オリンピック

吉田沙保里、オリンピック三連覇!──新体操の美しさ

8月10日、午前3時14分、吉田沙保里、金メダル。オリンピック三連覇。
前日の21時からの観戦だから、金メダルまでは長かった。
1回戦から決勝まではNHKだからまだよかったのだが、深夜の0時過ぎからはスイッチしてTBS。こりゃひどい。
くだらんCM時に音を消す作業だけでも煩わしいのに、メインキャスターがスマップのナカイとかいうチンピラ。たまったもんじゃない。



が、流れを見ている内、うすらばかの私でも、「金メダルの瞬間は午前3時台だな」と読めた。昨夜と同じだ。すでに決勝進出まではリアルタイムで見ている。なら、昨日と同じ0時から2時までのおさらいの必要はない。
ということで0時からはNHKで新体操を見る。



うつくしい。せくしい。なんもいえねえ。
私はこの世でいちばんうつくしいのはニンゲンの女体だと思っている。
その中でも極上のうつくしい女体の乱舞。

なにしろそれまでに見ていたオリンピックが、女子柔道、女子陸上、女子レスリングという、強いけれど、せくしいとは???の世界だったので、この世にはこんなにうつくしい女体があるのかと感激。

いやいやうつくしいというのなら、女子陸上の選手の全身筋肉、割れた腹筋は、それはそれで美の極致。あれを最高のせくしいと言うひともいるのだろう。そのへんは趣味のちがい。あまりに強い女ばかり見ていた私は、新体操のせくしいに救われた。



音楽もいい。「サマータイム」「シェルブールの雨傘」。T.Rexの「20世紀少年」もあった。団体の日本が使ったのはロッシーニの「セルビアの理髪師」だった。日本語に訳すなら「長野県の床屋」とでもなるか。

団体戦。8位まで決勝進出の予選を日本は7位で突破したが、チャンピオンのロシアとは差がありすぎる。メダルは無理だ。私は技術点とかの専門的なことはわからない。わかるのはただひとつ「華」。ロシアとはちがいすぎる。個人演技では、アジアの希望らしいけど、韓国の娘はすばらしかった。これもまた「いいものはいい」と誉めないと。



女子レスリングが終って、あと私の見たいオリンピックってなにかあったか? ないな。私のオリンピックは終ったのか!? 男子マラソンに金メダル候補がいたら楽しかったのに、カンボジア代表の創価学会信者も出ないし、もう見るものはない。

ここ20年ぐらいのオリンピックを思い返したら、私にとって最高のカタルシスは、高橋尚子と野口みずきだと、あらためて確認した。あの快勝は「どんなもんだ!」って感じで気持ちよかった。

---------------

【追記】──浜口京子、1回戦敗退

女子レスリングの日本代表として4人が向かい、内3人が金メダルでひとりだけ1回戦敗退はつらい。帰国も一緒だろう。他三人がオリンピック三連覇の吉田、伊調と、悲願の金メダルの小原なのだ。私だったらもう帰国をズラしたい。

ただ、10数年前、浜口が勝ちまくって世界チャンピオンになったのは、当時はまだ女子レスリングが黎明期で、特に72キロ級は優秀な選手がいなかったからなのも事実。選手層が充実するにつれ、浜口の成績は落ちていった。誤審とか頭突きとか、いくつもの不運なアクシデントもあったけど、これもまた無視できない現実。
だからこそ、55キロ級の吉田は怪物だから別格としても、48キロ級で勝った小原はえらいなというのが総論になる。

9日の夕方、小原旦那がインタビュウで、「(これからも)やりたいならやらせてやりたい」のようなことを言っていた。今後の方針である。まあそれもひとつの選択だし、もしかしたら女房も考えが変わるかもしれない。
でもいまのところ、「これで満願成就。引退して、これからは旦那さんにおいしい料理を作ってやりたい」と言っているのだから、それでいいだろう。とにかくもう伊調の好きなものを喰っての63キロと比すと、小原の絞って絞って48キロは痛々しい。あいする旦那と好きなだけ食い放題飲み放題して60キロになって子作りしてくれ。それを願う。

小原日登美、悲願の金メダル!──ドラマチックな結末

●小原日登美、金メダル!

 8日、いよいよ女子レスリングが始まった。4人全員にメダルの可能性あり(というかほぼ確実)だが、個人的にいちばん気になっていたのは小原日登美だった。小原というか、あの強い坂本姉妹の姉である。
 二十歳前から世界選手権で勝ちまくってきたし、悔いのないレスリング人生だと思うが、そういう強者だからこそオリンピックというのは別物らしい。
 一度引退したが、結婚して、姓を変えて、また復帰した。目標はオリンピックだけである。

 55キロ級では吉田沙保里に叶わなかった。48キロ級は妹がいたので遠慮。妹の結婚引退で、その48キロ級で復帰。引退していたときには74キロまで体重が増えたというから、それを48キロに絞るのはたいへんだったろう。でも復帰してすぐに世界チャンピオン。素材が違う。

 坂本日登美で親しまれていた登録名を、結婚して替えた小原姓にしたのもいい。夫婦別制なんて言わない。夫婦で自衛官というのもいい。

 31歳、「最初で最後のオリンピック」である。同じ31歳でも伊調の「オリンピック三連覇」とはずいぶんちがう。しかしオリンピック以外の実績では負けていない。オリンピックだけ縁がなかったのだ。ここまでに世界選手権で取った金メダルは8コ。それでも、どうしてもオリンピックで優勝したい。その夢は叶うのか、オリンピックとは無縁の悲劇のヒロインとなるのか。



 というわけで8日の21時からテレビに釘づけだった。MXで見ていたが日テレでもやっていた。「おれはMXの中継が好きなんだ」と言いたかったが、チャンネルを廻して確認したら、当然ながら同じ番組だった(笑)。

 当然のごとく勝ちすすんでいったが、力が入った。拳を握り締めて応援したのは今回のオリンピック初めてだ。

 しかしこれが21時から0時。ここまでで決勝戦進出が決定。金か銀か、次は0時10分からのNHKだったが、ここから3時半に決定するまでが長かった。私は1時過ぎにぐらいにはあるものと思ってしまったので、0時10分から緊張していたのだが、決勝戦までのおさらいがあったりして2時を過ぎても始まらない。ここまでくると眠気と闘うのが辛かった。

 でも決勝戦になるとしゃっきりした。気づいたら正座していた。辛勝だった。あのアゼルバイジャンの23歳の娘はネクストチャンピオンだろう。

 48キロは減量がたいへんだったろう。骨骼的にふつうに暮らしていたら58キロぐらいの躰だ。大願成就して、ふっくらして、これからは子作りに励んでくれ。



 これから伊調の決勝戦を待つところ。
 63キロ級無敵の伊調も、55キロで吉田に適わずクラスを替えた。小原(坂本)もそうだった。いかに吉田が怪物であることか。
 その怪物吉田は今日9日に登場。楽しみだ。
 顔面に頭突きをくらったりして不運の浜口はどうなるか。34歳、まちがいなくこれも最後だ。

 さて伊調はオリンピック三連覇成るか!?



 というところで、4時10分、伊調オリンピック三連覇! こちらは楽勝の感じ。強いな、日本の女は。
 伊調のドレッドヘア、かっこいい(笑)。


---------------

▼どうでもいい【附記】──民放よりNHK

 テレビを見ない生活になってから、不快なCMに我慢できなくなってしまった。 CMになると音声を消す。
 よって昨夜の21時から0時はあわただしかった。リモコン片手にCMになったらすぐに音声を消す。何度かそれをやっていると、「もうだいじょうぶかな」と思ったりする。面倒なので。でも軽薄なCMが流れてくるとやはり我慢できない。またリモコンを手に消音ボタンを押す。テレビをだらだらと見られない体質になってしまった。

 0時10分からの放送がNHKだったのはありがたかった。

 吉田と浜口を応援する今夜9日は、決勝戦の深夜は、NHKもあるが新体操、レスリング決勝はTBSらしい。またCMの消音を頻繁にやらねばならない。面倒だ。

涼しい夏──オリンピック話──各国メダル獲得数──朝鮮讃歌!

3時に寒くて目覚めた。窓を閉める。こんなに涼しく過ごしやすい夏は近年記憶にない。それからオリンピック観戦。
 6年ぶりにクーラーを用意したのに必要がない。扇風機すら廻さない。クーラーがなかったら涼しい夏にもっと感謝したのだろうが、へたにあるものだから使いたくなったりもする(笑)。クーラーが癖になり電気代が前月の倍なんてのを覚悟していただけにありがたい。

 農作物のほうは大丈夫なのか。テレビが言うように猛暑ならだいじょうぶだ。暑すぎてもよくないが、そんなことはあるまい。涼しい夏におどろいているのは私だけのようだし。

 涼しい朝、珍しく蝉の鳴き声が聞こえる。ミンミンゼミ。



ロンドンオリンピックのメダル獲得数が北京を上まわる!

ロンドン五輪の日本選手団は5日、フェンシング男子フルーレ団体で銀メダルを獲得するなど、同日までに金2個、銀12個、銅13個の合計27個のメダルを獲得。前回北京五輪の25個を総数で上回った。(読売新聞)

 というのは5日のニュース。その後、メダル圏内確実の競技もあるからもっと増える。でも金が2コしかない。

 ここ28年の獲得メダル数。

1984 金10 銀*8 銅14 合計32 ロサンゼルス
1988 金*4 銀*3 銅*7 合計14 ソウル
1992 金*3 銀*8 銅11 合計22 バルセロナ
1996 金*3 銀*6 銅*5 合計14 アトランタ
2000 金*5 銀*8 銅*5 合計18 シドニー
2004 金16 銀*9 銅12 合計37 アテネ
2008 金*9 銀*6 銅10 合計25 北京
2012 金*2 銀12 銅13 合計27 ロンドン


 アテネの16って凄いな。東京オリンピックのときはどうだったのかと調べたら、同じく16だった。こういうのもオリンピックオタクならすぐに出て来る基礎智識か。日本のオリンピック過去最高の金メダル数は東京とアテネで16コ。よし、覚えた。
 今回もこのあとの女子レスリング等で勝ち、いつもとおなじく4コぐらいにはなるか。

 あらためて「男子柔道で金がなかった」を思う。金のすくない大会でも、確実に計算に入れられた種目だった。



 今回の大会、他国はどうなんだと調べてみる。

ロンドンオリンピック国別メダル数

 オリンピックの金メダルというと、3位以下に大きく差をつけて自由主義国家アメリカと共産主義国家ソ連がぶっちぎり、国家威信をかけてのメダル争い。2強とはだいぶ差はあるが、国を挙げてがんばるからやたら強い東ドイツが3位。というのがすりこまれている。

 こちらももうアメリカとシナの時代のようだ。
 ソ連も東ドイツももうない。でもシナの強さは、国を挙げて闘う共産主義がメダル争いに強いということである。世界はいまこの二大強国の時代になったのか。

 逆にまたドイツが東と西が一緒になったのに「小国東ドイツ時代」よりもメダルが取れないのは、共産主義のメダル取り育生は異様だったことの証明になる。

 それはあの日本の県別GDPで最低の鳥取県と同じ規模の国家もどき北朝鮮が4コも取っていることからも解る。餓死者が出るような国でも国策でやれば金メダルは取れる。



olympic















 南北朝鮮が合わせて金メダル15コってすごいな。
 シナとアメリカの2強と開催国のイギリスに次いでの秀でた成績。北朝鮮、金メダル4コって何に勝ったんだ。

 南北合わせると、金が15で合計30になるから、金が2で合計27の日本より総合的にもはるかに上。金の数がぜんぜんちがう。

 この種の話になると、「2番じゃダメなんですか」と言ったバカ女や、「銅じゃダメ。金じゃないと」と言って物議をかもした都知事発言を思い出す。結論は、一番でなきゃ、金でなきゃダメだ。15も取ってる朝鮮はえらい!



