整体師、まーきみ。の奮戦記

整体師まーきみ。の「マジブロ」版 宇和島及び南予の歴史や名勝を訪ねます。

奈良の天満神社(鬼北町) 2

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手水鉢





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狛犬 吽形


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おや?


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睾丸陰茎あり


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阿形



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何もない?



以前見たのとは逆のような??




性器のある狛犬






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寄付記念碑



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注連柱

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注連柱

寄付者の名前




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古い鳥居の柱が転がっている



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これも部品かな?



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青田





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これらも鳥居の基礎かな?


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火袋か?



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摂末社


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神明神社




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綺麗に積まれた基礎の石



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おや?



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これも鳥居の一部だ


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天保?


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傍らにやはり鳥居の柱が転がってた


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恵美須様?



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周りの風景


おわり












奈良の天満神社(鬼北町) 1

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奈良の国道沿いに神社がある

通るたびに気になってたが今回初めて参拝


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天満神社


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鳥居にも名前がびっしり


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昭和11年12月



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道路整備の記念碑

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平成9年



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この奥に



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天満神社がある



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天満宮



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賽銭箱

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奉主


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横にも年号が



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明治42年

作手

大善總太郎






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屋根に瓦の像が




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誰やろ?


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恵美須大黒




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ムクノキ タブノキ イスノキ









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広見川水電跡 2016


大正時代に広見町にあった「広見川発電」のための水路が、そのままの遺跡として残っています。

2008年に紹介しましたが、この夏久々に訪れ新たな発見があったのでもう一度書いてみました


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国道から



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下広見の大本神社が見える



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下広見橋から


赤矢印に神社



この前方下流に堰が見えるが



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これが大正時代、水力発電のために建設されたことを知る人は少ない


尤も、当初は練り石積みであったものが後年、農業用水のために使うようコンクリートに作り替えられたらしい。


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2008年夏

総ては、現場で会った地元の古老に教えてもらった情報である。


貴重なお話に改めて深謝したい



この先の道路に

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小さな橋

広見川の支流「藤の川」


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夏なので見えにくいが




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この先で堰のように段差がある



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こんな感じ


この不自然な段差は


なんとこの下に暗渠があって、先ほどの堰から取水した広見川の水が流れている



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堰からの水路


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この暗渠より




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この青線のように横断する



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ざっとこんな風?


冬だったら見通しがいいのだが・・


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さらに先の橋



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堰からの水が流れて来る



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さっきの暗渠から


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さらに道路を横断し


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このまま流れていく



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道の山側をこんな風に


小倉の発電所跡まで流れていきます



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ここで再び広見川へ


詳細は下記の記事を参照ください





















鯨大師

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九島に橋が付いて、初めて鯨大師に行ってみた



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ここより、200m山へ



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遍照山願成寺

鯨大師入口


四国八十八ヵ所 御荘観自在寺奥之院


(現在奥之院は、龍光寺に移されているとのこと・慌てん坊将軍様のブログより)

願成寺1





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元宇和島市議会議長 片山豊吉

前鯨谷願成寺住職 五葉之春



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平成十一年二月吉日



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キウイ畑があった



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あ。あそこだ



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松の木地蔵の由来



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石垣と石灯籠


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石碑多数

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お墓があった


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大師像も



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鯨大師再建寄付の記念碑


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本堂へ


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紀元2600年


石段を寄付した「蛤養蚕組合」の石碑

うちのじーさんも、蛤で養蚕をしていたらしい。

その名残の温度計が今もある












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黒松があった

昭和天皇御手蒔きされた松のなえだたっとか


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原木をくりぬいた椅子

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本堂全景



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明治16年7月吉日


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蛤浦中


九島村はまだ成立していない時代



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赤松方面が見える



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賛辞


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さて帰ろう


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おわり








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菊屋

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マルオー癒しdayの日、晴ちゃんに誘われて菊屋に行った。



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前に行ったけど、回転時から行列が出来て、はしから順番に詰められたので、あれ以来行ってない。


15
この日はみんな居るので心強い

画像のメニューは味くらべ


21
カレーうどん

25
ラーメン


30
もりそば


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晴ちゃんは?


菊屋は戦時中、外食券食堂として紹介されていた。店の名前は無かったのに客が「菊屋そば」と言い習わしてそれがそのまま屋号になったと聞いた。


津村寿夫氏の「宇和島の明治大正史」には下記のように記されている。

明治時代の城下町のありさま


本町筋は宇和島の目ぬきの町であった。有力な商店が揃っている上に何れも気品が備わっていた。

中略

この外に横丁には「彦さん蒲鉾」「菊屋そば」が既に有名となっていた。前者は土居彦太郎の経営で正直一図の爺さんでそれが信用を博した。最初は蒲鉾一本三銭、味竹輪、味テンプラは共に一銭五厘、皮テンプラは五厘であった。
後者の主人は前田菊太郎、名人気質の勤勉家で生粋のそばを全部自分で手打ちにする。かけ物は「そぼろ」と「なんば」の二種類だけである。一杯が二銭、今日から考えると双方共に夢のようである。都会などから客が来ると各家では大抵ここに案内する。「彦さん蒲鉾」も「菊屋そば」も自分で付けた名称ではなく、誰いうとなく需要者が斯う呼ぶようになったものである。









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