もんごるゆーちゃん

青年海外協力隊 平成25年度3次隊 派遣国:モンゴル国ドルノド県チョイバルサン 職種:バスケットボール 派遣期間:2014年1月6日~2016年1月5日 連絡先はこちらまで。 i08310.english@gmail.com


今回は、
自身の現在の活動について書こうと思います。
文字ばっかです。

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最近うちの前によーおる猫。
モンゴル人がデジカメの猫の写真を見て、
「ユウタ猫好きなんか」
ってかなりの軽蔑の目で見られました。
「いや日本人全員好きやぞ!」
勢いで国民を猫好きにしてしもた。



以前、ブログに書いたと思いますが、
私の配属先であるスポーツ委員会で行われているすべてのスポーツクラブが、
9月1日を以って終了となりました。 


9月初旬に私を担当するボランティア調整員の方が、
任地のアルハンガイへいらっしゃって、
私の今後の活動について、配属先局長を含む三者で会議を行いました。


私の希望は、

任地から出て、県外での活動を今後の自身のメイン活動に据えたい。


この希望内容に至った経緯は、もちろん前述した件が理由です。


そもそも青年海外協力隊の活動意義は色々あると思いますが、
中でも現地人への技術移転は大切にすることだと感じています。

(完全に個人的な意見)


簡単にまとめると、
ボランティアの帰国後にも継続してボランティア派遣の効果を残せるように、
とでもいいましょうか。


 自分がいる2年間だけ現地の変化があって、帰国後はもとに戻っちゃった。
っていうよりは、
 帰国後も自分がいたときの活動が現地にずっと影響している。
っていう方が単純に嬉しいからね。ボランティアとしては。

私個人としては、技術移転はボランティアの自己満足だと思うときもあります。
技術移転に限らず、青年海外協力隊自体が自己満足だと思うときもあります。

(別にこんな意見高らかにブログに書くことないと思うけど、
『こんなこと考えとったんか俺は』と、将来思い返すための日記としてね。)

私の活動を例に挙げると、
・帰国後に自分がいた任地が、現在どうなっているのか。
・自分が行っていた練習メニューを続けているか。
・自分が行っていた指導法・指導計画を、指導者が取り入れているか
なんて、実際のところ分からない。

もちろん「ユウタのおかげで上手くなったよ、チームが強くなったよ」
なんて言葉を帰国後にFacebookのメッセージで来たら喜ぶんだろうけど。
それも自己満足だしね所詮は。

でも動機はどうであれ自己満足のために行っていることが、
結果として人のためになっているのなら結果オーライだと。

多分自分がこんな考えに至った経緯は、
任地変更と、新任地で同僚が辞めて一人で活動をしてきたからだと思います。


話がそれました。
JICA事務所側からの提案は
「新しく設立されたスポーツ学校で活動してほしい」
という配属先の提案を取り入れてくれないか。


といったものでした。
この提案は4月時点で配属先から受けておりましたが、
それ以来学校に関する何の情報も入ってこなかったので、
「口だけで本気で思ってないんやろな。」
ってくらいに考えていました。

その話を鵜呑みにして、もし無くなったりでもしたら、
本当に活動が無くなってしまうので、
それであれば県外でもいいから自分で活動先を探して、
やれることはやってやろうと考えておったわけです。

全ての活動が中途半端なまま切られまくってきて、
技術移転もなんもあったもんじゃない。
いまさら任地に何も残すことは出来んやろ。
と、若干ふてくされとる感じもありました。

JICA事務所側も、
配属先が提案する活動先があるのにもかかわらず、
県外での活動をメインに据えることはできない。

といった意見を持つことは想像していましたが。
 
といった感じで、気持ちの整理がつかないままに
新しい学校へ配属されることになりました。

「残り4ヶ月で新しい活動。一体何が残せるんや」
こんな気持ちと戦いながら今はやっています。
嫌々やっとるわけじゃないので。嫌なら辞めますし。
どうせやるんなら本気で。やらないなら完全にやらない。
をモットーにね。


自分の活動を任地に残せる、残せない、なんて考えずに、
ただ黙々と指導していけたら楽なんやろうけどなー。


次はその新しい活動先、
アルハンガイ県スポーツ専門学校について書こうと思います。

 

