、新聞が茨城版なので「がんばっペン」だって。赤面してうつむく。
 イモという侮蔑用語は、私のような田舎育ちにではなく、こういうセンスに対して使うべきもの。

朝日新聞のトップ記事はAKB総選挙視聴率

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 テレビは見ないし、AKBなんて興味ないし知らないし、インターネットも朝夕のメールチェックとブログアップで1日1時間前後にして常時接続をやめているのに、それでも知りたくないいろんなことを知ってしまう。「AKB総選挙視聴率……朝日新聞」なんてのもそう。

「朝日新聞」という字を見ただけで吐き気がする。ホームページにしているiGoogleの設定を変えよう。ニュースを見ないようにすればいいのか。ブログを書くときに「ライブドアニュース」という形で強制的に見せられ、あれこれ知らされてしまうからすすんで見る必要はない。

 たった1時間でもインターネットに接すると「得てしまう情報」は多い。得る情報ではない。得たくもないのに押しつけられて「得てしまう」情報だ。山奥に蟄居していることもあり、このまま自分の好きなこと以外には興味のない、世情に疎い今浦島になりたいのに、現実は雑駁な智識を押しつけられて知りたくないことまで知らされている。AKBの総選挙と、その視聴率なんてのはその代表になる。なんじゃらほいだ。なんでこんなことを知らねばならない。うんざりする。

 知りたくもない情報を押しつけられるってのは、仕事のあいまに会社のPCでツイッターをやってるような情報好きのヒトにはわからないだろうけど、ほんとにうんざりするものだ。

 しかし私はそもそもの「設定」で「芸能」や「スポーツ」はチェックをいれてないはず。なのになぜAKBのことなどを知らされるのだろう。「設定」を確認してみる。すると、

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 やはり「芸能」も「スポーツ」もチェックしてない。なのになぜAKBが、と考えて気づいた。
 「トップ」にチェックが入っている。つまり「AKB総選挙の視聴率」というのは「朝日新聞のトップ記事」だったのである。
 チェックを外した。
 ついでに、殺人事件なども知りたくないので「社会」も外した。代わりに「科学」にチェックを入れた。

 さすが日本一のクオリティペーパーのトップ記事は質が高い。

レディ・ガガやジョニー・デップも入れ墨があるがと橋下市長に尋ねるマスコミ──まじめに応える市長──それを記事にする新聞

橋下市長「タトゥー市職員、ガガさんでも断る」
 
 大阪市職員110人が入れ墨をしていた問題に関連し、橋下徹市長は17日の記者会見で、歌手のレディー・ガガさんや俳優のジョニー・デップさんが入れているようなファッションとしてのタトゥーについて見解を問われ、「ガガさんやデップさんが大阪市職員になるなら断る。歌手や俳優だから支持されるのであって、公務員の入れ墨は許されない。(ガガさんらが)大阪市を受けるわけはないが」と述べた。

 橋下市長は「僕も大阪府知事になるまで茶髪だったから偉そうなことは言えないが、公務員になるから黒に戻した」と説明。

 環境局で入れ墨をしていた73人のおよそ半数が「市役所採用後に入れた」と回答していることについては、「なぜ平気でできるのか。それなら大阪市を辞めて、許されるところで個性を発揮してもらったらいい」と述べた。(2012年5月18日  読売新聞)


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 わしは若毛の居たりで前身に倶利迦羅紋紋を入れとる 服役寺に歯ブラシ削て全珍に8コ入れとる おなご ヒイヒイいうで<笑い> qj たまらんで  つるたろは真珠イチコだけ ぜんぜんちゃうで

 わしも公務員になりたかたけど あきらめた それがスジいうもんや
 臥牙丸も市役所員はphあきらめたほがいいと思う



 むかし琴天太は左腕に虎の入れ墨があたのでサポタで格下よ
 おすもさんも入れ墨現金 テンタ gj わかいね 

kototenta


 後のアース・クエイク、ジョン・テンタね もうしんでる

johntenta

 これから歌手をめざそと思う
 入れ墨に冷たい釈書なんか こちらかおさわらよ

 おひさしぶりねでMacつかてロマ時入力 ニホンコすこしへん ことえりオバカサン コメンなさいねあのひのことはこいのいみさえしらずにいたの 

橋下市長を批判するマスコミ人の基本は嫉妬──エリートの自意識は他者の功名を認めない

前記、マイニチシンブン「余録」に代表されるように、やたら橋下市長に対して批判的なマスコミ人が多い。
 その理由として、独裁だのヒトラーだのハシズムだのと、それらしく、しかつめらしく、かまびすしく言われているが、私はその根底にあるものは、ごく単純に「男の嫉妬」だと思っている。

 マスコミ人は現代のエリートである。わたし個人はべつにそうも思わないけど、それだと先に進まないので、そういう前提で……。いや、エリートじゃないとしても「現代の権力者」ではある。それは思う。



 いい大学を出て、難関の入社試験を突破して、アサヒシンブンのようなところに入る。
 経歴を積み、やがて上記「余録」のような、誰もが注目する言論のページを持つようになる。
 自分の意見を何百万人ものひとが読み、注目される。テレビでも取りあげられたりする。輿論を誘導し、政府の方針すら左右するほどの威力を持つ。

