マスコミ

広島刑務所脱走犯逮捕は速報で36分も報道するものなのだろうか!?──NHK報道の不可解

逃走容疑で李容疑者を逮捕 小学校付近で身柄を確保

 広島市中区の広島刑務所脱走事件で、広島県警は13日、逃走容疑で、身柄を確保した李国林(りこくりん)容疑者(40)=中国籍=を逮捕した。

 捜査関係者によると、李容疑者は広島市西区天満町の市立天満小学校付近で発見された。発見当時、ニット帽に作業着、白マスク姿で、職務質問して身柄を確保したという。

 李容疑者は11日午前10時半ごろに姿が見えなくなり、作業服が脱ぎ捨てられていた。約45分後に付近の住民から「塀の外にいた白い服の人が東の方に走っていった」と連絡があり、李容疑者が脱走したと判断、県警に通報した。

 李容疑者は脱走後、刑務所から西に約1キロ離れた広島市西区南観音の民家に空き巣に入ったことが判明。近くの会社事務所が荒らされたほか、車上荒らしも2件発生していたことから、県警は付近を重点的に捜索していた。
(産経新聞)1.13 17:12

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 16時半にテレビを点けた。NHK総合テレビ。大相撲中継。
 16時50分に上記「広島刑務所脱走犯が逮捕された」と速報テロップが流れ、すぐに「番組の途中ですが」とスタジオに切り替わった。
 それから延々と30分間、17時20分までこのニュースが流された。

 兇悪な支那人犯罪者の脱獄である。重大だ。脱獄が報じられた時、広島市民は恐怖に震えたことだろう。夜もおちおち眠れなかったにちがいない。それが逮捕された。手錠を掛けられて警察に連行される姿が報じられた。よかった。安心する。

 もうそれでいいのではないか。逮捕されての速報だからまだ詳しい情報も映像もない。よって「何時何分、どこそこで逮捕された」ということ、その連行される様子が何度も何度も報じられるだけだ。中身がない。私は実質5分ほどしか見ていないが、その間でも「広島刑務所を脱走した李容疑者が逮捕された」と何十回耳にしたことだろう。
 
 私は16時50分から5分ほど見て概要がわかった。過去の事件で警官に向けて発砲したこと、過去の逮捕の際にも脱走を企てて逃げまわったこと。懲役が23年だったこと。
 その5分ですら同じ事を何度も繰り返していた。つまらないので民放に回す。民放はみな内閣改造の話題をやっていた。こっちのほうが正当だ。テレ朝のそれを見ていて、17時になったのでNHKにもどる。まだやっていた。普段でも17時から5分はニュースの時間だからしかたないかと思い、また民放の内閣改造ニュースを見る。17時5分になったがNHKはまだそれをやっていた。同じ事を言い、同じ映像を流していた。17時10分になっても、まだ同じ事を繰り返しているので、「いつまでやるんだよ」と思わず口にしてしまった。やっと終ったのは17時20分である。じつに30分間、正味1分程度のニュースを繰り返し続けていた。


 
 これは単なる相撲ファンの戯言である。大相撲中継はBSで流していたはずで、このニュースに飽きた人はそちらを見たのだろう。BSを見る環境にないテレビ環境時代遅れが喚いているにすぎない。NHKがここまでやったのも「相撲を見たい人はBSで」という判断があったからだろう。過去にもそういうことはあった。それは納得できる大事件だった。

 相撲が見たいのに見られない相撲好きの憤懣でしかないのだが、それでも私はこのニュースの長さは不自然だったと思う。「兇悪犯が脱走したので注意してください」というニュースならしつこく流すべきだ。支那人ほど兇悪で残虐な人種はいない。まして脱走状態だから更に何をするかわからない。現にこの支那人は留守の家に侵入して飯を食ったり冷蔵庫のビールを飲んだりしている。「脱走してまだ捕まっていない、気をつけてください」というニュースはくどいほど流すべきである。

 でももう捕まったのだ。捕まったという事実があり、そしてそのことに関して詳しい事情はまだわかっていない。なら「無事逮捕しました」と報じて、あとはすぐそのあとの午後6時のニュースに任せていいのではないか。定番の7時のニュースもある。簡便な報道では犯人逮捕が伝わらないというのならテロップを流しっぱなしにすればいい。14時50分から17時20分まで30分も大相撲中継を中断して延々と繰り返すほどのおおごととは思えない。

 BSを見られない環境の相撲好きが相撲中継が30分も中断されて不愉快だったというただそれだけの話なのだが、ニュースショーをやっていた同時間の民放すべてがテロップをさっと流しただけで予定通りの放送をしている中、まるで「独占中継」のように声高に大騒ぎしているNHKの姿は不可解だった。

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【附記】1/15──正しくは36分!

今日の新聞に載っていた。NHKが相撲中継を中断してこのニュースを流していた時間は正しくは「36分」だとか。やはり異常と思う。タイトルを「30分」から「36分」に変更した。

漢字解釈の滑稽──「吐」という字は、口へんにプラス、マイナスと書きます

ちなみに「吐」という字は、口へんにプラス、マイナスと書きます。ここからマイナスを取り除けば「叶」という字になります。「夢は見るものではなく、叶えるもの」という信条を掲げる澤は、プラスのことだけを口にし続けて、「吐く」のではなく「叶える」を実現してきたといえるでしょう。http://news.livedoor.com/article/detail/6129184/

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私はこういうセンスが大嫌い(笑)。いわゆる「武田鉄矢的ガッツ石松的」な解釈になる。読んでいるだけで赤面する。こういうのが得意な田舎の中学教師もいるだろう。結婚式のスピーチで十八番にしているおやじもいそうだ。
「金八」なんぞを見て育った世代の教師が、「いいかあ、吐くという字は口偏にプラスとマイナスと書く。ここからマイナスを取ると、叶うになるんだ。いいか、みんな、マイナスを取って夢を叶えるんだ」なんて金八気どりでやってそうだ。

本人は気に入ってるんだろうなあ。「ちなみに」と始まるからには、この解釈を披露して、すこしばかり得意気なのか。澤の実行力を自分の漢字解釈と結びつけた文に、「う〜む、決まったな」と満足しているのだろう。

この記事は、女子サッカーの澤穂希の著書を紹介したものであり、澤は無関係。澤の言ったことを否定するとファンに怨まれそうだが、これは澤ではなくこの文を書いたライターが言ったこと。誤解なきよう。

「永遠に不滅です」「友達の友達がアルカイーダ」──思い違い勘違い

仕事の関係で寺山修司の古い本を読んでいた。長島の引退に触れた項があって「巨人軍は永遠に不滅です」とあった。私もリアルタイムであれを見ていたのに長年勘違いしていたのだが、正しくは「永久に」だ。

ああいう勘違いはどうして起きるのだろう。私も長島引退から十数年「永遠に」だと思っていた。疑ったことがなかった。その種のよくある番組で映像を流し、長島が現実に「永久に」と言っているのに、それでも「ウソ!」と思ったものだった。寺山が勘違いしたまま書いているのを見て、あらためて不思議な気がした。音の感覚として「エイキュー」ではなく「エイエン」だったのだろう。



昨日、れいの鳩山弟のトンデモ発言「ともだちのともだちはアルカイーダ」を、たいして意味もなく引用するとき、「あれは本当に爐箸發世銑瓩世辰燭里?」と疑問を持ち調べた。そのときの記者会見の様子がYoutubeにあった。外国人プレスとの会見。通訳を通している。「ゆうじん」だった。「友人の友人がアルカイーダ」と鳩山弟は言っている。これもまあどうでもいいことだが覚えておこう。<きっこさん>も「友達の友達」と書いているようだから教えてあげたい(笑)。
これも「ゆうじん」よりも、音として「ともだち」なのだろう。「笑っていいとも」の「ともだちのともだちはみなともだちだ」なんてのの影響もあろう。「ゆうじんのゆうじん」とはあまり使わない。でもそっちが正解。



「エイエンとエイキュー」「トモダチとユウジン」。こういう勘違いはおもしろい。どうでもいいことではあるが、今は便利なネットというものがあるのだから、書く以上はできるだけ正確に書いて行きたい。

ノー科学者・茂木健一郎の朝鮮への基本姿勢──憐憫からの見下し

以下の文章は《「韓流偏重フジテレビ問題考──淳とたけしの「見なきゃいいじゃねえか発言」私見》から、マスコミでも大活躍なさっている高名な脳科学者・茂木健一郎先生に関する部分を抜き出したものです。じつにもう貴重な話なのに、長文の中に埋もれてしまいそうなので独立させました。

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脳科学者というのが持ちネタの茂木健一郎という名の芸人が、以前こんなことをつぶやいていた。あまりにも衝撃的な内容なのでカットして保存しておいた。よくとっておいたと自分を褒める。2011年の7月のようだ。ツイートなので、下から順に読んでください。

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この茂木健一郎という芸人は「フジテレビの韓流偏重批判」を否定した。それに反発があると、今度は「韓国のみなさん、ぼくはこんなふうに攻撃されています」と、韓国向けに英語のツイートを連発した。あれはもうほんとに異様だった。ああいうのもきっとどなたかがどこかにまとめているのだろうけど行き方をしらない。

とにかくこの芸人は大の朝鮮贔屓なのだけど、だがその理由はここに書いてあるように、朝鮮を下に見ているからなのだ。弱い下の存在だから、強くは言えないと書いている。哀れなものに対する憐憫の情だ。このひとの韓流好きは、雨に打たれている捨て犬に餌をやり、その自分のやさしさに酔っているようなものだ。朝鮮人はこういう日本人にこそ怒らねばならない。憐れみほど失礼なものはない。

小林よしのりの「ゴーマニズム宣言」の初期に、「相手が部落民だとわかったら、急いでそのひとのコップの水を飲み、差別していないとアピールする」という話があった。こういうのが一番失礼である。もちろん小林はそれを指摘していた。茂木の朝鮮贔屓はこの感覚に通じる。

しかしTwitterてのは怖い。いくらこのひとが三流芸人(いや民団での講演から創価学会の太鼓持ちまで見境なくこなして年収はかるく億をこす、その意味では超一流芸人だけど)でも、きちんとした著書(きちんとしたものを見たことがないが)では、こんなことは書けまい。Twitter芸人としてやたらめったら呟いているようだから、ついこんな本音モデル。すごいなあGoogle日本語入力。本音モデルってどんなモデルだ。業界では珍しい本音しか言わないモデルか。本音も出る。たしか夜中のつぶやきだ。いまも残っているのかな。このひとは朝鮮人を見下している自分の醜さに気づいているのだろうか。そのことに酔っているんだから気づいているはずはないか。

フジテレビ「とくダネ!の TPP問題」──ロンブー淳の中村剛志批判考

前回の続き。やっと本題にたどりついた。もういちど最初から。さすがにこの辺はもういちど書くのは面倒なので前項のコピー。



ツイッターのフォローしているひとの書き込みで、ロンブー淳が暴言を吐いて話題になっていると知る。そこにあったサイトに言ってみた。それはここ。ロンブー淳がぼろくそに言われている。

問題となった淳の発言とはこれだった。

atsusi


ちいさくて読みづらいので文章を引用する。

《フジテレビとくダネ!に出ているTPP反対を訴えているコメンテーターの態度が目に余る…せっかくテレビに出て多くの人に自分の意見が言えるのに何だ?この態?知識がある人がこんな伝え方をするから若い人が興味もてないんだと思う。知識を持っていて伝える能力が無い人は残念で仕方ない…気分が悪い》



私は淳のこの発言を読んだとき、自分と意見のちがうコメンテーター(おそらく右寄り)を、左巻きの淳が否定したのだろうと推測した。
私は淳の政界進出を肯定している。彼が出ることによって政治に興味を持つ若者が増える効果は大きいと考えている。そのことは以前にも書いた。

その後、Wikipediaの淳の項目で佐高信や筑紫哲也を尊敬していると知って激しく落胆したのだが、しかしまたじっくり考えてみると、無学な芸人が左巻きになり佐高あたりをかっこいいと考えるのは自然な流れなのではないかと思うようになった。むしろ彼のような成り上がり途上の芸人が保守感覚であったらかえって異常かもしれない。

いまは素人レベル左巻きの彼が政界に進出し、そこで学んでゆけば真っ当な政治家になると私は信じているのだけれど、進出の際には一斉にサヨクが彼を取り巻くだろうから、そうなると一気に真っ赤っかに染まってしまう危険もある。

たとえば蓮池弟さんは中央大学三年まで日本で育ったふつうの日本人だったのに、それから拉致され洗脳されると、あの一時帰国のとき、弟想いで奪還のために奔走してきた蓮池兄さんがどんなに説得しても、北朝鮮を信じる心が消えず、北朝鮮への帰国を主張したという。そういう洗脳のおそろしさだ。民主党の仙谷あたりにやられたら一発だろう。

そのことを考えると、このまま芸人をやっていれば、淳は多少左寄りのふつうの日本人だが、政界入りしたらプロの洗脳で、強烈な真っ赤っか爆弾になるかも知れない。その危惧は拭えない。でも私は多くのTwitter仲間が「あんな出っ歯、ダメだよ」と言っているけれど、彼の可能性に本気で期待している。お笑い芸人から「総理大臣になりたい!」と本気で願うのが出るのは、日本の活性化のためにもよいことだ。こどもの夢がみな野球選手かサッカー選手になっての高給取りであり、政治家にだけはなりたくない、ではまずい。



上記のサイトにゆくと、「とくダネ!」のその部分が収録されていた。16分ぐらいかな。TPPに関する部分はぜんぶ見られた。ありがたかった。感謝。「とくダネ!」をまじめに見たなんてどれぐらいぶりだろう。

むかし、私は小倉を嫌いではなかった。彼は東京12チャンネル(現・テレビ東京)のアナウンサーとして競馬中継などを担当していた。しかしそのころから一介のアナとして終る気はなかったらしく、やがてフリーになり、大橋巨泉の事務所に所属し、「世界まるごとハウマッチ」のあの独特のナレーションで新境地を開発し、今の地位にたどりつく。しかし権力を得るに従って親分の巨泉そっくりの傲慢さを発揮するようになる。まあ帯番組ワイドショーのMCというのはたいへんなものであり、それだけで億をこす収入になるのだから、それはそれで当然なのだろう。それが鼻につくようになると、大嫌いなオヅラの番組、となって私は見なくなっていった。最後に見たのはいつだろう、渡辺真知子を呼んでミニリサイタルをやったときだったか。オヅラはギター好きで、かなりのコレクターだ。そういう意味でも好きだったのだけれど。
業界の友人に聞いた話だが、それでもランクは厳然としてあるらしく、いまでも巨泉の前では借りてきた猫だとか。

今日のこのTPPを論じた「とくダネ!」は、もう長いあいだ私は見ていないけど、私の知っている「とくダネ!」と比して、とてもよい内容に思えた。オヅラが自分の知らないことだからか、MCとしての強権発動をすることなく、コメンテーターの流れに任せていたからだ。



さて肝腎な話。ロンブー淳のTwitter発言とコメンテーターのこと。淳のコメントを再録。

《フジテレビとくダネ!に出ているTPP反対を訴えているコメンテーターの態度が目に余る…せっかくテレビに出て多くの人に自分の意見が言えるのに何だ?この態?知識がある人がこんな伝え方をするから若い人が興味もてないんだと思う。知識を持っていて伝える能力が無い人は残念で仕方ない…気分が悪い》

私はこのことをフォローしているかたのTwitterから知った。彼がTwitterをやっているのは知っているけど、私はフォローしていない。Twitterで読まなければ知ることはなかった。すなおにありがたかった。

淳は以前の「フジテレビ韓流偏重問題」に、「いやなら見なきゃいい」と発言し、「韓流偏重フジテレビ批判のかたがた」からは嫌われている。私がTwitterでフォローしているのは主にそういう方面だから、この件を私が知った時点でもう淳はたたかれていた(笑)。「あの出っ歯のバカがまた吹き始めた」という流れである。

それを前提として私はリンクされているサイトに行った。そこで上記のコメントを知る。私は、TPP賛成の淳がTPP反対のコメンテーターに不快を感じたという「TPP問題」として録再された「とくダネ!」を見た。つまり見る前の感情として、私はもちろん「反・TPP」であるから、「反・淳」として臨んだことになる。



後日挿入部分──私の文章に何度も「フジテレビ韓流偏重問題に、『見なきゃいいじゃない』とTwitterで発言した淳」と出てくるが、彼のTwitterを読んでいない私は、又聞きで正確な表現を知らなかった。今回の件で検索し、正しくはなんと言ったのかわかったので貼ります。このように言ったようです。

atsusitweat




しかしビデオを見た私の感想は淳と同じものになってしまった。一転して「親・淳」である。
「中野さん」と呼ばれているこのコメンテーターは、せっかくいいことを言っているのに、なぜにこんなにヒステリックなのだろうと反感を抱いたのである。

そこから調べて、彼が「中野剛志」という名の、東大卒の経産省官僚で、今は京都大学に出向して准教授であることを知る。典型的な日本のエリートである。またTPP問題論客として有名人であるとも知った。なにしろ「テレビのない生活」なので、こういうひとのことに関しては疎くなる。
言っていることは正論で、反TPPの論客として心強く感じた。だけどあまりにエキセントリックだ。これではTPPを知らない人は、賛成か反対か以前にこのひとの態度で引いてしまう。

もちろん番組にも問題はあった。笠井というバカアナは関税の説明に「假に100%だったとしたら日本製の10万円のテレビがアメリカでは20万になってしまう。それがTPPに加盟すると、日本で10万円のテレビをアメリカでも10万円で買えるので売れるわけです」と誇張してやっていた。これじゃお茶の間の無知な主婦にTPPがいかにすばらしいかと思い込ませる効果しかない。こういうバカが一番たちが悪い。いやアナは構成台本通りにやっているだけで、お茶の間にもわかりやすいようにと、そういう台本を書いたひとの責任だが。

TPPは円高に誘導してのアメリカの日本乗っ取り政策である。その他の弱小国はカムフラージュだ。関税廃止による工業輸出品の恩恵など微々たるもの、いやここまでの円高だからまったくないと言っても過言ではない。
こういうときこそ冷静に、温和な口調で「いや、笠井さん、それは違いますよ」と話しかけ、お茶の間の主婦に注目させる手法で話さねばならない。だが中野は興奮し、「あなたね、さっき100%とか言ってましたけど、2.5%ですよ!」と恥をかかせるように感情的に発言するから説得力がない。「言っている内容よりも、興奮している話し手が目立ってしまう」からだ。これは論法としては愚かである。笠井のミスを指摘しても、正誤以前にお茶の間は「笠井さん、あんなキツい言いかたされてかわいそう」になってしまう。



ということから、あらためて淳のツイートを読むと、彼はコメンテーターの「テレビ出演者としての態度」に意見しているだけと確認できる。TPP問題以前の話だ。
これが田原総一朗の「朝生」のように、彼がけしかけ仕切ってのケンカショーであり、正面に正反対の意見の論争相手がいるならまだしも、今日の「とくダネ!」は、オヅラがおとなしく聞き役に回り、またフジテレビ論説委員の安倍というひとも中野の意見に賛成でフォローする形だったから、ますます中野の興奮だけが浮き上がっていた。

もしもオヅラがTPP賛成で、反対論者の中野をひとり踊りさせて、お茶の間に反感を抱かせ、視聴者を「反TPPの中野に対する反感→TPP賛成」に誘導しようと画策したなら見事に成功したことになる。そこまで底意地悪く仕込んだとは思わないけれど。

これは「TPP問題」を離れて、「ひとりのテレビ出演者ウォッチ」として見れば、誰だってわかることだ。フリップを投げ捨てるようなアクションをしたり、ズルッと腰をずらして椅子に寝そべるようにすわったり、中野の態度はどう見ても誉められたものではなかった。彼の主張に100%同意している「反TPP」の私がそう思ったのだから、TPP賛成のひとから観たら、「なんだこいつは!」となって当然である。

隣の安倍論説委員が冷静で穏当で、また珍しくオヅラもおとなしかったものだから、わがまま坊やの中野がひとりで泣きわめいているようになってしまい、反TPPの立場としては、むしろ恥ずかしくなった。これじゃ賛成派につけ入れられると。

正当な意見をいう時こそ、激昂することなく淡々と主張しなければならない。ヤクザでも、チンピラほど喚き立て、大物になるほど物静かになるのと同じだ。そしてチンピラの大声より、幹部の低い静かな聲の方が迫力がある。
TPP問題を知らないお茶の間に、わかりやすく説明してやるのだから、こんなときこそクールにならなければならない。私は中野剛志の論に100%同意しつつ、彼の態度には失望した。



ところがその後も私のフォローしているTwitterでは、「あの出っ歯野郎がろくでもないことをツイートした」と淳を否定し、「中野さん、かっこいい」が連続していた。
「あれぐらいやらなきゃ通じない。よくぞやった」というのもあった。このひとは彼のエキセントリックな態度は認めつつも、お茶の間に問題提起するために、中野はわざとあんな態度を取ったという好意的な解釈である。みな「反TPP」の立場から「中野絶賛」であり、「淳のツイート否定」だった。果たしてそうか?

