きっこ

放射脳ってほんとにいるんだ──西日本疎開者の父と知りあう

jessy Hot Sauce
 今朝のBGMは、Jessy Jの「Hot Sauce」。私はほんとにJessyが好きなんだなあ。毎日聞いている。Jessyのプレイ以上にPaul Brownのプロデュースが好きなのかもしれない。ライブ映像でわかるようにJessyはPaulに心酔しているらしく、彼の支持にしたがって動いている。恩師なのだろう。いい師弟だ。

 そしたまた思うに、世の中にはきっと、こういうふうに隅々まできちんと計算された作品はきらいで、アドリブガンガンこそ最高って音楽ファンもいるんだろうな。私自身デルタブルースにはまっていたころは、こんなきちんとした音楽は受けつけなかったかもしれない。



 下にある「友達話──ふたりのHさん」は最初実名を書いてUPした。あたらしくHさんというかたと知りあいたのしく語らった翌朝、旧知のHさんから二十年ぶりのメールをもらってうれしかったという話である。ふたりの苗字が偶然にも同じだった。
 アップしてすこし経ったあと、知りあったばかりのHさんから聞いた話を書く予定だから、実名はまずいかとイニシャルにした。それは以下のような話。



 Hさんと知りあった日、仕事の帰り、喫茶店に入って懐かしのむかしばなしをした。Hさんの親友が添附ターズ──テンプターズも変換されない時代になったか(笑)──のメンバーの兄で、渋谷で遊んでいるとき、 彼らを呼んだら、テレビ局からすぐにショーケンを始め全員がやってきたものだから、人気絶頂の時でもあり、街中がちょっとしたパニックになったとか、そんな話を聞く。昭和43年。当時私は田舎の高校生。東京に出たのは昭和46年。まだ渋谷駅前にはハーモニカを吹きつつ傷痍軍人がすわっていた。駅構内はタバコ吸い放題で吸い殻を線路に投げすてるひともいっぱいいた。いまはずいぶんとマナーがよくなった。

 グループサウンズの話から、ジュリーがいま護憲と反原発の活動をしていることを私が話した。Hさんは知らなかったようで、「ほう、それはえらいですね」と言った。なにがえらいのだろう。奇妙な感じをおぼえた。ここから予想外の展開になる。 



 Hさんには溺愛しているひとり娘がいる。Hさんはなかなかの美男子なので娘さんもかなりの美形と思われる。年齢はたぶん三十歳前半であろう。独身。いま関西の××県にいる。男と一緒に住んでいるが結婚はしていない。三ヵ月に一度ぐらいの割合で東京にもどってくる。Hさんの住まいは多摩市である。娘さんもそこで育ち、数年前まで一緒に住んでいた。娘さんからもらったノートパソコンでHさんはパソコンを始め、いまYouTubeで50年代の懐メロ=オールデイズをダウンロードし、mp3プレイヤに挿れて聞くところまでをマスターした。わからないことは娘に電話し、電話でわからないことは、たまに帰宅した際にやってもらっているらしい。そこまでは昼に聞いていた。

 夕暮れの喫茶店。私が物書きだということから、Hさんが「じつはうちの娘も」と、なる。フリーランスのフリーライターで、新聞雑誌の書評がメインのようだ。本好きのHさんは、娘さんが書評をした作家(基本的に書評は褒めるものだ)からお礼の手紙と一緒に新刊本が贈られてる来るので読む本に苦労しないのがありがたいと言っていた。Hさんは二浪したが目標の早大に行けず、進学を諦めて就職した。期待を娘にかけ、娘もまたそれに応えた。こどものころから読書感想文でいろんな賞をもらう子だった、ライターは天職だと、嬉しげに娘自慢をする。



 話はジュリーの反原発活動をHさんが「えらいですね」と言ったところにもどる。私は「いや、ただのバカサヨクです」と応じた。「じつは」とHさんが言う。「うちの娘も原発反対の運動をしていて、たまに東京に来るのはその活動のためなんです。ぼくもこのあいだ娘と一緒に官邸周りのデモに参加してきたんです」「ぼくは反原発じゃないですよ。どうでもいいんですけどね、ただ娘をひとりでそんなデモに参加させるのが心配なのでついていったんです」

 さらに「じつは」が続く。「娘が××県に住んでいると言ったでしょ。あれ、あの大震災のあと、引っ越していったんです。放射能があぶないって。一緒に住んでいるのは、その活動で知りあった男なんです」「ぼくは放射能なんて平気ですけど、怖がるひとっているんですね、うちの団地からもかなりの数のひとが放射能がこわいって西日本に引っ越しましたよ」



 う〜む、なんか山の中で幻の獣と出会ったようだ。ほんとにいたんだな放射脳って。ツチノコか。
 なにしろあの<きっこさん>が2011年9月の時点で「今日で西日本への疎開斡旋が100組になった」とツイートしていたぐらいだから、いるんだろうなとは思っていた。たった半年で100組だから、今ごろはもう<きっこさん>の斡旋した疎開者は1000組を超えているだろう。ほんとにえらいなあ、<きっこさん>は。なのにTwitterでお礼を述べるひとがひとりもいない。ひどい話だ。日本人は義理人情を忘れたのか。

 Hさんの話によると、西日本に疎開した家族はHさんの周囲だけで10家族はいるという。現にひとり娘は両親を捨てて(笑)、自分だけ男と一緒に西日本に逃げたのだ。三ヵ月に一度多摩市にもどるときは放射能防禦服でも着てくるのだろうか。しかし西日本もあぶないぞ。<きっこさん>が言っていたように、「日本は終りだ、北半球は終りだ、カナダ経由で南半球オーストラリアに逃げる」ぐらいしたほうがいいのではないか。いやほんと、そんなにこわいならそこまでしなきゃだめだし、というか地球をもう何十コも消滅させるほどの核兵器を人類はもっているのだから、地球にいちゃダメだ。あぶないよ。よその星に行かないと。



 <きっこ>さんて言えば、<きっこさん>のお母さんは、「こわいよお、放射能がくるよお」と布団を被ってブルブル顫えたんだよね。それで<きっこさん>は、たいせつなお母さんを護るために、着の身着のまま、お母さんを連れて西日本に疎開する。2011年3月末のことだ。あれから4年経つ。

 私はこれを読んだとき、お母さんのことを「なんてなさけないおんなだ」と思った。年齢設定だとこのとき65歳になる。<きっこさん>が37歳か。母子家庭で、いろいろな仕事をしながら<きっこさん>を育てあげた強い母である。なら話としては、「放射能が来る、あぶない、西日本に逃げよう」なんてかしましい娘に対し、「落ちつけ、放射能なんて母さんがぜんぶ受けとめてやる。お前を死なせはしない。母さんがおまえを護ってやる。安心しろ」と言うのが本筋ではないか。女手ひとつで娘を育てあげた強い母親が、「こわいよお、放射能がくるよお」と布団を被ってブルブルは、いくらなんでもキャラ設定がめちゃくちゃだ。まあそのめちゃくちゃさゆえに<きっこさん>は人気者なんだけど(笑)。



 Hさんの苗字が実名でも、××県と伏せなくても、べつに問題はないと思うけど、SNS時代だから慎重にしたほうがいいと判断して伏せた。苗字と県と反原発デモ活動家で特定されてしまうかも知れない。私はかまわないがHさんに迷惑を掛けたらもうしわけない。

 しかしSNS時代と言っても、SNSそのものに問題があるのではない。要は使いかただ。「しまむら土下座事件」をやった女も、Twitterでそれを自慢気に書きこんだことから批判され、Facebookにアップしていたチマチョゴリを着て学校に通う娘の写真などから通名がバレ、在日朝鮮人と認定された。「たかじん遺産争い」の朝鮮人後妻も、やはりFacebookにイタリア人亭主との結婚式写真やキス写真をアップしていたので重婚疑惑に繋がっていった。いわばみな自業自得。SNS時代がこわい、ではなく、破滅するひとはそうなるだけのことをやっている、ということだろう。



 西日本疎開者はこれからどういうオチをつけるのだろう。「もうだいじょうぶ」ともどってくるのか。それともこのまま西日本に住みつづけるのか。本格的に引っ越し、あちらで仕事を見つけて働いているひとはいいとして、<きっこさん>のように単なる煽りでウソ疎開をしたひとは、どんなオチにするのか。たのしみだ(笑)。

勤労感謝の日──三田祭のころ──ここを過ぎると冬──ギターの手入れ

 11月23日。祝日。勤労感謝の日になると毎年三田祭を思い出す。卒業後、後輩達がコンサートをやっている何年かは行った。その後はもう何十年も行ってないし、これからも行く気はない。なのにこういう若いときに刻まれた想いというのは強烈で、お恥ずかしい話、毎年毎年この日が来るとワンパターンの記憶がよみがえり、同じ事を思う。文化祭でのコンサートの準備、あれこれあった四日間、そして撤収。
 以下の話はもう何度かサイトで書いたことの繰り返しになるが。



 私が一年生の時に三田祭実行委員長をやっていたのがいま民主党代表の海江田万里さん。四年生かな、五年生だったように思うのだけど。海江田さんはベ平連の活動をしていて、そのころから目立っていたひとだった。所属していた音楽サークルの関係から私も三田祭前夜祭の警備員のようなものに借りだされた。当時の学祭というのはだいたいにおいてサヨクが仕切っていた。中核だの革マルだのある中で、慶應でのみ隆盛だったフロント派というののヘルメットを被らされた。土方のバイトでヘルメットを被ったことは何度もあるが、学生運動のヘルメットを被ったのはこれが最初で最後になる。私は当時いまで言う「自虐史観」に染まっていて、シナ、朝鮮に対して罪悪の意識を持っていたが、マルクスレーニンには染まらなかった。



 前夜祭に、村八分、吉田拓郎、南正人、外道、豊田勇造等が来た。本祭には頭脳警察、遠藤賢治らが来た。彼らの全盛時代だ。当時のことを思うと、私にはいま40歳の<きっこさん>が村八分や頭脳警察を好きなことが理解できない。彼らも彼らのファンも団塊の世代だろう。まして彼らの世代にちかい私でも彼らを好きではなかったし、あれはかなりマニアックなひとの好む音楽だ。思えば思うほど<きっこさん>がわからない。

 前夜祭の吉田拓郎の警備を任された。控室(という教室)の前にヘルメットを被って立った。出番が来たのでたくろーさんにそれを告げた。その距離、1メートル。今までの人生、吉田拓郎までの最短距離。

 いまネット検索したら、こんなこと(=この年の三田祭の中身)までも記録されている。すごい時代だな。前夜祭にはっぴいえんどが来たとある。覚えていない。たくろーさんの警備でステージを離れていた時間だろうか。たくろーさんが「馬」を歌ったのは覚えている。中津川で話題になった後だったので、「『人間なんて』を歌え!」と声が飛んだが歌わなかった。頭脳警察も前夜祭に来ているとある。私の記憶にあるのは階段教室で開催された本祭での頭脳警察だ。当時は売れっ子だったから両方来たのか。当時の私は心情的左寄りのウスラバカだが、頭脳警察に感じるものはなにもなかった。

 前夜祭で私が最も感動したのは豊田勇造のギターテクだったブルースを弾き語りでやっていて、なんともかっこよかった。影響を受け、それから彼のスタイルを模倣した。そのことからデルタブルースにはまってゆく。ということで「豊田勇造さんて現役なの?」と検索したら、いまも旺盛に活動されているらしい。御同慶のいたり。ネットですこしだけ見た豊田さんの今の演奏スタイルは当時私が憧れたものとはちがっていた。そりゃ40年も経てば音楽スタイルも変るか。

 三十年後、タイのチェンマイの日本食堂『サクラ』で、南正人さんと知りあう。



 この時期に「秋の天皇賞」があった。府中の3200メートル。秋の大一番。トライアルには目黒記念、オールカマー、毎日王冠があった。最重要トライアルは同舞台2500メートルの目黒記念。昭和56年にジャパンカップが創設されることになり、秋天もトライアルも距離、日程も変更されいまのようになった。三田祭のときに参戦した天皇賞がなつかしい。慶應にも競馬研究会があり、その部屋にもぐりこんで、そこのテレビで観戦した。早稲田の競馬研究会からは多くのひとが競馬評論家となって活躍しているが慶應からはひとりもいない。あのころの慶應の競馬研究会のメンバーはいまなにをしているのだろう。大手商社に勤めて、出世して、今はリタイア、であろうが……。

 故・大川慶次郎さんはあたらしい体制になってからも「京都よりも府中の3200メートルのほうが実力が発揮されて天皇賞にふさわしい」と語っていた。府中の芝2000はコース的に問題がある。しかしJCを最高峰と据えたら秋天はトライアルとなり距離短縮はしかたなかったのだろう。後にメジロマックイーン問題が起きている。
 といって私に懐古趣味はないから、あの当時の枠連しかない競馬をたのしかったとは思わない。いまのほうがずっといい。しかしまたそれとはべつにあのころの思い出は胸に刻まれ消えることはない。

 競馬業界に就職するつもりは毛頭なかったが、就職掲示板に日刊競馬の募集があったことを妙に鮮明に覚えている。



 毎年「11月23日前後は文化祭開催時期として遅いのではないか」と思う。多くの大学がそうであるように11月3日の文化の日前後が最適ではないのか。ほんとにこれ、毎年毎年この時期になると思う。かといって当時が恋しいとか、三田祭に出かけてみたいとかではない。それはない。まったくない。だけどそれこそ季節の風物詩のように、毎年この日を迎えると条件反射というのかバカの一つ覚えというのか、「この季節は学園祭開催の時期としては……」と考えている自分がいる。それを知って赤面する。毎年(笑)。なんなのだろう、これ。
 学生のときは他大学と時期がちがうことを誇りに思っていた。日吉と三田のキャンパスに舞う銀杏の葉がうつくしかった。うん、あれはきれいだった。学生時代の風景をひとつだけ選べと言われたら、私は日吉の銀杏並木になる。

 いま地球温暖化で冬が暖かい。それは実感する。こどものころの冬はもっと寒かった。ならこの11月23日前後はどうだったのだろう。十分今も寒いように思うのだが、学生だったあの頃は、いまよりも寒かったのか。
 還暦を迎えてもまもっているあのころの感覚がある。「三田祭が終るまでコートは着ない」。いまも11月23日が過ぎるまでは秋であり、冬はそのあと、と思い、どんなに寒くても冬装備はしない。痩せ我慢をつらぬいている。明日からは自転車に乗るとき、手袋をしたり、毛糸の帽子を被ったりできる。

 塾生それぞれの「母校に対する想い」があるとしたら、私は福澤翁の本も精読していないし、商社マン的な世界の連帯とも無縁だったし、日吉も三田もご無沙汰の、どうしようもない劣等生なのだけれど、この「毎年勤労感謝の日に三田祭を思う」が、唯一のそれになるのかもしれない。



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 今年の「勤労感謝の日=新嘗祭」は、秋晴れのいい日だった。午後の陽射しの中、A・ギターを引いていたら3弦が切れた。だいぶ旧くなっていた。ごめんよと謝る。こういうのが猊埓梱瓩任△雖狢塚遶瓩澄かつて、激しく弾いて切れるのはともかく、旧くなって切れるまで使ったことはなかった。定期的に交換していた。6弦ぜんぶ張り替える。ついでにテレキャスもZO-3も張り替えた。もう1本のA・ギターとセミアコのE・ギターは今回は勘弁してもらう。弦がない。買わないと。フラマンも替えるかと思ったがもう何年も触ってないのでこれまた勘弁してもらうことにする。ウクレレは夏に買えたからいいや。

 西東京の外れに住んでいると楽器や弦の購入で不自由する。さいわい今は通販があるのでなんとかなるが、それとはまた別に、たまに行く御茶の水での買い物もたのしみだ。やはり触って選びたい。年内になんとかまた御茶の水に行き、それら小物をまとめ買いしたい。小物も数が嵩むと値が張る。JCを当てないと。

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 ひさしぶりにZO-3を手にして、casio DG20のリズムボックスをバックにすこしあそんだ。こういうオモチャもいっぱいもっている(笑)。弦に張力がないのでDG20は楽器としていじる気にはならないが、こんなときの手軽なリズムボックスとして役立ってくれている。

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 テレキャスの写真を探していてこれを見つけた。なつかしい。2000年ごろか。初めて液晶ディスプレイを買った頃だ。17インチで10万円以上した。三菱製品。田舎の家の二階。あちこちスダレが見えるから夏仕様だろう。陽当たりが良すぎて、とんでもなく暑い部屋だったから、夏は「海の家」みたいな総葦簀張にしていた。
 私のPC生活はWindows2000で激変した。初めて出会った満足できるOSだった。だから私的PC史は「Windows2000以前、以後」となる。これは2000を導入した後だろう。なら2001年か。

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 PCはもう自作機だがディスプレイはまだ1台だった。それ用のマザーボードにCPUをふたつ載せてDual CPUの自作機を組んでいたころだ。上の写真がそれ。Dual CPU用のマザーボードにCPUをふたつ設置している。ひとつ35000円ぐらいした。もちろんCPUファンもふたつ必要。この青いCPUファンがちいさくて高速回転だからキーンと鳴ってうるさくてねえ(笑)。いまじゃ安物の5000円ぐらいのCeleronだってひとつで2coreだ。Core i7や5は4Core、AMDには8coreまである。なんともはやこの分野の進歩はすごい。当時としては最高級の性能の電気食い爆音Dual CPUだったが、その性能はいまの安物Celeronにすらかなわない。

 部屋の写真を見ると、ディスプレイ、キイボード(ThinkPad型)、マウス、スピーカー、電気スタンド、イスがオシャカ。廃棄。
 あ、サイドテーブルの上にある白いのはCANONのスキャナーだ。このころスキャナーに凝ってた。本から読みこませた文を修正(ソフトがまだ未熟で読み取りミスが多かった)してサイト(まだホームページと言っていた)にアップし、それへの意見を書いたりしていた。まだいわゆる複合機は出ていない。もちろんこのスキャナーもオシャカ。
 スピーカーの前にある赤いのは「運気をあげるアップル」とかで、秋葉原で980円で買ったのではなかったか。あがらなかったけど(笑)。

 PC机とテレキャス、ギタースタンドは現役だ。そうか、このPC机ってこんな前から使っていたんだ。かわいいな。いまも手元にある。それで書いている。秋葉原のラオックスで買ったのをつい昨日のことのように覚えている。階下に住んでいた父母も最愛の猫も、みな鬼籍に入ってしまった。



 そういや<きっこさん>は改造オールドテレキャスを所有しているのだった。金欠のとき知りあいの楽器屋でオークションに出してもらったら40万円だか50万円だかの値がついた逸品だ。「ピックアップをハムバッカーに換装したオールドテレキャス」である。以前はブログ話に頻繁に登場していた。ぜひとも見せて欲しい。夜中に数分だけ顔の見えない自身の姿をアップするのもいいが、私はぜひともそのオールドテレキャスが見たい。さぞすばらしいものだろう。<きっこさん>だって愛器を見せたい気持ちはあるだろうし、どうして公開してくれないのだろう。私のテレキャスも買ってから30年経ち十分オールドだが、こういうのはいくら旧くなってもオールドテレキャスとは呼ばない(笑)。<きっこさん>に本物を見せてもらいたい。つうかもうここのところギターの話なんかぜんぜん出て来ないな。オールドテレキャスピックアップ換装ハムバッカーモデル所有なんて狎瀋雖瓩呂發λ困譴燭里。母親のことすら忘れるぐらいだからギター設定なんてどうでもいいのか。



 明日は振替休日。25日火曜からは「冬」として、今日は部屋の掃除をしよう。冬モードだ。こたつも設置するか。仕事もせねば。さて「ハーツクライをどう書くか」。

ツイッターの支持者を増やす方法──<きっこさん>篇──実践例、安倍晋三、石原慎太郎

《方法論》

きっこ@kikko_no_blog

とりあえず誰でもいいから敵を作って攻撃するのって、自分の支持者を増やすための一番てっとりばやい方法なんだよね。もちろん、こんな使い古された前時代の伝統芸に乗せられるのなんて、偏差値が35以下のバカだけ、「消防署のほうから来た人」から定価の20倍で消火器を買っちゃうレベルのバカ。

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《実践例.1──安倍晋三篇》

きっこ@kikko_no_blog

しゃべればしゃべるほどボロが出る安倍晋三、やっぱりこのバカはゴーストライターに書かせた作文を棒読みするしかないんだね。日本語の読み書きもロクにできないバカは副総理の麻生太郎だけで十分だから、安倍晋三はトットと引退してくれ。あまりにもバカすぎて見てるほうが恥ずかしくなってくるから。

きっこ@kikko_no_blog

安倍晋三はアベノミクスの恩恵で「6割の企業が賃上げしてる」とテレビで公言したけど、それならどうして国民の9割以上が「給料が1円も上がらないのに物価ばかりが上がって生活が苦しくなった」って言ってるの?安倍晋三って麻薬でもやって幻覚でも見てるんじゃないの?早く入院したほうがいいよ。

@kikko_no_blog

安倍晋三、マジでヤバいわ。このキチガイ、今すぐに精神科のカウンセリングを受けたほうがいいわ。完全に脳みその回路がどうにかなっちゃってるよ  

@kikko_no_blog

すごいな安倍晋三、ゆうべのTBS「ニュース23」に生出演して「アベノミクスの恩恵などまったく感じてない」という街の人たちの声を「ミクロの声」だと斬り捨てて「6割の企業は賃上げしている」と大ボラをノタマッたよ(笑)

きっこ@kikko_no_blog

つーか、安倍晋三って顔がキモすぎる!まるで溶けた蝋人形みたい!気持ち悪いからテレビに出すな!




《実践例.2──石原慎太郎篇》

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《実践の結果》

以上、「とりあえず誰でもいいから敵を作って攻撃するのって、自分の支持者を増やすための一番てっとりばやい方法」の実践例のふたつ。

『こんな使い古された前時代の伝統芸に乗せられるのなんて、偏差値が35以下のバカだけ、「消防署のほうから来た人」から定価の 20倍で消火器を買っちゃうレベルのバカ』──現在119138人

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《私的感想》

冒頭の文はもちろん「そういうことで支持を集めているヤツがいる。それを支持するのはこの程度のバカだ」という他者を攻撃したもの。しかしこのひとの場合、常にそれが自分語りになる。

いくら「自分の支持者を増やすための一番てっとりばやい 方法」とはいえ、よくも他人をここまで立て続けに(おそらく深夜に泥酔して書きこんでいるのだろう)誹謗中傷出来るものだ。まともな人間ではない。

ことばにきびしい<きっこさん>をジャマイカで丸投げ(笑)──フレンチキスとコンドームと従軍慰安婦

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 そうだよねえ、フレンチキッスの意味を勘違いしているひとっていっぱいいる。ことばを勘違いして覚えているひとのことを「言語イメージ先行のB層」というのか。そういうひとが自民党のターゲットになりやすいのか。勉強になるなあ。


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 でもこれを読むと、<きっこさん>も「丸投げ」ということばを完全に勘違いしているようだから、「言語イメージ先行のB層」なのかな。だとしたら自民党のターゲットになりやすいから気をつけてね(笑)。まあこれに限らず、<きっこさん>て日本語をよく間違えている。とても廃人俳人とは思えないんだけど。

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jamaica

《ジャマイカまでレイプされに行く日本のバカ女は「従軍慰安婦」みたいな扱いだった》ってどういう意味だろう。「従軍慰安婦」ってのは存在していないものをアサヒシンブンやフクシマミズホが捏造したものだから、「ジャマイカまでレイプされに行く日本のバカ女は存在しないモノだった」ということか。

 20年前、<きっこさん>みたいにジャマイカまでレイプされに行く「日本のバカ女」ってどれぐらいいたんだろう。20万人ぐらい? 30万人? Sex Slaveって言うの? じゃあジャマイカに日本のバカ女従軍慰安婦像を建てないとね。

jamaica2

 「3人のうち1人くらいしか」という言いかたから推測するに、最低でも30人ぐらいのジャマイカ男と寝たんだろうな。
 <きっこさん>はかつてレイプされたことがあり、心に深い傷を受け、そのことをプロのミュージシャンに歌詞として提供し、CDにもしたレスボス島在住のかたと思っていたので、ジャマイカで黒人青年にフェラでコンドームをつけつつ、やりまくっていたと知り、たいへんおどろいています。
 親孝行な娘さんだと思って親しくなった競馬の師匠・石川喬司先生も、この乱行の過去をかなしんでいることでしょう。



 しかしこういうのって、本物の41歳の女が二十歳のころを思い出して、「ジャマイカでコンドーム逆さにくわえて、フェラしつつかぶせて現地の男とやりまくった」と実話を書いたとしても醜態なのに、実際は65歳のオカマが行ったこともないジャマイカ、弾けもしないギターを想像して、妄想で書いているのだから、滑稽を通りこしてもう無惨である。

 東京にいるのに西日本に疎開したことにして三年。前日までにせねばならない不在者投票を当日の朝にしたり、西日本では売っていない雑誌を立ち読みしたり、さんざん笑わせてくれたが、さてこのあと「これこれこういう理由で東京にもどりました」という狎瀋雖瓩呂匹海らひねりだすのだろう。おそらく<母さん>か自分の病気だろうね。「困ったときの病気とケガ」は<きっこさん>の十八番だ。ここまで設定ぐだぐだだと突っこむ気にもなれん。このひと、最後はどうなるのだろう。それはそれで楽しみだ。

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 こんなこと気楽に書いていたら、白夜書房にいる<きっこさん>専属弁護士に訴えられて「三桁」取られるかも知れない。でも最大で999円だから私にも払えるな。 これからまた女のふりをするために、「深夜の5分間だけ顔写真披露」が頻繁になるのかな。そんなもんロバの照美ですら信じていないのに。

ASKA容疑者と<きっこさん>と心優しい暴力団(笑)

ASKA容疑者とシャブと暴力団に関する<きっこさん>の意見。

きっこ@kikko_no_blog

@gomarin39 10代、20代を真面目に生きてきた人なら、50代になってから覚醒剤に手を出して中毒になって暴力団の資金源になって社会的に問題を起しても許されると言うのですか?


きっこ@kikko_no_blog

ASKA容疑者が10年以上も前からシャブを食ってたことに対して「誰にも迷惑をかけてない」とか抜かしてるバカがいるけど、暴力団からシャブを買い続けて暴力団の資金源になってたことが「誰にも迷惑をかけてない」って、お前は真性のアホか!


と、「シャブは暴力団の資金源」と批難。
しかし一方ではこんな発言も。

@kikko_no_blog: 「あと数日で殺処分」という子猫が5匹、里親が見つからずに困ってた。それで「何か困ったことがあったら、いつでも電話して来い」と言ってくれた、あたしの先輩の暴力団の組長に、ワラにもすがる思いで電話してみたら、二つ返事で5匹まとめて引き取ってくれた。ホッとして電話口で号泣しちゃった。

子猫を引き取ってくれた心優しい先輩の暴力団の組長はシャブを扱っていないのだろうか。子猫がシャブ中になっていないことを祈る。
どこかの国でなにか問題が起きると必ずそこにともだちがいる世界的に顔の広い<きっこさん>だが、まさか暴力団の組長の先輩までいるとは思わなかった。今までどれほど有名人と暴力団の絡みを批判してきたことだろう。

常に自分が中心にいて、周囲のものはその場次第で正になったり負になったりするこのひとの思いつき論法のいい加減さがよく出ている。あまりの身勝手に感激して鼻血を出しつつ号泣したら涙が止まらなくなった。北半球はもう終りか。もちろん「子猫を引き取ってくれた先輩の暴力団の組長」なんてのは「キヨシローのマンションに泊まった」と同じレベルのウソだ。犬猫の殺処分に本当に関わったことがあるなら、殺される寸前のそれに待ったを掛けて、里親を見つけたら中止してくれたなんてのがウソであることは誰でも知っている。「息を吐くように嘘を吐く」というのはこのひとのためにある。しかもそのウソがあまりに杜撰なので話にならない。なんともお粗末な団塊の世代のサヨクジーサンだ。

安倍首相の発言をツイッターで拡散してくれる<きっこさん>への感謝──いつもありがとうございます!

 安倍首相の発言を過去のものまで拾って11万フォロワーにツイートしてくれる<きっこさん>。大の安倍首相の支持者です。
 いつもありがとうございます。本当は私のようなのがこまめにやらねばならないことを<きっこさん>にしていただいて感謝しています。<きっこさん>の11万フォロワーの中には、これらのツイートを読み、「おお、安倍首相は正論を言っているな、正しいな、見なおしたゾ」と思うかたがたくさんいることでしょう。これからも広報活動をよろしくお願いします。

 「A 級戦犯とは戦勝国が決めたもの。国内法的には戦争犯罪人ではない」という首相の意見を拡散して頂けるのは助かります。戦争に勝っていたら彼らは英雄でした。負けたから犯罪者にされました。それだけの話です。そういう真っ当な意見を拡散してもらえることに感謝感激です。私ですと600人のフォロワーに200回ツイートせねばならないことを<きっこさん>なら11万人のひとに1回で済みます。拡散力が違います。大助かりです。これからももっともっと安倍首相発言の紹介をお願いします。

 また、戦勝国のみが核装備し、自分達以外にはさせないという身勝手な理論の彼らに対し、日本も核装備すべしとの発言を公開してもらえたのもありがたいです。<きっこさん>も私と同じく国連なんてものは大嫌いなのでしょう。あんなもん、ただの第二次世界大戦のときの聯合国ですよね。勝者聯合です。あれを持ち上げる敗戦国の感覚がわかりません。

 従軍慰安婦なんてのがアサヒシンブンの捏造で存在しなかったのも事実。首相のその発言をこういう有名ブロガーに拡めてもらえると助かります。現在のあの戦勝国に押しつけられた憲法もどきに対する批判も同じく。

 尖閣諸島問題で最も大事なのは「物理的な力」です。リクツの通らにないシナにはそれしかありません。首相の力強い発言を拡げて頂いて感謝しています。これを読んで安倍首相の態度に感服した日本人も多いと思います。<きっこさん>はほんとに安倍首相が好きなんだなと、しみじみ思います。これからも一緒に安倍首相を支持しましょう。私も<きっこさん>に負けないよう首相の発言を拡散するよう努力します。


kikko-abe2014

 ところで<きっこさん>のツイートに「天ぷら野郎」というのが頻繁に出てきますが、あれはどういう意味ですか。なにか天ぷらに関わる事件があったのですか。世事に疎いので意味がわかりません。<きっこさん>以外には誰も使っていないのですが、有名な話なのですか?

