事件や事故には当初のマスメディアの報道だけでは見えない真実が潜んでいる− 平成12年に起きた「雪印集団食中毒事件」でも、当初その原因は売れ残って回収された牛乳※1を低脂肪乳(加工乳)の原料として再利用した事が原因ではないかと報道され、その後当時のマスコミからは事故原因を特定する後追い報道はほとんどなかった(あるいはもう事件が風化していて聞き逃したか?)と記憶している。 ※1 少なくとも当時、法的には違法ではなかった。 ここ数年、あるいは10数年、大事故・大事件の発生頻度の異様な高さにニュースの賞味期限は異常に短くなって、或いは短くされている。 世間にあれほどの衝撃を与え、多くの死傷者を出した「オウムサリン事件」でさえ、ポツポツと報道されているに過ぎない。(テロによる被害者数としては、当時史上最悪だったと記憶している) 雪印事件も、半年後に出された報告書によると「生産工場の停電による原料乳の汚染が原因」と推定※2された。 つまり、停電で稼動しなくなったタンクに入っていた脱脂粉乳が放置されたため、温度上昇などの要因によって汚染、通電後にタンク内を廃棄・洗浄することなくそのまま稼動した事が原因とされている。 ※2 なぜ原因が「推定」なのかというと、タンクからは「原因菌(黄色ブドウ球菌) 」が検出されなかったからである。 当時マスメディアから得た事件の印象は、「売れ残った牛乳を回収後、違法に新しい牛乳に混入したり、脱脂粉乳の材料にしたりしたため起きた食中毒事件」と言うものだった。 ひょっとしたら今でも「これが事件の原因だったのでは?」と思われる方がいるのではないだろうか? もちろん原因がどうであれ、多大な被害者を出してしまった雪印には同情し得ないし、停電後に起こったタンク内の状況に思いが至らなかった工場関係者或いは操業マニュアルの不備など、起こるべくして起こった事件だとも言える。 又、直後の会社首脳陣のマスコミ対応も最悪の一言に尽き、(企業の責任の取り方みたいな本でも、最悪の事例として紹介されていた。ちなみに賞賛されていたのはロケ中に人身事故を起こして社長が土下座をして被害者に侘び、番組の放映中止を即断した石原プロダクション)そのTV映像は※3多くの視聴者を怒らせるに十分なものだった。 ※3 こういう記者会見、インタビューなどはマスコミ側の都合の良い部分、視聴者にエモーショナルに訴える部分を編集して放送するきらいがあるように感じる。放たれた言葉が前後の文脈もわからずに独り歩きしてしまい、その人間、会社の印象を決定づけてしまうような威力を持っている。 またまた前置きが長くなってしまいましたが(笑)この東海村臨界事故を扱った「朽ちていった命」である。 この事件の報道に触れた時に最初に思ったのは、「どうしてそんな危険なものを扱っているのに物理的なセーフティを設けなかったのか?」と言うものだった。 記憶によると「ウラン化合物をウラン溶液にする過程で、作業が簡単だからという理由でバケツを使用したために大量のウラン化合物を一度に投入してしまい、国内初の臨界事故が起こってしまった」と言うものでした。 ところがこの本によると− 1.上記の溶液にする過程において、当初は臨界事故が起こらないような形状の容器 を使用していたが、洗浄に手間がかかるため※4ステンレス製のバケツが使われるようになった。 2.作られた溶液は当初小分けして保管していたが、手間を省くために貯塔という細長い形の容器に原料を入れて製造するようになった。 3.表面積が多い貯塔は臨界事故を回避するためのもの※5だったが、事故発生時はその貯塔さえ使われず※6、球形に近い形の沈殿槽を使用していた。 ※4 1回使用する毎に洗浄しないと、ウランが蓄積してしまうため ※5 一定量のウランが一定の条件下に集まると臨界を起こす。  回避方法は、「1度に投入する量を減らす」か「集まりにくくする(表面積が多 くなる形状の器を使用)」しかない。会社が作った製造工程マニュアル通りなら起こりえない事故であった。 ※6 バケツを使って貯塔で製造するところまでは会社の承認を得ていたが(←原子炉等規制法違反だと思われる)、沈殿槽の使用は現場の判断(作業員以外の)で行っていたものである。 言うまでもなく日本は唯一の被爆国であり、また一方では電力の約35%を原子力に頼る国でもある。 