私は中野剛志のようなタイプを何人か知っている。みな公認会計士や弁護士等の職だ。学歴的にもエリートである。人一倍頭がよく、回転も早いので、他者がとろく思えてしまうタイプだ。賢すぎて他者が馬鹿に見えるのだ。どうしても「なんでこんなことがわからないんだ!」とエキセントリックになる。今日の中野の主張もそれだった。「なんでこんな簡単な事実がわからないんだ!」とフリップを手に興奮していた。こういうタイプは仕事でも勉強でも優秀だけど、自分のようにできない連中へのいたわりの心がなく、後輩からは慕われない。人望がない。今日の「とくダネ!」の彼の独演会は、まさにそれだった。



私はTPP反対のひとりとして、今日のこの「とくダネ!」の内容はとてもよかったと思うし、オヅラが強権発動せず、中野に好きなだけしゃべらせてくれたことに感謝する。お茶の間でもいくらか理解したひとはいたことだろう。反TPPの中野剛志という存在はとても心強い。

前原誠司のような「農業1.5%のために、その他の98.5%が犠牲になっていいのか」というような詭弁を弄するのが政府中枢にいるのだからうんざりする。いや恐怖だ。

しかしそれを離れての意見としては、彼はテレビコメンテーターとしては逆上しすぎであり、もっとクールに弁舌して欲しいと願う。それを批判したロンブー淳の意見は、TPP問題とは関係なく、きわめて真っ当だと思う。というのが私の結論になる。

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この「とくダネ!」における中野剛志氏の発言を最も詳しくまとめているサイトはここだと思います。文字起こししているので、文章で見ると中野氏の言っていることがいかに正しいかがよくわかります。態度に関する一切の批判はないので私とは視点が違うけど。参考までに。

http://omoixtukiritekitou.blog79.fc2.com/blog-entry-1213.html

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いま午前5時10分。0時に寝て3時に起きた。「昨夜中にアップ」は破ってしまったけど、なんとか約束を守れた気分です。今日は胃カメラ。いやだなあ。


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【附記】──8:27──変ってきた印象

いまYoutubeでもういちど見た。べつに中野氏に対する反感はわかなかった。
つまりはキャラである。
昨日私は初めて中野剛志というひとを知った。
落ち着きがなく、そわそわしていて、やたら感情的なしゃべりかたをするひとだと思った。
二度目だと慣れる。今日はなんとも思わなかった。
けっきょく、ただそれだけのことのようだ。私にとっては。

さてロンブー淳はどうなのだろう。彼は前々から中野氏を知っていて、TPP参加賛成であり、その意見内容に反感を持ったのだろうか。
それとも私と同じく、たまたま朝の番組を見て、初めて見る彼のキャラに反発したのだろうか。

ともあれ、問題の放送は10月27日の朝であり、私はその日の昼、インターネットで映像を見て、そのときの印象で今朝明け方に上記の文を書いた。そこでは私は中野氏をひどく否定しているが、それから3時間後、初めて見てからは20時間後に見た二度目では、さほどのものは感じなかった。その他の彼のYouTubeにあるファイルもいくつか見た。慣れてきた。ますますなんとも思わなくなってきた。元々が、ああいうしゃべりかた、ああいう態度のひとなのだ。
ヒステリック、エキセントリックということばを使ったが、それよりも「落ち着きのないこどものような態度」としたほうが適切か。彼のキャラクターである。「とくダネ!」でも、とにかくソワソワ、チャカチャカしていて、落ち着きがない。薄ら笑いを浮かべたり、ペンをいじったり。頭の回転は速いが大物感はない。
でもひとの話は遮らないし、他人の言うことにもきちんとうなづいている。
ひたすら他人など関係なく自分の意見だけを通そうとする「朝生」の常連と比べたら常識人だと確認した。



淳がTPPに関する深い智識と自分の意見をもっているとは思えない。
おそらく芸人として、キャラへの反発だけだったように思う。
中野氏も、その他のファイルを見ると、芸人思考、目立ちたがり屋の癖があるようだ。
これから言論界のスターになるのか。

もしかしたら淳は、TwitterでTPP問題に関して賛成の発言をしているのかも知れない。
となると私は彼をフォローして彼の意見を理解せねばならない。

上記文で中野氏を批判したが、それは初めて見たキャラクターにおどろいただけで、二度目を見たいまは、さほどの違和感はもっていないと弁明しておく。さて胃カメラに出発。

この続きはhttp://blog.livedoor.jp/moneslife/archives/51673194.html

サンスポ記者の買春容疑──ブログ時代の不幸

児童買春容疑でサンスポ次長を逮捕 神奈川県警

 神奈川県警秦野署は8日、児童買春・ポルノ禁止法違反の疑いで、産経新聞東京本社サンケイスポーツ編集局レース部次長、黒田栄一郎容疑者(39)を逮捕した。同署によると、容疑を否認している。
 同署の調べによると、黒田容疑者は今年2月13日、横浜市神奈川区のホテルで、携帯電話の出会い系サイトで知り合った当時16歳で私立高校1年だった女子生徒(17)に、現金4万円を渡す約束をしてみだらな行為をした疑いが持たれている。
 産経新聞社広報部の話「本社社員が逮捕されたことは誠に遺憾です。事実関係を確認の上、厳正な処分をいたします」
http://www.sanspo.com/shakai/news/110908/sha1109081906013-n1.htm


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 サンスポの有名競馬記者である。若手だったのにもう次長になっていたのか。時の過ぎるのは速い。
 否認しているのは「未成年とは知らなかった」に関してであり買春行為自体は認めている。
 たいしたことではないと言ったら語弊があるがたいしたことではない。こんな事件をこのブログで取りあげたこともない。ただ彼が「ブログを書いていた」ということから今までの同様の事件とはすこし様子を異にしている。そのことを書いてみたい。

 私がこのニュースを知ったのは当のサンスポ紙でだった。自分のところの事件だからか責任を感じたらしく(?)真っ先に報じていた。一方同業他社はちょっと遠慮気味。このへんは武士の情なのだろう。
 すぐ2ちゃんねるの「芸スポ速報」板に行ってみた。そこで以下のことを知る。それがなければここにこうして書くこともなかった。



 そこには黒田記者がやっていたというブログのアドレスが貼ってあった。競馬に関するブログは異常に数が多い。黒田記者は予想上手だったからアクセスの多いさぞかし人気のあるブログだったことだろう。私はまったく知らなかった。競馬記者のブログなんて行ったことがない。
 ブログアドレスをクリックしてみる。見事に消されていた。これは速い。本人がやったのか、逮捕されたと知った同僚が気を利かせたのか。
 しかし「魚拓」と呼ばれるコピーが存在する。早速当時のブログ文章が貼られていた。

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2月10日
義父の葬儀が終わり、ひと段落しました。会社の理解を得て、土曜までサポートを続けます。自分の父の時と同様、つらい現実に容赦なくさまざまな事務手続きが押し寄せてきますね。多方面に迷惑をおかけしていますが、やることをやったらきちんと仕事で返しますので、よろしくお願いいたします。


 一週間ぐらい休暇を取って妻の父の葬儀を仕切っていたようだ。その辺のことを書きこんでいる。こういう事件が表に出ると誠実な文章がよけいに惨めだ。

2月12日
午後から崩れるという予報を受け、昼前に嫁さんの実家を辞去。新幹線は多少遅れましたが、この時間に新横浜に戻れました。というわけで、ただいまWINS新横浜。内覧会以来ですが、きれいで客層が若い! フレンチカクタス頑張れ。


 12日は土曜日。嫁の実家から横浜まで戻ってきてウインズで馬券をやっている。

 事件当日、13日のツイッターではこんなことをつぷやいている。

悲惨な週末になりそうだったけど、共同通信杯を◎○▲で完全的中
いわゆる「かいしんのいちげき」になりました。よかったよかった
2月13日

 2月13日は日曜日。逮捕の理由となる事件はこの日に起きている。競馬記者として予想が「かいしんのいちげき」になったことはうれしかったろう。しかしその前に嫁さんの父の死に関して神妙なことを書いていたからもつれることになる。

 餘談ながら「かいしんのいちげき」をひらかなで書いているのはドラクエを意識してのことだろう。漢字の使えないファミコンバージョンのころはひらかなだった。あのころ「かいしんのいちげきのかいしんを漢字で書くとどうなるか」なんてクイズがよくあった。よくあるまちがいが牴心瓩澄正しくは会心。



 この共同通信杯の配当は馬単36倍、3連単300倍。これが◎○▲は見事。これでたっぷり儲けて出会い系の買春を予約したのだろう。こういう形で「買春した金の出所」までわかってしまうおそろしさ。まあ「わかってしまう」というより本人がバラしているのだが。

 いや、別の新聞によると黒田記者が「そんなこと」をしたのは、「午前11時半から午後1時まで」となっている。午前中からよくがんばる。私はこの時間、将棋のNHK杯戦を見ていた。
 共同通信杯は午後3時45分発走だから、買春はその前にやっていたことになる。とするとこのレースの馬券的中と買春代金4万円は無関係だ。土曜日の横浜ウインズでの儲けから払ったのか。2ちゃんねるでは「義父の香奠で女買ったのか」と書かれていたが、そういう推測も成りたつことになる。

 自分の父の葬儀を、会社を休んで我が事のように親身に仕切ってくれた夫に、妻はもちろん、妻の母(から見ると娘婿、義理の息子になる)も親戚も、みな感謝したことだろう。だがその餘韻も消えない翌々日に、その男は高校生の娘を買春していた。そして。どうにもこの流れから、これが初めてとは思えない。なんか手馴れた感じが伝わってくる。未成年者買春の常習者のように思える。

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 韓国の番組偏重でフジサンケイグループはいま批判されている。先日はフジテレビ前でデモがあった。花王製品の不買運動まで起きている。
 当然以下のような皮肉も書きこまれる。



121 :名無しさん@恐縮です [] :2011/09/08(木)

2011フジサンケイグループスローガン
混迷する 社会の指針 フジサンケイグループ(キリ

あらあら、社員に徹底しないとダメですよ




123+4 :名無しさん@恐縮です [] :2011/09/08(木)

@binkuroda 黒田栄一郎
危機的状況にあるのに、危機感のない人たちがいる。不思議なことです。
8月29日

ワロタwwwwwwwwww


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 上記、8月29日の文はツイッター。彼は8月24日に競馬部門から移動したことが紙面で報告されていた。8月29日にはまだこんな餘裕綽々のことをつぶやいていたのだからこの移動は事件とは関係ない。部長になる前に他部門を経験させるための移動だったのだろう。本人に、逮捕されるなんて自覚もなかったようだ。

 サンケイはなかなか正社員にしない。嘱託や契約社員が多い。競馬記者として有名なひともほとんど嘱託だ。黒田記者は正社員であり次長職にあった。エリートである。今回の件がなかったらデスクになったろう。すべてが水の泡と消えた。懲戒免職だろうか。なんとも残念な結果だ。だが前記の「義父の葬式」あたりを読むと同情も消える。私が言いたかったのはそれになる。不謹慎な言いかたになるが、それがなかったら「ついてないな」と思う程度だった。

 そのまんま東をきらいなひとが、彼がそういう罪を犯したと今でもしたり顔で言うが、彼の場合は風俗店で遊んだら、その相手が店に年齢をごまかして働いていた未成年だった、ということに過ぎない。店が摘発され、その未成年の客筋を溯って罪に問われた。いわば不可抗力だ。問われるとしたら妻子のある身でありながらそういうことをしたという倫理観になる。しかし政治家の今ならともかく当時はお笑い芸人だ。遊びが仕事だ。妻帯者として、なんて理窟は通じない。この件での彼への批判は見当違いだろう。

 今回の場合も、黒田記者のブログ文章によって「家庭背景」が見えなければ、競馬記者でそういうことの好きなひとは多いだろうし、そもそも「記者」よりは「芸人」にちかい社会だから、私の感想は「ついてないね」だけだった。ちなみに私は彼らと競馬帰りに酒を飲んだことは数多いが、そういう流れになったことは一度もない。しかし知りあいの漫画家によると今は毎週テレビに出ている高名な評論家ともかつては頻繁に行っていたそうだ。

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 もしも前記のブログ文章がなかったら、この事件のイメージはまったくちがったものになっていた。

昭和46年11月28日、東京都生まれ。
高校1年生で競馬と出会ってから競馬道ひと筋。
大学1年生の時にはクイズ「カルトQ」に出演するほどの競馬オタクとなる。
平成8年に産経新聞社入社。同年秋にサンケイスポーツレース部に配属となり、以後は競馬の取材記者として働き続ける。
仕事が競馬、趣味も競馬。その他に競輪、ラーメン、国内旅行を好む。凱旋門賞で日本馬が2着になった2回をいずれも取材。
いつの日か、日本馬が凱旋門賞を勝つ時に取材することが夢。
税込み年収をはるかに上回るほどの馬券を買うギャンブルジャンキーで、馬券は単複と3連単が中心。
平成19年の皐月賞(162万馬券)を予想、馬券ともに的中したことが自慢のタネ。東京サンスポ紙上で展開されている「記者POG」では、過去4年のうち3度優勝。
今年もレーヴディソールを指名している。


 世に知られているのはこういう公開プロフィール程度だった。
 ところがブログに、義父の死や、それを悼んでいるようなことを書いて、そのあとすぐにこの事件だから様相が一変した。妻の存在やその他も「まきこんでしまった」のである。顔写真もFacebookから流通している。これもこの程度の事件なら晒されることもなかったろう。自ら首を絞めたことになる。

 ブログやツイッターが普及している時代特有の結果だ。それらがなかったら「競馬記者なんてそんなもんだろ」「女房との仲が冷えてたんじゃないの」ぐらいの推測で終っていた。すぐに忘れられた。その程度の話である。だが……。
 2ちゃんねるには「当然離婚だな」との書きこみも散見される。妻からしたらこの種の事件を起こした夫は世間的にも肩身が狭くたまったものではないが、その前にこの葬儀に関する話があるのだからより残酷になる。
 ネット時代のこわさをあらためて感じた一件だった。

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【附記】── ところで「出会い系」ってのはなんなんだ。興味もないし接したこともないのでなにもわからん。誰とも出会いたくないしなあ。ケータイから行くのか、PCからも行けるのか。私がこういうことで逮捕されたら「こいつはブログにこんなことを書いていた」と、ここに書いたようなことを晒され笑いものにされるわけだが、それはありえない。ションベン臭いガキに興味はない。バカ面した女子校生なんてのが下品なしゃべりかたをしているのを見たら汚物のように避ける。電車でも車両を替ったり1本遅らせたりする。バカが伝染する。近寄りたくない。あんなものに金を払うやつの気がしれん。だからまあ私の場合こんな事件とは絡むはずがない。どうせ逮捕されるなら売国奴の議員でも刺すほうにしたい。



【附記.2】──すこし修正。最初時系列がわからなかったので「爐いしんのいちげき瓩龍ζ営命杯で儲けた金で遊んだのか」と書いた。その後そういうことをしていたのが「午前11時半から午後1時まで」とわかった。共同通信杯の前である。日曜の午前中からこんなことをするひともいる。元気だなあ。そこでその部分を修正した。
出会い系サイトに書き込んだのが「 楽しく安心して会いたい」だそうで、手馴れているから常習犯だろうと評されていた。



【附記.3】──2ちゃんねるに「かいしんのいちげき」をもじった「かいしんのいちげき」って書きこみがあって、思わず笑ってしまった。

もしも警察が本気でこういう連中を逮捕する気なら競馬界から逮捕者が続出する。どうせなら一網打尽にしてほしい。でもたぶん一番メジャーな黒田を逮捕して「おまいら、調子にのるなよ、こちとらわかってんだからな!」という嚇しを見せて、これで幕引きなのだろう。私としては競馬評論家のSとかNとかIとか、みんな逮捕して欲しいんだけど。どんなやつがやっているかは彼らのブログ等を読めばすぐにわかる。毎日更新しているのに一切この事件に触れていない(笑)。いかな鉄面皮でも同じ事をしていながら非難はできないのだろう。

東海テレビ「ぴーかんテレビ」──あのフリップを作ったのは50代の男!!

