HAKATA PARIS NEWYORK

今のファッションを斬りまくる辛口コラム

2013年11月

本業はファッション、グラフィックなどデザイン関連のクリエイティブディレクター。創る側の視点で今のファッション関連の事情を評論する。マスメディアはもちろん、業界紙誌も扱わないテーマに踏み込む。

立地を考える時期に来ている。

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 2、3日前の夕方、打ち合わせを終えて事務所に戻って来た時、マンション前に店を構えるコムデ・ギャルソン福岡店のスタッフ、Mさんからショップ前で声をかけられた。

 いつも通り丁寧な言葉遣いで、「呼び止めたついでになんなのですが、11月17日限りでここを閉店することになりまして」と、切り出された。


 コムデ・ギャルソンは、DCブランド好きなコアなファンに支えられているだけで、爆発的な売上げをマークしているわけではない。かといって、最近は韓国や中国の旅行者にも売れているようなので、正直「えっ」という感じだった。


 よくよく話を聞くと、「ここに出店して11年が過ぎましたから、いったん福岡店のプロジェクトを終了させてもらいます。自社ビルではありませんから、新店舗で新たな船出をするということです」とのことだった。


 撤退ではなく、リロケートのようである。大学時代に青山のショップを見てブランドを知り、社会人になってからも時々購入してきた。まさにDCブランド世代として、また素材や縫製に一家言をもつ人間として、見逃せないアイテムも多かった。


 最近は歳をとったせいで、さすがに毎シーズン欠かさず購入することはなくなったが、アメカジ崩しのセレクトやSPAなんかよりははるかに惹かれるデザインや素材感は多い。自称モード派として、また業界人としてもビジネスやプロモーションなど、いろいろ学ぶことは多かった。


 気になるのは移転先である。口頭で「祇園町の大博通りを挟んで、水道局方面に行った承天寺の真向かいです」との説明された。博多生まれの当方にとっては、 この辺は庭のような場所だから、良く知っている。


 でも、気を利かせてくれたのか、Mさんは一旦ショップに戻り、手書きの地図を持ってきて詳細に説明してくれた。


 元来、コムデ・ギャルソンは東京・青山で生まれてショップを構え、ビルインの直営やFC、専門店への卸で、世界中に広がっていった。旗艦店はだいたいブランドショップが軒をならべる一等地と相場が決まっていた。


 ところが、移籍先はロケーションは、住所は博多駅前1丁目だが、ファンにとっては辺鄙なところかもしれない。ただ、この地域は下呉服町にかけて神社・仏閣が多く、博多駅界隈や大博通りの喧噪が嘘のように静かな佇まいだ。



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 県外から買い物だけに来る連中には馴染みのないエリアだろうが、 通りを挟んで祇園、冷泉と繋がり、国体通り以南は博多山笠の区割りになる。櫛田神社などとつながって博多を訪れる観光客の散策コースにもなっている。


 博多の歴史や文化ともいい塩梅のマッチングを考えると、新たなギャルソンイメージが醸し出されるかもしれない。現に某ドレスブランドも、東長寺のロケーションが気に入り、境内でショーをやったと聞くし、当方もそれより前に某ファッション事業の企画書には、同寺でのコレクションショーの計画を盛り込んでいる。


 表参道・原宿だって神宮前なのだから、ロケーションとのマッチングは業界人なら誰でも考えつくこと。企業として、ブランドメーカーとして「もうビジネスは一等地ではない」を証明する契機にもなるだろう。


 ラインナップはレディスの「コムデ・ギャルソン」「ジュンヤ・ワタナベ」「トリコ」をはじめ、「ユニバーサル ユーティリティ」「ジュペ」など、メンズでも「オムプリュス」「シャツ」「ジュンヤ・ワタナベ・マン」「プレイ」「パヒューム」などほぼフルアイテムで、今度はワンフロアで揃うという。


 これまでシーズン毎のプロモーションには惹き付けられるものがあった。これが近くで見られなくなるのは残念だ。博多駅にはさして惹き付けられるブランドはないから、天神からわざわざ出かけることはない。


 でも、このエリアは地元だから仕事のついでに歩いてみることはこれまでにも多かった。Mさんはオープニングパーティにも誘ってくれたが、先日のY-3の時といい、レセプションはどうも苦手なので、仕事が一段落したら行ってみよう。



バッティングの功罪から見えてきたこと。

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 日本のファッション業界にはバッティングという「慣行」がある。正確には、あったというべきだろうか。用語は「バッティングさせない」「バッティングを避ける」という具合に使う。意味は卸と小売りとの取引において、あるブランドやあるアイテムについては、「卸は決まった取引先の小売店以外には販売しない」ことを指す。


 つまり、小売店同士が同じ商品でバッティング=打ち合うをことを避けようという、業界の習わしである。グローバル競争の時代に全く意味のない慣行だ、と思われる諸兄は少なくないだろう。しかし、話はそんな簡単なものではない。


 もう少し詳しく説明すると、小売店、正確にいうと「品揃え専門店」、いわゆるセレクトショップが卸から商品を仕入れる場合、国内外を問わずメーカーや卸の展示会を利用するケースがほとんどだ。

 

 卸が単独で行う展示会の場合、営業的には永年、取引を続けて来た固定の専門店を大事にする。卸には「この店のバイヤーはうちの商品を気に入ってくれ、ずっと売り続けてくれ、顧客を作ってくれた」との思いがあるからだ。


