酒話──ワインには熟睡効果?──日本酒の敵はワイン

 睡眠には体力がいる。若者がよく言う「15時間ぶっつづけで眠った」なんてのは、若くて体力があるから出来ること。そのころはそうなのだとは知らなかった。
 齢を取ると睡眠が浅く短くなる。長く深く眠る体力がなくなってくるのだ。とは智識では知っていたが他人事だった。ふと気づけば見事にそうなっていた。



 海外旅行のために親に猫を預かってもらい、田舎で同居していた頃、70代の父が深夜と明け方に二度トイレに起き出すのを、二階で徹夜仕事をしつつ、その気配を感じて気の毒に思っていた。せっかくいい気分で寝ているのに尿意で一晩に二度も起き出すのはつらいだろう。冬場なんて暖かい布団から抜けださねばならない。
 なのにまさか父より十年以上も早くそうなるとは思わなかった。もっとも寝る前にあれだけ大量にビールやホッピーを飲めばトイレにも行くだろうけど。いやいや若い頃はそれをしても起きることはなかったのだ。

 そしてまた思うのは、そういう不自由は慣れてしまえばたいしたことはない、ということだ。三十年ほど前、捻挫して初めて一ヶ月ほどびっこを経験したとき、初めて味わう我が身の不自由さと障碍者にやさしくない街の作りに腹立った──交叉点を渡りきらない内に信号が点滅を始めるのはひどいと思った──のだが、生まれてからずっとそういうひとは、意外に達観していて腹立たないのかも知れない、とも思うようになった。病気や障碍とうまくつきあっているのだ。

 私が風邪を引くのは五年、七年に一度ぐらいだから、そのときはそれはそれはもう大騒ぎだ。死ぬかも知れないと思う。でも世の中には年に十回ぐらい風邪を引く、というかほぼ年がら年中風邪気味のひとがいる。たとえば知りあいのKさんだ。あのひとのブログで「風邪を引いて咽が痛い。熱が出た。咳が出る。痰が出る。今日はもう早めに寝る」とか「風邪もなんとか峠を越して、今朝は咽の痛みは治まっている。しかしまた熱が」とかは毎月定番のようなものだ。そういうことのない私からすると「このひとは生きていて楽しいのだろうか」とすら思う。競馬好きのKさんはJRA全国の競馬場のすべての救護室の世話になっていて、どの競馬場の救護室がどこにあるかすべて頭に入っているとか。ああいうひとにとって病気はともだちみたいなものなのだろう。そしてまた腺病質のひとのほうがけっこう長生きしたりして、病気知らずがポックリ逝ったりするのがひとの世の常だ。

 毎晩小用で睡眠を邪魔されるのは愉快なことではない。今までそういう故障を知らない。尊敬している高島俊男先生の生活でどうにも実感出来ないのに「診察券の数なら負けまへんで」というのがある。先生、目から耳からお腹、痔まで、そこいら中を病んでいてトランプが出来るぐらい診察券をもっているらしい。私は歯医者以外の医者を知らない。だからたかがそんなことでも大騒ぎなのだが、それでも、これが老いということなのだろうとすなおに受けいれられるようになった。しかし「毎晩小用で起き出さねばならない」を受けいれることと「睡眠が浅くて不愉快」は別問題である。



 夜中に起き出す父を案じた田舎生活の頃は深夜型。毎晩徹夜で夜が明けてから寝ていた。そういやあのころはインターネットがまだ遅くて、それでいて値段は高くて苦労した時期だ。深夜型だったのは「23時から朝の5時まで定額でインターネット使い放題」だったことも関係あろう。それ以外は遅いくせに分単位の課金だったのだ。毎度一例として引くが15MBのiTunesをDownloadするのに一晩かかった。

 近年は相変わらず午後9時就寝午前3時起床の生活である。ほろ酔い機嫌ですんなり午後9時に眠くなるところまではいいが、決まって午前1時頃に目覚める。つまり今の私の体力では一気の熟睡時間は4時間が限度らしい。ここでまた1時から3時までの2時間をもう一度ぐっすり眠れるならなんも不満はない。それが出来ない。かといってここで起き出し、睡眠時間4時間でがんばる体力もない。それをすると午後に疲れが出る。やはり6時間は欲しい。この1時に目覚めてしまったときがじつに半端なのだ。まだ寝たりないし、かといって眠くてたまらない、というのでもない。いきおいベッドの中で、横になっているだけの寝ているんだか起きているんだかわからない2時間を過ごすことになる。これが不本意だ。すぐに3時の目覚ましが鳴る。不承不承起き出すが、どうにも気分すっきりやる気満々の朝とはいいがたい。 