東海テレビ「ぴーかんテレビ」マスコミの無神経※;.泪好灰澆梁亮繊峺通しの甘さ」の最後に、「あのフリップを作ったのは50代の男」を追記しました。
「ついついイタズラで作った」と報じられたので、専門学校を出たばかりの、テレビ局下請会社の若者が、「粋がって」あんなものを作ったと理解していました。
ところが50代の男なのだそうです。しかも同僚のタイムキーパーから非常識だから削除するように二度も言われたのに断固として応じなかったとか。とんでもないバカがいるのだと知り、同じ50代としてうんざりしています。これはまあほんとにひどい話です。50代の男……信じられん……。

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8月30日、毎日新聞より。
http://mainichi.jp/select/today/news/20110830k0000e040050000c.html?toprank=onehour

東海テレビ:中傷テロップ「ふざけた心で」 匿名で出演

2011年8月30日 11時29分 更新:8月30日 12時9分

 東海テレビ放送(名古屋市)が今月4日の情報番組「ぴーかんテレビ」(打ち切り)で岩手県産米を中傷するテロップを誤って流した問題で、同社は30日午前、社内の調査結果を踏まえた検証番組を東海地方で放送した。中傷テロップを作った50代の男性制作会社員も匿名で出演し経緯を説明した。また番組で、この男性が28日付で制作会社を懲戒解雇されたことを明らかにした。

 この番組は「検証 ぴーかんテレビ不適切放送 〜なぜ私たちは間違いを犯したのか〜」。事前収録し、60分間、コマーシャルを挟まずに放送した。

 番組の冒頭、東海テレビの浅野碩也社長が被災地と視聴者に謝罪。続いて、今回の問題について「制作された経緯」「23秒間放送された経緯」などに分けて説明した。

 番組によると、解雇された男性は東海テレビでコンピューターグラフィックスなどの制作を30年以上、続けてきた。男性は顔を映さずに出演し「思いつき」「ふざけた心で」テロップを作ったと証言。「誰かに指示されたわけでもなく、これで何かをしようとしたわけでもない」と語った。

 また中傷テロップが流れ始めた直後はスタッフが別の作業をしていたために気づかず、23秒間、放送されたことを現場の様子を再現する形で伝えた。問題を起こした原因については、コミュニケーション不足や緊張感のなさなどが重なったと結論づけた。

「文藝」秋号の綿矢りさ特集

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「文藝」秋号の特集は「綿矢りさ」。表紙から綿矢りさ。カラーグラビアも豪華。これがもうお堅い文藝誌とは思えないつくりかたなので笑える。いや楽しめる。
もう完全に一般誌の美人女優やアイドル特集ののり。
そしてまたそれにしっかり応えるだけ綿矢りさはきれいではまっている。
得がたいひとだ。こんな美人作家はいない。綿矢りさファンには永久保存版だ。



評論家との対談があり、「インストール」から叮嚀に振り返っている。たっぷり紙面も割かれている。
書き出しにこだわり、それが美しい綿矢作品の冒頭が紹介されている。

しかしこの対談、物足りない。上品だからだ(笑)。
もうすこしつっこんでほしかった。そこのところだけ急に高尚な文藝誌の「文藝」になってしまっている。

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今日は8月11日。大震災から5カ月。月命日のように11日はいつも意識する日になった。私は10日が父と最愛の猫の月命日なので連続していて意識しやすい。線香を絶やしたことはない。

ワイドショーコメンテータという仕事──田中雅美と柳田稔

ワイドショーコメンテータという仕事──田中雅美と柳田稔

池井戸潤直木賞受賞──「鉄の骨」を「徹の骨」と書く無神経

 直木賞を池井戸潤さんが受賞した。おめでとうございます。
 ちょうど去年、池井土さんの作品をまとめ読みした。図書館にある作品、ぜんぶを読んだ。感想もたっぷり書いた。同じまとめ読みでも、たとえば白石一文さんは、受賞してから全作品を読んだので後追いである。池井戸さんもその時点で二度直木賞の候補になっていたひとなので有名作家ではあったが、私としては後追いにならなかったのはうれしい。
 とにかく勉強になったのは銀行内部のことだった。慶應と法政を出て三菱銀行に勤めたエリート行員・池井戸流の企業小説である。

 ただそのとき感想文として疑問も書いている。そういう企業内部の現状を覗くような企業小説としては抜群におもしろかったが、波瀾万丈な小説の奔放さには缺けるような気がしたのだ。
 直木賞落選の選評で浅田次郎がそれに触れていた。それこそが小説の醍醐味とする浅田からすると物足りなかったのだろう。浅田の選評には毎度首を傾げていたがこのことについては同感だった。その他の委員もみな池井戸作品には辛口だった。直木賞作家になるためには場外ホームランも必要なのに池井戸さんは長打でも三塁打まで、というロングヒッターの雰囲気がなかった。

 ではなぜ今回受賞出来たかというと、私はNHKのドラマ化等の影響が大きかったように思う。ゴールデンタイムに連続ドラマとして放送された「鉄の骨」だ。(私はもちろん原作は読んでいるがテレビドラマ嫌いNHK嫌いなのでこれは見ていない。)
 つまり銓衡委員達が「まだまだだね。もうすこし様子を見ましょう」なんてふんぞりかえって言ってるうちに(昔からこのパターンは多いよ。選評を読むたびに不愉快になる)、それらの影響で池井土さんが彼らが思っている以上に知名度のあるビッグな存在になってしまったのだ。となると元々経済と営業のための賞だから急いであげねば、となる。福田和也の「作家の値うち」で船戸与一が受賞したように。
 とにかくとっちまえばこっちのものだ。よかったよかった。

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 ところで、私がこのニュースを知ったのは以下のネットのニュースだった。ホームページにしているiGoogleにリンクされていた。

http://career.oricon.co.jp/news/89476/full/

 ここにこう書かれている。
直木賞は2度の投票が行われ、池井戸氏と島本理生氏の一騎打ちに。島本氏は芥川賞に過去3度ノミネートされ、今回は初の直木賞候補に選出。池井戸氏は『空飛ぶタイヤ』(第136回)、『徹の骨』(第142回)で2度、直木賞候補にノミネートされていた。3度目の正直で直木賞をつかんだ池井戸氏に対し、選考員の林真理子氏は「直木賞の優等生」と表現した。

tetsuひどいね「の骨」だって。誰が書いたか知らないが「鉄の骨」を読んでいれば、こんなミスはぜったいにしない。池井戸作品なんか読んだことのないヤツが書き流しているんだろうな。これじゃ「徹という名前の男の骨」になってしまう(笑)。マスコミの質の低さがよく出ている。

 林真理子ほど不愉快な銓衡委員はいないが、それはまた別の話として。

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【追記】──2013/9/19

 【芸スポ萬金譚】に「半沢直樹はオレバブだったのか」を書き、そこにここをリンクしたついでに、上記の「徹の骨」を見に行ったら、まちがったままだった。反省のない世界である。

佐高信の児玉清批判──安倍晋三はバカ派←カンサンジュンのこと

00mas.gif現在発売中のサンデー毎日7月17日号の連載コラムで、佐高信が故・児玉清さんをボロクソに書いている。


・児玉とはNHK.BSの読書番組で共演して知り合いだった。
・だが葬儀にはゆかなかった。

・その理由は、児玉は安倍晋三支持者だったからだ。
・安倍はタカ派ならぬバカ派。安倍を支持する児玉も同じバカ派。

・読書家と言われる児玉だが、拙著「西郷隆盛伝説」は読んでいないようだ。
・(読んでいれば安倍支持者になどなるはずがない)

・安倍は姜尚中や私(佐高信)に敵意をもっている。
・児玉はそれがわからない。
・よって児玉は、真の読書家ではない。


というものだった。

あらためて読書家・児玉さんを偲んだ。なんてすてきなひとなんだろう。
真の読書家は佐高のクソ本など読まない。
そのことによって児玉さんが真の読書家だとわかる。

もしも児玉さんが佐高の本を読んだとしても、それによって安倍支持をやめるとか、佐高支持になるとかはなかったろう。自明の理。

安倍さんは佐高やカンごときに敵意などもっていない。眼中にない。
バカサヨクによくある自信過剰、自身の過大評価だ。
このサヨク評論家は、ほんとに安倍さんに自分が意識されていると思っているのだろうか。脳内妄想では安倍さんと同等、あるいは佐高の方が上なのか(笑)。
もし安倍さんにそれがあったとしても、それは侮蔑とか蔑視のたぐいであって、敵意なんてリッパなものではないだろう。ハエやゴキブリを嫌う感情を敵意とは言わない。

サンデー毎日なぞというクソ週刊誌を読んで腹をたてるのも、たまにはいい。毎週だと躰にわるいが(笑)。

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★カンサンジュンのこと


 人名にはやたら強いGoogle-IMEがカンサンジュンを変換できなかった。Google-IMEはネット上の使用歴から辞書を作ってゆく。ネットでこの名を使うひとはいないのか。「きむよな」と打つと「キム・ヨナ」「金妍児」とたちまち出るのに。カンもまだまだだな。試しに「のてう」、盧泰愚、おお、すぐ出るではないか。きむいるそん、金日成、出るよなあ。

 なんて書くと知っていたみたいだけど、私はこの地獄の底から響いてくるような気持ち悪いしゃべりかたをする朝鮮人の名前なんて知らなかった。知りたくもない。佐高が「姜尚中」と書いたとき、なんと読むのかわからなかった。
 今日これを書くとき、苗字が「生姜の姜」なのは覚えていたので、検索欄に「生姜」と記入し、「生」を消して「姜」で検索し「カンサンジュン」という読みを知った。すぐに忘れるだろう。不要な智識だ。限られた記憶枠の中にこんなものは入れておきたくない。

 Wikipediaを読むと、通名は「永野鉄男(ながのてつお)」で、大学生の時まで使っていたらしい。
 朝鮮名を名乗るようになったのはいいことだ。

 日本で起きた極悪犯罪の犯人には在日朝鮮人が多い。アサヒシンブンなどはそれを知っていても、あえて、必ず、通名で報道する。そのあと、産経新聞や『週刊新潮』等が在日であることを指摘し、朝鮮人名を報道する。毎度のこと。
 カンサンジュンがどんな事件を起こしても「永野鉄男」と日本人のように報道されることはあるまい。いやアサヒあたりは犯罪を起こした時だけ永野鉄男にするかもしれない。冗談じゃないのが怖い。

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【追記】──2013年1月7日

 天国の児玉清様。
 児玉さんが願っていた、安倍総理の政権が誕生しました。
 日本の明日を、天国から見守ってください。

小林よしのり的迷路──思想家の行きつく先

00siso.gif  長年「ゴーマニズム宣言」を読んできて思うのは、思想家とはみなこういう運命なのかという「さびしさ」だ。
 政治思想的なことに興味のなかった小林よしのりさん(以下敬称略)の勉強と上昇にずっとつきあってきた。私も、作品中に登場する人物の本を読んで勉強したりした。しかし彼は、あまりにひとと対立する。いや対立はいいのだ。敵とは本格的にやって欲しい。バカサヨクをこてんぱんにやっつけてくれるのは快感だった。

 だが、このあいだまでの味方がいきなり敵になってボロクソに貶されるから、読者としてのこちらも切換がたいへんだ。ついこのあいだまで絶讃していたひとが、数ヶ月後には槍玉に挙げられ、手厳しく批判されている。あまりのこのパターンの連続に、次第に私はついてゆけなくなった。



 「朝生」で同席した西部邁が「電車の中でマンガなど読んでいてはいかん」と発言したことに対して「マンガを侮辱された」と怒ったときは、私もマンガ好きなのでその点には共感したのだが、「ゴーマニズム」の中で、西部を思いきり滑稽に描いて笑いものにしているのを見たときは、イヤな気分になった。やりすぎだった。粘着質の復讐に思えた。

 その後、小林の考えは変り、西部と親しくなる。小林の方から「電車の中でマンガなど読んでいてはいかんのです」と言って握手した。西部の本を愛読していた私は、ふたりが親しくなってよかったなと思った。それからの西部は知性的に描かれる。が、しばらくの蜜月状態の後、また方向性がちがい絶縁する。いったいこういう形で、何人のひとと親しくなり、絶縁してきたことだろう。

 「あたらしい教科書を作る会」でも同じ。
 「皇室問題」でも同じ。

 親しくなり、きれいな似顔絵で讃え、やがてケンカして、絶縁し、醜い似顔絵で批判する。



 旧くは、「薬害エイズ問題の川田龍平」だ。
 小林は川田を応援していた。やがて川田や川田の後援者が政治的な活動を始めたので批判側に廻る。
 私はもともと川田の母親が熱心な共産党員でありサヨクだったので川田に興味はなかったが、ただ小林の描く川田が、それまでの「さわやか好青年」から、敵対したら「ニヤっと笑う悪人顔」になったのには、何とも言えない苦いものを感じた。



 共産主義者は意見の異なる仲間を粛清する。それは、ソ連のような国家指導者から連合赤軍の内部分裂まで共通している。

 連合赤軍事件の時、私が最も理解できなかったのは、あの仲間内での殺しあいだった。すくない仲間なのに、考えが合わないからとあんなふうに殺していたらいなくなってしまうだろうに。



 小林にもそれを感じる。保守論壇の連中と親しくなっては次々と対立し絶縁して行く。変らないのはスタッフだけだ。7割、いや9割意見が同じでも、気に入らない1割で対立し、批判し、絶縁して行く。これでは友好的な論客などいなくなってしまうだろう。彼に言わせれば、その1割は9割をも支配している重要な核の部分、となるのだろうが。

 1万から9000を嫌って1000。1000から900を嫌って100。100から90を嫌って10。10から9を嫌って1。
 小林の歩んできた道はそれだ。自分だけの1になるのは自明だった。

 それではやってられないから新顔を集めて10に増やす。でも9を嫌うからまた1。
 また10に増やして……。
 自転車操業状態だ。

 最近はまた1万にもどるために、大票田のAKBなんてのに手を出してみたりしている。



 世の中には、私と同じようにずっと「ゴーマニズム」を読んできて、小林と同じようにいろんなひとを嫌い続け、いまも小林とまったく同じ考えのひとはいるのだろうか。そういうひとは小林と同じように、西部さんを好きになり、櫻井よしこさんを好きになり、いまは批判する立場にいるのだろうか。

 私は、この「親しくなったひととすぐに敵対する」について行けなくて、小林ファンをやめた。いまも『SAPIO』や『WILL』を図書館で読んではいるが、かつての単行本をすべて購入していた時期とはもうちがう。



 現実世界では、7割嫌いのひとともつきあってゆかねばならない。100%一致しなければ絶縁という生きかたは出来ない。でも思想とはそういうものなのかも知れない。日常生活とはちがうのだ。
 いつも一緒の、家族以上のスタッフがいるから、小林にとって他者との絶縁はつらいことではないのかも知れない。

 こちらは、見ているだけで胃が痛くなるけれど……。

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 ある政治的な主張が中心のブログをやっているかたにもそれを感じる。
 民主党、社民党を批判するのは当然としても、同じ形で自民党もボロクソに言う。
 その他の政党も気に入らない部分を批判する。

 このかたのブログを愛読していたが、「ゴーマニズム」に感じたのと同じく、「そんなにあらゆるものを否定していたら自分しかいなくなるのではないか」と案じた。

 そうなるともう自分が政党を結成して政治家になり、総理大臣を目ざすしか道はなくなる。
 実際そういう活動に走り始めたようだ。だけどそれは単なる泡沫候補に過ぎない。
 読むのがつらくなってやめた。

 見ているだけの私より、現実の活動に走った彼の方がえらいのかも知れないが。



 生きることにおいて、多少の妥協はしかたないのではないか。日常生活のみならず政治思想においてもだ。

 私はいま半端ヴェジタリアンだ。自分から屠殺された四つ足動物の肉を食うことはないが、マヨネーズやチーズは食している。牛乳も飲む。街中で食するラーメンやうどんには動物のだしが入っていることもあるだろう。これ以上徹底するつもりもない。

 ヴェジタリアンはヴェジタリアンでいいが、「豆腐で作った味も見た目も本物そっくりのステーキ」なんてのを食するようなのはビョーキだと思う。そんなに食いたいなら牛を食えよと言いたくなる。肉が食いたいのに我慢して菜食してもしょうがないだろう。

 また「きっこの日記」の「きっこさん」のように、ほんの数年前からヴェジタリアンになったひとが、肉を食うひとや畜産業者をボロクソに言うのもピョーキだ。というかこれは人間性の問題だが。



 小林の生きかたを「藝」として、「仕事」として見れば理解できる。でもあれはストレスのたまるつらい「仕事」に思える。絶対的信奉者を得ることは、それ以上の快感があるのかも知れない。私にはわからない世界だ。

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【補記】──Google-IMEに失望


 この文章のように人名が多く登場する文章を書くときはなんといってもGoogle-IMEが便利。ということでATOKから切り替えて使ったのだが「にしべすすむ」が変換できなかった。がっかりした。たぶんAKBのメンバーなら全員正しく変換するだろう。ひとりも知らないので試しようがないが(笑)。

 しかしそのことでGoogle-IMEを批判するのはお門違いか。このIMEはネット上で多用されたコトバを蒐集して自動的に辞書に加えてゆく。「にしべすすむ」が「西部邁」に変換されなかったのは、ネット上でそれを使うひとがいなかったからであり、Googleに罪はない。私ががっかりするとしたら、それはネット使用者が西部邁さんに興味がないということの方になる。

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【補記・2】──川田ズル顔に賛成!

 川田の母親を共産党と書いて、民青だからまちがいないよなと思いつつ、一応ネットで調べた。そこで川田龍平が憲法九条サイトでクソバカ意見を言っているのを読んだ。とんでもねえカスだ。さすがミンコロの息子だ。
 ということで、ズル顔に書いた小林に賛成。「さわやか青年顔」が本質的間違いだ。

内閣不信任案否決の裏側──『週刊新潮』より

00siso.gif
昨日読んだ『週刊新潮』に書いてあったのでメモしておこう。れいの6月3日の内閣不信任案に関する裏事情だ。
不信任案可決に必要な造反の数は82人。小沢が71人集め、鳩山派が20人だから、それで可決決定。なのに直前になって鳩山が仙谷枝野岡田の策略にはまって否決になった。

そう思ってそう書いた。
でも『週刊新潮』によるとそうではないらしい。

鳩山が自分の会派20人を集めて造反決起をしようとしたら、みんなから諌められたのだという。
造反して不信任案を可決し総選挙になったら皆落選する。それが怖い。今のままならあと2年国会議員でいられる。もういちど菅と話しあってくれと連中は鳩山に迫ったのだとか。
鳩山に従って造反賛成するのはたった3人だけ。鳩山はすぐに小沢に連絡する。この時点で82人に足りないことが決定した。小沢の敗北決定である。

真実がどうなのか知らないし知りたくもないが、どうやら鳩山派の足並みが揃わなかったのは事実のようだ。となると、鳩山がだまされての大逆転劇と思ったのだが、そうでもなかったのだろう。
しかしたった20人も引き連れられないとは、しみじみ人望のない「元総理」だ。

内閣不信任案否決──大山鳴動して松木謙公一匹

いま6月2日の15:37。
昨夜から注目していた内閣不信任案は昨日までの接戦の予想とはことなりダブルスコアに近い大差で否決となった。

昨夜、小沢集会に集った数は72人。可決に必要な造反数は82。焦点は「あと10人」だった。
それを握るのは「20人を有する鳩ポッポ」。
その鳩ポッポが昨夜の時点では不信任案に賛成すると明言したのだから盛り上がる。

これは朝のワイドショーあたりまでは続いていた。
私も寝ずの番である。いまとなっては恥。しみじみ恥ずかしい。



しかし今日の昼、菅と何を話し合ったのか、自分の作った民主党がかわいい鳩ポッポが突如否決する側に回る。代議士会では一転して、民主党は一致団結して否決して欲しいと熱弁した。

それはまあわかる。ここで分裂して総選挙にしたら民主党は確実に負ける。
議席数は半減するだろう。
また野党に戻る。
菅から「そのうち辞める」という言質を取れたなら、それでいい。
なによりも大事なのは民主党政権維持だ。
でも、だったら、昨日までの言い分は……。



するとれいによって病弱小沢は雲隠れ。大好きな「いっちゃん」支持のタナカマキコも欠席のため議事堂から出る。
13時からの国会中継の頃はもう否決決定となっていた。

昨夜までの混沌が嘘のような展開。解散総選挙かとすこしばかり期待してドキドキした自分が恥ずかしい。



投票直前の国会中継は、(NHKから民放まで全局)菅内閣批判に熱弁をふるう?野党議員ではなく、唯一賛成票を投じるのではないかと言われる小沢側近の松木謙公に近寄り、耳を寄せて囁いたり、肩を抱いたりして懐柔する原口あたりを映し出している。
その後は、投票に向かう松木の、握り締めている拳のアップだ。手の中の木片は白か青か。バラエティ番組で胸が自慢の女タレントの胸元を狙うのと同じレベル。しみじみ虚しくなる。横粂や松木の白票に拍手。これまたなんとも。



大山鳴動して鼠一匹と言ったら大山に失礼だが、小山から駈け出してきた鼠は松木謙公一匹だけだった。松木は民主党除名になっても次の選挙では立候補地で筋を通したとプラスになるだろう。それを考慮して岡田や枝野がイヤミで除名しなかったりして(笑)。



今回、小沢鳩山が菅支持に回ったのは菅から「そのうち辞める」という言質をとったからだ。小沢鳩山にしても大事なのはやっと奪取した政権だ。それを維持するのが第一義である。菅が辞めてそれが続くのならこれで満点となる。小沢のしたで総理を狙う原口あたりが従ったのは当然だった。よってダブルスコアにちかい大差での信任となった。



だが、「席」は就いているものが強い。菅の同意は「その場しのぎ」であり、人一倍権力の座が大好きなこの男がすんなり明け渡すはずがない。それこそあの尻に敷かれている従姉妹女房に「とりあえず、すこし後に辞任すると言っときなさい。あいつらそれでダマされるから。言っといて辞めなきゃいいのよ」とでも言われたのだろう。数ヶ月後にはまた「被災地の処理も済んでおらず、いまここで辞めることは無責任と思われ、私は責任を果たすことこそが総理の勤めであり」なんて言っている菅の姿が見える。