先日、教え子の一人から、
「トレーニングベルトを貸してほしい。明日試合なんです。」
という電話を受けましたので、気になって試合を見に行きました。

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パワーリフティングの大会が、スポーツ委員会で行われていました。
驚くべきなのは、参加選手の8割がジム仲間だったということ。

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90キロ超級優勝者の友人は、3種目合計575キロという化け物でした。

「ユウタなんで出んの?お前もジム毎日来とるやんか。」
「…うん今回調整出来んかったから10年後出る。」



一度目の夏よりも短いと感じた二度目の夏も、
「完全に消えてなくなったなー」と感じる。 


そしてモンゴルは色とりどりの紅葉が楽しめる季節…
秋に! 

いや、雪たまに降っとるけど。 

強風と雪が無意味に生活を困難な方へ持っていく。やめて。



バスケットボールセミナーを開催しました。

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場所は、フブスグル県ムルン。 
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期間は、一週間。

相方は、JIN君。
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協力隊の試験から、技術補完研修から、派遣前訓練から、隊次から、
JICA関係で何でも一緒だった彼と、
初の二人で活動をしました。


タイムスケジュールは、
  9:00 - 11:00  小学生、中学生の部(男女)
11:00 - 13:00  高校生の部A(男子)
15:00 - 17:00  高校生の部B(男女)
17:00 - 19:00  高校生の部C(特に上手い男子) 

各ブロック20-25名程度。

各ブロックの子供たちからすると、
一日2時間 × 7日間 = 14時間
合計14時間のセミナーというわけです。

では、与えられた14時間の中で、
何を、どこまで教えよう。

子供たちのレベルが分からない。
何から教え始めて、ゴールはどこに設定しよう…。


二人で話し合い、一週間の練習メニューをきっちり!設定しました。

毎日の練習タイトルはこんな感じです。

Day1  基本的な動き方,フットワーク
Day2  ボールハンドリング,ドリブル
Day3  ムービングドリブル,パス・キャッチ
Day4  セットシュート,リバウンド
Day5  ディフェンス,アウトナンバープレイ
Day6  オフェンススキル,チームプレイ
Day7  速攻系ドリル,ゲーム


つまり、

バスケの0から100までを一週間で教えよう。

というわけです。


短期指導でも様々なやり方があると思います。
対象者のレベルに合わせて、内容を絞ったやり方。
何の世界でもあるような、基礎コース、応用コース、みたいな。

でも今回は、一週間のみ。
その後、続きはやらないつもりで来てる。

それならバスケを詰め込みまくった福袋を子供たちにあげようじゃないか。
僕らが帰った後に福袋の中身をどうするかは、子供たちと指導者しだい。


何をしたか具体的に書くと終わらないので、
適当にかいつまんで大事なところだけ。
写真と一緒にお楽しみください。


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まずは整列から。
日本だと「エンドラインに4列。」
っていうだけでこんな感じに並びます。
まずはその概念を体に馴染みこませます。


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フットワークはJIN君のメニュー。
「エンドラインからエンドラインまでしっかりやること。
コーチが見てないからってズルしない。上手くならんぞ。」


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真似すんなし。どっちの真似やろうか。
女子も男子と同じメニュー。シャトルラン4本も最後まで走らせる。
疲れた?当たり前やんかバスケなんやから。


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おふざけの笑顔は禁止。
バスケ楽しんでる笑顔はオッケー。


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後半は罰則を設けました。
 ・休憩時間以外に床・椅子に座る。
 ・コーチが話しているときにおしゃべりする。話を聞いていない。
 ・休憩後ボールをもとの場所に戻さない。
これらは腕立て伏せ10~30回。
「疲れたら座る。それ、試合中にもやるんか?コート上で座るんか?」
「試合中にやってはいけないことは、練習中からしない。」


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ディフェンスフットワーク、シェルディフェンス、アウトナンバーディフェンス。
モンゴルではあまり行われないディフェンス練習も、全練習時間の半分ほど行いました。
ディフェンスのスタンスから、最終的にはカッティングのボディチェック、ダブルチームまで覚えてくれました。


