石原慎太郎

《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》を支持する──まとめました、こちらを読んでください

 教え子の女子柔道部員に性的暴行を加えたとして、懲役5年の判決を受けた内柴正人被告(35)の控訴審の初公判が4日、東京高裁で開かれ、内柴被告の弁護側は、あらためて無罪を主張した。
 内柴正人被告は、2011年12月に逮捕されて以降、拘置所などで拘留生活を続けている。(中略)
 
 裁判は即日結審し、判決は12月11日に言い渡される。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00255162.htmlcc

---------------

 人気記事に内柴事件がランクインしたので、調べたらそういうことだった。昨日4日に裁判があったのだ。「内柴」の名の検索でヒットしたらしい。私には「スポーツバカ男とスポーツバカ女の身の下話」であり、どうでもいい事件だが、世間的な関心はまだ高いようだ。きっとまた12月11日に判決が出たらアクセスがあるのだろう。
 せっかく見知らぬひとに読みに来てもらって誤字脱字があったら失礼なので、関連文章をあらためてチェックした。

 そこでさんざん書いていることだが、私の書いたテーマは《内柴に都民栄誉賞を贈った石原都知事に、その責任を問おうと迫ったマスコミと、それを「まだ判決も出ていないのに罪人扱いは早すぎる」と拒んだ都知事の姿勢》である。興味の対象は石原さんとマスコミのことだ。そして私は「都知事は正しい。断固支持する」としている。

 しかしけっきょく都知事を支持するために、興味のない事件のことをずいぶんと詳しく書いている(笑)。デヴィ夫人や勝谷誠彦の意見まで紹介して。
 最初に書いたのが2011年の12月11日、最後に書いたのが2012年の11月5日になる。そして今回2013年10月5日にも触れたから三年越しだ。

 せっかく来てくれたかたにはどうせなら全部読んでもらいたいのでまとめておくことにした。



・ 《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》を支持する──橋下当選YouTube報道の力──2011/12/11

・ 《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》を支持する──デヴィ夫人の意見──2011/12012

・ 《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》を支持する──削除された開業医のブログ──2011/12/12

・ 《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》を支持する──勝谷誠彦の意見──2012/11/05


 12月の判決ではかなりの確率で有罪になりそうだ。マスコミはまたスキャンダラスに騒ぐことだろう。どっちになろうと私の意見は変らない。

相撲話──大鵬の思い出-2──大鵬の32回、千代の富士の31回え;\亳郷蟻析困ケチをつけた柏鵬の全勝対決

 大鵬の「八百長相撲」として名高いものに、昭和38年秋場所の柏戸に優勝を譲った一番がある。

 柏戸は、向かうところ敵無しで史上最年少横綱(当時)となる稀代の超大物新人大鵬に立ちはだかった唯一の(齢の近い)先輩力士だった。
 新入幕で11連勝というとんでもない成績の大鵬に、協会は小結の柏戸戦を組んだ。いまでは幕尻の力士でも全勝だったら横綱大関戦が組まれるが当時はそれはしない。が初黒星を点ける。盛りあがった。この場所、大鵬は12勝3敗。小結柏戸は9勝6敗。地位が違うので成績は数字だけでは語れない。横綱大関と当たる小結はいちばん難しい地位だ。それにしても新入幕、二十歳で12勝3敗は凄い。

 横綱昇進前まで柏戸は大鵬に勝ち越している(柏戸の7勝3敗)。それがいかにすごいことだったか。先に大関になり、横綱には同時昇進する。横綱となってからも大鵬とは五分の星を残した。晩年負けが込み、通算成績では負け越してしまったが、「大鵬に強い柏戸」は看板だった。

 剛の柏戸に柔の大鵬という組合せは、ファンも二分し、まさに大相撲界理想の東西の横綱パターンとなる。
 大鵬の出世があまりに早いため忘れられがちだが、柏戸の横綱昇進も22歳であり最年少記録だった。同時昇進なので、柏戸が従来の最年少横綱記録を更新し、一瞬にして、さらにそれを大鵬が更新した、という形になる。

 ただし柏戸の横綱昇進直前三場所の記録は、優勝もなく、ひどいものだった。横綱同時昇進の場所も、大鵬が前場所に続く連続優勝であり文句なしなのに対し、柏戸はその場所こそ相星で優勝決定戦に進出し(巴戦。もうひとりの相星は狄祐峙重機疚隻霖!)準優勝だが、その前場所、前々場所にも優勝はない。現在なら絶対に昇進できない内容である。この辺、柔と剛を同時昇進させて看板にしようという協会の意図が見える。それは図に当たり大きなブームとなる。

 柏鵬時代と称されたが、今も名高い?この八百長相撲のときはもうだいぶ差がついていた。共に横綱に昇進したが、ここまで11場所の内、大鵬が8回の優勝(通算優勝11回)であるのに対して柏戸は優勝なし。優勝は大関時代の1回だけである。元々が剛力の一直線相撲だったので怪我も多く、ここまで横綱として4場所連続休場、早くも引退の危機だった。完全な「大鵬時代」であり、柏鵬時代とは名ばかりとなっていた。



 負けようがないほど完璧な相撲の大鵬が初日から14連勝は当然だったが、片や4場所連続休場明けの落日の柏戸も、14戦全勝で千秋楽まで来た。東西の横綱が全勝で千秋楽決戦という最高の舞台である。大相撲史上でも数えるほどしかない形になる。日本人は判官贔屓だ。誰もが「今回は柏戸に勝たせたい」と思った。その基本には「強すぎる大鵬は何時だって優勝出来るんだから」がある。なんとテレビ解説の玉の海(だったと思う。調べないと)まで「柏戸に勝たせたい」と口にしていた。(確認した、玉の海だ。下に牴9剖未粒き瓩出てくるが、もちろんこちらは先代。下の牴9剖未粒き瓩和膣惷滅掬腓横綱昇進で改名したもの。先代は横綱になっていない。)

 勝ったのは柏戸。涙の優勝である。まさかまさかの奇蹟の復活だった。当人も涙なら、テレビの前の柏戸ファンも大泣きである。れいによって「負けるよ負けるよ、勝てるはずがないよ」と負けたときに傷つかないように予防線を張って応援していた柏戸ファンの母や姉も大感激だった。



 日本中が感激した「あの最強大鵬を破っての柏戸涙の全勝優勝! 柏鵬時代復興!」に正面からケチをつけた男がいた。石原慎太郎である。一橋大学在学中に芥川賞を受賞し、映画監督も経験し、弟を大スターにのしあげた、当時31歳の若手作家は、事もあろうにこの感動の一番を「八百長だ」と批判する文を新聞に投稿した。相撲協会は告訴の用意をしたが、石原が折れる形で和解する。まことに不粋な事件であった。

 石原は、「あの磐石の大鵬が落ち目の柏戸ごときに負けるはずがない。負けてやったのは誰の目にも明白だ。八百長である。許せない。こんな一番に感激するのは愚かである」と言った。
 正論である。だがそれは日本人的情の世界を理解しない幼稚な意見だった。ヒロインが悲劇の死を遂げ観客誰もが落涙する感動の映画のラストシーンに、「あれは死んでないよ。死んだふりをしているだけだ。だってこの前テレビに出てたもん」というこどもと同じレベル。「王様は裸だ」と言ったのと同じ。水商売の女の「また来てね。待ってるわ」に、「ウソだ、待ってなんかいないくせに!」と気色ばんで反論した酔客と同じ。まことにまことに不粋。幼稚。

 この事件は、石原慎太郎というひとの魅力と缺陥をよく表わしている。彼は日本中が感動し浮かれている大一番に真っ向からケチをつけた。白けさせた。反骨なんてかっこいいものではない。ただのこどもである。だが彼には、明らかに不自然な八百長相撲に、日本中が浮かれていることが我慢できなかった。所詮ボクシングファンでしかない彼には、大相撲の世界は懐が深すぎてわからない世界だったのだ。これは後の「Noと言える日本」にも繋がっている。彼の本質である。
 ここで大事なことは、彼は「みんなが誉めているからおれはケチをつける」というひねくれ者の目立ち根性で言っているのではないことだ。ボクシングという真剣勝負の好きな彼は、力道山とか大相撲とかいう彼にとっては八百長であるものが、もてはやされるのが許せないのである。このよく言えば純粋、わるく言えば偏狭な性格は、総理になれなかった彼を論ずるとき重要な意味を持つ。

 石原の指摘は正しい。あれは八百長相撲だった。だがそれを大上段から指摘することは大人気ない。心が狭い。強気のケンカ好きの彼がすんなり自説を引っこめ、自分から謝罪し和解したのは、おそらく先輩作家の誰かに説教されたのだろうが、その「誰か」が彼に言ったのもそういうことだったろう。大相撲は格闘技である以前に藝能なのだ。その味わいがわからないひとに小説は書けない。



 八百長相撲と無気力相撲はちがう。
 琴櫻や三重の海による「無気力相撲」と呼ばれたどうしようもない相撲が横行したことがあった。長年大相撲を観戦してきたが、あれだけは理解しがたい。今も不可解だ。後に勝敗に疑問のある一戦に対し、相撲協会もまさか「八百長」ということばは使えないから、「無気力相撲」という造語で対応した。八百長ではない。「八百長相撲」には、手に汗を握り、勝敗が決した際には拍手喝采となる名勝負も多いのである。

 打ち合わせがうまく行き、手のあったレスラーによるものほど名勝負になるプロレスと同じく、迫力の大熱戦ほど「じつは」が多い。挌闘技全てに言えることだが、真剣勝負になればなるほど面白味は失せる。あっけない、白けた結果になる。大相撲でも、片方が土俵際まで追い詰めるがぎりぎりで残し、転じて今度はこちらが攻めこむがまたも土俵際で残され、再び土俵中央でがっぷり四つ、両者熱戦に湧きあがる拍手、なんて一戦は談合済みなのである。

 この「無気力相撲」と言われたいくつかの取組は、それらとはまったく違っていた。その名の通り、まさに両力士に、やる気がなく、「いやだなあ、やりたくないなあ」という感じのふたりがだらしなく取り組み、「おまえ勝てよ」「いや、おまえが勝てよ」のような気力のない譲りあいのあと、「じゃあ、おれ負けるわ」と力の入らないまま寄り切られるというような、なんともひどいものであった。あれほどひどい相撲は見たことがない。

「無気力相撲」をやった琴櫻や三重の海だって、この世界で長年飯を食ってきた苦労人である。いやいやそれどころか30過ぎて横綱になるインチキ短命横綱であったのだから、それこそ「真剣勝負っぽい八百長相撲」は充分に会得していたろう。その道のプロである。なのにあの誰もが不自然に思う無気力相撲を取った。これはいまもって私にとって大相撲最大の謎になる。推測するなら「アンチテーゼ」であろうか。当時の執行部に対するストライキである。いわゆる「ふてくされ」だ。それぐらいしか考えられない。とにかくひどいものだった。



 後に「八百長相撲」に関して問われた大鵬は、「関係者の誰もが見抜けないようなのをするのが一流」と応えている。打ち合わせをした当人ふたりしかそれがそうであることを知らず、周囲の関係者さえも手に汗を握らせるのが本物の八百長相撲の藝だと言っているのである。
 この談話は活字としてしか知らないが、このときの大鵬は自信に満ちてニヤっと笑ったろう。彼は星を譲ってやった相撲(正しい意味での八百長相撲)に関しても自分は一流であったと自負しているのだ。さながら柏戸に負けてやったこの一番などはその代表例であったろう。そこにいたる両者の力がちがいすぎ、いかな熱戦であろうとそういう噂はつきまとった。正義感の強い石原慎太郎(笑)はともかく、田舎のこどもであった私にも不可解と思われているのだから、果たしてそれが名人藝であったかどうかは疑わしいが。



