Jazz

「友達話──ふたりのHさん」に【追記】──きっかけは「木に登った豚を狙撃する」だった


izakayajazz 今朝のBGMは「居酒屋Jazz 至福」。朝から居酒屋Jazzもないもんだが、今朝は真夏日連続の史上最暑の5月には珍しく涼しいので、なんだかそんな気分。いま「Solitude」。Bennie Greenのトロンボーンがいい。トロンポーンやオルガンはあったかい音なので涼しいときに聞く。

 ここのとろこ真夏日が連続した。昨日読んだスポーツ紙に、「三日連続真夏日は2004年以来、5月に真夏日13日は史上初」とあった。気象観測開始以来最も暑い5月だったのだ。そんなことは知らなかったが、毎年恒例の「夏イコールボサノバ」というワンパターンが今年は早くも5月から始まっていた。私の体内温度計は正しかったことになる。でも今日は涼しいので封印。トロンボーンがいいなあ。このあとJJ.JohnsonやCurtis Fullerも聞こう。向井滋春も。暑くなったら聞けない。いまのうちだ。

 Omnibusアルバムは、自分の好きな曲を選んで自身で組むのがいい。素材はありすぎるほどある。そうしてきた。なのにこのごろ物ぐさになり、こういう他人の編んだものを適当に流したりしている。でも合わない部分は合わないわけで、このアルバムは16曲あるのだが、CDからmp3にしてHDDに挿れた後、雰囲気が合わないと判断した4曲を削除して12曲構成になっている。



 過日書いた「友達話──ふたりのHさん」に以下の文を追記した。いまはバンコクに住むHさんが、私との20年ぶりの交友復活にいたる過程である。

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 【追記.2】──なんときっかけはあのniwatoriK1だった!──2015/05/29

 その後、バンコクのHさんとなんどかメール交換をしている。なにしろ20年ぶりだからお互い報告しあうことは山とある。過日どんな経緯で私のブログを知ったのかを問うてみた。すると予想外の返事が返ってきて、おどろいたのなんのって(笑)。

 タイに惚れ、料理技術も学んで、日本でタイ料理店を出すまでになったHさんは──、と、ここから書き始めるとHさんとはタイ繋がりと誤解される。最初から書いておこう。

 Hさんは競馬好きのミュージシャンだった。私の出した競馬小説を読んで、出版社気付で手紙をくれた。それに返信して交友が始まった。まだ会ったことはない。手紙だけのやりとりである。始まりは競馬だった。

 交友が途絶えているあいだに、Hさんの人生は激変し、タイに惚れ、タイ料理店を経営するまでになっていたのである。その店を畳んでタイにわたり、いまはバンコクで仕事をしている。今後も帰国するつもりはないという。Hさんに会うためにはタイに行かねばならない。う〜む、いい口実が出来たな。



 当時からタイ関係のネットでは「よくもわるくも」有名だったTというのがいた。タイに惚れこんだHさんもその名は知っていた。あまり好印象はもっていなかったようだ。そのTとやりあっているサイトがあると知る。行ってみた。テーマを読む。ここでそのTに関する記事だけで終っていたら今回のHさんとの交友復活はなかった。そこに「管理人のサイト」がリンクしてあった。ほんの気まぐれだったのだろう、その「管理人のサイト」をクリックしてみた。 それがこのブログ【木屑鈔】だった。そこでHさんはやっと、Tとやりあっているサイトの管理人が、20年前に何通かの手紙のやり取りをした私だったと知るのである。かなりおどろいたらしい。私もこれを聞いておどろいた。まさかniwatorik1がきっかけだったとは。

 Hさんはもちろん私の名前を知っているから、私の名で検索すればすぐにこのブログにたどりつく。バンコクの気怠い午後、ふとむかしなつかしい私の名を思い出し、検索してここにたどり着いたとばかり思っていた。つまり私がHさんに問うた「どんなきっかけで?」は、「どんなきっかけで突如私の名を思いうかべたのですか?」だった。ところがHさんからの答は予想外のモノだった。T関係で読んでみたサイトの管理人が、偶然にも私だったのである。それがHさん側の「きっかけ」だった。この偶然にはおどろくよねえ。

 ハッキリ言ってこのTというのを好きなタイ好き日本人はいない。Hさんも好きではない。でも最新のメールで、「それがきっかけで交友復活ですから、あいつにも価値はありましたね」と笑っていた。 



 この「niwatorik1──木に登った豚を狙撃する」というサイトは、タイに興味のあるひとにはかなりおもしろいサイトなので、ぜひ読んでみてください。

 もうひとつ私としては、「日本語」や「学歴」に興味あるひとに読んで欲しいと思っています。日本語がまともでないのが外国語(この場合はタイ語)を話せるようになり天狗になると、いかに滑稽なことをするか、学歴コンプレックスのあるのが異国の大学院にうまくもぐりこんだりしたら、いかに高慢で増長することか、おもしろいですよ。
 そしてそこに集った真にタイ語能力のあるひとたちの含蓄に富んだ意見は勉強になります。私にとって最大のよろこびはそれでした。

 始まりが2005年11月なので、もう10年になるのですね。早いもんだ。私は30人ほどの友人を対象にひっそりとサイトをやっていたように、見知らぬひととの出会い、他者との論争を好みません。「売られた喧嘩は買う」ではなく、とにかくケンカを売られないようにおとなしくしていました。でもいるんですね、世の中にはそういう私にもケンカを売って来るひとが。このTというのがそうでした。逆探知?して私のサイトまできて、文を読んだようです。そして逆上し、自分のサイトに私のそのひっそりサイトのURLを貼り、「おれさまにケンカを売ってきたこんなバカがいる。徹底的に叩いてやる」と始まったのですね。ことここに到っては私も買わざるを得ませんでした。でもあまりに程度の低いひとだったので彼を嫌う私以外のひとが代わりに論破してくれましたけど。

 ここで知りあった人たちは、野田さんとTwitterでフォローーしあっているぐらいになってしまったけど、みんな元気なんでしょうか。ここを読んでいるniwatorik1のかたがいたらメールくださいね。 

友達話──ふたりのHさん──あたらしいHさんと20年ぶりのHさん

日が長くなった。夕方は18時半になってもまだ明るいし、今朝はまだ6時前なのに眩しいほどの陽光がふりそそいでいる。

 いまBGMは「Jazzで聞くクラシック」。ドビュッシーの「夢」、グルックの「精霊の踊り」が流れている。

jazz classic



 昨日、バイト仲間のHさんというかたと知りあった。私より5歳年長。グループサウンズ(笑)の話がきっかけとなり、音楽話に花が咲いた。年輩者なのに休憩時間にはずっとイヤフォンを耳にしているので、なにを聞いているのですかと問うたのが始まりだった。いま小型mp3プレイヤをシャツのポケットに入れ、あれこれ聞きまくっているという。いわゆるオールデイズをYouTubeからDownloadしてためこんでいるらしい。パソコンは初心者だが娘に教わってそれぐらいは出来るようになったとか。

 Hさんの音楽好きは学生時代までで、就職してから定年までまったく音楽に接しなかっただそう。40年間の空白を経て、いままた音楽に夢中になった。懐かしの50年代、60年代のオールデイズを聞きまくり、いまそれまで知らなかった70年代ロックに燃えているのだとか(笑)。「KISSはいいですねえ」と言っていた。どういう趣味なのだろう。これから80年代、90年代と追及して行きたい、もっともっと音楽を知りたいので、自分の知らないことを教えてくれと言われる。いま何を聞いているのかと問われたのでASUS MeMO Padに挿れているSmooth Jazzを聞かせた。Earl Klugh。すると、「すごく音がいい、これと比べたら自分のは音楽じゃない」とのこと。ASUS MeMO Padの音はたいしたことはない。iPhoneよりはいいとしても(笑)。まったく、音のいいWalkmanがiPodに惨敗したのだからこの種のものは音質よりも宣伝とイメージなのだ。ASUS MeMO Padの音に感激したのだからHさんの音はそうとうよくないと思われる。そもそもソースのYouTubeがよくないのか。mp3もUSBメモリタイプの安物なのだろう。イヤフォンも関係あるか。ASUS MeMO Padの音はたいしたことないが、私の場合、ステレオイヤフォンはいいものを使っている。ともあれ音楽に関してはHさんに一目置かれた。



 仕事のあと、喫茶店に誘われて話しこんだ。喫茶店文化と縁が切れて長い。若いときはハシゴまでしたものだが……。
 Hさんは喫煙者なので、タバコを喫える店を探すのに苦労していた。場所は吉祥寺駅前。いまは禁煙の店が多いようだ。ある店──有名なチェーン店なのだろうが興味がないので名前を忘れた──に3フロアあり、その三階が喫煙席だった。そこに入る。

 私はひとに意見するタイプではないが、Hさんのノートパソコンは、OSのあるCディスクだけのようなので、パーティションを切ってデータ用のDディスクを作ったほうがいいですよと伝えた。いまのままだとOSがクラッシュしたときに、せっかく集めた音楽データも消えてしまう。Dディスクを作っておけばOSクラッシュとは無縁である。思えばWindows95のころから、このことだけは熱心にやってきた。Hさんは、HDDにパーティションを切るというあたりはまだチンプンカンプンのようで、すこし難しすぎたようだ。三ヵ月に一度帰ってくる娘に教えてもらうと言っていた。娘さんからもらって覚えたノートパソコンのようだ。

 じつはこのあとおもしろい展開になった。それはまた後日書くとして先を急ぐ。
 Hさんとの話がたのしかったたので、昨日の晩酌は奮発して、うなぎの蒲焼きで菊水ふなぐちを開けた。私のようなのが喰える蒲焼きはスーパーで売っている程度のものだ。しかしそれでも高い。安いのもある。でもそれは中国製。パソコン部品、衣類、文房具等、中国製品と完全に縁を切ることはもう不可能だが、それでも食い物だけは口にしないようにしている。アブナイからだ。日本製は中国製の倍の値段だから、たかがスーパーの蒲焼きでも、私にとっては贅沢になる。気持ちよく酔って就寝。