 先日、午後9時就寝なのに、午前3時の目覚ましが鳴るときまで気づかず、しかも目覚ましが鳴って起き出しはしたが眠くてたまらず、5時に掛け直して二度寝したことがあった。5時にやっと起き出した。3時から5時までもぐっすり眠った。8時間熟睡である。この日は満ちたりた気分で絶好調だった。一日中充実していた。前夜を振り返ると、しごくひさしぶりに赤ワインを飲んだ日だった。ふつうのひとから見たら凄い量を飲んでいるが(笑)、私にしてはたいしたことはないし、宿酔いの気配など毛ほどもなかった。それでもひさしぶりに味わった熟睡の理由を、「ホッピーよりも強い赤ワインをたっぷり飲んだからだろう」とした。ともあれこのとき、「ワインを飲むと熟睡できるのか!?」とは思った。



 私にとってワインは肉を食うときに飲む酒である。いま基本的に肉は食わないので機会が激減した。それでもこの「熟睡」を試してみたく、昨夜はウインナソーセージとフライドポテトをつまみに飲んでみた。いつもはビール用のつまみだが今夜はワイン用だ。私の肉嫌いは、いかにも肉という見た目にあるので、餃子とかウインナだとしらんふり?して喰うことが出来る。

 すると今朝はなんと6時まで熟睡した。午後9時からだから9時間。寝過ぎである。それでも文字通り猝潅罩瓩世辰燭ら躰が要求した睡眠ではあった。ここのところ慢性の睡眠不足だった。これまた飲み過ぎではない。その辺は計算している。どうやら私には「熟睡したいときにはワイン」という特効薬が出来たようだ。ありがたい。



 ワインで助かるのは、輸入品の安物でもそれなりにうまいことだ。ビンボな私のお気に入りはチリやアルゼンチンの南米モノだ。充分にうまい。葡萄の木はフランスから渡ったものだしね。フランスで全滅してあちらから戻した経緯もある。これが日本酒だとそうは行かない。安いものは値段通りにまずい。よって日本酒は高くつく。日本好きの日本人として「日本人なら日本酒だ、日本酒以外飲まない!」ぐらい言いたいのだが、なにしろ懐が……。

 日本酒業界は長年ウイスキーやビールをライバルとしてがんばってきたが、今の時代、真の敵は同じ醸造酒のワインだろう。なにしろあちらは生産地が「世界的」だ。そのうえ飲みやすい。これはもう客観的に見て、オンナコドモにとって、日本酒よりワインは飲みやすい。それは言いきれる。それを意識してか「ワイングラスで飲むうまい日本酒コンテスト」なんてのまであるらしい。くだらんなと思いつつ入賞した日本酒をけっこう飲んだりした。それは四合瓶で千円前後なのだが、どう考えても同じ値段のワインのほうがうまい。

 不思議と「日本酒で熟睡」はない。似たような酒だから、となると「慣れ」も考慮しなければならない。毎日のようにワインを飲むようになったらこの「熟睡効果」も薄れるのか。

 ともあれ今夜もワインのお蔭で熟睡できそうだ。なんともありがたい。こんなことにありがたさを感じる時代が来るとは夢にも思わなかった。 

ホッピー話──毎日ホッピーの2013年──ホッピーブラックにはまる

 2012年6月13日に書いた「ホッピー飲むならホッピーグラス」が今も読んでもらっているようなのでひさしぶりにホッピー話。いくつか話がたまったので項目に「ホッピー」を作り独立させた。2年前からあまりにホッピー漬けなので記録しておきたい気持ちもある。
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 別項で書いているが、私はホッピーに関して初心者である。40年前の学生時代からホッピーは知っている。しかしイメージが悪かった。そもそも当時の私は焼酎を飲まなかった。ホッピーのイメージの悪さは焼酎からの連想でもあった。 焼酎は土方の酒だった。コンサート資金を稼ぐために私も土方はよくやったが焼酎を飲むことはなかった。私にとって焼酎のイメージは「安く酔える酒」であり「まずい酒」だった。

 時が流れ、なにがきっかけだったか私も焼酎を飲むようになった。だが今もうまい酒とは思わない。いやそれなりの値段の焼酎はうまい。だけどやっぱり私には、醸造酒のほうがうまい。蒸溜酒よりも。

 ただし蒸溜酒にはウイスキーに代表されるように「場の雰囲気」がある。焼酎にもそれはあるのだろうが──たとえば沖縄の風に吹かれながら古酒(クースー)を飲むような──私はまだそれを感じたことはない。
 唯一焼酎に関して見直したのは、よく言われることだが、たしかにこの酒は翌日残らない。土方の酒という認識の時、私はそれを「安くて酔える」からのみ解釈していたが、翌日も仕事のある彼らは「酔える」と同時にその「残らない」もまた躰で知っていて愛飲していたのだろう。一種の生活の智慧か。