 そういえば「『秘密のアベちゃん』という替え歌が大流行」と見かけたので探したけど、どこでも流行っていず見つからなかったことがありました。どんな内容の替え歌だったのかとても興味があります。それと同じようなものでしょうか。

 これからも安倍首相の発言を拡げていただけるようお願いします。「安倍首相bot」のようなものより、<きっこさん>にこんなふうに活動してもらえるほうがずっと効果が高いです。今後とも期待しています。

 あちこち躰に故障が生じる年齢と思います。御身大切に。飲酒はほどほどに。

「笑っていいとも」の安倍首相を観る──<きっこさん>のツィートのおかげで(笑)

 春分の日。いつものよう午前3時起床。あれやこれや作業して、いつのまにか午前10時半。
 しばらく前に切れていたWii Uのカラオケプリペイドカード90日分2000円を購入しにファミマに出かける。3月末の今だけ、90日+6日のサーヴィスとか。
 それから早くも「午後酌」の肴買い。今日は大相撲13日目を観ながらのんびり愉しもう。



 Wii Uのプリペイドカードの入金で苦労する。私はこういうのは得意。あちらの不備のようだ。検索したらネットでも問題になっている。多くのひとが金を払ったのにカラオケが出来ないと怒っていた。

 まあ焦ることもないと、その間ViyellaのYouTubeで櫻井よしこさんがキムなんとか言う朝鮮おしゃべり女を論破した動画や、維新の党の杉田水脈(水脈はみおと読むそう)という女性議員の国会質問を観たりする。こういうしっかりした感覚の女性議員を見ると心強く思う。まだまだ日本も希望的だ。そしてまた、この杉田さんは自民党では公認されず議員になれなかったろうから、そういう意味で受け皿としての維新の党の存在価値を見直す。



 昼、12時前、ネット有名人<きっこさん>のTwitterを覗く。読むたびに不愉快になり流し読みしてすぐに去るが、二日に一度覗きに行くのは癖になっている(笑)。
 するとこんなコメントが。



kikko-abe



 えっ、《「いいとも」のテレホンショッキングに安倍首相が出たの!?》と思う。
 「3月中旬」とあるから過去の話なのだろう。もう下旬だ。いつもの私ならここで「しまった、見すごした」と思って諦め、後日また時間のあるときに「動画倉庫」を探すのだが、なぜか今日は「YouTubeにアップされてないかな」とすぐに検索した。すると「3月中旬に出演した」ではなく、「3月21日、春分の日に出演」と知る。今日だ。時計を見ると12時5分。急いで「笑っていいとも」を点ける。いやあ焦ったです、この瞬間は。



 「笑っていいとも」開始当時は、タモリが無名のころからのファンなので毎日のように見た。安定期になって遠ざかったが、金曜日のさんまとのフリートークだけは見ていた。オグリキャップのころだ。あのふたりの絡みはおもしろかった。その後も日曜のダイジェストは見ていた。それも見なくなって10年以上経つ。リアルタイムでこの番組を見るのは何年ぶりだろう。32年続いて今年3月一杯で終るそうだが、それを知っても何の感慨もなかった。安倍首相の出演がなければ10年以上見たことのないまま終了していた。



 テレビを点けた12時6分。「有名人そっくりさん大会」をやっていた。一瞬「もう終ったのか」と思う。首相登場は12時に始まって12時5分終了。さすがにそれはないだろうと、そのまま見る。すぐに「安倍首相到着までこのままそっくりさん大会を続ける」とスーパーが流れる。よかった、これからだ。



 見られてよかった。あらためて首相と真央ちゃんは顔の造作が似ていることを確認
 世間的にも好評だろう。



 これだけの話題だから後々YouTubeにアップされることはまちがいない。観ることは出来たろう。でも生で観られるに越したことはない。
 心からこの情報を教えてくれた<きっこさん>に感謝する次第。

 ところで<きっこさん>が「3月中旬」と「過去の話題」のようにしたのは、「笑っていいとも」を観るヤツがいないようにという意図的な仕掛けだったのだろうか。実際私はもう済んだことだと思ってしまった。過去の映像を探すつもりで検索したら、まさにいまこれからだったので、焦った。でも間に合った。いいものを観て、楽しい時間を過ごせた。ありがとう、<きっこさん>。

 <きっこさん>は安倍首相が大嫌いなので、批判の意味を込めてこんな動勢を書くわけだけれど、戦略?としては、<きっこさん>のような有名人が取りあげることにより、私のようななにも知らなかった庶民が、「そのことで知る」という事態も生まれる。観て感激し、ますます安倍支持になる。だから、<きっこさん>のようなアンチ安倍は、日々悪口を連発するより、むしろ「安倍首相の動向には触れない」ほうが、安倍支持者を減らすためには有効なのではないか。そんなことを思った(笑)。

原発考──そんなに人類の未来は明るいのか!?──<きっこさん>は楽観派?

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 核の技術が開発され、単純な原爆から今の原発に代表される高度な技術まで100年も経っていない。
 1000年もあれば、いや100年もあれば、いやいやもっと早いか、使用済み核燃料を安全にする技術は産みだせると思うが(笑)。きっこおじさんは1000年の長さをどう考えているのだろう。
 10万年と対比して1000年の不安を煽っても説得力がない。65歳にもなってずいぶんと未来のことを案じている。だったらもう「あたしが10万65歳になると廃棄核燃料は安全になる。もうすぐだ」とでも言えばいいのに。

 こういう「10万年先なのに、たった1000年しか」というリクツが成りたつなら、<きっこさん>が「涙が止まらなくなる」ほど心配している世界中のこどもたちは、「どうせぼくたち、あと70年もしたらみんな老衰で死んでしまうんだ」と全員自殺してしまうだろう。事実そうなのだから。

 そう考えるこどもたちに、「そうじゃないんだよ、その70年を生きることがすばらしいんだ」と教えるのがおとなの務めであるように、<きっこさん>が案じるべきは「その1000年のあいだに人類は解決法を見つけて欲しい」と願うことであり、「10万年なのにたった1000年」と不安を煽ることではない。



 というか、1000年後も人類は存在しているのか。いま存在している核兵器の数は地球を何個亡ぼすのだったか。20数年前の智識で「35個」と記憶している。その数は増えたのか減ったのか、いずれにせよ1個しかない地球を何十個も亡ぼすだけの爆弾を保ってしまった時点で人類という地球の癌はもう終っている。それらがなにかの事故で爆発するだけで人類なんてのは簡単に消滅する。
 そういう考えの私からすると、上のようなことを言うひとは人生楽観派になる。不安を煽るという愉しみ、遊びで、「10万年なのに1000年しか」とやっているのだからお気楽である。単勝売りあげが1000万円の競馬で「1.2倍の単勝を1億円買うと2000万円儲かる」と100円だけ買って言っているのと同じレベルだ(笑)。



 日本の原発の不安を煽るひとたちの意見を目にするたびに思うのだけど、Chinaは日本海側に技術レベルの低い原発を何基も作っている。資料を保っているのであとで正しい数字を書き足そうと思うが、Chinaのいまある原発が14基で今後建築するのが27基だったか、いまも建設中だ。新幹線の事故でもわかるように、あのいいかげんな国の日本海側の原発が事故を起こしただけで日本はたいへんなことになる。それは黄砂被害からも明白だ。原発反対派のひとは、世界に向けてその声を発信しなければならない。まずはお隣のChinaだ。Chinaに何を言っても聞くはずがない。
 世界中が安価に電力を供給できる原発に走っている今、日本のことだけ言っても意味はない。核兵器廃絶が絶対不可能なように、原発を無くすのも無理だ。 貧しい国が豊かになるためには原発が最も手っとり早いのだから。
 そして、假りに日本が原発を完全に廃したとしても、お隣の国が、世界中がそうである限り、事故の際の放射能被害からは逃れられない。Chinaの日本海側の原発が事故を起こしたら日本は壊滅状態になる。

 外に出るとおとなしく、必要なことすら言えないくせに、家の中では、母親に対してだけは暴君のこどもがいる。
 原発反対や秘密保護法反対の連中を見ているとそれを思う。 日本という温室の中でだけの内弁慶だ。

<きっこさん>の超能力──売っていない本を立ち読み(笑)

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 てなことを安倍晋三が大好きで(笑)、その地元の山口県に疎開している<きっこさん>が言う。



 しかし、Wikipediaでは。

『週刊Gallop』(しゅうかんギャロップ)とは産経新聞社が「サンケイスポーツ特別版」として発行する競馬専門の週刊誌である。原則的に毎週月曜日に日本各地の主要書店、駅売店、コンビニエンスストア、産経新聞社取り扱い販売店、競馬場・ウインズの新聞売店コーナーで発売されている。

中国、四国、九州、北陸地区では、2010年9月6日号よりインターネットによる通信販売のみの取り扱いとなった。 




 西日本では三年前からもう売っていない本を西日本で立ち読み(笑)。さすがスーパー鼻カルボ。
 世田ケ谷に引き篭もっているのに西日本に疎開したなんてウソをついていると、こんなところからもボロが出る(笑)。設定ボロボロ。地方には行っていないが痴呆は確実に始まっているようだ。

こども考──山本太郎事件と<きっこさん>──こどもを前面に出す卑怯と勘違い

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kikko-tennou

 こういう問い掛けは「ああ、そうだな、その小学生だったら批判しないよな」という答を想定して作られている。でもそれは成立しない。
 小学生がそんなことをしたら、もちろんその「小学生」を批判する。それは誤りだからだ。こどもが自力でしたなら、それは天皇制を理解していない無智であり誤った考えだからおとなが正しく指導してやらねばならない。
 そもそもこういう考えは、「こどもは純粋」「こどもは天使」「こどもは真実」のような持ちあげから来ている。そうじゃない。「こどもは智能の低い動物」にすぎない。腹が減ったと泣き、好きなときに排泄する我を主張するだけの未熟な存在にすぎない。それをおとなが躾て「人間」にするのだ。

 そしてこういう場合ほとんどは、後ろに偏向したおとながいて、こどもにそうさせている。こどもは便利な道具だ。批判を突き返す楯だ。悪賢いこどももまた、おとなの顔色をうかがって、気に入られようと行動する。そういうおとなに利用されているこどもを救わねばならない。こういうおとなは、日常的にこどもに暴力をふるってケガをさせたり、こどもに売春させて金を儲けている親と同類である。

 山本太郎のやったことは、「こうした子どもたちの思いを代弁した」のではなく、「こどもにそういうことをさせるおとなの行為を代弁した」ものだ。これは「国会議員の真の姿」ではなく、辻元清美が自分を自慢気に言う「国壊議員」になる。

 そしてまたこういう「たとえ」を出す<きっこさん>も、「こどもを利用しているおとな」になる。醜い手法である。これは今に始まったことではなく、<きっこさん>のこの種の意見表明には、必ずと言っていいほど「こどものことを思うと涙が止まらなくなる」が出て来る。
 それは以下にまとめた。
kanren6 「こども」を全面に出すひとは、「こども」を前面に出している、ような




 <きっこさん>は、こういう「故郷を追われた小学生なら、それでも批判しただろうか?」のような手法が効果的と思い込んでいるようだ。だれもが賛同してくれると。
 しかしそれは<きっこさん>の偏向と浅さを露呈することでしかない。
 下のものも同じ。あまりに幼稚。60代男性のリクツではない。言うほどに唇寒しだ。kikko-tennou2

「まずは天皇陛下に聞いてみろよ」「それから山本太郎を批判しろよ」だってさ。



kikko-yamamoto

「山本太郎」を「安倍晋三」「小泉純一郎」「石原慎太郎」、あるいはカップヌードルのような「有名企業製品」に置きかえると、もろに<きっこさん>の自己紹介になる。
「自分の気に入らない相手を吊しあげてストレスを発散したいだけのクズ」。



 <きっこさん>のツイートで嗤えるものは、本人も自覚しているらしくすぐに削除する。
 しかし有志がしっかり保存しているので生き恥を消すことは出来ない。
 ぜひ2ちゃんねるの「きっこスレ」に来てください。



 感情的に書きこまれ、すぐに削除されたツイートの一例。574番です。私はこのやりとりを知りませんでした。アップしてくれたかたに感謝。
「トットと日本から出てけ!」は<きっこさん>だと思うけど。
 福島にミサイルを打ちこめ、北半球はもうダメだとか言って、オーストリラアに行くんじゃなかったっけ。<母さん>と(笑)。

きっこ &#8207;@kikko_no_blog 10月31日
ネットウヨクから「極左」と批判されてる人たちのほうが、よっぽど日本のことを考えてるという現実を見れば、ネットウヨクが妄信してる「安倍自民党」こそが「米国に土下座し続ける売国政権」てことは一目瞭然。
安倍晋三!小泉純一郎!竹中平蔵!貴様らのような売国奴はトットと日本から出てけ!

 honnenogod &#8207;@honnenogod 2時間
@kikko_no_blog 「極左」が良いわけなく、きっこさんも、金融経済がわからないと多くの国民を豊かにできません。
金融経済を理解し、名目成長の重要さを理解して下さい。
欧米並みのインフレ率2%位の名目4%成長ができれば、日本のGDPは、18年で2倍。
国民の所得も税収も2倍に。

 きっこ &#8207;@kikko_no_blog 2時間
@honnenogod あなたのような石器時代の脳みその人たちのせいで大多数の市民が苦しんでいるのですよ。
寝言は寝てから言ってください。

2013年11月1日 - 3:22 &#183; 詳細
 honnenogod &#8207;@honnenogod 1時間
金融経済がわかっていないあなたは、どうすればこの日本が良くなると思うのですか?
ちゃんと答えられたら、石器時代の脳みそと認めましょう。RT@kikko_no_blog あなたのような石器時代の脳みその人たちのせいで大多数の市民が苦しんでいるのですよ。
寝言は寝てから言ってください。

 すぐにこのやりとりは削除された。
 消されたひとの反論。下が先。やりとりを全部削除してしらんふりなので憤慨しています。

kikko-hanron



 こんなつまらんネタでもたっぷり時間を取られてしまう。ブログもツイッターも閑人でないとできない。
 ひさしぶりにネタをアップしたというより、つまらんことに時間を取られた虚しさのほうが大きい。朝風呂にでも入って気分転換しよう。 

yamamototaro
 今夏、参院選の結果を知らずに海外に出た。帰国したら、やはり山本太郎が当選していた。
 私はそれを2012年12月18日の衆院選の日に予測しているが、現実にそれを知ると、なんともたまらん気持ちになった。
 今回の
陛下への無礼を知ると、あのようなものを当選させてはならないのだと、あらためて思う。しかし当選させる勢力がある。なんとも滅入る。

kanren6
● 「山本太郎が2分で落選」を喜んでいる方々へ──こいつ、参議院当選確実ですよ、私は憂鬱です

 ●就職した山本太郎とグリーンピースの関係

「文字打ち内職の思い出◆廚法崙眇Δ任盥盖襪<きっこさん>を【補稿】

「文字打ち内職の思い出◆廚法◆崙眇Δ任盥盖襪<きっこさん>」を【補稿】しました。

「文字打ち内職」の思い出※;|凌佑両匆陲濃呂泙訐A阿泙濡; 敲箙董<きっこさん>の不自然な打鍵の遅さ

 腰を痛めて何ヶ月も寝た切りになり餓死寸前まで追い詰められた頃、このバイトを紹介してくれた知人がいた。私はそんなアルバイトがあることを知らなかった。トイレに行くだけでも激痛にのたうちつつ這って行く状態だったが、腹の上に載せたノートパソコンで文字打ちなら出来る。幸いにして頭の方はまともであり、貧困で痩せ細り、よけいな脂肪が落ちてむしろ冴え冴えとしていた。こんな仕事があったのかと天の恵みに感謝した。

 紹介してくれた知人は、長年勤めた会社が倒産し派遣社員をしていた。その他にもこれを、すこしでも家計の足しにと自宅で何年ももうやっているらしい。学生の息子と娘がいて、彼らのためにも一円でも欲しいとがんばっていた。
 私の悲惨な状況を知り、この仕事なら出来るのでないかと教えてくれた。とてもギャラが安いバイトであり、勧められるようなものではないのだが、と遠慮しつつ、もしもこれでいいなら紹介しますと言ってくれた。



 彼は、「文字打ち内職」の納品をしているひとの連絡先を教えてくれた。そのひとは個人でやっているようだった。そのひとから「指令」が来て、それに従った「文字打ち」をする。それをメールでそのひとに届ける。翌月、それに応じたギャラが支払われる。そういうシステムのようだった。
 会社組織ではないようだ。ということはもっと複雑な構成になっているのだろう。彼が子受けであり、紹介してくれた知人や私は孫受けになるのか。でも早速そのひとからPDFの契約書のようなものが送られてきて、電子メールのやりとりではあるが、きちんとした仕事であることは確認できた。

 知人が私のことをどう紹介したのか知らないが、というか知人は私がどんな生きかたをしてきたか知らないのだが、それでも適当に褒めてくれたのだろう、「納品するひと」のメールには、「あなたは実績があるようだから特別に高いレベルの給料を払ってあげましょう」のようなことが書いてあった。
 それによると「初めての人は1000字200円からだが、あなたは文章書きの実績があるようだから、特別にベテランと同じ1000字300円からのスタートにします。実績を積むと1000字500円まであげることが可能です」とあった。



 私がライターとして活動を始めた30年数年前の稿料は400字原稿用紙換算で「1枚3千円」が多かった。これが私の経験した最低稿料になる。その後もそれ以下は経験したことがない。だいたいは「1枚5千円」、景気のいい会社だと「1枚7千円」だった。広告系や会員系の特殊雑誌だと「1枚1万円から2万円」くれた。私が「1枚7千円」で落ちついている頃、年下の新人ライターが「1枚2000円」だと嘆いていた。エロ雑誌に編プロ経由で書くとそんなものらしい。私は編プロというのとは関わったことがないのでわからない。
 2ちゃんねるの「きっこスレ」というのを読み始めた頃、そこに「編プロを知らないヤツはライターじゃない」という意見がありおどろいた。長年ライターをやってきたつもりだったが、私は編プロ経験がないからライターじゃないのかと思った。原稿というのは編集部から発註され編集者と打ち合わせをして書くものと思っている。いまだにこの「編プロを経験してないヤツはライターじゃない」という意見は意味が解らない。

 コピーライターとしての私の格は、ひとつで10万ぐらいだった。シリーズ物として長年やってそれなりに稼いだ。楽で儲かるようだが、コピーは要求がキツく、ボツが多いし打ちあわせも面倒なのでそうとも言えない。そしてまたNGだと言ってくるスポンサーからの意見が「本気かよ!?」と思うようなアホなものが多かった。私は好き勝手に書ける原稿のほうが楽しかった。同じく上記広告系の原稿は率がいいが、やはり制約が多い。自由が一番だと思ったものだ。M先輩が廻してくれる地方ラジオ局の仕事はギャラは安くても楽しかった。感覚の合うひととやる楽しい仕事が一番だ。
 ラジオの構成料の方は月極めだ。1本の契約が10万円だとすると1週25000円。量は原稿用紙換算で5枚ぐらいだったから、やはりここでも「1枚5000円」ぐらいだったことになる。バブルのころは1本が20万円だったりした。



 そんな感覚でいたから、「文字打ち内職」が安いことは覚悟していたが、「1000字300円」には戸惑った。原稿用紙に字数換算すると「1枚120円」である。それだって新人は「1枚80円」なのを特別に高くしてくれているらしいから文句は言えない。他人の書いた文字を書き写すだけだから安くて当然である。クリエイトではないのだ。指先の肉体労働である。

 1時間に3000字打てば時給900円のバイトになる。肉体労働の現場が時給850円の世相だから、私のような寝た切り廃人のかたわが出来る仕事としては最高の部類になる。寝た状態でお腹に載せたノートパソコンでは「1時間3000字」は無理かも知れないが、椅子に座れるようになり、自作のデスクトップ機とキイボードに向かえば、それは楽々とクリア出来る数字である。腹の上に載せたノートだと1時間2000字、時給600円かも知れないが、それでも8時間やれば4800円になる。そういう気力はある。なんとありがたい仕事を紹介してくれたのだと知人の住む方向に両手を合わせた。

 その知人は派遣の肉体労働をしていた。早朝から夕方まで働き、くたくたになって帰宅し、食事のあと、眠るまでの数時間をこの内職に当てている。打鍵も速くなく、一日に出来るのは千円程度だという。2時間で3000字ぐらい打つのだろうか。月に3万円にしかならないが、妻と息子娘のためにがんばっている。もちろん奥さんもパートに出ている。



 「納品するひと」から連絡が来た。最初の仕事だ。知人に負けないよう私もがんばらねばと、気合を入れて起き上がろうとする。寝た切り状態から、ノートパソコンを両手でお腹から降ろす。ゆっくりとゆっくりと、まずは躰を裏返し、次いで片ひざを突き、慎重に四つん這いになる。この辺のかっこうはよくある比喩だが「産まれたばかりの仔馬」のようだ。それからすこしずつ上体を起こし、くの字型のかっこうで、襖のへりを掴んで立ち上がる。躰はプルプルと震えている。すこしでも多く打てるデスクトップ機でやろうと思った。なんとか立ち上がって机までたどり着きたい。だがすぐに激痛が走り呻き声をあげつつうずくまる。やはりノートでやるしかないようだ。この辺、志村けんの演じるよいよいのじいさんとまったく同じである。他人から見たら滑稽なことだろう。腰痛はおそろしい。足が1本なくても松葉杖で歩けるが腰痛は両足があっても歩けない。

 なんとしてもがんばらねばならない。こうして私の「文字打ち内職」は始まった。いや、始まるはずだった。(続く)

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【補稿】──内職でも高給な<きっこさん>──なのになぜ打鍵が遅いのか!?

 私は<きっこさん>のツイッターをフォローしていない。ほとんどツイッターをやらないので、<きっこさん>の「文字打ち内職」の細かな狎瀋雖瓩鮹里蕕覆った。

 2ちゃんねるの「ニュース議論」板に<きっこさん>スレがある。もうPart45までいっている。3年前まで知らなかった。あるにちがいないとは思っていたが、「ニュース議論」は盲点だった。
 ここには全国の<きっこさん>ファンが集い、<きっこさん>への熱い想いを語っている。私もたまに参加させてもらう。2ちゃんねるで書きこむことのある唯一のスレだ。URL はこちらです。<きっこさん>ファンはぜひ読みに来てください。



 そのスレに、<きっこさん>の文字打ち内職に関するコピーがあり、<きっこさん>は「100字で50円から70円」なのだと知った。正直おどろいた。その理由は私の上の給料と比較すればわかる。
「100字で50円から70円」ということは、1000字では500円から700円。1時間に3000字は打てるから、すると時給は1500円から2100円。1日10時間働ければ日給15000円から21000円。土日を休んで月に22日働くと月給は33万円から46万円。土日も5時間は働くとして6万から84000円のプラス。すると月給は39万円から54万円になる。通勤ラッシュとは無縁に、在宅でやる内職としては破格の高給になる。西日本に放射脳エア疎開をしている<きっこさん>は、こんな率のいいバイトをどこで見つけたのだろう。

 やはり<きっこさん>は私のような便所虫(copy by kikko)下層階級とちがって「文字打ち内職」でも格が違うと思い知った。私の契約書では、上記したように最高額でも「1000字で300円」、それも特別に普通は200円なのに優遇してもらったものだ。1時間に3000字打っても900円が精一杯である。いま東京都の最低時給は869円。アベノミクス効果で、この10月に850円から19円あがった。それが現状である。
 なのに<きっこさん>は遊び遊びやる内職ですら時給1500円から2100円だ。私なんかとは格がちがう。しみじみとすごいひとだなと思った。



 しかしまたへんなことにも気づいた。<きっこさん>はそういう「100字で50円から70円」という私なんかからすると羨ましいほど率のいい内職をしているのに、「月曜から金曜まで毎日6〜8時間働いて月収5万円」と書いているのである。月に20日間働いて5万円ということは一日2500円。8時間働いて2500円ということは時給300円。「100字50円から70円」で時給300円ということは、<きっこさん>が1時間に書く文字は、400字から600字となる。これはかなりというか、相当に変である。<きっこさん>は、おそろしく打鍵が遅いことになる。あれだけツイートしまくり、長文のブログ文を書いている人が、そんなに遅いとは考えがたい。
 <きっこさん>は、あの森羅万象に通じた智性と諧謔とオリジナリティに満ちた麗しいブログ文を書くときでも1時間に2000字は軽いだろう。3000字は行っていると思う。麗しいオリジナルネタを書くのですらそれぐらい速いのに、なぜ単にすでに書かれている文を打ちこむだけの内職で、こんなに遅くなるのか。いくらなんでも不自然すぎる。
 ツイートは140字限定である。1時間に400字というのは、丸々一時間かけてツイートみっつ書けないということだ。いくらなんでもこれは……。またまたお得意の狎瀋雖瓮潺垢!?



 ちなみに現在健康な私は、このブログ文のような好き勝手なことを使い慣れた自作デスクトップ機で書く場合、時間6000字は書ける。それは「原稿用紙区切り」というのを表示してくれるテキストエディターで確認している。正しくは「原稿用紙15枚」だから6000文字はないけれど。(まったくどうでもいい話だが、私はその辺にあるパソコンで書けと言われてもなにも出来ない。あまりに自分用パソコンをカスタマイズしすぎ、自分のパソコンでないとなにも出来ないヒトになってしまった。CapsLockを左Ctrlに入れ替え、長年使っているATOKがあっての話である。)

 と書くとかなりの早書きのようだが、ラフに書き上げたそれを、用語を直したり、連続する語尾を修正したり、並びを入れ替えたり、インサートしたりして、何時間もかけて仕上げるから、平均時間にしたら時間5枚ぐらいになるだろう。でもこういう「文字打ち内職」にそんなものはいらない。ただ機械的に打つだけである。あれだけ長文のブログを長年書き続けてきた<きっこさん>が時間400字はありえない。それは沈思黙考しつつ原稿用紙に万年筆で、一発勝負(=書き直し、修正のない)の随筆を書くときの速さだ。「文字打ち内職」がそれでは稼ぎにならない。



 まさかまた知りもしない「文字打ち内職」のことを、適当に「これぐらいの値段だろう」と狎瀋雖瓩靴峠颪い謄椒蹐鮟个靴燭里世蹐Δ。<きっこさん>の美貌にあこがれる男のひとりとして、そんなことは考えたくない。私の夢は、ダービーの日、東京競馬場6Fの優駿特別室(豪華な酒肴が用意されている)に<きっこさん>と<母さん>を招待し、石川喬司先生と一緒に4人で歓談することである。いや、4人でハッパを回しのみするのもいいなあ。石川先生も<きっこさん>の美貌には興味津々のようで、お会いする日を楽しみにしていた。この「特別室に<きっこさん>と<母さん>を招待」は石川先生の力をもってすればすぐにでも叶う。簡単だ。いやそれこそ今秋の天皇賞でもジャパンカップでもすぐに出来る。問題はお二人がそれを受けてくれるかどうか。受けないだろうなあ。来ないだろうなあ。絶対に受けられない理由があるから(笑)。
 憧れの<きっこさん>が、知りもしない内職を適当にでっちあげたとは考えたくないのだが……。

「文字打ち内職」の思い出;;<きっこさん>のツイートから

 <きっこさん>が今やっているという文字打ち内職のことをツイートしていた。一日2500円とか。毎週月曜から金曜まで5日間、毎日6時間から8時間それをして、合計20日で月に50000円ほど。なのだとか。
 それに続くツイートによると、<きっこさん>の収入の6割以上は馬券の儲けらしい。ということは文字打ち内職の50000円を40%とするなら馬券的中の収入60%は月に75000円ほど。合計12万5千円が<きっこさん>の月収になる。毎月75000円を確実に勝っている競馬好きはそうはいない。毎月100万円ぐらい買っていて、「先月は10万ぐらい浮いたな」ならいる。かつての私だ。毎月100万以上買って払い戻しは50万もなかった。たまに浮いても10万ぐらいだった。やればやるほど負けは増える。いったいどれぐらいJRA銀行に預けてあるだろう。それが競馬ファンの実態だ。なのに<きっこさん>だけは勝ちまくる。天才である。

 なにしろ<きっこさん>の資金は毎週2500円、月に1万円なのだ。それで75000円のプラス。つまり回収率750%ということになる。いや、それは浮きだから、85000円の払戻で投資の1万円を引いて、プラスが75000円なのか。すると回収率850%。やはり<きっこさん>は世界一の馬券名人になる。予想会社からスカウトは来ないのだろうか。生活が苦しい苦しいと嘆いているが、週の資金を1万円にするだけで、月のプラスは4倍の30万円になり、生活は楽になる。なぜそれをしないのか。不思議でならない。

 それに、「月曜から金曜まで毎日8時間も文字打ち内職をしている」のに、毎日休むことなく倦きることなく16時間はツイッターをしまくっている彼にそれは可能なのだろうか。ツイッターも周囲にいる会社の上司の悪口を書きこむようなのではなく、幅広くあちこちのネタを拾ってきては紹介したりしている。ラジオを聞いては政治関係原発関係のネタを紹介したり、おもしろいYouTubeを紹介したり、アニメを見て号泣したり、どう考えてもあのツイッターが「文字打ち内職」の片手間に出来るものとは思えない。あれは「専念」して初めて出来ることだ。

 ということから私は<きっこさん>の「文字打ち内職」はウソだと思っている。ついこの間まで「芸能人のブログの代筆をして収入を得ている」としていた。それがなぜか突如として「文字打ち内職」に変った(笑)。ほんとに思いつきでコロコロ変る。本気で信じているひとはどれぐらいいるのだろう。



 他人様の懐具合なんてどうでもいいし<きっこさん>の矛盾を指摘していったら切りがない。収入の6割を占めるという競馬にしたってほんの数年前までボロクソに言い、寺銭25%の公営競技全般を否定し、絶対やらないと言っていたのに、今では狂ったようにやっている。それはそれでひとの考えは変るものだからかまわないけど、そういう狎瀋雖瓩鯤箒しようと、こどものころの父さんとの競馬思い出を創作し、中学の時には離婚して月に一度しか会えない競馬好きの父さんに気に入ってもらおうと、数々の馬券必勝法まであみだしたりして、ずっと競馬が好きだった、思い出の馬はタマモクロスだという犇引後付けキャラ瓩呂△鵑泙蠅澄ネット上にそういう矛盾した事実が文章として残っているのによくも平然と出来るものである。


 てなことを書いていたら切りがない。書きたいのは<きっこさん>のことじゃない。そのツイートで思いだした「文字打ち内職」のこと。「文字打ち内職」か。すっかり忘れていた。思い出すと懐かしい。その思い出。と言ってもやったことがないのだから思い出ではないか。やりそうになった経緯、当時の思い出、である。当時疑問に思い、未だよくわかっていないことなので、《「文字打ち内職」というものに対する素朴な疑問》でもある。(続く)

馬券自慢名人<きっこさん>の買いかたを推理する(笑)──100円単位の総流し──万馬券、的中!

