宗教

ISIL問題──後藤さん殺害される──ネットに画像がアップ──2015/2/1/am.5:30

いつものよう3時に起きてPCに向かっていたら、5時半に「後藤さんの殺害写真がネットにアップされた」との情報が流れた。行ってみると、アラビア語で綴られ、声明が出されていた。

それはこちら

これで湯川さんも後藤さんも殺害されたことになる。 

テロに屈してはならない。
Isisはイスラム原理主義のテロ組織である。国家ではない。「Islamic State」から私も「イスラム国」と表記してきたが、いままでの文のそれをすべて「ISIL」に直す。こんなものに「国」を使いたくない。



2015/02/05

昨日、ヨルダンのパイロットが焼き殺される映像を見た。

青山繁晴さんの「水曜アンカー」をネットで見ていたら、青山さんがこのテロ組織を必ず「自称イスラム国」と言うことに対して「くどいですね」との意見があるそうで、それに対して「イスラム国という呼称は、IsisでもISILでもIslamic StateのStateを入れているので国と言っているのと同じ。私はあれを犢餃瓩世版Г瓩覆い里如↓犲称イスラム国瓩噺世Δ里任后廚伴臘イ靴討い拭 

エジプト出身のイスラム教徒フィフィが、「イスラム国はやめて」とツィートしていることも話題になっていた。

私も、こんなテロ組織に犢餃瓩呂い笋覆里如▲ぅ好薀犢颪鬚笋瓩ISILに統一したが、そのとき「でもStateと入ってるよなあ」とは気にしていた。 さてどうするか。青山さんの「自称イスラム国」が適切であるのはよくわかるのだが……。

ISIL問題──クソコラグランプリ──英字メディアが評価!?──日本を攻撃しろとの煽り!?

イスラム国により拘束された人質の殺害予告事件が行われ,連日メディアで報じられている中,一部のメディアでは取り上げられているが,まだあまり知られていないのが,日本人のツイッター利用者が,イスラム国の関係者と思われるツイッター利用者のアカウントに対して行った「ISISクソコラグランプリ」という『攻撃』である。

今日は,この現象について,海外,特に英字メディア等の評価を紹介する形で取り上げてみたい。


(英字記事、引用その1)

いくつかのコラージュ画像をみると,ツイッター利用者が単にテロリストによる身代金要求という状況を軽視し,ふざけているだけなのかは判然としない。

他方で,日本人のツイッター利用者は,コラージュ画像で,イスラム国をからかっているように見える。人質の命を軽んじ,呑気過ぎるのではないかという懸念があるのは明白である。

しかし,日本のツイッター利用者は,恐怖を通じて人々をコントロールしようというテロリストの手法に対し,ユーモアで対抗しているのではかなろうか。

はっきりしていることは,日本のツイッター利用者が日本政府に対し身代金を支払うように圧力をかけろというテロリストの要求に対して,それを拒否しているということである。


(英字記事、引用その2)

日本のツイッター利用者は,日本人人質事件において,全国的なコラージュ風刺画像を用いた戦いで,イスラム国を嘲笑うことで反抗している。
ソーシャルメディア分析会社のTospy社によると,「ISISクソコラグランプリ」という日本語のフレーズは,この1日,2日で,6万回以上もツイッター上で言及されているという。これらのつぶやきでは,イスラム国の様々な人質映像の一部を切り取り,面白おかしく日本のゲーム文化の画像などとともに,多くが加工されている。


(英字記事、その3)

今週,日本のインターネット利用者は,団結してイスラム国を嘲笑うためにコラージュ画像を用い,馬鹿馬鹿しく,軽蔑した画像をテロリストに送り付けるという戦いを展開した。
この努力は人質の救出には繋がらないであろうが,将来のテロを防止するという点において,少なくとも役立つものである。
 
アメリカ政府は,イスラム国のネット上でのプロパガンダに対し,反論のためのプロパガンダ技術を駆使してきたが,これまでのところ,アメリカ政府の試みは失敗に終わっている。
アメリカ政府の手法は,ジャーナリストに反イスラム国のメッセージを送ったり,粗末に作られたビデオを作成したりするというものであって,時代遅れであり,いずれもパッとしないものであった。
では,なぜ今回の日本での出来事が貴重なのであろうか。それは,アメリカ政府が失敗してきた試みを効果的にやってのけたからである。

プロパガンダに対する反論を展開する上で重要なのは,相手の効果を減殺することにある。イスラム国についていえば,武装グループは,自らが正義であり,かつ,獰猛であると見せたいのである。
しかし,イスラム国のプロパガンダを間抜けなアニメのキャラクターと合成することで,日本のインターネットユーザーは,イスラム国自身が馬鹿げた存在であるように見せることに成功したのである。

テロリストグループに参加しようとする人々を,テロリストを世界の指導者が強く警戒しているということを知り,テロリストが自らの正義のために闘っているということが,参加を促すものとなってしまっている。
しかし,日本のツイッター利用者は,テロリストを取るに足らないものとして描写し,弱体化させることで,テロリストが発するメッセージの重さを破壊したのである。

※ 

 長文の記事から私が一部を抽出したものです。くわしくはこちらで。http://blogos.com/article/104194/?p=1

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 いろんな解釈ができるものだ。
 敗戦国として武器を取りあげられ、手も足も出ない憲法もどきを押しつけられ、戦勝国アメリカの傘の下で、いわば去勢された男となり、金稼ぎしか出来るものがなく、いつしか経済大国となり、憲法九条があるから戦争しなかったと平和ボケした結果の、痛みを知らないガキのあそびである。それでしかない。しかし視点を変ると、こんな評価も出てくる。

「日本のツイッター利用者は,恐怖を通じて人々をコントロールしようというテロリストの手法に対し,ユーモアで対抗しているのではかなろうか」

「日本のツイッター利用者が日本政府に対し身代金を支払うように圧力をかけろというテロリストの要求に対して,それを拒否しているということである」

「日本のインターネットユーザーは,イスラム国自身が馬鹿げた存在であるように見せることに成功したのである」

「日本のツイッター利用者は,テロリストを取るに足らないものとして描写し,弱体化させることで,テロリストが発するメッセージの重さを破壊したのである」 

「これは,小さな勝利かもしれない。しかし,テロリストが参加者を増やすことで力を増していることを考慮すれば,日本人がイスラム国に対する完璧な武器を用いて,世界に,そのメッセージを発したことが,新たな参加者を妨げる唯一の方法となるだろう」


 そんなリッパなもんじゃない。世界の情勢を知らず、あたたかな部屋でニートしているバカが、パソコンで遊んだだけ。こんな評価を受けてやつらは笑いころげているだろう。

 正当な憲法を持ち、国防軍を持ち、 徴兵制度があり、徴兵期間をおえてきた若者がこれをやったなら、上記のような好意的?な解釈も成立するだろう。だがそうじゃない、なにをしたらいいかわからなくなっている平和ボケのガキが、安穏とした状態で、おもしろおかしく、うけようと、手なぐさみでやったものだ。



「テロリストの手法に対し,ユーモアで対抗している」
──そんな深い考えはない。ただおちゃらけているだけ。目先の笑いが欲しいだけ。

「イスラム国自身が馬鹿げた存在であるように見せることに成功した」──これは確か。なら彼らは屈辱に顔を真っ赤にして、それをしたヤツラに復讐に来る。しかし「それをしたヤツラ」にその自覚はない。

「テロリストが発するメッセージの重さを破壊した」──同じく、自分達の真面目さをからかわれた。なら復讐に来る。侮辱したヤツを赦さない。

「これは,小さな勝利かもしれない。しかし」──なにが「小さな勝利」かわからんけど、これが「勝利」なら、そのあとの反動は「大きな犠牲」となってやってくる。「トラの尾を踏んだ」では、よい表現過ぎるから使わないとして、べつの言いかたにすると、「キチガイと呼ばれると逆上するキチガイ」に、「キチガイ!」と大声で叫んでしまったようなものだ。キチガイは復讐にやって来る。復讐は「キチガイ!」と叫んだひとに対してやってほしいが、キチガイにその分別はつかない。

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 英字メディアは、こんな形で、日本人のツイッターによるガキの遊びを評価した。クソコラだけでも充分に不快だったテロリストは、この西側メディアの評価にますます苛立つ。明日しようと思っていたテロを今日にする。
 これらの「評価記事」は、キリスト教側がイスラム国ISILに「日本をやっちゃいな!」とけしかけているとも取れる。 やつらの仕掛けだ。あいつらは平然とそれをする。「日本のバカガキがこんなことをしてイスラム国側ISILを苛立たせている。それを評価して、ますますあいつらをイライラさせろ!」という作戦か。

 日本がやられたなら、キリスト教側は完全に日本を自分達側に出来る。 イスラム諸国の親日を好ましく思っていないキリスト教側としては、日本がイスラム国ISILのテロに遭い、イスラム諸国と不仲になるのは望むところだ。そうなるように誘導する。そのとき上記の「英字メディア」は、「やはりこんなことになってしまった。イスラムテロリストを私たちは許さない」とはしゃぐだろう。これらの記事はそのための前振りだ。

 佐賀県の田舎町でひきこもりニートをしてクソコラ作ってニタニタしているようなガキは呑気だろうが、東京に住むものとしてこれは他人事ではない。 

kanren7 イスラム国ISIL問題──日本人人質を使ったコラージュ──テロはすぐそこまで


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【追記】──ここぞとばかりにはしゃぐバカサヨク

 きっこと名乗る団塊世代のネカマを始めとするバカサヨクが、ここぞとばかりに「何ヶ月も前に捕らえられたのに、こうなるまで日本政府はなにもしなかった」と叫きたてている。渡航自粛で説得したのに、それでも彼らはかってに渡航した。捕まってからは水面下で交渉し、マスコミにも解決までそれに関する報道は控えるようにと報道自粛させていた。それは外交の基本。こういう事態となったので、政府もそれを一部あきらかにした。その程度の考察さえせずバカサヨクは叫きたてている。度しがたい。日本の真の敵はこいつらだ。

ISIL問題──日本人人質を使ったコラージュ──テロはすぐそこまで

日本人人質動画の写真を使った多数の「クソコラ」画像にイスラム国関係者も流石に激怒かと話題に
 

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イスラム国の人質となっている日本人2名が映った動画の画像が多数のコラとして加工され、これにイスラム国関係者も怒っているようだとネットで話題になっています。

人質とイスラム国男性を使ったコラ画像は「#ISISクソコラグランプリ」というハッシュタグを使ってTwitterで多数、拡散しています。
http://www.buzznews.jp/?p=647015

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 日本人の若者(たぶん)が、あたたかい部屋で悦に入って作ったのであろうこの上のコラージュと、下のフランスの画は同じ発想から来ている。

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 ちがいは、下のフランスの画は、対象からの復讐があることも想定しているのに対し、上の日本人の作ったコラージュは、自分に危険がふりかかることはなど考えたこともなく、能転気なお遊び感覚で作られていることだ。



 私にはこういうコラージュを作るという発想がない。まったく、ない。いまはもちろんだが、もしも私がいまPCを得意とする高校生だったとしても、こんなものを作ってはしゃいだりはしないだろう。狂信的なテロ組織の前に、同朋の命がいま風前の灯となっているのに、嬉々として(としか思えない)こんなものを作る感覚はなんなのだ。深い考えはないのだろう。ただの世間知らずの無智なのだ。しかしこういうものを目にすると、あらためて人間の本質は邪なのだと感ずる。足のわるいひとの歩く様を「びっこ」とからかうのが人間の本質なのだ。「そういうことをしてはいけない」と学ぶのは、社会に触れてからの教育によってである。

 キリスト教徒でもないのに「メリークリスマス」、「今年のイヴはどこで過ごそう」とやっている感覚で、イスラム原理主義をお気楽に見ている。狂信的な彼らの現実を知らない。犲分自身瓩痛い目に遭わないと、他者の宗教感覚を理解できない。他人の死はテレビや映画と同じ虚構なのだ。



 イラクで香田証生さんが殺されたとき、その動画がネットに流れたという。私は見ていない。いまにいたるも目にしていない。当時、電車の中で、携帯電話の中にその動画を入れ、みなで見ながら大騒ぎをしている中学生を見かけた。はしゃいでいる。なんともやりきれなかった。彼らはおそらくケガをして血を流したことすらほとんどない。カッターナイフで指先を切ったりしたら大騒ぎだろう。だが同朋が首を切られて殺されるシーンは、自分とは無縁の映像として楽しめるのだ。その距離感。

 私はいま豚や牛を喰わない。話すと長くなるが理由のひとつに、タイやシナで数多く体験した、豚が喉笛を切られて絶命する時の悲鳴がある。肉体の構造は同じだから、人間が咽をかっ切られたときの悲鳴も同じようなものらしい。住まいの二軒隣が田舎の豚肉屋だった。毎朝4時半に豚を2頭殺し、解体して市場で売る。毎朝聞こえてくる豚の咽をかっ切られるときの「キーっ」という悲鳴はたまらなかった。



 イスラム国ISILは、自分達を甘く見る連中を容赦しない。兵士を日本に潜入させ、日本でもテロが起きるのは時間の問題だろう。 いやもう潜入しているのか。
 そして起きる無差別テロ。おそらく電車やコンプレックスビルにおける爆破テロだ。その被害に遭うのは、上のコラージュ等とは無縁の、ごく普通の、まじめなサラリーマンやOLや私のような者だ。

 そういうことが起きても、上のコラージュを作った若者にその痛みは伝わらない。画像を見ると、佐賀県の天気予報が出ているから、あっちのほうの田舎の若者なのだろう。日本でテロが起きるとしたら、もちろんそれは東京だ。佐賀の若者にとってイスラム国が遠いように、東京もまた遠い。日本でテロが起きても、まだ痛みは伝わらない。テレビや映画の世界でしかない。こういうコラージュを作る彼らが、もうこんなことはやめようと思うのは、ニートで引き篭もっている自室に、イスラム国の兵士が乗りこんできて彼らの喉笛にナイフを当てたときだけだ。

 いま上のサイトをあらためて見直したら、私が「なんてことをするんだ」と眉をひそめるコラージュに、「2500人がお気に入りに登録」なんて出ている。彼我の差を感じる。 日本はここまで堕ちたのか。



 といって私は、狄楊燭話狼紊茲蠅盻鼎き(こんなことを言ってテロに屈し世界中から腰抜け呼ばわりされた首相がいた) から身の代金を払うべしとは思わない。ふたりは外務省から渡航自粛を説得されながら、それだけの覚悟を持って出かけたのだ。そんなことをする必要はないだろう。イスラム国は石油で毎日何億も稼ぐほどの資金を持っている。アメリカと中東のチキンレースで石油値段が下落してだいぶ儲けが落ちているようだが、それでもろくに武器も買えない貧しい組織ではない。今回のこれも金欲しさよりも(フランスなどは表向きは払わないと言いつつ、裏では払っているようだから、重要な金儲けの方法ではあろうが)、イスラム国ISILを攻撃してくるキリスト教国家(彼らは狃住軍瓩班修靴討い)と歩調を合わせる日本政府への警告だ。しかしそれは安倍首相の支援発言から始まったのではない。やつらはこれをするきっかけをずっと待っていたのだ。やくざの因縁と同じだからなんとでもなる。

 福島の原発を上のような諷刺画にしたフランスに対し、日本政府は抗議した。それに対して彼らは「日本人には悲劇を諷刺する感覚はないらしい」と応えて謝罪はしなかった。

 フランスの言う、そういう感覚がオシャレであるなら、今回のコラージュは、充分に日本人にもそれがあることを証明していると言える。

 しかし、ちがうよな。これはコンピュータというおもちゃを使ったガキの悪ふざけだ。
 日本人ふたりは処刑されるだろうし、私はそれを仕方ないと考えるが、そのこととこの悪ふざけはまた別物である。



 イスラム国ISILからの警告。

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 日本人よ、5800キロ離れた安全地帯にいるからと楽観的なようだな。だが我々はどこにでも兵士をもっているぞ。
 
 実質的なテロ予告である。



 まともな日本人は同朋の死を悼むが、こんなコラージュを作っている連中はなんとも思わない。処刑の動画をたのしむだろう。道徳観が堕ちた、じゃなくて、最初からない連中なのだから。

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kanren7 イスラム国ISIL問題──クソコラグランプリを英字メディアが評価!?