 【追記】──あれこれ調べてみたら、大鵬はこの一番に関し、「自分のほうに疑惑を持たれるような点があった。相撲に驕りがあった。反省する。しかし断じて八百長ではない」というような発言を残しているようだ。小学生時代のことなのでリアルタイムで見ているものの、さすがに中身まではよく覚えていないのだが、こどもの私ですら疑惑を感じたのだから、これは決して「八百長の名勝負」ではなかったようだ。つまりはこれは大鵬にとって「関係者の誰も見抜けない見事な八百長相撲」ではなく、石原にすら見抜かれてケチをつけられてしまった「出来の良くない八百長相撲」なのであろう。真の「自信の八百長相撲」は、先輩の柏戸や栃ノ海、後輩の佐田の山に優勝を譲ってやったその他の一番にいくらでもあるのだ。
 また上記の「関係者の誰にも見破られないのが本物の八百長相撲」という発言も、石原にケチをつけられた無念を含んでの発言と取れば、益々興味深い。



 私は、大鵬が柏戸に負けてやった一番を不自然に感じた。感激とは言い難い。大感激している柏戸ファンの母や姉を見て白けていた。どう考えても大鵬は柏戸に負けてやったのだった。それを見抜けず、感激している母や姉をアホだと思った。私は小学生でも、ルー・テーズが力道山に負けてやるのがわかっていた。力がちがいすぎる。それを見抜けず、おれたち日本人の代表の(朝鮮人だけど)力道山がアメリカのチャンピオンに勝った、日本は強い、アメリカに勝ったと大喜びしている周囲のおとなを冷たい目で見ていた。それと同じ感覚だった。ここでの感覚は慎太郎さんと同じである。しかし田舎の小学生であるから慎太郎さんのその投稿は知らない。私はもう当時父が取っていた毎日新聞を隅から隅まで読むようになっていて、昭和39年のシンザンが三冠を達成した報道等もよく覚えているが、この昭和38年の投書事件は後々まで知らなかった。

 だがその8年後、玉の海が大鵬に負けてやり、大鵬が最後の優勝を決めた一番を観た私は、玉の海を寄り切り、ほっとしたような顔の大鵬を見て、感激する。それはよく出来た八百長相撲だった。全盛期を迎えた朝鮮人の玉の海が、歯が立たなかった最強の大鵬にガチンコでも勝てるようになった充実期。負けてやれと言いふくめられて、風呂場で号泣したという一戦。だがそれはうつくしい八百長相撲だった。玉の海を寄り切ってほっとしたような顔の大鵬の顔をいまも思い出す。出来の悪い八百長相撲に白けたあの柏鵬戦との差。そこにある時間。その間にこどもの私の心は成長していたのである。真に大相撲の魅力を理解できるほどに。



 大鵬はもっともっと優勝回数を増やせたのに、相撲界の情に従い、先輩の柏戸や栃ノ海、後輩の佐田の山、玉の海、北の富士に優勝を譲り、32回爐靴疝ゾ,靴覆った。そんな人徳のある大鵬が、後輩玉の海に優勝を譲ってもらい、最後の優勝を成し遂げるのは当然だった。
 千代の富士は所詮小者なのに、他者の優勝を権力で奪いとり、31回爐皚疝ゾ,靴拭そんな彼が大鵬を越える優勝回数を「相撲界の良心」に拒まれ越えられなかったのもまた当然だった。

 もしも大鵬が34回優勝していたら千代の富士の優勝回数は33回だったろう。35回だったら34回だったろう。この「しか」と「も」のあいだに存在する「1回の差」は果てしなく大きい。藝能であることが前提の挌闘技の、挌闘技としての良心が作動した絶対的な力なのだから。

池上彰選挙特番再考──池上が石原をやっつけたと解釈している競馬評論家の文章

池上彰氏が年末のニュース総括番組に引っ張りだこ。とにかく今年の開票速報での氏のツッコミは凄かったなあ。
公明党に宗教問題で正面から切り込んだり、石原に喧嘩を売ったり(石原は反論も何もできずけしからんを連発するのみ)、とにかく笑わせてもらった。
「波風立ててこそ本当のジャーナリスト」というその後のコメント含めて、パフォーマンスを完結させた。

---------------

 上は、ある競馬評論家のブログにあった文章の一部分。年末に選挙速報を振り返っていた。ひどい内容である。まちがいだらけだ。正しくは私が再現した以下のようになる。



石原──「たとえば、日本の会計制度、こんなバカなことをやってるのは世界で日本しかない、先進国でね。やってんのは北朝鮮とかパプアニューギニアとかフィリピンぐらいでね。こういう大福帳の粋を出ない制度を変えないと役人のインチキ、役人のごまかしを破れないんですよ。そういうことを今までどこの政党が示しましたか」

池上──「北朝鮮と同じようにほかの国を呼ぶこと、そういう呼び方をするから暴走老人と呼ばれると思うんですけれども」
 
石原──「北朝鮮は北朝鮮じゃないの、なんて呼ぶの?」

池上──「いや、そうじゃないんです、パプアニューギニアやフィリピンを北朝鮮と同じに扱うような言いかたをされると、暴走老人と言われるんじゃないかと」

石原──「そうじゃないよ、あなた、ひとの話を聞きなさいよ、これはね、同じような単式簿記をやっている国ということで言ったの」
池上──「そういうことですね、わかりました」
石原──「そうですよ、ひとの話、ちゃんと聞きなさいよ」
池上──「わかりました、失礼しました」

これが1回目の話。
「暴走老人」ということばを投げつけて大向こう受けを狙っていた池上が、単式簿記の話をしている石原に、つっこみ間違え、正当な反論を受けて、「失礼しました」と謝罪した場面である。



ついで2回目は、石原が笑顔で「先程はあなただとわからずに失礼した」と話し始める。先程やっつけて謝らせたのが旧知の池上と気づかなかったらしい。すこしキツくやりすぎたかと気遣ったようだ。
「先日電車の中でいいことを教えてもらったばかりなのにね」 と続ける。それを受けて池上が「先日新幹線の中で中東情勢に関してレクしたんです」とスタジオの峰竜太や宮崎美子に説明する。このひと、レクチャーのことをレクと略すんだ(笑)。さりげなく石原にもものを教えてやっているのだと自分アピール。

維新の会の選挙結果に関する感想や、自民党との今後のつきあいを問うたりして終る。
通信を切り、石原が画面から消えてから、池上がスタジオの峰竜太や宮崎美子に、「どうやら石原さんは相手によって態度を変えるようです」と、先程ツッコミどころを間違えて恥を掻いた意趣返しで言う。非常に醜いやりかただった。謝罪させられたのがよほど悔しかったのだろう。

ふたつともYouTubeにアップされている。リアルタイムでも見ているが、確認のためにいまもう一度それを見てきた。私の解釈でまちがいない。
さすがに「通信を切ってから言うのってきたないね」という意見があった。



これが石原と池上のやりとりのすべてである。どこにも 《石原に喧嘩を売ったり(石原は反論も何もできずけしからんを連発するのみ)》なんて場面はない。
なんと恣意的に解釈したいいかげんな文章なのだろう。この文章だと、完膚なきまでに池上にやっつけられた石原が、ぐうの音も出ず、何も言い返せず、顔を真っ赤にして「けしからん」を連発したかのようだ。そんな場面は存在しないのである。このひとの脳内妄想だ。「とにかく笑わせてもらった」って、どこで笑ったんだ。だいじょうぶか(笑)。

この競馬評論家のその他の文章に、「維新が思ったより伸びなくてよかった」とあるから、維新嫌い、石原嫌いなのだろう。検索してみると、小泉自民党嫌い、民主党好きで有名らしい。というか小沢好きのようだ。だったらこんな脳内妄想も仕方ないか(笑)。

この競馬評論家は競馬会や騎手の問題等に厳しく迫ることが売りのようなのだが、 テレビを見て、こういう自分に都合のいいような妄想解釈をするひとの言うことに、いかほどの価値があろう。事実を見ず、自分の好きなようにねじ曲げて解釈している。

こんなフィルターをかけてしかモノの見えないひとに、たかが競馬であれ、正当な評論が出来るとは思えない。騎手の騎乗に対する意見も、自分の馬券が当たったら好騎乗、ハズれたら批判対象の騎乗ということなのだろう。すくなくともこのテレビ番組に対する歪んだ解釈からは、そうなる。まあ競馬業界なんてこんなものだけど。なにしろ重鎮の石川喬司さんが鼻カルボにだまされている程度の世界だから(笑)。

そういやこのひとの事実を曲解する手法は、鼻カルボがラジオの光浦靖子発言をねじ曲げたのによく似ている。
こういうのが「天才予想家」を名乗って稼いでいるのだから、競馬業界とはお気楽なものである。

---------------

kanren1
選挙番組考──テレ東の池上彰の姿勢は絶讃に価するモノなのか!?

kanren1
安倍晋三の腹痛を揶揄するヤカラノの手法──<きっこ>が捏造した光浦靖子の安倍晋三批判

政党や政治家を支持するということ──基本は妥協である──妥協しなかった人の行きついたところ

あるブログの話。
よくある内容だった。音楽や文学のテーマと同じく、たまに政治も顔を出す。現状の日本を嘆く。だらしない外交を批判する。その程度だった。
最初はさほどでもなかったが、書いているうちに激昂するのか、政治ネタは日々烈しさを増していった。いつしか完全な政治思想ブログになっていた。彼は保守思想であり自民党支持者だった。独自の歴史観で激烈にサヨク政党を罵倒した。

しかしそれを続け、勉強して行くうちに、自民党内にも自分とは歴史観が異なり、サヨク的思想をもつ政治家が多いことに気づいた。応援していた政治家にも、自分とは相反する考えがあると知った。好きだったからこそ憎しみは増す。
彼は「自民党もサヨクだ」と攻撃を始めた。自民党を否定した。

※ 

既成の政党を否定してゆくうちに、ちいさな保守系政治集団を見つけた。まだ国会議員こそ送り出していないが日々熱心な活動をしている。そこの参加者はみな自分と同じ考えだった。大きな党は信じられない。信じられるのはちいさくても思想の一致した団体である。彼は自分の政治思想と一致するその団体を讃歌した。
 
やがて彼はその団体に所属し、熱心な街宣活動を始めた。それまでは「机上の論」だったのだが、実際に活動を始めたのである。その団体の地区支部長となり、そこからの立候補も内定した。しかしそれは当選とは無縁のかなり虚しい立候補である。無名の泡沫候補にすぎない。

けっきょくはそこに行く。自分とすべて同じ考えの政党や政治家なんているはずがない。一切の妥協をせず、自分の考えのみを押しつけていったら、政党を否定し、政治家を否定し、最後は党を作り自分が立候補するところまで行ってしまう。それが政治という魔物と闘う人の宿命である。
このひとは、よくある筋書通りに、見事にそこまで行ってしまった。 


だが、もう一局面あった。
ちいさな団体でも軋轢はある。なにもかも一緒のはずがない。ひとは二人以上集まったらもう分派して行くのだ。その団体でも権力争いはあり、彼はそこのトップとぶつかった。論戦の最中、彼は自分の職業を誹謗された。彼の職業は世間的に自慢できるものではなかった。だがその道一筋だった彼は自分の職業に誇りをもっていた。支持してくれるひとも多数いた。なのに汚い言葉で卑下された。一致団結と思っていた政治集団で職業差別される屈辱には耐えがたかった。

彼は立候補をやめ、その政治集団からも抜けた。以後ブログでは一切政治には触れなくなった。思い出の音楽や文学だけを語っている。
政治という魔物に近づきすぎた故の悲劇である。

---------------

政治への参加は妥協するしかない。自分とすべて同じ考えの政治家や党なんてあるはずもない。その点、共産党支持者はうらやましくもある。迷いがない。悩みがない。悩みのない人生もつまらないと思うが。

11月16日の解散前の週刊誌記事を読むとおもしろい。そのうち来るだろう衆議院解散に向けて予測記事を書いているのだが、そこにあるのはすさまじいまでの維新の会の躍進と橋下首相誕生という予測である。維新の会の獲得議席は260なんて出ている。民主党は80だ。まあこっちは当たりそうだが(笑)。

維新の会がいかに早いスピードで凋落したか、だ。私も橋下市長の歴史観にはしみじみと落胆させられた。
しかし260はないよな(笑)、まともなのは集っていないのに。

※ 

それでも私は今回、維新の会に投票するしかない。慎太郎さんと西村眞悟さんの応援だ。太陽の党があれば悩まなかったのに……。
自分の考えと最も近い政治家が慎太郎さんであり西村さんだ。ふたりがそこに所属しているのだから、いや所属どころか慎太郎さんは代表だ、そこに投票するしかない。TPP反対であり、維新の会に集った政治家がみな大嫌いなので、本当はイヤなのだが、慎太郎さんを信じて投票する。それしかない。
慎太郎さんだって、5人程度の太陽の党では力になり得ないと妥協して維新の会に合流した。支持者ならその妥協もまた呑みこまねばならない。だいぶ咽につかえるが(笑)。

政党や政治家の支持なんてこんなものである。これ以上熱くなると前記のひとと同じく「一切触れない、語らない=触れられない、語れない」世界に行ってしまう。私はブログを思い出の音楽や文学だけにしたくない。時局についても語りたい。そのためには妥協が必要だ。心中かなり複雑だが、こんなものである。そう思うしかない。

<きっこ>さん、おでんの牛スジを食いつつ「太陽の党」を熱烈支持?──母子家庭育ちは慎太郎嫌い?

