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ブログテーマ──「ライブドアブログのいいところ」──ほんとにいいところばかり!

livedoorブログの管理画面の上部には、「ブログネタ」というのが表示されている。こんな感じ。

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 興味がないので気づかなかったが、このサジェストは流れていると知る。いま知った。上の「どんな花火が好きですか?」の部分は、次々と変るのだ。日代わりと思っていた。そうじゃない。10秒ぐらいで変っている。5分も見ていれば誰でも気に入るテーマに出逢えるか。

 また気づいた。いま文章を記入しているこの場には表示されない。なるほど。文章を記入する場とは、すでにテーマがあり、書いている状態だ。そこにそんなものはいらない。表示されるのは、あくまでも訪問者数や人気記事等が表示され、「さて今日はなにを書こうかな?」と思っている場のみなのである。藝が細かい。まあ「管理画面」を開き、「さて今日はなにを書こうかな」と思うひとがいるかどうかはべつにして。

 この表示その物はだいぶ前から知っていた。ずいぶんと親切な話である。これに関して私は批判的だった。「そんなにまでして書くものでもないだろう」と。
 まだ眠りたいこどもを「起きろ、学校に行け」と親がやるのは平常だが、始めはしたものの書くべきテーマもなく、書かないブロガーに「書け、なにも思いつかないのか、ならこんなテーマはどうだ」と主催者がやるのはやりすぎだ。そんなにまでしてやるものではないだろう。

 この世に「三日坊主ブログ」はどれぐらいあるのだろう。「猫も杓子も」で始めたものの書くことがなくて数回で放置する。そもそも書くことがないのにとりあえず始めるというのがまちがいだが、たぶんそういうひとは大勢いて、ふたつみっつ書かれただけで放置されたブログもいっぱいあるのだろう。当然そういうひとは、「わたしにはもう書けません。書けもしないのに始めたわたしが悪うございました」と潔くIDとブログを削除してきれいに消えるのではなく、ぐだぐだとそのまま放置なのだろう。そんな「三日坊主放置ブログ」が、それこそ何百万何千万とあるにちがいない。それをすこしでも減らしたいと考えた主催者側のアイディアがこれなのか。この「こんなテーマはいかがですか」の表示を見るたび、いつもそんなことを考えた。



 先日、といってもだいぶ前になるが、この「ブログネタ」のところに「livedoorブログのいいところ」というのを見かけた。ライブドアが利用者に「うちのブログのいいところはどこですか?」とテーマを示唆しているわけで、なんだかな、と苦笑したのを覚えている。
 この「ブログネタ」のコーナーを担当し、思いつくテーマを次々と書きこむ係のひともいるのだろう。上記の「どんな花火が好きですか?」のようなことから、「夏休みの思い出」「初めて飼ったペット」とか、あれこれ書きこんで行く中で、「ライブドアのいいところ」ってのも出てきた。それはライブドアブログの利用者なら思うところはあるだろうからいいテーマだ。「いいところ」とサジェストすれば自然に「不満」も思いつく。褒めたり貶したり、ここで掲示されるテーマにアシストされて書いているひとには有効だったことだろう。って、この掲示を見て、「よし、今日はこのテーマで書こう!」なんてひとはいるのだろうか。いるんだろうな、何十万人も利用者がいるのだから、それで毎日やっているひとも何百人ぐらいはいるのだろう。

 と、「ライブドアってブログネタを教示してくれるんだよ。でもブログってそんなにまでして書くものなのかね!?」と否定しつつ、そのことをこういうふうにして書いたら、そのブログネタに示唆されて書いているひとと私も同じになってしまう。私はいまそれをやっている。とてもかっこわるいことだ。そうわかっているのに、なぜこのことをテーマにしたかだが……。



 2005年7月から丸十年続けてきたこのライブドアブログをやめようと思っている。ブログをやめるのではない。引っ越しだ。引っ越しの理由はあらためて書くとして。とりあえずいまFC2ブログに引っ越しはした。それはこちら。
 サイトを長年FC2でやっているので(と確認したら、サイトは2000年からやっているがFC2にしたのは2007年からだから狡糠瓩任發覆い)FC2統一はうれしくもあるのだが、どうにもこのFC2ブログの使い勝手がわるい。

 サイトがFC2だからブログもそれにしようと安易に考えたのではない。あちこち調べた。みな使いづらい。みな缺点が目につく。長所もあるにちがいない。しかしあまりに慣れ親しんだlivedoorブログが快適なものだから、ちっとも良さが見えてこない。
 知人のKさんがやっているYahooなんて広告がうざくて訪問するだけでいやになる。論外。ほんと、Kさんのブログがなかったらちかよりたくない。芸能人ご用達のアメーバなんてのも嫌いだ。あれこれさがすが帯に短し襷に長しで結論が出ない。私なりに調べて、結論ではなく、とりあえずよさそうなFC2にしてみた。ユーザー数は最大だというから、ずいぶんとFC2もメジャーになった。
 私はまだFC2ブログを使いこなしていないが、納得するデザインのブログもいくつか見かけたから、こちらのスキルがあがれば満足するだけのものが出来るようにも思う。だが使いづらい。

 スキルは、私にもそれなりにあるのだ。どんなバカでも30年以上関わっていればそれなりに出来るようになる。htmlやcssをいじって、自分なりのオリジナリティを出すぐらいはやっている。フォントの変更、ポイントの指定、字間行間の設定、オリジナルトップ画像とか、自分なりにやってきた。いやむしろそれぐらい出来るから不満が生じているのかも知れない。つまりそれらが「やりづらい」のである。どこと比して? livedoorブログである。livedoorブログは「やりやすい、わかりやすい、便利」なのだ。

 ここで「そりゃ十年も関わってりゃそうだろう」という意見はあるだろう。ブログのカスタマイズ、CSSの書きかえを初めてやったのはlivedoorブログだから、そこのやりかたに慣れているのは確かだ。ブログパーツの設定とか……。

 livedoorブログならサクサク出来ることが、FC2ブログでは引っ掛かってギクシャクする。そのことに苛立っている。でもそれは単に「livedoorブログに慣れている、FC2ブログに慣れていない」だけが原因ではないように思うのだ。livedoorブログは多くの面ですぐれている。離れると決意して判った。別れると決意してから気づく女房の美点のようなものか(続く)

「友達話──ふたりのHさん」に【追記】──きっかけは「木に登った豚を狙撃する」だった


izakayajazz 今朝のBGMは「居酒屋Jazz 至福」。朝から居酒屋Jazzもないもんだが、今朝は真夏日連続の史上最暑の5月には珍しく涼しいので、なんだかそんな気分。いま「Solitude」。Bennie Greenのトロンボーンがいい。トロンポーンやオルガンはあったかい音なので涼しいときに聞く。

 ここのとろこ真夏日が連続した。昨日読んだスポーツ紙に、「三日連続真夏日は2004年以来、5月に真夏日13日は史上初」とあった。気象観測開始以来最も暑い5月だったのだ。そんなことは知らなかったが、毎年恒例の「夏イコールボサノバ」というワンパターンが今年は早くも5月から始まっていた。私の体内温度計は正しかったことになる。でも今日は涼しいので封印。トロンボーンがいいなあ。このあとJJ.JohnsonやCurtis Fullerも聞こう。向井滋春も。暑くなったら聞けない。いまのうちだ。

 Omnibusアルバムは、自分の好きな曲を選んで自身で組むのがいい。素材はありすぎるほどある。そうしてきた。なのにこのごろ物ぐさになり、こういう他人の編んだものを適当に流したりしている。でも合わない部分は合わないわけで、このアルバムは16曲あるのだが、CDからmp3にしてHDDに挿れた後、雰囲気が合わないと判断した4曲を削除して12曲構成になっている。



 過日書いた「友達話──ふたりのHさん」に以下の文を追記した。いまはバンコクに住むHさんが、私との20年ぶりの交友復活にいたる過程である。

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 【追記.2】──なんときっかけはあのniwatoriK1だった!──2015/05/29

 その後、バンコクのHさんとなんどかメール交換をしている。なにしろ20年ぶりだからお互い報告しあうことは山とある。過日どんな経緯で私のブログを知ったのかを問うてみた。すると予想外の返事が返ってきて、おどろいたのなんのって(笑)。

 タイに惚れ、料理技術も学んで、日本でタイ料理店を出すまでになったHさんは──、と、ここから書き始めるとHさんとはタイ繋がりと誤解される。最初から書いておこう。

 Hさんは競馬好きのミュージシャンだった。私の出した競馬小説を読んで、出版社気付で手紙をくれた。それに返信して交友が始まった。まだ会ったことはない。手紙だけのやりとりである。始まりは競馬だった。

 交友が途絶えているあいだに、Hさんの人生は激変し、タイに惚れ、タイ料理店を経営するまでになっていたのである。その店を畳んでタイにわたり、いまはバンコクで仕事をしている。今後も帰国するつもりはないという。Hさんに会うためにはタイに行かねばならない。う〜む、いい口実が出来たな。



 当時からタイ関係のネットでは「よくもわるくも」有名だったTというのがいた。タイに惚れこんだHさんもその名は知っていた。あまり好印象はもっていなかったようだ。そのTとやりあっているサイトがあると知る。行ってみた。テーマを読む。ここでそのTに関する記事だけで終っていたら今回のHさんとの交友復活はなかった。そこに「管理人のサイト」がリンクしてあった。ほんの気まぐれだったのだろう、その「管理人のサイト」をクリックしてみた。 それがこのブログ【木屑鈔】だった。そこでHさんはやっと、Tとやりあっているサイトの管理人が、20年前に何通かの手紙のやり取りをした私だったと知るのである。かなりおどろいたらしい。私もこれを聞いておどろいた。まさかniwatorik1がきっかけだったとは。

 Hさんはもちろん私の名前を知っているから、私の名で検索すればすぐにこのブログにたどりつく。バンコクの気怠い午後、ふとむかしなつかしい私の名を思い出し、検索してここにたどり着いたとばかり思っていた。つまり私がHさんに問うた「どんなきっかけで?」は、「どんなきっかけで突如私の名を思いうかべたのですか?」だった。ところがHさんからの答は予想外のモノだった。T関係で読んでみたサイトの管理人が、偶然にも私だったのである。それがHさん側の「きっかけ」だった。この偶然にはおどろくよねえ。

 ハッキリ言ってこのTというのを好きなタイ好き日本人はいない。Hさんも好きではない。でも最新のメールで、「それがきっかけで交友復活ですから、あいつにも価値はありましたね」と笑っていた。 



 この「niwatorik1──木に登った豚を狙撃する」というサイトは、タイに興味のあるひとにはかなりおもしろいサイトなので、ぜひ読んでみてください。

 もうひとつ私としては、「日本語」や「学歴」に興味あるひとに読んで欲しいと思っています。日本語がまともでないのが外国語(この場合はタイ語)を話せるようになり天狗になると、いかに滑稽なことをするか、学歴コンプレックスのあるのが異国の大学院にうまくもぐりこんだりしたら、いかに高慢で増長することか、おもしろいですよ。
 そしてそこに集った真にタイ語能力のあるひとたちの含蓄に富んだ意見は勉強になります。私にとって最大のよろこびはそれでした。

 始まりが2005年11月なので、もう10年になるのですね。早いもんだ。私は30人ほどの友人を対象にひっそりとサイトをやっていたように、見知らぬひととの出会い、他者との論争を好みません。「売られた喧嘩は買う」ではなく、とにかくケンカを売られないようにおとなしくしていました。でもいるんですね、世の中にはそういう私にもケンカを売って来るひとが。このTというのがそうでした。逆探知?して私のサイトまできて、文を読んだようです。そして逆上し、自分のサイトに私のそのひっそりサイトのURLを貼り、「おれさまにケンカを売ってきたこんなバカがいる。徹底的に叩いてやる」と始まったのですね。ことここに到っては私も買わざるを得ませんでした。でもあまりに程度の低いひとだったので彼を嫌う私以外のひとが代わりに論破してくれましたけど。

 ここで知りあった人たちは、野田さんとTwitterでフォローーしあっているぐらいになってしまったけど、みんな元気なんでしょうか。ここを読んでいるniwatorik1のかたがいたらメールくださいね。 

ブログ話──ライブドアブログで裏広告が出なくなった──事故か御褒美か!?

