HAKATA PARIS NEWYORK

今のファッションを斬りまくる辛口コラム

2015年01月

本業はファッション、グラフィックなどデザイン関連のクリエイティブディレクター。創る側の視点で今のファッション関連の事情を評論する。マスメディアはもちろん、業界紙誌も扱わないテーマに踏み込む。

地道に売ればブランド力はつく。

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 インターネットの日経ビジネスオンラインに「川島蓉子のダサい社長が日本をつぶす」という対談コーナーがある。川島氏ご本人はファッションマーケティング会社のご出身で、いろんなブランドの開発にも携われたご高名なお方だ。

 

 現在はifs未来研究所所長という立場で、いろんなプロジェクトも手がけられていらっしゃる。このコーナーはそうした手腕と実績のもとに企業経営者たるもの、もっとファッション的、いわゆる「スマートに物ごとを考えてみては」という視点を提示している。


 1月23日には、ブランド「ミナ ペルホネン」を手がけるデザイナーの皆川明氏が登場。 われわれ東京ファッションウィーク関連の専門店系アパレルで仕事をして来た人間にとって、20年前のデビュー当時から注目するブランド、デザイナーである。


 対談では、川島氏が「ファッション」が時代を先導していた時代って…世界的にも一度終わった」「新しいことをやりつくした感がある」と論点で切り出した。


 それに皆川氏は、ファッション業界は「新作を発表することで成り立って来た」と、業界の立場を示しつつ、「新しさ」という思想に取り込まれると、「すぐに古くなる」という矛盾も感じ、デザイナーとしてそれと戦っているという姿勢を示した。


 新しさを追うことがファッションなのかと言えば、それはある一面でしかとらえていない。もともと生地があって、それにデザイン、縫製や加工技術、流行などが加わって洋服はファッションとなる。 でも、流行には時代性があって、繰り返していく。

 

 人のカラダは洋の東西で骨格こそ違え、基本パーツは変わらない。それがまとう服をデザインするわけだから、遊びの部分はあっても特別な形にすることは難しい。(まあ、かつてのパリコレには、服をはるかに超えたものがあったが)


 結果として、考え出せるデザインには限界が生じる。新しさといっても、それは全くゼロから生まれるものではなく、既存にあるものが流行のサイクルの中でリ・デザイン、リ・プロダクトされる面は否めない。


 そうしたデザインの服を初めて見たり、着たりする人間には、純然たる新しさでとらえられるが、かつて同じデザインの服を見たり、着たりする人間には、リバイバルとしての新しさということになるのだ。


 だから、デザイナーが常に新しいものを考え、生み出しているというのは、いささか錯覚なのかもしれない。むしろ、20年という長きにわかってブランドを存続できたのには、新しさ以外の「何か」があると考えるべきではないだろうか。


 川島氏が対談でミナ ペルホネンに指摘した「普遍性」がそうだ。皆川氏は2000-2001年秋冬コレクションでは、「tambourine」というテキスタイルを復刻させている。


 理由は「ファッションの仕事を始めた時から、継続性のあるもの作りをしていきたいと考えていました。精魂込めた思いを込めて作り上げた生地は、時代を越え愛され続けていくはず」との考えからだという。

 単に伝統とか、トラディッショナルとかという解釈ではなく、デザイナーが生地を一目見ただけで魂を揺さぶられるような衝動。感覚的に「これだ」と思ったことが復刻させたのだと思うし、その背景には産地の伝統や職人の技があるのはいうまでもない。

 ミナ ペルホネンを形作る生地には、産地で受け継がれた来た染めや職人のプリント技術が宿っている。

 その変わらない、譲らない、揺るがない「何か」がデザイナーをつき動かすのであり、 変わらない、譲らない、揺るがない「何か」がそのものズバリ、普遍性だと思う。

 それをファッションに昇華させるのがデザイナー、いわゆるクリエーターである。だから、そこで生まれる服は何年着ても飽きがこない、一度その魅力に取り付かれると、またそれに戻っていく。