 かの有名人<きっこさん>は、競馬初心者でありながら馬券名人である。難解なレースの馬単を、しかも万馬券を、ほんの2.3点買いで楽々と的中する。私は<きっこさん>以上の馬券名人を知らない。世界中の競馬ファンを見渡しても、<きっこさん>以上の馬券名人は存在しない。
 では世界一とも言える馬券名人<きっこさん>は、どのような買いかたをしているのか。それはレース前の予想とレース後の馬券自慢の落差から簡単に推測できる。



 まずはレース前の予想ツイート。

kikkobaken5

 1番人気の芦毛リトルゲルダは16番、同じく芦毛のシゲルスダチは3番(4番人気)。もう1頭の芦毛ブルームーンピサは14番(13番人気)である。

 このツイートから<きっこさん>の勝負馬券は、芦毛馬同士の16→3,16→14になる。もちろん裏の3→16,14→16も、縦目の3→14,14→3も表裏押える。これで8点である。この8点買いは、2点ずつ4枚の購入にするだろう。

 「奇蹟」が起きたときの馬券自慢のために芦毛3頭で決まったときの3連単も買う。これは6点になるが、これも2点ずつ3枚に買う。それが<きっこ>流(笑)。
「奇蹟だな」と書いているが、この時点でもうこの「奇蹟馬券」は購入済みだ。「奇蹟が起きた!」と的中自慢を書きたくてうずうずしている(笑)。そのための前振りである。



 1番人気のリトルゲルダが勝って予想が的中した場合、16→3,16→14の2点買いをアップして「1番人気からだから安いけど芦毛のワンツーで決着」と自慢する。人気薄の14が来た場合は、「念のために買っておいて正解!」のような自慢。

 順位が逆になった場合は、3→16,14→16の裏だけの2点買いをアップして「1番人気からじゃ安いので2着になることを願ったら見事に的中、ヒヒーン」となる。

 もしも人気薄のブルームーンピサが絡んで大荒れになったら、3→14,14→3の2点買いだけをアップし、「芦毛3頭の内、1番人気のリトルゲルダを消して他の芦毛2頭で勝負したら見事に的中、ヒヒーン」と自慢する。
 これは予想と馬券が一致した場合。ほとんどそんなことはないが、的中馬券自慢のためにここまでのことをしている。



 そして今回のように芦毛のワンツーフィニッシュとはならなかった場合、つまり予想大外れの場合、するとこんなツイート。

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 なんと、予想した芦毛のワンツーフィニッシュではないのに、それでも軽々と「ナニゲに馬単万馬券」を的中。さすが世界一の馬券上手である。そして的中馬券のアップ。

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 しかしこの馬券、レース前の予想からするとかなりヘンである。だって芦毛のワンツーフィニッシュや芦毛3頭で3連単が決まる奇蹟まで願ったのに、100円3点、300円勝負の馬券の中に、1番人気の芦毛16番から他2頭の芦毛への馬券、16→3や16→14がないのだ。前予想とは全然違う購入である。

<きっこさん>の一日の、じゃなくて毎週土日の競馬資金は2500円である。<きっこさん>はこの金額をきちんと護る。1レースの購入資金も200円から300円と決まっている。なのになぜ予想で口にしている芦毛同士の馬券がないのだろう。<きっこさん>の猴論瓩覆蕁△海海蓮16→3、16→14」「3→14」という芦毛同士の馬券があり、「残念ながらハズれた。くやしい」となるのが自然である。
 的中した場合でも、芦毛馬券以外に「16→12」があって、「芦毛馬同士の馬券と、もうひとつ高配当をナニゲに1点買っておいたら的中。ヒヒーン」とならないと筋が通らない。なのになぜこんなヘンな馬券なのだろう。相手の番号が10.11.12と続いているのもヘンだ。



 結果はこういうレースです。
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 このヘンテコ馬券の秘密はこういうことだ。<きっこさん>は前記のような自分の予想にしたがった馬券をまず買い、その他にも100円の3点買いずつ16番から総流しをしているのである。馬券的中を自慢したいために。
 1番人気からの総流しで当たるのはかっこわるい。すくない点数で当てるのがかっこいい。そしてもうひとつ、少額で馬券を楽しむ健全な放射脳西日本疎開者(笑)という設定を維持するため、1レースの馬券は3点までにしている。

 つまりこの1番人気16番からの総流し馬単は、3点ずつ分けて購入されている。「あたしの競馬資金は2500円、1レースの購入金は300円」という狎瀋雖瓩里燭瓩法

 まずは「16-1.16-2,16-3」の3点で1枚。次いで「16-4,16-5,16-6」で2枚目、3枚目は「16-7,16-8,16-9」となり、的中自慢でアップされた4枚目のこれは「16-10,16-11,16-12」になるってスンポーだ(笑)。それが不自然な「続き番号馬券」の秘密。もちろんこのあと5枚目の「16-13,16-14,16-15」も購入している。

 これは予想会社が「またも1点で的中!」と謳うために1点馬券を何十種類も買うのと同じ手法になる。インチキ予想会社とインチキオカマは、馬券自慢のインチキぶりが共通している(笑)。

 1番人気のリトルゲルダが2着になったら配当はより大きい。そのときはその自慢もしたいから当然「1-16」「2-16」「3-16」という裏目の総流し馬券も300円ずつ買っている。手間が掛かる。

 さらに、シゲルスダチからの流し馬券も買っているだろう。みな300円ずつだからたいへんお忙しい。でも的中馬券を自慢するためだ。燃えている。おそらくあれやこれや様々なパターンを50点はお買いになっているだろう。私のようなフォーメーションだと一発で買えるが、「300円(=3点以内)勝負」をアピールするため、<きっこさん>はそれが出来ない。たいへんな手間暇を掛けている。それが連続してレースを楽しめない理由でもある。ひとつのレースの馬券購入にものすごく時間が掛かるのだ。それは今までの的中自慢でも明白だ。
 芦毛馬同士のような馬券は早めに買っておく。だからそれの自慢は速い。でもこういうのは予備として買う多種多様な馬券のひとつなので、これが的中したときは説明とアップが遅れる(笑)。

 <きっこさん>は芦毛馬が好きなのではない。芦毛馬が好きだったら上記の馬券自慢は筋をハズしている。芦毛馬と心中しているはずだ。<きっこさん>が好きなのは「的中馬券自慢」なのである。その方策の一つとして、「芦毛好き」「人気薄の芦毛から流して万馬券」を狙っているにすぎない。



 そしていつもの馬券収支自慢。毎度おなじみ(笑)。

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 <きっこさん>は毎週のように馬券収支をプラスにしている。世界一の馬券名人だ。こんなひとはこの世にふたりといない。
 毎週の資金を狎瀋雖瓩2500円から25000円にすれば、ほぼ9割方の確率で毎週15万円程度は儲けていることになる。それだけで月収60万円は固い。それがもうここ数年の統計で確実に証明されている。なにゆえ頑なに「毎週2500円」を厳守するのだろうか。なにゆえ「100字書いて50円」のようなアルバイト(私もこのアルバイトを知っている)をしつつ耐乏生活を続けるのだろうか。馬券だけで人並み以上の生活が出来るのに。「Win5で2億円」など狙わなくても、<きっこさん>の馬券能力があれば、2億円などすぐに貯められる。週に25000円で勝負して月に60万円を稼いだら、次は週に25万円の資金にすればいい。そうすれば毎週150万、月に600万円のプラスは確実なのだ。なぜそれをしないのか。

 <きっこさん>は嫌いな安倍総理を大バカと罵るが、ここまで確実に儲かることが体験と数字実績でハッキリしているのに、頑なに「毎週2500円」を護る<きっこさん>は、安倍総理以上の大バカになる。

 これは毎週のように<きっこさん>からの清浄な寄附を受けとっているらしいシリアの難民の子供達にとっても謎であろう。<きっこさん>さえその気になれば5000円じゃなく、毎週50万円の寄附も可能なのだ。シリアの子供達のためにも、<きっこさん>が面倒を見ている野良猫のためにも、立ち上がるべきだ。でなきゃ男じゃない。いや男じゃなくてオカマだけど(笑)。



 なぜ投資金を2500円から25000円に増やさないのか!? なぜ頑なに2500円を守るのか!?
 
 答は簡単。2500円はウソだからである。毎週3万円ぐらいは買っているのだ。馬券的中を自慢したいがために、勝負レースではあれやこれや100円で50点ぐらい買っている。一日に6つぐらい参加しているようだから、ちょうど3万円になる。その中からの当たりレース自慢。それでもハズレレース多数なのが現実。毎週3万円買って、オケラか、15000円程度の払い戻しというマイナス決算だが、表には「資金は2500円、今週も2万円のプラス」のような大嘘をついている。

 だから、「そんなに的中しているんだもの、資金を10倍にしたら?」と言われても出来ない。すでにもう2500円ではなく25000円は使っているのだ。25000円設定にして勝ちまくる話にするには、毎週25万円買わねばならない。それでオケラか12万円程度の払い戻しだ。「資金は25000円なので今週も10万円のプラス」とウソをつくのはつらい。毎週25万、月に100万円馬券を買う資金は今の<きっこさん>にはない。なにしろ公園の水を盗んだり、ひと袋の入浴剤で三日保たせているのが現状だ。ヘアメークをやっていたころは、本業と夜のバイトで月120万円ぐらい稼ぎ、そのうち100万円以上を母さんの難病治療費に充てていた(という狎瀋雖瓠砲反瓩まくっていたが。

 実際は馬券的中を自慢したいがためにあれもこれも買い漁り、毎週3万円以上買ってマイナス決算だろう。月に十数万円を競馬に使っての赤字だからこれ以上のことは出来ないのだ。
 何万円使ってオケラになっても「今週は2500円のマイナス」と報告する。調子のいい週で1万5千円のバック(=1万5千円のマイナス)というところか。だからいつまで経っても「今週は思いきっていつもの10倍、25000円を資金にして勝負したら30万円儲かった。内25万円をシリアの難民の子供達に寄附して残り5万円は生活費にした」とは書けない。だって毎週3万円使って払戻15000円程度のマイナス決算だから、これ以上のウソは無理なのだ。



 6枠に「グリーン」の名前の馬がいるからというケントク買いで、とうとう母さんまで万馬券を当てての馬券名人設定には笑った。あれはそういう馬券的中自慢もしたいから(同じような買いかたのお友だち、石川喬司さんもいることだし)そっち方面まで買っているということだ。いったい1レースで何点買っているのやら。

 マイナスなのにプラス自慢するってむなしいだろうなあ。でも鉄面皮だからそんなこと感じないか。存在自体がウソなんだものね。「カップヌードルのエビはカナブンの幼虫」という、かつてやっていた企業テロ誹謗中傷と比したら、架空の馬券名人自慢なんてかわいいものだ。

 なお、この文章のタイトルは「馬券名人の<きっこさん>」ではない。「馬券犲慢疚梢佑<きっこさん>」である(笑)。

きっこさん「達者でナ」──同世代感覚のうれしさ

セレクトセール(競走馬の市)で、かわいい栗毛の仔馬を見ていたきっこさんのツイート。

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そうよねえ、あたしたちアラフォーは、栗毛っていったら、条件反射でこの歌ね。
あたしもかわいい栗毛を見ると、すぐにこれ歌っちゃう。こどものときに聞いた名曲っていくつになっても忘れない。
今夜はあたしもビニールの<父さん>ふくらまして、あごだしの焼酎飲みながら歌うわ。
♪きょうは買われてよお〜まあちええゆうくう〜

三橋美智也「達者でナ」──1960年(昭和35年)ヒット。その年の紅白で熱唱。

Windows版ドラクエ10、テストベータ版──遊び始め

 大好きな福島瑞穂たんの社民党と、心から尊敬する真の国士である小沢一郎先生の生活の党が都議選で大躍進、圧勝し、過半数を制したので、両党を応援しているネット界の高名な廃人<きっこさん>もさぞお歓びだろうと、都議選の結果が確定した6月24日、ひさしぶりにTwitterを覗いてみた。するとそこにこんなつぶやきが。
 
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 <きっこさん>はほんとに情報通だなあ。なんでも知っている。そうかあ、Windows版が出るのかと、情報に感謝しつつ調べてみる。
 ところで「ドラクエ10」は正しくは「ドラクエ勝廚世、私はもう面倒なので「10」と書く。最初のころはローマ数字がかっこよかったが、5を越える当たりから面倒になってきた。<きっこさん>もきっと同じ考えだろう。



 私は<きっこさん>と同性同世代なので、お笑い芸人からなつかしのテレビ番組まで感覚が共通している。<きっこさん>のなつかしいギャグ(たとえばレッツゴー三匹、ルーキー新一)や、懐かしいテレビ番組(宇宙家族ロビンソン)のネタを読むとうれしくなる。若いひとは知らないだろうなあと、積み重ねてきた歳月を誇りたくなる。

 スピッツの「ロビンソン」を聞いたとき、タイトルと「宇宙の風に乗る」という歌詞に「宇宙家族ロビンソン」から取ったのかと思った。間違いだった。考えて見りゃ草野はあの番組は見ていない。若すぎる。見ているのはきっこさんや私の世代だ。しかしそのあとに知る真実はもっとうれしかった。あれはタイを旅行したときの「ロビンソンデパート」から取ったのだとか。タイ語の発音は「ローンソン」だ。

 テレビゲームに関しても<きっこさん>の「テレビゲームは大きなテレビ画面でするもの。だからあたしは携帯ゲームはやらない」と私も同意見になる。テレビ画面でやるからこそ愉しい。 



 ただ私は、大震災のあと、西日本に疎開するため現金8千円を手に、布団を被ってふるえている<母さん>と一緒に初めて新幹線に乗った<きっこさん>とちがって、海外に出ることが多かったから、退屈凌ぎのために携帯ゲーム機もGAMEBOYからやっている。海外でやったGAMEBOY ADVANCEの「ダビスタ」がなつかしい。
 しかし基本は<きっこさん>と同じく「大きなテレビ画面で遊ぶもの」だったし、なにより外国にいるとき携帯ゲームをやるほど退屈しなかったから、持参はしたがほとんど使用していない。
 本格的な長期滞在者は、日本からスーファミを持ってきて、変圧器を使って電圧を変え、マルチテレビ(PALでもNTSCでも対応する)を買ってプレイしていた。当時のマルチテレビは高かったし、外国だからまだ14インチが主流だったけど、それでもGAMEBOYとはぜんぜんちがう。私もちいさな画面が嫌いだったから、スーファミでドラクエやFF、マリオをやっているひとたちの気持ちはわかった。

 その後も、DSもDSiも買った。それは「ファイアーエンブレム」をやるためだった。そのときも「どうして据え置き型で新作を出してくれないのか」と不満だった。このころからもうゲームは携帯の時代に入っていたのだろう。
 DSi-LLを買ったのは、「ドラクエ9 星空の守り人」をすこしでも大きな画面でやるためだった。携帯ゲーム機嫌いの<きっこさん>は、ドラクエ9がDS用ソフトになったのに失望し、ここでドラクエとは縁が切れたと記憶している。私もDSでドラクエをやる気にはならず逡巡した。しかし買った。すこし大型のLLなら出来るかも知れないと。実際LLなら遊べたのだが、そこでまた失敗している。「星空の守り人」のオープニングというか天界での話はまだるっこい。最初あの時点で投げてしまった。失敗作だと結論した。だいぶ経ってから、機中で暇潰しに始め(私は「人生で退屈したことはない」が持論だが、さすがに機中12時間とかはキツい)、それからはまった。天界をクリアして地上に落ちてからはおもしろかった。

 3Dに興味はなかったけど、「FE覚醒」をやるためには3DSを買わねばならなかった。どうせならとこれも3DS-LLのほうを買った。
 私は<きっこさん>と同じく携帯ゲーム機嫌いなのだけど、結果的には任天堂系列はぜんぶもっていることになる。だから<きっこさん>よりは携帯ゲーム機に関してすこし詳しいだろう。
 据え置き型では、GAMECUBEを買ったのは「FE蒼炎の軌跡」をやるためだったし、Wiiを買ったのは、その続篇の「暁の女神」をやるためだった。「メトロイド」もあったし。バランスボードも買った。ゲーム機ってのはソフト次第だとあらためて思う。SonyはPS2までで3を持っていない。PSPもない。やりたいゲームがないのだから自然にそうなる。PS2でやっていた『激指』は、より強いPCでやるようになった。



 ゲームと縁遠くなってゆく中、ドラクエとFEは特別だった。「ドラクエ10」がオンラインゲームになると知ったときは落胆した。これまた<きっこさん>と同じく、私はそれが嫌いだったからだ。すでに持っているWiiで遊べるけど、ドラクエ10用にグラフィック性能があがったWii Uを買おうかというぐらい楽しみにしていたのに、オンラインゲームと知って興味をなくした。よっていまだに遊んでいない。あの「課金制度」ってのもなあ。「30日」とか期限を切られるのも……。

 そんなところに<きっこさん>に教えてもらったWindows版「ドラクエ10」のニュース。
 9月発売。無料でテストベータ版を遊べるというので参加してみた。



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 これはありがたい企劃だった。いきなりポンと発売されても、なにしろオンラインゲームに抵抗があるし、買うかどうか迷い、けっきょく買わなかったと思う。Wii版も買ってない。
 ところが無料のこの実験的な企劃(バグ直しなのかな?)があったものだから、それならと関わることが出来た。(いま気づいたのですが、Wiiの時もこれはあったのですね。知りませんでした。いや、思い出しました。たしかにありました。オンラインというだけで興味をなくしていたようです。)



 まずは「ドラクエ10専用ベンチマークソフト」をDownloadする。これがzipファイルで196MBある。むかしだったらこれだけでたいへんだ。ついそう思ってしまう。どうもいまだに時代がズレている(笑)。これでPCのハード性能を調べ、ドラクエ10が遊べるPCかどうか確かめるわけだ。対象OSからXPが外れている。

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 ここですこし恥ずかしい思いをした。私の自作機のWindowsエクスペリエンスインデックスは、CPUからメモリ、プライマリハードディスク(Intel SSD使用)まで、すべて最高点だがグラフィックだけ低い。ゲームをやらないので、どうにもそこは手抜きになる。ビデオカードだけ2世代前。ほんとの自作オタクだと、ゲームをやらなくても、そこも凝り、ベンチマークテストの数字を見てはニンマリするのだろうが、そこまでオタクでもない。

 この「ドラクエベンチマーク」を、「最高品質」にして、解像度もFull-HDを指定して走らせた。最高級条件である。ビデオカードが弱いのはわかっていたから少し心配でもあったが、CPUパワーでなんとかなるだろうとも読んでいた。すると、「問題なく遊べるレベルだが、たまにもっさりする。標準品質に落としたら?」と言われてしまった(笑)。恥ずかしい。これは恥ずかしい。ジサカーとしては赤面だ。
 でもまあそれは先日ここにも書いたが、近々NVIDIAのGTX660に換装するつもりだから、その時に解決するだろう。いい目標が出来た。換装したら真っ先にこのドラクエベンチマークをやろう。



 これに合格すると「ドラクエ10テストベータ版」のDownloadが許可される。これの容量は1.1GB。いまHDDの総量は6teraあるからなんてことないんだけど、ここでもまた「むかしならなあ」とギガを越える巨大ファイルにおどろく自分がいる。なかなかこういう感覚は消えないものだ。何度も書くが、「15MBのiTunesをDownloadするのに一晩かかった」のである。正確に言えば一晩では終らなかった。その記憶が消えない。1.1GBを十数秒でDownloadする(現実にいましている)時代になっても。

 年寄りの昔話ってのはこんな感じで芽ばえるのだと実感する。むかしの競馬は魅力的だったとか、むかしの棋士は個性的だったとか、むかしのテレビドラマはおもしろかったとか、昔礼讃をする連中が周囲にいっぱいいる。私は一切言わない。ちっともむかしをいいと思わない。だけどパソコンに関しては昔話をしてしまう。とはいえここでも「むかしはよかった」ではない。むかしのパソコン環境はオソマツだった。それを覚えているから凄すぎる今に実感がない、というお話。



 テスト版をインストールすると、「オフラインモード」と「オンラインモード」があり、誰もがまずオフラインモードをやらねばならない。キャラ設定やゲームの基本を学ぶためだからしょうがない。オフラインモードが「ドラクエ9」の「天界」に相当する。
 これをクリアして、やっとオンラインモードに行ける。いま私はその地点。

 グラフィックが美麗なのはもちろんだが、音もいい。このテストベータ版は「シンセサイザー音源」であり、製品版では「オーケストラ音源」になるという。まあそこそこいいサウンドカードをつけていることもあるし、ここのところSSWでDTM(いまはDAWと言うらしいけど、わたしにゃこの和製英語のほうが好き)をやっているから、VST音源の音に慣れていることもあって、これでもう充分。フルオーケストラサウンドになって、これがもっとよくなるのか! とにかく、グラフィックも音もテレビでやるよりずっといい。ドラクエは2頭身キャラとテレビのチープな音でいい私には凄すぎる。
 ただしすでにWii版で遊んだひとは、「ベタな、そのまんまWiiからの移植。グラフィック最低!」とか言っていた。こういうひとは「Wii Uは最悪。買う必要はない」と書きこんだりしている。あれってただの本音なのか。任天堂嫌いの粘着者なのか。でもWii Uも買っているみたいだから、ただの悪口屋でもないんだろうし……。

 今日からいよいよ本格的にオンラインモードで遊べる。こどものことを考えている?のか、平日はオンラインモードは、12時から18時までに限られている。まともなひとは遊べない時間だがまともじゃない私は出来るはず。



sn オフラインモードのクリア時間は、ネット検索すると、「1時間程度」とみなさん書いているが、私はテンキーでキャラを操作するのが初めてだったので、2時間ちかく掛かってしまった。しかしまあテンキー操作もなれるもので、2時間もやっているとずいぶんと速くなった。私は30年前にブラインドタッチをマスターしているが、数字打ちこみの文とは無縁なのでテンキーの操作は下手だ。ゲームコントローラーは必要だな。あれじゃないとゲームの気がしない。

 それと私はこの種のゲームは寝転んでやるのが好きなのだが、PCの前だとそれは出来ない。そこが不満。慌ただしいアクションゲームは寝転んでは出来ないけど、RPGやSRPGはそれが出来る。だから好きなんだ。寝転んでやっていて経験値を稼いで、ボスクラスとの対決になると、思わず起き上がってコントローラーを握る手にも力が入る。そんな流れがいい。

 左の写真は、オフラインモードでひさしぶりに会ったスライムナイト。スライムから降りている姿は初めて見た。ここから騎乗して戦う。これは正しい姿勢だろう。以前のスライムナイトはスライムの下半身を持った騎士だった。いわば合体してしまった化け物である。今回のこれで、スライムは別の生き物で、それに馬のように乗って戦うという形になっていた。



 ところでこのゲーム、本体は3990円ということだけど、あれでしょ、これにまた「30日間3千円」とかの接続権利を買わねばならないんでしょ? オンラインゲームに疎いので知らないんだけど。やっぱそれは馴染めない。オンラインじゃなくて、最初から8千円のゲームだとしても、それに不満はないけど。なんだか、最初は安いけど、それから「愉しく遊びたいならもっと払いな」になるシステムがぼったくりみたいで嫌いだ。すでにもうDSの「ドラクエ9」も、アイテムとかストーリーとかをネットから購入する形式になっていた。「FE覚醒」もそうだった。そのシステムが嫌いなのだから、だからもう私は、ゲームからは卒業なのか。いや卒業じゃなくて退学か。
 とにかくこのテストベータ版でオンラインゲームが好きになれるかどうか試してみよう。



 テストベータ版の感想と、9月発売の本物を買うかどうかの決断は後日書くとして。
 この情報を教えてくれた<きっこさん>に感謝しつつ、こちらからも<きっこさん>に情報。

<きっこさん>、Windows版発売を知って、「やった〜! って思ったのもトコノマ、オンラインゲームと知ってガックリ」ということですが、このゲーム、オンラインじゃなかったとしても、あなたの安物ノートPCでは動きません。最低でも「Core2 Duo 1.6GHz」です。メモリも最低2GBを要求されています。それよりも低性能のあなたのノートじゃ最初から無理です。ベンチマークテストで落第です。買っても動きません。「せっかく買ったのに、あたしのPCじゃ無理って言われた!」と怒るより、オンラインゲームと知って諦められてよかったのですよ。「ドラクエ10」のことは忘れて、これからもアフィリエイト商売と24時間Twitterに励んでください。あなたの安物ノートはそれがお似合いです。

数字の表記──<きっこさん>の3〜40人に【追記】

yaguchi数字の表記について──<きっこさん>の3〜40人──に【追記】

 巨人と小人の結婚で話題になった芸能人が小人の浮気で別居だそうです。
 それはどうでもいいのですが、そこに「2〜3,000人」という<きっこさん>のような表記を見つけたので追記しました。


 

武井咲の「咲」に関する<きっこさん>の笑い話──無学が隠せない

 武井咲というタレントの「咲」という名について【芸スポ萬金譚】に2題書いた。

・タカトシの時間ですよSP──誤って伝わった漢字「笑う」と「咲く」について

・再び「笑う」と「咲く」について──武井咲を「えみ」と命名したひとのセンスのよさ

 ここでの千原ジュニアと塚地の勘違いは、私にとって大きなテーマになる。漢字というのは日本語の当て字にすぎない。日本語と漢字は同列ではない。もともとあった日本語に、借り物の漢字を無理矢理当てはめたのが現状なのだ。その基本を勘違いしている。

 ただし、そこから産まれた日本製漢語は優秀であり、現在の支那は日本製漢字抜きではなにもできない。正規の国名「中華人民共和国」の内、元々の漢語は「中華」だけ。「人民」も「共和国」も日本製漢語である。本家ではあるが、それがないと国名すら名乗れない。



 今回、元有名ブロガー、現アフィリエイト商人として有名な<きっこさん>が、こんなことをツイートしていると知った。

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 まあ、それはそれでいい。おっちゃん、いちゃもんのプロフェッショナルとして、あらゆるものにいちゃもんをつけ、政事から競馬までしったかぶり全開だが、なんとも基本がお粗末である。

長嶋、松井への国民栄誉賞は乱発か!?──<きっこさん>の的外れ批判

あちこちで「乱発」と「参議院選挙のための人気取り」の記事が踊っている。いくつか引用しようと思ったが、そこいら中に溢れているのでその必要もあるまい。

なでしこジャパンや吉田沙保里のような若いひとにやることもあれば、大鵬のような偉大なひとに死んでから今更ながら与えたりもする。
「基準がいいかげんだ」という批判があるが、そんな議論はもう競輪の中野浩一が世界選手権で10連覇をしてももらえなかったときに惘れて卒業した。競輪選手に与えても政権の人気取りにならないと読んだのだろう。柔道の野村忠宏のように「オリンピック三大会連続金メダル」でももらえなかったひともいる。なのになでしこジャパン。むかしからめちゃくちゃだ。



だからこういう批判は的外れになる。

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総理大臣が自分の支持率稼ぎのために国民栄誉賞を利用するようになった今日このごろ」は笑止。

国民栄誉賞ってのは、そもそも福田内閣が国民の人気取りに作ったものだ。「今日このごろ」とこのオヤジは書いているが、始まりからしてそうなのである。その後もずっとそうだった。基準は当時から今に至るまでめちゃくちゃだ。「時の政権の人気取りアイテム」「基準がめちゃくちゃ」は設置当時から一貫している。いわば筋が通っている(笑)。「今日この頃」と書くなら、そうじゃなかった時代や例を示さねばならない。このオヤジ、いかに思いつきだけで書く明き盲であることか。

長嶋に、大鵬のように亡くなってからあげるようなことをするなら、いまの授賞は適切であろう。なぜ一緒に松井なのか不透明だが、もともとそんなどうでもいいいいかげんなモノなのである。
ある論客は、「長島よりも記録的に上の野村克也がいるのに」と長島受賞を批判していた。野村自身が「長島は太陽、おれは月」と言ったように、この種のことは数字で語るものではない。当時のことを知らないひとに何を言っても通じないだろうが、長島と野村克也じゃ月と鼈だ。



そもそもが政権の人気取り政策のひとつであり、中野のころからまったく信じていなかったが、柔道の野村に与えずなでしこジャパンなんてのにあげたとき、なんじゃこりゃと語る気すら失くした。なでしこジャパンの娘達だっていい迷惑だ。そのうち「国民栄誉賞が離婚」「国民栄誉賞が脱いだ!」「国民栄誉賞がシャブ中に」なんてことも起きるだろう。

なにはともあれこのオヤジのような自国の総理に対する口汚い言い方だけはしたくないものだ。どっちが「カス野郎」かは10万人もいるフォロワーが判断するだろう。
ツイッターというのがキチガイに刃物であることがよく現れている。

<きっこさん>、鼻カルボ以上の参院選爆弾予告──みなさん、覚えておきましょうね──いやいや忘れた方がいいのかな?

鼻カルボで話題のネット世界の架空キャラ、あの<きっこさん>(男性、64歳)が#鼻カルボに続いて、またも凄いことを断言してくれました。
鼻カルボのVersion Up版です。

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どんなことでもいいから注目を浴びればうれしい愉快犯なのでしょう。
でも、これを書いた目的は、前回の#鼻カルボも冗談なんだぜ、それがわからないおまえらはバカだよ、という「鼻カルボ消し」ですね。ウンコの臭さを消すためにもう一回ウンコをするようなものです。その気持ちが見え見えです(笑)。でもそうはならないでしょう。何回してもウンコは臭いから。

かといって、これが#鼻カルボに続いて、#耳ペペロンチーノという話題にならないと、してやったりのようでいて、がっかりするのは<きっこさん>なんですよね(笑)。どうでもいい目立ちたがり団塊世代サヨクおやじの悪足掻きです。彼に取っちゃ大震災も放射能もネタですから。平和惚け日本が産みだしたミュータントです。

数字の表記について──<きっこさん>の3〜40人

○数字の表記について──<きっこさん>の3〜40人──

 ひさしぶりに2ちゃんねるの「きっこスレ」を覗いたら、興味深いものを見つけた。以下のようなものである。

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579 :朝まで名無しさん [↓] :2013/01/10(木) 17:41:57.89 ID:pR6S5gGK
@kikko_no_blog
高校のバスケ部の生徒が自殺した事件で、顧問の教諭は「気合いを入れるために
叩いた」と言い訳してるけど、それなら普通は1〜2回だろう。3〜40回も叩
くのは「憎しみによる暴力」だよ。根底に憎しみがなければ相手の顔を3〜40
回も叩くことはできない。
2013.01.10 14:19


この記事を引用するのは気が引けるが、きっこって「30〜40回」を「3〜40回」
と書く癖があるんだよね。
>>564も然り。
声に出して伝えるときは「さんよんじゅっかい」でいいんだが、こういうところからも
数字を文字にして伝えることが苦手だと分かるんだよなぁ。
原発の話題でも、何度単位を間違えたことか。


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 これは私にはとても興味深いテーマだった。根底にあるのは漢数字とアラビア数字の表記の問題である。
「30回から40回」という意味の「さんしじゅっかい」の表記についてだ。細かいことで恐縮だが「さんよんじゅっかい」ではなく「さんしじゅっかい」が正規である。とはいえ私も支障なく伝えるために「さんよんじゅっかい」と言ったりするから威張れたものではない。でも「三十させごろ、四十しごろ」なんて聞いたことあるでしょ。基本として「四十」は正しい日本語では「しじゅう」である。

 この「さんしじゅっかい」の漢数字表記は「三四十回」である。しかし毎日新聞が率先して数字表記をアラビア数字に統一したように、いまはそちらの表現のほうが主体だ。これをそのままアラビア数字にすると「340回」になる。これでは「30回から40回」ではなく、文字通り「さんびゃくよんじゅっかい」になってしまう。よってここにコンマを入れ、「3,40回」という表記が成立した。

 これを流用したのが<きっこさん>の「3〜40回」という表記になる。
 投稿したかたは、「これでは30回から40回ではなく、3回から40回の意味になってしまう」と言いたいのだろう。
 たしかにその前に「1〜2回」という表記があり、そのあとに「3〜40回」とあるから、最初のが「1回から2回」という意味なら、その次の「3〜40回」は「3回から40回」と解釈するのが自然になる。しかし教え子を殴打したこの事件の数字は「30回から40回」であり、「3回から40回」ではない。とすると、<きっこさん>の表現はおかしいとなる。

 推測するに、<きっこさん>は「さんしじゅっかい」を「三四十回」と書くことは知っていて、それをアラビア数字で表記すると「340回」になってしまうから、「3〜40回」という独自の方法を考えだしたのだろう。



 同じく、「1回から2回という意味のいちにかい」も、漢数字では「一二回」と書くのが正しい。しかしこれもアラビア数字にすると「12回」で「じゅうにかい」になってしまう。よって「1,2回」と「12回」ではないことを示すコンマを使用しての「いちにかい」となる。コンマではなくピリオドだと「いってんにかい」になる。

 漢数字で「じゅうにかい」はどう書くかと言えば、もちろん「十二回」である。この漢数字とアラビア数字でいつも問題になるのは、この「十」の表記の問題に著しい。
 私がいちばん嫌いなのは漢数字表現に「○」を入れる表記だ。「四○回」のようなやりかた。こういう表記のものは一切読まないようにしている。あんなくだらんことを始めたのは誰なのだろう。和洋折衷のようで和も洋もぶちこわしている。

 縦書き小説ではアラビア数字は、あまり用いられない。それでもこの「一二回(いちにかい)」をアラビア数字で「1,2回」と書くことからの逆影響(「じゅうにかい」とまちがわれない対策)は顕著で、たとえば船戸与一さん(昭和19年生)なんかも、縦書き小説の中で、「いちにかい」を、「一、二回」と読点を入れて書いている。これは若い読者に「一二回(いちにかい)をじゅうにかいと読まれないための対策」なのだろう。



 さて、現実に私がどうしているかだが。
 私が私の意見を縦書きで表明するような場なら、私は「30回から40回」を「三四十回」と書く。それに迷いはない。
 しかし現実に私のようなのの仕事は、「事実を伝える横書き文章」が多かったりする。そこではなるべく読者に迷いを与えたくない。アラビア数字を使った横書きの文章で、「30回から40回」ということを伝える「さんしじゅっかい」の表記は、私は「3,40回」と書きたい。でもそれで読者に「3回から40回の意味か?」という誤解が生じる可能性があるなら、もう原点にもどって「30回から40回」とそのまま書く。自分の表記に対するこだわりよりも、「誤解がなく正確に伝わること」を優先する。

 中共ではいま、すべての文が横書き、数字はアラビア数字、暦はキリスト歴に統一されている。共産党一党独裁の国はシンプルだ。その意味ではあちらには悩みがない。
 日本には縦書き、横書きがあり、漢数字、アラビア数字があり、西暦と年号が両立している。中共のシンプルな姿勢を見ると、我が国の複雑さに誇りを持つ。複雑だから愉しい。

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yaguchi【追記】──<きっこさん>は正しいの!?──2013/5/22

 女芸能人の浮気相手に関する「メンズサイゾー」とかいうところの記事。


不倫相手の梅田はTwitterを2月22日から更新しておらず、現在はアカウントを削除しているほか、契約事務所も今回の件で話をしたいと思っているものの、連絡が取れない状態が続いているという。梅田については騒動の最中に雲隠れした格好となっているが、一部ネットメディアでは「打った数は2〜3,000人という伝説もある」「すごいのは“腰”で、腰だけが独自のビートを刻むような動きをする」「カマキリっぽくて笑える」など、その性豪ぶりが明かされているようだ。
http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20130522/Menscyzo_201305_post_5901.html

 <きっこさん>と同じ表現である。つまり、2ちゃんねるのスレでどなたかが指摘したように、<きっこさん>の感覚がおかしいのではなく、ネットのこの種の文ではふつうに使われている表現らしい。
 「2〜3,000人」とは、浮気相手の男の体験女数だが、「ふたりから3000人」ではあるまい。「2000人から3000人」の意味だろう。それを「打った数」と表する感覚もすごいな。でも「打った数=発射数」と考えるなら、べつに童貞でも何千発も「打った数」は可能だが(笑)。

 しかしこれ嗤える。「2〜3,000人」である。「2」のあとの「〜」も嗤えるが、そのあとの3000に「3,000」とコンマが入っているのだ。三桁の区切りにはコンマを入れずにいられなかったらしい。一度に言いたいことをぜんぶ言おうとする下手くそな文章なのに、ここのところだけ几帳面だ。商業高校出身のライターか(笑)。元銀行員とか。サラ金勤務からライターに転身とか(←意外にけっこういる)。
 メンズサイゾーには、<きっこさん>レベルのライターが揃っているらしい。

競馬話──今年はおとなしかった<きっこさん>──AJC杯配当のウソ──#鼻カルボ

「4歳のときに父さんと行った東京競馬場」
「そこで見た真っ白な馬」
「あの馬がいいと父さんに言った」
「父さんは人気のないその馬の単勝を千円買った」
「その馬の名はホワイトフォンテン」
「逃げきる真っ白なホワイトフォンテンは、まるで翼の生えたペガサスのようだった」
「単勝は70倍もつき、父さんの千円は7万円になった」
「帰りにレストランで御馳走を食べた。あの日の思い出」

「やがて父さんと母さんは離婚した」
「月に一度だけ会える父さんによろこんでもらおうと、中学生のあたしは毎月いろいろな必勝法を考えた」
「父さんとあたしを結びつけてくれた競馬。あたしは競馬が大好き」
「あの日のレースの名前はAJC杯」
「あの日の勝ち馬ホワイトフォンテンの思い出から、あたしは芦毛が大好き」
「あたしは4歳のときからの競馬好き」

★これも大事だから書いておかないと

「石川喬司先生からメールをいただきました。感激です」
「あたしが4歳のあの日、石川先生も寺山修司さんも同じ競馬場にいたのですね」
「もしかしたら、すれちがっていたかも!」
「結びつきの運命を感じます」



という鼻カルボのべたな大ウソ、へたくそな作り話を、2011年11月5日に、きちんと数字的に証明したので、毎年この時期になるとAJC杯のことで大騒ぎするネカマですが、さすがにその後はおとなしくなりました。今年もひとつだけおとなしくツイートしただけのようです(笑)。

私が書いたのは「単勝配当のウソ」ということではありません。
鼻カルボは父親と一緒に競馬場になど行っていないし、もちろんホワイトフォンテンに関する話もぜんぶウソです。「設定」自体がすべてウソなのです。書いたのはそのことです。
だいたいホワイトフォンテンは、白馬じゃなかったしね。汚いマダラでした。ゴールドシップのようにあの若さで白くなるのは特別です。そのことに関し「より(芦毛の)マックイーンの血を引いている」なんて鼻カルボは言ってますが、マックイーンもその父のティターンも、現役時は白くなかったって(笑)。曾爺さんのメジメアサマは比較的早かったけど。



そのことを書いた長文です。
この時期になってまたアクセスが増えているのでリンクしておきます。
アンチ鼻カルボに教えてあげてください。鼻カルボの競馬的ウソをきちんと指摘しているのではいちばんと自負しています。(クソをクソであると指摘しても自慢にはならんか。)

kanren1
競馬大好き<きっこさん>──AJC杯ホワイトフォンテン単勝配当のウソ

パソコン話──Windowsの減少、止まらず、Macが急成長!──OSシェア──Windows8がLinuxと接戦?