 ひさしぶりの「きっこネタ」。
 いつものよう早起きして、2ちゃんねるの「きっこスレ」を覗いたら、昨夜は「太陽の季節」と「おでんネタ」で盛りあがっていたようだ。早寝なので見すごしてしまった(笑)。
 とても興味深く、おもしろかった。そのスレのアドレスはここ。

 これを貼っておけば以下のような「コピー引用」は必要ないんだけど、私のような2ちゃんねる下手は困る。こういうスレはすぐに満杯になり「過去ログにあります」になる。すると、有料なのか何かテクニックが必要なのか、いずれにせよ私には読めなくなってしまう。よって印象的なものをコピーさせていただく次第である。書きこんだかた、ご容赦ください。

 2ちゃんねるに限らず新聞記事のリンクも、みな読めなくなる。まあ新聞だって無限に載せているわけではないし、それをしたら年鑑が売れなくなる。1年ぐらいで消してしまうのは妥当だろう。このブログを始めたのは2005年だったが、1年以上前の文の記事リンクなんてみな切れている。それじゃリンクの意味がない。そのへんも考えないと。
 新聞記事をほぼ丸ごと貼るというのはルール違犯なのだろう。いつも忸怩たる思いに包まれるが、リンクで行けなくなるのなら、多少の違反はせざるをえない。 

============================================

 まずは「太陽の季節」と「太陽の党」の話。ピンク文字がきっこ発言。水色文字が投稿者の意見。無智なきっこがお粗末な発言で嗤われている。

377 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 12:59:02.51 ID:0wHbU9D1
石原新党の名称は「太陽の党」だってさ。80歳になっても「弟の七光り」ですか?(笑) 
2012.11.12 22:05 


政党名は今日の夕方に発表される予定で、「太陽の党」はマスコミによるフライング報道。 
「きっこの日記」は三冊出版して何の賞も取っていない一方、 
石原慎太郎の「太陽の季節」は第1回文學界新人賞、翌年には芥川賞受賞。 


380 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 16:57:47.49 ID:zkk9q8gq
>>377 
「太陽の季節」の著者がシンタローなのを知らないフシがある。 

>「太陽の塔」を作った岡本太郎は「芸術は爆発だ!」と叫んだが、 
>「太陽の党」を作った石原慎太郎は「原発は爆発だ!」と叫びそうだな。 

岡本太郎の元のコンセプトは「生命の塔」。 
(万博当時は存在していた)屋根を貫いてキツリツするその姿を見た小松左京が「太陽の季節」の有名シーンに準えて「太陽の塔」と名付けた。 

383 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 18:20:14.78 ID:TEEfPe2Y
>>380 

弟の七光りってツイート、なんか違和感があると思ってたけど、 
慎太郎が作者だと知らないって説だと腑に落ちますねw 

384 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 18:31:05.29 ID:ZA7KVR67
もしかして、「太陽にほえろ」からネーミングしたと思ってるのか? 
このじじい 

385 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 19:22:06.11 ID:VgeN+uMO
そもそも「太陽の塔」のネーミング自体、石原慎太郎の「太陽の季節」から生まれたものだっての 

387 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 19:48:25.16 ID:zkk9q8gq
>>348 
なるほど。 
「太陽の季節では裕次郎は脇役だよな・・・?」って疑問だったから腑に落ちたw 
「そもそも太陽の季節を知らない説」 
前にも「大したことのない小説家」って言ってたもんね 

389 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 20:17:52.18 ID:1h5MRPVd
一応、慎太郎の太陽の季節をツイートしていたこともあったよ。 
でもその頃とは中の人が違うかも。 



 私も「弟の七光り」というのを読んで奇妙に感じた。テレビの「太陽にほえろ」から「太陽」を取ったという意味だろうが、「『太陽の季節』のほうがずっとずっと先だろ」と思った。私は裏番組のプロレスを見ていたので「太陽にほえろ」ってぜんぜん知らないんだけど。
 こういう書きかたをするってことは、<きっこさん>は、石原慎太郎の芥川賞受賞作「太陽の季節」を知らないということだ。

 が、病的に石原慎太郎を嫌う<きっこさん>は、過去にも「太陽の季節」に触れていたのではなかったか。私は観察歴が短いのでリアルタイムで読んだ記憶はないが。
 検索してみたら、けっこう書いているようだ。

 とすると、「中のひとが変った」が正解なのだろう。



 私は20年以上前から「母子家庭育ちは慎太郎嫌い」というのが気になっていた。私の周囲の、親戚の男から旧友まで、母子家庭育ちのひとが異様に慎太郎嫌いなのである。いまのところ、20人ほどの例で、慎太郎好きはひとりしかない。
 なぜなのだろう。彼の「頑固親父ぶり」が、父のいない家庭で育ったひとの「嫌いな父親像」に合致するのだろうか。ずいぶん前からそれに興味を持ち、いずれブログネタにしようと思っていたころ、「ネット上の母子家庭育ち有名人」の<きっこさん>もそうだと知った。もうすこし「慎太郎好きの母子家庭育ち」の例が集まったら書いてみようと思っている。

 よって私の知る限り、政治信条をべつにして、「異様な慎太郎嫌い」の基本は、母子家庭育ちとオカマである。
 オカマの場合はわかる。慎太郎さんはハッキリそれを否定しているからだ。「毎日のようにテレビにあんなの(と慎太郎さんは言う)が出ている国はね、日本だけですよ。異常です」と何度も口にしている。存在を否定されたら誰だって反撥する。母子家庭育ちのオカマである<きっこさん>が慎太郎嫌いなのは牛スジが通っている。いやまだ牛スジの話じゃなかった、筋が通っている。
 でも<きっこさん>の「母子家庭育ち」は設定だからなぁ。存在しない「母さん」との話に感動して、「親孝行なきっこさんに惚れた」という石川喬司みたいなひともいる(笑)。
 

============================================
 

次ぎに、おでんとヴェジタリアンネタ。

379 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 15:44:34.47 ID:1h5MRPVd
お昼はチャルメラのとんこつか。 
ベジタリアン設定なのに、豚骨? 


392 :朝まで名無しさん:2012/11/13(火) 23:44:18.47 ID:TEEfPe2Y
@kikko_no_blog: 具にもよると思うけど、おでんって意外とカロリーが低いんだね。ちくわぶ2個、すじ2個、大根2個、ボール3個、結び昆布3個、薩摩揚げ、はんぺん、ごぼう巻きを食べてお腹いっぱいなのに、 
計算してみたらインスタントラーメン1杯よりもカロリーが低かった。 


『すじ』って牛スジ??ベジタリアン設定は?? 

と思って調べてみたら、すじとは、関西では牛スジ、 
関東では魚のすり身みたいなの、とのこと。 

どちらにしても、 
西日本在住設定かベジタリアン設定のどちらかが破綻しますねw 

394 :朝まで名無しさん:2012/11/14(水) 00:23:38.60 ID:s3p46US+
>>392 
すじってそうなのか。 
西日本では、ちくわぶは入手困難。 
大きなスーパーならあるが、田舎設定だからなぁ。 
コンビニおでんには入ってないよ。 



「あたしは自分で殺せるものしか食べない。魚は殺せるから食べる。自分で殺せない豚や牛は食べない」と言い、畜産業まで否定した<きっこさん>が「とんこつラーメン」喰っちゃいけないよなあ。しかし何年か前までは豚も牛も喰っていたひとが、趣旨替えで喰わなくなったからといって、育てるひとまで否定するってのは異常。まともなひとなら出来ない。現に私はいま四つ足動物を喰わず、スーパーでも肉売場が気味悪いので避けて通るほどだが、かつて喰っていたのだから、いま喰うひとを批難はできない。私がいま肉を食わない理由も、<きっこさん>とほぼ同じなので、よけいにそう感じる。

 ヴェジタリアンもイスラム教徒もそうだけど、肉を拒む場合、スープも同じだ。そりゃそうだよね、肉の塊も、それを煮こんでとったスープも同じだもの。とんこつラーメンの具に入れるのが野菜だけだったとしても、スープは豚で作ってある。豚を喰わないひとがとんこつラーメンを食うのは矛盾だ。もっとも彼の場合、あらゆることが矛盾しているから、そんなの取りあげていたら切りがないが。

 西日本のどこにいる設定なのか、ちくわぶを買うのはたいへんだろう。そして、西日本なら「すじ」は「牛スジ」になる。牛のアキレス腱を煮こんだものだ。関西の牛馬の解体を生業としていたひとたちが、それまで捨てていた固くて喰えない部分をなんとか喰えないかと考慮して考えだした珍味。私は食べない。関西人に「おでんに牛スジはかかせませんね」と同意を求められると困る。私もちくわぶを強要しないから牛のアキレス腱の煮込みを強要しないでくれ。日本は広いな。
 関東の「すじ」なら魚だから筋は通るが、そうなると今度は「西日本疎開設定」が揺らぐ。西日本設定なら「ちくわぶ」がたいへんだ。揺らぐも何ももうとっくに崩壊しているか。というか崩壊以前に構築されていないか。

 ひさびさにおもしろかった。これは<きっこさん>にとってヒットかな。いやボロか(笑)。 

《内柴正人容疑者に対する都知事の見解を支持する》の補稿+「スッキリ」での勝谷誠彦の意見

 《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解を支持する》というのが「人気記事」になっているので、どうしたのかと思ったら、 Google急上昇ワードにも彼の名があり、そこから先日公判があったと知る。興味のない話題なので知らなかった。

 私が興味を持ち、書いたのは、「内柴のことで都知事を責めようとした記者に対して、都知事が『そう決めつけるのはまだ早いだろう』と言ったこと」であり、「内柴という柔道の金メダリストがコーチしている女子学生とセックスしたことが準強姦か合意かで裁判沙汰になっていること」には、まったく興味がない。そこのところを正しくご理解願いたい。



 内柴は、訴訟沙汰になっている教え子との一件があったあと、別の教え子の部屋を訪ねてセックスしたらしい。ふたりの女と2連発である。二番目の女も一時それを強姦だと訴えたが、自分の判断でその後取りさげた。でも家族は取りさげず闘えと今も言っている、のだとか。

 この娘は前々から内柴と関係があり、人前でも内柴とべたべたしていた、らしい。内柴が最初の娘の部屋にいるとき、誰かがドアを叩き、内柴は隠れ、うまくやりすごしたという話があった。ふたりが室内にいるとき第三者が訪ねてきている。準強姦か合意かに関わりのある重要場面だ。そのときドアを敲いたのがこの娘で、それはその女のところに内柴が行ったことへの嫉妬だったという。
 よって内柴は、このあたらしい娘とのコトが終った後、今までの女の機嫌を取るために、その女の部屋を訪れ、弁明の一戦に及んでいる。この娘は、最初の娘が裁判沙汰にしたとき、「わたしだって」と訴えたが、すぐに引っこめた。そりゃ前々からふたりの仲を周囲に知られているのだから当然だ。なんだかなあ、の世界である。

