2006年07月02日

荒川の佐吉

突然ですが、歌舞伎劇評(というほどのものでもないけど)更新です。荒川の佐吉、男の中の男よ。これはもう西部劇の世界やね。でも人を斬って一人前になっていくつ〜のも複雑やね。ラブリンが仁左さまにそっくりなのにびっくりしてもうた。

 

で、話変わって歌舞伎座で飲み友に遭遇。マダムは午前一時にご帰館、あ〜ぁ。



2006年02月02日

信長

信長

 

 

■「信長」(1月27日)

 

 

 

もち、海老蔵の。小泉首相も観たという。駄作であるのは否めないのが、私、二度も観ちゃった。どちらも券を譲っていただいて、つまりタダ。二度目は二枚も頂き(しかも二階の招待席エリアだよ!)、平日昼なのにはるばる遠方から多忙なダチの兄ぃが付き合ってくれた。ありがたや〜。

ま、舞台はというとね、信長っていうすごい人物をうわっつらだけ描いた少年漫画系ダイジェスト版。エッセンスがないの。脚本家も演出家も信長という人物のことをつきつめてないし、つきつめようとしたのが見えない。信長を団塊の世代に投影してはいないか?違うでしょう、信長って人はっ!(怒れるもの字)

本能寺のところはそこだけ三時間の舞台にしても表現し尽くせないところがあるんじゃないかな。だからあの大仏次郎でさえ「若き日の信長」限定だもの。とにかく、今回のお芝居みたいに自決前に信長って人は駄々こねたりしないっての!(舞台の海老蔵、ずっとごねてた・・・爆)

人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。

これだよ、信長って人は。とにかく私の中ではそうなの。潔いの。兄ぃとも話したけど、信長の気持ちって、特に本能寺の変の時のね、結局誰にもわからないんじゃないかなって。そうなんだろうねぇ。

といいつつ、楽日だったので、海老蔵を楽屋口前で出待ちしちゃいました!(おい、展開早いぞ)176センチという申告に嘘偽りはありませんね、はい。(笑)ハイヤー乗ってる海老を追っかけて手を振ったら(あんたは氷川きよしの追っかけオバかっ!)、手を振り返してくれました。もの字オバ、とっても幸せ♪

出待ちまで付き合ってくれて、海老蔵オリジナルコレクション携帯ストラップも買ってくれた兄ぃ、いい人だー!その後、歌舞伎座御用達の喫茶店「YOU」でお茶した後(といっても私はビールだったりする)、兄ぃを有楽町に置いて(すんません)、あたしゃ歌舞伎をんなの新年会に恵比寿へ。そこで人生で初めての肉に巡り会ったのよ。(肉体じゃないよ、一応否定する。謎)

あんまり美味しいのでお店は紹介しない。すまん。(誰に謝ってるの?)
しかし、歌舞伎をんなの案内する店ってほんとハズレがなくて旨いの美味いのなんのって!歌舞伎つながりのご縁に感謝だね〜☆




伽羅先代萩

先代萩■伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ) 

御殿・床下(1月某日)


言わずもがな、坂田藤十郎襲名のでやんす。これは幕見で二回。その前にテレビで見ていたのだが、テレビで見て歌舞伎見たって気になるのはイカンね。NHKで藤十郎襲名放映のを見たとき、「うわっ!」と役者と芝居のあまりの生々しさに気分が悪くなった。言っとくが、芸としての生々しさではない。テレビでは音声だけでなく画像もフラットにガーッと来る。歌舞伎座で観たときは、お芝居に空間がある。クウカン。舞台から奥行きと広がりを持ちつつ、様々な要素(メッセージ)が匂いと味わいを帯びたグラデーション&バイブレーションで伝わってくるわけ。義太夫も見えるしね。(葵ちゃん、相変わらずいいね!)とにかく、テレビ中継やら歌舞伎チャンネルでお芝居観たつもりになってはいけませんzo。

さて、このお芝居。思うに、食事を作るとか食べさせてもらうという行為は、愛情(母性とか父性)を与える受けるという感覚中枢の根っこを刺激するものなのだろう。うちで飼ってた猫ちゃんたちもねこまんまを作るときがまさにあんな感じ。まだなの?まだなの?うん、今作ってるからおりこうさんに待っててね。にゃ〜ん♪先代萩でそういうシーンあった。(子供がいないから猫でしか比較できないこの悲しさよ)

そう、「ダライ・ラマ自伝」だったか「チベット我が祖国」だったか忘れたけれど、ダライ・ラマが幼少の頃、ポタラ宮で一番好きだったのは料理人だったということを読んだ。実際会話をしたことはなかったらしい。身分もいろいろあったのだろう。しかし、料理人の彼が見えないとなんとも悲しい気持ちになり始終探したそうな。なんと言っても三歳かそこらで両親と別居だもの。幼児心理からすると相当のダメージあるのではないかしら。で、それを満たす人物を本能的に探していたんだと思う。

人間の根源にあるそうした部分を汲み上げ、練り上げ、精緻で味わい深い芝居にする、そしてそれを窮め演じる役者がいる。これが歌舞伎の凄さ。いや〜参りました!藤十郎についても、今まではデブだのスケベ爺だの言ってた私だが(ごめん!)、上方で半世紀以上鍛えられた人ってやっぱり凄いなと実感したのでありました。あの太い、まさに男の声、恰幅の良すぎる体、鼻をすするようなあの特徴のある喋り方、そしてあの年齢。すべてがパラドックス効果で政岡の母性、女というものの表現、芸を高めたような気がする。虚の中の実というのか、お芝居なのに嘘がないというか。

