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《『殉愛』騒動──及川さんの百田さんへの挑発ツィート》に【追記】──及川さんはノンポリ

《『殉愛』騒動──及川さんの百田さんへの挑発ツイート》に、以下の文を追記。


【追記】──及川さんはノンポリのようだ──2014/12/19

 12/17に下のツィート。これは衒った意見(ウヨクが「じつはおれの基本はサヨクなんだ」と言ったり、サヨクが「自分こそが真の保守派なのだ」と言ったりするパターン)ではなく、正直な胸中の吐露だと思う。私は今回の件で初めて及川さんのツィートを読んだが、そこから政治思想のにおいを感じなかった。その直感には自信がある。

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 この直感はとても大事だ。及川さんには感じなかった。でもAmazonレビューにはびんびん感じる。一瞬で「あ、こいつは」と見抜ける。あそこには保守論客百田嫌いのサヨクが跳びはねている。「永遠の0」に反感を抱いた連中がここぞとばかりにはしゃいでいる。

 及川さんはここで表明しているように右も左も関係ないノンポリなのだろう。上杉なんて詐欺師をフォローしているのはその証拠になる。といって、「思想なんか自分の胸だけにあればいい」はかっこいいセリフではない。これは政治音痴ノンポリがノンポリであることに居直るときの常套句である。新橋あたりの居酒屋にもあふれている言いまわしだ。このツィート、最後の一行は不要。「見た目のよさと話のおもしろさだけだ」で結んだほうがいい。

《『殉愛』騒動──及川さんの百田さんへの挑発ツイート》に追記

《『殉愛』騒動──及川さんの百田さんへの挑発ツイート》に、以下の文を追記。知名度について。

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百田さんが及川さんのツイートに「無名作詩家の売名行為」と返したので、「及川さんは高名な作詩家だ。それもしらんのか!」と、及川ファン、アンチ百田から批難が殺到した。それは百田さんが悪い。軽率だった。なにより「永遠の0」の作家・百田尚樹さんは及川さんを知らなくても問題はないが、百田さんはたかじんの最後の二年を追った『殉愛』を書いた作家なのである。なら、たかじんの最大のヒット曲であるという『東京』の作詩家及川さんを知らないことは問題だ。いかな言い分けも通用しない。作家失格である。ドキュメントを書く資格がない。以上がこの件に関する私の意見。なんともいいかげんな取材である。それほどあの毒婦は人たらしなのであろう。よく言えば魅力的、か。

以下本論からすこし離れて「知名度」について。
私も及川さんの名を知らなかった。私はヒット曲を作詩家作曲家を含めて記憶しているので、ふつうのひとよりはかなり詳しいほうだと自負している。カラオケでも「あれを唄いたいけど、あれはサヨクのナカニシレイの作詩だからやめよう」「これは阿久悠作詞だからいいな」「これは橋本淳とすぎやまこういちのコンビ、問題なし」「よし、次は作曲筒美京平メドレーだ」「ここでオダテツ(織田哲郎)か」と歌う曲を作詩家作曲家から考えたりする。ここにあげた例は古いが(笑)、とにかくまあ並みよりはそのへんの智識はあると思う。でも私は及川さんを知らなかった。調べて、彼女の大活躍している分野が私の興味のないところだと知った。エヴァンゲリオン好きや、たかじんのヒット曲『東京』、Winkの歌を好きなひとには「知らないなんて信じられない」ぐらいの有名人なのであろう。だがそれらに興味ないひとにはまったくの無名でもある。及川さん大好きのひとにも、そこはご理解願いたい。「眠子」で「ねこ」と読むなんて知らなかった。私は「たみこ」なのかと思っていた。いまAtokに「おいかわねこ」で「及川眠子」と変換されるように辞書登録した。知名度なんてそんなものだ。たとえばそれは、私が私にとっては最高級の有名人であり少年時代からの憧れのひとであるプロレスラーや将棋棋士の名を出しても、その分野に興味ないひとはまったく知らないのと同じになる。

百田嫌いのエヴァンゲリオンマニアからすれば「及川さんを知らないはずがない。百田は及川さんを傷つけようとしてわざと売名行為と書いた」となるだろうが、それはあるまい。ほんとに知らなかったのだ。私なんかエヴァンゲリオンがなにかを知らない(笑)。その主題歌を、その作詩家を、知っているはずがない。世の中そういうものなのである。かといって、エヴァンゲリオンファンから「おまえはものを知らない」と言われるつもりもない。エヴァンゲリオンは知らないが、エヴァンゲリオンファンが知らないことをいっぱい知っている自信はある。智識とはそんなものである。

今回の事件には「即行やりとりツイッターの怖さ」が出ている。もしもこれが「ブログのやりとり」だったなら、百田さんは「及川眠子とは誰か?」を調べたろう。ツイッターなので「そんなヤツ、しらねーよ」と反射的にあの行為に出てしまった。百田さんの応答は褒められたものではないが、「知名度なんてそんなもの」は強調したい。
でもケンカだからね。百田さんが「書きながら何度も泣いた自信作の『殉愛』」にケチをつけてきたのがいる。作詩家らしいが自分はぜんぜん知らない。となったら、百田さんはいま飛ぶ鳥を落とす勢いのベストセラー作家なのだから、「無名の作詩家が売名行為でケチをつけてきた」と書くだろうね。それは自然な行為でもある。ケンカなんだから。フツーならそれで問題ないが、百田さんは『殉愛』を書いたひとだった。そりゃ問題になる。どう考えても百田さんの落ち度だ。

でもそれでいうなら、日本中にふたりの応酬を知らないひとはいっぱいいる。そのひとたちにこのことを説明しても、「百田? 及川?」であり、それ以前にその発端である「たかじん、だれ?」でしかない。この種の問題に口を出すとき、そういう狭い分野でのやりとりであることを自覚するのも大事だ。そのことによって見えてくるものもある。ま、しかし、なにはともあれ、百田さん好きの私も、「稀代の朝鮮人毒婦にだまされた」としか思えないのだけど。

『殉愛』騒動──及川眠子さんの百田さんへの挑発ツイート──元ネタが……#殉愛

 作詩家の及川眠子さんと作家の百田尚樹さんが『殉愛』をめぐってやりあっている。19日以降は、リング上で睨みあったまま動かない挌闘家のように、互いのツイッターも囁かなくなった。観戦するこちらも息を呑んで見守る。状況は、百田さん圧倒的不利。

 そんな中、21日に及川さんのほうが動いた。『殉愛』を「書きながら泣いた」という作家の姿勢に痛烈なひとこと、左からのするどい皮肉ジャブ。しかしこれはリツイートというフェイントか。それがこれ。

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 泣きながら『殉愛』を書いたという百田氏の作家としての姿勢に、「読者の感情をゆさぶりたいと思うときこそ、書き手は冷静でなければならない」という他者の書きこんだ箴言をリツイートしての強烈なパンチ。

 この箴言はもっともだと思うのだが、このモザイクで消した部分を読んで私はひっくりかえった。いやはや強烈なパンチである。その風圧だけでダウンだ。書いたひと(笑)。

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 ホ、ホ、ホンダカツイチ? おまえが言うか?  国賊! 売国奴! アサヒシンブン! 「日本語の作文技術」って。おまえの得意なのは「歴史の捏造技術」だろ。どれほど日本を貶めたことか。そいつのコトバを名言としてツイートするか? 誰なんだ、ガンガーラ? どんなセンスなんだ? それをリツイートするか及川さん? これはわるい冗談なのか?

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 念のため。もちろんガンガーラのツイートにも及川さんのリツイートにモザイクはありません。私が私のところに毎日来てくれる数少ない奇特な読者に喜んでもらおうと、元ツイートにモザイク処理してあそんだだけ。タイトルにもホンダの名前を出したほうが目立つんだけど出したくなかった(笑)。イタズラ心。朝っぱらからなにやってんだ、おれ。



 あ、今ごろ気づいた。ガンガーラはshukan kinyobiから引用しているのか。アルファベットなので見逃したが、これは、あのサヨク雑誌「週刊金曜日」なのか。「買ってはならない」の企業テロで有名だ。確認のためにたどってみた。まちがいない。ここから引用するというのは、ガンガーラは本気でホンダカツイチを尊敬しているサヨクなのか。これは確定だな(笑)。冗談だと思っていた。まともな人間はなにがどうあろうとホンダのコトバを引用したりはしない。これは『殉愛』の杜撰取材で槍玉に挙げられている保守系作家百田さん攻撃の一環だ。

《ことば──役不足の誤用 及川百田論争》に書いたが、Amazonの『殉愛』レビューを読むと、百田さんの政治姿勢と敵対するサヨクがここぞとばかりに攻めてきているのがよく見える。百田さんをこの凡ミス(命に関わる地雷かも)で騒ぎたて抹殺しようとしている。

 こんなものを引用するということは、及川眠子さんというかたも、サヨクなのか?
と、及川さんのツイートをあらためて追ってみると、なんども「百田作品のファン」と書いている。しかしこれは社交辞令として、だれもがよく使う手法だ。パンチの威力を増すための引きのようなものでもある。「弓を引くような猪木のパンチ」。でも私は及川さんという今回初めて知った作詩家のツイートを読んでも、全然それを感じなかった。サヨクはもう一瞬でわかる。



 百田さんが及川さんのツイートに「無名作詩家の売名行為」と返したので、「及川さんは高名な作詩家だ。それもしらんのか!」と、及川ファン、アンチ百田から批難が殺到した。それは百田さんが悪い。軽率だった。なにより「永遠の0」の作家・百田尚樹さんは及川さんを知らなくても問題はないが、百田さんはたかじんの最後の二年を追った『殉愛』を書いた作家なのである。なら、たかじんの最大のヒット曲であるという『東京』の作詩家及川さんを知らないことは問題だ。いかな言い分けも通用しない。作家失格である。ドキュメントを書く資格がない。以上がこの件に関する私の意見。なんともいいかげんな取材である。それほどあの毒婦は人たらしなのであろう。よく言えば魅力的、か。

 以下本論からすこし離れて「知名度」について。
 私も及川さんの名を知らなかった。私はヒット曲を作詩家作曲家を含めて記憶しているので、ふつうのひとよりはかなり詳しいほうだと自負している。カラオケでも「あれを唄いたいけど、あれはサヨクのナカニシレイの作詩だからやめよう」「これは阿久悠作詞だからいいな」「これは橋本淳とすぎやまこういちのコンビ、問題なし」「よし、次は作曲筒美京平メドレーだ」「ここでオダテツ(織田哲郎)か」と歌う曲を作詩家作曲家から考えたりする。ここにあげた例は古いが(笑)、とにかくまあ並みよりはそのへんの智識はあると思う。でも私は及川さんを知らなかった。調べて、彼女の大活躍している分野が私の興味のないところだと知った。エヴァンゲリオン好きや、たかじんのヒット曲『東京』、Winkの歌を好きなひとには「知らないなんて信じられない」ぐらいの有名人なのであろう。だがそれらに興味ないひとにはまったくの無名でもある。及川さん大好きのひとにも、そこはご理解願いたい。「眠子」で「ねこ」と読むなんて知らなかった。私は「たみこ」なのかと思っていた。いまAtokに「おいかわねこ」で「及川眠子」と変換されるように辞書登録した。知名度なんてそんなものだ。たとえばそれは、私が私にとっては最高級の有名人であり少年時代からの憧れのひとであるプロレスラーや将棋棋士の名を出しても、その分野に興味ないひとはまったく知らないのと同じになる。

 百田嫌いのエヴァンゲリオンマニアからすれば「及川さんを知らないはずがない。百田は及川さんを傷つけようとしてわざと売名行為と書いた」となるだろうが、それはあるまい。ほんとに知らなかったのだ。私なんかエヴァンゲリオンがなにかすら知らない(笑)。その主題歌を、その作詩家を、知っているはずがない。世の中そういうものなのである。かといって、エヴァンゲリオンファンから「おまえはものを知らない」と言われるつもりもない。エヴァンゲリオンは知らないが、エヴァンゲリオンファンが知らないことをいっぱい知っている。智識とはそんなものである。

 今回の事件には「即行やりとりツイッターの怖さ」が出ている。もしもこれが「ブログのやりとり」だったなら、百田さんは「及川眠子とは誰か?」を調べたろう。ツイッターなので「そんなヤツ、しらねーよ」と反射的にあの行為に出てしまった。百田さんの応答は褒められたものではないが、「知名度なんてそんなもの」は強調したい。

 でもケンカだからね。百田さんが「書きながら何度も泣いた自信作の『殉愛』」にケチをつけてきたのがいる。作詩家らしいが自分はぜんぜん知らない。となったら、百田さんはいま飛ぶ鳥を落とす勢いのベストセラー作家なのだから、「無名の作詩家が売名行為でケチをつけてきた」と書くだろうね。それは自然な行為でもある。ケンカなんだから。フツーならそれで問題ないが、百田さんは『殉愛』を書いたひとだった。そりゃ問題になる。たかじんのことを書いた作家がたかじんの代表曲の作詩家を知らないのはひどい。どう考えても百田さんの落ち度だ。

 しかしながらさらにいうなら、日本中にふたりの応酬を知らないひとはいっぱいいる。そのひとたちにこのことを説明しても、「百田? 及川?」であり、それ以前にその発端である「たかじん、だれ?」でしかない。この種の問題に口を出すとき、そういう狭い分野でのやりとりであることを自覚するのも大事だ。そのことによって見えてくるものもある。ま、しかし、なにはともあれ、百田さん好きの私も、「稀代の朝鮮人毒婦にだまされた」としか思えないのだけど。

※ 

 及川さんの百田さんに対する意見、批判は、きちんと筋が通っており、言うべきことは言い、引くべきところは引き、まちがいはすなおに認めて謝罪するという、じつに気持ちのいい姿勢だ。だからこの引用は、「週刊金曜日」もホンダカツイチも関係なく、自分の心境を代弁してくれたツイートをリツイートしただけ、と思うのだが……。あまいか? 私の直感では、及川さんは「週刊金曜日」もホンダカツイチも無関係で、その種の思想とは無縁のかたのように思うのだが、はたしてどうか。とツイッターの「フォロー」をみると民主党議員をフォローしたりしている。お、上杉隆なんてのもフォローしている(笑)。あまりセンスは良くない。やはり百田嫌いのサヨクなのか?



【追記】──及川さんはノンポリのようだ──2014/12/19

 12/17に下のツィート。これは衒った意見(ウヨクが「じつはおれはサヨクなんだ」と言ったり、サヨクが「自分こそが真の保守派なのだ」と言ったりするパターン)ではなく、正直な胸中の吐露なのだと思う。私は今回初めて及川さんのツィートを読んだが、そこから政治思想のにおいを感じなかった。その直感には自信がある。

oikawa-shisou

 この直感はとても大事だ。及川さんには感じなかった。でもAmazonレビューにはびんびん感じる。一瞬で「あ、こいつは」と見抜ける。あそこに保守論客百田嫌いのサヨクが跳びはねているのはまちがいない。「永遠の0」に反感を抱いた連中がここぞとばかりにはしゃいでいる。
 及川さんはここで表明しているように右も左も関係ないノンポリなのだろう。上杉なんて詐欺師をフォローしているのはその証拠でもある。「思想なんか自分の胸だけにあればいい」をかっこいいと思ってはならない。これは政治音痴ノンポリがノンポリであることに居直るときの常套句である。



 いずれにせよこの『殉愛』問題は、たかじん関係者を巡る論点を飛びこえて、「保守系作家百田尚樹つぶし」になってゆくだろう。たかじんの娘も裁判を起こしたそうだし。
 そう考えると、なにがどうなろうとまったく興味のない「森田さくら」だが、とんでもないことをしてくれたなとうんざりする。だまされた百田さんがわるいのだけど。

 これもまた朝鮮人の日本潰しの流れか。この一件で百田さんが潰されたら、南北朝鮮は森田さくらこと姜善子に勲章を授与するだろう。そもそも「森田」ってのも金持ちの年寄りパチンコ屋ジーサン(これも朝鮮人だろう)と結婚して手に入れた通名らしいし、それからその金で若くてハンサムなアメリカ人、イタリア人と結婚して、たかじんとは4度目の結婚(重婚らしいが)で、32歳の年齢差があって2年で死んで遺産を手に入れてって流れから、次はまたハンサムな外国人男と5度目の結婚をして、たかじんの遺産で遊び呆けることは見えている。(最新情報だと、もういちど真ん中になにかあり、たかじんとは5度目らしいと伝えられている。なにがどうあろうとまともな女でないのは確かだ。)



 先程、一晩中点けたままにしておいたPCの百田さんのツイッターに本人からの書きこみがひとつあった。内容は「裁判になったら本では書けなかった事実を公開できるので楽しみだ」というやる気満々のもの。また積極的に書きこむのかなとF5を押して更新したら、それが消えてしまい、また19日から更新のない状態にもどってしまった。すぐに削除したらしい。百田さんの中にも、「自分は正しい」と確信しつつも、「もしかしたら」の惑いが生じているのだろうか。とんでもない毒婦に関わってしまったと案じているのだが、百田さんはまだあれを信じているのか。

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kanren7「役不足」の誤用──2ちゃんねるの「及川眠子氏が百田尚樹氏批判」


【追記】──百田さんの削除したツイート──14:59

 2ちゃんねるに削除したツイートが収録されていた。私がこれを見て、更新で消してしまったのは朝の5時だった。0.22分のものと初めて知った。このツイートは好戦的だけどすぐに削除したのだから迷ってもいるのだろう。それとも「敵に手の内を見せてはならない」という考えか。

momota-twitter



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Earl Klugh Trio

 今朝の音楽はEarl Klughの「Earl Klugh Trio Vol.1」。Earlの音楽としては正当Jazz寄りの音。ギターはもちろんだがウッドベースがいい。彼のCDはほとんどもっているのだが、これのVol.2はない。そのうち買おう。

 しかし百田さん圧倒的不利な状況を思うと、ここはこんなさわやかな音楽よりも、もっと重いのを聞くべきか。クラシック好きの百田さんに早く目覚めてくれとエールを送るために、重いクラシック、なにがいい、Mahlerでも聞くか。
 いや演歌だ。先日YouTubeで見かけDownloadした、「歌いつがれて25年 藤圭子 演歌を歌う」にしよう。1.2.3とあり、1の自分の持ち歌より、2の「カスバの女」を歌ったりしているのがいい。マイルCSの予想もしないと。エリザベス女王杯完勝の流れでここも突破したい。来週のJCは大勝負だ。

ツイッターの支持者を増やす方法──<きっこさん>篇──実践例、安倍晋三、石原慎太郎

《方法論》

きっこ@kikko_no_blog

とりあえず誰でもいいから敵を作って攻撃するのって、自分の支持者を増やすための一番てっとりばやい方法なんだよね。もちろん、こんな使い古された前時代の伝統芸に乗せられるのなんて、偏差値が35以下のバカだけ、「消防署のほうから来た人」から定価の20倍で消火器を買っちゃうレベルのバカ。

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《実践例.1──安倍晋三篇》

きっこ@kikko_no_blog

しゃべればしゃべるほどボロが出る安倍晋三、やっぱりこのバカはゴーストライターに書かせた作文を棒読みするしかないんだね。日本語の読み書きもロクにできないバカは副総理の麻生太郎だけで十分だから、安倍晋三はトットと引退してくれ。あまりにもバカすぎて見てるほうが恥ずかしくなってくるから。

きっこ@kikko_no_blog

安倍晋三はアベノミクスの恩恵で「6割の企業が賃上げしてる」とテレビで公言したけど、それならどうして国民の9割以上が「給料が1円も上がらないのに物価ばかりが上がって生活が苦しくなった」って言ってるの?安倍晋三って麻薬でもやって幻覚でも見てるんじゃないの?早く入院したほうがいいよ。

@kikko_no_blog

安倍晋三、マジでヤバいわ。このキチガイ、今すぐに精神科のカウンセリングを受けたほうがいいわ。完全に脳みその回路がどうにかなっちゃってるよ  

@kikko_no_blog

すごいな安倍晋三、ゆうべのTBS「ニュース23」に生出演して「アベノミクスの恩恵などまったく感じてない」という街の人たちの声を「ミクロの声」だと斬り捨てて「6割の企業は賃上げしている」と大ボラをノタマッたよ(笑)

きっこ@kikko_no_blog

つーか、安倍晋三って顔がキモすぎる!まるで溶けた蝋人形みたい!気持ち悪いからテレビに出すな!