 これはお客さんの前にバイヤーや販売スタッフも、同じ気持ちだったと思う。

 ミナ ペルホネンはデビュー当初は、東コレ系の一ブランドでしかなかった。しかし、バイヤーがその商品を見た時、皆川氏自身が産地まで出かけて、生地から作りあげるクオリティや世界観に一目で惚れ込んだ。

 そして、これを地道に売っていけば顧客は付くと踏んだはすだ。商品をお客に提案してきた百戦錬磨のバイヤーや販売スタッフであるがゆえに理解できたことでもある。他のブランドでもあるケースだが、20年もの長きに渡ってそう思えるものはそうそうない。

 ミナ ペルホネンのブランド力を醸成させたのは、まさにオリジナル生地から生まれた服のクオリティと世界観に他ならない。

 それをショップが変わらず、譲らず、揺るがずにお客さんに提案し、ファンをつくり出した。だから、その熱い思いはアパレル側にもフィードバックされ、さらにいい物を作ろうという意気込みを生んで、ブランドを持続させていったと言える。

 福岡でも、ミナ ペルホネンを販売してきたセレクトショップがある。1998年に創業し、当時からこのブランドを扱い、シーズンごとのストーリーをお客に語り続けている。だから、ずっとファンを惹き付けて止まないのだ。

 ただ、仕入れたバイヤーにとっては、決して先にブランドありきだったわけではない。展示会で商品を見極めて取引を申し出、バイイングを始めた。それは当時発行された業界誌にちゃんと書いてある。

 それから16年以上を経過しても、売れ続けているのだから、もう完全にファッションや流行の次元を超えていると思う。

 ブランドは今やセレクトショップのMDの一部、コーナーの一角を占めるのではなく、パートナーショップという路面店を展開するまでになっている。

 ある種の普遍性がブランド力となって、お客のスタイルテイストの一部になっているのかもしれない。

 今では20代で顧客となった人が母親となり、その娘を新たなファンにさせていることも考えられる。ミナ ペルホネンには、そんな瑞々しさと底知れぬエネルギーを感じるのだ。

 本物を見抜く人間が地道に売り続けることも、服がブランド力をつける上で、一端を担う。言い換えれば、地道に愚直に売り続けないと、ブランドは認知されないということである。


春色冬素材の採用は難しいのか。

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 2015年に入って20日が過ぎた。初売りは例年になく好評だったようだ。伊勢丹が後ろ倒しにしたセールも、他店との棲み分けが定着しつつあり、前半・後半戦の様相を呈している。間延びする在庫処分期間にメリハリがつき始めた点では、評価できる。


 ただ、問題は中身だ。店頭には8月下旬から秋物が並び、10月中旬には冬物が投入される。だから、秋物は11月中旬、冬物は12月上旬までにプロパー消化しないと、マークダウンやセール待ちの状態になってしまう。


 専門店チェーンなどは、少しでも在庫処分、現金化を狙って、期中に値下げするのはザラだ。だから、というわけでもないだろうが、商品は当たり外れがないように年間を通じで引っ張れるものに偏っている。特に色、素材でそれは顕著だと感じる。


 もともと、色のバリエーションが少ないメンズでは、売れ筋は紺、グレー、ベージュ、黒が主流。だが、某有名通販サイトで色をチェックすると、色合いがブランド、デザインの違いだけで、かなり被っているのには驚く。


 撮影スタッフがあえてライティングで色のトーンを合わせているわけでもないだろう。また、WebデザイナーがPhotoshopで加工しているとも思えない。相当のアイテム数をアップしているはずだから、それほどの余裕はないはずだ。


 とすれば、元々かなりの色は被っているということ。生地の染めや色出しの段階で、それほどバリエーションはないと言えるわけだ。となれば、素材もコットンギャバなどは、メーカーにとっては春、秋、冬で共通する素材となっているのではないだろうか。


