「81歳いまだ現役!日々録」

憂国の情やみがたし 亡国の危機を知ってしまった者の悲しみ

いまだ現役のケアマネージャーをやっております、悲喜こもごもを綴ります。

友と語る(追記あり)


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30/9/24 (月)振替休日


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頭がさっぱりしているのが判るかな!

今日は午前10時に予約しておりました、美容院に行きました。
まだそんなにざんばらにはなっておりませんでしたが、
月末に中学の同窓会で佐賀に行きますのでさっぱりしようと思いましたが、果たして無事に行けるでしょうか、今そのことで頭悩ましています。

終ってスーパーで買い物していたら親友(癌)にばったり会いました。
気になっていたんですが、元気でした。
オペラシテイの茶店で長居して語りました。

最近脊椎間狭窄症を発症して歩けなくなったそうです。
掛かりつけの病院にほうほうのていで行き薬を処方されたが全然効かなくて近所の整形外科で強い薬を処方してもらってなんとか小康状態になったそうです。
でもちっとも暗い話はしません。

彼女は赤坂の老舗料亭で仲居を長年やっていたので客の政治家達の話を面白おかしく聞きました。私だからすぐわかりますが今の人は大野伴睦だとか小佐野賢治だとか言っても判らないでしょうね。

立派な人は下々で働く人にとても優しい人が多かったそうですが、いつも着物を着て札束がどっさり入った巾着袋をもっていたフィクサーだった○○さんはとても怖かったそうです。

厳しい人で『この番号に電話してくれ、一回しか言わないよ』と言って電話をさせるそうです、メモなんて取らせてくれないそうですから必死で緊張してお相手していたそうです。
私の世代では誰でも知っている人だけど名前を失念した。

それから宴会では省庁で雰囲気ががらりと変わっていたそうです。
通産省とか農林関係のお役人はとても楽しい宴会で笑い転げるような雰囲気だったそうですが、法務省とかなんとか省はむっつりだんまりだったそうですので、
私の見解は多分外部と交渉のある省庁は民間の砕けた雰囲気が持ち込まれていたんではないかと思います。


昔の政治家や実業家はほとんどお妾さんがいたがマスコミも妾宅に夜討ち朝駆けしていたそうですが其のことが問題になったことはないそうです。
彼女とそんな話をしていたら気分が晴れて来ました。

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23日 秋の彼岸法要


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30/9/24 (月)振替休日

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法要の前にペット供養もあります。
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いつも同じ内容の弁当です

昨日は檀家寺の秋の彼岸大法要がありましたので
娘と参加しました。

私団扇太鼓を打ち鳴らして題目唱えるのが好きなのです。
代理発散といいますか。

しかし今年は座っているだけでとても疲れました。
2時間ですからね、途中で退座して弁当はちゃっかり食べまして帰りました。

22日の初台阿波踊り

 
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0/9/24 (月) 振替休日




初台阿波おどりも年々隆盛になっておりますね。
今年は22連ほどの出演です。
最近はどこも外人だらけですが今年は特に多い、
この辺りは民泊盛んですからね。

私も阿波踊りはやりたかったんですよね。
下手の横好きで、

前にも書きましたが、村田さんの弟さんが高円寺の阿波踊りの
連長をやっておられると聞きましたので、私も入れてくれないかしら
と村田さんに頼んだことがあります。
返事は『ばあさんは駄目だと言ってる』
今じゃないですよ、もっと若い時ですよ。
さすが兄弟!

22日に起きた事


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30/9/24 (月)振替休日

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古い何十年物、上下同じ生地でチョッキの裏がスカートと同じ柄です

ここんところブログ更新が手抜きになっているには重い訳があるんです。
時間を巻き戻そう。

22日は「はなみづき」の動画撮影があったので出席して夕方少々窮屈でした。

そして23日は「そよ風」の講演会にも動画撮影で参加しました。

私も最近歳の所為ですかねすぐ疲れるんですよ。
この日も新宿、池袋の駅の階段が膨大で重いカートを持って昇り降りするのが骨でした。

それで家に帰るなりもんちの世話をしてバタンと倒れました。

旦那の夕食は午前中に今夜も遅くなるかもしれないので今から用意するけど何食べたいか聞きましたら『何食べたいか判らない、いいよ後で好きな物を買って来るから』と言いましたのでその言葉性懲りもなく信用してしまいました。

帰宅したら旦那食べておりましたので安心して部屋で寝たのです。
娘が来て『今夜は初台阿波おどりだけど行かない?』と言いましたが、
とても疲れ切ってそんな気分にはなれないと言いました。

しかししばらく寝たらいくらか楽になりましたので「えびす」に行こうと言う事になりました。
初台阿波おどりと千鳥ヶ淵の花見は死ぬまで元気なうちは娘と必ず行くと決めているのです。

それが行く気にならないなんて情けない!