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 いつも21時就寝、3時起きなのだが、昨日はHさんとの喫茶店があったので時間がずれ、23時就寝、今朝は5時起きになってしまった。
 PCを起動すると、このブログに掲載しているアドレスにメールが届いていた。これまた偶然に同じ苗字のHさんから。

 Hさんは私が「亀造競馬劇場」という競馬小説本を出したときに手紙をくれたかただ。何度か手紙のやりとりをした。手紙のやりとりがもどかしかったのか、Hさんに「パソコン通信をやってみませんか」と誘われたことを思い出す。Hさんはすでにやっていた。私もパソコン好きだからそれは知っている。しかしこのブログにも何度か書いているが、私は見知らぬひとと知りあうことに興味がない。ましてそういう場でのディベートなんて大嫌いだ。当時から競馬関係のそれは充実していて(それだけリクツ好きが多いジャンルなのだろう)、理想の血統等をああでもないこうでもないとやっているのを知っていた。係わりあいたくない。私はパソコンと電話線を繋ぐことを嫌った。私のパソコンはスタンドアローンでいい。いまじゃもうインターネットと繋がっていないとactivationが出来ず、購入したソフトを使うことすら出来ない時代になっている。インターネットの便利さは計り知れないが、インターネットのなかった時代のパソコンもまたいとおしい。「パソコン通信」というコトバから、いつの時代の話かがわかる。

 そのHさんが、私のこのブログを偶然見つけ(どのようにして見つけたのかはまだ聞いてない)メールをくれたのだ。20年ぶりか? いまバンコク在住だという。たしか静岡のかたと記憶しているが。なにがあってバンコクに?

 気持ちのいい昨日の夕に続いて、気持ちのいい今日の朝になった。



【追記】──バンコク在住となったHさんが、最近はすっかり競馬とは疎遠になっていると書いていたので、JRAのサイトにある私の文章「競馬クロニクル」「競馬を愛した人々」「名馬の肖像」のURLを紹介した。その日、早速読んでくれたらしく、ひさしぶりに読んだ私の競馬文章がなつかしく、とてもよかったと感想をくれた。うれしかった。

 さて、バンコクのHさんにこれからメールを書き、日本のHさんから聞いたおもしろい話をネタとしてブログに書こう。

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 【追記.2】──なんときっかけはあのniwatoriK1だった!──2015/05/29

 その後、バンコクのHさんとなんどかメール交換をしている。なにしろ20年ぶりだからお互い報告しあうことは山とある。過日どんな経緯で私のブログを知ったのかを問うてみた。すると予想外の返事が返ってきて、おどろいたのなんのって(笑)。

 タイに惚れ、料理技術も学んで、日本でタイ料理店を出すまでになったHさんは──、と、ここから書き始めるとHさんとはタイ繋がりと誤解される。最初から書いておこう。

 Hさんは競馬好きのミュージシャンだった。私の出した競馬小説を読んで、出版社気付で手紙をくれた。それに返信して交友が始まった。まだ会ったことはない。手紙だけのやりとりである。始まりは競馬だった。20年前、Hさんとの手紙のやりとりにはタイのタの字も出て来ない。

 交友が途絶えているあいだに、Hさんの人生は激変し、タイに惚れ、タイ料理店を経営するまでになっていたのである。その店を畳んでタイにわたり、いまはバンコクで仕事をしている。今後も帰国するつもりはないという。Hさんに会うためにはタイに行かねばならない。う〜む、いい口実が出来たな。



 当時からタイ関係のネットでは「よくもわるくも」有名だったTというのがいた。タイに惚れこんだHさんもその名は知っていた。あまり好印象はもっていなかったようだ。そのTとやりあっているサイトがあると知る。行ってみた。テーマを読む。ここでそのTに関する記事だけで終っていたら今回のHさんとの交友復活はなかった。そこに「管理人のサイト」がリンクしてあった。ほんの気まぐれだったのだろう、その「管理人のサイト」をクリックしてみた。 それがこのブログ【木屑鈔】だった。そこでHさんはやっと、Tとやりあっているサイトの管理人が、20年前に何通かの手紙のやり取りをした私だったと知るのである。かなりおどろいたらしい。私もこれを聞いておどろいた。まさかniwatorik1がきっかけだったとは。

 Hさんはもちろん私の名前を知っているから、私の名で検索すればすぐにこのブログにたどりつく。バンコクの気怠い午後、ふとむかしなつかしい私の名を思い出し、検索してここにたどり着いたとばかり思っていた。つまり私がHさんに問うた「どんなきっかけで?」は、「どんなきっかけで突如私の名を思いうかべたのですか?」だった。ところがHさんからの答は予想外のものだった。T関係で読んでみたサイトの管理人が、偶然にも私だったのである。それがHさん側の「きっかけ」だった。この偶然にはおどろくよねえ。

 ハッキリ言ってこのTというのを好きなタイ好き日本人はいない。Hさんも好きではない。でも最新のメールで、「それがきっかけで交友復活ですから、あいつにも価値はありましたね」と笑っていた。 



 この「niwatorik1──木に登った豚を狙撃する」というサイトは、タイに興味のあるひとにはかなりおもしろいサイトなので、ぜひ読んでみてください。

 もうひとつ私としては、「日本語」や「学歴」に興味あるひとに読んで欲しいと思っています。日本語がまともでないのが外国語(この場合はタイ語)を話せるようになり天狗になると、いかに滑稽なことをするか、学歴コンプレックスのあるのが異国の大学院にうまくもぐりこんだりしたら、いかに高慢で増長することか、おもしろいですよ。
 そしてそこに集った真にタイ語能力のあるひとたちの含蓄に富んだ意見は勉強になります。私にとって最大のよろこびはそれでした。

 始まりが2005年11月なので、もう10年になるのですね。早いもんだ。私は30人ほどの友人を対象にひっそりとサイトをやっていたように、見知らぬひととの出会い、他者との論争を好みません。「売られた喧嘩は買う」ではなく、とにかくケンカを売られないようにおとなしくしていました。でもいるんですね、世の中にはそういう私にもケンカを売って来るひとが。このTというのがそうでした。逆探知?して私のサイトまできて、文を読んだようです。そして逆上し、自分のサイトに私のそのひっそりサイトのURLを貼り、「おれさまにケンカを売ってきたこんなバカがいる。徹底的に叩いてやる」と始まったのですね。ことここに到っては私も買わざるを得ませんでした。そのことはこのサイトの「戦端」に詳しく書いてあります。でもあまりに程度の低いひとだったので彼を嫌う私以外のひとが代わりに論破してくれましたけど。

 ここで知りあった人たちは今、野田さんとTwitterでフォローーしあっているぐらいになってしまったけど、みんな元気なんでしょうか。ここを読んでいるniwatorik1のかたがいたらメールくださいね。 

音楽話──YouTubeのPaul Brown「Winelight」──「ようつべ」にはなんでもあるんだなあ!

 ここのところずっと音楽再生ソフトはMedia MonkeyのGoldを使っている。有料版だけあって文句なしだ。サブとしてMusic Bee。もうiTunesを使うことはないだろうが、一応最新版をDownloadして持ってはいる。先日すこしいじったが、あれって、益々使いづらくなってないか? なにを考えているのやら。もう縁切りしたからどうでもいいんだけど。



 Winampの最新版をDownloadしてみた。こちらもしばらくご無沙汰だ。ただしこちらは嫌いなiTunesとはちがって、その多機能を使いこなせない私に問題がある。
 ひさしぶりにDownloadし起動したらオープニング画面がインターネットラジオになっていた。しばらく聞いてないなあとAbusolutely Smooth Jazzをクリックしてみる。

 するとまあなんというタイミングであろう、いきなり大好きな「Winelight」が流れてきた。サックスだが本家のGrover Washington Jrとはちがう。誰かと演奏者の欄を見るとRocco Ventrellaというひと。不勉強にして知らない。今度買ってみよう。それよりももっとこのラジオを聴いて幅を拡げないと。ここのところ持っているものしか聴いてない。それでもありすぎるほどなんだけど。



paul brown そのあと、自分の持っている本家G.W.JrとギターのPaul Brown、Nick Colioneの「Winelight」を聴く。Paulがアルバムに収めたのは2005年だからNickの1999年のほうがずっと先だ。本家G.W.Jrの発表は1982年。1999年は爛好燹璽好献礇困良祗瓩噺世錣譴身爐遼瓦なった年である。

 しかしNickのを聴いても最初に聴いても私は感激しなかったろう。それはギターで演っている独自の「Winelight」に過ぎない。いやそれはとてもすばらしいのだけど、聞きのがしていた気がする。私がPaulのこれに惹かれたのはPaulの解釈のしかただった。ギターでサックスを模倣するような不思議な感覚だった。さすが名プロデューサーだけにそのへんがうまい。



 そこでふとYouTubeのことを思った。あそこで日々多くのものを得ているひとは不思議に思うかも知れないが、どうにも私にはいまだにYouTubeに毎日接するという感覚がない。

 出かけて、Winelightで検索すると、本家はもちろんだが、なんとPaul Brownのライヴ映像まであった。しかもJessy Jが参加している。ふたりが親しいのはJessyのアルバムをPaulがプロデュースしているのだから当然としても、こんなものまであるのかと感嘆し溜め息が出た。すごいなあYouTubeって。ほんと、なんでもあるんだ。(このセリフ、このブログだけでも相当の回数書いているような気がする。これからもまた何度も書くのだろう。)



 インターネットラジオから流れてきたPaul Brownの「Winelight」に衝撃を受けたのは2006年だった。感激してサイトに長々とそのうれしさを書いた。サックス吹きが作ったサックス用の曲を忠実にギターで再現しあたらしい世界を構築しているのがなんとも新鮮だった。
 Smooth Jazzの名プロデューサーが、年をとってからいきなりギタリストとしてデビュウしたのが不思議で、「数数のヒット番組のディレクターだったテリー伊藤が近年タレントに変身したようなモノか」と私なりの例えで表現している(笑)。



paul brown2 Paul Brownの演奏姿を見るのは初めてだった。ロンドンでのライヴらしい。なんともありがたい時代である。あまりにありがたいのでパソコンに感謝して拝んでしまった(笑)。