 年が明けると、日差しは日に日に春めいてくる。本来なら、秋冬物のダークな色合いをセールにかける。そして、明るめの色合いで冬素材の商品をプロパーで売るべきだが、そうはなっていない。年中、引っ張れるベージュのような季節共通素材もセール対象だ。


 年が明けても、北海道や東北、北陸はまだまだ寒いので、冬素材は重宝するだろう。ただ、万国共通のファッション感度を考えると、プロパー販売には全国共通で「春色冬素材」も必要ではないか。いわゆるブライトカラー、ペールトーンである。


 特に色や素材のバリエーションがないメンズファッションこそ、色や素材でもう少しシーズンアイテムにメリハリを付けてもいいのではないかと思う。


 ユニクロのようなグローバルSPAでは、1アイテムあたりの調達量がハンパじゃないから、こと色のバリエーションは広い。ウルトラライトダウンが典型的だ。


 ただ、トップスなら明るい色目のニットにレザーなどを重ね着すればいいが、1枚もののボトムは素材がどうしても狭まっているから、春色がないと着こなしは難しい。


 カラーバリエーションが広いユニクロでさえ、タウンに穿けるボトムでは冬でもデニム、 チノ、コーデュロイ、ウール(混紡含む)、そして裏側に異素材をボンディングした暖パンぐらいしかない。冬物はダークカラー主流である。


 数年前、ちょい悪オヤジ向けにクラシコイタリアが浸透した。この時は、ピンクやオレンジ、赤などのパンツを穿くオヤジたちが目立った。でも、それはギャバやデニムをカラーで染めたもので、夏場向けの素材感だった。


 温暖なローマやナポリのイメージで、寒い日本の冬向けには提案するブライトカラーは、白くらいで雑誌を見ても中々提案できていないように感じた。イタリアオヤジを訴えても、日本の雑誌である以上、国内で手に入るアイテムでは限界があるからだろう。


 確かに素材は気候や気温に左右されるし、クリーニングとの関係もある。だから、広げるのは限界があるのかもしれない。


 でも、初売り、冬のセールでさえ、秋から引っ張っるダーク系はもちろん、ベージュ系も在庫がかなり残っているのを考えると、1月に売るボトムでは新素材、新色を投入しない限り、プロパーではかなり売りづらいのではないだろうか。


 そこで具体的にどんな色や素材が理想か。薄手のウールではどうしてもビジネスライクになってしまう。フラノや縮絨も、せいぜいライトグレーがいいところで、春のトーンとは言い難い。


 定番素材のコーデュロイは、百貨店の平場などでベージュや生成りを見かけなくはない。でも、高価なもので数年穿くとなると、膝や尻のテカリが気になるし、汚れ目やケアの問題もある。


 プレーンな組織でオン、オフ兼用で、しかもケアし易いボトム向けの春色冬素材。色はオフホワイト、生成り、ライトなベージュ、グリーン、ブルーといったブライト、ペールトーン。それらにスミ10%程度のグレイッシュトーンなら汚れ目もつかない。


 ベージュと言っても、秋冬から市場に出回っているのは、ほとんど「キャメル」で定番・量販の域を抜け出せていないカラーだ。セールで大量に在庫を残しているのは、新春に穿きこなす新しさは感じ得ないからだと思う。


 欧州のアパレルではニットでもウール55%、コットン45%程度のカシミアタッチで肌触りがいい素材がある。こうした混紡率でボトム向けの素材はどうだろうか。


 また、コットン98%の程度なら肉厚のピーチスキン、モール、スエードなど起毛素材が防寒にも効果的だし、柔らかくて肌触りもいい。南国九州では3月上旬まで、雪国の北海道や東北、北陸なら4月いっぱいは、引っ張れるかもしれない。


 厚手の起毛コットンなら自宅で洗濯もできるからケアも楽だし、そこそこの耐用年数もある。価格がSPAより高めでもコストパフォーマンス良いはずだ。


 明るい日差しが差す1月に季節感やファッション感度を無視したアイテムは、 いくらセールで安くなったからと言っても、そうそう手を出すお客がいるとは思えない。


 極論すれば、春色冬素材でお客を掘り起こすことが1月、2月のプロパー販売のカギを握ると思う。メンズ=ベーシックカラー、定番素材という固定観念から脱却することがそろそろ必要だと思う。