 ここのところブログをアップする際、いやな広告が表示されなくなっている。なぜだろう。
 無料のブログなので、アップするとき、下の画像の「ok」の下に広告が出る。これは強烈だ。見ないわけには行かない。アップするとき、必ず目にする。なら広告料金も高いのか。その割りにはセンスのないのが多かった。いまも覚えているのは「SoftBankサイバー大学の額が皺だらけの猿顔の外人の女」と、「めいろまとかいう不細工な女の顔アップ」である。それを見るのがいやでブログをしばらく書かなかったほどだ。

 だれもが目にせねばならない場所だから広告料金は高いものと推測したが、「めいろま」というのは個人のメルマガの宣伝だった。その程度のことでここの広告料金が払えるのかと不思議だった。根性の悪そうな顔をした不細工なのに自分をいい女だと思っているのか、堂々と「遠くを見つめている顔のアップ」なんてのを毎日見せつけられて反吐が出そうだった。

 それがいま、下の画像のようになにも出ない。ありがたい。真っ白である。ここに「めいろま」なんてのの顔のアップがあり、ブログを書こうと思ったら必ず目にせねばならなかったのだ。どれほど憂鬱だったことか。

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 ところで「めいろま」とかいうのは、いまなにをしているのだろうと検索で出たツイッターアカウントに行ったら「ブロックされているので読めません」と出た(笑)。私があのひとのことを書いたのは以下の部分のみだ。ふつうでは目にとまらない。文章のタイトルにもしていない。となると、自分の名で検索して見つけたのか。

 私のブログでそのひとが登場する部分。 

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●ブログの広告に自分の持ち物が──うれしい偶然──土屋鞄のペンケース  2014/4/1

 ブログCMには、この表に出るのと、裏で書いているときやアップするときに出るものと2種類ある。表のこれはブログ内容に合わせて選ばれるらしい。キイワードで自動で撰ばれるのだろう。上のペンケースが出たのも私が萬年筆のことを書いたからだ。訃報を書くと墓石の広告が出たりして苦笑するが、内容と合っていると言えないこともない。

 つらいのは裏のほうで、アップのたびに出てくるCMがきらいだと、それだけで書く気が失せる。「めいろま」といかいう名前の不細工な女の顔を毎日見せられたときは、しばらくアップをやめたほどだ。 広告を完全にオフにするには月945円かかるようだ。いつもそれにしようと思いつつ、喉元過ぎれば、で忘れてしまう。そしてまた思い出す。馬券が当たったら1年分払うつもりなのだが、それがまた当たらなくて(笑)。

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 ここに出てくる「めいろま」という一言を見つけてブロックするのだから閑人だね。ところで、私がフォローしたのならブロックってわかるけど、一度も読んだことがないのにブロックってどうやるんだろう。わからん。私も気味の悪いのにフォローされてブロックしたことが何度かあるけど、それはあちらのアカウントがわかっているからだ。見知らぬ人間をどうやってブロックするのだろう。

 イギリス在住らしく、上から目線でえらそうなことを言っているのに、ひどい食事をアップして笑い者になっていると知る。そのtogetterはこちら。
 まあどの程度の女かはこれでわかる。不精だな。がさつだ。汚部屋だろう。いやはやひどい。こんなものを平然と、いや得意気にアップする感覚が、あの女の発言に出ている。こんなのがなにをえらそうに発言しようと信用などできるはずもない。瞬間でこの女を嫌った自分の感性に納得する。その画像を貼ろうかと思ったが、自分のブログにこんな汚い写真を載せるのはいやだ。やめる。興味のあるかたは上のtogetterで見てください。



 広告が出なくなった理由を、長年ライブドアブログをやってきて、星印評価が合格点に達した御褒美だと解釈しているのだが、どうなのだろう。単なる事故かなんかで、また明日あたりから復活するのかも知れない。もうすこし様子を見よう。

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【追記】 ──【芸スポ萬金譚】に書いていた(笑)

 もういちど自分の書いたものを調べて、

●芸能人は歯並びが命──フット後藤、バナナ日村、おぎ矢作──めいろま?──2013年9月17日

 に、その不快な広告を画像附き(上の白い部分にめいろまの顔がアップで入っているモノ)で書いていると知る。 これだとタイトルに名前が出ているから検索で発見したのだろう。一応芸能人ではないので、くくりを別にして、なにをしているひとか知らないので「?」もつけている。

 ここを読み返し、「芸能人は歯並びが命」という前前から書きたいと思いつつ、歯並びの悪い人に反感を抱かれることを懸念して書けなかったこのテーマを、めいろまへの反感から踏みきったと知る。いまも多くのひとに読んでもらっているこれを書けたのは、めいろまへの不快が始まりだったのだ。なのにフット後藤やバナナ日村のことは覚えているのに、この女のことは記憶から消えていた。前半の後藤や日村のことや、思い出としての小柳ルミ子や石野真子を、懐かしみつつ読んでいたが、この女のことは完璧に忘れていたので、後半になって「めいろま」が出てきて、この女への反感からこの文章を書いたと知っておどろいた。忘れていた。タイトルに名があるけれど、ほんの1、2行触れているだけと思っていた。ところが、この女への反感が始まりだったのだ。なのに忘却の彼方。それは人間の「イヤなことは忘れよう」という能力?からきているのだろう。ひさしぶりにその画像を見たら、当時の不快がゲップのように浮かんできて気分が悪くなった。ああいうものには出会いたくない。これからも広告が出ないことを祈る。

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【追記】──だれもがそのようだ──広告をなくしたのか!?

 上の「芸能人は歯並びが命」を点検する際、【芸スポ萬金譚】からのアップを実験してみた。するとあちらも広告が出ない。あちらはこことちがってまだ日が浅い。閲覧数もすくなく、「ご褒美」の対象にはなっていないはずだ。とすると、あまりの不評につきライブドアブログがアップの際の広告を一斉にやめたのか。そう思うしかない。理由はなんでも、なくなったことはありがたい。しかしそれはあちらの都合でいつ復活するかわからない、ということでもある。今後どうなるのだろう。

WiMAXの都合で12月29日から1月4日までインターネットが停まる話のご連絡

 WiMAXの会社から電話が来た。いま話し終ったところ。これまでもなんどか来ていた。慌ただしい時間で出られず留守番電話になることが多かった。後に再生して「WiMAXの速度変更に関して連絡をした。また掛ける」という内容であることは確認していた。受話して、「速度変更についてお話したい」と言われ、「いま忙しいのであとにして欲しい」と断ったこともある。


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 今回初めて「あ、何度もすみませんね。どうぞ」と言って会話した。その内容におどろいた。Wifiの速度変更があり(110MB/Sにアップとか)、機器の変更(ルーターの交換)等があるまでは納得出来たが、なんとそのために「12月29日からしばらく通信不能になる」というのである。だいぶ前から毎週一度程度だが何度も掛かってきていた。留守番電話では「速度変更のお知らせをしたかったが、お忙しいようなのでまた掛ける」と機器変更には触れていなかった。その程度のことでなぜにこんなにも熱心に、と不審ではあった。今の時代「インターネットが一週間出来なくなる」は重要な問題である。いかに叮嚀に説明しようとも激昂するひともいたことだろう。それがあってか、オペレーターの女はなんだかおっかなびっくりで話しているように感じた。私は苛立ちはしなかったけれど、それはそれで事件だから、思わず「最初に掛かってきたとき受話していればこんなことにならなかったのか!? 留守電にしたことがこんな事態を招いたのか!?」とは問い質した。すると、なにがどうあろうと、なんぴとたろうとも、「12月29日から一週間程度は断線となる」と知る。WiMAX利用者は全員そうなるらしい。なら諦めるしかない。ここに書いたけれど、私はNTTの光フレッツとWifiを両方使っていた。それは無駄と知り今年の10月に光フレッツをやめ、Wifiだけにした。毎月光フレッツ料金3500円をむだにしていた。丸一年分だからもったいない。ふたつあった時期ならこんなことになっても平気だったのだが、やめたらこの事態。なんとも間が悪い。



REALFORCE
 実は、 ここのところブログ更新が滞っていた理由のひとつに、「気に入ったキイボードがない」ことがあった。キイボードは今までに何十台も買った。壊れたもの、壊れなくても気に入らないものは捨てまくってきたが、それでもまだ10台以上ある。気分によって使い分ける。ま、PC関係小物オタクであろう。その辺の事情はそのネタの時に書くとして、一番気に入っていたものを他所に置いてきたので、残りのものもそこそこなのだが、どうにも書くのが滞っていた。今日の午後、それを解決するために註文した東プレREALFORCEが届いた。ここ数ヵ月、打ちやすいキイボードに餓えていたので、ひきちぎるようにして開封し、すぐに繋いで打ち始めた。期待通りの逸品だった。明日から私も年末正月休暇である。いままでブログ更新が停滞していた分、東プレREALFORCEで書きまくるぞ! と思った瞬間のインターネット一週間停止のお知らせだった。
 
 ということで、明日の28日、インターネット停止前に有馬記念ネタでもひとつ書くつもりだが、29日から最短でも1月4日、最悪10日ぐらいまで、このブログは停止する。メールの送受信も出来ない。 緊急のかたは、電話連絡にしてください。私としてもこんなことは初体験なので戸惑っている。私は電話嫌いなのでほとんどがいまメール連絡である。みんなそれを知っているので電話をしてこない。だから、たとえば、12月30日に1月5日に飲みましょうと連絡をもらっても、私はそれを読めないし返事も出来ない。ぜひともここを読んでそれをご理解ください。



 2014年暮れから2015年始めにかけての10日間の休みを、私は「DTM製作に撤するつもり」でいた。 これが最優先。次ぎに読書。読まねばならない本の予定も立て、あらかじめ購入した本、図書館から借りた本を積みあげ、気合十分だった。そして大掃除。ここのところの繁忙で部屋が乱雑になっていた。時間を見つけては掃除をし、台所と居室の大掃除も済ませ、あとはPC部屋を整理して、28日からの大型休暇に突入する予定だった。インターネットにはあまりちかよらないが、でも音楽創りの過程や読書感想などをそれなりにアップして、という心積もりだった。「出来るのに、あまりちかよらない」と「したくても、通信出来ない」の差は大きい。



 東プレREALFORCEが届いたら書きまくるぞ! と意気込んでいたのに、それで書いた最初の文章がこれというのはちょっと皮肉だ。しかしまあすごいぞREALFORCE、これを使ったら他のキイボードは使えなくなる。インターネットは出来ないが、29日からの正月休み、文章は書きまくるだろう。 

 やりたくてもやれないインターネット一週間断ち(もっとかな?)の感想は、年明けに。それではみなさん、よいお年を。 

マンガ話──「岳 みんなの山」の感想──三歩はエベレストで死なねばならなかったのか!?──「Blue Giant」讃歌

 ひさしぶりにブログを書き、人気記事のランキングを見たら下のほうに「岳 みんなの山──石塚真一」が入っていた。2012年3月に書いている。マンガ大賞を受賞した傑作全18巻の感想というには羊頭狗肉の半端な文だ。ずっと気にしていた。急いで書き足すことにする。



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 Wikipediaからの基本情報
『岳 みんなの山』(がく みんなのやま)は、石塚真一による、山岳救助を題材とした漫画作品。なお、単行本での題は『岳』である。
『ビッグコミックオリジナル』2003年19号に初掲載された。その後、同誌および『ビッグコミックオリジナル増刊』にて不定期連載を開始し、2007年7月からは『ビッグコミックオリジナル』に毎号連載となり、2012年12号で完結した。
マンガ大賞2008、第54回(平成20年度)小学館漫画賞一般向け部門、第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞[1]を受賞している。
実写映画化され、2011年5月に公開されている。

 私が『岳』を読んだのは、連載修了後の2012年だった。オリジナル連載時から知ってはいたが、登山に興味がないこともあって立ち読みすらしなかった。それを爐とな買い瓩泙任靴篤匹鵑世里蓮∪ご屬良床舛高かったからである。いわば俗なベストセラー読みと変らない。とはいえおとな買いは財布が傷むので充分に慎重ではあった。
 同時期にレンタルビデオで小栗旬主演の映画版も見ている。感想は……なにも覚えていないからその程度なのだろう。ひとつだけ、私は長澤まさみという女優に興味はないが、この役は原作のイメージと合っているように感じた。原作重視主義の私には大事なことだ。

※ 

 2012年3月に書いた上記のブログ文は、「『岳』を全巻揃えた。これから読む。楽しみだ。いま第1巻を読みおえたところ。泣いた。いい話だ。これから愉しみに読もう」である。これじゃ感想になっていない。『岳』のファンが、同好の士を探してたどり着いたとしたら、はなはだ落胆したことだろう。もうしわけない。そのことを気にしていた。

 あのあと完読し、さらには犲炊瓩靴謄侫.ぅ襪砲靴拭つい先日からASUS MeMO Padにいれて、出先や電車の中で再読している。登山家・山野井泰史さん夫妻が住んでいる奥多摩に関わって山と渓流を意識したことも関係あろう。



 完読したのだから、半端なブログ文のままほっておかず、その後に感想文を書きたしておくべきだった。そういう形で完了させたテーマも多い。口はばったいが私なりのブログに対する責任感である。なら、『岳』に関してなぜしなかったのか。

 それはいまここを読んでいる『岳』ファンからも多くの同意を得られると信ずるが、私は「第15巻の三歩がヒマラヤに行き、死ぬという結末が見えてきたあたりから読むのが苦痛になってしまったから」である。一旦そこでやめた。



