HAKATA PARIS NEWYORK

今のファッションを斬りまくる辛口コラム

2012年01月

本業はファッション、グラフィックなどデザイン関連のクリエイティブディレクター。創る側の視点で今のファッション関連の事情を評論する。マスメディアはもちろん、業界紙誌も扱わないテーマに踏み込む。

媚びない生き方から見えるもの。

CDG-night

 ずいぶん書くのが遅くなったが、やはり論じておこう。1月7日付けの朝日新聞にコムデ・ギャルソンのデザイナー、川久保玲氏のインタビューが全1面の「特集記事」で掲載された。全国紙がファッションを取り上げるのはほとんど無いことだが、これも大衆迎合しない朝日新聞だからと言えば、そうかもしれない。


 川久保氏は慶応大学を卒業している。デザイナーなのに何でと奇異に感じるだろう。だが、服づくりに必要なクリエイティビティは、経験を積み重ねる中で発揮される。当然、それを生み出す感性も、日頃の地道な努力によって磨かれる。例えば、英単語をコツコツ憶えて長文を理解したり、数々の数式を頭に入れて一つの答えを導き出す受験勉強と、大差はないのだ。  

 70歳になっても衰えることのない創造力と感性は、高度な学力を必要とする慶応受験の過程で培われたと言っても強ち否定できないのではないか。それをデザイナーを目指す若者がどう判断するかは自由だが、川久保氏の学歴は変えようのない事実である。


 もっとも、高学歴であるがゆえ、朝日のインタビューで語られたことは理路整然として、ズシリと重い。

 「最近の人は強いもの、格好いいもの、新しいものはなくても、今を何となく過ごせればいい、と。情熱や興奮、怒り、現状を打ち破ろうという意欲が弱まってきている。そんな風潮に危惧を感じています」

 まさに今の日本を憂いているコメントだ。事なかれ主義というか、その場しのぎというか。そこにあるのは絆という言葉に隠れた馴れ合いばかり。全く資源がない国なのに、人的なエネルギーさえ枯渇しようとしている。


 ユニクロの柳井正会長は「個性は服が出すものではない」と、大量生産的な工業製品と揶揄された自社商品を擁護した。しかし、ユニクロの快進撃以降は、業界でもファッションで個性を表現する必要はないとの考えが増えている。

 「…本当に個性を表現している人は、人とは違うものを着たり、違うように着こなしているものです」

 所詮、一着で終わらない既製服の世界。しかし、常に既成概念から脱却し、独創性を発信し続けるのがコムデ・ギャルソン。その服を簡単に「着こなせる人間」はそうそういない。だからこそ、着こなす人間にはその人なりの個性が投影されるのである。


 「日本国内にだって織りでも、染めや縫製でも素晴らしい職人技術があります。でも効率的な物作りや価格志向が優先される中で、そんな技術や工場がなくなりつつある」

 SPAが売上げを伸ばし、利益を稼ぎ出してから、「末端商品」と「価格対価値」しか評価されなくなった。しかし、縫い手がいなければ服はできないし、織りや染めがあってはじめて生地や糸が生まれる。新興国の技術指導には日本の職人も携わった。

 もっと遡ってファッションを捉えていかなければならない。その意味でコムデ・ギャルソンの服には、プロセスの随所に「日本」が宿る。伝統に支えられえた織りや染め、大量生産になじまない技。効率や価格で語れない日本とは何か。それをじっくり考えるべきだとの「警鐘」である。


 最後に「クリエーターというものは真面目にやれば、たいていは貧乏になってしまうものです」

 このひと言にビジネスにも、時代の趨勢にも媚びないコムデ・ギャルソンと川久保氏の生き方が凝縮されている。こうしたメッセージを一般大衆がどう解釈するか。そこに閉塞脱却のヒントを見いだせなければ、先の日本に展望はない。


スーツ不要と個性を混同するな。

suits-image
 ソニーが
リクルートスーツ不要論を唱えているという。理由は「多様な人材がいるからこそイノベーションが生まれる」と、「それぞれの個性を大切にするため、日本特有の就活というルールを変える」のだそうだ。しかし、服装自由の就活が学生の個性表現につながるかと言えば、決してそんなことはない。