 女子柔道部という女の園に、金メダリストのかっこいいコーチ(私はそう思わないけど柔道をやっている娘から見たら彼はきっとそうなのだろう)が来たら、こんな問題は確実に起きる。そしてまたこのコーチが無類の女好きなのだ。柔道をやっている女は金メダリストの自分に憧れていると自負しているし、現においしい思いもしてきたのだろう。
 女子柔道部員19人に、男のコーチふたりの合計21人での合宿。九州から東京の八王子にやってきた。修学旅行のようなもの。その夜、みんなで大酒を飲んだあとに起きた事件だ。そりゃ起きるわ。



 この事件の時、あのデヴィ夫人が強烈な内柴擁護論をぶった。 
 それは内柴を「女子柔道部員憧れの金メダリスト」とし、女子学生のほうを「ふしだら」としたものだった。デヴィ夫人は、人気者の内柴がふしだらな女子学生にはめられた「冤罪」と解釈したようだった。彼女は、内柴より女子学生の躾と性のモラルを問うていた。

 これはデヴィ夫人のこの種の件に関する一貫した姿勢だ。
 たとえば、政治家の愛人が、政治家が汚職で逮捕されたりすると、じつはこんなイヤな男だったと金銭のことや性癖まで週刊誌で告白したりする。それに対して彼女は、「さんざん世話になっておきながら、落ち目になったからといって、そんなことを言いなさんな。女の風上にも置けない」と怒る。 私はそれを正しい倫理だと思っている。



 この事件に関しても「一面において」それは当て嵌まる。どうにもその「女子」のレベルが低い。この種のことに興味のない私からすると、「スポーツバカ男とスポーツバカ女の下半身事情」であり、じつにもうどうでもいいことになる。たまたま内柴が金メダリストなので大きな話題になったが、その辺のバカ大学では「ハンサムな指導者と、ふしだらな弟子」には、よくある出来事なのだろう。

 内柴のほうも無罪を勝ちとるために必死だから、どんどん露骨なことを証言している。
 酔いつぶれた娘をおぶってホテルに戻り、そこで事に及び、訴えられた。行為自体は認めており、問題は「無理やりか合意か」に絞られている。内柴は合意であることの証明として、二軒目の飲み屋であるカラオケ屋で、テーブルのしたにその娘がもぐりこみ、フェラチオをしてきたとまで語っている。今後もますますこのへんの暴露は露骨になって行くだろう。週刊誌はよろこびそうだ。

 強姦されたと一度は訴えたが今は取りさげた前々から関係があったとされるもうひとりの女の件でも、最初にフェラチオがあり、正常位からバックと体位を替えて励んだことまで証言したらしい。それらを語ることが「合意」の証明になるから、内柴ももう無実の証明のためなら恥も外聞もない。
 こうなると、「体位を色々替えることは合意なのか」なんてのまで論議の対象になりそうだ。すると、女のかたをもつ連中から、「強姦でも、体位をアレコレ替えることはあり得る」なんて意見も出て来るのだろう。
 でも女性上位で女が積極的に動いたら強姦ではないだろうけど。ほんと、もうどうでもいいや。



 事件が表ざたになったころ、去年の12月の『週刊ポスト』にこんな記事があったようだ。

九州看護福祉大学学長 内柴正人の「悪魔の性癖」語る

「まさかね、オリンピックで2度金メダルを獲ったアスリートがですよ。人間性がこれほど下劣なものだったとは、1万人に1人も想像できないでしょ。私が着任した時点ではそういう事実は確認できなかったんですから…」
そう語気を荒らげ憤るのは、九州看護福祉大学の二塚信学長だ。

 事件が起きてからこんなことを言うなら、コーチに起用する前にその「悪魔の性癖」とやらを調べろよ。女子学生ばかりの所に男のコーチを呼ぶんだ。預かっている娘達になにかあったらたいへんだろう。ほんのすこし調べれば「内柴は女癖が悪い。女子大生のコーチには向いてない」とわかったはずだ。 そもそもゴールドメダリストなんて、ただスポーツの一芸に秀でているだけで人格は関係ない。むしろ性慾は人並み以上で頭のわるい筋肉バカが多い。女の園にそんなのを抛りこんだ自分の責任を考えろ。

 なのにそこには触れず、ひたすら「ゴールドメダリストだから人格も立派だと思っていたのに、こんなことになってしまった。許せん」という路線でごまかそうとしている。「ゴールドメダリストだから人格も立派だと思っていた」自分の無知を恥じろ。
 9週間5吹くし大学(ATOKも変換したくないらしい。九州看護福祉大学)の学長は、なにを考えてこんな発言をしているのか。この言いかただと、おそらく「彼を起用したのは私の前任者です。私が雇ったわけではありません」という逃げなのだろう。ひどい教育者である。

※ 

 私が昨年12月11日に書いた前記の文章は、「鬼畜の内柴を石原都知事が擁護」し、さらには、その都知事のとんでもない内柴擁護を、全面支持している意見として興味を引いているらしい。

 都知事の発言の真意は、「罪が確定してもいないのに決めつけるのは早すぎないか」であり、それは、内柴のことを石原の落ち度にして責めようとしたアサヒシンブン的なものに対する反論だった。このとき絡んだ記者がアサヒかマイニチか共同通信か覚えていないが。

 都知事は内柴を罪人として断罪するのは時期尚早とした。私はその考えを支持した。
 都知事の意見は、極めて真っ当だが、そこにはそのことを自分への攻撃材料にしようとする赤新聞に対する牽制もあった。



 デヴィ夫人は、「あれは冤罪。内柴はむしろ被害者」という解釈だった。
 石原都知事は、「まだ裁判で罪が確定していないのに犯罪者扱いするのは早いだろう」であり、私が賛同したのも、この「まだ早いだろう」である。



 文中で内柴を「未成年者に酒を飲ませた時点で指導者失格」「限りなく真っ黒にちかい灰色」と書いているように、私は内柴を庇ってはいない。これは冤罪ではあるまい。実際に性行為はあったのだし、モラルとして許されない。しかし強姦か合意かは永遠に「薮の中」だ。

 しかし内柴も、訴えた女子学生も、これからも勝訴を目ざして闘いつづける。その先にあるものはなんなのだろう。

 私は、内柴の背景を調べることなく、安易に雇用した大学側の責任ももっと追及されるべきだと思う。石井慧を始め、内柴の女癖の悪さを指摘する柔道選手は多かった。それを金メダリストだからと、内柴の背景を調べることなく九州看護福祉大学は安易に雇った。兎小屋に虎を放ったようなものだ。肉食獣である虎が兔を喰ったのは自然だった。

 この聞いたことのない名前の地方大学が高い金を払って金メダリストをコーチに雇う必要があったのか。無名でもコーチに適した柔道家はいくらでもいたろう。 そしてまた色気の出て来る年齢の女子柔道部なのだから、年輩の、そういうトラブルが起きないような人選をするのが常識だ。若い内柴では生臭すぎる。人選ミスである。なのに前記したように、大学関係者は自分達の非を認めず、ひたすら内柴に怒りを表明することで責任を回避している。
 起こる可くして起こった事件と言える。

============================================

【追記】──日テレ「スッキリ」での勝谷の意見──11/5

 午前3時から作業して、息抜きにテレビをつけた7時半、みのもんた番組に安倍晋三自民党総裁が生出演していた。元気いっぱいにあれこれ発言しておもしろかった。それは別項に書く。

 それを見たあとの8時半、その愉しさが尾を引いたのか、いつもならすぐにテレビを消すのに、私には珍しくチャンネルを替えた。まだテレビが見たかったらしい。すると日テレが「内柴問題」を取りあげていた。見る。
 勝谷誠彦が出ていた。今日は月曜日。何年か前、たしか彼はこの時間帯の金曜日のコメンテーターだった記憶がある。それぐらい見ていない。替わったのか。



 レポーターが、事件の舞台となった八王子のビジネスホテルの見取り図を書き、「内柴が女子学生の部屋にいるとき、廊下を通ったひとたちが耳にした声」について解説していた。複数の証言だとか。

・AVのような声
・悲鳴のような声

 部屋から廊下に声が漏れてきて、複数のひとがそれを耳にしている。その証言はこのふたつに分かれるのだとか。
 それに対してMCが、「それが重要ですよね。AVのような声だったら合意になりますし、悲鳴だったら」と、当たり前すぎる意見を言って勝谷にコメントを求める。

 勝谷は「こんなことにコメントすること自体不愉快なんだけど」と、このくだらない事件に関わる自分を憂い、「AVのような声と悲鳴はもともと似ているわけで、ここで女子学生が『監督、やめてください』とか『助けて』と言っていれば話は終っていた」と続けた。

 まったくもってその通りで、ここでただひとこと「やめて」とか「いや」とか聞こえていたなら、この事件はとうの昔に解決していた。



 女子学生の肩を持つひとは、「泥酔して腰が抜けていたのだ」「強姦の恐怖に声が出なかったのだ」というかも知れない。しかし学生は訪ねてきたもうひとりの女のノックに反応してドアを開けている。泥酔とは言え正体不明状態で寝込んでいたのではないようだ。それに「強姦の恐怖」とはいえ、見知らぬ男達に襲われたのではない。いつも身近に接しているコーチであり、つい先程まで一緒に飲食し、カラオケにゆき、酔い潰れた自分を背負ってホテルまで連れてきた男だ。「恐怖で声も出なかった」とは思えない。いやなら「イヤ!」ぐらいは言えたろう。

 などと書いてゆくと「内柴擁護」になってしまうのでやめる。擁護したくない。
 ただ、この事件を「内柴の悪魔の性癖」とは思わない。そんな大仰なものではないだろう。勝谷と同じく、こんなことを書いている自分がなさけなくなってくるので、もう触れるのはやめる。

占領軍憲法は廃棄せよと石原都知事──そんなことしたらあきまへんと橋下大阪市長

 日本維新の会代表の橋下徹大阪市長は12日、石原慎太郎東京都知事が同日の記者会見で「占領軍が作った憲法は廃棄したらいい」と述べたことについて、「憲法を勝手に破棄するのは権力者が絶対に踏み越えてはならない一線だ。国民としては怖いし、絶対に許されない」と批判。「この部分では石原知事と合わない」と断言した。

 石原氏が新党結成に意欲をみせる中、かねて良好な関係にある橋下氏との憲法をめぐる主張の違いが如実に表れた形。
両氏は消費税増税や原発政策などをめぐっても見解の相違がある。

 ただ、橋下氏は「石原知事の政治家としてのキャリアや力は、日本にとって必要不可欠。しっかり話をさせていただきたい」とも述べ、石原氏側と維新との連携については「いろいろとお話をする中で…」と含みをもたせた。

産経新聞 10月13日(土)7時40分配信
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121013-00000502-san-pol

---------------

 いま昨日の都知事会見をビデオで見たところ。石原さんの会見は毎度気分がいい。
 ネチネチと食いつく日本のクオリティペーパー(笑)のアサヒシンブンを、木で鼻を括ったような対応で相手にせず、突き放すのは石原さんだけができること。なんとも痛快。 

 戦勝国が敗戦国に「二度とおれに逆らうなよ!」と押しつけた憲法もどきがアレ。「すいません、二度と逆らいません。殴られても殴りかえしません」と誓ったのが9条。廃棄して当然。「理不尽なことをやられたら、おれだってやりかえすぜ」と明言してこそ独立国の憲法。



 橋下徹も、ここにきて連続して醜態をさらしている。
 私は、これら一連の発言には、本音ではないものもあると推測している。維新の会の人気凋落に、一般受けしようと、「これ以上タカ派的発言はまずい」と日和っているのだ。だがそれは最もしてはならないこと。どんなに支持率が落ちようとも、筋の通った意見を言わねばならない。
 たしかに「当選しなけりゃただのひと」だから、大量に当選するためには戦略としてそれも必要かも知れないが、それじゃ当選したときに叩かれるし、次がない。

 歴史観の迷走は絶対にしてはならない。 
 血統が部落民であろうと実父がヤクザでガス自殺してようとキャバクラ場とスチュワーデスのコスプレセックスをやりまくっていようと気にしないが、そのブレだけは認めない。それは「けっこう毛だらけ」ではない。

チャンネル桜の安倍新総裁を祝う映像──慎太郎さんはあのバカ息子がかわいいのか!?