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【追記】──奇妙な母親登場

  しかしあのおっかさん──フリージャーナリスト、後藤健二さん(47)の母、石堂順子さん(78)──の記者会見にはあきれた。いろんなのがいるなあ。

記者会見発言の一部

昨日、あのぉ、健二の妻である嫁と初めて交信いたしました。で、聞きますと、嫁が聞きますと、赤ちゃんが生まれたそうです。で、私はビックリいたしました。生まれたばっかりの2週間しか経ってない子供を置いて、なぜ遠い所に行ったのですか?と質問しました。

そうしましたら、先に、拘束されている知人を助ける為に、救出する為に、何が何でもという形で、飛んで行ってしまったと申しておりました。で、私はその時感じたのですが、この地球は、大切にしなければいけない。たった一つ、私共の為に神が造って下さいました、自然が造って下さいましたものを、なぜ、その貴重なプレゼントを壊すのか、私には分からないのです。原子力を使い、地球を汚し、大気圏も汚して、そして何を求めようとするのか、私には全然分かりません。

【追記.2】 ──もうひとりもヘン

 最初「ハルナ」という名を聞いたとき、男でもそんな名前のひとはいるのかと思ったら、本名は「正行」で、数年前に男性器を切断して自殺を図ったが死にきれず、それからは「ハルナ」を名乗って女として生きようとしたのだとか。ここがまとめサイト。まともな人間とは思えない。男性器切断による自殺体験を自分で綴ったブログがこちら。

 このひとがかってにイスラム国に行き、「民間軍事会社」という名刺を配りまくり、捕まった。そりゃ捕まる。それをほっておけないと、生まれたばかりの娘がいるのに追い掛けていったのが「後藤」というひと(詳しくは下の「後藤健二こと城後健二の正体」を)。そしてイスラム国からの2億ドルの身代金要求。それに乗じて自ら外国人特派員に訴えて記者会見をやり、「イスラム国」と「イスラム諸国」を混同したまま「原発反対」「憲法九条を守れ」とイタい発言を連発したのが石堂という母親。孫が生まれたことすら知らなかったのだからこの親子は絶縁していたのだろう。

 不謹慎を承知で言うが、「同朋の死の悼み」がかなり軽くなったのは本音だ。テロに屈してはならない。

●後藤健二の疑惑 - マスコミが正確に報道しない湯川遥菜との関係 
 
●クソコラグランプリの衝撃──湯浅誠

●後藤健二こと城後健二の正体

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 いま2015年2月1日、午前5時35分、ネットに後藤さんの殺害写真がアップされた。これで先日の湯川さんに続き、コラージュのネタになったふたりが首を切られて殺害され、その画像が世界中にさらされたことになる。クソコラを作った連中はどう感じているのだろう。なにも感じないのか。

●イスラム国からの警告画像

シャルリー・エブド事件考──キリスト教とイスラム教──アメリカ9.11と真珠湾攻撃

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 最新号表紙↓
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 こんな感じの侮辱連発↓
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【1月17日 AFP】フランス・パリ(Paris)で今月起きた風刺週刊紙シャルリー・エブド(Charlie Hebdo)本社襲撃事件後初の最新号で、表紙にイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画が掲載されたことに対し、イスラム教の金曜礼拝にあたった16日、世界各地で抗議デモが行われ、ニジェールとパキスタンでは衝突も発生した。

 アフリカ中部ニジェールの第2の都市ザンデール(Zinder)ではデモが暴徒化し、4人が死亡、45人が負傷した。デモの参加者は3か所のキリスト教の教会を襲撃した他、フランス文化センターにも放火した。医師によると死者は全員、銃で撃たれて亡くなった。

 パキスタン南部のカラチ(Karachi)では、フランス領事館前で警官隊とデモの参加者が衝突し、背中に銃弾が当たったフランス通信(Agence France-Presse、AFP)のカメラマンを含む少なくとも3人が負傷した。

 アフリカ西部ではモーリタニアやセネガルの首都ダカール(Dakar)でフランス国旗が燃やされ、マリの首都バマコ(Bamako)ではイスラム教の神学者や主要組織の呼び掛けに応じ、数千人が路上へ繰り出し「私の預言者から手を離せ」「私はイスラム教徒。私は預言者を愛する」などとスローガンを叫んだ。

 中東諸国のカタールやバーレーンは、シャルリー・エブド紙最新号のムハンマドの風刺画は嫌悪をあおりうると警告を発した。ヨルダンの首都アンマン(Amman)では、中心部にあるフセイン・モスク(Al-Husseini Mosque)から厳戒態勢の中、約2500人がデモ行進を開始し「預言者への侮辱は国際テロだ」と書かれた横断幕などを広げた。

 アルジェリアの首都アルジェ(Algiers)では最大3000人がデモに参加し、機動隊との衝突もみられた。参加者たちは「われわれはムハンマド」とスローガンを叫んだが、一部にはシャルリー・エブド紙本社を銃撃した兄弟、シェリフ・クアシ(Cherif Kouachi)容疑者(32)とサイド・クアシ(Said Kouachi)容疑者(34)への支持を叫ぶ参加者もいた。(c)AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/3036796?ctm_campaign=topstory

上の文、下線は私が引いたものです。

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 今の世はキリスト教国家が支配している。キリストになびいていれば安穏に暮らせる。
 キリスト教信者でもないのに教祖の誕生日や前夜祭を祝い、「クリスマスは誰とすごそう」「ひとりぼっちのイヴはさびしい」なんて言い、あげくはハロウィンなんてのまでやってりゃ悩むことなく生きられる。おめでたいひとたちがうらやましい。
 先祖代々臨済宗妙心寺派なので、そんなものに興味を示さない私のようなのは変人と呼ばれる。そういや学生時代からクリスマスパーティなんてのをそんな理由で缺席して嫌われたっけ。だってキリスト教信者でもないのに「メリークリスマス(たのしいクリスマスを)」「キリスト様、誕生日おめでとうございます!」とは言えない。おめでたいと思ってないもの。アサハラショウコウやイケダダイサクの誕生日を祝わないのと同じだ。
 アジアの多くの国に行っているのにフィリピンを知らないのも同じリクツ。アジアのキリスト教国家には行きたくない。キリストは欧米だけで腹いっぱい、胸やけしている。お釈迦様の誕生日は祝う。タイの水掛け祭は最高だ。ミャンマーのパゴダもいい。アンコールワットは荘厳だ。



 キリスト教が支配している世界において、キリスト教に逆らうものは悪だ。ヤツラは悪を叩く。殲滅しようとする。戦う口実に、国民の敵への憎悪を煽る必要がある。そのためには、ヤツラはなんでもやる。とっておきの方法を持っている。

911

 2001年9月11日、「アメリカ 9.11」のとき、私はタイ・チェンマイのインターネットカフェにいた。メールを書いていたら携帯電話が鳴り、「たいへんなことが起きている。まるで戦争だよ!」と友人が昂奮している。ニュースサイトに繋いだら、あの「ワールドトレードセンターに旅客機が突っこむ映像」が流れていた。ブラウン管型14インチディスプレイでみる粗い映像は、映画のようで現実感がなかった。

 真っ先に思ったのは「この手があったのか!」だった。「この手」とはハイジャックとかテロのことではない。私は「金と物が世界一の国」には誰もが逆らえないと思い込んでいた。私自身が金と物に屈伏している人間だからだ。だが「この手」があった。「宗教」である。聖戦であり、命など惜しくないのだから「金と物で世界一の国」なんて、ちっとも怖くないのだった。「物の力」に対抗できるのは「信じる心」だった。



 しばらく後に帰国して、社民党の原陽子という国会議員が9.11のすぐあとに「ざまーみろ」とブログに書いて叩かれたと知る。そのとき私は「社民党のクソバカがなにを言っているんだ」と思った。こんな25ぐらいのバカ女を当選させる歪んだ流れがあのころの日本にはあった。テロ行為により瞬時に3000人が死んだ事件であり、被害者の中には同朋もいるのだから、その発言は譏られて当然だ。
 いま確認してみると、「『ざまーみろ』と思っている国もあるだろう」だから、バカ女自身が「ざまーみろと言った」とは、だいぶニュアンスがちがう。たしかにそう思った国はあったろう。けっしてひとつやふたつではなく。あの世界一の国を嫌っている国家は多い。

 私の中にも、広島長崎への原爆投下、東京大空襲を始めとする無差別大量虐殺をしておきながら絶対に謝らず、それどころか「戦争を終らせるためにはベストの方法だった」という詭辯を弄しているあの国への怒りはあったが、同朋の死の前に、それを口に出すのは憚られた。



 9.11を、いまあらためて調べて、思う。旧いビルを爆破するときと同じように、きれいに腰くだけになって行くビル。どれほど多くの爆薬が事前にビルに埋めこまれていたのだろう。すべては用意されたものだった。前前から旧くなって問題があり、建てなおしたいと思っていたビル。戦争をするために、国民のイスラムへの憎悪を煽る必要性。どう考えてもあれはアメリカ政府の自作自演だろう。

●9.11アメリカテロ陰謀説──アメリカの制作した番組

●911のウソをくずせ-ルースチェンジ2完全字幕版

 真珠湾攻撃を事前に知っていながら、旧い船艦を被害用に用意し、死者を出し、「Remember Pearl Harbor!」と、アメリカ国民の日本への憎悪を煽ったのと同じ手法だ。「キューバ危機」もやつらの仕掛け。

 真珠湾攻撃にいたる流れも、急成長で危険な存在となってきた東洋の猿を潰すために、白人国包囲網でもって困窮させ、「どうしたどうした、腹が立つか、なら戦争しようぜ、できるか、ええ、できるか!」と、こちらの堪忍袋の緒が切れるように仕組んだものだ。先に手を出したほうを悪にするために。今回の諷刺画とイスラムテロも流れは同じ。キリスト教白人国家の狡猾である。新型爆弾の破壊力を知るための実験にも有色人種の国を選んだ。大量無差別殺戮をしておきながら正義と言いはる。こいつらほどたちのわるい人種はいない。



 ここでたしかなのは、真珠湾攻撃でも9.11でも自国民に多くの犠牲者が出ていることだ。「生贄」である。「捨て駒」だ。
 彼らは為政者により決定された自分達が生贄であるとは知らずに死んでいった。9.11では複数国の人間が生贄として死んだ。それは効果的だったろう。私のようなのが「ざまーみろ」と言わなかったのは同朋の死があったからだ。自分が正義になり、相手を悪として叩くためには、被害者はより多くの国の「生贄」が望ましかった。ヤツラにとって、複数国の死者は望むところだ。

 旅客機の突入により起きた火災現場76階に、地上から勇敢に駆けつけた消防士たち。「火災はたいしたことない、すぐに消せる」と無線が入る。それが証拠として残っている。その時点では、旅客機の突入により、何階かの破壊、一部で火災が起きているだけだ。だがその13分後、事前に無数に仕掛けられたビル解体用の爆薬により、ビル全体が一瞬で崩落する。400メートルのビルが一気に瓦礫となる。76階に突っこんだ旅客機のせいで75階から1階までが一気に崩潰するか!? それによる3000人の死。駆けあがった勇敢な消防士の死。それは「名誉の戦死」ではない。陰謀による無念の死だ。しかしまたそれも「勇気ある名誉の死」として、涙を煽り、イスラムへの憎悪を掻きたてるために使う。なんというあくどさだ。これがヤツラの本質である。原爆投下を詫びるはずがない。

 十字軍の時代から常用してきたヤツラの常套手段。自作自演で国民の怒りを煽り、自分達の虐殺を正当化する。「生贄」の死などまったく意に介していない。

 毛沢東は、人口が6億人のころか、「アメリカとひとり1殺で殺しあえば、こちらもあちらも2億人死ぬが、それであちらはひとりもいなくなる。こちらにはまだ4億人残る。こっちの勝ちだ」と言った。自国民2億人を捨て駒とすることをなんとも思っていない、この残虐者は。勝者として自分が生き残ることだけを考えている。だからこそ何千万人も同朋の支那人を殺せたのだろう。ヒトラー以上の大量殺戮者、毛沢東。それを札に刷って拝んでいる支那人のあほらしさ。
 アメリカ政府の考えも同じだ。



 9.11のあと、イギリスでも50人強が亡くなるテロがあったが、あれは本物なのか? 英米の組んでやることは信用できない。アメリカのウソを糊塗するために急いでやった「らしきこと」ではないのか。上のリンクの映像にあるが、イギリスBBCは、アメリカ9.11テロによって爆破されるビルが、まだ爆破されていない23分前に「爆破されたビルの状況はどうだ?」と報道している。すべてはこいつらのシナリオ通りなのだろう。イギリスのテロも、事前に察知して防げたが、より憎悪を煽るためにあえて殺させた、とも取れる。そういうことを平気でやるやつらだ。50人の同朋の殺戮など気にしていない。イスラムへの憎悪を煽るためならなんでもする。テレビや新聞しかない時代だったらヤツラの思うままだ。だがいまはインターネットがある。アメリカが軍事用に開発したインターネットが、唯一アメリカの横暴に立ちはだかっている皮肉。



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 私は、9.11のときは心の奥深くで思う部分はあっても、同朋の死の悼みがあり、口には出せなかった。今回は出せる。のぼせるのもいいかげんにしろよ、と。
 こわい物など何もないと増長しているキリスト教国家に一撃をあたえる存在があったことは希望だ。核兵器と同じ抑止力である。

 私はイスラム教徒ではないし、正直イスラム国家は窮屈なので旅をしてもあまりたのしくない。肌に合わない。ただ、ひとには、命を賭しても守らねばならない誇りは必要だ。イスラム教徒にとって、ムハンマドの存在がいかにおおきいかは知っている。私自身、誇りを傷つけられ犯罪者になる寸前を、懸命に妻子への想いで抑えた(=息子を犯罪者の子にしたくなくて堪えた)経験が何度もある。いまも、我慢した自分が正しかったのかどうかわからない。激情を抑えてエラかったのか、ただの腰抜けなのか。いまだに、あいつを殺して刑務所に入るのが正しい道だったのでないかと夢見ることがある。このフランスの諷刺新聞は、何度も何度もしつこくムハンマドを侮辱した。怒って当然だ。彼らには迷うことのない聖戦だったろう。必然の結果だったと思う。
 キリスト教のてめーだけが正しいと思う感覚はやっかいだ。しかしもっとゴミなのは、キリスト教徒でもないのにそれに隷属している連中だ。この文を、キリスト教徒でもないのにハロウィンなんてのにはしゃいでいるバカが読まないことを願う。

kanren7
●「王将を歩兵が守る広告」と「福島原発事故諷刺画」 

「王将を歩兵が守る広告」と「福島原発事故相撲諷刺画」と「シャルリー・エブド」のテロ──これは諷刺なのか!?──に【追記】

「王将を歩兵が守る広告」と「福島原発事故相撲諷刺画」と「シャルリー・エブド」のテロ──これは諷刺なのか!?》に、以下の文を追記しました。

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【追記.1】──300万部発行

 事件後、「自由を守れ」のもとに、今までは3万部だったものを300万部発行。世界に配ったとか。 

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【追記.2】──フランスの宮崎駿

 フランス人のジャーナリストにこの事件について問うているテレビニュースを見た。在仏のフランス人のジャーナリストはフランス語で、「殺された編集長兼風刺画家はフランスにとって最高の藝術家、日本で言うなら宮崎駿のような存在だったのです」と語っていた。宮崎駿ね、ふーん。 

※ 


 フランスの諷刺画を描いている連中は、フランスの盛りあがりを歓迎はしていないようです。以下は上記アドレスからの一部引用。


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つねに資金繰りに苦心していた、公称6万部、実売3万部の弱小誌、しかも紙のメディアという、およそ時代遅れのこの雑誌は、多くのフランス人にもやり過ぎだと捉えられていたし、正面切ってこの雑誌が好きだと言う人はほとんどいなかった。
 
それが、今回の事件以後、突如、全国的に有名になり、最新号は300万部印刷された。政府からの補助金も出たし、個人の寄付も集まった。1月11日に行われた、反テロ・追悼集会では、フランス全土で370万人を超える参加者を数える、フランス史上最大規模の抗議集会となった。
 
表紙の絵を描いたルスは、襲撃事件が政治的に利用されることに違和感を表明し、11日の集会は「シャルリー・エブド」の精神とは正反対だ、と批判している。もう一人の生き残った漫画家ウィレムは、「いきなり自分たちの友だと言い出す奴らには反吐が出るね」と、辛辣なコメントを述べてさえいる。
 
しかし、そういう、お調子者のフランス人、自分たちを担ぎ上げて利用しようとする政治家たちをも、「Tout est pardonne しょうがねーなー、チャラにしてやるよ」、と笑い飛ばしているのが、この絵なのだ。

「王将を歩兵が守る広告」と「福島原発事故相撲諷刺画」と「シャルリー・エブド」のテロ──これは諷刺なのか!?

「王将を歩兵が守る」広告に将棋ファンが総ツッコミ 「完全に『二歩』」 2015/1/ 9 15:03
  
 2015年1月5日発売の経済誌「週刊東洋経済」(1月10日号 東洋経済新報)に掲載された広告にネットユーザーからツッコミが入っている。
   広告は金融・企業情報を分析、配信する「トムソン・ロイター・マーケッツ」(東京都港区)が出稿し、海外へ進出する日系企業向けに規制やリスクなどの情報を提供するサービス「トムソン・ロイター・アクセラス」をPRした。
 
「めちゃめちゃ弱いやぐら」
 将棋をモチーフにしたデザインで、「世界に挑むあなたを守る」と大きく表記されている。「王将」が六方から「歩兵」に囲まれている将棋盤上の様子をイメージ画像に採用、サービスを利用するメリットを訴えた。しかし、ネットではサービスの内容と異なる部分が着目された。
 
   6日、雑誌を見たと思われるツイッターユーザーが「王将をリスクから守るという意味のようですが...。それ、二歩です」と指摘、これに続けて「歩の下に角を打たれたら守りに困る」「めちゃめちゃ弱いやぐらや」とツッコミが入った。
 「二歩」は縦列に「歩兵」を2個配置する反則技だ。ちなみに相手陣地の3段以内に入った「歩兵」は裏返されて「と金」となり、すでにある「歩兵」と同じ縦列に配置してもよい上、十字の方向などにも動かせる(編注:「歩兵」は一歩ずつ前にしか動かせない)。
 
  画像では「と金」になっていない「歩兵」が2つの縦列で重複しており、完全に「二歩」の状態。広告デザインなので、実際の対局ではないのだが、熱心な将棋ファンにはこの「間違い」が見逃せなかった。

  トムソン・ロイター・マーケッツは取材に対し、「(広告の)内容の方を注視していたので、デザインは外注先から上がってきたものを信頼して使った。このような問い合わせは初めて」と驚きを隠せない様子で語った。


http://www.j-cast.com/2015/01/09224941.html

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 問題の画像はこれ。「週刊東洋経済」1月10日号。コピーは「世界に挑む あなたを守る」。敵と相対する王を5枚の歩が守っている。こんな守りじゃとても世界には挑めない。弾丸の飛びかう紛争地帯に臨むのに、周囲に幼稚園児5人を連れて行くようなもの。王様は、ひとマスではあるが、前後左右斜めどこにでも動け、下がることも出来る万能だから、前にひとマスしか動けず、下がることも出来ないこの5人の歩は、守備どころか足手纏いである。いったいどんなヤツがこんなことを思いつくのだろうと、腹立ちを通りこして感心する。

 トムソン・ロイター・マーケットとはなにか。

【トムソン・ロイターについて】
トムソン・ロイターは企業と専門家のために「インテリジェント情報」を提供する企業グループです。業界の専門知識に革新的テクノロジーを結びつけ、世界で最も信頼の置かれている報道部門をもち、ファイナンシャル・リスク、法律、税務・会計、知財・医薬・学術情報、メディア市場の主要な意思決定機関に重要情報を提供しています。本社をニューヨークに、また主な事業所をロンドンと米国ミネソタ州イーガンに構えるトムソン・ロイターは、100カ国以上に約60,000人の従業員を擁しています。

トムソン・ロイター IP & Scienceは、トムソン・ロイターのビジネスグループのひとつです。トムソン・ロイターは、日本では2つの法人登記(トムソン・ロイター・プロフェッショナル株式会社、トムソン・ロイター・マーケッツ株式会社)に分かれています。トムソン・ロイター・プロフェッショナルは、学術文献・特許・ライフサイエンスに関する専門情報を、トムソン・ロイター・マーケッツは、金融情報・国際ニュースなどを各分野のプロフェッショナルに提供しています。http://ip-science.thomsonreuters.jp/press/release/2013/new_appointment/