 ソニーはれっきとした製造業で、本社や営業部門ではスーツ着用が当たり前だし、研究開発の部門や工場ではユニフォーム(作業ジャンパーとスラックス)姿で仕事に勤しんでいる。

 そこでいつも疑問に思うのが、研究開発や工場の「管理職」のスタイル。彼らはジャンパーを着ている割に、インナーはドレスシャツで、ネクタイを締めている。そもそもテーラースーツだからシャツとネクタイを着用するのがファッションのルールだ。管理職のお偉方はブルーカラーと思われたくないから、ネクタイを締めるのなら、ジャンパーも脱いでテーラージャケットを着るべしと言いたい。

 大企業の幹部がドレスコードとTPOを混同しているのに、就活の学生に対し「個性表現」をたてにリクルートスーツ不要なんて打ち出す方が的外れである。


 そもそもスーツは欧米ファッションにおける「オケージョン」の一つ、オフィシャル場面で着用するアイテムとして日本に伝来した。ホワイトカラーのビジネスマンが取引先との折衝やディーラー訪問で相手に対するマナーなど、立場や仕事で周囲や環境から一種の制約を受けている場面で、着用するのである。

 就活は学生が人事部の人間から話しを聞いたり、自分の思いや力量をプレゼンする「オフィシャル」の第一歩。だから、スーツを着ている方が自然だし、色もグレーや紺、黒ならどれでもでもいいはず。企業側が色一色による没個性化とか、スーツ不要にによる募集人材の多様化を口にする方が、採用ノウハウの限界、学生を見る目が退化し始めている証拠ではないか。


 ファッション業界では、20年以上前にリクルートスーツ不要を打ち出す企業があった。ファイブフォックスの上田稔夫社長が「企業や上司に“服従”の姿勢を示すためのスーツやネクタイなら、そんなものは捨ててしまえと僕は思う」「でも、それを捨てたところにもマーケットが出現する。人間にとって服の楽しみって何なのか、この先の商品にはレボリューションが必要だ」と語っていたのをハッキリ憶えている。

 これが言えるのはファッション業界のトップだからではない。 その先にあるのはイノベーションとレボリューションの違いこそあれ、目的は「何か新しいことを起こせ」という点で、双方とも変わらないはずだ。 むしろ、こちら方がソニーが言う「それぞれの個性を大切にするため、日本特有の就活というルールを変える」よりは学生にわかりやすく、ストレートに伝わると思う。


 だいたい、 ファッション業界ではないソニーが就活学生の服装を自由にしたからといって、その学生の格好と仕事に対する考え方や思いをどう結びつけられるというのか。斬新なファッションならイノベーターと判断するのか。所詮、既製服に変わりはないのだから、革新もクソもない。

 今は亡きアップル社のCEO スティーブ・ジョブスは、公式な場でも黒のニットとジーンズ姿だった。このニットはジョブス自身がイッセイミヤケ社のアイテムをえらく気に入り、自分のスタイリングのためにカスタムメイドで生産ロット分を発注したと、自伝に記されている。ここまで来ればたとえ既製服であっても、さすが革新的で個性ある人間の行動と言える。


 ソニーがリクルートスーツ不要論で、就活学生に多様化や個性を求めるのは、完全にアップルの後塵を拝する日本企業の引け目ではないのか。ただ、ソニー側が服装自由の学生にジョブスのような国際的で文化的なマナー、かつエモーショナルなコミュニケーション力を見いだせなければ、イノベーションも世界一を奪い返す技術も商品も生みだせないと思うが。

ユニクロのダウンはNYの冬を変えたか。

Ny-uniqlo
 ユニクロのグローバル旗艦店がNYに開店して3ヵ月が経過した。奇しくもオープン直後、米国の景気減速に端を発したウォール街抗議デモが発生。1年でいちばんの書き入れ時の年末商戦に水を指すかと思われたが、ユニクロの売上げには大して影響はなかったようである。