 朝鮮民族はすごい。私は前々から芸能とスポーツにおける朝鮮民族の優秀性を絶讃している。好き嫌いと相手の能力を認めるのは別。それができないひととは話せない。日常的に朝鮮人をチョンと呼んだりするひとはこのブログに来てほしくない。日本人をチョッパリと呼ぶ朝鮮人とつきあえないのと同じだ。

 タレントの誰それが在日朝鮮人らしいと噂するのはおろかなこと。ほとんどぜんぶがそうと思ったほうがいい。歌の巧い××も演技の巧みな××も可愛いアイドルの××もイケメンの××もみんな朝鮮人。さらには国営放送のプロデューサーも日本一の広告会社の偉いひとも、クオリティペーパーの主幹も、自衛隊の幹部もみんな朝鮮人。

 なんだよ、ほんと(笑)。うそみたいな現実。完全に乗っ取られてる。そりゃ韓流ブームなんて作るのは簡単。重要ポジションをみんな朝鮮人が押えているのだから。ネット有名人もそうだ(笑)。
 それがわかると小沢一郎からフジモンの結婚まで森羅万象すべてすんなり理解できる。

 お笑いタレントにも多い。一瞬で数十人が浮かぶ。といって芸能分野における朝鮮民族の能力を絶讃する私だが、「朝鮮人はお笑い感覚にすぐれている」とは思わない。これはあくまでも大阪と吉本という地理的な関係からだろう。むしろ「歌」と「挌闘技」には抜群の能力を発揮する朝鮮民族だけど「お笑い」はそうでもないと思っている。むかしのお笑い芸人にも朝鮮人は多いけど、これも時代的にそんな汚れ仕事しか出来なかったことも大きい。フランク永井とか春日八郎とか、むかしの歌のうまい歌手もみな朝鮮人だ。

 日本で屈折した人生を送っている在日朝鮮人は、南北朝鮮の活躍が誇らしいだろうなあ。新大久保あたりの朝鮮居酒屋でのオリンピック深夜観戦、朝鮮のメダル獲得に歓声をあげる姿が目に浮かぶ。朝鮮命のデヴィ夫人もよろこんでいることだろう。



 と、南北合わせて15も金メダルを取っている朝鮮なのに、どの競技も見ていない、知らないことに気づく。どの種目で取ったんだ!? これまた能力を正当に評価することと好きで見ているかはまた別。

 それだけ私がオリンピックを見ていないからだが、でも日本のふたつだけの金メダル、松本薫の柔道も内村航平の体操もしっかり見ていた。
 そういや一番多いシナの31の金メダルもひとつも知らない。数は少なくてもジャマイカとかキューバは知っているのに。ま、そんなものだ、オリンピックなんて。



 話違うが。
 朝鮮民族は、あれだけ囲碁は強いのに(世界一だ!)、なぜ将棋では活躍しないのだろう。不思議だ。
 「奨励会」という特殊な制度があるから、とも言えそうだけど、むかしからヨーロッパからアマチュア強豪が出たり、最近ではシナから奨励会に入会したりする例があるのと比すと、ありとありゆる日本文化を侵蝕しているのにあまりに低調だ。前者はチェスとの関連からとも解釈できるし、後者はシナでの普及に努力してきた先人のお蔭、とも言える。
 それにしても出ない。出て欲しい。

 思うに、「囲碁は親方であるシナのものだからOK。日本将棋は大嫌いな日本のものだからダメ」という反日政策が関係しているのか。南北朝鮮の囲碁が国策として強くなったのは事実。しかしそれだと反日のシナが盛りあがるのがわからない。

 インターネット時代になり、ネットで学んだだけで強くなった欧州人が活躍している。ルーマニアとかポーランドだったりする。あの辺の知性は日本将棋に合うのだろう。反対にアメリカはダメなようだ。あ、ダメ=駄目は囲碁用語だ。タカビー=高飛車は将棋から。

 将棋の美は、畳対局とタイトル戦の和服にある。世界に門戸開放すると(実質的にしているわけだが)、後々「椅子対局」になるのだろうか。それだけはイヤだ。最強朝鮮人棋士や碧い目のA級棋士を待望するけど、畳と和服は護りたい。



 そういやフェンシングの銀メダル。あれって「オリンピック正式種目の剣道で、白人がメダルを取ったようなもの」だから、本家を意識する白人はショックだったろう。東洋の黄色い猿に自分達のフェンシングで敗れたのだから。
 私は西洋の人殺し技であるフェンシングでメダルを取らなくてもいいけど、発祥なのだから柔道は取ってくれ、というのが基本。がんばった選手におめでとうは言うけれど。

 そういや日本に帰化した朝鮮人女がアーチェリーでメダルを取り、それに対する中傷がどうのこうのというのを2ちゃんねるで見かけた。
 オリンピックなんてどうでもいいし、平和の祭典なんてこそばゆいことも思ってないけど、数年前に日本人になったばかりのひとがメダルを取っても、日本民族の喜び、とはならないだろうなあ。

 かと思えば、長州力や柔道の秋山みたいに、日本で育ち、朝鮮語も話せないのに、国籍が韓国だから韓国からオリンピックに出ようとするのもいた。一種の隙間狙い。これに反撥する韓国民の感覚はわかる。そっちで暮らしているくせに、都合のいいときだけこっちに来るなよ、となるのは自然な感情。

 シナ人を日本に帰化させてメダルを取っても自慢にならん。卓球なんて世界中帰化したシナ人ばかり。(あとで今回のオリンピックも20ヵ国の選手がみなシナ人と知る。)



 相撲の白鵬が金メダルを取れなかった日本柔道に対して「他国へ出稽古に行け」と、自分の稽古と絡めて発言したらしいけど、日本はそれはやっている。豊富な資金にものを言わせて。

 相手先に出稽古に行って相手の力量を知れ、という課題ではない。柔道とは根本的に異なる「JUDO」というものにどう適応するかの問題。

 柔道不振を白鵬の相撲と絡めて言うなら、前項で書いたけど、「朝青龍と琴ノ若の問題」に通ずる。庇い手を知らない朝青龍を負けに出来ず、取り直しにしてしまう審判部にどう対応するかだ。
 狭い社会の相撲の場合は審判部が反省して方針を変えることはあり得る。だが世界のオリンピックの「JUDO」ではもうあり得ない。今後もこのままだ。相撲で言うなら、日本人力士が、本来の大相撲の美学を捨てて朝青龍のような相撲を取るしかないのか、というのがテーマ。だから白鵬の「出稽古に行け」は、見当違いの勇み足発言になる。



 南北朝鮮合わせて15コの金メダルをすなおに賞讃したい。たいしたものである。
 サムスンやLGが世界的知名度を持つようになったのは韓国が国策として支持したからだ。国を挙げて一丸となって邁進した。そのことによりブランド力も挙った。ゆとり教育の弊害と、企業が共食いして先細っている日本が学ぶべき点がたしかにある。

 チュッカヘ 축하해

けもののケンカ──柔道とJUDO──美学か、目先のメダルか!?

●日本柔道のありかた

 東京都の石原慎太郎知事(79)は3日の定例会見で、ロンドン五輪で柔道勢の苦戦が続いていることについて「西洋人の柔道ってのは、けだもののけんかみたい。(国際化され)柔道の醍醐(だいご)味ってどっかに行っちゃったね」と話した。「ブラジルでは、のり巻きにチョコレート入れて食うってんだけど、これはすしとは言わない。柔道もそうなっちゃった」と述べた。
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20120803-OHT1T00324.htm

---------------

 金曜日にMXの定例会見を見たときから書こうと思っていたのに遅れてしまった。

 けっきょく、ひと言で言えば、「柔道」と「Judo」は別物なのだ。そのことに関しては私は自分のサイトに意見を書いた。
いくらなんでもひどい判定」という2007年9月14日の文章。世界柔道大会のもの。

 私はここで、テレビの解説をしていた篠原の「こんなことをしていては柔道はもう終りですよ」に同意しているのだが、そのあとの古賀の意見にもまた共鳴している。

 篠原は「こんな柔道はダメ」と、そのひどい判定に呆れた。柔道の美学と道を重視した意見。
 対して古賀は、「世界がやっている柔道がこれなのだから、これに合わせなければ勝てない」と言ったのだ。いわば勝負重視。

 篠原の言うように「柔道」はこんなヘンナモノになってはならない。石原都知事の言う「けもののケンカ」だ。
 しかし世界の、フランスやキューバやシナやロシアが活躍する「JUDO」がそういうものであり、それに勝ってメダルを取ることが至上命令なら、それに合わせるのもまた「方法」になる。



 ここにきて「外国人指導者を導入しろ」という意見まで出ている。とんでもない意見だが、でもJUDOがああいうものであり、そこでメダルを取ることを目的にするのなら、JUDOの勝ちかたに秀でた外国人にその方法を教えてもらおうというのは、それはそれで理に適った方法になる。

 しかしそれをするのは、「シドー(指導)」やらなんならの細かいポイントを稼いで逃げきったり、投げられて完全にイッポンを取られた形なのにしつこくしがみつき、最後の最後のしりもちで逆転勝ちする試合をすることだから、完全に「美しい日本の柔道」は死ぬ。

 日本という島国独自の美学に支えられた「柔道」が、世界に拡がり「JUDO」になったとき、こうなることは必然だったのだろう。

 毎度書くが、道路に荷物を放置して買い物をしても、その荷物がなくならないのが日本なら、抱えている荷物を引ったくろうとするのが世界である。
 あの大震災のときに、あのような状況でもきちんと列を護る日本人に、世界がいかにおどろいたかは想像に難くない。それは感動とはまた違う。「奇妙なものを見る感覚」だったろう。それぐらい日本の常識は世界と違っている。

 日本の柔道の美学にこだわり、結果「ガラパゴス柔道」となってしまい、金メダルを取れなくなったのは、よくもわるくも「島国根性」になる。



 さて、今後どうなるのだろう。
 日本をあいする私は、オリンピックや世界大会でメダルなんか取れなくてもいいから、今まで通りの美しい日本の「柔道」を続けていって欲しいと願う。美学優先だ。
 
 しかしすべては「金」である。金メダルの「きん」ではなく「かね」のほう。
 柔道は他競技と比して比較的裕福な競技と言われている。潤沢な援助金があるのだ。それで外国に修業に出したり、世界大会に派遣したりしている。
 それもこれも柔道が国技であり「本家」であり、「強い」から出ている金だ。勝てなくなったら、金メダルと無縁になったら、いきなり萎んでゆくだろう。

 となると、存続するために日本柔道界もなりふりかまっていられない。外国人指導者はともかく、日本人指導者でも、「勝つためにはあれをするしかない」と言っているのはいる。あのみっともない「JUDO」路線に走るのか。

 ガラパゴスでいても、JUDOに路線変更しても、いずれにしてもせつない結論になる。

涼しい夏──オリンピックを見る──黒が白を負かす楽しみ

●生活雑記──涼しい夏──オリンピックを見る

 昨夜は陸上が始まったので初めて本格的にオリンピックを見た。その前も柔道を見ているが何時間もオリンピック中継を見たのは今回初めて。いや友人の家で見ざるを得なかった開会式があった。それに対する意見はあとでまたオリンピックが終り旧聞になるころに書こう。



 オリンピックを見るたびに思うのは戦争だ。ヤリ投げ、砲丸投げ、ハンマー投げ、射撃、アーチェリー、フェンシング、ボクシング、その他諸々、みな人殺しの技術である。それを「平和の祭典」として競っているのだから滑稽だ。
 しかしながら戦争こそは人類の根本であり、戦争がなかったら人類はまだ鉄器も手にしていなかったろうと言われている。すべては兵器が進歩させてきた。いまこうして触っているインターネットも始まりは兵器である。「平和とはなにか」という質問に最も適切な答は「戦争と戦争の合間の時間」だ。

 その視点で言ったら、レスリングも柔道も人殺し競技であるし、駆けっこも泳ぎもそうなってしまうのだろうが、とりあえず駆けっこと泳ぎはあまり人殺しを意識せずに見られるから好んでいる。



 100メートル予選のボルトを見る。決勝が楽しみだ。
「女子陸上3000メートル障害」はおもしろかった。ハードルと水壕があるので、競馬ファンとしては「竹柵」も入れろと言いたくなるが、あれがあったら股が痛いか。
 オリンピックがいちばん戦争とちがうところは銃後の守りのはずの女が前面に出ていることだろう。もっとも今じゃ女兵士も多いが。
 男子競技には戦いの気が出すぎていて、私は女子競技を好む。平和の祭典のオリンピックを見るほどに、戦争は人類の根源であり、なくなるはずがないなと感じる。

 そのあたりでいい気分になって寝てしまい、寒くて目覚めた。午前3時。クーラーや扇風機どころじゃない。なにも使っていない。寒くて窓を閉めた。なんなんだろうなあ、この夏は。猛暑猛暑とひとは言うが。

 そうして明け方、「女子7種競技」を見る。なんだかすごいことをやっている。腹筋の割れた強い女達。男のこういうのを見る気はないが、女だとなんか気楽で愉しい。

 そこに水泳400メートルメドレーで男子が銀、女子が銅の狢報瓩スーパーで流れる。チャンネルを替えてみたが、どこも生ではやってなかったみたいだ。
 金を取れない柔道と比して水泳の活躍が目立った。金はなかったが。



 過日の女子柔道。試合前の松本薫の気合の入れ方とテンションを見て、《「この娘にはキツネが憑いとる! お祓いせにゃあかん!」とテレビを見ていたばあちゃんが叫んだ》という冗談を思いつきツイートしようと思ったが顰蹙を買いそうなのでやめた。やめてよかった。非難囂々だったろう。でもほんとにそう思ったんだけど。コン。

 男子柔道が、柔道がオリンピックに取りいれられた1964年の東京オリンピック以来、初の金メダルなしになった。そのときから見ている者として複雑な思いがした。
 とはいえ東京オリンピックも無差別級でオランダのヘーシンクに敗れ、無差別級こそ柔よく剛を制すの柔道の頂点だったから、始まりのそのときから「本家日本柔道」は赤っ恥のスタートだったわけだけど。