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1対1の駆け引き。ボールをもらったらどうやって攻めるのか。
この指導にはかなり苦戦しました。
さすがに教えるにはまだ早かったか…。


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口頭で伝えきれない部分は作戦盤を用いて説明。
「分かるやつ、前出てきて動かしてみ。」
問いかけってやっぱり大事。


そして最終日。
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「今までたくさんの事学んできたよな。」
「学んできたことをフルに使って今からプレイしなさい。」

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「俺らは何も指示しない。今からはただの審判です。」
「どう守るか、どう攻めるかを自分たちで考えて、話し合って、やってみなさい。」


そんなんね、一週間で実現できるわけがない。笑
でも、一週間とくに真面目に取り組んでいた子どもの中には、
「おっいまピボットしたな!」
「ディフェンスかなりよくなったな!」 
そう思わせるときが多々ありました。


一週間という短い期間でしたが、
子供たちにとっても、
見学に来ていたフブスグルの指導者にとっても、
僕ら2人にとっても、
得るものが多く、大きかったと感じます。


セミナー開催の全てを引き受けてくださった先生。
子供たちへの広報活動、開催場所の確保、送り迎え、……
この方がいなければセミナーは実現しなかったでしょう。
フブスグル教育クラブ、サヤ先生。
ありがとうございました。

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 「ボールを足で扱うな。サッカーボールじゃないんやからな。」
子供たちに叱りつけたすぐ後に蹴りまくってたのが先生の子。
会場の笑いをかっさらっていきました。 



今回は普段の活動と違って、
一人ではなく二人。 

「そんなもんたいして変わらんやろ。」

いや変わるんですよ。
僕ら日本語で教えているわけじゃないので。

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言葉で説明できない分、動いて補完する必要が日本での指導よりあるわけです。
バスケは対人スポーツなので、オフェンス+ ディフェンスの動きを教えれるのが、
二人での指導ならではだなと。


一人で活動しててもやもやしている人は、
打開策になるかもしれません。やるなら是非早いうちに。


この経験を一人指導にも生かせるように、精進。
JIN君、そしてフブスグル・バレー隊員のRena姉さん。
セミナー誘ってくれてありがとう。まっしいひ感謝してます。


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残り3ヶ月。
泣いても笑っても3ヶ月。
あくびしてても早起きしても3ヶ月。


Эргэх … 曲がる、回る
Дурсах … 思い出す、回想する

二つをつなげて「振り返る」ってことか。なるほど。
辞書に載っとるけど、ほんとにあっとるんかこれ。 


それでは、前の記事にも書いたとおり、
今までの活動生活を振り返ってみます。

長くなります。
暇な方はどうぞ。


2014年

11月 

任地変更。
ドルノド県チョイバルサンから、アルハンガイ県ツェツェルレグへ移動。

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ツェツェルレグはこんな町。

任地変更に関しては別の記事に詳しく書きます。


12月

新任地での活動が開始。
配属先が住居を探してくれず、自分で住居を探して契約までを行う。


モンゴル3大行事の一つシンジル(Шинэ жил)開催。

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直訳すると、「新しい年」。
飲めや歌えや踊れや狂えやのパーティ。
モンゴルではクリスマス的な祝いなんでしょうか。

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サンタもいました。

月末、一週間の一時帰国。
理由は祖母のお見舞い。

長野県大町市「信州金熊温泉 明日香荘」で年を越す。


2015年

1月 


外国人登録の更新等の関係で、4日にモンゴル帰国。

いよいよ活動が本格的に開始!
というタイミングでカウンターパート(同僚コーチ)が辞職。
首都で仕事をするために辞める。
今後は一人で指導することに。
技術移転…?なにそれ?