 これはこれで「権力の座に登りつめた」ことになる。大手新聞の社説や看板コラムを書くことは、国会議員になるよりもはるかに権力を手中にした実感があろう。

 しかし「剣よりも強いペン」ではあるが、ペンのことなど意識することなく剣で実行してゆく者の前には、まったく無力でもある。剣にはその辺の雑草を薙ぎはらう実行力があるが、ペンは「雑草を抜きましょう」と喚起する意見でしかないからだ。



 『週刊文春』『週刊新潮』という日本の二大週刊誌が手を組んでやった「橋下徹出自叩き」というネガティブキャンペーンは、極限のペンの威力のはずだった。このペンよりも強い剣など存在するはずがなかった。太刀打ちできるものがあるとしたら、伝説の聖剣と幻の秘技ぐらいだが、そんなものが現代にあるはずもない。文春新潮聯合軍という最強マスコミ軍団の前には、すべてが平伏するはずだった。橋下は木っ端微塵に砕けちり、表舞台から消え、もとのバラエティ弁護士タレントにもどるはずだった。

 ところが橋下徹は、「あのバカ文春が、バカ新潮が」と、「ヤクザのむすこ? おおいにけっこう、けっこうけだらけ」と、伝説の名剣も幻の秘技も関係なく、そのへんにあったこん棒を力任せに振りまわすだけで、最強の文春新潮マスコミ聯合軍を追い払ってしまった。
 理窟屋のペンを、実行の剣が薙ぎはらった瞬間である。



 エリートマスコミ人というのは、中学生に例えるなら(笑)、「試験満点のひ弱な生徒」である。橋下徹は「粗暴な運動能力満点生徒」だ。
 「ひ弱」は、東大合格まちがいなしと言われ、親からも教師からも将来を嘱望されているが、じつのところ「運動満点」が妬ましくてしょうがない。
 密かに思っているマドンナ(国民)も、ちかごろは勉強満点の自分より駆け足の速いアイツのほうを気にしてるみたいだし。



 マスコミ人は、己の職業に誇りを持ち、プライドが高い。政治家なんて俗物の運命は、自分達のペンで、なんとでもできると自負している。
 しかしそこに、いくらペンで叩いても平気の平左の政治家が登場した。
 時には新種のマスコミであるTwitterを利用して、おそれおおくもマスコミ様である自分達に反撃すらしてくる。

 気に入らない。なんとかして消してやると躍起になる。
 しかし一面において、能書きとリクツだけの自分達とはちがい、現実に実行して行く彼に対する妬ましさもある。



 ま、嫉妬だよね。男の嫉妬はネチネチしてしつこい。しかも「橋下なんかよりもおれのほうがエリートだ」と思っているマスコミ人のそれは陰湿で粘着だ。

 これはこれで、ホンモノかニセモノかの識別に役立つ。

橋下市長否定のために入れ墨を擁護する毎日新聞の屁理窟──さすがMBSのあの女アナの親会社

マイニチシンブンの「余録」から抜粋。

「魏志倭人伝」には「男子は大小と無く、皆黥面(げいめん)文身す」とあるから、当時の日本人の男は大人も子供も顔や体に入れ墨をしていたらしい。

ならば入れ墨のない者は当時の役所をクビになったのか??とは、むろん大阪市での職員への入れ墨調査を聞いて頭をよぎった妄想である。
 
▲映画では片肌脱いで桜吹雪を見せる遠山の金さんこと町奉行、遠山景元には本当に入れ墨があったか。
放蕩(ほうとう)ざんまいの若い頃に遊び仲間と腕に桜の入れ墨をしたと記すのは元幕臣の漢学者、中根香亭だ。
 
▲だが香亭によれば、幕府で昇進をとげてからは常に肌着をきつくまとい、夏も脱ぐことがなかったという。
さて景元は「若気の至り」を後悔したのかどうか。
 
大阪市職員の入れ墨事情は人それぞれだろうし、何らかの措置が必要なケースもあろう。ただ未来の景元を失わぬようにするのも組織の「マネジメント」だ。毎日新聞 2012年05月18日
 
http://mainichi.jp/opinion/news/20120518k0000m070123000c.html

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 いやはや、橋下市長を叩くために「魏志倭人伝」を出してきた。「当時の日本人の男は」って、西暦280年頃の風俗を出すことになんの意味があるんだ?

 ならば入れ墨のない者は当時の役所をクビになったのか?? って、1700年前の時代と今を結びつけて、こんなリクツを言うことが恥ずかしくないのか。

 そんなこと言いだしたら際限がない。裸商売が入れ墨を入れるのは昔も今も同じ。山本キッドを見ればよくわかる。身一つで闘う身には神の加護が欲しくなるのだろう。
 
 私は山本キッドの入れ墨が嫌いだ。しかしそれは入れ墨そのものではなく美的センスの問題である。これじゃ躰に悪戯書きしているようなものだ。

yamamoto

sudogenki
 こちらは須藤元気の背中と腕。



 西暦300年ころに書かれた支那の古書「魏志倭人伝」を引いてどうする。その当時の日本人が入れ墨を入れていたと書くことに何の意味があるのだ。いまも裸で暮らすアフリカの部族やパプアニューギニア等では入れ墨を入れている。時代と生活様式で習慣は変る。 「衣服という入れ墨」を被るようになれば直に肌に彫り物はしなくなってゆく。

 憎い敵を貶めるためならどんな牽強附会もするつもりのようだが、己のバカを晒しているだけだ。これがマイニチシンブンの看板コラム「余録」なのである。どんなやつが書いているのだろう。顔を見てみたい。