 K1やPrideや、あらゆる挌闘技でオランダは能力を発揮するけど、思えばヘーシンクのころから凄かったんだな。いま柔道王国というとフランスを真っ先に思いうかべるが。フランスの柔道熱はすごい。日本なんか比べ物にならない。

 オランダ人はでかい。たしか男女の平均身長で世界一のはず。あの国にゆくとまっさきにそれを思う。190センチある女なんてザラで、歩いていて怖くなる。喰うもんなあ。ムール貝なんてバケツ一杯食う。かなわんわ、あの食慾には。

 そのオランダ人と闘っても負けずインドネシアから追いだしたんだから先人は偉大だ。
 みな160センチ前後の躰なのに、オランダやロスケの大男を駆逐した。

 ウイリアム・ルスカがいかに強かったかは手を合わせた誰もが口にする。女房の医療費稼ぎのために猪木のバックドロップに負けてやった武道館。猪木が勝ったと万歳していた自分が懐かしい。いや懐かしいのは、後々「ルスカは金が欲しくて猪木に負けてやったんだ」と聞いたとき、「くだらんデマを言うな!」と怒った自分か。純情だった。



 柔道はアジア初のオリンピック開催ということで「現地ご用達競技」として、御褒美として採択されたものだった。しかしその後も発展を続け、今では世界的競技になっているから支障はない。

 同じような意味で、ソウルオリンピックのときに御褒美として採択されたテコンドーがあるが、これどうなんだろう。こんなもの続ける必要はあるのか。どう考えても「世界的競技」ではあるまい。



 なんのかんのいってアジアで開催されたのは、日本、韓国、中共の三ヵ国か。日本のODAで延びた国だ。日本の次が韓国ってのはすごいな。韓国なんて日本に併合されずロシアの殖民地になっていたらいまだに裸足の生活だったろう。SamsunやLGが世界的企業になれたのも日本がインフラを整備し文盲率を下げ伝染病を駆逐してやったからだ。誰一人感謝していないが。

 タイやマレーシアで開催されるのはいつになるのか。インドは。
 いまWikipediaで2016年夏季オリンピックの項目を読んで、タイのバンコクや、インドのデリーが「立候補に意欲を示していた都市」だったことを知る。

 その中に、ケープタウン、ダーバンという南アフリカ共和国の都市、ケニアのナイロビの名もあった。アフリカ初の開催国はどこになるのだろう。

 2016年のリオデジャネイロ(ブラジル)が南米初の開催だから、アフリカ開催まではまだまだか。



 私は石原都知事の「オリンピック誘致、日本に元気を!」は正論だと思うけど、一応五大陸持ちまわりが基本だし、そのあいだに3回に1回はアメリカを入れるという裏基本もあるし、北京をやったばかりだから東京はちょっと無理だろうなあ。

 いま最終候補は東京とイスタンブール、マドリードだけど、東京がいちばん分が悪いだろう。スペインのマドリードは20年前にバルセロナ開催があるけど、あそこは民族的にまったく別になるから、マドリードにすればバルセロナ開催は開催に入らないのだろう。あそこも仲が悪い。まあ文化もぜんぜんちがうし当然だけど。
 心情的にはイスタンブールがいいと思うが設備はだいじょうぶなのか。心配になる。トルコは親日的ないい国だ。内部での民族紛争は苛烈だが。



 私がオリンピックで楽しみなのは、黒人が白人を負かすのを見ることだ。
 欧米の白人(=キリスト教)が、アフリカの黒人(+南米、北米の原住民)にいかにひどいことをしてきたか。虐殺の歴史である。南京大虐殺なんて大嘘のためにアメリカのロビーストが動くのは、もちろん基本はシナから金をもらっているからだが、自分達の残虐の歴史から目を逸らせる効果を狙ってのものだ。

 ジャマイカのボルトの祖先もスペイン人によってアフリカから連れてこられて奴隷にされた人々だ。
 黒人が白人を負かす瞬間にカタルシスを感じているのだが、でも駆けっこはもう黒人ばかりで白人はいないのだった。ヘビー級ボクシングと同じく。
 女子100メートルの福島千里は予選5位で終ったが、このとき白(正しくは黄色か)は福島ひとり。これはこれで目立っていた。もちろんこのときは黒よりも黄色を応援。

 これからしばらく陸上競技でオリンピックを楽しめる。遅まきながらオリンピック観戦参加。

猫ひろし──オリンピック出場消滅──4年後、8年後、12年後、16年後、20年後を目ざせ! オリンピックは続く、そのままカンボジアに定住しろ!

olympic2012

 猫ひろしのカンボジア国籍でのオリンピック出場が取消しになったらしい。よかった。
 いまさらもう名前を書くことすらいやなのだが、以前いくつか意見を書いているので、このままほったらかすのも無責任。まとめた。もうこれでこの不愉快な出来事とは無縁になれる。ほっとする。

●カンボジアからオリンピックに出ようという猫ひろしという名の国辱

 これを書いたのが2月13日。【芸スポ萬金譚】だった。以下は【木屑鈔】。

●猫ひろし、カンボジアからオリンピック出場──創価学会の栄光──アイネスフウジンとナカノコール

 これが3月26日。 

●猫ひろし、スポンサー契約でボロ儲け──カンボジアが「猫ひろし従軍慰安婦」で賠償を求める日

 これが3月28日。

●猫ひろし問題──国籍変更を仕掛けたのはホリエモン

 これが3月29日。 

 四つも書いていたのか。それぞれ長いからかなりの文字数だ。
 くだらない芸能ネタのようだが、これは私にとって大きな主題だった。



 たとえば「肌色の問題」。人種差別のある国における「名誉白人」という称号。本来は黄色の有色人種だが、金があるから特別に白人扱い。これは自慢できることか? なんとも恥ずかしい。

 たとえば「湾岸戦争」。聯合の一員として参加せねばならない。しかしあの憲法もどきによって派兵できない。で、「金は出すから」という結論。 「敵対する連中と仲間のみんなで殴りあう」という場面で、「食費とケガしたときの医療費はおれが出すから」と言って殴りあいに参加しないのだから男としてクズ。(英米の石油利権によるあのくだらん無意味な戦争に日本人の命をかけなかったことは肯定するが、その英米と「一緒に殴りあいする」という仲間の契りを結んでいたのは事実。) 

 憲法もどきに縛られ手を出せない日本人は、その代わりの武力としての経済力でみっともないことをいくつもやってきた。それらは、まともな憲法をもっていれば、正規の国軍があれば、するはずのないことだった。



 スケールはちいさいが猫ひろしのこれも同列の問題。それらのことは上の四つに詳しく書いているので省く。
 言いたいのはひとつ、「逆だったらどう感じるか」。貧しい国日本が、大金持ちの国から、こんなことをされたらどう感じるか。それは喜びではない。屈辱だ。

 現実問題としては、カンボジアの庶民は日々の暮らしに精一杯で、こんなことに怒る餘裕はない。ほとんどの国民は知りもしないだろう。なにしろオリンピックそのものが遠い。

 だからこそ、決してしてはならないことだ。それこそオリンピック精神に悖る。わたし、オリンピック精神なんて認めてないし、あんなの大国の利権だし、大嫌いだけど。まあここは方便(笑)。



 ほんとにもうどうでもいい「芸能ネタ」なのかも知れないが、私には看過できないけっこう大きなテーマだった。

ianfu3
(この写真は ぬるっぱち@湯豆腐Lv6 ◆Null.DTdoM  さんのコラージュです。)

 従軍慰安婦なんてものはなかった。もちろん軍人相手の朝鮮人売春婦はいたが。
 売り手と買い手。金銭商売。なんの問題もなかった。誰も気にしなかった。だが、そこそこ国力をつけてきたところに、売国奴のアサヒシンブンのようなのが、「強制」と「涙」を捏造し、火を点けて盛りあがると、今のような気運になる。あちこちに「従軍慰安婦像」を立てて、騒ぎたてる「有力な外交ネタ」にまでふくらむ。

 たっぷり金を儲けて笑っているおばさん娼婦達の写真もあるのに、いきなり「強制連行されて性交奴隷にされた少女」というイメージで「従軍慰安少女」になっている。いやはやなんとも。
 朝鮮半島に火薬をつけて上の写真のように宇宙の果てに飛ばしたい。

 猫ひろしも同じ。カンボジアが国力をつけたら、「日本はかつて我が国のスポーツ界にどれほどの屈辱を強いたか」なんて騒ぎ始める。悪い芽は早く摘まねばならない。



 しかし、なにをどうすればこんな失礼な発想が出来るのか。発案者がホリエモンだというのがよくわかる。金もうけはうまいが人の心のわからないニンゲンらしい発想だ。

 それが望む形で決着したので、うれしい。でもそれははしゃぐようなよろこびではなく、しかめっつらの溜め息だ。二度とこんな醜い問題は起こして欲しくない。なんとも不愉快な事件だった。



 猫ひろしのブログに以下のような「ご報告」が載ったのが3月28日。

(念のために書いておきますが、以下の猫ひろしのブログからの引用等は、いま調べてやっています。私は猫ひろしのブログに行ったのは初めてです。やっているのは知ってましたが行きたくないので行ったことはありません。つまり、この問題にとても興味がありましたが、私は猫ひろしのブログを読んで日々観察するようなことはしていません。関わりたくない、忘れたいイヤな話なのですから当然です。)



neko1



 と「ご報告」をしたあと、こんなことをやってはしゃいでいる。

neko2

 (但しカンボジアで)というギャグのつもりの但し書きが失礼だ。

 たとえば「猫ひろし 教皇に拝謁!」とやり、そのあとに(但し創価学会教皇)と書けば、こいつにもその失礼の意味が解るだろう。これはローマ教皇に対して創価学会教皇をコバカにした但し書きだ。それと同じ。
 自分のやっている非礼を認識しろよ、創価学会芸人!

 目白大学ってのを卒業しているのか。聞いたことのない大学だが、どの程度かは想像がつく。りっぱな卒業生をもって在校生も誇らしいことだろう。


neko3



 しかしめでたく出場は取消しとなる。

   お笑いタレントの猫ひろし(34)のロンドン五輪マラソン出場が消滅した。

 国際陸上競技連盟はきのう8日(2012年5月)、カンボジア代表としての国際大会参加資格を満たしていないとしたためだ。猫は去年10月にカンボジア国籍を取得し、2月の別府大分毎日マラソンで2時間30分26秒を出して当時のカンボジア選手のなかでは最高記録だった。
 
   国籍変更選手の国際競技参加には「国籍取得から1年以上経過」というルールがある。また、「変更後1年が経過していない場合」には(1)連続した1年の居住実績(2)国際陸連理事会による特例承認のいずれかをクリアする必要があった。

 猫は09年からカンボジアを行き来してビジネスもしていたが、連続して1年は住んでおらず、カンボジア陸連は「特例」を申請していた。国際陸連は猫は「特例に該当する理由がない」と拒否した。

   また、猫を代表に決めたあと、カンボジアの他の選手が猫を上回る記録を出すなど、微妙な雲行きにもなっていた。

   キャスターのテリー伊藤「残念ですね。前に番組に出てもらった時、選ばれなくてもカンボジアの選手として走るといっていた。4年後にもう1回走るという気持ちでいてもらいたい」(J-castニュース)

 あたりまえだ。住んでもいないしことばもしゃべれない。こんなバカな話はない。「特例に該当する理由がない」は極めて妥当。



 そのころ、情報が遅れたのか本人はこんなことを得意気にツイートしていた。

neko4

 山篭もりして自分の躰にツンデレしてたんだって。
 オリンピック出場になって、今度は取消しで、オリンピックにもツンデレされた? あ、逆か? デレツン?