 また、アダルトなればなるほど、着回しを考えて質感が高い天然の素材感を求める。ノームコアまで落としてしまうとファッションに無頓着なおじさんに見られてしまう。だから、生地感でコンテンポラリーくらいのテイストや感度は維持したい。


 セレクトショップのような業態で、もし高額品を投入できるなら、ブライトカラーの春レザーやペールトーンのスプリングコートなどを加えると、粋なメンズスタイリングが提案できるし、客単価も上げられるはずである。マッキントッシュ頼みでは少し寂しい。


 今年はプレーンなデザインで、いかに色と素材でトレンドや質感を出すか。これに付いて考え、形にしていこうと思う。

イベントだけでは認知されない。

2015FWF




















 福岡アジアファッション拠点推進会議が主催する「ファッションウィーク福岡(FWF)2015」 の概要が発表された。 今年はタイアップ企画として、「クリエーター・ポップアップショップ」が実施予定となっている。


http://www.fa-fashion.jp/index.php?action_detail_index=true&doc_id=270


 推進会議は「地元で活躍するクリエーターたちに場を与えることで、自らの才能を披露する機会を提供し、あわせて福岡独自のクリエイションを対外的に発信することを目的に実施する」とタイアップ企画の意図を触れ込む。


 具体的には「イムズ」「キャナルシティ博多」「博多阪急」「ソラリアプラザ」「アミュプラザ博多」「岩田屋」ほか商業施設内の「エスカレーターサイド」や「回廊まわり」を使用し、「期間限定の販売催事」にするというものだ。


 条件は「洋服」「ファッションアイテム」の販売に限り、出店先から「売上げ歩率15%」と「諸経費(水光熱費、複合端末使用料など)」を差し引かれるもの。什器類、装飾類・販売スタッフはクリエーター側で準備することになっている。


 また、店構え、品揃えに関しては商業施設担当者の「事前チェック」が必須で、MD内容がフロア・周辺店舗と検証された上で、OKとなる。出店にあたっては、出店者と商業施設間で「契約締結」が必要となる場合があるとのことだ。


 当然ながらクリエーターと言っても、商業施設で売場を借りる上では「メーカー」「販売業者」と見なされる。だから、売りっぱなしは許されず、アフターまでの自覚を求められるわけだ。でも、公金を使う事業の割に、何とも上から目線のもの言いである。


 昨年のFWFでは、福岡市役所横のふれあい広場を使って「ファッションマーケット」と銘打ったオープンイベントが開かれた。それも事前の「規定」では出店者には「バザーではありません。クリエーションの発信の場です」という条件が付けられていた。


 出店者はプロのクリエーターや学生などが対象とされ、前年の秋口から募集されたが、思うように集まらなかった。そのため、規定は大きく変更され、「専門学校生が古着を売るのもOK」といったフリマと何ら変わらないイベントに落ちてしまった。


 結局、ファッションマーケットは、商工会議所の部会に所属する地場アパレルメーカーに直営店を出店してもらったり、代理店がセッティングした企業のサンプリング、キッズファッションショーなどを抱き合わせて、何とか体裁と整えたのだった。


 結果として、これが「クリエーションの発信」かというと、大いに?がつく。


 さて、今年のイベントも、相変わらず専門学校のファッション部長である企画運営委員長が考えそうな内容である。昨年は所場代を要求したため、出店者が集まらず、イベント会場のキャパを埋め、規模を出すにはそれなりに苦労したはずだ。


 その反省もあってか、今年は商業施設内に場所を借りるローコスト企画に落ち着いた。これなら1カ所ではないから、インパクトの無さも解消されるし、集客が少なくても出店者だけのせいではない。まあ、売上げばかりは出店者の責任になるのだが。