 さすがに「魏志倭人伝」では古すぎて同意は得られないかと、恥ずかしげに「妄想」と書いたあと、今度は「遠山の金さん」を出してきた。庶民に受けているから、これを味方にしようとしたのか。だったら高倉健の「唐獅子牡丹」も出したらいいのに。いやあれは明らかにヤクザだからまずいのか。

 テレビ映画の遠山の金さんの「桜吹雪」の価値は、入れ墨そのものにあるのではない。「奉行がチンピラ庶民としても生きている二面性」(「水戸黄門」「暴れん坊将軍」と同じ)という絵空事のおもしろさにあり、入れ墨は「あのとき現場で顔を合わせていたチンピラと奉行が同一人物」という証拠として価値を持つ。「この桜吹雪が」と大見得を切ったとき悪人がギョッとするのは、桜の入れ墨に気圧されたからではない。あのとき現場にいたヤクザと目の前の奉行が同一人物と悟ったからだ。そんなことあるかいな。
 とアホなマイニチシンブンにマジメになるのもバカだが。



 大阪市職員の入れ墨事情は人それぞれだろうし、何らかの措置が必要なケースもあろう。

 なにが「人それぞれだろうし」だよ。 単に公務員として自覚がないだけだ。なんでこんなところで懐の広さを見せるんだマイニチシンブン(笑)。

 人それだれにそれぞれの事情があるから、考慮してやらねばならない。だけど、入れ墨を入れていながら公務員になるヤツ、さらには公務員になってから入れたヤツ、をなぜ「人それぞれ」と解釈してやらねばならないんだ。今の日本で、「入れ墨を入れていたらどうなるか」は明白なのに。

 入れ墨を入れるのは自由だ。好きなだけ入れたらいい。山本キッドを見てあらためてそう思う。その山本ですらオリンピックを目ざした時期は、試合の時、サポーターでいくつかの入れ墨を隠していた。

 入れ墨を入れたいなら、入れるなら、入れたなら、公務員になるな。国歌を歌いたくないなら歌わねばいい。なら公立学校の教員にはなるな。それだけの話だ。ルールだ。基本的な決め事だ。そういう職業を選んでおきながら、こっちのそれも通せというのは傲慢。矛盾。我慾。



 橋下市長と無智で無礼なやりとりをして、最後にはヘラつきながら、「今日はこのぐらいにしといてやる」と吉本新喜劇的な捨て台詞を吐いたあのMBSの女アナのようなのがいるマイニチシンブンだから、入れ墨を入れている社員がいっぱいいるのだろうし、それに寛容なのが社風なのだろう。

 ただ未来の景元を失わぬようにするのも組織の「マネジメント」だ。 

 あまりに強引なオチ(笑)。あまりにわざとらしく、失笑すら出ない強引なサゲ。
 入れ墨のある大阪市職員が、未来の遠山の金さんになるかもしれないから、クビにはするなってことか。

 誰が書いたのだろう。
 こういう記者は、こういう文を書いた後、「魏志倭人伝から遠山の金さん……、結びに組織のマネジメント……。ふっ、決まったな」と、自己満足し、得意気な顔をするのか。
 何百万部も発行される新聞の記者が書いたものとは思えない。こういうリクツを述べる自分に恥を感じないのだろうか。

 この記者が、入れ墨をしているひとを庇う文章として書いたのなら、それはそれで認める。でもそうじゃない。
 橋本市長、橋下市政を否定するために、入れ墨側に立っただけ。その姿勢が見苦しい。 

世界に良い影響を与えている国、日本!──BBCの世論調査より

 英BBC放送が読売新聞社などと22か国で共同実施した世論調査によると、日本が「世界に良い影響を与えている」という評価は58%で、「悪い影響を与えている」は21%だった。

 調査は、国際社会に影響を及ぼす16か国と欧州連合(EU)の評価を聞いたもので、「良い影響」は日本が最も高く、ドイツ56%、カナダ53%、英国51%などが続いた。

 日本が1位になったのは、ドイツと並んでトップだった2008年以来。約1年前の前回調査ではカナダ、EUと同率で3位だった。日本への評価をみると、中国と韓国を除く20か国で「良い影響」が「悪い影響」を上回っている。

 「良い影響」で前回1位のドイツが2位、EU48%(前回3位)が6位に後退したのは、欧州の財政・金融危機が影響したとみられる。中国50%は5位(同9位)に上昇した。「悪い影響」は、イラン55%、パキスタン51%、北朝鮮、イスラエル各50%などの順に高かった。

 調査は昨年12月から今年2月にかけて面接または電話方式で実施、計2万4090人から回答を得た。
 読売新聞社は日本国内分を担当した。(読売新聞)


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 日本を貶めることを生きがいにしている反日分子には悔しい結果だろうな。
 下線部分は毎度のこと。
 「主な8ヵ国とEU」ではないKoreaのことはどうでもいいとして、Chinaの「良い影響50%」ってのが不可解。

天皇陛下の埋葬形式を変更──行きすぎた簡素化には反対という『産經抄』の意見

天皇陛下が火葬を申し出られたことに関して、『産經抄』が以下のような意見を書いている。

『産經抄』──4月28日


一部を抜粋。

▼大震災や少子高齢化によって国の財政事情が逼迫(ひっぱく)する中、御陵建設などで多額の税金が使われるであろうことに胸を痛め、天皇陛下自ら火葬を申し出られたという。
 