 焼酎で思い出すのは、ライター駆けだしのころ世話になった編輯者が、痔主らしく、私の日本酒をうらやましそうに見ながら焼酎のうすいお湯割りを飲み、「そりゃ醸造酒のほうがうまい。おれも飲みたい。でも朝がつらい」と言ったことだ。焼酎は痔にもやさしいらしい。日本酒はきついそうだ。



 安酒の焼酎の割物というイメージだったホッピーが、競馬の帰りの飲み会で、今時の若者にはシォレた酒なのだと知り認識をあらたにしたことは書いた。現女社長のイメージ戦略の成功である。早いものだ、あれからもう十年は経つのか。それでも私が本格的にホッピーを飲むようになったのはまだ数年にすぎない。前記、2012年の6月にはホッピーグラスを通販で買い、キンミヤとの相性の良さに燃えている(笑)。そのときはまだ、レギュラー、ブラック、55のみっつをぜんぶ飲んでいた。



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 2013年、いやあこの年はホッピーを飲んだ。ほんとに飲んだ。それもみなブラックである。いま私は「ホッピーブラック党」だ。レギュラーは飲まない。麦芽100%の55は近所で売ってないので飲めないが、売っていてもきっとブラックを飲むだろう。これにはまってしまった。

 外国に出ていたのが100日、日本にいたのは265日、その間、ビールの日や日本酒の日が週に一度ぐらいあった。肉を食わなくなったのでワインと縁遠くなったことはここに書いた。
 ビールの日と日本酒の日にも1本は飲んでいたから、250日はホッピーを飲んでいたろう。一日ブラックを4本である。1000本は飲んだことになる。それは今年も続いている。



 はまった大きな要因に近所のスーパーのホッピー安売りがある。なんとレギュラーとブラックを100円で売っていたのだ。ホッピーの平均的な値段は125円だろう。安いところでも115円までしか見たことがない。ところがなぜかこのスーパーは税込100円で売った。もちろんそれは目玉らしく、大きく宣伝していた。それが続いた。私は夕方の買い出しでブラックを8本買うのが習慣になった。2日分である。出かけない日もある。その時のために、切れないようにした。行ったときは多目に買い、常に冷蔵庫にはブラックが4本ある状態を心懸けた。このスーパーの安売りの影響は大きかった。あれが125円のままだったらこんなにはまったかどうか……。

 レギュラーではなくブラックに凝ったのは、苦い分こちらのほうが魚に合ったからだ。私は泡系の酒は焼き物や揚げ物に、魚と煮ものには日本酒なのだが、安い日本酒はまずいので、そこそこのものを買わねばならない。が、それは懐にいたい。キンミヤとホッピーの組合せと比したら、そこそこの日本酒はかなりの出費になる。その点ホッピーブラックは魚にも対応してくれた。これもはまった大きな理由になる。うどんや蕎麦にも合った。ピザ系のチーズにも合った。ま、万能なのである。あくまでも私の味覚であるが。



 ホッピーにはまって困ったこと。
 ビンの処理である。毎日4本ずつ空きビンがたまってゆく。これは問題だった。いま私のところはビン・カンの蒐集は週に一度。それもビンとカンが交互だ。つまりビンを捨てられるのは2週間に一度。毎日4本ずつたまる。40本以上のホッピー空きビンが台所に並ぶ様は異様だった。憂鬱になった。それがゴミとして出せ、台所がスッキリしたときは、しばらくはやめようかとすら思った。思いつつ夕方にはもう飲んでいるのだが。

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 スーパーにもどせると助かるのだが、発泡スチロールのトレイやペットボトルは回収してもホッピーのビンはもどせないようだ。ワンウェイボトルだからか。



 今日からの消費税アップで、この「100円ホッピー」が終了するであろう事は予測できた。だから3月はそのスーパーに出かけるたびに8本買った。1日4本だから、毎日行けば4本ずつストック出来る計算になる。しかし毎日そのスーパーに行くわけでもない。

 3月31日、そのスーパーのホッピーが補充されてなかった。100円ホッピーはあるだけ限り。まちがいなく4月1日からは値上がりのようだ。そりゃ見たことのない大サービスだった。よくぞ半年も安売りを続けてくれたと感謝する。ブラックはもう売りきれていた。残っているレギュラーを10本買った。それで全部。ホッピーコーナーがきれいに空になった。
 と書いて気づく。おそらくこれは前日のままだ。前日、私がそこにあったブラックをぜんぶ買った。8本だった。ブラックは空になった。レギュラーがいくらか残っていた。そのままだったのだ。翌日それをまた全部買った。ということは、あのスーパーのホッピーコーナーで、いちばん熱心な客は私だったことになる(笑)。