これがすでに私の現在だろうかと不安になります。
私は一人自由になったらやりたい事が一杯あるのです。
それがこんな状態が平常化したらもうお先真っ暗です。
悪くはなってもよくなることはあり得ないと思うのです。

起きましたら旦那が怒声を発しました。
『そんなに疲れるんなら出かけなきゃいいだろう』
それでどこに行くとも言わないで出ました。
出がけにいやな言葉は聞きたくない!

旦那は食べていましたので安心して出かけました。
しかしやっぱり阿波おどりはみようと意欲が出て来ました。
これをみないと夏が終わらない。
それから「えびす」に行っていい気持ちで一献傾けました。

ほろ酔いで帰宅したら旦那カンカンに怒っています。
食事も作らないで自分達だけで美味しい物を食べやがってとあらゆる罵詈雑言をなげました。
娘が応戦してくれました。
そのあと夜中まで大きな声を出して呪っていました。
それをいちいち書くのも恥です。
それで早々に寝床に入りました。

その中でこれで二度目ですが
『仕返ししているんだな、おっそろしい』と言いました。
やっぱり仕返しされることをした意識はあるんですね。
絶対に謝りませんでしたけどね、それこそ腹上の現場を見つかっても知らぬ存ぜぬと白を切れとの教えを守っていましたけどね。
ただしみたわけではありません。
例えの話です。

私もう本当に嫌になりました。
昨日は一言も口をききませんでした。
そうしたら今日は何かと機嫌よく口をきこうとするのです。
私の世話になって始めて安心して療養が出来ていることを冷静に思い至ったんでしょう。
知るか!
しかしこれからもう一つ難関があります。
それはまた後で。

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お通しのスパサラダ、これが絶妙に旨い
なんとか貝

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定番のコロッケ、戻りカツオの刺身、生だからねっとりして旨い
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納豆の天ぷら これが旨いのだ、
これでもうお腹一杯、
4000円位娘が払った、ご馳走様

朝鮮半島が史上最高に輝いていたのは日帝時代だった!

 
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30/9/23 (日) 秋分の日 晴れ

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女性が輝いていた日韓併合時時代 - カラー - コピー-001

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川崎正論の会③修正版-001
このチラシ私が作りました
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はなみづき勉強会「国会議員の国籍問題を考える」

 
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30/9/21 (金)雨




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今日は午後から参議院議員会館で「はなみづき勉強会」に参加しました。
動画撮影も頼まれていましたしね、それに講師の岡さんに
パワーポイントの操作もお教えしましたので弟子の出来具合も気になるところでした。
しかし師を超える出来栄えでした。
私は実際にパワーポイントを使ったことありませんからね、
理屈だけ知っているわけです。

最近私のブログのアクセスが増えていましたが、原因が分かりましたよ。
岡さんが会長を務めておられる「愛国女性のつどい花時計」の会員に私のブログが面白いから見てごらんと勧めてくださっているのです。

それで私に逢いたいと言う方が数人いらっしゃいました。
過分のお褒めの言葉を数々頂きましてそんな事態には馴れておりませんので返答に困りました。
私の読者は皆さん「えびす」で懇親したいと熱望されています。
落ち着いたらご一緒しましょうと約束しました。

熱心な方は始めから読み始めて今何年何月まで読み進みましたと言う方もいらっしゃいました。
平成19年6月24日(2007)から始まりますから膨大です。
作家(ほっほっほ)冥利に尽きます
恐縮至極です。

岡さんは街宣は良くなさっていますが講演は多分2度目くらいの新人さんだとおもいますが、さすが学究の方ですからよく資料も揃えておられ聴き所満載でした。
動画をアップしますからぜひご覧ください。

ところでこのライブドアには平成19年6月24日から掲載しておりますが、
実はブログを始めたのは平成17年元旦からで確か66歳の時からですからもう15年続けています。


ライブドアの始まりを再読してみました。
今も昔も私の思想はかわりませんね。


No!Korea「韓国への反論がここからはじまる」
19/6/24 (日) 梅雨

今日は午後から代々木八幡区民館で表記の集会が開催されたので出席した。
2時から6時過ぎまで4人の講師の話を聞いた。

一日中降り続く雨にもかかわらず200名近くの聴衆が1人も途中退席する
事も無く最後まで熱心に聞いた。

主催は

「在特会」(在日特権を許さない市民の会)
 「東亜細亜問題研究会」

基調講演:西村幸祐氏(ジャーナリスト・評論家)
 「半日プロパガンダに日本はどう対処するべきか」

第一部講演:米田隆司氏(映画監督&脚本家)
 「映画『かん天な人』と在日問題」

第二部講演:村田春樹氏(外国人参政権に反対する会)
 「外国人参政権のもたらす危険性」

第三部講演:秦 郁彦氏(日本近現代史研究家)
 「虚構と真実の狭間に揺れる慰安婦問題」

第二部の村田氏は最近度々お会いする方で、この講演の為に数ヶ月勉強なさったそうだが、すればするほどもう日本は駄目なのではないかと、
もう遅いのではないかと苦悩なさったそうですが、実は私もそうなのです。