 むしろ、オープン前の一大キャンペーンが奏功し、地元商業界では「この冬は、ユニクロがNYのファッションマーケットを席巻したのでは」という見方も出ているほどだ。


 筆者はこれまで何度もNYで年末年始を迎えているが、90年代は暖冬でホワイトクリスマスとはいかなかった。そのためスタイリングもレザーやウールジャケットで十分事足りた。2000年以降もしばらく暖冬が続いたものの、ここ数年は地下のスチームパイプから噴き出す蒸気に見合う寒さが訪れている。

 マンハッタンのビジネスマンやワーキングガールでは厚手のウールコートにカシミアのマフラー、ワーカーや学生にはダウンジャケットという定番スタイルが絵になる恒例の冬が戻ってきたようである。

 元来、NYファッションのカラリングは、「アースカーラー」が基調で抑え気味のトーン。冬場もワーキングガールが着るコートはベージュやライトブラウンが多く、ビビットカラーはほとんど見られない。まして、メンズになるとダウンジャケットすらブラックやネイビーといった色がほとんどで、まさにドブネズミルックと言われてもしょうがない光景である。


 ところが、この冬は違った。ユニクロのカラフルなダウンがマンハッタンのカラーチャートを変えてしまったのである。五番街店や34丁目店のオープン前は、一大キャンペーンによる金赤ロゴが露出したくらいだったが、12月以降は五番街やマジソンアヴェニューなどメーン通りを歩くニューヨーカーの中には、ひと目でユニクロのダウンを着ているとわかる人々を大勢見かける。

 マンハッタンを衛星で撮影し、ニューヨーカーのファッションをドットで表した時、ユニクロのダウンを着る人々のパーセンテージがどのくらいか。デジタル統計学で検証すればもっと正確なデータが出るかもしれないが、ダウンを着ている人々の半分くらいがユニクロといっても過言ではない。それほどあのビビッドカラーのダウンは目立つのだ。


 ご多分に漏れず他店でも似たものを売り出し始めているが、 少なくとも業界人の目から見ると、ファスナーや袖先・裾の始末の手法でユニクロか、そうでないかはすぐに判断できる。 今冬のNYのクリーンなカジュアルで一歩も二歩もリードしているのは、ユニクロと言えるだろう。

 ユニクロ以外では、アバクロンビー&フィッチやその姉妹ブランド、ホリスターを着ている人々がいるが、どちらもシェイプされたフォルムでこちらは若者が主流。色もネイビーやレッドなどでブランドであることを除けばさして特徴はない。NY在住20年以上の友人に言わせると、「ダーティなカジュアルでは、これらの方が牽引している」のだそうだ。日本では若者の方がカラフルの色を着るが、NYでは完全に逆転してしまっている。


 まあ、ユニクロはベーシックカジュアルで、ターゲットを全年齢にしているため、人種のるつぼであるNYではあらゆる階層の人々が5番街店、34丁目店、ソーホー店を訪れ、購入しているのではないか。景気減速の影響が深刻なだけにカラー・サイズとも豊富で、コストパフォーマンスの良いユニクロのダウンは、インカム状況に敏感な大多数のニューヨーカーにとってありがたいアイテムになっていることだけは間違い。

 年が空け、NYでも冬のクリアランスセールに突入した。ユニクロも店頭では春物が展開され始めたが、まだまだNYの春は遠く、商品の動きは鈍い。大統領選挙の今年、NYの景気は回復するのか。それがユニクロにとって吉と出るか、凶とでるか。結論を出すにはまだ時期尚早のようである。


ユーロ安で通販のsoldesは狙い目。

rdoute-2
 昨年秋のギリシャ問題に端を発した欧州金融危機やその影響によるユーロ安は、1月15日に始まったフランスのセールにも顕著に現れている。通常、パリのブランド街では「Soldes jusqu’a -40% -50%」のPOPが掲示され、一斉にセール期間(だいたい5週間)に突入する。それはお客の間にも周知されており、例年ならセール待ちだった若者やフレックス休暇の観光客が大挙して訪れる。どこの国でもブランドのバーゲンセールはだいたい似たような光景だ。


