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ご存知、鳥越隧道


アルプ氏が、鳥越の茶屋の事を書いてるのを読んで、そう言えば、去年「内海村史」にそのことを書いてあったのを見たような???


最近記憶力に自信が無いので、どうやったかな~~と思いながら図書館に行ったら・・・



ねーさん!あったがね!
 ( ゚д゚)ノ




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鳥越隧道 昭和35年頃

「バスのりば」の看板は、今も3枚その存在が確認されている。

よく読めないが「平碆バスのりば」か?

「なんとかパン」の看板もある。

ここが茶屋&バスのりばだったのだろう。




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ぐっと引きます。


この茂みあたりに茶屋があったのかな?



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その茶屋の裏に、原田さんが父親が校長として赴任する魚神山尋常小学校に行くのに通った道か?






その道を行くと・・




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イケズ・ブラザーズが行く、鰹網代への往還(2010年1月)


  ↑ この道へ至るのだろう。

こりゃ、昼間でもヒジョーにサビシー!(財津一郎風)道だ。

由良半島先端へバスが通るのは家平隧道が拡幅整備された昭和38年以降と思われる。

それまでは、ここ「平碆」が終点だったのではないだろうか?

宇和島バスの最終便は、翌日の始発に備えこの地に宿泊したらしい。





その昔車掌をしてた方の日記より引用

宇和島営業所にいた3月のある日、「平碆泊まり」という勤務になりました。「泊まり」はその日の最終便で終着の停留所まで行って、会社が契約しているその周辺の民家に泊まり、翌日の始発で通勤や通学客を乗せ宇和島市まで帰ってくるという乗務です。今となっては記憶が定かでないのですが、多分、宇和島から宿毛という路線を一往復したあと、平碆行きの最終便で「泊まり」のバスに乗務したのだろうと思います。

 平碆は、宇和島から国道56号線を南下して津島町を抜けた由良半島の付け根にある寒村です。今は宇和海の磯釣り基地としてたくさんの遊漁船が係留されて賑わっていますが、当時は半農半漁の本当に淋しい村でした。津島町岩松を過ぎると乗客は激減し、人気もまばらな停留所に、ひとり、またひとりと乗客を降ろして終点の平碆につくころには、この村や、さらに先の家串という村へ向う数人の乗客だけになります。
育てているのは未来です。

※井沢八郎の「あゝ上野駅」のヒットした頃、とあるので昭和39~40年頃と思われる。





では次に、内海村史から引用

鳥越隧道

大正6年12月4日着工。大正8年3月1日開通
鳥越隧道は、南予では県道三瓶ー卯之町線の三瓶トンネルについで開通した古いトンネルである。
トンネル工事を手がけた事のない県当局ではトンネルを抜くか旧道を改修するかで意見が2つに分かれた。

当事、内海村柏、柏崎、須ノ川から北宇和郡へ出るのはトンネル南口の左側からトンネル上を横切る道を利用していた。

もちろん人がやっと通れるようなウサギ道である。



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当事はもっと細かったはず。





三瓶トンネルもまだトンネル工事を始めてない頃で、慎重派はこのウサギ道を改修するべきだと主張、トンネル賛成派は勾配のきつい旧道を改修するよりも、わずか100m間を抜けばよいのだからトンネルを掘るべきだと主張した。

大正2年、南宇和郡の各村長は、この点については県に一任し早期着工を県知事に請願した。

一方、三瓶トンネルは大正4年に着工、同6年には開通の見通しが立つと言う状態になった。


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三瓶隧道1 




このため県でも同年3月4日、トンネル工事に踏み切り着工した。

地元でトンネル工事を手がけた業者が無かったため、東京の間組が壱万円で請負った。

はじめは北宇和郡から掘る計画だったが、土壌が堅く工事がはかどらないため、途中から南宇和郡側からも工事を行った。


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北宇和郡(当事)側

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その左方に、旧道と思われる細い道がある。


ワナが仕掛けられているらしい。((((;゚Д゚)))))))ワナワナ

ちょうど2年かかり大正8年3月1日開通。

油燃火薬の取り扱い不注意で人夫の1人が重症を負ったほかはこれと言う事故もなかったと言う。

地盤が堅くて土砂の崩れる心配が無いためか現在も巻き立てはしていない。

トンネルが開通した後、トンネルから柏崎間の道路改修が行われ、宇和島から南宇和郡を結ぶ動脈が完成した。

以上


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この石積みは、当事の物か?


津島の松尾峠にも茶屋があり、今は復元されている。

当事の井戸も残っている。



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さて、お約束の白看板を愛でた後は、



宿毛方面への旧国道を行ってみようかね。


最後の最後に文六餅もあるよ!

蛇足だが、津島側、柿ノ浦の旧道にも


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旧国道をそのまま進めば、鹿島や横島が良い角度で見える





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由良半島や塩子島も




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えひめ森林浴八十八ヵ所第6番も

今は利用しない旧道が、そのままの姿で残っている事に深い感動を覚える。

遠い時代にタイムスリップしてるような気持ちになる。


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それにしても「内海村史」ってすごい!(津島図書館にて)










最後の旧道 鳥越隧道へ 1

最後の旧道 鳥越隧道へ 2

最後の旧道 鳥越隧道へ 完

内海村旧道 日清戦争 義勇奉公の碑

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