HAKATA PARIS NEWYORK

今のファッションを斬りまくる辛口コラム

2014年10月

本業はファッション、グラフィックなどデザイン関連のクリエイティブディレクター。創る側の視点で今のファッション関連の事情を評論する。マスメディアはもちろん、業界紙誌も扱わないテーマに踏み込む。

和素材はアートの方が似合う。 

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 仕事柄、日頃はファッション、デザイン業界以外の方々とはあまり交流はないが、年に一度、異業種の企業トップとお会いする機会がある。


 先日も食品メーカーの経営者とお話しした。ここは主に九州、西日本一円を販路にするパンメーカーで、発売から40年来続く人気のロングセラー商品をもつ。NY名物のドーナツにヒントを得たチョコレートコーティングのパンである。


 さっくりした食感で甘たらしくないところに、一時期はまったと言う人は少なくないと聞く。この10月にはアニバーサリー商品として、3ヵ月期間限定でプレミアバージョンを3種類発売している。


 かつてテレビの全国放送で取り上げられて一躍人気に火がつき、「幻の」という冠がついた時期もある。そのため、 プレミアの発売ではパッケージを不透明にするなど、あえて賞味期限を10日程度に延長した。


 これが奏功して発売から1ヵ月足らずで、オリジナルを合わせ100万個を販売。 福岡を訪れた人たちがまとめ買いするなど、お土産需要を呼び込んだようである。今も生産ラインはフル稼働というから、同社にとってはうれしい悲鳴だろう。


 今回の商品開発には、全社を挙げて取り組んだと言う。大ヒットはまさにスタッフの尽力の賜物だ。ロングセラー商品と期間限定企画の相乗効果をそのまま企業ブランド力の向上にもつなげることが、次なる経営のテーマだと思う。


 ただ、東京メディアが地方のスーベニアに注目すると、ファンが全国に拡大することから、他業種とのコラボ商品も生まれている。筆者は菓子パンを全く食べないが、こちらの商品には興味をそそられる。


 ペンやメモ用紙といったステーショナリーはありがちだけど、目を引いたのは東京の専門店「かまわぬ」が企画を持ちかけたキャラクターとダルマの手拭だ。伝統技法の「注染」を用いて、晒を青赤の2種類を染め上げている。


 地元福岡の雑貨ストア「インキューブ」で発売し、すでに完売。東京では丸井の吉祥寺店でも販売されているという。オリジナルのファンのみならず、九州で永く親しまれてきたキャラクターには、東京でも惹かれる人は少なくないと思う。


 ところで、手拭は日本の生活スタイルが生んだユーティリティのあるアイテムだ。手を拭き、汗を拭ぐう。気合を入れるはちまきにも、頭に被れば汗止め、埃除けにもなる。おまけに小物を包む布切れにもなるから、使い勝手は非常に良い。

 

 筆者は幼少期から博多山笠に参加してきたので、晒の手拭には人一倍、愛着がある。「手描き」「摺り込み」「染め抜き」と、流れごとに違う水法被や手拭の染め方を舁き手の男衆が語っていたので、子供の頃からいつの間にか聞き憶えてしまった。


 また中学時代、剣道の道場に通っていた時は、友人と級位以外で張り合えるのが手拭のデザインだった。面を被る前に水で濡らした端を噛んで伸ばし、摺りや抜き文字が描かれたものを頭に被る仕草はとても絵になった。


 また、乱取りを終え、面を外した時も、湯気が立つ手拭は和文字や柄が際立った。バンダナが日本に浸透していた時期に、手拭が醸すセンスは決して引けを取らなかった。


 大胆な筆文字や柄。カリグラフィーの掠れ具合。家紋や地紋。日本伝統のグラフィックスタイルには流行がないから好きだ。まさにジャパニーズアートだと思う。


 事務所には手拭ではないが、東京・浅草「べんがら」の暖簾をパーテーション代わりに使っている。こちらも手拭同様に薄地とはいえ、こしのある麻に藍の注染で、一筆の円を染め抜いている。シンプルだが、大胆な図柄が気に入っている。