 また、出店料が歩率制であるため、昨年のようにクリエーター、出店者の金銭的な負担は少なくなる。凡庸な頭で自己の責任を回避する術をひねり出したかたちだ。学習効果は働いているようである。


 ただ、どのクリエーターがどこの売場を確保できるかは、受け入れる商業施設側の裁量に委ねられている。自分が出したい店舗と施設側が出してほしい商品が合致すればいいが、果たして地場にそれほどの実力派がいるかどうかである。


 イベント期間は昨年より短く8日間。タイトル通りのウィークに落ち着いた。でも、期間すべてで売場展開ができるかどうかは、現時点ではっきりしていない。受け入れる側次第ということだろうか。詳細は13日のマッチングミーティングで説明されたと思う。


 でも、専門学校生の作品に毛の生えたような商品では、まず百貨店は受け付けないだろう。せいぜいイムズやキャナルシティ博多、 ソラリアプラザ、JR博多シティなどファッションビルや駅ビルのイベントスペースがいいとこだ。


 逆にファッションビルは百貨店の集中レジではないから、金銭のやり取りは自店で行うことになる。フリマならまだしも、ファッションビルで手提げ金庫じゃ興ざめである。


 要はいくら期間限定催事といっても、昨年のようなオープン会場にテントを張ったフリマもどきではない。クローズドスペースで、しかもれっきとした主要商業施設なのだから、きちんとした売場づくりを行わなければ、「店」足らないということになる。


 12月に岩田屋で展開された「YOHJI YAMAMOTO LIMITED SHOP」は、まさにエスカレーターサイドで開催された期間限定催事だった。ウエアから小物、雑貨のVMDまで考えられ、専用のフィッティングルームも完備していた。


 ショップ展開するブランドだから当たり前なのだが、単にものづくりばかりやっているクリエーターがどこまで「小売り」を考えきれるかは、懐疑的だ。


 所詮、専門学校が大名あたりでやらせている「リアルショップ」の場所を変えただけじゃんと、言われるとどう抗弁するのだろうか。


 正直なところ、イベントに無理矢理引っ付けた期間限定催事がクリエーターにとって、どれほどのメリットがあるのか。また、受け入れる商業施設側には相乗効果があるのか。答えは否。どちらともほとんどないと言っていいだろう。


 自分の作品を商品として、ショップのバイヤーにつけてほしい。また、お客さんに買ってもらいたいのなら、常日頃からの情報発信や営業活動が不可欠である。


 インターネット環境が整い、SNSが当たり前の時代。まずブログやFacebookなんかで積極的にアピールするのが先だ。クリエーターの中には実践しているものもいるだろうが、地場ファッションの現場ではほとんど伝わってこない。


 一人で発信力が乏しいと思うなら、共同のポータルサイトなんかに参加すれば良い。それである程度、作品の認知度が高まれば、期間限定催事もさらなるアピールになる。


 卸として取引先が決まっている商品やブランドなら、直に販売することは難しい。そうした商慣習を破ることが新たなファッションムーブメントでもあるのだが、言うは易し行うは難しである。あくまで取引先のバイヤーがそれを飲んでくれればの話だ。


 だから、こうしたイベントに参加するクリエーターは、そこまでのビジネスポジション、売上げ規模を持たないということになる。筆者が専門学校生に毛の生えたと言うのは、そうした理由からだ。


 尤も、場を提供されただけでは、クリエーションの発信なんかにつながるはずはない。ファッション業界で仕事をしている人間なら多くが知る所。プロでさえ、展示会で増えるのは「名刺」のみで、「取引口座」ではないと言うくらいである。


 だから、受け入れる商業施設側も大して期待してないのは、想像に難くない。商工会議所や行政側から企画を持ちかけられたから、「しかたない。協力しますか」というのが本音というところだろう。


 推進会議の企画運営委員長は専門学校のファッション部長。自校の現役学生、またOBで地場で活動するに人間に対するメンツがあるはず。また、イベント実績を予備軍へのプロモーション、入学勧誘のギミックにしたいのは想像に難くない。