「企業と専門家のために「インテリジェント情報」を提供する企業グループ」らしい。 
業界の専門知識に革新的テクノロジーを結びつけ世界で最も信頼の置かれている報道部門」をもっているとか。 なら「将棋業界の専門知識に革新的テクノロジーを結びつけ」て「信頼を置かれている報道部門」でもって、もうすこしまともな広告を作って欲しかった。
「100カ国以上に約60,000人の従業員を擁して」いるそうな。 すごいな。だけどそれなりにまともな国ってそんなにないから、現地事務所に現地人何人かやとっているようなのもカウントしているんだろうな。
 今回の広告を出したのは、日本ではふたつの組織になっているうちのトムソン・ロイター・マーケット蠅里曚Α 
「金融情報・国際ニュースなどを各分野のプロフェッショナルに提供」するのが仕事だとか。

「(広告の)内容の方を注視していたので、デザインは外注先から上がってきたものを信頼して使った」そうで、どんな「外注先」がこんなデザインをしたのだろうと不可解。今回のこの騒動に対して「『このような問い合わせは初めて』と驚きを隠せない様子で語った」

 世界100ヵ国以上に60000人の従業員のいる国際企業だから、これを制作した日本の広告会社のデザイナーは将棋とは無縁の外国人なのだろうか。それとも将棋を知らない日本人デザイナーなのか。「世界で最も信頼の置かれている報道部門をもっている会社」の作った広告にしてはあまりにひどい。というかほんとうにもっているのか。信じられない。

 アメリカ人のアホがやっている滑稽な漢字ティーシャツや意味不明の漢字入れ墨と同じ程度の問題と割り切るべきなのだろう。問題の根源は同種だ。しかしそんな大きな世界的企業が「世界に発信する広告」となると、だいぶ問題の質がちがってくる。将棋ファンとして看過できない。



 私は、ここに「将棋軽視」というか、日本を軽んずる不快なものを感じる。ろくに調べも勉強もせず、「ま、こんなもんでいいだろう」という。
 もしもこれが「チェス」だったら、「世界に発信するCMだから=チェスに詳しい欧米人から抗議が来たら困る」との姿勢でもっと厳しくチェックしたろう。この広告が欧米でも掲載されるのかどうか知らないけど、たぶんこの将棋駒の姿勢は「和風」のアピールなのだろう。もしもこれがチェスなら、チェスを知らないデザイナーでも、知りあいのチェス好きに「こんな駒の配置でいいだろうか」と問うたり、本をひもといたりしたように思う。つまり「チェスをいいかげんに扱う←欧米人から抗議が来たら困るからそんなことはしない」「将棋をいいかげんに扱う←抗議なんかきやしねえよ。心配ない」という姿勢だ。

 この画像だって、王将の両脇に攻撃陣の飛車角を配置し、両隣を金銀が守るような形だったら、それがルール無視の実戦ではありえないような奇妙な配置だったとしても、将棋ファンは「飛車と角の位置が逆だよ」とか「なんでそんな低い形なのに角がいきなり6筋にいるんだよ」のような将棋的なケチはつけない。玉が飛車角、金銀を従えて進軍する日本将棋の美が世界に紹介されるのかとうれしくなる。この広告に対する意見の根底にあるのは、あまりに初歩的なあやまりである二歩の無智に対してではなく、「なんかこいつら、将棋を軽く見てんな」という将棋好きの直感なのだ。

「『このような問い合わせは初めて』と驚きを隠せない様子」ってところに、なんともたまらん白人的傲慢を感じる。「驚きを隠せない様子で語った」ひとは日本の会社の広報部の日本人だろうけどね。精神は白人だ。日本文化を見る視点がそうである。こんなものが社内で問題にならなかったという時点でこの会社に日本人はいないと言える。

 もしもアメリカの企業が、「日本古来の将棋駒を画像に使った広告を作り、日本市場にアピールしよう」としたなら、こんなことはない。きちんとその辺を調べて作る。それは上記したように日本の制作でもチェスならば、と同じである。この広告から感じる精神は、「世界に提供するのに日本的なものを起用しよう」という発想まではいいとしても、下調べと考慮をしないいいかげんさである。そしてなんともたまらんのが「日本制作」であることだ。それに絡んでいるのは、たぶん日本人であろう。このトムソンなんたらとかいう会社で、もしもアフリカ系黒人がこの広告を作ったなら、こんなことはしなかったのではないか。この件に関する醜悪さは「『このような問い合わせは初めて』と驚きを隠せない様子」に集約されている。最初からきちんと作ろうという気がないのである。いわば「真っ黒なもの」という広告で、墨とタドンと黒人の顔を並べたものを作り、黒人側から抗議されて、「えっ、こんなことしちゃいけなかったの!?」と驚くレベルである。世界100ヵ国以上に6万人もの使用人がいる会社にしちゃあまりに杜撰だ。しかし、こんなことを書いてもこの会社は、「いやあまいったよ、あんなことにまで抗議が来るんだね、インターネット時代はこわいね」なんて酒の肴にして反省はしていないだろう。そういう会社だからこんなものが作れる。

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 下の画像はフランスのサヨク週刊新聞が東日本大震災のあとに掲載した諷刺画。
 福島の原発事故と日本的なものの代表である相撲をからめている。無惨な建築物の残骸が背景にある。しかしあれは原発事故で崩壊したのではない。地震だ。世界有数の岩盤の固い地震のすくない地で世界一の原発天国を誇るフランスにはわかるまいが、こちらは地震多発の最悪の地盤で、想定外の天災をあれだけの被害におさえたのだ。あれがフランスで起きていたらおまえらは滅亡していたぞ。でももしそうなっても、日本人はその被害に対し、こんな画を描くことはないけどな。それが大和民族の品位だ。

 力士はやせこけ放射能により手足は畸型で三本になっている。目玉が飛びだし垂れている。しょぼくれたその表情。それを伝えるこの白人男の表情。「すごいぞ、フクシマのおかげで相撲がオリンピック競技になった!」とセリフにある。こういうのがフランスのユーモアとエスプリなのか。これが人類の守らねばならない表現の自由というものなのか。この画に拍手喝采した日本人サヨクもいたが。

 フランスで同様の事故が起きても、こんな画を載せる日本の週刊誌はない。日本人は礼節を心得ている。他人の不幸を笑い物にはしない。

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 2015年1月7日、フランス時間午前11時半、こういう画を売り物にしている代表的な新聞社が襲撃され死者が出た。その中には上の画を描いた男もいた。度々ムハンマドを裸体やエロに絡めて諷刺し、イスラム側から攻撃の警告を受けていたが、「やれんのか、やれるものならやってみな」と挑発し、今年に関しても「フランスにまだテロがない。1月中にやるのか? まだない。でも1月は31日まであるものな」と書いて起きた事件である。日本的に言うなら「堪忍袋の緒が切れた」になる。侮辱され、怒りで真っ赤になり、ぷるぷる震えている相手の前に胸を出し、「刺せるかよ、刺して見ろよ、そのナイフは飾りかよ!」とやって、ぐさりと刺されたわけだ。

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「度々ムハンマドを裸体やエロに絡めて諷刺」と一般報道通りに引いたが、あれらの画像を見ると、今度は「諷刺とは何か!?」となる。どう考えてもあれは諷刺とやらではなく、「嫌いな宗教の誹謗中傷」だろう。あそこまであれをしつこくやったら、そりゃ事件は起きる。こうなる。まことに筋道立っている。狂信的な行動だが、宗教とはそもそも狂信的なものだ。キリストもローマ教皇も諷刺していた。今回やられたのがたまたまイスラムだったにすぎない。

 しかし日本に関する画でも、どこが「諷刺」なのだろう。単にこれは地震の余波で原発事故が起き、大きな被害を受けた日本を嘲り、はしゃいでいるだけだろう。悪意しか感じない。私はこの画を見たとき、こんなことをする毛唐に天誅を加えられない己の無力がくやしかった。下の朝鮮人の垂れ幕も同じ。だからこそ、あっと言う間に世界一の義捐金を送ってくれた台湾のことを思うと胸が熱くなる。日本を案じてくれる台湾の心の対極にあるのが、下の朝鮮人の垂れ幕やフランスのこの画だ。こういうものの「表現の自由」を守るのが人間の文化なのか。

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 この事件に欧州はいま、「表現の自由を守れ」「テロに屈するな」と盛りあがっている。ひさしぶりにNHKニュースを見た。大勢のデモ。プラカードを掲げて涙ぐんでる女なんてのもいた。正義の闘いのようだが、基本はキリストとイスラムの衝突である。キリストとアラーの名のもとに、何億人死んでいるだろう。ヨーロッパの盛りあがりは反イスラムによるものだ。



 私がこの諷刺画に感じる不快と、上記の将棋駒の画像に感じるものは通じている。

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【追記.1】──300万部発行

 事件後、「自由を守れ」のもとに、今までは印刷6万、実売3万部だったものを300万部発行して世界中に配ったとか。
 (その後、さらに増刷して600万部を刷ったそうな。それはフランス史上最大の発行部数だとか。日本は毎日それ以上の新聞が刷られている。少年ジャンプでも最高時それぐらいあった。)

【追記.2】──フランスの宮崎駿

 フランス人のジャーナリストにこの事件について問うているテレビニュースを見た。在仏のフランス人のジャーナリストはフランス語で、「殺された編集長兼風刺画家はフランスにとって最高の藝術家、日本で言うなら宮崎駿のような存在だったのです」と語っていた。宮崎駿ね、ふーん。 

【追記.3】「許す」と「赦す」──「シヤルリー・エブド」誌が示す文化翻訳の問題──関口涼子/翻訳家、作家 

 本論はフランス語解釈を軸とした「読売新聞夕刊」の下の画の解釈に対する意見(=異見)ですが、後半にあるフランスの集会や盛りあがりに対する被害者の意見は納得出来るものです。以下はそこからの一部引用。ぜひ全文を読んでください。

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つねに資金繰りに苦心していた、公称6万部、実売3万部の弱小誌、しかも紙のメディアという、およそ時代遅れのこの雑誌は、多くのフランス人にもやり過ぎだと捉えられていたし、正面切ってこの雑誌が好きだと言う人はほとんどいなかった。
 
それが、今回の事件以後、突如、全国的に有名になり、最新号は300万部印刷された。政府からの補助金も出たし、個人の寄付も集まった。1月11日に行われた、反テロ・追悼集会では、フランス全土で370万人を超える参加者を数える、フランス史上最大規模の抗議集会となった。
 
表紙の絵を描いたルスは、襲撃事件が政治的に利用されることに違和感を表明し、11日の集会は「シャルリー・エブド」の精神とは正反対だ、と批判している。もう一人の生き残った漫画家ウィレムは、「いきなり自分たちの友だと言い出す奴らには反吐が出るね」と、辛辣なコメントを述べてさえいる。
 
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●シャルリー・エブド事件考──9.11と真珠湾攻撃 

かってに浸入してきて居すわるソフトの恐怖──創価学会?

 入れた憶えがないのにかってに居すわって検索エンジンになろうとするClaroや、しつこくIMEを勧めてくるBaiduのようなソフトにうんざりしていたら、むかしむかしの話を思い出した。



 二十代の頃、私の友人がある人とバイト先で知りあった。とても親切な人だった。親しくなった。その人に誘われ、何も知らないまま、ある集会に参加した。
 短期の契約だったのでバイトはすぐに終った。
 その会社とも、その人とも縁が切れた。はずだった。

 ある日、彼がアパートに帰ると、部屋の中に手土産を持って、その人がすわっていた。
 そのころ近所に住んでいた私と友人は、おたがいの部屋を自由に出入りできるよう鍵を掛けなかった。
 その人は友人に、人生の悩みなどを問い、熱心に何かを語り始めた。
 人のいい友人は、そんな彼の姿勢に感動した。自分のことを心配してくれる親切な人だと。



 数日後、友人が帰宅すると、また部屋の中に手土産を持ったその人がいた。
 また熱心に人生について語っていった。
 そんなことが何度か続いた。

 友人に相談された。どうしたらいいだろう。あれはなんなのだろうと。
 さすがに呑気な友人も、知らない間に部屋の中で自分を待っているその人を、すこし不気味に感じ始めたのだった。
 私もそんな経験はなかったので応えようがない。
 とりあえずお互いに、しばらくは部屋に鍵を掛けることにした。

 数日後、友人が帰宅すると、鍵を掛けたので、今度はドアの前で待っていた。
 部屋の中で話を聞く。
 そこでやっとそれが創価学会であり、その人は入会を奨めている(折伏)のだと知る。
 以前学会の集会に参加したので、その人は、友人に入会の可能性ありと判断していたのだ。



 友人に二度目の相談を受け、今度はもう創価学会と正体が解ったので、私は強く拒むべきとアドバイスした。
 友人も、あれが創価学会の集会だと知っていれば行かなかったのだがと悔いていた。
 しかし気弱な友人は、毎回手土産を持ってドアの前で待っているその人を強く拒むことは出来ず、来るたびに部屋に上げてしまい、長々と話を聞いてしまうのだった。
 ただ気弱ではあれ、創価学会が大嫌いで入会するつもりはないという気持ちは強かったから、どんなに折伏されても肯くことはなかった。

 折伏できると思い込んだその人(折伏した人の数だけ自分の幸福が増す、という教えである)を諦めさせるには、それから長い時間が必要だった。
 入会の意思はないと断ってもその人はやってきた。その人が来そうな日は、友人は私の部屋に避難し、深夜まで帰らなかったりした。



 インストールした覚えもないのにかってに鎮座しているしつこいソフトに出会うと、友人の部屋の中に手土産をもってすわっていたという、その人の不気味さを思い出す。

マスコミ考──「逃げ道を用意した創価学会記事」のつまらなさ

2011年3月5日に【芸スポ萬金譚】に書いたものの再掲です。あちらでも根強くアクセスがあるのですが、こちらとは桁が違うので、こちらで読んでいただきたく再掲する次第です。
3月5日といえば、あの「2011.3.11」の6日前です。

逃げ道を用意した文章は狡いです。こういう卑劣な書き方はデマと同じでしょう。
こういう文を書くひとというのは、もしも抗議が来たら、「いや、そうは言っていません。あくまでも『そういう噂がある』と書いただけです」と逃げるのでしょう。

ここでのテーマは創価学会ではありません。「こういう醜い文章を書くひと」です。

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●及び腰のつまらなさ──創価学会芸能人(2011/03/05)

 こんな記事があった。
「 楽しんごは創価学会員?」というもの。

http://www.menscyzo.com/2011/02/post_2284.html 

 そりゃ芸名の命名者が「はなわ」だというから可能性は高い。
しかし言いたいのはそれではない。誰が学会員だろうと興味はない。学会員の出るテレビは一切見ない。信仰は自由だ。

 問題はライターの次のような言い回し。

《はなわといえば、自宅の本棚に池田大作氏の著書『人間革命』(聖教新聞社)のシリーズが大量にある場面がテレビに映ったことにより、学会員である可能性が高いと言われているタレントだ。》

 なにを寝惚けたことを書いているのか。はなわも弟のナイツのはなわもガリガリの学会員であることは明白であり、本人達も口にしている。誇りにしている。
ナイツはふたりとも創価大学卒であり、公明党を応援するビデオも{Youtube}で流れている。地区の役員もやっている。隠していない。

 明々白々な事実に対して「可能性が高いと言われている」という逃げ道を二重に用意した卑怯な言いまわしは醜い。「可能性が高い」でも逃げなのに、さらに「と言われている」と重ねるのだからいかんともしがたい。

《公明党の応援演説に度々顔を見せる創価学会の芸術部副部長・久本雅美(52)をはじめ、柴田理恵(52)、高橋ジョージ(52)、岸本加世子(50)、研ナオコ(57)などのベテランから、石原さとみ(24)、上戸彩(25)、滝沢秀明(28)といった若手まで、学会員だと言われている芸能人は数多い。さらにスポーツ界でも、サッカーの中村俊輔(32)、プロ野球の岩隈久志(29)などが学会員ではないかとされている。》

 岩隈なんて岩隈一族も女房の一族も、みんな揃って信者だ。それでいいじゃないか。そのことを書きたいなら正面から書け。それができないなら書くな。
 なんなんだ、「ないかとされている」という逃げ道は。

 これは創価学会員の彼らに対しても失礼である。誇りを持って日々熱烈に信仰しているものを、まるで「悪事を働いている」かのような語り口ではないか。
 彼らはべつに隠していない。こういう切り口がいかに卑劣であることか。


 署名は「文=ローリングクレイドル」となっている。
 まことにくだらんライターである。及び腰ならこんな文など書くな。回転揺り椅子固めを汚された気分だ。

 暗黒の創価学会と闘って行くのには覚悟がいる。もし反論が着たなら逃げようと、最初から逃げ道を用意した文章は醜い。精神的悪文の典型である。

ミャンマー軍、カチン州を空爆──民族の独立と宗教──鈴木宗男のロシア天然ガス

kakthyinミャンマー空軍カチン州を空爆 高まる国際非難 中国も警戒
 
2013.1.7 21:49 [アジア・オセアニア]
 
【マニラ=青木伸行】ミャンマー空軍が、北部カチン州の少数民族カチン族の拠点を空爆し、これを国連が非難するなど、ミャンマー政府に対する国際的な圧力が強まっている。国境を接する中国は、爆弾が自国領内に着弾したとし、警戒を強めている。

 ミャンマー政府は、少数民族からなる多くの反武装勢力と停戦に合意したが、カチン州の武装勢力「カチン独立軍」(KIA)との間では交渉が難航しており、戦闘が続いている。カチン州からの避難民は7万5千人にのぼっている。

 空爆があったのは先月30日で、ミャンマー政府は1月2日にこの事実を認めた。空軍はヘリコプターやジェット機を投入し、KIAを攻撃。KIAは「機関砲やロケット弾、爆弾による攻撃を受けた」としている。