「Winelight」のアレンジは基本として、というか本家のG.W.Jrからもう伝統的に、ギターがオルタネイトなミュートアルペジオで伴奏し、サックスが自由に踊るものだ。あの伴奏をやれと言われるたらきつい。倦きてしまう。指がつる。ほんとにほんとの引き立て役の「伴奏」だから。Paulはギターでリードを取るので、それをエレピにやらせていた。
 Jessyとのダブルリードだと思ったが、Jessyは師匠格のPaulを立てて、一歩引いている。いい雰囲気だった。5分過ぎ、最後のJessyのソロがいい。



 こういうものを見ると、毎回「もっとYouTubeに行こう。もっと利用して勉強しよう」と思うのだけど、すぐに忘れてしまい、また何ヶ月後かに同じようなことを書いている。やはり「ネットをやるためにパソコンを始めた」というひとと比べるとどうにもそのへんが鈍い。なにしろ常時接続なのに、いまだに知らないことはインスールしてあるいくつもの辞書で調べ、それでハッキリせず、「こまったこまった」と悩んでいて、「そうだ、ネットで調べてみよう!」と大発見のように思ったりする。最初からネットで調べる感覚のひととはおおちがいだ。

 ともあれDownloadさせてもらった。しばらくは毎日のように聴くだろう。とはいえ夜っぽい雰囲気の曲だから昼間は聴かないだろうけど。



 Paul Brownの「Winelight」を知らないひとのためにリンクを貼っておきます。

・YouTube──Paul BrownとJessy Jの「Winelight」ロンドンライヴ

JessyTequila そのあとMedia MonkeyでJessy Jを開き、連続して聴いた。あいかわらずJessy Jの情報がすくない。検索してもなにも出ず、このブログに当たってしまった(笑)。検索して自分のブログを見つけてもしょうがない。でも懐かしかったので読んだけど。

・「夏の朝にJessy J」

 Jazzを聴くとバーボンをストレートで飲みたくなるというバカっぽいワンパターンをなんとかしないと。



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【追記】──Paulはライヴよりアルバムがいい!?──「Foreign Xchange」を聴きながら

Paul Brown & Marc Antoine - Foreign Xchange
 これは2009年の「Foreign Xchanges」。親しいギタリストのMarc Antoineとの共演。Paulの最新アルバムは2012年に「The Funky Joint」というのが出ているらしい。それはもっていない。

 ライヴのビデオを見たあと、これを聴いていてしみじみ思ったのだが、Paulはライターよりスタジオ録音のアルバムのほうがいいと感じた。あそびのない1音1音計算尽くのような無駄のないフレーズがいいのであり、ライヴの饒舌な音とは似合わないように思う。

 単なる私の好みだが、もともと敏腕プロデューサとして多くのヒットアルバムを手掛けてきたひとだ。ギタリストとしても、ライヴでよさが発揮されるというタイプではない。この感想、あながち的外れでもあるまい。
 もちろんそのことと、YouTubeのお蔭で貴重なロンドンライヴの映像を見られた感激は別物だ。

パット・メセニー「One Quiet Night」──ノラ・ジョーンズからの流れで

Front






















 Pat Methenyの「One Quiet Night」を聞いている。 

 2003年に出た古いアルバムだが、私は入手してからまだ2年ほどでしかない。
 きっかけはインターネットラジオから流れてきた「Don't Know Why」だった。いま調べたら2005年の12月10日にそのことをサイトに書いている。「CDを手に入れるぞ」と決めてからずいぶんとも時間が掛かっている(笑)。

 大好きなノラ・ジョーンズの歌の中でも特に好きな一曲だ。それがA・ギター一本でじつにきれいに演奏されている。低音が異常に強いからバリトンギターなのだろう。鳥肌が立った。誰がやっているのかと調べるとパットだった。

 パットの実力は知っているし、それなりに音も持っている。いまチェックしたら、PMGのアルバムは4枚ある。でもみなグループものだった。というか、パット・メセニーと言ったらPMGだろう。このひとはひとりでやってもこんなに凄いのかと感嘆した。そりゃまあ巧いひとはなにをやっても巧いんだけど、こんな取組みかたをしたアルバムがあるとは知らなかった。2005年12月10日には(笑)。



norah ノラ・ジョーンズのデビューは新鮮だった。夢中になった。あれほど女性シンガーにいれこんだのは20代のときのリンダ・ロンシュタット以来だったように思う。
 あのインドのシタール奏者ラヴィ・シャンカールが59歳の時に白人女性とのあいだにつくった娘である。そのラヴィも昨年亡くなった。ビートルズに影響与えた人だから、ジョンやジョージと比べたらずいぶんと長生きだった。享年92歳は私の父と同じだ。

 ただ、私のノラ好きは──「ノラ好き」と書くと内田百里痢屮離蕕筺廚鮖廚そ个宏;.汽ぅ箸望椶靴書いたけど、初期のアルバムの犧酩吻瓩始まりだった。
 ビリー・ホリデイを聞いて育った彼女のジャジーなヴォーカルセンス、父から受けついだオリエンタルな味わい、そしてこれも私には大事なのだが、彼女にはカントリーの下地もあった、そういう歌手としての彼女が大好きだったのだけど、それと同時に、彼女に提供された楽曲が大好きだった。
 日本で言うなら、ZARDの歌声以上に織田哲郎の曲が好き、に通じる。

 その後彼女は全曲自分で作詩作曲するようになりシンガーソングライターとして自立する。しかし今でもいちばん好きな曲はと聞かれたら、私はこの初期の周囲から提供された作品になる。



 ノラが初来日したのは2002年。まだ世界的ヒットは出していない。プロモーションとしての来日だ。そのあと日本で数回のコンサートをやっている。まだキャパのちいさなホールだ。このとき観られたひとはしあわせだ。うらやましい。
 J-waveのプロデューサーであるM先輩はこのとき局に挨拶に来たノラに会ったとか。新人のノラはとてもきさくだったらしい。今じゃ大スターだけれど。
 今日はひさしぶりにノラのライブDVDでも見ようかな。



 ところで、たしかにパットのこのアルバムは深夜や明け方に愛聴しているのだけど、かといって急いでここにアップするほどのことでもない。なぜそんなことをしたかというと、下の社民党の醜いポスターを見るのがイヤだったから。それが自分のブログのトップにあるのが我慢できなかった。
 パットとノラのアルバムジャケットをトップにもってこられてほっとした。 

生活雑記──春らしい朝にマイルスのRelaxin'──靖国神社の奉納大相撲

milesrelaxin 予測通り、雨が上がったら春らしい日になった。しかし桜はもうほとんどない。桜好きにとって今年は決してよい春ではなかったろう。被災地のみなさんは桜を愛でることが出来たろうか。テレビを見ないのでそんなニュースにうとい。

 珍しくあわただしい一日になりそうなので早朝から全開で雑事を片づけている。 やるべきことはほんの8コなのだがメモ用紙に書きだし、クリアするごとにチェックをいれる。それをしないと何か一つぐらい忘れそうで不安なのだ。劣化がひどい。むかしはメモ要らずだったのだが。

 昨夜は締切間際のキャッチコピーが浮かばず苦しんだ。かつてそんなことはない。これもまた劣化なのか。しかしそれは対象の問題のようにも思うのだが……。
 それでもなんとかそれをこなし、深夜に送信完了。気分は楽。春らしい今日と明日を楽しんでこよう。

 二日ほど家に戻れない。ケータイとデジカメの充電はやってあったがiPodの充電を忘れていた。いまその充電完了を待ちつつ、マイルスの「Relaxin'」を聞いている。



 携帯電話機とデジカメとmp3音楽再生機。「スマートフォンならひとつでぜんぶ出来るよ」と言われそうだが、そういうものでもない。

 私はデジカメにこだわりがあり、写したものは自分なりに加工してからアップする。知人がブログに日々の写真をアップしているが、携帯電話で撮ったままの写真を見ると、臨場感はあるけど、ここをこうしたらいいのに、と思ってしまう。必ず思う(笑)。傾いていたり、無駄な餘白を見たりすると、トリミングしたくなる。彼はPCを使えないからしょうがないのだが、でもブログのケータイ写真はそんなものでいいのだろう。私にはズーム機能のあるそれなりに能力の高いデジカメが必要だ。写メ遊びをしたいのではない。わかるひとはわかってくれるし、わかってくれないひとは、変なヤツだと思うだろうが本音。

 しかしSDカードの16GBってのはすごいな。今回、写真を撮りまくってもまだまだ餘裕だった。私のこの種の保存メディアはスマートカードの2MBから始めていて、スマートカードは128MBでも大容量だったから、ギガには実感がない。基本、動画用なのだろうが。



ipodclassic 音楽も最低でも1000曲ぐらいは保っていないと不安なのでiPodは必須だ。電車の中や歩いているときも音楽を聴いている若者は、スマートフォンやミニプレイヤーで好きなアルバムを繰り返し聞いているのだろう。音楽とはそんなものだし、それは正しい。私も若いときはそうだった。

 でももうだいぶ前から、「この風景、この状況に似合う音楽はなにか!?」を楽しむのを主にするようになった。1991年にタイ・ミャンマー・ラオスの接するゴールデントライアングルと呼ばれる地域をレンタルジープで走ったころから芽ばえた感覚のように思う。あのころはバッグの中にカセットテープを100本ぐらい入れていた。大荷物だった。

 それがいま小さな機器に収まる。夢のような時代になった。iPod Classic 160GBに、音楽と映像、写真をびっしり入れて行くのは、やっと叶った夢の時代への執着みたいなものだ。その夢の機器である小型HDDを使用するiPodも、フラッシュメモリの時代になり、「Classic」と呼ばれるようになっている。HDDは震動に弱いから携帯にはフラッシュメモリのほうがいい。私もそのうちそちらに移行するだろう。SDカードが大容量化しているので、この種の保存メディアにもうHDDの必要はないようだ。