《実践例.2──石原慎太郎篇》

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《実践の結果》

以上、「とりあえず誰でもいいから敵を作って攻撃するのって、自分の支持者を増やすための一番てっとりばやい方法」の実践例のふたつ。

『こんな使い古された前時代の伝統芸に乗せられるのなんて、偏差値が35以下のバカだけ、「消防署のほうから来た人」から定価の 20倍で消火器を買っちゃうレベルのバカ』──現在119138人

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《私的感想》

冒頭の文はもちろん「そういうことで支持を集めているヤツがいる。それを支持するのはこの程度のバカだ」という他者を攻撃したもの。しかしこのひとの場合、常にそれが自分語りになる。

いくら「自分の支持者を増やすための一番てっとりばやい 方法」とはいえ、よくも他人をここまで立て続けに(おそらく深夜に泥酔して書きこんでいるのだろう)誹謗中傷出来るものだ。まともな人間ではない。

しまむら土下座事件に判決──罰金30万円

「しまむら土下座事件」に罰金30万円の判決が出ました。それを《しまむら土下座事件考──清く正しく生きている在日朝鮮人が気の毒に思えた》に附記しました。

しまむら土下座事件考──清く正しく生きている在日朝鮮人が気の毒に思えた

 しまむら店員に土下座させ携帯で撮影 強要容疑で43歳女逮捕

 札幌・東署は7日、札幌市の衣料品店で購入した商品が不良品だと訴えて従業員に土下座をさせた上、自宅に来て謝罪するよう約束させたとして、強要の疑いで札幌市の介護職員の女(43)を逮捕した。土下座する様子を携帯電話のカメラで撮影していたという。

 東署によると、土下座の画像は短文投稿サイト「ツイッター」に投稿され、インターネット上で話題になっていた。
 逮捕容疑は9月3日午後6時ごろ、札幌市東区の衣料量販店「ファッションセンターしまむら苗穂店」で「購入したタオルケットに穴が開いていた。店に来るのに費やした交通費を返せ」などと訴え、パート従業員の女性(32)ら2人に土下座をさせ、自宅に来て謝罪をするとの念書を書かせた疑い。
 容疑者は調べに「強要はしていない」と容疑を否認しているという。
 苗穂店は不良品だったとして、容疑者にタオルケットの代金980円を返却したが、従業員は容疑者宅を訪れなかったという。土下座を強要された従業員が9月下旬、東署に被害届を出していた。

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2013/10/07/kiji/K20131007006765450.html 



土下座させた女、“強要”認める(北海道)

衣料品店の従業員に土下座などを強要したとして逮捕・送検された女が強要について容疑を認める供述をしていることがわかりました。

土下座を強要したとして逮捕された札幌市白石区の43歳の女の身柄はきょう午後、検察に送られました。女は、先月3日、札幌市東区の衣料品店で商品にクレームをつけて店員に土下座させたうえ自宅まで謝罪に来るよう念書を書かせた強要の疑いです。

店員が土下座する画像はツイッターに投稿されネット上に広まっていました。
女は当初、強要については容疑を否認していましたがきょうまでに容疑を認める供述をしているということです。
http://www.news24.jp/nnn/news8812995.html



日本に多くの店舗を持つ大手衣料品チェーン「しまむら」の店員を土下座させた挙句、ソーシャルメディアを使いインターネット上に画像をアップした影響で炎上した女性への批判が収まる気配が無い。

女性はツイッターアカウントを閉鎖したにもかかわらず相変わらず批判が寄せられ、住所や本名など個人情報が特定されてしまい2ちゃんねるなどの掲示板に流出している。

問題の女性は購入した商品に不備があった為「商品管理が悪い」とクレームつけた。さらに店員を土下座させその様子をツイッター等のソーシャルメディアを使いインターネット上に公開し多くのユーザに「クレーマー過ぎる」「何様のつもりだ」「不愉快だ」などと批判を浴びた。

問題を重く見た女性はツイッターアカウントを閉鎖するも、批判は収まる気配がなく事態はセカンドステージに突入し彼女のFacebook、フォト蔵、mixi等次々に標的となった。

彼女は現在ツイッターアカウントを閉鎖しているが、時すでに遅く過去の写真や発言などから身元が割り出され、更に他のソーシャルメディア等からも情報を入手し、かなり詳しい身元が判明してしまった。現在判明している情報は以下である。

・本名 ・住所 ・家族構成 ・年齢生年月日 ・子供の名前、顔写真 ・車の車種 ・職業などである。
とくに子供の写真等も流出しており「子供を流出させるのは教育上良くない」と言うコメントもあるが、お構いなしに掲載している。

ただし元々ソーシャルメディアにアップされていた情報でもあるため、一概にも「漏洩」とは言い難い問題ではあるが、土下座をさせた本人というレッテルが貼られてしまった以上、世間からの反応も変わってくるはずだ。

http://www.yukawanet.com/archives/4543286.html#more 

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 事件そのものは話題になった当初から知っていた。 土下座させた画像を自慢気にツイッターに投稿したという、気分の悪くなる「ツイッター的な事件」だった。いま「バカバイト」というのが話題になっている。あれも有名人の来店や自分のバイトする店の内部事情等を画像アップしてしまうツイッター的な事件だ。ツイッターと携帯電話の合体で、まさに気違いに刃物状態になっている。

 これもまたそういう事件のひとつであり、同時にこの女の異常さを暴いて白日の下に曝け出したのもそういうメディアだった。核兵器を抑止できるのは核兵器だけ、のような状態である。末世か。それともまだこういう流れになることを、「ニンゲンには良識が残っている」と寿ぐべきなのか。

 インターネットの力を利用して、被害者ぶり、不特定多数の力を得て他者を誹謗しようとする陰湿なヤツ(一例・「この店でこんな無礼なことをされた」)が現れると、確実にそれを同じインターネットの力できちんと批判するひと(その店はもともとそういう方針。あんたがわるいのではないか)も現れて、救われると思うことも多い。

 今回の場合はそういう底意地の悪い被害者面するようなものとは逆で、勘違いバカが調子に乗って叩かれた、という一件だった。この種のものに興味のない私とは無縁の事件だったのだが……。



 2ちゃんねるにすぐにこの女の情報が晒され、こどもが朝鮮学校に通う在日朝鮮人の女とわかった。チマチョゴリ姿のこどもの写真までアップされていた。見た目からも見事に朝鮮だった。またしてもそうなのかとうんざりする。
 通名もいかにもそれらしい。私は学生時代から今にいたるまでに「青木」という名字のひとと何人か知りあったがみなそうだった。かの民族にとって縁起が良いとされる左右対称の彼らの好む名字らしい。スポーツ、芸能分野でも青木姓はほとんどそうだ。

 上にあるように、本人はともかくこどもの写真までが公開されたのはやりすぎのようだが、それは元々本人がFacebookやmixiにアップしていたものである。隠されていた情報を強引に開陳させたわけでもない。この女は、こういう事件を起こすぐらいだから露出が好きなのだろう。自己顕示欲の固まりだ。まともな感覚を持っていれば幼いこどもの写真は公開しない。こういうふうに自滅して行く人の感覚は私にはわからない。自業自得ということばが相応しいのかどうか。頭は悪い。職場でもまともなニンゲンだったとは思えない。まともなひとがこんなことをするはずがない。



 事件その物には興味はないが、こういうことが起きると、すぐにまた出自が騒がれるから、在日朝鮮人はたまらんだろうなあと感じた。それが私のこの「事件」への感想になる。

 世の中には清く正しく生きている在日朝鮮人だって数多くいることだろう。いやそっちのほうが多いに違いない。でも「毒入りカレー事件」「光市の母娘殺人事件」「首切りサカキバラ事件」「イギリス人女性殺し逃亡犯」のような世間が刮目する異常な事件の犯人がみなそうなのである。日本の総人口の0.5%しかいないのにそうなのだから、やはり確率は高い。まじめに生きている在日朝鮮人は、そのたびに肩身の狭い思いをし、たまらん気持ちになるだろう。私がそうだったら目も耳も塞ぎ何も情報を入れなくして世間とは隔絶して生きたくなる。かといって彼らは祖国に帰ると今度は母国語もろくに話せない日本に染まった奴らと侮蔑される。行くところがない。つらいだろうなと思う。しかしもちろん言うまでもなく「強制連行」なんてもので連れられて来たのではない。かってにやってきて、帰る機会もあったのに帰らなかったひとたちだ。

 上記の残虐な事件と比すとこれは、とても些細な、事件と呼べるようなものではない。でも充分にツイッター時代を反映した世間的に目立つ異様な出来事ではある。この事件を知り、くだらんことをするヤツがいると眉を顰めた清く正しい在日朝鮮人は、そのあと瞬間的に「でもまたまさか!?」と思い、すぐにそうと知って無念の涙を呑んだことだろう。またしても朝鮮人かと世間は惘れる。清く正しく生きているひとの口惜しさが判る。

 もしも私がその立場であったなら、自分がこの種の問題を起こしたら多くの同朋に迷惑を掛けると、より強く自分を律して、決してこのようなことはしない。なのにこの様だ。ツイッターに土下座させた写真をアップして得意満面なのだから話にならない。まともに生きている在日朝鮮人が気の毒だ。
 私にはそういう意味でのみ印象的な事件だった。

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「大阪生野通り魔事件──在日朝鮮人の通名と本名報道──麻木久仁子ツイートを振り返る」に書いたが、麻木は「在日コリアンの犯罪が通名で報道されるという事実はありません。事実は逆です。在日がいいことをすれば通名で日本人として報道され、悪いことをすれば本名で在日として報じられるのが基本です」と意見表明している。ただのバカタレントではなく、情報番組の総合司会までしていた知性が売りのひとだから、一見説得力がある。しかしこの事件でも「青木万利子」という通名が報道されただけで本名は伏せられている。在日コリアンであることは、彼女自身がアップしていた娘が朝鮮学校に通う様子やそこから知られていった。麻木の意見こそが「事実とは逆」なのが、このことからも確認される。

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【追記】──裁判結果が出る──10/26

店員に土下座させ画像を投稿、女に罰金30万円
    
 商品にクレームをつけて衣料品店の店員に土下座をさせ、その様子を簡易投稿サイト「ツイッター」に掲載したなどとして、強要と名誉毀損きそん容疑で送検された無職青木万利子容疑者(43)(札幌市白石区)について、札幌区検は25日、名誉毀損罪で札幌簡裁に略式起訴した。

 同簡裁は同日、罰金30万円の略式命令を出した。

 札幌地検は同日、強要容疑について「前科もなく反省している」として、不起訴(起訴猶予)とした。

 起訴状などによると、青木容疑者は9月3日、札幌市東区の衣料品店でタオルケットを購入。不良品だったと訴えて女性店員2人に土下座をさせ、その様子を携帯電話で撮影した画像と中傷する書き込みをツイッターに掲載し、店と店員の名誉を傷つけたとされる。
 
http://news.livedoor.com/article/detail/8193741/

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 冒頭の記事では「介護職員」になっていますが、ここでは「無職」になっていますね。どういうことでしょう。假りにこの事件のあと解雇されたとしても、「元介護職員」とか入ります。なら「介護職員」というのが間違いだったのでしょうか。

「携帯電話とツイッター」という気狂いに刃物状態の今、こういう判決が、すこしでも抑止力になるといいのですが。

ツイッターやブログの動機は9割9分卑小な自己アピール???──反論したいが、やはりそうなのか……

ブログ再開してみて改めて思うのは、ブログにしてもツイッターにしても、「こんなこと思ったオレかっこいいでしょ」「こんなこと考えてるオレってすごいでしょ」「こんなことに気付いたオレさすがでしょ」と卑小な自己アピールをすることが、動機の9割9分まで占めているということ。違うって否定できる人どれだけいるのか。

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 これは競馬予想家水上学さんのブログにあったコトバ。9月10日の項目にある。自分の知らないこの二ヵ月の競馬の様子を教えてもらおうと読みに行き、目にした。私が教えてもらおうと思ったこの二ヵ月の競馬だが、水上さんは体調不良でほとんどブログを書いていなかったらしく、再開に当たってのことばだった。

 このあと《だがそれは一概に悪いことでもないと思う。私の場合は完全にストレス解消になるし。吉田兼好の昔から、言いたいことを言わないのは「腹ふくるるわざ」なのだ》と続いていて、「一概に悪いことではない」「自分もそうだ」としているが、それは主旨である冒頭の解釈の肯定である。ツイッターやブログをやっているひとの動機の9割9分がどうしようもない卑小な自己アピールなのだが、自分もそのひとりだし、それでいいのだ、という論旨であり、これは「おまえらみんなクソだよ」と言った後、「クソでもいいじゃん」「おれもクソだし」と言っているわけで、「おまえらみんなクソだよ」が否定されたわけではない。むしろ強調になっている。



 だけど、う〜ん、そうかなあ。
 私はもう十数年サイトと、8年ほどブログをやっているが、《「こんなこと思ったオレかっこいいでしょ」「こんなこと考えてるオレってすごいでしょ」「こんなことに気付いたオレさすがでしょ」と卑小な自己アピール》のためにやっているのだろうか。9割9分までがそうだと水上さんは言うから、残り1分だと主張するのには勇気が要る。

 私の場合、最も大きな要素は「オレはこのときこんなことを思っていたという記録」の意識である。
 しかしそれは「だったら日記に書いておけばいい」と言われるだろう。その通りだ。もう20年ほど、日々の記録をPC日記に残している。それで完結すべきであり、それを世に問うのは「卑小な自己アピール」である。

 元々私のホームページとは、私の日記を30人ほどの友人に公開し、それに関して掲示板に意見をもらったりする形で始まった。いわばコミューンである。ログインのパスワードを設定し、見知らぬひとに読まれないように気を遣った。「ひとりでも多くのひとに自分の意見を読んでもらいたい」という意識で始めたものではない。
 そのホームページだけだったら「私は残りの1分である」と反論できるのだが、今はこのブログがある。友人30人を対象に始めたホームページは今もそのままであり、本店だが、支店であるこのブログには毎日千人ぐらいのひとが来てくれるようになった。私はその見知らぬ970人のひとが、どの文章を気に入ってくれるかを毎日楽しみにしている。当初のホームページの意図はともかく、今の私は見知らぬひとたちに対して「卑小な自己アピール」をしているのだ。否定できない。 

 でも
「こんなこと思ったオレかっこいいでしょ」
「こんなこと考えてるオレってすごいでしょ」
「こんなことに気付いたオレさすがでしょ」

 と思って書いたことはない。それは言いきれる。自分のことだから。だったら残り1分だと言っていいのか。

「オレはこんなことを思った」
「オレはこんなことを考えている」
 とは思って書いている。記録のつもりで。でもそれを「かっこいいでしょ」「すごいでしょ」「さすがでしょ」と思いつつ書いたことはない。でも公開メディアに書くこと自体がもう「卑小な自己アピール」なのだと言われたら返す言葉はない。

 私にもたまに「あれとあれがこうだってことは、もしかしてそれはこういうことなのか!?」と「気づく」ときがある。これはまだ誰も口にしていないからブログに書きたいと思ったりする。でもすぐに「これを書くと、すごいだろ、さすがだろって自慢してるように思われるな」と思い書かない。書けない。
 水上さんの指摘に合致するひとも、ご本人の水上さんを始めかなりの数いるんだろうけど、9割9分ではないと思うのだが……。



 いや、でも、まてよ、むかしバイクやクルマで北部タイを廻った紀行文をホームページに書いたとき、それが30人の友人相手ではあれ、「オレってこんなことしてるんだぜ!」という卑小な自己アピールはなかったか。いや、あったな。あったあった、確かにあった。一種のヒロイック勘違いがあった。するとやっぱり私は卑小な自己アピールの9割9分のほうか。

 でも今、北部タイなんて問題にならないすさまじいところ(「世界の果てに日本人、なぜこんなところに」に出られる)と関わっているが、そこのことはごく少数の友人しか知らないサイトに書くようにしていて、ひと目には触れないようにしている。ブログには書かない。だから「十数年前にそんなことをやった」「そのときそんな心があった」のは事実だけど、そういう1の卑小な自己アピールで99の慎ましさが否定されるものでもないだろう。いや、1でもあったら99は否定されるのか。う〜む。

 サイト(当時はホームページ)を始めたのは、友人とやりとりする溜まり場が欲しかったのが動機だった。世の中にはひとりでも多くのひとに読んでもらいたいというひと、アクセスランキングで目立ちたく、「応援のクリックを!」なんて、それこそ「卑小な」じゃなくて「公明正大な自己アピール」のひとも多いけど、私はむしろ目立たないように隠れてやっていた。しかし友人30人に対してでも、いや友人30人限定だからこそ、「卑小な自己アピール」と言われれば、それは確かにそうだし……。



 しかしそんな自分分析よりも前に、まずこの水上さんの意見である「ツイッターもブログも9割9分がそうだ」という意見は当を得ているのだろうか。
 たとえばツイッターでは、日常生活、いま身のまわりの不平不満を、垂れながし的に書いているひとが多い。上司の悪口とか、昼飯がまずかったとか、電車が混んでいたとか。それは水上さんの言う「ストレス解消」と「もの言わぬは腹ふくるるわざなり」には該当する。でも「すごいでしょ」「さすがでしょ」「かっこいいでしょ」には当たらない。むしろぶつぶつつぶやく独り言を文字にしないといられなくなっている症候群で、自己アピールというより精神病の類だろう。

 ブログで過激な意見を述べているひとも、同好の士への呼び掛けや敵対するものへの意見であって、「すごいでしょ」「さすがでしょ」「かっこいいでしょ」を感じた事ってあまりない。私は他者のブログを読んだりしないけど、一応長くは関わっていて、そう感じている。それとも私は残り1分の卑小な自己アピールではないブログやツイッターにだけ運よく接しているのだろうか。

 水上さんのブログがご本人が認めているように、本職の競馬、その他、政治から野球まで「卑小な自己アピール」に満ちているのは確かで、水上さんが自分のことについて言っているのは矛盾がない。しかし他者に対しても9割9分と言いきれるものだろうか。いや言いきることは誰でも出来るが、それは正鵠を射ているだろうか。



 反論したい。したいが……。

 たとえば、「インターネットを常時接続して一日中インターネットをやっているようなひとは、9割9分インターネットから足を洗えない」というような意見だったら、私はついこのあいだまで60日間完全に断ったし、その前も40日断っているから、残り1分のほうだと言える。

 たとえば、「一日にタバコ3箱も喫うようなニコチンタール中毒者がいきなり禁煙するのは9割9分不可能だ」なんて意見も、私は、禁断症状にのたうちまわったけど、一気にやりとげているので残り1分と断言できる。

 しかしなあこれは……。私は「卑小な自己アピール」をしたくて始めたのか。悩む。いやそうに決まっているのだ。認めちまえ認めちまえ、そうすれば楽になれる。



 いやいや、水上さんの意見は「最初の動機は9割9分卑小な自己アピール」と言っているのであって、今もずっとそうだとは言っていない。あくまでも「最初の動機」なのだ。とするならやはり9割9分がそうなのか。

 しかしまたコトバ、表現の問題もある。「卑小」とは「卑しくてちいさな取るに足らないこと」だ。9割9分の自己アピールはそういう「卑小」なものなのだろうか。
「東大卒の天才」を堂々とキャッチコピーにしているひとだから、「卑小な自己アピール」というコトバに妙に説得力がある。「オレはちがう」と言いたいけど、やっぱり私もそうなのだろうか。

 むかし自意識過剰の東大卒ライターに見当違いなイチャモンをつけられて往生したことがあった。どうも東大卒のひととは感覚がちがうようだ。これからしばらくブログ文アップのたびに、「こんなこと思ったオレかっこいいでしょ」「こんなこと考えてるオレってすごいでしょ」「こんなことに気付いたオレさすがでしょ」という卑小な自己アピールになっていないか!? と悩みそうである。

 そういう意味では、「アフィリエイト商売のため」と割り切ってブログをやっているひとなんかは悩みがなくていいなあ。目的がはっきりしているから悩みもないしお金も儲かるし万々歳だ。



 こういう詮ない悩みと縁を切るためにはブログをやめて元の地味なサイトだけに絞るのがいちばんとわかっている。そこが原点だ。あそこだけにして、すると読者も元の30人に戻るから、水上さんのような意見にも「オレはちがう」と反論できる。
 でもブログの「人気記事20」みたいな愉しい効能を知ると地味なサイトだけにするのもさびしい気がする。目立ちたくなく、ひっそりとやっているのだから「自己アピール」に関してはすくない。でもまったくそれがないわけでもないのだから、まさに「卑小な自己アピール」とは私のようなもののための形容になる。悩みは続きそうだ。

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大阪生野通り魔事件──在日朝鮮人の通名と本名報道──麻木久仁子ツイートを振り返る

 在日朝鮮人の犯罪に関する麻木久仁子のツイートを知ったときは白けた。
 以下のようなモノ。投稿順番は下から。ちょうど1年前の2012年5月のものである。

 なおこの画像は、検索して下記のURLからお借りしました。私は、麻木をフォローしているわけでもないので今更自力で現物を見つけるのはたいへんだったと思います。感謝して記します。

  http://blog.goo.ne.jp/fukudaikichi/e/ea3d52082ae55e292b53ecd4a95a391b

asagitweet























 麻木の意見は「在日朝鮮人は、悪いことをしたら本名(朝鮮名)で報じられ、よいことをしたら通名(日本人的な姓名)で報じられる」というもの。

 現実はまったく逆である。在日朝鮮人が、残虐な殺人事件、精神異常の狂気の犯罪等を起こした場合、日本のマスコミは、通名という日本的な名前で日本人として報じ、在日朝鮮人が、駅で線路に転落したひとを助けたというようなよいことをしたら、ふだんは通名で生きているひとでも、あえて朝鮮名の本名も掲載し、「心温まるいい話」として報道する。

 これが日本のマスコミの現実であり事実である。つまり、「悪いことをしたときは本名を伏せてやり、よいことをしたときは本名を出してやる」と朝鮮人に気を遣ってやっているのだ。
 なにをどうすれば麻木のような事実とは正反対の解釈が出来るのか。


 
 残虐な殺人事件が起き、犯人の名前が新聞や週刊誌で報じられる。日本人の名前だ。それからしばらくして、「じつはあの残酷な殺人事件の犯人は朝鮮人だった」と、通名と共に朝鮮名が世に出て来る。このことに最も積極的なのは『週刊新潮』だった。朝鮮人擁護のアサヒシンブン的なものはそれを批判する。

 ここで重要なのは、朝鮮寄りのアサヒシンブン的なメディアがそれをしないことは当然だが、週刊実話、週刊大衆、週刊アサヒ芸能のような一見スキャンダラスな週刊誌も、決してそれをしないということである。理由は簡単だ。ヤクザが週刊誌のことを「ジツワ」というように、これらの週刊誌はヤクザ(=朝鮮人)が数多く読むからだ。顧客を大事にして、顧客が不快になるような記事を載せないのは商売の基本だ。
 そういう意味でも、週刊新潮の踏みこみのよさはたいしたものだった。