 めでたく出場取消しと確定したが、本人とは連絡が取れない。



猫ひろし事務所も困惑 まだ本人と連絡取れず
 
スポニチアネックス 5月9日(水)7時1分配信
 
 五輪出場が消滅したことで、猫ひろしの所属する「ワハハ本舗」も困惑した。

 関係者は「(五輪消滅は)報道で聞きました。本人は国内にいますが、まだ連絡は取れていません。カンボジア・オリンピック委員会からは何の連絡もないので、まだよく分かりません」と話した。会見などの予定についても「(正式な)連絡があれば、対応を検討したい」とだけ答えた。

 
失踪か、と話題になる。全力疾走とツッコミが入る。 

※ 

 そのあと、本人がファクスでコメントを発表。
 
 ロンドン五輪出場が消滅したお笑いタレントの猫ひろし(本名滝崎邦明、34)が9日、所属事務所を通じてマスコミ各社にファクスでコメントを発表した。

 「今回、カンボジア王国の代表としてロンドンオリンピックへの出場が不可能となりました」と報告。「正直本当に残念な気持ちでいっぱいですが、これまでたくさん協力していただいたカンボジアオリンピック委員会の方々やスタッフの方々には本当に心から感謝しています。そして応援してくださった多くの皆様にも、心から感謝申し上げます」と複雑な心境を明かした。

 「ロンドンオリンピックには出場できませんでしたが、今まで練習してきた事は決して無駄にはなりませんし、これからも芸人としてそしてランナーとしても頑張っていきます」と前向きにつづり、国籍変更など今後の対応について具体的には触れていないが「引き続き、カンボジアと日本の両国を活動の場として、日々精進してまいります」と決意を表している。(スポニチ)



 このコメントを受けての意見。有森は、テレビ新聞が浮かれているときも、一貫して批判的なことを言っていた。
 これみんなスポニチ。この問題に熱心だったんだな(笑)。しかし下手な文章だ。記者のレベルが低い。

 昨年10月に国籍を取得したカンボジアで、ロンドン五輪男子マラソン代表に選ばれたタレントの猫ひろし(本名・滝崎邦明、34)について、国際陸上競技連盟が参加資格を満たしていないとの判断を同国陸連に通達、出場が不可能ににったことが8日、分かった。 

 ▼有森裕子さん(女子マラソン・バルセロナ五輪銀、アトランタ五輪銅メダリスト)
 世界の共通ルールで判断されたことはスポーツ界にとって大事なことだと思う。(マラソンを通じてカンボジアとの国際交流に尽力)

 ▼ワット・チョムラーン・カンボジア・オリンピック委員会専務理事 
 猫さんには今後もカンボジア選手でいてほしいが、それは彼次第だ。もし彼が(カンボジア人を)やめるようなことがあれば残念だ。(スポニチ) 

  ワット・チョムラーン・カンボジア・オリンピック委員会専務理事さん、その心配は無用です。彼は今後もカンボジア国籍でカンボジア人であり続けます。これからはカンボジアに移住し、4年後のオリンピック出場を目ざしてそちらで暮らすでしょう。まさかオリンピックに出られなくなったから国籍を戻すとか、そんなことはしません。そんなことは池田先生が許しません。カンボジア人猫ひろしをよろしくお願いします。返品不可です。


============================================


【追記】──4年後のリオデジャネイロを目ざす!?

 競技者としての猫さんを支援してきた関係者によると、猫さんは8日夜も東京都内で長距離の走り込みを行った。
 走り終わった後にロンドン五輪に出られなくなったとの報道を知らされ、「もし今回出られないとしても、カンボジア人として4年後のリオデジャネイロ五輪を目指す」と話したという。

 いいぞ、猫ひろし! 男だ! もしも4年後がダメでも、8年後、12年後、16年後と、オリンピックは4年に一度ある。生涯カンボジアからのオリンピック出場を目ざして、かの地に骨を埋めろ。がんばれ! 明日からもうずっとカンボジアに住め。日本に帰ってくるな。

 その真摯な姿勢はやがてカンボジアの教科書にも載るだろう。「日本人の猫ひろしさんはカンボジアからオリンピックに出たいと国籍を変更してカンボジア人になりました。その後もカンボジア人としてオリンピックに出るために10年、20年とがんばりましたが一度も出ることなく死にました。」

◇国籍問題に一石

 スポーツ選手の国籍変更は珍しいことではない。中東諸国が潤沢なオイルマネーで優れたアフリカ出身選手を集めるケースが議論を呼んできた。

 だが、富める国の五輪水準に達しないアスリートが「オリンピアン」になるという夢のため、貧しい国の代表枠を得るというのは極めて特異な事例だ。
  (毎日新聞)

 
アスリートじゃねえよ、創価学会芸人だ。そもそもが芸人としての話題作りから始まったことだ。でも聖教新聞を印刷して食いつないでいるマイニチにしちゃよくこの点に触れたな。

---------------

【追記.2】 ──あらためて安心した

 私はオリンピックをほとんど見ないし、見るとしても陸上中心で、合計でも数時間ぐらいだろう。
 日本人優勝の可能性のない男子マラソンは見ないと思うけど、見なくても、「カンボジア代表の猫ひろし」は意識した。 「猫ひろしを追ったドキュメント」は必ず作られるし、それも見ないけど、それでもどんな出来になったかは気にした。そしてそれは調べなくても、ふつうにネットをやっていたら、あちらから入ってくる情報だったろう。

 いま極力ネットをやらないようにしている。パソコンは起きているあいだずっといじっているけど、インターネット接続は切っている。それでも繋いだ瞬間に情報が押しよせてくる。この「知りたくなくても知らされてしまう情報」ってのは苦痛だ。

 オリンピックオタクじゃないけど、それでもオリンピック前に、気になる不快なネタが消滅したことはうれしい。 スッキリしたので、「今回は男子マラソンを見てみようか」という気になっている。何十年ぶりかで。前回見たのはいつだろう、アベベが裸足で走っていたな。円谷、君原、あのあたり。水泳は「前畑、がんばれ」をラジオで聞いたぐらい。あれは興奮した。ラジオの前で思わず「前畑、がんばれ」と言ったものだ。

猫ひろし問題──国籍変更を仕掛けたのはホリエモン

 猫ひろしがカンボジア国籍でオリンピック出場に到る流れ。
 その疑問点とされるもの。2ちゃんねるの「猫ひろしスレ」でまとめられていたものをコピーさせてもらう。



●猫ひろしの疑問点

1.国籍変更には7年間住んでクメール語が話せないといけないのになぜか変更できた。
2.奥さんと子供は日本国籍のまま?

3.不自然なライバル選手の出場辞退が続出。何名も辞退した。
4.猫ひろしよりタイムの良いカンボジア人がいる。

5.ドキュメンタリー番組・制作の話がでている。
6.出場決定後スポンサーがすぐついた?
  ttp://www.transtechnology.co.jp/gps/ARES/develop.php

7.再ブレイクのネタとして五輪出場はホリエモンが発案した?
  ttp://ameblo.jp/izutada/entry-11203856662.html
 
8.カンボジアドリームという会社があやしい。
 
9.そうかそうか

10. オリンピック特別枠の本旨に反する?




 まずは素朴に1の問題がある。その国の国籍を取得するための基本として、その国の言葉を話せること、その国の文字での読み書きができること、がある。猫ひろしはそれを満たしていない。なぜ簡単にできたのか。元の国籍が「経済大国」だからか。
逆だったらどうか。

 日本国籍を取得する条件は厳しい。特例として一般よりもはるかに優遇される名のある力士やサッカー選手でも、ことばと読み書きはそれなりに重視される。
 猫ひろしはまったくできない。そんなひとの国籍取得はおかしい。



cambodia 私はカンボジア語は独学だがかなり熱心にやったので、すくなくとも猫ひろしよりは話せるし、すこしなら読み書きもできる。というか、猫ひろしってカンボジア語でこんにちはもさようならも言えないんだろう。ひどい話だ。

 カンボジアで購入して勉強した思い出深い本の写真をアップしたいのだが、いまスキャナーが壊れていてできない。写真の本は定番だが当時はまだなかった。

 いまも印象的なのは、カンボジア滞在時、プノンペンの本屋で売られていた日本語のカンボジア語教本を2ドルで買って勉強したのだが、帰国後、八重洲ブックセンターに行ったら、それが4900円で売られていたことだ。物価の差というものを思い知った。
 それ以前にも、タイで120バーツ(400円ぐらい)のものが日本だと2500円とか経験していたので、そういう智識はあったが。

 しかしそれはそれで適正価格だと思う。当時カンボジア語の日本語教科書はそれだけだった。日本にいてカンボジア語を本で学ぼうと思ったら、それしかないのだから、この場合「それしかない」と考えるより「それがある」と前向きに解釈すべきだろう。あることのありがたさだ。だったら4900円は高くない、となろう。私はその本を作ったかたを心から尊敬している。いつも手放さず持ち歩いた。
 逆だったらどうなのかな。日本で4900円で買っていってプノンペンで同じものが2ドルで売っているのを見たら。

 カンボジア語の教科書なんてふつうの本屋じゃ売っていないから、八重洲ブックセンターの語学コーナーでそれを見たときは感激した。なんでもあるんだな、と思った。何百回通ったことか。あそこはいい本屋さんだ。

 と書くと私が語学修得に熱心なように思われるが、まあ熱心は熱心なのだが、すこし意味あいがちがって、私の場合、「あれこれそろえたい」という趣味のようなものだ。それは「あれこれそろえると上達が早いのではないか」という勘違いから来ていて、いまも部屋中に語学教科書が溢れている。スペイン語、ポルトガル語もやった。タイ語やベトナム語は、もうその種の語学教科書、カセットテープ附き、CD附きの本は、日本で発売されているものはぜんぶ買ったのではないか。カンボジア語は、そもそもがすくないので、3種類しかもっていないが。
 小説類をみな捨ててしまったので、今の私の本棚を見たら、「語学関係のかたですか」と言われそうだ。

 で、いっぱい持っている割りにへたである(笑)。語学は耳だ。耳のいい人は教科書なんかなくてもマスターする。でも耳では読み書きは覚えられない。耳で覚えて外国語のうまいひとを「かけ足の早いこども」とするなら、私のような流暢に話せない分を、彼らの苦手な読み書きをマスターして対抗するのは、「足は遅いけど、算数が得意なこども」みたいなものになる。
 そういう個性は何事にもつきまとう。それを活かすのが教育だ。だからやはりどう考えても、「そういうふたりがお手々繋いで一緒にゴールイン」という発想は誤りだ。



 国籍取得の不可解という1の疑問に対し「2000万以上国に払えば、1の条件を満たす必要なし」という書きこみを見かけた。根拠がないし、なにより2000万に単位が附いてない。リエルなのかドルなのか円なのか。こんないいかげんな情報は無視する。でもありそうな話だけど。しかし大金を払ってカンボジア国籍を取得するのはかなり特別な人だろう(笑)。なんの意味があるのか。まあ行ってみればわかるが日本人が暮らすにはキツいところだ。あらゆる意味で。

 十数年前、タイで知りあった人の中から、カンボジアに永住するとプノンペンに移る人が何人かいた。私が初めてカンボジアに行ったのも、彼らを訪ねる旅だった。
 発展途上国独自の猥雑な空気を好む人には、タイはもう垢抜けすぎていたのだろう。その気持ちはわかる。タイがおもしろかったのは90年代半ばまでだ。私なんかよりももっと古い通は90年代そのものを否定するようだが。でも92年ぐらいはまだおもしろかったと思う。

 プノンペンに渡った彼らはみな故人になっている。寿命を縮めてまで暮らす国じゃない。「故人」といっても70代80代じゃないよ。みな50代で死んでいる。まあ心臓発作とか脳梗塞とかいろいろだし、それが寿命だったとも言える。それをカンボジアのせいにしては失礼だけど。

 GDPは111億ドルで山口県下関市程度とか。基礎知識はもっているが、こういう「山口県下関市と同じ」なんて例えはWikipediaで教えてもらわないとわからない。
 北朝鮮のGDPがよく「鳥取県程度」と例えられる。でかいことを言っているくせに、いかにショボい国かとネタになるが、カンボジアは北朝鮮の半分以下だ。日本の県とすら比較できない。市、だ。その弱い国を犒从兮膵餃瓩らやってきた芸人が蹂躙した。どう考えても不愉快になる。



 2の問題。彼はオリンピック後も日本に在住し、「カンボジア人が日本のビザを取得して定住という形」になると明言している。芸能活動をするからワーキングビザになるのか。ついでに「外タレ扱いでギャラがあがるのではないかと楽しみ」とも発言している。先日生まれた娘は「ハーフだ」とはしゃいでいた。

 国籍ってなんだろう。

 カンボジア語を覚えて、カンボジアでネタをやりたいとか、カンボジアに住むとか、これからもカンボジアのために役立ちたいとかの発想はカケラもない。ひとことも出て来ない。あくまでも「オリンピックに出たいために国籍を替えた」という方法論である。

 私は、せめて、オリンピック後に、カンボジアで、「カンボジア代表としてロンドンオリンピックのマラソンに出場した猫ひろしです。カンボジアと日本がこれからも仲よくやってゆけるよう努力します」ぐらいの挨拶を、カンボジア語でやるぐらいの礼は尽くして欲しいと願う。最低限の礼儀だろう。出来るなら行く前にやって欲しい。
 無理か? それができるひとは、そもそもカンボジア国籍でオリンピック出場なんて発想をしないか。

 スポンサーがついて得る億を超える収入は、どちらに納税するのだろう。日本かカンボジアか。カンボジア人なんだからカンボジアだよね。カンボジア陸連が好意的なのは、それが理由か?