▼ただし、行き過ぎた簡素化には反対だ。葬儀は、亡くなった人を弔うだけでなく、故人と縁ある人々の絆を確かめるためにあるからだ。
 
▼昭和天皇の「大喪の礼」では、平安朝風の装束をつけた男たちが、柩(ひつぎ)を「葱華輦(そうかれん)」と呼ばれる古式ゆかしい輿(こし)で葬場殿に運んだが、海外の特派員たちは「わたしたちは歴史の特等席に招待されている」と驚嘆気味に打電した。

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 私は、
天皇陛下が、質素なジャンパー姿で、被災地を見舞ってくださり、あぐらを搔いたままの連中や、写メを撮ったりする無礼な連中と接するのを目の当たりにして、「そこまでしてくださらなくていいです」と思った。

今上天皇は、戦後の民主化教育の影響もあり、「庶民的な皇室」というのか、そこをお考えになってくださるのはありがたいが、やはり私は「そこまでしてくださらなくてもいいですから」と思ってしまう。

今回の件も、
天皇陛下ご自身の発案であるから、意見は控えると書いたけど、『産經抄』のような意見は意義がある。
このような時代だからこそ簡素にという意見もあろうが、このような時代だからこそ世界的にも例のない最古の皇室の伝統と格式の威厳を世界に発するべきとも感じる。



shincho2012

園遊会「天皇陛下」を至近でパチパチ撮る非常識なご夫人の名前

 『週刊新潮』最新号。読んで気分が悪くなった。写真入り。バカ女が園遊会で陛下を間近で写真撮りまくり。『週刊新潮』の取材に対しても、私はルールを護って撮ったと平然と反論。不敬という感覚が闕如している。こんなのを呼ぶな。左巻き裁判官の女房のようだ。



 その関連で、2006年の『週刊新潮』が、

和田アキ子、園遊会で最前列に横入りして宮内庁から注意」と週刊新潮報じる
「週刊新潮」は今月18日号で、和田アキ子(56)が先月行われた「春の園遊会」に出席した際 宮内庁関係者から顰蹙を買ったと報じた。


 という記事を見かけ、当時を思い出した。
 こんなのを呼ぶな。どういう人選をしているのだ。そりゃ文盲の両親のもとで育った在日朝鮮人が園遊会に呼ばれれば割りこんでも目立とうとするだろう。呼んだ方がわるい。

尖閣諸島購入を宣言した石原都知事に対する「マイニチシンブン」の意見

尖閣諸島購入を宣言した石原都知事に対する「マイニチシンブン」の意見。

タイトルは 、尖閣諸島:石原知事発言…識者「中国を利する発言」
元記事はこちら



佐藤優
 
・『石原新党』が白紙に戻った中、領土問題で強硬姿勢に訴えれば、お金を使わず国民人気を保ち続けることができる。

・今回の発言で中国との間に深刻な外交問題が生じれば『領土問題』になり、中国はしめたと思う。

 やくみつる
 
・石原氏は今までいろいろ公約を掲げてきたが、何も実現していない。

・日本の中国外交に国民の不満が高まっているので、石原氏のこうした発言には期待が集まりやすい。
 
・日本国内は震災からの復興など他の懸案を多く抱えており世論が沸騰することはない



識者って佐藤優とやくみつるか(笑)。 

言うまでもないことだが、最初から記事を書く側に自分の考えがあり、それと一致した都合のいいモノを「識者のコメント」として載せる。識者のコメントを集めて、そこから意見をまとめるのではない。最初に結論ありきだ。いかにもマイニチらしい記事。

この種のコメントって、私なんかでも1万円もらえたから、こんな有名人はもっとなんだろうな。いい稼ぎになる。こういう「識者の意見」での記事作りが得意なのは日刊ゲンダイ(笑)。あそこで毎日政府の悪口をコメントしている大学教授だとか評論家なんてのを見ると、「楽して稼げていいなあ」と思ったものだった。

佐藤ややくのコメントなど載せずに自分達だけで作れよ。
「私たちマイニチシンブンは、中国様の機嫌を損ねるから、東京都が尖閣諸島を購入するのは反対です」と書けばすむことだ。

でもあくまでも「私たちは公明正大、不偏不党です。こういう意見もあるという紹介です」というポーズを取りたいのだろう。

花見のニュースに津浪の映像──テレビ朝日の失態

tvasahi

7日、テレビ朝日が放送するニュース番組「ANNスーパーJチャンネル」で、花見の映像を流すべきところで津波の映像が流れてしまい、「放送事故だ」とネット掲示板が一時騒然となった。

番組では、「満開の週末 上野公園に過去最高の21万5千人」とテロップを打っており、上野公園で満開となった桜を楽しむ人々を紹介する映像が流れるはずだったのだろうが、実際に流れたのは津波によって車が流されている“地獄絵図”で、ネット掲示板には「不謹慎すぎる」「絶対に許さない」といった声が寄せられている。

http://news.livedoor.com/article/detail/6449971/ 

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言い訳として《「花見」と「津浪」は似ているので》とある。保存ビデオの「Hanami」「Tsunami」をまちがえたというのか。そんなレベルの話ではあるまい。

被災地をレポートするのに、まだカメラが廻っていないと思い、ケラケラと笑っているアナの姿が流れてしまって物議をかもしたことがあった。報道人としての姿勢の問題だろう。

上の写真は2ちゃんねるのスレにあったものを貼った。これ、コラージュだよね?
そういうアヤマチがあったのは事実でも、この写真はなんか不自然。
私はこのニュースをリアルタイムで見たわけではないので、一応それはおことわりしておく。



動画がありました!