2月、3月

配属先のスポーツ委員会での指導に勤しむ。

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スポーツ委員会の体育館。

アルハンガイ県ツェツェルレグにある学校は4つ。
1~4番までの学校から、
「バスケを教えてほしい!」という子供たちが集まる。

「各学校から5人ずつ、計20人に集中して指導しなさい」
という局長からの言葉に反対し、
向上意識があるやつは何歳でも何人でも来い!というスタンスで進めていく。


4月

我がスポーツ委員会で、バスケの県大会を開催。
6月に首都で開催される全国大会に向けての予選会を兼ねて。
本大会では大会運営側&審判長&スポーツ委員会チームのコーチとして参加。

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朝9時から深夜3時までという信じられないタイムテーブルの中、
怪我人が出るというアクシデントもあったが、何とか乗り切る。

さらに、5月にバヤンホンゴル県で行われるブロック大会に向けて、
この大会を参考に選抜チームメンバーを選んでいく。

5月

県選抜チーム作りに向けて、各学校のコーチ陣にメンバーを伝達。

男子2チーム、女子1チームでの出場がブロック大会の規定なのだが、
ある学校のコーチとトラブルが起きたことで、男子1チームのみでの出場に。
これは自分の力量不足も原因だっただろうな…。
もっとモンゴル語が話せたら。たらればです。

体育館の使用禁止命令や、メンバーの急な入れ替えなどのトラブルもあり、
まともな練習は5日間しか出来ないままに大会を迎える。
大会では引率・指導の仕事。

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我が愛する悪ガキ共。

男子は年齢に分けて(15,16歳と、17,18歳)、2リーグが設けられたのだが、
うちのチームは15,16歳が10人、17歳が2人の構成だったため上の年齢のリーグに参加。

結果は2戦2敗。
練習こそできなかったものの、
180そこそこでダンク出来るやつとかがいる俺らのチームなら、まあいい試合するやろ。
そう思っていた自分は阿保である。


大会前日の練習後、
「スポーツ委員会からはお金が一切出ない。もし参加するのであれば自費。」
局長からまさかの発表。まさかの前日サプライズ。

大人の都合でうちのガキ共がバスケに打ち込めず、
これじゃあ成果も期待されてないなとがっくり。
なにより、取り巻く環境のせいにして、
子供たちを勝たせてやれなかった自分の力量にがっくり。

夏休みまでの活動終了。


6月

隊員総会、安全対策協議会のため、首都へ。
出場できなかった全国大会も観戦。


7月

隊員さんに誘われた旅行、「ナイマンノーラ乗馬ツアー」へ急きょ参戦。
馬に乗ってウブルハンガイ県にある8つの湖を訪ねる。

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最初で最後のグループ旅行。
良い思い出になりました。


さらに、家族が来蒙。
一週間に及ぶモンゴル紹介。
詳しくは父のブログに書いてあったので、見たい方はどうぞ。

http://okuranohanadesu.blog24.fc2.com/blog-entry-442.html


8月

アルハンガイへ戻り、夏休みのバスケ教室を再始動。
社会人や首都の大学生たちが習いに。

そして6つあったバスケットボールが2つに。
不思議。
どうやってやれっていうんよ。



といった感じで、今です。
9月に相成りました。



任地変更から今まで、色々なことがありました。

そんな中で、

いままでは様子見だったり、語学力が原因で言い出せなかった自分

から、

ダメや。とか、違う。とかをそのまま伝えられる自分

に少しはなれたのかなと。

過大かもしれませんが、そう自己評価してます。
現地人からすると、「こいつ何やねんウザいわ」かもしれませんが…
語彙力が少ないモンゴル語力がそうさせたのかもしれません。
そんなとっつきにくい自分を慕ってくれるガキ共もいますし。

それがきっかけで配属先の人と何度も喧嘩しました。
胸ぐら掴まれながら言い合いもしました。
それでも引かずに自分の意見を伝えることができたのは、
結果としての良し悪しは分かりませんが、満足はしています。
そこで引いてたら何かしら言い訳作って後悔したやろうし。



てな感じで、振り返りを終わります。


今からの活動予定とかについても、
また追々書こうかなと。


では。



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モンゴルに来て二度目の夏祭り「ナーダム」は、

ひとりぼっちの観戦でした。



モンゴルの星空写真のリクエストにお答えして。
(ブログを放置していたため、遅くなりました。すみません!)


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ゴビ砂漠。

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友人隊員の撮影。さすがです。




前回の記事投稿が11月。

年が変わり、歳をとり、
2015年の9月に入ってました!