今、現在の日本の置かれている状態を知れば知るほど辛くなります。
もう見て見ぬふりした方が気が楽だと思えるのです。

でもそれでは子孫に申し訳ない、戦前からの誇りある日本を知っている、歴史の証人である私達が物申さ無ければ誰が申すのでしょう。
辛いけど目をかっと見開いて闘わなければなりません。

日本を配下に置こうとしている特定国はもうすっかりマスコミを支配下に置いていますから、彼らの国に都合の悪いことは我が国民に知らされません。

たとえば、昨日(6/23)の新聞の都内版、2紙の記事を読み比べてみると歴然としています。
産経新聞に、中国籍の15歳の少年がコンビニに強盗に入り23万円を強奪したと報じられていました。
同じ日の毎日新聞には、15歳の少年が、、、としか報じていません。
見事に中国籍が抜けています。

毎日新聞しか購読していない読者は15歳の「日本の少年の非行」としか判らないわけです。
これは日本の新聞でしょうか。 どこの国の新聞でしょうか。

今、立ち上がらなければもう手遅れになるのです。
誇りある数千年の歴史ある日本の文化も伝統もそして精神も消されてしまうのです。

特定アジア(中共、韓国、北朝鮮)の却下にひざまずきたいですか。

私の本当にブログ始めは平成17年1月1日です。
当時シニア・ナビと言う弱小サイトに登録しました。
私の意気込みです。
シニアナビトップ2


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今日も読者の方からこんなかわいい貢物が、
私頂き物大好きです。ありがとうございます。
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今夜の夕食
買って帰った巻き寿司 甘すぎる
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古着を着回す


疲れマックス


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30/9/20 (木)曇り後雨


今日は午後3時30分から北の利用者宅を訪問した。
ここではどうしても1時間は滞在する事になる。
話がもりあがるのだ。
人と会話する気分ではなくて沈んで行ったんだけど滞りなくお役目果たした。

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先月撮った大久保通りの参道 この参道には民家や
マンション2軒が参道に玄関を向けています、珍しい
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こちらは山手通りの鳥居、どちらが正面だろうか
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立派な狛犬さん
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この手水所はハイテクです、人が近づくと水が流れ落ちます
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国威宣揚 素晴らしい 国旗掲揚台
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揮毫は陸軍大将本庄繁男爵
この方素晴らしい軍人さんです、昭和20年にGHQから逮捕状が出ましたが割腹自殺なさいました。


本庄 繁(ほんじょう しげる、1876年(明治9年)5月10日 - 1945年(昭和20年)11月20日)は、日本の陸軍軍人。第10師団長・関東軍司令官・侍従武官長を歴任し階級は陸軍大将正三位勲一等功一級男爵に至る。軍を退いてからは軍事保護院総裁や枢密顧問官を務める。本庄は書を心得、剣華と号す。渾名は「たくわん石」。

1945年(昭和20年)11月、GHQから逮捕令が下る。本庄は11月20日、陸軍大学校内の補導会理事長室で割腹自決。墓所は東京都・多磨霊園。

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境内社稲荷神社・塩竃神社


先月行った中野氷川神社に少し時間の余裕を持って再訪した。
しかし雨だから十分見て回ったわけではない。
先月お賽銭もあげなくて失礼があったので1000円上げました。
その引き出物でしょうか、大イチョウの下に大きな黄色い実が落ちていましたので頂きました。しかしビニール袋がないので困ってしまいました。
ペーパーに持てるだけ(15個)拾いまして途中のコンビニで飲み物を買って袋をゲットしました。
銀杏が落ちていると拾わずにはおられません。
この時期ビニール袋は常に持ち歩かねばね。

帰宅途中必ずスーパーに寄って買い物するんだけど今夜は手抜きの炒飯にしようと思ったので少しだけ買い物した。
なぜかとても疲れて帰宅後すぐにもんちの世話をして直ちに夕食の支度をしていたら気分は最低であった。少し横になりました。


中野氷川神社

長元3年(1030年)、源頼信が平忠常討伐の際に武蔵国一宮・大宮氷川神社より勧請し祠を建立したことに始まる。文明9年(1477年)には、太田道灌が豊島泰経・泰明兄弟討伐の際に当社で戦勝祈願し、凱旋後社殿を造営した。


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今夜の夕食
焼飯は旦那も文句を言わないけど、私は旦那の嫌いなケチャップ飯が食べたかったので途中から分けて別につくりました。
ハムではなくて鶏肉です。



東京大薪能 都庁都民広場で


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薪能2

行きたいけど無理だな

曼殊沙華の花から思いだした事(追記、画像あり)


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30/9/19 (水)晴れ


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昭和42年に新宿中央公園の傍の十二社の千葉産院で長男を出産しました。
目の前で大工事が行われていましたがそれが新宿中央公園の造成工事だったのです。千葉産院は食事がとても美味しいと評判でした、出産した夜の食事に出た天ぷらが美味しかった。
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我が家から徒歩圏内の
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異様にでかい!