 和グラフィックなデザインと独特な質感にすっかりはまってしまい、今では定期的に付け替えるようになった。


 一方、7~8年ほど前から六本木の「NUNO」にも注目している。こちらは単なる生地屋ではなく、テキスタイルデザイナーが企画構成したオリジナルの布を販売している。


 昔ながらの機械で織った味わいのある生地ばかりで、そのままグラフィックアートとしても通用する。もちろん、こんな生地を使えばファッションがもつ既成服のイメージを剥がせる感じもする。生地は独特の雰囲気を演出する。


 和素材は服にするにはコシに欠けるから、プロポーションを際立たせるようなパターンには向かない。それを無理矢理狙うと、芯地を使わざるを得ないため、かえって生地の質感が失われてしまう。


 だから、この手の生地は布のデザイン、グラフィックを楽しむ方が言いかもしれない。そのまま、端ミシンを当ててラグやテーブルクロスにしたり、フリンジを付けてランチョンマットにしたりと、ファッションよりインテリアのカテゴリーだ。


 グラフィカルな布地を木枠にガンタッカーで止めて額装するのが一時流行った。インテリアだと生地は経年で劣化するから、新しい布のデビューは、模様替えのきっかけにしてもいいと思う。


 日本の伝統技術のもとに生まれる布は、海外生産の廉価な生地に押されてじり貧状態だ。もはや服の素材と考える以上、その価値は原価の次元を超えない。テキスタイルが服のクリエイティビティを決するなんて言ったところで、それは気休めでしかないだろう。


 和紙や手漉き和紙の技術がユネスコの世界無形文化遺産に登録された。日本が生んだ絹織物などの和布にも、世界からもっとスポットが当たることを期待したい。


 和素材のテキスタイルをアート考えれば、もっとアイテムを増やせそうな気がする。特に海外では、Made by Japanese fabric、Japanese Textureは一つのブランド価値を生み出すように思う。

コンテンポラリーが活性化の芽。

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 「東京にセレクトショップはない」には多くの方々から賛同をいただいた。大手セレクトショップのSPA化の一面を書いたものだが、世界規模で見てもグローバルSPAが勢いを増せば、必ずその反動で“別のマーケット”が出現する。


 今回はそれについて考えてみよう。そもそもファッションはブランドが生まれた風土や環境によって、それぞれが持つDNAは異なる。だから、ユニバーサルマーケットに通用するブランドなんて存在しないのだ。


 GAPにはそれがウケる市場があるし、ZARAやH&Mが必ずしも万国向けとは思わない。ルイ・ヴィトンやグッチ、プラダは日本で一定のシェアを取っているが、それに続くブランドは中々登場していない。


 グローバルなら、何でも世界中のマーケット受けするかと言えば、決してそんなことはない。むしろ、D&Gのように日本から撤退するものもあるほどだ。


 日本のファッションはざっくり言って戦前は欧州、戦後は米国の影響を受けた。特にジーンズが米国から入ってくると、ヤングファッションの中で市民権を獲得。その流れを汲んだアメカジファッションが日本人のDNAに合致し、現在に至っているとも言える。


 80年代、VAN世代によるセレクトショップの経営が本格化すると、日本流に焼き直したアングロアメリカンテイストはヤング層を捕捉し、一定のマーケットを切り拓いた。それが大手セレクトショップの隆盛を生んだと言っても過言ではないだろう。


 ユニクロもまた米国のGAPを手本にスタートした。だが、日本企業で日本人の感性を理解できたからこそ、ここまで成長したとも言える。ただ、それが欧米にも通じるか言えば、決して簡単ではないだろう。ブランド力を今以上に上げたところで?つく。


 ZARAやH&Mにしてもそうだ。欧州や北米でウケているとは言え、アジア市場で必ずしも拡大を続けているとは思えない。ファッションなんてそんなもんだ。


 確かにグルーバルSPAは世界規模でマーケットを確保している。しかし、北欧も、南欧も、中近東も、アジアも、オセアニアも、北米も、南米もすべて制覇したわけではない。シェアは地域によりバラツキがあり、好調なところでも90%程度が限界だろう。