 この事態を受け、国連の潘基文事務総長は「民間人を危険にさらす行為の中止」を要請。米国務省のヌランド報道官も、停戦と対話を呼びかけた。

 これに対し、ミャンマー政府は、空爆は「防衛のための最大限抑制的なものだ」と反論している。

 空軍機が一時、中国の領空を侵犯したとの情報もあった。だが、中国外務省は4日、「ミャンマー空軍機は(中国の)領空から5キロ離れていた」と、領空侵犯を否定。その一方で「爆弾3発が領内に着弾した」とし、「同様の事態を繰り返さないよう、速やかに効果的な方策をとるよう要求する」と、強く牽制(けんせい)した。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130107/asi13010721500000-n1.htm

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 ミャンマーを訪問した麻生大臣の日本兵士墓参り写真に胸を熱くしていたら、この気が重くなるニュース。
 カチン独立軍は絶対に独立を諦めない。ビルマ族とは相容れない。かの地は天然の要塞だから、ビルマ族ミャンマー軍は空爆をする。ダメージを与えるにはそれしかない。しかしそれで被害を受けるのはカチンの民間人という悲劇。
 サヨク風に言うなら「いつも泣くのは女とこども」になる。いとしい女とこどもを護るために男は血を流して闘うのだが、サヨクによると、男は血を流して闘うのが楽しくて女とこどもを泣かしているらしい。

 独立戦争の資金を得るため、貧しい地でも作れ、金になる芥子栽培をする。そこから送り出される麻薬が世界の犯罪にも繋がる悪循環。しかし闘いつづけるためにはキレイゴトは言っていられない。何より大切なのは「民族の独立」。



ozawa5 民族というのは、他民族と交わることのない自分達だけの国を持ちたいのだろう。純血主義か。単一民族の国に住んでいるので実感がない。そういう形での日本の争いは、蝦夷地におけるアイヌの戦いだけか。
 それでも、もしも小沢のような売国奴政治屋によって、日本がシナの「日本省」にされそうになったら、私も日本民族独立のために銃を持つ。

 そう考えると、朝鮮人の今に続く日本への憎しみも解る。やはり「併合」なんてのはしてはならなかった。水と油。あんな民族と関わっちゃダメなんだ。
 でもしないとロシアが南下してきた。朝鮮半島をロシアに渡したら対馬も取られるし、すぐに九州に攻めこんできたろう。たいへんなことになっていた。上からは樺太、北海道に攻めこんで来たろうし。
 日本を手にすれば、ロシアは天然の不凍港に恵まれた。ロシアも中国も日本という絶好の地が欲しくてしょうがない。

 しかたなかったんだよ、ロシアから日本を護るための「橋頭保」としての朝鮮併合は。
 それはまさしく「両国にとっての不幸な関係」になった。朝鮮は被害者面ばかりするが、あんたなんかと関わった日本も被害者なんだ。関わりたくなかったよ。
 歴史を正視するのはつらい。



鈴木宗男 朝鮮併合はロシアとの関連だった。脱線して。

 選挙前、スズキムネオが「ロシアと言えばスズキムネオ。私の人脈で、ロシアからパイプラインで天然ガスを引きます。それでエネルギー問題は解決するんです。原発は要りません」と力説していた。
 国力の基本であるエネルギーの命脈をロシアに握られてどうするんだよ、このクソタワケ。それじゃロシアの属国だろう。ロシアに何を言われても唯唯諾諾になる。

 誰が好き好んで危険性のある原子力を使っている。そういう目に遭わないためだろうが。あの危うい中東の石油のラインを断たれても国が存続するためだろうが。
 こういうのを支持している北海道人は何を考えているのだ。ロシアは自分達に逆らったウクライナですでにそれを実行している。ついこのあいだまで同じ「ソ連」だった国に、天然ガスの配給を止めることを冷酷に実行している。煖房用のガスを止められたウクライナでは凍死者が出た。ロシアになど頼ったら、あの残虐な民族が敵国の日本になにを実行してくることか。そこに喉首を差しだすのか?
 正気の発想とは思えない。さすが朝鮮人ハゲ歌手が熱烈に支持する男だ。

 蛇足ながら、数ヵ月前、写真の本が図書館の新刊コーナーにあったので借りてきて読んだ。解散を予測した自分の党の宣伝本だから、自分を美化し、中川一郎一族をそれとなく批判した、ロシア礼讃のくだらん本だった。



 カチン(タイだとカレンか)の人々はキリスト教。よく普及している。これも根底にある。宗教はやっかいだ。紛争地には必ず宗教の対立がある。
 北アイルランドなんてプロテスタントとカトリックというキリスト教内の宗派で殺しあいをやっている。
 ロシアのチェチェン独立も宗教が絡んでいる。



 なんでも自分達のものにするシナは、カチン州もシナのものだと言っている。日本の沖縄をシナのものとするように。まあ守礼門なんて冊封体制の象徴を札に刷ってりゃ、そんなことも言われる。あれは誰が言いだしたのだろう。まともな歴史観をもっている日本人でないことは確かだ。

 カチン州の知人が心配だ。 なんとかならんのか、ミャンマー。

公明党と組むことを多弁する自民党の暗愚──創価学会嫌いの憂鬱

マスコミが「自民党300議席越えで単独過半数獲得か!?」と大仰に報じるほどに、自民党はそれを逆効果と見て警戒心をつよめている。
そこまで煽られたら票は減る。民主党政権にうんざりし、今回は自民党に入れようかと思っていた浮動層は、それほどの圧勝ならと方向を変える。自民党嫌いのサヨク新聞が熱心にそれをやる気持ちがわかる。 効果的だ。



結果的な数字はともかく、自民党中心の政権が出来るのはまちがいないだろう。
憂鬱なのはそこに創価学会が関わることだ。
安倍総裁自身が選挙演説で「自民党と公明党で政権を」と、わざわざ公明党の名を出しているのだから火を見るより明らかである。

前回の選挙で大敗した原因のひとつに、自民党が「小選挙区は自民党、比例区は公明党」と言ったことがある。わけのわからんリクツ(いや、政権維持のための票欲しさであるから、わけはよくわかるのだけど)が、どれほど国民に嫌われているか、自民党は判っていないようだ。

無茶苦茶なリクツである。政党が他政党に投票してくれと言っているのだ。理解不可能である。それだけでもう比例制なんてものが誤りであることがよくわかる。中選挙区制に戻すべきだ。

他党に入れてくれと言うのなら、ひとつになればいいだろう。なのにひとつにはならない。政策がちがうのだからなれるはずもない。あちらは創価学会が母体の宗教政党だ。
だったらなぜそんなことを言うのか。
議席が欲しいからである。ただそれだけだ。互いに利権だけでくっついているその醜さが、長年与党であることの腐臭となり、国民に嫌われたのに、自民党は未だにそれをわかっていない。暗愚である。



私は、安倍総裁が「自民党と公明党で」と創価学会の名を出すたび自民党に投票する気が萎える。その辺の有権者の心理を自民党は理解していない。
安倍総裁も、腹の中では公明と組むと決めていても、選挙の時に他党の名など出してはいけない。自民党支持者が自公政権を支持したのは、自民党だからであって、「公」は関係ない。出来るなら縁を切って欲しいと皆願っている。なのに「自民党と公明党で」と気楽に公明党の名を語る方向音痴。あまりに支持者の心に鈍感である。



自民党と公明党では憲法解釈から自衛隊まで意見が異なる。護憲公明党の感覚はむしろ民主党にちかい。
なのにくっついている。
自民党は安定政権を維持するための「議席数」だけで公明党と組んでいる。
公明党は利権のある「与党」になるためだけに自民党と組んでいる。

いわば仮面夫婦。利権のみでつながり、愛情などない。
ハンサムな俳優・夫自民党は、妻の実家の金と仲睦まじい夫婦という世間へのイメージのために妻公明党と別れずにいる。
ブスの金持ち・妻公明党は、有名人である夫自民党の妻という座をひけらかしたいがために良妻を演じている。

本来は何一つ共通点のない冷えた仲。長年ベッドを共にしたことはない。家の中では口さえ聞いてない。
でも表に出れば、夫は「妻は私の宝物」、妻は「あのひとと出逢えたのは運命」と笑顔で言い、仲のいい夫婦を演じる。
その假面のわざとらしさが嫌われ、前回大惨敗したのに、自民党はまだそれに気づいていない。



自民党が政権与党に戻るのはいいが、どうにもこのことを思うと気が重い。假りに自民党が単独過半数を取ったとしても、与党の座をより強固にするために創価学会と連立し、以前のよう大臣ポストをひとつふたつ与えるのだろう。それは今までの歴史で明らかだ。歴史以前に、安倍総裁がそれを街頭演説でもテレビでも口にしているのだからどうしようもない。

自民党と公明党で300議席を獲得し、安定与党となっても、私は浮かれない。悪夢の民主党政権が終るのはうれしいが、創価学会という汚物とのつきあいがまた始まるからだ。



自公で300議席の楽しみと言えばこれぐらい。

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これは「きっこ」という女のふりをしているネカマ64歳の男のツイート。いま山口県の田舎に放射脳疎開をしているという「設定」だが、自民公明で300議席を越えたら上京し、渋谷のスクランブル交差点を全裸で逆立ちして渡り、鼻の穴からカルボナーラを喰うらしい。貧相なじいさんのそんな醜態は見たくもないが、言った以上は実行するだろう。



公明党との連立か……。やだやだ。憂鬱だ。

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【追記】──自民党嫌いのマスコミのネガキャン?

私は、自民党の安倍総裁が「自公で」「自公で」と言うのを何十回もテレビで見た。
しかしどうやらこれは「小選挙区での公明党候補の応援に行ったとき」しか言ってないようだ。
とするなら、私が見た「自公で」100%の演説はなんなのか、となる。

それは自民党嫌いのテレビ局が、意図的に「自公で」と言っている演説を使っているということだろう。
目的は、「自民党はカルト宗教と組んでいる」のをアピールするためだ。そうすれば私のような「自民党支持だが創価学会は嫌い」というのの票が逃げる。ネガティブキャンペーンとしてまことにうまい方法になる。

とまあ、それはわかったのだが、それをわかっても、自民党が公明党と組んで今までやってきて、これからもやってゆこうとしているのは確か。憲法改正なんて出来るはずがない。

維新の会と組んで公明党を切るのが正しい路線になる。出来るかな、安倍総裁。

高橋逮捕のことを菊地の項目に附記

オウムの高橋が蒲田のマンガ喫茶で逮捕されたことを「菊地直子逮捕」の項目に附記しました。

オウム真理教の菊地直子、神奈川県相模原で逮捕!──ほんとうにタイやミャンマーに渡っていたのか!?──菊池と菊地──【追記】高橋も逮捕

オウム:菊地直子容疑者の身柄確保 相模原市内で
毎日新聞 2012年06月03日 21時37分(最終更新 06月03日 22時15分)

 地下鉄サリン事件などで警察庁から特別手配されていたオウム真理教(アレフに改称)の菊地直子容疑者(40)が3日、相模原市内で身柄を確保された。警視庁本部に移送し、殺人と殺人未遂容疑で逮捕する方針。昨年12月末に平田信被告(47)が出頭・逮捕されており、オウム真理教関連で特別手配されていた4人のうち、行方が分かっていないのは高橋克也容疑者(54)のみとなり、行方を追及する。

 調べでは、菊地容疑者は95年3月20日朝、旧営団地下鉄(東京メトロ)千代田線などの車内でサリンがまかれ、乗客ら13人が死亡、6000人以上が重軽傷を負った事件で、サリン製造にかかわった疑いが持たれている。教団「化学班」キャップ、土谷正実死刑囚(47)が中心となった製造プロジェクトにかかわり、サリンの試薬や実験器具の購入を担当し、サリンの実験工程をノートにまとめる役割を果たしたとされる。

 http://mainichi.jp/select/news/20120604k0000m040081000c.html

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oumu

 この女は、タイからミャンマーに入国したと噂された。90年代後期、チェンマイやチェンライでも、こいつらはタイにいると噂されていた。日本食飲み屋でも話題になっていた。その後はミャンマーにいったらしい、になった。

 それを信じたわけではないが、あれだけ根強く囁かれていたのは、それなりに根拠もあったのだろう。



 オウム真理教というと、中野駅前で見た、全員が麻原のかぶりもの(ミッキーマウスみたいな感じ)をして、「ショーコーショーコー、ショコショコショーコー、ア・サ・ハ・ラショーコー」と歌っていた気味の悪い選挙運動を思い出す。後にこの歌は「教祖を呼びすてにしている」という理由で禁止になったとか(笑)。今も唄える。楽譜を書こうか。

 また秋葉原の路上では、あの白の上下を着た信者が、歌い踊りつつビラ撒きをしていた。PCやパーツの安売りである。なんとも気味の悪い光景だった。
 さすがにオウムの直営店だと知っていたので買いはしなかった。まだ犯罪は起こしていないから道義的に問題はなかったが、とにかく気味が悪くて避けた。ただし買いたくなるほど安かったのは事実。この分野が儲かると目をつけ本気で商売をしていたのだろう。ビラ撒きも信者にただでやらせられるし。オウム直営店の雰囲気を知っておくのも勉強だったかと今は思う。

 ビートたけしが週刊誌で麻原と対談し惚れこんでいたのもこの時期だ。たけし好きの私は、「たけしがあそこまで惚れこむのだから」と酒席で麻原は魅力的なのではないかと言い、みんなに惘れられた。みんなが正しかった。
 あの不細工な顔に、たけしを惚れこませるだけのカリスマ性があったのか?



 地下鉄サリン事件の第一報はタイのチェンマイで耳にした。衛星版読売新聞をむさぼり読んだ。
 その後も、茨城の家で老父母と同居し、週に1.2回上京するとき、田舎のJR駅にいつもこいつらの顔写真チラシが貼ってあり、毎度目にしていたから、犯罪者は数多いが、妙にこのふたりは印象深い。そして成田からチェンマイに飛ぶと、またこいつらの話である。

 なぜ捕まらないのか不思議だった。日本にはいないと思っていた。
 でも今回、神奈川県相模原である。やせていて、写真の顔とは似ても似つかなかったという。

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 逮捕時の顔写真が発表された。これじゃ、わからんよねえ。

 どんな逃亡をしていたのか興味深い。ほんとにタイやミャンマーに渡っていたのか。

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【追記】──Wikipediaの情報

 Wikipediaの「菊地直子」の項目にこんな情報があった。

ジャーナリストの吾妻博勝によれば、菊地直子はタイ人に成り済ましながら、在京タイ王国大使館から取得した一時帰国証明書を利用し、1995年10月に外国機で成田空港からタイ王国へ出国。別ルートでタイへ入国した共犯者と合流した後、ミャンマーに密入国し、今日に至るまで黄金の三角地帯に匿われているとされる。

 「タイ人になりすまして」って、そんなことが可能なのか。タイ語会話や読み書き能力を調べればすぐにニセモノってばれるだろうに。ほんとにそれが可能だったならタイ大使館も笑い物だ。
 ゴールデントライアングルにいたのなら、どの辺にいたのだろう。何度も行っているので土地鑑がある。興味深い。なぜ帰国したのか。どうやって帰国したのか。

 この「ジャーナリスト吾妻博勝」というひとは信頼できるのか。でもたしかにあのころ、みんなが囁いていたのはこういうことだった。



 ひさしぶりにミャンマーに行きたくなった。町の人々がみな恐縮するぐらい親日で、高いビルのない町にいると心がやすらぐ。
 と、「走る爆弾娘」からミャンマーを想ったら不謹慎だが。

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【追記.2】──菊池という誤字の理由 6/5

 正しくは「菊直子」なのに「菊直子」と書いていた。気づいて直した。

 明白な理由がある。
 すこしまえ、仕事で菊寛について書いた。
 こういう原稿で「菊」と書くのは致命的な間違いだ。だいたいは編輯者が気づいて指摘してくれるが、万が一見逃して活字になってしまったらとんでもないことになる。

 校正は当てにならない。あれはむしろ正しい言いまわしを俗の誤りに直してくるぐらいゴミだ。レベルの低い校正者に誤って直されたものを直しもどしたことが何度あったことか。一例として「一所懸命」と書くと「一生懸命」とゲラで直されてくる。もういちど「一所懸命」にして提出する。隔週誌で毎回そうされるので「校正者に抗議してくれ」と編輯者に怒ったことがある。

 よってATOK辞書から名字の「菊」を削除した。「きくち」と打てば、「菊」と出るようにした。「菊」には変換出来ないようにした。これはこういうワープロ原稿によるミスを防ぐのにけっこう効果的な方法だ。その他、「規矩智」「麹池」なんてのも出るが、いくらなんでもそれならちがうと気づく。菊を菊と打ってしまうようなミスがいちばん怖い。

 むかし、競馬原稿を書き始めた頃、同じようなことで「競争」を消したことがある。競馬文章で誰もがやってしまう初期ミスが「競」を「競」と書いてしまうことだ。編輯者はこれを嫌う。たとえば優駿エッセイ賞なんてのでは、これがあっただけでもうその応募作は「だめだ、こりゃ」になるらしい。

 もうその仕事も終わったので、今日、名字の「菊地」をまた復活させた。



 どうも、タイやミャンマーに行っていたというのはガセっぽい。ずっと日本にいたようだ。真相はどうなのだろう。
 下世話な興味で恐縮だが、東南アジアの旅が大好きなものとしてこのことが気になる。しかしまたガセならガセで、前記のジャーナリストとやらは何故そんなことを言いだしたのか。根拠は何なのか。
 もしも「タイからミャンマーに渡った」というのが完全なデマであるなら、それを流した人は「捜査陣に国内にはいないと思わせる。そういう情報を流布する」ということだから、彼らに味方したことになる。そういうことなのか? 