 いま数えてみたら、冷蔵庫の中のホッピー(満杯の写真をアップしようと思ったが恥ずかしいのでやめる)と、ちびちび買い溜めしたもので、私の部屋には合計40本ほどあるようだ。十日分である。
 高くなったホッピーでも、今までと同じホッピー狂いが続くのかどうか、まだわからない。なにしろ帰国した去年の9月から10日の内9日はホッピーばかり飲んでいるので、いまこれをやめて何にするかとなっても思いつかない。どうなることやら。



 今朝のBGM。Candy Dulfer{Saxuality}。1990年のミリオンセラー。なんといってもアレンジがいい。
 キャンディに興味のあるかたは、こちらのサイトがYouTubeを貼りつけて紹介しているので聞いてみてください。いま検索して知ったばかりのサイトですが、世の中には熱心なひともいるんですね。私にこういう熱意はないなあ。というかブログに動画ってどうやって貼りつけるのか知らん(笑)。

 このサイトに私の大好きな「Lily Was Here」がありますのでぜひ聞いてください。ギターとのかけあいがクールです。

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【追記】──119円に
 4月1日の夕方にスーパーを覗いてみた。税抜き110円、税込119円になっていた。 

【追記.2】──またまた103円に、ありがとう!
 4月10日、そのスーパーのホッピーコーナーを覗いたら、またまた大サービスのビラがあり、「税抜き95円、税込103円」で大売り出しだった。きっかり消費税分の3円しかあげていない。これからもホッピー漬けの日が続きそうだ。 

酒話&競馬話──「越後桜 大吟醸」を飲んでみた──「コダマはカミソリの切れ味、シンザンは鉈の切れ味」──「ならメイヂヒカリは日本刀の切れ味だ!」

echigosakura 私はあまり「大吟醸」は呑まない。日本酒にフルーティな香りは求めない。むしろ苦手なぐらいだ。フルーティな大吟醸が好きだという女も多いが、好きじゃないという日本酒好きの男もまた意外に多い。

 昨日、宮城県産の旨そうなかつを切り身を見かけた。
 かつを刺身なら日本酒だ。日本酒は生魚に合う世界一の酒だ。こういうのに白ワインのひともいるが、私は生魚や生貝類をワインで楽しむ味覚とは意見があわない。



「コダマはカミソリの切れ味、シンザンは鉈の切れ味」という武田文吾調教師の言葉は有名だ。これは昭和39年にシンザンが無敗で皐月賞を制したときに、昭和35年に同じく無敗で皐月賞を勝ったコダマとのちがい(共に武田調教師が管理)を問われ、武田師が言った比喩である。

 この言葉の意味は誤解されていて、私は機会があるたびに書くようにしているのだけれど。
 コダマはダービーも勝って無敗の二冠馬となる。レコードタイムで駆けぬける駿馬だった。母はシラオキであり名血だ。菊花賞は5着に敗れて三冠はならなかった。
 対してシンザンは地味な馬だった。血統でも注目すべき点はない。
 皐月賞の時点で、2頭の無敗の皐月賞馬のトレーナーとなった武田師は、両馬の評を問われて、そう応えた。武田師の中でコダマとシンザンの評価は雲泥の差があった。それが「カミソリと鉈」なのである。
 人間の評価に例えるなら、コダマを「1を聞いて10を知る天才やね」と絶讃し、シンザンを「1を聞いても1しかわからんけど、一歩一歩着実に歩んで10を知る努力家や」と言ったようなものである。

 ところがシンザンは多くの二冠馬(クモノハナ、トキノミノル、クリノハナ、ボストニアン、コダマ、メイズイ)の叶えられなかった夢を叶え、セントライトに続いて日本競馬史上二頭目の、戦後初の三冠馬となる。さらには天皇賞、有馬記念も勝って犖浚馬瓩覆鵑匿係譴泙農犬澆世好后璽僉璽好拭爾箸覆辰拭E時は八大競走外だったが宝塚記念も勝っている。天皇賞が今のように勝ち馬も出られる制度だったらまちがいなく2勝しているだろう。するとG7勝の先駆である。JCもあったらG8勝の記録を作っていたか。