 ところが、今年は街を歩く若者こそいるものの、ほとんどがショッピングバッグを手にしていない。ウィンドウを覗く光景で終わって、入店する客はまばらだ。ショップによっては、お客が商品を購入するかどうか迷っていると、値段の交渉に応じるところもある。 試しに「Est-ce que c'est ton dernier prix?」と聞いてみると、「Oui. Une autre 10% remise.」との答えが返ってきた。それほど、売上げを確保するのに切羽詰まっているということである。

 ただ、筆者が懇意にしているフランスのメーカーや問屋に言わせれば、「店頭販売の低迷は何も金融危機に始まったことではない」という。ユーロが導入され、さらにインターネットが浸透するにつれ、通販による国境を越えた売上げが増え、「セール目当てにわざわざパリにやって来るのは外国人の観光客くらいでは」なのだそうだ。確かにパリでも街中でi-phoneを見ている若者は確実に増えている。ショップで見つけて、ネットで購入する。世界の主要都市では変わらないスタイルになってきたようだ。


 フランスでは法規制で店頭のセール時期が決まっているのに対し、通販サイトは規制の対象外のため、セールは昨冬からすでに始まっている。12月からすでに「Soldes jusqu’a 70%」を打ち出すサイトがあるくらいだ。

 日本でもZOZO TOWNが年明けからしきりにスポットCMを流し、人気のセレクトショップではMAX80%OFFなどの触れ込みで、アクセス&コンバージョンレートのアップに躍起になっている。だが、wjkやAZ、junhashimotoなど一切値引きをしていないブランドもあり、消費者に対し「この時期に冬物をプロパーで買うか」「春物に期待するか」の決断を迫る。

 ところが、欧州の通販サイトは売上げ低迷の影響から、シーズン立ち上がりのプロパー商品さえ値下げ圧力にさらされている。例えば、「CHEVIGNON」のレザージャケットが359.90ユーロ、日本未発売の「G-STAR RAW」のフードジャケットが129.90ユーロなどと、日本や米国の価格より4割ほど安い。


 さらにブランドを気にしなければ、ザラ級のクオリティでありながら2~3割安く買えるアイテムがいくらもある。これは内外価格差などの次元をはるかに超えるもので、欧州の経済低迷によるデフレが影響していることに他ならない。金融危機→ユーロ安→景気低迷→消費減退→デフレという構図に外部要因であるインターネットやスマートフォンの普及が相まって、通販の商品はさらに「お買い得」になっているのである。

 しかも、インターナショナル通販なら国ごとのサイトページを開設されていて、ユーロ圏であれば価格はどこも同じ。仮に売り切れなら他国のサイトで在庫を探すこともできる。各国で増値税の還付率や関税が違い、輸入すると送料がかかるが、それを割り引いても割安感はある。

 ただ、すべての商品やデザインが日本人の感性にフィットするとは言えないし、サイズや素材感の確認ができないというリスクはある。それでも日本中でどこでも同じブランドしかないことに飽き飽きしている、日本の服は依然として高いと感じている方々には、ぜひ欧州の通販サイトを覗いてみることをお勧めしたい。

 意外性のあるデザイン、アジアにはないカラリングや素材感、ディテールの加工に出くわすかもしれない。それらをスタイリッシュに昇華できるか、ダサダサと言われるかは、ご本人の着こなし方しだいであるが。

今度は広告代理店の出来レースか。

FAFC-2-1

 松の内も過ぎ、初売りセールも一段落。ただ、まだまだ梅春ものの動きは鈍い。店頭の状況に反してこれから活発化するのが春夏の「ファッションイベント」である。東京ガールズコレクションは3月3日、神戸コレクションは同10日、福岡アジアコレクションは同25日に、それぞれ開催される。 

 ただ、ここで気になるのが次年度の企画内容や、行政が支援する場合の資金拠出先がどこになるか、である。現在、東京ガールズコレクションはTGC実行委員会が主催し、企画制作はF1メディア。神戸コレクションは毎日放送が主催し、企画制作はアイグリッツ。福岡アジアコレクションも同系列のRKB毎日放送が主催で、企画制作は神戸コレクションと同じ業者だ。行政の支援金はともにこれらの業者に流れている。