 3と4も重要。
 猫ひろしよりタイムのいい、本来ならカンボジア代表になるべき選手が、連続して棄権とか不可解な状況が連続した。すべての状況が「猫ひろしが出走できる流れ」で動いていた。
 また、昨日も書いたが、「猫ひろしの持ちタイムがずば抜けていてメダルが取れそう」なら話は違う。しかしそれはまず絶対にない。どう考えてもこれは「札束で横っ面を引っぱたいて」という流れになる。

phnompenh
















 この件に関してカンボジアの代表紙「プノンペンポスト」が批判的な記事を書いたという話が2ちゃんねるにあった。和訳も添えてあった。

 その和訳文はいま手元にあるのだが掲載は控える。理由は、そこからリンクされている上の英文プノンペンポスト紙のサイトに行ったのだが記事を発見できなかったからだ。

 私は原文の英文を読み、自分で和訳した文を載せようと思った。探したが該当記事が見つからない。
 いかにも新聞記事の和訳らしいよく出来た文なのだが、だからこそ2ちゃんねる的な冗談捏造の可能性を考慮せねばならない。あそこに出入りする愉快犯のレベルは高い。



 2ちゃんねるのそういう「よくできた作り物」に引っ掛かって恥を掻くひとは多い。高名なブロガーである<きっこさん>もよくやっている。

kikkoao




 2ちゃんねるに「NHKラジオがこういうニュースを流していた」とある。<きっこさん>はそれが自分の意見に都合がいいので、すぐにその内容をツイートする。「ソースは?」と質問が入る。「NHKラジオのニュースです」と応える。よせばいいのに「わたしは聞きました」と。

 しかしそんなNHKニュースはなかった。それ自体が2ちゃんねるの捏造だった。見事に引っ掛かって笑いものである。 流れてないものを聞いている「空耳アワー」。しかしむろんカエルのつらになんとやら。反省などあるはずもなし。しらんふり。
 私は顔に小便をかけられたら気にするカエルなので、確認できるまで掲載は控える。�

 本物なら、猫ひろしとオリンピックのありかたについてプノンペンポスト紙が正面から批判したいい内容なのでぜひ紹介したい。でもあまりに出来すぎているから、きっと作り物だろう。

 もしもニセ物なら、バレた原因は和訳が見事すぎたことだ。いかにも英文を訳したように、もうすこし下手な文にした方がいい。



 なお、この種のニュースでは、必ず「カンボジアの代表的新聞プノンペンポスト紙」とあるが、カンボジア庶民は新聞など読まない。そんな餘裕はない。日本とは状況が違う。政府関係者や一部の金持ち、高学歴者が読むだけだ。

 「カンボジア国民は怒っているのではないか。我が身に置きかえてみろ。どれほど不快なことか」というような論調は、いまの日本の国情を基本にしている。その意見には賛同するが、現実のカンボジア庶民にとって、オリンピックそのものがどうでもいいことであり、ましてマラソン代表が誰かなんて犬の糞をふんづけたこと以下の事件でしかない。

 同じく、「カンボジア人の8割が猫ひろしのオリンピック出場に好意的だ」なんて意見もどうでもいい。なにしろカンボジア人の99%にとって「どうでもいいこと」なのだ。いやそれ以前の状況、「知らないこと」なのだ。
 プノンペンの住人でもふつうのひとは知らないし興味はないだろう。このことを知っているごくごく一部のひと10人に意見を聞いたら8人が好意的だった、なんて程度のアンケートに意味があるはずがない。

 だから私は「カンボジア国民が怒っている」という視点では語らない。私の言いたいのは、「日本人が他国に対して失礼なことをした」に尽きる。
 要は「日本人のありかた」だ。今回の出来事は、あまりに「美しくない日本人」である。そのことに立腹している。�



 7の「ホリエモンが関与」はホント。該当記事はこの件が話題になり、早速削除されたが、私はこの「猫ひろし問題」は、かなり前から不快で追い掛けていたテーマなので、コピーをもっている。以下、紹介する。

タイトルは「泉忠司のボーダレスで行こう!」2012-3-26 から抜粋。

「猫ひろしが国籍を変えてマラソンでオリンピックに挑戦」という企画は、2009年8月28日にDMM.comで生放送された『ホリエモン想定外のなんでお前なんだよ!!』という番組の中から生まれました。

「ホリエモンと猫ひろしが組んでM-1グランプリに出場」
「選挙に出る」
「ツイッター芸人としての立場を確立」

といった企画が次々と飛び出しました。ちなみに、この日の番組終了後に、控え室で猫さんはツイッターを開設したのですが、その開設手続きをしたのが、ホリエモンなんですよ。

このような流れから「国籍を変えてオリンピックに挑戦」という話題に発展。
「猫ひろしロンドンオリンピックへの道」の種が生まれた瞬間です。その後の過程はニュースなどで随時報じられてきたとおりです。そして、ついにオリンピック出場が決定しました。

 くだらん話である。
 この泉というのもホリエモンと一緒の仕掛け人らしく、それが自慢らしい。「ボーダレスで行こう」なんて行ってるだけあって、節操と礼儀がボーダレスだ。廃棄すべきはこいつらである。

「猫さんのオリンピック出場に対し、心からの賛辞と敬意を送ります」

 と書いたのだから堂々としていればいいのに、即座に削除している。腰抜け。

※�

 9はまあさんざん書いているのでパスして。�

 やはりこだわりたいのは10だ。
 どう考えても「人としての道」に悖っている。
 人じゃないのか、猫か。

 猫はもっとまとも。猫と言いたくない。
 醜い人もどき。

(好きな猫だからいやなんだよなあ、犬ひろし、豚ひろし、牛ひろし、馬ひろし、鳥ひろし、なんでも気にならないんだけど。)

---------------

【追記】──東国原のTwitter

東国原英夫 (@higashimototiji)
12/03/26 12:15
猫君がオリンピックマラソンカンボジア代表に決定しました。おめでとうございます。
一部批判や疑問もあるみたいですが、今後、カンボジア人として、国や地域にどれだけ貢献できるかで真価が問われると思います。頑張って頂きたいと思います。


かつてのお笑い芸人として、おめでとうを言いつつも、しっかり皮肉も言っている(笑)。�

猫ひろし、スポンサー契約でボロ儲け──カンボジアが「猫ひろし従軍慰安婦」で賠償を求める日

カンボジアからのオリンピックマラソン代表になった猫ひろしがスポンサー契約でボロ儲けなのだとか。
元記事はこちら。 



NHKまで夜のニュースで大々的に取り上げていたが、オリンピック出場が決まった猫ひろしは、この先、一体いくら稼ぐのか。
「昨年末、スポーツ用品メーカーなど数社からスポンサー契約のオファーがあったが、猫ひろしサイドは断ったそうです。オリンピック出場が決まった後のほうが、商品価値が高まり、契約金が跳ね上がると計算したのでしょう。イチかバチかの賭けが、成功した形です。はやくもスポンサー候補として、味の素やニューバランスの社名があがっています。ニューバランスからは靴を提供されている。

オリンピック出場となれば、スポンサー料は3000万円程度になるでしょう。5社集まれば1億5000万円。最低でも1億円は稼ぐでしょう」(広告業界事情通)

カンボジア国内では話題になっていないから批判も起きていないが、広く知られるようになったら批判が噴出するのじゃないか。 (日刊ゲンダイ)

※ 

カンボジア国内で批判が起きていないのは、好意的だからではなく、庶民はオリンピックだとか、それのマラソン代表だとかに興味を持つようなゆとりなどないからである。そんなことは知らない。テレビのない家庭も多いし、ニュースでも流れない。假りに流れてもどうでもいいことだ。今日の飯とは関係ない。それほど貧しい。どういう国かは行けばわかる。

そういう国に対して「日本の猫ひろしという芸人」は、「記録には無関係で男女ひとりずつの出場枠」というオリンピックの「空白の一日」みたいな規則の裏を掻き、「国籍移動」という方法で愚弄したのだ。ホント、江川の「空白の一日」を思い出す。

医学を知らない貧しい若者に、「腎臓ってのはふたつあるから、ひとつとっても平気なんだよ。ひとつちょうだいね。お金あげるから」と言ってだましたようなものだ。

カンボジアの陸連の誰とかが言った「経済大国から来た猫ひろしさんの努力がありがたい」は、「大金がもらえて、家族がうまいものを喰えて、感謝してます」ってとこか。その旨いものは、おまえの息子の腎臓代金なんだよ。

このような恥ずかしい行為を、「快挙」ともちあげるひとの気がしれん。


ただし。
日本がカンボジアのような国だったら、どこかの経済大国からこんなことをされるだろう。国の強弱とはそんなものだ。
そして、そういう貧しい日本に住む貧しい私が、そのことに腹立ち、こういうことを書くこともない。だってそんなこと知らないし、その日を生きるのに精一杯なのだから。常時接続のインターネットなんてないんだから。

「所詮ニンゲンは弱肉強食。国の関係とはそういうものなのだ」と割り切れば、どうでもいいことか。 

そういうことをされた屈辱に腹立つのは、生活に餘裕の出来るずっと先のことだ。
そうなったらカンボジアは「猫ひろし従軍慰安婦」なんてのを捏造して日本に賠償金を求めるだろう。
世界中のあちこちに「猫ひろし従軍慰安婦像」を建立して日本を批難する。ニャ〜。

わたしたちは、カンボジア代表だから、カンボジア人にしてくれって抵抗したんです。オリンピックはそれでこそ意味があると。なのに猫ひろしに力尽くで……。一晩に何万人もの少女が猫ひろしに犯されました。わたしたちは、わたしたちは、この残酷な行為を許すことはできません!」 

続いて、「猫ひろし大虐殺」。
残虐な猫ひろしが30万人を殺しまくった。賠償せよ! 補償せよ!

冗談じゃないよ。どっかの国とのつきあいを見れば解る。
不衛生で早死にの文盲ばかりの国に、衛生観念を教え、教育を与え、インフラを整備し、識字率を高め、平均寿命を大きく伸ばし、人口も増やしてやったのに、敗戦で認識をころっとかえ、未だに逆恨みされている。ありもしないことまで作られて世界中で誹謗中傷されている。

カンボジアが「経済大国の猫ひろしさんが」と言っているのは今の国情だから。
強くなったら「あの屈辱を忘れない」と何を言いだすかわかったもんじゃない。



彼のやったことは「快挙」ではない。彼は「英雄」でもない。
「国」の立場、強弱を利用し、「営利行為」を具現した醜さの象徴だ。 

でもニンゲンというものを直視するいい機会だったかも知れない。

さすがD作先生の教えは味がある。 深イィ。か?

---------------

 そうかの広告がつきまとう……呪われてる…… 

猫ひろし、カンボジアからオリンピック出場──創価学会の栄光──アイネスフウジンと「ナカノコール」

olympic2012 カンボジア国籍を取得してロンドン五輪出場を目指すタレントの猫ひろし(本名滝崎邦明〈たきざき・くにあき〉)さん(34)が男子マラソンの同国代表に決まった。カンボジア・オリンピック委員会のワット・チョムラーン専務理事が25日、明らかにした。他の競技の代表とともに4月に正式発表する見通しという。

 五輪の陸上では、参加標準記録を突破した選手が1人もいない国・地域は、男女1人ずつがいずれかの種目に出場できる「特例」がある。カンボジアはこれに該当し、猫さんは自己ベストが2時間30分26秒で標準記録に届かないものの代表に選ばれた。

 夢が実現することになるが、国籍を変更しての出場は論議を呼びそうだ。 http://www.asahi.com/sports/update/0325/KYD201203250001.html  

---------------

nekohirosi瀬古氏は「本当におめでたい」有森さんは「複雑」 猫ひろし五輪代表決定

 猫ひろしのカンボジア代表決定について、往年の名ランナーで日本陸連理事の瀬古利彦氏は「本当におめでたいこと。五輪は参加することに意義がある。選ばれた以上、カンボジア国民の夢を背負って頑張ってほしい」とエールを送った。

 猫の自己記録は2時間30分台で女子のトップ選手にも及ばない。それでも日本陸連強化委員会の木内敏夫統括ディレクターは「最近の成長を見ると、ただの市民ランナーの走りではない」と評価した。

 国籍を変更しての五輪出場に批判的な意見もある。マラソンを通じてカンボジアとの国際交流に尽力する五輪メダリストの有森裕子さんは「心情的にはこれが本当にいいことなのか複雑だ」とコメントした。

 カンボジア国内ではあまり話題になっておらず、今のところ強い批判は起きていない。同国陸連のペン・ブティ専務理事は「猫さんは経済大国から来てくれた。猫さんのような日本人がカンボジアのために身をささげ、努力してくれることは、カンボジアにとって誇りだ」と歓迎した。(共同) http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2012/03/25/kiji/K20120325002906760.html 
 

---------------

 日経賞でネコパンチが逃げきったのはこういうことだったのか。
 勝利騎手インタビュウで江田照が猫ひろしのまねをして「ニャンニャン」てやってた。
 私が猫ひろしを嫌いな理由のひとつにこれがある。彼の芸名は「舘ひろし」の「タチ」を「ネコ」にした言葉遊びから来ていて(タチとネコの意味がわからないひとは調べてください)猫とは無関係。芸名が「ネコ」になったので漢字の猫を当て、そこから「にゃ〜」とかやっているが、猫好きではない。猫好きでもないのに猫を名乗られて、愛猫家として極めて不快だ。