 誤解とは、その圧倒的戦歴(19戦15勝2着4回)から「鉈」が過大評価されてしまったのだ。「カミソリは切れ味鋭いが脆い。その点、鉈はどんな籔でも切りひらいて行く。歯が缺けることはない。すごいぞ、シンザンは鉈なんだ!」のように、シンザンを知らない世代から崇め高められ、名言が見当違いのひとり歩きを始めてしまったのである。
 そうじゃない。武田師は、あきらかにカミソリよりも切れ味の鈍い、格下の存在として「鉈」を使ったのである。
 後に、「シンザンは爛ミソリの切れ味をもった鉈瓩世辰拭シンザンに失礼なことを言った」と述べている。
 私は、機会ある毎にこのことを書いて誤解を消すようにしているのだが、ひとり歩きが早すぎて追いつけない。
 最近は、それはそれで名言の味だから、これでいいのかと諦めている。



 てなことを書いたのは、これに隠れたもうひとつの名言を書きたかったから。
 メイヂヒカリの蛯名武五郎である。
 メイヂヒカリの成績はこちら。菊花賞、天皇賞、有馬記念を勝っている。

「メイジ」じゃなくて「メイ」なのが美しい。「明治」の「治」は「チ」なのだから、どう考えても「ヂ」が正しい。このころのかなづかいはまともだった。当時のものを読むと、「親父」もしっかり「オヤ」になっていて感激する。なんで「チチ」なのに、「オヤジ」になるのだ。いまこのかなづかいをするとATOKに「誤りです」と指摘される。

 成績表はいつものように「優駿の蹄跡」からお借りした。私は長年「馬事文化賞」を「優駿の蹄跡」に授けよと主張しているのだが未だに叶わない。あの審査員じゃ無理か。きっこと親しい石川喬司(笑)。

meijihikari













 メイヂヒカリはスプリングSで故障発症して春のクラシックは出られなかった。
 朝日のころはセントライト以来の三冠馬かと期待された大物だ。なおこのころはただの「朝日」であり、「朝日3歳ステークス(現朝日杯FS)」ではない。この成績表の表示は誤りである。でももちろんここはこれでいいんだけどね。こんなことでケチをつけたら罰が当たる。
 ただ私はこれなんかを自分が競馬をやっていたときの「朝日杯3歳ステークス」と書いてしまい、あちら様から「朝日盃」と直されるような仕事環境にいるので、すこし気になる(笑)。
 最後の「中山グランプリ」は有馬記念のこと。これが第1回目。これを創設した競馬会理事長の有馬さんが急逝したので、翌年の第2回から「有馬記念」と名前を変える。その意味では貴重な唯1頭の「中山グランプリ馬(有馬記念馬ではなく)」である。



 メイヂヒカリに騎乗し、史上最強と信ずる関東の蛯名武五郎騎手は、関西の武田師の「コダマはカミソリの切れ味、シンザンは鉈の切れ味」を伝え聞くと、「ならメイヂヒカリは日本刀の切れ味だ」と言った。
 これ、比喩として最強だろう。日本刀ほど美しく凄まじい切れ味のものはない。

 その地の酒は、その地の刀に似ている。サーベル、青龍刀、シャムシール。

 日本刀と日本酒は世界最強である。毛唐かぶれにはわからない。



 日本酒はうまいのだ、洋酒なんかに負けていないのだ、ということを言おうとしたらコダマやシンザン、メイヂヒカリに脱線してしまった。
 むかし「私、プロレスの味方です」がヒットして、アントニオ猪木と初めて対談をした村松友視さんは、猪木の話しかたを「ブーメラン話法」と言った。プロレスの話をしているのに、どんどん脱線してゆき、南米大陸をぶっこぬく新幹線を作るなんて話になり、いったいどうなるのかと心配するのだが、最後にはきちんと本題に繋がり、うまくまとまるのだという。それを「ブーメラン」としたのだ。
 私のも、日本酒の話からいきなり「武田文吾調教師は」になってしまったので、何事かと思ったかたもいただろうが、一応ブーメランではある(笑)。

 やっと本題の「大吟醸 越後桜」の話。



 かつを切り身を買い、酒屋を覗く。四合瓶を買おうと思っていた。ちょっと高めの旨そうなヤツ。
その時点ではいつもの「純米酒」にしようと思っていた。それが、「ワイングラスでおいしい日本酒アワード部門金賞2年連続受賞」と札の掛けてあるものがあったので手にしてみる。それが「大吟醸 越後桜」だった。

3nen いま思えば「ワイングラスでおいしい日本酒ってなんなんだ」なのだが、そのときは深く考えず、モンドセレクションのようなものかと思ってしまった。モンドセレクションといえば「日清のバターココナッツ」である。そんな審査を崇拝しているわけではないが、ここのところ気に入っている「博多の華 三年貯蔵」のように、これをきっかけに手にしてハズレを引いた記憶はない。