 市場占有率100%なんてあり得ないのだ。だから、グローバルSPAやセレクトSPAを捨てたところ。ZARAやH&M、GAPやユニクロ、そしてNBや大手セレクトショップの市場を否定してみるのである。別のマーケットが出現するとは、こういうことだ。 


 「そうした服っていったい何だろう」ということから考えることが重要だと思う。

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 ポジションで言えば、グローバルに対するローカル(地方という意味ではない)。規模ではマスに対するミニマム。テイストで切れば、ベーシックとモードとの中間。価格帯はモデレートとベターの中間くらいのゾーン。


 いわゆるミドルグレードのコンテンポラリーファッションである。このシーズンになると、アウターのジャケットやコートが必要になってくるので、テイストとグレードは売れる条件としては、とても重要である。


 こうしたマーケットは日本の百貨店、ファッションビルや駅ビルでは捕捉できていない。ブランドや業態そのものが存在しないからだ。それはニッチでミニマムマーケットだが、そんな商品に飢えたお客を掘り起こすチャンスでもある。


 話をもう少し具体的にしてみよう。デザインはミニマルモダンでスタイリッシュ。アイテムはコンサバライクな虚飾を廃したもの。海外のクリエーターブランドで言えば、ニューヨークのアレキサンダー・ワンや3.1フィリップリムあたりだろうか。

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 SPAで言えば、H&Mが仕掛けている「COS」や同社が昨年春にスタートさせた「&OtherStories」が該当するだろう。


 COSは業界で数年前から話題になっており、試しに昨年秋、フランスからジャケットを取り寄せてみた。150ユーロの程度にも関わらず上質なメルトン地を使い、縫製もかなりのレベルをキープ。H&Mとはコンセプトも企画も生産背景も全く違うのがわかる。


 テイストはミニマルで、適度なモード感をもつ。メンズ、レディスともにオンオフ対応できるMDを構築しており、着回しが利くところが良い。また、テイストの軸がブレないので、翌シーズンのアイテムとのコンビネーションにも無理がない。


 こんな話を先日、某セレクトショップのバイヤーとの会話の中ですると、同氏もCOSは欧州出張の度にチェックしているようで、「Tシャツなんかもなかなか良いですよね」と返答。たかがTシャツと言っても、COSはカッティングから違うのである。


 一方、&OtherStoriesも、アウターからボトム、バッグ、アクセ、シューズのフルラインナップしている。こちらも上質の素材を使い、質感を上げるためにディテールまで手を抜かない作り。メンズっぽいジャケットを作るなどこだわり感もある。


 価格もジャケットが160ユーロ、スカートが70ユーロくらいだから、コンテンポラリーファッションとしては、かなりリーズナブルだ。


 COSは来月、東京青山に待望の1号店がオープンする。&OtherStoriesは現状では、本国スウェーデンの他、英国、フランス、ドイツ、イタリア、オランダなど欧州と米国ニューヨークのみの展開で、日本上陸の予定はない。


 H&Mが日本市場をこれ以上攻略できない理由として、そのテイストと質感がある。レディスの場合、日本人の多くはコンサバ嗜好が強いため、モード感が強いと敬遠される。


 逆にモードよりを好む一部の層からすれば、質感が満足できない。もう少し上質なアイテムなら大枚をはたいても良いと考える。その辺の価値と価格のバランスをキープできているのが、ニューヨークのクリエーターと2つのグローバルSPAである。


 これらは今の日本では、決してマスマーケットにはならない。ただ、NBやセレクトSPA系にはない大人っぽい雰囲気とエッジの利いた感性をもつ。都会的でシャープなスタイリングは、まさにクールビューティを演出するのだ。


 だから、百貨店に行こうが、ファッションビルを覗こうがどこも通り一辺倒のテイストで、買い物に二の足を踏んでいる層を捕捉できる可能性は高い。


 ファストファッションは日本市場に浸透した。しかし、商品そのものは“ワンナイト・パーティグッズ”と揶揄されるクオリティでしかない。H&M社もそれを十分に認識した上で、ニッチ市場を切り拓こうとする戦略は目ざといと言える。