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 作者は多くの山好きを作品中で死なせてきた。落ちとして三歩を殺さねばならなかったのかも知れない。あの種の作品は「編輯者とともに創るもの」でもあるから、そちらからの意見もあったのか。西原理恵子の「人生画力対決」で、「本当はJazzマンガを書きたい」と、かなり『岳』に行きづまっていることも告白していたから、もうほんとうにどん詰まりだったのだろう。

 「画力対決」に登場する石塚の懊悩を、私はれいによって西原がいつものよう大袈裟に表現しているのだろうと解釈した。しかし考えてみりゃ『岳』は屍累々の作品である。しかも屍は凍死のみならず滑落して手足が折れ壊れたマリオネットのようになっていたり、足が千切れたり、上半身下半身が分かれたり、腐乱死体もあるし、なにより目の前で死んで行く友に何も出来ず、ただ死んで行くのを見ているだけ、のようなつらい場面が多い。いくつの死体が登場したことか。あれを描き続けていたら精神は追い詰められて行くだろう。いや病んでしまうのではないか。

 私がマンガを読むときの最大の楽しみは晩酌の友なのだが、『岳』は下調べをしてから手にした。晩酌しながら読める内容ではないものが多いからだ。
 だからあの結末は、しかたない、しょうがない、のかも知れない。それでも私は三歩の死を受けいれることが出来ず、長いあいだ「15巻の途中」で抛りだしていた。

 意を決して最終刊まで読みきったのは2013年だった。感想は、決してよいものではない。わかってはいたが、いまも納得できない。三歩にはいつも明るく元気に生きていて欲しかった。エベレスト頂上ちかくでの刀折れ矢尽きての凍死が暗示され、その後はいきなり日本の「その後のみんなのエピソード」が描かれ終了となる。なんともやるせない気分だけが残った。なんだかさみしくて、読後、うなだれていた。それは今も変らない。



BlueGiant

 石塚真一さんは、その後以前からの望み通りJazzマンガ「Blue Giant」の連載を始めた。こちらは『岳』のようなおとな買いではなく、出るとすぐ単行本を購入している。連載も毎回読んでいる。これはJazzマンガの最高傑作になるだろう。楽しみだ。音を紙面で顕わすのだからたいへんである。早速もうマンガとコラボしたアルバムが出ているらしい。作中に登場する名曲をコンピしたアルバムだ。

 いまAmazonでそれを確認したら、Sonny Rollins、Dizzy Gillespie、Sonny Clark、Bud PowellとまさしくJazz Giantの名曲が並んでいる。掲載誌はビッグのレギュラーだから読者年齢層は高いが、これをきっかけにJazzを好きになるひとが増えたらうれしい。やがて「始まりはマンガの『Blue Giant』だったんですよ」なんてJazzファンが大勢生まれることだろう。
 このコンピアルバムに収められた曲を全曲保っているのがささやかな自慢(笑)。これからコンピアルバムが2枚、3枚と出ても全曲保っていると自負しているが果たしてどうなるか。



 ASUS MeMO Padで再読を始めた『岳』は、いま第4巻まで読了した。たぶん12巻ぐらいまではすんなり進むが、15巻間近でまた投げてしまうと思う。それが『岳』ファンとして正しいのか誤りなのかはわからない。ただ、まちがいなく私は今回も、そのあたりで投げだして15から18は読まないだろう。結論とも言えない結論だが、これが私の『岳』に対する正直な気持ちになる。
 ともあれこの文を書いてほっとした。いまから2012年の文にリンクを貼り「感想はこちらに書きました」と附記してこよう。

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「『岳 みんなの山』──石狄唇譴鯑匹爬;)秬限析困離泪鵐好き」

『岳』から『ゴルゴ13』──沢木耕太郎の『凍』から山野井泰史の「情熱大陸」
 

清志郎の命日にアクセス集中──<きっこ>の妄想文

 5月2日、異様にアクセス数が多かったので何事かと思ったら、2010年2月11日に書いた「神戸のロックカフェ.4──清志郎の息子──ミホノブルボンのダービー」というのに集中していた。調べてすぐに5月2日がキヨシローの命日と知る。早いものだ、もう5年になる。それによるアクセスだった。



 さて、困った、私はどうすればいいのだろう。 そもそもが「神戸のロックカフェ.4」とあるように宝塚市に住む友人のSとの話なのだ。それの4回目である。Sがキヨシローファンだったこともあり、流れから「そういえばあのころ下北でこどもを抱いたキヨシローと会ったことがあった」と脱線したのが「神戸のロックカフェ.4」になる。その流れからミホノブルボンのダービーのハズレ馬券話と続く。

 多くのひとは「忌野清志郎、息子」で検索してここに来たのだろう。私の文はそれがメインではないから失礼になっていないか。気になる。ならタイトルから「清志郎の息子」を外せばいいのだ。そんなものを挿れているから迷惑を掛ける。でも清志郎と息子に会ったのは事実だからウソではない。要はタイトルが羊頭狗肉になっていないか、の1点だ。

 ひとりでも多くのひとに読んでもらいたいというのとは正反対の、なるべくよけいなひととは関わりたくないという方針の地味なブログだ。ならタイトルに有名人の名など入れなければいいのだが、それを挿れているのは自分の検索用である。「ブログのどこかに下北でキヨシローに会ったことを書いたよな!?」となったとき、それを捜しだすためのキイワードである。「神戸のロックカフェ.4」だけではわからない。思い出せない。捜せない。だから副題として「清志郎の息子」、さらには同じく「おれ、ブログのどこかにミホノブルボンのダービーのことを書いたよな!?」を思い出すためにそれも挿れる。試行錯誤の末にたどり着いた私の方法論だからここは割り切るしかない。問題は検索でやってきた熱心な清志郎ファンを失望させていないかになる。



 ということで何年ぶりかで読み返して見た。あまりにファンをがっかりさせる薄味だったらタイトルから「清志郎の息子」を削るつもりで読んだ。しかし自分でも意外だったが、けっこうまともである。もっともっと濃い内容を期待して来てくれたひとにはもうしわけないが、これはこれで私なりの「清志郎の思い出」として成立するのではないか。そして今回ほっとしたのは、リンクしてある日刊スポーツのキヨシローインタビューがまだ生きていたことだ。あれはいい記事だったから、あのリンクが生きているだけでも私の文も存在価値はあるだろう。当面はこのままでゆくことにした。



 文末に<きっこ>というのが出てくる。キヨシローのマンションに泊まって、「やられてもいいと思ったけど、キヨシローはなにもしなかった」と書いている気持ち悪い狃瓩任△襦

 私が初めてキヨシローを見たのは渋谷宮益坂にあったフォーク喫茶「青い森」だった。A・ギター2本にウッドベースのRCサクセッション。彼が二十歳、私が十八。大学の先輩が「青い森」で歌っていたので誘われて見に出かけた。その日の出演者では古井戸のチャボのギターが巧いなと思った。
 初めて間近に見たのは旧いが薄い縁である。プライベートでは下北で会ったのが最初で最後だ。薄味なのはしかたない。

 その点、<きっこさん>は女子校生のころから何度もキヨシローに会っていて、女子校生アマチュアバンドのライブになんと彼が来てくれて、そのうえ夜中に彼の部屋に押し掛けたら泊めてくれたという、恋人になってもおかしくない関係だったのだからこれは縁が深い(笑)。「(笑)。」と挿れることすら書いていてむなしい。



 <きっこさん>のその文はいま削除されているようだが保存しているひとがいた。以下のようなものである。

■2004/05/24 (月) 老体ロックンロール 3 
あたしは、清志郎さんが大好きで、高校生の時に、大晦日の浅草ロックフェスで会って、打ち上げに連れてってもらって、それから親切にしてもらって、あたしのバンドのライブにも2回も来てくれて、近田春夫さんも来てくれて、渋谷陽一さんも来てくれたんだけど、やっぱり清志郎さんが一番ステキだった。 
当時、246沿いにあった清志郎さんのマンションにも遊びに行った‥‥ってゆ〜か、酔っぱらって夜中に行ったら、泊めてくれた。あたしはヤラレてもいいと思ってたのに、清志郎さんは、あたしに何にもしなかった。嬉しいのと悲しいのとが入り混じり、あたしの乙女心は複雑だった(笑) 

 <きっこさん>は、現在41歳の女性という狎瀋雖瓩世、いろんな面で設定が矛盾をきたし笑いものになっている。現在65歳(この文を書いた当時は54歳)のオカマが、「27歳のキヨシローのマンションに泊まり、抱かれてもいいと思った17歳の女子校生を妄想した」のが上の文になる。 吐き気を催す気味悪い文章だ。しかしその設定だと現在52歳になるから41歳設定に狂いが生じる。そんなものあちこちに生じていてめちゃくちゃなのだが(笑)。

「あたしの乙女心は複雑だった」って、女装オカマの妄想なのだから気味が悪い。年齢設定の矛盾を指摘したのが以下の文。まさに「時を駆けるオカマ」。性別年齢職業家族設定、自由自在変化無限(笑)。しかしこのオヤジをほんとうに女だと思っているのはTwitter11万フォロワーにどれぐらいいるのだろう。

 1972年、きっこ、産まれる。※きっこ本のQ&Aより 
   ↓ 
 1979年:いきなり高校生になった「きっこ」、RCサクセションのニューイヤーロックフェス打ち上げに参加。 
   ↓ 
 1984年:なぜか若返った「きっこ」は中学へ逆戻り入学。祖母死去。 
   ↓ 
 1985年:中学2年に進級した「きっこ」、お父さんと最後の釣りへ行く。(アサヒ・ラスタマイルド発売中) 
   ↓ 
 1986年:2月、中学2年の「きっこ」、葬式ごっこ事件に衝撃を受ける。 
   ↓ 
 1987年:3月アサヒスーパードライ発売開始。「きっこ」、お父さんを思い出す。 
   ↓ 
 1989年:またまた小学6年生に若返った「きっこ」が、イカすバンド天国を見る。

 お笑いネット芸人の妄想だと嗤っていればいいのだろうが、キヨシローにはいい迷惑だろう。 害虫は駆除せねばならない。

ブログの広告に自分の持ち物が──うれしい偶然──土屋鞄のペンケース

tsutiya
 無料のライブドアブログなので、最新記事の下に広告が出る。タダで使わせてもらっているのだから文句は言えない。願うのは「どうかセンスのいい広告でありますように」だ。

 いまうれしい偶然があった。上の写真の「土屋鞄の革小物」の広告がブログに掲示されたのだが、この写真の製品、私の愛用している萬年筆ケースなのである。 いまも目の前にある。巻物型。「ロールペンケース」と言うらしいが、そんなカタカナより巻物型のほうがいい。こんなことってあるんだな。

 いま上と下に同じ写真が並んでいる(笑)。ま、1日か2日だけだろうが、ちょっと珍しいパターンではある。

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【追記】──ブログCMのこと

 ブログCMには、この表に出るのと、裏で書いているときやアップするときに出るものと2種類ある。表のこれはブログ内容に合わせて選ばれるらしい。キイワードで自動で撰ばれるのだろう。上のペンケースが出たのも私が萬年筆のことを書いたからだ。訃報を書くと墓石の広告が出たりして苦笑するが、内容と合っていると言えないこともない。

 つらいのは裏のほうで、アップのたびに出てくるCMがきらいだと、それだけで書く気が失せる。「めいろま」といかいう名前の不細工な女の顔を毎日見せられたときは、しばらくアップをやめたほどだ。 広告を完全にオフにするには月945円かかるようだ。いつもそれにしようと思いつつ、喉元過ぎれば、で忘れてしまう。そしてまた思い出す。馬券が当たったら1年分払うつもりなのだが、それがまた当たらなくて(笑)。
 <きっこさん>のように2点買い、3点買いで万馬券を当てるひとがうらやましい(←多点購入インチキ馬券であることを知っているうえでのイヤミです)。

ブログ話──九重落選による大相撲話アクセス集中─大鵬の一周忌

 昨年から「三年手帳」というのを使い始めた。長年JRAからもらう競馬手帳を使っていたのだが、そこまで競馬に夢中になる時期も過ぎた。ほどよいころあいと一般手帳にもどることにし、思いつきでそれを買った。もしかして三年目には価値を持つのではと。
 当然ながら一年目の去年はただの手帳である。二年目の今年から価値を発揮する。三年目の来年はさらにだろう。

 意味を持った最初のそれは1月19日だった。昨年の欄に「パスポート到着。降雪競馬中止。大鵬死」とメモしてある。土曜日だ。大鵬の死を知った日である。
 今年、年明けから手帳を開くたびに19日のそれが気になり、大鵬一周忌の感想を書かねばと思っていた。



 昨年のこの日、あたらしく作った赤い10年用パスポートが郵送で到着したらしい。記憶がさだかでないので自分のことだが爐蕕靴き瓩砲垢襦
 19日は中央競馬が降雪で中止になっている。中山は大雪だったのか。はて、私の住む西東京はどうだったのだろう。記憶にない。日記を調べる。こちらは15年前からホームページ・ビルダーを利用したPC日記をつけている。この日記を友人30人に公開するのが私のサイトの始まりだった。このブログはその支店。CNXと名乗る気狂いに絡まれて一時期パスワード制にしたこともあった。