放射線、原子力の持つ力、事故については世界中のどの国よりも細心の注意、人間の力に頼らない事故防止策を取らねばならないのに、判明した事故原因はまるで「子供の砂場遊び」のようなレベルものだった。 1つの致命的な事故の影には、29のトラブルと300のひやっとした経験※7があると言います。 ※7 いわゆるハインリッヒの法則 商売によっては致命的な事故といっても怪我や商品が壊れる位で済むかもしれませんが、ここはウランを扱っている、ある意味「原子力発電所」のようなところ。 「うっかり」「いつも大丈夫だから」なんて言い訳が通用するような業務ではありません。 ところが、この工場には「大きな事故を起こした事が無いと言う慢心」があった。 細心の注意を払っても払い過ぎる事などないはずの職場で起きてしまった、臨界事故。 普通、原発では炉心をコンクリや金属で覆い、万一の事故に備えているようですが、この事故は「裸の炉心で臨界が起きてしまった」のです。 そして全身に中性子線を浴びてしまった2人の作業員。 「マニュアル通りに作業すれば事故など起きるはずがない」とたかをくくり、社員に取り扱っている物質の本当の危険さを認識させなかった会社 違法だと知りながら「楽だから」という理由でマニュアル通りの作業をしなかった現場とそれを認可した会社 直接作業する社員に十分な説明をしなかった会社 一体どこに、誰に責任があったのか? 本書は被爆してしまった作業員の1人、大内さんが被爆してから無くなるまでの83日間の病状や治療の経過を綴ったドキュメンタリーですが、何よりも事実、真実だけが持つ圧倒的な迫力があります。 治療とは言っても「救急救命センター24時」ではないので、実に淡々とした様子が描写されています。 染色体が破壊されてしまったため※8、細胞が再生されない−知識としては知っていましたが、こんなに恐ろしい症状を引き起こすとはショックの一言です。 ※8 過去に東大病院で検査された染色体で傷がついていたのは僅かに2つ。サンプル数は150,000! 自らの病院に患者を引き取り24時間体制で治療に当たるも、前例のない症例のために出現する症状を悪化させない事で手一杯になってしまう・・・ 内臓の細胞がやられているので栄養を消化吸収出来ない、皮膚の細胞が作られないから常に感染症の危険にさらされてしまう・・・正直、この状態で治療という概念は自分のような素人でも想像出来ません。 転院直後は陽気な会話をしていた患者が、病状(日にち)が進むにつれて段々会話はおろか人としての機能を失っていく。家族の受けた衝撃は想像するまでも無い事ですが、刻一刻と変化する病状をつぶさに見て来た医療スタッフの受けた衝撃も語るまでもありません。 事実、病院スタッフのほとんどが「このような治癒は本人を苦しめるだけなのでは?回復の見込みは無いのではないか?」という考えに囚われはじめます。 しかしそれを口に出してしまったら全てが終ってしまう。誰もがそれに気づいていながら口に出せない。 当時の報道で転院した事や、症状が悪化した事は知っていましたが、このような凄まじい状況であった事や、治療に関わった多くの医療従事者の心に深い悲しみと絶望、徒労感があったとは・・・ こういう事実はテレビや新聞では中々伝え切れませんね〜 人間が本来備えている全ての免疫機能を徐々に失いながら−まさしく木が朽ちていくように−命の焔が消えていく。 「なぜだ!」と何かに当り散らしたくもなって当然と思いますが、ご家族は医療スタッフを信頼して治癒を信じています。いや、信じなければ精神的に持たなかったのでしょう。 読んでいてリアルな病状の描写には驚くばかりですが、事故を生んだ会社に対する怒りよりも、「またいつか同じような事故が起こるのではないか?」という危惧を抱いてしまいます。 悲惨で前例のない放射線被爆の治療記録ドキュメントであるばかりでなく、「今後2度とこのような事故を起こさないように」という被害者とその家族からの警鐘の書でもあるのです。


  • 編集:NHK「東海村臨界事故」取材班
  • 出版社:新潮社
  • 定価:460円(税込み)
朽ちていった命―被曝治療83日間の記録
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