コラージュじゃないや。ほんとうにこのまま流れたんだ。呆れた。これはひどい。ぜひ見てください。
 

大震災の記録──現実とは思えない恐怖

shinsai

 大震災以前だったなら、この写真を本物と思う人は誰もいなかったろう。映画「ディープインパクト」に代表されるパニック映画の特撮と思うはずだ。波の盛りあがりや、クルマがおもちゃのようであるところなど、作り物としか思えない。だがこれが現実に起こったのだ。

 大震災を放射能と結びつけてアフィリエイト商売をやっているような鬼畜をつぶすためにも、このような写真と正面から対峙せねばならない。

 今回の被災では、素人が携帯電話で撮った動画が貴重な資料となった。
 私は電話機としてしか使っていないが、何かの時のために、それぐらいは覚えておこう。

大震災直後の『週刊ポスト』と『AERA』の表紙──一年前の報道姿勢の確認

「たかじん」に出演した勝谷誠彦が、大震災直後の報道に関し、

「新聞は危険地帯には入るなという言いつけをまもり、なにもしなかった」

「一方、ふだんはヘアヌードとか袋とじなんてのをやっている週刊誌が、危険を顧みず踏み込んで、価値のある写真を掲載した」 

「60歳、70歳のジャーナリスには、被曝してもいいから取材したいという覚悟をもったひとがいた。そのひとたちを派遣してもよかったのではないか」

というようなことを言っていた。正論である。

週刊誌と新聞の姿勢の差として、一年前の以下の表紙写真を再掲する。
どちらが人間として、日本人として、まともか、よく確認していただきたい。

まさかの時にこそ本質は出る。
いま、インチキジャーナリストの本性が次々と暴かれている。
見極める目を持たねばならない。



小学館の週刊ポスト。「日本を信じよう」と、被災地で活躍する自衛隊と、明日の日本をになう赤ちゃんの写真。それを見守る笑顔。

小見出しに「私たちは必ず 力強く蘇る」

post2011



こちらは同時期のアサヒシンブンが隔週発行のAERA。「放射能がくる」と、防護服を来た男の顔のアップで、ひたすら恐怖を煽る。その上の小見出しも、「魔の避難所で200人流された」となっている。まるで「きっこレベル」である。

aera2011



アサヒシンブンの感覚のひどさは以前ホームページにも書いた。安倍晋三総理の顔を文字で塗りつぶしたものである。2007年8月4日。

週刊アサヒの悪意の表紙



しかし今時、アサヒのこういう感覚を支持するひとがいるのだろうか。いるんだよなあ、何百万部もあの新聞が出ているのだから。

過日、奇妙なことを連続ツイートしているのを見かけたのでプロフィールを見たら、「本多勝一で目が覚めた」とし、いまも尊敬しているのだと書いていた。本多なんて歴史を歪めた最低最悪の存在は過去の亡霊と思っていたが、しっかりこういうひとの中では英雄として生きているのである。おそろしい。

雁屋哲の気狂いじみた意見を、しっかり批判する若者がいる日本を信じたいが……。


羽生復調の秘密──家族が帰ってきた!?──名人戦開幕間近

 名人など永世・名誉称号を6つも持ち、将棋界に君臨する羽生善治二冠(41)。昨年9月に通算タイトル獲得数で故・大山康晴さんと並び、11月からは2月のNHK杯まで破竹の14連勝を記録した。3月7日の竜王戦で敗退し連勝はストップしたが、年間獲得賞金額も14年連続1位と、いまも絶好調を維持している。

『女性自身』は2010年11月16日号で、妻・畠田理恵(41)との”別居"を報じている。夫を世田谷区内の自宅に残し、2人の娘と横浜市内のマンションにいる理由について、島田(註・畠田の誤記)は「二女がフィギュアスケートを練習するため、リンクの近くに部屋を借りた」としていた。

「娘たちの学校は都内にあるため、畠田さんは毎日、横浜から車で送り迎えしていました。途中、彼女が自宅に寄ることもありましたが、それも2〜3時間程度。羽生さんは娘たちと会う時間がほとんどなかったそうです。このころから彼に白髪が目立つようになりました」(将棋仲間)

 そんな彼がここへきて突然の絶好調。何があったのかと3月下旬の朝、世田谷の自宅を訪ねると羽生二冠が出てきた。飼い犬のゴールデンレトリバーが先に"お座り"して彼を待っている。ところがこの日は、ミニチュアダックスフントを抱えた畠田の母親と、トイプードルを抱えた二女も玄関から出てきたのだ。どうやら再び家族が戻ってきたようだ。

 その後3人は愛犬を連れて近所の公園に向かうと、1時間ほど楽しそうに遊んでいた。近所の主婦によると、畠田と2人の娘を自宅近くで見かけるようになったのは、最近のことだという。羽生二冠の好調の秘密は、家族が戻ってきたことにあったようだ。

「長女は中学生になったのを機にスケートをやめ学業を優先することになりました。そして二女も中学生に。3月22日からの『スプリングトロフィー・フィギュアスケート選手権』にも出場しませんでしたから、長女同様、学業に専念するのでしょう」(スケート関係者)──女性自身

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 思わず「島田って誰?」と突っこみたくなる。
 そのあとの「将棋仲間」もひどい。遊びのサークルじゃない。世界一将棋の強いひと、いやそれどころか江戸時代に完成された現代の将棋形式で、ここ300年でも最も強いひとのことを語るのに、「将棋仲間」はないだろう。いくら「女性自身」でも。