 下世話と言えば「通報者に1000万円」とかで、それも話題になっている。でもその下世話には興味がない。ということから、自分の興味はタイとミャンマー関係に絞られていると知る。



【追記.3】──高橋も逮捕間近 6/6

 いまだ逃亡中のオウム犯罪者最後のひとり、高橋も現在の顔が公開されたので逮捕間近だろう。
「今の顔」がわかったら、さすがに逃げきれない。

 一緒に住んでいたオウムの相方も高橋、それと別れて同棲していた今の男も高橋なのでこんがらがる。


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【追記.4】──高橋、蒲田のマンガ喫茶で逮捕──6/15

 高橋が蒲田のマンガ喫茶で逮捕された。
 地方に飛んだとか言われていたが、脱出したマンションから4キロしか離れていないところにいたわけだ。土地鑑のある都市部にいるはず、という読みは正しかったことになる。

 ひさしぶりにテレビのニュースを見た。見たいのは「小沢一郎離婚──女房の告発」なのだが、どこもそれは不自然に知らん降り。高橋逮捕のニュースはこれでもかというぐらいやっている。

 興味深かったのは、マンガ喫茶の店員が「似ている」と最初から意識していたのに対し、巡回に来た警官にそれを伝えると、警官が高橋の席まで覗きに行き、「似てないね」と言ったということ。私なんかこういうことに興味がないし、鈍いから、隣の席に高橋がいても、電車の中で対面にいても、気づかない。マンガ喫茶の店員をたいしたものだと思う。断言するが(こんなことを断言してもしょうがないが)、私が店員だったら高橋は捕まらなかった。

 警官に覗かれたらさすがに高橋の心も波立ったろう。焦る。予定時間よりも早く退出し、そのあとに警官に声を掛けられて自白している。

 これ、もしも、高橋が居直って、延長までしていたらどうなったろう。店員が「似ているな」と思っても、警官が「似てないね」と判断して退出したのだから、そのあとも堂々といて、最後に店員に「似ているって言われて、まいっちゃうんですよ」なんて軽口を叩くぐらい居直ったら逃れられたのではないか。たぶん逃亡劇にはそんなすれちがいが多々あるはずだ。



 今回の件で私が強く思ったのは「川崎」という地についてだった。
 関東の地で、関西の大阪に匹敵するほどの闇をもっている都市は川崎だけだ。
 犯罪者がひそむには最適だったろう。
 その他、川崎について書きたいことは山とあるが、それは別項とする。 

 ここを読んでいる関西の友人には川崎を知らないひともいるだろうと思って書いた。
 川崎とは、関東の都市で最も大阪の鶴橋に通じる部分を持った、そして、もうひとつの日本の闇にも通じる部分ももった、特別の地です。私には、オウムの逃亡者が長年ひそんでいたのが川崎だったというのが印象的でした。

猫ひろし──オリンピック出場消滅──4年後、8年後、12年後、16年後、20年後を目ざせ! オリンピックは続く、そのままカンボジアに定住しろ!

olympic2012

 猫ひろしのカンボジア国籍でのオリンピック出場が取消しになったらしい。よかった。
 いまさらもう名前を書くことすらいやなのだが、以前いくつか意見を書いているので、このままほったらかすのも無責任。まとめた。もうこれでこの不愉快な出来事とは無縁になれる。ほっとする。

●カンボジアからオリンピックに出ようという猫ひろしという名の国辱

 これを書いたのが2月13日。【芸スポ萬金譚】だった。以下は【木屑鈔】。

●猫ひろし、カンボジアからオリンピック出場──創価学会の栄光──アイネスフウジンとナカノコール

 これが3月26日。 

●猫ひろし、スポンサー契約でボロ儲け──カンボジアが「猫ひろし従軍慰安婦」で賠償を求める日

 これが3月28日。

●猫ひろし問題──国籍変更を仕掛けたのはホリエモン

 これが3月29日。 

 四つも書いていたのか。それぞれ長いからかなりの文字数だ。
 くだらない芸能ネタのようだが、これは私にとって大きな主題だった。



 たとえば「肌色の問題」。人種差別のある国における「名誉白人」という称号。本来は黄色の有色人種だが、金があるから特別に白人扱い。これは自慢できることか? なんとも恥ずかしい。

 たとえば「湾岸戦争」。聯合の一員として参加せねばならない。しかしあの憲法もどきによって派兵できない。で、「金は出すから」という結論。 「敵対する連中と仲間のみんなで殴りあう」という場面で、「食費とケガしたときの医療費はおれが出すから」と言って殴りあいに参加しないのだから男としてクズ。(英米の石油利権によるあのくだらん無意味な戦争に日本人の命をかけなかったことは肯定するが、その英米と「一緒に殴りあいする」という仲間の契りを結んでいたのは事実。) 

 憲法もどきに縛られ手を出せない日本人は、その代わりの武力としての経済力でみっともないことをいくつもやってきた。それらは、まともな憲法をもっていれば、正規の国軍があれば、するはずのないことだった。



 スケールはちいさいが猫ひろしのこれも同列の問題。それらのことは上の四つに詳しく書いているので省く。
 言いたいのはひとつ、「逆だったらどう感じるか」。貧しい国日本が、大金持ちの国から、こんなことをされたらどう感じるか。それは喜びではない。屈辱だ。

 現実問題としては、カンボジアの庶民は日々の暮らしに精一杯で、こんなことに怒る餘裕はない。ほとんどの国民は知りもしないだろう。なにしろオリンピックそのものが遠い。

 だからこそ、決してしてはならないことだ。それこそオリンピック精神に悖る。わたし、オリンピック精神なんて認めてないし、あんなの大国の利権だし、大嫌いだけど。まあここは方便(笑)。



 ほんとにもうどうでもいい「芸能ネタ」なのかも知れないが、私には看過できないけっこう大きなテーマだった。

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(この写真は ぬるっぱち@湯豆腐Lv6 ◆Null.DTdoM  さんのコラージュです。)

 従軍慰安婦なんてものはなかった。もちろん軍人相手の朝鮮人売春婦はいたが。
 売り手と買い手。金銭商売。なんの問題もなかった。誰も気にしなかった。だが、そこそこ国力をつけてきたところに、売国奴のアサヒシンブンのようなのが、「強制」と「涙」を捏造し、火を点けて盛りあがると、今のような気運になる。あちこちに「従軍慰安婦像」を立てて、騒ぎたてる「有力な外交ネタ」にまでふくらむ。

 たっぷり金を儲けて笑っているおばさん娼婦達の写真もあるのに、いきなり「強制連行されて性交奴隷にされた少女」というイメージで「従軍慰安少女」になっている。いやはやなんとも。
 朝鮮半島に火薬をつけて上の写真のように宇宙の果てに飛ばしたい。

 猫ひろしも同じ。カンボジアが国力をつけたら、「日本はかつて我が国のスポーツ界にどれほどの屈辱を強いたか」なんて騒ぎ始める。悪い芽は早く摘まねばならない。



 しかし、なにをどうすればこんな失礼な発想が出来るのか。発案者がホリエモンだというのがよくわかる。金もうけはうまいが人の心のわからないニンゲンらしい発想だ。

 それが望む形で決着したので、うれしい。でもそれははしゃぐようなよろこびではなく、しかめっつらの溜め息だ。二度とこんな醜い問題は起こして欲しくない。なんとも不愉快な事件だった。



 猫ひろしのブログに以下のような「ご報告」が載ったのが3月28日。

(念のために書いておきますが、以下の猫ひろしのブログからの引用等は、いま調べてやっています。私は猫ひろしのブログに行ったのは初めてです。やっているのは知ってましたが行きたくないので行ったことはありません。つまり、この問題にとても興味がありましたが、私は猫ひろしのブログを読んで日々観察するようなことはしていません。関わりたくない、忘れたいイヤな話なのですから当然です。)



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 と「ご報告」をしたあと、こんなことをやってはしゃいでいる。

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 (但しカンボジアで)というギャグのつもりの但し書きが失礼だ。

 たとえば「猫ひろし 教皇に拝謁!」とやり、そのあとに(但し創価学会教皇)と書けば、こいつにもその失礼の意味が解るだろう。これはローマ教皇に対して創価学会教皇をコバカにした但し書きだ。それと同じ。
 自分のやっている非礼を認識しろよ、創価学会芸人!

 目白大学ってのを卒業しているのか。聞いたことのない大学だが、どの程度かは想像がつく。りっぱな卒業生をもって在校生も誇らしいことだろう。


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 しかしめでたく出場は取消しとなる。

   お笑いタレントの猫ひろし(34)のロンドン五輪マラソン出場が消滅した。

 国際陸上競技連盟はきのう8日(2012年5月)、カンボジア代表としての国際大会参加資格を満たしていないとしたためだ。猫は去年10月にカンボジア国籍を取得し、2月の別府大分毎日マラソンで2時間30分26秒を出して当時のカンボジア選手のなかでは最高記録だった。
 
   国籍変更選手の国際競技参加には「国籍取得から1年以上経過」というルールがある。また、「変更後1年が経過していない場合」には(1)連続した1年の居住実績(2)国際陸連理事会による特例承認のいずれかをクリアする必要があった。

 猫は09年からカンボジアを行き来してビジネスもしていたが、連続して1年は住んでおらず、カンボジア陸連は「特例」を申請していた。国際陸連は猫は「特例に該当する理由がない」と拒否した。

   また、猫を代表に決めたあと、カンボジアの他の選手が猫を上回る記録を出すなど、微妙な雲行きにもなっていた。

   キャスターのテリー伊藤「残念ですね。前に番組に出てもらった時、選ばれなくてもカンボジアの選手として走るといっていた。4年後にもう1回走るという気持ちでいてもらいたい」(J-castニュース)

 あたりまえだ。住んでもいないしことばもしゃべれない。こんなバカな話はない。「特例に該当する理由がない」は極めて妥当。



 そのころ、情報が遅れたのか本人はこんなことを得意気にツイートしていた。

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 山篭もりして自分の躰にツンデレしてたんだって。
 オリンピック出場になって、今度は取消しで、オリンピックにもツンデレされた? あ、逆か? デレツン?

 めでたく出場取消しと確定したが、本人とは連絡が取れない。



猫ひろし事務所も困惑 まだ本人と連絡取れず
 
スポニチアネックス 5月9日(水)7時1分配信
 
 五輪出場が消滅したことで、猫ひろしの所属する「ワハハ本舗」も困惑した。

 関係者は「(五輪消滅は)報道で聞きました。本人は国内にいますが、まだ連絡は取れていません。カンボジア・オリンピック委員会からは何の連絡もないので、まだよく分かりません」と話した。会見などの予定についても「(正式な)連絡があれば、対応を検討したい」とだけ答えた。

 
失踪か、と話題になる。全力疾走とツッコミが入る。 

※ 

 そのあと、本人がファクスでコメントを発表。
 
 ロンドン五輪出場が消滅したお笑いタレントの猫ひろし(本名滝崎邦明、34)が9日、所属事務所を通じてマスコミ各社にファクスでコメントを発表した。

 「今回、カンボジア王国の代表としてロンドンオリンピックへの出場が不可能となりました」と報告。「正直本当に残念な気持ちでいっぱいですが、これまでたくさん協力していただいたカンボジアオリンピック委員会の方々やスタッフの方々には本当に心から感謝しています。そして応援してくださった多くの皆様にも、心から感謝申し上げます」と複雑な心境を明かした。

 「ロンドンオリンピックには出場できませんでしたが、今まで練習してきた事は決して無駄にはなりませんし、これからも芸人としてそしてランナーとしても頑張っていきます」と前向きにつづり、国籍変更など今後の対応について具体的には触れていないが「引き続き、カンボジアと日本の両国を活動の場として、日々精進してまいります」と決意を表している。(スポニチ)



 このコメントを受けての意見。有森は、テレビ新聞が浮かれているときも、一貫して批判的なことを言っていた。
 これみんなスポニチ。この問題に熱心だったんだな(笑)。しかし下手な文章だ。記者のレベルが低い。

 昨年10月に国籍を取得したカンボジアで、ロンドン五輪男子マラソン代表に選ばれたタレントの猫ひろし(本名・滝崎邦明、34)について、国際陸上競技連盟が参加資格を満たしていないとの判断を同国陸連に通達、出場が不可能ににったことが8日、分かった。 

 ▼有森裕子さん(女子マラソン・バルセロナ五輪銀、アトランタ五輪銅メダリスト)
 世界の共通ルールで判断されたことはスポーツ界にとって大事なことだと思う。(マラソンを通じてカンボジアとの国際交流に尽力)

 ▼ワット・チョムラーン・カンボジア・オリンピック委員会専務理事 
 猫さんには今後もカンボジア選手でいてほしいが、それは彼次第だ。もし彼が(カンボジア人を)やめるようなことがあれば残念だ。(スポニチ) 

  ワット・チョムラーン・カンボジア・オリンピック委員会専務理事さん、その心配は無用です。彼は今後もカンボジア国籍でカンボジア人であり続けます。これからはカンボジアに移住し、4年後のオリンピック出場を目ざしてそちらで暮らすでしょう。まさかオリンピックに出られなくなったから国籍を戻すとか、そんなことはしません。そんなことは池田先生が許しません。カンボジア人猫ひろしをよろしくお願いします。返品不可です。


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【追記】──4年後のリオデジャネイロを目ざす!?

 競技者としての猫さんを支援してきた関係者によると、猫さんは8日夜も東京都内で長距離の走り込みを行った。
 走り終わった後にロンドン五輪に出られなくなったとの報道を知らされ、「もし今回出られないとしても、カンボジア人として4年後のリオデジャネイロ五輪を目指す」と話したという。

 いいぞ、猫ひろし! 男だ! もしも4年後がダメでも、8年後、12年後、16年後と、オリンピックは4年に一度ある。生涯カンボジアからのオリンピック出場を目ざして、かの地に骨を埋めろ。がんばれ! 明日からもうずっとカンボジアに住め。日本に帰ってくるな。

 その真摯な姿勢はやがてカンボジアの教科書にも載るだろう。「日本人の猫ひろしさんはカンボジアからオリンピックに出たいと国籍を変更してカンボジア人になりました。その後もカンボジア人としてオリンピックに出るために10年、20年とがんばりましたが一度も出ることなく死にました。」

◇国籍問題に一石

 スポーツ選手の国籍変更は珍しいことではない。中東諸国が潤沢なオイルマネーで優れたアフリカ出身選手を集めるケースが議論を呼んできた。

 だが、富める国の五輪水準に達しないアスリートが「オリンピアン」になるという夢のため、貧しい国の代表枠を得るというのは極めて特異な事例だ。
  (毎日新聞)

 
アスリートじゃねえよ、創価学会芸人だ。そもそもが芸人としての話題作りから始まったことだ。でも聖教新聞を印刷して食いつないでいるマイニチにしちゃよくこの点に触れたな。

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【追記.2】 ──あらためて安心した

 私はオリンピックをほとんど見ないし、見るとしても陸上中心で、合計でも数時間ぐらいだろう。
 日本人優勝の可能性のない男子マラソンは見ないと思うけど、見なくても、「カンボジア代表の猫ひろし」は意識した。 「猫ひろしを追ったドキュメント」は必ず作られるし、それも見ないけど、それでもどんな出来になったかは気にした。そしてそれは調べなくても、ふつうにネットをやっていたら、あちらから入ってくる情報だったろう。

 いま極力ネットをやらないようにしている。パソコンは起きているあいだずっといじっているけど、インターネット接続は切っている。それでも繋いだ瞬間に情報が押しよせてくる。この「知りたくなくても知らされてしまう情報」ってのは苦痛だ。

 オリンピックオタクじゃないけど、それでもオリンピック前に、気になる不快なネタが消滅したことはうれしい。 スッキリしたので、「今回は男子マラソンを見てみようか」という気になっている。何十年ぶりかで。前回見たのはいつだろう、アベベが裸足で走っていたな。円谷、君原、あのあたり。水泳は「前畑、がんばれ」をラジオで聞いたぐらい。あれは興奮した。ラジオの前で思わず「前畑、がんばれ」と言ったものだ。

中東をいたぶるアメリカに見る日本の負け犬の歴史

イランやイラク等、気に入らない中東の国をいたぶるアメリカを見ると、たまらん気持ちになる。
あの国は、自分だけが正しいと思っている。時に正しくないとすこしぐらい思ったとしても、でも勝つのが最善と判断するから、自分にさからう、気に入らないものは、どんな方法を使ってもつぶしに出る。反省も後退もない。

そうして日本はあの戦争に引きずりこまれた。完膚なきまでに叩き潰され、あらたなライバルへの威嚇のための新型の破壊兵器を実験的に落とされ、無差別大量虐殺もやられた。
「すみませんでした。二度とさからいません」という証文を書かされた。その屈辱的な証文を、「世界に誇れる憲法」と呼んで奉る日本人もいる。



日本にもしまともな歴史観や正義感があったなら、味方すべきは中東だろう。
打倒すべきは、Crusadersなどという自分だけを正しいと思い込むキリスト教の精神である。

だけど日本はアメリカの腰ぎんちゃくだ。自国を護る軍隊すら持てず、アメリカの愛人のまま、中東を意のままにしようとするアメリカの犬になっている。 



生きるための方便とはいえ、節操のない歩みはかなしすぎる。
しかしそれは明治維新で、日本語にはなかった「Progress」という概念を受けいれたとき、必然だった。

江戸時代には、「鎌倉時代は遅れている。その点、江戸時代は進んでいる」と比較して満足する感覚はなかった。江戸も鎌倉も、それはその時代のありかたでしかなかった。うつくしい日本である。

先進後進の発想は欧米に憧れた明治以降に始まったものだ。
それそのものがキリスト教の発想になる。
それはやつらが世界中の神々を殺しまくったことからもわかる。

キリスト教を受けいれる国は先進国、受けいれない国は後進国。
後進国は指導して、自分達に近づけるようにしてあげる。
それを拒んだら、つぶす。それがキリスト教の思想。



でもアメリカは中東をつぶせないだろう。
アラーを信ずるひとはキリストを怖れない。

唯我独尊のアメリカを負かせるのは宗教だけだ。
どんなに鍛えあげたパワフルな大男も、寝ているとき首を切られたら終りだ。
大男の首を切るのに、同じように鍛えあげたパワフルボディはいらない。
非力な小男でも、よく切れるナイフ一丁あればいい。
そのナイフが核兵器なら、誰でも欲しがって当然だ。 



アメリカはナイフ狩りをする。自分達は腐るほど持っているのに、他者がもつことは許さない。
自分が他者にナイフを向けることは認めるが、他者が自分に向けることは許さない。

持っていないものも、「持ってるいるんじゃないか」と疑惑を持ったらつぶしに行く。
その費用を負担する犬の日本。

持っていないのに疑惑だけでアメリカに殺された中東人。
それを、おめでとうございますと諂う日本。




ケンカに負けて書かされた証文を破り捨て、自分を護るナイフを備え、アメリカの横暴に、正面から真っ当な意見を言える日本が再建される日は、来るのだろうか。

アメリカやイギリスが自国の石油利権を確保するためだけの醜い戦争に参加することを拒める日は来るのだろうか。「血は流さないけど金だけは出します」なんてみっともない立場から離れる日は来るのだろうか。

アラブやアフリカや多くの国々が、アメリカの隷属から立ち上がった日本を寿ぐことだろう。
アジアの国々も讃美してくれるだろう。支那と朝鮮以外は。

まずは証文を破棄することだ。

そして自分を護るナイフを備えることだ。

猫ひろし問題──国籍変更を仕掛けたのはホリエモン

 猫ひろしがカンボジア国籍でオリンピック出場に到る流れ。
 その疑問点とされるもの。2ちゃんねるの「猫ひろしスレ」でまとめられていたものをコピーさせてもらう。



●猫ひろしの疑問点

1.国籍変更には7年間住んでクメール語が話せないといけないのになぜか変更できた。
2.奥さんと子供は日本国籍のまま?