順位 OS名 占拠率
1 Windows 7 45.11%
2 Windows XP 39.08%
3 Windows Vista 5.67%
4 Mac OS X 10.8 2.27%
5 Mac OS X 10.6 2.07%
6 Mac OS X 10.7 2.00%
7 Windows 8 1.72%
8 Linux 1.19%
9 Mac OS X 10.5 0.56%

2ちゃんねるのPC板に「Windowsの減少止まらず、Macが急成長!──OSシェア」というのがあったので覗いてみた。

元記事はこちらのようだ。  http://news.mynavi.jp/news/2012/11/05/013/ 
以前こういうのにはみなリンクを貼っていた。しかし一年後には全部繋がらなくなっている。数年前の文を読むとリンクをクリックしても「File not found」になっている。そんなものを貼ってもうしわけなくなる。かといっていちいち削除している暇もない。ならもう貼るのは止めよう。ソースとして掲示するだけにする。



要は「ここ数ヵ月、Windowsのシェアがわずかだが下がり続けている」ということらしい。それは事実にそった冷静な分析である。
しかしそれもMac信者の手に掛かると「Windowsの減少止まらず、Macが急成長!」になるらしい。

記事は10月のもの。上は最新の「2012年12月28日のOSシェア」の数字を私が表にしてみた。Windowsの合計は91.58%だ。もしも急成長しているというMacに追いぬかれるとしてもだいぶ先だろう(笑)。いまのところ、自民党に対する共産党でしかない。

共産党に対する意見として私が最も共感したのは、もう何十年も前に読んだ五木寛之さんのことばだ。
「共産党は香辛料みたいなもので必須だが、主食ではない」というような表現だった。
インドの胡椒が味音痴(笑)のイギリス人に驚異的に受け、高額で取引されたように、一度香辛料の味を知ったら離れられなくなる。私も辣油と唐芥子は必需品だ。

Macも同じだ。絶対的に美しいし、コンセプトもすばらしいが、かといってあればかりになっても困る。押しつけられたらイヤミである。まともなマックファンも「すべてのPCがMacになれ」とは思っていないだろう。むしろ「おれたちだけのもの」が誇りであると、私は信じる。

マックファンが、雁屋哲や茂木健一郎のようなひとばかりではないと信じたい。



Mac-OSの合計は6.9%。100人の内、91人がWindows、7人がMacか。そりゃMac好きの結束も固いはずだ。

雁屋哲や茂木健一郎や坂本龍一が、どんなに「Windowsはクソ、Mac最高!」と喚いても、まだまだWindows優勢のようである。

ただしこれはデスクトップ機OSにおけるもの。この分野ではまだこのままだろうが、これから世界はますますモバイル文化になるようだから、そちらではMacやAndroidが主導権を握って行くのだろう。私もいよいよそれを手にせねばならなくなってきた。Androidにするつもりだ。
こちらでは後発のMSだが、さすがにここまで遅れると追いつくことは無理と思う。しかし「パソコンとの連繋」という強味はある。さてどうなるか。



このシェア話は「Windows8がLinuxと接戦」という笑い話(いかに8が売れてないか)のネタにもされていた。でも8は出たばかり。8を搭載する市販品によって、これから5%ぐらいにはなるのだろう。

それにしても8はつまらないOSだ。「せっかく買ったのだから使おう」というケチな料簡で日々使っているのだが、腹立つことばかり。8を使っていて、あまりのつまらなさに腹立って7に戻る。だったらずっと7を使っていればいいのに、また8にしてみたくなったりするのである(笑)。
今年中にWindows9(Blue)──実質8のSP1──が出るらしい。予想通り。

けっきょくMSに振りまわされるバカ(私)はまたまた9を買うことになりそうだ。
いま7と8のデュアルブートで、7に満足しているからそれでいいのだが、不満だらけの8が9でどれぐらいよくなったのかと確かめたくて手を出すことになる。バカは死ななきゃ直らない。ずっとXPのひとの性格が羨ましい。

あらためて書くが、8を買う必要はない。特に、7を好きなひとは買ってはならない。腹立つだけだ。



Macにはいろいろ思うところがあるが、それでも狂的な信者である雁屋や茂木と同じものを使っていない安心感はある。あいつらのWindows批判の汚らしさは、まともな人間の言うこととは思えない。私の知人のマッカーもそうだ。WindowsかMacかという以前に、「こういう人間の使っているものには関わりたくない」と思ってしまう。

<きっこ>がマッカーだったら、どれほど口汚くWindowsを罵っただろう。偏執的な安倍総理の悪口を見ていると吐き気をもよおす。 Macを使ったこともないあいつのMacの悪口を聞いていると、これまた気分が悪くなる。

<きっこ>は、ギターでもクルマでもバイクでも、何事においても「こだわりのひと」なのだから、当然PCはMacでなければならない。そうでなきゃ筋が通らない。なのにパソコンはじつにもうどうでもいいWindowsの安物である。矛盾している。 

しかしじつのところ矛盾していない。ギターもクルマもバイクも妄想であり、凝ってなどいないからだ。あんなテレキャス使いがいるはずもない(笑)。
妄想の凝り性であり、実態は俗物のオヤジが、安物のWindowsパソコン(かつてはデスクトップ機、いまはノート)であることは見事に筋が通っている。 これは<きっこ>嫌いのマッカーにはうれしいことだろう。

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【追記】──2013年2月の情勢──3/17

以下のアドレスで見ると、まだ98を使っているひとが0.01%いる。すごいな(笑)。たった0.01%だけど、世界規模の話だから、それなりの数になるのだろう。WIn2000は0.06%。かなりのものである。

http://marketshare.hitslink.com/operating-system-market-share.aspx?qprid=10&qpcustomd=0

winos










【追記.2】──Macが減っている!

2013年3月末日までの最新情報。MacOSの合計が6.94%と7%を切ってしまった。
理由はWin8が伸びてきたから。1.72から3.67まで伸びている。まあ「想定内」の話ではある。

osshare

イタい名前が世に出て来る時代──安倍総裁発言を批判した北海道新聞──それに続く大竹まこと、鼻カルボ

baraki 大相撲初場所(来年1月13日初日、両国国技館)の新弟子検査が26日、東京・両国国技館で行われ、受検した16人が体格基準(身長167センチ、体重67キロ以上)をクリアした。
 高校総体で個人32強に入った伊藤爆羅騎(いとう・ばらき、18=式秀)は、小さい体を目いっぱい伸ばしてギリギリの167センチを記録。日ごろは160センチしかないため「うれしいです。奇跡」と喜んだ。

 
その名も爆羅騎。父・雅浩さんが1972年製作のイタリア・フランス合作のマフィア映画「バラキ」からとった、いかにも強そうな名だ。

 ちなみに兄は立浪部屋の三段目・羅王丸(らおうまる)。こちらも本名は羅王で、漫画「北斗の拳」に登場するラオウが昇天するとき吐いた「我が生涯に一片の悔いなし」という名ぜりふが好きだった雅浩さんがつけた。


http://www.nikkansports.com/sports/sumo/news/f-sp-tp3-20121226-1064502.html

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 以前PC入力のバイトをやったとき、今のこどもたちに、いわゆる「イタい名前」が多いことに呆れた。
 詳しく書く気にもならないが、漢字の名前なのに英語読みするようなとんでもないものに呆れたのではなく(そんなのは論外だ)、ごくふつうの名前でも読みがわからない形が多いことに驚いたのだ。つまり「何と読んでもいい」という制度を利用して、「ふつうの読みかたじゃ損」「思いきり凝った読みかたにしよう」のような流れである。かわいい我が子には、凝った名前、読みかたをすることが愛情の多寡を示すかのようだった。なんだか日本は、とんでもない世界になって行くように感じた。

 私の救いは将棋界にあった。奨励会には小学生中学生がいっぱいいるが、彼らの名前はごくまともだった。
 将棋は頭脳ゲームだから賢い子が集う。こどもが頭がいいということは、基本として親もまともということであろう。まともな親はとんでもない名前をこどもにつけたりはしない。それが確認できてほっとした。

 そして私が呆れた名前のこどもの親達は、「こんなのが親で大丈夫なのか」と心配になるようなのばかりだったから筋は通っている。ただ、彼らなりに、彼らのセンスで、我が子の名前を懸命に考えてつけたのだろうから、そこはひとそれぞれになる。問題はそういう親が育ってしまったことだ。教育の歪みである。

 大相撲界には、こんなバラキだとかラオウだとかが入ってきたらしい。まあしょうがない。力士の親がすべてまともな日本人であって欲しいというのは欲ばりすぎだろう。なんとか将棋界のほうはまともであり続けて欲しい。



●安倍晋三総裁を見当違いに批判した北海道新聞──それに続く大竹まこと

  アニメのキャラクターや外国語の発音などに漢字を当てて、生まれてきた子どもの名前にする「キラキラネーム」。最近では、漢字表記を見ただけではすぐに読めない名前も増えてきた。
   この風潮に、自民党の安倍晋三総裁が講演で「キラキラネームをつけられた子の多くはいじめられている」と苦言を呈した。すると今度は北海道新聞がこの発言に「『異質』を理由にいじめるような者をいさめるのが教育」と、安倍総裁にかみついた。

「永久恋愛」と書いて「えくれあ」、「一二三」は「どれみ」

 だが最近は、表記からは読み方が浮かびにくい名前も多い。インターネット上に開設されている「赤ちゃん命名辞典」というサイトには、キラキラネームが数多く並んでいる。中には芸能人が自分の子に付けた名も紹介している。トップの「希空(のあ)」は、タレントの杉浦太陽さんと辻希美さん夫妻の娘の名前だ。ほかにも「永久恋愛(えくれあ)」「宝冠(てぃあら)」「一二三(どれみ)」「苺(べりぃ)」と、一見しただけではすぐに言い当てられなさそうだ。
 
  安倍総裁がキラキラネームを取り上げたのは、2012年11月15日に東京都内で開かれた講演会の席だ。11月16日付の読売新聞朝刊によると、次期衆院選で自民党が政権を奪回した場合は、子どもを持つ親の教育に取り組む考えを強調したという。そこで、「光宙」と書いて「ピカチュウ」と読ませる例を挙げて、キラキラネームをつけられたこの多くがいじめられていると批判したのだ。続けて安倍総裁は「ペットではないのだから、そういう親も指導しなければいけない」と主張したという。

 これに異を唱えたのが北海道新聞だ。11月20日付のコラム「卓上四季」で安倍総裁の「いじめられている」発言に、「まるで『いじめられるような名前は付けるな』と言わんばかり。違うだろう。『いじめる側』が悪いに決まっている」と反発、安倍総裁が考える「教育改革」を皮肉ってみせた。
http://www.j-cast.com/2012/11/23155095.html?p=all

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 しかしまあサヨクの道新のイチャモンにはうんざりする。
「まるで『いじめられるような名前は付けるな』と言わんばかり」
 言わんばかりじゃない、言ってるんだよ! そういうろくでもない名前はつけるなと、そういう名前をつけるバカ親に!
「違うだろう。『いじめる側』が悪いに決まっている」と反発」
 好きだよなあ、こういう屁理窟。この手法ならありとあらゆることにケチをつけられる。
 いじめられるような原因を親が作っている。それを減らすために、そういう名前はつけなさんなと言う意見である。大事なのは「ペットではないのだから、そういう親も指導しなければいけない」の部分だ。テーマはバカ親の教育なんだよ。

 なんでサヨクってのはこんなに上っ面をとって絡んでくるのだろう。そういう意見を言う前に、上記の「エクレア」だとか「ドレミ」だとかに触れねばならない。それを讃えるのか、否定するのか、その姿勢を明確にしろ。これじゃまるでイチャモンのためのイチャモンである。いや「まるで」じゃなくて、正味全部そうなのだけど。



 早速これを典型的バカサヨクの大竹まことがラジオでしゃべったらしい。するとすぐに珍サヨクオカマ(男、64歳)がツイートで拡げる。

kikkokirakira













 なにもわかってないのは大竹まこと、おまえだよ。このことを語るなら「永久恋愛(えくれあ)」と名づけるような親のことからまず論じろ。

 北海道新聞→大竹まこと→きっこ

 なんとも不快なイチャモンバカサヨク負の連鎖である。

 北海道新聞というサヨク新聞が最も多く購読されているというだけで北海道人がきらいになる。
 東北の支援問題でも北海道は身勝手なことを言い、味噌をつけた。まあ横路なんてのが道知事をやっていた地だ。その程度なのだろう。
 そういや福島のこどもを差別した鎌田なんて女も北海道だったな。もっともこの女は九州かなんかの出身で現在札幌在住だったから、北海道人というわけでもないが。

kamata2


 













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【餘談】──たとえば「琢」の字を使うこと

 「琢」は良い字である。だがこどもが琢の字で最初に覚えるのは、「豚」という字との相似だろう。
 漢字を覚える時期、小学生、中学生ぐらいのときには、「琢磨」という名だったら「豚磨(とんま)」としてからかわれることは目に見えている。こども自身が、自分の名前が豚の字に似ていることをいやがる。
 「琢」の字が好きで、こどもにその字を使うなら、それは小中学生の時に我が子が「豚」の字に似ているということから、からかわれることを「覚悟」して命名せねばならない。それが親の責任だ。

 そんなからかいは、おとなになればなくなるが、こどもが一時期それを気にするのは見えている。それを受けとめ、誇り高い名なのだと自信を持って歩めるよう、親は子をリードせねばならない。命名にはそれだけの覚悟が要る。

「永久恋愛と書いてエクレアと読みます」
「一二三と書いてドレミと読みます」
 この子達は人生で何度そう言わねばならないだろう。それは負担であり、親が押しつけたものだ。

 以前ホームページに書いたが、「宇宙と書いてナサと読む」のもいるそうだ。アメリカ航空宇宙局の略称NASAである。正気とは思えない。教育が必要だ。バカ親をまともな日本人にせねばならない。



 「えくれあ」とか「ドレミ」を認めている行政も真剣に法改正を考えるべきだろう。「読みは自由」が問題を起こしている。一方で相変わらず「まぜこぜ読み」があるように、漢字の数は不自然に限定している。
 かつての日本は規制しなくてもまともだった。親がまともだったからだ。

 それがあの「悪魔くん騒動」のあたりから狂ってきた。さらに時は流れ、ゆとり教育で育ったバカ夫婦が、こんな命名ごっこを始めてしまった。これは、まともな教育でまともな親が育つようになるまで、政治の力で規制するしかない。

 きちんと躾をしなかった犬は、ひととのコミュニケーションが取れなくなるのはもちろん、犬としても不幸な生涯をおくる。犬を愛すればこそ、小犬の時に厳しい躾をせねばならない。こういう命名をするバカ親を見ると、躾をされなかった犬を思い出す。

 それにしても哀れな名前である。いじめるとかいじめられるとか以前に、そんな名を背負って一生生きねばならないのかと気の毒になる。この子達が成人するころには、「改名制度」の問題が社会を賑わせることだろう。 



 むかし、田中角栄がブームだったころ、自分の息子に「角栄」と名づけた田中さんがいた。人気絶頂の庶民宰相と我が子を同姓同名にしたのだ。
 これはむかしからよくあることなのだろう。私も「佐藤栄作」や「伊藤博文」を何人か知っている。

 しかしその後その首相は罪人として罰せられることになる。栄光は地に落ちた。こどもはその名から学校でいじめられ、親は役所に改名願いを出した。特例として認められた。これからそんな例が続出するにちがいない。親になる資格のないのが親になるとこんなことが起きる。

 なんとも憂鬱な時代である。

前日までに投票せねばならない不在者投票に、当日の朝行った<きっこさん>──話題沸騰「鼻カルボ」


 今日、12月16日、選挙投票日の朝、<きっこさん>が「今から母さんと投票に行って来ます」と書いているのを見て、首を傾げた。

kikkosenkyo







 タイムラインは下から上。
  16日の朝の8時12分に<母さん(笑)>と一緒に投票所に出発し、午後4時半に戻ってきたら、買っておいた馬券が当たっていたということらしい。ずいぶんと遠くの投票所まで出かけたようだ(笑)。
 実態は、一晩中、焼酎かっくらいつつツイッターやってて、7時半から馬券を買い、8時過ぎに寝て、16時に起き出したってことなんだろうけどね(笑)。



・世田谷在住の<きっこさん>は、放射能から逃れるために着の身着のままで西日本に疎開したという「設定」である。住んでいる西日本は山口県という「設定」らしい。山口県がどしゃぶりの日に晴れあがった夜空の観察などをして失笑を買っているが、それはともかく(笑)。

・江戸っ子であることを誇っている<きっこさん>だから、住民票は去年の3.11以降、西日本に疎開して1年半以上経つが、いまも世田谷のままだ。という「設定」。

・よって<きっこさん>は、前回の都知事選や今回の衆院選、世田谷区長選などは、世田ケ谷区役所から「不在者投票」の書類を送ってもらい、疎開地でその方法で投票している。それは<きっこさん>自身が何度も書いている。<きっこさん>は不在者投票に慣れている。不在者投票のシステムに詳しい。 

・不在者投票は、「前日まで」に投票せねばならない。一種の期日前投票である。遠隔地で当日投票されてもすぐには反映できないから当然の措置である。

・ところが今回も不在者投票用紙を世田谷区から送ってもらい、「やっと着いた」と書いているのに、<きっこさん>は、投票日である12月16日の朝、「今から母さんと投票に出かけます」と書いている。 不在者投票は前日までだから、当日に行っても投票は出来ない。「設定」がへん(笑)。

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 いちいち指摘するのもバカらしい毎度おなじみの矛盾だらけの設定だ。なにしろ疎開などしていない。世田ケ谷にいる。母さんなんて存在しない。
 つい「西日本にいる」という設定を忘れてつぶやいてしまったのだろう。あんな杜撰なひとは、だからツイッターなんかやっちゃだめだってのに(笑)。

 さて今回はどんな落ちをつけるのだろう。

「母さんと一緒に投票所に行ったら、不在者投票ですから前日までにしないとだめです。投票できませんと言われてしまった。忘れていた。大失敗」とでもするしかない。
 今までに不在者投票は複数回経験している「設定」だからそれは通じない。なぜこんなことになるのか。原因は簡単。今まで不在者投票なんてやったことがないからである。ずっと東京にいるのだから出来るはずもない(笑)。何から何までウソだらけ。ほんとに哀れなひとである。

 結果的にどうなるか? 
 しらんふりだろうな。いつもの手。



 こっちのほうはどうなるのか。

kikkojiminto



 ツイッターではいま<きっこさん>のことを「鼻カルボ」と呼んで盛りあがっているらしい(笑)。石川喬司さんの感想をお聞きしたい(笑)。

訃報──森光子さん、三宅久之さん、桜井センリさん──年寄りは「すぐ死んじゃう」から、一緒にいる時間を大切に

14日は、森光子さん、15日に三宅久之さんの訃報があった。10日に亡くなっていた桜井センリさんの訃報が伝えられたのは12日だった。

森さんは、数年前にテレビで見たとき、よいよいになっていた。老人特有の、あのぷるぷる顫えるような感じである。話す内容はまともだったけど、ファンのためにももうテレビには出ないほうがいいと思った。「森さんはまだ元気です」とばかりにあれを晒すのは、ほんとに元気だったときを知っているファンに対して、むしろ残酷である。一緒にテレビを見ていた友人に、「これじゃ老人いじめだよ」と言ったのを覚えている。だからその死は意外ではない。すでに密葬が済んでいて、公表したのが14日だった。

つい先日、HDDレコーダに入っている「ドリームマッチ2007」(志村けんと三村が優勝した回)を見た。そのとき審査員を務め、ごくふつうに元気だから、このあと一気に老けたのだろう。とすると、享年92歳だから、87歳のときはまだ元気で、ぷるぷるふるえて痛々しいと感じたのが89歳頃になる。男なのに92歳までふつうに元気だった父を見ているので、その意味では女で、89歳のときによいよいになっていた女の森さんをあまり長命とは感じない。この辺は個人差だ。一族がみな70前に死んでいるひとから見たらとんでもない長生きだろうし。

追悼のビデオが、各局とも短く要を得てまとめられており、それが事前に準備されていたものであると判ることがかなしい。



三宅さんは、「たかじん」で、話すときに息があがってしまうのが目立ち、心配していた。現実はもっときつかったようで、近年はスタジオ入りも車イスだったのだとか。自分から身を引いて、今年春に引退していた。そのときにその車イスの話を明かしている。
私は、「ああいうかたは、引退したら一気に老けてしまうのではないか」と案じたが、パソコンに挑戦し、ブログ「三宅久之の小言幸兵衛」を始めて元気だった。突然の訃報を聞いておどろいた。森さんの場合は「ああ、やっぱり」だったけど、三宅さんは「えっ!」である。

ブログをリンクしたけど、やがてここをクリックしても繋がらなくなる。
いま、スタッフからの連絡でこんなのが表示されている。

miyake





















これの日附が11月10日だから、ほんの数日前。だから急逝だったのだろう。でも入院していたのか。知らなかった。

明日にもこれは「生前は……」との挨拶になり、やがて閉鎖される。その流れがさびしい。

支持していた安倍晋三が再び総理大臣になる日を見て欲しかった。『文藝春秋』に掲載された檄文「安倍待望論」は感動的だった。たかじんが復帰する日に、一日だけ三宅さんも復帰して欲しかった。合掌。



sakurai12日に桜井センリさんの孤独死が報じられていた。クレージーキャッツ好きとしては、その「孤独死」の部分にたまらないものを感じた。
(左の写真は中日スポーツより拝借しました。)

最初になくなったのは石橋エータローか。石橋さんはかなり早くクレージーキャッツを脱退して料理研究家に転じていたので、あまり思い込みはない。
と思いつつ念の為に確認すると、ハナ肇が1993年で最初、石橋さんは1994年で二番目だ。リーダーが最初だったか。
亡くなったのは当時私の住んでいた品川のすぐちかくの昭和大学病院。1994年の6月22日。日記を見るとなにをしていたか確認できる。石橋さんはタイのパタヤビーチに住んでいたので、最後が日本というのは意外だった。

竹越美代子との仲睦まじい夫婦であり、晩年のテレビ出演はほとんどがその「仲良し夫婦」だった安田が亡くなったのが1996年。
この三人が亡くなるのは立て続けだったイメージがある。クレージーキャッツファンには辛い時期だった。

ああ、人名に圧倒的に強いGoogle日本語入力が「やすだしん」を正しく変換できない。正しくは「安田」。
以前、「ますだきーとん」を変換できない時にショックを受けたが、今回も同じく、残念。益田喜頓は「バスター・キートン」から取った名前。谷啓の「ダニー・ケイ」と同じ。益田さんが亡くなったのも1993年だった。

浦沢直樹の「Masterキートン」を「バスター・キートン」のもじりだと知らないひともいる。

Google日本語入力は、検索で使われるコトバから辞書を作ってゆくから、安田伸も益田喜頓も検索対象になっていないということなのだろう。

それから植木等さんが亡くなるまでは間があった。2007年。
谷啓さんは自宅で転んでポックリだった。2010年。
このふたりはすんなり変換される。それだけ事件があたらしいのだ。

そして桜井さんが2012年。
ご存命なのは犬塚弘さんだけになった。

クレージーキャッツは全員がミュージシャンとして優れていたのがすごい。本物のミュージシャンだから当然だ。そこがドリフターズやドンキーカルテットとはちがう。時代が産みだしたものだから、今後もあんな奇蹟的なバンドが出ることはない。



桜井さんはナベプロのプロフィールだと1930年生まれの82歳。でもほんとは1924年生まれで88歳。

先日亡くなった大滝秀治さんは87歳。年はちかい。でも大滝さんが近年まで活躍していて、CMや、関根勤の物真似によって、若者も知っている老人だったのに対し、桜井さんは活躍時期がだいぶ前であり、引退して長いので、若い人は活躍期を知らない。

大滝さんが亡くなったとき、私は訃報としてここに書こうと思ったが、そういう若者にも人気のあるひとだから私なんかが書かなくてもいいやと思い直した。逆に、桜井さんの場合は、私みたいなのが書かねば、と思った。「おとなの漫画」から見ているファンとして見送らねばならない。

2009年の「内村さまぁ〜ず」に、バカリズムがゲストで出たとき、「フリップの歴史」というのをやっていて、その始まりに「おとなの漫画」をあげていた。出演者(といってもクレージーだけだが)や構成者の名前をフリップに書いておき、手に持ち、読みあげるたびに一枚ずつ落として行くという、低予算の手抜き演出なのだが、子ども心にも妙に新鮮だったのを覚えている。現代フリップ藝の頂点にいるバカリズムによると、あれが日本のフリップ藝の始まりなのだとか。なるほど。



nakazaki中崎タツヤの傑作に、次のようなのがあった。マンガをことばで説明するのも不粋だが、まさかスキャンして掲載はできない。やりたいけど。
保管しているマンガの99%は犲炊瓩靴討靴泙辰燭韻鼻中崎タツヤもいがらしみきおと並んで本のまま保存している数少ないひとになる。

──田舎町。老人たちと少年(小学校低学年)が仲よく遊んでいる。といっても、老人がこどもをかわいがるというまともなパターンではない。老人たちとこどもが同格の友人という架空設定の中崎ワールド。一緒に鬼ごっこをしたり隠れんぼをしたりする仲。同等。

ある日、少年がいきなり老人たちと遊ばなくなる。老人たちの何かに失望したらしい。家にこもってしまう。老人たちが家に押し掛けて、「なんで急に遊んでくれなくなったんだ。なあ、理由を聞かせてくれよ」と迫る。

しつこく問われた少年が哀しげに言う。「だっておまえたち、すぐ死んじゃうんだもの」
──
老人全員目が点になる、というオチ。

残酷だけど真実を突いていて、笑うのは不謹慎かと思いつつ、それでも笑ってしまうという傑作だった。
そうなのである、老人は「すぐ死んじゃう」のだ。昨日まであんなに元気だったのに、いきなり死んじゃうのだ。
大怪我をしてもまた元気になる若者とはちがう。老人は、昨日まで元気だったのに、今朝起こしに行ったら布団の中で死んでいたりするのである。



じいちゃんばあちゃん、とうさんかあさんが老齢のかたは、たいせつにしましょうね。すこしでも一緒にいる時間を作りましょう。だって、ほんと、年寄りはあっけなく、すぐ死んじゃうのだから。死んじゃったらもう生き返ってはくれないのだから。それが年寄りってもんです。

親はいつか死んじゃう、死んじゃった親は生き返らない。私はそれを、親が死ぬことで学んだ。私をずっと見守ってきてくれた親は、私が死ぬときも面倒を見てくれるものと思っていた。私が生きている限り、私の味方としてついていてくれると思っていた。だけど死んじゃった。私を残して死んじゃった。親のいない世界に取り残され、私は初めて、親が死んじゃったこと、私にはもう親がいないのだと知った。なのにそれからもしばらくは親が生き返るような気がして待っていた。だけど一度死んだ親はもう生き返らなかった。

みなさんは、「親は死んでしまうこと」「死んだ親はもう生き返らないこと」を、親が生きている内に学んでください。それだけで人生の充実はだいぶ変ります。

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【附記】──「老人とこどもが同格で、一緒に鬼ごっこや隠れんぼをしたりする架空設定」と書いていて、「放射能から逃げるために西日本に疎開して、お世話になっている親切な農家のおじさんのところのこどもたちと、三角ベースをしたりする<きっこさん>」を連想して、噴いてしまった。「架空設定」と「老人とこども」は共通だ(笑)。

<きっこ>さん、おでんの牛スジを食いつつ「太陽の党」を熱烈支持?──母子家庭育ちは慎太郎嫌い?