なぜ今まで記事を投稿しなかったのか…
なぜずっと放置していたのか…


面倒くさかったからです。 

こんな、誰が読んでるかも分からない、
読んでる人がいるかも分からない、
(正直家族しか読んどらんがんかも…) 



じゃあなぜ今になって、更新し始めたのか… 


気分です。 



真面目なことを言わせてもらうと、
このブログの初めの記事に書いたと思うのですが、


自分が青年海外協力隊に挑戦しようと思ったきっかけが、
当時モンゴルでバスケットボール隊員として活動なさっていた、
隊員のブログを見たことでした。


新しいことは何を始めるにしても 、
情報収集から始める癖がある自分は、


「青年海外協力隊 バスケ モンゴル」
「青年海外協力隊 合格率」
「青年海外協力隊 実態」

などといったキーワードでググりまくり、
関連記事という記事を片っ端から読みまくり、
協力隊経験者の話を聞きに県外へ車を飛ばし、
情報・知識で外堀を埋め固めていました。

その度に、

「協力隊は、今本当に目指すべき道なのか。」

「20歳の高専卒、社会人経験がないクソガキが挑戦してもいいのだろうか。」

なんてことを考えていました。


それでも「今挑戦しよう」という思いが強くなり、
結果いまモンゴルで活動している自分がいるのは、
その方のブログを見て具体的な憧れを持つことができたから。
3年前を振り返るとそう思うわけです。

もちろん協力隊員の中には、
「いや別にブログも読んでなかったし、体験談とかも聞きに行ったことはない。」
って方もいます。


それでも自分のような、これから協力隊を目指される方で、
なおかつ情報が欲しいと思われている方の一助になれば幸いかなと。


という良さげなことを書いておこう。うんいい感じだ。

(じゃあもっと更新しろや。もっと役に立つ情報書けや。)



まったりと、つらつらと、
投稿ストップしていた頃から、
今現在2015年9月までのことを、
次の記事に書こうと思います。


今後はいままでの活動記録や出来ごと等の記事に加えて、
自分が協力隊として活動している中で思うこと、考えることなどを、
書いても行こうかなと…。
偉そうにモンゴル語について書いたりして笑
これは需要はないと思いますが、考えをアウトプットして整理する意味も含めて。


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ではでは。



あと4ヶ月。

3度目の冬ももうすぐ。

こんにちは。


気付けばもうモンゴルは冬です。

秋は…ありませんでしたね。


鼻毛が凍りつく感覚を取り戻せるようになった、今はそんな寒さです。

気温にすると、マイナス10度ほどでしょうかね。


今回は、番外編(不定期更新に番外以外のものはあるんか分からんが) ということで、


三度の飯よりラーメンが好き、

泣く子も黙るほどラーメンが好き、

世界の終わりの日、ラーメンを食べたい、


そんなラーメンファンの大場由太が、 今回ラーメンを丁寧に作ってみました。

そのときの様子を書いていこうと思います。


では。 10月末、知り合いの遊牧民の夫婦から、

「新しい家と車を買ったから、祝いがてら遊びに来なさいな。」

といったお誘いを受けまして、遊びに行って参りました。


そのときの話は今回は割愛。


その遊牧民の家で、 豚の料理を作ろう!

という流れの元で、豚を一頭買ったんです。


その豚を丸焼きにして、ナイフでばらばらにして、

大釜で茹で上げ、美味しく頂きました。


そのとき、もう一人の隊員さんと、

「この豚の茹で汁、なんか使えそうじゃない?」

「このまま捨てるの、もったいないですね。」

「これ、豚骨スープですよね?」

「豚骨ラーメン、いけるんじゃない?」


こんな話になり、持ち帰りたいと嘆願しました。


ペットボトルに豚骨スープを4L分入れて、お家に持ち帰りました。

そして2週間後、満を持して豚骨ラーメンの調理に取り掛かったのであります。


それでは、調理手順を書いていきましょう。



---材料---

豚の茹でたスープ(最重要にして最難関)

パスタ麺(食べたい分だけ)

重曹(数グラム)

お好みで食べたい具(チャーシュー、卵、野菜、などなど)


---作り方---

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まず、持ち帰ってきた豚スープを、鍋に移して茹でなおします。