 グルーバルSPAは世界マーケットを制覇するために、こうした間ビジネスも展開しようとしているわけで、これにはユニクロも出遅れていると言わざるを得ない。


 また、売れるデザインを標榜するのがニューヨークファッションの源流ということからすれば、デザイナーも自己のクリエーションの中で、実利を追求できるものを創り出そうとするのは当然だろう。


 日本人のクリエーターはどうかと言えば、先日、開催された2015S/S東京ファッションウィークのビデオを見ても、意外にこうしたコンテンポラリーなクリエーションを発表するものは少なかった。


 強いて上げれば、ENFOLDと前にあげたUAのアストラットくらいだろうか。


 であることからして、日本でもこの辺のゾーンの開発が、マーケットを活性化するカギになると思う。ということで、2年ぶりにメンズを作ってみることにする。試作品は後日、このコラムで紹介する。

どこまで変えられるだろうか。

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 10月7日、ファーストリテイリングがクリエーターのジョン・C・ジェイ氏を新役職の「グローバルクリエイティブ統括」に起用すると発表した。


 リリースをそのまま解釈すれば、 傘下のユニクロほか、「GU」「コントワー・デ・ コトニエ」「プリンセス・タムタム」「セオリー」など、ファストリすべての事業に参画することになる。


 そこで気になるのが、ジェイ氏のキャリアだ。オハイオ州立大学でビジュアル・コミュニケーションを専攻。 1993年、オレゴン州ポートランドに本拠を置く広告代理店「ワイデン+ケネディ」のクリエイティブ・ディレクター兼パートナーに就任した。


 同氏はここでナイキはじめ、コカ・コーラ、マイクロソフトといったグローバルブランドの「広告」および「ブランディング」を数多く手がけている。実はこのワイデン+ケネディ社がマーケティング力に長けているのは有名な話だ。


 同社はグローバルブランドの広告を制作するとき、世界を数ブロックに分けて行っている。例えば、ナイキの場合、米国本国、アジア、太平洋、南米と北米カナダ、そして欧州という形で分割している。


 エリアマーケットによって、コミュニケーション戦略のクリエイティ手法、平たく言えば「広告表現」を変え、成功に導いて来たのである。


 ただ、これはもっともなことだ。いくらグローバルブランドだと言っても、それに対するニーズや価値判断はエリアごとに異なる。言語、ライフステージ、年収、生活実態、嗜好、気候で、求められるものが変わってくるからだ。


 ナイキが狙うスポーツマーケットを見ても、北米はアメフトやバスケット、南米はサッカー、アジアは野球、ヨーロッパはランニングやサッカーと、それぞれのエリアで人気があるジャンルは一様ではない。


 また、気候や風土が違うので、求められるウエアの機能も異なる。赤道直下の国々なら、即乾性やクールダウン力。カナダや北欧では、防寒や保温性が重視される。だから、ナイキ側もそれぞれのマーケティングを行っている。


 当然、市場に沿って広告表現を変えていないと、コンシューマーと円滑なコミュニケーションができず、的確なアプローチにはならないということである。


 だから、同社はナイキのCMでも、エリアごとに違うものを制作している。例えば、サッカーW杯のアルゼンチン大会が開催された時に制作したのは、アルゼンチンだけの市場を対象としたものだ。


 米国本国向けでも、NYでオンエアされるスポットCMと、ロサンゼルスで流れる提供CMは異なっている。同じ米国の都市でも文化が違うから、ナイキはエリアごとに、広告のクリエティブ戦略を変えるのだ。


 つまり、同氏がこれまでワイデン+ケネディ社で手がけたコミュニケーションワークの中で、巧みなマーケティングのノウハウと、広告ビジュアルに見られる秀逸な表現力に、ファストリの柳井正会長がフリース以来、再度着目したということだろう。


 ファストリとしても、傘下のブランドで狙うターゲットは違う。ユニクロはベーシックで、GUはトレンドを取り入れているから、メーンの客層は異なる。


 また、コントワー・デ・ コトニエやプリンセス・タムタムは同じフレンチテイストでも、プライスラインやターゲットは同じではない。セオリーはNYのキャリアブランドで、価格はブリッジラインだ。