 宮城沖のかつをは旨かったし、大吟醸越後桜もすいっと入り、酔い心地もよく、文句はなかった。ただ、すこし薄く感じた。しかしそれはしかたない。なぜなら私が大吟醸なんて普段はあまり飲まないものを呑んだのは値段だったからだ。四合瓶で980円だったのである。この値段で大吟醸はちょっと無理だろう。安くても四合瓶で1500円はする。馬券敗戦が続き苦しい台所事情なので、つい手を出してしまった。

 文句はなかったが、なんか残った。すこしだけ、疑問が。たぶんそれは値段による品質なのだと思う。山田錦50%精米であり、香りもいいのだが、ほんのすこしだけ、なんかちがうなと頭の片隅に引っ掛かっている。
 しかしそれは値段を知っているからかも知れない。もしもこれが四合瓶で2500円の品だったら文句は言わないのかと自分に問い掛けてみる。いややはりそれでも同じ事を感じたと思う。90%文句はないのだが、なんかどこかに違和感を覚えるのだ。



 翌日、越後桜の酔いも醒めてから、検索してみた。するとこんなサイトがあった。 

酔い人「空太郎」の日本酒探険──「越後桜 大吟醸」

 なるほどなあ、安くするために醸造用アルコールを足しているから、こんな感じになるのか。
 でも安いのだからしかたない気もする。
 このかたは、すばらしい日本酒博士である。これからも参考にさせてもらおう。博学に感謝。



echigosakura 私は「大吟醸 越後桜」を貶しているのではない。そこは誤解しないでいただきたい。フルーティな日本酒を好むひとには値段も手ごろで、とてもいいのではないかと思う。ふだん大吟醸を飲まない私がたまに愉しむならこれで充分だ。でも本格的な大吟醸好きのひとには不満が残るだろう。しかたない。安いのだから。

「ワイングラスで飲む日本酒アワード」というのも調べてみた。知って白けた。文字通り「ワイングラスで飲むとうまい日本酒大会」である。小規模だし、近年出来たばかり。この企劃に大賛成してくれていると民主党議員が紹介されていて、ますます白けた。

 でもワイン好き日本酒嫌いの女に対して、こんなアプローチも必要なのだろう。とは思う。でも女の酒飲みでも、まともなのは日本酒がわかるから、こういう「ほら、日本酒でもワインみたいでしょ、飲みやすいでしょ」という迫りかたは、なんか卑屈でイヤだ。「日本酒の価値はバカ女にはわからない」でいいんじゃないのか。わしはそう思う。いや商売だから、そんなバカ女に「ね、ワインみたいでしょ」と言って買わせねばならないのか。底辺を拡げねば始まらないのか。それこそが大前提か。いやいや、所詮バカ女はバカ女だから、そこまで腰を低くして奨めても、すぐにまた「やっぱワインよねえ、ぜんぜんちがう」とか言っていなくなると思うぞ。だからやはり「バカ女にはわからない日本酒の価値」でいいんじゃないのか。



 デフレスパイラルで庶民はみな質素な生活をしている。
 アベノミクスでどれだけ経済が活性化するだろう。期待して待ちたい。
 着道楽のひとはがんばって稼いで着るものの質を落とさないように努力している。私は、衣類は暑さ寒さを凌げればいいと割り切っているので、日々質素な安物中共衣料品で暮らしている。惨めではあるがそこは割り切らねばならない。

 ただ食品の質は落としたくない。特に野菜と酒にはこだわりたい。中共からの輸入食品は食わないほうがいい。これはまた別項で詳述する。
 酒も、毎日を週に三日、いや一日に落としても、いいものだけを呑みたいと心懸けてはいる。
 景気が良くなり、収入が増え、酒飲みが、すこし高いが良質の本物の酒を飲むことが望ましい。酒造メーカーは本物だけを作っていればいい。本物っぽい安物の贋物に凝る必要はない。それが時代の理想なのだが……。

飲食話──気仙沼小野万の「塩辛職人」と澤乃井酒蔵の「朝懸けの酒」+志ん生

onomanimage934 スーパーで小野万の塩辛を見かけた。気仙沼のメーカーだ。
 あの大震災で全壊し倒産したが、その7カ月後、2011年10月に再興したメーカーである。それ以降の製品には「おかげさまで 小野万復活」と入っている。この製品にもそれが見える。

 見かけるたびに買うようにしていたのだが、身近なこのスーパーで見たのは初めてになる。あらたな流通ルートを開拓したのだろうか。

 あの悪夢のような、というか、正直に言うと、映画のCGみたいで、津浪と呑みこまれて行く建物やクルマの様子が、すごすぎて実感すら湧かなかった日を思い出した。あそこから立ち直った会社だ。迷わず購入した。 