チャンネル桜の15分ほどの映像。中身が濃く、安倍晋三支持者には楽しい内容。

新内閣で、稲田朋美を大臣にしてくれないかなあ。
女嫌いの私が「日本初の女性総理」として期待するのはことひとだけだ。

石原都知事の発言も出て来る。



ところで、慎太郎さんは本気であのバカ息子を応援していたのだろうか。
いまだに無能なバカ息子と気づいていないのだろうか。

となると、さすがの慎太郎さんも親バカで、目が曇っていると言いたくなる。
慎太郎支持者は山といるけど、あの息子に総理をと思っている国民はいないと思うよ。 

けもののケンカ──柔道とJUDO──美学か、目先のメダルか!?

●日本柔道のありかた

 東京都の石原慎太郎知事(79)は3日の定例会見で、ロンドン五輪で柔道勢の苦戦が続いていることについて「西洋人の柔道ってのは、けだもののけんかみたい。(国際化され)柔道の醍醐(だいご)味ってどっかに行っちゃったね」と話した。「ブラジルでは、のり巻きにチョコレート入れて食うってんだけど、これはすしとは言わない。柔道もそうなっちゃった」と述べた。
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20120803-OHT1T00324.htm

---------------

 金曜日にMXの定例会見を見たときから書こうと思っていたのに遅れてしまった。

 けっきょく、ひと言で言えば、「柔道」と「Judo」は別物なのだ。そのことに関しては私は自分のサイトに意見を書いた。
いくらなんでもひどい判定」という2007年9月14日の文章。世界柔道大会のもの。

 私はここで、テレビの解説をしていた篠原の「こんなことをしていては柔道はもう終りですよ」に同意しているのだが、そのあとの古賀の意見にもまた共鳴している。

 篠原は「こんな柔道はダメ」と、そのひどい判定に呆れた。柔道の美学と道を重視した意見。
 対して古賀は、「世界がやっている柔道がこれなのだから、これに合わせなければ勝てない」と言ったのだ。いわば勝負重視。

 篠原の言うように「柔道」はこんなヘンナモノになってはならない。石原都知事の言う「けもののケンカ」だ。
 しかし世界の、フランスやキューバやシナやロシアが活躍する「JUDO」がそういうものであり、それに勝ってメダルを取ることが至上命令なら、それに合わせるのもまた「方法」になる。



 ここにきて「外国人指導者を導入しろ」という意見まで出ている。とんでもない意見だが、でもJUDOがああいうものであり、そこでメダルを取ることを目的にするのなら、JUDOの勝ちかたに秀でた外国人にその方法を教えてもらおうというのは、それはそれで理に適った方法になる。

 しかしそれをするのは、「シドー(指導)」やらなんならの細かいポイントを稼いで逃げきったり、投げられて完全にイッポンを取られた形なのにしつこくしがみつき、最後の最後のしりもちで逆転勝ちする試合をすることだから、完全に「美しい日本の柔道」は死ぬ。

 日本という島国独自の美学に支えられた「柔道」が、世界に拡がり「JUDO」になったとき、こうなることは必然だったのだろう。

 毎度書くが、道路に荷物を放置して買い物をしても、その荷物がなくならないのが日本なら、抱えている荷物を引ったくろうとするのが世界である。
 あの大震災のときに、あのような状況でもきちんと列を護る日本人に、世界がいかにおどろいたかは想像に難くない。それは感動とはまた違う。「奇妙なものを見る感覚」だったろう。それぐらい日本の常識は世界と違っている。

 日本の柔道の美学にこだわり、結果「ガラパゴス柔道」となってしまい、金メダルを取れなくなったのは、よくもわるくも「島国根性」になる。



 さて、今後どうなるのだろう。
 日本をあいする私は、オリンピックや世界大会でメダルなんか取れなくてもいいから、今まで通りの美しい日本の「柔道」を続けていって欲しいと願う。美学優先だ。
 
 しかしすべては「金」である。金メダルの「きん」ではなく「かね」のほう。
 柔道は他競技と比して比較的裕福な競技と言われている。潤沢な援助金があるのだ。それで外国に修業に出したり、世界大会に派遣したりしている。
 それもこれも柔道が国技であり「本家」であり、「強い」から出ている金だ。勝てなくなったら、金メダルと無縁になったら、いきなり萎んでゆくだろう。

 となると、存続するために日本柔道界もなりふりかまっていられない。外国人指導者はともかく、日本人指導者でも、「勝つためにはあれをするしかない」と言っているのはいる。あのみっともない「JUDO」路線に走るのか。

 ガラパゴスでいても、JUDOに路線変更しても、いずれにしてもせつない結論になる。

都知事会見──「橋下徹への文春新潮のネガティブキャンペーンは関電の仕掛け」

今日の都知事会見で、石原都知事は「仄聞ですが」と断った後、

橋下さんへの文春新潮のネガティブキャンペーンは、関電が仕掛けたもの」と発言した。

 だれもがそうだろうと思っているが、酒場での噂話ならともかく、公には口に出来ないことだった。橋下憎しの関電と労組が橋下つぶしのために仕掛けたと、わかってはいても……。
 公人が公開記者会見で発言したことは重い意味を持つ。口にしてくれた都知事に感謝したい。
 文春も新潮も、都知事に定例記者会見でそこまで言われたのだ。反論せねばなるまい。「関電だけではなく、東電からも連絡がありまして」「金だけじゃないですよ、あんなのが人気者なのが気に入らなかったんです」「おれたちが本気になれば、あんなヤツ、すぐに消してやると思いましたよ」etc。

 このことに対し、日本国民はどこに怒りを向けるべきだろう。
 そこまでやるライフラインを独占している電力会社ののぼせあがりもたまらんが、私は金で転んだ文春新潮に幻滅する。
 片方が批判なら、もう一方は擁護でバランスが取れるのに、二大週刊誌が手を携えて「父親はヤクザで、部落民出身で」と大騒ぎした。
 文春新潮の記者に、「私はこんなことには関わりたくない。こんな記事は書けない」と拒んだひとはいなかったのだろうか。

 そこには、過日書いたように、マスコミ人としての「あんなものはおれたちの筆でなんとでもなる」という驕りもあったろう。文春新潮の聯合軍である。最強だ。



 ともあれ結果は、橋下徹の勝ちとなり、関電と文春新潮は己の醜悪さと対峙して脂汗を流す結果となった。
 あのネガティブキャンペーンをものともせず橋下を支持した大阪市民の心意気はおおいに讃えられる。

 とはいえ、あまりにマイナス要素の多い混沌とした大阪に、本格的にメスを入れていったら、大阪人は橋下徹を拒むのではないか。文春新潮聯合軍でもつぶせなかった橋下でも、大阪人ならつぶせる。
 大阪人の良識に期待したい。

期待する政治家3位に前原???──産經・FNN世論調査

全文は http://news.livedoor.com/article/detail/6581658/を読んでもらうとして。

評価する政治家が、ベストの順で、橋下徹、石原慎太郎、前原誠司。

評価の低かったのが、ワーストの1.2.3の順に、鳩山、菅、小沢。 

前原ってそんなに人気があるのか。わからん。

アメリカでの石原慎太郎講演──必聴の1時間21分──日本人の誇りを語る

ishihara

アメリカでの石原慎太郎講演。1時間21分。必聴。



 トインビーが日本の近代化を「奇蹟」と言ったことに対し、江戸時代の日本が、ロンドンやパリと比していかに進んでいたか、上水道の完備、算学者関孝和が微分積分に白人より100年も先に取り組んでいたこと、全国に1万もの寺子屋があり、識字率が世界一だったこと等を語り、トインビーなるゴミは日本を誉めたつもりかも知れないがただの無智であって、失礼だと言うくだりなど、壮快感にふるえる。

ノーベル賞をインチキと言ったり(笑)、中国とは岡山や広島のあたりのことで、世界中がチャイナ、シーナ、シーノなどと呼ぶChinaを、なぜ日本がシナと呼ぶといやがるのか。なにゆえ中国と呼ばねばならないのかと主張し、アメリカ進駐軍が四、五日で作ったとんでもないものをいまだに「憲法」としている自国を嘆く。

四国に三本も橋を架けることは無意味で赤字になると当時の福田総理に進言したとか、アメリカ人が聞いていて楽しいのかどうか知らないが、こちらにはたまらない。

聴衆には日本人もいたんだろうなあ、日本人でないと笑えない部分に、しっかり笑いが起きていたから。
胸のすく1時間21分です。落ち目の日本で自信をなくしているかたは、ぜひご視聴を。
日本人であること、日本という国に誇りを持てます。

尖閣諸島の地権者が売却を決意するまでの流れ──「中国漁船衝突事件」で民主党政権に不安

尖閣諸島購入構想は昨年9月以降、水面下で石原慎太郎知事と地権者の男性(69)との間で進められてきた。

男性は平成22年9月の中国漁船衝突事件で、民主党政権の対応に不満や不安を覚えたという。
「国を守るために所有し続けてきたが、個人で守っていくのは限界がある」

男性は石原知事の渡米直前に「石原さんにならば(売却してもよい)」などと最終的な意思を固めた。

産經新聞 2012.4.17.22:58


---------------

地権者と都知事を仲介したのは3頭アキ子──ひどいなATOK、Google日本語入力に切り替える──山東昭子(おお、一発だ!)なのだとか。「さんとう」が3頭と出たのは競馬文章を書いているからか。「あきこ」がアキ子は和田アキ子と書くからか(笑)。いや、おれ、「アキ子」を和田アキ子のために辞書登録したのだったか。

山東昭子は自民党の参院議員。地権者と同じ69歳。今じゃ知っているひともすくないだろうが、「タイムショック」で優勝して「クイズの女王」と呼ばれ、タレント議員になった。

タイムショックの司会を田宮二郎(後に自殺)がやっていたころ。 のちのちデヴィ夫人が、田宮との男女の仲を得意げに語っているのを見たときは、うんざりしたものだ。



山東昭子は美人だけどキツい顔なので、いわば「ヒロインをいじめる役」ばかり。この当時は小姑役が多かった。今で言うと小沢真珠みたいなタイプか。

決してヒロインにはなれないひとだったから、国会議員への転身は大成功だったろう。声をかけたのは田中角栄だとか。あのころか。忘れた。 覚えているのは、「こんなのが国会議員になっちゃダメだろ」との怒り。NHKアナだった宮田輝とか。



そういや慎太郎さんが史上最大の得票で初当選した時、私は高校生で選挙権はなかったが、「なんで作家が議員になるんだ!」と憤慨した。アサヒシンブンを隅から隅まで読んでいた時期。心情サヨク。

選挙権を得たばかりの姉は、裕次郎の兄であるハンサムな慎太郎さんに、ミーハー気分で一票投じてはしゃいでいた。よく覚えている。私は姉を激しい軽蔑の目で見た。新聞はテレビ欄だけの人だった。

その姉はやがて「アサヒシンブンを神様のように崇拝する教員の家」に嫁ぎ、亭主の影響で慎太郎さんを毛嫌いするようになる。時を経て私は、アサヒシンブンと決別し、慎太郎さん大好きになる。

と書いて、あらためて「アサヒシンブンの呪縛」の中にいた自分に気づく。オセロ中島なんかも同じ。こころの弱い人間は、なにか信奉できるものを探してしまう。頼ってしまう。その代表が九条。あれに縋ってアイデンティティを保っているのがいっぱいいる。大江健三郎から沢田研二まで(笑)。 そこからの独り立ちはたいへんだ。オセロ中島はいたるところにいる。



山東昭子を初めて評価する日になった。 初当選の年は1974年だというから、38年ぶりに初めて認めたことになる(笑)。 ま、山東さんがこれで「おんなをあげた」のは確か。ご尽力に感謝。



当初は国民運動として募金を集める案もあったが、最終的に都が購入する案が浮上。

これもやって欲しかった。ひとり千円、二千円でも、ずいぶんな金額になったろう。参加したかった。
アサヒやマイニチの狂ったような「中国様が、中国様が御気分を損ねる」が不快。どこの新聞なんだ。



藤村修官房長官は17日午後の記者会見で、必要な場合は国による購入もあり得るとの認識を示した。
尖閣をめぐり及び腰だった民主党政権が、石原氏の構想に揺さぶられていることの証しといえる。

「公有地であれば外国資本の手が及びにくい」 尖閣の民有地も相続などをきっかけにブローカーなどが仲介し、土地が中国資本の手に渡る危険性はゼロとはいえない。公有地にすれば、その危険性は減る。

都に所有権が移れば、民間人と賃貸借契約を結んだ政府の「上陸禁止」も効力を失う。都が買い取り、石垣市との共同所有を認めれば、尖閣への上陸は相次ぐことが想定される。

産経新聞 2012.4.17 21:18


藤村官房長官は、午前中の会見では、「そんなことしらん。関係ない」としていたが、午後になって「国による購入もありうる」と態度を変えた。

だ・か・ら、おまえらには売らないんだって(笑)。おまえらを信じられないから、東京都への売却を考えたんだよ!