 コントワー・デ・ コトニエは数年前、ケリガングループ傘下のレッドキャッツで通販にも参入していた。しかし、コストパフォーマンスに優れたブランドが数多く、通販ビジネスで一定のポジションを確保するまでにはいかなかった。


 ブランドバリュが認知されていなければ、ただ単に新たなチャンネルを構築しようとしてもうまくいかないということである。


 つまり、ファストリが世界有数のファッションコングロマリットを目指す上では、今以上に傘下ブランドのプレステージを上げていかなければならない。それに加え、各ブランドが狙う市場を的確にセグメントするには、コミュニケーションのクリエイティビティは、最重要なファクターになる。


 尤も、ユニクロの広告表現は従来は、ギャップを手本とした。アメカジブランドに見られる特長として、シンプルでインパクトのあるビジュアルづくりがうまい。白ホリのスタジオでのモデル撮影で、お客の目がアイテムそのものに行くように仕向ける。


 「インディビジュアル広告」と呼ばれる手法で、ユニクロは店舗販促ではこの手法を盛んに取り入れていた。最近ではH&Mが店舗やビルボードに使用している手法と言えば、おわかりだろう。テレビCMについてはイメージ型へと移行しているが。


 ところが、欧州のファッションは違う。ブランドに合致したストーリーやシチュエーションをしっかり組み、ロケなどを駆使してブランドの世界観やイメージを訴求する。ブランドが生まれる土壌で、広告表現も大きく異なるのだ。


 これはグッチやアルマーニのようなラグジュアリーブランドに限った表現ではない。コントワー・デ・ コトニエのようなカジュアルブランドにも共通する。市場やターゲットが違うのなら、表現する感性も変えないと人の心は打たないのである。


 柳井会長は今後のクリエイティブ戦略について、「今のビジネスのグローバル化を進めていく。そして世界を変えていく」と、いつもながら大風呂敷を広げたが、とどのつまりジェイ氏を起用した背景はそういうことだと思う。


 まあ、柳井会長は「私と、そして時には私に代わって、各ブランドがどうあるべきか判断していってもらう」と、今回も佐藤可士和氏を起用した時と似たようなことを付け加えていた。


 ただ、「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」と言っても、商品ありきで始まる広告づくりでは、自ずと限界があるは言うまでもない。


 ここからはファッション的なアプローチで考えてみよう。確かにユニクロはブランドとして確立したし、収益も好調だ。しかし、他のブランドは必ずしも良いとは言えない。


 現にコントワー・デ・ コトニエとプリンセス タム・タムの二事業を統括したナンシー・ペドットCEOは今年9月、就任からわずか1年足らずで退任している。


 仮に理由が「ブランドの立て直しが期待外れに終わった」ということなら、どうだろう。広告のクリエイティブ戦略を磨いた程度で、他のブランドも売上げがアップするほど、簡単なことでは無いということである。


 ファッションマーケティング的な視点に立つなら、なおさらだ。グローバル戦略を進める上では、市場ごとに商品を作り替えていかないと商品は売れない。これは鉄則である。ヨーロッパ人と中国人の好みが同じとは考えにくいからだ。


 ユニクロはアイテム数が多いから、十分に対応できそう言ったところで、たかが知れている。ユニクロよりはるかに売上げが大きなナイキやアディダスですら、アパレルでは欧州と米国とアジアではデザインを変えている。


 もちろん、ファストリもその辺は理解しているはずだ。そのため、コントワー・デ・ コトニエやプリンセス タム・タム、セオリーといったM&Aによるブランド確保だけでなく、+Jなどの欧米受けするデザインも仕掛けている。


 しかし、コラボブランドが必ずしもサクセスしたとは思えない。 商品のテイストが変われば、店づくりも展開方法もVMDもオペレーションも変わってしかるべきだ。なのに、それらはユニクロのままだった。それではうまく行くはずが無い。


 9月末には店舗&期間限定で、+Jを復活させた。ところが、初日にファンがどっと駆けつけたため、売れ筋のデザイン、サイズがすぐに欠品。2日目で売場はグチャグチャになっていた。前回の+Jの反省点がほとんど生かされていなかったのだ。