 終戦前後の物資不足時代に空腹の少年期を送ったアイカワキンヤというサヨクは、食に対する異様なこだわりがあり、番組収録中にもポケットに菓子を入れ、いつも何かを喰っているのだという。好きなだけ食べられなかった少年期のトラウマであり、また食べられなくなるかも、という恐怖である。

 私がたかが二日間出かけるだけなのに、いつどこでも聴きたい曲が聴けるようにとiPadに1万曲も入れて持参するのは、彼のその饑餓感覚に似ている。外国でさんざん「ああ、いまこの景色で、あの音楽が聴きたい」と思って叶わなかった口惜しさだ。「ここに地終り、海始まる」の碑があるポルトガルのロカ岬で感じたそれは20年以上経ったいまも覚えている。

 そしてまたもちろんのことだが、私は電車に乗っているときや街を歩くとき、音楽は聞かない。ぼけっと考え事をしているか本を読んでいるかだ。それが愉しい。電車のゴットンゴットンという軋み音と、周囲のひとの会話とか、そんな雑音が似合いの音楽なのであり、イヤフォンを耳にする気はない。つまり「iPodの1万曲」には、まず出番がない。それでももっていないと不安になる。アイカワキンヤなのである。



3nen 今日これからの予定は、秋葉原に出かけ、パーツ買いをして、新橋で仕事の打ち合わせをして、それから飲み、大塚の友人宅に泊めてもらい、明日は靖国神社の奉納大相撲の観戦だ。

 奉納大相撲は昨年が初めてだったので雰囲気を知らなかった。場内でも酒とおでんを売っていたが、好みのものがなく、コンビニまで買い出しに出かけた。そのことでせっかく早い時間に行って確保した場所を放棄せざるを得なかった。

 その反省もあり、今年は万事そつなく準備した。去年、コンビニに日本酒がワンカップしかなくて往生した。コンビニのワンカップとサキイカじゃ、せっかくの奉納大相撲の場で惨めである。今年は「朝懸けの酒」と、焼酎はここのところ気に入って愛飲している「博多の華 三年貯蔵」をポットに入れて持参する。
 
 さてiPod Classicの充電が完了したようだ。出かけるとするか。
 忘れもののないように「持参品」と書かれたメモを見る。昨日購入した『将棋世界五月号』も電車の中の読書用にバッグに入れよう。 毎年五月号は年度末の特集でおもしろい。これはまた別項で書こう。
 日曜は桜花賞か。春だな。 

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kanren6 靖国神社春の例大祭 奉納大相撲2012体験記

「Summertime」三昧の冬版はなし

去年の夏《去り行く夏に「Summertime」三昧──ハイフェッツからマイルスまで》というのを書いた。
自分のもっているガーシュインの名曲「Summertime」をあれこれ聞き比べたという話。感想の横にはスキャンしたりして、アルバムジャケットを並べた。
このブログに書いた私の文ではいちばん画像が多く、最も制作に疲れた文章になる(笑)。
長文を書くことはちっとも苦ではないが、画像をアップしたりサイズを揃えたりする作業は疲れる。向いてないのだ。それをこまめにやっているかたのブログにたまに接すると、えらいなあと感心する。



結果、夏に「Summertime」をやったから、冬には「枯葉」でやってみるかと書きつつ、やらないままになってしまった。

この種のファイルは、苦労が多い割に益がすくない。益とは何かと言えば、やはり他人様に公開しているブログなのだから、アクセスとか感想のメールとかになるのだろう。それがない(笑)。 
なのになぜやるのかと言えば、自分自身の整理みたいなものだからだ。なにを保っているか、その中でなにが好きかという個人話だ。そんなことで他人様に誉めてもらおうということ自体が図々しい。だから不評なのはしかたない。



でも自分の思い出整理には有功だから、面倒だけどぼちぼちやって行こう。
「枯葉」は今秋にして、さて春はなにをやろう。「April in Paris」なんかやってみたい。
パリも長年行ってないなあ。もぐらみたいな生活はいつまで続くのだろう。啓蟄っていつだっけ。

去り行く夏に「Summertime」三昧──ハイフェッツからマイルスまで

porgy and bess 夏も終りなので昨日から「Summertime」を、まとめ聞き(笑)している。夏の終りに、気怠く物悲しいこのメロディはよく似合う。
 
 もうクーラーを使うこともないだろうと今日は朝からクーラー全開。ささやかな贅沢。
 黒ビールを飲みつつ。

 ジョージ・ガーシュインの名曲。もともとはミュージカル。映画化されて「Porgy and Bess」。オープニングは、このメロディから。でも今は歌を聴く気はないのでサラ・ヴォーンはパス。

 CD棚から好きなモノをいくつか並べてみる。



heifetz まずは渋いところでハイフェッツ。ロシア生まれの天才の中の天才。
 Complete Collectionに入っている。

 夏の日のヴィオロンの溜め息。

 いろいろな楽器を好きになればなるほどViolinの深さがわかってくる。









Sidney Bechet 次いで、Sidney Bechet。
 Bechet(ベシェ)はこの曲をヒットさせて有名になった。
 ソプラノサックスがせつなく歌いあげる。

 正統派で歌いあげるこのメロは圧巻。テディ・バンのギターとの絡みが絶品。

 ところで彼の名Bechetだが、クレオール(仏系)なので、英語風な「ベチェット」のトの発音はない。英語でも呑みこむ音だが。
 かといって日本のジャズファンが強固に主張する「ベシェ」とも思わない。現地での発音は「ブゥシェッ」ぐらいだ。

 そもそも外国語を日本のカタカナで完全に再現するのは不可能なのであり、そういうことにこだわるひとを見ると、くだらんなと思う。外国人の名は該当する外国文字でしか表現できない。



barney kessel ギター代表で、バーニー・ケッセル。モントルーのライブ。
 テンポが早くリズミカル。

 ここまで来ると映画やミュージカルとは別の世界。いわゆる「曲がひとり歩き」を始めている。バーニーのギターはさすが。










chetbaker summertime トランペット代表でチェット・ベイカー。
 なんとも、モダンジャズらしいテンポ。
 あっさり風味がいい。

 一部に熱狂的なファンをもつ、このひとのネトっとした歌を、私は好きではない(笑)。









coltrane summertime 大傑作アルバム「My Favorite Things」からコルトレーン。
 しかしもうこれは吹きすぎだよなあ。ドラッグでイッチャッテル音楽だ。まさに音のシャワー。コルトレーンしか出来ない音楽。
 マリファナでもやりながら聞いたら最高だろうが……。

 むかしはその圧倒的技倆からすなおに尊敬していたバードとコルトレーンだが、このごろすこし感覚が変ってきた。肉好きが魚好きになるようなものか。







sonnyrollins summertime コルトレーンを出したら巨人のロリンズも出さないと。「The Complete RCA Victor Recordings」から。

 吹きまくるコルトレーンとは逆に、なんだかロリンズは、おとなしいSummertime。でもそれがまたいい。










joe henderson テナーサックスのジョー・ヘンダーソンはサンババージョン。
 1997年だから比較的あたらしい録音。原曲をかなりくずして好き放題にあそんでいる。こういう愉しいのを聞くと、あらためてまたBechetのシンプルなのが恋しくなるのがおもしろい。











mccoy tyner ピアノ代表でMcCoy Tyner。
 タイナーはこの曲が好きなのかいくつものテイクがある。
 私はこの「Bon Voyage」のが好き。












oscar peterson ピアノと言ったら大好きなオスカー・ピーターソンを入れておかないと。
 この「Plays The George Gershwin Song Book」は、きれいにまとまった佳作だ。オスカーが弾きまくることなく抑えているのがいい。ガーシュインへの敬意か。











George Shearing Summertime ピアノでもうひとり、George Shearing。いかにも白人らしいクールジャズ。盲目のピアニスト。シアリングらしい、ゆったりとした弾き語りタイプのSummertime。












charley mingus ベース代表でCharie Mingus。人種差別と闘った反骨の闘士。
 でも女房は一人目も二人目も白人。それって劣等感の裏返し?

 気難しい人間性が音楽にもあらわれている。音楽性の高さからマニアには絶大な人気を誇るが私はさほどfavoriteではない。リスナーを楽しませるというよりも自身の音楽を追究したタイプ。









jimmysmith summertime オルガンだったらJimmy Smith。煖炉の火のように暖かいスミスのオルガンは私には夏ではなく冬の定番。アルバム「Jazz Profile」から。

 でもせつないメロディを吹きあげる主役はアルトサックスのLou Donaldson。オルガンはこんなタイプの曲では主役を張れない、のかな。










miles summertime いちばん好きなのはやっぱりこれ。マイルス。
 ミュート・トランペットがたまらん。
 このひとのリリシズムは永遠。












Folder 「こんなのもありますよ」と、ひとひねりしたものでは、もうすぐメンバーのひとりが新党の党首になるという旬なYMO(笑)。

 しかし真面目な話、聞く気にならんのでパス。
 やはり役者とかミュージシャンが極端な思想に走るのはよくないな。

 いや、走る気持ちはよく解る。アメリカにも多い。ドン・ヘンリー(イーグルス)のあまりの民主党贔屓にうんざりして聞く気を失くしたものだった。アメリカのミュージシャンはみな民主党支持。共和党支持はカントリー系(日本で言うなら演歌だ)のみ。
 日米の歴史をすこし勉強すればわかるが、日本に一貫してひどいことをしてきたのは民主党だ。 

 三年前の選挙のときは日本でも多くのミュージシャン、芸術家が民主党支持を表明した(笑)。挌闘家の前田日明まで。



 坂本の場合も、YMOの坂本龍一がサヨクに走ったのではなく、サヨクの坂本龍一がYMOに参加したのだった。一貫性はある。彼は高校生の時からデモに参加するサヨクだった。