 それは他のファッション専門学校にも言えることだが、クリエーションの視点、商品のレベルが学生や専門学校に毛の生えたレベルで、「市販」「量産」クラスに達しないのであれば、いくら「場」を提供したところで本末転倒である。


 しかし、話はそんな単純なことではない。この事業にはいろんな問題点が隠されている。まず、2008年に福岡アジアファッション拠点推進会議が発足し、事業が始まった時点で、「クリエーターたちの情報を発信する」は柱のひとつだったはずだ。


 そして、10年には「国の緊急雇用基金2700万円」を利用して福岡県が公募した「福岡ファッションビジネス情報発信システム」が制作された。これにも「クリエーターと企業とをマッチングさせるコンテンツ制作」が必須条件になっていた。

 

 しかし、この事業をゲットしたRKB毎日放送の子会社であるWEB制作会社は、全く情報リサーチもコンテンツ制作の能力も欠いていた。


 そもそも、クリエーターのアトリエなどに足を使って出向く「勧誘活動」も、一切行っていない。第一、そんなファッション情報など全く収集していないから、できるはずもないのだ。


 でき上がった「ファッションサイト福岡」は、最初からファッションビジネス情報を発信する機能を全く有せず、たった4年の稼働、2年目以降は更新されないゴーストサイトとして、昨年閉鎖された。


 2700万円もの公金はいったいどこにいったのか。SEやWEBデザイナーの雇用につながったと言い訳しても、機能しないサイトに何の価値もない。再度、海外向けのコンテンツにリニューアルされるという話だったが、制作される気配は一向に見えない。


 まあ、前回は緊急雇用基金を利用した「単年度事業」だった。コンテンツ制作のみならず、更新やメンテナンスの費用もかかることから、多年度事業の予算が確保できないところで、ペンディングしているものと思われる。


 もし、「ファッションサイト福岡」がまともなもので、ファッションビジネス情報を発信できていたなら、クリエーターの広報活動やプロモーションにも大いに貢献できたはず。また、今回のイベントもそれらと連動されれば、いくらでも販促につながるだろう。


 つまり、推進会議のすべての事業企画が場当たり的な思いつきでブツ切れなのだ。あるいは丸投げされる業者の脳みそレベルでしかない。どちらにしても一番の根本原因は、企画運営委員長がおつむてんてんなのだからだ。


 とても変革とリ・クリエーションが求められるファッション業界に向けたものではない。所詮、事業はこんな輩の利権の巣窟にすぎないのである。


 FWFは2年前、名前にそぐわず1ヵ月強の期間で実施された。昨年は予算の関係から、それが半分くらいに短縮された。そして、今年はほぼ1週間。その名の通りだが、「お客さんに福岡に来て、商品を買ってもらう」という目的とは遠い内容だ。


 主催者側は未だに「試行錯誤の段階」と言い張るだろうが、要は企画力がないだけの話である。


 そして、事業予算の大半がRKB毎日放送の事業、「福岡アジアコレクション(FACo)」に流れていることもある。ああ、それと代理店のBDが仕切る「カワイイ区」があった。


 今年は東京のタレント事務所所属のミカエラなんちゃらって区長は、ゲスト出演はしないのだろうか。それとも、シークレットゲストとやらでサプライズか何かをやらかすのか。企画運営委員長は、 FWFにやたら「カワイイ区との連動」を勧めていたが。


 ただ、BDとの契約では、ミカエラなんちゃらが福岡でのイベントに参加するたびに、「営業」として扱われギャラが発生する。それを昨年、福岡市議会で市の担当者がかなり追及されていたが、企画運営委員長もトーンダウンしたのか。


 まあ、今年の事業をルーチンでゲットしている代理店のHにすれば、「何でよその代理店のアカウントになる仕事をしないといけないのか」が本心のはずだから、そんなこと滅相もないことだろう。