 ひさしぶりの「きっこネタ」。
 いつものよう早起きして、2ちゃんねるの「きっこスレ」を覗いたら、昨夜は「太陽の季節」と「おでんネタ」で盛りあがっていたようだ。早寝なので見すごしてしまった(笑)。
 とても興味深く、おもしろかった。そのスレのアドレスはここ。

 これを貼っておけば以下のような「コピー引用」は必要ないんだけど、私のような2ちゃんねる下手は困る。こういうスレはすぐに満杯になり「過去ログにあります」になる。すると、有料なのか何かテクニックが必要なのか、いずれにせよ私には読めなくなってしまう。よって印象的なものをコピーさせていただく次第である。書きこんだかた、ご容赦ください。

 2ちゃんねるに限らず新聞記事のリンクも、みな読めなくなる。まあ新聞だって無限に載せているわけではないし、それをしたら年鑑が売れなくなる。1年ぐらいで消してしまうのは妥当だろう。このブログを始めたのは2005年だったが、1年以上前の文の記事リンクなんてみな切れている。それじゃリンクの意味がない。そのへんも考えないと。
 新聞記事をほぼ丸ごと貼るというのはルール違犯なのだろう。いつも忸怩たる思いに包まれるが、リンクで行けなくなるのなら、多少の違反はせざるをえない。 

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 まずは「太陽の季節」と「太陽の党」の話。ピンク文字がきっこ発言。水色文字が投稿者の意見。無智なきっこがお粗末な発言で嗤われている。

377 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 12:59:02.51 ID:0wHbU9D1
石原新党の名称は「太陽の党」だってさ。80歳になっても「弟の七光り」ですか?(笑) 
2012.11.12 22:05 


政党名は今日の夕方に発表される予定で、「太陽の党」はマスコミによるフライング報道。 
「きっこの日記」は三冊出版して何の賞も取っていない一方、 
石原慎太郎の「太陽の季節」は第1回文學界新人賞、翌年には芥川賞受賞。 


380 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 16:57:47.49 ID:zkk9q8gq
>>377 
「太陽の季節」の著者がシンタローなのを知らないフシがある。 

>「太陽の塔」を作った岡本太郎は「芸術は爆発だ!」と叫んだが、 
>「太陽の党」を作った石原慎太郎は「原発は爆発だ!」と叫びそうだな。 

岡本太郎の元のコンセプトは「生命の塔」。 
(万博当時は存在していた)屋根を貫いてキツリツするその姿を見た小松左京が「太陽の季節」の有名シーンに準えて「太陽の塔」と名付けた。 

383 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 18:20:14.78 ID:TEEfPe2Y
>>380 

弟の七光りってツイート、なんか違和感があると思ってたけど、 
慎太郎が作者だと知らないって説だと腑に落ちますねw 

384 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 18:31:05.29 ID:ZA7KVR67
もしかして、「太陽にほえろ」からネーミングしたと思ってるのか? 
このじじい 

385 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 19:22:06.11 ID:VgeN+uMO
そもそも「太陽の塔」のネーミング自体、石原慎太郎の「太陽の季節」から生まれたものだっての 

387 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 19:48:25.16 ID:zkk9q8gq
>>348 
なるほど。 
「太陽の季節では裕次郎は脇役だよな・・・?」って疑問だったから腑に落ちたw 
「そもそも太陽の季節を知らない説」 
前にも「大したことのない小説家」って言ってたもんね 

389 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 20:17:52.18 ID:1h5MRPVd
一応、慎太郎の太陽の季節をツイートしていたこともあったよ。 
でもその頃とは中の人が違うかも。 



 私も「弟の七光り」というのを読んで奇妙に感じた。テレビの「太陽にほえろ」から「太陽」を取ったという意味だろうが、「『太陽の季節』のほうがずっとずっと先だろ」と思った。私は裏番組のプロレスを見ていたので「太陽にほえろ」ってぜんぜん知らないんだけど。
 こういう書きかたをするってことは、<きっこさん>は、石原慎太郎の芥川賞受賞作「太陽の季節」を知らないということだ。

 が、病的に石原慎太郎を嫌う<きっこさん>は、過去にも「太陽の季節」に触れていたのではなかったか。私は観察歴が短いのでリアルタイムで読んだ記憶はないが。
 検索してみたら、けっこう書いているようだ。

 とすると、「中のひとが変った」が正解なのだろう。



 私は20年以上前から「母子家庭育ちは慎太郎嫌い」というのが気になっていた。私の周囲の、親戚の男から旧友まで、母子家庭育ちのひとが異様に慎太郎嫌いなのである。いまのところ、20人ほどの例で、慎太郎好きはひとりしかない。
 なぜなのだろう。彼の「頑固親父ぶり」が、父のいない家庭で育ったひとの「嫌いな父親像」に合致するのだろうか。ずいぶん前からそれに興味を持ち、いずれブログネタにしようと思っていたころ、「ネット上の母子家庭育ち有名人」の<きっこさん>もそうだと知った。もうすこし「慎太郎好きの母子家庭育ち」の例が集まったら書いてみようと思っている。

 よって私の知る限り、政治信条をべつにして、「異様な慎太郎嫌い」の基本は、母子家庭育ちとオカマである。
 オカマの場合はわかる。慎太郎さんはハッキリそれを否定しているからだ。「毎日のようにテレビにあんなの(と慎太郎さんは言う)が出ている国はね、日本だけですよ。異常です」と何度も口にしている。存在を否定されたら誰だって反撥する。母子家庭育ちのオカマである<きっこさん>が慎太郎嫌いなのは牛スジが通っている。いやまだ牛スジの話じゃなかった、筋が通っている。
 でも<きっこさん>の「母子家庭育ち」は設定だからなぁ。存在しない「母さん」との話に感動して、「親孝行なきっこさんに惚れた」という石川喬司みたいなひともいる(笑)。
 

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次ぎに、おでんとヴェジタリアンネタ。

379 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 15:44:34.47 ID:1h5MRPVd
お昼はチャルメラのとんこつか。 
ベジタリアン設定なのに、豚骨? 


392 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 23:44:18.47 ID:TEEfPe2Y
@kikko_no_blog: 具にもよると思うけど、おでんって意外とカロリーが低いんだね。ちくわぶ2個、すじ2個、大根2個、ボール3個、結び昆布3個、薩摩揚げ、はんぺん、ごぼう巻きを食べてお腹いっぱいなのに、 
計算してみたらインスタントラーメン1杯よりもカロリーが低かった。 


『すじ』って牛スジ??ベジタリアン設定は?? 

と思って調べてみたら、すじとは、関西では牛スジ、 
関東では魚のすり身みたいなの、とのこと。 

どちらにしても、 
西日本在住設定かベジタリアン設定のどちらかが破綻しますねw 

394 :朝まで名無しさん:2012/11/14(水) 00:23:38.60 ID:s3p46US+
>>392 
すじってそうなのか。 
西日本では、ちくわぶは入手困難。 
大きなスーパーならあるが、田舎設定だからなぁ。 
コンビニおでんには入ってないよ。 



「あたしは自分で殺せるものしか食べない。魚は殺せるから食べる。自分で殺せない豚や牛は食べない」と言い、畜産業まで否定した<きっこさん>が「とんこつラーメン」喰っちゃいけないよなあ。しかし何年か前までは豚も牛も喰っていたひとが、趣旨替えで喰わなくなったからといって、育てるひとまで否定するってのは異常。まともなひとなら出来ない。現に私はいま四つ足動物を喰わず、スーパーでも肉売場が気味悪いので避けて通るほどだが、かつて喰っていたのだから、いま喰うひとを批難はできない。私がいま肉を食わない理由も、<きっこさん>とほぼ同じなので、よけいにそう感じる。

 ヴェジタリアンもイスラム教徒もそうだけど、肉を拒む場合、スープも同じだ。そりゃそうだよね、肉の塊も、それを煮こんでとったスープも同じだもの。とんこつラーメンの具に入れるのが野菜だけだったとしても、スープは豚で作ってある。豚を喰わないひとがとんこつラーメンを食うのは矛盾だ。もっとも彼の場合、あらゆることが矛盾しているから、そんなの取りあげていたら切りがないが。

 西日本のどこにいる設定なのか、ちくわぶを買うのはたいへんだろう。そして、西日本なら「すじ」は「牛スジ」になる。牛のアキレス腱を煮こんだものだ。関西の牛馬の解体を生業としていたひとたちが、それまで捨てていた固くて喰えない部分をなんとか喰えないかと考慮して考えだした珍味。私は食べない。関西人に「おでんに牛スジはかかせませんね」と同意を求められると困る。私もちくわぶを強要しないから牛のアキレス腱の煮込みを強要しないでくれ。日本は広いな。
 関東の「すじ」なら魚だから筋は通るが、そうなると今度は「西日本疎開設定」が揺らぐ。西日本設定なら「ちくわぶ」がたいへんだ。揺らぐも何ももうとっくに崩壊しているか。というか崩壊以前に構築されていないか。

 ひさびさにおもしろかった。これは<きっこさん>にとってヒットかな。いやボロか(笑)。 

Windows8体験記Θ;8にスタートボタンを追加するソフト&エクスプローラを昔のようにするソフト+マッカー考(笑)

7から8になって、いいところわるいところいろいろあるのだろうが──不幸にして私はまだいいところを知らない──何と言っても不便なのは今までのスタートボタン、スタートメニューがなくなったことだ。

私はスタートアップに、長年お世話になっている便利ソフトをいくつも登録する。起動と同時にそれがスタートしてくれる。

たとえばSetCareColorというフリーソフトは、IME入力時に入力モードによってキャレットの色を変えてくれる。私の場合だと、ATOKをオンにして日本語かな入力状態だと太目の緑色、半角英数字にすると細めの赤になる。たったそれだけのことだけど、大量の文を書く者にとって、使い慣れるとこれがいかに便利であることか。リンクしておいたので興味のあるひとは導入してみてください。けっこう目からうろこだったりします。

そういうスタートアップの登録は、今までならスタートボタンからスタートアップを開き、1.2.3の3ステップで出来た。それがスタートボタンとスタートメニューがなくなることによって、とんでもなく煩雑になった。

まず1を探すのに苦労する。1が見つかっても、今度は2に行くまでが面倒だ。Windowsフォルダに行き、System32を開いて、とか、隠しフォルダに入っているので、エクスプローラーから「隠しフォルダを表示するをオンにして」とか、あれこれやらねばならない。3までたどりつけば7以前と同じような操作でやりたいことが出来るのだが、そこまでが迷路のように複雑になっている。やることは1から2、2から3と今までと同じなのだが、そのあいまに、1.2とか1.8、2.4とか2.7とかの面倒な作業が増えて、合計では10ステップぐらいになっている。何故こんなことをするのか、したのか!? 愚かとしか言いようがない。

これってMacの思想の悪影響のように思える。



について以下に書くのだが、その前にソフトの紹介。8にスタートボタンを追加し、以前と同じように使えるようにするユーティリティだ。
ソフト紹介の記事はここ。http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20120904/420441/

実際にDownloadするのはここ。http://classicshell.sourceforge.net/

Downloadして挿れてみた。いま使っている。
デザイン的にもうちょっと洗練して欲しかった気もするが、ともあれこれで7までと同じスタートメニューが使える。便利だ。感謝。

8start





















エクスプローラが使いにくくなった。MSはOfficeと同じデザインにして使いやすくしてやったという気持ちなのだろう。

8のエクスプローラ(俗にリボンと呼ぶらしい)を7以前のものにもどすソフト。
http://winaero.com/comment.php?comment.news.20

これでエクスプローラが使い慣れたものに戻る。

やはりこの8というのは、あのスタートメニューに触って始める液晶タッチ派のOSなのだろう。「やがてPCからはキーボードが消える」と言われているらしいし。
今までと同じようにキーボードを使いたいひとには、このソフトは役立ちます。ぜひ挿れてみてください。

しかしこうなるともうまったく7と同じになってしまった(笑)。なんの意味もない。デスクトップからスタートボタンを消したMSは、こんな形で復活させられては赤っ恥である。自分たちがよかれと思ってやったことが評価されてないことになる。

タッチパッド対応以外にも、「さすが8だ。7ではこれは出来ない」と驚くようなことはあるのだろうか。せっかく買ったのだからひとつやふたつはあって欲しい。無理か?

スタートボタンを無くすようなかっこつけってMacの悪影響のように感じた。どこかの国の総理大臣のコトバを借りれば、「ドジョウは金魚になれない」のに、無理になろうとして失敗したようなものだ。

以下、Mac信者を論じるのでマッカーは読まないでください。お互い、無意味に不快になるのはやめましょう。読まなければあなたが不快になることはありません。私を攻撃したくなることもありません。オシャレなマッカーは窓使いの戯言など無視してください。
















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Mac使いとは何かと言えば、あそこの親方の信者である。親方の功績と親方の発明したモノの価値は絶大だが、信者にはろくなのがいない。信者のろくでもなさの基本は自分を勘違いしていることだ。親方の偉大さに擦りよることで自分もまた偉大とかんちがいしているのが多い。親方が偉大だからといって、親方の発明品を使えばそいつまでがかっこよくなるわけではない。かっこいい親方をどんなに慕っても不細工は不細工だ。むしろ不細工なのに勘違いしているからよけいにかっこわるい。
雁屋哲や茂木健一郎、太田光等の気違いじみた発言と行動を見ていると信者でない自分にほっとする。坂本龍一もそうだが、ただあの時代、音楽にMacは必須だった。そこは認める。



もうずいぶんと前、絶対的存在である親方が「FDDのエジェクトボタンを消す」というのをやったことがある。
気持ちとしてはわかる。 そのほうが断然スッキリして美しいからだ。きれいに整ったフォームにエジェクトボタンは不粋だった。すんなりシュッと延びた線上にボタンがあってジャマをしている。絶世の美女の鼻の頭に大きなイボがあるようなものだ。親方は大胆に自分の美を追究する。それを否定するものを認めない。

そのフォルムは美しかった。いまだボタンを点けている他社のマシンがなんと不細工に見えたことか。しかしこれは使いにくかった。たかがFDを取りだすために内部から別の操作をせねばならない。目の前にボタンさえあれば一瞬で取りだせるのにそれが出来ない。時間が掛かる。さすがにこれには信者からも、「親方様ぁ、ボタンがなくて使いづれえですだ」と不満が出た。美か実用か。
美学の判らぬ凡愚に親方様は怒った。美学とは痩せ我慢の上に成りたつのだ。「そんなヤツラは使うな!」

死ぬ寸前、親方はiPhoneのケースも認めないと発言していた。おれの開発した最高のデザインに何でそんな醜いものを被せるのだと怒っていた。
わかる。その通りだ。エジェクトボタンを廃止するような形のこだわりで、何百回も何千回もデザインを推敲して完成した一分の無駄もない形なのに、それにシリコン製布製皮製いろいろあるが、そういうものを被せるのは、磨きあげた美の極致である芸術的裸体に薄汚れたジャージを被せられるような屈辱だったろう。でも貧乏人の信者はたいせつなそれが傷つかないようケースに入れたがる。なにしろ日本人てのは電話機からティッシュペーパーまで何でもかんでもカバーを掛け「カバー文化(笑)」と言われるほどそれが好きなのだ。電話機のカバー(笑)。
ちなみに私もiPod Classicをしっかり皮製のケースに入れてカヴァーしております。

ケースに入れれば傷つくこともすくなくなり長持ちする。親方様はそれを認めない。俺の作った芸術品をそんな醜いもので包むなと怒る。信者はおそるおそる問う。「ケースに入れないとすぐに傷ついてしまうんです」。親方様は言う。「傷ついたらあたらしいのを買えばいいではないか」 

なにしろ親方様はあたらしいOSを思いつくと、今までの機械では使えなくなっても気にせず平気で発売した。
「親方様、それをやられたらあっしらは干あがってしまうで」。信者は悲鳴を上げる。
親方は怒った。おまえら下賤なものはこの心がわからぬのか。古いと断罪したOSとあたらしいOSに共通点などいらないのだ。わからぬなら使わなくて結構。おまえらはおれの信者ではない、とっととIBMのところにでも行きやがれ。
信者は泣きながら従う。あんな醜いIBMのところに行くぐらいなら、親方様のところで餓死したほうがまだいいと。それでこそ信者。



己の「美学」を貫くか実践的に生きるかの問題。
何年か前、「どんだけぇ」が流行った頃、それを連発する女装オカマのバケモノが「あたしは部屋の中にごみ箱を置かない」と自慢気に言っていた。室内にごみ箱があるだけで不愉快になる。ゴミが出たらすぐにその場で室外のごみ箱に持っていって処分するのだとか。せわしくてたいへんだと思うが、バケモノなりの美学である。
私はこれを見たとき、Macの親方のことを思った。オカマバケモノがPCを使うかどうか知らないが使うとしたらMacだろう。

わかる。私もデスクトップ画面にショートカットという醜いものは一切置かない。あれをだらしなく何十も置いているひととは付きあえないと思う。あまりに無神経だ。汚すぎる。95の頃からランチャソフトに格納して一切見えないようにしてきた。

しかし室内にはごみ箱を置いている。それこそ一室に3コも用意し、ゴミが出たらすぐに手の届く距離で捨てられるようにしている。ごみ箱はこまめに掃除し、常に美麗にしている。ごみ箱のデザインもそれなりに撰んでいる。オカマバケモノとは逆だが、これはこれで私の美学である。



極力部屋にモノを置かないというひとがいる。洋室。フローリングワンルームには、ほとんどモノがない。白が基調。無機質な空間。それがそのひとの美学だ。不便だろうなと思うが、そのひとにとっては、部屋にごたごたと物を置く醜さのほうが敵なのだ。

生活必需品を自分のまわりに集めるひとがいる。和室。畳部屋の蛍光灯には紐が点いている。寝転んで読書し、寝る前にその紐を引けば、そのまま蛍光灯を消すことが出来る。「こたつの周囲」という居住空間は、手を伸ばせば何でも手に入る宇宙になっている。

前者が、親方様が開発してくれた美をハードもソフトもそのまま使うマッカーであり、後者が、(マッカーから言えばOSからハード、ソフトまで缺点だらけの汚いPCを)自分流にあれこれいじくりまわす窓使いになる。
両者は相容れない。

私は後者である。現実に蛍光灯から紐をぶら下げてはいないが、自分でパーツを組んでPCを自作したり、あれやこれや便利ユーティリティを入れたりして「自分風の自分だけのPC」にしようとしている。それは「なんでも揃っているこたつの周囲の自分空間」と同じようなものだ。

親方様の美的感覚がどんなに優れているとしても、それをそのまま押しつけられて使うよりは、どんなに低レベルで不恰好でも、見た目も中身も自分流に創造改造してもいい自由度が欲しい。親方様のお造りになったどんなに美しいフォルムよりも、私にはその自由度の方が価値がある。



マッカーと話していて通じないのがここになる。親方様の命じるハードやソフトをそのまま使っている彼らは、「SafariがIEよりもいかにかっこいいか」を主張したりする。自分達が親方様の言うとおりにSafariを使っているから、窓使いもみなビル・ゲイツに命じられてIEを使っていると思いこんでいる。あの心の狭さに耐えられない。

私はMacは好きだ。だがMac信者は嫌いだ。

マッカーにはサヨクが多い。口汚くWindows=ビル・ゲイツ帝国を、まるで戦前の日本のように暗黒暗愚だと否定する。Windows愛用者を、その暗愚政治にすら気づかない愚者だと論じる。そしてマッカーの自分達は、大空を自由に飛ぶ白鳥のように思いこんでいる。
そもそも戦前の日本はひどい国ではないし、ビル・ゲイツ帝国にも好き勝手にいじれる自由がある。ひたすら親方様を崇拝し、親方様の作ったものをそのまま使用するやつらの思想発想のほうがよほどスターリン的粛清に満ちた恐怖の共産国のように思える。



繰り返すが、親方様の功績は偉大だ。そのことに異存はない。Macのフォルムは美しい。しかし信者にはろくなのがいない。それを見るたび、90年代初頭のあの大きな分岐点で、窓使いの道を撰んだ自分に満足する。

こういうのを書くとマッカーから攻撃されてたいへんなんだ(笑)。明日がどうなるか想像がつく。ひねこびた鼠顔のアンチャンがまたイヤミを仕掛けてくるだろう。そのリンクにどれほど効果があるか知らないが。そのアンチャンになついている独身アラフォー女もまた叫き始めるのか(笑)。
でもやらないとね。これはこれで闘いであり、雄弁は金、沈黙は銀なのだから。



肝腎のことを書きわすれてしまった。

「これってMacの思想の悪影響のように思える」だ。

長々とオカマの美学まで引用して書いてきたので、今さらあらためて書く必要もないが、私は今回の8がスタートメニューを消し、不便になったのを見て、「デザインを重視してエジェクトボタンを消したMac」と、「室内にごみ箱を置かないバケモノオカマ」を思いだした。そういうことである。そしてそれは「Macの消えたエジェクボタン」と同じく、独善による失敗だろう。

Macの親方は「すべて俺が決める。俺の決めたことがベスト。信者はそれに従うように」とハードやソフトを信者がいじり回すことを拒んだ。8にもそれがあるように思う。窓使いの楽しみだった「スタートアップに自分の好きなユーティリティを登録する」のようなことを、とんでもなくやりづらくしたのは、「よけいなことをするな。8はデフォルトで最高なのだ」という気どりなのだろう。

8の開発者はこのくだらんOSを、「エジェクトボタンを消したMacの美」と自負しているのかも知れない。Macの親方様は死んだので、「俺が窓使いの親方様になる」と粋がっているのか。

ユーザーはいい迷惑である。だってマッカーが親方様を慕うみたいに窓使いはアンタらを崇拝していないから。
おそらく9では、こういう愚かな点が修正されることだろう。 そのへんの素直さがWindowsの美点だ。ああ9が待ち遠しい。いやいやウソ、7で満足しているからいらない。ほんとに7はよく出来ている。

前記のたとえで言うなら、Macがフローリングの洋間なら、Windowsは畳の和室なのだ。畳部屋に木目柄のシートを敷いて洋間のようにするような愚かなことはやめたほうがいい。畳部屋は板敷洋間よりずっと過ごしやすい。

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【追記】──もしも<きっこ>がマッカーだったら

<きっこ>と名乗る女のふりをしている60代のオヤジがマッカーでないのは、単に貧乏で金がなくMacを買えなかったからだ。とにかくあのころ、Macには金が掛かった。PhotoshopやIllustrator、ホームページ用のDreamweaver、フォントひとつ買うだけでもたいへんだった。そしてまた、それがステータスだった。私もあのころは金があったから手を出してみたけど……。

雁屋哲を尊敬していることや、架空のフィアットパンダ、テレキャスターというブランドで妄想を振りまいているように、<きっこ>の本質はマッカーである。あれがもし現実にMacを入手していたらWindowsに対してどれほどひどい言辞を弄していたろう。
同じくスマートファンを口汚く否定しているのも単に金がなくて買えないだけだ。これまたそっちに走っていたらガラケーオヤジにどれほどひどいことを言っていたか。貧乏な機械音痴なので助かる。

しかし、あれだけ全面的に否定してボロクソに言っていた競馬に、今は過去まで塗りかえて夢中になっているのだから、そのうちマッカーになる可能性は高い。問題は金回りだが(笑)。

マッカーになった<きっこ>こそ、尊敬しているという雁屋哲と同じ事を言ってエンジン全開になるだろう。当面は疎開設定の貧乏だから無理か。でも以前は「月に100万円以上の母さんの治療費を払い、昼の本業の他に夜の水商売アルバイトもしていた」という月に150万は稼いでいたと思われる腕利きヘアメイクアーチストだ。いつマッカーになるかわからない。なにしろ今はマックノートが10万円以下で買える時代である。Macとスマートフォンを使いはじめたら、競馬と同じように平然と讃歌を始めるのだろう。するとアンチキッコがまた過去のツイートを並べたてるという追っ掛けっこ。楽しみだ(笑)。

安倍晋三の腹痛を揶揄するヤカラの手法;;<きっこ>が捏造した光浦靖子の安倍晋三批判

 過日、<きっこ>と名乗るひとがこんなツイートをしていた。大竹まことのラジオ番組における、芸人光浦靖子の発言である。


kikkomitsuura








 私はこのラジオ放送を聞いていないが、この書きこみにはちょっと首を傾げた。というのは、光浦靖子というタレントは、とても賢く、その賢さは、ワイドショーでいかにもそれらしいコメントをしている芸能コメンテーター(例えば室井佑月)とは一線を画していると感じていたからだ。

 室井佑月なら、いかにもお茶の間の主婦代表気分で、これみよがしに、わざとらしく口を尖らせて「でもさあ、安倍さんて、お腹痛いって総理大臣やめちゃったひとでしょお。そのひとがなんでまた出るの?」とか言いそうだ。そう言えばその種の連中から同意と拍手をもらえると計算している。きっとあちこちで「そういうポジション」を演じ、発言していることだろう。いわば「女大竹まこと」である。

 光浦は、そういう軽薄さとは無縁と思っていた。もうすこし慎重で賢いと。
 バラエティ番組好きとして、長年彼女を見てきて、私なりにそういう評価をしていた。

 なのにこういう発言をしたらしい。すこし失望したが、でもまあこれは「大竹まこと」のラジオ番組である。あのバカが得意げにそんなことを吹聴する場なのだろう。出演者として、彼女なりの賢さで大竹にあわせたのかも、と思う。すこしがっかりしたが芸人なんてそんなものだと割り切る。

 大竹は自分の存在意義をかんちがいしている典型的なバカ芸人である。実際は「室井佑月レベル」なのに、「TVタックル」という政治討論番組?で、準メインとして発言する自分は室井なんかよりも一段格上と思い込んでいる。大竹のかんちがいほどかっこわるいものはない。芸人としてのあのような立ち位置は、アイカワキンヤ(笑)に代表されるように最も安易なのに、それを傷だらけで茨の道を歩んでいるかのように粋がっている。その大嫌いな大竹を大嫌いな<きっこ>が大好きなのだから筋は通っている(笑)。



 <きっこ>の紹介する光浦発言にすこしがっかりしていたら、2ちゃんねるの<きっこ>スレに、こんな情報が寄せられていた。

2012/09/02(日) 03:47:15.01 ID:7smU/jPr
 
光浦靖子
「すごい素人みたいなこと言っていい? 辞めた人がまたやりたいの? モチベーションは何?」
 ↓
「安倍さんてお腹が痛くなって総理を辞めちゃった人でしょ?そんな人が今さら何言ってんの?って言われないのかね」

すばらしい変換辞書をお持ちのようでw
 
ttp://podcast.joqr.co.jp/podcast_qr/ootake-opening/ootake-opening120830.mp3
30:57あたりから

 すこしわかりにくいが、光浦がラジオで発言したのは「 すごい素人みたいなこと言っていい? やめた人がまたやりたいの? モチベーションはなに? 」であり、それを<きっこ>が「 安倍さんてお腹が痛くなって総理を辞めちゃった人でしょ?そんな人が今さら何言ってんの?って言われないのかね 」という「安倍晋三を批判する光浦発言」に改変して、10万人ちかいフォロワーに流したらしいのである。光浦の言ってないことを<きっこ>がかってに創作したらしい。

 ポッドキャストのURLが貼ってあったので早速出かけてみた。「30分57秒あたりから」と教えてくれているので探しやすい。大竹のおしゃべりなど聞きたくないのでポイントで聞いてみた。
 すると光浦はそんなことは言っていないことが確認できた。らしきことを言っているのは大竹だ。光浦発言は完全に<きっこ>の捏造である。



 あまりにひどいのでブログで取りあげようかと思ったが、もう<きっこ>という気味の悪いのとは関わらないようにしているので多少迷った。するとその<きっこ>スレに、きちんと放送を文字にしてくれたひとが現れた。

2012/09/02(日) 09:19:17.32 ID:goJUUijC
 
>>298

ラジオは検証が難しいから、音源は助かるw
文字に起こしてみた↓


光浦「すごい素人みたいなこと言っていい?やめた人がまたやりたいの?」
大竹「(笑)そこはみんな言ってます」
光浦「モチベーションは何?」
大竹「そこはお腹痛くてやめた人がって言ってます、みんな、はい」
光浦「素人意見ですみません」
大竹「そう言ってます。さぁ、今日もいってみましょう!」

 光浦の発言は、この通りだった。私もこのポッドキャストを聞いたので保証する。 
 このやりとりが、すべて自分に都合のいいように改変する<きっこ>の手にかかると、「 安倍さんてお腹が痛くなって総理を辞めちゃった人でしょ? そんな人が今さら何言ってんの? って言われないのかね」という光浦発言に造りかえられるのである。 
 なんというたちのわるさだろう。デマの悪質さ、怖さが集約されている。なんとも怖ろしい。

 光浦は安倍晋三に対する批判はひとことも口にしていない。ごくまともに「素人意見だけど、やめたひとがまたやりたいなら、モチベーションはなに?」と、低姿勢な素朴な疑問を呈しているだけだ。
「お腹痛くてやめた人がって言ってます、みんな」は大竹の発言だ。でも大竹の発言ですら<きっこ>の書いたような悪意は含まれていない。

 <きっこ>のツイートによれば、光浦は 「安部さんてお腹が痛くなって総理をやめちゃった人でしょ? そんな人が今さら何言ってんの? って言われないのかね」と、痛烈な安倍批判をしたことになっている。

安倍さんてお腹が痛くなって総理をやめちゃった人でしょ? そんな人が今さら何言ってんの? って言われないのかね」というのは<きっこ>の意見である。なら自分の名でツイートすればいい。なぜ光浦がラジオ番組で言ったかのように捏造するのだ。じつに汚い手法である。

 事実など、それを広めようとする者の手で、いくらでも歪められることがよくわかる。しかもそのあとに、放送局、番組名、放送日まで記して、いかにも事実であるかのように主張している。しかし中身は完全な捏造なのだ。
汚い。じつに汚い。



 毎日新聞の広めた「百人斬り」なんてのに通じる悪質さである。日本刀一本で百人も服を着ている人間を斬れるかどうか、考えなくてもわかることだ。



 事実を歪めた発言を<きっこ>が10万人のフォロワーに伝え、そのフォロワーである自民党嫌い、安倍晋三嫌いのサヨクが、さらにそこから「あの芸人の光浦靖子が、こんな痛烈な安倍晋三批判をした。光浦はよくわかっている」と拡散して行く。その効果はたいへんなものだったろう。

 しかしそれは<きっこ>のデマを信じたサヨクを光浦ファンにすると同時に、全国の安倍晋三支持者に、「光浦靖子ってのは、こんなバカサヨクだったのか」と失望され嫌われることにも繋がる。ファンを増やしたにせよ減らしたにせよ、重要なのは、その原因となった発言が「事実ではない」ということだ。光浦はそんな発言はしていないのである。光浦とは関係のないところでかってに好かれたり嫌われたりしている。いい迷惑だ。

 私もこの2ちゃんねるの「ニュース議論」板を読まなかったら、「光浦靖子が『お腹痛くてやめた人でしょ』という軽薄な安倍晋三批判をした」と覚えこんだ。ポッドキャストのURLともども、<きっこ>スレに真実を書きこんでくれたかたに心から感謝する。

 とはいえ、<きっこ>の「作り話」が10万人に拡散し、そこからまたRTで拡がったのに対し、「ニュース議論」板の「きっこスレ」の正しい情報を読んで正しく理解したひとの数はすくない。捏造の影響のほうがはるかに大きい。そこがなんとも不愉快である。いわゆる「言ったもの勝ち」になっている。

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 以上で本文は終り。誤解のないよう、私が自分の意見としてわかっていただきたい点をもうすこし詳しく書きます。

 まず、光浦靖子は安倍晋三批判をしていなかったわけだけど、假りにそれがあったとして。
「 芸人光浦靖子の安倍晋三批判」は、それはそれでいいのだ。好き嫌いも政治信条も自由なのだから。
 彼女が大竹まこと的なバカサヨクと知れば、彼女の番組を自然に見なくなる。ただそれだけの話である。もちろんそのことによって大竹まことファンの視聴者から彼女は支持を得ることになる。プラスマイナスの世界だ。山本太郎の選んだ道と同じく。
 私は、光浦が安倍好きか嫌いかにこだわっているのではない。それはどうでもいいことだ。ここはよくわかっていただきたい。

 私のこだわりは、私が賢いと感じている光浦靖子が安倍晋三を嫌うなら、彼女なりの歴史観、政治観から嫌って欲しかったということにある。政治的話題から芸能人の結婚離婚まで、幅広く、全面的にいいかげんな何でもコメンテーター屋をやっている室井佑月のようなのが言うであろう「あのひと、お腹が痛いって言ってやめたひとでしょ」みたいな発言はしてほしくなかった。 もっとも、私が彼女を「賢い」と感じている基本には、彼女はいわゆる「自虐史観」的なものに疑問を持っているのではないかと感じていることからきている。つまり彼女に大竹まこと的な風味を感じていないのだ。

 光浦靖子がそういう発言をしたと<きっこ>が捏造して広めた。それを捏造と知らず事実なのかもと思った時期、私は、光浦が安倍嫌いと発言したことにではなく、その理由が「お腹が痛くなってやめたひと」という低レベルであることに失望した。
 私が私の意見としてわかっていただきたい点は、このことがひとつ。

 光浦に限らず、どんなひとでも、安倍嫌いは安倍嫌いで認める。ただ「お腹の痛くなったひと」というレベルでの話はしたくない。ということである。それはこのあとの「安倍晋三の病気を揶揄するヤカラの手法」の△筬で触れる。



 しかし事実は、光浦はそんなことは言っておらず、<きっこ>というデマ製造機による捏造だったわけである。
 他者の、言っても言ってないことを、いかにも言ったかのように、ラジオ局、ラジオ番組の名前、放送時間まで記してツイートしたのだ。

 これがいかに悪質であることか。
 私の意見としてわかっていただきたい2点目はもちろんこのことになる。自分が安倍晋三支持者だからと言って、安倍を嫌う<きっこ>や、光浦(光浦を嫌ってないけれど)を、否定しているのではない。「捏造」に対する批判である。