前記、神奈川の黒岩知事が朝鮮高校への補助金を出すことにしたと書いた。半日教育をする朝鮮高校への補助をやめようとしたら(というか今までやっていたことですら信じがたいのだが)、朝鮮高校が「拉致被害のこと等を教えるようにする」と言ったので、今年もまた6000万円もの補助をすることにしたという。こういうのもとりあえず補助をもらってから、約束を破り、指摘されると、「準備に手間取ってうまく行かなかった。来年こそ必ず」なんて言ってまた来年金をもらえばいいのである。お人好し日本を騙すのは簡単だ。朝鮮人高笑い。
菅も同じ。「そのうち辞める」は、その場しのぎだろう。その場さえしのげばなんとでもなる。今夜は仙谷や枝野と勝利の美酒か。

しかしまあこの朝鮮高校に関しては、そんなことを授業に取り入れるとかなんとかより、補助金を出すというそのこと自体が気狂いじみている。アメリカで言うなら、アメリカ国内のビンラディンを崇拝しアメリカテロを推奨するイスラム教徒の学校にアメリカ政府が補助金を出しているようなものだ。日本という国はどこまでマヌケなのだろう。



菅は総理大臣という最高権力者の地位を確保した。これは強い。仙谷もいる。枝野もいる。赤い智慧者が支えている。二階から糞を投げ落とすのと下から二階に糞を投げる闘いで、どちらか有利かは言うまでもない。いずれにせよ糞まみれだが。
菅(実質仙谷支配)と小沢の差は前回の代表選では6-4ぐらいだったがこれで8-2にまで拡がったろう。今回小沢にすりよった茶坊主前原はこの結果をどう見ているか。



テレビが報道していたのは、一貫して「こんなときにこんなことをしていていいのか」という不信任案に対する国民の不満や、それに続く総選挙(は恫喝であり実行はしなかったと思うが)に対する批判ばかりだった。

被災地からの声も、みな「わたしたちは困っているんでする。そんなことをしているときじゃないでしょう」ばかりだった。私は被災者の中にも、「私たちは苦労しています。とんでもない状況です。でも今の政府には希望がありません。選挙になることを願っています」というひともいたと思う。だがそんな声は流されなかった。



これからまた具体的政策がなにも実行されない暗愚政治と慨嘆の日々が続く。
そんな中で消費税アップだけが具現化されてゆく。
私はこの弱体化した國を救うためなら消費税アップそのことには反対しない。だが、その前にやるべきことが山積されている。

日本国内はもちろん世界各国からあれだけ集まった義捐金がいまだに被災者に届かずみな困窮している。国民の質は世界に誇れるものだが、この國の政治は最悪だ。
だが、憎まれ口を叩くなら、政治もまた国民の鏡である。こんな政府を作ったのは国民でもある。

報道2001感想──焦りすぎる東国原

今日の都知事候補が論戦した「報道2001」はおもしろかった。
この時期にテレビごときにおもしろかったというのは不謹慎に感じるが、都知事選もみな派手な活動は自粛しているし、耳を傾ける機会もすくない。今日は貴重な機会だったし、すなおに「おもしろかった。楽しめた」と言わせていただく。



書きたいことは山ほどあるが、ふたつだけ書く。

ひとつは、共産党の相変わらずの姿勢に嗤ったこと。石原都政を批判した小池候補は石原候補の「共産党はいつもそういうけど」という反論に「私は共産党ではない」と言っていた(笑)。今回無所属での出馬だから自分は共産党とは関係ないと言うことらしい。推薦はうけているが。笑える話だ。

共産党は、あの迷コピー「確かな野党」にあるように、野党として「理想論をがなりたてる高学歴者の群れ」でいいのだろう。ほんと、日本一高学歴の東大卒があつまり、「低学歴の貧乏人をしあわせにしよう」と高邁なことを言い募り、肝腎の低学歴貧乏人からは支持されていないという不思議な政党だ。

政治素人の美濃部が雰囲気だけで当選し、東京都政をめちゃくちゃにして、後の鈴木都知事がさんざん苦労したように(その功績で鈴木さんは多選したが)、正当なバランス感覚のないひとに為政者は無理。もしも小池が当選したら──まあそんなことはありえないからどうでもいいが──一部の身障者なんかの待遇は抜群によくなるだろうが、肝腎のそのへんの国家よりも巨大な東京都は財政赤字でたいへんなことになるだろう。



もうひとつは東国原の焦り。
早口で険しい目でしゃべりすぎるから魅力が伝わらない。
私が彼のブレーンなら、「もっと落ちついてください」とアドバイスする。
ゲストのなんとか研究所の所長みたいなひとがしゃべっているのを遮り、相手も黙らなかったものだから、両者がしゃべってどっちが何を話しているのかわからない情況にしたのは最悪だった。
「朝ナマ」ではよくあることだが、朝ナマはいわばそれがひとつの売り。
でもここはそういう場ではないし、他の候補にそんなことはなかった。
だから東国原のテンパリ具合がひとりだけ目立ってみっともなかった。



と書くことでもわかるように、私は東国原に好意的なのだ。
基本は石原支持だが、東国原にもがんばってもらいたい。
そのためには、今後のことも考えても、今日のような「きばり」は好ましくない。
ゆったりと、おおきく構え、相手の言う事を十分に聞いてから、閑かに反論するような姿勢が必要だ。

今日のように、相手が言い終わらないうちに反論を始め、ふたりが同時にしゃべっていて、何を話しているかわからなくなるなんてことをしてはならない。

彼のスタッフはどうなっているのだろう。今日の彼を見て、たしなめるプレーンはいるのだろうかと心配になった。
過剰な気張りにはおとなは引いてしまう。そのことを考えたほうがいい。



以上、今日の「報道2001」の感想でした。

大震災情報──むごさから目を逸らしてはならない

過日、「ツイッターバカ」について書いた。
今回の震災においてツイッターは大きく役だったが、同時に晩飯のおかずを案じるのと同じ感覚で被災地について語っているツイッターバカも目についた。
そのとき「遺体を映せ」と書いた。そうすればこういうバカもさすがに気づくだろうと。

外国のメディアはやっている。
以下はニューヨークタイムズのサイト。
下のURLにはむごい写真もある。
津波による遺体は損傷も激しく痛々しい。
大震災と正面から対峙するために、瓦礫の山だけではなく遺体にも向きあわねばならない。

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#99

大震災情報──「泥酔論説委員の日経の読み方」から山内教授の適確な指摘

「さるさる日記」に「泥酔論説委員の日経の読み方」というのがあります。勉強になるので愛読しています。

http://www3.diary.ne.jp/user/329372/

 その泥酔さん(ご本人も自分のことを「泥酔」と称します)が日経紙に載った山内昌之東京大学教授の首相を批判した文章が当を得ていたと引用していました。私もよくぞ指摘してくれたと孫引きさせていただきます。



「最高指導者は指揮所からみだりに動くべきでなく、たとえ善意の督励であっても現場に出かけるには時機を見計らい慎重でなければならない」


「人びとは、メディアを通して首相の言葉や振る舞いをいつも注視しており、喜怒哀楽の過剰な露出は国民をいたずらに不安にするものなのだ」

「菅首相に問われるのは、政策的総合力と全体的判断力であり、いかに重要であっても個別の事象にのめりこんで他の重要な課題を忘れてはならない」


「この期に及んで市民運動家めいた細々としたパフォーマンスは必要ないのだ」


「必要なのは決断と責任である」


「真の政治主導とは、責任は大臣に、賞賛は現場に、であろう」


「国家の危機を救うために命がけの自衛隊・消防・警察の隊員に加え、危険な現場で不眠不休の作業にあたる東電と関連企業や日立製作所・東芝などの勇敢な職員の成功を祈りながら、菅首相は最終的に政治責任をとる覚悟さえもてばよいのだ」


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 カンナオトという市民運動出身の政治屋は、カイワレをむしゃむしゃ食うパフォーマンス程度の男でした。それはわかっていたけれど(わかってないひともいたようですが)、それをこの非常時にもやられたのではたまりません。東電に乗りこんだり、福島に行こうとしたり、演説中に涙ぐんだり、愚者としか言いようがありません。


 この時期には喜怒哀楽を抑えることが為政者としての務めなのに、それを出すことが受けるのではという勘違い感覚にはうんざりします。まるで落ち目の芸能人の復活パフォーマンスです。引用した文章は、それらすべてを短く適確に指摘しています。

大震災情報──『AERA』の表紙

アエラが謝罪 表紙の防毒マスクに「放射能がくる」 風評被害助長批判に


 福島第1原発の事故をイメージした19日発売の「朝日新聞WEEKLY AERA」(朝日新聞出版発行)の表紙に対し、「風評被害を助長する」などと批判が高まり、同誌は20日、短文投稿サイト「ツイッター」で「ご不快な思いをされた方には心よりお詫び申し上げます」と謝罪した。


 表紙は防毒マスクをつけた人物の顔のアップに、赤い文字の見出し「放射能がくる」を重ねたもの。このデザインに対し発売後、ネット上で「恐怖心をあおってどうするのか」「インパクトばかり求めている」などと非難が相次いだ。(産經新聞)






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 いかにもアサヒシンブンらしい無神経さだ。

 民衆の恐怖を煽ってどうするのだ。最前線で放射能と戦っているひとの気持ちをかんがえろ。このガスマスクをアップの表紙にする感覚。編輯者はしたり顔なのだろう。腹がたつ。



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【附記】 野田秀樹が連載コラムを打ち切り



野田秀樹氏がアエラ連載自主打ち切り

 演出家野田秀樹氏(55)が、週刊誌「アエラ」(朝日新聞出版)で08年8月から掲載している連載「ひつまぶし」を、今日28日発売の同誌(4月4日号)を最後に終了することが27日、分かった。19日発売の「放射能がくる」と題した表紙に「がくぜんとした」とし、「あおるような次元のこととは違う」と、今日発売の同誌に終了理由を記している。この日は関係者を通じ「報道の在り方に疑問を感じた」とも語った。

 表紙には防毒マスクのようなものをかぶった人物の写真も掲載されていた。野田氏は「放射能が来てほしいのですか。来た時に、ほらオレの言った通りだろうと言いたいのでしょうか」と批判。人々をあおる雑誌と思わなかったとした。

(3月28日 ニッカンスポーツ)

大震災情報──テレビ東京のありかた

 予想されていたとおりテレビ東京が真っ先に普通放送に踏み切った。朝方、アニメを流していた。いまは「鑑定団」の再放送をやっている。このアニメのとき不謹慎だとクレームがついたとか。ツイッター(読むだけです)からの又聞き情報なので詳しくは知らないが多分本当だろう。世の中にはそういう抗議を生きがいにしているひとがいる。

 テレビ東京は昭和天皇が崩御され、テレビがみなモノクロームの追悼歴史番組になっていたとき演歌番組で視聴率を稼いだ。どんな形であれいつも後塵を拝していた局がトップに立ったのは快感だったのだろう。これで味を占めた。「隙間狙い」はテレ東の得意技となった。今回もやるならテレ東と思っていたらやっぱりだった。今朝もらった神戸の友人のメールによると、あちらのテレビ大阪(=テレ東)は一足早く昨日からもうアニメを流していたらしい。

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 と書くと保守派の私が「けしからん!」と怒っているようだがそういうことでもない。それはそれでいいのではないか。すこし見てみたがCMでも無難なもの(公共広告機構)だけを流してそれなりに気を遣っているのが見えた。むしろそういうことを許さない社会の方がこわい。

 朝、どこの局だったか被災したこどもにインタビュウしていた。こどもは「みんな流れちゃったの。大切なものもみんな。あるのはこれだけ!」と自分の服をつまんで見せた。これだけ書くと涙涙のようだがそうではなく、こどもはカメラを向けられることに照れてキャッキャッとはしゃいでいた。かなしいときはこういうこどものこだわらないあかるさが救いになる。大切なものがみんななくなっちゃったと泣き叫ばれたらおとなはよけいに辛くなる。

 とはいえマスコミはすぐに脱線するから、ニュージーランド地震で「脚を失った青年に失礼な質問をしたフジテレビ」のようなものには怒る姿勢も持っていなければならない。あれはほんとに不愉快だった。ああいう輩(大村正樹)は、マスコミで働くうちにひととして大切ななにかをなくしてしまったのだろう。

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 首都圏には5局ある。テレビ東京は、日テレ、TBS、フジが視聴率競争を繰り広げ、それらより落ちるテレ朝も含めての「4局」からさらに差別されて、「一番外地」と揶揄されてきた。

 ところがそのご力をつけ(「鑑定団」あたりからだ)「4局と同等路線」をアピールし始めた。定番の選挙速報でも、以前は「演歌」や「映画」で隙間狙いだったのに、ついに! 4局と同じ事をやるようになった。それどころかこれまた高視聴率を稼いで堂々の存在感を示したのである。なのに今回、いち早く抜けた……。

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 私は今回のテレ東のありかたを、「それはそれであり」だと思う。でもそれが深遠な思いがあっての判断とは思えない。数字欲しさに自らまた「一番外地」に戻ったと言われても言い返せないだろう。

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 「鑑定団」が終るとまた大震災報道にもどった。おっかなびっくりのようである。「一番外地」に居直っていたときはもっと徹底していたのに。他局と同じメジャー路線を行きたいと思いつつ、隙間狙いの視聴率稼ぎの味も忘れ難いというところか。

大震災報道──「報道2001」長野翼アナ讃歌──ついでに黒岩批判

「報道2001」の時間。

フジテレビは須田キャスターの隣に長野翼アナを配置した。報道から競馬まで、どんなジャンルでも確実にこなす万能と評価の高い人だ。「局からアナウンサーがみんないなくなるときは長野ひとりをおいておけばいい」とまで言われている。彼女なら全ジャンルをそつなくこなしてくれるだろうという信頼だ。

こんなとき、失言をするようなバラエティ系のバカアナでは困る。事態は刻々と変化するから臨機応変な対応が求められる。最強の布陣にしたのだろう。

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「報道2001」は、キャスターが黒岩から須田さんに代ってほんとうによくなった。キャスターひとりの人間性で番組はこんなにも変る。

その黒岩が自民党から神奈川県知事選に出るという話がある。本当だろうか。

あのひとの人格は認め難い。橋下大阪府知事とのやりとりだけでも十分にわかる。あれはひとの上に立つ器ではない。神奈川県民の冷徹な選択を望む。

『SAPIO』──司馬史観特集2

 (承前)この特集において、冨岡幸一郎さんは、明治を礼讃し昭和を否定する司馬史観に司馬遼太郎の実人生を見ている。現実の時代を否定したら持ちあげるところがないとやっていられない。それが司馬遼太郎にとっては明治だった。


井沢元彦さんは、乃木将軍を愚将とした「司馬史観」を、各国の将軍の戦法と比較しつつ、たしかに旅順では多くの戦死者を出してしまったが攻略には成功しており、乃木の戦略はまともだった、愚将ではないと反論している。

誰かを英雄にすれば誰かが悪役になる。小説でも映画でもそうだ。切り口の違いでしかない。歴史を舞台にした司馬作品は小説としてすぐれていたものだから説得力がありすぎた。そもそもひとりの小説家に過ぎないのに「司馬史観」なんてことばがあること自体異様だ。

井沢さんは、そういう司馬史観の弊害も指摘しつつ、敗戦のコンプレックスから日本人の目がみな海外に向いてしまうとき、「日本の歴史だってこんなにおもしろいんだ」と注目させてくれた司馬さんは──いくつかのマイナス要素を割り引いても──やはり「恩人」なのだと結んでいる。


司馬作品はすぐれた小説群だ。だがそれが信奉され歴史的事実と混同され異論が否定されるのはまともな時代ではない。あくまでもそれは司馬遼太郎というひとりの作家の解釈でしかない。それが理解され一小説作品としてふつうに話しあえるようになる流れは歓迎したい。しかし現実問題として、司馬史観に心酔しているひとと歴史話をするのはまだ無理だろう。それでもこういう特集が世に出るのはよいことだ。


 今夏、「靖国史観」(ちくま新書-小島毅)を読んで考えることがあったので、ひじょうに意義のある特集だった。「靖国史観」は今では日本人の誰もが肯定的になっている明治維新に疑問を投じるものだ。切り口だけを見たら奇書にされてしまうかもしれない。しかし呈示するテーマは価値がある。ぜひ御一読をお勧めする。

戦後のリクツがすべて戦勝国の思うままであるように、明治維新とそれ以降の流れが、それこそ「勝てば官軍」であることがよくわかる。

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第二特集の司馬史観に即座に反応したのに、第一特集の、表紙にも大きく載っている「ジャーナリズムは変らなくていいのか──これでは政権交代の意味がない」に関心がないことに気づいた。本来なら熱く語るべきことなのに。なんの期待も興味もないと自然にスルーしてしまうらしい。

『SAPIO』──司馬史観特集


最新の『SAPIO』の特集のひとつに司馬遼太郎の歴史観、いわゆる「司馬史観」があった。ちょうど興味を持っていたテーマだったのでありがたかった。
「司馬史観」こそ「戦後日本」の象徴だ 日本人はどうして『坂の上の雲』が好きなのか
[国民文学]「明治を礼賛し「昭和」を暗黒と描いた司馬史観/富岡幸一郎
[概要]『坂の上の雲』が描いた「近代国家・日本」の夜明け/本誌編集部
[司馬史観]『坂の上の雲』と東京裁判史観との奇妙な符合/福井雄三
[開国]青春小説としての『坂の上の雲』の魅力/山内昌之
[逆説の司馬史観]なぜ司馬遼太郎は乃木希典を「愚将」だと誤解したのか?/井沢元彦
[登場人物]司馬遼太郎が描かなかった日露戦争「もう一人のインテリジェンス・オフィサー」/手嶋龍一
[精神性]日露戦争とは「武士道」再興の戦いだったのではないか/菅野覚明

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 司馬遼太郎の信奉者とは会話が出来ない。理由はごく単純。「司馬遼太郎という小説家が作った架空世界を、真実の世界、現実の歴史と思い込んでしまっているから」だ。新興宗教に洗脳されたひとと同じで会話が成立しない。こちらがあちらに併せてやれば形的には成立するが、「司馬史観」を絶対的に信奉していて異論を許さない狂信者だから、話していてもちっとも楽しくない。聞き役にまわり、適当に相槌を打って切りあげるだけだ。思えばずいぶんとそういうひとに遭ってきた。
一例を挙げるなら「竜馬が行く」は司馬遼太郎の小説でありフィクションなのだが、信奉者はまるで坂本龍馬自身が書いた自伝であり細部まで真実事実と信じている。滑稽を通りすぎて気味が悪い。ひとりの小説家の作った世界が真実の歴史と勘違いされるなんてことが今までにあったろうか。薄ら寒くすらなる。

早大探険部物語──『SAPIO』短期集中連載

 『SAPIO』最新号特集は「巨大バブルがやってくる」。

ざっと流し読みしていたら後半に「『早大探検部物語』第1話 草創期−海外渡航の夢から“探検”へ」という新連載があった。ライターは惠谷治さん。軍事問題のコメントでよく登場するかただ。ご本人も早大探険部出身。

私の知っている早大探険部出身有名人は、この惠谷治さんと作家の西木正明、船戸与一、高野秀行の4人。この連載によってもっと多くのひとを知ることになるだろう。早大探険部は総理大臣を輩出した早稲田雄弁会と並んで早稲田を代表するサークルだ。とはちと言いすぎか。



残念ながら今回は期待したほどにはおもしろくなかった。タイトルにあるように初回の今回は「早大探険部」が出来るまでと、外国に行くことが困難だった当時の状況の説明に費やしている。実際の冒険譚に触れておもしろくなるのはこれからだろう。

50年の歴史というのはなかなかのものだ。私のいた慶應の音楽サークルなんて10年も続かず潰れている。OBにとって出身サークルが今も生きているのはうれしい。たぶん会員がほとんどいなくなり潰れかかったこともあるはずで、そんなとき西木、船戸という有名作家がここの出身だというのは継続と勧誘の力となったことだろう。