 コントワー・デ・ コトニエとプリンセス タム・タムについては、経営トップの首を付け替えても、好転しなかった。やはり、ファストリにはファストリの血脈があり、そのDNAによってブランドが生きるか否かが決まっていると言わざるえない。


 また、新しいブランドを仕掛けるにしても、商品だけでなく売場から販売まで新しくしないと、孵化しないということである。柳井会長のコメントからは、傘下ブランドにおけるその辺の運用面も、ジェイ氏に期待しているようなニュアンスが読み取れる。


 ただ、ファッションのクリエイティビティとなると、素材から色、デザイン、パターン、縫製・加工、VMDや販売手法、店づくりまで条件が機能して、実現する。


 素材ひとつをとっても、糸選びや織り方で、組織が変わり、肌触りや風合いは大きく変違ってくる。それが最終的なデザインを左右する。また織りや染めの一つ一つがブランドの価値を上げていく。秀逸で手練な技によるフォルムが着心地を生む。


 条件が揃ってこそ形になり、いろんな手法のもとで展開され、優れたコミュニケーション戦略によって、ブランドへと昇華していくのである。


 ファッションのクリエイティビティとはそういうものだ。ジェイ氏が世界的なクリエーターと言ったところで、それはビジュアル表現の専門家であって糸へんの人間ではない。本来ならマーケティングは商品づくりにフィードバックされてはじめて体を成すはずだ。


 だから、ファストリが各ブランドにおける商品づくりはそのままで、コミュニケーションやビジュアル表現のみに注力したところで、服が変わり、ブランドのプレステージが今以上に上がるとは思えない。


 稼ぎ頭のユニクロが工業製品的である限り、ブランディングと広告表現のみでどこまでマーケットを広げられるか。限界値はあると思う。まして、他のブランドのマーケティングもどこまで広告のクリエイティブ戦略に生かしきれるかは疑問である。


 「CMは変わったけど、商品は全然変わんないね」。少なくとも北米や欧州、日本のような成熟したマーケットでは、そんな声が多数派を占めるかもしれない。

身土不二を具現化したデザイナー。

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 さる9月23日、デザイナーのヨーガンレール氏が不慮の事故で亡くなった。DCブランド世代にとっては、とても印象に残る服づくりをする方だった。


 ポーランド生まれのドイツ人。60年代初頭よりパリに渡り、テキスタイルを学んでデザイナーとして活動。その後、ニューヨークを経て、70年代はじめに来日した。


 同氏はテキスタイルデザイン、製造を手掛ける㈱ヨーガンレール社を設立。ビギ、メルローズ、ピンクハウスといったブランド企業を傘下に持つビギグループの一員として、レディス、メンズ、靴、バッグ、そしてアクセサリー類を販売した。

 

 特長は服づくりにはコットンやリネン、シルク、ウール、また金や銀、ストーンなどの天然素材しか使わなかったことだ。当時、様々な素材が出回る中、同氏は作り手だけでなく、服の着手にとっても重要との意味を込めて、生地からデザインにあたったのである。


 服は身につける人が最も心地いいと感じる「素材」であること。そのインスピレーションのもとに作られる服は当然、アレルギーや静電気が起こらないことが必須。となると、必然的にコットンやリネン、シルク、ウールといった天然素材になるわけだ。


 それらは自然界に存在する植物などで染められた。人工的な染料や顔料は一切使われていなかった。天然の素材が母なる地球や自然界のサイクルに一番合っているという考えからである。


 しかも、糸から丹念に選び抜かれ、丁寧に染め上げられた。そして、日本らしい昔ながらの機織り機で1反1反織られ、また時に吊り編み機を用いて1枚1枚編み立てされた。


 同氏は服づくりのフローをすべてコーディネートさせる独自の仕組みで、そのインスピレーションをひとつの服へと昇華させていったと言える。まさにファッションとは、素材という要素が大部分を握っていると言わんばかりである。


 また、色出し、生地や糸選び、接ぎのすべてに同氏なりの主張を通していくのは、ブランドとして服を単にフォルムだけでとらえたくないからだ。余分な虚飾を排しながら、身体を締め付けずに、人間が纏うように身につけられる服。同氏のクリエーションの真骨頂でもある。