 そう解っていても、どっちらけで聞く気にならないのも確か。むずかしいね。
 でも逆に今回のことで「ますます好きになった」ってひともいるんだろうからバランスはとれている。



 歌物でもっているのは、サラ・ヴォーン。これは正統派。「歌唱サマータイム」と言ったら真っ先にこのひと。
 私の永遠の歌姫ビリー・ホリデイ。古いから音がわるいけど、彼女の場合はそれを凌ぐ天分が酔わせる。
 なにをやっても天才のポール・マッカートニー。これはロック調のSummertimeでなかなか。
 デンマークからセシリア・ノービーの歌声。はまるひとも多いらしい。

 ハービー・ハンコックをバックにジョニ・ミッチェル。いつ聞いてもたまらない気持ちになる。

herbie hancock












 日本人では森田葉月、七月姉妹。



 夏が終り秋になれば「枯葉」の季節。晩秋には保っている限りの「枯葉」でも並べてみるか。ベストワンはマイルスに決まっているが。

 近年のものではクラプトンにノックアウトされた。いろんな解釈がある。まったく、まさかクラプトンの「枯葉」に酔うとは、いや、クラプトンが「枯葉」をやるとは……。

 画像のすくないブログなので、たまにはこうやってジャケットを並べると美的にもいい。
 すげえ面倒な作業だったので半年に一度でいいや。つかれた(笑)。

 それでも、詮ないことをツイッターで垂れながすよりはましと思っている。あれを見ているとやたら痰を吐くシナ人を思い出す。いくら痰を吐いても、それが湖になるわけでもなく。
 ブログを書くことが荒れ地に毎日バケツ一杯の水を撒くようなことだとしても、ツイッターよりは生産性?があると信じている。

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【追記】──Summertimeだけを集めたオムニバスCDがあるのだとか 8/27

 「Summertime」だけを14曲集めたオムニバスCDがあると知る。でもなにが入っているか(なにが入ってないか)まではわからなかった。いちばん古い(1939年)Bechetのものは入ってないとか。
 奇しくも私がここに並べたのも器楽曲14曲だった。その他で歌物が6曲。
 
 しかしいくら「Summertime」が名曲であり、大好きでも、私は、それだけを14曲集めたCDを買う気はない。今回のこれも年に一度の遊びだからやってみただけで。

 音楽をあれこれ聞いていたらいつしかこれぐらい集まっていた、でいいのではないか。
 ほんとに名曲だから、そういうアルバムを出してみようという発想はわかるけど。そのアルバム、売れたのだろうか。

 この「Summertime」を器楽曲、歌、あわせて20曲もっているというのは、何十年もかかって作りあげた私の「宝物」なのだが、 今の時代、これらのほとんどはYouTubeで聴けるだろう。聴けないのもいくつかあると思うが、どうかな?

 なんともはや、すごい時代である。 かといって私の「宝物」が色褪せるわけではないが。

夏の朝にJessy J──Dulfar、Abairに続く大物女サックス吹き!

●夏の朝、Jessy Jを聴く!

女サックス吹きといえば、Mindi AbairとCandy Dulfar。偶然にも同い年。1969年生まれ。
デビュウはCandyが1989年だから、実質2003年のMindiよりだいぶ早い。私が本格的にCandyを聴き始めた1993年の「Sax a Go Go」からでも10年の差がある。

Candy Dulfer - Sax a Go Go (1993) front

「Sax a Go Go」のときCandyは24歳だから、当然Mindiも24歳で、活躍時期が34歳からになるMindiは遅咲きになるのか。

あえてふたりのどちらが好きかとなれば、いまのところ私はエイベアのほうになる。ダルファーがFunkyなのに対してエイベアのほうがJazzyだと感じるからだ。

ふたりのアルバムはほとんどぜんぶもっているが相変わらず漫然と流し聞きしかしていないので詳しく語る資格はない。ただエイベアの経歴を見ると、ジョナサン・バトラー、ピーター・ホワイト、クリス・ボッティと好きなミュージシャンの名が次々と出て来るし、アルバム「It Just Happens That Way」のギターアレンジはわくわくするほど大好きなパターンだし、私の感覚はたぶんダルファーよりエイベア寄りなのだろう。

mindi

Peter Whiteとのジョイントコンサートはぜひ行ってみたい。2007年、2011年と行きそびれた。いつも終ってから気づく。そういうことをチェックする習慣もなくなってしまったし、まあしょうがない。

今回のこの文はPeter Whiteがきっかけだった。彼のギターを聴いていて、Mindiとの日本での共演を思い出し、連想でダルファーとなり、ふたりももう42歳か、からJessyが出てきた。



ふたりももう42歳かあと思っていたら、ひさびさに若い活きのいいのが出てきたと知る。
Jessy J。これ、まぎらわしいのはJessie Jというシンガーソングライターもいるのだ。Wikipediaにはこのシンガーソングライターの「Jessie」のほうだけで、サックス吹きの「Jessy」のほうはまだ載っていない。このふたりも24歳で同い年らしい。まあ名前が同じだけで音楽に共通点はないが。

Jessy Jのデビュウアルバム「Tequila Moon」は、プロデューサーが私の大好きなギタリストであるポール・ブラウンだから、気に入るに決まっている。

JessyTequila

いま聴いているのはアルバム「Hot Sauce」。若いのに正統派だ。
三人の女サックス吹きに関してすこしばかり音楽的な解釈を試みてみたいものだが、漫然と聴いている限り永遠にむりのような気がする。でもまあ評論は嫌いだからそれでいいんだけど。
マウスピース楽器は中学のとき吹奏楽部でトランペットをやってたから一応吹けるけどリード楽器は触ったこともない。吹けもしないのにえらそうなことは言いたくない。

FRONT

涼しい朝にJessyのサックス。遠くミンミンゼミの声。

涼しい夏──朝のBill Evans──Earl Klughの「My Foolish Heart」──Coltrane話

5時起床。さわやかな朝。扇風機も要らない涼しさ。
いまだ「猛暑」「熱中症」と縁遠い感覚でいる。誰にも負けないぐらい暑い部屋に住んでいるのに。

2年前の記録的猛暑の夏に異常なゴキブリ大量発生を経験した。しかしそのゴキブリはみなひ弱だった。黒光りしている強烈なヤツはいなかった。よたよたしているようなのばかり。

今夏の夏の陽射しに同じものを感じる。 午後1時のいちばん暑い時間にあえて外に出てみた。暑い。すぐに汗が噴きだしてくる。だが陽射しの強さに猛々しさを感じない。真の夏の陽射しには噛みついてくるような兇暴さがあるものだが。

まあ、海に出かけているひとには、文字通りの「噛みつくような陽射し」を感じていて、私のこの文に「こいつ、なにを言ってるんだ?」と感じるひともいるかも知れない。でも正直な感想。

一日中テレビを見ていれば、中には「今年は暑いって言いますけど、去年一昨年と比べたら、ずいぶんと過ごしやすいと思いますよ」と発言している芸能人や評論家もいるはずと信じているのだが、見ないからわからない。孤立している。

私には奇妙な夏である。



ぬるま湯風呂の中で読書して、あいかわらずクーラーは入れていない。痩せ我慢ではなく必要がない。
悩みは、本がみなふやけてきたことだ(笑)。

古い『将棋世界』を読みかえし、いまの一線級の連中の奨励会時代を懐かしんだりしている。
みなふにゃふにゃになってきた。でも「積ん読」よりは本だって本望のはず。

そしてまたあらためてそうして味わう自然の涼しさは人口的なものよりも快適だと確認する。 



クーラー大好きだったのに、このごろ膝下が冷えるのを不快に感じるようになった。なんかジーンと痺れるようになって気分が悪い。クーラーの効き過ぎを避けて膝掛けをするというOLの気持ちがすこしわかった。

タイのチェンマイで知りあったおじさんにはクーラー嫌いが多かった。通勤電車のクーラーだけで気持ちがわるくなるというひともいた。みなクーラーを使わずに過ごせるチェンマイの夏を楽しんでいた。4月の水掛け祭のころはかなり暑くなるが(7,8月は雨季に入るので涼しい)、北部なので湿度が低い。日本よりもずっと過ごしやすい。いまはリタイア組で溢れているらしい。

当地で24時間クーラー入れっぱなしのような生活をしていた私は、彼らの部屋に遊びに行くと暑くて困った。
いまはなんとなくその気持ちがわかる。自然の涼しさとクーラーの冷え冷えはちがう。 



Earlklughカルピスを飲みつつEarl Klughの「Spice of Life」を流していたら「My Foolish Heart」が流れてきた。しばし聴きほれる。

Earl Klughを知って長い。 デビュウが1976年だからもう36年になるのか。

Fusionブームで出てきたアコースティックギターで気持ちの良いフレーズを弾くひとである。ギトギトのブルース好きだった私は、こういう形のさわやかで気持ちのいい音楽を全面的に受けいれられなかった。そしてまたこのひとが長持ちするとは思えなかった。

でも見事に生き残り、ステータスを高めている。みんなに気持ちのいい音楽を送り続けてきたのだから当然だ。そんなひとは例外なく成功している。日本で言うならGontitiか。アメリカでの松居慶子の成功なんてのもその範疇だろう。

私も感覚が代わり、「聴いて気持ちのいい音楽」を好むようになった。心を波立たせる音楽は避けるようになった。青春も朱夏も越えて白秋なのだから当然だ。



熱烈なColtraneファンには「Balldasしか聞いてないヤツは気の毒。Coltraneがわかっていない」というひとが多い。私もそうだった。日本ではBalladsばかりが売れている。

だけど白秋になるとその意見も変ってくる。たしかにBlue TrainやGiant Stepsの奔流のような音の波にこそ求道者としての彼の追いもとめたJazzがあるにせよ(あれはDrugなしにはあり得ない音だ)、逆にまたそんなColtraneが「Ballads」をやった(これも出来る!)というのは医大なのでは内科と思うようになった。(すごい誤変換だなATOK。悧巧なのかバカなのか。偉大なのではないかと思うようになった。)