石垣市長は、「大賛成です」との意見を表明していた。これは、なんだっけ、「ミヤネ屋」での電話出演かな。ミヤネが「賛成ということでいいのですね」と確認を問うとはっきり明言していた。

昨日は一日中ニュースを追う日になった。なのに一番時間を割かれていたのは「シズちゃんの脳みそ」だった。どうなっているんだこの国は。シズちゃんが浅田真央的国宝級のアスリートならわかるけど、今度のシナでの闘いでベスト8に入ったらオリンピックに出られる、とかいう程度の芸能話題。伝えるべき重要なことは他にいくらでもあるだろう。

いま、日本の領土なのに、日本人が行きたくても行けない状態になっている。
「初上陸」の日が楽しみだ。

============================================

都知事発言に波紋──TBSニュース

今回の石原知事の発言に対して中国市民の多くは批判的で、厳しい意見が目立ちます。

「憎らしすぎる。魚釣島は私たちのもの。行き過ぎている。けんかするなら早くやってほしい」(北京市民)

「(日本との)外交関係を絶てばいい。外交関係を絶つのが一番の解決法だ」(北京市民)


そうだねえ、国交断絶が一番だ。 おまえら以上にこっちもそれを望んでるよ。

今回の唐突ともいえる発言、外交上、どのような影響を及ぼすのでしょうか。  
「この分野は基本的に外交分野。軍事の分野は国(の担当)。何が起こるかというと、軍事的、あるいは外交的なあつれきが出てくる。これに対し石原知事、東京都は何ら対抗手段がとれない、対応策がとれない。それにもかかわらず、そこである種の政治的な行動をとって、石原さんがプラスになるようなことをするのはやめるべき」(元外務省国際情報局長・孫崎享氏)


日本固有の領土なんだから「外交上の影響」なんてことを気にする必要はない。さすがマイニチシンブン系列のTBSだけあって、コメントを引用するのもシナ寄りのヤツだな。元外務省か。



追記──7:37 

アップしたのが午前4時、いまKey Hole TVをつけて「みのもんた」を見たら、上記の「TBSニュース」そのまんま。シナの顔色の話ばかり。「中国様がご気分を害するようなことはしてはならない」という論調。不快になってすぐに消した。どこの国のテレビ局なんだ、いったい。この国のマスコミはおかしい。くるっている。

新聞だとまだ耐えられるが、テレビで、司会者からコメンテーターまでが一斉にそれを始めると、さすがに我慢が出来ない。消すしかない。いやはやひどい。このあとの8時からの番組もみな同じ論調で「中国様が、中国様が」とやるのだろう。見ない。見られない。

自分達の領土だと主張し、自分達は正しいのだと国民にアピールするシナや朝鮮のマスコミが羨ましくなる。
いやシナや朝鮮に限らず、世界中どこの国でもそうしている。それが国であり、その国のマスコミだ。

殴られても殴りかえしません、何をされても抵抗しませんという気違い染みた憲法もどきを信奉しているだけあって、この国のマスコミだけが唯一くるっている。

尖閣諸島購入を宣言した石原都知事に対する「マイニチシンブン」の意見

尖閣諸島購入を宣言した石原都知事に対する「マイニチシンブン」の意見。

タイトルは 、尖閣諸島:石原知事発言…識者「中国を利する発言」
元記事はこちら



佐藤優
 
・『石原新党』が白紙に戻った中、領土問題で強硬姿勢に訴えれば、お金を使わず国民人気を保ち続けることができる。

・今回の発言で中国との間に深刻な外交問題が生じれば『領土問題』になり、中国はしめたと思う。

 やくみつる
 
・石原氏は今までいろいろ公約を掲げてきたが、何も実現していない。

・日本の中国外交に国民の不満が高まっているので、石原氏のこうした発言には期待が集まりやすい。
 
・日本国内は震災からの復興など他の懸案を多く抱えており世論が沸騰することはない



識者って佐藤優とやくみつるか(笑)。 

言うまでもないことだが、最初から記事を書く側に自分の考えがあり、それと一致した都合のいいモノを「識者のコメント」として載せる。識者のコメントを集めて、そこから意見をまとめるのではない。最初に結論ありきだ。いかにもマイニチらしい記事。

この種のコメントって、私なんかでも1万円もらえたから、こんな有名人はもっとなんだろうな。いい稼ぎになる。こういう「識者の意見」での記事作りが得意なのは日刊ゲンダイ(笑)。あそこで毎日政府の悪口をコメントしている大学教授だとか評論家なんてのを見ると、「楽して稼げていいなあ」と思ったものだった。

佐藤ややくのコメントなど載せずに自分達だけで作れよ。
「私たちマイニチシンブンは、中国様の機嫌を損ねるから、東京都が尖閣諸島を購入するのは反対です」と書けばすむことだ。

でもあくまでも「私たちは公明正大、不偏不党です。こういう意見もあるという紹介です」というポーズを取りたいのだろう。

尖閣諸島購入を宣言した石原都知事に対する<きっこさん>の意見

尖閣諸島購入を宣言した石原都知事に対して、高名なブロガーである<きっこさん>のTweet。

石原都知事の尖閣諸島購入発言、「国がやらないから俺がやる」ってことなら何も文句はないけど「国がやらないから東京都がやる」ってのはどうなのかな?都民の税金は国のためじゃなくて都のために使うのが筋だと思うんだけど。


うんうん、そうだねえ、ほんとだねえ。わかるわかる。東京のことを気にしてくれてるんだ。ありがたいなあ。

でも、危険な東京から安全な西日本に疎開してるんだから、そんなに東京のことに口をださなくていいから。西日本の生活を楽しんでね。

東京は放射能で滅びるんでしょ? 「都民の税金」て、あなたはもう都民じゃないし税金も納めてないでしょ。 東京とは無関係のクソ田舎もんじゃないの。

以前からの宣言通り、早く南半球に逃げだした方がいいですよ。
沖縄へはいつ行くの、バンド活動は? 言うだけ番長?

そういや、都知事と弟の裕次郎の嫁さんに関して、とんでもないデマを流したことがありましたね。
「一日も早く死ねばいいと願っている」と書いたこともありましたね。
「ケツの穴になんか突っこんでヒイヒイ言わせる」と書いたこともありましたね。大根だかスリコギだか忘れましたけど。
「筋」以前の問題ですね。

東京を捨てたひとは東京のことに口を出さないでください。

東京都が尖閣諸島を購入!──ありがとう、都知事!

「尖閣を年内に購入」と石原知事 地権者と交渉

【ワシントン共同】訪米中の石原慎太郎東京都知事は16日、ワシントンで講演し、東京都が沖縄県・尖閣諸島を購入するため、同諸島を個人所有する地権者と交渉していることを明らかにした。今年中の取得を目指すとしている。

 購入目的について、中国が領有権を主張していることを念頭に「どこの国が嫌がろうと、日本人が日本の国土を守るため」だと強調した。
 石原氏は講演後の記者会見で、購入する範囲は「恐らく諸島全体となる」と言明。地権者とは「基本的に合意している。代理人同士が交渉している」と述べた。

http://www.47news.jp/CN/201204/CN2012041701001033.html

---------------

 やってくれるなあ、石原さん。ありがたい。うれしい。 
「尖閣諸島は東京都が護ります!」と言いきってくれた。 

 PCの隅っこで流していたKey Hole TVで知り、急いでテレビを点ける。

 私の見たのはテレ朝。
「これは、たいへんなことになりますね。中国が黙っていませんよ」
 何を言っているんだ。その前に「尖閣諸島は領土問題ではありません」と言っておきながら。

 領土問題は存在しないのになぜ最初にそんな心配をする。しかもそこにはMCからゲストコメンテーターからみな「なんてことをしてくれるんだ」というニュアンスがあった。心配と言うよりシナに対する気配りか。

 フジテレビを見たひとが同じようなことを言っていた。私は見ていないけれど、もっとひどかったらしい。
 礼讃よりも心配なのだろう。事勿れ主義で、あちらにこびへつらっているマスコミだから。



 土地所有者は、埼玉にお住まいなんだっけ。
「民主党政権には売りたくない」と言ったという話も伝えきく。
 その辺はこれから明らかになるだろう。あの場で石原都知事が口にしたのだから、水面下での交渉はしっかり確定しているはずだ。どんな爆弾発言をするのかと思っていたら、この話だった。

 西村眞悟さんがカメラマンの不肖宮嶋らと一緒に魚釣島に行ったのって何年だったか。調べる。1997年か。もう15年になる。写真入りの報道を見たのは『SAPIO』だった。あれ以来の大きな一歩になった。

---------------

【追記】

 しかし……。
 いろんなひとの意見を読んでいて思った。
「石原の後に美濃部みたいなのがなったら、中国に売っちゃうよ」

 なるほど、後継都知事の問題がある。巨大な民主党政権が誕生したみたいに、風の吹きようによって何が起きるかわからない。
 都民の感覚はまともだ。東京都民は、今の日本国民が民主党を撰び、とんでもないことになったのと同じ事を、美濃部で経験している。一足早いお灸だった。それがあるから、もうあんなことは起きないと思うが、何が起きるかはわからない。(もういちど青島で失敗しているか……。)

 するとやはり国が所有するのがいいのか。所有者が政府を信じず、頑なに売ることを拒んできた感覚が分かる。今は国が金を払って借りている状態だ。
 それでもこのまま個人のままであるよりはもう周囲の水域の地下資源に絡む話だから、国が所有すべきなのだろう。それを所有者は拒んでいた。でも東京となら、というか前々から交流のあった石原都政ならいいか、と思ったようだ。
 間違いなく良い意味での進展のはずだが、次の都知事を考えらたら手放しでは歓べないのか。美濃部の悪夢もあるし。

 シナに媚びる連中がどんな反応を示すか、見ものだ。
 いや、へどの出るような意見ばかりだろうから見ないけれど。

 かつてのカツヲ節工場の実績から、こういう地権者の存在まで、あるゆる点で日本の地であることが確認されているのに、利権が絡むと、いきなり取ろうとするシナってのの、「何でも欲しい病」も、困ったものだ。

天皇陛下の御心──産經新聞、石原慎太郎「日本よ」より

産經新聞の石原都知事の連載「日本よ」。4月2日。
「天皇陛下の勇気」

一足早く被災地を見てきた都知事は、
天皇陛下に建言する。

足立区の東京武道館に避難していた福島県民を、
天皇陛下がお見舞いしたときの控室での話。

以下抜粋。



 すでにかつて他の病での手術を受けておられる陛下にはとても無理としても、若く元気なご子息の両殿下を名代として出来るだけ早く現地の見舞いに差し向けられてはいかがと僭越にも建言させていただいた。

 その間皇后陛下は一々頷いて私の言葉を聞いておられたが、陛下はなぜかただ黙ったまま表情も見せずに聞いておられた。

 やがて時が来てお立ちとなり、先行して部屋を出てお見送りのために玄関口に立っていた私の所へ何故か突然陛下がつかつかと歩み寄られ、小声で、しかしはっきりと、「東北へは私が自分でいきます」といわれたものだった。
 私は唖然たる思いでそれを聞き取り、立ち去られる陛下を見送っていた。



 ヘリコプター移動による肉体的にもきつい訪問を、まさか御高齢の陛下ご自身がされるとは都知事も思っていない。だからせめて息子の両殿下に、それをしていただけたらと建言する。