 それでいて、野暮ったさを感じさせない。ファッションであり、モダンである。それこそが着る人のライフスタイルに合うというメッセージなのだ。


 まさに40年以上、ファンに愛される続けるのは、普遍のアイテムであって、不変のもの作りだからか。それを成し遂げられたのは、布と糸の匠ゆえの偉業に他ならない。


 同氏を知ったのは、筆者がちょうどデザインの仕事をし始めた頃。ワイズ、コムデギャルソン以外で興味を引かれたのは、その独特な素材感や風合いにある。


 知り合いがビギグループのあるブランドのプレスをしていたことで、同氏のインタビューに触れる機会もあった。もう30年近く前のことなので、記憶は不確かだがコメントはとても印象に残った。


 憶えている一部を書き出してみると、こんな内容だった。


 「僕は病気になりたくないから、煙草は吸わないし、体に悪いものは絶対とらないようにしています。白い砂糖は使いません。肉や魚などの動物性タンパク質もとりません。そうやって食べ物を選んでいくと、植物、しかも自然に産する食品に限られます」


 「仕事や生活スタイルでも自然を大切にしていきたいと思います。自然のものが体に一番いいのだと思います。そして、その自然に触れたくて毎年インドに旅行しています。移動中に見た景色には毎回感動します。自然に身を置くことが僕のエネルギー源です」


 コメントを見ると、同氏がベジタリアン、いわゆる菜食主義者であることがわかる。しかし、それ以上にストイックで、自らを律する精神の持ち主でもあった。


 晩年は沖縄に移住した。ここでもほとんど自給自足に近いライフスタイルだった。木造家屋に住み、畑では野菜やお茶を栽培していた。


 スピンオフの「ババグーリ」は、自然にこだわるライフスタイルの延長線上で、さらに職人の技を取り入れたブランドだ。天然の綿を手で紡ぎ、その糸を手織りし、草木で染める。手ぬぐい一つがすべて手作りだから、決して量産はできない。

 

 沖縄生活で栽培されたお茶、真の無添加石鹸もババグーリには加わえられていた。まさに「身土不二」を具現化したデザイナーである。


 享年70歳。本来ならまだまだ活動できただだろうし、事故死はご自身がいちばん無念だったと思う。ただ、自然豊かな沖縄が終末の地になったことがせめてもの救いだ。


 天然素材を愛し、身土不二を貫く精神、これからも大事にしていきたい。合掌

東京にセレクトショップはない。

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 半年ぶりに東京に出張した。取引先のアパレルと2015年の企画デザインなどで打ち合わせのためだ。アベノミクスで景況感は良くなっているように見えるが、マーケットの動きは今イチと多くのアパレルが思っている。


 ただ、当方はじめ服作りに携わる人間は、徐々に制作意欲がかき立てられ、国産の生地や縫製によるクリエーションが勢いを盛り返している。


 まだまだマスマーケットは、グローバルSPAやファストファッションが幅を利かすが、それに嫌気がさし始めた人々がクリエーションへ向わせる日が必ず来ると信じたい。


 では、アパレル側が本腰を入れて作った商品を、一体どんな「小売り」が仕入れてくれるのか。その話をすると、取引先アパレルの社長がこう言い放った。「東京にセレクトショップはないからね…」。なるほどである。


 真意を説明するとこうだ。東京に本拠を構え、ネームバリュウをもち、規模の拡大を追求し、ネット販売の環境も整備している「編集型の品揃え専門店」は、専門店系アパレルの商品なんかに、それほど期待していないということである。


 ウエアから小物まで商社やOEMやODM業者、またいわゆる“ふり屋”の手を借りれば、いとも簡単にオリジナルで生産できる。売場の編集は容易で、商品の色、素材感、テイストが相似になれば、VMDも自社のオペレーションで完結する。


 店づくりは統一感を増し、ショップブランドは確立する。大手として経営の目的である「利益の最大化」を図るには、これが一番ベストな手法となる。ちまちまとアパレルから仕入れていたのでは、それは実現できないからだろう。


 かといって、「セレクトイメージ」は残したい。その結果、メーカー別注方式や仕様書発注方式をと取り入れながら、時にバイヤー?(商品企画担当者)が工場まで出向いて、スペックを詰めたり、デザイナーのアイデアを引き出したり。