 小売り側のバイヤーも、「この卸の商品はうちのコンセプトに合うと見きわめて、ずっと売って来た。それでお得意さんを増やして来た」との自負をもつ。こうした双方のやり取りの中で、「だから、おたくにだけ卸します」「うちだけの仕入れにしてください」との了解が生まれ、取引が行われていくのだ。


 もちろん、卸側も数を売らないといけないから、同じエリア内に限り「バッティングさせない」という落としどころにする。「東京ではこのセレクトショップ、福岡ではこの専門店に卸す」といったやり方だ。この手法で、卸と小売りとの信頼関係は保たれ、共存共栄は成り立って来た。功罪でいえば、功、つまりメリットの部分だ。


 ところが、ファッション業界に新規参入したり、これから入ろうと言う若者にとっては「何で」「おかしい」と思うだろう。グローバル競争=自由、弱肉強食だから、どこが売っても良いと考えるだろうから、無理もない。


 ただ、こう考えるとどうだろう。欧米のラグジュアリーブランドを小売業者の誰もが簡単に仕入れて販売できるのだろうか。日本でラグジュアリーブランドのほとんどは、百貨店が販売している。ロレックスなんかの高級ブランドウォッチにしても、「代理店」に指定された宝飾店でないと、販売できない。


 抜け道として並行輸入という手がなくはないが、点数が限られサイズやアイテムが揃わない。また中間卸やブローカーが介在すると、「偽物」をつかませられるリスクを伴う。さらに本物であっても業者マージンの分だけ卸価格が上がり、利幅は薄くなる。


 仮に正式ルートで卸してもらえるにしても、エクスクルーシブ=独占販売権を求められれば、1シーズンで2000万円程度の仕入れを要求されることもある。コレットのような有名セレクトショップでない限り、どうしても足下を見られてしまうのだ。


 ブランドメーカーである卸は、強いバイイングパワーがあり、確かな販売実績という売上げ、顧客数をもつという小売りと取引したい。それは経営力という裏付けを評価しているわけだから、当たり前だ。どこの馬の骨とわからない若造がなけなしのキャッシュをもって展示会に来たところで、ブランドメーカーが簡単に卸してくれるほど、欧米のビジネスは甘くないということである。


 だからこそ、欧米よりはるかに零細な日本の卸にとって、取引先の小売店の仕入れ能力や売上げが取引するための「クレジット」になるのは言うまでもない。こうした取引慣行の中で、「バッティングさせない」という不文律が生まれたとすれば、少しはご理解いただけるのではないだろうか。


 もっとも、昨今ではこうした業界慣行にも綻びが生じている。インターネットの登場で、卸も小売りもEコマースを導入。卸が小売りルートとは別に直販したり、小売りがネット販売することで顧客もエリアも、ボーダレスになっているのだ。


 例えば、福岡のショップで「このブランドは地元ではうちしか扱っていないんですよ」と、専門店仕入れの希少性をセールストークにしてお客の自負心をくすぐって購入させても、同じエリアに東京のショップからあっさりネットで購入したお客がいないとも限らないのである。


 それゆえ、卸、小売り双方とも、Eコマースというチャンネルを広げるところとは、取引しないという事業者が現れている。百貨店のように「他に卸売りするな」と、従来以上に卸に圧力をかけているという話も伝わってくる。


 でも、これだけインターネットが消費者の生活に浸透してしまった今、バッティングさせない不文律は形骸化していくと言わざるを得ない。消費者にとっては、どんな販売チャンネルで買おうと自由なのだから、小売りがそれを提供する方向に動くのは当然である。


 従来、卸と小売りとの関係維持で生まれた慣行は、対顧客の面では有効に機能していた。しかし、Eコマースが出現した現在では、それも意味をなさなくなってしまった。バッティングさせないことは、卸も小売りも自分たちの権益を守るためには死守していかなければならない慣行かもしれない。でも、これは功罪の罪、デメリットでもあるのだ。


 いつまでも慣行に助けられていたのでは、業界そのものに発展がない。Eコマースが急速に浸透しているからこそ、「他に卸すな」なんて姑息な手段をとるのは、恥ずべきこと。むしろ、小売り自らが積極的に商品を開拓し買い取って、リスクを踏んで売り切るべきなのである。


 Eコマースには決して馴染まない、その店だからこそ売り切れる商品。メーカーや卸はそれを積極的に企画・開発し、小売りはそれらを探し出して自店の優位性を競争力にすべきなのである。それこそが新たな活性化の道を開くのではないだろうか。


 奇しくも10月31日、ゾゾタウンのショールーミングアプリ「WEAR」がサービスを開始した。ブランドで競合するルミネは反発し、撮影禁止ルールまで持ち出して、顧客離れを阻止しようと躍起だ。一方、パルコは東京地区の店舗で「WEAR実験中」というポスターを掲示し、販売チャンネルの拡充に踏み込んでいる。


 WEAR導入を許した背景には、手数料収入という懐柔策があるようだ。しかし、どちらにしてもこの程度の次元で争っていたのでは、業界全体の発展はないに等しい。どこで何を買うかはお客の自由なのだし、お客が求める商品を提案できるかどうかが、最後のカギを握るからである。


 百貨店もデベロッパーもEコマースも、販売チャンネルの次元だけで一喜一憂しているようでは、確実に存在意義を失っていくのかもしれない。


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