ニンジン、ジャガイモ等と一緒に茹でていたものを、

持ち帰ってきたので、野菜のカスや豚肉の切れ端みたいなものが浮かんでいます。

それを丁寧に掬い取ります。


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表面に浮いているアクも、丁寧に取り除きましょう。


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「どうせならこれも持っていったら?」

と言われて持ち帰ってきた豚骨も入れちゃいましょう。


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ラーメンといえば、チャーシューでしょう。

今秋からスーパーで売られるようになった、ばらの豚肉と、

いつでも大量にある肉コーナーで、チヤーシューっぽいものを買いました。


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肉も鍋に入れて、煮込んでいきます。

肉が柔らかくて崩れそうな場合は、紐でぐるぐる巻きにして、

形が崩れないようにしましょう。


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煮詰めていくことで、スープがだんだん濃い色になってきました。

煮詰める時間はお好みで。ちょいちょい味見をしながら待ちます。

今回は、スープの量が最初の半分になるくらい、3時間ほど煮詰めました。


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煮込んだチャーシューを取り出し、紐を外して、

好きな大きさに切ります。

そのままでも食べられますが、今回は甘醤油漬けにしてみました。

醤油、酒(無い場合はモンゴルウォッカこと、アリヒ)、砂糖、スライスにんにくを混ぜた、

特製タレに一時間ほど漬け込みます。

割合はそれぞれ適当。


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肉を取り出し、

偶然にも茹でて皮をむいて切ってあった半熟卵も30分ほど漬け込んでみましょう。
 


さあ、これで下準備は完了です。


それでは、麺を茹でましょう。

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パスタ麺を茹でます。

ラーメンなのにパスタ麺?

って思いますよね。

でも、パスタ麺で中華麺は作れるんです。

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重曹を 入れれば、ね。


中華麺の香りや味の元となる成分は、「かんすい」。

パスタ麺を茹でていう途中に重曹を入れることによって、

化学反応が起きて、かんすいが生まれるのだとか。

つまり、パスタ麺が中華麺っぽくなるのだとか。
 

鍋にお湯を沸かし、塩、重曹を加えます。

思いっきり泡立ちますが、大丈夫です。

その後、パスタ麺を入れます。

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お好みの硬さで茹で上げ、

ざるに上げたら表面の重曹をとるために軽く水洗いしましょう。


あとは、器にスープ、(今回は醤油ダレも少々)、麺を入れて、

具を盛りつければ完成!

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今回は青梗菜が売っていたので、入れてみました。


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どうでしょう。この出来栄え。

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同任地の隊員さんに振舞いました。


モンゴル人の「もったいない精神」「食べ物を無駄にしない精神」

これはとっても誇らしいことだと思います。

先進国にいても、途上国にいても、

その精神は見習って、揺らぐことなく持ち続けたいです。


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モンゴルの短い短い夏が終わり、

気温も、街の活気も、人々の熱気も、下り坂。




今回は、

バスケットボールのゴールネットの作り方について 、

書こうと思います。



いきなりどうした。


ま、そりゃそうでしょう。 

どうしてわざわざネットを作るに至ったか。



①一般的に、モンゴルのバスケットコート(体育館、屋外)にはネットが取り付けられていない。

②そもそも人々が、バスケットリングにはネットが必要だとあまり思っていない。

③ネットを買おうにも、ここチョイバルサンには売っていない。



半年以上活動を続けてきて、以上のことが分かりました。




バスケットボールというスポーツは、100年ほど前にアメリカで生まれました。

「冬の時期、屋内でできるスポーツは無いもんかね、」

という悩みの末、 体育館の両端にカゴを取り付けて、

両チームがボールを入れ合うスポーツが作り出されました。

当時はシュートが入った際に、いちいち籠の中からボールを取り出していました。

「なんかこれ、いちいち取り出す作業、面倒くさくない?」

そうして籠の底に穴をあけ、シュート成功時にボールが自然と落下するように工夫しました。

それが、今の私たちが知っているバスケットボールの原型。

(と、中学生時代に恩師から教わりました。うろ覚えですが。)