 一応、専門店アパレルのような商品レベルをキープして、セレクトの体裁は整えるのである。でも、それをセレクトショップと呼べるのか。アパレルの社長は「否」だったのである。筆者も同感だ。


 まがりなりにもセレクトショップと呼ぶなら、バイヤーがアパレルや小物の展示会で商品1点1点が自店のコンセプトに合うか、また、シーズンMDの方向性に合うか、「吟味しながら仕入れるか否かを決める」のが常道だ。


 また、見せる商品、着れる商品、売れる商品をしっかり見極め、時に「攻める商品」も扱って編集し、顧客に一歩先を提案しなければならない。売れ筋ばかり集めたんでは、売り上げ効率を追求で面白くないからである。


 一方、店としてもアパレルやクリエーターを発掘し、孵化器としてブランドやクリエーションを育てていくことも重要だ。彼らがメジャーなる前にがっちり組むという選択肢もありうる。 それがセレクトショップなのである。


 大手だって、勃興期、成長期はそうして来たはずだ。ところが、セレクトショップが爛熟期を迎え、さらにショップ本体が大企業になると、MDもバイヤーもサラリーマン化して、リスクを避け冒険もしなくなる。


 あれほど、インポートにこだわりをもっていた店が、今ではオリジナル企画用のモデルサンプルとしか見なくなっている。


 血気盛んな若手スタッフが国内外の展示会で、「これを売りたい」と見つけてきても、社内品評会では上司からけちょんけちょんに言われてしまう。これではやる気が起こるはずがない。


 しかも、東京は店舗コストが尋常ではない。ショップのロイヤルティを上げようとすれば、そこそこの立地に出店する。となると、莫大な経費がかかる。


 家賃や敷金、内装費といった初期投資はもちろん、人件費、光熱費などのランニングコスト。そして、ビルインになると高額な最低部率家賃がのしかかる。どれも金額はハンパではない。


 もはや東京都内の一等地や周辺の好立地に、個店レベルで出店は不可能だろう。だから、大手ほど売り上げ効率や収益性のいいSPA化に向くのである。いや向かざるを得ないのだ。これが東京で個店のセレクトショップが育たない理由でもある。


 表参道に有名な商業施設がある。建設したときはずいぶん話題になった。 メジャーなブランドが多数、出店している。一方で退店が後を絶たない。売上げに対し、歩率家賃が高過ぎるから、ペイしないのだ。


 最近では地方のショップにも出店の依頼があるようだ。しかし、あまりに高コストでほとんどが二の足を踏む。展開を続けられるところは、採算があっているか、広告宣伝と見ているか。どちらにしても、よほど潤沢な資金力を背景にしているのは言うまでもない。


 話を戻そう。アパレルの社長が言った「東京にセレクトショップはない」。言い換えれば、ドメスティックやインポートのブランドをリスクを踏んで、一生懸命売ってくれるのは、もう地方のショップでないと難しいのではないかという暗示でもある。


 地方なら、コストがかからない分、オーナーの考え次第で、いろんなセレクトショップが展開できる。ショップとして専門店系アパレルが作るエッジの利いた商品で、味の濃い品揃えが可能になるのだ。

 

 しかも、店として時間をかけてじっくり売れるから、1年、2年でじんわり顧客化される。でき上がった顧客をまたマスにならない商品で引っ張っていくことができる。


 アパレルの社長に助言した。「どんな地方都市でも必ず大手のセレクトでは、満足しきれていないオーナーやお客さんはいるはずです。そうした人々をじっくり開拓しましょう」と。


 キープコンセプトで軸がブレないセレクトショップ。国産のファブリックで、国内縫製で作るドメスティックブランド。そこにクリエイティビティのエッセンスを加えたもの。


 インポートは円安で価格が上がっていることもあり、原価率を下げるような商品も増えている。むこうも商売だから当然だ。ならば、国内回帰という選択肢もあるだろう。


 そんなアパレルやクリエーターとがっちり組むセレクトショップをクローズアップすることこそ、地方ファッションを活性化するカギではないかと思う。


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