3.不自然なライバル選手の出場辞退が続出。何名も辞退した。
4.猫ひろしよりタイムの良いカンボジア人がいる。

5.ドキュメンタリー番組・制作の話がでている。
6.出場決定後スポンサーがすぐついた?
  ttp://www.transtechnology.co.jp/gps/ARES/develop.php

7.再ブレイクのネタとして五輪出場はホリエモンが発案した?
  ttp://ameblo.jp/izutada/entry-11203856662.html
 
8.カンボジアドリームという会社があやしい。
 
9.そうかそうか

10. オリンピック特別枠の本旨に反する?




 まずは素朴に1の問題がある。その国の国籍を取得するための基本として、その国の言葉を話せること、その国の文字での読み書きができること、がある。猫ひろしはそれを満たしていない。なぜ簡単にできたのか。元の国籍が「経済大国」だからか。
逆だったらどうか。

 日本国籍を取得する条件は厳しい。特例として一般よりもはるかに優遇される名のある力士やサッカー選手でも、ことばと読み書きはそれなりに重視される。
 猫ひろしはまったくできない。そんなひとの国籍取得はおかしい。



cambodia 私はカンボジア語は独学だがかなり熱心にやったので、すくなくとも猫ひろしよりは話せるし、すこしなら読み書きもできる。というか、猫ひろしってカンボジア語でこんにちはもさようならも言えないんだろう。ひどい話だ。

 カンボジアで購入して勉強した思い出深い本の写真をアップしたいのだが、いまスキャナーが壊れていてできない。写真の本は定番だが当時はまだなかった。

 いまも印象的なのは、カンボジア滞在時、プノンペンの本屋で売られていた日本語のカンボジア語教本を2ドルで買って勉強したのだが、帰国後、八重洲ブックセンターに行ったら、それが4900円で売られていたことだ。物価の差というものを思い知った。
 それ以前にも、タイで120バーツ(400円ぐらい)のものが日本だと2500円とか経験していたので、そういう智識はあったが。

 しかしそれはそれで適正価格だと思う。当時カンボジア語の日本語教科書はそれだけだった。日本にいてカンボジア語を本で学ぼうと思ったら、それしかないのだから、この場合「それしかない」と考えるより「それがある」と前向きに解釈すべきだろう。あることのありがたさだ。だったら4900円は高くない、となろう。私はその本を作ったかたを心から尊敬している。いつも手放さず持ち歩いた。
 逆だったらどうなのかな。日本で4900円で買っていってプノンペンで同じものが2ドルで売っているのを見たら。

 カンボジア語の教科書なんてふつうの本屋じゃ売っていないから、八重洲ブックセンターの語学コーナーでそれを見たときは感激した。なんでもあるんだな、と思った。何百回通ったことか。あそこはいい本屋さんだ。

 と書くと私が語学修得に熱心なように思われるが、まあ熱心は熱心なのだが、すこし意味あいがちがって、私の場合、「あれこれそろえたい」という趣味のようなものだ。それは「あれこれそろえると上達が早いのではないか」という勘違いから来ていて、いまも部屋中に語学教科書が溢れている。スペイン語、ポルトガル語もやった。タイ語やベトナム語は、もうその種の語学教科書、カセットテープ附き、CD附きの本は、日本で発売されているものはぜんぶ買ったのではないか。カンボジア語は、そもそもがすくないので、3種類しかもっていないが。
 小説類をみな捨ててしまったので、今の私の本棚を見たら、「語学関係のかたですか」と言われそうだ。

 で、いっぱい持っている割りにへたである(笑)。語学は耳だ。耳のいい人は教科書なんかなくてもマスターする。でも耳では読み書きは覚えられない。耳で覚えて外国語のうまいひとを「かけ足の早いこども」とするなら、私のような流暢に話せない分を、彼らの苦手な読み書きをマスターして対抗するのは、「足は遅いけど、算数が得意なこども」みたいなものになる。
 そういう個性は何事にもつきまとう。それを活かすのが教育だ。だからやはりどう考えても、「そういうふたりがお手々繋いで一緒にゴールイン」という発想は誤りだ。



 国籍取得の不可解という1の疑問に対し「2000万以上国に払えば、1の条件を満たす必要なし」という書きこみを見かけた。根拠がないし、なにより2000万に単位が附いてない。リエルなのかドルなのか円なのか。こんないいかげんな情報は無視する。でもありそうな話だけど。しかし大金を払ってカンボジア国籍を取得するのはかなり特別な人だろう(笑)。なんの意味があるのか。まあ行ってみればわかるが日本人が暮らすにはキツいところだ。あらゆる意味で。

 十数年前、タイで知りあった人の中から、カンボジアに永住するとプノンペンに移る人が何人かいた。私が初めてカンボジアに行ったのも、彼らを訪ねる旅だった。
 発展途上国独自の猥雑な空気を好む人には、タイはもう垢抜けすぎていたのだろう。その気持ちはわかる。タイがおもしろかったのは90年代半ばまでだ。私なんかよりももっと古い通は90年代そのものを否定するようだが。でも92年ぐらいはまだおもしろかったと思う。

 プノンペンに渡った彼らはみな故人になっている。寿命を縮めてまで暮らす国じゃない。「故人」といっても70代80代じゃないよ。みな50代で死んでいる。まあ心臓発作とか脳梗塞とかいろいろだし、それが寿命だったとも言える。それをカンボジアのせいにしては失礼だけど。

 GDPは111億ドルで山口県下関市程度とか。基礎知識はもっているが、こういう「山口県下関市と同じ」なんて例えはWikipediaで教えてもらわないとわからない。
 北朝鮮のGDPがよく「鳥取県程度」と例えられる。でかいことを言っているくせに、いかにショボい国かとネタになるが、カンボジアは北朝鮮の半分以下だ。日本の県とすら比較できない。市、だ。その弱い国を犒从兮膵餃瓩らやってきた芸人が蹂躙した。どう考えても不愉快になる。



 2の問題。彼はオリンピック後も日本に在住し、「カンボジア人が日本のビザを取得して定住という形」になると明言している。芸能活動をするからワーキングビザになるのか。ついでに「外タレ扱いでギャラがあがるのではないかと楽しみ」とも発言している。先日生まれた娘は「ハーフだ」とはしゃいでいた。

 国籍ってなんだろう。

 カンボジア語を覚えて、カンボジアでネタをやりたいとか、カンボジアに住むとか、これからもカンボジアのために役立ちたいとかの発想はカケラもない。ひとことも出て来ない。あくまでも「オリンピックに出たいために国籍を替えた」という方法論である。

 私は、せめて、オリンピック後に、カンボジアで、「カンボジア代表としてロンドンオリンピックのマラソンに出場した猫ひろしです。カンボジアと日本がこれからも仲よくやってゆけるよう努力します」ぐらいの挨拶を、カンボジア語でやるぐらいの礼は尽くして欲しいと願う。最低限の礼儀だろう。出来るなら行く前にやって欲しい。
 無理か? それができるひとは、そもそもカンボジア国籍でオリンピック出場なんて発想をしないか。

 スポンサーがついて得る億を超える収入は、どちらに納税するのだろう。日本かカンボジアか。カンボジア人なんだからカンボジアだよね。カンボジア陸連が好意的なのは、それが理由か?



 3と4も重要。
 猫ひろしよりタイムのいい、本来ならカンボジア代表になるべき選手が、連続して棄権とか不可解な状況が連続した。すべての状況が「猫ひろしが出走できる流れ」で動いていた。
 また、昨日も書いたが、「猫ひろしの持ちタイムがずば抜けていてメダルが取れそう」なら話は違う。しかしそれはまず絶対にない。どう考えてもこれは「札束で横っ面を引っぱたいて」という流れになる。

phnompenh
















 この件に関してカンボジアの代表紙「プノンペンポスト」が批判的な記事を書いたという話が2ちゃんねるにあった。和訳も添えてあった。

 その和訳文はいま手元にあるのだが掲載は控える。理由は、そこからリンクされている上の英文プノンペンポスト紙のサイトに行ったのだが記事を発見できなかったからだ。

 私は原文の英文を読み、自分で和訳した文を載せようと思った。探したが該当記事が見つからない。
 いかにも新聞記事の和訳らしいよく出来た文なのだが、だからこそ2ちゃんねる的な冗談捏造の可能性を考慮せねばならない。あそこに出入りする愉快犯のレベルは高い。



 2ちゃんねるのそういう「よくできた作り物」に引っ掛かって恥を掻くひとは多い。高名なブロガーである<きっこさん>もよくやっている。

kikkoao




 2ちゃんねるに「NHKラジオがこういうニュースを流していた」とある。<きっこさん>はそれが自分の意見に都合がいいので、すぐにその内容をツイートする。「ソースは?」と質問が入る。「NHKラジオのニュースです」と応える。よせばいいのに「わたしは聞きました」と。

 しかしそんなNHKニュースはなかった。それ自体が2ちゃんねるの捏造だった。見事に引っ掛かって笑いものである。 流れてないものを聞いている「空耳アワー」。しかしむろんカエルのつらになんとやら。反省などあるはずもなし。しらんふり。
 私は顔に小便をかけられたら気にするカエルなので、確認できるまで掲載は控える。�

 本物なら、猫ひろしとオリンピックのありかたについてプノンペンポスト紙が正面から批判したいい内容なのでぜひ紹介したい。でもあまりに出来すぎているから、きっと作り物だろう。

 もしもニセ物なら、バレた原因は和訳が見事すぎたことだ。いかにも英文を訳したように、もうすこし下手な文にした方がいい。



 なお、この種のニュースでは、必ず「カンボジアの代表的新聞プノンペンポスト紙」とあるが、カンボジア庶民は新聞など読まない。そんな餘裕はない。日本とは状況が違う。政府関係者や一部の金持ち、高学歴者が読むだけだ。

 「カンボジア国民は怒っているのではないか。我が身に置きかえてみろ。どれほど不快なことか」というような論調は、いまの日本の国情を基本にしている。その意見には賛同するが、現実のカンボジア庶民にとって、オリンピックそのものがどうでもいいことであり、ましてマラソン代表が誰かなんて犬の糞をふんづけたこと以下の事件でしかない。

 同じく、「カンボジア人の8割が猫ひろしのオリンピック出場に好意的だ」なんて意見もどうでもいい。なにしろカンボジア人の99%にとって「どうでもいいこと」なのだ。いやそれ以前の状況、「知らないこと」なのだ。
 プノンペンの住人でもふつうのひとは知らないし興味はないだろう。このことを知っているごくごく一部のひと10人に意見を聞いたら8人が好意的だった、なんて程度のアンケートに意味があるはずがない。

 だから私は「カンボジア国民が怒っている」という視点では語らない。私の言いたいのは、「日本人が他国に対して失礼なことをした」に尽きる。
 要は「日本人のありかた」だ。今回の出来事は、あまりに「美しくない日本人」である。そのことに立腹している。�



 7の「ホリエモンが関与」はホント。該当記事はこの件が話題になり、早速削除されたが、私はこの「猫ひろし問題」は、かなり前から不快で追い掛けていたテーマなので、コピーをもっている。以下、紹介する。

タイトルは「泉忠司のボーダレスで行こう!」2012-3-26 から抜粋。

「猫ひろしが国籍を変えてマラソンでオリンピックに挑戦」という企画は、2009年8月28日にDMM.comで生放送された『ホリエモン想定外のなんでお前なんだよ!!』という番組の中から生まれました。

「ホリエモンと猫ひろしが組んでM-1グランプリに出場」
「選挙に出る」
「ツイッター芸人としての立場を確立」

といった企画が次々と飛び出しました。ちなみに、この日の番組終了後に、控え室で猫さんはツイッターを開設したのですが、その開設手続きをしたのが、ホリエモンなんですよ。

このような流れから「国籍を変えてオリンピックに挑戦」という話題に発展。
「猫ひろしロンドンオリンピックへの道」の種が生まれた瞬間です。その後の過程はニュースなどで随時報じられてきたとおりです。そして、ついにオリンピック出場が決定しました。

 くだらん話である。
 この泉というのもホリエモンと一緒の仕掛け人らしく、それが自慢らしい。「ボーダレスで行こう」なんて行ってるだけあって、節操と礼儀がボーダレスだ。廃棄すべきはこいつらである。

「猫さんのオリンピック出場に対し、心からの賛辞と敬意を送ります」

 と書いたのだから堂々としていればいいのに、即座に削除している。腰抜け。

※�

 9はまあさんざん書いているのでパスして。�

 やはりこだわりたいのは10だ。
 どう考えても「人としての道」に悖っている。
 人じゃないのか、猫か。

 猫はもっとまとも。猫と言いたくない。
 醜い人もどき。

(好きな猫だからいやなんだよなあ、犬ひろし、豚ひろし、牛ひろし、馬ひろし、鳥ひろし、なんでも気にならないんだけど。)

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【追記】──東国原のTwitter

東国原英夫 (@higashimototiji)
12/03/26 12:15
猫君がオリンピックマラソンカンボジア代表に決定しました。おめでとうございます。
一部批判や疑問もあるみたいですが、今後、カンボジア人として、国や地域にどれだけ貢献できるかで真価が問われると思います。頑張って頂きたいと思います。


かつてのお笑い芸人として、おめでとうを言いつつも、しっかり皮肉も言っている(笑)。�

猫ひろし、スポンサー契約でボロ儲け──カンボジアが「猫ひろし従軍慰安婦」で賠償を求める日

カンボジアからのオリンピックマラソン代表になった猫ひろしがスポンサー契約でボロ儲けなのだとか。
元記事はこちら。 



NHKまで夜のニュースで大々的に取り上げていたが、オリンピック出場が決まった猫ひろしは、この先、一体いくら稼ぐのか。
「昨年末、スポーツ用品メーカーなど数社からスポンサー契約のオファーがあったが、猫ひろしサイドは断ったそうです。オリンピック出場が決まった後のほうが、商品価値が高まり、契約金が跳ね上がると計算したのでしょう。イチかバチかの賭けが、成功した形です。はやくもスポンサー候補として、味の素やニューバランスの社名があがっています。ニューバランスからは靴を提供されている。

オリンピック出場となれば、スポンサー料は3000万円程度になるでしょう。5社集まれば1億5000万円。最低でも1億円は稼ぐでしょう」(広告業界事情通)

カンボジア国内では話題になっていないから批判も起きていないが、広く知られるようになったら批判が噴出するのじゃないか。 (日刊ゲンダイ)

※ 

カンボジア国内で批判が起きていないのは、好意的だからではなく、庶民はオリンピックだとか、それのマラソン代表だとかに興味を持つようなゆとりなどないからである。そんなことは知らない。テレビのない家庭も多いし、ニュースでも流れない。假りに流れてもどうでもいいことだ。今日の飯とは関係ない。それほど貧しい。どういう国かは行けばわかる。

そういう国に対して「日本の猫ひろしという芸人」は、「記録には無関係で男女ひとりずつの出場枠」というオリンピックの「空白の一日」みたいな規則の裏を掻き、「国籍移動」という方法で愚弄したのだ。ホント、江川の「空白の一日」を思い出す。

医学を知らない貧しい若者に、「腎臓ってのはふたつあるから、ひとつとっても平気なんだよ。ひとつちょうだいね。お金あげるから」と言ってだましたようなものだ。

カンボジアの陸連の誰とかが言った「経済大国から来た猫ひろしさんの努力がありがたい」は、「大金がもらえて、家族がうまいものを喰えて、感謝してます」ってとこか。その旨いものは、おまえの息子の腎臓代金なんだよ。

このような恥ずかしい行為を、「快挙」ともちあげるひとの気がしれん。


ただし。
日本がカンボジアのような国だったら、どこかの経済大国からこんなことをされるだろう。国の強弱とはそんなものだ。
そして、そういう貧しい日本に住む貧しい私が、そのことに腹立ち、こういうことを書くこともない。だってそんなこと知らないし、その日を生きるのに精一杯なのだから。常時接続のインターネットなんてないんだから。

「所詮ニンゲンは弱肉強食。国の関係とはそういうものなのだ」と割り切れば、どうでもいいことか。 

そういうことをされた屈辱に腹立つのは、生活に餘裕の出来るずっと先のことだ。
そうなったらカンボジアは「猫ひろし従軍慰安婦」なんてのを捏造して日本に賠償金を求めるだろう。
世界中のあちこちに「猫ひろし従軍慰安婦像」を建立して日本を批難する。ニャ〜。

わたしたちは、カンボジア代表だから、カンボジア人にしてくれって抵抗したんです。オリンピックはそれでこそ意味があると。なのに猫ひろしに力尽くで……。一晩に何万人もの少女が猫ひろしに犯されました。わたしたちは、わたしたちは、この残酷な行為を許すことはできません!」 

続いて、「猫ひろし大虐殺」。
残虐な猫ひろしが30万人を殺しまくった。賠償せよ! 補償せよ!

冗談じゃないよ。どっかの国とのつきあいを見れば解る。
不衛生で早死にの文盲ばかりの国に、衛生観念を教え、教育を与え、インフラを整備し、識字率を高め、平均寿命を大きく伸ばし、人口も増やしてやったのに、敗戦で認識をころっとかえ、未だに逆恨みされている。ありもしないことまで作られて世界中で誹謗中傷されている。

カンボジアが「経済大国の猫ひろしさんが」と言っているのは今の国情だから。
強くなったら「あの屈辱を忘れない」と何を言いだすかわかったもんじゃない。



彼のやったことは「快挙」ではない。彼は「英雄」でもない。
「国」の立場、強弱を利用し、「営利行為」を具現した醜さの象徴だ。 

でもニンゲンというものを直視するいい機会だったかも知れない。

さすがD作先生の教えは味がある。 深イィ。か?