 ここは最低限「将棋関係者」「将棋連盟関係者」「将棋ジャーナリスト」とか、もうすこし気を遣って欲しかった。いかに将棋のことなど何も知らないライターが書いていることか。ま、「女性週刊誌」だからな。いや男性週刊誌も似たようなもんだけど。
 正直に言うと、将棋ファンとして、この種のことは将棋雑誌は伝えてくれないから、私は、どんな形であれこれらをネタにして伝えてくれる女性週刊誌に感謝している。それが週刊誌らしい9割インチキだったとしても肝腎の部分はこちらが読み取る。



 大の羽生ファンとして、心から「よかったなあ」と思うけど、かといって言祝ぐ気にもなれない。これが唯一の羽生のガンだ。なんであんなのと結婚したのか。
 かといって今の女房と離婚して(財産、10億以上ぜんぶ取られるだろうな)、真にあいしあえる女とめぐり逢ったとしても、娘への愛情は消えないだろうから、羽生が懊悩に沈むのは見えている。だから今回の復縁はよいことなのだろうけど……。

 羽生と同じく、娘ふたりの友人が、奥さんと険悪になったとき、「女房とは別れたいけど、娘と離れることを思うと……」と悩んでいたことを思い出した。



 何年来か、豪邸にひとりで住み、近所に回覧板をまわしに出かけたり、ひとりで生ゴミを出したりする羽生の姿が目撃されていた。そんな状態で、あれだけの成績を残すのだから、いかに強いことか。

 女房が別居してまで打ちこんでいたのは愛娘のスケーティングと言われていた。「第二の真央ちゃん」を目ざしていたのか。それともそれは単なる別居の言い訳だったのか。

 とにかく羽生の家庭がうまく行って、彼が全能力を発揮できますように、と祈るしかない。



 もしも二十代の渡辺がこんな状況に陥ったら、どんなことになっていたか。愛妻賢妻でほんとうによかった。彼の今の充実を支えているのは賢妻だ。

 ここ数年のタイトル戦で、10局以上対戦していて、唯一羽生に勝ち越している棋士となったが、渡辺の力は認めるにせよ、羽生にそのような苦悩があったのも事実だ。



 しかしまた思うのだが、「女を撰ぶのも男の実力」である。 

 女房を外したと嘆くので、ろくな男を見たことがない。古い知りあいでソクラテスというのがいる(笑)。



 女房子供が戻ってきてハッピーなら、今年の羽生はすごいことになる。 
 10日から始まる名人戦が楽しみだ。 

吉本隆明に捧げる渋谷陽一の追悼文──世代で語られる口惜しさ

いつかこの日が来ると覚悟はしていたけれど、何か自分を支えていた大きなものが失われた喪失感が重くのしかかっている。
これまで何度も書いて来た事だが、僕は吉本さんに影響されなかったらロッキング・オンを創刊しなかった。
創刊してからも、これは吉本さんが見たらどう思うのだろう、叱られないだろうか、といつも誌面を作りながら思っていた。


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くだらねえな。そんなことを思いながら作っていたのか。
どうりでつまらないはずだ。

二十代の頃、この音楽雑誌を何冊か買ったことがある。そういう時代の、そういう流れの中にいた。
好きになれなかった。なにか自分とはちがうものを感じてザラついた。
だけどそれを口に出すことは憚られた。そういう場にいた。

今その事に納得する。
直感てのは正しいんだ。自分を確認できた。



一応吉本も読んでいる。そういう時代だった。そういう流れのそういうひとたちとつきあっていた。
感想は同じ。
共同幻想論(笑)。

父親とそっくりの不細工な娘のブンガクには興味がなかった。そう言える齢になっていた。
出久根達郎が激辛の評をしている。
無味乾燥で文が死んでいると。

「刺青入浴事件」「新幹線こども事件」に、よく人柄が出ている。
世界各国で翻訳されている高名なブンガクらしいが、どの程度の人間かはこれでわかる。



背よりも高い籔の中をすり傷だらけで迷走する左右が見えない時季でも感じるものはある。
それが正しかったのだと後々確認できることは、もう間に合わない遅さだったとしても、やはりうれしい。


僕と同じ気持ちの人達はたくさんいると思う。
その人達の吉本さんに影響された仕事は、今の日本の表現状況に於いて決定的な存在感を持っていると思う。
きっとこれからも何かを作る度に、吉本さんはどう思うのだろうと僕は考え続けるのだと思う。


「決定的な存在感」は、持っていない「と思う」(笑)。
還暦を過ぎた男が87歳の人間の死に捧げる文ならもうすこしまともなものを書いて欲しい「と思う」。
こんなんじゃ大好きなツェッペリンに嗤われるぞ、「と思う」。

吉本隆明がいなければロッキング・オンも、ロッキング・オン・ジャパンも、ロック・イン・ジャパンもなかったと考えると、この巨大な思想家の存在がどんなものか感じてもらえるのではないだろか。

なんか自分のことを勘違いしているのでは「ないだろか」。
この駄文は、「ぼくがこんな凄いことができたのは吉本さんがいたお蔭」と、故人を偲ぶ形で自分自慢をしているわけだが、凄いことをしたと思っていないひとからすると、ただの勘違いしたバカの自慢話でしかない。まことに醜悪。