 日記をチェックしたら、昨年は成人の日の14日の月曜競馬が降雪により4レースで中止になり、以降のレースは21日の月曜日に代替開催となっている。メインは京成杯。しかし19日はふつうの開催だ。まちがったことをメモしていては何のための手帳かわからない。確認してよかった。そのままここに書いたら赤っ恥。「成人の日の14日、月曜」ってのも奇妙な書きかただ。成人の日は15日に決まっている。月曜を休みにして連休を作るハッピーマンデーもけっこうだが、こういう「その日だからこそ意味のある休日」を変えることはどうなのだろう。いまだにすっきりしない。



 以下は昨年の1月19日、土曜日の日記の一部。

 3時起床。
 6時から刺身と餃子。すこしうとうと。
 11時半にパスポートが届く。なんかどこかでノックの音がしているなあ、おれに届くものはないけどなあ、と思いつつ、念のために出てみると、ヤマトが諦めて帰るところだった。声を掛ける。ビザのパスポート。出てよかった。

 15時からバナナボートをつまみにウイスキー。相撲を見ようと思ったところで大鵬の訃報を知る。いまからそれをブログに書くところ。
 
 アレキサンドライトステークスの内田が絶対固そうなので買ってみたい。単勝1.5倍。なによりパドックがすばらしい。締め切りに間に合わず断念。内田おおこけで上位3頭みな人気薄。3連単150万馬券。買わなくてよかった。
 


 午後9時就寝午前3時起床は毎度だが、午前6時から刺身と餃子で酒を飲んでいる。文には「刺身と餃子」しか書いてないが、私にとって食物はすべて「酒の肴」なので、これだけを喰ったということは絶対にない。まして酒を飲まずに刺身を食ったことは成人してから一度もないほどだ。酒はたぶん焼酎のお湯割りだ。なんちゅう生活をしていたのか。赤面。刺身も餃子も前日夕方スーパーで買ってきたものだろう。餃子はともかく刺身はもう傷んでいたろうに。ひどい食生活。でもさすがにアジやイワシのような早いものではないはず。当たり前だ、臭くて喰えない。おそらくタコ刺しあたりとおもうが……。

 相変わらず馬券はへただ。でも内田に突っこまなかったからまだいいほうか。よく我慢したと褒めてやろう。単勝1.5倍で内田騎乗で、ましてパドックでよく見えたなら頭固定で有り金全部(IPAT預金全部)行ってもおかしくない。えらい。

 パスポートはあたらしく作ったのが届いたと思ったがそうではなく、それはもう少し前の話で、この日は中共の90日間ビザを代行して取ってもらったところからの宅配便だったようだ。

 15時からバナナボート(まるごとバナナ)をつまみに今度はウイスキーである。恥ずかしい。ただ、これはウイスキーのつまみとしてうまい。よくやっている。お試しあれ。私はチョコレートのような甘いものをつまみにウイスキーを飲むことが多い。もちろんストレートである。そんな中でこの「バナナボート」を発見?した。おすすめです。



 と書いたらひさしぶりにウイスキーが飲みたくなった。昨夜はなぜか焼き鳥が食いたくなり、「日本一」というチェーン店のをテイクアウトした。ほぼ肉は食わない生活なのだがたまに猛烈に喰いたくなるときがあり、そのときはすまんが鶏に犠牲になってもらっている。酒は赤ワインにした。「肉に赤ワイン」というワンパターン思考(というか躰にしみついた習性)なので、肉を食わなくなってからすっかりワインとも疎遠になっていた。スペイン産の安物だがうまかった。



 去年の19日はまだ初場所開催中で、その日の内に大横綱大鵬(思わず爐気鶚瓩鬚弔韻燭なるが、偉大なひとは偉大だからこそ呼びすてが基本だ) の訃報にミニ特集をやってくれた。胸を熱くして見たものだった。翌日のスポーツ紙は大鵬が一面のものを買い揃えた。だって大ヒーローだったから。
 訃報を聞いた19日の16時半にブログにそれを書き、「31日から大鵬追悼記事を掲載します」と予告している。

 それが1月31日から2月10日まで10回に分けて掲載した「相撲話──大鵬の思い出」になる。今回それに多くのアクセスがあり感激している。私は1月30日から40日間日本にいなかった。これは「予約投稿」というライブドアブログの機能を使って投稿したものだ。便利なのでよく利用している。

 あのとき一気に書いてしまってよかったと思う。一年後のいま書けと言われても、「大鵬の死──国民栄誉賞」というものが、それこそセピア色の思い出になってしまっていて、熱く赤くは燃えない。出発前のあわただしい時期だったが、1月19日から27日にかけて書きためたものを分割して掲載した。やっておいてよかったとほっとする。



 今回、あの大横綱(皮肉じゃないよ)千代の富士が理事戦に落選した──しかも10人当選枠に立候補者は11人という条件──ことが、世間的にも大きな話題になったようだ。その流れとして、このブログの相撲記事にも好角家からのアクセスが集まり、そこから昨年書いた大鵬の記事が掘りだされている。毎度書くが、私がブログをやっていてよかったと思う最高の瞬間である。自分の書いた気に入っている文章、だけど地味なのであまり話題にならないもの、が、なにかのきっかけで浮かぶのはとてもうれしい。しかしこうしてみると、大相撲ファンはまだまだいるんだな。「千代の富士落選」でここに来たひとが、その他の相撲記事をみな閲覧してくれている。ありがたいことだ。私の場合、文章を書くということはそれだけで完結していて(書き手の私と読み手の私で満足)他者に読んでもらわなくてもかまわないのだが、同好の士に読んでもらえるなら、それはそれで公開しているのだからうれしいことになる。その意味じゃ千代の富士落選に感謝せねばならないのか。

 以前、将棋話に力をいれたら今回の相撲と同じく将棋話にアクセスが殺到してよろこんだことがあった。しかし今時の将棋ファンには異常なのが多く、気味悪いメールが届いてうんざりし、それからは逆に将棋ネタを書かなくなってしまった。相撲ではそれがないことを願う。

 以上、このブログに来て、いま相撲記事を読んでくれているみなさんへの感謝の一文です。

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 今朝のBGMは、ポール・ブラウンとマーク・アントワンの「Foreign Exchange」。
 アントワンはバカテクのすごいギタリストだけど、彼のいままでのアルバムはおもしろくない。しかしこのギタリストという以上に名プロデューサーであるブラウンが魅力を引きだすと最高に輝く。ポール・ブラウンをおっかけていると、アルバムがプロデューサーによっていかにちがうかがよくわかる。

Paul&Marc



 これをアップしたのが朝の8.45。いまチェックしたら相撲記事だけでアクセス3700だって。ひっそりやっているブログなのですこしビビる(笑)。(16:57)

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【追記】──すぐにいつもの状態に(笑)──2/5

 九重親方落選のフィーバー(笑)もすぐに治まったようで、三日経ったら相撲ファイルへのアクセスも平常に戻った。
 アップしたのが2月2日の日曜日、翌3日、初雪となった。昨年より2週間遅かったことになる。粉雪が舞い、私の住まいは10センチちかく積もった。そのときはお祭みたいで楽しかったが、いま路面が凍って困っている。すべって危ない。

テレビの影響力──「魁皇話」にアクセスが集中──バースの思い出

 いま【競馬抄録玉】に「菊花賞完敗記」を書き、こちら【木屑鈔】の誤字直しをやっていたら、異様にアクセスが多いので何事かとおどろいた。いつもより一桁多い。

 解析した結果、大相撲の「魁皇」に関するファイルにアクセスが集中しているらしい。そこから「魁皇」を検索して、元魁皇こと浅香山親方が独立(部屋設立)を表明したと知る。それなのだろうか。それにしては異常だ。そこまで大相撲ファンは多くない。

 さらに調べて、今夜「行列の出来る法律相談所」に、魁皇の奥さんである元女子プロレスラー西脇充子がひさびさに出演し、そこからの検索アクセスとわかった。テレビの力はすごい。



「行列の出来る法律相談所」を愉しみに見ていたのっていつごろだろう。数年前のはずなのに遥か彼方の気がする。シンスケが引退したのって何年前になるのか。私が見ていたのはシンスケ司会のころで、見なくなってしばらくしてから引退事件があった。その後もずっと見ていないのに「司会をそれなりの知名度のある連中が交代でやった。さんまがやったこともある」と知っているのだから情報はこちらの思惑とは関係なく入ってくる。「ヘキサゴン」でおバカタレントをやっていた里田まいとかスザンヌ、木下優樹菜もみな結婚した。時は流れているんだなあ。これまた野球に興味はないのに里田がいまをときめくスター選手の奥さんになったことも、スザンヌの夫も以前活躍した野球選手であるとか、木下がこどもを産んだことも知っている。しかし私は里田やスザンヌの亭主と街ですれちがってもわからない。興味がないとそんなものである。



 むかし競馬仲間の翻訳家・平尾圭吾さん(2010年逝去)がランディ・バースを連れて競馬場に来たことがあった。並んで競馬を楽しんだが、野球に興味のない私はその外人が三冠王になったバースであることに気づかなかった。がっちりした外人だとは思ったが。意外に背は低かった。平尾さんも、まさかバースを知らない日本人がいるとは思わなかったらしく、教えてもくれなかった。平尾さんはバースの自伝を翻訳したひとで彼の親友である。高松高校時代は野球選手だった。野球ファンなら、目の前でバースと会話できるのだから驚喜したろう。興味のない私はごくふつうにアメリカ人と、「あちらでも競馬はするんですか」などと世間話をしただけだった。バースはあちらで馬主もやっているらしかった。
 もちろん途中の流れ(いろんなひとが振り返った)で彼が三冠王のバースとわかった。スポーツ新聞は適当に読んでいたからそういう智識はあった。でも今更「いやあバース選手の大ファンなんです」なんて大嘘もつけない。そしてまたケガの功名で、彼は、自分に対してびびらず緊張することもなくふつうに英語で会話する日本人を気に入ってくれて、親しく話したのだった(笑)。



 テレビを見ないので世相に疎いのだが、「行列」に魁皇夫人が出れば、私のこんなブログにも影響がある。隣の「人気記事ランキング」は、2週間のアクセス統計である。一日の統計とか一週間の統計とかに設定出来るのだが、私は最長の2週間統計にしている。いつも読んでくれるひとたちが2週間関わって出来上がったランキングも、テレビ番組の影響で初めてのひとがドっと押し掛ければ、一気に「魁皇」が一番になる。所詮地味なブログなんてそんなものなのだろう。

 ただし私のそれは、大相撲ファンにしかわからないコアなものであり、かなりの長文だから、検索でやってきたスマートフォンのひとたちは、みな途中で読むのをやめて帰ったろう(笑)。大相撲ファンでないととてもじゃないが読みこなせない。しかも肝腎の西脇の話に行くまでが長い(笑)。みなそこまで行けずに挫折したはずだ。
 なんだかね。ブログなんてこんなものか。複雑な気分になった夜だった。
(もっとも、その魁皇に関する文は自分でも気に入ってるものだから、多くのひとの眼に触れたことは悪い気分ではない。すなおにうれしい。それも書いておかないと。) 

ツイッターやブログの動機は9割9分卑小な自己アピール???──反論したいが、やはりそうなのか……

ブログ再開してみて改めて思うのは、ブログにしてもツイッターにしても、「こんなこと思ったオレかっこいいでしょ」「こんなこと考えてるオレってすごいでしょ」「こんなことに気付いたオレさすがでしょ」と卑小な自己アピールをすることが、動機の9割9分まで占めているということ。違うって否定できる人どれだけいるのか。

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 これは競馬予想家水上学さんのブログにあったコトバ。9月10日の項目にある。自分の知らないこの二ヵ月の競馬の様子を教えてもらおうと読みに行き、目にした。私が教えてもらおうと思ったこの二ヵ月の競馬だが、水上さんは体調不良でほとんどブログを書いていなかったらしく、再開に当たってのことばだった。

 このあと《だがそれは一概に悪いことでもないと思う。私の場合は完全にストレス解消になるし。吉田兼好の昔から、言いたいことを言わないのは「腹ふくるるわざ」なのだ》と続いていて、「一概に悪いことではない」「自分もそうだ」としているが、それは主旨である冒頭の解釈の肯定である。ツイッターやブログをやっているひとの動機の9割9分がどうしようもない卑小な自己アピールなのだが、自分もそのひとりだし、それでいいのだ、という論旨であり、これは「おまえらみんなクソだよ」と言った後、「クソでもいいじゃん」「おれもクソだし」と言っているわけで、「おまえらみんなクソだよ」が否定されたわけではない。むしろ強調になっている。



 だけど、う〜ん、そうかなあ。
 私はもう十数年サイトと、8年ほどブログをやっているが、《「こんなこと思ったオレかっこいいでしょ」「こんなこと考えてるオレってすごいでしょ」「こんなことに気付いたオレさすがでしょ」と卑小な自己アピール》のためにやっているのだろうか。9割9分までがそうだと水上さんは言うから、残り1分だと主張するのには勇気が要る。