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 そうかの広告がつきまとう……呪われてる…… 

猫ひろし、カンボジアからオリンピック出場──創価学会の栄光──アイネスフウジンと「ナカノコール」

olympic2012 カンボジア国籍を取得してロンドン五輪出場を目指すタレントの猫ひろし(本名滝崎邦明〈たきざき・くにあき〉)さん(34)が男子マラソンの同国代表に決まった。カンボジア・オリンピック委員会のワット・チョムラーン専務理事が25日、明らかにした。他の競技の代表とともに4月に正式発表する見通しという。

 五輪の陸上では、参加標準記録を突破した選手が1人もいない国・地域は、男女1人ずつがいずれかの種目に出場できる「特例」がある。カンボジアはこれに該当し、猫さんは自己ベストが2時間30分26秒で標準記録に届かないものの代表に選ばれた。

 夢が実現することになるが、国籍を変更しての出場は論議を呼びそうだ。 http://www.asahi.com/sports/update/0325/KYD201203250001.html  

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nekohirosi瀬古氏は「本当におめでたい」有森さんは「複雑」 猫ひろし五輪代表決定

 猫ひろしのカンボジア代表決定について、往年の名ランナーで日本陸連理事の瀬古利彦氏は「本当におめでたいこと。五輪は参加することに意義がある。選ばれた以上、カンボジア国民の夢を背負って頑張ってほしい」とエールを送った。

 猫の自己記録は2時間30分台で女子のトップ選手にも及ばない。それでも日本陸連強化委員会の木内敏夫統括ディレクターは「最近の成長を見ると、ただの市民ランナーの走りではない」と評価した。

 国籍を変更しての五輪出場に批判的な意見もある。マラソンを通じてカンボジアとの国際交流に尽力する五輪メダリストの有森裕子さんは「心情的にはこれが本当にいいことなのか複雑だ」とコメントした。

 カンボジア国内ではあまり話題になっておらず、今のところ強い批判は起きていない。同国陸連のペン・ブティ専務理事は「猫さんは経済大国から来てくれた。猫さんのような日本人がカンボジアのために身をささげ、努力してくれることは、カンボジアにとって誇りだ」と歓迎した。(共同) http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2012/03/25/kiji/K20120325002906760.html 
 

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 日経賞でネコパンチが逃げきったのはこういうことだったのか。
 勝利騎手インタビュウで江田照が猫ひろしのまねをして「ニャンニャン」てやってた。
 私が猫ひろしを嫌いな理由のひとつにこれがある。彼の芸名は「舘ひろし」の「タチ」を「ネコ」にした言葉遊びから来ていて(タチとネコの意味がわからないひとは調べてください)猫とは無関係。芸名が「ネコ」になったので漢字の猫を当て、そこから「にゃ〜」とかやっているが、猫好きではない。猫好きでもないのに猫を名乗られて、愛猫家として極めて不快だ。

 猫も、馬のネコパンチも大好きで、ナンミョーは大嫌いなブロガーの<きっこさん>は、この「猫の名を騙るナンミョー」のことをどう思っているのだろう。
 <きっこさん>のTwitterに出かけてみる。<きっこさん>は、この件に関して意見を言ってるだろうか。  

<きっこさん>のtwitter 

kikkoao




 すでに就寝されていたようだ。残念。



 過日、朝、起き抜けにテレビを点けてしまった。テレビは今ごく限られた番組を見るだけなのだが、寝惚けていると月に一、二回は未だにこんなことをしてしまう。何十年もの習慣はこわい。いわゆる「起きたらまずテレビ」ってヤツだ。

 朝のワイドショーだった。昨日、猫ひろしがフルマラソンを走り、自己新を出したことに対し、「快挙ですね。がんばってます。うまくオリンピックに出られるといいですね。私達も応援してます!」とニコやかにやってたので急いで消した。たしか羽鳥だったからテレ朝か。
 猫ひろしのオリンピック標準記録には程遠い自己新で騒いでいたようだから、カンボジアの代表として出場が確定した明日月曜は、各局とも朝から大はしゃぎだろう。



 しかしこれってカンボジアにとっていいことなのか。恥ずべき事ではないのか。大金持ちの創価学会から裏金でも動いたのか。
 カンボジアには14年前から三度ほど行っている。ずいぶんと怖い思いをした。何度か銃を向けられている。あそこの政府と軍人に対していい印象はない。
 このことでまた嫌いになった。どう考えてもおかしい。経済大国からやってきたのを出場させることで何か見返りを期待しているのか。それとも水面下でもうもらっているのか。

 水準記録を満たしていない弱小国には男女ひとりずつ出走枠が与えられる。オリンピックを運営している、いわゆる先進国(イヤなコトバだ)からのお情けだ。
 オリンピックというのは、その先進国が金を出しあってやっている牘超鉢瓩任△襦M権もある。委員になったりしたらもうたいへん。キレイゴトではない。そのことを忘れてはならない。

 出場の時点でもう負けることは判っていても、だからこそ未来のカンボジアのために、カンボジアの若者に経験させるべきだ。彼が教師になり、自ら体験したオリンピックの雰囲気を語り続けるだけで、青少年の国威発揚に繋がる。未来のカンボジアの夢になる。それこそがオリンピックの価値だろう。

 日本のお笑い芸人が国籍を替え、カンボジア代表として出走して、2時間7分ぐらいの優勝者の後に2時間30分でゴールする。何十位だろう。ビリから何番目。ビリ? 
 残るのは「おれはオリンピックに出たことがある」という猫ひろしの自己満足だけだ。まさかオリンピックが終ったらまた国籍を日本に戻すなんてことはしないだろうな!? そういや猫ひろしって結婚している。女房は日本国籍のままか。するとこれって国際結婚? 先日生まれた娘はハーフか?

 これがもしも純粋なカンボジアのランナーだったなら、たとえビリでも、カンボジアのこどもたちは中継を見て、口惜しさに唇を噛みながらも、「いまにきっと!」と思うだろう。それがオリンピックだ。それが「参加することに意義がある」だ。
 瀬古の言っていることはおかしい。参加することに意義があるのはカンボジアの青年が挑むからであって、日本のお笑い芸人が話題欲しさに国籍を替えて参加することに意義はない。

 ということで思い出した。
 女子100メートルの第一次予選に、そういう国の選手が出ていた。メダルを争うような国の選手のやる気満々の勝負服とはちがいジャージ姿。何十メートルも遅れてゴールする。でも彼女は国では一番速い選手なのだろう。あれはあれでオリンピックの味わいだった。
 カンボジアはどんな競技でもいいから、ビリになろうとも自国の選手を送るべし。断じてそれは猫ひろしではない。



 もちろん金メダルを狙えるような場合は別になる。日本からの出場枠ではメダルが狙えないと判断したアスリートが、アメリカやロシアに国籍を移して出場しようとするケースがある。それはおおいにやればいい。猫ひろしの場合とはちがう。

 個人的には、そんなことまでしてオリンピックに出てなにが楽しいのだろうと思う。
 だってオリンピックのおもしろさは「国別対抗戦」だ。国を背負うからおもしろい。ゆとり教育の歪みで「わたしなりのオリンピックを楽しんできます」なんて勘違いバカが増えたが。

 そこがあやふやになったらおもしろくない。オリンピックじゃない。
 国体で、主催県を優勝させるために所属県を移動する国体プロ(笑)がいるが、それと同じだ。
 より卑近な喩えをするなら、「クラス対抗戦」も「学校対抗戦」も、いつも所属しているクラスや学校があるからおもしろいのであって、それが不鮮明では盛りあがらない。

 在日朝鮮人で帰化していないのが韓国からオリンピックに出ようとすることがある。レスリングの長州力とか柔道の秋山成勲とか。
 けっきょく韓国で差別されて傷つくことになる。そりゃ韓国人だって都合のいいときだけ「韓国人でござーい」ってやってくる日本在住のヤツより、自分の国で育った連中を応援するだろう。そもそも日本で生きていて、朝鮮語もしゃべれないくせに、そんなことをしようとするヤツが狂っている。これまた国籍がわかっていない。まあ「国とはなにか」を考えるきっかけにはなるだろう。



 猫ひろしがぶっちぎりで優勝し、表彰式でカンボジア国家が流れるならまだしも。
 うん、それなら認める。猫ひろしに日本代表になれる力があり、それどころか世界最高タイムを持っていて、金メダルは確実と言われている。なのに国籍をカンボジアに移す。初めて行ったときに感動したカンボジアという国に初の金メダルをもたらし、勇気を与えたいと。

 表彰式で金メダルを胸にした猫ひろしとともに、カンボジア国歌が流れたなら、カンボジア国民は、それが日本から国籍を移して出場した元日本人だと知っていても、自分達のためにそれをしてくれたのだと喜ぶだろう。感動してマラソンを始める青少年も増えるにちがいない。
 だけど猫ひろしがそれぐらいの記録を持っていたら日本から出るに決まっている。これはお笑い芸人の売名行為でしかない。「国籍」をアイテムにした……。

 これは日本国、日本人にとって、いいことなのか。
 カンボジア人にとってうれしいことなのか。
 猫ひろしにとっていいことなのか。
 そもそも国籍ってそんなものなのか。

 長年日本に住み、日本語しかしゃべれないのに、頑なに帰化を拒み、日本の悪口を言うことをアイデンティティとしている在日朝鮮人に、猫ひろしの国籍変更について問うてみたい。

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【追記】──長谷川理恵、猫ひろしを絶讃!──3/28 5:45

タレントの長谷川理恵が27日、東京・文京区で行われた「美筋アワード2012」の授賞式で「第1回 美筋アワード」を受賞した。同賞は美しく健康的な筋肉を持つ人に贈られるというもの。長谷川は、長年続けているマラソンで培われた健康的な肉体美や、その美しい筋肉を保ち続けていることから受賞に至った。

 美筋アワードを受賞した長谷川は「10年以上マラソンを続けてきて良かったなと思いました。本当に光栄です」と笑顔。

 また授賞式では、カンボジア代表としてロンドンオリンピック出場が内定したタレントの猫ひろしについて質問が及ぶと「大尊敬します。並大抵のことではないので、本当に練習されていた姿も知っていますし、夢がかなって本当によかった」と祝福した。

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 カス同士、よく通じあうようだ(笑)。

 以上で、「猫ひろしのオリンピック出場に関する話」はおしまい。以下は創価学会と競馬のこと。興味のないひとはとっとと帰ってください。

00kanren.gif 
 カンボジアからオリンピックに出ようという猫ひろしという名の国辱


聖教新聞の猫ひろし──「オリンピック出場の夢は諦めない」







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 この胸糞の悪くなる話で、ただひとつたしかなのは、創価学会にとってはいい宣伝材料ということだ。学会員の芸人が異国からオリンピックに出ることは、布教の面からも、まさしく「快挙」である。
 熱心な学会員はロンドンまで応援に駆けつけることだろう。久本雅美とか柴田理恵がレポートするのか。WAHAH本舗だから、そもそも猫ひろしの入信は久本絡みだろう。あそこには創価でないといられない。
「猫ひろし、オリンピックまでの道」なんて特番が作られ、ビリでゴールインする猫ひろしに久本が涙ぐちゃぐちゃの醜い顔で抱きついて、よくやったよ、よくやったよと号泣するシーンが今から目に浮かぶ。

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【追記】──すでにもう番組は始まっているらしい。さすがはTBS(笑)。──3/26 21:30

TBS 炎の体育会
「芸人・猫ひろし 五輪への道
完全密着900日 独占放送」
ロンドン五輪挑戦「カンボジア人として」

それと、記者会見で猫ひろしが「事務所の先輩タレント・久本雅美から祝福を受けたといい「『よくやった』とメールをいただいたんですが、ロンドンに来てくれるかと聞いたら『それはない』と言われました」と明かしている。
でもぎりぎりで行くと思う。感動のゴールに久本と柴田の涙はかかせない。 

【追記】──おわり

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 創価学会はそういうことに関して熱心だ。最高の宣伝になる。
 調教師や騎手が学会員のアイネスフウジンがダービーを優勝した際、それを讃えるため競馬場に駆けつけていた学会員が、学会員騎手・中野の名を叫び始めた。
 周囲の軽薄な連中に伝播して、伝説的な「ナカノコール」となり、翌日の聖教新聞の一面を飾った。

 私はあの現場にいて、「附和雷同」とは、なんと怖ろしいのだろうと身を竦めた。「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」である。
 また、その後も今に至るまで、この醜悪な宗教的儀式を「感動の一瞬」として語り続け流布している鈴木淑子というひとの鈍感に惘れる。学会員ならともかく。学会員なのか?

  あれから「騎手のコール」が起きると気味が悪くなって耳を塞ぐ。本人がイタリアのダービーを勝ったときより感動したと言う「ミルココール」のミルコ・デムーロが創価学会員とは思わないが(笑)、あの気味の悪い現象の始まりは確かにそれだった。



 私が今年オリンピックで見たいものは何があるだろう。ボルトの陸上と柔道ぐらいか。
 もともとオリンピックオタクじゃないからどうでもいい。関わらなければ遠い話だ。

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──私は当時、馬主のKさんも学会員だと思っていた。調教師、騎手、馬主と創価学会トリオだと。
 実際そういう例は多い。そりゃ学会員の馬主だったら学会員の調教師に預け、学会員の騎手を乗せたい。自然な感情だ。安田、中野、中舘etc……。彼らの絆は強い。それこそ狂信的に。

 しかしそのK調教師とつきあい(取り引き)のあった生産者がきっぱりと否定したので今は認識をあらためている。
 創価学会員の調教師と取り引きをする生産者は聖教新聞を取らされる。私と親しいその生産者も二部取らされていた。おつき合いだ。読まないまま納屋に積みあげられた何年分もの聖教新聞を見たときは寒気がした。
 いまやマイニチ新聞よりも発行部数が多く、数字的には讀賣、アサヒ、聖教が日本の三大新聞だが、聖教の部数にはだいぶこういうのが上積みされているのだろう。またマイニチ新聞が聖教の印刷で口を糊しているのも有名な事実。批判など出来るはずもない。

 彼のところにも馬を見に馬主のKさんは訪れており、その際、創価学会の悪口を言い、はっきりと自分はちがうと否定したそうだ。この「悪口」というのは重要。一種の踏み絵であり、会員はぜったいに悪口は言わない。
 Kさんは、若い新米馬主だった。馬主になってたった二年でダービーを勝った強運のひとである。そんな新米馬主Kさんの安馬アイネスフウジンを預かってくれる厩舎はそこぐらいだったのだろう。その縁で、彼らから熱心に折伏されたことは想像に難くない。ヤツらはそれこそ馬が活躍しなかったら「あなたが入信していないからだ」と言い、活躍したら「入信すればもっと走る」と言う。その憤懣も溜まっていたのか、知人の生産者に語ったKさんの創価学会批判はかなりのものだったらしい。

 ベンチャー企業の起業者だったKさんは後に破産しラブホテルで、同じく起業家だった盟友ふたりと一緒に首吊り自殺している。その栄枯盛衰は大きな話題になった。後にこのホテルが、「自殺が大きく報道され客足が減った」と遺族に損害賠償の裁判を起こしたことも報道された。
 Kさんの死を知ったとき、ヤツらは「入信さえしていればこんなことには」と語ったであろう。

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どうでもいい【附記】──メモ代わりに

 Twitterをやめた理由はいくつかあるのだが、そのひとつにこんなのがあった。
 相互フォローをして、何度かやりとりしたひとが、「おつきあいで取っている聖教新聞がウンヌン」と書いていたのだ。
 う〜ん。上記のような商売上の「おつきあい」はわかるが、一般家庭の主婦(そのひとはそうだった)が、おつきあいであんなものを取るとは考えにくい。新聞は落ち目で好きな新聞でさえ取らないひとが多い時代なのだ。取った以上読むだろうし、読まないなら読まないで、家庭では置いておくだけでも嵩張る。
 そもそも、おつきあいであれ、あの信者以外はとてもじゃないが読めない新聞を取っていることはかなり異常だ。もしも本当なら、かなり鈍いひとになる。そんな鈍いひとと私は「おつきあい」したくない。

 「おつきあい」はウソなのだろう、と解釈した。学会員なのだ。そこがわからず悪口を言ったら相手の気分を害する。それはしたくない。そっとフォローを外した。何かを感じたらしく、向こうも外した(笑)。このパターンは多い。相手がとんでもないひとだとわかったら離れるしかない。
  Twitterはむずかしいな、と感じたひとつになる。

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↓ 覚悟したことですが、早速創価学会関連の広告が入っています。うんざり。
  これを消すためには、無関係な新記事をアップするしかありません。早く書かないと。

S学会批判ブログにS学会用の仏壇や墓地の広告という皮肉(笑)

S学会をボロクソに批判した文章を読んでいると、必ずと言っていいぐらいそのブログ文末に、以下の切りとり画像のような広告が入っている。

soka


皮肉というか、なんともシュールだ(笑)。ブログの広告は文章に使われている文字を探して自動で入る。S学会の肯定否定は関係ない。S学会の文字があれば入ってくる。熱心なS学会信者がI田先生を讃美した文の末尾にこの写真のような広告が入っているのは釣り合いが取れているが、否定した文にも入っているのはなんとも奇妙。これじゃS学会を批判することすら、ある種の協力になってしまう。

私がなぜ「S学会」なんて書きかたをしたかというと、言うまでもなく正確に書いたらこの文章の末尾にもその広告が入るからだ。「まちがい、ない!(I田D作先生の口癖)」のである。ここはライブドアブログだが、どのブログでも同じだろう。こういうことを書いて、その直後にこの広告を入れられたらたまらない。冗談が成立しない。

こういうのは「文字」で自動反応しているはずだから、写真の文字は読めない。関係ないはず、と思う。いくら狂信の世界とはいえ、まさかS学会で「連想」して嗅ぎつけて来るとは思わないのだが……。

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追記──れいえんの広告──12月4日

いまのところ写真のようなれいえんのCMが入っている。タイトルのはかいしでキャッチしたのだろう。と、ひらかなで書いている理由はわかっていただけると思う(笑)。いろいろたいへん。

reien

ふたつのXデー──タイ国王と創価学会大王

タイ国王、術後の体調安定

 タイ王室は3日、プミポン国王(83)が2日夜、脊髄にたまった水を排出するための手術を受けたと明らかにした。術後の体調は安定しており、食事もできるという。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110503/asi11050322480014-n1.htm">