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都庁を背景に
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秋を探しに

今日も何もする気が起きない。
何かやることがあると夢中で取り組むんだけどそんなやりたくなることもない。
それでも久しぶりにアイロン掛けをし、手洗い洗濯をした。

それ以上は意欲が沸かない、水曜日は伝達会議があるんだけどそれも行く気がしない。
私が休んでももう誰も文句も言わなくなった。
見捨てられたか!!

しかし家に逼塞していると腐るので出かける事にしました。
数日前に新聞で巾着田の曼殊沙華が満開だと報道されていたので
そうだ私の巾着田(とは言わないか)に行くことにしました、
家から新宿方向に数分の所のNSビルの前庭にあります。

誰も注目しないけど私は必ず注目しています。
前にも書いた記憶があるが、曼殊沙華と言えば子供の頃巷でよく聞こえて来た歌がこの歌でした。
巷って言ってもどんな巷かはっきりしないけど、
巷に音楽が溢れていたわけではない。


作詩 梅木三郎  作曲 佐々木俊一
歌 谷 真酉美
昭和13年赤い花なら 曼珠沙華

♪赤い花なら曼殊沙華 オランダ屋敷に雨が降る
濡れて泣いてるじゃガタラお春♪

この歌検索したら、昭和13年に発表された長崎物語なんですね、
なぜか戦後巷で歌われていました。
当時娯楽が無かったせいか子供に踊りや三味線を習わせるのが流行っていました。
ピアノはずっと先(私達世代の子供達の頃)です。
そして地域の神社のお祭りで発表していました。

ちなみに私も踊りと三味線を習っていましたが、驚くほどその方面の才能がなくて今思うと恥ずかしいです。
近所の神社で私も踊りを披露しましたが、父があれほど恥ずかしい思いをしたことはないっと何度も述懐して居ました。
音感がないので三味線も自分で調弦出来ないので家で父の要望で披露しようとしましたが出来ませんでした。
いつの間にか止めましたけどね。
そんな時必ず踊られるのはジャガタラお春の曲でした。


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その足で例のカフェに行って珈琲とチーズケーキを食しながら本を読みました。
清原和博の「告白」
マスターが清原好きなんだそうです。
行くたびにぼちぼち読みますよ、

ところで清原和博で検索したら巨人軍の時の入場曲が
長淵剛の「とんぼ」だったそうですね。
奇ですね、私も葬式の時にこの曲を流してくれと言っています。
そして弔辞は村田さんにお願いしてあります。

長渕も私も九州からボストンバック一丁で上京して下積みの生活をしていたのです。
私は肺結核を患って療養が終わってすぐの上京でした。
東京に行くしか生きる道はありませんでした。
昭和35年8月3日でした。

時はまだ戦後を引きずっている高度成長の前夜でした。

私は当時の生活は誰にも娘にも話したことはありません。
思いだすと辛く屈辱なので封印しているのです。
別に恥ずべき生活ではなくて清く正しく生きていましたけど
私の本意ではありませんでした。

貧しい苦学生(早稲田大学)だった弟だけしか縁者は居ませんでしたので孤軍奮闘してそれこそコツコツと上を目指して生きていました。
唯、言えることは当時廻りは皆貧しくて本意の生活をしていたわけではありません。


「とんぼ」

♪コツコツとアスファルトに刻む足音を踏みしめるたびに
花の都大東京 薄っぺらのボストンバック
北へ北へ向かった♪

よくぞここまで来たもんだ、必死必死努力努力の人生でした。

さて買い物して帰ろうと出ましたら3時15分思いだしました。
今日は3時30分からいちこさんのお絵かき教室だったんだわ、
すっかり忘れておりましたので急いで帰宅して書きかけの絵を持って行きました。
しかしとてもその気になりませんので何もせずにおいとま致しました。
落ち着いたら気を入れて取り組みますのでご容赦下さいね。



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冴えない、幽霊みたいです。
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今夜の夕食
好評につき 焼きそば、南瓜煮、あとは残り物
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今夜も座って眺めた三日月
三脚立てて望遠で撮りましたが、真っ白にしか映りませんでした。
先夜も今夜も夜が更けるとどこかに隠れます。
雲の中でしょうか、月の動きが判らない

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