「いや、別にネットがなくてもバスケは出来るやんか。」
 
では、そもそもネットはなんのためにあるのか。


調べてみました。


ネットの役割とは。

①シュートが入った際に、ボールが落下するスピードを遅くする。

②シュートが入ったのか外れたのかを見やすくする。 


① は、日本でもちぎれてボロボロになったネットのゴールでバスケをしたときに感じます。

予想以上にボールが速く落ちてくるからぶつかったりしてね。


②は、シュートが入ったときのネットの揺れかたや音で、入った。と判断しやすくなるわけですが、

ネットが無いと、遠くから見れば見るほど判断がつきにくくなります。

「ん?いまの入ったか?」なんてことがしょっちゅう起こるわけです。 



したがって、バスケットボールにネットは必要です。


でも、ここでは売っていない。

ネットが欲しいときにいちいち首都ウランバートルに上京して買うのは面倒だ。

じゃあ、作るしかない。


と、そんな経緯がありました。



長い紐はここチョイバルサンにも売っているので、

それを買ってきて編めばネットを作れるのではないか。

自分で作った方が安価で済むだろうし。


よし、なにはともあれ作ってみよう。


そこで、ネットでゴールネットの作り方を探しても、

それらしい記事は見つかりませんでした。


仕方がない。

日本から本物のゴールネットを1つ持ってきていたので、

それを見本にして、作り方を研究しました。

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--ゴールネットの作り方--

-用意するもの-


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紐(20メートル1本、1.5メートル1本)

ものさし、メジャー



ペンなどの紐に目印を付けれるもの



-手順-

①上の写真で結んである場所のように、20メートルの紐の端から1.7メートルのところに
マジックなどで分かるように目印をつける。(私は針金ををくくりつけました。)


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②印をつけた場所に、こんな感じで、結ぶ。
上の紐が1.7メートルの方。下の紐が20メートルの方。
短い紐で「の」の字を作って、長い紐を「の」に引っ掛ける。

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③紐を引っ張り、結び目を作る。
出来た輪っかを網っぽくするためにひし形にしておくことを推奨。
その際、写真のひし形の一辺が6センチにする。

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 ④同じように、短い方で「の」をつくり、長い方を引っ掛けて引っ張る。
ひし形の一辺が6センチになるように。

⑤この作業を、結び目が11個できるまで繰り返す。

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 こんな感じになるはず。
これが、ネットをリングに付けたときの一番下の段。

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端っこまできて、折り返す。

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⑥さきほど苦労して結んだひし形の、長い紐の方で逆「の」を作る。 

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⑦同じように引っ掛けて、引っ張る。
20メートルの紐をいちいち通さなければいけないので、根気が必要。

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⑧折り返した部分も、ひし形の一辺が6センチを心掛ける。
ここから、2段目に突入。

結び目は変わります。

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上の写真が、偶数段(2,4,6段)の結び目の形。
下の写真が、奇数段(1,3,5段)の結び目の形。

⑨このようにして、11個結び目を作っては折り返して、
次の段に進む、を繰り返す。
ひし形の段が6段になるまで。

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6段目を作り終わったら、
最後の段に突入。

最後の段は、リングに引っ掛ける段。

編み方の手順はいままでと同じ。

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紐の長さは、ピンと張って半分の長さが20~25センチ(全長40~50センチ)。
これを端まで繰り返す。


さて、ここまでくればあと一息。

実際のネットみたいに、端っこ同士をくっつけてみて輪っかにしてみよう。

すると、あら不思議。

折り返すときに作ったひし形の、横の角にジグ、ザグと結ぶだけで、
ネットの出来上がり。

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結び方は今までと同じでも、適当でも大丈夫。
引っ掛かれば、それでよし。

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あとは、最初に残しておいた紐と、
長い長い旅路を辿るうちに短くなっていった紐を結ぶだけ。

余分な紐を切って、完成。

リングに取り付ける際には、
全てのリングの穴に長い尻尾の紐を差し込んで、
1,5~2メートルくらいの紐を通して結ぶだけ。




聞かなくともわかる。

分かりにくかったでしょう。


こういうのを言葉で説明するのって難しいです。

折り紙とかあやとりの本を読んでて、

「こいつ説明下手やな。」

とか思うときがあるけども、

いや、難しいわ、うん。


ネットをひとつ作るのに、慣れても1~2時間くらいはかかりました。


日本で売っているバスケのネットは、

さっきネットで検索してみたら、(うるさいわ)