 私の場合、最も大きな要素は「オレはこのときこんなことを思っていたという記録」の意識である。
 しかしそれは「だったら日記に書いておけばいい」と言われるだろう。その通りだ。もう20年ほど、日々の記録をPC日記に残している。それで完結すべきであり、それを世に問うのは「卑小な自己アピール」である。

 元々私のホームページとは、私の日記を30人ほどの友人に公開し、それに関して掲示板に意見をもらったりする形で始まった。いわばコミューンである。ログインのパスワードを設定し、見知らぬひとに読まれないように気を遣った。「ひとりでも多くのひとに自分の意見を読んでもらいたい」という意識で始めたものではない。
 そのホームページだけだったら「私は残りの1分である」と反論できるのだが、今はこのブログがある。友人30人を対象に始めたホームページは今もそのままであり、本店だが、支店であるこのブログには毎日千人ぐらいのひとが来てくれるようになった。私はその見知らぬ970人のひとが、どの文章を気に入ってくれるかを毎日楽しみにしている。当初のホームページの意図はともかく、今の私は見知らぬひとたちに対して「卑小な自己アピール」をしているのだ。否定できない。 

 でも
「こんなこと思ったオレかっこいいでしょ」
「こんなこと考えてるオレってすごいでしょ」
「こんなことに気付いたオレさすがでしょ」

 と思って書いたことはない。それは言いきれる。自分のことだから。だったら残り1分だと言っていいのか。

「オレはこんなことを思った」
「オレはこんなことを考えている」
 とは思って書いている。記録のつもりで。でもそれを「かっこいいでしょ」「すごいでしょ」「さすがでしょ」と思いつつ書いたことはない。でも公開メディアに書くこと自体がもう「卑小な自己アピール」なのだと言われたら返す言葉はない。

 私にもたまに「あれとあれがこうだってことは、もしかしてそれはこういうことなのか!?」と「気づく」ときがある。これはまだ誰も口にしていないからブログに書きたいと思ったりする。でもすぐに「これを書くと、すごいだろ、さすがだろって自慢してるように思われるな」と思い書かない。書けない。
 水上さんの指摘に合致するひとも、ご本人の水上さんを始めかなりの数いるんだろうけど、9割9分ではないと思うのだが……。



 いや、でも、まてよ、むかしバイクやクルマで北部タイを廻った紀行文をホームページに書いたとき、それが30人の友人相手ではあれ、「オレってこんなことしてるんだぜ!」という卑小な自己アピールはなかったか。いや、あったな。あったあった、確かにあった。一種のヒロイック勘違いがあった。するとやっぱり私は卑小な自己アピールの9割9分のほうか。

 でも今、北部タイなんて問題にならないすさまじいところ(「世界の果てに日本人、なぜこんなところに」に出られる)と関わっているが、そこのことはごく少数の友人しか知らないサイトに書くようにしていて、ひと目には触れないようにしている。ブログには書かない。だから「十数年前にそんなことをやった」「そのときそんな心があった」のは事実だけど、そういう1の卑小な自己アピールで99の慎ましさが否定されるものでもないだろう。いや、1でもあったら99は否定されるのか。う〜む。

 サイト(当時はホームページ)を始めたのは、友人とやりとりする溜まり場が欲しかったのが動機だった。世の中にはひとりでも多くのひとに読んでもらいたいというひと、アクセスランキングで目立ちたく、「応援のクリックを!」なんて、それこそ「卑小な」じゃなくて「公明正大な自己アピール」のひとも多いけど、私はむしろ目立たないように隠れてやっていた。しかし友人30人に対してでも、いや友人30人限定だからこそ、「卑小な自己アピール」と言われれば、それは確かにそうだし……。



 しかしそんな自分分析よりも前に、まずこの水上さんの意見である「ツイッターもブログも9割9分がそうだ」という意見は当を得ているのだろうか。
 たとえばツイッターでは、日常生活、いま身のまわりの不平不満を、垂れながし的に書いているひとが多い。上司の悪口とか、昼飯がまずかったとか、電車が混んでいたとか。それは水上さんの言う「ストレス解消」と「もの言わぬは腹ふくるるわざなり」には該当する。でも「すごいでしょ」「さすがでしょ」「かっこいいでしょ」には当たらない。むしろぶつぶつつぶやく独り言を文字にしないといられなくなっている症候群で、自己アピールというより精神病の類だろう。

 ブログで過激な意見を述べているひとも、同好の士への呼び掛けや敵対するものへの意見であって、「すごいでしょ」「さすがでしょ」「かっこいいでしょ」を感じた事ってあまりない。私は他者のブログを読んだりしないけど、一応長くは関わっていて、そう感じている。それとも私は残り1分の卑小な自己アピールではないブログやツイッターにだけ運よく接しているのだろうか。

 水上さんのブログがご本人が認めているように、本職の競馬、その他、政治から野球まで「卑小な自己アピール」に満ちているのは確かで、水上さんが自分のことについて言っているのは矛盾がない。しかし他者に対しても9割9分と言いきれるものだろうか。いや言いきることは誰でも出来るが、それは正鵠を射ているだろうか。



 反論したい。したいが……。

 たとえば、「インターネットを常時接続して一日中インターネットをやっているようなひとは、9割9分インターネットから足を洗えない」というような意見だったら、私はついこのあいだまで60日間完全に断ったし、その前も40日断っているから、残り1分のほうだと言える。

 たとえば、「一日にタバコ3箱も喫うようなニコチンタール中毒者がいきなり禁煙するのは9割9分不可能だ」なんて意見も、私は、禁断症状にのたうちまわったけど、一気にやりとげているので残り1分と断言できる。

 しかしなあこれは……。私は「卑小な自己アピール」をしたくて始めたのか。悩む。いやそうに決まっているのだ。認めちまえ認めちまえ、そうすれば楽になれる。



 いやいや、水上さんの意見は「最初の動機は9割9分卑小な自己アピール」と言っているのであって、今もずっとそうだとは言っていない。あくまでも「最初の動機」なのだ。とするならやはり9割9分がそうなのか。

 しかしまたコトバ、表現の問題もある。「卑小」とは「卑しくてちいさな取るに足らないこと」だ。9割9分の自己アピールはそういう「卑小」なものなのだろうか。
「東大卒の天才」を堂々とキャッチコピーにしているひとだから、「卑小な自己アピール」というコトバに妙に説得力がある。「オレはちがう」と言いたいけど、やっぱり私もそうなのだろうか。

 むかし自意識過剰の東大卒ライターに見当違いなイチャモンをつけられて往生したことがあった。どうも東大卒のひととは感覚がちがうようだ。これからしばらくブログ文アップのたびに、「こんなこと思ったオレかっこいいでしょ」「こんなこと考えてるオレってすごいでしょ」「こんなことに気付いたオレさすがでしょ」という卑小な自己アピールになっていないか!? と悩みそうである。

 そういう意味では、「アフィリエイト商売のため」と割り切ってブログをやっているひとなんかは悩みがなくていいなあ。目的がはっきりしているから悩みもないしお金も儲かるし万々歳だ。



 こういう詮ない悩みと縁を切るためにはブログをやめて元の地味なサイトだけに絞るのがいちばんとわかっている。そこが原点だ。あそこだけにして、すると読者も元の30人に戻るから、水上さんのような意見にも「オレはちがう」と反論できる。
 でもブログの「人気記事20」みたいな愉しい効能を知ると地味なサイトだけにするのもさびしい気がする。目立ちたくなく、ひっそりとやっているのだから「自己アピール」に関してはすくない。でもまったくそれがないわけでもないのだから、まさに「卑小な自己アピール」とは私のようなもののための形容になる。悩みは続きそうだ。

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ブログ話──モザイク今昔、隠されると覗きたくなる心理──エロじゃないよ(笑)

表から「ブログパーツ人気記事」は削除したが、記事を書くときに私は見ることが出来る。
すると「モザイク今昔──むかしNHK、いま民放──隠されると覗きたくなるこちらの心理」という2012年3月に書いたものに根強い人気がある。不思議だ。 

内容は、「むかしのテレビでは、ナショナルの電池ハイトップ等の商品名をNHKがフェルトペンで塗りつぶし見えないようにしていた。時代が変り、最近ではNHKは消さず、民放がモザイクをかけてスポンサーではない商品名を隠すようになった。時代は変ったな」という話。

私は時代の差を書くこの手の話が大好きだが、しかしこれ、どう考えても人気記事になるようなものではない。まして1年以上前のものだ。
どんなものが人気記事になっても、その理由はわかる。一見意外なものがなったようでも、わたし的には「これをわかってくれるひとがいるのか。世の中、捨てたもんじゃないな」と当然だったりする。

しかしこれはわからない。
懸命に考える。行きづまり、初めて「リンク元」というのも調べてみた。そういうツールがライブドアブログには用意されているのだが使ったことはなかった。もしかしてそこに理由があるような気がした。



それでわかった。「モザイク」という言葉、「隠されると覗きたくなる」というタイトルから勘違いされたらしく、エロ系のまとめサイトにリンクされていたのである(笑)。そこから多くのひとがやってきて、そのことによるランクインだった。
そこに行ってみると、「おっぱい丸だし」とか、「スカート内盗撮特集」とかいうのと並んで、私のこの「モザイク今昔──隠されると覗きたくなる」がリンクされていた。

そこで知ったひとは、けっこうわくわくしてここに来たんだろうなあ。AVのモザイクの処理について書いてあると思って。エロ画像まで期待しただろうか。
でもモザイクはモザイクでも、書いてあるのは昨今の民放ではビールのラベルが見えないようにモザイク処理しているとか、ごくまじめなもので、エロのエの字もない。

この場合私は「どうもすみませんでした」と謝るべきなのだろうか。期待を裏切ったのはたしかだ。
でもなあ、意図したわけじゃないし。
いろんなことがあるもんだ。 

しかしこれ、くせになりそうだ。しばらく「まぎらわしいタイトルシリーズ」でもやってみるか(笑)。 

ブログ話──ブログパーツ「人気記事」を削除──メール返事をまだ書いてないかたへお詫びをかねて


 きのう、ここ半年ほど右側の欄に表示していた「ブログパーツ人気記事」を削除しました。以下、本人にしか関係のないどうでもいい話なのですが、備忘録のつもりで書いておきます。


 このライブドアブログのブログパーツというのに、アクセス数を統計して読者の多い順に並べてくれる「人気記事」というものがあると知り、設置したのは去年の11月でした。と書くと覚えているようですが、記憶はいいかげんで、いま調べてわかったのですが。
 この「ブログパーツ人気記事」は、どういうアクセス数で順位を決めるのか設定が出来るのでした。私は最もオーソドックスらしい「当日+6日」というのを選びました。一週間の統計ですね。

 なんということなく始めた思いつきだったのですが、1ヵ月後にうれしいことに出逢います。


 
 ずいぶんと前に書いた文が、どなたかによって引っ張りだされ、「人気記事」にランクインするのは、とてもうれしいことでした。
 それまでにも自分のブログの「人気記事」は確認できました。ブログ文を書くホームにそれが表示されています。だいたいにおいて「人気記事」の上位になるのは、高名な政治家のこととか世間的な事件とか、タイトルが耳目を集めるものでした。まあ、そりゃ当然ですね。見知らぬひとはみな検索で来るのですから。
 その順位は、綜合的なアクセス数と同時に、どの記事にアクセスが集中しているか表示されているのでわかります。何を書けばアクセスが増えるかもわかっています。目立たないよう、なるべくそんなネタは書かないようにしています。

 しかしその「人気順位」で確認できるのは「上位5つ」だけなのですね。大雑把でした。そこに表示される上位5つはさんざん見なれたそういうテーマのものばかりでしたから、その「人気記事」の順位は、私には興味のないことでした。
 ところが思いつきでやったこの「ブログパーツ人気記事」というのは、それとはちがい20位まで出ます。すると、19位あたりに、「いつ書いたかはもう忘れたけど、心を込めて書いたもの。地味なテーマだけど自分でも気に入っている文」がランクインしているのです。あれはうれしかった。いま思い出してもほのぼのとします。


 このままその「ほのぼのとした気持ち」を書いていたら果てしなく長くなるので先を急ぎます。この辺のことは右の「カテゴリー別アーカイブ」の「ブログ」にまとめてありますので、興味のあるかたは(そんなひとはいないと思うけど)読んでください。
 
 そのうれしかったことに「将棋ネタがランクイン」がありました。それはNHK杯戦の羽生対山崎のことを書いた「ひさびさに見た才能の将棋」というものでした。これがランクインしたことがきっかけで、次々と将棋文章がほじくりだされ、ランクインします。
 このブログの中でも不人気のコンテンツである「将棋」が次々とランクインすることがうれしく、思わず私は「もう将棋専用ブログにしようか」などとはしゃいで書いています。 