いかんいかんColtraneに脱線していたら切りがない。Earl Klughの「My Foolish Heart」の話だった。アール・クルーも極力アルファベットで綴るようにしている。クルーがKlughなんて、書かなくなったらすぐに忘れるから。



billevanswaltzEarl Klughの「My Foolish Heart」はギターでは珍しい名演になる。
この曲ならやはりピアノであり、Bill Evansだろう。アルバムは「Waltz For Debby」。ヴィレッジ・ヴァンガードでのライブ。

しかしこのlyricismは夜のものだ。

音だけ聞いていると、朝露のようにさわやかで、いまちょうどさわやかな夏の朝だから似合っているんだけど、ライブだから曲の終わりにパチパチパチなんて拍手が入ると一気にタバコの煙とウイスキーの香りに包まれた1961年のライブハウスになってしまう。

これはカルピスを飲みながら聴く音楽じゃない。
音楽と食と酒は私の中で密接に繋がっている。というか長年の習慣で条件反射になってしまっている。もうバーボンしかない。
かといって朝っぱらからそれは……。いくら外道とはいえ……。
カルピスを止めてバーボンには出来ない。それは人の道に外れている。いまはさわやかな夏の朝なのだ。

さあ、どうする。
朝露のようなカルピスのさわやかさの今から、1961年のニューヨークの夜、グリニッジ・ヴィレッジのライブハウスへのタイムスリップ。手にするのはバーボンウイスキー。

どうするどうする! って娘義太夫か(笑)。志ん生が聞きたくなったな。「寝床」。でもそっちだと今度は日本酒だ。

なにかいい方法はないものか。カルピスの朝とバーボンの夜を丸く収める……あっ!




















バーボンのカルピス割りならすべてうまくゆくような……。むふふ。
なんというハイブリッド解決策。

パソコン話──Windows8とはタッチパネルOS──Tuck & Patti

 私はMS-Dos3.1からパソコンを始めた。フロッピー2枚で25000円。
 それからOSがUpgradeされると律義に買い続けてきた。
 Windowsは3.1から。CDではなくフロッピータイプを買った。フロッピー23枚のOS。
 95や98のあとにmeなんてひどいのもあったが、発売と同時に買った。
 不満があった。不満があったから新OSはそれを解決してくれるのではないかとゲイツに貢ぎ続けた。

 2000で初めて満足した。
 XPがあり、Vistaにもすぐ飛びついた。
 5年ぶり新OSは、要求されるハードのスペックがXPとは桁違いで、多くの問題を起こしたが、その欲求を満たしてやれば、XPよりもはるかにかっこいいOSだった。でも全面的に変更された実験作だからあちこち缺陥だらけ。それはそれでしかたなかったかとも思う。独占企業にお情けは禁物だが。

 それを修正したのが7。VistaはWindows6。7は7じゃない。正しくは6を修正した6.1。
 だけどこの6と6.1の差は大きい。
 毎度書くけど、ふところに餘裕があればVistaのひとは7にしたほうがいい。Vistaに対して誰もがすなおに感じる細かい不満を改良したのが7だ。Vistaを使っていて不満を感じないひとはそれでいいが(そういうひとも多いものだ)、「なんでこうなの? ここをこうできないの!?」のように感じるひとは7にしたほうがいい。きちんとそれが解消されていることに気づくだろう。
 フロッピーOSの時代から使ってきて、私が撰ぶMSのベストOSは、2000と7になる。



 今年末には正規発売になるという8もR版のころにDownloadして使っている。
 いつもなら今の時期、私は7と試用版8をデュアルブートにして、早く8の正規版が出ないかなと待っている状況。それぐらいあたらしいもの好きのだまされるタイプのバカ。フリーソフトは新バージョンが出るとすぐVersion Upする。人柱大好きだ(笑)。賢いひとはこういうことはしない。いまもXPだったりする。

 でも8は私には興味のないOSだった。好きになれずインストールしてすぐ早々と削除した。その後の製品版にちかい改良版にも関心がない。今年末に発売になっても買わない。

 Windows8とは「タッチパネルOS」である。スマートフォン等で慣れていて、液晶を指でいじることが好きなひとには楽しいOSになることだろう。デスクトップやノートパソコンもタッチが主流になるのだ。逆に私のようにそれに抵抗があり、好きでないものには、関心外のOSになる。それだけ。ただそれだけの話である。

 MSは、「将来パソコンからキイボードは消える」との発言もしており、スマートフォンやiPad使用者の取り込みを目論んでいるようだ。
 Mac系は、MacノートやiPad、iPhoneで、それぞれOSがちがい、そのことによる不便があるらしい。MSはそれを統合し、MS系の機器を使うひとは、デスクトップ機、ノートパソコン、タブレット端末、スマートフォンまで、みな共通のOSでOK、操作も同じならアプリも共通、ということを売りにしたいらしい。その尖兵がWindows8になる。



 過日、私と同世代の<きっこさん>が、液晶を指で触って操作する形式を嫌い、画面が指紋でべたべたになるから、あたしはスマートフォンはぜったい持たない、のようなことをツイートしているのを見かけた。彼の言うとおり、これに対する好き嫌いは極端に分かれる。基本として私たちの世代は好まない。私も液晶に指で触れて操作することには抵抗がある。だって初めてのノートを買ったとき、同時に液晶保護シールを買って貼ったほど液晶に対して神経質(?)な、あるいは崇高(?)な感覚をもっている世代なのだ。あれを指で触るのには抵抗がある。

 私は今もデスクトップ機の液晶ディスプレイを専用のクロスでこまめに拭くし、プラスチックブラシで頻繁にホコリを払う。2台並べて使っていて、正面に23インチ、右側のサブが19インチと変則的なので、角度をつけている。すこし折れまがった感じ。角度を直すとき、ディスプレイ周囲の黒枠に指紋がつくと専用クロスで即座に丁寧に拭き取る。拭き取るときにまたついてしまったりするから慎重にやらねばならない。三日に一度はディスプレイ専用クリーナー(スプレータイプ)で磨いている。そういう身には「液晶に触って操作」は無理だ。触るたびに拭かねばならない。

 でもそんなことに抵抗があるのは私や<きっこさん>の世代までで、電車の中で見かける若者や、中には私と同世代の若者じゃないひとまで、もうみなスマートフォンのようだから、「タッチパネル全盛になり、キイボードは消える」は止められない流れなのだろう。



 8を嫌うからWindows7とは長いつきあいになりそうだ。不満がないので8を買うことはない。おそらく8は、よくもわるくも物議を醸す。その「姿勢」が問われる。MS-OSの今後の「軌道」を示したものだからだ。それを受けた9がどうなるのか。

 私としては、出るたびにあたらしいのを買ってきて、そういう自分にはしゃぎつつ、嫌ってもいたから、次の新OSに興味がなく買う気がしないというのは初めての経験になる。ステップアップしたようで気持ちがよい。やっと洗脳から解放されたような。



 BGMはウインダムヒルレーベルの「Midnight Groove」。これはなかなか豪華でセンスのいい選曲。
 今日はAmazonから藺草ゴザが届いた。雨降りだから藺草のにおいにつつまれて読書でもしよう。

midnightgroove

 Tuck & Pattiが懐かしい。M先輩と一緒に青山のブルーノートで見たのはどれぐらい前だろう。90年代はまちがいないが何年だったか。

 黒人女シンガーと白人男ギタリストのコンビ。女が年上。夫婦。息の合った夫婦漫才のよう。一年の半分をワールドツアーで廻っている。仲のいい夫婦なんだろうね。

 ブルーノートで見たとき、Pattiの歌に聴きほれるべきなのだが、私はTuckのギターテクばかり見ていた。フルアコをパッティングする独自のもの。
 ふたりのアルバムはもっているが、調べたら、近年出たTuckのソロアルバムがあるらしい。聞いてみたい。

MilesとRobben Fordの共演ビデオ──YouTube讃歌

Robben FordがMilesと共演したことがあると知らなかった。いまYouTubeで知り、背筋をゾクゾクさせつつ見ている。
YouTubeってのは何でもあるんだなあ。いやはやすごい。あまりにおどろいて、なにがどうなってここにたどり着いたのか記憶にない。

プロレステーマ曲を聴いていたら、三沢の「スパルタンX」で泣いてしまい、泣き腫らした目でホタテの刺身と日本酒を買いにでかけ、資料を読みつつ晩酌にしようと思って、そのまえに今日の日記をつけておこうとパソコンの前にすわって、そこからどうなったのか、なにがきっかけだったのか、なにがなんだか、いつしかMIlesとRobbenの共演を見ていた。

ん? Pamela Williamsを流したのだ。そうだ、日記をつけながらPamelaのサックスを聴いていた。そこが始まりだ。するとNick Colionneのアルバムに参加している曲がひとつあり、Colinneっていくつだっけと検索をかけたらYouTubeの動画があり、その辺をクリックしたら、ギタリスト繋がりでRobbenの名があり、「ああ、ロベン・フォード、なつかしいなあ」とクリックしたらMilesとの共演に繋がったのか。よしよし、きちんと繋がりが確認できた。そうか、Pamelaのおかげだったか。

pamela



Milesがなくなったのは1991年だからもう21年になる。このビデオのルックスから見て晩年だ。マイルスは1990年までは活動していたから假りに90年だとするとロベンは39歳か。
70年代後期のクロスオーバーブームの時に出て来たひとだけど、リーやラリーと比べていちばんブルース色が強かった。ここで弾いてるのも完全なブルースギターだ。
ロベンが出て来たのは76年ぐらいで、マイルスは75年から80年過ぎまで不調で休んでいた。だからその間の共演ではない。マイルスのルックスから80年代後半か。

Milesという天才は立ち止まることなく常にあたらしい世界に突っこんでいった。クロスオーバーが話題になるとその最先端にいたし、電気を取りいれることにも躊躇いがなかった。筒井康隆に「虚航船団」あたりからついて行けなくなったように、私は進化し続けるマイルスにおいてけぼりにされ、50年代のパップへと潜っていったのだった。居直るわけではないが、あの時代のリリカルさほど美しいモノはないと今も思っているけど。