最安値で600円、良いもので3000円くらいでした。


今回は、ザハ(市場)で買った紐(40m)。

値段は2500トゥグルク。

日本円で150~200円。


作り方を現地の人に教えて、

というか一緒に作ってみよう!っていうひとつの活動にして、

「ネット作るんて大変やなあ。今度からぶら下がったりせんとこ。」

とか思ってもらえたらいいですね。



無いものを、作る。

無ければ、そこで諦めずに作ってみる。

作ってみることで、その物に対する見方が今までとは変わる。

プラスの方向に。





ネット作ったぞ~ムフフ。

これでうちのコートのボロボロのネットとはおさらばや~。

意気揚々と体育館に入って目にしたものは、

カウンターパートが夏休み中に首都から買ってきた新品ネットでした。



なんかもう…おい!!

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写真は、
上→筆箱 下→JICAから支給された携帯電話
 です。


魚眼レンズを借りることが出来たので、今回は家の紹介をしようと思います。

(普通のレンズだと画角が狭くて入りきらなかったです。)



さて、

一般的に私たち協力隊員の住む場所を探してくれるのは、配属先の人たちです。

JICA事務所から、「安全対策上、こんな場所には住まわせないで。」

といった注意項目をクリアしている家を、配属先が探してくれます。


配属先によっては、

「もう家が用意されているらしいよ。」

といった対応の早いところや、

「まだ見つかってないみたい。」

本当に動いてくれているのか心配なところもありました。



それにしても家は配属先それぞれで、

同期隊員は学校の空き部屋が用意されていて、そこで生活していました。

のちに引っ越すことになりましたが。



私の場合は、

首都での語学訓練が終わり、初めて任地へ行く日(1月26日)、

チョイバルサンに着いてから、「この家で問題ない?」と、候補の家を見せられて、

了承し、そのときに住む家が決まりました。


隊員は一部の例外を除いて、

「バイシン」と呼ばれるマンションのようなところに住みます。


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私のバイシンは新築で、まだ中の工事が終わっていない部屋もあるくらいでした。



それでは、部屋の写真を貼っていきます。

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リビングです。

机、椅子は配属先が用意してくれました。

テレビは大家さんが用意してくれました。 

扇風機、体重計、服干しは自分で買いました。

壁紙の色は白です。

カーテンがピンクで、閉めるとピンクの部屋になるっていう機能付き。

(白飛びしてますね、角度換えればよかった。)



気付いた人もいるかもしれません。

私の家、フローリングなんです。

いやーこれは嬉しい。掃除もしやすいし。



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続いてキッチン。

この棚も配属先が用意してくれました。ありがたや。

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調理器具、ケトル等は自分で買いそろえました。

冷蔵庫はもとからありました。綺麗なやつが。


冷蔵庫の横にある、青いやつ。

モンゴルは水道の水が飲めない(途上国はだいたいそうか)ので、

水業者から飲み水を買っています。



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寝室。


よく先輩隊員さんで、

「ベッドがないから、ソファをベッド代わりにしてる。」 

「ベッドはあっても病院の診察台くらい小さい。」 

そんな状況で寝ている人たちも多いですが、

私のベッドは大きくてよかった。寝返りうち放題。



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最後にトイレ、風呂。

さすが、新築。傷一つなく新品。

蛇口が壊れているので、タライに水を溜めて使っています。

風呂の蓋を買って、休日は湯につかりながら映画タイム。




以上で家の写真は終わりです。

この家で一番良かった点は、ものが新築、新品なので、綺麗だということ。

自分の前に人が使っていないという点。


でも新築が故に、冬はパール(暖房)が初めのうちはついてなく、寒かったこと。

それと、蛇口に始まりドアのしまりが悪かったりと、不安定なところ。

それ以外を除けば、とっても良い家です。


家賃は1ヶ月350000トゥグルク(20000円くらい)。

2年間、大事に住まわせてもらいます。



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夕方外に出ると、太陽がはっきり見えました。