 そこに世間的にも大きな話題となった「電王戦」が開催されます。これのすばらしい点は、ニコ生による完全中継があったことと、全5戦が「毎週土曜日」と決まっていたことでしょう。他の棋戦は、日附も曜日も様々です。全国を転戦します。それと比すと、この「毎週土曜日」は強烈でした。定期番組を見るように「毎週土曜日」を待つことが出来ます。そして、朝に始まり、夜には決着する一日制です。毎週40万人ものひとが視聴し、私もそれを見ては感想を書きました。

※ 

 ここまできて「ブログパーツ人気記事を削除した理由」にやっとたどり着きます。今までは長い前振りでした。ここからが本題。
 
 電王戦の影響により、私の人気記事20の内のほとんどが「将棋文」になってしまいました。冗談で言った「将棋専用ブログにしようか」がほんとに実現してしまったことになります。
 それは冗談ではあれそう望んでいたのだからうれしいことではありますが、同時にまた様々なことを書いているのに、将棋だけがずらりと並ぶのは、実現したらしたで、ものさびしいことでもありました。 

 まあ一過性のものであり、電王戦の昂揚感が治まるとともにまたもとのように戻るとは思いますが、ともあれ、いつしか「人気記事20」の内、14を将棋記事が占めるようになったので、「ブログパーツ人気記事」を削除することにしました。1が2になり、4になり、8になりと増えて来ました。このままだとまず間違いなく18ぐらいまではゆくでしょう。それはあまりかっこいいものではありません。将棋好き以外は引いてしまう光景です。


 ブログの人気記事が将棋ばかりになり、「人気記事ランキング」は意味がないから削除した、が表の理由なら、裏の理由はたくさんのメールをもらったことになります。

 電王戦による将棋記事の人気上昇で、かつてないほど多くのメールをもらいました。私は戴いたメールには必ず返事を書くことを旨としています。さらに、待たせることなく、その日のうちに返事を書くことを心懸けています。見知らぬひとに思いきってメールを書いたら、誰だって返事が気になると思うからです。
 しかし今回の電王戦ブームによるメールは多すぎました。いまだ返事を書いてないかたが何十人もいる状態です。

 と、もらったメールに返事を書いてないひとが何十人もいるという無礼を平然と書くと人間性を疑われそうですが、一応最低限の礼儀は護っています。メールを戴いたその日に「必ずきちんとした返事を書きます。いま時間がありません。もうすこしお待ちください」という返事はすぐに全員に書いているからです。私はそういうことに関して極めて誠実な人間です(笑)。
 
 そしてまた趣旨として、私は「長文のメールをくれたかたには、それを越える長文のメールで返事する」を心懸けています。私を褒めてくれたかたにはその倍褒め返すことにしています。当然ですがわざわざ書いてくれるメールは褒めてくれるものばかりですから、褒め返しもたいへんです(笑)。その自分に課したノルマがあまりにきつく、毎日ひとつひとつせっせとこなしてきましたが、未だ何十人ものひとに返事が滞ることになってしまいました。かつてないことなのでかなり焦っています。


 将棋好きというのは知性的なかたが多いのか、じつにもうすばらしい内容の長文メールが多く、そのテーマに完璧に応えるには、いまの私には時間が足りません。
 
 たとえば「ゴキゲン中飛車と超速3七銀」に凝っているひとが、自分の意見を書き、私の意見を求めてきます。しかし私の対中飛車戦法は「4六金戦法」ですからねえ(笑)。今どきもう加藤一二三九段でも指さないという。そんな戦法、メールをくれた若いひとは知りません。
 
 せっかく意見を求めてくれたのだから、私の考えを書きます。でもそこに行くまでに、話の流れとして「4六金戦法」のことも書かねばなりません。当然私の対振り飛車の主要戦法である、これまた今じゃ古色蒼然の「5七銀左」にも触れねばなりません。するともう毎日メールの返事書きばかりになってしまいます。しかもそれなりに高度な将棋論の展開ですから気を抜けません。そしてそれを気に入ったかたはすぐに次のメールをくれます。これも充実しているので返事を書かねばなりません。

 ふと、いま思ったのですが、「私の将棋戦法史」のようなのを書いておき、貼りつけるようにするといいかもしれません。あるいはそれをブログにアップしておき、そこを読んでくださいにするのもいいかも。でも、自分のへたくそな将棋の戦法変遷史を書くってのも問題あるか。ブログには出来ない。サイトにまとめておくか。
 とにかくひとりひとり、相手の趣味に合わせてこちらの事情を説明するのはたいへんでした。 

 このまま「人気記事」に電王戦関係の将棋ネタがずらりと並び、将棋専用ブログとして、これからも多くの将棋ファンにメールをもらい続けたら、私の生活は破綻してしまいそうです。返事を書かねばならないからです。「もらったメールにはきちんと返事を書く」というのは、私のひととしての基本姿勢です。返事を書かないことは、返事の来ないひとも不快でしょうが、私にも「おれはまだあの人に返事を書いていない」と四六時中自分を責めたてるつらいことでもあります。


 というわけで、「ブログパーツ人気記事」を削除したのは、将棋に偏ったブログの形をすこし直すこと、将棋ファンから戴くメールを減らすこと、が目的です。「ブログパーツ人気記事」がなくなれば、このブログでいま圧倒的人気を集めているのが将棋ネタだというのが隠れますから、自然にメールを戴く機会も減ると思っています。メールというのは、もらって返事を書いて、それで終りではありません。そこから延々と続いて行くものです。もう限界になってしまいました。

 キャパで言うなら、私のメル友容量は20人程度です。なにしろ長文のやりとりですから、これでもう精一杯です。それがいきなり100人ぐらいに増えたのですから悲鳴も挙がります。
 TopPageでお断りしてあるように、私は正体不明のメールは読みません。読まずにすべて削除します。一々そんなものまで読んでいたら身が持ちません。それでいてこれだけの数ですから、いかに礼儀正しい正規のメールが多かったことか。

※ 

 こんなどうでもいいこと、内輪話をなぜ書いたかというと、昨日「ブログパーツ人気記事」を削除したら、早くももう今日、「なにがあったのですか」と複数のかたからメールをもらったからです。これは早く書かねばと焦りました。理由は以上のようなことになります。

 あらためて、まだ返事を書いていないかた、もうすこしお待ちください。必ず書きます。

パソコン話──ブログアクセスの6割がAndroidとiPhone!?


 外出するとき雑誌を買う。しっかりした本を読むときもそれなりにあるが、電車の中では雑誌が愉しい。 きちんと本屋で買えばいいのだが、いつも駅に着いてからそれに気づき、けっきょく毎回kioskで『週刊アスキー』を買っている。どうせなら本格的なコンピュータ月刊誌のほうが好ましい。

 『週刊アスキー』は 創刊のころから毎号買っていたが、今ではそんなときしか買わなくなった。 月に2冊ぐらいだから、かえってそのことで見えてくるものがある。 ここのところまったく愉しくない。 記事のほとんどがスマートフォン絡みだからだ。 もはやパソコン雑誌とは言えない気がする。スマートフォン雑誌だ。でもそれは読者の要望なのだからしかたない。そういう時代なのだ。ガラケーおじさんの買う雑誌ではない。

 ※
 

os-android ブログの誤字直しをしていて、たまに開ける「アクセス解析──ブラウザ/機種」というのをクリックした。するととんでもないことになっていた。な、なんと、いつのまにかAndroidとiPhoneがWindowsを越えていたのだ。6割である。

 いずれそんな日が来るとは思っていたが、まさか自分のところで、こんなに早くこうなるとは思わなかった。しばし唖然とする。

 しかし、と思う。いくらなんでも急すぎるのではないか。ここを見るのは月に1度ぐらいで、今回は2カ月ぶりぐらいだが、たしか前回はWindows7が1位、次いでXPだった。こんなに急な逆転てあり得るだろうか。なんか間違えている気がする。

  と、そこで気づいた。「ここはどこだ?」と。確認する。
  そこは【芸スポ萬金譚】だった。そうか、そうだったのか。安心する。

 ここのところなぜか【芸スポ萬金譚】が人気があって、【木屑鈔】よりアクセスが多かったりする。まあテレビ番組とかお笑い芸人とかイージーなネタだから読みやすいのだろう。とはいえ中身はけっこうキツいことを書いているので一概にお気楽ブログとは言えないと思うが。



 本拠地?の【木屑鈔】に戻って同じ事をやってみる。Windowsであってほしい。

os-windows よかった。Windowsだった。以前見た通りだ。変っていない。それでも以前と比べるとAndroidとiPhoneは伸びている。それだけ世の中そういう時代なのだ。必ずしもスマートフォンに限らず、タブレット端末も多いのだろう。なんとも複雑な気分である。まさしく「パソコン時代の終り」というのがひたひたと迫ってくるのを感じる。世の中がどうなろうと、私は「最後のデスクトップ機使い」になる決意をしているので平気だが。

「よかった」ってのもへんな感想だが、Windowsデスクトップ機で書いているので、読んでくれるほうもそうであって欲しいと本気で願っている。まあデスクトップ機はもう死に体のようだから、そこまでは無理としても、私の書いていることはスマートフォン向けのものではないと思うのだけど……。いやいや、なんでもいいんですけどね、読んでくれるひとに文句は言えません。

 たぶん私は【芸スポ萬金譚】で「アクセス解析──ブラウザ/機種」というのをやったことがなかったのだ。きっとあちらはだいぶ前からスマートフォンの時代になっていたと思う。私が気づかなかっただけで。

 しかしこれは敢えて嫌われ者になって言えば、電車の中でスマートフォンをいじっているようなひとは、テレビ芸能ネタなんてのを探している、と言える。あまりにサンプルがちいさいので(笑)えらそうなことは言えないが、方向性としては正鵠を射ているだろう。1日に10万アクセスもあるような、写真と1行2行のコメントだけの芸能人ブログなんてののアクセスは、9割方携帯電話からなのではないか。



 Windows8はタッチパネルに対応している。それで時折IMEのところがへんな表示になることがある。なんなのだろうとクリックしたら、いきなり画面にキイボードが出た。なぜそうなってしまうのか、ちょっと苛ついている。今から検索して調べ、そうならないよう、機能そのものを削除してしまおう。写真は2面ディスプレイの左側下半分に、そのタッチキイボードが出ているところ。

 こんな感じでいきなりドーンとタッチキイボードが出現する。タスクバーのプロパティで無効に出来るのだが、それをしておいても、なぜか自動復活してくる。気分のわるい話だ。
 液晶画面を指で触るなんてイヤだ、ってのはもう時代遅れなんだろうなあ。スーパーのレジだってみなそうだし。同じ事を言っているのは同世代の<きっこ>おやじぐらいしかいない。私は一応DS、3DSではそれをやっているから<きっこ>おやじよりは適応性はあるか(笑)。

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藤沢周平「山桜」映画化の憂鬱──を引っ張りだしてくれたかたに感謝を込めて

eiga-yama6 なぜそんなことになったのかわかりませんが──たぶん人気映画サイトにでもリンクされたのでしょう──2008年2月に書いた《藤沢周平「山桜」映画化の憂鬱》が人気記事に入っていておどろきました。

 このブログの読者は1日千人ぐらいです。「人気記事」の設定は「当日+6日」に設定してあるので、最低でも300人ぐらいは読者がいないとランクインしません。こんな古い文が、どなたかひとりが読んだことで、じわじわと拡がっていったと解釈するのは無理があるので、やはり映画サイトか、東山ファンのサイトにでもリンクされたのではないかと思います。

 いずれにせよ私にとって、とても思い入れのある原作であり、映画なので、最初に引っ張りだしてくれたかたに感謝しています。



 ただ、この文章は、「映画化の憂鬱」→「評判がいいようで安心した」→「映画山桜を観ての感想」と、いわば三部作なのですが、このブログには「原作をぶち壊しにしたろくでもない映画になるにちがいない。憂鬱だ」という「観る前の予測」しかありません。半端です。しかも否定的です。

 ブログ文を読まれたかたは、サイトに全文がありますので、どうかそちらの「結末」までお読みください。リンクを貼っておきます。
 結果として、この映画は、藤沢作品が大好きであり、原作の味をぶちこわすヤマダヨウジ映画に立腹していた私が唯一納得する映画となりました。 

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私のサイトへのリンク↓

・藤沢周平「山桜」映画化の憂鬱
・「山桜」評判のよさに安心
・「山桜」を観る 

ブログ話──デザイン変更による読み辛さの修正に追われる日々

2012年8月にやったデザイン変更による弊害の修正に日々追われている。
「白地に黒文字」を「色地に白抜き文字」にしたので、色文字にしていた部分が読み辛くなってしまった。
読み辛いならまだいいが(よくないけど)、ひどいのになると読めない。

さいわいここは「黒背景」なので、読み辛いだけだが(さいわいじゃないけど)、【芸スポ萬金譚】なんて青背景にしたので、青文字がまったく読めず、べろんと青い背景だけが続いているようなページがあった。
ここでの青字や赤字の読み辛さも気づくたびに直してはいるけれど……。