 どどのつまり、すべての事業がファッション音痴によって何の連携もなく、場当たり的な思いつきで行われていることだけは確かである。メディア、専門学校、代理店、その子飼いの業者など、利害関係者の思惑が絡んだ安っぽい事業に成り下がっている。


 どうやら今年のFWFも代理店は香具師まがいの飲食やストリートパフォーマンスを組み合わせて、マージンをはねる魂胆のようだ。本音のところ、こんなもので福岡のファッションが盛り上がると思っているわけでもないだろう。


 昨年8月に開催された事業報告会を兼ねた「福岡ファッションフォーラム」では、FWF2014については、企画運営委員長は「約250もの商業施設や個店が連携し、イベントやセールを行った」と強弁を振るった。


 しかし、これはパンフレットに無償で掲載された店舗までカウントした数字で、行政が公共事業で報告する手合のいい水増しデータである。実際にどれほどの販促効果があったのか。客観的な検証は全くなされていない。


 まさにイベントを実施したいがゆえのまやかし。でも、企画運営委員長の取り繕いもそろそろ随所に綻びが見えて来たようである。


 本当に福岡のファッション産業にとって、春先の販促につながる企画にしたいのなら、FACoなんて客寄せ興行を即刻止めればいい。そして、その分を予算を「福岡市の全店で利用可能な買物券」にすればいいだけの話である。


 今年の初売りで、新天町商店街が発行した「1万円で1万2000円分の買い物ができる(セールにも使える)お買い物券」は、お客で長蛇の列ができ完売する人気だった。まさか推進会議のお歴々、企画運営委員長がご存じないはずはあるまい。


 集客力で大型商業施設に劣る個店には、買い物金額のパーセンテージでハンディをつければいい。一商店街でこれほどの人気なのだから、福岡市全体ならどれほどの販促につながるか。


 それなら商業施設に出店するクリエーターにとっても、商品の購買につながるきっかけになるかもしれない。


 ただ、それには少なくともお客が買うに足る「商品の完成度」が条件となる。単なるプリントTシャツをクリエーションと言われ、高い金を出してまで買うのは、身内などでない限りありえないからである。


Be creativeの意味を噛み締めながら。

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 2015年が開けた。1月2日には初売りをリサーチしたが、ファッションビルに出店するメジャーなブランド、特にセレクトショップは「セール用に積み増したのでは」と思えるくらい、在庫の多さに圧倒された。


 確かにお客さんは多く、ここ数年にない賑わいだった。でも、私見を込めて言わせもらうと、お客さんが多過ぎて試着しづらく、まともな接客は受けられない。商品もピーコートやセーターなど定番アイテムは、それほど動いてはいないように感じられた。


 スーツコーナーになると、カジュアルとは対照的にお客さんがほとんどいない始末。値引きをしないショップは当然なのだが、季節アイテムは持ち越しになる。トレンドがないものは期中にプロパーで売らないと、期末の在庫消化は難しいと思った。


 尤もトレンドとは言っても、14年の秋冬は実用衣料に近いベーシックなアイテムが大半を占め、セール在庫の多さはそれだけ売れ行きの鈍さを感じさせる。やはり、売れ筋追求型のMDでは、いくらセールにしてもお客は買う気にはなれないのだ。


 そんなことを考えながら新年、事務所に出社の途中、年末年始に投函を断っていた繊研新聞を支局に受け取りにいった。1月1日付けの新春特集号、1面は「コムデギャルソン、川久保玲が語るクリエーション」である。


 ネット版でタイトルは確認していたが、本紙を読むのは初めてである。繊研新聞でも業界を前出と同じように見ている。「この逆境を跳ね返すには、知恵や工夫を凝らしてビー・クリエイティブである産業を取り戻す」ことが必要だと強調していた。


 業界にとっては言わずもがなである。でも、クリエイティビティだけを追っかけても、ビジネスにはならない。これもずっと言われてきたことだ。業界にとっての永遠のテーマであり、ジレンマでもある。でも、本当にそうなのか。