 猫も、馬のネコパンチも大好きで、ナンミョーは大嫌いなブロガーの<きっこさん>は、この「猫の名を騙るナンミョー」のことをどう思っているのだろう。
 <きっこさん>のTwitterに出かけてみる。<きっこさん>は、この件に関して意見を言ってるだろうか。  

<きっこさん>のtwitter 

kikkoao




 すでに就寝されていたようだ。残念。



 過日、朝、起き抜けにテレビを点けてしまった。テレビは今ごく限られた番組を見るだけなのだが、寝惚けていると月に一、二回は未だにこんなことをしてしまう。何十年もの習慣はこわい。いわゆる「起きたらまずテレビ」ってヤツだ。

 朝のワイドショーだった。昨日、猫ひろしがフルマラソンを走り、自己新を出したことに対し、「快挙ですね。がんばってます。うまくオリンピックに出られるといいですね。私達も応援してます!」とニコやかにやってたので急いで消した。たしか羽鳥だったからテレ朝か。
 猫ひろしのオリンピック標準記録には程遠い自己新で騒いでいたようだから、カンボジアの代表として出場が確定した明日月曜は、各局とも朝から大はしゃぎだろう。



 しかしこれってカンボジアにとっていいことなのか。恥ずべき事ではないのか。大金持ちの創価学会から裏金でも動いたのか。
 カンボジアには14年前から三度ほど行っている。ずいぶんと怖い思いをした。何度か銃を向けられている。あそこの政府と軍人に対していい印象はない。
 このことでまた嫌いになった。どう考えてもおかしい。経済大国からやってきたのを出場させることで何か見返りを期待しているのか。それとも水面下でもうもらっているのか。

 水準記録を満たしていない弱小国には男女ひとりずつ出走枠が与えられる。オリンピックを運営している、いわゆる先進国(イヤなコトバだ)からのお情けだ。
 オリンピックというのは、その先進国が金を出しあってやっている牘超鉢瓩任△襦M権もある。委員になったりしたらもうたいへん。キレイゴトではない。そのことを忘れてはならない。

 出場の時点でもう負けることは判っていても、だからこそ未来のカンボジアのために、カンボジアの若者に経験させるべきだ。彼が教師になり、自ら体験したオリンピックの雰囲気を語り続けるだけで、青少年の国威発揚に繋がる。未来のカンボジアの夢になる。それこそがオリンピックの価値だろう。

 日本のお笑い芸人が国籍を替え、カンボジア代表として出走して、2時間7分ぐらいの優勝者の後に2時間30分でゴールする。何十位だろう。ビリから何番目。ビリ? 
 残るのは「おれはオリンピックに出たことがある」という猫ひろしの自己満足だけだ。まさかオリンピックが終ったらまた国籍を日本に戻すなんてことはしないだろうな!? そういや猫ひろしって結婚している。女房は日本国籍のままか。するとこれって国際結婚? 先日生まれた娘はハーフか?

 これがもしも純粋なカンボジアのランナーだったなら、たとえビリでも、カンボジアのこどもたちは中継を見て、口惜しさに唇を噛みながらも、「いまにきっと!」と思うだろう。それがオリンピックだ。それが「参加することに意義がある」だ。
 瀬古の言っていることはおかしい。参加することに意義があるのはカンボジアの青年が挑むからであって、日本のお笑い芸人が話題欲しさに国籍を替えて参加することに意義はない。

 ということで思い出した。
 女子100メートルの第一次予選に、そういう国の選手が出ていた。メダルを争うような国の選手のやる気満々の勝負服とはちがいジャージ姿。何十メートルも遅れてゴールする。でも彼女は国では一番速い選手なのだろう。あれはあれでオリンピックの味わいだった。
 カンボジアはどんな競技でもいいから、ビリになろうとも自国の選手を送るべし。断じてそれは猫ひろしではない。



 もちろん金メダルを狙えるような場合は別になる。日本からの出場枠ではメダルが狙えないと判断したアスリートが、アメリカやロシアに国籍を移して出場しようとするケースがある。それはおおいにやればいい。猫ひろしの場合とはちがう。

 個人的には、そんなことまでしてオリンピックに出てなにが楽しいのだろうと思う。
 だってオリンピックのおもしろさは「国別対抗戦」だ。国を背負うからおもしろい。ゆとり教育の歪みで「わたしなりのオリンピックを楽しんできます」なんて勘違いバカが増えたが。

 そこがあやふやになったらおもしろくない。オリンピックじゃない。
 国体で、主催県を優勝させるために所属県を移動する国体プロ(笑)がいるが、それと同じだ。
 より卑近な喩えをするなら、「クラス対抗戦」も「学校対抗戦」も、いつも所属しているクラスや学校があるからおもしろいのであって、それが不鮮明では盛りあがらない。

 在日朝鮮人で帰化していないのが韓国からオリンピックに出ようとすることがある。レスリングの長州力とか柔道の秋山成勲とか。
 けっきょく韓国で差別されて傷つくことになる。そりゃ韓国人だって都合のいいときだけ「韓国人でござーい」ってやってくる日本在住のヤツより、自分の国で育った連中を応援するだろう。そもそも日本で生きていて、朝鮮語もしゃべれないくせに、そんなことをしようとするヤツが狂っている。これまた国籍がわかっていない。まあ「国とはなにか」を考えるきっかけにはなるだろう。



 猫ひろしがぶっちぎりで優勝し、表彰式でカンボジア国家が流れるならまだしも。
 うん、それなら認める。猫ひろしに日本代表になれる力があり、それどころか世界最高タイムを持っていて、金メダルは確実と言われている。なのに国籍をカンボジアに移す。初めて行ったときに感動したカンボジアという国に初の金メダルをもたらし、勇気を与えたいと。

 表彰式で金メダルを胸にした猫ひろしとともに、カンボジア国歌が流れたなら、カンボジア国民は、それが日本から国籍を移して出場した元日本人だと知っていても、自分達のためにそれをしてくれたのだと喜ぶだろう。感動してマラソンを始める青少年も増えるにちがいない。
 だけど猫ひろしがそれぐらいの記録を持っていたら日本から出るに決まっている。これはお笑い芸人の売名行為でしかない。「国籍」をアイテムにした……。

 これは日本国、日本人にとって、いいことなのか。
 カンボジア人にとってうれしいことなのか。
 猫ひろしにとっていいことなのか。
 そもそも国籍ってそんなものなのか。

 長年日本に住み、日本語しかしゃべれないのに、頑なに帰化を拒み、日本の悪口を言うことをアイデンティティとしている在日朝鮮人に、猫ひろしの国籍変更について問うてみたい。

---------------

【追記】──長谷川理恵、猫ひろしを絶讃!──3/28 5:45

タレントの長谷川理恵が27日、東京・文京区で行われた「美筋アワード2012」の授賞式で「第1回 美筋アワード」を受賞した。同賞は美しく健康的な筋肉を持つ人に贈られるというもの。長谷川は、長年続けているマラソンで培われた健康的な肉体美や、その美しい筋肉を保ち続けていることから受賞に至った。

 美筋アワードを受賞した長谷川は「10年以上マラソンを続けてきて良かったなと思いました。本当に光栄です」と笑顔。

 また授賞式では、カンボジア代表としてロンドンオリンピック出場が内定したタレントの猫ひろしについて質問が及ぶと「大尊敬します。並大抵のことではないので、本当に練習されていた姿も知っていますし、夢がかなって本当によかった」と祝福した。

--------------- 

 カス同士、よく通じあうようだ(笑)。

 以上で、「猫ひろしのオリンピック出場に関する話」はおしまい。以下は創価学会と競馬のこと。興味のないひとはとっとと帰ってください。

00kanren.gif 
 カンボジアからオリンピックに出ようという猫ひろしという名の国辱


聖教新聞の猫ひろし──「オリンピック出場の夢は諦めない」







============================================




 この胸糞の悪くなる話で、ただひとつたしかなのは、創価学会にとってはいい宣伝材料ということだ。学会員の芸人が異国からオリンピックに出ることは、布教の面からも、まさしく「快挙」である。
 熱心な学会員はロンドンまで応援に駆けつけることだろう。久本雅美とか柴田理恵がレポートするのか。WAHAH本舗だから、そもそも猫ひろしの入信は久本絡みだろう。あそこには創価でないといられない。
「猫ひろし、オリンピックまでの道」なんて特番が作られ、ビリでゴールインする猫ひろしに久本が涙ぐちゃぐちゃの醜い顔で抱きついて、よくやったよ、よくやったよと号泣するシーンが今から目に浮かぶ。

---------------

【追記】──すでにもう番組は始まっているらしい。さすがはTBS(笑)。──3/26 21:30

TBS 炎の体育会
「芸人・猫ひろし 五輪への道
完全密着900日 独占放送」
ロンドン五輪挑戦「カンボジア人として」

それと、記者会見で猫ひろしが「事務所の先輩タレント・久本雅美から祝福を受けたといい「『よくやった』とメールをいただいたんですが、ロンドンに来てくれるかと聞いたら『それはない』と言われました」と明かしている。
でもぎりぎりで行くと思う。感動のゴールに久本と柴田の涙はかかせない。 

【追記】──おわり

---------------

 創価学会はそういうことに関して熱心だ。最高の宣伝になる。
 調教師や騎手が学会員のアイネスフウジンがダービーを優勝した際、それを讃えるため競馬場に駆けつけていた学会員が、学会員騎手・中野の名を叫び始めた。
 周囲の軽薄な連中に伝播して、伝説的な「ナカノコール」となり、翌日の聖教新聞の一面を飾った。

 私はあの現場にいて、「附和雷同」とは、なんと怖ろしいのだろうと身を竦めた。「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」である。
 また、その後も今に至るまで、この醜悪な宗教的儀式を「感動の一瞬」として語り続け流布している鈴木淑子というひとの鈍感に惘れる。学会員ならともかく。学会員なのか?

  あれから「騎手のコール」が起きると気味が悪くなって耳を塞ぐ。本人がイタリアのダービーを勝ったときより感動したと言う「ミルココール」のミルコ・デムーロが創価学会員とは思わないが(笑)、あの気味の悪い現象の始まりは確かにそれだった。



 私が今年オリンピックで見たいものは何があるだろう。ボルトの陸上と柔道ぐらいか。
 もともとオリンピックオタクじゃないからどうでもいい。関わらなければ遠い話だ。

---------------

──私は当時、馬主のKさんも学会員だと思っていた。調教師、騎手、馬主と創価学会トリオだと。
 実際そういう例は多い。そりゃ学会員の馬主だったら学会員の調教師に預け、学会員の騎手を乗せたい。自然な感情だ。安田、中野、中舘etc……。彼らの絆は強い。それこそ狂信的に。

 しかしそのK調教師とつきあい(取り引き)のあった生産者がきっぱりと否定したので今は認識をあらためている。
 創価学会員の調教師と取り引きをする生産者は聖教新聞を取らされる。私と親しいその生産者も二部取らされていた。おつき合いだ。読まないまま納屋に積みあげられた何年分もの聖教新聞を見たときは寒気がした。
 いまやマイニチ新聞よりも発行部数が多く、数字的には讀賣、アサヒ、聖教が日本の三大新聞だが、聖教の部数にはだいぶこういうのが上積みされているのだろう。またマイニチ新聞が聖教の印刷で口を糊しているのも有名な事実。批判など出来るはずもない。

 彼のところにも馬を見に馬主のKさんは訪れており、その際、創価学会の悪口を言い、はっきりと自分はちがうと否定したそうだ。この「悪口」というのは重要。一種の踏み絵であり、会員はぜったいに悪口は言わない。
 Kさんは、若い新米馬主だった。馬主になってたった二年でダービーを勝った強運のひとである。そんな新米馬主Kさんの安馬アイネスフウジンを預かってくれる厩舎はそこぐらいだったのだろう。その縁で、彼らから熱心に折伏されたことは想像に難くない。ヤツらはそれこそ馬が活躍しなかったら「あなたが入信していないからだ」と言い、活躍したら「入信すればもっと走る」と言う。その憤懣も溜まっていたのか、知人の生産者に語ったKさんの創価学会批判はかなりのものだったらしい。

 ベンチャー企業の起業者だったKさんは後に破産しラブホテルで、同じく起業家だった盟友ふたりと一緒に首吊り自殺している。その栄枯盛衰は大きな話題になった。後にこのホテルが、「自殺が大きく報道され客足が減った」と遺族に損害賠償の裁判を起こしたことも報道された。
 Kさんの死を知ったとき、ヤツらは「入信さえしていればこんなことには」と語ったであろう。

--------------- 

どうでもいい【附記】──メモ代わりに

 Twitterをやめた理由はいくつかあるのだが、そのひとつにこんなのがあった。
 相互フォローをして、何度かやりとりしたひとが、「おつきあいで取っている聖教新聞がウンヌン」と書いていたのだ。
 う〜ん。上記のような商売上の「おつきあい」はわかるが、一般家庭の主婦(そのひとはそうだった)が、おつきあいであんなものを取るとは考えにくい。新聞は落ち目で好きな新聞でさえ取らないひとが多い時代なのだ。取った以上読むだろうし、読まないなら読まないで、家庭では置いておくだけでも嵩張る。
 そもそも、おつきあいであれ、あの信者以外はとてもじゃないが読めない新聞を取っていることはかなり異常だ。もしも本当なら、かなり鈍いひとになる。そんな鈍いひとと私は「おつきあい」したくない。