 今の時代はインターネットがある。犯罪者の知りあいや同級生がすぐに本名や通名を広めてしまう。マスコミが隠しても、一般人が在日朝鮮人犯罪者の本名を知るのはずいぶんと早まった。それは、それを売りにする週刊誌の価値が落ちるということだから、やはり週刊誌を落ち目にしたのはネットなのか。



 私は、そういう歪んだ現在の報道体制も、おとなの日本人の対応として、それなりに意味はあると思っている。
 もしも逆に、在日朝鮮人の犯罪に対し「残酷な殺人事件があった。犯人は在日朝鮮人だ。先日の残虐な事件もそうだった。またしても朝鮮人だ」と朝鮮名で報じ、よいことは「こんないい話がありました。日本人の誰それさんです」と通名で報じたなら、日本人の朝鮮人嫌いはますます昂じるだろう。

 テレビや新聞で事件を知る程度のひとは、通名で報道された犯人が、在日朝鮮人とは知らないままである。多くの日本人がそうだろう。現に田舎者の私の親兄弟親戚等は、もろにその「NHKニュースと新聞で知る程度」のひとたちだったから何も知らない。報じられる通名をそのまま日本人として受けとめている。私は知っていてもそれを伝えなかった。親兄弟の朝鮮人への憎しみを煽っても意味はない。

 ただ、婚家の影響を受け、熱烈なアサヒシンブン信奉者となってしまった姉が、麻木的な意見を言っているときは、それを教えてやろうかと、喉元まで出かかった。姉を洗脳した亭主(私の義兄)が高校の校長(すでに定年退職)なのだからおそろしい。朝礼で何をしゃべっていたのやら。生徒が気の毒だ。
 


 言うまでもなく正当なのは、わるいことでもよいことでも、本名で報じることである。もちろん、よいことをした在日朝鮮人の当事者が「自分は通名で生きているので本名の公開はしないでほしい」と願ったら抑えるのが礼儀だ。

 私は、日本における少数派である在日朝鮮人に対する多数派の日本人の憎しみが昂揚しないように、残虐な事件の際に本名を抑え、通名報道することにも、それなりの正義はあると思っている。

 だが、麻木のような脳内妄想としか思えない事実を無視した意見、いや事実とは正反対の意見は否定する。
 もしも現在の報道姿勢を肯定するとしても、ここに書いたように、「それはそれでしかたない面もあるからね」のような意見までだろう。ところが麻木は、「それは事実ではない。事実はこうなのだ」と事実とは正反対のことを主張しているのである。「朝日新聞だけが正当」としているところに、このひとの病巣が見える。小賢しい女はみなこのパターンに陥る。そして口先だけの男にだまされる。

 麻木にこういう感覚を植えつけて培養したのは、あの毎年何千万円も貢がせていたもてもてのハンサムジャーナリスト(笑)なのだろうか。ツジモトキヨミなんてのも極左の男に洗脳されて貢ぎ続けるかなしい存在である。いや、好きな男に尽くしているのだから、ある種かわいい女と言えるのか。



 麻木は上のツイートで「在日コリアンの犯罪率が高いという信仰が背景にある」と、在日コリアンの犯罪率が高いという現実を狄仰瓩噺世いり、お花畑で夢見ている。
 しかし日本の総人口の0.5%しかいないにも関わらず、芸能界やスポーツ界、はたまたヤクザの世界において、在日朝鮮人が異常に高いパーセンテージで君臨しているように、在日朝鮮人の犯罪率が高いのは事実である。「記憶に残る残虐な事件」を、アトランダムに30件ぐらい並べて犯人名を列挙していったら、かなりの確率で犯人は朝鮮人という事実が浮かびあがる。
 私の感覚だと30件の内、7割ぐらいがそうだとなるが、假りに3割だったとしても、なにしろ「全人口の0.5%」しかいないのだから、その比率はたいへんなものである。



 こういう事実も麻木のようなひとは決して認めない。事実を列挙して認めざるを得なくなったら、今度は「日本人がかつて朝鮮民族に酷いことをした報いだ」のような見当違いの反論をしてくる。会話が成立しない。
 
 これに関しては私は「民族気質のちがい」と解釈している。半島から密航してきた貧しい朝鮮人がヤクザになるしか道はなかったというような現実はあろう。そして激情的で闘争能力にすぐれる朝鮮人は力尽くで勢力を伸ばしていった。
 私はたびたび「朝鮮民族の歌のすばらしさ。挌闘技における才能」を絶讃している。食文化のちがいからもわかるように、彼らは日本人よりも、よくもわるくも情熱的で激しい民族なのだ。それが残虐な事件に繋がっているのだろう。

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「大阪生野通り魔事件」に関する「不自然な報道姿勢」のことを書こうと思ったのに、簡単な前振りのつもりの麻木久仁子に関して論じてしまった。まあ問題の基本は同源だからいいんだけど。

 この事件に関しては、上記のブログに正確にまとめられているのでご参照ください。

生野区通り魔事件と通名報道について



 大阪で、在日朝鮮人の起こした殺傷事件を、国営放送から民放まで、まず多くの局はニュースとして報道しなかった。
 これはすごい。あることをないことにしてしまった。見て見ぬ振り。アサヒシンブンは「従軍慰安婦」のような「ないものをあることにする」のが得意なのに逆もやるんだ(笑)。

 もしも日本人の起こした事件だったら、複数のひとにケガを負わせたのだから、それこそ「大阪通り魔事件」として速報で流すぐらい大騒ぎしたろう。しかしみな示し合わせたかのようにしらんふり。

 テレビ局、新聞社において、この事件はすぐに「犯人は在日朝鮮人」と確認されたのだろう。なにしろ「おまえは日本人か」と確認してから犯行に及び、「日本人なら何人も殺してやろうと思った」のような発言まで流れたぐらいだ。テレビ局、新聞社は一瞬にして「在日朝鮮人の気違いによる犯行」とわかったろう。「在日朝鮮人」と「気違い」と彼らにとってのタブーがふたつも重なっている。よって、これまた瞬時にして「しらんふり」が決まったのは間違いない。犯人が「ふつうの日本人」だったら、大きく報道したはずである。



 次ぎに、報道はしたものの、「犯人の男」としか言わなかったパターンがある。「しらんふり」よりは良心的と言えるだろうか。しかし事件を正確に伝えるのが使命のマスコミに対し「良心的」もないものだが。

 今日(23日)ネットで、関西テレビの「スーパーニュースアンカー」を見た。昨日夕方の放送だ。水曜日は青山繁晴さんの出演する日なので見るようにしている。
 そこでこのニュースを取りあげていた。それはあたらしい事件としてMCから簡単に触れられていただけで、「北朝鮮を訪問した飯島秘書官」を論ずるのがテーマの青山さんは無関係だった。詳しい流れを知っていたら青山さんは厳しい意見を言ったことだろう。

 ここでも「犯人の男」としか言わなかった。それは確認した。
 ただし、この日にまとめられた関西テレビの「文章のニュース」では、「韓国籍男」までは言ったらしい。
 以下はそれ。タイトルに「韓国籍男」と出ている。

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大阪市生野区無差別通り魔 逮捕の韓国籍男「日本人を殺す」

22日朝、大阪市生野区で60代の男性と女性が相次いで刺され大けがをした事件で、逮捕された男は、「日本人を殺す」などと供述していることがわかった。
無差別通り魔事件の現場で、容疑者の韓国籍の男(31)に話しかけられたという男性は、「『日本人か?』と2回聞かれて、刺されそうになったから逃げて」と証言した。

男は、さらなるターゲットを物色していたのか。
22日午前5時15分ごろ、大阪市生野区のマンションで、新聞配達員・川口修一さん(61)が、見知らぬ男に、いきなり包丁で刺された。
マンションで男に刺された川口さんは、マンションの外に逃げたということだが、路上にはまだ血痕が残っていた。そして、逃げる際には、自ら110番通報をして助けを求めたという。

その後、男はおよそ120メートル離れた路上で、ビル清掃業・越智 美智子さん(63)を刃物で刺したところを、通報を受けた警察官に発見され、殺人未遂の現行犯で逮捕された。目撃者は「片手に刃物持ってたから、『えっ』と思った矢先、女性に声をかけて、後ろから羽交い締めにして刺した」、「みんなが馬乗りになって、(男は)手を地面につけられて、すぐにパトカーに乗せられた」などと話した。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00246505.html




 韓国で日本人の気違いが同じような事件を起こしたら、あちらでどんな報道をされるだろう。それこそ日章旗が燃やされ大使館にデモが突入し、たいへんなことになる。大統領も併合時代にまで及んだ怒りの声明を出すだろう。それが彼らの民族性だ。

 あちらの毎度の大騒ぎは当然としても、それ以上に「こちら」がたいへんなことになる。アサヒシンブン的マスコミが大騒ぎし、国会で民主党や社民党が喚き、首相がお詫びの声明を出すような大事件になるのは確実だ。 なのに朝鮮人の気違いが日本でこんな事件を起こしても、日本じゃ「しらんふり」である。「なかったこと」にしている。なんて心の広い「おとな」なんだろう。そしてまた、なんて都合の悪いことにはしらんふりする「ずるい」おとななんだろう。

 本気で腹を立ててもしょうがない。あちらが何をしようと苦笑するだけだが、「こちら」のマスコミの姿勢は看過できない。毎度の結論だが、日本の敵は日本の中にいる。獅子身中の虫だ。

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【追記】──麻木のそれらしいまとめのブーメランを笑う──6/2

 前記の麻木のツイートの結びはこうなっている。

《叩きやすそうな属性とか集団を十把一絡げにdisってりゃ何か御大層な意見を言った気になれるって、どーなんでしょう》

 ブーメランである。
「朝鮮人の本名報道と通名報道」「日本のマスコミ報道はへん。正しいのはアサヒシンブンのみ!」と見当違いなことを言うのは、見事に日本のマスコミという「叩きやすそうな属性とか集団」を「disっている」のであり、その事実無根、的外れの意見で、「何か御大層な意見を言った気」になっている。滑稽だ。救われない。でもこういうひとは自分に酔っているから、悩むことなく正義に燃えて、しあわせに死んで行くんだよね。うらやましい人生か。



【追記.2】──記憶に残る残虐事件の例

 例えば

・麻原彰晃:オウム真理教
・宅間守:大阪池田小学校の児童殺害
・東慎一郎(酒鬼薔薇聖斗):神戸の首切り
・林真須美:和歌山毒入りカレー事件
・関根元:埼玉の愛犬家連続殺人事件
・織原城二:英国人女性ルーシー・ブラックマンさん殺害
・和田慎一郎:早稲田大学強姦グループ「スーパーフリー」
・福田孝之:山口県光市の母子殺人の元少年
・市原達也:英国人女性殺人、2年半逃亡生活

 これらがみなそうなのだから(ハーフ、帰化済みも含む)やはり「異常に高い確率」と言える。 

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kanren1
イギリス人女性殺しの市原が映画化──誰が見るのか?

「しまむら土下座事件」考

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【追記.3】 ──韓国籍の通り魔に不起訴処分──2013/11/15

大阪市生野区で5月、男女2人が刺され重傷を負った事件で、大阪地検は14日、殺人未遂容疑で逮捕された韓国籍の無職の男(31)について、精神鑑定の結果、心神喪失により刑事責任能力は認められないとして不起訴処分とした。

大阪地裁は同日、心神喪失者等医療観察法に基づき、鑑定入院命令を出した。

男は5月22日早朝、生野区新今里の自宅マンションや近くの路上で、新聞配達員の男性(61)とビル清掃員の女性(63)を相次ぎ刺した疑いが持たれていた。 

時事通信 11月14日(木)20時46分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131114-00000151-jij-soci 



 気狂いならなにをやっても許される世の中なのか。 
 

将棋話──将棋専用ツイッターアカウントを作ってみました

Shogi.gif 先日Hさんが、屋敷九段や田中寅彦九段のツイッターアカウントを教えてくれ、「観戦の時にこれを見ると楽しめますよ」とアドバイスしてくれた。

 前々からいくつかの将棋関係はフォーローしていたのだが、本来のツイッターアカウントでは、熱心な政治ネタツイートのあいだに埋もれてしまって見辛い。 

 それで、「将棋専用ツイッターアカウントを作ればいいのか!?」と思いついた。フォローするのもそっち方面ばかりで、流れてくるツイートも全部将棋ネタである。こりゃいいやと、そんなことを思いついた自分に感動した(笑)。
ネット世界に詳しい人なら誰でも思いつくし、やっていることなのだろうが、そうじゃない私は、そんなことを思いついた自分を誉めてやりたい気分だった。



 ということで昨日、作ってみた。まったく別物として作るのか、moneslifeの延長としてやるのか迷ったが、ごくふつうにmoneslife-Shogiとした。

 あくまでも観戦用アカウントであり、将棋ネタで思うことがあったらここに書くし、つぶやくこともないと思うが、一応作ったのでご報告。



 今日は女流王位戦第1局である。里見香奈女流王位VS甲斐智美女流四段。いま棋譜中継を見ている。去年、甲斐から里見が奪い、今年は甲斐が挑戦者。 
 ツイッターに、将棋mobileのTwitter解説というのが流れてきて便利だ。 

 私は、 男の全七冠制覇はもうないと思うが、女の全六冠制覇は大いにあり得ると思っている。もちろんそれを成し遂げるのは里見だ。

 王位を防衛して四冠保持。マイナビ女王はいま2連勝中だから奪取するだろう。それで五冠。
 残るは加藤桃子の保持する女流王座だけである。これも挑戦者になったら、現在の奨励会での里見と加藤の成績を比べたら、加藤があぶないだろう。まずは王座戦の挑戦者になれるかどうかだ。

ツイッター話──1時間に2回も酒の値段を知りたくもない

ツイッターで、どなたかがフォローしてくれると、Gmailが「××さんにフォローされました」と教えてくれる。
ツイッターをほとんどやっていないので、どうでもいいのだが、憂国の士がフォローしてくれたからも知れないので、一応確認には出かける。

たまにへんなものにフォローされることもあり、その場合はブロックする。今までに3回ぐらい、したことがある。ほとんどやっていないことを考慮すれば、この種のものとの軋轢としては無事なほうだろう。
今日のは「へんなもの」ではないのだが、ブロックした。

ウィスキーを紹介するロボットです。 新入荷のウィスキー情報を自動収集してツイートします。一時間に二回つぶやきます。

どういう呟きかとおもったら、「××ウイスキー、××円。楽天」のように、ウイスキーの値段と、それを売っているところを教えてくれるのだ。酒は好きだし、近所の酒屋にないものは通販で買うこともあるし、こういうツイッターも便利だと思うが、 かといって1時間に2回も酒の値段を知りたくもない。



なんでこんなものにフォローされるのかと考える。ツイッターやブログをロボット検索して酒のことを書いているヤツを捜しだすのだろうか。

ブログに酒のことを書いたことはあるし、worukoやmakichabinと酒のことでツイートしあったことはあるが、ウイスキーのことってほとんど書いてない。もしもこんなものにフォローされるとしたらむしろ日本酒だと思うのだが。

ブロックしてごめんね。でも1時間に2回も酒の値段を知らされるのはわずらわしいし、TLが汚れるので御容赦ください。

Twitter考──あわないひとをフォローする感覚──小沢一郎支持者にフォローされてしまいました

「××さんがあなたをフォローしました」とGmailが教えてくれたので、そのひとのツイートを確認しに出かけてみると、熱烈な病的小沢一郎信者だった。
そんなひとがなぜ私をフォローするのだろう。

私は政治屋の小沢一郎を全面的に否定している。竹島は韓国のものとする売国奴であり、手下を引きつれてシナに朝見して媚びへつらう小沢を心底から嫌っている。中でも、
天皇陛下を政治利用し、無理矢理習近平の謁見を叶えた件では今も憎悪している。

私は、由緒正しい岩手県民であられる小沢先生を両親とも朝鮮人とするYahoo記事を自分のブログに引用している。小沢一郎熱烈支持者からしたら不倶戴天の敵であろう。

※ 

何故そんなヤツをフォローするのか。
小沢一郎好きにとって小沢一郎をボロクソに否定しているブログやツイートは不快なはずだ。

安倍晋三好きの私は、安倍の政策を否定したり、彼の持病を揶揄したりするようなブログやツイートには近づかない。不愉快になるからだ。見たくない。これがふつうの感覚だ。

小沢一郎好きがなぜ私をフォローするのだろう。
「敵を知る」ということなのか?

私は、小沢一郎嫌いの私の文を読んで、小沢一郎好きに不愉快になって欲しくない。
同時にまた、小沢一郎嫌いの私は、小沢一郎礼讃の文など読みたくない。
両者は接しないほうがいい。それが基本だろう。

ブロックさせていただきました。

安倍晋三自民党総裁誕生を寿ぐ──田母神さんのツイートから──石波にならなくてよかった……

一所懸命日本のことを考えて生きていれば、だいたいにおいて世間の流れは自分の考えと一致する。思うようにはならず苛立つことも多いが、心を同じくするひととは意見が通じるものだ。

なのに時折、どうにも理解しがたいことが起きる。
今回の自民党員における「石波人気」というのもそれだった。
なぜ彼があのようなのが高い支持を受けるのか、私には理解できなかった。

しかし自分の信じるひとは同じ事を言ってくれていた。
私は田母神俊雄さんの意見が心強かった。
引用させていただく。



tamogami919

 




まったくこの通りであり、石波は「防衛通」などと解釈され、みょうに今の日本に必要なひと、のような高い支持を受けているが、そんなことはない。勘違いである。 田母神さんが書かれているように、靖国に参拝したことはないし、これからもしないことをほのめかしている。そこをつっこまれるとうまく逃げてごまかしているが。

彼のシナ、朝鮮に対する歴史観はサヨクにちかく、なぜ自民党員がこんなのを支持するのか、理解に苦しんだ。それも圧倒的な人気なのである。イメージによる勘違いが歯止めの利かない暴走を始めていた。

石波は、鳩山や菅と同じく、総理になったら、「こんなひととは思わなかった」と失望する典型的なタイプである。
なぜそのことに気づかないのだろう。
秋葉原での雰囲気的石波支持者の若者の弁。
「このひとなら、ガツンとやってくれそうな」
しない。石波はしない。口先だけだ。いや口先も、上手にもう逃げの姿勢に出ている。



候補者5人によるテレビの討論会は可能な限り見たが、そこでも石波の卑怯な論法は際立っていた。それも田母神さんは指摘している。前後するが9月15日のツイートである。

tamogami915







私も彼らが出演した「新報道2001」、そのあとのNHKの「日曜討論会」すべて見ている。感想は田母神さんと同じだ。

尖閣諸島に船だまりのような施設を作るかという質問に、明確に作ると応えたのは安倍のみ。
石波のことばによるだまくらかしは悪質だった。

田母神さんの「石波氏は言いかたが回りくどくて始めから逃げを打っているようです」は正鵠を射ている。5人の候補者の中で、石波の言いまわしがいちばんくどく、それでいて何も言っていない一貫した意味不明な逃げの弁明だった。

船だまりを作るかという質問には、あのベチャベチャネットリしたしゃべりかたで、「それはですね、そういうものを作るとかそういう以前にですね、もっといろんな視点から国家として尖閣をどうするかということを考えねばならないわけで」のように、(正確な復元ではないが趣旨はあっている)「作るか作らないか」には応えず、話をはぐらかしている。町村も同じだった。

本当は「私が総理になったらシナを刺激するそんなものは作りません」と言いたいのだろう。それはそれでいい。ひとつの「意見」だ。ならそう言えばいい。だがこの時期、そう明言すると人気に響くと解釈したのか、だらだらと長びかせてごまかす。この種の質問になると、「もっと大きな視点から」「多方面から、いろんな意見をふまえて」のようなごまかし論法に終始する。肝腎のことには触れない。なんとも醜い論法だった。この汚い手法は石波と町村が際立っていた。

石波が総理になったら、けっきょくはまたシナや朝鮮に気を遣って、なにもしない。できない政治になる。がっかりするのが目に見えている。全国の自民党員はなぜそれがわからないのだろうと不思議でならなかった。



石波が狡さを発揮している中で、バカをさらし、一気に信頼を失ったのもいる。石原息子だ。もともと私はオヤジは好きでも、どうにもこの息子は頼りにならず、好きになれなかった。今回しみじみとバカをさらした。呆れた。絶望した。今後見直す、ということもない。このひとがまちがってなってしまったら、利権を漁る長老達に都合良くふりまわされるだけだ。ぜったいにトップに立たせてはならない無能者である。

福島を「サティアン」と言ったり、「尖閣諸島には人が住んでいないから中国は攻めてこない」は失言で済むレベルではない。国会議員失格である。こんなのが決選投票では国会議員票は最大を集めたのだから寒気がする。傀儡政権にして存在を主張しようとする妖怪が蠢いている。悪相の古賀誠が石原を支持したのがよくわかる。(【後記】──支持した石原の敗北により古賀は派閥首領を降りるとか。さっさと引退しろ。)



これにも田母神さんは適切な批判をしていた。

tamogami9192






殴り掛かってきたら倍にして返すぞ、殺すぞという姿勢と覚悟を見せれば、殴り掛かってはこない。それが世界の常識だ。
石原長男がここまでバカとは知らなかった。



餘談ながら、石原オヤジは前々から石原息子4人でいちばん優秀なのは良純だと言っていた。それは確認できている。太い眉毛をからかわれるようなバラエティタレントをやっているが、たまにまともな政治的発言をすると、智識も深く真っ当で、さすが慎太郎の息子と思わせてくれる。
長男には、「それでも慎太郎の息子か」と落胆させられた。この長男はダメ。ぜったいダメ。これからよくなるということもない。トップに立つ器ではない。