 言ってもいないことをねじ曲げて、いかにも言ったかのようにして10万人に広める悪質なデマを批判しているのだ。私の主張が以上の2点であることをわかっていただきたい。

 いやほんと、ここまで書いても、世の中には「けっきょくこいつ、光浦が安倍を嫌いだって言ったのが気に入らないんだろ」なんて解釈するひとがいるのである。ま、そんなのはこちらもどうでもいいが。

首相と面談した官邸前デモ連中の顔つきと言葉遣い──赤の系譜の普遍性



  首相が官邸前デモ市民と面談する映像を見た。
 これで「騒ぎたてれば誰でも首相と面談できる」という前例が出来たことになる。

 首相もくだらんことをするなと思ったら、市民聯合とのパイプ役は菅直人なのだとか。菅直人の顔を立てることによって菅一派を牽制するということらしい。

 まだ動いているのか菅直人。市民運動家出身(笑)。当時からカメラが入ったら市川房枝の隣とか必ず目立つ場所に立ち、笑顔を振りまき、実戦の闘いになると後ろのほうに隠れ、治まるとまた前面に出てきてアジる狡猾さが有名だった。私はこいつが首相になったら日本は終りだと怖れていた。しかし実現してしまった。そしてこいつが首相の時に、あの大震災が起きた……。最悪の結果となる。
 おまえは女房と一緒に八十八ヶ所巡りでもやってろ。その前に「逮捕」か。



 首相に詰め寄る連中の「顔つき」も「言葉遣い」も、みな「それ風」で苦いものを感じた。
 服装も普段着なら、首相に対する言葉遣いも普段着だ。無礼極まる。ひととしての礼節があるなら、愛国心があるならできない。両方ともないんだな。あるのは自己主張だけ。

kanteiこのティーシャツオヤジの主張。目がすわっている。

「俺たちは政治をしに来てるんじゃないんです」
「原発を止めたいから来ているんです」


 あたりまえだ。日本の首相に対して「俺たちは政治をしに来てるんじゃないんです」って正気か。いやプロ市民として本当は政治をしに来たのか。おまえが政治をどうする気だ。
 それ以前に、首相の前で「おれ」と言う自分に疑問を持たないのか。成人男子として。

 食い物屋ですらドレスコードがあるのに普段着のそれを粋がっている。首相に対し、同等の一対一と思っている。
 ひとり1票の価値が公平であり、それが民主主義なら、日本国民から選挙で撰ばれ、最高の地位にいるのが総理なのだ。自身の無礼を恥じろ。

 民主主義の最も醜悪な瞬間である。

(念のため。テレビニュースだけではなく、内閣のカットなし映像も見ていますので、きちんとした服装のかたがいたことも、まともな言葉づかいのかたがいたことも、また、この面談のために普段は着ないスーツを着ていったかたがいたことも知っています。)



takato イラクで自己満足活動をしていたバカ三人が拘束され国家に迷惑をかけた時、そのうちのひとり、高遠とかいうのの坊主頭妹が、「ひとの命がかかってるんですよ! わかってるんですか!」と、自分の姉の身勝手な活動を詫びることなく、政府に対しヒステリックに喚き散らした時を思い出した。

 狂った系譜というのは変らない。
 顔から言葉遣いまで見事に一致している。



 敗戦後に瀰漫した民主主義という妖怪により、日本は異様な「生命至上主義」に陥る。

 きっこと名乗る団塊世代サヨクおやじのツイートでいちばん惘れたのがそれだった。
 放射能ノイローゼになった母親とふたり、身ひとつで東京から逃げだした彼(実際は東京にいた。というか母親など存在しないが)は、「逃げだせ、すべてを捨てて逃げだせ。命以上に大切なものはない」と煽った。彼の思惑としては、多くの都民が放射能恐怖から、仕事も家も抛りだして一斉に西日本へ疎開を始め、パニックとなり、結果、首都機能は停止するはずだった。それが狙いだ。だが誰も彼の煽りになど従わない。

 苛立った彼は悔しまぎれにこう書いた。「戦後民主主義の最悪な点は我慢するのを美徳としたことだ」。
 逆だろう。日本人の我慢する美徳を壊し、利己主義、生命至上主義にしたのが敗戦後の民主主義だ。

 ダッカ日航機ハイジャック事件で、時の首相福田赳夫は、「一人の生命は地球より重い」と寝惚けたことを言い、テロリストJRA(日本中央競馬会ではなくJapan Red Army)の言いなりになって金を払い、牢獄のテロリストを釈放し、世界中の笑いものになった。いや、心ある世界の人の怒りを買った。

 ドイツなら、躊躇うことなく犠牲を覚悟でテロリストを射殺していたろう。現実にそれをやっている。アメリカでもフランスでもイギリスでもそうしていた。ロシアでもシナや朝鮮も同じ。あんなことをするのは戦後民主主義というウイルスに毒された敗戦国の日本だけだ。そこが同じ敗戦国でもドイツと致命的にちがう。ドイツは戦後だけでも何度も憲法改正しているのに、日本はあの戦勝国に押しつけられた手足を引っこめたカメのような醜いモノを、いまだに戴いている。

「自分の命のために、あらゆるものを投げだして逃げる」という、きっこと名乗る架空の彼と架空の母親のとった架空の狒続瓩海修生命至上主義という戦後民主主義の歪みを象徴している。

 醜悪な戦後民主主義の象徴のようなきっこおやじも、今ではすべての設定が空回りし身動き取れなくなっている。東京にいるままの西日本疎開設定。果たしてどんなオチになるのやら。正体が画像で晒されネット界から消える日もちかいだろう。



kakumaru 反原発デモ。
 大江健三郎に瀬戸内寂聴に落合恵子に坂本龍一。

 中核に革マル。全学連。

 思ったとおりの香ばしい連中が集ってくる。わかりやすい構図だ。
 久々に水を得た乾魚が乾いた鱗を撫でさすってはしゃいでいる。

 坂本が「むかしとちがって今はお巡りさんがやさしい」と嬉しそうだった。



misao 知人から情報を得て、YouTubeで、misao redwolfと名乗る女がアジる映像を見た。反原発アジテーターとして有名人らしい。
 両腕に刺青。マスクで顔を隠してのアジテーション。アカはむかしからちっとも変っていない。

 前記のきっこおやじはこの女にこんな賛同を寄せている。

@kikko_no_blog
misaoさんは「私は毎週金曜日に官邸前にいるから、私に言いたいことかあるなら直接言いに来い」と言っている。それなのに官邸前には行かず、ネット上たけでmisaoさんを誹謗嘲笑してるウジ虫ども。お前ら見苦しいから今すぐ死んでくれ。2012/08/22(水) 21:08

「官邸前には行かずネット上け」の今すぐ死ぬべきウジ虫はおまえだ。 誹謗嘲笑はオリジナル造語か。かな変換で「ちゅ」を「ちょ」と打ち間違えたら出たのかな(笑)。
(【追記】──さすがにまずいと思ったのかこのツイートはすぐ削除したようだ。腰抜け。)



 今時こんなことはツイッターで書き流すのだろうけど、私はブログという形で書き留めて置きたかった。

「こども」を楯にする感覚──がれき処理反対の妊婦──煽る<きっこさん>

先日、「こども」を全面に出す人は、こどもを「前面」に出している、ような

というのを書いた。 

今日も同じ事を感じた。
がれき処理反対の現場に妊婦がいて、警備する警察官ともめたらしい。

早速<きっこさん>がツイートする。



kikkoninpu



 べつに妊婦は職業ではないから、差別を怖れて「ラーメン屋さん」「八百屋さん」と「さんづけ」するように、「妊婦さん」とさんづけする必要はない。なのにするのは、そのほうが「弱々しい、いたいけな、護らねばならない存在」とアピール出来るという計算なのだろう。すくなくともふだん<きっこさん>は「妊婦さん」とさんづけはしていない。

 警察が「妊婦さん」を「容赦なく逮捕した」のかどうか知らないが、公務執行妨害をするなら、処女であろうと妊婦であろうと生理の上がった婆であろうと、そりゃ逮捕するでしょう。妊娠しているかどうかなんて関係ない。だって成人がそのひとの意思でそういう現場に来ているのだから。

 <きっこさん>のこの「まるで」という文章によると、暴力団や右翼は「妊婦さん」を容赦なく逮捕するらしい。聞いたことのない話だ。むしろスターリン、毛沢東から連合赤軍まで、左翼の粛清のほうがよほど怖いと思うが。



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 揉みあいになる現場にいればケガもするでしょう。その前線の現場にいたのなら「何もしていないのに」ではない。戦場で流れ弾に当たり、「私は戦争反対なのに」と言っているのと同じ無意味。幼稚。



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 盛りあげたい<きっこさん>からしたら、「妊婦さん」は警察官に突きとばされて流産でもしたほうが理想的だったのだろうが、残念ながらそれはなかったようだ。それどころか最初に書いた「妊婦さんまで容赦なく逮捕する警察! まるで暴力団か右翼のようだ!」がまちがいとわかり、リプの形でそれとなく訂正している。このへんの悪質な誤誘導は、まるで反日のサヨクのようだ(笑)。私のほうが文章として筋が通ってるね。



 冒頭の先日書いた文章にもどって。

 なぜこういう現場に「妊婦さん」が行く必要があるのか。
 お腹のなかのこどもの未来を思ったら、行動せずにはいられなかった、とでも言うのか。
 お腹のなかのこどものことを思ったら、流産やケガを案じてそういう現場に行かないことが子を思う心ではないのか。

 こういうのも「こどもを楯にする感覚」だ。

「妊婦の私を排除できるのか! お腹の中にはこどもがいるんだぞ! そんな私を排除できるならやってみろ!」と、自分の主義主張をアピールするために妊娠を武器にしている。

 この種の連中は、自分のミスで流産しても、「警官に暴力を振るわれて流産した」なんて言いだしかねない。
 輿論を盛りあげリードするためなら「お腹のなかの子」も道具だ。
 もともとそれが目的だったのに、警官が暴力をふるってくれず、うまく流産できなかったのか。



 心ある自治体ががれき処理を引き受け、日本中がひとつになって復興に力を合わせようというとき、「おれんところにだけはそんなものもってくるな」という我慾。それを正義とかんちがいした感覚。

 好き放題に暴れる連中を前に、手を出すことは許されず、ただひたすら「人間鎖」となって、身を挺して護るだけの警察官があわれだった。逆に彼らがこの連中にケガをさせられてもメディアは取りあげてくれない。職務とはいえ、くやしいだろう。

「こども」を全面に出す人は、こどもを「前面」に出している、ような

反原発や放射能や、ブログやツイッターでの、いくつもの論争を見聞して、

論争において、やたら「こども、こども」とこどもを全面に出す人は、

一見、こどもを後ろ手に庇い、あらゆる石つぶてを自分の顔面で受けて、血塗れになりつつ、
「未来を担うこどもを傷つけるなら、さお俺を殺せ」と言っているようでいて、じつは、

こどもを「前面」に出し、こどもの後ろに隠れ、「殺せるか、このかわいいこどもをおまえらは殺せるのか」と、
飛んでくる弾や矢をぜんぶこどもに受けさせ、楯にして、前進している、

ように感じた。 



やたら「こどもが、こどもが」と言っているひとの言説をよく読んでみるとわかる。だれでもわかる。

こどもがいないひとでも「こども」さえ出せば正義の味方だから、
それこそもう三人もこどものいる母親だったりしたら最強。否定できるひとはいない。
「あたしはどうなってもいい。ただこのこどもだけは、命を懸けて護る!」
これに異論を挿めるひとはいない。

こどもを楯にして、「こども、こども」と叫んでいれば最強の論客?として通用する。

「動物好き」なんてのも同じだね。

それはまた逆に、まともなことを言っているひとは、それをかざしてはいない、ということでもある。



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これは「マヨネーズデマ」を流した<きっこさん>のツイート。文章としては「そうとう防腐剤やら何やらが入ってんだろうなって思う」で十分。 つけたすにしても「あたしも母さんも食べない」だ。

しかしそれでは不安を煽れない。
そのあとに「あたしに子どもがいたら絶対に食べさせない」と、こどもはいないのに、「いたら」と假定してまで「こども」を出す。こどものいるひとたちの不安を煽る。
典型的な「こどもを利用して効果的にするデマ」である。 

<きっこさん>は独身。母子家庭。子どもはいない。という設定。
でもマヨネーズは危険な食品だと無知蒙昧の絶叫をするには、「あたしと母さん」だけではアピールが弱い。
そこに「こども」を登場させると、一気に真実味をおびる。 

「こども」をどんなふうに利用しているか、その一点だけで、そのひとが見えてくる。



なお、「マヨネーズは防腐剤が入ってなくても日持ちします」。それはこちらにまとめたので読んでください。このきっこというオヤジ(64歳の男です)がいかに無智であるかがわかります。

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<きっこさん>の煽るマヨネーズ不安──デマの初歩



参考──こどもをふりかざすことで、自分を無敵の論客とかんちがいして恥を掻いた人の例


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「ずっと福島の子供達を心配し応援してきた」という前提と、「私のムスコは福島の娘と結婚させない」という差別結論がリクツになっていない。最後の高飛車な「ダメだね」は、どこから出てきたのか。
こういうバカ親から生まれたムスコが不憫である。でもこういう女のムスコだから憐憫には価しないか。 

私も日本の将来を担う「こども」のことは思っている。私に出来ることは、こういうバカ女の存在を、「5年後10年後」も語りつづけて行くことだ。Twitterでこんなトンデモなことをほざいて、隠れればそれですむと思うなよ。鎌田千詠子!

<きっこさん>の煽るマヨネーズ不安──デマの初歩──無智も8万フォロワーの力で真実になるか!?──『美味しんぼ』の画像

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「市販のマヨネーズは日持ちする。防腐剤が入っているにちがいない」ってのは誰もが感じる疑問だ。

私の知る限り、最初にそれに応えてくれたメジャーなものは『美味しんぼ』だった。来年で連載30年になるマンガのかなり初期のころだからだいぶ前になる。雁屋はそこで山岡士郎の口から、市販マヨネーズの日持ちする仕組み、安全性を説明している。

たしか工場訪問のような場面があったから、雁屋哲自身も疑問を持ち、調べたのだろう。ひたすら大企業や化学調味料や大量生産品を攻撃するサヨクマンガだけど、事実は事実として伝える良識はあるのだなと感じた巻だった。

左巻き全開の気分の悪くなるマンガなので一切読まないけれど、一応全巻もっているから、スキャンしてその場面を載せたいが、さすがに雁屋哲のサヨク思想がちりばめられたあれを、これのためだけに探す気にもなれない。



というか、「マヨネーズはなぜ常温で日持ちするか」は、かなり常識的な智識だ。<きっこさん>が無智なのである。超有名ブロガーとして、8万人のフォロワーを誇るTwitterとして、いくらなんでもひどすぎるから、指摘が殺到してすぐに削除されるだろう。削除される前に、いかに彼が思いつきで他者を傷つける書きこみをしているかの一例として取りあげておこうと思った。

このひとの醜さは「こども」を使うことだ。「おとなはいい、でもこどもは」という手法は効果的らしい。
「おとなはいい、でもこどもだけは避難して欲しい」「こどもに罪はない」「こどものことを思うと涙がとまらなくなる」

「あたしにこどもがいたら」って(笑)。

きちがいサヨクの雁屋哲も、こういうひとと比べるとまともに思えてくる。



「買ってはいけない」を思い出す。サヨク雑誌「週刊金曜日」に連載され、単行本となって大ヒットしたあれだ。
「正露丸」の日局クレオソートを工業用のクレオソートと混同して、「電柱に塗ってある虫もちかよらないあんなものを躰に入れたらたいへんなことになる」とやったのを今も覚えている。基本は無智だが、それにあぐらを搔き、調べようともせず、それでいて高所見地からの意見なのだからおそれいる。そしてまた、それに踊らされるひとがいる。

無智なまま不安を煽り、本にすればより無智な連中に買われて信じられてしまう。悪質な「企業テロ」だと言われた。現在のTwitterによる「不安を煽るデマゴギー」の先駆か。
<きっこさん>もカップヌードルとかに企業テロをやっては失敗してきたようだが(笑)。

そういや日垣隆というひとの名を覚えたのは、文春に載った「『買ってはいけない』は嘘である」だった。1999年だから、日垣さんが表舞台に出てきたのはこの年なのか。

『週刊文春』はこのあとの編集長(野中広務の後援会長の息子)からおかしくなってゆく。「疑惑の銃弾」のころから読み始め、このころはまだ毎週待ちかねて買っていた。「週刊金曜日」のデマを真っ向から否定する姿勢に拍手を送ったものだった。いまはたまに立ち読みする程度。去年の『週刊新潮』と連動しての橋下叩きは醜態だった。



さすがに<きっこさん>も赤っ恥搔いてすぐに訂正するだろうけど、9万人ちかくのフォロワーの中には、これを見て「そうよねえ」「そうだよなあ」と、今日からマヨネーズを毛嫌いするようになるひとがいるのだろう。それが悪質デマの基本であり、また「だまされる人」の基本だ。

下の「白井由佳さんのTogetter」にも書いたけど、こういうものに染まるひとはなにをやっても染まるから、それはそれでしかたないのだろう。他山の石とするしかない。


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【追記】──『美味しんぼ』第34巻「サラダ勝負」より、マヨネーズは安心!

調べてみたら第34巻でした。『美味しんぼ』は全100巻だから、前半ではあるけれど、もっと前かと思っていたので探すのに手間取りました。
画像を貼るのは違法でしょうが、『美味しんぼ』が正しいとする内容なので許してもらうことにして。



まずは<きっこさん>みたいな無智なおばさんが登場して吠えます。

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と、きたない顔のヒステリーおばさんが、<きっこさん>みたいな疑問を呈します。

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<きっこさん>みたいなことをわめくわけです。<きっこさん>もこんな顔でしょうか。ちょっと男っぽいですね。



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<きっこさん>の「あたしに子どもがいたら」と同じ発想ですね(笑)。

このおばさんにはこどもがいます。<きっこさん>にはいません。
しかしこのおばさんとセックスしてこどもを作る男はどんなひとなんでしょう。わしゃ勃たん。



すると、

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と、無智はすぐに染まってしまいます。8万フォロワーにもいることでしょう。なんという単純さ。

「こどもにでもわかる当たり前のことなのに」ってセリフが笑えます。雁屋哲らしい(笑)。
こどもでもわかる当たり前のことを、そうじゃないんだよと教えてあげるのがおとなですね。

だいたいにおいて、「この世からすべての武器をなくそう」「戦争をやめよう」「国境をなくそう」「人類みんなでなかよくやろう」のような「こどもでもわかる当たり前のこと」は真実です。「差別をなくし、誰もが公平に、収入はみんな同じ」っていう共産主義も正しい。
でもそれでは生きられないのがニンゲンというたちのわるい生物です。

こどもってのはバカです。どうしようもない未熟で愚かな存在です。世の中を知らないから。
こどもを礼讃するのは醜いおとなの手法ですね。それによって歪められた醜いこどもも誕生します。
こどもこどもって言うおとなには気をつけましょう。
そういうひとは「こども」を「手段」にしているだけです。そういう「おとな」に利用される「こども」ほどかわいそうなものはありません。



そこに何でも知っている正義の味方が登場。まあこのひとも、Macの礼讃を始めたり、「支那そば」という名称を否定し始めたりするとたちがわるいひとなんだけど(笑)。

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あとは『美味しんぼ』34巻をお読みください。
まあどうでもいい話だけど、<きっこさん>よりは、今回は『美味しんぼ』のほうが正しいと、私は思っています。

尖閣諸島購入を宣言した石原都知事に対する<きっこさん>の意見

尖閣諸島購入を宣言した石原都知事に対して、高名なブロガーである<きっこさん>のTweet。

石原都知事の尖閣諸島購入発言、「国がやらないから俺がやる」ってことなら何も文句はないけど「国がやらないから東京都がやる」ってのはどうなのかな?都民の税金は国のためじゃなくて都のために使うのが筋だと思うんだけど。


うんうん、そうだねえ、ほんとだねえ。わかるわかる。東京のことを気にしてくれてるんだ。ありがたいなあ。

でも、危険な東京から安全な西日本に疎開してるんだから、そんなに東京のことに口をださなくていいから。西日本の生活を楽しんでね。

東京は放射能で滅びるんでしょ? 「都民の税金」て、あなたはもう都民じゃないし税金も納めてないでしょ。 東京とは無関係のクソ田舎もんじゃないの。

以前からの宣言通り、早く南半球に逃げだした方がいいですよ。
沖縄へはいつ行くの、バンド活動は? 言うだけ番長?

そういや、都知事と弟の裕次郎の嫁さんに関して、とんでもないデマを流したことがありましたね。
「一日も早く死ねばいいと願っている」と書いたこともありましたね。
「ケツの穴になんか突っこんでヒイヒイ言わせる」と書いたこともありましたね。大根だかスリコギだか忘れましたけど。
「筋」以前の問題ですね。

東京を捨てたひとは東京のことに口を出さないでください。

<きっこさん>のTwitterに異変!?──なんかちょっとヘン、心配だ!──みなさん、ぜひ読んでみてください!

私が、心から尊敬し崇拝し猴ОΝ瓩魎兇犬討い襪たに、高名なブロガーの<きっこさん>がいる。文筆家として俳人として類い希な才能を発揮している現代の奇蹟とも呼べる美神であり才媛である。
私も一応モノカキのハシクレなのだが、私の文章のほとんどは<きっこさん>の模倣だ。影響を受けた作家を問われたら、真っ先に、そして唯一<きっこさん>の名を揚げる。私はいまも<きっこさん>にすこしでも近づけるよう日々精進している。

それと、これはちょっと恥ずかしいのでちいさな字で書くが、そういう憧れから、いつしか<きっこさん>に恋心を抱いているのも事実だ。毎晩<きっこさん>のことを想像して……。

ところがなにがあったのか、ここのところ<きっこさん>のTwitterが今までと雰囲気がちがう。

なにがあったのだろう。心配だ。アンチからの妨害工作でもあったのか。クソ田舎者便所虫が私のマドンナになにか不愉快なことをしたのかと思うといてもたってもねてしまう。痔は立ったまま眠っている。
8万人もいたフォロワーがなぜいきなり13人に減ってしまったのだろう。私は<きっこさん>信者としてすぐにフォローさせていただきました。14番目。ブロックされても文盲です。

みなさんも是非<きっこさん>のtwitterを読んでください。下のリンクをすぐにクリックしてください。<きっこさん>の力になるためにフォローしてください。
気づいたことがあったら教えて欲しい。<きっこさん>は変節したのだろうか。それとも覚醒したのか。気になってならない。いったい何があったのだ!?

蒼ざめたきっこを見よ! 

00twitter.jpg<きっこさん>のtwitter

<きっこさん>の八百万の神──複数だから神々に──単称複称へのこだわり

00kotoba.gif

 ひさしぶりに、高名なブロガーの<きっこさん>の文を拝読した。
<きっこさん>のことで知りあったネット知人が、 「ぜひ読んでください」とメールをくれたからだ。

八百万(やおよろず)の神について書かれていた。3月16日の絶品の名文。
森羅万象に通じた<きっこさん>らしいすばらしい内容だった。感動で涙が止まらない。号泣した。
<きっこさん>は智と美を兼ね備えたネット界の女神である。



結びはこうなっている。

‥‥そんなワケで、ここまで書いてきて今さらだけど、「八百万の神」って言い方はおかしいと思う。複数なんだから「八百万の神々」って言うのが正しいと思う‥‥ 

その姿勢に感嘆する。
<きっこさん>は日本語の表現にこだわる。
言の葉を追及してきた俳人としての誇りもあろう。

「八百万の神」の「神」は、英語で言うならGod。
でも八百万もいるのだから、それではおかしい。
ここは「Godsにすべし」という主張。
言葉に厳しい<きっこさん>の姿勢に、あらためて感服する。
日本語の人称の問題。<きっこさん>の追及はシビアだ。

単称、複称にはこだわらねばならない。
単勝の130円を100円当てれば30円儲かる。複勝は元返し。
今年の目標は百円均一! いや一攫千金!

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00kanren.gif  松田聖子の「思い出たち」



単称複称の問題。
「きっこさんたち」?

2ちゃんねるの「きっこスレ」──傘がない

2ちゃんねるの<きっこさん>をネタにしたあそび。井上陽水の「傘がない」。「都会では」の出だしが「疎開では」になっているのが秀逸。175はあたしです。流れからして「だけども」だけにして、あとは次のかたに任せるのが「2ちゃんねる遊び」のオキテなのでしょうが連続してしまいました。すみません。

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追記──その後に書き足されたひとつ(笑)。これ、「エア疎開」がなかったら成立しないネタ。「傘がない」のパロディは山ほどあったろうけど、こんな展開は間違いなく初めてでしょう。だって「エア疎開」なんて戦中以外ありえない。悪質なデマを流してアフィで稼いでいるんだから真剣に怒るべきことなんだけど。コトバ遊びが楽しくてワンピースがずれてパンツ丸見えになっちゃう。

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下着泥棒・考──山本小鉄と<きっこさん>

下着泥棒は何を考えているのだろう。わからない。まあわかる必要もないが(笑)。いや、わからないわけではない。私は人一倍スケベな男であるから、よくわかる。自分の好きなタイプの美しい女が身につけていたそれなら欲しい。

わからないのはそれが何でもいいひとだ。だってあれは「中身が誰か」で価値を持つ。重要なのは「誰が身につけたか」だ。品物そのものに価値があるのではない。だけど世の中にはベランダの洗濯物など、そのことに関係なく盗むのがいるらしい。

それが長年横恋慕した女のものならまだわかる。届かぬ恋の腹いせに、ついつい代用品として盗んでしまった、なら。でもそうじゃないようだ。こういう輩は洗濯物として干してあるそれが欲しくて窃盗に及ぶのだ。それじゃもう単なる衣類に対するフェチである。それが正解なのか?

推測するに、彼らの感覚は私の嗜好とは逆で、「中身がわからないからいい」のかもしれない。かわいいものを盗んだならあどけない生娘を、セクシーなものを盗んだなら高飛車な美女をと、「品物から自分好みの中身」を想像して楽しむのだ。中身がわかっていたら、むしろつまらない。のだろう。たぶん。



下着泥棒に関していつも思い出し、むふふと笑ってしまうのは山本小鉄の話だ。新日本プロレスで鬼軍曹と呼ばれていた頃の話。合宿所。洗濯は新人弟子がやる。
「なんでかなあ、やたら俺だけパンツを盗まれるんだよなあ」と小鉄さんが嘆いていた。

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レスラーはナルシストだ。レスラーに限らずボディビルダー等、躰を鍛え上げている人はみな自分の躰を見てうっとりする。山本小鉄は身長が低く力道山に入門を断られた。その後、ホディビルで見事な躰を作り上げて、やっと入門を許可されている。背は低いけどビルドアップされた体は見事だった。

ナルシストは体を露出する。鍛え上げた体を見せたい。よって普段の下着はみなちいさなビキニ型になる。小鉄さんの愛用するパンツも赤のビキニだった。洗濯して干しておくと、それがよく盗まれる。

小鉄さんは清潔な人柄だ。シモネタ話など大嫌い。この世に、よからぬ妄想で女の下着を盗む破廉恥漢がいるなど思ったこともない。だから、なんで他のレスラーのブリーフやトランクスが盗まれず、自分の赤いビキニ型のパンツだけが盗まれるのか理解出来ないのだった。

小鉄さんのパンツを盗んだ男は、派手な赤いビキニのパンツを手に、セクシーな美女を想像してハアハア言ったのだろう。洗っても落ちてないシミでも見つけた日には興奮したはずだ。小鉄さんのシミなんだけど(笑)。

下着泥が捕まって部屋中に盗んだ下着が何百枚も、なんてニュースを耳にするといつもこのことを思い出す。



今回、そんなニュースもないのに、いきなりこんなことを書いたのは以下のツイートを読んだから。これは笑える。

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<きっこさん>の下着を盗んでハアハア言ったひとはいるのだろうか(笑)。<きっこさん>さんも小鉄さんも同じなんだけど、想像力豊かな泥棒には関係ないか。まったくなぁ、女色を出せば出すほど……(笑)。

どうもここのところネタが下品だ。「イカくさい」に続いて「下着泥」である。次のテーマは「マンピ」なんだけど(笑)。女性読者が減りそうで心配だ。もともといないからいいか。

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追記──ヤマハブラザースの想い出

私にとって山本小鉄は星野勘太郎とのヤマハブラザースになる。フライングボディプレスだ。ちいさいけど速い動きでクイックタッチが魅力的だった。でも多くのプロレスファンにはレフェリーであり解説者なのだろう。猪木に頼まれて38歳という若さで、どこも躰は傷んでいないのに、早い引退だった。

さすがにネットにも現役時の写真はない。そんな中、フライングボディプレスの写真が一枚あった。このあと落下するとき躰を開く。かっこいい。系列は違うが三沢のフライングボディプレスもこの形だった。
2010年8月28日に急逝された小鉄さんを偲ぶ意味で掲載させていただく。こういうのも出処がわかればきちんとURLとお礼を書くのだけど何もわからないので書きようがない。

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横断幕に「鬼軍曹 ごくろうさまでした」とあるから、38歳の引退式の日の写真か。1980年、昭和55年になる。
私はこれは「おつかれさまでした」であって欲しかった。横綱貴乃花が引退したとき、地元中野新町の商店街にあふれた横断幕がみな「おつかれさまでした」なのがうれしかった。

<きっこさん>初心者の知ったかぶり──ヴの馬名──泉谷への意見

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ブエナビスタ、トーセンレーヴの妹であるジョワドヴィーヴルが11月12日の新馬戦を勝った。そのことに対する書き込み。

ィーォドカも知らないんだな。呆れた。むかしの馬じゃない。現役馬だ。なんにも知らないくせに、なんでこんな高飛車な言いかたが出来るのだろう。「たまんない」はこっちのセリフだ。

競馬や音楽という自分の詳しいものを通すと、このひとの言っていることがまちがいだらけであることがよくわかる。専門知識をもっている多くのひとが同じ事を感じているだろう。このひとの発言はぜんぶ無知の知ったかぶりである。全分野。いっとき話題になった「政治の裏情報」みたいなものも、今ではみな根拠のないフカシであったことがわかっている。

極めて悪質なデマゴーグである。

以下は、東北支援のためのコンサートを企画した泉谷しげるへの意見。放射能恐怖をまき散らしてアフィリエイト商売をしているので、「食べて応援」を泉谷が引っ込めたことがうれしくてたまらないらしい。なぜか親しげに「さん」をつけている。

「泉谷さんは、山のように寄せられた意見や進言すべてに目を通してくれて、中にはムカつく中傷もあっただろうに、ちゃんと誠実に応えてくれた。本当に立派だと思う。偉そうな言い方になっちゃうけど、泉谷さんは今回のことですごく学んだと思う。次は絶対に正しいことをしてくれると信じたい。」

勝ち誇ったかのような高見からの視線。怒りでくらくらする。

突如「日本人」と言い始めた<きっこさん>へ──ニポンへ帰れ!

