ものがたりの錬金術

世界中のあらゆる人やモノやコトから“ものがたり”を見つけて紡いで語って届ける
物語屋が“ものがたり”を紡ぐための「錬金術」の場です

カテゴリ: 物語屋の手紙

yourstory2

一月以上の無沙汰をお詫びいたします。
 
一度筆を取りかけたことがありました。でも、まとめられない内に日が経ってしまいました。
そのとき頭にあった内容は忘れていませんが、それについてはまた機会を改めて、
今日は別のことをお話したいと思います。
 
別のこと…本当に毎日次から次へと「別のこと」がやって来るものです。
まったく思ってもいなかったところから、
まったく思ってもいなかった方面の話が舞いこんできました。
 
10年余り前に大変興味を寄せていた方面でした。
久しぶりにに触れることになって、
果たして当時と同じくらいのテンションでそこに臨むことができるのかどうか…
 
その10年余りの間に自分は変わったでしょうか?
その10年余りの間、自分は何をしてきたのでしょう?
仕事や住まいや目に見える環境的にははっきり変わっています。
だけど本質のところで人間なんてそんなに変わるものじゃありません。
 
実を言うと「その方面」のことであれこれ考えるより先にやらなければいけないことがあるのです。
そちらにやっと片をつけられそうな兆しが見えてきたので、
こうして手紙を書くことができました。
 
醒めた熱のほうが確かです。
 

yourstory2

三日置きくらいに、ちょっとした集まりに顔を出す日々を過ごしていました。
「会話」というものについて、
とある本のなかで見つけたとある文章に答えを見つけた気がしました。
 
高校生の頃ゲイ疑惑があったと、あとになって聞かされました。
「女性に生まれたほうが向いていたんじゃないだろうか?」
特に四、五年くらい前までは時どきそんな風に感じることもあったのですが、
今は、それはそれでやっぱり無理そうな気がします。
かといって、「男」に対する違和感は四、五年前も今もあまり変わっていません。
 
駅の北口に、一人で静かに本を読みながらゆっくりビールを飲んで夕食のできるお店があります。
「静かにゆっくりできるお店」が駅まで行かずもっと近くに必要です。
 
そういう意味でもやはり貴重な友人でした。

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“The Show Must Go On.” とはよく言ったものですね。
 
年末が来るともう五年になりますが、あとのきはたしか翌日でした、
人の前で話をしなければならなかった。
そして、今回は四日後。
その四日の間、準備に手をつけられないということはありませんでした。
逆に、手をつけていないとすぐにもっていかれてしまう、手をつけている間だけはこちらにいることができました。
 
“The Show Must Go On.”
 
「ショー」は何があっても続けなければならない、
ということではなく、
続けていないと、
“人の前で話をする”という文字どおりの「ショー」のほうではなくて、
「生活」という「ショー」のほうが続けられなくなってしまう、
ここでその「ショー」のことをもっと大げさに「人生」とまでは言わないでおきます。
 
一方で「思い切り浸ったほうがいい」という言葉もあって、
それに従ったら、喋ろうとする声がおかしな具合になり、
慌てて口を押さえると今度は視界が濡れだしたからまた慌てて目を押さえて、
八年前、実家の犬が死んだとき以来のことでした。
 
駅から少し離れたところにある『銚子丸』という寿司屋で、
そのときだけはぼくはきっと「ショー」から降りていました。
 
ふと、もしかすると、少しの間降りさせてくれたのかもしれないと思いました。

yourstory2

1年近いご無沙汰になってしまいました。
 
その間何をしていたかお伝えする代わりに、昨日のことを話させてください。
 
訪ねてきた双子とお母さんに昔ばなしを語りました。
夜は、二か月振りに会う人と食事をしました。
夕方うっかり「6時半」という約束で、その時間の下り電車に乗るのは久しぶりでした。随分と混んでいて、しかも遅れていました。
そのせいではないと思うのですが、妙に赤ワインが回りました。
読んでもらった原稿の話があまりうまくできませんでした。
「面白かったよ」と言ってくれましたが、
果たして、ぼく自身、あの原稿で何をしようとしているのだろうか?
舞台なりで彼の詩を語れればそれでいいのか?
ぐるぐると取り留めのつかない話は取り留めのないままどこにも行き着かなかったように思います。
 
この1年のことがなかなか思い出せませんが、最近右腕が痺れています、少なくともこの痺れは1年前はありませんでした。

親愛なるシルセト様へ

今週に入ってほぼ1年ぶりの道を1年ぶりに歩いています。
駅から南に坂を下り川に沿って草だらけの岸を少し歩きそれから神社の杜へ。

本当はどこでも感じられるようにならないといけません。
本当はどこにでもあるのですから。
ぼくにはまだ集中力が足りないのでしょうか。
それでも感じられるのはきっと恵まれています。
誰でもそうなれると思っていたぼくはどうやら間違えていたらしい。
そうなれない人をぼくは1人諦めました。

神社の杜を抜けると道が焦げはじめていました。
昔ぼくが奪われる怒りをぶつけて神話を書いたのと同じ太陽です。

機会があったらいつか読んでみてください。

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