40年ぶりの決選投票だった。56年ぶりの逆転勝利とか。
自民党では、総理経験者が間を置いてもういちど登板するのは史上初。

安倍は、前回の任期のときに出来なかったいくつかを悔いている。
靖国参拝も、前回出来なかったからこそ今回はすると明言している。
小泉の跡を継いで参拝すると信じていただけに、総理になったらしない、には失望したものだった。

理想の形の再登板になった。
前回のときは、単なる流れでの「小泉の後継者」だった。
北朝鮮訪問のときも小泉総理を強硬意見で支えたように、小泉の懐刀がそのまま昇格、のような流れからの後継者だった。

国会会期中も、質疑応答のあいまに何度もトイレに駈けこむような体調では総理は無理だった。
15歳の時から苦しんできた大腸の持病も、劇的な新薬の開発で奇蹟的に恢復している。
体調さえ戻れば最も期待できる国会議員だ。病気に苦しみつつも一年間の任期で成し遂げた実績が光る。

今回は、力での勝利である。ひ弱さが消え、逞しくなった。
新生安倍晋三に期待する。



党員が圧倒的に石波を支持しての安倍不利だっただけに、自民党議員の選択にほっとすることになった。
辛勝だった。
安倍よりも石波を撰ぶ自民党議員も数多いのだ。

旗幟を鮮明にしなかったが、小泉進次郎は石波支持だったらしい。残念だ。だが彼がこれから真剣に政治を勉強して行くなら、いずれ袂を分かつだろう。石波の特定アジアに関する考えは小泉とは一致しない。小泉の成長を信じたい。



党員票が多かった石波を無視できない情勢だ。
幹事長のような要職につけねばならないらしい。
それだけが憂鬱だ。
石波は保守ではない。

むかしなら「一度石波にやらせてみればいい。すぐにニセモノとわかる」と言えた。
しかし同じ論理で民主党が大勝し、悪夢の4年が現実となった今は、そんな悠長なことは言えない。
ろくでもないのを総理にしてはならない。そんな餘裕は今の日本にはない。鳩山と菅だけで充分だ。こいつらのやった国家的マイナスを取りもどすのにこれからどれほど時間がかかることか。

とにかく安倍が勝ってくれてよかった。解散が待ち遠しい。やっと悪夢の4年の出口が見えてきた。

政権与党の代表撰びよりも、野党の総裁選のほうが大きな話題となり、号外まで出ている。
それが今の日本だ。
そしてまた、早くもアサヒ、マイニチは、安倍叩きを始めている。こいつらの腐った根性は……。
日本の最大の敵は日本にいる。



石波の隣に石波を尊敬するという三原じゅん子が目立つ形ですわっているのに笑った(笑)。(【後記】──その逆隣には片山さつきがいると気づいた。)
安倍の隣では高市早苗が、なんだか我が事のようにわくわくしつつはしゃいでいた(笑)。

三原じゅん子も、もうすこし深く考える頭があったら、尊敬しているという石波や親しい野田聖子のインチキを見抜けるのだろうが、まあそのへんが限界か。三原じゅん子レベルの自民党員が石波を熱烈に支持したのだろう。なんで石波のインチキを見抜けないのか、わからん感覚だ。

ともあれ、あんなのが総理にならないとわかってほっとした。長い長い12日間だった。やっとぐっすり眠れる。
石波はまた自民党を脱けて、かつて新進党で一緒に行動していた小沢の「国民の生活が第一」にでも入ったらいいんじゃないの(笑)。

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【追記】──当選後のあれこれ──18:30

・総裁就任演説の最初で、この3年総裁だった谷垣を讃えたのはえらいな。拍手に包まれ、谷垣もうれしそうだった。そういう礼儀をきちんとしているのが安倍の魅力でもある。前回の総理就任時とちがって(今回は自民党総裁就任で総理大臣ではないが)、男の自信に満ちている。ひとまわり大きくなったのがよくわかる。

・テレビ朝日は早速朝鮮人にインタビュウ。「極右の安倍が総裁になって心配だ」という朝鮮人の声を伝える。どこの国のテレビ局なんだ。なんで新たな自民党総裁が決まったら、朝鮮人にインタビュウなんだ? 狂っている。

・安倍は早速「石波を重用する」と言ったらしい。ネット新聞はみなそれをトップニュースにしている。ああいう結果なのだからしょうがないのか。
しかし安倍の次ぎに石波がなるかも知れないし、そのとき石波は前総理の安倍を重用しないだろう。だったら今回は自分と意見を同じくするメンバーで脇を固め、石波を弾くことは出来ないのか。まあ出来ないのが自民党政治なんだろうな。 くだらんバランス感覚だ。
惜敗であれ石波は意見を異にする敗軍の将だ。ここは第一線から身を引いて捲土重来を期すのが本来の姿だ。アメリカもロシアもシナもそうだ。ところが日本の自民党政治は、その敗軍の将を重用するのだよねえ。わからん。派閥の力学とはそんなものか。

・秋葉原での演説でも盛りあがった熱烈に安倍を応援してくれた麻生太郎の処遇はどうするのだろう。麻生一派の誰かを入閣させるなんてことではなく、麻生を外務大臣にするとか、そんな起用はないのか。

・Twitterを覗いたら、フォローしあっているひとがみな安倍総裁誕生を祝っていて、ひさしぶりに「Twitterもいいな」と思った(笑)。

Twitter話──自分を「JAP」と名乗る自称愛国者に呆れる──チョンやチャンコロを使わない基本姿勢

Twitterでのハンドルを「JAPJAPJAP」と名乗る人からの「フォロー通知」が届いた。
みなさんがどうしているのかは知らないが、私の場合、Gmailが「××さんがあなたをフォローしました」と知らせてくれる。最初にそういう設定をしたのだったか。2年前なのでもう忘れてしまった。
ほとんどTwitterはやっていないが、そういう連絡が来ると、フォローしてくれたひとのツイートを確認に行く。いくつかのツイートを読み、せっかくフォローしてくれたのだから、相手の意見に納得が行けばフォローを返す。



愛国者を名乗っているひとだった。政治的な意見は私にちかいのかも知れない。だがその前に、私にはどうにもその「JAPJAPJAP」というハンドル名が容認しがたかった。
日本人は比較的こういうことに鈍い。もうずっと前だが、フランスで「JAP」というファッションブランドを立ちあげようとした日本人デザイナーがいた。在仏日本人の猛烈な反対にあって諦めた。本人は、なぜそんなに反対されるのか、最後まで不本意なようだった。発想そのものが狂っている。朝鮮人が日本で「チョン」というブランドを、シナ人が日本で「チャンコロ」というブランドを立ちあげようとはしないだろう。それと同じだ。

この「JAPJAPJAP」というハンドル名は、それこそ在日朝鮮人が自分のことを「チョンチョンチョン」と名乗るのに等しい。そんなバカなことをする朝鮮人はいない。

同じく、こんな名を名乗る日本人の愛国者がいるはずもない。このひとのツイッターの中身は読んでいない。確認以前の問題だった。



1970年代後半、つのだひろは「Japs Gaps」というというバンドを組みアメリカ進出を企てていた。来日した、当時クロスオーバーのギタリストとして人気絶頂のラリー・カールトンに相談した。どのような戦略でアメリカ進出をすべきかと。

ラリーが開口一番言ったのは「バンド名を替えろ」だった。「Japs Gaps」なんてバンド名は絶対にアメリカでは受けいれられないと。Japs Gapsをかっこいいバンド名と思っていたつのだの無智が見える。

「Japs Gaps」を、いま日本で人気があるらしいKpopの日本語バンド名とするなら、「チョンの缺陥」である。そんな名前の朝鮮人バンドが日本で人気を博することはあるまい。そもそも朝鮮人がそんな屈辱的なバンド名を名乗るはずがない。しかしつのだのやったことはそういうことである。いかにつのだの感覚がズレていることか。ラリーの指摘は至極もっともだった。

アメリカ人は、自分達のことを「Japs Gaps」と名乗る日本人のバンドを、まずその名前からして受けいれないだろう。それがラリーの意見だった。在米日本人からも一斉に反撥されたろう。つのだが井の中の蛙であることをよく表しているエピソードだ。
しかしまたそれが日本人の島国根性でもある。そんな諧謔が異国人に通じると勘違いしている。冗談になっていないのに洒落ていると思い込んでいる。つのだは「Jap」と「Gap」と韻を踏んだそのバンド名が気に入っていたのだろう。

念のために書くが、今のつのださんは国士であり立派な考えの持ち主だ。ユーモアもあり親切で、とてもすばらしい人である。でもそのつのださんでも当時は「Jap」に関しては、こんなに認識が甘かった。



かくいう私も欧米に行き、やつらに時に眉を顰め、時に薄ら笑いを浮かべて「Jap!」と呼ばれるまで、このコトバの屈辱度合には鈍かった。日本にいるときは単にJapneseの省略形ぐらいにしか感じていなかった。
「JAPJAPJAP」なんてハンドル名にして悦に入っている人も一度経験するといい。ヤツラにそう言われたとき、言いようのない屈辱と、殺したいほどの憎しみを感じる。それほど差別語というのは強烈だ。



私は、シナ人をチャンコロと呼んだり、朝鮮人をチョンと呼んだりはしない。書いたりもしない。
Twitterと距離を置いたのにはいくつかの理由があるが、あまりにこの種のコトバが溢れていたことも一因になる。

シナにも朝鮮にもきっちりと意見を言わねばならない。まあ言っても通じる相手ではないが、それでも諦めたら負けだから、言い続ける必要がある。そのとき安易に蔑称を用いてはならない。そういう場だからこそ冷静に、マナーを護る。私はTwitterに溢れる安易なチョンとチャンコロに辟易して距離を置いた。そこには人間性が出る。

ネトウヨというコトバの定義はわからないが、Twitterに、基本的な智識ももたず、ただひたすらチョンだチャンコロだと汚いコトバを喚いて自己満足に浸っている連中が多いのは事実だ。

私は彼らの「竹島は日本の領土だ」という意見よりも、その前にある「チョンなど叩き殺せ」にうんざりしてTwitterをやらなくなった。



シナ人に「小日本人」と言われたくない。朝鮮人に「 チョッパリ(豚の足)」と言われたくない。ならばこちらも礼儀としてそれは護る。チョンやチャンコロとは口にしない。あちらにも護らない人が多いが(笑)、情けは人のためならずと同じく、「マナーは人のためならず」だ。彼らに対する礼儀としてそんな汚いコトバは使わないが、同時にそれはそんなコトバを使わない自分の確認でもある。

國旗を燃やさないのも同じ。やられたらやりかえすではなく、モラルのちがいとして、彼らはやっても私達はやらない。それこそがプライドだ。シナ人、朝鮮人は、日本国旗を燃やす自分達の醜さに気づかないのだろうか。かわいそうなひとたちである。

そもそも「倭人」は「チビ」という蔑称だし、「卑弥呼」なんて当て字も不愉快だ。日本人はこの種のことに関して鈍すぎる。

それはシナのことをボロクソに言うネトウヨとかが、「中国」と言っているのにも顕れている。「てめー、ふざけんじゃねーよ! このあなた様が!」と言っているようなものだ。嫌いで否定する相手を、あちらがそう呼べと言っている尊称で呼んでいる愚かさ。



それにしても「愛国者」を名乗る人が、Twitterアカウント「JAPJAPJAP」は酷すぎる。日本を貶める売国奴が名乗るならともかく。

礼儀としてフォローを返すどころか、私はこんなハンドル名は二度と見たくないと「ブロック」というものをやった。今までに3.4回しかしたことはない。へんな商品の宣伝をしてくるヤツとか。



無智は恥ではない。一歩ずつ学んで前進して行けばいい。誰だってみなバカだった。私なんか日教組に毒された「シナ様、朝鮮様、ご迷惑をかけてもうしわけありません。日本は最低の国です。すみませんすみません」と考える若者だった。

しかし無智と無神経はまた別だ。センスの問題になる。直しようがない。そういうひとは何度も同じ失敗を繰り返す。愛国者と名乗りつつ「JAPJAPJAP」とハンドル名にするひとは、どこか壊れている。



いつものよう21時就寝、3時起床で活動を始めた。午前4時から10時ぐらいまでがいちばん楽しい。乗っている。一気呵成、一心不乱の充実した時間。なのに今回はGmailの「{JAPJAPJAP}さんがあなたをフォローしました」によって予定が狂ってしまった。いちばん仕事が捗る時間に、こんなことを書いているのも惨めだ。しかし看過できなかった。

またTwitterが嫌いになった。
Gmailの「フォロー通知」を切ろう。どうやるんだったか。こんなくだらないことで不愉快になりたくない。一日がぶち壊しだ。

「居酒屋店主と妊婦の闘い」に関する私見──無償でも立ち上がるひとはいるというネット的希望!

 昨日のインターネットニュースで最も興味深かったのは「居酒屋と妊婦の揉め事」だった。ひさしぶりに事象を追って午前中たっぷりネットをやってしまった。くだらんどうでもいい話だが、一度関わったなら詳しく知るべしと思う。齟齬のないようきちんと調べてみた。
 
 ネット好きのひとは全員知っている有名ニュースだろうが、ここに来てくれる友人にはそんなものとは無縁のひとも多いので簡単に説明する。

※ 

・妊婦(妊娠4カ月)が亭主と居酒屋に行き、亭主はビールを、妊婦はソフトドリンクを注文した。

・しかしその店は「妊婦の入場おことわり」「ソフトドリンクはありません」だった。そのことは店の前の看板にも明記してあった。

・ソフトドリンクを飲ませろと居すわろうとする夫婦と、帰ってくれという店主でもめた。

 ここまでが第一ラウンド。よくある話である。私の感想は、「看板にもそう断ってあるのだから、行った夫婦が悪い」になる。

 店主の態度にも問題はあり、居丈高だったのかも知れないが、とにかく、気の合わない店なら帰ればいい。それだけである。客には店を撰ぶ権利がある。
 よその店で気持ちよく食事も酒も楽しめたろう。世の中には気に入らないものはいっぱいある。イヤな店には行かなければいい。ほんとにイヤな店なら必ずさびれる。

 くだらないテレビ番組は見なければいいのと同じ。これはテレビ番組が気に入らないとゴネるのと同じ発想だ。
 みんなが見なければその番組は終る。それだけのこと。

※ 

・店主がブログでその夫婦を批難するような文を書いた。これは客商売としてルール違犯かも知れないが、どうやらそのことから、この夫婦にも問題がありそうなのが垣間見える。

・夫婦が自分達の「妊婦ブログ」でそれを晒す。自分達を被害者とし、店のひどさを訴える。

・ツイッターで拡散され、店に批難集中。

・居酒屋ブログがお詫びし、該当文章を削除。

・しかし燃えあがった火は治まらない。 ネット話題としてGoogle急上昇ワードにまで挙がる。
←ここで私は知った

 ここまでが第二ラウンド。これも今時だとよくある話。

 店主がブログで「(妊婦ではなく亭主のほうを)ぶんなぐってやろうかと思った」と書いたのは軽率だが、そのあとに夫婦のことを「まーガラが悪い」と書いていることからも、この夫婦がクレーマー気質で、かなり店主に逆らったのだろうとも推測できる。

 というのは、この「妊婦ブログ」では、妊婦は「そのあと帰宅したが、ショックで寝こんでしまった」とか、「お腹の赤ちゃんに影響がないといいが」とか、やたら自分を弱者として同情を買うように仕向けているのである。そういう方面の連中だと充分に読み取れる。

 そしてまたこのブログでは、店主が彼らを批難した文章を引用しているのだが、そこから上記の「妊婦ではなく亭主のほうを」や「まーガラがわるい」は削除され、自分達はガラがよく(笑)、店主はかよわい存在の妊婦をぶんなぐろうと思ったかのようにイメージ操作している。

 この店主にも問題はあるのかも知れないが、合わないことは一瞬でわかることだ。そういう店で自分達の我を通そうとした方がまちがい。帰ればよかっただけの話。
 
 ここで終る話だが、ツイッターで煽るひとがいて拡散され、店のブログは炎上する。このツイッターの煽りはどうやら当事者らしい。話題になるとすぐにアカウントを削除して逃走した。しかし炎上は放火魔が去ったあとも続く。
 あまりに「なんてひどい店だ!」と盛りあがりすぎたので、もうひとつの展開が生まれる。

※ 

・なんか奇妙だと調べたひとが、「妊婦ブログ」は元々存在していず、今回のクレームと拡散のために急遽設置されたもののようだと分析して意見表明。

・拡散するために大活躍したツイッターアカウントは妊婦夫婦当人ではないのか、という疑惑。

・これは気に入らない店をインターネットで攻撃するための方法であり、ツイッターで拡散し、この店を批判したひとは、この夫婦に踊らされただけではないか、との意見が出る。

・「妊婦ブログ」は記事を消して知らんふり。あやしさ満開。

 これが今の状態。真実はこの通りだろう。
 粘着気質の夫婦が、居酒屋を追いだされて不愉快だったところに、その店主が自分達とおぼしき客を批難する文章を店のブログに書いたのを見かける。反撃するためにそれ専用のブログを設置し、自分達を実際以上の被害者にして、ネットの力で気に入らない店を攻撃してやろうと企てたのだ。するとそれに便乗して「こんな店は許せん!」と怒る人々が連続した。
 まことに今風のインターネット時代的な事件である。事件てほどのものでもないか(笑)。

 それのまとめサイト、togetterも見たが、もろに「妊婦さんかわいそう、この店主、ぜったい許せん!」と居酒屋を口汚く罵っている連中が集っていた。こういうのを烏合の衆というのだろう。バカ丸だし。

 この件に興味のあるかたは「居酒屋 きの字」で検索してください。ネットには事細かな情報が読みきれないほど溢れています。

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 私がこのニュースで感じたのは、「いやな時代だなあ」だった。

「妊婦側」だけに立ち、踊らされるままに意見を言うと、「客に威張るイヤな店があり、今までだったら泣き寝入りの弱い立場だった客が、インターネットやツイッターという場を得ることによって、強い立場の店に反撃をした。弱者の反撃が可能な時代になった」になる。つまり「いい時代になった」である。

 しかし客観的に見れば正体は見えてくる。
 問題となった居酒屋ブログの文章は、「亭主のほうをぶんなぐったやりたくなった」「まー、ガラが悪い」とある。妊婦側のブログではそこの部分を消し、弱者である妊婦が殴られそうになったかのように被害者イメージを強調している。

 客商売なのに「今日来たイヤな客」ということで、それをブログに書く店主にも礼儀としての問題はあろうが、他者の文章を引用するとき、自分達に都合の悪い部分をかってに削除するだけでもう意見を言う資格はない。

 それと、この店主は毎日ブログに日記のようにしてイヤな客のことを書いているのではない。酔って暴れたヤクザもいたろうし、店の中をゲロまみれにしたようなのもいたろう、でも書いていない。が、この夫婦のことは書いた。そのことからもこの妊婦夫婦の特殊性が見える。私はこの亭主の店主への絡みはかなり執拗だったと読んでいる。


 ここには私の嫌いな「こどもたちの未来が」と喚いてはデモ現場でこどもを前面に出している母親や、大きなお腹を武器として突きだしている連中と同じにおいがする。この女も「妊婦」を特別なものと勘違いしている。
 
 店は「妊婦はお断り。酒の店なのでソフトドリンクはない。食事だけのひともお断り」と明言している。店の前の看板にも書いてある。かなり乱暴ではあるが、酒飲みにとって、酒を飲む店に妊婦にいられたら愉しくないのは事実。ここは凝った日本酒を飲ませる店らしい。そういう店で水を飲む妊婦がいたら白ける。

 私が亭主だったら妊娠している女房をそんな店には連れて行かない。気づかずに入ってしまったとしても、確認したら出る。ちがう店に行く。ただそれだけの話。
 私が妊婦だったら(笑)、そんな店だと解った時点で「あなた、出ましょうよ」と言って出る。これまたそれだけの話だ。揉めようがない。

 なのに揉めた。店主がブログに書いたということは、書かずにはいられなかったぐらい一日でいちばん印象的な、不快な出来事だったのだ。この夫婦が粘着質であることはまちがいない。



 親しくして頂いているIさんはまったくの下戸だ。奥さんは飲める。 三人で飲むとき、Iさんはソフトドリンクを頼む。今回のような店で「そんなものはない」と言われたら、「ああ、そうですか」と店を出る。それだけの話。というか、入る前に確認するが。

 私も、父が肝臓を悪くしたとき、願を掛けて丸2年間禁酒した。酒席には今まで通りに出たが一滴も飲まなかった。競馬の帰りなど、仲間と居酒屋にも行った。酒を避けていたら禁酒ではないと解釈していたから酒席を避けることはしなかった。
 当時の私もそんな店に行ったら追いだされるわけだが、それにはすなおに従う。入ったこちらが悪い。あちらにはあちらの経営方針がある。そこにこちらの事情を押しつけるのは的外れだ。「父が肝臓を悪くしたんです。その父の快気を願って禁酒してるんです。オレンジジュースを飲ませてください」と言ったって、店はそんな父と私の事情など関係ないし、オレンジジュースはおいてないのだから「ない」「出せない」としか言い様がない。この私の場合と今回の妊婦の場合にいかほどの差があるのか。 

 それ以前に、酒は気分のものだ。「妊婦の客、お断り」という店にむりやり妊婦が居すわってもつまらないだろう。「こんな店、ぜったいに来ないぞ」と腹の中で毒突いて出ればいいだけだ。 