 思えば私の住むこの西東京でも、ガソリンを入れるために、何キロもクルマが並び、ミネラルウォーターが買い溜めにより入手不可になったりしたのだった。あれから二年……。 



 新発売のうまそうな漬物が試食で提供されていた。楊枝で抓んでみる。もろに味の素の味。これは食えない。そういやタイのジャンキーの隠語で、覚醒剤を「あじのもと〜」と言うのだった。似ているからね。

 胡瓜だけ買ってきて自分で浅漬けを作ることにした。考えてみれば胡瓜は夏のもの。季節感をなくしていることに気づく。

 特売でトロ鮪を売っていた。すこしだけ買う。私はさほど鮪の脂には興味がない。赤身で充分だ。むかしは赤身が高級品。脂身は捨てていた。うまいといいが。



asagake 今年も奥多摩澤乃井酒蔵の「朝懸けの酒」が発売になった。毎年この時期にのみ限定発売される貴重品だ。全国の酒好きは予約注文して買わねばならない。すぐに予約が締めきられる。

 塩辛を買ったので日本酒が欲しくなる。いつもの酒屋に行く。ここは澤乃井酒蔵と契約し大量入荷しているので、3月20日発売のこれが30日の今日もまだ買えた。
 難しいのは、これ生きている生酒だから買い溜めは出来ない。それが可能なら1ケース買っておきたいところだが。

 シャンパンみたいな酒だから、ガスがたまっていて、栓を開けるときポンと音がする。
 酒精度は19から20とふつうの日本酒よりすこし強い。香りのいい美味い酒だ。
 まあこれは季節限定がいいのだろう。毎年この時期を待つのが本筋だ。



 今日は小雨模様。
 小野万の塩辛とトロ鮪で「朝懸けの酒」を飲もう。
 BGMは何がいいだろう。
 JazzかClassicか、ひさしぶりにタイのルークトゥン(演歌)なんて手もある。

 いやこんな日は落語でも聞きつつ飲んでみるか。日本酒だし。
 落語は何にする。
 やっぱ志ん生だな。 

酒話──石川県松任市の手取川と天狗舞

ツイッターで知りあったWさんとやりとりしていたら、Wさんが石川県松任市の出身と知っておどろいた。松任市と言えば「天狗舞」と「手取川」である。

私はこのふたつの旨い酒を、2000年に泊めてもらったときの金沢の友人のK宅で知った。ともに旨い酒だと感嘆した。K宅に手取川と天狗舞があったのは、石川県では有名な酒だからだが、Kの奥さんが松任市出身であることも関係あったかも知れない。



天狗舞と言えば、あの『美味しんぼ』の原作者、きちがいサヨクの雁屋哲も絶讃している旨い酒だ。 『美味しんぼ』で絶讃されることによって売りあげを伸ばしたのは事実だろう。てことは、天狗舞関係者の前では「きちがいサヨクの雁屋哲」なんて言っちゃいけないのかな。でもどうしようもないきちがいサヨクだけど(笑)。

天狗舞は東京の酒屋にもある。私もなにかいいことがあったときは、お祝い気分で四合瓶を買ってきて飲む。ほんとにうまい、いい酒だ。なんというか、いつ飲んでもしっかりしている。うどんで言う「腰がある」になる。



手取川は知名度でだいぶ天狗舞より落ちるが、これまたうまい酒。その中でも「古古酒」は沖縄の古酒みたいな不思議な味がする。こんな味の日本酒を他に知らない。
私はこの「古古酒」を初めて飲んだときの衝撃を生涯忘れないだろう。 

こちらは天狗舞とちがって東京の酒屋にはない。すくなくとも東京都下で巣篭もりしているような私の行く酒屋やスーパーにはない。だからこれは今のところ二回した飲んだことがない。

いまやっている仕事が11月半ばにひといきついたら、自分への褒美として通販で手取川の古古酒を買って飲んでみるか。



サイトに書いた記事はこちら。 

「手取川──枯淡の味わい(2002年5月27日)

「天狗舞」──石川県松任市の旨い酒(2003年6月15日)

松任市は平成の大合併で白山市になってしまったらしい。歴史のある地名が消えて行くのは残念だ。
しかし考えて見りゃ上記の文を書いてから10年経っている。それだけ世の中は動いているのか。