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こういうのが今更なにを言おうとどうでもいい。だから中身には触れない。だが、表記にはこだわりたい。
今まで常に日本と日本人のことを「ニポン」「ニポン人」と表記して、真っ当な日本人を不愉快にさせてきたくせに、こんなときだけ都合良く「あたしは日本に住む日本人だから」はやめろ。

あんたは「ニポン」に住む「ニポン人」だ。断じて日本人ではない。ニポンでなら、西ニポンの山奥に疎開していてもTokyoのADSLでTwitterができる。あんたは今も魑魅魍魎が跋扈する「ニポンに住むニポン人」だ。軽々しく私達の母国・日本の名を出さないでくれ。

私達日本人は、あんたを日本人とは認めない。滅びて世界の反面教師になるのは「ニポン」であり、死にたえるのはあんたのような「ニポン人」だ。

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【参考】──ニポン人<きっこさん>の発言例


《福島第一を止める唯一の方法は、あたしが震災直後から言って来たように、福島沖までアメリカ空母に来てもらい、戦闘機を発進させて小型の核弾頭ミサイルを福島第一にぶちこみ、すべてふっ飛ばすしかありません。 こうすれば日本の3分の2以上は死滅しますが、北半球の7〜8割は助かります》

モーニング娘の「ラブマシーン」の替え歌。

ニッポンの未来は〜ウォ〜ウォ〜ウォ〜ウォ〜原発爆発〜ウォ〜ウォ〜ウォ〜ウォ〜 セシウム飛び散る〜〜ウォ〜ウォ〜ウォ〜ウォ〜もう〜ダメじゃないのさ〜♪

「手のひらを太陽に」の替え歌でこんなのもやっている。

僕らはみんな〜被曝する〜何を食べても被曝する〜僕らはみんな〜被曝する〜〜♪

競馬大好き<きっこさん>──2006年7月29日の日記──AJC杯ホワイトフォンテン単勝配当の不思議???──修正文

競馬大好き<きっこさん>──2006年7月29日の日記──AJC杯ホワイトフォンテン単勝配当の不思議???を全面的に書き直しました。一度読んでくださったかたも是非もう一度目を通してください。

これまでもたびたび

・初めての競馬場は4歳の時<父さん>と行った1976年のAJC杯。
・4歳のあたしがホワイトフォンテンを推奨し<父さん>は単勝を千円買った。
・ホワイトフォンテンは勝って<父さん>の千円が7万円になった。


と、ホワイトフォンテンとAJC杯のことを何度も何度も書いてきた<きっこさん>ですが、1976年のAJC杯ホワイトフォンテン単勝配当は1820円であり、千円買っても18200円にしかならないことを確認しました。詳しくは本文で。

競馬大好き<きっこさん>──2006年7月29日の日記──AJC杯ホワイトフォンテン単勝配当のウソ

以前<きっこさん>は公営ギャンブルを否定し、パチンコのような個人バクチを好んでいました。2年前のエリザベス女王杯で12万円の馬連を100円当ててから突如競馬好きになります。そのことから「ほんとうは幼い頃からずっと競馬好きだったわたし」という設定を無理矢理追加します。

いまではメールで親しくやりとりしているらしい競馬好き作家の重鎮・石川喬司さんを「競馬の師匠」とまで呼んでいます。石川さんも「親孝行」な<きっこさん>が大好きのようです。ここのところ放射能が来るよお、こわいよお、と布団を被ってブルブル震えていた<母さん>は行方不明です(笑)。



<きっこさん>の創作した競馬好き少女の物語。
1976年、4歳の時に<父さん>と一緒に行った東京競馬場が<きっこさん>の競馬の原点です。そこで<きっこさん>さんが薦めた芦毛馬ホワイトフォンテンの単勝を<父さん>は千円買います。レースはAJC杯。

《あたしがまだ4才か5才のころのことで、その日は「AJC杯(アメリカンジョッキークラブカップ)」っていう競馬が行なわれてたそうだ。それで、父さんは、あたしを連れて府中の東京競馬場へ行ったんだけど、レース前にパドックで出走馬を見ていたら、あたしが灰色の馬を指さして「あのお馬さんがいい!あのお馬さんがいい!」って言ったもんだから、父さんは、自分の予想した馬券の他に、その馬の単勝馬券を1000円買ったそうだ。この1000円の馬券が7万円以上になって、そのゴホウビとして、あたしは、帰りにどこかのレストランで、チョコレートパフェを食べたそうだ。》2008年3月29日の日記。

おそらくこれが初出。創作日(笑)。石川喬司さんとのメールやりとりから石川さんや寺山修司を検索し、智識を積み重ねての創作と思われる。いかにも「過去の調べ物をして、こんなの作りました」って感じの駄作。この「物語」も、「ホワイトフォンテンと父さんの想い出」が表だとすると、むしろ裏の「あの日、石川先生も競馬場にいらっしゃったんですね。もしかしたらすれちがっていたのかも」という有名人へのすりよりがより重要なテーマとなっている。

石川さんはこんな話に弱い。ころっとだまされる。優駿エッセイ賞でも審査委員長としてこんな作風に率先して大賞をあげてきた。<きっこさん>はジジーコロガシがうまい。自分もジジーだからツボがわかるのだろう。
でもこの駄文、あまりにベタな設定だ。優駿エッセイ賞に応募しても一次審査で落ちる。優駿エッセイ賞のすべてを知りつくしたグランプリ受賞者の私が断言する(笑)。いや絶大な権力を持つ石川さんの力で無理矢理佳作ぐらいになれるかな。駄文の全文はここにあります。

石川さんをうまくだましたこの話がよほど気に入ったらしく、その後も頻繁に出てくる。厳選した日記のみを撰んだ書籍版にも収めている。私は検索ベタだし何より面倒なのでここにはみっつ(元文をいれるとよっつ)しか例を挙げないが、たぶんもっともっと登場しているだろう。なにしろ原点(笑)だから。

《お待ちかねの「アメリカンジョッキークラブカップ」、略して「AJC杯」がやって来るので、しばらく神秘のパワーを充電してたあたしは、モンローブロンドのような美しい脚でスックと立ち上がり、久しぶりの「エヴァンゲリオン予想」を楽しもうと思ってるんだけど、そんなマチカネタンホイザも1994年に優勝してる「AJC杯」は、あたしが4才馬だった時に、父さんに連れられて府中競馬場へ行き、あたしの「あの白いお馬さんがいい!」のヒトコトで、父さんにホワイトフォンテンの単勝を特券で獲らせた思い出のレースでもある》2010年1月19日の日記。

「設定」は、「成人してからの<きっこさん>が<父さん>に会い、自分の4歳の時の話を<父さん>から聞いた」ということになっている。「きっこがあんまり何度もあの馬がいいって言うから、父さん、ホワイトフォンテンの単勝を特券で買ったんだよ。そしたら70倍もついてなあ」と<父さん>が話したのだろう。という「設定」。

ここで初めて「特券」ということばが出て来ます。当時は200円、500円、千円の三種類しか馬券のない時代、千円券を特券と呼びました。公営ギャンブルの「専門用語」です。

競馬のことを知らないのに、競馬にすりより、じつは幼い頃から競馬が好きだったという「設定」を<きっこさん>は2008年3月から始めるわけですが、このときはまだ勉強不足で「1000円買った」と書いています。2010年1月にはその後の勉強が実を結び「父さんに特券で取らせた」と専門用語を使っています。あ、「らせた」でしたね。漢字に凝る<きっこさん>の文は正確に再現しないと。この辺に<きっこさん>の競馬勉強の成長が見えてほのぼのとしますね(笑)。

《今から30年以上も前のこと、物心ついたころのあたしは、父さんに連れられて行った競馬場のパドックで、白くて可愛い馬を見て、「あのお馬さんに乗りたい!」って言った。あたしの言葉を聞いた父さんは、その馬の単勝を特券で買った。スタートからトップに躍り出た白い馬は、他の馬たちを大きく引き離したまま、空を飛ぶようにゴールした。幼かったあたしの目には、まるで背中に翼の生えたペガサスのように見えた。 父さんの買った単勝の馬券は、7万円以上になった2010年10月24日の日記。

「あのお馬に乗りたい」というあたらしいフレーズが出て来ます(笑)。
空を飛ぶようにゴールした。幼かったあたしの目には、まるで背中に翼の生えたペガサスのように見えた」ってのもベタだなあ。「幼児が競馬を見て感激したらどう感じるか!?」と知恵を絞ってもこれしか浮かばない貧困な発想。というか、こういう表現をすれば本物に思われるという浅はかさ。

《「AJC杯」と言えば、今まで何度も書いてきたように、今から35年前の1976,年、第17回のレースを父さんに連れられて府中競馬場まで観に行ったあたしは、1頭だけで白くて小さかった馬、ホワイトフォンテンをひと目で気に入り、父さんに「★おのお馬さんがいい!」って言って、その馬が1着でゴールを駆け抜けるシーンを目撃した。ちっちゃかったあたしは、「はじめてのおつかい」ならぬ「はじめての予想的中」ってワケで、あたしの予想でホワイトフォンテンの単勝を特券で買った父さんは、1000円が7万円になったってワケだ》2011年1月23日の日記。

完全な嘘話なので書くたびに微妙に内容が変化しているのが笑えますね。一貫しているのは「千円が7万円」です。

註・★おのお馬さんがいい!」
<きっこさん>は私と同じカナ入力である。「テレ」を「テレ」と誤打鍵するようなのはカナ入力独自のミスだ。この「あの」を「おの」とするのはカナ入力ではありえない。たぶんケータイからアップした文なのだろう。



ミニにタコ(by田代まさし)が出来るほど聞いた<きっこさん>の「ホワイトフォンテン話」だが、当時のことを記した私の資料「中央競馬レコードブック PRC刊」では、ホワイトフォンテンの単勝は1820円になっている。「単勝を千円買って7万円の配当」とはどこから出て来たのだろう。

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左の写真をクリックして、拡大して確認してください。単勝配当が1820円であることがわかります。



成人してから<父さん>に聞いた話という「設定」だが、競馬好きの<父さん>が間違えるはずもない。単勝18倍と70倍じゃあまりに違いすぎる。千円が7万円と18000円じゃ間違えるはずがない。すべてが作り話。そもそも父さん自体が架空設定。

枠連が72倍である。9頭立て8番人気のホワイトフォンテンが1着、前年の菊花賞馬4番人気コクサイプリンスが2着。なんでこんなについたのかというと、その他のメンバーが豪華すぎたからだ。それはこのあとに書く。

そのうちここを読んだ<きっこさん>は話を造りかえるでしょう。本命をコクサイプリンスにして、馬券を枠連にすれば辻褄が合います。そのポイントは騎手の中島かな。

《父さんの本命は前年の菊花賞馬コクサイプリンスだった。なんでも鞍上の中島啓之という騎手が父さんは大好きだったという。大人気のハイセイコーやタニノチカラを破って有馬記念を勝ったのも中島だった。関西馬のキタノカチドキが単枠指定というのになって大人気だったダービーでも、父さんは関東馬のコーネルランサーを応援した。勝てないと思っていたけど、それでも応援した。だって父さんはチャキチャキの江戸っ子だから。とにかく関東馬を応援するのだ。そのコーネルランサーが勝った。キタノカチドキを破ってダービーに勝った。そのときの父さんのよろこび。このとき父さんの中で中島啓之は世界一好きな騎手になった。
去年の菊花賞も断然関西馬有利だったのに中島が穴馬のコクサイプリンスで勝った。成人してから喫茶店であったとき、父さんは中島騎手の想い出を熱く語っていた。その中島さんは、それから数年後にガンで亡くなってしまう……。
コクサイプリンス本命の父さんは、あたしがあまりにホワイトフォンテンを薦めるものだから、コクサイプリンスからの枠連に無視していたホワイトフォンテンを追加した。それが見事的中。父さんの買った千円の枠連は7万円になった。》


とでも直されるでしょうね(笑)。すごく苦しい、かなり苦しい。

だって<きっこさん>は競馬なんか好きじゃなかったんだから。2006年にはこんな文を書いています。

ホラャララ団がやってる闇のカジノとかだって、通常のテラ銭は10%なのに、国が許可してるギャンブルが25%ものテラ銭を取るなんて、 どう考えてもボッタクリだ。

その上、競馬って、八百長が多過ぎる。あたしの知り合いで、競馬雑誌の編集者がいるんだけど、その人から、ある厩舎の調教師たちがやってる八百長の実態を聞いて、あたしは呆れ果てた。

八百長に利用されてる馬たちもかわいそうだし、こんなもんにお金を賭けるなんて、それこそ、北朝鮮に送金するのよりもアホらしいと思った。
2006年7月29日の日記より》

でましたね。ボッタクリに八百長。ボロクソですね。4歳の時の<父さん>との思い出を繋ぐ競馬のはずなのに、中学生の時には毎月必勝法を考案していたほど大好きな競馬だったのに……。これを読んだら石川喬司先生はなんと思うことか……。

得意の「知り合いから聞いた話」も出ました。そんなバカな競馬雑誌編輯者はいません。作り話なのが見え見えです。

北朝鮮に送金するよりアホらしい」ですか。今そこまで否定した「こんなもんにお金を賭ける」に夢中のようですけど。まあ競馬をやらないときもパチンコ狂いで北朝鮮に送金の手伝いはしてましたよね。

冒頭に赤字でみっつ掲載した「ホワイトフォンテンと<父さん>の想い出。競馬大好き<きっこさん>」と、この赤字の「競馬を憎むほど大嫌いな<きっこさん>」。どっちがほんとかと言えばそりゃもちろんこっちでしょう。

以上で本題は終りです。言いたいのは「<きっこさん>がくどいほど書いているホワイトフォンテンの単勝70倍はまちがい」ということ。<きっこさん>は競馬なんか大嫌いであり、それらは捏造だということ。それだけです。



インターネットで、むかしの競馬を調べて知ったかぶりをするのは簡単に出来る。有名馬、大レースに関しては、素人玄人入りまじって名馬物語が溢れている。私もYahooにけっこう書いた。仕事として。それらのエッセンスを呑みこめば、にわか競馬通一丁上がりだ。2ちゃんねるでも高校生が自分の生まれる前の名馬、昭和51年のトウショウボーイのことを「見てきたかのように」熱く語ったりしている。

ところが意外に金額のことはむずかしい。おそらく「逃げ馬ホワイトフォンテンが好きだった」という文章はインターネット上にたくさんあり、AJC杯や連覇した日経賞、あるいは若駒の時のダービー(ハイセイコーと同期)のことを書いた文もあるのかもしれない。両親の名やエピソードも知ることができる。でもAJC杯の単勝が18.2倍だったと書いてあるものは皆無なのだろう。もしあったなら1日18時間ネットをやる<きっこさん>が見逃すはずがない。

Wikipedia等でも着順や出走レースを知ることは出来るが配当はわからない。ホワイトフォンテンはたいした馬ではなかったが「白い逃亡者」と呼ばれた個性派逃げ馬だったからWikipediaにも載っている。でも配当まではない。もちろん日経賞の単勝万馬券のような派手なことは書いてある。だがあのレースの平凡な配当、単勝18倍ということをインターネットで知ることは意外にむずかしい。盲点か。私もそのために仕事用の資料を引っ張りだしてきて確認した。



推測すると、すべてネットから情報を得て知ったかぶりしている競馬初心者の<きっこさん>がライター用の資料である「中央競馬レコードブック」のような本をもっているはずはないから、35年も前のことだし解るヤツもいるはずがないと適当に7万円と吹いたような気がする。単勝70倍と18倍じゃぜんぜん違うが、これぐらいが適当かとやっつけ設定(笑)をしたのだろう。多くの読者がいるのに今まで指摘されなかったのは、そんな古い競馬を知っている読者がいなかったからだ。

そもそも<きっこさん>は競馬嫌いだったから読者にも競馬ファンはすくない。Twitterでも「競馬の話を始めるとリプライが減る」と書いていた。私はその流れを見たいのだが「彼女」をフォローしていないので見られない。ほんとうはフォローして観察すべきなのだろうがどうにもあんな薄汚いものをフォローする屈辱に耐えられない。
運よく誰にも指摘されないから悦に入って何度も何度も平然とウソを書きつらねて来たわけだ。なんとも滑稽である。結果として消せないほどの過失となったから、こちらからすれば大正解だ。1回だけなら直して知らんふりも出来るけど、うんざりするほど同じ事を繰り返し書いているから消せない過去になる。

そんなもの今までにももっともっと大きな事件で山ほどあるが(笑)、ともあれ私は競馬関係者としてこのウソを指摘しておきたい。蛇足ながらもういちど繰り返すが、これは「単に配当を勘違いしていた」という問題ではない。「すべてがウソの話である」という指摘だ。

単行本「きっこの日記」熟読中──幻のベストセラーを奇蹟的に入手!?

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かの有名な<きっこさん>のことは、だいぶ前から知っていた。いつだろう2002年、2003年、それぐらい。もっと遅いか。
私がインターネットに初めて接続したのは1998年だった。海外のインターネットカフェである。
<きっこさん>は「きっこの日記」の前に「れいなの日記」というのをやっていたそうで、それが2000年10月からだとか。もちろん知らない。

そもそも私は友人に無理矢理勧められてインターネット接続を始めたものの、パソコン歴は30年近いのに断固としてパソ通をやらなかったほどの「接続恐怖症」だから、しぶしぶインターネットを始めはしたが、ごく限られた友人とのEメール(むかしはなぜかこう律義に言った)ぐらいしかやらなかった。おそろしい秘術をもったハッカーに電話線を通して自分のパソコンに侵入され破壊されるのではないかと恐れ、用件が済めば急いで接続を切ったほどだった。そしてまたあのころは接続していれば常に課金状態だった。今のような定額制ではない。電話のようなものである。インターネット三昧はできなかった。するほどの価値もなかった。

いずれにせよ私が「きっこの日記」を初めて訪問したのは<きっこさん>が有名になってからである。<きっこさん>が「さるさる日記」を始めたのが2003年からだという。当初は<きっこさん>も一日100人ぐらいのアクセスだったそうだから、私が知るはずもない。だからきっと初めての訪問は2005年ぐらいかもしれない。どんなきっかけだったのかは記憶にない。



餘談ながら、私は「さるさる日記」を開始当初から知っていたが魅力を感じなかった。2000年から私も日記形式のサイトを始めていたから自分が関わるものとして適切かどうか真剣に検討した。だけどあんなものをやるぐらいなら独自のホームページをやったほうがいいと結論した。私からするとなにひとついいところがない。あるとしたら、独自のランキングが発表されるから、ひとりでも読者を増やしたいひとには有用だったのだろう。おそらく最大の魅力であろうそれが、仲間内でひっそりとやりたい私には無意味だった。

自由度は低いし、デザインもわるいし、代々茨城の田舎者の私が両親とも代々江戸っこであるという粋な<きっこさん>にこんなことを自慢する自称江戸っ子なんてのはほとんど故郷を追われた無宿流れ者の家系だ(笑)。クズだよクズこんなことを言ったら笑われそうだけど、「さるさる日記」が好きな人はイモだと思う。まともな美的センスがあれば「これならせめて自分で作ろう」と思うだろう。あんなものには関わらない。利用者数は(いま読んでいる<きっこさん>の本によると)最盛期で15万人であり、そこからは頭打ちだったという。ブログが普及してからは、あんなのを利用するひとはいない。

長年お世話になった<きっこさん>さんは、「でも」と「さるさる日記」の利用者頭打ち状態を認めつつ、自分にとって「さるさる日記」がいかにすばらしいメディアだったかを力説していた。「さるさる日記」でトップを張ったのは「きっこさん」と「勝谷誠彦」だ。なんともセンスがいい両巨頭(笑)。

そういう世話になった「さるさる日記」をかばう<きっこさん>はステキだと思う。本気で。世話になっておきながら後ろ足で砂をかけるようなヤツは最低だ。でも<きっこさん>が必死に褒め称えたが(日記の3だから2007年時)、「さるさる日記」はその後も益々落ち目になり、ついに2011年6月で廃止になった。ごくごく当然の結末だった。だって、なにからなにまでみんなイモなのだもの。なんで「さるさる日記」は垢抜けなかったのだろう。



その後もどこかで<きっこさん>が話題になるようなことが起きると年に何度か訪問した。政治思想的に合わないことはハッキリしていたから読んでもつまらない。社民党を支持しているひとの話など読みたくない。なにしろ福島瑞穂支持なのである。その理由が病気の「母さん」に対して最もやさしい政党だからでは話にならない。でもそれはそれで「女っぽい」と思った。そのときは。

女はそういうリクツを言う。私の姉も「政治家はひとで選ぶ」などとしたり顔で言っていた。つまり国会議員を、憲法に対してどうなのか、外交をどう考えているか、国家の未来をどう描いているかというようなことではなく、奥さんを大事にするとか休みの日には近所のドブ掃除をするとか、そういうことから選ぶという意味だ。市会議員ぐらいまでならそれでもいいかもしれないが、国会議員はちがうだろうと姉に意見した。もうずっとずっと前のことであるが。

「きっこさん」は「母さん」の医療費に苦しんでいて、そのことに関していちばんやさしい意見なのが社民党なので支持していると書いていた。ここで大事なのは社民党は「言っているだけ」でなにも実現していないということだ。「きっこさん」が苦しんでいる「母さん」の医療費のようなものを無料にすると社民党は言っている。だから「きっこさん」は支持した。だが残念ながら社民党が政権与党となり「きっこさん」の夢を叶えることは永遠にないだろう。その意味でもかつての実恋愛と同じく「きっこさん」は悪い男にだまされているようなものだ。

世間的には、<きっこさん>は耐震疑惑とかなんとかの裏情報で有名人になったらしい。私はそれに興味がなかったので、その時期にはまったく行っていない。いやもちろん一般的な興味を持ってニュースには接していたが、何事に関しても「どこも書かなかった極秘裏事情」みたいなものに興味がないので訪問しなかった。いまは<きっこさん>の当時の情報すら眉唾ものと評価されているようだ。



けっこう頻繁に行くようになったのはここ2年である。きっかけは大荒れとなったエリザベス女王杯だった。<きっこさん>がその100万馬券を当てたと話題になった。いや実際は100万は3連単であり、<きっこさん>の取ったのは馬連の12万馬券を100円でしかないのだが、「すごいすごい」と話題になっていた。

なんの自慢にもならないが私は馬券で地獄を見た男であり、10万馬券なんてのは千円単位で何十回も当てている。この程度のことを知っても、たまたま初心者の幸運と思うだけで驚くことはない。だが、それはそれでたいしたものだと祝福する気持ちはもっている。そしてまたどんな推理で当てたのかには興味がある。それでひさしぶりに出かけた。しかし内容はエヴァンゲリオン(わたしゃまったく知らない)とかによるこじつけだった。ひどすぎる。高本公夫よりひどい。

しかしまた馬券ファンは欲深いから、そう思いつつも、それ以降の<きっこさん>の予想は毎週チェックするようになったのである(笑)。なんとも。ここは「(笑)」ではなく「(照)」とすべきか。いや「(恥)」か。そりゃまあ負け続けているから、溺れるものはきっこでもつかむ。

そうして毎週末「きっこの日記」の競馬予想を読むようになった。せっかく行ったのだからそのついでに前後の日記も読んだりする。もちろん政治ネタは最初から避ける。あわないのは知っている。不快にはなりたくない。なにを読んでも感覚が違う。いろいろ言いたいことはあるが、それは無粋だ。「きっこの日記」で<きっこさん>さんが何を言おうとそれは<きっこさん>さんの自由だ。文句があるなら読むな! である。私も自分のホームページに関してそう思っているから、文句をつける気などさらさらない。ともあれ2年前から週末に「きっこの日記」を読むようになった。



前振りなのにまた長くなってしまった。すみません。もうすぐ終ります。
他人様に意見を言う気などないし、そんな資格もないのだが、それでも今回の<きっこさん>さんの原発に関する発言だけは看過できなかった。あまりにひどい。ひどすぎる。反論を書きたかった。しかしそれには私はあまりに<きっこさん>を知らない。
ネット上にある文章を集めて印刷し通読しようかと思った。他人様に意見を言うとき、そういう最低限の礼儀というか姿勢はもっている。でもできるなら発刊されている単行本を読むのが手っとり早い。

しかしあっと言う間に売りきれ、それは本人の見栄であり実態は全然売れてなくて有りあまっているらしいが、なのになぜか重版されずあまってるんだもの当然だよねえ入手困難と言われている幻のベストセラー「きっこの日記」を読むことは不可能にちかい。
藁をもすがる思いで地元の図書館を調べた。するとぜんぶあったのである。

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しかも3冊ともただの一度も誰からも貸し出されていない真っさらであった。まったく利用者がいないのでずっと前から「保管庫」という日の当たらない倉庫に引っ込められて図書館の書架にはなかった。手続をして取りよせてもらう。
私は前々から自分の住んでいる東京都下の文化意識に疑問を持っていたのだが、ここまでとは思わなかった。せっかくサヨク図書館員(たぶん社民党支持者)が揃えてくれた「きっこの日記」3冊を誰も借りていないとは何という民度の高さ低さであろう。思わず笑ってしまったため息をついてしまった。

その誰からも手を触れられていない3冊の「きっこの日記」が目の前にある。真っさらである。印刷されたそのままだ。麗しの処女だ。そっとその柔肌、いや白いページに指を伸ばす。
私は今赤いハイヒールを履いた小沢一郎みたいな顔をしたオカマジジーのカマを掘るヤケクソ心境とよた真帆に似た細身なのに豊かなFカップの胸の美女(ラビアにピアスあり)と結ばれる男の心境でページを括る。

3冊を読了してから、あらためて<きっこさん>に対する意見を書きたいと思う。

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★ひとさまで他人様にならないGoogle-IME

この文はGoogle-IMEで書いた。すると「ひとさま」は「人様」だけで「他人様」にならないのでおどろいた。Google-IMEは実際に使用しているひとたちのコトバを蒐集して成立しているから、今の時代ほとんどぜんぶのひとが「ひとさま」は「人様」と打っていることになる。こうなるともう「他人様」と書いて「ひとさま」と読ませることは通用しない。Google-IMEで「他人様」を出すには「たにんさま」と打たねばならない。

数年前の「たかじん」で、三宅久之さんが「たにんさま」と言った誰か(勝谷かな)に対し、「たにんさまじゃありません、たにんさまと書いてひとさまと読むんです!」と注意していた。世の中、三宅さんの感覚とはちがう方向に進んでいるようで残念だ。

勝谷が「消耗」を「しょうもう」と言った時も三宅さんは叱った。「しょうこう」だと。消耗はしょうこうが正しい。でも部首の想像から「しょうもう」と読むひとが増え、いつしかそちらが優勢になってしまった。今時「消耗品」を「しょうこうひん」と正しく読んだら誤読とされるだろう。
これはいわゆる部首から推測する「百姓読み」というやつだ。過日テレビのアナが「脆弱」を「きじゃく」と誤読したときにも書いた。これも「百姓読み」である。

この場合の「百姓」は一般人を示す普通の語なのだが、今の日本では「農民に対する侮蔑語」として弾かれてしまうだろう。漢字の本家支那には今も「百姓酒家」なんて店がふつうにある。もちろん農民限定の酒場ではない。

ツイッター考──「きっこさん」の転身・適切なフォロー数・ソフトバンク携帯の問題点

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ツイッターのつぶやきが300になった。
アイコンを作って書き込みを始めたのが4月22日だから、3ヶ月で300、一ヶ月100のペースとなる。ずいぶんと書き込んだ気もするのだがこんなものか。140字勝負として、書きこむときは真剣にやっているから、数は少ないが気楽にやっているひとよりもはエネルギーを使っている。つもりだ。本人は。

というか書きこみ数2万とか3万なんてひとは、どういう生活を送っているのだろう。毎日100も200も休みなく書きこむのか。飯を食ったりお茶を飲んだりする以上にツイッターと親密なのか。ちょっと想像がつかない。



非常に興味深いこととして、「きっこの日記」で有名な「きっこさん」が、完全なツイッター派になってしまったことがある。毎日長文の日記を更新する人だったが、今はひたすらツイッターだ。日記の更新は10日に1回ぐらいに激減している。その代わり毎日毎日ツイッターの書き込みはとんでもない量になっている。観察サイトでは「一日18時間はパソコンに張り付いている」と書かれていた。いままでのツイートは24000を超えた。このひとは「さるさる日記」派であり、ブログもミラーサイトとしての保存用だった。ツイッター歴はあたらしいほう。いかにはまっていることか。

ブログはもう「放射能恐怖を煽ってアフィリエイトで稼ぐための商品紹介の場」と化している。放射能恐怖を煽るだけならまだしも、こうして商売にしているのが醜い。自分がここ数年肉を食わなくなったからと、他人の食生活を批判し、畜産農家まで罵倒しておきながら、平然と「西日本の安全なお肉」なんてのを紹介しているのが醜悪だ。



これはよいことではない。ツイッター三昧は、いわばエネルギーの垂れ流し状態だから、まともな長文を書いてきた人としては堕落になる。楽に流れたのだ。

ここで大事なのは、「きっこさん」はいま最愛の「母さん」と一緒に、放射能から逃げ、「西日本に疎開している」のだが(笑)、ブログからツイッター中心になったのは、それとは無関係ということだ。

疎開の最初の頃(笑)は、身一つで東京から脱出し、使い慣れたパソコンを東京に置いてきたため、借り物のパソコンではいつものように長文がすらすら打てず、のような事情があったわけだが(笑)、その後、疎開地で、あたらしいノートパソコンを手に入れても、相変わらず焼酎を飲んでのツイッター三昧で、以前とはまったく趣が変わってしまった。これは超人気連載の「きっこの日記」としては、かなりの問題になる。
上記、何度か「(笑)」が出て来るのは「エア疎開」だからである。念のため。

その気持ちはわかる。楽なのだ。時間をかけてひとつの長文を書くより、酔っ払ってへらへらと思いつくたびにツイートしていたほうが楽なのである。睡眠にたとえるなら、以前の「彼女」は、きっちり7時間まとめ寝をしていたのだが、今は酔ったら寝る、起きたらまた飲むの2時間睡眠を繰り返しているようなものだ。躰に悪い。飲食にたとえるなら、ブログにひとつのテーマの長文を書くのは、一汁一菜で丼飯を食うようなことであるのに対し、ツイッターで思いつくままつぶやくのは、何皿ものつまみを並べて酒を飲むようなものだ。どっちが気楽で愉しいかは言うまでもない。でも自堕落ではある。

そしてまたそれはそれでエネルギーを使うから、あらためて長文を日記に書く時間も体力もなくなっている。これは負の連鎖だ。今後「彼女」の発信媒体は、「きっこのツイート」になるのだろうか。どうでもいいけど(笑)。



他山の石にせねばならない。私も確実に楽に流れている。旧態のホームページ形式であるサイトを本拠地にしようと思いつつ、ちかごろは楽なブログばかり書いている。楽だからどうしてもそうなる。ホームページ・ビルダーを起動して、あちこちリンクを貼ったりする手続が面倒な本拠地サイトと比して、サッと書けるブログの方が断然楽なのだ。

と、私もわたし的には堕落しているのだが、さすがにブログからツイッターに流れることはない。「きっこさん」は反面教師になっている。あのひとはツイッターさえやらなかったらゲスな品性がばれることもなかった。いやそれ以前からゲスだったという意見もあろうが、そんなのは序の口。あのひとの品性があからさまになったのはツイッターだ。酔っ払って、自分と意見を異にする相手に脊髄反射で応答するツイッターで、「五十過ぎのおかま」という実態が、明確に浮かびあがってしまった。ツイッターで自滅した典型例になる。今後どんなに気どってイメージの修復に努めようと、今までに連発した聞くに堪えない下品な罵詈雑言は、今後もネット上で語りつがれて行く。デジタルは消せない。それが怖い。ネットで有名になった架空キャラはネットで自滅した。



ツイッターに関して私はいま、困っているというか、戸惑っていることがある。「フォロー」というヤツだ。正確にはその「フォロー数」と言うのか。

私がいまフォローしていて、私のツイッターホームページに流れてくる「つぶやき」は200人程度なのだが、私にはこれでも多すぎる。ツイッター初心者だから、フォローしてくれたかたには返すのが礼儀なのだろうときちんとしてきた。それで200人にもなってしまったのだが、私には半分でいい。特にやたらRTという形で他人の書いたコピーを流してくるひとは、はっきりいってジャマである。迷惑なのだ。

たとえば意地の悪いブラックバスみたいな顔をした河野太郎がいる。鼻糞くっつけたドブスの森ゆうこがいる。それらの書きこみをRTしてくるのは迷惑だ。あいつらの醜い顔を無理矢理見せられることになる。政治家はみな自分の顔がアイコンだ。これはきつい。一日がぶち壊しになる。

同じく貧相な岡っ引きみたいな顔の山本一太なんてのも困る。山本は河野や森とちがって政治的には支持するが、ああいう顔を強制的に見せつけられるのはいやだ。山本の意見を知りたいと思ったら自分で出かけて調べる。押しつけられたくない。

ということで、そういうことをする人たちは極力避けるようにした。こちらをフォローしてくれているのでもうしわけない気もするのだが、こちらにはこちらの事情もある。フォローを解除した。ご容赦願いたい。

あとは気味の悪いドクロのアイコン等のひと。中身のあるツイートをしているひとにもけっこういる。趣味の世界だからどうしようもない。しかし私は頻繁にドクロを見る気はないので断つしかない。



そして素朴に思うのは、私はたった200程度のフォローでも、山のようにつぶやきが流れてきて、対処できなくなっているのだが、中には4000とか5000もフォローしているひともいるのだ。もっと多いひともいるのだろうが、自分の見知っている範囲でしゃべる。