 ところがここには、「そういうあなたたちの考えはまちがいだ。妊婦が現実にここに来ているのだ。妊婦をもてなせ。ソフトドリンクを出せ」と強要する感覚がある。 それが臭い。

 まあこの夫婦と私は何を話しても一切通じるものはないだろう。まちがいなく社民党なんかが好きなバカサヨクであろう。なぜそう思うのかと問われたら嗅覚としか応えようがない。

「てんかんにも運転免許を取らせろ」と同じ臭いだ。 

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 短文のつもりなのについつい長くなってしまった。言いたかったことはシンプルだ。急いでまとめる。
 この「妊婦夫婦」に踊らされて、ツイッターで拡散し、この居酒屋を叩くことに快感を感じているデモ群衆みたいなのとはちがって、冷静に、「この妊婦ブログ、おかしいですよ!」と注意喚起をしてくれるひとがいたのである。そのことのうれしさを書きたかった。

 今までなら、それをしてくれるのは「居酒屋の友人」だった。あるいは肉親だった。それ以外にはいなかった。
 それが、まったく関係のないひとが、純粋に事象を判断して、「これはおかしい」と長文で意見を述べ、きちんと現象を分析し、ネット上で意見を表明してくれたのだ。
 
 「妊婦ブログ」に賛同し、便乗し、口汚く居酒屋批判を始めたのが妊婦夫婦とは無関係の一般市民なら、その奇妙さ、矛盾点を指摘して、居酒屋を庇うために立ち上がったのもまた居酒屋とは他人の人々だったのである。その正義のありかたが私には気分が良かった。


 思い出すのはあの「買ってはならない」である。サヨク週刊誌「週刊金曜日」が仕掛け、愚かな市民を洗脳した悪辣な企業テロにも、すぐに「『買ってはならない』は買ってはならない」という反論の声が挙がった。私はあのとき、まだまだ世の中すてたもんじゃないと安心した。

 今回も同じ。こういう仕掛けで煽動し、ツイッターで盛りあげ、してやったりとなる仕掛人はいつの時代でもいる。そしてまたそれに踊らされる連中がいる。それこそ孔子の時代、ローマ時代にも、仕掛人と踊らされる連中はいたろう。
 こういうバカは弱者である妊婦側に立ち強者である居酒屋を叩くという勘違い図式に酔っている。
 だが何の益もないのに、純粋な正義感で、「それ、おかしいんじゃないの!?」と立ち上がるひともまたいるのだ。

 言いたかったのはそれ。
 こんな時代だから、粘着質のヤツが、ネットスキルを駆使して気に入らないものを叩くという事件は今後も起きるだろう。それこそ明日は我が身だ。それに踊らされる愚民もまた山といる。反撃するスキルも根性もない私なんか、こんなのに狙われたら何も出来ず泣き寝入りである。泣きながら「おれは悪いことはしていないのに」と愚痴るだけだ。
 
 でもそうではないかも知れない。
「それ、おかしいんじゃないの!」と無償で立ち上がってくれる正義の味方はいるのだ。見ず知らずの他人のために、そんな活動をするひとがいる。
 なんと希望的だろう。
 
 事件そのものはどうでもいいような出来事だが、妊婦側の思うようにならなかったことに私は救いを感じた。

<きっこさん>の煽るマヨネーズ不安──デマの初歩──無智も8万フォロワーの力で真実になるか!?──『美味しんぼ』の画像

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「市販のマヨネーズは日持ちする。防腐剤が入っているにちがいない」ってのは誰もが感じる疑問だ。

私の知る限り、最初にそれに応えてくれたメジャーなものは『美味しんぼ』だった。来年で連載30年になるマンガのかなり初期のころだからだいぶ前になる。雁屋はそこで山岡士郎の口から、市販マヨネーズの日持ちする仕組み、安全性を説明している。

たしか工場訪問のような場面があったから、雁屋哲自身も疑問を持ち、調べたのだろう。ひたすら大企業や化学調味料や大量生産品を攻撃するサヨクマンガだけど、事実は事実として伝える良識はあるのだなと感じた巻だった。

左巻き全開の気分の悪くなるマンガなので一切読まないけれど、一応全巻もっているから、スキャンしてその場面を載せたいが、さすがに雁屋哲のサヨク思想がちりばめられたあれを、これのためだけに探す気にもなれない。



というか、「マヨネーズはなぜ常温で日持ちするか」は、かなり常識的な智識だ。<きっこさん>が無智なのである。超有名ブロガーとして、8万人のフォロワーを誇るTwitterとして、いくらなんでもひどすぎるから、指摘が殺到してすぐに削除されるだろう。削除される前に、いかに彼が思いつきで他者を傷つける書きこみをしているかの一例として取りあげておこうと思った。

このひとの醜さは「こども」を使うことだ。「おとなはいい、でもこどもは」という手法は効果的らしい。
「おとなはいい、でもこどもだけは避難して欲しい」「こどもに罪はない」「こどものことを思うと涙がとまらなくなる」

「あたしにこどもがいたら」って(笑)。

きちがいサヨクの雁屋哲も、こういうひとと比べるとまともに思えてくる。



「買ってはいけない」を思い出す。サヨク雑誌「週刊金曜日」に連載され、単行本となって大ヒットしたあれだ。
「正露丸」の日局クレオソートを工業用のクレオソートと混同して、「電柱に塗ってある虫もちかよらないあんなものを躰に入れたらたいへんなことになる」とやったのを今も覚えている。基本は無智だが、それにあぐらを搔き、調べようともせず、それでいて高所見地からの意見なのだからおそれいる。そしてまた、それに踊らされるひとがいる。

無智なまま不安を煽り、本にすればより無智な連中に買われて信じられてしまう。悪質な「企業テロ」だと言われた。現在のTwitterによる「不安を煽るデマゴギー」の先駆か。
<きっこさん>もカップヌードルとかに企業テロをやっては失敗してきたようだが(笑)。

そういや日垣隆というひとの名を覚えたのは、文春に載った「『買ってはいけない』は嘘である」だった。1999年だから、日垣さんが表舞台に出てきたのはこの年なのか。

『週刊文春』はこのあとの編集長(野中広務の後援会長の息子)からおかしくなってゆく。「疑惑の銃弾」のころから読み始め、このころはまだ毎週待ちかねて買っていた。「週刊金曜日」のデマを真っ向から否定する姿勢に拍手を送ったものだった。いまはたまに立ち読みする程度。去年の『週刊新潮』と連動しての橋下叩きは醜態だった。



さすがに<きっこさん>も赤っ恥搔いてすぐに訂正するだろうけど、9万人ちかくのフォロワーの中には、これを見て「そうよねえ」「そうだよなあ」と、今日からマヨネーズを毛嫌いするようになるひとがいるのだろう。それが悪質デマの基本であり、また「だまされる人」の基本だ。

下の「白井由佳さんのTogetter」にも書いたけど、こういうものに染まるひとはなにをやっても染まるから、それはそれでしかたないのだろう。他山の石とするしかない。


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【追記】──『美味しんぼ』第34巻「サラダ勝負」より、マヨネーズは安心!

調べてみたら第34巻でした。『美味しんぼ』は全100巻だから、前半ではあるけれど、もっと前かと思っていたので探すのに手間取りました。
画像を貼るのは違法でしょうが、『美味しんぼ』が正しいとする内容なので許してもらうことにして。



まずは<きっこさん>みたいな無智なおばさんが登場して吠えます。

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と、きたない顔のヒステリーおばさんが、<きっこさん>みたいな疑問を呈します。

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<きっこさん>みたいなことをわめくわけです。<きっこさん>もこんな顔でしょうか。ちょっと男っぽいですね。



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<きっこさん>の「あたしに子どもがいたら」と同じ発想ですね(笑)。

このおばさんにはこどもがいます。<きっこさん>にはいません。
しかしこのおばさんとセックスしてこどもを作る男はどんなひとなんでしょう。わしゃ勃たん。



すると、

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と、無智はすぐに染まってしまいます。8万フォロワーにもいることでしょう。なんという単純さ。

「こどもにでもわかる当たり前のことなのに」ってセリフが笑えます。雁屋哲らしい(笑)。
こどもでもわかる当たり前のことを、そうじゃないんだよと教えてあげるのがおとなですね。

だいたいにおいて、「この世からすべての武器をなくそう」「戦争をやめよう」「国境をなくそう」「人類みんなでなかよくやろう」のような「こどもでもわかる当たり前のこと」は真実です。「差別をなくし、誰もが公平に、収入はみんな同じ」っていう共産主義も正しい。
でもそれでは生きられないのがニンゲンというたちのわるい生物です。

こどもってのはバカです。どうしようもない未熟で愚かな存在です。世の中を知らないから。
こどもを礼讃するのは醜いおとなの手法ですね。それによって歪められた醜いこどもも誕生します。
こどもこどもって言うおとなには気をつけましょう。
そういうひとは「こども」を「手段」にしているだけです。そういう「おとな」に利用される「こども」ほどかわいそうなものはありません。



そこに何でも知っている正義の味方が登場。まあこのひとも、Macの礼讃を始めたり、「支那そば」という名称を否定し始めたりするとたちがわるいひとなんだけど(笑)。

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あとは『美味しんぼ』34巻をお読みください。
まあどうでもいい話だけど、<きっこさん>よりは、今回は『美味しんぼ』のほうが正しいと、私は思っています。

<きっこさん>のTwitterに異変!?──なんかちょっとヘン、心配だ!──みなさん、ぜひ読んでみてください!

私が、心から尊敬し崇拝し猴ОΝ瓩魎兇犬討い襪たに、高名なブロガーの<きっこさん>がいる。文筆家として俳人として類い希な才能を発揮している現代の奇蹟とも呼べる美神であり才媛である。
私も一応モノカキのハシクレなのだが、私の文章のほとんどは<きっこさん>の模倣だ。影響を受けた作家を問われたら、真っ先に、そして唯一<きっこさん>の名を揚げる。私はいまも<きっこさん>にすこしでも近づけるよう日々精進している。

それと、これはちょっと恥ずかしいのでちいさな字で書くが、そういう憧れから、いつしか<きっこさん>に恋心を抱いているのも事実だ。毎晩<きっこさん>のことを想像して……。

ところがなにがあったのか、ここのところ<きっこさん>のTwitterが今までと雰囲気がちがう。

なにがあったのだろう。心配だ。アンチからの妨害工作でもあったのか。クソ田舎者便所虫が私のマドンナになにか不愉快なことをしたのかと思うといてもたってもねてしまう。痔は立ったまま眠っている。
8万人もいたフォロワーがなぜいきなり13人に減ってしまったのだろう。私は<きっこさん>信者としてすぐにフォローさせていただきました。14番目。ブロックされても文盲です。

みなさんも是非<きっこさん>のtwitterを読んでください。下のリンクをすぐにクリックしてください。<きっこさん>の力になるためにフォローしてください。
気づいたことがあったら教えて欲しい。<きっこさん>は変節したのだろうか。それとも覚醒したのか。気になってならない。いったい何があったのだ!?

蒼ざめたきっこを見よ! 

00twitter.jpg<きっこさん>のtwitter

Twitterのフィッシング詐欺──Hello... some person is posting very bad stuff about you

twitter


ツイッターにダイレクトメッセージが着ているとGmailが教えてくれた。
英文である。

Hello... some person is posting very bad stuff about you

送り主は日本人。DMが来るぐらいだから相互フォローである。とはいえ、どういうかたか詳しくは知らない。
なぜ英文なのだろうと考える。これは私に忠告してくれているのだろうか。遠慮して英語なのだろうか。

送り主のサイトに行ってみた。レストランを経営しているかただった。どう考えてもこのかたが私に上記のような英文を送ってくるとは思えない。これは悪質なウイルスとかなんか、そんな関係なのだろうと判断して削除した。
昨年いちどそんなのに巻き込まれたことがある。あれも英文だった。



それが朝。
昼になって、あるかたから私の名でそれが送られてきていると連絡が来た。私を責めるのではなく、「アカウントがあぶないようです。気をつけて下さい」と注意してくれた。

これには戸惑った。たしかこの種の問題は、そういう英文をRTかなんかすることによって起きるのではなかったか。私はすぐに削除している。なのになぜ。

そのあとすぐ、Twitter本部?から、「あなたのアカウントが乗っ取られている可能性が高いのでパスワードをリセットしました。あたらしいパスワードを設定してください」とメールが来た。
いまあたらしいパスワードを設定したところ。



いやはやたいへんである。
Twitterに夢中ならまだわかるのだが、私はすでに昨年11月末でやめている。
昨年春に始めてすぐ自分とはあわないと解った。あわない流行りモノに手を出した自分を恥じた。
止めようと思いつつ止め時を迷っていたのだが、とんでもなく頭の悪い癇癪女と関わってしまったのをきっかけに、そんなのと関わった自分に腹立ってスッパリやめた。

shima3-green.jpgただ、140字勝負だと思っていたので、字数を計算し何度も書き直して、一所懸命書き込んだものもあるし(そもそもこのへんからしてTwitterの使い方を間違えている気がする)、愛猫の写真に日の丸を組み込んだ画像に未練もあったので、アカウントは削除しないままだった。

いまは連携しているこのブログの「アップ自動お知らせ」としてだけ機能している。私は書き込んでいない。
それがよくなかったのか。毎日何十も書きこむようなひとは乗っ取られないのか。
そのへんの事情はどうなっているのだろう。
いや、昨年同じような問題が起きたときは、けっこう毎日書き込んでいた時期の気がする。
するとそれは関係ないのか。何をしていようとターゲットにされたらおしまいなのか。



Twitter本部はパスワードを、「アルファベット、数字、記号を組み合わせた盗まれにくいものにしろ」と言うが、そんなことは重々承知なので、私はそのみっつを組み合わせて作っている。それでも乗っ取られるのではこれ以上対処のしようがない。

私の名で上記の英文が送られて来たというかたがいるかもしれないが、そういうわけですのでご理解ください。私にはもうどうしようもありません。どんな形で荒れ他人様に迷惑を掛けるのはいやなので、もう一度こんなことが起きたらアカウントを削除するつもりです。

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【附記】──フィッシング詐欺の説明 16:56

このブログがとても叮嚀にフィッシング詐欺について説明してくれています。心当たりのあるかたはぜひ読んでみてください。

該当ブログ主様、無断リンクをお詫びします。役立つ情報をありがとうございました。



【附記.2】──30件ほど 23:41

今日はこの事件があったので、今年初めてTwitterをやってしまいました。といっても信じているふたりとだけですが。
いまMensionというのですか、それを開いたら、30人前後のかたが(面倒なので数えません、それぐらいでしょう)、私に上記赤字の英語メッセージを送ってきていました。被害者は多いようです。

ひとつひとつ削除するのは面倒ですが、身を引いているTwitterとはいえ、こんなものが残っているのは不快ですからやります。
この種のものとは、みなさんと力を合わせて闘かうしかありません。みなさんも、あらためて、気をつけてください。私も細心の注意を払うようにします。

ツイッター考──談志訃報に便乗する安易なブログ文章

日本人は死んだらみな神様にする。死んだらみな許す。

だから在日朝鮮人のプロレスラー長州力が、敵対した相手に「あいつらが死んだら俺が墓に糞ぶっかけてやる!」と言ったのは新鮮だった。日本人だったら「ぶっころしてやる!」までだ。墓に入ったらもう許す。墓に入っているのにさらに糞をぶっかけはしない。朝鮮人の感覚がよくわかる名言、いや迷言だ。いまだに豊臣秀吉を恨んでいる民族だから墓に糞もぶっかけるだろう。



しかしまた日本人は、死んだらみな知らない人まで追悼せねばと勘違いしている。仲間外れにする村八分も「火事と葬式」だけは別物だ。だから八分。死んでしまうと生前のことはすべて水に流す。すべて別扱いになる。

談志が死んだからと、あちこちで追悼が始まった。それはそれでいいのだけど、こういう場合、必ず話題に便乗してくるヤカラが出現する。それもまたそれで日本の風習みたいなものだからしかたないとは思うのだが、自分のTwitterにも関わってくるとカチンとくる。思わずつぶやいた。

danshi


RTされてきたので出かけてみた。「師匠の言葉は深い」とか、いかにも物知り気なので、ほんまかいなと確認だ。すると、どう考えても談志の落語など聞いたことのない無名女タレントが、「死」という話題に便乗してネタにしていただけだった。引用されている「師匠の言葉」は、その辺の追悼記事から探してきたのだろう。

これはこれでかまわない。文才もなくブログネタにも困る無名タレントにとって立川談志を追悼することでアクセスが増えれば御の字なのだろう。勝手にやってくれ。だけどこんなのを何も考えず機械的にRTしてくるフォロワーにはうんざりする。なんと安易なのだろう。なんとセンスが悪いのだろう。
私がフォローを外すのはみなこのパターンだ。RTには人柄とセンスが出る。

アメトークの関根勤批判──への批判──KARA大好き芸人を擁護する!

【芸スポ萬金譚】に書いた「アメトーク関根勤批判──への批判──KARA大好き芸人を擁護する」という、どうでもいいバカネタがある。程度の低いテレビネタだったのでここにはリンクすらしなかったのだが、右翼街宣車が在日朝鮮人サヨクによる右翼のイメージダウン作戦であるように、あれもまた仕掛けられた「ネトウヨイメージダウン作戦」なのではないかと推測して追記したりしていたら、意外に本気の長文になってしまった(笑)。のでリンクする。

しかしまあこの下の写真を見ると、日本はどこまで堕ちて行くのだろうかとかなしくなってくる。でもそれとこれの否定はまた別の話。私は、こういうものがあってもいいと思っている。

ametalkkara


Twitterをやっているとツイートのレベルの低さにうんざりすることが多い。
ネトウヨと呼ばれる連中には、ひたすら汚いことばで朝鮮人を罵り、それで日々のストレス発散にしているようなのがいる。内容以前にその汚い言葉使いで読む気を失くす。
民主党やテレビ局に抗議電話を掛けるのが日課の主婦もいる。「さっき××にかけた。よし、これから▲▲にかける」などと意気込んでいるのを見ると、このひとの家庭はだいじょうぶなのかと心配になってくる。

今回のこれなど「朝鮮人アイドルを讃える番組」で、趣旨に添って「朝鮮人アイドルを讃えた芸人」に批判殺到なのだからかなりへん。気に入らないものはなんでもかんでもイチャモンの世界である。もしもどうしても批判したいのなら、その対象は、番組趣旨に添った発言をした関根ではなく、こういう番組を作ったテレビ局であろう。
まあそのレベルの低い世界に関わっているのだから、私もそれらと同レベルのネトウヨなのかも知れないが……。

ネトウヨの定義は様々だ。ただそれがネット上だけのウヨクを指すのなら、私は靖國神社へも参拝しているから「ネット上」だけではない。

もっとも今回のように関根勤発言を擁護し、KARA礼讃番組を認めるのだから、ネトウヨにはネトウヨとすら認めてもらえないだろうが。

尾崎豊「卒業」の想い出──友人Nの命日をまえに──ATOK話 織田哲郎の魅力

Twitterに以下のようなことを書き込んだ。

ozaki


この歌が発売されたのは1985年の1月らしい。初めて耳にした時のことはよく覚えている。
旗の台のアパートにいた。昭和大学病院の近くだ。深夜、ラジカセからこの歌が流れてきた。見知らぬ歌手の初めて聞く歌だった。声もいいし歌もうまい。私は三連符のこの種の曲が好きだから思わず耳を傾けた。歌詞内容にも注目した。そんなこともめったにないから、それはそれでよく出来た曲なのだと思う。ほんの数回しか聞いたことはないが今もメロディが残っている。たぶんカラオケで歌えと言われたら「ほぼ」歌えるだろう。歌わないけど。



心に残るメロディはひとによってちがう。ほんの数回しか聞いたことがないのにほぼ覚えているのだから「卒業」のメロディは私好みだったことになる。

▼日本の三大メロディメーカー

小室哲哉というひとは「日本音楽史上シングル盤売り上げ三大作曲家」なのだとか。今までの売りあげ順は、筒美京平、小室哲哉、織田哲郎になるらしい。筒美はグループサウンズから郷ひろみ、Kinki Kidsまでぜんぶ知っている。南沙織の曲を始めやたら盗作が多いが、それもまあこのひとの味だ。クリーム(クラプトンね)のベースラインから盗んで一曲仕上げるのだから、それはそれで同じ盗作でも近田春夫あたりとはものがちがう。
作家の盒狂三賚困魯ラオケに行くと筒美作品しか歌わないそうだ。こういうカラオケの愉しみ方もあるのだろう。私も筒美京平作曲のヒット曲なら100曲ぐらいは歌える。歌わないけど。
彼の曲は「ブルー・ライト・ヨコハマ」や「よろしく哀愁」のように、譜面にした時の音符の並びがうつくしいのが特徴だ。

筒美は別格として織田と小室の好みの差は興味深い。興味深いもなにも単に私個人の好き嫌いの話だから(笑)、読んでいるひとに「そんなの知るか!」と言われたらそれまでなのだが。
私は織田がヒット曲を提供したアーティストとは無縁だったので何も知らない。無縁というのは、そのころはもうJazzとClassicしか聞かない時期に入っていたからだ。中学生高校生のころは人並み以上に日本の流行り歌に興味があったし詳しかった。大学から二十代後半までは自分が曲を作るために外国音楽を勉強した。この時期の洋楽ヒット曲はよく知っている。同世代のおじさん連中とカラオケをやると、こどものころからこの時代までの歌に関してはあまりにいろいろと知っていて驚かれるほどだ。たしかに小川ローザ(Oh! モーレツのCMね)や風吹ジュンのヒット曲?を歌える人もそうはいない。