 神戸コレクションや福岡アジアコレクションは、完全にローカル放送局の事業と化した感があるが、行政が公金を拠出する以上、その利権をいつまでも手中に収められるとは限らない。

 特に福岡アジアコレクションは、08年に福岡アジアファッション拠点推進会議が事業をスタートした時、その中心で福岡県とともに事業資金の大半を出した「福岡商工会議所」は、その資金援助について3年限りという条件をつけていた。つまりこの3月末で切れるのである。当然、平成24年度からの事業は、福岡県や福岡市頼みの事業予算となる可能性があり、業者選定も「ガラガラポン」されることが予測される。


 では、24年度は本当に新たな業者が選定されるのか。昨年くらいから地元ファッション業界でまことしやかに語られているのが、大手広告代理店の「D社」にすでに事業企画が発注されているとの噂である。

 これまで事業を担ってきたRKB毎日放送は、 トータルプロデューサーという条件付きでありながら、実行した企画はルーチンなショーイベントと初年度に制作したテレビ番組、トークショーくらい。 

 コンペの要件だったデザイナー発掘のコンテストや情報発信サイトの企画制作はそっち抜けで、大半の資金をショーイベントに投下しただけ。しかもショーの企画制作さえ神戸コレクションと同じ業者に丸投げしていた。「ローカル放送局の企画力なんてその程度」を露呈した3年間だったのである。


 そうした反省からではないだろうが、今度は旧態依然とした「代理店発注」に後戻りするのか。08年6月に事業企画がコンペで募集された時、推進会議の説明会には相当数の業者が詰めかけていたが、プレゼンにこぎ着けたのは数社のみ。ならば、今度も企画コンペ=競争入札にしてもいいのではないか。

 D社とて広告代理店としてメディアを支配する能力には長けているが、ファッション業界に精通しているわけではない。 ショーイベントは続けるとしても、まずは事業告知として15秒のテレビスポットや新聞広告の15段、下請けのグラフィックデザイン会社で制作するチラシやポスターなどは常套企画だろう。 

 ファッション業界とは全く関係ない部分に大半の資金が費やされるのは、想像に難くないのである。


 1月23日には、福岡アジアファッション拠点推進会議の「企画運営委員会」が開催され、その後、記者発表も予定されている。しかし、「毎回、議題は新年度の事業についてだが、企画内容はすでに一部の委員で決められている。その報告と事後承認がされるに過ぎない」と、ある企画運営委員は語る。

 もし、噂どおりにD社に発注されているのなら、企画運営委員会でもその報告がなされるはず。発注理由も東京五輪誘致のように「事業の性格から競争入札になじまない」なんてごまかされるのかもしれない。

 このコラムでは過去、こうしたファッション事業の問題点は多々取り上げてきた。それについてはブログユーザーから数々の賛同をいただく一方で、「批判は弱虫の証拠」なんてコメントされた方もいらっしゃった。ただ、筆者も単なる批判で終わるつもりはこれっぽっちもない。

 奇しくも先日の成人式の挨拶で、高島宗一郎福岡市長は若者に対し「批判するなら、代替案を出せ」と語っていたが、まさに望むところである。こちらもファッション業界で仕事をしている上で、事業アイデアはいくらでもあるし、企画提案は大いに結構なことである。いつでも応じる覚悟はある。


 しかし、実態は推進会議の一部の人間が密室で、「自分たちの利害と思惑だけですべてを決定」し、喧々囂々の議論や企画提案の機会なんて一切設けられていない。これこそ問題ではないのか。

 現時点ではD社への発注は噂の域を出ないが、今年こそ、ファッション業界の産業振興や明日の業界を担う人材の育成という推進会議本来の目的を達成すべく、公正でオープンな事業と公平な業者選定が行なわれることに期待したい。それは地元ファッション業界の切なる願いでもあるのだ。

 

プロフィール

monpagris

カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