假りに1時間毎にツイッターをチェックするとして、そんなにフォローが多いひとは、ツイッターホームページを開いた瞬間、いきなり1万ものツイートが流れるだろう。とんでもない数だ。どう考えてもそれらをチェックし、その中から有効ないくつかを撰びだし、あれこれ考え、返信し、その情報を生活に役立てて、のようなことが出来るとは思えない。そしてまた「1時間毎にチェック」なんてことはないだろう。常時接続の流しっぱなしだろうから、すると、ひたすら目に停まらない情報が流れ続けて行くことになる。なんとも虚しい。こういう形でツイッターをやっているひとはなにを考えているのだろう。ぜひとも意見を聞きたいものだ。



その点、有名人はわかりやすい。10万人も20万人もにフォローされていても、彼らがフォローするのは100人にも満たなかったりする。これはツイッターを情報を得るものではなく、あくまでも「人気者の自分がファンに対して発信する道具」と割り切っているからだろう。こういうひとが律義にフォロー返しなんてのをやったらとんでもないことになる。

こんな言いかたをして敵を作りたくないが、フォローしているひと5000人、フォローされているひと5000人なんて数字の「一般人」は、「フォローごっこ」の感覚があるのだろう。自分と感覚の合うひとの意見に誠実に耳を傾けたいと思ったなら、どう考えてもそれはもう大きすぎる数字である。

でもそんなひとには、「ツイッターなんてそんなもんすよ」と笑われるかも知れない。限られた50人から100人程度のかたと、チャット感覚でおつき合い願って、有効な情報を得たい、勉強したいと思っている私が、そもそもツイッターの解釈をまちがえているのだろう。

私の知人で最もツイッターと楽しく接していると思うひとは、「おはようございます」から始まり、「ちょっとでかけます」、「いま海の近く、風が気持ちいいです」「お腹空いたのでなにか食べようかな」「××がおいしそう」のように、おはようからおやすみまで暮らしを見つめるライオンみたいに自分の日常をつぶやいている。それに「あ、わたしも××食べたーい」なんてフォロワーから返信があったりして……。それでいいんだろうなあ、ツイッターってのは。やはり私がまちがっているのか。

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【追記】──RTは拒めるらしい──9.00記入

早朝にアップしたここを読んだ神戸で整骨院を経営する友人Sがメールをくれた。彼は18歳年下の友人である。私が「きっこさん」と同じ永遠の38歳なので彼はパソコンに習熟した10歳の天才少年になる。親しくつき合ってもう15年。10歳の整体師はすごい。
(註・ひと眠りして起きたら、数字がおかしいとわざわざメールをくださったかたがいた。私の「算数」は「一日に10円携帯電話料金があがると月に3000円の値上げになる」という「公文式」ならぬ「きっこ式」を使っているのでこれでいいのです。でもありがとう。あなたのまじめさに感謝。)

その天才少年の情報によると、前記「ツイッターRTの連発」は拒めるのだとか。東日本大震災のときにRTの山が通信障害となり、その方法が確立されたらしい。
2ちゃんねる閲覧専用ソフト・Jane Styleなんかの「NGワード」のような機能だろうか。初めてあれを知ったときは感激した。といってヘビーユーザーじゃないから、それを使うような場面はなく、一度実験的にやってみて、その効力を確認しただけなのだが。
とりあえず天才少年Sには「情報、ありがとう、感謝」と伝えたけど、いまだその方法は知らない。ともあれ拒めると知ってうれしい。ほんと、「条件反射のRT藝人」みたいなひとは、反省してほしい。むやみやたらのRTって迷惑なんだ。

また憎まれ口になるけど、自分の意見を書かず(書けず)、RTのみでツイッターに参加しているひとってのは、なにを考えているのだろう。「そういう形でネット社会の最前線に関わっていることに満足する」のだろうか。
そんなことより、鉢植えひとつでも育ててみなよ。ちいさな芽が育ち、花を開くまでの様子を見るのは、ツイッターで他人の意見をRTしまくるよりよほど感動があるから。

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【追記.2】──大震災とツイッターとソフトバンク──17時記入

追記を読んだSが、「方法の確立はその前にされていたのかもしれません」とメールをくれた。私の「東日本大震災のときにRTの山が通信障害となり、その方法が確立されたらしい」という表現を案じてくれたのだ。抗議があるのではないかと。

たぶんそうなのだろう。きっと方法自体はすでにあったのだ。でもその過剰なRTが問題となり、それを通過する方法が一般的になったのは大震災のときでまちがいないから、この書きかたでいいだろう。



ツイッターは大震災の時に価値を上げた。そして大震災で価値を下げたのが、「繋がらないソフトバンク」だった。

そのソフトバンクに対する手厳しい意見が『新潮45』8月号に「うろちょろするな、孫正義」の題で掲載されている。震災時にソフトバンクの携帯電話は、繋がらないどころかうんともすんとも言わない、とんでもない状況になったらしい。その原因は、地方の中継基地局の蓄電施設の問題なのだという。万が一の災害時に作動する蓄電施設を完備するには金と時間が掛かる。元々の電電公社であるNTTなどはしっかりしていたが、新顔のソフトバンクはそのへんがまだ整っていず、停電によって一気に繋がらなくなったらしい。その辺のことを知らんふりして、平然と太陽電池方面で民主党と繋がり、一躍時の人となっている孫を批判したレポートなのだが、そのことはまた別項で書くとして。

そういう大問題があったのだが、ソフトバンクの携帯電話はiPhone人気もあって、その後も順調に伸びている。つまりそれはあの東北関東大震災が、多くの日本人にとって「対岸の火事」でしかないことを示している。万が一のときにも確実に繋がる携帯電話より、いま遊べるかわいい携帯電話が優先されているのだ。まあかといって日本中がソフトバンクの携帯電話をボイコットしたりするのも異常だから、これはこれでいいのかもと思う。
痛みを共有する感覚はひととして大事だが、「対岸の火事」と割り切り、己の経済活動に邁進するのも、それはそれで社会維持のためには必要なのである。とはいえこれ以上孫正義に儲けさせたくはないが。

疎開の嘘がバレた「きっこさん」──「少年H」との共通点──エア疎開(笑)

放射能から逃げるために九州方面に疎開し、のどかな山村から、東京にいることの危険をさんざん煽ってきた「きっこさん」が、多くのひとが推測していたとおり、じつは東京にいたことが判明した。「疎開」は大嘘だったわけである。

《山口県なう。やっと全部の連絡が取れてホッとした。朝イチで岡山に向かって、岡山の友人に三ノ宮まで車で送ってもらう。関西エリアの友人宅で一泊。日曜日には海でのんびり。月曜日もちょっと先の海でのんびり。火曜日に東京入り。火、水、木で東京のマンションを引き払って、パンダで西日本に帰還》

という筋書きだったらしいけど「山口県なう」が東京都から発信されていてはおかしいよね(笑)。

うまくおびきだして証明した経緯はこちら。
罠を仕掛けてくださったかた、ありがとうございます。お疲れ様でした。無責任なデマの拡散に憤っていたひとりとして、御礼を言わせて頂きます。

またすでに6月3日に俳句関連のteacup掲示板に投稿し、そこでのソースからも東京にいることがバレていたことが判明した。もう絶対に言い逃れできないところに追い込まれている。

その情報は2ちゃんねるの「きっこさん」スレの730番にある。こちらもお疲れ様でした。感謝です。



ご本人はインターネットで懸命に調べては嘘の山村生活を演じていたが、ここのところそれも苦しくなっていた。
嘘ってのはほんと、ひとつつくと、それをカバーするためにみっつつかねばならないから、ねずみ算的に増えてゆく。どんなに頭のいいひとでも辻褄があわなくなって破綻する。

「疎開ネタ」に行き詰まり「東京に戻る旅」を演出。
昨日から今日にかけて岡山から兵庫へと実況中継。
いま明石を通っていると明石海峡大橋の写真をツイッターにアップすれば、「その写真、日付が3月21日ですよ」とファイル情報を読まれて赤っ恥をかき、「写真を見せると約束していたひとがいたのでつい以前の写真をアップしてしまった」と苦しい言い訳。でも明石だか三宮だか神戸だかにいるひとのリモートホストが「東京都」と証明されては逃げられない。それも見知らぬ東京都なら「代役で友人に書いてもらっていた」なんて嘘もつけるが、長年愛用しているADSL(笑)なのだからごまかしようがない。



このひとは「調べ物」と「後付け」で、あらゆる方面に嘘をつきまくってきた。私にも見抜けたものがいくつかあったが、最もよくそれを確認できたのは競馬だった。こちらは40年近くほんとうにやっている。一応職業の一ジャンルでもある。馬券で地獄も見ている(笑)。

そういうこちらからは、競馬などまったくやってこなかったひと(実際ほんの数年前の日記では大好きなパチンコと対比して競馬競輪を否定している)が、「4歳の時の父との思い出ホワイトフォンテンの日経賞」という「始まり」を創り上げ、そこから「たまにしか会えない離婚した父親」との話題のために「中学生時代にはいろいろな必勝法を考案した」とか「競馬大好き少女」まで創作し、嘘を重ねて虚構の「競馬好き人間」を構築してゆく流れが明確に見えた。いつしかタマモクロスやメジロマックイーンとか、あたかも時代体験しているかのように名馬の名まで上げ、その設定に自分自身も酔い始めていた。要するにそういう性格なのだろう。「きっこさん」は自分の嘘に酔うひとなのだ。



もう40年ほど前、「森進一と婚約していた。捨てられた。中絶させられた」と訴え出た女がいた。ひどいブスで、いくら森進一が女癖が悪くてもこんなのには手は出さないだろうと思ったものだ。だって芸能界の美女とやりたい放題なのだから。
だが、出会いからセックスまで涙ながらに克明に語るこのブスに一部週刊誌はだまされ、森進一を悪人にして報道した。後に狂言とわかる。ああいう気違いというのは妄想を重ねているうちに現実との区別が付かなくなり、ほんとに森進一とつきあい、セックスをし、捨てられたと思い込んでしまうのだろう。その迫力が芸能レポーターを信じさせることになった。
私が妄想気違いの怖さを知った最初になる。その後も今にいたるまで思い込み人間の怖さは共通だ。一貫している。



「きっこさん」は、一度思い込むとその方面に猪突する。調べまくる。凝る。その熱意はそれなりに才能だろう。
エアギターのように、今回のニセ疎開をネット用語では「エア疎開」と呼ぶらしいので、それに倣えば「きっこさん」の創り上げた「エア競馬好き少女」は、競馬のことを何も知らない人がインターネットで情報を掻き集めて作り上げた後付け虚像としてはなかなかよく出来ていた。それこそ半端な競馬歴10年程度の人なら簡単にだませたのではないか。かなりがんばって急速に競馬知識を身につけていたし、そういう努力が自然に出来てしまうのが「猪突猛進型妄想人間」の特質なのだろう。

ごく短期で酒談義なら私なんかとでも競馬が話せるぐらいの知識を身につけたのはたいしたものだ。それはどんな客とでも話せるよう多方面の話題を身につける一流銀座ホステスの資質に通じる。
でも私は即座に気づいた。これは競馬を知らない人がインターネットで掻き集めた知識で作った虚像だと。
あまりにきれいによく出来ている嘘は嘘とバレやすい。



「少年H」というまったくのデタラメ反戦インチキ本を思い出した。戦争を知らない世代はだまされ、大ベストセラーになったが、ほんとうに戦中を体験してきたひとはみなその嘘に気づき、告発本が連続した。なにしろ戦後になるまで発表されなかった軍事機密さえも片田舎の小学生が知っていて戦争を嘆いているのである。なんと滑稽な珍本であることか。

だが、これが言いたいことなのだが、著者の妹尾河童は、嘘で構築するインチキ本であるからこそ、バレないようにと気を使い、講談社の「昭和二万日の全記録」を精読して、多くの事実を引用したのである。それが裏目に出た。平成になってから出版された「昭和二万日の全記録」には書いてあるが、当時の国民には知らされてなかったという絶対的事実を、知っていることとして羅列してしまっては、「エア戦中少年」であることがバレてしまう。「昭和二万日の大記録」が後付け本であることを知らず、無意識で後付けをやってしまったのだ。ネット風に言うなら「ソースにだまされた」になる。正直に、ろくにものを知らない田舎の少年のままで書いていたらバレなかった。嘘を嘘と見抜かれないよう小細工を連発したものだから、嘘がバレてしまった。

「きっこさん」も似ている。「エア疎開」を本物に見せようと、九州(あるいは四国)と思われる地の天候や風習や料理について、それらしきことを書けば書くほどニセモノっぽくなった。今回の「エア帰京」も、さっと帰ればよかったのである。よせばいいのに、「西日本に疎開しているというウソ」を本物らしく見せようと、実況中継というインチキを始めて墓穴をほった。嘘の手法と、それがバレた流れが「少年H」と酷似している。

思い上がりも共通だ。妹尾河童も「きっこさん」も、そういう手法でだませると思い込んでいた。他人を甘く見ていた。一度はそれなりにだませているからこそ、バレたあとは惨めだ。



さて今後の流れはどうなるのか。三ヶ月間積み重ねてきた嘘がバレた「きっこさん」は、その対策を考えているのか現在は沈黙中である。
嘘つきは嘘を認めずさらにまた嘘をつく。今度はどんな嘘をついて逃げようとするのか。けだし見ものである。

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ただし「きっこさん」には「複数説」があるので、そのうちのひとりが東京だったというのはありでしょうね。今回の一件でよりそれが明確になってきた気がします。
今回の総括は「ネット知識のないひとが餘計なことをして墓穴を掘った」に尽きます。そういう役割分担によって「バレない」ことに自信があったのでしょう。ほどほどにしておけばよかったのに「調子に乗りすぎ」です。
どんな天才詐欺師だって、ネット社会で千人万人を敵にまわしたら勝てないって(笑)。

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【補記】──「きっこさん」にだまされるタイプ──石川喬司さんのこと

本気で競馬をやってきたなら「きっこさん」の即製競馬にはだまされないのだが、世の中には、石川喬司さんのように競馬歴60年以上もの業界の大家なのに、ころっとだまされているひともいる。親しくメール交換し、著書をプレゼントし、「親孝行で聡明な女性」と褒めている。こういうのを明き盲と言うのだろう。
私はこの事実でまたひとつ石川さんというかたの本質を見た気がした。競馬で辛酸をなめてきたひとなら「きっこさん」のエア競馬に気づかないはずがないのだ。

なのに「4歳のわたしが父と一緒に見たホワイトフォンテンの日経賞の時、石川先生も寺山修司さんと一緒に競馬場にいらっしゃったのですね。感激です」なんてメールをもらうとイチコロだ。うまく手の平に載せられていじられている。あの種の人間をだますのは簡単だ。「おれおれ詐偽」が成功するはずである。これは決して石川さんが八十翁だからではない。惚けたのでもない。分別盛りの五十歳の時でもだまされたろう。いわゆる「ツボ」なのだ。詐欺師の「きっこさん」は、この手の人間をだますツボを知っているのである。

石川さんのようなかたは、「4歳の時、父と行った競馬場。そこで目に止まった白い馬。父に勧めた。その馬が勝った。大穴的中。父と一緒に食べたご馳走。その後両親は離婚した。幼い頃の父との思い出」のような話に弱いのだ。これぞ競馬ロマンと思っている。きちんと文章を読めば、あちこち矛盾だらけで、「きっこさん」の語る「父母の話」がいかにおかしいかすぐに気づくはずなのだが。



ついでに言えば私もホワイトフォンテンの日経賞の時には競馬場にいた。ホワイトフォンテンはハイセイコーの同期馬だ。タケホープの勝ったダービーにも出ている。父はノーアリバイ、母はレベッカの弐。こういうのも空で言える。芦毛の逃げ馬であることと、ノーアリバイという父の名から「白い逃亡者」と呼ばれた。テレビの「逃亡者」、リチャード・キンブルが高視聴率だった時代だ。初心者のあのころは母馬のこの「レベッカの弐」という名が不思議だった。なにしろカタカナ基本の馬の名なのに漢字交じりである。

私は地を這う競馬をしてきた。石川さんのように特観席から高尚な競馬を語っていたのではない。だから「きっこさん」の嘘が一発で見抜ける。
私はこういう「初めての競馬場。4歳の娘が白い馬に惚れる。父にその馬を推奨する。父がその馬の単勝馬券を買う。それが大穴的中になった」のようなわざとらしい「物語」が大嫌いである。石川さんは大好きだ(笑)。実質的な優駿エッセイ賞審査委員長として、今までもこの種の嘘にだまされて、何度もそういうのに大賞を授けている。授けた後、それが競馬なんてぜんぜん知らない女の賞金狙い作り話と解って、だまされたと頭を抱える。でもその後も同じ失敗を繰り返す。「ツボ」を突かれると即昇天なのだからしょうがない。



突如として「きっこの日記」に石川さんの名が登場し、「こじつけ予想」を基本に、親しい交友が語られ始めたとき、「ああ、まただまされてら」と思ったものだ。でもある意味、石川さんに罪はない。「おれおれ詐偽」でだまされる田舎の老人がそうであるように。
罪はないが、かなりみっともない。

おそろしいのは、「こいつなら騙せる」と標的を定め、確実に落とす詐欺師の感覚だ。「きっこさん」は石川喬司さんを自由に操れることを本能で察知していたのだろう。詐欺師のカモを見つける目はさすがである。
安部譲二、石川喬司と、「きっこさん」のジジー転がしは見事だ。

しかしここでまた思うのは、騙されて欲しくないと願うひとは騙されていないという事実だ。
安部譲二、石川喬司、所詮詐欺師「きっこ」に騙されるレベルのひとである。



★どうでもいいことだけど「レベッカの弐」の答。未出走馬なのですね。牧場で生まれたとき、母親レベッカの弐番目の仔ということで「レベッカの弐」と呼ばれます。そこから育成させ、競馬デビュウするときにカタカナの競走馬名がつくわけですが、脚部不安等で厩舎入りすることなくそのまま繁殖牝馬になると「レベッカの弐」という仔馬の時の呼び名が生涯の名前になるわけです。あのころは知らんかった。不思議な名前だと悩んだものです。

私のブログの「きっこさん」まとめ

ツイッターを読んで「きっこさん」に関する文を読もうと来てくださった方へ。
私は今まで「きっこさん」について2回書いています。
一度目は下記。3月22日。「きっこさん、疎開」です。
http://blog.livedoor.jp/moneslife/archives/51620550.html

二度目は下記。3月30日。「不安を煽るきっこさんのツイート」です。
http://blog.livedoor.jp/moneslife/archives/51622659.html

このあと4月5日に、「きっこさん」のあまりに高飛車で独善的な言いかたに憤慨し三度目の文を書きます。これはかなり過激だったので削除しました。内容には責任を持っていましたが、異様にアクセスが増えたのが気味悪かったからです。ライブドアブログの「アクセス解析──キイワード」というのを開くと、「きっこ」がとんでもない数字で一番でした。私には有名人でアクセスを増やす趣味はなく、むしろ逆の感覚なので急いで削除しました。ネット上に存在したその文章の時間は数時間だけでしたが、それでも覚えているひとがいて、再掲してくれとメールをもらいました。多くのひとが反発している今ではタイミングを逸しましたが内容は正当なので機会があったらやりたいと思います。

もうあんなものに立腹しないようにしようと思いつつも、無責任に放射能不安を煽りたて、福島のこどもを心配するポーズを取りつつ、自堕落な生活からツイートを繰り返す姿勢に苛立ちを覚えていました。
そんなときに2ちゃんねるの「ニュース議論」板に「きっこさんスレ」があることを知りました。いま日記を見ると4月21日です。

私は2ちゃんねるのニュースは「ニュース速報」と「芸スポ速報」しか読まないので「ニュース議論」という板を知りませんでした。見知らぬそこに何がきっかけで出かけたのか未だに不思議です。
ともあれそれからはそこにある多くのひとの批判を知り、ツイッターでのkikko botzさんの活躍もあって溜飲を下げました。私がやろうとしていたのは「きっこさん」の無責任なつぶやきを俎上にあげてブログで批判することでしたが、kikko botzさんがTogetterなるもので、より多くのかたと連帯して始めてくれたので安心しました。

というかもう私ごときがブログに書かなくても、「きっこさん」が疎開設定の矛盾から、「不可能なパスポート申請」、「不自然な田舎暮らし」と自滅の道をひた走り始めたので何もする必要がなくなっていました。



「きっこさん」について書いたのは今回の文が四度目ですがいまブログにあるものでは三度目になります。3月30日以来ですから70日ぶりです。

「狂乱きっこさんと革マル枝野」
http://blog.livedoor.jp/moneslife/archives/51641186.html


もしも以前のものをお読みでなかったらついでに読んでください。3月22日ですから「疎開きっこさん批判」としてはそこそこ早かったと思っています。



じつはずっと前から私がいちばん書きたい「きっこさん批判」は、氏の戦争に対する意見です。ブログに書かれた「祖父」に関することです。
このことに対する反論をアップしようとしていたら、大震災があり、「疎開」した「きっこさん」が、ブレーキの壊れたダンプカーとなって暴走を始めたので保留しているのが現状です。
「きっこさん」がまた「帰京」して、いつものブログに戻ったならアップするつもりですが、もう完全に下劣な品性がバレて自滅してしまったので、その機会は永遠にないのでしょう。

なお「きっこさん」といつもカッコつきでかくのは、氏が性別年齢を始め正体不明だからです。それら全体をさして「きっこさん」としています。私にはどう考えても「38歳の女」とは思えません。

ツイッター考──狂乱「きっこさん」と革マル枝野のこと




あまりにひどい政治状況に絶望。書く気が失せた。楽しみにしているから毎日更新してくれと励ましのメールを戴いたがどうにもその気になれない。「自民党、大連立にやる気?」「谷垣総理の可能性も?」はぁぁ……。「次の総理大臣、1番人気は枝野官房長官?」 これだけは許せない。



ツイッターに書いたことから引用してみる。これはツイッターに嵌った「きっこの日記」の「きっこさん」がやっているのを見て、私もやってみようと思っていた。

「きっこさん」は日々つぶやいたことを週に一度ぐらいブログにまとめていた。その気持ちはわかる。「つぶやき」は一瞬にして流され消えて行く。その意味でツイッターはむなしいものだ。「きっこさん」は真面目な意見や得意のダジャレをブログにまとめておこうとした。つまりそのころはまだ「きっこさん」のつぶやきが、「まとめられるぐらいまともだった時代」になる(笑)。

その後「きっこさん」はツイッターに嵌りすぎてしまい、「福島原発から1000キロ以上離れた西日本の疎開している農家」で、「厚意で使わせてもらっている農家のパソコン」から、夜通し焼酎を飲んで「チンコチンコ、まんこまんこ」とつぶやき、反対意見には「ウジ虫野郎!」「便所虫!」「イカ臭いんだよ!」と罵詈雑言の嵐という狂乱状態になる。

ブログに書く長文は時間が掛かる。何度も読み返して推敲する。そのことによって冷静さが保たれる。手間暇掛けねばならない「長文」ということが良い方向に作用している。

だが「疎開している西日本」から書きこむツイッターは酔った勢いで書きこむ短文だ。反対意見には即座に感情的に対応する。

そのことによって「インターネットの世界ではちょっとした有名人(ご本人のツイートによる)」の「きっこさん」が本性を現し始めた。まるで「ドラクエ」のラスボスが攻撃を受けて倒されるたびにグロテスクなバケモノに変身して行くのを見るようだった。
ついには「福島第一を止める唯一の方法は、あたしが震災直後から言って来たように、福島沖までアメリカ空母に来てもらい、戦闘機を発進させて小型の核弾頭ミサイルを福島第一にぶちこみ、すべてふっ飛ばすしかありません。 こうすれば日本の3分の2以上は死滅しますが、北半球の7〜8割は助かります。」という完全気違いとなる。

私も面識のある石川喬司先生は「きっこさん」と親しくメール交換をしているらしいが、このへんの意見に関してはどう思っているのだろう。

さすがに「ウジ虫野郎!」や「便所虫!」をブログにまとめる気にはならないのか最近ではこの「ツイッターまとめ文」はすっかりやらなくなった。ブログの更新も途絶えている。あれだけ「疎開している西日本の農家から借り物のPC」で、「焼酎を飲みながら一晩中ツイッター」していたら、まとまった文など書く時間はないだろう。ましてその間には「農作業の手伝い」や「アルバイト」もしているらしいから(笑)。

競馬も、G1前日にはつまらないこじつけ予想を延々と書いていたのに、ここのところまったく書かなかった。もっとも「エヴァンゲリオン予想」とかいうこじつけでシンジがどうのこうのと言っているのでは毎週「藤田を買うかどうか」だけになってしまうが(笑)。たまたま一度当たったそれでは息切れして当然だ。もともと競馬知識なんてつけ焼刃で、後出し丸だしだった。
「きっこさん」の語る競馬を見ていると、ネット時代では、ネットから情報をかき集めて「後出しのキャラ」を創りだし、知ったかぶりが出来るんだなと感心する。しかしそれは長年やっているものからすると一発で見抜ける。いくら当時の時勢と活躍馬と自分の年齢を重ねて「物語」を創っても、それがウソなのは丸わかりだ。

「きっこさん」は「ツイッターで品性が露わになり自滅した有名人」の代表だろう。「有名人」とはいえその他の方々とちがい「ネット世界のみの正体不明の有名人」ではあるが。
品性を剥きだしにする効果においてツイッターは強烈だ。今までもいろいろと舌禍事件を起こしてきた「きっこさん」だが、この世界から消えるとき、最も悔いるのは「酔ってツイッターに関わったこと」になろう。

【後日註】──その後、西日本に疎開という設定そのものが大嘘であることがバレました。九州での「農作業の手伝い」や「おいしい郷土料理」も、みな東京のいつものADSLから発信されていたことが証明されました。安部譲二さんや石川喬司さんの御意見を聞きたいところです。




それを他山の石としたわけでもないが、私はツイッターで、いわゆる「お早うございます」の挨拶で始まり、「いま××を食べています」「いま××を観ています」のような「日常的つぶやき」はやっていない。やらないことを前提に始めた。といって我慢しているわけではない。やりたくないしやる必要もない。

私はツイッターを「140字文章習練」と決めて対峙している。さっと書いて160字になってしまったら140字まで削らねばならない。知らない人のために書いておくと、160字だと「-20」と20字オーヴァーであることを教えてくれる。一文字削るごとにその数字が減ってゆく。それを見つつ0になるように調整するのは愉しい作業だ。

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edano
これは私の意見と言うよりネットで知った情報を書きこんだもの。いまのところこのパターンはこれが唯一。

ひどかった。呆れた。ほんとうに知らないのかどうか不明だが、質問に対して木で鼻を括るようなじつに失礼な応対。未見のひとはぜひとも{Youtube}の映像を見て欲しい。

その辺の若者ならともかく、時の政権の官房長官であり、東北大学卒の弁護士資格を持つ47歳の政治家が、今上天皇が何代目であるか、いまが皇紀何年であるかを問われ、「しりません」「ぞんじません」と不快げに応えているのだ。信じがたいモノを見て寒気がする思いだった。

しかしそれは枝野は革マル派であるからいいとする。思想上、知っていても知らなかったふりをしたのかも知れないし、それもいいとする。問題はそれを「次の総理大臣」として期待する国民がいることだ。声を大にして言いたいのはそのことだ。

繰り返すが、ここを読んでいるひとでも今上天皇が第125代であることや、西暦に660年足して現在が皇紀2671年であることを知らないひとがいるかも知れない。それはそれでしかたない。そういう教育をしていないのだから知ろうと意識し努力したひとしか知らなくてもしょうがない。私が「西暦にプラス660年」を覚えたのは三十間近だったし、年輩の方がすらすらと空で言う「神武」から始まる歴代の天皇の名も私は空で言えない。

だが前記した経歴の内閣官房長官が国会で質問され、125代であることと皇紀2671年を平然と「しりません」と応えるのは許されることではない。

「しりません」にもいくかつの形がある。私は枝野が「不勉強で知りません。すみません」と言ったなら、それはそれで認めた気がする。内閣官房長官として許されることではないが、サヨクとしてそんなのもいると思うからだ。しかし枝野の態度は、そんなものではなかった。ふて腐れ居直っている。あれは「知っているけど答えたくない」ということなのだろうか。とにかく映像を見てください。

枝野がどのような人間であるかを知らしめ、山谷氏の質問はじつに効果的だった。これを見て、それでも枝野を次の総理大臣にと思うひとはいるのだろうか。



先日、フジテレビの朝のワイドショーで、かつらを被っている司会者が、「クリントン外務大臣」と言っていた。大臣は君主から任命されるものである。よってアメリカや支那のような国には大臣はいない。職名は「長官」や「部長」等が適切である。現に支那は「外交部」といい、そこの長は「部長」だ。そういう表現をしている。それらを「大臣」にしてしまうのは日本の悪弊だ。外交部を外務省などと「省」にするのもまちがい。このかつらの司会者も還暦を過ぎたろうに、毎度ひどすぎる。

私は、国会議員でないのなら、「枝野幸男という東北大学卒のサヨク弁護士47歳」が、第125代天皇のことも皇紀2671年を知らなかったとしても不満はない。あまりに無智と呆れるがサヨクとはそんなものだ。

だが枝野は日本の国会議員なのだ。内閣の一員なのだ。日本の政府は天皇陛下のもとにある。天皇陛下から任命された内閣の一員として、日本の国会議員として、枝野の態度は許されるものではない。



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ごく私的な餘談。十数年前、私は自分の小説本の巻末の著者経歴に「皇紀2612年生まれ」と入れた。これだけだとわからないひともいるだろうからと隣に昭和何年生まれかも入れた。

ところが若い編集者がこの皇紀の数字を間違えた。出来上がった本を楽しみに手にして、これを知り、怒りでくらくらした。つまり巻末の著者の生年月日が二種類あることになってしまったのだ。

もともと無能な編集者だったので本文の方は目を皿にして誤植がないかゲラチェックした。たとえば「一所懸命」と書いたものを得意気に「一生懸命」に直してきたりするので気が抜けない。完璧にチェックしたつもりだった。が、巻末の著者経歴の部分はゲラが廻ってこなかった。それはまあほんの数行のものだし……油断した。まさかこんなところに落とし穴があるとは……。

平謝りされた。怒りは治まらなかったがもうどうしようもない。本は出来上がってしまったのである。友人に贈呈するときは巻末のそこを一冊一冊書きなおした。みじめだった。

たいして売れなかった本であり、このみっともないミスを公的に指摘されることはなかったが智識のある人なら一瞬で解ることだ。私は脅えていた。

つい先日図書館で「日本の競馬小説ガイド本」のようなものを手にしたら、そこで編著者からハッキリこのことを指摘されていて耳まであかくなった。編著者は皇紀と昭和の年号が合わないことを指摘し、私のことを「いったいいくつなのだろう」と疑問を呈していた。と同時にそこには「知りもしない皇紀などいれなさんな」と言う意見が見え、思わず著者に「あれは編集部のミスで」と手紙を書きたくなったほどだった。

いま書いていても悔しくなる出来事である。あ、悔しくなるのはもちろんミスをしたバカ編集者に対してですよ。指摘してくれた方には恨みはありません。まちがっているのはこちらなのですから。



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長くなったので続きは別項にします。

デマ──石原都知事が東電の大株主!?

今日の昼、こんなデマがツイッターで流れた。

東電の株主、第五位はなんと石原都知事でした。個人で2.3%持ってるんだそうです。政治家が株を持つって違和感を感じるんは俺だけか?詳しくはTHINKERのホームページをみてちょうだい

アンチ石原が大はしゃぎして拡散させる。

東京電力の株主第5位は原発推進派の石原慎太郎都知事

石原氏は東電の株の3、2%を所有する大株主(第5位)で〜原発を推進すべきという考え


のように原発と関連づけ、明日投票の都知事選に向けてマイナスイメージ作戦。



が、まともな脳味噌をもっていればすぐにデマとわかること。
正しくは東京都がもっていて都知事は名義人になっているだけだ。
個人で東電の株を3.2%をもつのがいかにたいへんか。
ここまでして他人の足を引っぱりたいか。
バカサヨクのやることは救いがたい。

こんなことがすぐに拡散され、「あの石原が、あの東電の大株主」とはしゃぐバカがいかに多かったことか。かの有名な「きっこの日記」の「きっこさん」も必死に拡散していた。後に謝罪(笑)。
やがて元記事は削除されしらんふり。乗り遅れたバスにしがみついて、そのあとでも得意気に拡散させるのが連続した。
ツイッターは災害時に有効だとしても、気違いに刃物の側面があることを忘れてはならない。
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