そのあとJazzとClassicに走り、邦楽も洋楽も「歌」について完全な無智になった。空白期間。当時から今に至るまで私は日本語のヒット曲をまったく知らない。それこそ「いくらなんでもこのヒット曲は知っているだろう!?」と思うようなものも知らない。だってなんども書いているけど「紅白歌合戦の小林幸子の巨大衣装をただの一度も見たことがない」のだから。一年の半分を外国巡りをしていたこともあるが我ながらこの件に関してはフツウの日本人ではないと思う。もちろん悪い意味です。常識の欠如ね。

そういう私なのに、街角から流れてくる歌や、テレビのCM等で耳にして「いい曲だな」と思うのが結果的にみな織田哲郎の曲だったので、いつしか彼の多くのヒット曲を覚えていた。ZARDが活躍していた時期を知らない。見たこともない。だから私は早世したリードヴォーカリストの彼女に街であったとしてもわからない。ステージを知らない。でもヒット曲のメロディはほとんど知っている。織田作品として後から記憶したからだ。

一方、小室というひとは逆で、彼が安室奈美恵を始めとする一派の大ヒット曲を多く作っているという知識はあり、テレビでも目にしたことはあるのだが、彼のメロディが響いてこなかった。今に至るも彼の曲を知らない。サビですら口ずさめる曲がひとつもない。三大作曲家の2位と3位でこんなに好き嫌いに差があるのかと不思議な気がする。

日本のシングル盤売り上げで記録をもつ三人のメロディメーカーに関して私は、筒美はとても詳しく、織田はそこそこ詳しく、小室はぜんぜん知らないという極端な結果になった。
筒美をとても詳しいのは彼の全盛期に青春時代を過ごしたからであり人生すべてにしみこんでいるが、私の好みとしていちばん好きなメロディは織田作品になる。筒美のヒット曲は世間のヒット曲として押しつけられるように耳に入ってきたが、織田の曲は、私のほうから「この曲を作ったひとは誰なのだろう」と興味を持って接した。この差は大きい。耳にしてもなにも感じない小室作品は問題外になる。



▼ATOKの織田鉄労

尾崎話から三大作曲家話に脱線しているのに、さらにまた脱線。いつものATOK話。
ATOKが「織田鉄労」と旧国鉄の労働組合のような変換をしたのでおどろく。その点、Google日本語入力はやたら人名に強い。一発で正しく変換する。だから私もこの種の文章を書くときはGoogleに切り替えている。「安室奈美恵」だってGoogle日本語入力にそのまま頼っている。自力で書けと言われたら、ぜんぜん知らない人なので書けるはずもない。あ、でも彼女がまだ素人のころ、「元気の出るテレビ」に出たとこは見ているんだけど。「沖縄の空手少女」だったか。

しかし我の強い両ソフトの主導権争いは激しい。Google系のソフトがなんでもかんでも自分をデフォルトにしてしまうのは有名だけど(Appleソフトもすごいね)ATOKも負けていない。Googleで書いていてもいつしかまたATOKに戻っていたりする。Google日本語入力によって正しく変換されていた「織田哲郎」がいきなりまた「織田鉄労」になったので何事かと思ったら知らないうちにまたATOKに切りかわっていた。「このパソコンの日本語入力の正妻はわたし。他の女の存在は認めない!」って感じだ。

ということを今またGoogle日本語入力に切り替えて書いていたら、今度は「鉄労」が変換できない(笑)。
しかたないのでそこのところだけATOKに戻った。さすがにこのことばをGoogle日本語入力に辞書登録する気にはなれない。そりゃまあ今時、旧国鉄の労働組合の略称を使うひともいないだろうから、出ないことは、それはそれでわかるのだが、かといって、それでも困る気がする。
いや私だって個人的文章で「鉄労」なんて使うことはないが、あの毎年タチの悪いストをやった国鉄には今でも怨みがあり、みっつの組合のそれぞれの略称が、動労(国鉄動力車労働組合)、国労(国鉄労働組合)、鉄労(鉄道労働組合)であったことぐらいは覚えておきたい。

もっともGoogle日本語入力は、Google検索で多用されることばを用語として蓄積して行くから、いま「鉄労」が出なくても、今後なにかでそれが話題になり頻繁に検索されたなら、そのときにはすんなり出るだろう。この辺、融通無礙でシステム的には最強である。こんな便利なシステムを無料でやられたら有料商品は太刀打ち出来ない。

無料のGoogle日本語入力、OSを買えばついてくるMS-IMEがある中、今後有料のATOKはどうなってゆくのだろう。長年愛用しているからこそ心配になる。流行語、新語に関しては、毎日辞書更新しているGoogle日本語入力に、一年ごとのVersionUpでは絶対に敵わない。

個人的には、差別語(と呼ばれる一群のもの)を一切入力できないようにしている時点で「言語の入力装置」として終っていると厳しく糾弾したい。それらを使うかどうかは利用者の良識に任せるべきであり、言論統制の御上じゃあるまいし、Just Systemに最初から規制されるのはまっぴらごめんだ。



▼やっと本題の「尾崎豊の卒業」話

「尾崎豊の卒業」の話に戻って。
ラジオから流れてきて初めて聞いた日。いい曲だと思って真剣に聴いていたが、ツイートしたあたりの歌詞で「はあ?」となってしまった。
「信じられぬおとなとの闘い」はわかる。私にだってあった。だけどそれで学校の窓ガラス割って廻るのはただのバカだろう。なんたる甘えだ。それを歌詞にするか? 暴力の方向性をまちがえている。いい声で、歌も上手く、好きなタイプの曲だっただけに、このときの脱力感は強烈だった。いい歌だなあと思っていたものが、いきなり失笑の対象になってしまった。だからこそ強力に刻み込まれたのだが。

発売になったのが1985年の1月21日で、すぐに大ヒットしたらしい。私が耳にしたのは2月ぐらいか。深夜だった。私はこのころはまだ深夜にラジオを聞いていたのか。いや、もう聞いてない。ほんとにたまたまだ。毎日レンタルビデオを見まくって映画の勉強をしていた頃である。同じく、やっとJazzが解るようになって、CDを買いまくり、レンタルビデオ屋の名盤ジャズを借りてきては、解説書片手にせっせと勉強していた。砂地に水の感覚でJazzが染みこんでゆくのが心地よかった。
たぶんそんな中、「耳休め」に珍しくラジオをつけたのだ。その意味では縁があったことになる。



さて、そういう好きでもない古い歌の想い出を今ごろ書いた理由。ここからが本題。

この歌が大ヒットしている頃、私は初めての競馬取材で北海道日高地方に行った。初めて行く冬の北海道が怖くて、札幌の事業家である友人に相談した。大学の音楽サークルの後輩であり、学生時代に親しかったのはもちろん、卒業後も彼が東京に来るたびに会っていた。とはいえそれは年に一度ぐらいになりつつあった。

私は冬の北海道が怖かった。なにしろおしっこも出ると同時に凍ってしまうため、男便所にはトンカチが、女便所には釘抜きが用意されているという信じがたい極寒の地だ。
それはまあこどものころ落語で覚えた冗談だが、じつにもうほんとの話、私は彼に防寒着と防寒靴、防寒帽、マフラー等を宅配便で一式送ってもらったのである。嘘みたいなほんとの話。彼はたぶんあまりに冬の北海道を慄れる私を笑っていたろうが、快く新品を買い揃え宅配便で送ってくれた。いま思うと大げさで恥ずかしい。でも一式詰まった段ボール箱が旗の台のアパートに届いた日をいまも覚えている。感謝した。実際に行った冬の北海道はなんの問題もなく、室内は関東よりも暖かった。トイレにトンカチもなかった。釘抜きのほうは確認していない。とはいえ北海道では温暖な日高地方ではあるが。だからこそ競走馬の生産が可能だった。本来北海道は馬の生産には向いていない。寒すぎる。あれは地域おこしとして始まったものだ。

これを機に、私は毎月のように日高取材に行くようになり、学生時代と同じ交友が復活した。取材が終り札幌に戻ると、いつも一緒に飲み歩いた。
私は二十代のときから北海道には行っていたけれど当然貧しかったから歓楽街は知らない。彼は学生時代からスカイラインGTに乗っていた裕福な学生だったが、このときは早世した父を継いでいくつもの会社の社長になっていたから、よりグレードアップしていた。いわゆる「ススキノ」を案内してもらった。北海道は夏しか知らなかったが冬もまた美味しいものがいっぱいあって楽しいのだと知った。



彼自身も学生の頃から競馬好きだったので、私の日高取材に同行して、一緒に牧場に泊まったりした。彼のクルマ──えーと、なんだっけ、ホンダのいい奴、レジェンドか──で千歳から日高まで走ってくれるのだからありがたい。ベンツを買えるのにベンツでないのがいい。そのとき私は飲み助だからと自重して免許をもっていなかった。後に牧場取材に必要と急いで取ることになる。それからは外国でのドライヴが趣味のひとつになった。

彼からしても、ひょんなことから競馬の仕事をするようになった先輩に同行して、一般ファンでは不可能な憧れの名馬や有名牧場主に会えるのだから楽しかったにちがいない。今も思うのだが、中央競馬会機関誌優駿の取材、というのは強かった。怪しい競馬雑誌には応じないひともみな気持よく話をしてくれた。しみじみ恵まれていたと思う。私は取材に向いていない弱気な「へたれ」であり、それでいて短気だから、冷たい応対をされたら途中で挫折し、この仕事からは足を洗っていたろう。
後に彼は馬主にもなった。親しくなった牧場との半額出資のような形だったけど。

そんな彼とレジェンドで日高に向かう道すがら、なぜか前記「卒業」の話になった。カーラジオから流れてきたのか。彼もCD派だったからラジオから流れてきたのではないと思うのだが……。
とにかくそれが話題になり、私は今回ツイートしたのと同じく、「おとなへの反感はわかるけど、だからといって学校の窓ガラス割って廻られたらたまらんよなあ」と呟いた。すると彼がガハハと大口を開けて笑い、「それはもうまったくそのとおりですね」と言ったのだった。
そのときのことを鮮明に覚えている。どうでもいい歌のどうでもいい感想であるから、他の誰ともこんなことを語ったことはない。だから私にとって「尾崎豊 卒業」の想い出は、彼と交わしたこの会話「たったひとつ」なのである。



その彼が二年前、52歳の若さで突如逝ってしまった。早世した父親と同い年である。なんとも早世の家系というのも残酷だ。15歳年下の奥さんと、まだ高校生のひとり息子を残して……。

その彼の命日がちかづいている。
スポーツ紙に「尾崎豊記念館が取り壊される」とあった。彼が不審死を遂げた民家がひと部屋を尾崎ファンに開放し、彼の遺品を陳列していたのだとか。今回改築することにし、その部屋も壊すらしい。
そのことから「尾崎」「卒業」「早世した友人」と想い出が繋がっていった。

偲ぶことが供養になると思っている。こんな形でも想い出を語ることは彼によろこんでもらえるだろう。そう思って書いてみた。

「とくダネ! TPP問題」でのロンブー淳の中野准教授批判検証──どっちがおとなかな!

すべてはこの「つぶやき」から始まった。

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これの前に「韓流偏重フジテレビ問題」に関して、「イヤなら見なきゃいい。他にもチャンネルはあるんだから」と発言したため、淳は一部のかたがたから敵とみなされ蛇蝎の如く嫌われていた。私はこれに関しても「芸人として一理ある意見」と認めている。それは《韓流偏重フジテレビ問題考──淳とたけしの「見なきゃいいじゃねえか発言」私見》に書いた。



後日挿入部分──私の文章に何度も「フジテレビ韓流偏重問題に、『見なきゃいいじゃない』とTwitterで発言した淳」と出てくるが、彼のTwitterを読んでいない私は、又聞きで正確な表現を知らなかった。今回の件で検索し、正しくはなんと言ったのかわかったので貼ります。このように言ったようです。

atsusitweat




今回のこれはそれに続く第2ラウンドである。



今朝方(10/28早朝)「フジテレビとくダネ!のTPP問題──ロンブー淳の中野剛志批判」と題する文章を書いた。
中身は、要約すれば「中野准教授の意見は100%支持するが、テレビ出演者としての態度には問題があり、淳の指摘は妥当」というものだった。

私はTPPに反対である。Twitterでやりとりしているかたがたもみな反対だ。同好の士が集まっているのだから当然だけど(笑)。
中野剛志というひとを、テレビのない生活をしている私は知らなかったが、反TPPの論客としては有名だそうで、その中野准教授を批判したということから、私の読むTwitterには、淳をボロクソに罵るツイートが連発した。

私は反TPPなのに、中野准教授の態度を批判し、フジテレビを擁護した淳(私は擁護とは思っていないけど、「嫌なら見なきゃいいじゃん」と言ったのは世間ではそう解釈されているらしい)のツイートを支持したものだから、浮いた存在となった(笑)。だいぶTwitter仲間を失った。



自分の判断には自信があったけど、文章をアップした後ふと浮かんだのは「淳はTPP賛成なのか!?」という基本的な疑念だった。なにしろ「佐高信と筑紫哲也を尊敬している」らしいから(by Wikipedia)、私とは思想が違う。なにを考えているのかわからない。
彼がTPPに賛成で、政治的意見として反TPPの中野准教授を批判したのなら、その思惑を見抜けず淳を支持した私はアホになってしまう。確認せねばならない。

ただ何度読んでも彼のツイートは、テレビに出演している芸人の視点から、ワイドショーのコメンテータ中野剛志の「態度批判」であり、TPPは関係ないように思えた。



しかしこれは意見らしきものを書いた責任として確認せねばならない。今夜、私は検索してロンブー淳のTwitterに出かけてみた。

以下は、そこで目についた彼のツイートの抜粋である。この件に関してアンチ淳から多くの非難が寄せられ、「死ね!」と書かれたりしているのに、しっかり応対しているのは肝が座っている。まあTwitterで「死ね」と書かれても怖くはないが(笑)、気分は良くないよね。

こういう形でツイート画像を羅列するのは失礼かと躊躇した。それでも文章のみをコピーして貼るより、Twitterそのものを示したほうが説得力があると判断した。けっこう手間暇がかかった。それは乗りかかった船だからしょうがない。彼を悪し様に罵ったひとは心して読んで欲しい。ピックアップしたこれらのあいだに口汚い非難が数多くあるのだが、彼はめげることなく応対している。



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このやりとりから、やはり「TTP賛成」だからではなく、出演者の態度への意見だとわかる。



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中野准教授のあの態度は戦略ではないかという意見に応えて。
この意見はネット上にも多かったが私はそうは思わない。YouTubeで彼の他のファイルも見たが共通している。あのチャカチャカした態度は性格であり、彼のキャラクターだ。戦略ではない。
ここで淳は、戦略なら、それはそれで効果があったのかなと感想を述べている。



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例の「フジテレビ韓流偏重問題」からの流れ。「イヤなら見なきゃいいじゃない。チャンネルを替えればいい」発言から、「イヤなら見るな」の返し。これは私の読むツイッターでも頻出していた。
フジテレビを批判しているひとに対して淳が「嫌なら見なきゃいい」と言ったことに対して、今回の件で得意げにこういうことを書きこむのは幼稚だ。でもそれにも淳は「チャンネルを替えました」と自然に応答している。



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これがいちばん知りたかったこと。淳はTPP賛成でも反対でもない。まだそこまでいっていない。このことからも「中野准教授批判」が「テレビ出演者としての態度」に対するものであることが判る。



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チャンネルを替えた自分への反省。しごくまともなやりとり。



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淳のツイートから盛りあがったことへのお礼に対して、「もういちど見てみます」と、ここもすなおな対応。
この件に関する附記で書いたが、私も今朝見なおしてみた。すると昨日初めて中野准教授を見た時よりもずっと反感が減っていた。慣れたからだ。

たぶん淳も中野准教授を知らなかったのだろう。初めて見て、「なんだ、こいつのこの態度は!」と不快を感じたのだ。もういちど観たらきっと私と同じように、「それほど腹も立たないか」と思ったろう。それでも中野剛志というコメンテータの態度は褒められたものではない。しょうがない、ああいうひとなのだ。



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詳しくないTPP問題を、これを機会にしっかり勉強すると宣言。最初、感情的なレスをした相手に対して。「恐縮です」と言わせた淳の勝ち。誤解を生じさせた自身のツイート文に対する反省も見せている。



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また中野准教授のあれが「演技」だったのではないかという話。



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いまフォロワーからアンケートを採ってTPPの勉強をしているようだ。

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ということで、「こいつ、TPPに賛成なのか!」「おれたちの中野さんをけなしやがって」と、瞬間湯沸かし器で「出っ歯野郎!」を連発したかたがたよりは、ロンブー淳のほうがずっとおとなだったという話。最初からそう思っていたので確認できてうれしい。

深く考えることもなく彼を悪し様に言ったひとたちには反省して欲しいのだが、たぶんしないだろうな(笑)。もうリクツより感情だから。
しかしフジテレビに問題はあるにせよ、すこしでも自分たちとちがう考えを述べたら、すぐに淳否定、たけし否定に走るかたがたはあまりに短絡的だ。

ツイートを画像にして貼る手法は問題ありなのだろうが、こういう意見なので、敦さんにはご容赦願いたい。



ところで、彼のアイコンの「ひょっとこお面」は「大切な人からもらったもの」なのだそうな。極楽トンボの山本だろうね。先日アメトークの「軍団山本」という古いファイルをネットで入手して見たばかりだったのですぐにそう感じた。淳も一員だったようだし。それは彼のTwitterでフォロワーがもう何千回も指摘していることで、「なにを今頃」なのだろうが、私は今日が彼のTwitter初訪問であり、初めて知ったことだったので。
山本の芸能界追放も、私は彼を「被害者」だと解釈している。これはまた【芸スポ萬金譚】にでも書こう。

スパムメールに注意を!──すぐに削除してください

私の名でスパムメールが拡散しています。メールにあるアドレスにはアクセスせず削除してください。

一昨日、へんなメールが届いた。「ここにアクセスしてください」とある。ツイッターのダイレクトメッセージだ。
そのひとの名に覚えはなかったが、DMが届くのであるから相互フォローなのだろう。深く考えずアクセスしてみた。面白画像でもあるのかと思った。

すると、「did you lose weight in this picture?」とあるだけである。なんじゃこりゃと思って閉じた。送信ミスかと思った。
その後もフォローしているひとたちから何通も同じものが届いた。2.3通開けてアクセスしたが、みな同じなのでその後は無視した。なにかの事故だろうと思った。



それから一日後、私からそういうメールが届いたがどういう意味かという問い合わせのメールが複数届いた。どうやら、私に送られてきたのと同じものを、私も私をフォローしてくれているひとたちに送っているという「身に覚えのない事件」が起きているらしい。

それで次のようなことを書きこんだ。下が先です。下から上に読んでください。
spam2


すると返信をもらい、原因を教えてもらった。
spam


なるべく被害をすくなくするため、もういちど書きこんだ。
spam3


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私にそういうメールを送ってきたひとたちは、みな私と同じ被害者だったようだ。フォロワーの誰かからもらったそのスパムにアクセスしてしまい、そこから私へと拡がってきた。私も「新井さん」というかたのメールにアクセスして、複数のひとに迷惑を掛けることになった。

というところに、元ネタとも呼べるようなのがまた届いた。ハングル文字である。私のPCにハングル文字が表示されたのは初めてだ。日本語で「ここにアクセスしてください」とある。これが拡がってこんな事態になったのだろう。やはり犯人はそういうことらしい。高岡絡みの朝鮮人の攻撃だ。

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私のPC歴はNEC-PC9801からで30年近い。そのころからパソコンに電話線を繋ぐのは怖く、多くの友人にパソ通をやろうと誘われたが拒んだ。私はパソ通はまったくやっていない。ああいうフォーラムとかいう集まりが気味悪かった。

よってインターネットも遅い。Windows3.1でも大ヒットとなった95でも、私のパソコンに電話線はなかった。
さすがに1998年ぐらいになると、外国からファクスで原稿を送るより、電子メールのほうが速くて安い(この安いが大きかった。当時外国からのファクス代は高かった)から、次第に利用するようになっていった。それでもまだ外国のインターネットカフェから日本の出版社に送信する程度で、日本の自分のパソコンには電話線を綱がなかった。

私が本格的にインターネット契約をするのは2000年ちかくだからパソコン好きとしては遅い。本格的に今のホームページを始めたのは2001年でしかない。このブログも2005年からである。
当時も今も私はパソコンのハード的なものが好きで、人との交流には興味がない。インターネットには詳しいがハード的なことは何も知らないというひととは逆になる。

インターネットを始めるに当たり、見知らぬ他人に自分のパソコンに忍びこまれ、ハードディスクの中をすっぽり盗まれるのではないかという恐怖があった。大のソフトウェア好きだから、それらのソフトをあれこれ入れた。ネット初心者によくある複数のアンチウイルスソフトを入れて、それらがぶつかってパソコンの調子がわるくなるなんてことをやっていた。



通信に恐怖心を持ち、慎重であり、もともとネットサーフィンは嫌いだし、あぶないエロサイトなんてものにも近寄らなかったから、以来今日まで一度も被害にあったことはない。今回が初めてになる。

慢心していたかというと、そんなこともなかろう。事情を教えてくださったかたには「アクセスしてはいけないのです。気をつけてください」と叱られたが、相互フォローしているひとからDMが届いたら開けるのがふつうだ。「アクセスしてはいけないのです」と言われても困る。知ってたらしないが、知らなければする。今後はもうしない。一目で見抜ける。転ばぬ先の杖は大事だが、転んで覚えることもある。私は転んだことがなかった。

こういうスパムメールは「不幸の手紙」と同じで、鼠算式に増えて行く。たちがわるい。
自分が被害者だけならまだ割りきれるのだが、加害者の部分もあるというのがつらい。まして自覚がないだけに。
不似合いなツイッターなんてものを始めた罰か。