貴重な映像を見せてもらった。YouTubeってのはすごいんだなあ。中毒するひとがいるのがわかる。好きなものをたどっていったらきりがない。倦きることがない。いやはやすごいメディアだ。

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【追記】──2/25

robben

雨の日の朝、起きて、最初にまた聴いてしまった。何度聞いてもいいや。ロベンのアタックの強いピッキングがいいなあ。そしてその前後を挟むマイルスのソロ。9分の映像。Downloadして保存させてもらおう。

マイルスはガムを噛んでるのか(笑)。

マイルス来日時にタモリがインタビュウした映像を何かで見た。タモリがめちゃくちゃあがっているのがほのぼのとしていた。トランペットをやっていたタモリには神様だったろう。

YouTubeには、まだ見ぬこんな垂涎ものの映像がいっぱい眠っているのだろう。焦ることなくむきになることなく、今回のように偶然出会うことを楽しみにする。探したら幸運は逃げるような気がするから。

ジャック・ルーシェ時折トーマス・ハーディン──神山純一の魅力

thomas2


今朝の音楽はこれ。Thomas Harden Trioの「Jazzで聞くクラシック」シリーズのAdagio篇。
トーマス・ハーディンなんてジャズ・ピアニストは存在しない。日本人・神山純一がプロデュースしているBGMシリーズだ。日本人が日本人のジャズやクラシック初心者に向けて制作しているアルバムだから、当然のごとく「Jazzで聞く桑田佳祐」なんてのも出てくるわけで、その他も宇多田ヒカルとか浜田省吾とかいろいろあるようだ。
私はそれには興味はない。クラシックシリーズしか聞かないし、中でもこのAdagioがいちばん気に入っている。これはほんとによく出来ていて、いつ聞いても気分が良くなる。選曲がいい。

しかし売れ線なのはきっと日本人のそれのほうだ。たぶんこういうCDを購入するひとは、クラシックの名曲がJazzyに演奏されているものよりも、自分のよく知っている桑田やユーミン、陽水の曲を好むのだろう。それにしても神山純一の名を隠してThomas Harden Trioと名乗るあたり、なんとも商売上手だ。ファン心理がわかっている。



クラシックをJazz Pianistが演奏しているシリーズといえばJacques Loussier(ジャック・ルーシェ=フランス人)が有名だ。それはホームページのここに書いたので興味のあるひとは読んでください。2008年12月の文章。

でも、これが言いたいことなのだが、本物であり先達であるジャック・ルーシェよりも、神山純一を聴きたくなる時があるのだ。それは「Lady Borden」よりも「明治エッセルスーパーカップ超バニラ」が食べたくなるときに似ている。高価で乳脂肪率とかも高いレディボーデンの方が本物のアイスクリームで、安売りなら100円以下で買えることもある超バニラは爐發匹瓩覆里も知れないが、それでもいま食べたいのは超バニラなのだ。そんなときがある。(でもだからといって、「ビールじゃない、発泡酒が、第三のビールが飲みたいんだ!」と思うことはないなあ。)

架空のトーマス・ハーディンの方が本物ジャック・ルーシェよりも確実にすぐれていると感じるのは、「気持よく聞いてもらおう」ということに徹している点だ。ルーシェの場合は「クラシックをジャズで演る」ということに使命と誇りを持っている。またトリオであることも意識している。よってベースやドラムにも活躍の場を与える。つまりジャック・ルーシェに取っていちばん重要なのは「ジャック・ルーシェトリオが演奏している」ということなのだ。それはもう真に誇り高いジャズミュージシャンとして当然だろう。

一方神山純一は、自分の名を消して、架空の「トーマス・ハーディントリオ」なんて外人名のジャズトリオを設定するぐらいだから、商売と、お客さまに「気持ち良く聴いてもらうこと」を第一義にしている。だからジャック・ルーシェトリオみたいに、いきなり太鼓がドタンバタンと活躍を始めて、「ど、どうした、何事が起きたんだ!」と驚くようなことはない。生演奏のホテルのラウンジでグラスを傾けているように、ひたすらこちらを心地良くしてくれる。それがもう、ほんとに気持ちがいい。こんなのを聴いていたら朝から酒が飲みたくなる。

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これ、ほんとはツイッターで「今朝の音楽は」とつぶやきたかったことである。「今朝はこれを聴いている。とても気分がいい。朝から酒が飲みたくなった」と140字以内でまとめ、それで終りのはずだった。でも私の日の丸仲間はみな熱く政治を語り、フジテレビの韓国ベッタリを批判し、燃えていたので、そこに「今朝の音楽はトーマス・ハーディン・トリオ」と書きこむのは失礼な気がして遠慮した。

こういうのはどうしたらいいのだろう。音楽を語るだけの別のアカウントを作ればいいのか。いやいや、そんなことをしてまでツイッターにこだわる必要はないな(笑)。ここに書けばいいことだ。
たぶん音楽のアカウントを作ってそっちでつぶやきを始めたら、坂本龍一からキヨシローまで、あっちにはサヨクが多いから、別の悩みが生じるだろう。ま、これ以上ネットに関わるのは自粛しないと。意見の合う日の丸仲間を大切にしよう。どうやらかなり隠れ創価学会がいるようで憂鬱になっているが。

来週ディスプレイが届いてデュアルに戻ったらまた感覚も変るだろう。シングルディスプレイはひとつのことしか出来ないから、やるべきことがあるときには集中できていいが、ひとつのことしか目に入らず心が偏るとも言える。デュアルディスプレイは、複数のことを同時にやるから、あちこち目移りしてふわふわしているが、その分、心の偏向は防げる。

デュアルディスプレイにもどったらネットに依存しなくてもパソコンの自由度が増えるから、その分ネットと距離をおけるようになる。楽しみだ。何事も「なくなって価値がわかる」というが、デュアルディスプレイが私のパソコン生活でいかに重要であるかよくわかった。早く戻りたい。来週だ。待ち遠しい。

「報道2001」のサイドワインダー1

今日から「報道2001」が模様替え。

スタジオのセットも替わっていた。

今までの政治一色から離れ、すこし手を拡げるようだ。

今日の放送内容を示すオープニングで、リー・モーガンの「サイドワインダー」が流れていた。トランペットの名曲、1963年のヒット曲。なかなかいい選曲センスだ。スタッフも変ったのだろう。朝っぱらから「サイドワインダー」を聞くとは思わなかった(笑)。
こういうのもあたらしい試みになる。

あいかわらず仕切りすぎの黒岩が不快でチャンネルを替えると、TBSのセキグチの番組に出ている慶應のキムコ教授の不細工な顔を見てしまった。見たくない顔である。せっかくのカフェオーレがまずくなる。急いでまたチャンネルを替える。

しかしまあサヨク思想に真に染まっているならまだしも、頭の中カラッポなのに、商売としてサヨクっぽい言動で稼いでいるセキグチヒロシなんてのは本当にみっともない。
 いや、バカがリコウのふりをするには最も楽な方法だから、かしこい、と言えるのか。バカなのはこんなニセモノにだまされる視聴者だ。いやいや、それはだまされて当然の心情サヨクだからどうでもいいか(笑)。

いろいろあるが、フジ、日テレが、テレ朝、TBSより好きなことにかわりはない。

冬はオルガン

 冬はオルガン

冬はオルガン。寒い日にはあたたかい音色がよく似合う。
Jimmy Smith,Jack McDuff、毎度の定番。

これも毎年書いてるなあ。人生は繰り返し。

一年ぶりのサウンドが懐かしい。

名曲名演Winelight


 名曲名演Winelight

 その曲がSmooth Jazzから流れてきたとき、しばし私は聞き惚れた。メロディを取っているのはギターである。アレンジもいい。ブレークもいい。すべてが完璧に思えた。演奏者はPoul Brown。
 早速調べてみた。

Poul Brown

http://www.universal-music.co.jp/jazz/artist/paul_brown/index.html



 なんともおもしろい経歴である。錚々たるアルバムをプロデュースしてきた音楽プロデューサなのだ。その人が今になって自分でギターアルバムを出してしまった。「元気が出るテレビ」のプロデューサだったテリー伊藤が裏方から突如タレントになったようなものか。
 とにかくすばらしいアルバムである。ライナーノーツにあるように2004年のベストであると思う。

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 が真に書きたいのはそのことではない。私はPoul Brownの演奏する「Winelight」という曲に惚れ込んだ。それを見知らぬ曲と思っていた。しかしそれは勘違いだった。念のために音楽専用HDDを検索すると本家本物の演奏を数Version持っていたのである。
 本家とはこの曲を作曲し演奏しているGrover Washington Jrだ。彼がサックスで演奏する「Winelight」を私はすでに持っていたのだった。しかもいくつかのパターンで。だが心に残ってはいなかった。持っているその数パターンをあらためて聴いたが、さして惹かれはしなかった。これはどういうことなのだろう。

 おどろいたのは、Poul Brownはほとんど原曲を崩さず、Grover Washington Jrのアレンジそのままに演奏していたことである。つまりたいしたことのない曲を独自のアレンジで生き返らせたわけではない。なのに原曲は私の心に響いてこないのに、どうしてPoul Brownのギターはしみこんでくるのだろう。不思議でならない。
 よくあることのようで私にはほとんど経験のない出来事だった。

ラビィ・シャンカールを聞く

 ラビィ・シャンカールを聞く


 世界の音楽を聴くための調べものをしていた。トルコ音楽を聴きたいのだが素材がない。ネットで調べると出入りの図書館にあるようなので(こういう方面に関して図書館は強い)出かけてみた。

 ふと「インド音楽」に目をとめ、大御所のラビィ・シャンカールの1枚を手にする。その時点では借りる気はなかった。いま私が必要としている音楽は、気持ちよく仕事をさせてくれるBGMである。その点シタール音楽は瞑想世界に入ってしまうから好ましくない。あと、打楽器中心のアフリカ音楽は仕事にならないので敬遠である(笑)。