せっかくの機会なので早大探険部のサイトに行ってみた。『ホームページビルダー・8』で作られたそれは、ネット初期によくあった古臭いセンスのものだった。ブログ全盛時代、今どきこういうのもすくない。でもそれはそれで、そんなこじゃれたものになど興味がないという探険部のごつい雰囲気が伝わってきて好ましかった。都会に背を向け、未開の奥地に探検に行き、粗食に耐え、風土病の恐怖と戦い、ヒルや蚊、蝿に悩まされつつ探険をする若者のサークルである。みょうにオシャレなブログだったりしたらかえって白けていた。(とはいえ今の時代、多彩なメンバーの中にはそういうのが得意なのがひとりぐらいいそうなのだが。)

もうずっと前に「早稲田大学探険部30年史 若き探険家に与う──岩崎雅典著」という本が出ていることも知る。ナイル川の源流を探る冒険を筆頭に、報道されるような成果も多々上げているのだから出ていて当然だ。

ところで、なんでこれが『SAPIO』で連載なのだろう。私は政治的な記事と一緒に読めて楽しいが、読者の中心層がこういうのに興味があるとも思えない。惠谷さんの持ち込み企画だろうか。

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 古いサイトでした

そのサイトの最終更新が2007年なのに気づいた。いくらなんでも古すぎる。もういちど検索し、引っ越した新サイトを見つけた。こちらはしっかり2009年10月で動いている。そこは古いものよりもずっと垢抜けていた。今風のデザインに写真が添附された「活動報告ブログ」もあった。そうだよねえ、そうでなきゃ不自然だ。早大探険部の若者もやはり今の若者だった。前記の失礼なサイト評価をお詫びして訂正する。わたし的には今どき珍しい昭和の若者を期待したのですこしがっかり。あちらにすればそんな期待はおおきな迷惑か。

追悼──中川昭一5──人材涸渇



私は欧米風の夫婦外交が大嫌いである。日本で最初にそれをやったのは佐藤栄作だった。

外国訪問時、女房と手を繋いで飛行機のタラップを降りてくる安倍晋三、鳩山由起夫、あの姿はたまらない。女房は一歩引いて夫のあとをついてくるのが日本的美ではないか。まあそれ以前に、なんで外交の場に女房を連れて行かねばならないのかが不可解だ。いやな時代である。



中川昭一は総理大臣になっても女房と手を繋がないと思っていた。そういう男だと思い込んでいた。それがあの「がんばれえニッポンイチ!」である。どれほど落胆したことか。

死を悼む拉致被害者家族のかたが、「涙を流す政治家を初めて見ました」と語っていた。父の位牌の前で涙を流しつつ拉致問題解決を誓ってくれたのだという。いい話だ。だが弱い。



演説しつつ涙を流したら、日本では情に篤い政治家として支持される。だが白人国家では、こういうやつに政治は任せられないと否定的に解釈される。オバマ大統領が核爆弾のボタンを押したら地球はなくなる。人類は消滅する。あのひとはそれだけの力を持っているのだ。そういう権力者にやたら涙を流すようなのになられたらたまったものではないという発想は正しい。私は日本人だからけっこう好きだけど。


中川昭一は心の弱い人だった。それは父譲りだった。それが死を早めた。そう思って諦めるしかない。

言いたい放題書いたが大好きで期待していた人がいなくなった悔しさゆえである。なんとも残念だ。



思えば、「がんばれえニッポンイチ!」で妻に叱咤されるなさけない面を見たのは、諦める意味ではよかったかもしれない。未練が断ちきれた。そうとでも思わないとやっていられない。

自民党の人材不足は深刻である。(完)

追悼──中川昭一4──繊細と小心

"北海のヒグマ"と呼ばれた中川一郎が実は繊細(あるいは小心)な人物であり、悩んだ末の自殺(未だ他殺を噂されている)という結末は、私にとって不思議ではなかった。私は中川一郎のようなごつい顔で、豪放磊落のように言われているが、じつは臆病な目の小心な人物をけっこう知っている。彼もまた臆病そうなちっこい目の持ち主であり豪傑とは感じなかった。



もしも中川が細面のなよなよとした容貌だったなら、同じ発言行動をしても決してそうは呼ばれなかったろう。あれは外見と出身地から来ただけの安易なレッテル貼りである。

中川昭一は父とちがいハンサムだった。"北海のヒグマ"の息子であり、ヒグマの猛々しさをもっていて(願望)、より知的、美男、期待は高まって当然だ。父の盟友・石原慎太郎のような擁護者もいた。父の秘書をしていた平沼赳夫のような兄貴分もいた。人脈的にも万全だった。



天敵の父の元秘書・鈴木宗男は竹下派に属し、政治家としては中川より出世が早かった。だが躓く。離党となる。風は中川の方に吹いてきた。

小泉政権で重用され安倍晋三とともに自民党のニューリーダーとして注目される。

北朝鮮による拉致被害の解決にも熱心だった。

小泉ののち、安倍政権、麻生政権でも中枢を担う。

そのころから「酒がアキレス腱」とは言われていた……。



父は容姿から"北海のヒグマ"と呼ばれたが、じつは繊細な人だった。中川もその血を引いていたのだろう。父は苦労人だった。中川はおぼっちゃんだった。父よりももっと弱かったのか。落選後の落ちこみはたいへんなものだったという。酒に逃げたか。


そして今回の、なんとも残念な結末となった。たまらない気分である。


あの「がんばれえニッポンイチ!」は、妻に叱咤激励される、妻の尻に敷かれている、典型的弱い亭主の姿だった。(続く)

追悼──中川昭一2──がんばれニッポンイチ!1

 次の総理として期待していた中川昭一が世界が注目する場で致命的な醜態を晒した。取り返しのつかない事態を目撃しつつも、それをクスリによる事故と判断した私は彼に対する期待を捨ててはいなかった。



未だ陰謀説もある。それほどの奇態だった。陰謀とまでは行かなくても、周囲のスタッフが「そうなることは解っていたがしらんふりをした無意識の悪意」のようなものは充分考えられる。なら、それも、そういうブレーンしか持ちえなかった彼の責任になる。いずれにせよあのような場に向かう国務大臣として中川の姿勢が甘かったことは否定できない。だが私はまだ政治家中川昭一の能力を買っていた。



しかしそのあと私にとって、あの記者会見よりも衝撃的な事態が出現する。「がんばれ日本一!」だ。



泥酔記者会見の映像が繰りかえし流され、政治のことに興味のない人間までが笑い話にする中、中川は帰国した。針の筵であったろう。

朝のワイドショー。自宅前に群がる報道陣。玄関のドアが開き、国会へ向かおうとする彼が出て来る。クルマに乗りこむまでの僅かな距離。矢継ぎ早に質問が飛ぶ。



その背後から聞こえてきた女の声。「がんばれえ、がんばれえニッポンイチ、だいじょうぶだよお、がんばれえ!」

何事が起きたのか!? 早朝から駆けつけた熱烈な中川支持者のおばさんなのかと思った。テレビも戸惑っている。

やがてリポーターが「奥さんのようです」と伝える。女房らしい。垣根のあたりにチラリと姿も見える。記者に囲まれている夫が心配でならないらしく、垣根を左右に移動しつつ励ましの声を送っている。それは何度も繰り返された。中川が乗車しクルマが発車すると、やっと安心したように家の中に入った。

ワイドショーのカメラはそこまで捉えていた。当然だ。政治的なことなどどうでもいい単におもしろおかしくあの「ヘロヘロ中川」を追い掛けていたワイドショーだ。口を利かない亭主よりこっちのほうがよほど絵になる。



まるで学校に行きたがらない小学生を励ます過保護母親だった。これが世界2位のGDPを誇る国の55歳の財務大臣と49歳の妻が自宅前で繰り広げる光景か。「あなた、しっかり!」ぐらいでも世間の耳目を集めるだろうに、「だいじょうだよお」と「ニッポンイチ!」には参った。



これも全国中継されている。それをやる女房、やらせる(やってもらっている)亭主。醜態どころの騒ぎではない。泥酔事件の時にもしっかり握り締めていた匙を私は思いきり抛り投げた。だめだこりゃ。(続く)

追悼──中川昭一1──国壊マスゴミ1

 今夏の総選挙で自民党が敗れたのは当然だった。流れることなく溜まりすぎて腐った水だ。医学会や農民など長年の熱心な支持者が投げたことが象徴している。河野太郎が言ったように「もっと負けてもよかった」とすら思う。比例で復活した派閥の領袖はみな消えて欲しかった。80人ぐらいまで落ちこめばよかった。もっとも河野に関しては「おまえが言うな」だが。



かといって自民党には復活してもらわないと困る。民主党の独裁は怖い。自民党独裁よりよほど怖い。輿石東なんてのが要職にいるのだ。千葉景子なんてのが法務大臣なのだ。寒気がする。なんとも奇矯な寄り合い所帯である。ただし小沢一郎が悲願達成のために手段として選んだのは解る。これからの自浄能力に期待するしかない。あのひとが旧社会党と仲よくやれるはずがない。



能力ある若手が育ち新生自民党が誕生するまでは時間が掛かる。中川昭一は期待できる有能な政治家だった。あの事件により彼の総理の目は消えたとしても、引率者として活躍して欲しいひとだった。なのに父とほぼ同じ齢でこのような最後になると誰が予測したろう。家族のいる自宅で亡くなっただけ今も他殺説が根強い父よりはまだ救われるとしても。



あの「泥酔事件」が起きたとき、ひとりの有力な総理大臣候補が消えた。それでもまだ私は希望を持っていた。一過性の傷として消えるのではないかと。だがこういう時代だ。私があの映像を見せられた回数だけでも数え切れない。ひどいときは一日に10回以上見せられた。いったい何度流されたのだろう。

抗えない。映像の時代にあれだけ繰りかえし流されたら死命を制される。心の襞に擦りこまれる。もしも彼の能力が勝ち政治家として復活しても、したらしただけあの映像を流される。



性的極秘映像が流出したらアイドルのタレント生命は終わる。その場合裏で流通するだけだがこの映像は昼日中から堂々と流せる。流す方に国務大臣の醜態批判という大義がある。その大義のなんと醜かったことか。水に落ちた犬を狂ったように叩くがごとく、これでもかこれでもかと繰りかえし流す。お笑い映像として。

もしもそこに「自国の恥」という愛国心のかけらでもあったらあのようなことは出来なかったろう。辻元清美が「わたしは国会議員ではなく国壊議員です」と言ったように「国壊マスゴミ」だから出来たことだ。



日本人は死者にやさしい。それは「国壊マスゴミ」でも同じようだ。中川昭一は死ぬことによってやっとあの映像を封じることが出来た。(続く)

中川昭一財務大臣泥酔事件私見──あれは酒ではなくクスリの酔いである

 2009年2月14日、イタリアのローマで開かれたG7会議。中川昭一財務大臣が「泥酔した状態」で記者会見し、その様子が世界中に配信された。この国辱的映像はどのような理由があったとしても許容されることではない。何度も何度も流されたあの映像。あれを見て彼を支持する人はいまい。今夏の落選も当然だった。そのことを前提としての以下の私見である。



映像を見て即座に「クスリだ」と思った。酒ではない。典型的なクスリによる酩酊である。中川さん自身も風邪薬の影響を口にしていた。



私の体験。学生時代、音楽をやっていた。あるコンサートの日、ゲストとして呼んだジャズ系のパーカッショニストが、開演前にみんなに錠剤を配った。ごくふつうの白い錠剤。元気が出ると言われ気楽に飲んだ。今もってそれが何だったのか知らない。しばらくして泥酔状態に陥った。酒は一滴も入っていない。コンサートは大失敗に終った。中でもあの中川さんのようになってしまい、まともな演奏が出来なかった私がいちばんひどかった。



父からもらった体質で酒が強かった。大学のサークルの歓迎コンパで初めて飲んだ18の時から酒豪を自称する先輩よりも強かった。若くてバカだからそれを粋がり量で飲む。失敗談もいくつかあるが量と回数の割には極端にすくない。強いからだ。友人と飲む。日本酒をひとり一升飲んだとする。みんなべろんべろんになる。吐いたり怒鳴ったりたいへんだ。私はならない。自然に介抱役に廻る。そういう流れである。



その私がちいさな白い錠剤一錠であの中川さん状態になった。一晩中ウイスキーやウオトカを飲んでいても乱れない私が一錠とほんの10分で呂律の回らないあの状態になったのだ。怖ろしかった。


その後の数え切れないほどの海外旅行で様々な状況に接したが私はドラッグは一切口にしなかった。もしも誘惑に乗っていたら、意識混濁し、気づいたら身包み剥がされていた、というようなこともあったろう。そういう例を数多く知っている。そう思えば、あの屈辱的泥酔状態は価値があった。


中川さんは大の酒好きだ。閣議の日の朝、昨夜の酒がまだ残っていて酒臭いと非難されたこともある。だがどこまで飲めばどうなるか酒好きは知っている。酒で中川さんがああなるにはウイスキーやワインを何時間も掛けて大量に飲まねばなるまい。あのG7会議の前日、そんな時間も場もなかった。本人の言っているように酒はごく少量だったろう。そこに時差や風邪薬の相乗効果であんなことが起きた。


大事な場を控えた政治家として脇が甘い。弁明の餘地はない。だがあれは断じて酒の酔いではない。



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【附記】 10月8日の産經新聞記事より一部引用<


 中川氏は「うわばみ」と思われてきたが、私が知る素顔はまったく違う。恐ろしいほど真面目で礼儀正しく、冷たいお茶を傍らにチビリチビリと酒を飲みながら、政治、外交、環境、文学、そして人生について大いに語らう。興味のある話にはメモを取りながら熱心に聞き入り、つまらないジョークを言ってはバツが悪そうに照れ笑いする。少年がそのまま大きくなったような人だった。


 ただ、腰に椎間板ヘルニアという“爆弾”を抱えていた。痛みに耐えきれず、強い鎮痛剤、精神安定剤、そして睡眠薬を飲む。そんな状態で酒をわずかに飲むと意識がぶっ飛ぶ。この悪循環を繰り返していた。例の酩酊会見も「ワインを口に含んだだけ」と言うのは決して偽りではなかっただろう。
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2016年オリンピックはリオ・デ・ジャネイロ

2016年オリンピック開催地決定のニュースを見ようと午前0時にテレビを点けたらどこもかしこもそれ一色なので気圧されてしまった。深夜のニュース枠とシンクロした偶然だろうが開催地決定までの報道っていつもこんなに仰々しくやるのだったか。▼2008年の開催地に大阪が立候補したときはどうだったのだろう。記憶にない。ただ大阪の場合は、競馬に譬えるならG3馬がG1に挑むようなものだった。最初からちょっと無理と言われていた。東京の場合は劣勢を伝えられようともすでにG1馬だから期待は大きい。それがこの騒ぎになったのか。この時間がニュース枠でないテレ朝はいつものよう「タモリ倶楽部」をやっていた。オリンピックに背を向けてこれを観た人も多かったことだろう。▼私がオリンピックに関して最も白けるのは、商業的に利益があがるようになり(そのこと自体はよい。赤字を出してまで主催するものでもない)大きな利権が生まれ、委員達が権威をもったことだ。開催したい国から贈られる彼らへのあれやこれやはたいへんなものである。王様になった気分だろう。日本の公共事業における政治家と業者の癒着を思い浮かべる。▼投票数最下位の国が落ちて行く方式。私は順位をブラジル・リオ、アメリカ・シカゴ、日本・東京、スペイン・マドリッドと読んでいた。最初にオバマ大統領が夫婦で応援に駆けつけたシカゴが落ちたのは意外だった。マドリッドだと思っていた。ロンドンに続く欧州近場の連続開催はないと決めつけていた。次が東京。理由は北京大会と近すぎるから。ここは当たり。マドリッドとリオの決戦になりリオに決まった。馬券で言うと、リオという単勝は仕留めたが、連勝はリオとシカゴだったから大外れになる。▼4ヵ国ともコペンハーゲンからの生中継があり盛りあがっていたと知る。シカゴが落選と同時に生中継からいつもの番組に戻ったとの報道には笑った。アメリカらしい。東京が落胆し、マドリッドが沈黙し、リオに歓声と紙吹雪が舞った。▼ペレの涙を観たときは胸が熱くなった。リオは三度目の正直だ。やはり今回は「南米初」でいいような気がする。今からもうブラジル特有の熱狂的な開幕式の様子が浮かんでくる。盛りあがるだろう。2016年まで生きていてリオ・デ・ジャイネイロのオリンピックを観たいと思った。さしてオリンピック好きではない。シカゴでもマドリッドでも思わなかった。そう思わせてくれる存在は貴重だ。

イタリア大聖堂落書き事件──日本人の特質について2

 批判があれば反動がある。
 ここにきてそれが急だ。
 いわく、「日本人のみならず白人や朝鮮人の落書きも多い」
「そもそもあの大聖堂前でイタリア人が落書き用のペンを売っている。落書きをするとしあわせになれると言って」
「こんなことで神経質になるのは日本人だけだ。イタリア人は気にしていない」等。

 本質がずれないよう設定を替えて意見を言う。
 私の考えは、イタリアも大聖堂も世界遺産も関係ない。
 国内でいい。奈良や京都の旧跡でもなく、名もないその辺の石壁や商店のシャッターでいい。
 自分の名や相合い傘を書いたりする日本人がいる。
 その性癖についてだ。

 ヤンキーのアンチャンとネーチャンが徹夜で話しあう。商店街のシャッターにもたれて。タバコと缶コーヒ−。お互いわかりあえた気がした。好きあっているふたりを確認した。
 その記念にそのシャッターに自分達の名を刻もうとする。ペンがないので小石を拾ってきて刻んだ。

 こういう例が多い。やたらもうどこにでもある。小金が出来て海外に出掛けて行けば、そこで同じ事をする。商店街シャッターの落書きも大聖堂、ピラミッド、みな同じ線上にある。
 この高校野球の監督は新婚旅行のイタリアでこれをしてきたが、行く先が国内でも同じ事をしてきたろう。これはやはり日本人の性癖だ。きちんとその瞬間を記録しておきたくなる、几帳面?な。
 それが田舎の高校生から都会のヤンキー、温和なおばさんから名のある大学教授まで、老若男女を問わずみな共通している。

 私は日本人を貶して悦に入る自虐型日本人ではないが、客観的に見て日本人に多い性癖のように思う。日本全国どこでも見掛けるし、世界遺産に戻れば、ピラミッドに書きこまれた数多くの相合い傘なんて恥ずかしくていたたまれなくなる。
 それが誰かに教えられたのではなく、こどもでもおばちゃんでも自然にするから、やはりこれは民族的特質なのだろう。

 競馬場でイスに新聞を置いて席取りをしている連中に注意すると反論してくる。「わたしだけじゃない。みんなやっている」。
 相合い傘を書きこんでいる高校野球の監督、岐阜の短大の娘、注意したら同じ事を言うだろう。「ほかのひともやっている」。
 これもまた日本人。

 私はしたことはないし、これからもしないけど、したくなる気持ちはわかる。日本人だから。
 ではなぜ今までしたことがないかと言えば、「ここまで来た記念にしたいけど、してはいけないのではないか!? やはりしてはいけないな」という気持ちが働いたからだ。それは後天的に学習したことだから、本性としてはしたいのだ。自分のそれを思えば「日本人の本性、性癖、特質」と言いきれる。
 そういう逡巡がまったくなく、ごくごく素直にハートマークや相合い傘での署名をしてくる日本人が多い。
 その差は知性と教養と言いたいが、大学教授とか会社経営者とかも平然とするので、こうなると知性とは何か、教養とは何かの話になってしまう。

 日本人は礼儀正しくおとなしい。酒を飲んだり集団になると暴走するが、一般的にはどこの観光地でも好かれているおひとよしだ。部屋もよごさないのでホテル側からの評判もいい。
 ところがこの種のことに関してだけおかしい。
 それはやはり、こどもの躾のしっかりしている白人がすばらしい(最近の日本人は……)というより、体内に持った島国根性なのだろう。

 初めて海外遊覧をした明治期の連中もみな同じ事をしていたのではないか。きっと彼らも世界各地で記念のなにかをしている。いやもっとその前の、遣唐使も遣隋使も「それらしきこと」をしているだろう。



 私にとって島国根性は否定ばかりではない。自動車におけるアイディア技術に代表される日本人の創意工夫は島国根性のプラス面だと思っている。
 これはマイナスの典型例だろう。

 こういうことを自然にやってしまう日本人。
 それを発見し、問題にする同朋の気質。
 すぐに反省して厳しい処分をくだす日本人。
 ともに民族的特質である。

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アメリカ大統領選覚え書き──オバマ、マケインをリード!?3

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http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-32384520080623?rpc=112

 [ワシントン 20日 ロイター] 米ニューズウィーク誌による全米規模の世論調査で、大統領選の民主党候補指名が確定したバラク・オバマ上院議員が、共和党候補となるジョン・マケイン上院議員に支持率で2けたの差を付けた。

 調査では、オバマ氏の支持率が51%、マケイン氏が36%だった。

 と、ここまで読んで、そんなにオバマが優勢なのかとおどろく。しかし次の行を読んで白けた。

 調査は、18─19日、全米の成人1010人を対象に実施された。

 せめて1万人ぐらいはやってくれ。この程度の調査で「二桁の差」と言われても困る。

 まあでもクソヒラリーが表舞台から消えたので今の私は平穏。

週刊朝日の的外れ1

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「日本はいつからこんな国になってしまったのかと、考えさせられることが多くなりました」

 と、「週刊朝日」の編集後記。よくもまあしらじらしく……。

 そりゃああんたたちがありもしない従軍慰安婦なんてものを作りだしたりして、長年この国を貶める活動を続けてきたからだ。

 盗っ人猛々しいとはまさにこのこと。よくもまあぬけぬけと。
 おまえらの長年の工作活動がみのって日本はこんな国になったんだろうが!