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いまツイッターのDMの欄を開いたら、いきなり50人もの名が出て来たのでおどろいた。それだけ送られたのだ。そしていま、みなさんはまだ眠っているだろう。なんとか開かないで欲しい。そこから鼠算で増えて行く。

さいわい数人の方から、「スパムだと思ったので削除した」との連絡も入っている。慣れているかたには一目でわかることなのだろう。私ももうわかった。でも一昨日はわからなかった。どうかみなさんが引っ掛かりませんように。でも私はどなたにも誠実に対応してきたつもりだから、私からメールが届いてurlが書いてあったら、なにか興味深い写真かもとアクセスしてしまうだろうなあ。心配だ。

それでもフォロワー300人の初心者のだからまだいいけど、これ何万人何十万人ものフォロワーのいるひとがやられたら被害甚大だ。ネットの怖さを思い知る。

高岡蒼甫記事に「やはり始まった高岡批判」を追記

「高岡蒼甫の反日時代!?──パッチギのころ」に、「やはり始まった高岡批判」を追記しました。長文なので独立しても良かったのですが、あちこち飛ぶのも面倒でしょうからひとつにしました。末尾にありますので読んでください。
彼の過去などどうでもいいことです。大切なのはいまです。

ツイッター考え;.張ぅ奪拭疾賤僖愁侫汎各──2ちゃんねるのJane Doe V2C

便利フリーソフトが大好きだ。シェアウェアも買う。
この種のものが出回り始めたのはWindows95のあたりからか。秋葉原のラオックスコンピュータ館の一階書籍売り場でよく買っていた。フロッピーやCDに入ったフリーソフト詰め合わせが7000円ぐらいした。いま思い出してもおかしいのは、無料のものにそこまでの値段をつけて売るからか、やたら大きい豪華な箱に入っていたことだ。いまパソコン雑誌の附録についてくるのを見ると隔世の感がする。まあ附録以前にネットでDownloadできるし、しかもブロードバンドだから一瞬だ。

いまのフリーソフトは本当にすばらしい。そして思うのは、いまならフリーソフトでも誰も手を出さないと思うようなシンプルなのが、当時は3000円5000円のシェアソフトとして売られていたのだ。そして売れていたのだ。かくいうあれこれ買ったのがここにひとりいる。あれで億の財産を築いたひとがかなりいるらしい。うらやましい話だ。なにしろ開発してしまえば金は掛からない。あとはDownloadと、送金されたらパスワードを送るだけだ。いい商売である。

ラオックスもなくなってしまった。中国資本の土産物屋としてまだあるらしいが、それはもうラオックスじゃない。あのころはラオックスコンピュータ館-Mac館なんてのもあった。ミュージック館にもよく通ったものだ。ずいぶんと打ちこみで音楽を作った。



デスクトップ周辺を便利にするパソコンソフトに関してはオタクと言えるぐらい好きだ。粗悪なものを入れるとやたらフリーズするようになったり、弊害の方が大きかったりするのだが、一応私はレジストリもいじれるし、さほどマイナスを感じたことはない。

いまこれらのことでいちばん気を遣うのはYahooだ。フリーソフトを入れるとかってにヤフーツールバーがインストールされ、検索エンジンもヤフーになってしまうのだ。フリーソフトの制作者に金を与え、そういう設定にしているのだろう。Yahooや孫正義と関わりあいたくないこちらは拒むのに必死である。

それでも良心的なフリーソフトはまだインストール時に「Yahoo toolbarをインストールする」「検索エンジをYahooに設定する」なんて項目があり、当然デフォルトではオンになっているのだが、それを外せばインストールを拒むことが出来る。しかしたちのわるいのはこれすらしない。インストールすると自然にそうなっている。これは困る。いままでに何度やられたことだろう。検索エンジンがGoogleからYahooになっている。原因究明がたいへんだった。20回や30回ではきかない。ほんとにイヤな会社だ、Yahooは。



そういう長年のフリーソフト好きなのだがツイッター閲覧専用ソフトがあることを知らなかった。必要もなかった。いかにツイッター不慣れかである。もしもツイッターに燃えたなら、私はあらゆる便利ソフトを揃えていたろう。しかしその種のものが大好きなのに、ツイッターに関してはブラウザのツイッターホームページで充分だった。早くも結論になってしまうが、それらのソフトを入れた今も私はブラウザのツイッターホームページがいちばん気に入っている。今後もそんな気がする。

友人に2ちゃんねる閲覧専用ソフトJane Doeを教えて「なんと便利なのだ!」と感謝されたことがある。たしかにこれに慣れたらあのブラウザから入って行くパターンにはもどれない。

私は今2ちゃんねる用ソフトは「V2C」を使っている。これはJavaを使った表示の美しいソフトだ。ブラウザから行くあのお馴染みの雑然とした2ちゃんねるトップページとV2Cで見る2ちゃんねるが同じものとは思えないほどだ。

などと書くとヘビーユーザーと思われそうなので弁明しておくが、私はCNXと名乗る気狂いに2ちゃんねるにスレを立てられて誹謗中傷されたりしたので、いまは「ニュース速報」「芸スポ速報」しか見ない。これで私なりに世の中の流れをチェックしている。
このごろホームページにしているiGoogleがニュースはもちろん「注目ワード」とかで教えてくれるので、そこにもめったに行かなくなった。いま「ニュース議論」板にある「きっこさんスレ」は愛読しているが。



恥ずかしい話だが正直に書いておく。私は「ツイッター閲覧用専用ソフト」のことを「きっこのブログ」で知ったのである。短期間に2万を超す書きこみをするとんでもないヘビーユーザーなのに、「きっこさん」もつい最近までそれを知らなかったらしい。大発見としてそれが紹介されていた。それはつぶやきの数が200ぐらいしかない私にもニュースだった。なによりその種の物が大好きなのに気づかなかったことに焦った。あって当然なのである。パソコン音痴の「きっこさん」と私はちがう。なのにそこに思いを馳せなかったのはミスだと思った。ミスって事もないのだが(笑)、そこに気づかなかったことが悔しかったのである。

そしてまたさらに恥ずかしいことであるが、そこで「きっこさん」の言っている「そういうソフトをクライアントって言うんだって。私にとってクライアントってのは」という、「クライアントという英語からなにを思うか」もまた激しく納得できる話だった。しかしまあそれは同世代なのだから当然だ(笑)。
私は今もここで「ツイッター閲覧用専用ソフト」と長ったらしく書いていてクライアントということばが使えない。あの種のソフトウェアをクライアントと呼べるようになるまではまだかなり時間が掛かりそうだ。



tweetdeck


これはヘビーユーザー向けの高機能なTweetDeckというヤツ。一番有名らしい。縦一列がひとつのジャンルだから、じつに五つも同時に見ることが出来る。大画面でツイッター三昧するなら最高だろう。

簡単に日本語設定に出来る。
むかしはこういう外国製ソフトを日本語で使うためには「日本語Laungagefile」というのが必要で、有志がそのファイルを作ってネットで公開してくれていた。Versionが変ると使えなくなるので、そのたびに作っては更新してくれた。ほんと、足を向けては寝られないと感謝したものだ。どういう仕組みになっているのか知らないが、なにしろVersion5が6になる大きな偏向ならともかく、5.31が5.32になるようなマイナーVersion Upでもその日本語化ファイルは使えなくなるのだからたいへんである。いまは日本語化されたけど音楽再生ソフトの有名どころWInampなんかもずっとこれが必要だった。
TeetDeckはそんなことをしなくてもすぐ日本語で使えるようになる。



janetter2


こちらはJanetter。その名からも推測できるように日本製なのだとか。これは愛国者として利用せねば(笑)。
左がフォローしているひとみんなの分、真ん中は自分への返信やRT、右はダイレクトメール。要するにツイッターホームページだと切り替えないと表示できなかった三つ、あるいは混在していたものが、分離されて一度に表示されるわけだ。ツイッターヘビーユーザーには便利だろう。フツーのひとにはここまでの必要はないが。

両方ともとても便利で、画面もきれいで、すばらしい。
その他もあれこれ、可能な限り導入して遊んでみた。Saezuriなんてのもかわいくて楽しかった。「つぶやき」に「さえずり」だ。いいネーミングである。当然これも日本製。

ふつうこういうふうにソフトウェアを紹介するブログは、ここにDownloadページをリンクする。私もそうするようにしているが、今回しないのは、たぶん私のこのブログを読むひとは、すでに導入している(ごく少数)か、これを読んでも「なるほど、でもおれには必要ないな」と思うひと(大多数)だと思うからだ。興味のあるかたはソフトの名前で検索してください。すぐに出ます。いないと思うけど。



きれいで便利で、昔なら1万円以上取られたであろうこのフリーソフトは、みな私には無用の長物だった。ツイッターに熱心じゃないから、これらの高機能は不用なのだ。せっかくインストールしたものの使っていない。矢沢永吉は「成りあがり」で、近所のタバコ屋に行くのにもキャデラックで行きたいと言ったが、近所のタバコ屋には歩いて行くのが早くて便利だと思っている私には、このキャデラックみたいなソフトは必要なかった。ま、それ以前にタバコ吸わないし(笑)。

もうひとつの理由として私はいまシングルディスプレイになってしまっている。2台の内の1台が故障した。5年ほど続いていたデァアルディスプレイに慣れていたからなんとも不便だ。これはさすがにもう我慢の限界なので買おうと思っている。2台並べて、サブの隅っこにでも表示させておくならまだしも、1台しかないのに写真のようなのをドンと全画面表示させたら、これはもう「ツイッター命」みたいである。

というわけでいまのところ使っていない。けっこうCPUパワーは食うようだ。
今後も、なにかきっかけがあってツイッターに夢中になることでもない限り、いまのブラウザから行くツイッターで充分だ。ダイレクトメールが来たとか、なにかあったらGmailが教えてくれるし。



すこし冷静に2ちゃんねるとツイッターホームページのちがいを考えてみた。
2ちゃんねるはTopPageからして、あまりに雑然としていて専用ソフトが必要だった。初めて行ったときからその見にくさにうんざりした。専用閲覧ソフトが多種開発されるのは当然だったと言える。

その点、ツイッターホームページは、デザイン、見易さ、バランス、カスタマイズ度合、とてもよく出来ているのではないか。私はツイッター初心者であり熱心ではないが、使い易さに関してはうるさいほうだから、もしもツイッターホームページが2ちゃんねるみたいにゴチャゴチャしていたら、「なにかもっと見やすくなるソフトはないのか!?」と反射的に探していたように思う。そしたらツイッターを始めると同時にこれらのソフトを知っていた。私が今までツイッター専用ソフトに気づかなかったのは、ツイッターホームページが良くできていたからなのだ。これはこの文章で一番重要なことかも知れない。

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【附記】──専用ソフト不要→ブラウザに入れる──8/10

このあとブラウザにTwitter閲覧専用ソフトを入れることを知る。
私はGoogle Chromeを使っているので「HootSuite」というのを入れた。するとブラウザからそのまま上記専用ソフトのような画面に行ける。あらたにソフトを起動するよりはるかに楽だ。
上記Tweet Deckもブラウザ対応のこれを出しているようだ。
その他、Firefox対応のそれもあるらしい。

これからはもうみなブラウザに入れるようになり、独自のソフトとしての使用は減ってゆくだろう。





ツイッター考──「きっこさん」の転身・適切なフォロー数・ソフトバンク携帯の問題点

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ツイッターのつぶやきが300になった。
アイコンを作って書き込みを始めたのが4月22日だから、3ヶ月で300、一ヶ月100のペースとなる。ずいぶんと書き込んだ気もするのだがこんなものか。140字勝負として、書きこむときは真剣にやっているから、数は少ないが気楽にやっているひとよりもはエネルギーを使っている。つもりだ。本人は。

というか書きこみ数2万とか3万なんてひとは、どういう生活を送っているのだろう。毎日100も200も休みなく書きこむのか。飯を食ったりお茶を飲んだりする以上にツイッターと親密なのか。ちょっと想像がつかない。



非常に興味深いこととして、「きっこの日記」で有名な「きっこさん」が、完全なツイッター派になってしまったことがある。毎日長文の日記を更新する人だったが、今はひたすらツイッターだ。日記の更新は10日に1回ぐらいに激減している。その代わり毎日毎日ツイッターの書き込みはとんでもない量になっている。観察サイトでは「一日18時間はパソコンに張り付いている」と書かれていた。いままでのツイートは24000を超えた。このひとは「さるさる日記」派であり、ブログもミラーサイトとしての保存用だった。ツイッター歴はあたらしいほう。いかにはまっていることか。

ブログはもう「放射能恐怖を煽ってアフィリエイトで稼ぐための商品紹介の場」と化している。放射能恐怖を煽るだけならまだしも、こうして商売にしているのが醜い。自分がここ数年肉を食わなくなったからと、他人の食生活を批判し、畜産農家まで罵倒しておきながら、平然と「西日本の安全なお肉」なんてのを紹介しているのが醜悪だ。



これはよいことではない。ツイッター三昧は、いわばエネルギーの垂れ流し状態だから、まともな長文を書いてきた人としては堕落になる。楽に流れたのだ。

ここで大事なのは、「きっこさん」はいま最愛の「母さん」と一緒に、放射能から逃げ、「西日本に疎開している」のだが(笑)、ブログからツイッター中心になったのは、それとは無関係ということだ。

疎開の最初の頃(笑)は、身一つで東京から脱出し、使い慣れたパソコンを東京に置いてきたため、借り物のパソコンではいつものように長文がすらすら打てず、のような事情があったわけだが(笑)、その後、疎開地で、あたらしいノートパソコンを手に入れても、相変わらず焼酎を飲んでのツイッター三昧で、以前とはまったく趣が変わってしまった。これは超人気連載の「きっこの日記」としては、かなりの問題になる。
上記、何度か「(笑)」が出て来るのは「エア疎開」だからである。念のため。

その気持ちはわかる。楽なのだ。時間をかけてひとつの長文を書くより、酔っ払ってへらへらと思いつくたびにツイートしていたほうが楽なのである。睡眠にたとえるなら、以前の「彼女」は、きっちり7時間まとめ寝をしていたのだが、今は酔ったら寝る、起きたらまた飲むの2時間睡眠を繰り返しているようなものだ。躰に悪い。飲食にたとえるなら、ブログにひとつのテーマの長文を書くのは、一汁一菜で丼飯を食うようなことであるのに対し、ツイッターで思いつくままつぶやくのは、何皿ものつまみを並べて酒を飲むようなものだ。どっちが気楽で愉しいかは言うまでもない。でも自堕落ではある。

そしてまたそれはそれでエネルギーを使うから、あらためて長文を日記に書く時間も体力もなくなっている。これは負の連鎖だ。今後「彼女」の発信媒体は、「きっこのツイート」になるのだろうか。どうでもいいけど(笑)。



他山の石にせねばならない。私も確実に楽に流れている。旧態のホームページ形式であるサイトを本拠地にしようと思いつつ、ちかごろは楽なブログばかり書いている。楽だからどうしてもそうなる。ホームページ・ビルダーを起動して、あちこちリンクを貼ったりする手続が面倒な本拠地サイトと比して、サッと書けるブログの方が断然楽なのだ。

と、私もわたし的には堕落しているのだが、さすがにブログからツイッターに流れることはない。「きっこさん」は反面教師になっている。あのひとはツイッターさえやらなかったらゲスな品性がばれることもなかった。いやそれ以前からゲスだったという意見もあろうが、そんなのは序の口。あのひとの品性があからさまになったのはツイッターだ。酔っ払って、自分と意見を異にする相手に脊髄反射で応答するツイッターで、「五十過ぎのおかま」という実態が、明確に浮かびあがってしまった。ツイッターで自滅した典型例になる。今後どんなに気どってイメージの修復に努めようと、今までに連発した聞くに堪えない下品な罵詈雑言は、今後もネット上で語りつがれて行く。デジタルは消せない。それが怖い。ネットで有名になった架空キャラはネットで自滅した。



ツイッターに関して私はいま、困っているというか、戸惑っていることがある。「フォロー」というヤツだ。正確にはその「フォロー数」と言うのか。

私がいまフォローしていて、私のツイッターホームページに流れてくる「つぶやき」は200人程度なのだが、私にはこれでも多すぎる。ツイッター初心者だから、フォローしてくれたかたには返すのが礼儀なのだろうときちんとしてきた。それで200人にもなってしまったのだが、私には半分でいい。特にやたらRTという形で他人の書いたコピーを流してくるひとは、はっきりいってジャマである。迷惑なのだ。

たとえば意地の悪いブラックバスみたいな顔をした河野太郎がいる。鼻糞くっつけたドブスの森ゆうこがいる。それらの書きこみをRTしてくるのは迷惑だ。あいつらの醜い顔を無理矢理見せられることになる。政治家はみな自分の顔がアイコンだ。これはきつい。一日がぶち壊しになる。

同じく貧相な岡っ引きみたいな顔の山本一太なんてのも困る。山本は河野や森とちがって政治的には支持するが、ああいう顔を強制的に見せつけられるのはいやだ。山本の意見を知りたいと思ったら自分で出かけて調べる。押しつけられたくない。

ということで、そういうことをする人たちは極力避けるようにした。こちらをフォローしてくれているのでもうしわけない気もするのだが、こちらにはこちらの事情もある。フォローを解除した。ご容赦願いたい。

あとは気味の悪いドクロのアイコン等のひと。中身のあるツイートをしているひとにもけっこういる。趣味の世界だからどうしようもない。しかし私は頻繁にドクロを見る気はないので断つしかない。



そして素朴に思うのは、私はたった200程度のフォローでも、山のようにつぶやきが流れてきて、対処できなくなっているのだが、中には4000とか5000もフォローしているひともいるのだ。もっと多いひともいるのだろうが、自分の見知っている範囲でしゃべる。

假りに1時間毎にツイッターをチェックするとして、そんなにフォローが多いひとは、ツイッターホームページを開いた瞬間、いきなり1万ものツイートが流れるだろう。とんでもない数だ。どう考えてもそれらをチェックし、その中から有効ないくつかを撰びだし、あれこれ考え、返信し、その情報を生活に役立てて、のようなことが出来るとは思えない。そしてまた「1時間毎にチェック」なんてことはないだろう。常時接続の流しっぱなしだろうから、すると、ひたすら目に停まらない情報が流れ続けて行くことになる。なんとも虚しい。こういう形でツイッターをやっているひとはなにを考えているのだろう。ぜひとも意見を聞きたいものだ。



その点、有名人はわかりやすい。10万人も20万人もにフォローされていても、彼らがフォローするのは100人にも満たなかったりする。これはツイッターを情報を得るものではなく、あくまでも「人気者の自分がファンに対して発信する道具」と割り切っているからだろう。こういうひとが律義にフォロー返しなんてのをやったらとんでもないことになる。

こんな言いかたをして敵を作りたくないが、フォローしているひと5000人、フォローされているひと5000人なんて数字の「一般人」は、「フォローごっこ」の感覚があるのだろう。自分と感覚の合うひとの意見に誠実に耳を傾けたいと思ったなら、どう考えてもそれはもう大きすぎる数字である。

でもそんなひとには、「ツイッターなんてそんなもんすよ」と笑われるかも知れない。限られた50人から100人程度のかたと、チャット感覚でおつき合い願って、有効な情報を得たい、勉強したいと思っている私が、そもそもツイッターの解釈をまちがえているのだろう。

私の知人で最もツイッターと楽しく接していると思うひとは、「おはようございます」から始まり、「ちょっとでかけます」、「いま海の近く、風が気持ちいいです」「お腹空いたのでなにか食べようかな」「××がおいしそう」のように、おはようからおやすみまで暮らしを見つめるライオンみたいに自分の日常をつぶやいている。それに「あ、わたしも××食べたーい」なんてフォロワーから返信があったりして……。それでいいんだろうなあ、ツイッターってのは。やはり私がまちがっているのか。

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【追記】──RTは拒めるらしい──9.00記入

早朝にアップしたここを読んだ神戸で整骨院を経営する友人Sがメールをくれた。彼は18歳年下の友人である。私が「きっこさん」と同じ永遠の38歳なので彼はパソコンに習熟した10歳の天才少年になる。親しくつき合ってもう15年。10歳の整体師はすごい。
(註・ひと眠りして起きたら、数字がおかしいとわざわざメールをくださったかたがいた。私の「算数」は「一日に10円携帯電話料金があがると月に3000円の値上げになる」という「公文式」ならぬ「きっこ式」を使っているのでこれでいいのです。でもありがとう。あなたのまじめさに感謝。)

その天才少年の情報によると、前記「ツイッターRTの連発」は拒めるのだとか。東日本大震災のときにRTの山が通信障害となり、その方法が確立されたらしい。
2ちゃんねる閲覧専用ソフト・Jane Styleなんかの「NGワード」のような機能だろうか。初めてあれを知ったときは感激した。といってヘビーユーザーじゃないから、それを使うような場面はなく、一度実験的にやってみて、その効力を確認しただけなのだが。
とりあえず天才少年Sには「情報、ありがとう、感謝」と伝えたけど、いまだその方法は知らない。ともあれ拒めると知ってうれしい。ほんと、「条件反射のRT藝人」みたいなひとは、反省してほしい。むやみやたらのRTって迷惑なんだ。

また憎まれ口になるけど、自分の意見を書かず(書けず)、RTのみでツイッターに参加しているひとってのは、なにを考えているのだろう。「そういう形でネット社会の最前線に関わっていることに満足する」のだろうか。
そんなことより、鉢植えひとつでも育ててみなよ。ちいさな芽が育ち、花を開くまでの様子を見るのは、ツイッターで他人の意見をRTしまくるよりよほど感動があるから。