 なのにその1枚を手にしばし感慨に浸ったのは、そういうこともやがてあるであろうと思っていたことが現実に起きていたからだった。べつに不思議でも何でもない。ごくふつうのことだ。CDジャケットにこう書いてあったのだ。
《実娘、ノラ・ジョーンズの世界的活躍によって再注目されている、シタールの巨匠、ラビィ・シャンカール》と。
 ノラの活躍によってシャンカールと結びつけるCDが出るであろうとは思っていたが、すでにもうこんな惹句が使われていたのだった。とはいえこれをノラのファンが手にし、「エッ、この人が父親なの!?」と手にして購入することはあるまいと思うが(笑)。そんな人は知っていて探した人だろう。なにも知らない人がシャンカールのCDを手にして……ということはあり得まい。第一置いてある場所が全然違う。

 その後にはこう続く。《活動65周年を迎えた彼の、1970年代後期から80年代初期に録音された代表的ナンバーの初ワールドメイドCD化です。》
 ノラが生まれたのは79年3月30日である。ラビィ69歳の時の子供だ。「生後すぐに別居」とされているから詳しい状況は知らないが、お腹に中にいるころは父が隣にいたのか。これはそのころ作られた音楽である。ガンジーに捧げられた一作だ。売らんかなとはいえ、そしてまたどんな形であれ、すぐれた作品が売れて世に出て多くの人に聞かれることはよいことだ、とはいえ、シャンカールのこの時代の音楽が「ノラの父親」として売られることには、なんとも複雑な思いがする。でもそれは一応両方を知っているからであって、シャンカールファンがノラを知ればそれはそれでうれしいし、それよりも、ノラのファンがノラの父親ということでこのインド音楽を知ったなら、やはりうれしいことだと思う。

 ノラはアメリカ育ちである。物心着いたノラが、身近に父のいない自分だが、父はインドの高名な音楽家であると知り、父の音楽を好んだことは間違いあるまい。もしも公的に「母親は一切聞かせなかった」とされているなら(なのかどうか知らないけれど)、だったらノラの音楽の深みは血の成せる業としか言いようがない。ノラの奥深い魅力にインドからの、父からの影響があるのは確かなのだ。
 その辺のことを語ったノラのロングインタヴュウはあるのだろうか。ぜひとも知りたい。

 かつての音楽仲間・金沢のKに初めてノラを聞かせたとき、「カントリーですよね」と言った。どこからどう聞いても大好きだったリンダ・ロンシュタッドやドリー・パートンと同じ魅力的なカントリーの歌手としか思えなかったようだ。それはまだ聞き込んでいないから奥深い味が解っていないのだろう。一聴しただけではノラはアメリカの肉だ。カントリーに過ぎない。充分にうまい最高の肉だが。
 だがかみしめるほどに独自のスパイスが味を出す。ノラの尊敬する優れたカントリー歌手であり最高級のシンガーソングライターであるドリーは、ソングライターとしてはともかく、歌手としてはアメリカ人受けするカントリー歌手の範疇から飛び出すことはなかった。ノラはそんなものを簡単に超えて世界的な存在になった。違いは何か。奥深いスパイスである。ドリーはうまいハンバーガーでしかない。見た目は同じでもノラにはその奥にもうひと味あるのだ。

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 いやいやノラ・ジョーンズのことを書くのではなかった。お恥ずかしい。
 というわけで昨夜から私は、今も、ずっとラビィ・シャンカールを聞きっぱなしなのである。

 亡父のためにあげている線香の匂いがよく似合う。まこと幻想的な音楽である。
 この音楽が仕事のやる気を増すのか削ぐのか、結論はまだ。

コルトレーンの「stardust」5

「バラード」の前の「バラード」

 先週M先輩と渋谷であったとき、ジャズCDを20枚ほどもらった。先輩があまたある見本CDの中からぼくが欲しがるだろうと思うものを選んでくれただけあって逸品ぞろい。今日は夕方、図書館に本を返しに行ったがCDを借りる気はまったくなかった。聞かねばならないものが山とある。急いで帰ってきた。

 このCDはコルトレーンの名盤の誉れ高い「バラード」の前に吹き込まれていたテイクを集め、死後35周年ということで再構成したらしい。プレスティッジ時代の吹き込みである。「バラード」が1961〜62年の吹き込みなのに対し、これはその前の1958〜59年のものだ。共演者も違っている。当然ながらそれは今頃出てくることでも判るようにコルトレーンがアルバムコンセプトをもって演じたものではない。悪い言いかたをするなら、倉庫整理のとき見つけたものを、死後35周年にかこつけて寄せ集め、「Stardust」と題して発売したようなものである。

 だが、いい。抜群にいい。レッド・ガーランドのピアノもいい。ポール・チェンバースのベースもいい。名人達人揃いだ。「バラード」のマッコイ・タイナーのピアノやジミー・ギャリソンのベースよりもむしろ私には好みになる。なんとも上品な味わい深い作品集である。
 もうひとつの特典は「バラード」がコルトレーンのワンホーンなのに対してフレディ・ハバートのトランペットがあることだ。これが「バラード」の取りようによってはちょっと甘すぎる点を引き締めてくれている。やはり音質の違うホーンがあると世界が拡がる。

 コルトレーンの「バラード」に関しては以前書いた。日本でいちばん売れた、今も売れている彼の作品である。だが通と呼ばれる人からは評判が悪い。あんなものはコルトレーンではないと。上記一応「名盤の誉れ高い」と書いたが駄作と評するジャズマニアも多い。
 このマニアの評価の差と現実の売れ具合、というねじれ現象はおもしろい。いかにもジャズだ(笑)。

 コルトレーンはまさにジャズの求道者と呼ぶのにふさわしい人だった。自分を突き詰めるようにして限界に挑んでいった。とどまるところを知らず次から次へと新しいものに挑んで行き、その力を引きずり出してくれたドラッグにすべてを吸い出され、干からびて死んだ。形が違うしこんなことを言うと両者のファンから非難されそうだが、死に様は枝雀と似ている。両方とも私からすると「あそこまでいっちゃったら死ぬしかないよな」で共通している。
 求道者コルトレーンの後期の音楽は絵でいうとピカソのようである。そのピカソがさわやかな水彩画風景を描いたのが「バラード」だった。ピカソ自身もふつーの絵(?)を描いたらふつーにうまかったことは誰でも知っている。あたりまえだ。天才レヴェルの話である。
 コルトレーンがふつーにバラードを演奏したらふつーに最高であることはわかりきっていたことだった。そしてまたそれが一般に受け入れられ売れることも。でもそうなると求道者コルトレーンを支持する人たちはそれがおもしろくない。これもまたわかる心理だ。

 私は、コルトレーンの「バラード」を聞き、段階的にむずかしいコルトレーンに進んでいった人がいるとしたら、心からうらやましいと思う。私の場合は勉強の一環としていきなりポンと既成のジャズを破壊するかのように一心不乱に精進するコルトレーンに触れてしまった。私がいまもむかしも一番好きなのは50年代のBapである。マイルスとやっている頃のコルトレーンが好きだ。でも目覚めたばかりの勉強中であるその当時はそこまで言い切れない。とにかく何事も勉強だとこっちも一心不乱にコルトレーンの作品集を聞きまくった。

 既成のものを壊しあたらしいものを想像する姿勢はわかったが私には馴染まない。そのことから私は、コルトレーンが私なんぞの理解できない高見にいる人なのだと認めつつ(実際常にあたらしいモノを目指しての上昇志向は驚嘆と尊敬に値する)、自分とは合わない人なのだとも決めつけていった。おおきな障害となったのはコルトレーン好きの存在である。どうもこの人たちとは肌が合わない。
 だからこそまた彼らの推薦する名盤よりも「バラード」が売れている現実にはほくそ笑んでしまう。それは東大卒の共産党員が貧しい無学な庶民に対し、「あなたたちのために」と理想社会を説いているのに、肝腎のその「あなたたち」は地元出身の自民党議員を選ぶ現実と似ている。

 と言えるのは今だからであって、当時の私は読みまくっていたジャズ書に影響されていたから、そこで否定されていた(意図的に無視されていて評価の対象にすらなっていなかった)「バラード」は聴かなかったのである。恥ずかしい。もしもあの当時、コルトレーンについて訊かれたら、そのまんまジャズ解説書のセリフを言ったろう。「バラード」を否定したはずである。仮定するだけで赤面する。
 つい昨年だったか、iTunesから流れてきたオーソドックスな一曲を聴き、「いいなあ、うまいなあ、これ。誰なんだろう」とチェックして、それがコルトレーンの「バラード」の中の一曲と知ったのだった。むずかしいものの食わず嫌いになるならともかく、わかりやすい素直なモノを食わず嫌いしていたのだから、これは頭でっかちになりやすい人間にとっては肝に銘ずるべき反省になる。ずいぶん遠回りをしたものだ。この「スターダスト」を素直に楽しめたのは言うまでもない。

 まったくもってジャズと落語は似ている。
 極論すると「バラード」は三平や『笑点』になる。
 ネットで落語好きの文を読むと、まずは『笑点』の否定から始まっている。それはそれで正しいのだろうが、同時にまた明らかな間違いであるようにも思う。心寂しいとき、三平の明るさにいかに救われたことか。死にたくなるような惨めな時間、喜久ちゃんの毒のない笑いにいかに心和んだことか。
 『笑点』を毎週見ていても落語をわかったことにはならない。だがかといって『笑点』を鼻で嗤い、落語の通ぶる人にはもっと本質的な何かが闕けている。どんなに寄席に通い音源や映像を蒐集し、頭と心に落語を溜め込んでも、日曜五時半の『笑点』を楽しみに待つ田舎の年寄りの感覚を理解しない限り、落語をわかったことにはなるまい。コルトレーンの「バラード」を否定するジャズマニアと同じように。
 というのが今の私の落語とジャズに関するひとつの結論になる。
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