 陛下はすでにそのときもう決めておられたのだ。都知事のことばに肯んぜない。

 お立ちの時、都知事のもとに歩みより、ご意志を口にされる。

「東北へは私が行きます」

 天皇陛下を戴く国にいるよろこびに涙が出た。日本は支那や朝鮮とはちがう。

 全文はこちら

続続《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》──デヴィ夫人の意見─賛成して削除された開業医のブログ文章

 いま10:16。前記「開業医ブログ」の記事が削除されたことを確認しました。今朝の7時、8時にはありましたから、消されてすぐですね。私の前文のリンクをクリックすると、白紙のページが出て来ます。批判のコメントが寄せられることに脅えたのでしょう。でも私が見た時点で9件であり、長文のきちんとしたものが6件、くだらない汚いことばのものが3件でした。さほど脅えるほどのものとも思えませんでしたが……。
 そういう商売をしていて、デヴィ夫人の意見に賛成したりしたら、そうなるのは目に見えていたことでした。このひとはネットの怖さを知らなかったのでしょう。これはこれで勉強です。あまりに当然すぎる結末と言えます。

---------------

 いま16:13。
 今朝書きこんだときは、この開業医をブログ初心者と思っていたのですが、昼の書きこみを見てヴェテランだと知ります。

 昼休みに「炎上?」と題して、今回の件に関する感想が書きこまれました。

 私はこの開業医のかたの意見に賛成です。でもデヴィ夫人の文章の全文引用は安易でした。この今日書かれた文章でもデヴィ夫人を「デ○ィ夫人」と一文字だけ伏せています。このことに何の意味があるでしょう。こういう姿勢は、攻撃するひとを益々攻撃的にさせるだけです。お医者さんとしてはかなり無神経と言えるでしょう。いや、医者って無神経なのかな? そういえば、私もネット関係で医者から見当違いの抗議を受けたことがありました。それがもうほんとにバカとしか言いようのない見当違いでした。そのいきさつはこのブログにも書きました。「名札をぶらさげたおとな

 この開業医は、引用の責任を取り、デヴィ夫人とそのままで書くか、あるいは完全に伏せるべきであり、一文字だけの伏せ字は、いわゆる「コバカにしている」になります。なんかこのひとの感覚がわかりません。



 また、ひとにはいろんな意見があるのだから大目に見て欲しいと書きつつ、そのあとに「私もあんまり書き込まれたコメントよく読んでません」と書いています。これもひどいです。私は第三者ながらこのブログに書きこまれた9件の批判コメントを叮嚀に読みました。内柴容疑者を断罪するのはまだ早いと発言した石原都知事を支持するとブログに書いたので、内柴容疑者を擁護したデヴィ夫人を肯定するひとのブログに寄せられた批判も読むべきと判断したからです。セカンドレイプということばが乱発されての開業医批判の文章は、あまりに攻撃的で愉快な文章ではありませんでした。でもみなきちんと読みました。

 なのにこの開業医は、自分のブログに寄せられた批判コメントを「よく読んでません」と言い、自分の文も、それらのコメントもみな削除してしまった(読めないようにしてしまった)のですね。あまりにやっていることが雑です。こういうひとが名医とは思えません。批判コメントには「こういう医者にはかかりたくない」というのもあり、そのときは「なにもそこまで」と思いましたが、今は私もそういう気分です。

 リンクした「炎上?」という文章にこういう箇所があります。

サービス業なんて言われる医療業界。

職員にも

「患者さんを不快にさせたら、こっちが正しいと思っていても、不快にさせたことに対しては陳謝しなさい。」

と教育しています。(中略)

医者なのに…っていう的を得ていない書き込みもありましたが、医者も人間です。


 医者も人間であり誤診や手術の失敗もあるでしょう。大事なのはそのあとの処置であり姿勢です。文章もコメントもいきなり削除して、その後のこの文章を読んでいると、どうにもこの開業医の姿勢には納得できません。その文章を削除したら、関係ない他のところにコメントが書きこまれたとかで、投稿できないように設定を変えていました。なんだか支持したことが(いやかってにしたんですけどね)恥ずかしくなってきました。あまりにベタなので触れたくないですが、「的を得ていない」は意味不明の誤字ですね。「当を得る・的を射る」です。このことからもあまり頭のいい医者ではないとわかります。

 上記引用のように「こっちが正しいと思っていても、不快にさせたことに対しては陳謝しなさい」と本当に思っているのなら、「みなさんから寄せられた貴重なコメントをよく読んでみました。そして思ったのですが」と書けばいいでしょう。なんで「私もあんまり書き込まれたコメントよく読んでません」と正直に書くのか(笑)。おそらくこのひとが指導している職員が陳謝しても謝られた相手は納得していないでしょう。それが形式的な陳謝であり内心では「こっちが正しい」と思っているのが見えるからです。杜撰だなあ。書けば書くほどボロが出る、というパターン。医者ってのは知れば知るほどがっかりする。

 あまりに安易な姿勢からブログ初心者かと思ったら、文から推測するに十年以上やっているヴェテランです。  十年前にも炎上したとの文があります。鹿児島の田舎の医者ブログなのでさほど批判されずにすんできたのでしょう。



 削除された元文を保存しているので掲載するのは簡単ですが、じつのところ中身はありません。デヴィ夫人の文章の全文引用に、冒頭にほんのすこし、末尾にほんのすこしを附け足しただけで何も書いてないのと同意です。

冒頭にあった文。

特に普段は芸能人のブログを眺めることはしないんですが・・・

ニュース関連でデヴィ夫人のブログにたどり着いたらナイスなコメントが!

http://ameblo.jp/dewisukarno/

そこで12月7日の内容です。

タイトルは

「内柴選手を なぜ 逮捕する?  私は 彼の味方をする! 」

***以下は全文です。***


この後デヴィ夫人の全文が引用され、そのあとに以下の文が書き足されます。

さすがデヴィ夫人!

男の私が書けない視点から

女性が書くから重みがあるコメント!


 まあ、デヴィ夫人の文章を全文引用しただけで、なにも書いてないのと同じなのですが、たったこれだけで「炎上」するのだから、ネット世界は怖いです。というか異常です。デヴィ夫人の意見に反発するひとが駆けつけたのでしょう。でもたった9件だったんですけどね。



 いまデヴィ夫人のブログを覗いたのですが、問題となった文が見えません。削除したのでしょうか? でもこれは社会的に話題になったものですから、限りなくコピーがあるでしょう。私も持っています。

代わりに読者からの意見が特集されていました。それは12月7日12月8日の項目にあります。

 これはこれで意義のある応答だと思います。



 昨今、痴漢冤罪が多発しています。私などこわくて満員電車に乗れないほどです。若くて美しい女性にさえないおっさんが痴漢よと騒がれたらまず終りです。

 内柴容疑者の女癖が悪かったのは事実のようです。おそらく「合意の上」で関係を持った女は複数いたのでしょう。それは妻子ある指導者として人倫から外れています。でも今回の件が「準強姦罪」に該当するのかどうかはまだ籔の中ですし、非難は抑えるべきでしょう。

 この開業医の文章水準の低さには失望しましたが、デヴィ夫人のような意見を言ってくれるひとの存在は貴重だという意見に変りはありません。

============================================

 いま22:13。

 上記の「炎上?」という文章が削除されたようです。さらに調べると、ブログそのものを削除か停止したようですね。存在しなくなっています。医院の案内も外観の写真等を削除して住所と電話番号だけになっています。そんなにたいへんなことになったのでしょうか。
 9件のコメントの中には、「レイプを容認するということは、あんたの奥さんがレイプされても文句はないということだな」なんて脅しも入っていました。いやな時代です。でもそれもまたお気楽にこどもの写真をアップしたりする姿勢が原因とも言えそうです。

続《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》──デヴィ夫人の意見──賛同する開業医のブログ

 内柴容疑者を擁護した意見としてはデヴィ夫人がいちばん有名か。

 この意見を全文引用して、「ナイスなコメント。さすがはデヴィ夫人」とやった開業医がいた。
 そのひとのブログはここ。デヴィ夫人のブログにもリンクを張ろうと思ったが、上のブログが全文引用なので省略。

 このブログには9つの反対意見が寄せられている。賛成はひとつもない。
 2ちゃんねるの「芸スポ速報」板に《【柔道】石原都知事、内柴容疑者の表彰取り消しについて「もし無罪だったらどうするんだ」「一種の人権侵害」》というスレがある。ほとんどが石原都知事の発言を否定するものだ。中には「石原の意見は正論」のようなものも散見されるが大半は石原都知事の悪口である。

 そこにこの開業医のブログが取りあげられ批判されている。私はそれで知った。開業医は医院の場所や愛妻、幼い娘の動画などもアップしていて、それらもみなリンクで晒されていた。まだ平穏のようだが、今後いわゆる炎上から削除となる可能性もあろう。



 なんとも、もの言えば唇寒しの感だ。事実が解明されていないのだから、こういう意見もあってしかりだ。何故こうも直截的に否定に行くのだろう。まあブログという形で、この開業医も自分の意見を世間に問うているわけだから当然と言えば当然なのだが、幼い娘の動画をアップしたり、あまりに無防備なのではないか。

 さいわい私のこのブログは平穏なままだ。それはこの開業医がデヴィ夫人の「女の側に問題があったのではないか。私は内柴選手を信じる」という意見を全面的に支持しているのに対し、私の意見は、内柴容疑者を支持したのではなく、内柴容疑者の断罪をするのはまだ時期尚早とした「石原都知事の姿勢を支持」だからであろう。

 開業医ブログには、「レイプというものがいかにひどいものであるか、あなたはその実態を知っているのか」というような意見が寄せられている。テーマは強姦であり、それを犯した男をおまえは擁護するのか、になっている。
同じように、もしも私のところに反対意見が来るとしたら、それは「おまえは石原都政をどう思うのだ」というようなものになるだろう。開業医ブログと私のブログでは、そもそものテーマが異なっている。



 デヴィ夫人の意見をまとめると、「女の側にも油断、問題があったのではないか」になる。
 これも一理ある。未成年者に酒を飲ました時点で内柴は指導者として問題になるわけだが、しかしそれは二人きりの場で、酒を飲めない人間に無理矢理飲ませたのではない。7人での会食だった。すくなくともその女は、飲めません飲めませんと拒んだのに、無理矢理顔を抑えつけられ、口を開けさせられて、酒を流しこまれたのではない。そのあとみんなでカラオケに行くのだから、自分の意思で酒を飲み、そこまではまともだったのだろう。

 デヴィ夫人の意見は多くの場で非難されているが、私はこういうことを言ってくれる彼女の存在は貴重だと思う。みんなが右というときに、ほんとに右でいいのかというひねくれ意見はそれなりに大切なのだ。

 今回「準強姦容疑」が問題になっているわけだが、一般にこれが適用されるのは、相手の知らないあいだに睡眠薬を飲ませて眠らせ、その間に……というパターンだろう。おそらく被害者となった娘は、18だというから、酒の飲み方もまだ知らず、弱く、酔ってしまい、送っていった(飲み潰れていたので背負っていった)内柴容疑者が送り狼になった、ということのようだ。そこで娘は必死に抵抗したが、酔っていて躰が動かず、というのが女側の言い分であり、「合意の上」とするのが内柴容疑者の言い分になる。それはもう本当に当事者でなければわからない世界になる。酩酊状態で必死に抵抗する娘を内柴容疑者が力尽くで抑えこんだのか、抱きついた内柴容疑者に娘の方も抱きついてきたのか。



 ということで思い出したことがあり、続きを書きたいのだが、時間がない。あとでまた書き足す。

《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》を支持する──橋下当選YouTube報道の力

「逮捕されたといっても、これから裁判があり、無罪になるか有罪になるか分からない。表彰を取り下げるというのはフライングじゃないですか。もし無罪だったらどうするんだ」

準強姦容疑で逮捕、送検された柔道の五輪金メダリスト内柴正人容疑者。
熊本県が県民栄誉賞を取り消したほか、中川正春文部科学相もスポーツ功労者顕彰の取り消しを含めて検討を口にするなか、石原慎太郎知事はこんな見解を語った。
内柴容疑者には平成16年と20年に都栄誉賞が贈呈されている。