 「おつきあい」はウソなのだろう、と解釈した。学会員なのだ。そこがわからず悪口を言ったら相手の気分を害する。それはしたくない。そっとフォローを外した。何かを感じたらしく、向こうも外した(笑)。このパターンは多い。相手がとんでもないひとだとわかったら離れるしかない。
  Twitterはむずかしいな、と感じたひとつになる。

---------------

↓ 覚悟したことですが、早速創価学会関連の広告が入っています。うんざり。
  これを消すためには、無関係な新記事をアップするしかありません。早く書かないと。

2018年冬季オリンピックに韓国!──第二の金妍児はいるのか!?

olympic2018
















2018年冬季五輪の平昌開催が決まった韓国は7日未明、喜びに沸いた。

 KBSをはじめ韓国の全放送局は6日深夜から7日未明にかけ、特番態勢。開催地の平昌が属する江原道では春川など各地で、開催地発表を見守るイベントが開かれ、会場の大型モニターで生中継が放映された。

 地元の平昌郡は五輪会場スキージャンプ台近くにステージとテレモニターを特設。地元住民や道、郡関係者ら約2000人が集まり、モニターに見入った。

 IOCのロゲ委員長が開催地名を発表した瞬間、各地の会場では花火が上がり、紙吹雪が舞い、歓喜にあふれた。


------------------------------

 これで2020年の東京オリンピックが不利になったのはたしか。あれは五大陸持ちまわりが基本だから近場で連続はない。そして冬季オリンピック韓国開催が夏季オリンピック日本開催を不利にしたことを韓国人が大喜びするのはもっとたしか。それが日本憎しで固まっている韓国メンタリティ。
 今夜の新大久保あたりもおおいに盛りあがることだろう。



 ところで、金妍児(キムヨナ)は紛れもなく天才だけど、韓国にはそれに続くのが出現していない。日本は続いている。そのちがいはなんだ。あれは特出した個人だったのだろうか。
 金妍児は金メダル以前にもうCMにも多数出演して国民的スターになっていた。十代で億万長者だった。いわばスポーツによる韓国ドリームを成し遂げたわけで、ならもっと続くのが出なければおかしい。韓国は共産国のように国を挙げて応援するから第二第三の金妍児が出るはずなのだが……。

オリンピック開催地落選の後3

落ちたとなると今度は落選責任論だ。都民の税金無駄づかいと大騒ぎになるだろう。と思ってこの種の事では御約束定番「きっこの日記」を覗いたら待ってましたとばかりにアンケートまで募集しておおはしゃぎしていた。「きっこの日記」というのは平均すると年に2回ぐらい見るがけっこう嗤える。平均するととは、今年はもう10回ぐらい見たがそれ以前は三年ぐらい見ていないからだ。なぜ今年はもう10回も見たかはそのうちネタで書こう。▼毎度何事も競馬に結びつけるのはバカのなんとかだが懲りることなく今回のことも競馬で譬えると、オリンピック開催地立候補とは「馬券で100万円儲けたいようなもの」である。2008年に立候補した大阪は「資金もないしどうせ当たらへん」とばかりに予算1万円で3連単100万馬券を買いちらかすようなことをした。案の定第1回投票で6票しか入らず泡沫候補として真っ先に落選したが1万円しか損していない。対して東京は本気だった。なんとしても勝ちたいと本命サイド4倍の単勝を30万円買う勝負に出た。負けた痛手は大きい。慎太郎さんを大嫌いな連中は時は来たれりと鼻息荒くしていることだろう。▼私は二度目の東京オリンピック開催にあまり興味はないが日本での開催には興味がある。大阪、福岡、名古屋、どこでもいい。ぜひ見たい。もちろん夏季だ。冬季はオリンピックと思っていない。しかしそれは日本を過大評価した勘違いなのだと今回思い知った。東京という切り札でもあの扱いだった。その他の地域なんて夢の夢か。今後もし開催されるとしても東京しか可能性はないのだろうか。▼早くも2020年の開催地にローマが名乗りを挙げたとか。ローマは東京の前だった。1960年。裸足のアベベがマラソンで優勝し、東京でも連覇した。イタリアからはベネチアも検討されているとか。いいなあ、ベネチアオリンピック。2度目のローマよりも見てみたい。▼そこそこの国が持ちまわりでするのがオリンピックなら、まだ先輩のローマですら2回目をしていないのだから極東の島国としては出しゃばり過ぎだったか。「極東」というのはあちらの地図から見た私には屈辱的な侮蔑語なのだが、この場合はオリンピックそのものがあちらのものなのだからしょうがない。個人的には鳩山首相の参加に救われた。アメリカは大統領が夫婦で参加している。あれで首相が行かなかったらどっちらけだった。自民党支持者にも好意的に受けとられたことだろう。

2016年オリンピック──46年ぶりの皆既日蝕3

▼今夏皆既日蝕があった。2009年7月22日。46年ぶりだと盛りあがっていた。日本全国で見られるものではなく、はるばる南西諸島まで高い参加費を払って出かけた人たちが、あいにくの雨で見られずに落ちこんでいる姿は気の毒だった。▼それにしても「日食」はひどい。あれは「日を食う」のではなく「日が蝕まれる」である。私は漢字信奉者ではないからこういうことは言いたくないのだが、「蝕」がとんでもなく画数の多い見たことのないような漢字ならともかく「食に虫」である。簡単な字だ。意味もわかりやすい。覚えやすい。虫食いのことだからこどもにも説明しやすい。なぜそれを「日食」にしてしまうのだろう。▼テレビのワイドショーはみな「日食」だった。新聞はさすがに「日蝕」だろうと思い、いま当時の記事を調べようと「皆既日蝕」と検索語を挿れたら、「もしかして皆既日食?」と早速誤字のように指摘され探す気が失せた。Wikipediaも「日食」で統一している。それでも新聞は「日蝕」だったと信じたい。▼今じゃもう笑い話のようだが以前は大新聞の見出しに「日本人ら致」と載っていた。「拉」の字が常用漢字に入っていないという理由だ。いかにも御役所仕事的発想であり、役所は役所だからしかたないとしても、ジャーナリズムが先頭切ってそれを護っているのだからお粗末である。いまはどこでも、それこそテレビでも「拉致」と表記され、これまた「手偏に立つ」という簡単な字だから「かつて『ら致』と表記されていた」は、ついこのあいだのことなのにもう昔話のようになっている。日食が日蝕に戻ることはないのだろうか。▼私は小学生の時にこの前回の皆既日蝕を見ている。女の先生の指導の下、幅20センチ、縦5センチぐらいの長方形のガラス板がみんなに配られ、ロウソクの炎を当て、煤で黒くして太陽を見た。手製サングラスである。ほぼ完全な皆既日蝕が見られた。▼体験しているので今回の日蝕に興味がなかった。新聞の表記が日食か日蝕かを知らないのは記事を読んでいないからである。何十万円も払って南の島まで見に行ったひとの中には「46年ぶりにまた見たい」というひとも多かったようだ。私にその感覚はない。だから東京オリンピックも私は「また見たい」とは思わないのだが、まだ見たことのない日本人の若者に自国で開催されるオリンピックを「見せてやりたい」「見て欲しい」とは思う。そのことから生まれる確実なものがあるからだ。

2016年オリンピック──開催地決定までもうすこし3

▼2016年オリンピック開催地決定までもう少し。智のあるひとは東京開催に反対するのが粋らしいが智のない私は賛成である。消極的賛成。オリンピックは確実に国と街を活気づける。弊害もあるだろうが「今はそんなことをやっている時ではない」には反対する。「そんなとき」だからこそこんなことが必要なのだ。とはいえ積極的に「ぜひ見たい」とも思わない。すでに見ているから。見ていない若い人はどう思っているのだろう。▼オリンピックとは欧米のもの。さらにはアメリカ中心のものだから何度に一度かはアメリカで開くことが必須になっている。その点ではお隣の北京で開かれたばかりだからアジアの東京は絶対的不利。この時点で負けている。立候補は無謀とすら言える。スペインのマドリッドもバルセロナのイメージが新しいし不利。なによりロンドンの次だ。マドリッドとバルセロナは民族的に別物だがスペインという国で括ればひとつになる。いきおい候補は定期開催が約束されている王様アメリカのシカゴか「南米初」の冠が点くブラジルのリオ・デ・ジャネイロに絞られる。アメリカはアトランタ以来になるがそれにしたって2016年は20年ぶりでしかない。オリンピックなんてそんなものだ。▼どっちかと言われればそりゃあ「南米初」を応援したい。アメリカ人の割合でヒスパニックは黒人を超えたそうだ。色々な意味で「南米初」には価値がある。盛りあがるのが目に見えるようだ。というか今ごろ「南米初」なのだからいかにオリンピックが欧米のものかってことだ。ブラジルに決まるとBRICsでまだなのはインドだけになる。次はインドだな。▼報道を鵜呑みに「南米初」と何度も書いていて「でも以前あっちのほうでやったような」と考えメキシコを思い出した。東京の次の1968年だった。メキシコは北米なのか。中米だと思っていた。南米では正真正銘初になる。あの真ん中が縊れて繋がっているアメリカ大陸の下の部分では初めてなのだ。▼このメキシコオリンピックのレスリングで銀メダルを取ったのが横綱白鵬の父親だった。モンゴル初のその後も唯一のオリンピックメダルであり国民的英雄だ。昨年北京オリンピックの柔道でモンゴルに金メダリストが誕生してやっとその記録が抜かれた。種目が柔道というのが日本との縁を感じさせる。▼候補地撰びで落選したら都知事が責められるのだろう。無駄づかいをしたと。今は野党だし。そのことを案じている。でもリオだろうな。

チベット蜂起考──長野の聖火リレー1

 

 

 朝八時前から生中継が始まる。地上とヘリコプターからの空撮映像が流れた。午前中はどこもそればかり。他のニュースをやっていても、なにかあるとすぐに長野に切りかえる。事件を待っているのだ。

 テレ朝では十二時から午後二時のサスペンスドラマのあいだも、ワイプ画面で聖火リレーの映像を、「いま60人目のランナー、61人目にタッチ」とランナーの順番を入れながら流し続ける。事件が起きるのを期待しているかのような無意味な煽りだった。

 空撮映像をひとめ見ればわかるように、二重三重の強固な防御態勢であり、ひとの力では突破不可能。次のランナーへの着火の瞬間に防御の態勢がすーっと変る様は、空を飛ぶ雁の隊列変化を見ているかのような気味悪い統制だった。

 私はPC作業をしながらテレビを点けたままにしていたが、なにも起きない(=起きようがない)のがすぐにわかり(もちろん暴動を期待していたのではない)平静でいられた。
 クルマも空も規制されている。何かをするとしたらセスナ機で突っこむとか、そんなことでもしないかぎり無理。そしてまたそこまでやるような場でもない。

 厳重な警戒が世界に伝えられることは、これはこれで日本という国のありかたを知らしめていいことだろうと(冷笑である)感じていた。

---------------

「フリーチベット」の叫び届かず亡命2世 泣きながら乱入 聖火リレー

2008.4.26 13:39

北京五輪聖火リレーで、沿道から飛び出し取り押さえられる男。左奥は走者を務め、盾で守られる卓球の福原愛選手=26日午前9時すぎ、長野市

 何のための、だれのための「平和の炎」なのか。26日、3000人規模の厳戒態勢の中で行われた北京五輪の聖火リレー。

 沿道を埋め尽くす真っ赤な中国国旗と、時折揺れるチベットの
雪山獅子旗。出発式会場に一般客は入れず、平和の祭典を象徴するイベントは「市民不在」で進んだ。

「チベットに自由を」「ゴーゴーチャイナ!」。チベット問題を訴えるプラカードも掲げられ、タレントの
萩本欽一さんや卓球の福原愛さんが走行中には男が取り押さえられる場面もあった。

 善光寺で知られる仏都・長野市は終日騒然とした空気に包まれた。(林英樹、永原慎吾)

 ハプニングは突然起きた。JR長野駅や善光寺周辺と比べて、比較的観客の数が少ないコース中ごろの沿道。

「フリーチベット!」。
チベットの旗を握りしめた男がロープをまたいで車道へ飛び出し、聖火ランナーの列に飛び込んだ。警官隊に取り押さえられ、地面に顔を押さえつけられながらも、「フリーチベット」の泣き叫ぶような声は消えない。

 男は、台湾に住む亡命チベット人2世の古物商、タシィ・ツゥリンさん(42)。「私はオリンピックに反対しているわけではない。ただ、チベットの惨状を全世界に訴える絶好の機会だと思っている」。この日朝、沿道の別の場所でチベットの旗を広げていたタシィさんは記者にそう話していた。