ナベツネが橋本市長をヒトラーと懸念──バカのひとつ覚え(笑)

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読売新聞グループ本社の会長で主筆の、ナベツネこと渡辺恒雄氏(85)が、月刊誌「文藝春秋」最新号でほえている。橋下徹大阪市長の発言に対し「ヒトラーを想起」と懸念。
http://news.livedoor.com/article/detail/6361838/

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出ました、バカの一つ覚え、気に入らないものはみなヒトラー。右も左もバカの定番。
与党自民党に野党民主党が連発すれば、立場が逆になると今度は自民党が連呼。

「バカの壁」の養老孟司なんてのは、自分のヤニ中毒を正当化しようと、「チャーチルとルーズベルトは喫煙派。ヒトラーとムソリーニは嫌煙派」と叫きたてる。戦勝国の指導者を味方につけてまでテメーのヤニ中毒を正当化したいのか。それがおまえの越えられないバカの壁だ。

しかしナベツネは橋下をヒトラー呼ばわりする以前に、おまえが読賣のヒトラーなんじゃないのか。
あ、ちがうか、失礼、たとえるなら、読賣のスターリンだな。

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【追記】──橋下がナベツネに反論 2012/03/18 20:52

橋下がナベツネのヒトラーにツイッターで反論したとか。当然だ。J-castニュース

「僕なんかね、制度で雁字搦めに縛られ、維新の会以外の多数会派とメディアの厳しいチェックも受けて、独裁なんてやりようがないですよ。所詮、ローカルの大阪市役所の所長ですしね。それに比べれば、渡辺氏の方が読売新聞社だけでなく政界も財界も野球界も牛耳る堂々たる独裁じゃないですかね!」

デヴィ夫人の田中直紀擁護は滑稽──おんなの暴走

BGMはBeaux Arts TrioのRachmaninov。あ、このCDではRachmaninoffになっているな。ロシア語のアルファベット表記は統一されていない。でもたしかラフマニノフはffのほうを好んだのだったか。なら次からはffにしよう。

beauxrachmaninoff



 私は比較的(笑)デヴィ夫人が好きである。その理由はここにたっぷり書いてあるので興味あるひとにだけ読んでもらうとして。

00kanren.gif
デヴィ夫人と山崎朋子

 しかしこの田中直紀擁護は納得できない。

●デヴィ夫人ブログ──リンチ大好きな 貧しい日本 がんばれ 田中直紀防衛大臣!



 デヴィ夫人は「おんな」だ。いいところも問題あるところも、みんながみんな「おんな」である。理性よりも情が先に立つ。
 いいところは、おんなの掟を守れという発言だ。男を裏切る女を批判する。好きになった男ではないか、好きじゃなかった場合でも、自分で納得して金をもらって世話になった男ではないか、なぜいまになってそれを裏切り内輪話を暴露するのだ、正義の味方面してその男を批難するのだ、女として恥ずかしいではないか、と意見する。まことに正しく、むかしの花柳界の意気をもったいいおんなだと思う。

 困るのはそれが暴走することだ。北朝鮮擁護が代表例。スカルノ大統領の第三夫人だったとき、ライバルの第二夫人がアメリカ寄り、彼女は左側のソ連や北朝鮮寄りだった。そのとき金日成に世話になった。その恩をいまも忘れない。だから北朝鮮を援護しろ、もっともっと援護しろ、金品を与えろ、そうすれば日朝はなかよくなれると力説する。さらに歯止めがきかなくなり、シナや朝鮮がトリミングして捏造した日本批難の写真をそのまま信じて流用したりする。
 世話になった男の恩を忘れないのは麗しいが、これなどは残酷な殺人鬼を「誰がなんと言おうと、わたしにはやさしかった」と庇う愛人感覚である。どんなに自分にやさしかったとしても、社会的に殺人者である視点を忘れてはならない。



 今回の田中直紀擁護もそれに通ずる。基本は彼女の小沢一郎好きにある。そこから小沢支持の田中眞紀子好き、その亭主の(う〜む、亭主か? 下僕という気もするが)田中直紀好きになる。自分の好きなものはみな全面的に擁護する。北朝鮮擁護と同じ。田中直紀を「いいひと」だとし、役職に慣れていないのだから失言もしょうがないじゃないかとし、それを批判するのはまるで「弱い者いじめ」だとする。
 小学校の先生が、その地に不慣れな転校生を庇っての発言なら理にかなっている。あるいは、飲み屋での酔っての失言を庇うならまだしもだ。だが防衛大臣なのである。国の明日をも左右する要職である。それが公的な場で無智をさらげだし恥知らずな発言を繰り返しているのだ。

>>勉強する時間を 与えても よいのではないかと思います。

勉強したひとがなるのだ。防衛大臣は、泥棒を捕まえてから縄をなうひとが就く役職ではない。

>彼の防衛に関する 理念・方針・方策をきくべき。

そんなものはない。それを持っていないから叩かれている。

>野田首相の 任命責任を 問うためだけに猖啓臍けりゃ 袈裟まで憎い瓩澆燭い謀鎮翅膺辰鯢古にするのは どうかと思います。

防衛大臣は袈裟ですか? いいえ、坊主の本体です。

>国会中継を見ている 国民は、田中防衛大臣に 味方したい心情になっていると 思います。

なっていないと思います。みな失笑しています。



 もしもこれが彼女の嫌いな鳩菅の発言、失策だったらどうなるか。手厳しく糾弾し、大臣の器ではない、恥を知りなさい、すぐに辞職しなさいと書くだろう。辞職要請に得意の署名集め(笑)をするかもしれない。
 ところが自分の好きなものだとこんな甘い発言になる。どう考えても田中直紀は大臣の器ではないし、そもそもこのトンデモ任命は、増税路線に対する田中眞紀子の口封じから発している。