 このソリューションを導くヒントを、同じ紙面で掲載されたコムデギャルソンのデザイナー、川久保玲氏が語っている。


 コムデギャルソンは高校時代にその名を知り、大学生、社会人ではショップを訪れ、商品を幾度と無く買ってきた。


 コレクションのイメージから、ブランド=奇抜さで見られているが、素材はほとんどオリジナルで、非常に質感が高い。シーズンごとの企画力も秀逸で、シンプルなデザインのアイテムは、数年間は着続けられるからコストパフォーマンスは良いと思う。


 つまり、意外に思えるが、ビジネスもかなり意識しているブランドだと思う。


 インタビューで川久保氏は、「コレクションを象徴として考えたいというのが最近の気持ちです」「クリエーションの象徴は精神的な部分も含めて強いものがあり、一方で、クリエーションをビジネスにする別の土台、別の部屋が必要です」と。


 やや抽象的な言い方だが、コムデギャルソンというブランド企業、末端までのスタッフの生活、取引先の経営までも背負っているのだから、収益を上げる部分はきちんとして押さえておかなければならないというのは、当然だろう。


 また「本当はビジネスもクリエーションです。究極のクリエーションをビジネスにしていくには、数字を追うだけでは意味がない。いかにクリエーションのビジネスを作り上げるか。これも私のすごく大きな仕事です」と。


 これについては数年前、朝日新聞のインタビューで答えていたことと同じである。派生ブランドをいくつも作り、シンボリックな記号化で収益を上げる。往年のDCブランドのようにMDに注力しすぎたことによる同質化を避けるべく、それぞれに特徴を持たせる。


 そのバランス感覚はさすがコムデギャルソンであり、コムデギャルソンのコムデギャルソンたる所以だろう。


 川久保氏はインタビュー紙面の最後で、次のように語っている。


「この20年で新しいことに目を向ける価値観が段々薄れています。大きな企業や流通の仕事をしている方々に、そうした価値観をもっていただかないと先はない」


 「上手に区分していけば、売れるものだけでなく新しいものを見せられる場はいくらでも作れると思います」「作っていただきたいですね」


 クリエイティビティと新しいもの。売れ筋追求で、ステレオタイプな業態とMDが市場の溢れる中、取り組むべき最大のテーマでもある。


 筆者は新しいものを作り出すには、別に難しく考える必要はないと思う。川久保氏が言うところの知恵と工夫を凝らせばいいのだ。企画の方向性として知恵を出すにはまず考え方、思考回路のパターンを組み替えてみることだ。それでアイデアはいろいろ生まれる。


 例えば、デザインは基本形は決まっているから、まず素材を替えてみるのも良い。さらにそのクオリティを上げれば、それだけでフォルムにシャープさが出るので、デザインは変わってくる。きっと新しく見えるはずだ。


 またデザインを大きくしてみる。この秋冬にあるコンテンポラリーブランドが発表したボディの一部を大きくしたコクーンシルエットがそうだ。当然、一部を大きくすると一部は小さくしなければ、全体のバランスは崩れる。


 つまり、小さくすることもアイデアなのである。こうした種々の工夫がクリエイティビティの真骨頂と言えるだろう。


 要はベーシックの基本形をどこまで「外し崩し」して新しさを表現できるか。コーディネートや売場編集でのそれが限界に達している今、デザインや素材、色そのものを変えていかないと、新しさは感じさせない。


 その他のキーワードとしては、「他のディテールで代用できないか」「チェンジしたらどうなるか」「逆さまやバイヤスにしたらどうか」「合わせたらどうか」etc,発想法はいくらでもあるだろう。工夫とはそうして考え方を駆使することで達成できる。


 Be Creative。これまでのマーケットにない商品。「エッジの利いたテイスト」「セレクトにはない色と素材感とフォルム」「このデザインだから、このプライスでもいいという価値観」。


 誰もがチャレンジできると思うし、そうしたところが2015年はサクセスすると思いたい。いや、そう思う。


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