---------------

 タシィさんはすぐに警備隊に取り抑えられ、地面に抑えつけられたが、泣きながらの「フリーチベット」は、世界のひとの心に届いた。
 日本人でも白人でもなく、タシィさんだから届いた。

 タシィさんは25日夜に長野入り。タイの聖火リレーでも抗議活動に参加したが、そのときと比べると、日本のほうがチベット支援者が多いことに驚いたといい、「応援してくれる日本のみなさんに感謝している」と述べていた。

 あまりにものものしい警備は、オリンピックを開催する資格のない共産党独裁国家が、国威発揚のために無意味な聖火リレーなるものを仰々しく世界中で行い、結果として世界中にその恥をさらしていることをよく証明していた。

 日本の重厚な警備は単に自国でごたごたが起きるのを避けようとしたこの国らしい冷たさの発露だろうが、その分、異様さを伝えるには役立っている。

---------------

 AP通信は、警備により「お祭り気分が薄れた」と報道。リレーを妨害しようとした5人が逮捕されたことや、中国人留学生ら中国支持グループとチベット弾圧に抗議する人々が散発的に対立したことも伝えた。

 ロイター通信は、日本政府の対応について「来月予定されている中国の胡錦濤国家主席の来日を前に、大混乱はなんとしても避けたかった」と指摘した。

---------------

 あれだけ厳重な警備で、さしたる事件もなくほぼ無事に治めたのだから、来月来日する胡錦濤(ホゥー・チンタオ)様から、「なかなかよろしい。よくやった」とお誉めのことばを頂けるのかと思ったら、そうでもないようだ。

 

聖火リレー 中国報道は日本非難 “被害者”を強調 

2008.4.26 18:16

【北京=川越一】長野市で行われた北京五輪聖火リレーで日本人と中国人の間で小競り合いが起き、中国人が負傷したことについて

 中国共産党機関紙、人民日報傘下の「
環球時報」(電子版)は26日
「日本の民族主義者が中国人留学生を殴打した」などと報じ、中国人が“被害者”であることをアピールした。

 同紙は、数千人の中国人留学生らが中国国旗を振って聖火を歓迎したが、100人余りの日本民族主義者」が聖火リレーのムードを台無しにしたと主張。

 第二次世界大戦時の旭日旗を掲げ、「中国人は帰れ!」などと罵声(ばせい)を飛ばしたと報じた。

---------------

 あれだけ真っ赤っかの中共国旗が溢れ、どこの国だかわからないほどだったのに、それでも中共様はお気に召さず、被害者面のようだ。これを13億の漢人が見たり読んだりして日本人を憎む構図になっている。

 日本に留学し、世界情勢を知っている留学生ですら共産党独裁国家を支持するのだ。情報を遮られ思想統制されている多くの民がどう考えるかは言うまでもない。

 かの国を歩くほどに、仲よくすることは絶望と感じる。共産党独裁国家という以前に、とにかく日本人と漢人はあわない。見た目は似ているが内面のそもそもがあまりにちがう。

 私は漢人を礼讃する浅田次郎の小説になじめない。最近は彼の小説そのものまで受けつけなくなってしまった。

 来月の胡錦濤(ホゥー・チンタオ)来日のときも天皇陛下が利用され、迎えに出たり握手させられたりするのだろうか。なんともたまらん気持ちになる。

 今回の一連の聖火リレーの件で、私にとって印象的なのは、「漢人の愛国意識」だった。
 すでに下欄に書いたが、海外で学ぶ留学生のような先進的な連中は、共産党独裁国家の侵略問題に批判的な視点をもっているものと思っていた。しかし天安門のような形にはならず、愛国の母国擁護で結託している。

 中共にとって、大威張りで始めたいかにも中華思想の聖火リレーが、世界各国で袋叩きにあったのは誤算でも、その結果、世界中に散らばっている漢人が母国擁護で立ち上がったのは意外なプラス効果だったろう。

 それに関して「あれは中共が力で演出しているもの」とするひともいるかもしれないが、そればかりではあるまい。
 日本にいて、北朝鮮の悲惨さを詳しく知っていても、それでもあの国を支持する北朝鮮出身者がいるように(というか全員か)、故国への想いは理窟の矛盾を越えたものなのだろう。

 中共に批判的な視点をもっていた海外在留の漢人も、今回の件で、すわ母国の危機とばかりに一斉に愛国心を燃えあがらせた。それはたしかな事実だろう。

---------------

 なにをしてもカエルの面になんとやらだ。このまま力尽くで北京オリンピックに突入なのか。

青字記事引用はすべてMSN産經より

福原愛 讚歌5

sportsoccerゆとり教育のせいなのかどうか、「わたしなりのオリンピックを楽しんできます」なんて言いかたが流行った。過去形ではないか。今夏もけっこう耳にしそうだ。

国の代表として、国を背負って戦うなんてかっこわるい、という発想なのだろう。
そうじゃなくて、オリンピックは楽しまなくちゃ。お祭りなんだから。

たしかに、自殺した円谷のように思いこむ必要はない。

しかしまた、国の金で出かけ、国の代表として戦うのがオリンピックでもある。
冬季オリンピックで、頭の軽そうな男女から、この種の発言が連続したときはうんざりした。

特に冬季オリンピックの競技は、かなり遊びの要素が強い。現実にはシビアだとしても、そう見えるものは多い。
頭の悪そうな耳ピアスをした男や、足し算も出来ないと思われるパカ面の女から、こういう軽薄な発言が得意気に発射されるのは不快だった。
彼らは「がんばってきます」のようなありきたりのことも言わず、開口一番こう言った。
「わたしなりのオリンピックを楽しんできます!」



福原愛に、そういう感覚に毒されたレポーターが声を掛ける。

「愛ちゃん、オリンピックを楽しんでますか?」

福原は応えた。
「わたしは、楽しみに来た訳じゃありませんので」

えらい。正しい日本人である。この若さで。
ここからは、福原がこの種の発言をする連中、選手やこのレポーター等に批判的であることが見て取れる。レポーターは自分の軽さを恥じただろうか。恥じる感覚があればそもそもこんな訊きかたはしないか。



幼児のときの「天才卓球少女」時代は際物とも思え、痛々しいと感じる場面もあった。
この娘の成長はすばらしい。それは普段の発言、おしゃれからもわかる。浮ついたところがまったくない。
ガチンコの「シャー」は猪木の「ダー」を超えている。

おかしくなってしまって「ふつう」なのだ。
芸能界の天才子役がみな道を踏み外すように。
こどものときからカメラに囲まれて育った福原も、そうなって自然だった。
なのに彼女はならなかった。
それどころか理想の大和撫子に育ちつつある。

親御さんがしっかりしているのだろう。
遅くできた子で、父親はけっこう齢だ。所属のこと、契約のこと、金銭に関するスキャンダラスな記事を載せられたこともある。案じていたが……。

私は福原愛の品格を信じる。
よくぞ正しくまっすぐに育ってくれた。
日本のうつくしい娘である。

賭の感覚──名古屋国際マラソン3

sportsoccer
 本命◎は、やっぱりQちゃん?! 女子マラソンの北京五輪代表最終選考会を兼ねた名古屋国際女子(9日、名古屋市瑞穂陸上競技場発着42.195キロ)に出場する高橋尚子(35)=ファイテン=に6日、早くも“北京当確”が出た。英国連邦マン島政府公認のブックメーカー「Bet luck」で、Qちゃんが1.96倍のトップをキープしていることが判明。

名古屋国際で日本人選手でトップは誰−の項目(日本時間6日23時時点)で、Qちゃんが1.96倍のトップをキープしている。3位にはアテネ五輪7位・
坂本直子(天満屋)、07年大阪国際1位・原裕美子(京セラ)が8.17倍で続くが、その差は4倍以上だ。

 さらに、Qちゃんは何位−の項目(同)でも優勝の2.10倍が最高。全世界に会員を持ち、公共性に優れた英国ブックメーカーのお墨付きが出されたかたち。ちなみに、スタート直前まで賭けは可能となっている。(MSN産經)

---------------

 名古屋マラソンのことを書いたとき、「Qちゃん1着固定で、3連単でいくらつくだろう」と考えた。不謹慎と思い書かなかった。
 でもイギリスだと不謹慎でもなんでもなく現実に行われている。おとなの国だ。

 藤沢周平作品には頻繁に「バクチで身を持ち崩す男」が出てくる。優しい恋人だった男、善良な職人だった夫が、ふと覚えた丁半バクチで、人生を狂わしてゆく。それに巻き込まれる女の悲哀。
 江戸時代にカタギが身を持ち崩す話を描こうとしたら、「ふと手を出してのめり込んだ丁半バクチ」しかないわけで、ご自分はバクチをやらなかったであろう藤沢さんは「手段」としてそれを多用する。それを理解しつつも、現実に馬券で身を持ち崩した私は、あまりにパターン通りの転落に、読んでいてつらくなることがあった。

 バクチの基本は単勝だ。丁半だ。その好き嫌いで本性がわかる。
 私は馬券好きだがバクチ好きではない。世界各国のカジノに行ったけれどまったく燃えなかった。ドラクエでもカジノでは遊ばない。江戸時代に生きていたら中間部屋の丁半バクチに狂ったろうか。それしかないのだから狂うか。博才のなさに気づいてすぐに目覚めたと思うが……。
 馬券というのはいいかげんなバクチなので、才能のないものほど足を洗いにくい。

 ブックメーカーのマラソンバクチは単勝だけなのか。3連単はないのか。
 根がまじめな私はやはりこれは不謹慎に思えて、あったとしても手を出すことはないけれど。

 どんな結果になるのやら。

高橋尚子の勝負──名古屋マラソン4

sportsoccer
 すなおなスポーツ(?)に興味のない私にも、これは興味津々。挌闘技だ。しかも世間と名誉と時代を背負っているガチンコ。猪木プロレスと『PRIDE』を足したような勝負。目が離せない。

 2000年のマラソン金メダリストが2004年のオリンピックに出られなかった。競馬で言うなら、前年の天皇賞をレコードタイムで勝っている馬が、トライアルで2着に敗れたから今年の天皇賞に出られない、というようなヘンな話。そんなバカな。馬がしゃべる? エド? そんなことが現実に起きた。

 出場枠があるからしかたないとは思うが、「出るだけ」の奴らも多い他競技と比したら、高橋を出してやれよとどれほどの日本国民が思ったことか。いやほんと、どんなにがんばっても10着なんてことが前もってわかっている競技も多いのだ。そして見事に結果もそうなっている。でも代表枠があるから出られる。「参加することに意義のあるオリンピック」。これって選挙の「一票の重み」と同じく考えるべきことだろう。高橋を出してやりたかった。出すべきだった。

 だがその高橋の出られないオリンピックを野口が楽々と勝っちゃうんだから日本の女の強いこと。野口は今年も絶好調。北京も期待大。だけどこの人、強いんだけど華がない。馬で言うと?

 2000年の金メダリストと2004年の金メダリストが2008年のオリンピックでデッドヒートを演じるのが夢。日本女最強伝説の完成。

 勝てよQちゃん。なんとしても勝たねばならん。
 格闘技以外の勝負でこんなに燃えるのはひさびさ。

柔道──やたら泣くんじゃない1

 やたら泣くんじゃない!
 選挙速報の夜。
  日テレは選挙速報と野球中継の二本立て。同じくフジは選挙速報と世界柔道の二本立て。なんだかね(笑)。
 重量級の女が勝つやいなや大口を開けて泣き出した。まだ礼もしていない内から大口を開けて泣きっぱなし。泣きながら礼をして、泣きながら畳から降りて、降りてからも泣きっぱなし。もともと不細工な女がポカンと口を開けて顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくるものだから醜いのなんのって。
 一般にこういうものは「決して美人ではない××選手だったが、その涙は美しかった」なんてことになる。
 が、ならん。わたしゃテレビの前で、あまりのその醜さに、「このブス、デブ! 大口開けて泣いてんじゃねえよ!」と怒鳴っていた。飯のまずくなるツラである。
 しかし最近では男選手ですらこれをやる。日本人も軟弱になった。涙をこらえて、礼儀正しく礼をして、でも目元にうっすらと、ぐらいでいいんじゃないのか。耐えるから美しい。

 私は井上康生というのが金メダルを取ったとき、表彰台ででっかい母親の写真を頭上に掲げたことが気に入らなかった。若くして亡くなったことを知っている。でもだからこそ、柔道着の内側にそっとちいさな母の写真を入れて表彰台に望んだ、と、その秘話が後々ノンフィクション作家の手で世に出る、と、それぐらいでいいと思った。『作業日誌』にもそう書いた。
 近年の井上の不調を思うとそれを思い出す。スーパースターと呼ばれる人は皆、そういうエピソードがあとから着いてきた。決して自ら頭上に掲げたりはしなかった。その差は、きっと、おおきい。

最新記事
  • ライブドアブログ