高見盛引退報道によって、【芸スポ萬金譚】のほうで、2010年に書いた高見盛のタレントとのスキャンダル記事?がアクセスを集めて浮かんできた。「おお、そんなこともあったな」と懐かしい気分で行ってみたら、これの引用文が青地に青文字でまったく読めない。冷や汗を搔きつつ急いで修正した。

検索で見つけてきてくれた高見盛ファンのひとは、肝腎の部分が読めず不快だったろう。本当に申し訳ない。
なにしろ私の「高見盛に関してこのような報道があった」とあり(この部分は読める)、そこから引用が始まるのだが、それが青地に青文字で溶けこんでしまっていて読めない。それでそのあとに再び読める文字で、「これを読んで安心したのだが」と私の文になる。しかしその「安心した文」が読めないのだから苛つく。さらにそこに「ここでまた衝撃のニュース」とあり、引用文が紹介されるのだが、これがまた読めない。これはストレスが溜まる。アクセスしたら「File not found」で読めないほうがまだいい。すんなり諦められる。こんな蛇の生殺しみたいなことはしてはならない。



過日ここに「ブログを読んでくださるかたへの感謝──引っ張りだしてくれてありがとう」というのを書いた。自分でも忘れていたような何年も前のものを、どなたかが引っ張りだしてくれて「人気記事」にしてくれることへの感謝だ。

いまこれが私のブログをやることの最大の楽しみになっている。
そういう「引っ張りだしてくれたもの」だから最後のほうである。「人気記事」の最下位あたりにある。それを見つけると喜色満面で、「おっ、こんなものが」とクリックする。すると古い記事だから覿面読み辛い状態になっている。赤文字や青文字の色がきつすぎて読み辛いのだ。それでそれらを淡い色に修正する。
どなたかがほじくりだしてくれた古い記事に行き、懐かしく読み返し、それを修正して読みやすくするのだから一石二鳥である。

だいたいにおいて私のブログの「人気記事」というのはタイムリーなものだ。政治関係のような。これらはあたらしいのでそんなことにはなっていない。
それらとはちがった、発掘された音楽や文学の記事を読みかえし、修正することは愉しい作業になる。



なぜかここのところ2012年1月に書いた「大相撲理事選挙──貴乃花再選! 八百長千代の富士の落日」というのにアクセスがある。初場所があり、大鵬が亡くなり、高見盛が引退したけど、この文自体はタイムリーな話題ではない。それらの出来事との関係もない。なぜアクセスがあるのかちっとも理解できない。でももしかしたら将棋記事に突然人気が出たように、誰かの手によって「なかなかおもしろい相撲記事のあるブログだ」と相撲ファンに発掘されたのかも知れない(笑)。なら、それはそれでうれしい。

しかしこの色文字修正、いつになったら「修理完了」となるのだろう。「引用文は色分けして読みやすくする」というサービス精神が裏目に出てしまった。

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【追記】 ──なぜか白川道が!

というところで、なぜか今度は「最も遠い銀河──白川道──クライス・レリアーナ」が最下位のあたりにランクインしているのを発見。

2010年2月に書いたものだ。読書感想というよりは、文中に登場する「クライス・レリアーナ」から、マルタ・アルゲリッチの演奏等に触れた音楽話の趣。私がこのブログに書いたものとしてはかなりの力作(笑)ではある。だから発掘されてうれしい。

誰がどんなきっかけでこんなのを掘りおこしてくれるのだろう。ほんとにありがたい。

自分の書いたブログ文に感心するという惚け現象──キリンビール「ラ党の人々」&つかこうへいの「鯖街道」

隣の「人気記事」の下の方に「キリンビールCM──ラ党の人々」というのがあった。懐かしいので出かけてみた。
これを書くきっかけは明瞭に覚えている。神戸の友人Sが教えてくれて、YouTubeに見に出かけたのだ。 
記事を書いたのは2011年12月13日である。



1990年、キリンビールは、他社の生ビール(正しくは熱処理をしていないだけで生ビールではないが)ブームに押されて売りあげの落ちているかつての主力商品キリンラガービールを大々的に売りだすことにした。復活キャンペーンである。生ビールが出るまでは、ビールイコールキリンラガーだった。ビール商品全体の六割りぐらいを占めるガリバー型寡占企業キリンビールの屋台骨だった。

勝新太郎始め豪華な役者陣で、しかも演出はつかこうへいで、しかもしかもそれは「物語性のある連作CM」という凄いモノを、大金をかけて作ったのである。

それが全作出来上がり、いよいよ第1回の放映を始め、これから話題沸騰と思った矢先、勝が麻薬で逮捕され放映中止となる。キリンの被害額はたいへんなものだったろう。ふつうこういう不祥事が起きると広告会社との契約から芸能事務所に損害賠償が請求される。キリンもそれをしたのだろうか。当然したよな。とんでもない問題なのだから。億単位であろう。勝の死後、中村玉緒がしゃかりきになって働き、必死に返した勝の借金の中にそれは含まれていたのだろうか。



このCMの存在を大のつかこうへいファンであるSが教えてくれたことも、CMの中身も覚えていたが、いま驚いているのはそこにある《『文學界』9月号──つかこうへいの遺作「鯖街道」》というリンクである。これが書かれたのは2011年8月18日。なぜ自分の文なのに「これを書いたのは」ではなく、「これが書かれたのは」と他人事風なのかはこのあとのオチにある。

流れとしては、まず私がこの『文學界』のつか特集を読み、友人のSにそれを教えてやった。つか大好きの彼はすぐに購入して読んだ。そのあと彼が、このCMのことを私に教えてくれ、「CMのストーリィが『鯖街道』に似てますね」とメールをくれたのだった。

そのリンクをクリックして行ってみる。つかの遺作となった「鯖街道」を掲載した『文學界』を読み、その感想や、学生時代にすでに日吉キャンパスで伝説的演劇をやっていたつかの思い出や、彼の小説のこと、映画「蒲田行進曲」を見た思い出とか、あれこれ書いているのだが、その中身が知らないことばかりなのである。「へえ、そうなんだ」と感心しつつ読んでしまった。書いたのは私なのに(笑)。



なんだろう、これ。
一度読んだ本(映画)の中身を忘れていて、最後の最後あたりになってやっと、「これってむかし読んだ(観た)ことがあるな」と気づいたりするのは毎度のことなのだが、 いくらなんでも自分で書いたブログの文にそう思うか!? 惚けたのか!?

と真剣に悩み、考えれば、たしかに私はむかし「銀ちゃん」に関して熱心に読んでいたことを思い出す。それらの本はすべて処理してしまって、ない。いまの私の周囲には辞書類ばかりで小説はほとんどない。捨てられなかった筒井康隆とか藤沢周平とかで300冊ぐらいか。壁の四方が本棚で、本の数が自分のraison d'etreのように思い込んで生きてきたが、ある日、そんなことに何の意味があるのだと思い、一転して、親の仇のようにむきになって本を処理してしまった。 だから読書家だというピース又吉なんかのズラリと本を揃えた部屋が紹介されたりするのを見ると、いろんな意味で胸が痛くなる。

確実にひとつ悔やんでいるのは将棋雑誌だ。1970年代の「近代将棋」や『将棋世界』を取っておいたら、ここにもおもしろい古い将棋話をいっぱい書けたのに……。大江健三郎あたりの本を捨てたことには一片の悔いもないが。



そういう昔とった杵柄が『文學界』を読むことによって一気に噴きだしたのだろう。そこにあるのはたしかに本好きだった私の記憶であり思い出であり、私の考える「つかこうへい論」だった。読みかえし、感心し、しばらくしたら、やっと記憶が戻ってきた。思うままに書き、そこを離れた私はもう、それを忘れてしまうらしい。記憶にないのである。
真剣に悩み考えてもどうしても思い出せず、「なんなのだろう、これ!?」となったら、ほんとに惚けたのだが、考えるうちに、あれこれ思い出してきたから、まだだいじょうぶのようだ。それにしても、ほんの二年半前に書いた自分の文章を他人事風に感心しつつ読むというのは、なんとも奇妙な出来事だった。



しかしまあ前向きに考えればいいのだ。
テレビの映画を観て感激し、いい映画だなあと感想を書こうと思い、そのあたりでやっと「むかし見たことがなかったか。感想を書いてなかったか」とファイルを探したら、熱烈な感想を長々と書いていた、なんてことだってあった。そういうときは自分の記憶のいいかげんさを責めるのではなく、「二度感激出来てよかったではないか。儲けたではないか」と言いきかせることにしている。それと同じく、「自分の書いた文で感激できるなら一石二鳥だ(?)」と思うことにしよう。

ブログを読んでくださるかたへの感謝──引っ張りだしてくれてありがとう

ブログの、なんていうんだっけ、「パーツ」か、右側に表示されるヤツ、そこに「人気記事」というのを入れられると知ってやってみたのが二ヵ月前だった。

毎度同じことを書いて恐縮だが、私は友人30人ほどへの「まとめメール」みたいな感じでホームページを始めた。1999年から始めて、今の形態になったのが2001年だった。CNXと名乗る狂人に見当違いに絡まれたことから、パスワードの会員制にして、「なるべくひとに知られないよう」ひっそりとやっていた。その基本はいまも変らない。同じ頃に始めたひとも、みないなくなってしまった。続いているほうではあろう。

そこにブログブームが来た。パソコン的なあたらしいものは大好きだから、自分もやってみようと2005年に手を出してみた。それがここになる。手を出してはみたが注目はされたくない。だから多くのブログにある「気に入ったらここをクリックしてください」というブログランキング的な、ひとりでも多くのひとに読んでもらいたい、というモノとは根本からちがっている。 



そういう姿勢だったので、アクセス数は伸びないが、CNXというキチガイ以外には絡まれることもなく、今日までなんとかやって来られた。

それでもいつしか千人以上のひとが来てくれるようになっていた。アドレスを伝えた知りあいはいまもむかしも30人だけだから、千人以上の見知らぬひとが読んでいるのだと思うと緊張する。タイムリーなものを書いてしまい(書いた、ではない、書いてしまった、になる)5000人ものひとが来た日には、ひたすら焦る。びびる。とにかくヘンなものに巻きこまれることを怖れる事勿れ主義としては、そんな事態が起きると、すぐにでも該当記事を削除したくなる。しかしブログという大通りに出た以上、びびって削除はまずいのだろうと、それはせずに今日まで来た。



そんな臆病な、他人とは関わりたくない私にも、「パーツ」に「人気記事」を設定してから、ひとつだけ楽しみが出来た。そこに、たまに、本人も書いたことを忘れているような、意外なものがランクインしているのである。そしてそれはうれしいことに、いつ書いたか忘れているようなものではあれ、内容は当人も自信を持ち気に入っているものばかりだった。

推測だが、なにかのきっかけで、どなたかが私の古い文を引っ張りだす。たぶんそれは「Google Search」なのだろう。としか思えない。そのきっかけまでは私にはわからない。でもなんらかのきっかけで何人かのかたが検索からそれを引っ張りだし、読んでくれる。すると「人気記事」の下のほうにランクインする。それを見て興味をもったひとがクリックして読む。それが連鎖して「人気記事」の上位になる。するとまた興味をもって読むひとがいる。

それはインターネット世界のブログというものにおいてふつうのことなのだろうが、「人気記事」というパーツを設置したばかりの私には、とても新鮮であり、うれしいことだった。



たとえばいま下の方に、「 支那料理と日本食」というのが入っている。
いつ書いたのだろう、調べる、えーと、2011年8月17日だ。 たいした内容ではないが、本人的にはとても気に入っている中身だった。でもインパクトはないから一過性で忘れられて行く。
「食は中国にあり」は、誰もが認める常識みたいなものだが、実際に支那に行き、庶民生活をしていたら、とてもじゃないがまずくてやっていられない。いかに日本がいいことか。「日本の中華料理」とは日本人向けに改良された日本食なのである。そんなことを体験から書いた。

それをどなたかが掘りだしてくれた。いまクリックして読み返した。誤字がないかチェックする。
たいしたものではないが、一応20年ぐらいの支那体験経験から紡ぎだしたものだから、それなりに想いは詰まっている。体験であり、机上の空論ではない。わたし的に思い入れはある。薄味ではないと自負している。
しかしそれはあちらに行って体験しない限りどうでもいい話である。マイナーなテーマとして埋もれて行くのは自然だ。

こういうものが、どなたかが引っ張りだしてくれたことによって、いま何十人何百人ものかたに、あらたに読まれているのだと思うと、私は胸を熱くしてしまうのである(笑)。



先日も書いたが、やはりどなたかがどこかに紹介してくれたのだと思うが、それまでアクセスのなかった将棋記事が、ここのところずっと「人気記事」の上位にいる。もううれしくて、「将棋専門ブログ」にしたいぐらいである(笑)。あ、今日王将戦二局目だ。観ないと。モテミツがんばれ。
いや、これもちがうか。将棋記事はずっと人気があったのに、そういうことに気を遣わないから、私が気づかなかっただけなのかもしれない。とすると、パーツに「人気記事」というのを入れたことはますます正解だったことになる。