虎之介ちゃんも鶴松ちゃんも将来が楽しみ。やがて源蔵に松王っていうのが見られたりするかもしれない。

仁木弾正ってのを初めて見た!これがそうか〜!幸四郎、いいとこどりだよな〜。(爆)やたら首の振りが激しいのに思わず突っ込みいれかけたが(笑)、良しとしよう。お兄ちゃんにいいとこ譲ったね、吉右衛門荒獅子男之助。巧いね、「ミスター時代物」だよね、やっぱり。

仁木弾正はね、40歳くらいの海老蔵で見てみたい!かぶ吉っつぁん言うところの「こわきれ〜(怖くて綺麗)」っていうのかしら。40歳にならなくても今、うちの床下から出てくれてもいい。(マンションの最上階だよ、おい)

それにしても歌舞伎っていい意味で裏切られる。あ、やられたっていうのかな。それが悔しくもあり、快感でもありっての?

で、どうでもいいけど扇千景大臣は襲名に来たのか〜?



2006年01月10日

初詣は産土様へ

smile

 

遅れ馳せながら・・・謹賀新年!

←去年一番の笑顔(12月30日) ノーベル平和賞受賞者の色紙額縁付きで貰っちゃった時の。酒も入ってるっていう。

 

(久しぶりに長文だす)

住んでいるところに関係するのはその土地の氏神さま。仕事に関係するのは会社のあるところの氏神さま。で、一生全般に関係するのは、母親が懐胎した時に住んでいたところの氏神さま、つまり産土(うぶすな)さま。そういうわけで、初詣は産土さまの鹿児島市の一之宮神社へ。

小さい神社だが、鹿児島市では最古のものだそう。弥生式住居跡もある。子供の時は浴衣を着て『六月燈』と呼ばれるお祭りに行ったものだ。祭神は大日孁貴(おおひるめむち)。天照大神の別名とされているが、日本書紀以降に天照大神と同義になったという説もあり、太陽に仕える巫女という意味で卑弥呼という説もある。 古代神話のロマンに、象徴の謎解きなどに思いを巡らすというのもなかなかいい。今年じっくり読もうと思っているのが「古事記」。

そして、御神籤は大吉!

願いごと:思いがけぬ人の助けありて叶う事あり
(事ありっていう語尾がなんか微妙ぉ〜)

縁談:思いがけぬよきことあり 騒がずに待ちなさい (・・・)

待ち人:来る つれがある(バツイチ子連れ狼と再婚か)

と、御神籤読んでても脳内突っ込みが多いわたくし。

さて、かごしま暦という、正月になると鹿児島の神社で売られている冊子がある。中身の大半は高嶋易断などが出版しているような類の運勢暦なのだが、その冊子の中に、鹿児島の三大行事として、曽我どんの傘焼き、妙円寺参り、赤穂義士伝輪読会が挙げられていた。これが面白いので、以下に紹介してみよう。

sogadon■曽我どんの傘焼き
曽我どんとは、歌舞伎のヒーロー曽我兄弟!いぇ〜い!江戸では歌舞伎で、薩摩ではお祭りとして曽我兄弟は孝心、兄弟愛のシンボルとして崇められていたようだ。工藤祐経を討った旧暦の5月28日の夜、古い傘を山にしてそれを焼き、その火の回りを「曽我兄弟の歌」(謎)を歌いながら歩く。でも、なんで傘なんだ?沢山の煙管に火をつけるというのなら、ね、女だけでね。(ん?)

■妙円寺参り
小説『島津奔る!』にもなった島津義弘公の御霊を崇める行事でござる。関が原の戦いで豊臣方として戦った島津義弘公、退却するときに敵陣突破したという、つまり敵に背中を見せて逃げたんじゃないつーのが薩摩隼人の誇りなわけ。でも退却に変わりないでしょなんて、そこのあなた、突っ込まないでね。(ぷぷ)鹿児島市から伊集院の島津義弘公が祀られている妙円寺まで練り歩く。「チェスト(さぁ)行け、関が原!」を連呼して・・・!?

■赤穂義士伝輪読会
そう、「明日待たるるその宝船」。赤穂浪士四十七士、忠臣蔵を讃える行事。討ち入りの12月14日、夕方から翌朝にかけて、夜中には鶏汁をふるまわれて、眠気を吹き飛ばし、赤穂義士伝を輪読するという。違う意味で、庚申講?(笑) で、今もやってるのか〜〜〜?参加者は相当年齢が高いと思われます。要医者待機。

このかごしま暦、ある種の思想というか、伝統というか、まっつぐに打ち出されているものがあるのは否定できない(執筆編纂は矍鑠たる爺さんたちと思われる)。三大行事と呼ばれるイベントからでもわかるだろう。まぁ右翼とか古臭いとか封建的とか言う前に、鹿児島の県民性(と言っても昭和一桁くらいまでの男性世代だろうが・・・)は純粋で微笑ましいと私は感じた。この古臭さの妙味が受け容れられない、わからないってのは、所謂「歌舞伎に縁なき衆生」の「縁なき」みたいな感じでござんしょ〜。仕方ないやね。