「都栄誉賞については」と尋ねる記者に、開口一番「なんだっていうんだ」と応じた石原知事。
「あなたがたがたきつけている。メディアは喜ぶかもしれないが、法治国家なんだから。一種の人権侵害じゃないですか」といさめた。


http://sankei.jp.msn.com/region/news/111210/tky11121018140002-n1.htm

---------------

 内柴容疑者は、未成年の教え子に酒を飲ませた時点で指導者として失格になる。今後の焦点は彼の主張している「合意」の判断だが、妻帯者でありながらそういう「行為」があったことは認めており、この点からも道徳的に擁護はしがたい。

 ここにきて以前からの彼の女癖の悪さが連続的に報じられている。内柴は金メダリスト・石井慧の柔道に対する姿勢を前々から厳しく批判してきた。石井の側からすればオリンピック時に、同室の自分を追いだして女を部屋に連れこんだ非常識な内柴に言いたいことは山とあろう。彼の女癖の悪さは事実のようだ。

 また、窃盗と暴行で実兄が服役中であること。幼い頃に父母が離婚し、兄は母に、内柴は父に引き取られたこと。そのため、母方の姓を名乗っている兄と、父方の姓である内柴では苗字がちがうこと。内柴を引き取った実父は、その後も何度も結婚離婚を繰り返したので、内柴の母親は何人も変ったこと。それらの屈折した育ちによる性格の歪み、というようなマイナスイメージの情報も流出している。オリンピックで連続金メダルをとった英雄の堕ちた姿として、世は内柴批判一色だ。



 だが、それでも、いやだからこそ、今の時点で一斉に内柴容疑者を断罪し、与えた賞を取消しに走るのは早計と思う。熊本県等の対処を急ぎすぎていると感じていたので、都知事のこの意見には納得した。私は石原都知事の見解を断固支持する。

 今までの女癖の悪さ、未成年に飲酒を勧めたこと、妻帯していながらそういう行為があったこと、それらの状況から彼は限りなく真っ黒にちかい灰色である。だが、「真っ黒」という断定までは、もうすこし間があってもいい。
 そう断定し、突き放し、火の粉が自分に降り掛かってこないようにするほうが、立場のある人は楽だ。自分が汚れないために汚れたものを遠ざける。地位のあるひとはみなそうする。政治家は特にそうだ。熊本県の処置の早さもこれと同じ。

 都知事の発言は、都知事という立場からも、このことによってこれから逆境に立つ可能性を含んでいるのに、侠気のある発言だ。
 ブログや掲示板には「これだけ状況証拠が揃っているのに、ジジー、惚けたのか」というような石原批判の書きこみが目立つ。それもまたそれで真っ当な意見であろう。なにしろ「限りなく真っ黒に近い灰色」なのだ。これを庇うのはひねくれ者だ。みなと一緒に引かれ者に石をぶつけるほうが楽に決まっている。
 都知事も若いときだったらもうすこし安全な発言をしたかも知れない。だがいま、日本に缺けている「正当な頑固爺」として、メディアの誘導尋問を正面から弾きかえして見せた。その存在をうれしく思う。
 そのうち内柴が完全に黒となったら、それこそ鬼の首でも取ったようにアンチ石原は騒ぎたてるだろう。それでもいい。今この時点でこの発言をした石原都知事の姿勢を私は支持する。


 
============================================



 都知事の意見を新聞で知ったとしても私の感想に変りはなかったが、偶然点けたMXテレビでリアルタイムで見ることが出来た。文字と映像では印象が異なる。「質問する記者と都知事のやりとりの雰囲気」を自分の目と耳で確認できたことは大きかった。
 アナログ放送が終了した7月24日からつい先日までテレビのない生活をしていた。それ以前も今の住まいではMXテレビは映らなかった。品川に住んでいたころは見られて馴染んでいたから、この定例都知事会見と、大レースのときにある大井競馬中継は見たいと思っていた。

 11月6日に地デジチューナーを繋ぎテレビのある生活に復帰した。するとMXテレビが映るようになった。それがうれしくて(笑)たまにMXテレビを点けて見たりする。健康食品の通販みたいなのばかり流していて、すぐに消してしまうのだが、今回はそういう気まぐれが役立った。都知事の定例会見は「毎週金曜日15時から16時」のようだ。私がたまたま点けたのはこの時間だったらしい。



 質問した記者は、都知事に、内柴批判と、それに賞を与えた反省を口にをさせようとしていた。

 こういうのに簡単に乗ってしまう政治家もいる。たとえば鳩山弟だ。地デジ化のCMキャラに起用していた草剛が夜の公園で酔って裸になり大声を出した。その翌日、詳しい事情も知らないまま記者の挑発に乗り、「メチャクチャな怒りを感じる。最低の人間だ。絶対に許さない」とテレビカメラに向かって発言した。

 これもリアルタイムの映像で見た。その瞬間、短慮だと感じた。私は草になんの興味もないけれど、ストレスの溜まった三十男が深夜、酔って公園で裸になり高歌放吟したという、その程度の事件であることはすぐに分かった。それを大臣という地位にあるひとが、テレビ画面で全国に向けて「絶対に許さない」はないだろう。なんとも底の浅い男だと呆れた。これで東大首席卒業なのだとか。あそこで一拍ためられない男に政治家の資格はない。これじゃ直情径行のチンピラである。ヤクザでも親分にはなれない。

 内柴のことを問うた記者には、都民栄誉賞を与えた都知事の責任を追求しようという気配が見えた。敵対しているアサヒなのかどうか知らないが。それこそが真の狙いだ。口の悪い都知事だから、鳩山弟のように「すぐに取り消す、最低の男だ、あんなのに都民栄誉賞をやったのは失敗だった」ぐらい言わせたかったのだろう。

 しかしそれに対して都知事は一喝するかのごとく前記のような応答をした。記者はぐうの音も出なかった。まことに痛快である。これは見ていないとわからない。紙面からはそこまでは読めない。リアルタイムで見る映像の力をあらためて知った。
 
---------------

●橋下当選を報じたYoutube

 11月27日。大阪の橋下当選を私はYoutubeの生放送で見た。午後8時から。
 橋下が会場に到着したのは8時40分ぐらいだった。
 そこにはアンチ橋下のマスコミもいっぱいいる。そこから3時間続く質問には橋下支持者なら不快になるような色々なパターンがあった。

 午後10時からフジテレビの報道番組を見た。宮根のやっているやつだ。2時間の時間差があるから、会場での質疑応答を編集して流した。テレビ局がいかに自分たちの都合のいいように番組を作るかがわかる。なるほど、あの質問は切って、この質問を流すのか、のように、すべてをそのまま流していたYouTubeを見ていたから、フジの作為が見えた。あらかじめ用意された選挙戦の映像では、演説する橋下に野次を飛ばす聴衆を何人も映し、平松のほうは、演説のあとに路上のゴミ拾いをする後ろ姿を映し「いいひと」を演出していた。それは後日のワイドショー等でも同じ。まあ怒ると言うより作為が露骨すぎて笑えたが。



●総理退任時の佐藤栄作

 佐藤栄作は首相を辞めるとき新聞記者と対立した。あんたらの書くことは信用出来ないと溜りに溜まっていた憤懣を口にした。新聞記者も反発して全員退席する。この辺もNHKは映していた。会場から記者が退席していく様子を覚えている。佐藤は誰もいない会場から、テレビカメラに向かってしゃべった。国民への挨拶として、それが佐藤の撰んだ手法だった。

 翌日、新聞は佐藤をボロクソに書いた。当時私はアサヒシンブンを読む「どちらかと言えばヒダリ」の大学生だったが、それを通りこして、佐藤の感覚を支持した。発言は、切り口と構成でいじられる。そこに新聞記者の意見が加えられる。マスコミが輿論を作るのだ。佐藤の怒りはもっともだと思った。8年も我慢してきたのだから、最後の最後はあれをやりたかったのだろう。



 あれから幾星霜。テレビカメラもまたノーカットでやってくれない限り大嘘となった。新聞と同じじ都合のいいように編集される。前後をカットし、一部を取り出し、そこを何度も繰り返せば、イメージ操作などたやすい。
 しかしここに心強い味方としてネット配信が現れた。編集することなく、ただそのままを流してくれる。新聞雑誌の報道にうんざりしていた小沢一郎がそこに走ったのは自然な流れだった。(私は小沢大嫌いです。念のため。)

 今後ますますこの流れは拡大する。

 橋下当選の日にYouTube生放送がなかったら、私はあちこちのワイドショーを見て、あれを足し、これを引き、自分の考えをまとめねばならなかった。だが嘘偽りのないノーカットの映像を2時間も見られたから、意図的に編集されたワイドショーなどもう見る必要がなかった。あたらしい時代になっている。泉下の佐藤栄作は羨んでいることだろう。佐藤がいまの時代の政治家だったら、新聞を無視して、インターネットの映像で直接国民に語り掛けていた。

============================================

【メモ】──泉下(せんか)

 Google日本語入力では「泉下(せんか)」が出なかった。Google検索で使われるコトバから辞書を作っているから、使うひとがいないのだろうとこれは納得。ところがATOKでも出ないので困る。「もしかしてそんなコトバはないのか」と不安になる(笑)。広辞苑を引いたらしっかり載っていたので安心。「あの世のこと」である。

デマ──石原都知事が東電の大株主!?

今日の昼、こんなデマがツイッターで流れた。

東電の株主、第五位はなんと石原都知事でした。個人で2.3%持ってるんだそうです。政治家が株を持つって違和感を感じるんは俺だけか?詳しくはTHINKERのホームページをみてちょうだい

アンチ石原が大はしゃぎして拡散させる。

東京電力の株主第5位は原発推進派の石原慎太郎都知事

石原氏は東電の株の3、2%を所有する大株主(第5位)で〜原発を推進すべきという考え


のように原発と関連づけ、明日投票の都知事選に向けてマイナスイメージ作戦。



が、まともな脳味噌をもっていればすぐにデマとわかること。
正しくは東京都がもっていて都知事は名義人になっているだけだ。
個人で東電の株を3.2%をもつのがいかにたいへんか。
ここまでして他人の足を引っぱりたいか。
バカサヨクのやることは救いがたい。

こんなことがすぐに拡散され、「あの石原が、あの東電の大株主」とはしゃぐバカがいかに多かったことか。かの有名な「きっこの日記」の「きっこさん」も必死に拡散していた。後に謝罪(笑)。
やがて元記事は削除されしらんふり。乗り遅れたバスにしがみついて、そのあとでも得意気に拡散させるのが連続した。
ツイッターは災害時に有効だとしても、気違いに刃物の側面があることを忘れてはならない。

東京都知事選──松沢出馬辞退

神奈川県の松沢成文知事は14日、記者会見し、出馬表明していた東京都知事選(4月10日投開票)に一転、立候補しないことを表明した。(2011年3月14日18時24分
読売新聞)




首都圏連合の石原都知事、埼玉県の上田知事も同席しての会見だった。石原氏のそれを「いつもの後出しジャンケン」とする向きもあるが今回はちがうだろう。松沢氏に後を任すはずだった。ところがあまりの不人気にこれでは蓮舫あたりが出て来たら民主党にやられると方針を変えたのだ。

表向きは、「上田知事に説得され松沢氏は出馬を断念した」ということになっている。石原さんが勝って副知事に松沢さんを起用する。それでいいだろう。私は松沢さんに早く出馬辞退して欲しいと願っていた。ふたりが闘うことに意味はない。

「また石原が都知事になるなら住みなれた東京から引っ越す」と言った人がいる。そろそろ引っ越しの準備を始めるか。

今日出馬表明するはずだった東国原氏はまたも曖昧にしてごまかした。現職が出て来たら勝てないから方向転換か。

ひがしの得票能力は80万が限度と言われている。混戦になれば勝てるが100万以上取るひとが出て来たら勝てない。これは舛添なんかも同じ。

今年は全国で多くの首長選がある。

大震災の爪跡が残り盛りあがらない。

明日が見えないのに選挙どころではない。

名古屋では「減税日本」が大勝。万歳する河村市長の姿がはるか遠い国の出来事のように見えた。
最新記事
  • ライブドアブログ