今日は、昨夜午後8時就寝、午前1時起床でがんばった仕事が、明け方になんとかまとまり、いい気分の午後である。ノルマ達成なので、早々とほろ酔いとなり、文章にまとまりがないが、言いたいのは、私の古いお気に入り文を引っ張りだして読んでくださるかたへの感謝である。

ものかきにとって文章はこどもみたいなものだから、我が子が頭をなでられているのを見るのは(ひねくれた解釈で、引っぱたかれている、とは思いません)、親としてとてもうれしい。

けっこういい子が埋もれていますから、また本人(わたし)が驚くような、意外なものをほじくりだしてください。それをしてくださったかたに、心から感謝しています。



Bob James{Angel of Shanhai}を聞きつつ。ほろ酔いの午後に。

angel of shanghai


 【追記】──見知らぬかたへ──心からありがとう

 いま下の方に「中東をいたぶるアメリカに見る日本の負け犬の歴史」が入っていた。去年4月のもの。ほんとにどなたがこんなのを引っ張りだしてくれるのか、ありがたくて手を合わせたくなる。多謝。

ライブドアブログ字数オーバー初体験──ちょっと痛かったけど……

ブログ文章の誤字チェックをしていた。私はその事に関してはかなり真面目だと思う。時間があると過去の文をチェックして誤字直しをしている。それでもまだまだあるだろうから、とても自慢できるレベルにはないが、姿勢としては極めて実直である。

今日も「八大競」と書いてあるのを見つけ、赤面しつつ直した。競馬に関する文章だ。競馬は「競」である。しかし一般的には競のほうが優先されるからIMEでもこちらが先に出る。これは競馬文章を書き始めたひとがよくやる失敗になる。私も昭和61年に『優駿』に初めて競馬文章を提出した際、これをやってしまった。赤字で直されているゲラを見て気づいた。そのとき私は既に競馬歴10年以上だったが「競争と競走」を気にしたことがなかった。そんなものである。競馬ライター初心者だったのだからしかたない。しかしいまだにやるのは笑えない。

『優駿』編集者が優駿エッセイ賞応募作に関して、「競走を競争と書いているだけで読む気が失せる」と言っていた。第一次審査は編集部である。応募するひとは気をつけたほうがいい。こんなところからすでに審査は始まっている。

「競馬大好き<きっこさん>──2006年7月29日の日記──ホワイトフォンテン単勝配当の不思議???」という文章を手直しし、多少書き足して、アップしようとしたら以下のようなのが掲示された。


mojisu


初体験である。ブログ文章にも1回の字数制限はあるのだろうとは思っていたが、現実に表示されるのを初めて見た。新鮮だ。
15000字というと原稿用紙40枚ほどか。ここでいう15000字は改行も空白もなくびっしり字数だけの15000字だ。改行空白の多い会話体を考慮すると、現実的には60枚程度と思える。

ひとつのブログ文章でここまで書いて、こんなのを表示されるひともそんなにはいないだろう。

以前も書いたことだけど、「俺ほど長文のブログ日記を書いているやつもいまい」と自慢気に言う知人がいた。そのひとはすべてを携帯電話でやっている。センテンスが短く、文章は一行空けだ。スカスカ。
コピーしてテキストエディターに貼り、空白を削除し、まともな文章に整形したら原稿用紙4枚ほどだった。ちっとも長くない。とはいえ毎日携帯電話で原稿用紙4枚分の文章を書くのはたいへんだ。私には出来ない。パソコンなら何十枚でも平気だけど。
自分が長いことを自慢しているのではない。恥じている。そこは誤解なきように。むしろ小柄な女性には痛がられたりして自慢どころではない。



理由は明瞭だ。なつかしい競馬の話だから調子にのってほいほいと書きつらねてしまった。コクサイプリンス、フジノパーシア、ヤマブキオー、トウコウエルザと、想い出が尽きない。自分でも長すぎると思ったから<父さん>や<母さん>に関する部分は削除してAJC杯だけに絞った。かなり削ったのだ。そしてアップした。今回ほんの100字ぐらい足しただけで字数オーバーになったから、すでに元文で限界ギリギリだったことになる。
戦争の想い出を語り始めた年寄りが止まらなくなってしまうのと似ている。すなおに恥じた。

私のブログの読者の半分はケータイ接続だ。この長文を携帯電話で読むひとってすごいな。



30年前、ワープロを購入した。28万円。もちろん月賦。丸井。月賦利息がさらに3万円ぐらい上乗せされたのかな、たしか。丸井はあくどかった。でも丸井じゃないと買えなかったから恨みよりも感謝だけど。筆圧が強くて指が腫れ上がってしまう私には夢の機械だった。
これの1文章の字数限界が8000字だった。原稿用紙換算20枚だが、前記したようにこういうのは空白改行関係ない計算だから23枚ぐらいは書けた。

しかし30枚の注文だとこなせない。そしてまたフリーランスライターには30枚の注文が多かった。ここがむずかしい。15枚の文章をふたつ、のように割り切った。でもそれをプリントしてきっちり30枚にするのは手間取った。インクリボンがすぐになくなってしまうので感熱紙を使ったり、あれこれ苦労した。
このあと20000字に増えたので買い替える。22万円。新型機が安くて高性能。デザインもしゃれている。ワープロが普及し始め、ぐんぐん安くて高性能になっていった時期だ。これだと50枚だからほとんどの原稿は問題なかった。しかし80枚の注文があり、またふたつに分けねばならなくなった。

私はここでパソコンの『一太郎』に切り替えた。NECのPC9800。これで字数制限から解放された。フロッピーディスク1枚に分厚い単行本が一冊入る。脅威だった。OSはMS-Dos-3.1。パソコンにはついて来なかった。別途3万円で買わねばならなかった。フロッピーディスク2枚のOS。
すでにパソコンは持っていたのだが音楽用にしか使っていなかった。
やがて今度は『一太郎』の重さに辟易して、『VZエディター』というテキストエディターに切り替える。

とまた思い出話を書き始めると長くなるのでお終いにします。



2011年11月15日。ライブドアブログ字数オーバー初体験記念日。ちょっと痛かったけど痛さのなかにすこし気持ち良さもあった。早く体験したいと思っていたのでうれしかった。これでもうおとな。

携帯電話からのブログ文章──水増し勘違い

携帯電話でブログをやっている知人がいる。

こちらからすると短いセンテンスと空白ばかりでつまらない。

読み応えがない。

ブツ切り文章は携帯電話だからだ。

機械が文章まで左右する。

でも本人はあまたあるブログの中でもかなりの長文との矜恃があるらしい。

携帯電話で書き携帯で読んでいるからだろう。

短いセンテンスと隙間だらけに気づかないのだ。

いまここに書いているような感じの文だ。

こういう形式。

毎回一行開けになる。

行数は多い。

最後までにはかなりスクロールする。

しかし本人が自信を持つほどのものではない。

彼の文をコピーしてテキストエディターにまとめてみた。

私も閑人だ(笑)。

まともな文章にしたら原稿用紙2枚もなかった。

携帯電話で書く文章なんてそんなものである。

努々勘違い自信は慎んだほうがいい。

ちなみにこれも今からふつうにまとめてみる。

ふつうに書けばこの程度でしかない。

こんなものなのである。

改行と隙間による水増し薄味だ。

こんな文を書いてるひとの頭もそうにちがいない。

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携帯電話でブログをやっている知人がいる。こちらからすると短いセンテンスと空白ばかりでつまらない。読み応えがない。ブツ切り文章は携帯電話だからだ。機械が文章まで左右する。
でも本人はあまたあるブログの中でもかなりの長文との矜恃があるらしい。携帯電話で書き携帯で読んでいるからだろう。短いセンテンスと隙間だらけに気づかないのだ。
いまここに書いているような感じの文だ。毎回一行開けになる。行数は多い。最後までにはかなりスクロールする。しかし本人が自信を持つほどのものではない。
彼の文をコピーしてテキストエディターにまとめてみた。私も閑人だ(笑)。まともな文章にしたら原稿用紙2枚もなかった。携帯電話で書く文章なんてそんなものである。
努々勘違い自信は慎んだほうがいい。ちなみにこれも今からふつうにまとめてみる。ふつうに書けばこの程度でしかない。こんなものなのである。改行と隙間による水増し薄味だ。こんな文を書いてるひとの頭もそうにちがいない。

神戸のロックカフェ.1──Sさんのブログから

 神戸で整骨院をやっている友人のSさんのブログから。

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《ロック》

 昨夜は初めて近所のロックカフェに行ってきました。ロックに詳しいわけではまったくないのですが、なんとなく気になっていた店です。

 棚にズラリと並べられたLPレコードが、いい雰囲気を演出していました。

 他にお客さんもいなかったので、マスターが「好きなのかけますよ」と声をかけてくれました。一緒に行った友人が「僕はジョン・クーガー・メレンキャンプが好きなんですけどありますか?」と訊ねると、「その前のジョニー・クーガー時代の『俺がクーガーだ』ならありますよ」と出してくれました。ジャイアンばりのナイスな邦題をつけられたそのアルバムを、友人は感激して聞いていました。

 せっかくなので私もなにかかけてもらおうと、分からないなりに棚を探ると、ミッシェル・ポルナレフのアルバムを発見。大好きな『愛の願い』を大音量で聴くことができました。曲が『ノンノン人形』に変わると、マスターが「このギターは実はジミー・ペイジが弾いていてね」と教えてくれました。とはいっても音楽知識のない私は、ジミーといえば“スーパーフライ”ジミー・スヌーカと“平成の山下清”ジミー大西しか知りません。しかしまあ物事には流れというものがあるので、「おおっ、あのジミーですか。意外ですねぇ」と、どの「あの」かどこが「意外」か自分でも分からないままに相槌をうってしまいました。ムハ。ムハハハ。

 ロック通を連れて、また行きたいと思います。

ホームページビルダー.13からのUP-2

やはり出ない。以前もそうだったのだから当然だ。これでこのよけいなものが14からプログラムとして埋めこまれたのだとあらためて確認した。それにしても不粋なことをする。これからも「スギさんのこと」のようにたった三行を書きこむたび、望んでもいないこれがかってに附属して四行になるのか。うんざりする。

ホームページビルダー.13からのUP

最新版のVersion14があるのだが、旧Versionのすでにお役ご免になった13を物置から引っぱりだし、そこからUPしてみる。これにも文末に不要なPowerd byは出るのだろうか。以前はなかった。あるはずがないのだが。

ことば──ブログはなんの略?3

 ブログはなんの略?

 今やネットの必須語である。なんの興味もないが相変わらずパソコン雑誌だけはオタク的に読んでいるのでそこそこ理解している。つもりだ。

 先日、映画「Last Samurai」を見たときだったか、スタッフの名前を知ろうと検索をしたらいくつもの映画サイト、いやサイトではなくブログにぶつかった。それで知ったのは、「きょうラストサムライを見た。おもしろかった。みんなはどう思うか」と主催者が問うだけで、ああだこうだと数多くの投稿が寄せられるという現実だった。

 そういうところには必ず礼賛者ばかりではなくこの映画をボロクソに言い、反感を招くお騒がせ屋が登場する。それはまた場を盛り上げるスター(?)でもある。彼のボロクソに言う姿勢に多くのトム・クルーズファンが反発する。彼もまた映画オタクとしての豊富な知識があるものだから、そもそも時代劇映画とは何か、と古い日本映画を例に出して礼賛者をやりこめたりする。

 とはいえ『T-thai(定退)』騒動の『ゴルゴ13』の項で書いたが、こういうファンはトム・クルーズさえ出ていれば何でもいいのだから、リクツで論じる問題ではない。なにを言われてもへこまない。よってああだこうだのやりあいはあっと言う間に百を超える応答となり、加熱して盛り上がって行く。
 ブログの主催者はうれしい悲鳴をあげる。人と接触したいという寂しがり屋にとって、簡単なテーマを掲げるだけで一日に百人もの人と接する(?)ことが出来るのだから最高のおもちゃだろう。こういうメジャな映画をテーマにしたブログは、かっこうの道具になるのだなと感じたものだった。

 というようなことは本題ではない。この言葉に関して言いたかったのは以下のたったひとこと。
「ブログとはウェブログの略」
 つい最近これを知ってアチャーという感じだった。それこそ長たらしい英語のいくつかの文字をとってのブログだと思っていたのだ。ナサ(NASA)のように。ところが単にウェブログの下三文字であるらしい。なんだかなあ。渡辺謙をナベケンと呼ぶ程度の省略だった。どっちらけ。

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kamezo註・新たに書いている時間がないので丸一年前の未UP原稿でお茶を濁す。私がブログということばを知ったのはちょうど一年前らしい。ほんの一年前の文章なのに色あせた文章だ。こういう一種の流行りコトバを語ったものは滑稽である。もう一回りすると、懐かしい文になるのか。

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