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【追記.2】──大震災とツイッターとソフトバンク──17時記入

追記を読んだSが、「方法の確立はその前にされていたのかもしれません」とメールをくれた。私の「東日本大震災のときにRTの山が通信障害となり、その方法が確立されたらしい」という表現を案じてくれたのだ。抗議があるのではないかと。

たぶんそうなのだろう。きっと方法自体はすでにあったのだ。でもその過剰なRTが問題となり、それを通過する方法が一般的になったのは大震災のときでまちがいないから、この書きかたでいいだろう。



ツイッターは大震災の時に価値を上げた。そして大震災で価値を下げたのが、「繋がらないソフトバンク」だった。

そのソフトバンクに対する手厳しい意見が『新潮45』8月号に「うろちょろするな、孫正義」の題で掲載されている。震災時にソフトバンクの携帯電話は、繋がらないどころかうんともすんとも言わない、とんでもない状況になったらしい。その原因は、地方の中継基地局の蓄電施設の問題なのだという。万が一の災害時に作動する蓄電施設を完備するには金と時間が掛かる。元々の電電公社であるNTTなどはしっかりしていたが、新顔のソフトバンクはそのへんがまだ整っていず、停電によって一気に繋がらなくなったらしい。その辺のことを知らんふりして、平然と太陽電池方面で民主党と繋がり、一躍時の人となっている孫を批判したレポートなのだが、そのことはまた別項で書くとして。

そういう大問題があったのだが、ソフトバンクの携帯電話はiPhone人気もあって、その後も順調に伸びている。つまりそれはあの東北関東大震災が、多くの日本人にとって「対岸の火事」でしかないことを示している。万が一のときにも確実に繋がる携帯電話より、いま遊べるかわいい携帯電話が優先されているのだ。まあかといって日本中がソフトバンクの携帯電話をボイコットしたりするのも異常だから、これはこれでいいのかもと思う。
痛みを共有する感覚はひととして大事だが、「対岸の火事」と割り切り、己の経済活動に邁進するのも、それはそれで社会維持のためには必要なのである。とはいえこれ以上孫正義に儲けさせたくはないが。

ツイッター考──狂乱「きっこさん」と革マル枝野のこと




あまりにひどい政治状況に絶望。書く気が失せた。楽しみにしているから毎日更新してくれと励ましのメールを戴いたがどうにもその気になれない。「自民党、大連立にやる気?」「谷垣総理の可能性も?」はぁぁ……。「次の総理大臣、1番人気は枝野官房長官?」 これだけは許せない。



ツイッターに書いたことから引用してみる。これはツイッターに嵌った「きっこの日記」の「きっこさん」がやっているのを見て、私もやってみようと思っていた。

「きっこさん」は日々つぶやいたことを週に一度ぐらいブログにまとめていた。その気持ちはわかる。「つぶやき」は一瞬にして流され消えて行く。その意味でツイッターはむなしいものだ。「きっこさん」は真面目な意見や得意のダジャレをブログにまとめておこうとした。つまりそのころはまだ「きっこさん」のつぶやきが、「まとめられるぐらいまともだった時代」になる(笑)。

その後「きっこさん」はツイッターに嵌りすぎてしまい、「福島原発から1000キロ以上離れた西日本の疎開している農家」で、「厚意で使わせてもらっている農家のパソコン」から、夜通し焼酎を飲んで「チンコチンコ、まんこまんこ」とつぶやき、反対意見には「ウジ虫野郎!」「便所虫!」「イカ臭いんだよ!」と罵詈雑言の嵐という狂乱状態になる。

ブログに書く長文は時間が掛かる。何度も読み返して推敲する。そのことによって冷静さが保たれる。手間暇掛けねばならない「長文」ということが良い方向に作用している。

だが「疎開している西日本」から書きこむツイッターは酔った勢いで書きこむ短文だ。反対意見には即座に感情的に対応する。

そのことによって「インターネットの世界ではちょっとした有名人(ご本人のツイートによる)」の「きっこさん」が本性を現し始めた。まるで「ドラクエ」のラスボスが攻撃を受けて倒されるたびにグロテスクなバケモノに変身して行くのを見るようだった。
ついには「福島第一を止める唯一の方法は、あたしが震災直後から言って来たように、福島沖までアメリカ空母に来てもらい、戦闘機を発進させて小型の核弾頭ミサイルを福島第一にぶちこみ、すべてふっ飛ばすしかありません。 こうすれば日本の3分の2以上は死滅しますが、北半球の7〜8割は助かります。」という完全気違いとなる。

私も面識のある石川喬司先生は「きっこさん」と親しくメール交換をしているらしいが、このへんの意見に関してはどう思っているのだろう。

さすがに「ウジ虫野郎!」や「便所虫!」をブログにまとめる気にはならないのか最近ではこの「ツイッターまとめ文」はすっかりやらなくなった。ブログの更新も途絶えている。あれだけ「疎開している西日本の農家から借り物のPC」で、「焼酎を飲みながら一晩中ツイッター」していたら、まとまった文など書く時間はないだろう。ましてその間には「農作業の手伝い」や「アルバイト」もしているらしいから(笑)。

競馬も、G1前日にはつまらないこじつけ予想を延々と書いていたのに、ここのところまったく書かなかった。もっとも「エヴァンゲリオン予想」とかいうこじつけでシンジがどうのこうのと言っているのでは毎週「藤田を買うかどうか」だけになってしまうが(笑)。たまたま一度当たったそれでは息切れして当然だ。もともと競馬知識なんてつけ焼刃で、後出し丸だしだった。
「きっこさん」の語る競馬を見ていると、ネット時代では、ネットから情報をかき集めて「後出しのキャラ」を創りだし、知ったかぶりが出来るんだなと感心する。しかしそれは長年やっているものからすると一発で見抜ける。いくら当時の時勢と活躍馬と自分の年齢を重ねて「物語」を創っても、それがウソなのは丸わかりだ。

「きっこさん」は「ツイッターで品性が露わになり自滅した有名人」の代表だろう。「有名人」とはいえその他の方々とちがい「ネット世界のみの正体不明の有名人」ではあるが。
品性を剥きだしにする効果においてツイッターは強烈だ。今までもいろいろと舌禍事件を起こしてきた「きっこさん」だが、この世界から消えるとき、最も悔いるのは「酔ってツイッターに関わったこと」になろう。

【後日註】──その後、西日本に疎開という設定そのものが大嘘であることがバレました。九州での「農作業の手伝い」や「おいしい郷土料理」も、みな東京のいつものADSLから発信されていたことが証明されました。安部譲二さんや石川喬司さんの御意見を聞きたいところです。




それを他山の石としたわけでもないが、私はツイッターで、いわゆる「お早うございます」の挨拶で始まり、「いま××を食べています」「いま××を観ています」のような「日常的つぶやき」はやっていない。やらないことを前提に始めた。といって我慢しているわけではない。やりたくないしやる必要もない。

私はツイッターを「140字文章習練」と決めて対峙している。さっと書いて160字になってしまったら140字まで削らねばならない。知らない人のために書いておくと、160字だと「-20」と20字オーヴァーであることを教えてくれる。一文字削るごとにその数字が減ってゆく。それを見つつ0になるように調整するのは愉しい作業だ。

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edano
これは私の意見と言うよりネットで知った情報を書きこんだもの。いまのところこのパターンはこれが唯一。

ひどかった。呆れた。ほんとうに知らないのかどうか不明だが、質問に対して木で鼻を括るようなじつに失礼な応対。未見のひとはぜひとも{Youtube}の映像を見て欲しい。

その辺の若者ならともかく、時の政権の官房長官であり、東北大学卒の弁護士資格を持つ47歳の政治家が、今上天皇が何代目であるか、いまが皇紀何年であるかを問われ、「しりません」「ぞんじません」と不快げに応えているのだ。信じがたいモノを見て寒気がする思いだった。

しかしそれは枝野は革マル派であるからいいとする。思想上、知っていても知らなかったふりをしたのかも知れないし、それもいいとする。問題はそれを「次の総理大臣」として期待する国民がいることだ。声を大にして言いたいのはそのことだ。

繰り返すが、ここを読んでいるひとでも今上天皇が第125代であることや、西暦に660年足して現在が皇紀2671年であることを知らないひとがいるかも知れない。それはそれでしかたない。そういう教育をしていないのだから知ろうと意識し努力したひとしか知らなくてもしょうがない。私が「西暦にプラス660年」を覚えたのは三十間近だったし、年輩の方がすらすらと空で言う「神武」から始まる歴代の天皇の名も私は空で言えない。

だが前記した経歴の内閣官房長官が国会で質問され、125代であることと皇紀2671年を平然と「しりません」と応えるのは許されることではない。

「しりません」にもいくかつの形がある。私は枝野が「不勉強で知りません。すみません」と言ったなら、それはそれで認めた気がする。内閣官房長官として許されることではないが、サヨクとしてそんなのもいると思うからだ。しかし枝野の態度は、そんなものではなかった。ふて腐れ居直っている。あれは「知っているけど答えたくない」ということなのだろうか。とにかく映像を見てください。

枝野がどのような人間であるかを知らしめ、山谷氏の質問はじつに効果的だった。これを見て、それでも枝野を次の総理大臣にと思うひとはいるのだろうか。



先日、フジテレビの朝のワイドショーで、かつらを被っている司会者が、「クリントン外務大臣」と言っていた。大臣は君主から任命されるものである。よってアメリカや支那のような国には大臣はいない。職名は「長官」や「部長」等が適切である。現に支那は「外交部」といい、そこの長は「部長」だ。そういう表現をしている。それらを「大臣」にしてしまうのは日本の悪弊だ。外交部を外務省などと「省」にするのもまちがい。このかつらの司会者も還暦を過ぎたろうに、毎度ひどすぎる。

私は、国会議員でないのなら、「枝野幸男という東北大学卒のサヨク弁護士47歳」が、第125代天皇のことも皇紀2671年を知らなかったとしても不満はない。あまりに無智と呆れるがサヨクとはそんなものだ。

だが枝野は日本の国会議員なのだ。内閣の一員なのだ。日本の政府は天皇陛下のもとにある。天皇陛下から任命された内閣の一員として、日本の国会議員として、枝野の態度は許されるものではない。



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ごく私的な餘談。十数年前、私は自分の小説本の巻末の著者経歴に「皇紀2612年生まれ」と入れた。これだけだとわからないひともいるだろうからと隣に昭和何年生まれかも入れた。

ところが若い編集者がこの皇紀の数字を間違えた。出来上がった本を楽しみに手にして、これを知り、怒りでくらくらした。つまり巻末の著者の生年月日が二種類あることになってしまったのだ。

もともと無能な編集者だったので本文の方は目を皿にして誤植がないかゲラチェックした。たとえば「一所懸命」と書いたものを得意気に「一生懸命」に直してきたりするので気が抜けない。完璧にチェックしたつもりだった。が、巻末の著者経歴の部分はゲラが廻ってこなかった。それはまあほんの数行のものだし……油断した。まさかこんなところに落とし穴があるとは……。

平謝りされた。怒りは治まらなかったがもうどうしようもない。本は出来上がってしまったのである。友人に贈呈するときは巻末のそこを一冊一冊書きなおした。みじめだった。

たいして売れなかった本であり、このみっともないミスを公的に指摘されることはなかったが智識のある人なら一瞬で解ることだ。私は脅えていた。

つい先日図書館で「日本の競馬小説ガイド本」のようなものを手にしたら、そこで編著者からハッキリこのことを指摘されていて耳まであかくなった。編著者は皇紀と昭和の年号が合わないことを指摘し、私のことを「いったいいくつなのだろう」と疑問を呈していた。と同時にそこには「知りもしない皇紀などいれなさんな」と言う意見が見え、思わず著者に「あれは編集部のミスで」と手紙を書きたくなったほどだった。

いま書いていても悔しくなる出来事である。あ、悔しくなるのはもちろんミスをしたバカ編集者に対してですよ。指摘してくれた方には恨みはありません。まちがっているのはこちらなのですから。



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長くなったので続きは別項にします。

ツイッター考※;.▲ぅ灰麁の丸だらけ(笑)

ツイッターのアカウントを作ってから半年ぐらい。書きこんだ数はまだ14。累計5万とか10万とか書きこんでいるひともいるようだから、なにもしていないのと同じ。実際なにもしていない。しかしまあ毎日休むことなく100も200も書きこんでいるひとは病気だと思う。その情熱でブログに文章を書いたほうがいいと思うけどなあ。



不慣れながらそれでも楽しみかたがすこしわかってきた。同じ考えのひとのつぶやきに出会って「フォロー」する。同じような感覚の仲間を教えてくれる。それを読んで納得するとフォローする。そしてまた……と繰り返して行く。それからはそういうひとのつぶやきだけが私のツイッターホームに表示されるようになる。これは快適だ。気分がいい。なにしろ自分と同じ感覚のひとの発言だけだから。


でも、すると、まだたった70人しかフォローしていないのに、アイコンが日の丸入りのひとばかりになってしまった(笑)。



 その一部。6つの内5人が日の丸入り。右から2番目の入ってないひとは元産經記者の山際さん。



私のアイコンはこれ。愛猫の写真。これ、上からカメラを向けたところなので、こんな目で見つめている。なんか雰囲気的に私も四隅のどこかに日の丸をいれたほうがいいのか(笑)。さてどうしよう。







 作ってみた。



 これで私も「きっこの日記」の「きっこさん」に


《つーか、アイコンに日の丸をつけてる人たちって、どうしてこんなに知能が低いの?他の人たちなら、批判するにしても、もっとツボを突いて攻めてくれるのに、日の丸の人たちってぜんぜん面白くないし、漢字も文法もメチャクチャで、とても日本人とは思えない。》


《私は外見で人を判断しません。アイコンに日の丸をつけてる人でもキチンとマナーを守ってレスしてくる人もいます。でもアイコンに日の丸をつけてる人の99%は「真性のバカ」なので、バカだと思われたくない人は日の丸を消したほうが無難だと思います。




と言われる資格を得たわけだ(笑)。



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2ちゃんねるの「きっこの日記」アンチスレにこんな意見があった。



ツイッターは駄目だな。2ちゃんねるの方がまだ色んな反対意見があって相対化できてる。ツイッターだと似た様な思想の人間同士で固まった結果、真実が見えなくなり、ウソでも何でも増幅して拡散した結果、本人達が自分たちの流したデマに収拾つけられなくなったりしているのが笑える。



一読して、その通りだと思った。右でも左でも同じ思想のひとばかりが集まるのは確かだし、それによって見えなくなるものもあるだろう。「拡散」というものの悪意も理解できるぐらい私もツイッターに慣れてきた。


その点2ちゃんねるは、必ず冷やかしというかアンチというか、それを生きがいにしているようなのがいて、どんなスレにでも乱入してきて暴れるので、同じ意見ばかりで盛りあがるということがない。先日も「ありがとう台湾」に関するスレを読んでいたら、台湾を否定し日本を否定する不愉快なのが書きこまれていて、日台の友情を思い目頭が熱くなっていたのが一気に冷えた。なんでこんな奴が来るんだと腹が立つが、それが匿名掲示板の匿名たる所以なのだろう。こういうのがいてこそまともなのかもと思う。


それこそひとの死に対してすら不謹慎なことを書きこみ不快にしてくる。おそらくそれに熱くなったヤツが反発してくるのが楽しみなのだろう。それでしか燃えられない捩れた性格だ。


訃報も、こちらにとっては活躍を願う傑物でも、そいつにとっては大嫌いなヤツだったのだろうから、それはそれでありなのかもと思う。たとえば石原慎太郎さんに対する私と「きっこさん」の意見のようなものだ。私はいまこそ石原さんに総理になって欲しいと願い、「きっこさん」は一日も早く死んでくれと願っている。


この意見に納得していたら次のようなのが書きこまれた。



2ちゃんだって似たような者同士で固まってるだろ。結局みんな自分の信じたいことだけを信じるんだから。ツイッターは発言した人間がはっきりしてる分、逃げる様子が見れて面白い。



またも「なるほど」と感心してしまった。ツイッターは個人のアカウントだし自己紹介もしている。匿名にすることは出来るが2ちゃんねるの匿名とは意味が違う。「発信した人間がはっきりしてる分」の価値は大きい。



かつてCNXと名乗る気違いに2ちゃんねるやヤフー掲示板に誹謗中傷スレを立てられた不快から鑑みるに、それはツイッターでは不可能だと思える。正体がバレるから出来ないだろう。やはり最悪なのは2ちゃんねるであり、それよりはツイッターのほうがまともなのか。ツイッターには2ちゃんねるとまたちがった危険性があるだろうけど。



好きなひとたちの「つぶやき」を読むために、以前の一日一回ではなく、ここのところ日に何度かチェックするようになった。それでも、どんな同好の士であれ、一日中つぶやいてるひとはへんだと思うことに変りはない。



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【追記】──フォロー命の人びと



ツイッターというのは、フォローすると「××があなたをフォローし始めました」とメール連絡が来る。私がフォローしたひとのところへもそんなメールが行っているのかと思うとすこし恥ずかしい。


というか、私はまだ世間の反応があるような「つぶやき」をしていないから、そういうメールはすべて、私がフォローしたひとからの返事だ。私がフォローしたからあちらもしてくれたのである。それでもまあ一応私のプロフィールを読んで、納得してくれたからだとは思っている。


そこには「あなたはすでに××をフォローしています」とある。私がフォローしたひとのお返しなのだから当然だ。



ところが中には私には憶えのないひとからのフォロー連絡もある。「××があなたをフォローし始めました」のあとは、もちろん「あなたは××をフォローしていません」となっている。


どういうことなのだろうとそのひとのホームに出かける。だって私は人様からフォローしてもらうような「つぶやき」をまだ発してないのだ。そんな私をなぜフォローするのだ。不思議でしょうがない。行ってみると、私との共通点はなにもない。それどころか一行程度の無内容なやりとりをひっきりなしにやっている大嫌いなタイプだ。


しかし、フォローしている、されている数がものすごい。7万もいっている。そりゃ有名芸能人には50万とか100万のひともいるらしいけど、無名人で、しかも中身のないツイッターなのに、この数字はすごい。



すこし読んでみて、このひとが、それに命を懸けている(笑)のだとわかった。毎日毎日ひたすら誰でも構わずフォローしまくり、お返しとしてフォローしてもらうことに情熱を燃やしているのだ。「つぶやき」にはなんの中身もない。どう考えても7万人ものひとに注目されているとは思えない。その代わり、「××さん、フォローありがとうございます」「おはようございます。今日もいい天気ですね」のような挨拶は缺かさない。こうなるともう「フォロー数増やしごっこ」である。くだらん。大のおとななのだ。他に楽しみはないのか。1から始まって100、1000とフォロー数が増えて行くのが楽しかったのだろう。ついに1万を超えたときの感激。今は「目標10万、いやそのまえにまず8万!」とか決めて、誰彼構わず毎日休まず200、500とフォローしているのだろう。どこで見つけられたのか、私もそれに引っ掛かり、フォローしていただいたことになる。さすがにお返しのフォローはしなかった。こんなのにしたら、毎日何十もの無意味な一行つぶやきがあふれてうんざりするだけだ。


おっさんだけでなく若くて綺麗なネーチャンからも来た。いやあくまでもアイコンの写真だけね。ネットオカマってのがいたように、ツイッターオカマだっているだろうし。このひともフォロー数増やしに燃えているらしい。これも中身がない。いくらアイコンがかわいくてもこんなのをフォローする気はない。ツイッターホームが汚れるだけだ。


その点「日の丸仲間」(笑)は、きちんと中身のあることをつぶやいている。さすがだ。やっぱりこっちがいい。今後も厳選してフォローしよう。

ツイッターおろおろ

ツイッターはアカウントを作っただけで何も書いていない。
フォローしたのも30人ほどで、いまのところさすがツイッターと思うような情報も得ていない。
一応一日一回はチェックしている。
今後もこんなものだろう。

と安心していたら全然関係ないのが混じってくる不快を体験。
よいものならいいがそうでないから困る。
先程は「河野太郎」が入ってきた。アイコンがあの凶悪なブラックバスみたいな顔写真なのである。
一目見ただけで吐き気がした。なんでこんなことになるのか。
私がこんなのをフォローするはずがない。

こういうのが混じってくる原因はなんなのだろう。不慣れなのでわからない。
そうしてやっとそれが「私のフォローしているひとのRT」なるものだと知る。



この流れを受け入れるべきなのか。これがツイッターというものなのか。

インターネットから得る情報とはそういうもので、清濁併せ呑む決意がなければやってられないのだ、とは思う。
河野太郎だってたまには私の気にいることを言うかもしれない、あるいは立腹することを言ったとしても、それを確認するのも必要だ、とも思う。
国賊の父親よりはいくらかましだとも思っている。

とあれこれ受け入れるための理由を考えたが、あの顔には気が滅入る。耐えられない。
そのひとのフォローを外した。河野太郎をRTするひとのフォローは出来ない。
政治方面のひとなので貴重な情報を教えてくれることもあるだろう。フォローを外して悔いるかもしれない。でも河野太郎の顔写真を頻繁に見せつけられる不快と比べたらちいさなことだ。



ツイッターというのは、たぶん「つぶやきあう」のが楽しいのだろう。
いや、「一方的につぶやく」のがいいのか。よくわからん。
わかったのは、アカウントを作って参加したら、「他人のつぶやきを一方的に聞かされること」だ。
これはこちらの意図で他者のブログを読んだり、2ちゃんねるのスレッドを読んだりするのとはまったく異なる。
耳を塞いでいても間断なく聞かされることになる。
その「他人」は自分が気に入ってフォローしたひとだから責任はこちらにあるのだが。
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