「上記の文を書いてから10年経っている」ということは、私は手取川をもう10年近く飲んでいないって事か。ますます飲みたくなってきた。

うまい日本酒に興味のあるかたは、ぜひ手取川をいちど飲んでみてください。

手取川の吉田酒造のサイトはこちらです。

バーボンとアイスクリーム──ズブロッカと塩から

jack

 バーボンのつまみにアイスクリーム。Jack Daniel'sは正確にはテネシーウイスキーだけど細かいことはどうでもいいや。これをちいさめのウイスキーグラスでストレートで飲む。常温。氷はなし。アイスクリームをかじる。いろいろ試したが「チョコもなか」がいちばん合う。アイスクリームにウェハースがあってチョコレートまである。最高だ。

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 BGMは「Ben Webster meets Oscar Peterson」。1959年。
 吹きまくるバードやコルトレーンがうっとうしくなるときがある。弁の立つ人の演説を聴いているようで、「わかった、わかったからもう静かにしてくれ」と言いたくなるようなとき。
 Benは訥弁だ。

 バードが反TPPをしゃべりまくる中野剛志だとするなら、同じ反TPPでも、Benはボソっとひとことつぶやく東北の農民のよう。
 それがたまらん時がある。

 午前4時のウイスキー。
 都心の盛り場じゃ昨夜からの流れでまだ飲んでいるひともいるだろう。
 わたしゃ早起きして、ひと仕事して、ストレッチングまでして、だからね。
 こっちのほうが破滅的か。

 Jazzを聞きながらバーボンストレートまではいいが、片手にチョコもなかは滑稽。



 ここのところズブロッカを飲むことが多い。
「ホッピーで割るとうまいらしい」というのがきっかけだった(笑)。

zubrowka
 それもいちおうやってみたが、弱くてつまらない。けっきょく割らず、びんごと冷凍庫で冷やしてのストレート。生レモンを垂らして飲んでいる。イカの塩辛をつまみにしたら合っていた。

 初めて韓国に行ったとき、真露をどうやって飲むのだと問うた。ストレートだと言われ、25度はきついなと思った。そんなうぶな時代もあった。おおむかしの話。朝鮮の金持ちのあいだでいま日本酒がブームとか。その理由が「マイルド、ソフト」。わかる。半分だものね。

 いまバーボンやウオトカの40度がちょうどいい。焼酎の25度は物足りない。支那の高麗酒の56度はさすがにきついが。

 バーボンからズブロッカにしたのでBGMも替えよう。
 ズブロッカはポーランドの酒。ChopinのMazurkasでも聞くか。

chopinmazurkas


夜明けのバーボン──あらたな気持ちで──大震災から1年

あの日から1年。
土日は斎戒沐浴。ひたすらじっとしていた。
いろんな特番があるのは知っていたが、テレビは一切見なかった。



日附が変った月曜の明け方、猛烈にバーボンが飲みたくなった。
日本酒と焼酎とビールはあったが、それではダメ、バーボンだ。
ウイスキーでもない、ミホノブルボンのブルボンだ、バーボンだ。臭いあの酒が飲みたくなった。

明け方にコンビニに行く。
コンビニの酒は高い。安売り酒屋と比べたら三割ぐらい高いのではないか。
背に腹は替えられない。こういうときこその便利屋だ。
Jack Danielsを買う。正しくはこれはテネシーウイスキーでケンタッキーのバーボンではないが、それは茨城と栃木のどっちの「ダッペ」が本物かというぐらいくだらないどうでもいいこと。無視する。

年齢確認を求められる。「わたしは二十歳以上です」のOKボタンを押す。
自分が年齢よりも若く見えることは自覚しているが、まだ十代に見えるのだろうか。ちょっと照れる。



バーボンのつまみはチョコレートかチーズと決めている。
いいチーズはコンビニにはない。あきらめる。チーズは臭くなくてはならない。チーズは×××の××××のように、臭いからこそ味わいがある。
アーモンドチョコを買ってきた。あと、干しレーズン。バターレーズンが欲しいのだがコンビニにあるはずもなく。

冷蔵庫には日本酒用の特上の明太子も、手製の「松前漬け風のスルメ」もあるのだが、今回は出番がない。バーボンとは手合い違いだ。



窓を開けはなち、震えながら、明け方の冷気の中でバーボンを飲む。チョコレートをかじる。
もちろんストレート。バーボンはストレートでないと意味がない。43度が咽を焦がす。水割りにするぐらいなら飲まない方がいい。

といって、Straight No Chaser--by Thelonious Monk--とはゆかず、チェイサーはいる。水をたっぷり飲む。これじゃ胃の中で水割りにしているようなもので、あまり威張れないが、ともかく胃の中まではストレートで入れる。

あの日から一年。その日が明けた。
今日からあらたな気持ちで頑張ろう。
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