 評論家の三宅久之さんは、誰もが口にできない増税を明言しただけでも野田総理は鳩菅とはものがちがうと評価している。こういう任命を見ると肯んぜられない。田中眞紀子対策で防衛大臣という要職をあんな無能な男に任せるひとが果たして有能な総理なのか。

 発売中の『週刊新潮』が田中直紀に触れている。ある日の田中邸。直紀の姿が見えないと眞紀子が喚きちらしている。「パパはどこ! パパはどこなのよ!!」と。あのだみ声で。秘書は必死に探し回る。そこにふらりと直紀が帰ってくる。サウナに行っていたとか。行く先を眞紀子に告げずに外出した罰として眞紀子に廊下の雑巾がけを命じられる。粛々とそれにしたがう直紀。あまりにかなしくて途中でなげた。とても読み進められない。大臣以前に男として終っている。

 小沢一郎好きにはデヴィ夫人のような盲目的支持者が多い。私にはわからない感覚である。

朝まで生テレビの橋下対アンチ──仕切る田原のあみだくじ

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1月27日、金曜日の夜に「朝まで生テレビ」があり、橋下徹大阪市長が香山リカを始めとする連中とやりあったと知る。
検索したらYouTubeにあったので見始めた。
11に分割されていてCMカットだからリアルタイムで見るより見やすい。

アンチ橋下の連中があまりに幼稚で苦笑する。
橋下が公約した一点にケチをつける。橋下が構造的な面からきちんと説明しようとすると、そんなことは訊いていないと否定する(笑)。まるでこどもである。
橋下が言うように、大阪市という行政を変えても大阪市に生きてきた人たちのコミュニティが消えるわけではない。それを理解しようとはしない。言葉尻、揚げ足取りになっている。



もっと見たかったが我慢できず消した。その理由は彼らのそれではない。田原だ。
彼らの橋下否定があり、それに橋下が応対する。それは一応一本の線だ。そのまま見せてくれればいい。
ところが田原はそれでは自分の存在価値がないからやたら口を出す。不必要に仕切る。
結果、何本かの線があみだくじになってしまい、無意味にこんがらがってゆく。ぶつ切りで味のないものになってゆく。
この番組はどうにもそれが我慢できず見なくなったのだが、何年ぶりかなので見られるかと思った。やはり無理だった。

漫才番組で、そのまま漫才を見せてくれればいいのに、やたらゲストの顔をカットインしたり、カメラを切り替えたりして、それが不快で見られなかったと【芸スポ萬金譚】に書いた。これも同じ。ふつうに論争を見せればいいのに、よけいなカメラ割りと同じく田原が仕切ってぶち壊しにしている。



香山リカ&その他のイチャモンに腹立っていた橋下は、念願だった直接討論を実現させてくれた田原に感謝しているのか、その仕切りにおとなしくしたがっていた。一本の線をぶつぎりにされて最も害を被っていたのは主役である橋下だ。

田原は橋下寄りらしい。平松前大阪市長は投票日直前の橋下との討論会を逃げた。それが致命的な敗因だったと言われている。理由は司会の田原が橋下寄りだからとのこと。真相は知らないが、こういう番組が成立することや橋下が田原にさんざん話を遮られてもおとなしくしているのだからきっとそうなのだろう。
本来の橋下なら、激昂し、「ちょっと田原さん、待ってください、最後まで言わせてくださいよ!」となる場面でも、田原に遮られるとすぐに黙っていた。このあとは知らない。私は11/1と11/2を見ただけだ。20分程度か。それでもう限界だった。



「たかじん」に出た時も田原は「朝生」と同じように好き勝手なことをしようとしたが、三宅を始めとする連中に許されなかった。あれは気分のいい出来事だった。もっとも「たかじん」にも田原的な辛坊というのがいるが。

田原のあの仕切りがおもしろくて見ている人も大勢いるのだろう。でなきゃ「朝生」があんなに続くはずがないし田原が地位を保てるはずもない。あるいは田原の仕切りを不快と感じつつ、それに腹立つ自分を楽しんでいるのか。世の中にはたしかにそんな人がいる。腹が立つ、不愉快だと悪口を言いつつ必ず見るひとだ。古い話だと11PMの巨泉がいる。巨泉がきらいだ、言うことひとつひとつに腹が立つと言いつつ欠かさず見ているひとがいた(笑)。あれはあれでファンなのだろう。犬猿の仲という親友か。いずれにせよ私には理解出来ない感覚である。私は嫌いなものにはちかよらない。

橋下があの連中をどう捌いたか興味があるが田原のいる映像では見られない。どこかに文字があるはずだから、それで楽しむことにしよう。

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【附記】 被害を被る

読み返したら「被害を被る」と書いていたのを発見。赤面して訂正。すでにかぶっているのにまたかぶってもしょうがない。しかし『広辞苑』第4版で調べたらまちがいではないようだ。

ひ‐がい【被害】
損害をこうむること。危害を受けること。
また、受けた損害。「―をこうむる」


でもこういう「違和感を感じる」のような並びはうつくしくないから使いたくない。「こうむる」とひらかなにすればいいのかな。
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