 勝利宣言をしろよ。それとも、溜め息ついてこう嘆きつつ、ニタっと笑って餘裕の笑みか。

 だけどそうもいかん。
 おまえらの嘘を見ぬける若者は確実に育っている。
 日本人の底力をあなどるな。
 おまえらが仕掛けた「アベする」がひっくり返され、「アサヒる」が流行った現実を直視しろ。

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《関連》光市母子殺人事件──アサヒシンブン女記者の感覚

http://blog.livedoor.jp/moneslife/archives/50954438.html

美談の義足ランナー──『週刊新潮』より1

美談の義足ランナーの話。

詳しくは本文を読んでもらうとして。

10億円という多額の保険金に、自分から線路に両脚を投げだしての列車での切断。
なぜそんなことをしたかという理由が「前後三日間、記憶にありません」。
まして借金が2億9戦万円あったのでは疑うなというほうが無理。
保険金はまったく降りなかったとか。そりゃおりんわな。

まあ「美談の義足ランナー完走」に泣いた欽ちゃんとヒサモトに責任はないだろうけど。
ヒサモトの汚い泣き顔を想いだして気分がわるくなった。

多額の借金を返そうと10億の保険に入り、自ら線路に寝そべって両脚を轢かせる。しかしそれを見破られて保険金はおりない。ここで終るだろう。

なのにここから「両脚義足のランナー」として、本を書き、講演をして稼いで行く。強いひとだ。
借金で首を吊ってしまうひととは強さがちがう。ところで2億9千万の借金はどうなったのだろう。

不可抗力で脚を失ったひとからすると、腹立たしいだろうな。

 

光市母子殺害事件──アサヒシンブン女記者の感覚1


被害者遺族の記者会見にて
朝日女性記者 「この判決で死刑に対するハードルが下がった事に対してどう思いますか?」


本村 そもそも、死刑に対するハードルと考えることがおかしい。日本の法律は1人でも人を殺めたら死刑を科すことができる。それは法律じゃない、勝手に作った司法の慣例です。

今回、最も尊うべきは、過去の判例にとらわれず、個別の事案をきちんと審査して、それが死刑に値するかどうかということを的確に判断したことです。
今までの裁判であれば、18歳と30日、死者は2名、無期で決まり、それに合わせて判決文を書いていくのが当たり前だったと思います。

そこを今回、乗り越えたことが非常に重要でありますし、裁判員制度の前にこういった画期的な判例が出たことが重要だと思いますし、もっと言えば過去の判例にとらわれず、それぞれ個別の事案を審査し、その世情に合った判決を出す風土が生まれることを切望します。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080422-00000014-maiall-soci

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 これを見ていて、この女記者を殴りたくなった。これほど不愉快なこともめったにない。こんな失礼なことを、問うべき対象ではない本村さんに平然と言える神経とはなんなのか。
 この女には自分がひととして恥ずかしいことを言っている自覚はないのか。ひととしての感情はあるのか。

 よくぞ本村さんはこんな非礼に、怒ることなく、淡々と応えられたものだ。感服する。

 要するにこの女は、「今までの判例としては、ひと三人を殺さないと死刑判決は出なかった。ところが今回、あんたの女房と赤ん坊のふたりを殺したら死刑の判決が出た、このことで死刑の判決が出やすくなった、そのことをあんたはどう思うか」と、妻と娘を惨殺された本村さん本人に尋いているのだ。

 かわいい盛りの娘は投げつけられて殺され、妻は屍姦までされている本村さんに、公開の場でそう問うているのである。この女にひととしての感情はあるのか。どういう親の元で育ったのだ。

 なんとかして生きのびようと、あの気狂い弁護団の智慧で、ドラえもんを信じて生きかえると思ったとか、魔界転生が、とか言いだしているあの事件の犯人に対してである。

 死刑反対のアサヒシンブンは、本村さんに何を問うているのか。どう応えさせたかったのか。「ハードルが低くなった」とはそもそもなんなのか。人殺しを死刑にすることに「ハードル」とは何なのか。

「私の妻子が殺されることによって、犯人が死刑になることになってしまい、死刑のハードルが低くなってしまいました。どうもすいません」とでも言わせたいのか。

 こういう、ひとの感情を忘れた(最初からないのか)鬼畜が働いているのがアサヒシンブンだ。

 アサヒシンブンで働いているからこんな人間になったのか。

 こんな人間だからアサヒシンブンに入ったのか。

 見事なほどよくできたおそろしい話である。

 あの弁護団に関しては触れる気にすらならない。どんな奇策を用いようと、死刑さえ回避させれば自分達の勝ちというゲーム感覚で弁護士をやっている。

 こういう女にこういう質問をさせている(=こういう鬼畜を養成している)アサヒシンブンの狂った姿勢を絶対に看過してはならない。公器という名の兇器である。

 アサヒシンブンの関係者は、自分のたいせつな妻子があのような目にあい、同様の判決が出ても「死刑のハードルが低くなった」などと戯けたことが言えるのか。

 ひとの心を持っていない人間が公器を名のっている。それを「日本のクオリティペーパー」として支持するひとがいる。狂った国だ。

さくらパパ「8カ月で国会発言ゼロ」の税金ドロボー──週刊文春1

 
さくらパパ「8カ月で国会発言ゼロ」の税金ドロボー

 わかっていることではあるが、記事を読むとあらためてまたふつふつと怒りが湧いてくる。こんなカスに票を投じたヤツに憎しみすら覚える。

 あの姫井でも4回発言していて、ヨコミネが最低最悪であることが指摘されている。しかしズルいとはまた違う。無能なのでなにもできないのだ。

 こいつに歳費2300万円を毎年払い、新幹線の無料パス等、国会議員の特権をこれからあと五年も与え続けるのだ。参議院は解散がないから、こいつはなにもしないまま、あと五年をまっとうするのである。

 罪は、こいつに票を投じた人間にある。

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「海外渡航禁止」でヒマな「横峯議員」は選挙応援も拒否された

 こちらは、議員の仕事をサボって、というか真面目にやろうにも何も出来ないわけだが、娘のゴルフの応援に出かけたりしていたことがバレて、渡航禁止になり、国内での応援演説も、票が減るから来ないでくれと言われ、ヒマだという話。

 ヨコミネが民主党の議員になっている現実は、ノムラサチヨをかついだり(応援演説までしていた)、オーニタを出そうとしたり(オーニタにより条件のいい自民党に逃げられた)、オザワイチローという人間のひどさがよく出ている。

 私はゴルフに興味がないけれど、このヨコミネという男の人間性は一発で見抜けた。だって全身から品性の下劣さと頭の悪さがにじみ出ていたから。

 こういう男に「清き一票」をいれた人間が信じられない。

 

TBSのめちゃくちゃ番組──会津若松市激怒──TBS謝罪1

鶴ヶ城クイズへの抗議にTBS謝罪「市民心情に配慮欠く」


 福島県会津若松市がTBS系のクイズ番組を巡って抗議文を送った問題で、TBS側は31日、謝罪文を提出した。

 番組では、旧幕府軍が若松城(鶴ヶ城)を明け渡した理由について、「糞尿(ふんにょう)が城にたまり、その不衛生さから」を正解とした。市は「それがすべてのように放送され、イメージを損なわれた」と抗議していた。

 謝罪文では、要因は複数あると認識していたが、バラエティー番組という側面もあったとしたうえ、「主な理由として扱い、市民の心情に配慮を欠き、深くおわびする」とした。訂正放送は「(クイズ番組は)単発なので困難」とした。

 菅家一郎市長は「この回答では市民の憤りは収まらない。きちっとした歴史認識をもってもらいたい」と話している。

(2008年3月31日21時41分  読売新聞)

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 TBSの体質だから今後もあらたまるとは思わないが、あの、のらりくらりと弁明して決して謝罪しないクソ局から、一応謝罪を引き出したのは成果といえる。

 だがテレビを見た多くのひとは、この抗議も、謝罪も、知らない。
 おもしろおかしくテレビで見たことだけを記憶してゆく。
 やったもの勝ちだ。
 追求の手を緩めてはならない。
 

「報道2001──竹村健一卒業スペシャル」──黒岩卒業希望1

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「報道2001」が「竹村健一卒業スペシャル」をやっていた。竹村さんも喜寿か。早いものだ。

 最近は、話すとき唇がプルプル震えているし、なかなか言いたいこともスッと出てこないから、卒業の時期としては適切だろう。

 ただ私は、こういうひとたちを見ていると、心底からすごいなあと思う。三宅さんにしても屋山さんにしても、あの年齢であれだけの頭脳は驚異的だ。ハマコーの頭の回転の速さにも感嘆する。

 若い人は彼らに対して言いたい放題しているが、やがて衰えを感じる齢になったら気づくだろう。あのひとたちがいかに怪物であるかと。

 2ちゃんねるの「ニュース速報+」にもすぐにスレが立った。そのなかに「竹村の真似を最初にしたのはキッチュ(松尾貴史)だったか」とあった。

 竹村の物まねで私が印象的なのは九十九一(つくもはじめ)だ。「お笑いスター誕生」で人気者になりLPレコードを出した。このなかにある竹村のパロディは絶品だった。竹村口調の肉体労働者が、「ぼくなんかねえ、あーた、普通免許に大型免許」と資格をたくさんもっていることを自慢するネタには笑い転げた。

 誰が最初だったかは知らないが、すくなくとも九十九のほうが松尾よりは早い。

 あらためて黒岩の出しゃばりすぎ、仕切りすぎが鼻につき、いやになった。

 チクシテツヤやフルタチのようなタレントが冠番組として仕切るのならともかく、このひと、ただの局アナである。なんでこんなに我が物顔なのか。

 卒業して欲しいのは黒岩だ。

TBSのめちゃくちゃ番組──会津若松市激怒──ロンドンブーツ田村淳の「長州」感覚1

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TBS番組に会津若松激怒、鶴ヶ城開城「不衛生だから」?
 

 福島県会津若松市は28日、東京放送(TBS)系のクイズ番組で戊辰(ぼしん)戦争時の若松城(鶴ヶ城)のイメージを損なう放送があったとして、TBSと番組制作会社に24日付で抗議文を郵送したことを明らかにした。
 
 抗議文によると、番組は2月16日に放送された「歴史王グランプリ2008まさか!の日本史雑学クイズ100連発!」。若松城について「旧幕府軍が城を明け渡したとんでもない理由とは」との出題に対し、「糞尿(ふんにょう)が城にたまり、その不衛生さから」が正解とされ、理由のすべてのように放送されたとしている。

 菅家(かんけ)一郎市長は記者会見で、〈1〉他藩からの応援の望みが絶たれた〈2〉1か月に及ぶろう城による傷病兵の増加や物資の枯渇――など様々な要因が重なった結果と説明。「視聴者や市民らに著しい誤解や不快感を与えた」とし、市民への謝罪と訂正を求めている。

 TBS広報部の話「抗議文が届いたかどうかを含め、内容を確認している」

(2008年3月28日13時44分  読売新聞)
 

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 これは読売新聞の記事。私はこれより先に『夕刊フジ』で読んだ。ここに書こうと引用記事を探していて、読売も書いていることを知った。
 夕刊紙だけのトピックかと思っていたので、最大発行部数の新聞も取り上げていると知ったのは心強い。発行の時間から、読売の記事をフジがフォローしたようだ。
 
 読売は中立を保っているが『夕刊フジ』はもっと手厳しい。ぜひともこちらの全文を読んで欲しい。

「クイズ番組で歴史捏造? 関係者激怒」

http://www.zakzak.co.jp/gei/2008_03/g2008032906_all.html


 読売は「糞尿(ふんにょう)が城にたまり、その不衛生さから」と一般紙しらく穏和に(?)書いている。これだと単なる歴史解釈の相違のようだ。中にはなにも抗議するほどのことでもないと解釈するひともいるだろう。そうではない。現実の放送は、城の中のそこいら中が糞だらけになり、こりゃたまらんと全員が逃げ出したと、会津武士を嗤うひどい内容であり、タレントも会場も嗤っていたのだ。私はリアルタイムで視聴していたから、そう断言できる。
 

 
 『夕刊フジ』からの一部引用。
 

 この騒動、専門家はどう見るか。
 幕末の会津藩に関する多数の著書があり、会津史学会の会員でもある直木賞作家の中村彰彦氏=写真=は「そんな放送をされたら、多くの人が亡くなったあの戦争が、糞尿譚や尾籠な笑い話になってしまう。死者を冒涜する曲解ですよ」と断言する。

 中村氏は、5000人が籠城した戊辰戦争経験者の回想録の一部に「籠城中、持ち場から離れられず、厠に行けなくて野糞をする人もいた。それを踏んで転んだりと、始末に苦労したといった記述はある」と解説。

 その上で「約10万坪の敷地がある若松城は、深いお堀に囲まれ、糞尿だって始末はできた。それだけで降伏をしたなんて、あり得ない話で、あまりにも史実の曲げすぎです」と指摘する。

 放送前に市側が、制作会社に糞尿話の引用先をたずねると『戊辰戦争速記録』という歴史書の名を挙げたというが「そんな本は聞いたこともなく、そんな史料をあげること自体が、おかしい」と中村氏は失笑する。
 

 
 私は2月に放送されたこの番組を見ていた。このくだりもよく覚えている。正解を知ると出演者のタレントや会場も苦笑していた。ロンブーの淳はおおはしゃぎ。

「よくもまあこんなバカなことをしたり顔で放送するもんだ」と呆れた。
 糞尿の処理に困って籠城していた武士がみな逃げ出したというのだ。今時の軟弱な感覚で歴史を知ったかぶりするとこういう噴飯ものの勘違いが生まれる。命を懸けて戦っている武士がたかが糞小便ごときでそんなことをするものか。

 そもそも現在でこそ水で流されてしまう無価値な人糞だが、当時は金銭で売買もされていた貴重な肥料である。都市部の糞尿の売買権利は大きなものだった。利権争いも起きている。
 自分の身から出た糞尿は、発酵させ、食物栽培の肥料として使用する価値のあるものだった。私の知る限りでも、昭和30年代の農村ではふつうに行われていたことだ。糞尿は忌み嫌うだけの役立たずではなかった。
 石坂洋次郎の小説を読むと当時の感覚がよくわかる。

 とんでも本「少年H」のばかばかしさと同じく、現在から過去を捏造するとこんな滑稽なことが起きる。水洗トイレ感覚で当時を論じてはならない。



 上記、中村氏が紹介している「持ち場を離れられず、近くに野糞をした。それにすべって転んだ」という引用も、尾籠な滑稽話ではない。いかに真摯に戦っていたかの証明だ。今風に、糞にすべって転んだ、服にうんちがついた、たいへんだたいへんだ、臭くていられない、という感覚で語るものではない。

 たとえ首まで糞に埋まろうと会津戦士は最後まで戦い続けたろう。そして言うまでもなく、深い堀に囲まれている10万坪の若松城が、糞尿の処理に困ることなどあり得ないのである。最大の問題は籠城による饑餓だったろう。
 それこそ「垂れ流し」のくだらないテレビ番組とはいえ、世の中にはそれを信じるひとがいる。会津の人たちは先祖の誇りにかけて笑ってすませるわけには行かない。


 
 もうひとつ大事な点を『夕刊フジ』から引用。
 
 じつは、抗議は今回が初めてではなかった。
 放送前、番組の制作会社から会津若松市の観光公社に「戊辰戦争の際、城内にはどのくらいの数のトイレがあったのか」と問い合わせがあり、質問の理由を聞いた担当者らが「それは史実と違う」と放送中止を申し入れていたのだ。
 だが「収録も終わり編集できない、と言われた」(
同市観光課)と地元のアピールを無視した形の放送となった。


 下線部分にTBSの体質がよく現れている。放送前に抗議はされていたのだ。真実を確認することや相手の名誉よりも、自分たちの都合を最優先している。こんな連中に報道の資格はない。
 いったいどこまで不祥事を重ねるつもりなのか。
 


 

 ささいなことだが──いや意外に重要な要素か──この番組の司会をし、戦国武将、歴史が大好きだと大言壮語するロンドンブーツの田村淳が山口県(=長州)出身だというのも関係があろう。

 田村は戦国武将に詳しいことを自慢し、そのことがきっかけとなってNHK大河ドラマに武将役で出演もしている。私は大河ドラマは見ないが、彼が自分の武将好きを連綿と語るNHKの番組は偶然見ている。
 この番組でも、自分を「歴史王子」と名乗り、出題や正解発表の際にも、通であることを大いにアピールしていた。この番組の企画発案にも関わっているのかもしれない。

 長州と会津は不仲である。当時の経緯をいまも引きずっている。
 山口育ちで歴史好きという田村は、子供のころから、むかし敵対した会津の「だらしない連中の実態」として、この種のくだらない風聞を聞いて育ったのではないか。
 

 朝鮮の高校生が日本に修学旅行に来ると、ガイドは神社で、「神様を拝むときは頭の上に靴を載せるのだと冗談で教えたら、無知な日本人は本気にして頭の上に靴を載せて拝んだ。それが烏帽子の形になった」と説明する。朝鮮の高校生が優越感でどっと笑う。あわれだ。まあこういうねじくれた関係が生じる歴史的不幸はあるが。

 それと同じように、長州育ちの田村は、こどものころから「腰抜けの会津のサムライは、くそしょうべんだらけになって逃げ出した」と覚えて育ったのではないか。
 この問題のときも、司会の田村は正解のそれを知っていたと得意気だった。
 

 ※
 

 敗者はかなしい。原爆や空襲で無差別殺戮をされても文句も言えない。それどころか中には、そういうことをされるようなことをしたこっちがわるいと言い出す輩までいる。
 それと同じ流れがここにもある。これは「勝てば官軍」の発想だ。

 それにしてもTBSってのは……。

 