ラーマ9世(タラーマ9世(タイ語: รัชกาลที่ ๙、1927年12月5日 - )は、チャクリー王朝第9代のタイ国王(在位:1946年6月9日 - )。




 タイの内乱に「なぜプミポン国王が出て来ないのだ」と言う人がいる。「あの国は国王が出て来れば万事解決するではないか」と。体調が悪くて出られないのだ。王は弱々しい姿を見せるわけには行かない。

 タイでは映画館でも観劇前に国歌が流れ異国人でも起立して礼を正さねばならない。入学式や卒業式で国歌を歌わない教員が違法だ違憲だとやっている国とはちがう。国民が国王を敬う姿勢が美しい。


 しかしそれも英明な現国王の人徳。跡継ぎに関しては多難だ。果たして人望のない××がすんなりと後継するのか。女王誕生になるのか。在位は昭和21年からだから、タイも大きな曲がり角を迎えることになる。
 かなしいことだがXデーはちかづいている。タイ人の悲嘆にくれる姿を見たら私も泣いてしまいそうだ。

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池田 大作(いけだ だいさく、1928年1月2日 - )は、宗教家、教育者、作家、詩人

 早生まれだから日本的に言うと同学年なのか。考えたこともなかった。こちらも音沙汰なくXデーが噂されている。悲嘆にくれる学会員の姿を見たら私も……。w
 その場合、久本雅美に代表される学会芸能人はせめて一周忌まで喪に服しテレビ出演を辞して欲しい。

ご褒美晩酌、早寝の夜5

00-seikatsu  今日は午前四時からぶっつづけでがんばったから仕事が捗った。夕方五時には21日、月曜提出の原稿がほぼ仕上がった。えらい!    
 もしも天気が良かったら、出かけて浮かれていた可能性もあった。雨降りがいい目に出た。
 あとはコピーをつけるだけ。できあがった原稿にコピーを考えるのは、仕上げの、贅沢な時間である。いちばん楽しい時間だ。
 それは明日、一日掛けてゆっくりやればいい。
 これで心おきなく皐月賞に突撃できる。

 午後五時、朝から紅茶2杯だけなので、さすがに腹が減ってきた。

 がんばったのでご褒美。早めの晩酌。刺身を買いに出かける。刺身に日本酒。
 ここのところずっと「ほぼヴェジタリアン生活」。肉は食いたくない。食わないようにしている。食いたくないのだから苦痛もない。まずまず徹底している。

 といってあれは、ラーメンなんかの肉の出汁も禁じているから、完全徹底はむずかしい。カップヌードルを食うことでもう違反になる。ほんとの菜食主義は魚もだめなようだし、徹底は道遙か。

 魚を許してもらえれば、私は肉を食わなくても平気だし、野菜大好きだし、というか肉を食わねば生きられない人間の罪深さがイヤなので、心はもうヴェジタリアン。出家も近いか。でも今の時代、あっちもこっちも生臭坊主だからなあ。出家が悟りでもない。

 そんなわけで、仕事順調完了。今日は早め晩酌、の予定。
 先ほど読んだ今日発売の『週刊文春』では、ショーケンが、午後七時に寝て、午前二時に起きるような生活を得意気に語っていた。私とほぼ同じ。でも彼は追いつめられての悩んだ末の人生。体をいじめるほど運動している。不自然だ。ああいう追いつめられた人の仏法すがりも痛々しい。でも宗教ってそんなものか。
 笑えるのは、この種のひとの話には必ず瀬戸内寂聴が出てくること。そのへんでだいぶ読める(笑)。

 今から晩酌。そして寝ます。
 午前二時に起きて、またPC作業。みなさまとは明日の六時にお会いしましょう。

チベット蜂起考──人目はばかる聖火リレー──サンフランシスコ1

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人目はばかる聖火リレー 中国系メディア絶賛、米では厳しい視線 

4月10日21時8分配信 産経新聞


 【サンフランシスコ=松尾理也】北米唯一の立ち寄り地、サンフランシスコで9日、行われた北京五輪の聖火リレーは、ロンドンやパリでみられたような大きな混乱はなかった。
 直前にルートを変更するという当局の大胆な措置が功を奏し、沿道に抗議団体の姿はほどんどない。
 ただし、通常なら寄せられるはずの温かい声援もなかった。人目をはばかるように駆け抜けた聖火は、世界から厳しい視線を向けられている北京五輪の姿と重なる。(以下略)
 
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 映像で見て笑った。出発地をスタートしたランナーが、いきなり倉庫の中に入っていったり、バスに乗ったり、信じがたい行動。
 みんなの中を駆け抜け、祝福の声援を受けるべき聖火リレーが、「ひっそり、こそこそ」なのである。それじゃ意味がない。

 元々聖火リレーなんてこんなに世界中でやることではなかった。前回のアテネは発祥の地であるし特別だった。
 なのに今回のオリンピック開催を世界中にアピールしたい中共が真似、世界各地で大々的にチベット問題が取り上げられ、赤っ恥となっている。

 かといって面子にこだわる中共も、問題続出だから今更やめるとは言いにくい。恥はまだまだ拡がる。

 日本は長野の13キロか。東京ならチベットの旗を持って出かけるのだが……。
 おそらく日本も、こっそり、になるのだろう。すでにランナーの走る順番は発表しないとか、出発地の善光寺には一般人は入れないとか、規制を打ち出している。
 そういうことをすること自体、今回の聖火リレーのくだらなさを象徴していて意味がある。

 興味のない人に真実を知らせるにはこれがいい。
「なんで聖火リレーを見られないの」
「なんであんなにお巡りさんがいるの」
 こどもの質問に応えてやって欲しいものだ。
 共産党独裁国家の恐ろしさを。

チベット蜂起考──ダライ・ラマ法王来日──沈黙の日本政府1

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●2008/04/10-11:49

ダライ・ラマが来日=安倍前首相夫人と面会

 チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は10日朝、亡命先のインドから米国に向かう途中、日本に立ち寄った。
 3月14日の中国チベット自治区ラサでの暴動発生後、ダライ・ラマが外国を訪れるのは初めて。ダライ・ラマは10日午前、成田空港近くのホテルで安倍晋三前首相の昭恵夫人と面会した。

 ダライ・ラマは空港に到着した際、報道陣に笑顔で手を合わせてあいさつした。10日午後に同ホテルで記者会見し、中国に対話を求める自らの立場を国際社会に訴えるとみられる。中国に抗議して北京
五輪の聖火リレーが妨害行為を受ける中、発言に注目が集まりそうだ。

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2008041000080

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 ダライ・ラマ十四世法王は、空港でのインタヴュウにおいて、気さくに、というかむしろおどけるぐらいの態度で、自分は悪魔じゃない、みなさんには私が悪魔に見えますかと問いかけて、笑いを取り、和やかな場になるように努力していた。

 世界の情況を鑑み、それが最も適切と判断したのだろう。沈痛な面持ちで、迫害されている現状を語り、人権を取り戻せと演説したなら、世界各国でチベット人の血が流れる。いや世界各国よりも、チベットの住人が中共になにをされるかわかったものではない。それを案じたのだろう。

 あのチベットの僧侶の暴動(この場合は蜂起ではなく暴動)も、中共の兵士が僧侶に化けての画策であることが判明している。

http://buddhism.kalachakranet.org/chinese-orchestrating-riots-tibet.htm

 坊主頭の兵士が手にしている僧衣を見ると寒気がする。輿論を自分たちに有利に展開するためなら何でもやる連中だ。
 戦争当時、日本兵が民間人を殺したという言いかたも、民間人のかっこうをしている便衣兵(ゲリラ)が原因である。

 本来独立国家なのだから独立を主張すべきなのだ。中共に武力で侵略されたままの国なのだ。なのにそれでは火に油になると「自治権」にまで譲歩している。懸命に、丸く穏便に治めようと、インタヴュウに応える法王が痛々しかった。

 我関せずを貫く日本政府に対して、こういう擁護論がある。
「どこの国でも隣の大国の問題に関しては発言しづらいものだ」。
 そうかな、日本の何かに関して今でも中国も朝鮮も言いたい放題だ。もしも国際社会から非難されるこんな問題が起きたら、どれほど口を出してくることか。そりゃあもううるさくてたいへんだろう。これは「触らぬ神に祟りなし」という日本独自のずるさだ。

 まあこの場合、彼らにとって日本は「隣の大国ではない」という認識なのだろう。庇いかたもいろいろあるものだ。

 リチャード・ギアのように立ち上がる芸能人はいないものか。
 もしもいたとしたら一斉に「臭いものには蓋」でテレビには出られなくなるだろう。そんな芸能人は存在しないかのように扱われる。そういう国だ。

 

 

 

DieHard 4を見る──スケールアップのつまらなさ2

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 原題は「Live Free or Die Hard」とか。Live Free or Dieは有名。それを文字ってのものなのだろう。でもそうなるとことばが矛盾しないか? Die Hardは死とは関係ない。でもいいのか。

 このシリーズのポイントは悪役のキャスティング。今回もそれは成功か。ティモシー・オリファントもマギー・Qもがんばっていた。マギーもなかなかダイハード、「危険な情事」のよう(笑)。

 空港のような限られた場所だからこそおもしろかったのに、今回は外に飛び出した。その分、カークラッシュは派手派手。ヘリコプターから戦闘機まで出てきてロケ用に建設した高速道路をミサイルで破壊しまくる。

 しかしこの戦闘機、いくらなんでもスゴすぎないか。どういう機能でホバリングのように停止し、あんなに小回りがきくのだ。高速道路の橋桁のあたりをもぐっていた。いくらなんでも。
 戦闘機というのは速いけれど全力疾走の猪みたいに急に止まったり向きを変えたりはできない。一度通り過ぎたら何キロもの距離を行き過ぎてから大きく旋回してもどってくるものだ。それが出来る特殊な機種もあるが、このジェット戦闘機はどうみてもふつうのタイプである。なのにあのホバリング。

 でもまあなにが出てこようとジョンは死なないから安心してみていられる。そう思われたらダメなんだよな、ほんとうは。

 一本の井戸が掘れたら、どれほど村の人が助かるか、という世界に行っちゃった私には、もうこういう高級車壊しまくり、一発何千円、何万円する銃弾乱射しまくり、火薬ガソリン大爆発、制作費100億円突破、のような映画は楽しめないようだ。

 世界は矛盾に満ちている。
 べつにハリウッド映画とアジアアフリカの井戸の話にしなくても、今夜も普通人の年収を一晩のホストクラプで使う成金女は身近にいる。それが人間社会ってえもんだ。

 愚痴ってもしょうがない。さあてまた湯豆腐でも食いつつ「剣客商売」を読もう。

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勝浦漁港の団扇太鼓2

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 イージス艦とぶつかって行方不明漁船の無事を願う勝浦で、岸壁に立ち、団扇太鼓を手に南無妙法蓮華経を唱える一団の姿が目立った。

 千葉は日蓮との縁が深い。日蓮は鴨川生まれだというから勝浦は隣だ。あの辺は日蓮宗の信者が多いのだろうか。
 あの法華教の連中はどこから来たのだろう。
 被害者の家が熱心な信者なのか。それとも勝手連か。地元漁民ぽいおばさんが多かったから前者だと思うが……。

 あれだけ映像を流すのだから、ひとことぐらいそのことに触れた方が自然なのだが、今の時代、宗教に関わるのはタブーだからか、どの局もみなしらんふりである。まったく触れないのがかえって不自然だ。

 たとえばこれが教会でお祈りを捧げるシーンだったなら、テレビはごく自然に「この辺の漁師の皆さんにはキリスト教信者のかたが多く、近所のみなさんが教会に集って無事を祈っています」と伝えたろう。牧師・神父がカメラの前で、「とても熱心な信者さんでした」ぐらい語ってもおかしくない。つまり宗教はタブーだがキリスト教はタブーではない。その理由は、世界の覇者の欧米が信仰している宗教だからだろう。気分は今も敗戦国だ。

 落語の演目にもあのシーンはたびたび登場する。落語はなんで法華教ばかりなのか疑問なのだが……。とにかく落語の世界は圧倒的に「南無妙法蓮華経」である。演目の中で、「テンツクテン、テンツクテン」と団扇太鼓を叩いて行進する法華教の行列にこどもが着いていったり、時には(落語だから)おとなまで着いていったりする。
 むかしから有名な団扇太鼓を叩く光景だが、テレビで見たのはひさびさだった。新鮮だった。
 私の田舎は茨城だが隣県なのに茨城は法華教信者はすくない。
 この辺の勉強もしないと。

 

 

 

クリスマソング嫌い──Depapepe 矢野沙織5

クリスマスソング嫌い──Depapepe──矢野沙織


   パソコンに向かうときいつも流しているインターネットラジオSmooth Jazzを、ここのところ切っている。11月末からひっきりなしにクリスマスソングを流すようになったからだ。
 
  現代音楽はキリスト教抜きには語れない。そんなことはわかっているしバッハやヴィバルディ、ビゼーの教会音楽は大好きだ。来年生誕250年で盛り上がっているモーツァルトは最も尊敬する人のひとりなのだが、それとこれとはまた別。


 キリスト教徒にとっては教祖様の誕生日を祝う一年でいちばんのお祭りなのだから浮かれるのは当然。そうじゃないのに浮かれている日本人は不自然だ。その心の広さといいかげんさが日本人の一大特質なのだけれど。

 インターネットラジオがダメだから、ひさしぶりにiTunesの出番となっている。
 ぼくはとにかくクリスマスソングが嫌いで、大好きなオスカー・ピーターソンのクリスマスソング集というアルバムも削除してしまったほどだ。受け付けないものはしょうがない。

 テレビでA・ギターデュオのDepapepeを見た。前にも見ていいなと思っていた。朝の情報番組だったか。
 
 いま聞いている。なかなかよいぞ。このジャンルはGontitiが大成功したように、うまくゆけばまだまだ宝の山が眠っている。(この宝の山はリスナーのぼくにとってではなく、プレイヤの彼らにとって大もうけできるジャンルって意味ね。)


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 夜BSで、矢野沙織を見た。19歳のアルトサックスプレイヤである。チャーリー・パーカー的な音色が心地よい。なにより若い娘がスカート姿でサックスを吹いている姿は新鮮である。ぼくは彼女のことをまったく知らなかったのだが、一聴して、「ああ、パーカーが好きなんだな」とわかったからたいしたものだ。(もちろん彼女がね。)キラキラしている音色は天性のものだろう。期待大である。
 これはただの情報番組であり、その中でゲストとして2曲やっただけだった。
 音楽に映像は興味ない方なのだが、もしも彼女の音楽を手に入れるなら、映像つきがいいなと思った。

 

落語と法華経1


 求む! ナンミョー嫌いの落語ファン
 仕事をサボって竹林亭白房を覗いたらchikurinさんが「落語と法華経」について書いてくれていた。
 なるほど、ぼくが悩んでいることはchikurinさんにとってはもう解決済みの問題のようだった。

 chikurinさんのあげている演目はぼくも知っている。「鰍沢」「甲府ぃ」「おせつ徳三郎」「堀の内」等である。そのあとのいくつかの「法華ウンヌン」はタイトルからして遠慮しているので聴いたことはない。
 ぼくの腹立ちは──元々がそういう演目なのだから腹立ってもしょうがないのだが──志ん朝の「甲府ぃ」や「堀の内」が抜群におもしろいので、おもしろいからこそなんでナンミョーなんだと白けるのだった。「鰍沢」は子供の時から嫌いだった。全面にナンミョーが出ているからだ。

 今回教えてもらってなるほどそうなのかと思ったのは、「法華経は関東、関西はそれほどでもない」だった。要するにぼくがもっと上方落語を聞けばバランスが取れるのだろう。とはいえ枝雀の「宿替え」だったか、あの辺を聴いていてもドンドンツクドンツクツクなんてのを見学に行くシーンが出てくるし、ぼくには落語家は全員法華経なのかとさえ思えていたのだった。
 それはその強烈さによるのだろう。今回chikurinさんの文を読んで、ぼくは「えっ!? 『天狗さし』や『後生鰻』ってナムアミダブツが出てきたっけ?」と思ったのである。両方とも何人もの演者でかなりの数、聴いている。なのにそれほど「宗教ネタ」の感覚はない。つまりそれはぼくがナムアミダブツの人でそれには抵抗がないということなのだろう。それと比すと前述の法華経ものは強烈だ。「ナンミョーホーレンゲーキョー、ナンミョーホーレンゲーキョー」としつこいほど繰り返される。たまらない。まともな人間なら鼻につく。ナンミョーが嫌いな人なら、それがどんなよくできた噺であれ、しらける。

 キリスト教信者でもないのにキリスト教の宗主の誕生前夜を祝い、プレゼントを交換し、「ひとりぼっちで過ごすイブはさみしい」なんて言う大多数の日本人にとって、ナンミョーに違和感を持って落語を楽しめないぼくは異常なコダワリ男に映るのだろう。

 現在放送されているNHKの大河ドラマ(何度書いても違和感がある。いったいあんなもののどこが大河なんだ。オールスター運動会と大差ない))の出演者は、主役からヒロインまで主要メンバがみな創価学会員だと週刊誌が指摘していた。学会の天敵の『週刊新潮』だったか。ぼくはそんなものは見ないけれど、かといって主要メンバが学会員だから見ない、とも思わない。その週刊誌のように、学会にNHKが乗っ取られたとも思わない(笑)。学会嫌いだからヒサモトマサミ、モンキッキー、ナガイヒデカズ、エレキコミック等を一切見ないという人がいるがそこまでも拒まない。そういう形の宗教に対するこだわりはない。

 ただナンミョーを連発されると話は違ってくる。つまり押しつけである。学会員が自宅で朝晩大声でお題目を唱えていてもそれは自由だが、無理矢理それを押しつけられるとなると話は違ってくる。さいわいにも今まで隣室にいなかったがいたらたまったものではなかったろう。
 chikurinさんが指摘しているように「甲府ぃ」なんて、そもそもがそのために作られた話なのではないかとすら思える。「鰍沢」や「おせつ徳三郎」の「材木があって助かった=題目があって助かった」というオチもバカらしくて聴いていられない。地口落ちとかなんとかいう以前にこりゃ宗教の宣伝だろう。
 しかしそんなことを言ったらゴスペルや讚美歌なんて聴けないことになってしまう。宗教画すら見られなくなってくる。いや絵の飾られている建築物すらか。宗教と無関係に人間世界はありえない。私自身「無宗教は最悪の宗教」と考えている。かといってこのように受け付けないものもある。どうすりゃいい。
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