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【附記】──TBSが謝罪
 

鶴ヶ城クイズへの抗議にTBS謝罪「市民心情に配慮欠く」

 福島県会津若松市がTBS系のクイズ番組を巡って抗議文を送った問題で、TBS側は31日、謝罪文を提出した。

 番組では、旧幕府軍が若松城(鶴ヶ城)を明け渡した理由について、「糞尿(ふんにょう)が城にたまり、その不衛生さから」を正解とした。市は「それがすべてのように放送され、イメージを損なわれた」と抗議していた。

 謝罪文では、要因は複数あると認識していたが、バラエティー番組という側面もあったとしたうえ、「主な理由として扱い、市民の心情に配慮を欠き、深くおわびする」とした。訂正放送は「(クイズ番組は)単発なので困難」とした。

 菅家一郎市長は「この回答では市民の憤りは収まらない。きちっとした歴史認識をもってもらいたい」と話している。

(2008年3月31日21時41分  読売新聞)

 

あいかわらずの朝青龍批判──ニッカンスポーツとテレ朝の姿勢2

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 大阪場所後の、あいかわらずの朝青龍批判をまとめました。まあほとんどがニッカンスポーツとテレ朝なんですけど(笑)。

 朝青龍と競走馬アドマイヤジュピタのことを他のメディアから引用したら、ごくふつうの文章で、あらためてニッカンスポーツの異常さに気づいた次第です。

http://monetimes.web.fc2.com/ez-sumo08.htm#hihan

 

朝夕のニュースショーの構成3

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 長時間のニュースショーは繰り返しだ。たとえばみのもんたの朝のワイドショーは5時半から8時半の3時間番組だが、1時間番組を3回繰り返すだけである。メインは時間帯や他局を意識した7時半から8時半の部分にせよ、5時半から6時まで見れば、今日なにをやるか=昨日なにがあったか、はわかるようになっている。見ずにすむこともあって助かる。

 夕方のそれも同じだと思っていた。午後5時から7時までの2時間番組も、1時間番組の2回繰り返しであり、5時から見ても6時から見ても同じだろうと。
 ちがうことに気づいた。ニュースは5時からである。大事件があったら6時からも繰り返すのだろうが、そうそうそういう日もない。よってテレビ局は6時からのためにテーマを決めた特集を毎日用意している。それはうまいラーメンや安い寿司屋の「食」であったり、ケチケチ生活や大家族のような「生活」であったり、鬱病や乳ガンのような「病」であったりする。

 夕方のニュース番組で、その日一日の事件を知ろうと思ったら6時からでは遅い。チベットのことを知ろうとしても、「ラーメン」や「鬱病」の話になってしまっている。いつまで待っても出てこず、7時前定番の天気予報になって終る。この時間にニュースを見たいと思ったら4時55分ぐらいから始まるそのときに合わせねばならない。夕方の2時間ニュース番組は、1時間のニュースと1時間の特集という2部構成なのだ。
 ここを逃すと午後10時、11時の番組までニュースは見られなくなる。毎日午前2時起床の私はその時間にはもう寝ているので夕方のこれが勝負(?)になる。

 PCに向かってのっているとき日課とはいえテレビのニュースチェックはわずらわしい。いつも5時になると見ていたのだが、ここ何度か「5時からでも6時からでも同じだ」と思い、そのままPC作業を続け、6時過ぎに見る日が続いた。ぜんぜん傾向が違うことにやっと気づいた。チベット問題を見たい私に鬱病や花粉症特集は無意味だ。
 みのもんたのそれが「1時間番組3回繰り返し」と気づいたときは、すこし賢くなった気がしたのだが、なかなかうまくゆかんものである。(投稿予約原稿)

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内藤、ポンサクレックに勝つ──この世に亀田戦は存在しないかのようなTBS3

boxing
 内藤がなんとかポンサクレックに勝った。最強のチャンプである彼をKOするのは無理か。ともあれ引き分けだがなんとか防衛した。これで当面は安泰である。ポンサクレック以上の敵はいない。ふたりが尊敬しあっていることがわかるボクシングらしい試合だった。

「白鵬と内藤」というコンビは誰が推したのか。「朝青龍と亀田」に対抗して、ここでもベビーフェース対ヒールの構図。
 試合前のそれらの映像を見て、そういえばふたりが一緒に食事したり、相撲部屋に内藤が稽古に行ったりしたことをすでに見ていたのだと思い出す。なのに忘れていたのは、TBSが仕掛けたあまりのわざとらしさを無意識のうちに拒んでいたからだろう。

 過去の映像、周囲の人々を延々と流すが、亀田のカの字も出てこない。思わず「局はどこだっけ」とあらためて確認するが、するまでもなくTBS。

 ボクサー内藤の経歴を編輯するなら、亀田との絡みがまったくないのはあまりに不自然。その不自然を平然とやるのがTBS。
 亀田次男戦のときは、バッティングで流血した内藤にはしゃぎ、このまま続行不可能になれば亀田次男がチャンピオンだと実況していた。すべてしらんふり。しかしおまえらが忘れてもこちらは覚えている。

 こわいよね。ないことをあるように捏造するのも得意だが、あったことをなかったかのように無視することも平気。こわいテレビ局だ。

 三月末にはまたしらんふりして今度は亀田兄の試合を流す。

 戦争中は戦争を礼賛して、敗戦後はそんなことはなかったかのように振る舞う新聞と感覚は同じ。
 それぐらい面の皮が厚くなければ出来ない商売だ。

朝青龍「死ね、このやろー!」問題考1

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 横綱朝青龍(27=高砂)が公衆の面前で大暴言をはいた。
 25日、滞在先のハワイから関西空港に到着。待ち構えていたカメラマンに「死ね! このヤロー!」と吐き捨てた。横綱以前の人間性を疑われる発言に、一般の搭乗客もあぜん。

 ハワイ出発時にはアロハシャツに短パン姿で空港に現れ、撮影したカメラマンに写真を消すようどう喝。この日、番付が発表された春場所(3月9日初日、大阪府立体育会館)を前に、品格問題の再燃は必至だ。

 「品格」のかけらもない暴言だった。午後4時半、朝青龍が8日ぶりに日本に降り立った。搭乗者出口へ歩く横綱に、複数のカメラマンが近寄ろうとする。

 1人が「横綱、おつかれさまでした」と優しく声をかけた直後信じられない言葉が飛び出した。
 「死ね! このヤロー!」

 一般客もいる場所で、その後も「どこのカメラマンだ」とひと言。

 周囲にいた老夫婦が思わず「大変だねえ」とカメラマンに同情するほどだった。
 
報道陣が待つ到着ゲートから出てくると、仏頂面のまま無言で足早に歩を進め、関係者の車に乗り込んだ。

 暴言には伏線があった。17日から滞在していた米ハワイから出発するため、日本時間の25日午前6時ごろにホノルル空港に現れた。日本人観光客から「あっ、朝青龍だ」の声が挙がる中、力士とは思えない青い花柄のアロハシャツと白い短パン、サンダル履きの軽装。最初は笑みを浮かべていたが、待機していたカメラマンを見つけると表情を一変させた。シャッター音を聞くと右手でカメラマンを手招きし「どこの社だ。名刺出せ! 写真を消せ!」とどう喝した。

 力士が公の場に出るときは、着物が常識。認識していた朝青龍の後ろめたさが、理不尽な怒り爆発になった。
「着物はカバンに入っている。関空で撮ればいいだろ!」と、撮影した写真を目の前で消去させた。約10時間のフライト中もイライラが募ったのだろう。緑の着物姿で現れた関空では自らを抑えることができず、再び公衆の面前で醜態をさらしてしまった。

 昨年11月に2場所出場停止処分の謝罪会見を開き「品格の面でも磨いていきたい」と誓った。その後は公衆の前で懸命に感情を抑えようとしてきたが、報道陣の前では時おり周囲がまゆをひそめる言動は続いていた。ハワイへは兄スミヤバザルさんの結婚式のため渡った。関係者によれば滞在中もトレーニングを欠かさず、父ドルゴルスレンさんやスミヤバザルさんと砂浜を走ったり相撲を取ったりしたという。家族とリラックスして過ごしたことで、たがが外れてしまったのだろうか。

 この日、春場所の新番付が発表され、史上9位となる横綱在位31場所となった。その日に横綱としての自覚を問われる言動と服装。これまでも相次ぐ問題で騒がせてきた朝青龍だが、4場所ぶりの優勝を目指す場所を前にとった軽率な行動が、取り返しのつかないことになるかもしれない。 
( ニッカンスポーツ:2月26日)
 

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 見事なまでに事実をゆがめた悪意たっぷりの記事である。太字と下線部を読んで欲しい。私怨丸出しだ。
 言われたのは『東スポ』のカメラマン。「言ったか言わなかったか論争」では、私は言ったと思う。『東スポ』カメラマンは「小さな声でボソっと言った」と証言している。ハワイのアロハ姿のこともあり、苛立っていた朝青龍がつぶやいたのは事実だと私は思う。以下、事実としての展開。

 なんてことはない。苛立っていた若者がつぶやいたひとことである。よくあることだ。見過ごせばただそれだけのことである。どうでもいいことだ。
 
 だがそれを見過ごさないマスコミがあった。当事者でもないのに「やった!」とばかりに、事実をゆがめ、大袈裟に、大々的に一面で取り上げた。「ニッカンスポーツ」である。
 現実にそれを言われたのは(言ったと假定)『東スポ』記者なのに、我が事のように大仰に、上記のような感情入れまくりの歪んだ文章で報じた。

 ここまで大きく報じたのだからワイドショーは飛びつく。大騒ぎになった。逆に言うとこんなこと、「ニッカンスポーツが一面で大騒ぎしなければ、誰も知らないどうでもいいこと」だった。マスコミが事件を作る。その典型例になる。

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 『東スポ』のカメラマンにボソっと言ったひとこと。それも彼を特定して言ったのではない。毎度毎度のことからカメラマンというものに対して苛立っていた。たまたま待ち伏せし、声を掛けてきたカメラマンに対してつぶやいたひとことである。当人の『東スポ』カメラマン・遠藤氏が、そう語っている。

 ニッカンスポーツは、それをまるで公衆の面前で怒鳴り散らしたかのように報じ、有名人の写真を撮るために待ちかまえているカメラマンという職業を「たいへんだね」と言った一般人の発言を、その怒鳴り散らしに怯えたかのような発言にもってゆく。さすがアサヒシンブン系列のスポーツ紙である。

 しかしこれ偶然ではない。すべてはあの「キムチ野郎」から続くニッカンスポーツとの遺恨だ。それだけの話である。

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 なさけないのは『東スポ』だ。言われたのは自社のカメラマンなのだから最初から騒げばまだよかった。よかったってこともないが、それならまだ筋が通っている。しかしそんなこと誰も気にしなかった。だってどうでもいいことだから。『東スポ』はそんなことがあったことすら知らなかった。このことがまた朝青龍のやったことがニッカンが取り上げなかったらたいした問題ではないことを証明している。

 ところがニッカンが一面で報じ、テレビも巻き込んだ大騒ぎになる。どうやら直接言われたカメラマンは『東スポ』所属と知る。すると一転してこりゃおいしいとばかりに、いきなり「当社は最後まで戦う!」とか言い始めた。「読者も七割が本社を支持!」とか(笑)。自分のところが関わっていたのに他社が報じてから尻馬に乗るところがなさけない。いやいかにも今の『東スポ』らしいか。

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 ニッカンスポーツとウチダテマキコは明らかな敵意で朝青龍に接している。
 それはそれで「商売」の方法だろうが、こんなことで異国人の青年を追いつめて何が楽しいのだろう。朝青龍がノイローゼになり自棄になり引退したらうれしいのか。自殺でもしたら万々歳か。それが楽しみで報道(発言)し続けているのか。
 ウチダテは相撲が好きだという。ウソだ。好きなものをあんなに貶めるはずがない。ウチダテが好きなのは、相撲を好きな自分である。

 ニッカンは論外。アサヒ系だけに、ひたすら地位のあるものを引きずりおろすことが社是だ。こまったもんだよキムチ野郎! あの朝鮮人記者をなんとかしろ!

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 もうひとつ私は、ヒール朝青龍の対極として、やたら白鵬を優等生にしたがるマスコミの姿勢に懸念を感じる。こっちのほうが重要か。
 真の相撲ファンはニッカンやワイドショーの報道にたじろがない。どっしりと腰を構えている。安心だ。いわば北風。潜行艇岩風。すまん、ついゴロ合わせで関係ないことを言ってしまった。誰ももう岩風なんて覚えていないか。とにかくまあ、北風に対しては平気だ。

 一方この「白鵬褒め殺し」はたちが悪い。いわばぬるま湯。ピアニストの中村紘子が、ピアニストと家事について問われ、洗い物での冷たい水は問題ないが、お湯でふやけさせるのはよくないと語っていたことがある。ナマアタタカイものには注意である。

 これで白鵬が、ほんのすこしでもマスコミの気に入らないことをやったなら、それみたことかと大騒ぎするだろう。「白鵬よ、おまえもか」「モンゴルの血」「若手時代から朝青龍にかわいがられていた」と手のひらを返したように騒ぎ立てるのは目に見えている。優等生にして持ち上げるのはその前準備に過ぎない。

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 長島王の時代、実は寮を抜け出して夜遊びに行ったりする素行の悪さは王のほうが上だったのだそうだ。ご本人が語っている。だがマスコミは破天荒な長島に対するキャラとして、王をくそまじめな求道者キャラにしたがった。わかりやすく、伝えやすいからという「自分たちの都合のため」に。その紋切り型の切り口、くだらなさを、いま王自身が批判している。マスコミなんてそんなものだと。陰と陽に分けたがるのだと。

 時代は変わっているが変っていないものも多い。
 プロレスは衰退したが「悪しきプロレス的切り口」はむしろ増えている。(投稿予約原稿)

キチガイは発音がNG らしい(笑)1

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  基地問題を扱っている「TVタックル」で、字幕に「基地外」と出ていた。2ちゃんねるでおなじみの気違いや気狂いの字面当てである。この場合はもちろん「基地の外部」という意味での「キチガイ」である。

 ところが音声は、文字が「基地外」とあるのに、「キチガイ」とは発音せず、その箇所だけ、「基地の外において」「基地の外では」と、「キチノソト」と発音していた。その他の字幕文字はすべて表記通りに発音しているのだから、これは目立つ。

 キチガイという言葉は、現在のマスコミにおいて、文字を通り越して、すでに「音として」許されないモノなのだと知る。どんな字であろうと、どんな意味であろうと「キチガイ」という音は許されないのだ。こりゃひどい。まさしく気違い沙汰だ。

 クレイジーもマッドもふつうのアメリカがうらやましい。というか、こんなことに異常に神経質なのって世界中で日本だけだろう。困った「人権主義」。

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【附記】──2/26

 でも表記そのままで読み上げると「キチガイでの行動を自粛しました」のようになる。しかたないか。こんなのがテレビから流れてきたら誰もがドキっとする。

 

橋下知事報道考──『週刊文春』の悪意1

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橋下知事関連ニュース──『週刊文春』の悪意

発売中の『週刊文春』に次のような記事がある。
テレビで橋下大阪府知事が「キレまくり」 と連発している。
映像など見ずに書いているのがすぐにわかるひどい文章だ。

文章だけでも悪意たっぷりだが、さらに仕上げとして「キレまくり橋下知事はナニワにお似合い」というセンス抜群(笑)の見出しがある。
これを読んだ大阪府民は「ナニワ」とわざわざカタカナにし、「お似合い」と小馬鹿にしたような関東の上から目線を不快に感じるだろう。ハシモトのようなカスは、おまえらカスにお似合いだと挑発しているのである。

その関東、東京、文春に対する敵意は、すぐに「あんなのが知事だからこんなことを書かれるんだ」と橋下への批判に転化する。なんとも巧妙な悪意であり「誘導」だ。

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私の友人には『週刊文春』を読んでいるひとがおおい。みな忙しいからテレビはほとんど見ない。まして大阪ローカルのNHKを見られるはずがないし、ネットにアップされたそれを目にすることもない。日曜早朝の「報道2001」も見ていない。

彼らはみなこの『週刊文春』の記事から、それらを「情報」として記憶してゆく。ここにおける「事実は」は「悪意を交えた間違いだらけの週刊文春的事実」でしかないのだが、情報がそれしかないのだから、そう思いこんでゆく。怖い世界だ。

戦時中、アサヒシンブンを始めとしたマスコミは、負け戦は報道せず、勝ち戦のみをことさら大げさに報道した。
その理由は軍事政権に強要され、しかたなくだったのだそうな。
戦後、そう語っている。

じゃあ今この時代、軍事政権に強要されているわけでもないのに、なぜに事実に反した歪んだ報道ばかりするのだろう(笑)。

マスコミ人の誇り、快感は、大衆誘導にある。自分の意見が何百万人、時には何千万人もの読者・視聴者に影響を与える。これほど気持ちのいいことはない。
それは戦時中も今も変っていない。橋下知事を嫌いな記者が事実に反したことを書くのも、戦時中の「勝った勝ったまた勝った!」も本質は同じである。
マスコミの驕りだ。

戦時中と今の絶対的な違いは、マスコミが特権階級ではなくなったことだ。むかしは政治家の素顔は庶民には遠いものだった。新聞記者の筆で想像するしかなかった。今は記者の文章にたよることなく映像から直に判断出来る。

以前は「なにも知らないおまえらに教えてやる」という優越感にあふれていたマスコミ人に今それはない。むしろ2ちゃんねるでネタを拾う時代である。

出来るのは、嫌いな人間を「ナニワにお似合い」と皮肉っぽく書くことによって反感を煽るぐらいだ(笑)。
こんなことをやってて惨めにならんのか。なんとも恥ずかしい見出しである。

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【附記】 メールをくれた見知らぬ方々へ

見知らぬ方々から多数のメールが届いた。
私のことを「橋下信者」と決めつけ、「ブッシュと橋下では政治家としての格が違う」とかの訳のわからんものばかりだった。わたしゃブッシュのブの字も書いてない。どういうことだろう(笑)。返事の書きようもない。

私の書いているのは「マスコミ論」である。
私はフジサンケイグループが好きだし、「報道2001」も長年見ている。黒岩キャスターは好きなアナである。
一方、たとえばカンナオトとかフクシマミズホは大嫌いだ。
だが先日の番組で黒岩が、彼らにそんな態度を取ったなら、私は同じく彼らの味方をする文を書いた。
フジテレビも橋下も関係ない。マスコミ論であり「アナウンサー考」だ。

言いたいのは、テレビ局のアナの、職務を逸脱し、己の立場を勘違いした高飛車発言は、出演者に失礼であり、醜悪だということである。

橋下知事NHK問題──美川憲一のコラム?1

『夕刊フジ』の美川憲一のコラム。こんなことを書いている。

《私その日はたまたま自宅でテレビを見ていたのよ。そしたらあの人、頭からポッポポッポ湯気出して、いきり立っちゃってさ。「あら〜、またやっちゃったわ」って感じであきれ返って見てたわよぉ〜。》なのだそう。以下、ひどい内容。

橋下はクールな応対で頭から湯気なんか出してなかった。そこでまず見ていないのは明白だけれど、それ以前に、美川は東京の自宅で、どうしてたまたま大阪ローカルの番組が見られたんだろう。
BSででも流してたのかな。

ゴーストライターもいくら原稿料が安いからといって、もうすこし誠実な仕事をしないといけない。このコラムを読むたびにいつも感じる。

こういうのって誰かが火を点ければすぐに「炎上」だろうな。すると美川は「あたしはあんなもの書いてないのよぉ〜」って逃げるんだろうけど。

倖田來未失言考※; 嵳喊紊腐る発言」──異見だが一部同感1

2008年版・「日本的なもの」への不快感

 本稿で使う「日本的」とは悪い意味である。不合理・非合理・情緒・許し合い・曖昧模糊・苛め,といった事柄を「日本的」と総称している。日本のメディアに接すると,日本的な話題が日本的に報道され,何とも言えない気分になることがしばしばある。

 筆者は報道を生業としているわけだが,そのことはいったん棚上げし,最近不愉快に思った「日本的なもの」を巡る「日本的な報道」についていくつか書いてみたい。

 日本的な話題の一例は,大相撲の元親方や力士が逮捕された事件である。少し前,モンゴルに帰ってしまった横綱についてメディアは批判的に報道していたが,今回の事件が起きてしまった以上,「大相撲の精神はやはり日本人横綱でないと継承できない」という言い方であの横綱を批判することはできない。そもそも大相撲ばかり批判する訳にもいかない。旧日本軍で同様の苛めがあったことは知られているし,旧日本軍の体質を継承した日本の企業や組織において,似たような苛めは起こりうるし,起こっている。

 日本的な報道の別な例は,女性歌手の失言事件を巡るものである。事件というほどのことではないが,謝罪会見をさせ,新譜の販促を控えさせるなど,結構な騒動になっている。確か関西弁で話す歌手だったと思うが,彼女の“失言”に対し,「あほなことを」と同じ関西弁で笑い飛ばすわけにはいかなかったのか。 (後略)(谷島 宣之=経営とITサイト編集長)

女性歌手を「大阪弁で話す」としていましたが,彼女は京都出身でした。お詫びして「関西弁で話す」に訂正します。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080212/293527/

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たぶん思想的にはまったくあわないかただと思うが、下線部分に関しては同意見である。「あほなことを」で済む問題だ。社会的大事件にする感覚は狂っている。

 

【関連】

http://blog.livedoor.jp/moneslife/archives/50876704.html

 

 

 

橋下知事NHK問題──偏向報道のおそろしさ1

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 月曜朝のワイドショーはみなこの問題を取り上げていた。中でもTBSのみのもんたの番組はひどかった。コメンテーターの顔ぶれを見れば中身は想像できたが。

 社民党のフクシマミズホが、「私も公務でテレビ番組に遅刻したことが何度もあって、でも理由を言えばみなさんわかってくれたから、橋本さんも公務であることを言えばよかったのに」と発言していた。周囲の連中も頷いている。橋下の説明不足が原因でNHKにミスはないという意見である。私は「言ったよ」とひとりごちる。
 誰かがそれを指摘するかと思ったら誰もしない。このことでここにいる出演者全員あの番組(あるいはヴィデオ)を見ていないことがわかる。見ていずわからないからフクシマの発言を首肯し、いつしかそれが事実のようになってゆく。事件に関してコメントするなら、最低限発言に必要な情報を収集すべきである。全員コメンテータ失格だ。

 私の見ていた限りでもフクシマはこのことを三回言った。三回目の「公務で遅れるって言えばよかったんですよね」には、思わず、「だから橋下はそれを言ったんだよ!」と口に出していた。テレビ画面に反撃してもしょうがない。お恥ずかしい。それぐらいくどく繰り返していた。おそろしい誘導である。しかもこの女、基本的な情報を確認せず発言している自分に対する恥がない。東大卒、司法試験合格の大バカである。

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 だいたいにおいてこの種のことは「現実のテレビ」を見ていた人よりも、こういう報道で知る人の方が多い。朝、出勤前にこの番組を見て、その後会社等で、「橋下も公務で遅れるって最初にNHKに言っておけばよかったんだよ」とフクシマの受け売りをした勤め人も多々いたことだろう。おそろしい。私が真に惧れるのはそれである。嘘も語り続ければ「真実」になってゆく。

 サラリーマンである私の兄などは典型的なそれで、事の真実を知ろうとせず、この種の番組から「情報」を得、常にそれを事実としてしゃべっていた。情報の怖さを感じたものだった。
 もっとも自分の担当する商品をひとつでも多く売ることに命を懸けている兄からすると、「真実」などどうでもよく、それは社交のネタでしかないのだろう。今も多くの人にとってこういう「事件」はその程度でしかない。
 それらにうんざりしていた私からすると、きちんと映像を確認した上で発言する2ちゃんねるに出入りする連中の方がずっと信用できる。映像を確認した上で、それでもNHKの味方をする気違いの存在もわかりやすい。

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 その他のコメンテータの発言も、「この程度のことでキレてしまっては公人として失格です」と、番組を見ていず、新聞等から得た知識で発言しているのがみえみえだった。いやはや醜悪である。

 私はこういう件に関して比較的みのを信じている。ジャーナリストとしてふるまいたかった芸能人クメヒロシと違い、自分を「私はジャーナリストじゃありません。芸能人です」とするみのは、見当違い覚悟で言いたいことを言う。時に舌禍事件を引き起こすが、「体制批判をすることが美」というクメ的な勘違いがないから、まともな発言も多い。

 だがあれだけ忙しい彼がNHKの橋下を見ているはずがない。まして昨日は贔屓の朝青龍が大相撲トーナメントで優勝した。「みの賞」を出して、一緒に飲んできている。宿酔い気味の顔でコメンテータの意見になにも言わず頷いているだけだった。

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 日テレではナンミョー信者のミフネミカというのが、「NHKの人は、とってもやさしくて、こんなに、と思うほど親切な人が多いです。わたしにはとても信じられません」とNHKの味方をしていた。これでますますNHK受けがよくなったことだろう。よかったなナンミョー。
 これも怖い。まったく状況を理解しようとしない無知が、感覚だけで発言している。いわばよくある「兇悪なヤクザが人殺しをしたとき、『誰がなんと言おうと、わたしにだけはやさしかった』と庇う愛人感覚」である。なんでこんなのがコメンテータをしているのか。

 テリー伊藤は「こんなちいさいことにこだわるなと言われてるけど、こういうことが大事なんです。橋下さんはどんどんやったほうがいい」と正論だった。ただこの人、状況によって発言はころころ変る(笑)。もろに電波芸者である。「以前こう言っていた」ということでこの人を信じると手痛い目に遭う。

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 インターネット時代でよかった。あの映像がなかったら私も「キレた」「たしなめられた」を信じていた。
 正しく言うなら「ブロードバンド時代」の恩恵だろう。むかしの電話回線だったら映像はUPされないし、確認も出来なかった。

 私は今までもたびたび、自分がリアルタイムで見ていた映像に関して、新聞や週刊誌がまったく異なった報道をし、それが事実として世に敷衍してゆく様を見てきた。端的に言うなら石原慎太郎発言を編輯するTBSやテレ朝である。そしてそれを信用してゆく人々……。
「世の中こんなものか」と絶望してきた。そんなとき、前記した兄のような生きかたのほうが楽でいいなと思ったものだ。へんに真実なんてものにこだわると人は不幸になる。

 当時と比べると嘘のつけない時代になった。ひとえにそれはインターネットのお蔭である。
 2ちゃんねるで正論を述べる若者を「ネットウヨ」とか、さげすむ言いかたがあることを知っている。さんざんデマゴギーを垂れ流して世を誘導してきたクソサヨクは、正当な若者が育っていることをそう言って否定するしかあるまい。虚飾の誘導が出来ない時代になった。もうアサヒが「権威」になることは絶対にない。希望的である。

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 苦言。橋下が会見で何度も「頭に来た」と発言していたが、あれはやめるべきだ。政治家特有の「遺憾に思う」も困るが、せめて「不快でした」「腹が立ちました」ぐらいにすべきだ。「頭に来た」連発はいただけない。あちらは揚げ足を取り、話を横道にズラそうとしているのだから、なるべく取られないよう、ズラされないような自制も必要である。

橋下知事NHK問題──その後1

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大阪府の橋下徹知事は9日、8日に生出演したNHKの番組で司会の女性アナウンサーから「遅刻」と指摘されたことを挙げ、「当初から間に合わないと伝えていた」「(上京の公務を)切り上げてでも番組に出ろと強硬に言ってきた」とNHKへの不信感を口にした。
 報道陣に答えたもので、今後も取材には応じるが、「(NHKの)スタジオには一切行かない」と宣言した。

 番組は8日午後7時半から関西で放送された「かんさい特集」。橋下知事は同日、東京で政党などへのあいさつ回りを終えて帰阪し、同8時ごろにスタジオ入り。司会から「30分の遅刻で到着されました」と紹介され、「遅刻は僕の責任じゃない。(公務で冒頭から)来れませんと再三、言っていた」と反論していた。

 9日の予算協議を終えた橋下知事は、NHK側から番組前後にあいさつやねぎらいの言葉がなかったとして「黙っていても金が入ってくる組織はこんなもの。民間企業はあんな態度をとらない」と語った。
 NHK大阪放送局広報部は「司会の発言は場を和ませようとしたもの。終了後、複数の幹部からねぎらいの言葉はかけさせていただいている」としている。(Yomiuri ニュースより)
 

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「今後一切スタジオには行きません」

橋下徹大阪府知事(38)は、8日に生出演したNHK番組での“ブチ切れ発言”について9日、大阪府庁で会見し「今後一切、NHKのスタジオには行きません」と強い口調で同局との“絶縁”を宣言した。
番組出演前から、強引な出演要請にイライラしていたことも明かした。しかし府知事当選時から不信感はあったようで、怒りは当分収まりそうにない。

当選時「バンザイ」中継時間も無理強い

橋下知事は最初こそ「こんなこと、ここで言っていいのかな」と遠慮がちにつぶやいたが、数秒悩んだ後は、せきを切ったように持ち前の毒舌がサク裂。NHKをメッタ斬りだ。
事の発端は8日。橋下知事は、東京で石原都知事と会談するなど、精力的に動き回った後で帰阪。NHK「かんさい特集」(関西ローカル、後7・30〜8・45)の生放送に約30分遅れで出演し、平松邦夫大阪市長(59)らと対談した。
“遅刻”した形となった橋下知事だがNHKには前もって「公務優先なので、放送開始には遅れる」と知らせていた。

しかしNHK側は同日、スタッフを東京に派遣。公務を切り上げて出演するように「強硬に」要請した。それを断ると「では東京のスタジオで」とわが物顔で提案。これも断ると「同じ新幹線に乗り込んで新大阪までついてきた」という。
その後、急いでスタジオ入りした知事に藤井彩子アナ(38)が「30分遅刻」と発言。これで「完全に頭にきた」という。(スポニチより)
 

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いやはや呆れたものである。「遅刻」することが前もってわかっていたことは、スタジオに橋下だけ人型が用意されていたことからも分かる。
NHKが惧れていたのは橋下が番組に間に合わないことだった。スタッフを橋下の周囲に派遣し、なんとか間に合わせようとしていた。そのとき彼らが思っていたのは、「なぜこんな苦労をせねばならないのだ」であり、「NHK出演を最優先しない橋下が悪い」だったろう。

私は前項で「テレビ人の驕り」に触れた。
「遅刻」ということばは、「なによりもNHK出演を優先すべき。なのになぜ遅れてくるのだ」という心境から出たのであろうと。それは私の意見であり推測である。

だが今回あきらかになったように現実はもっとひどかった。「公務を切り上げてまで出席しろ」と要請していたのである。その前、開票日には、NHKの放送時間に合わせて当選確実の万歳をしろとも強要されていた。

これであの女アナの「遅刻」が、自分たちの番組への出演よりも他のことを優先した橋下への「ペナルティ」として発言されたことがわかる。「権力者」からのお仕置きなのだ。いくら橋下に指摘されても謝るはずなどない。上から下へのお仕置きなのだから。
 

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「司会の発言は場を和ませようとしたもの」は笑える。これもむかしのように「証拠」がないと通じてしまうが、今は映像がネットにアップされ、多くのひとが目撃している。「和ませようとして」の発言かどうかは見た人間が判断することだ。しかしまあよくも言うものだ。あれが「和ませるため」なのか(笑)。

「複数の幹部からねぎらいの言葉はかけさせていただいている」も嘘。組織はこういう嘘を平然とつく。これは私も経験済みである。これが真実なら、民放各局と比較してその種の言葉がひとつもなかったと言い切った橋下はとんでもない嘘つきになってしまう。この件に関しても橋下は闘うべきである。

 自分たちの番組を最優先せず遅れてスタジオ入りする橋下にNHK職員はやきもきしていた。場を仕切る司会者は不快だった。だから「遅刻」という表現があった。職員はみな遅れてきた橋下に不満だったうえに、番組中にNHKのイサンイダー取引にまで触れられている。関係者から「ねぎらいの言葉」などあるはずもない。どちらが真実を語っているかは明白だ。

 私は「橋下知事NHK口撃事件」を別項にあるようにまとめた。その後この種のニュースが続いたが、もう書く気はなかった。あれで充分だと思っていたのである。
 だが今日月曜になって看過できない出来事が起きている。むしろ問題点はそこにある。(続く)

現実を見ていない視点──ターザン山本氏のコラムより1

00-mas
(前略)
昨日の朝刊のスポーツ新聞の一面はなんと白鵬VS朝青龍戦。 

 今、相撲の取り口がスポーツ新聞の1面になることはほとんどありえない。

 だから今回のことは異例中の異例といえる。その理由としてやっぱり考えられるのは世の中には猜語瓩必要だということである。(後略)

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 以上はターザン山本氏のコラムからの抜粋。千秋楽翌日のスポーツ紙の一面を「なんと」大相撲の一番が飾った「異例中の異例」を取り上げて持論を展開している。
 相撲に興味のない外国在住の人なら、すんなり信じてしまいそうな導入部である。

 しかし言うまでもなく、大相撲は、初日にもひさしぶりに登場の朝青龍が勝っただけで、デイリー以外のスポーツ紙の一面を飾った。二日目は朝青龍が負けたものだから全紙一面である。大騒ぎだった。
 10日目に白鵬が負けたときも一面になった。私の知る限り、初場所だけでも4回は一面になっている。なのにこのターザンのコラムからだと、千秋楽の一番だけが一面になり、それが大事件のようだ。

 たしかに野球やサッカー、ゴルフと比べると、相撲の取り組みが一面を飾ることはすくないが、今はその他のメジャースポーツがオフであることもあり、今場所は大相撲は何日も一面を飾った。異例でもなんでもない。「取り組み」以外の「朝青龍スキャンダル」を含めたら、昨年秋からいったいどれほど朝青龍が一面を飾ったことか。いかにターザンが現実を見ず、思いつきだけで書いているかが解る。

 私生活を綴る日記は思いつきでかまわないが、なにか「論」を展開するなら、最低限の事実確認が必要になってくる。これは、あまりに事実を無視した手抜き論法だ。以下に続く朝青龍を評価する論も、この導入部が事実と違うだけで色あせてくる。残念でならない。

 今の彼がそんな書きかたをしていると割り切ればいいのだろうが、それにしても不可解だ。この人、あれだけ競馬が好きで、競馬場にも頻繁に来ているのにスポーツ紙を読まないのだろうか。読めば、買えば、いやでも気づく。

 いやそれ以前に普通に暮らしていたなら駅の売店のスポーツ紙の一面が相撲ばかりであることに気づくだろうし、朝昼のワイドショーでも一般紙、スポーツ紙全紙をボードに貼り付けて解説しているから、今のスポーツ紙が「相撲だらけ」であることが自然に目に入ってくるだろう。

 朝刊スポーツ紙が並んでいる時間は寝ているので知らない、朝昼のテレビは見ないとするなら、理解できなくもないが、いずれにせよこれは、かなり雑な論旨の展開である。ほとんど現実を知らない人の机上の空論になっている。読んでいて恥ずかしい。
 現実は相撲好きの私が異常と思うほど相撲報道は過熱している。それを「なんと」「ほとんどありえない」「異例中の異例」と正反対の解釈をしている。

 知らない仲でもないので今度競馬場で見かけたら問うてみよう。こういう「いかにもほんとらしい間違い」というのは、本人のためにも読者のためにもよくない。

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朝青龍問題と『産經抄』

 『産經抄』の的はずれ視点

(前略──故事「出藍の誉れ」の説明)

 ▼現横綱の朝青龍の場合はどうだろう。師匠である元朝潮の高砂親方も大関止まりだったから、地位だけなら師匠を超えている。だが、そのことで公然と師匠を見下すようになったという。数々の暴走に親方が歯止めをかけられなくなったのも、そのせいのようだ。

 ▼一昨日再来日した後、横綱は「謝罪」に駆け回った。再起を誓い「優等生謝罪」という新聞の見出しもあった。しかしあまり信じる気になれなかったのは、肝心の師匠への「謝罪」の念がほとんど感じられなかったからだ。隣に座っていたのにかかわらずである。

 ▼親方の指導にも問題はあったのだろう。「師弟のきずな」など、とうに死語になっているのかもしれない。だが師匠に頭を下げられない横綱がその名に値するのだろうか。育ててもらった師に対する感謝があって初めて「出藍の誉れ」なのだ。『産經抄』12/2

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 朝青龍から「師匠への謝罪の念」は感じられなかった。相変わらずしれっとしていた。
 しかし「肝心の師匠への謝罪の念」というが、なにが「肝心の」なのだろう。そもそも朝潮に師匠としての指導能力がなかったからこんなことになったのだ。それは入門時ウンヌンまで遡らなくてもほんの三ヶ月前ですら、とんでもないことをやっている。報道陣の前で「連絡は一切ない」と自分たちの冷えた関係を披露し、パイロットシャツを着てため息をつき、「みなさん、わかってくださいよ、わたしもみなさんと同じ被害者なんですよ」との態度でいたのはその師匠ではないか。モンゴルまで行ったがほとんど滞在せずすぐに帰国して、しゃべったのが「お肌ツルツル」だけというのもあった。『産經抄』はそれを知らないのか。忘れたのか。いや、そもそもなにも知らないからこんなことが書けるのだろう。おそろしく勘違いした視点である。

 ろくでもない親がいた。親としての務めを果たさなかった。それでも子は育つ。出世した子が罪を犯した。子供は世間に対して、親同伴で謝罪した。その謝罪会見を見て、「世間はともかく、肝心の親に対しての謝罪の念が見えないので信じる気になれない。育ててくれたのは親だろう」と言っている。
 子供はあんな親だからおれは犯罪者になったと思っている。そう思われても仕方のない親だった。それでここまでこじれてきた。なのにいきなりの記者会見で「親に対する謝罪の念」などあるはずがない。恨み辛みならまだしも(笑)。
 もしも口にしたなら不自然だし、言うような仲ならそもそもこんな問題は起きていない。『産經抄』は何を言っているのだろう。たしかに親がいなければ子は生まれてこない。こられない。だからといってどんなろくでもない親でも「生んでもらったのだから感謝しろ」と言われても、感謝できないこどもは大勢いる。それでも時が過ぎればまた違ってくる。しかしいまはすくなくともそんな段階ではないのだ。

 この師弟の一連の流れなど知らず、世間的な話題だからとズレた感覚で手を出したお粗末である。それとも、ああなっても父を庇った亀田問題ととりちがえているのか(笑)。
 まさに「朝青龍問題の本質などなにも知らないコラムニスト」が、「タイミングとして朝青龍問題をテーマに書く」ということにこだわり、そこに「出藍の誉れ」の故事を絡めて仕上げた、「コラムのためのコラム」である。しかも的はずれの。

 どうしようもない親だった。だがことここにいたって、自分の責任をやっと感じたのか、子供に対して飛んでくる言葉の礫を初めて我が身で受けて庇おうとした。私はそれを評価した。問題は今やっと、まだこの時点なのである。朝青龍問題を上っ面で捉えている『産經抄』にはそれが見えていない。わかっていない。
 こういうことが子供のころから続いていれば子は親に感謝する。それが親子だ。今までそれがなかった。それがやっと始まったに過ぎない。子の親に対する感謝の念が生まれるとしたらこれからだ。それすらまだ生まれていないのに、この場で「肝心の師匠に対する謝罪の念」などあるはずがない。


 典型的な的はずれコラムである。朝青龍と朝潮の関係を的確に把握している相撲ファンは、一見もっともらしい、それでいてはなはだしく的はずれなこの視点にしらけたことだろう。

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・このコラムは今日12月2日のもの。ネットに公開されたのが午前3時、家庭に配達されて購読している人が読むのは朝の7時ぐらいか。この文章のUPは6時だから、これは世界一早い今日の『産經抄』批判かもしれない。

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